注意
これは作者の自己満足によって書かれたものです
オリジナルキャラクターが嫌いな人や、独自の世界観でFate/stay nightを汚すなと思っている人は読まないほうがいいです
また、更新は遅く、途中で停止することを覚悟してください
また、作者はキャラクターの立ち回りがもの凄く下手糞なことを覚えておいて下さい
最後に、この二次創作物を読んで気分を害しても作者に怒りをぶつけないで下さい
注意書きの全てを了承した人のみ、お読み下さいな。
偽Fate/stay night
「アーチャー召喚から、セイバー召喚まで」その1
side:凛
「それで? あんた何のサーヴァントなわけ?」
私、遠坂凛は居間を破壊した元凶であり、私のサーヴァントであろう男に問い掛けた。
「乱暴な召喚の上にいきなりそうくるか、マスター」
長身の上に、白い板金鎧とローブをミックスしたような外見の青年はそう言って私を見下ろす。
なによ、あれだけ出費のかかる召喚に居間まで破壊されたら、先にセイバーか確認しないと気が済まないじゃない。
「いいから答えなさい。あんたは何のサーヴァントなの?」
声を強くして問いたてる。腰の長剣と鍛え抜かれた体をみるかぎりセイバー、もしくはランサーかアーチャーのサーヴァントである可能性が高そうだ。
青年は深々と溜め息をつくと、だるそうに口を開いた。
「この身はアーチャーとして現界している。・・・待て、その前に質問だ。魔術師よ」
私が口を開こうとするのをおさえる青年。何かしら?
「レイラインは繋がっている。マスターである令呪もある。だが、まだ君から聞いていない」
青年はひとつ息を吸うと、屈んで私と目を合わせ。
「君が私のマスターか? 魔術師」
そう聞いた。
その目は、これからはじまる聖杯戦争を勝ち抜く意志を問うものであり。魔術は関係なく、私とアーチャーの生身の契約なのだった。
だから、私は彼の目を正面から見て言い切る。
「そうよ。私があなたのマスター、遠坂凛よ」
「遠坂凛、凛か、いい名だな。ならば、私もマスターが勝ち残るように手を尽くそう」
そう言って彼は手を出してくる。彼に応えるように私も手を出した。
「これより我が身は汝と共に、汝が身は我と共に、我が身は汝の敵を屠り尽くす剣となるだろう」
アーチャーが厳かにそう唱え終わるのと同時に私と彼は手を握りあわせた。
暖かいアーチャーの手を感じつつ、私は、こいついい奴だな。と思った。
§
居間の残骸を後に、私の私室にきた。
「それで、聞いときたいんだけど。あなた、どこの英霊?」
アーチャーは白人系の顔立ちに真っ赤な短髪の青年だ。だが、見かけに惑わされてはいけない。彼の身体は私が一生掛けても扱えきれない程の膨大な魔力で編まれている。
「英霊? ああ、そうか。聖杯戦争とはそういうものだったか」
はて? 彼は何を言っているのか。彼はコホン、と咳払いをすると言った。
「私の名はボブ・ストーム、魔王理示度(まおう りしど)を焼き殺した『勇者』だ」
そんな、よくわからないことを言った。
「ボブ・ストーム? どこの英雄よ、それ。それに勇者って、自分でそういうこと言わないでくれる、ちょっと」
アーチャーは困ったような顔をしているが、その表情でわかってしまう。彼は冗談を言っていない。
「落ち着け、凛」
「落ち着いてる、落ち着いてるわ」
うん、落ち着かなくては、息を吸う。吐く。
よし、落ち着いた。
「話して、アーチャー。あんた、何者?」
アーチャーは私が本当に落ち着いているのを見て取ったのか、ゆっくりと話し始めた。
「さて、実を言うと、私もよくわかっていないのだ。だから結だけ言おう。凛、今回の聖杯戦争では全てのサーヴァントが私が呼ばれた世界の者たちに変更されている」
「あなたの呼ばれた世界?」
アーチャーの呼ばれた世界。平行世界という奴だろうか。
「たぶん凛の考えている通りだ。が、なんと言えばいいか。行動した結果から生まれる平行世界ではなく、世界の創られかたの違いから生まれる平行世界とでも言おうか」
彼は一度、深く考える素振りをすると、再び口を開く。
「そう、それは完全なる違う世界だ。隣り合う世界ではなく、交じり合うことのない世界。だが、その住人である私たちが今回の聖杯戦争で呼ばれたのだ。くく、意外に世界とは可能性で満ちているのだな」
アーチャーは自嘲するように笑う。
だが、なんとなく分かった。守護者のシステムがどうできているのか知らないが、たぶん聖杯はアーチャーの来た世界の守護者たちを呼び出したのだ。
「さて、凛。我らの世界の説明を一応しておこう。今回のサーヴァントはそのほとんどが人間ではないだろうからな」
「人間、じゃない?」
「そうだ。我らの世界からここに呼び出されたのは例外があるかもしれんが、基本的に『勇者』か『魔王』のどちらかだろう。かくいう我が身もその一角。魔王を殺した勇者のひとり」
「でも、アーチャーは人間に見えるんだけど。人間じゃないってどういうこと?」
私にはアーチャーは人間にしか見えない。膨大な魔力で編まれたサーヴァントの一騎だってことはわかるけれど、それほど人と違っているとは思えない。
「む、凛よ。誰が私まで人間ではないと言った。人間でないのは魔王の連中だ。ちゃんと我ら勇者は根本生物のまま固定されている」
「んな、アーチャーがそれっぽいこと言うから誤解するんじゃない。でも根本生物のまま固定ってどういうこと?」
「そのままの意味だ。魔王も勇者も選定は根本生物、つまり既存の生物のなかから選定される。まぁ、ほとんどは人間だがな」
アーチャーは、「世界の作り方が違うといっても繁栄する生物はかわらんのだな」とその後に付け足した。何を言ってるんだか。
「そして、選定された生物は魂を今迄の勇者や魔王たちの魂に上書きされる。発露が正の感情なら新たな勇者ができあがるが、魔王は覚醒するのが負の感情の発露、従って魂の上書きの時に肉体が変質する。故に奴等の性質は『不老不死』、姿形は根本生物に似ていてもその本質は既に生物ですらない」
「つまり、魔王とは死徒のようなものってこと? って死徒のことわかる?」
「ああ、世界が我らに与えた情報には聖杯戦争に関すること以外にも多少はあってな。死徒か、なるほど。該当する点が多いな」
ふぅん、つまりそういうことか。私はだいたいの事情を理解した。
「分かったわ。アーチャー、説明ご苦労様。ちょっと混乱したけどサーヴァントを除けば聖杯戦争ってのは、前回と同様なんでしょ、なら方針は変わらないわ。全てを打倒し、勝利する。それで決定済みよ」
アーチャーは驚いたような顔をするが、すぐに破顔したように微笑んで。
「流石は私を召喚したマスターだ。了解した。凛、君を絶対に勝ち残らせよう」
そんなことを真顔で言ってきた。
うわ、顔が赤くなる。
§
翌日、朝起きたら10時になっていた。溜め息を吐きつつだるい体を起こして居間に行くと、アーチャーが紅茶を飲みつつ優雅に何かの本を読んでいた。
「おはようアーチャー」
アーチャーは書物から顔を上げ、私の方に顔を向け、紅茶を私にも入れるとあいさつを返してくる。
「おはよう、凛。どうやら睡眠時に召喚の疲れがどっと来たのだろう。学校には休むと連絡を入れておいたから今日はゆっくりしておくといい」
「ありがとう。でも学校にはなんて言ったの? 私って一応一人暮らしのはずなんだけど」
ついでに勝手に人の家の台所をあさるな、と言っておきたかったが紅茶を一口飲んで、思わず「おいしい」と言ってしまう。
赤髪の弓兵はふふふ、と不敵に笑うと。
「なに、たいしたことじゃない。もとよりこの身は弓を扱うものではなく、魔法、いや君たち流に言うならば、魔術を扱う身だ。声帯模写など基本だよ」
なんて、そんな重要なことをさらりと言ってのけた。
「は、じゃあ、あんたは能力的にはアーチャーじゃなくて、キャスターってこと?」
目の前の魔術師はこくり、と頷いた。
「ああ、そういうことになる」
それに目の前が真っ暗になった。
「なんてこと、まさか、セイバーを引けなかったことだけでも外れだってのに、まさか、キャスター。負け確定じゃない」
がっくりと、ほんとうに床に手をつきそうになる。
「腰の剣はなんなのよーーーーーーーーー」
がぁーーーーーーーっと屋敷中に響き渡る大声で叫んだ。
アーチャーは不満そうにむむむっと眉を寄せる。
「そうか、凛。君はクラス如きで我が身を判断するか」
口調には失望したような色。くっ、なんかむかつく。
「凛、いや、魔術師よ。ならば、聖杯戦争中はこの屋敷の地下にでも篭っているがいい。この戦。我が身だけで乗り切り、勝利だけ運んできてやろう」
アーチャーは路傍の石を見るような目で、そんなことを言った。
「ちょ、待って、待ちなさい。アーチャーっ」
だめだ。今の言葉は駄目だ。遠坂凛としてそれは了承できない。
彼は、既に紅茶を片付け、この屋敷から出ようとしている。
「アーチャー、ごめん、謝る」
彼は背中だけで聞いていた。ただ、振り返ると。
「この屋敷は頑丈だ。地脈の操作をすれば、堅牢な城となろう。魔術師殿の安全は私の誇りを賭けて誓ってやる」
「・・・違う。そうじゃない」
いや、なにが違うのだ。私は今、一瞬だけ安心した。彼が私の安全を保障した瞬間、一瞬でも安心した。してしまった。
アーチャーは、本気だ。彼は本気で勝利する気でいる。その彼に対して私は何を言った。負ける、だと。
そんなの、契約違反じゃないか。何が、全てを打倒する、だ。甘えるな、凛。
アーチャーは見透かしたようにいう。でも、それはどこか親愛の籠った言葉で。
「安心しろ、凛。この身は君が召喚したサーヴァント。それが最強でなくて、なんなのだ」
アーチャーは自分でも信じきれていなかった私を、私以上に信頼してくれていたのだ。
だから、いきなりそんなことを言われて私には呆然とするほかなくて。彼は止める間もなく出ていって。
後には、ただ突っ立っているだけの私と。
すっかり冷め切った、彼の入れてくれた紅茶が残るのみだったのだ。
くそったれ。
§
翌日の夕刻、私はアーチャーを探していた。
もちろん、昨日の内に探したかった。だが、アーチャーは私が呆然としていた一瞬 −というか、一分ぐらい− で、あの屋敷を彼の言う『城』に作り替えていたのだ。
窓もドアも屋敷の外に通じるものは全て開かなくて、私の持ってる十個の宝石うちの一つでもドアはぶっ壊れなくて。
確かに、彼の性能は伊達じゃなかった。でも父の遺産も伊達じゃなかった。
ドアごと壁をぶち抜くなんて伊達じゃない。赤いけど、三倍じゃないけど伊達じゃない。
だから伊達じゃないぶん宝石の魔力はすっからかんだ。彼には壊れた屋敷の分も責任をとってもらわなくてはならない。
でも、こんなに気分がいいのも久しぶり。
待ってなさいよ、アーチャー!!
side:アーチャー
「凛は『城』を出たか。ならば、闘う意志は十分だな。
それに、あの城を壊したのなら、十分戦力に成り得るだろう。」
私はどこかの高校の屋上、結界 −この結界は発動すればこの学校の中にいる人間を無差別に殺す類の物だ− の基点ともいうべき場所を探っている。
「しかし、若い命を何人と狙うとは、魔王の仕業か?」
基点に手を触れる。
−解析開始−
脳内で声が聞こえる。
−解析終了−
独立した魔法の回路、この世界流で言うなら魔術刻印という奴を駆動させながら − この結界は私程度では解除ができない、否、解除だけなら一日程かければできるだろう。だが、それだと身動きがとれなくなる− 解析結果を得る。
とりあえず、基点にマーカーを仕掛け、この結界が発動すれば私に報告が届くようにしておく。
「あとは、適当に発動を阻害しておくか。わざわざ発動させるのも癪だしな」
私は、基点に魔力を流そうとして。
左手で、黒の尖鋭を退けた。
その者は漆黒とでも形容すべき鎧を身に着けた青年だった。東洋系の顔の作りに、服と同じ色の髪。
「まぁ、邪魔する気はないんだが、マスターの命令でな。とりあえず、死ね」
声と共に来る神速の槍を腰の剣を引き抜いて弾く。弾いて、走る。
「我が両足は神速の馬」
周囲に散らばる大源(マナ)を強引に集めて脚の周りに回路を作る。同時に体中の小源(オド)も脚に集める。
そうして、駈けた。
「っ、身体強化系の魔法か。なるほど、どこの勇者か知らんが三下だな」
全く、おしゃべりな奴だ。剣を鞘に収め、屋上のフェンスを飛んで、落下―――
「我は流星、箒星」
―――しないで、そのまま校庭に突撃した。
side:凛
魔力の衝突を感じ、学校の方角へ走る。
魔力と宝石は十分、ついでにさっきまで分からなかったアーチャーの気配も十分感じる。
「アーチャーっ」
叫びながら、その勢いで校庭に向かって叫んだ。
そうしてこちらを見る二騎のサーヴァント。
白い鎧にローブのミックスしたアーチャーと、黒い、漆黒とでも形容できそうな槍をもったサーヴァント。
「ふん、遅いぞ、凛」
あんたが閉じ込めたんでしょ、と文句を言いそうになって―――止める。ただ、一言。
「ごめんなさい」
一日越しに、いろんな意味を込めて謝った。
「許そう」
顔を見合わせて、笑った。
「で、そこの餓鬼はあんたんとこのマスターか? 三下」
やばっ、こいつのこと忘れてた。
「アーチャー、そいつ知り合い?」
とりあえず隣の弓兵に聞く。彼は三下と呼ばれても全く気にしていないようだ。
「いや、だが気の質からして魔王の類ではなさそうだが。槍兵よ、どこの勇者だ?」
「質問に質問で返すな。だがまぁ、見る限り貴様のマスターのようだな」
「さて、それはどうかな。私がマスターかもしれんし、全く無関係な他人かもしれん」
男は漆黒の魔槍を一閃する。それだけで周囲の魔力がそこに集約されていく。
やばい、あれはただの槍じゃない。あれはこの世の理を無視している武具だ。
「吐かせ。だが、アーチャーか。なら弓を持てよ、それぐらいは待ってやる」
「なに、私の絶対的武装はそれほど珍しい物でもなくてな。わざわざ見せるほどのものではない」
妙な単語がひとつ。私には分からない会話をし、アーチャーは無手のまま槍兵の前に立った。
「アーチャー」
でも、今はその背中へ言わなければならないことがある。
「マスター、命令を」
「援護はしないわ。だから、あなたの力を見せなさい」
「了解した」
白い弓兵は突き進む。
「ちっ、結局無手。ならばその傲慢、その身で味わい、後悔しろ」
黒の槍兵はつまらなそうに彼を一瞥すると。神速の槍を繰り出した。
§
漆黒の槍兵が槍を繰り出す。それはあらゆる常識を突破して白銀の弓兵に到達する。
弓兵を貫くと思われた漆黒は弓兵にあたる直前に弾かれる。
「この槍を弾くとはな。その盾、神造の一品か」
槍兵の攻性は止まらない。突く、突く、突く、突く、突く、視力を強化した目でも槍を戻した瞬間が見切れない。
「如何にも、結界を司る神でもある『リベァーロン』が持つ究極の結界が一つ。
リベァーロン・ツヴァイ
『世界の断層』だ」
それを弓兵は槍がその身に届く前に、切っ先に手の平を当てて弾いている。二つが接触する瞬間に、陰陽道でいう大極図が一瞬だけ見える。アーチャーの言うそれが結界なのだろう。しかし、真に驚くべきは結界でも槍兵でもなく。キャスター並みの能力値でサーヴァント中最速のクラス、ランサーであろう彼と渡り合っているアーチャーだ。
その彼はさっきのような言葉のほかにはただ延々と周囲に魔力を集めている。
「我が身は最速、我が身は最強、我が身は神速、我が身は永遠」
アーチャーが叫ぶごとに彼の速度が上がっていく。対する槍兵の速度も尋常ではない。
「おおおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
突きの速度が上がっていく。幻想と幻想がぶつかり合う。これが、異世界の英雄同士の争い。
アーチャーは槍を弾きつつ突き進む。ランサーはその場で不動、ただ槍を突き続ける。
アーチャーが一歩、一歩と突き進むごとにランサーの間合いは短くなっていく。だが、恐るべきはこの槍兵だ。彼は間合いが短くなっても焦ることか、逆にその顔に走る笑みを濃くしていく。彼の口から知らない韻律が漏れる。気付いてはっ、とした。こいつ口笛なんぞ吹いてやがる。
正直に言おう。私、遠坂凛は圧倒されている。もう動くことができないんじゃないかってぐらいに。
アーチャーが負ければ、確実に私は殺されるだろう。それだってのに身体が動きやしない。それで、気付いた。私はあの白銀の弓兵をこれ以上ないってくらいに信用してるんだなって。
「―ッシ」
強引に接近する弓兵に向けて、槍兵が槍を一閃すると同時に後退した。
「くそ、気にくわないな。おい弓兵。おまえ、何時の勇者だ?」
槍兵は苦虫を口一杯に頬張って一気にかみつぶしたような顔をしている。当然だ。ランサーがアーチャーと正面から打ち合って、あまつさえ接近を許している。これは彼のプライドに関わることなのだろう。
ラハ・ドリュエス
「そういう君はわかりやすいな。振動する黒い槍を扱う聖魔混合の勇者よ」
対するアーチャーは不敵にニヤリと笑うだけだ。未だ腰の剣すら抜いていない。
ランサーは迂闊って顔をしている。
「あー、くそ。おまえ、俺のこと気付いたのか」
「ああ、黒い槍を扱う勇者など限られているからな。それに先程君の槍を素手で弾いたときだ」
アーチャーは手の平をランサーにかざす。手の表面が血で真っ赤に染まっている。怪我だ。怪我をしている。
「表皮のほとんどを破壊された。振動する魔槍などという出鱈目な代物。扱えるのは君ぐらいだろうよ」
「は、そこまで分かってるんじゃ黙ってられないな」
槍兵は槍を縦に構える。先程とは比べ物にならないほどの魔力が収束していく。
「如何にも、この身はランサーとして召喚されている。五十八代目の勇者、高儀 裂耶(タカギ レツヤ)だ。汝が真名を聞こう」
「言うと思うか。小僧」
ラハ・
「それなら、聞かずに済むようにするだけだ。死ね弓兵。魂穿つ―――
真名と共にランサーの宝具が展開される。それを見て、一瞬で理解した。
「っ、アーチャー、避けなさい!!」
展開される宝具。あれは反則だ。絶対に当たってはならない。勝負に口をだすわけにはいかなかったが、これは絶対だ。いくら今迄防げたからといってもあれを喰らったらアーチャーは敗北する。絶対に、なんの例外もなく、死ぬ。槍に集まる凶凶しいまでの呪い。あれはこの世界にあってはならない毒だ。
ドリュエ
―――振動の、っ誰だ!!」
勝負が決まると思った瞬間、近くの茂みからガサリと音がした。その音を立てた誰かの後ろ姿。学生。
「糞、気が削げた。弓兵、命拾いしたな」
ランサー、高儀裂耶はそう言って去る。
私はぺたり、とその場に腰を落として。
「ああ、もう、なにがなんだか」
とりあえず、こちらを見ているそこの馬鹿者に。
「アーチャー、ランサーを追ってちょうだい」
そう命令した。
§
死体を前に立ち尽くす。その人は妹の想い人で、いつかの校庭の少年。
「マスター、ランサーを逃がした。追跡不可だが、どうする」
「愚図、ああもう、どうなってるのよ」
傷は塞げず、身体はバラバラ、もう彼を蘇えらせるには魔法の力でも借りなきゃ駄目だってぐらいに。
アーチャーの方は、申しわけなさそうな顔をしている。しているが、そんな顔をされてもどうしようもない。だって傷が塞がらないのだ。
「糞、なんで、どうして塞がんないのよ!」
魔術刻印の中からありったけの魔術を探す。治癒の呪い。時間退行の魔術。だが、そのどれもが効果をしめさない。
はっ、と気付いてアーチャーを振り返る。その手を無理矢理開かせる。
「嘘、なんで治ってないの」
私は彼の治療をする前に命じたのだ。傷を治しておけと。
ラハ・ドリュエス
「凛。ランサーの槍は魂穿つ振動の槍。傷を癒す方法は二つしかない」
「アーチャー、教えなさい」
有無を言わさず命令する。
「一つは自然治癒だ。穿たれた魂の傷は時間と共に塞がる。そうすれば彼の身体は五体満足に動けるようになるだろう」
「馬鹿、見てわかんないの」
そうだ、彼は既に死に体。今も生きてるのが不思議なくらいの致命傷を全身に受けているのだ。自然治癒なんて待ってたら、彼は死ぬ。死んだら、ああ、桜が泣く。もう、姉として何もやれてないってのに、ここでも何もしてやれないのだ。それは、余りにも駄目だ。
だからアーチャーを見る。彼は、溜め息を吐いた。
「これはサーヴァントとしての忠告だ。この方法を行えば、我らの勝機は確実に減るだろう。それでも、やるか?」
「当然」
魔術師としては、彼を助けることに何の価値も意味もない。実際にはすぐにでも言峰に連絡してここを去ればいいのだ。
だが、桜の姉として、遠坂凛として、彼をこのまま放置するのは絶対に駄目だ。認められない。
だから、アーチャーを見る。彼はやれやれ、と首を振ると。
「わかった、凛。目を瞑れ。三秒で済む」
そう言って、彼、衛宮士郎の身体を抱えると、彼と私のおでこをぴったりとくっつけ。
「−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−」
アーチャーはよく分からない言葉を早口 −あとで高速神言だと聞いた− で唱えると。
あれだけ塞がらなかった全身の傷の塞がった衛宮士郎を廊下に転がした。
「え、なんで」
さっきと違って、ふらつく身体を叱咤する。これは、あの時と。
「ふん、つくづく丈夫な体に感謝するんだな。凛」
アーチャーは面白くなさそうに歩いていく。
「え、ちょっと、アーチャー」
ああ、もう、なに、なにが起きたのよ。
「さっさと行くぞ。凛、そこの小僧に気付かれたらまずいことになるんだろう?」
そう言うなりアーチャーは行ってしまう。何をしたのかしらないが、何を拗ねているんだ?
side:アーチャー
大破した玄関を横目にしつつ、屋敷に入るなり、凛に小僧の治療について問い詰められる。仕方ないので答えておく。
「なに、小僧の傷が塞がらない理由は魂の欠如だ。だから凛の魂を使って欠如分を補充しただけだ」
だが、あの小僧。魂を補充しただけでずいぶんと元気になったな。なにか仕掛けがあったのか。
魂を使った、と聞いてぱくぱくと口を開閉させる凛。ふんっ、だから止めろと言ったのだ。
なにしろ魂は魔力や体力と違って、なかなか回復しないやっかいなものだ。
たぶん聖杯戦争中、凛の魂の総量は減少したままだろう。凛の魂では足りなかった小僧の不足分は私の魂で補っておいたが。
しかし、小僧のあの許容量は異常だったが、なんなんだろうな。
考えつつ、うるさい凛を放って紅茶を入れる。一昨日作っておいた茶菓子を冷蔵庫から取り出し、凛の前にも置く。
「あ、ありがと」
「何、疲れているだろう。それを食べたら休むといい」
それに、凛は頷こうとして、あっ、と呟き、顔を青くさせると、叫んだ。
「アーチャー、さっきの彼、衛宮君の所に行くわよ!」
「どうした、さっきの傷は完璧に治療したはずだが」
「いいから、衛宮君の所にいく途中で全部話すから、早く!!」
サーヴァント遣いの荒いマスターめ。
side:凛
迂闊、なんて迂闊。ああ、もう昨日、今日とぽかの連続だ。
「いい、アーチャー。あんたの世界がどうだったかしらないけど。こっちの世界では魔術は秘匿すべきものなの」
「なるほど、だがそれと小僧と何の関係があるんだ?」
住宅の屋根をアーチャーは疾走する。それに抱えられる私。
「だから、彼は私たちの魔術戦を見ちゃったでしょ。だったらあっちのマスターが放っておくわけないじゃない」
「ああ、なるほどな。小僧は奴等にとって邪魔な存在に成り下がったわけか。しかし、何処の世界も特殊な技術は病的に隠したがるか」
自嘲するように笑うアーチャー。まぁ、私もそこまでして隠すのはどうかと思うが。それも仕方がないと思えてしまうのも事実。
魔術は使い手が多ければ多いほど、その価値を失っていく。蛇口から出る水は一定量なのにそれを知っている全員が取り合ったら、一人当たりの分量は相応のモノになるだろう。だから、魔術師は自らの家系に一人しか後継者を残さない。だから、その魔術を自分達だけのものにしようとして、頑なに秘匿する。
「そら、見えてきたぞ。・・・むっ、凛。どうやら一足遅かったようだ」
確かに感じる膨大な魔力。ランサー、か。
「アーチャー。こっちは準備良し、そっちは?」
魂使ってまで助けたのだ。なら最低でも聖杯戦争が終わるまでは私が生き残らせてやる。
「万端だ」
簡潔な答えに頷く。宝石は9個全部ある。魂を使ったなんてのは誇張じゃなかったらしく、さっきから体中に衛宮君からの警報がなりっぱなしだ。
「行くわよ。アーチャー」
それに弓兵は頷いて。駆けるまもなく、それは起こった。
「嘘、なんで」
立ち上る、サーヴァントの召喚の気配。膨大な量の魔力が現界するのが手に取るようにわかる。
「まさか、衛宮君が・・・」
side:士郎
ああ、もう何がなんだかわからない。
目の前にはいろんな光景が広がる。わからない。わからない。わからない。
奇妙な格好の男二人が、常軌を逸する戦闘を繰り広げていて、それを覗いちまった俺を殺そうと黒い奴が俺を追ってきて。
嗚呼、奇妙な光景が広がる。
くそ、分かってるこれは幻覚だ。今、俺は自分の家、居間にいる。
分かってる。だってのに目の前の光景は止みそうにない。
何故だか体中にこれまでの衛宮士郎とは比較にならない程の魔力が充実してやがるし、目の前には誰かの見た。何時かの光景がずっと続いている。
糞、なんだってんだ。
「あとは頼んだぞ」
そう言って、目の前の魔術師が生き絶える。上半身だけの男は内臓をぶちまけたまま崩れ落ちた。
手には剣の感触。だが身体は地面を這ったままだった。
「これを汝に授けよう。ボブ」
眩い光を背負った女性が俺に向かって奇妙な −大極図− のようなものを差し出してくる。
受け取った本人。この記憶の持ち主はこれが何かよくわからず、狼狽している。だが女性は去る。
場面が暗転する。
「あなたが私の主人です。マイ・マスター」
長い黒髪を靡かせて、女が俺、否、俺ではない誰かに傅く。
女性の姿が一瞬、何かの本に変わり。そして場面は暗転。
「貴様の理想は破却する。それが私の使命」
この記憶の持ち主が誰か、それこそ凶凶しいまでの鬼に向かって宣言する。
右手には剣、左手には本、体中に大極図。場面は暗転。
ジジジッ、と脳内の全ての回路がぶっ壊れたように停止する。否、停止寸前。
何故だかしらないが、あらゆる場面に出てきたあらゆる武具。それこそ、自分じゃない誰かの対峙していたあの鬼が腕につけていた拳の正体まで看破していた。
脳が過負荷で壊れそうになる。でも、対する身体は万全だ。言うならば、ミニ四駆にポルシェのエンジンを詰め込んだような。そんな、感覚。
だが、身体は立ち上がる。手の平を天井に向けて、開く。
からんからんからん、と鳴子が響く。この家に何かが忍び込んだ。親父の結界は敵意に反応する。だから。
トレース オン
「――――同調、開始」
何を投影するのかなんて分かりきっている。剣は魔杖。本は魔術書。拳は魔拳。その殆どは持ち主ではない衛宮士郎には扱えない物。
だったら、ただ構えるだけでいい。それを投影するのみ。
トレース オン
「――――投影、開始」
唱える呪文は一緒でも、この身に伝わる意味は違う。体中に満ち溢れる魔力を使って、それを、どこかの丘から引き摺り出した。
トレース オフ
「――――投影、完了」
自分でも何をやっているのか分からない。だが、体中の全ての魔術回路が開きっぱなしで、俺を急かす。早く創れ、創り出せ。
意味は分からない。ただ、自分の投影は中身のないガラクタしか生み出さないってのに、俺は頭上にそれを掲げる。
手には陰陽、大極図。阿呆みたいに突っ立って、ただそれが落ちてくるのを待っていた。
大きな音を立ててくる。
ずんずん、ごんごん、がんがん、ずんずん。
煩いな、と思っていると。
ずんずん、ごんごん、がんがん、ずんずん。
天井をすり抜けた黒い槍兵が目の前に立っていた。
ずんずん、ごんごん、がんがん、ずんずん。
黒い槍を見て、一瞬で解析。悟る。己惚れていた。丘から盾を引きずり出して、やったんだって気になっていた。
ずんずん、ごんごん、がんがん、ずんずん。
目の前のそれはこんな物でどうにかなる相手じゃない。
ずんずん、ごんごん、がんがん、ずんずん。
槍兵はなにか言っている。悪いな、趣味じゃないんだが。煩い。
ずんずん、ごんごん、がんがん、ずんずん。
繰り出される槍。頭上に掲げたそれを槍の先端に突き出す。俺が幻想をきちんと維持していなかったのか、たったの一合でそれは砕けた。
ずんずん、ごんごん、がんがん、ずんずん。
ああ、煩い。槍兵の動揺の声。何故、お前がそれをもっている。
ずんずん、ごんごん、がんがん、ずんずん。
煩い。なんだこの音。煩い、煩い、煩い、煩い。
ずんずん、ごんごん、がんがん、ずんずん。
ズンズン、ゴンゴン、ガンガン、ズンズン
――――我を創れ、力になろう。
響く、音は、誰かの悲鳴。記憶の中のだれかの声。
全ての拳を究めし男。衛宮士郎の大極に位置するその姿。
槍兵の声などそっちのけで、その声に導かれるまま、魔拳を丘から引きずり出した。
呪文は要らない。既に回路は整っている。
だから、後は一息に。
それは人類を殺し尽くすため
創造の理念を鑑定し、
人の身では到達できぬ信念をもって
基本となる骨子を想定し、
人の血、人の肉、人の骨
構成された材質を複製し、
殺し、殺し、殺し、殺し尽くし
製作に及ぶ技術を模倣し、
屠殺し、打倒し、剣を砕き
成長に至る経験に共感し、
一万と三人の戦士をただの拳で殴り殺した
蓄積された年月を再現し、
それを越える信念を持って
あらゆる工程を凌駕しつくし、
魔に飲まれる前に拳と成す
頭痛が止んだ。だが、全身の回路はガタガタだ。
目に映るばかりの死に共感し、殺し尽くす経験を模倣したせいか、吐き気は止まらない。
当然だ。これは衛宮士郎が止めるべき者が成した幻想だ。
清浄な世界を作ろうとした男の末路だ。
だが、不思議とその理想に共感でき、その光景に十年前を重ねられた。
拳の靄を見、前を見る。そこに驚愕の表情の槍兵がいる。
だから、教えてやる。真名は一つ。
トレース オフ ノックアウト ソードブレイカー
「――――投影、完了 魔拳・死後世界」
side:ランサー
この小僧。何をした。何を成した。
その拳は俺の槍と同質の者。絶対的武装と呼称される。神域の武具。
その在り方は本来のサーヴァント達の宝具と多少の違いはあれど殆ど一緒だ。
だから、有り得ない。しかし、宿るべき精霊はいなくとも、目の前のそれはまごうことなく。
「魔王『理示度』の絶対的武装。何故? 貴様は何だ」
第三の勇者に殺された第三の魔王。その宝具ともいうべきそれを目の前の小僧、否、魔術師が創り出した。
この世界には残滓さえ存在せぬそれを、創り出した。
リベァーロン・ツヴァイ
先程の結界も同じだ、『世界の断層』。あのアーチャーの武装だった筈だ。
だが、俺には浮かび上がらない。あれは絶対的武装ではないが、それと比類するほどの幻想の一種。ふたつとはない、絶品。
魔術師は黙して魔拳を構える。落ち着け、タカギレツヤ。あれは魔拳だが、当たらなければどうということでもない。
槍兵の本文を忘れるな。サーヴァントならば、闘い、見極め。マスターならば殺す。それでいい。謎は謎のまま。闇に葬られる。
OK、全ては謎のまま。かっこいいじゃないか。
side:士郎
「―――ふッ」
槍を殴る。臆するな。全ては魔拳の経験が教えてくれる。
耐えろ、耐えろ、勝機を逃すな。拳で殴り、槍を弾け。
当たらない槍は気にするな。身体に当たる槍だけを見極めろ。
弾く、弾く、弾く、ジジ、ジジ、と魔術回路が悲鳴を上げる。
上げた悲鳴を意識的に無視。現界を越える魔力を魔術回路に流し続ける。
筋肉血管神経血潮、その全てががなりたてる。止めろ、これ以上は死に繋がる。
それがなんだっていうのか、だって、目の前の槍は本物だ。当たった瞬間死に繋がる。
だから、槍以上の速度で拳を繰り出さなくちゃ、死んでしまう。
ぶつり、筋繊維が断裂する。気にするな。一本、二本、三本、四本、一本、二本、三本、四本、気にするな。
断裂、切断、痛覚麻痺。目の前の脅威を唯の一度も喰らわずに乗り切れ。これは絶対だ。
神経が悲鳴を上げる。只の十合で身体は全壊。ならば百合受けて無事で要られるはずはない。
だけど身体は異常なまでに高ぶっている。気分は高揚。拳は魔拳。
勝てる道理はないけれど、負けられぬ意地が確かにある。
それに、このまま死んだら、助けてくれた誰かに申し訳ない。
下がり続ける身体を叱咤し、勝機を待つ。
「―――ッハ」
埒があかないことに痺れを切らしたのか、槍兵が槍を一閃する。
槍に溜め込まれた魔力が波となって、俺を襲う。
「あ」
ごぶり、と内臓に尋常じゃない衝撃を喰らった。
魔拳が唸りを上げる。完璧に作り上げたそれは俺の身体を貫こうとした槍を弾く。
「チッ、腐っても絶対的武装、持ち主がいなくとも絶対的武装、か」
槍兵は不満顔だ。漆黒は俺の間隙を貫こうと迫る。
糞、糞、糞。
「死んで、たまるか」
槍を避ける。バックステップで窓へと疾走。土蔵に、土蔵にいけば、親父の残した何かぐらいはある筈だ。
投影した靄以上の何かなど、土蔵にある筈はない。だが、可能性ぐらいは、存在するはず。
体中に有り余る魔力を使って投影開始。
トレース オフ
「――――ッ投影、完了」
大量の大極図が俺の身体を覆う。記憶の男と同じ姿。だが、俺の大極図は全て歪で形がない。幻想が甘い。
槍兵の怒号が迫る。駆ける、駆ける、駆ける。土蔵まで5メートル。遠い。糞。諦めきれるか、こんちくしょう。
槍兵は早い。そうだ、人間でないあいつは早い。
だが、俺は死ねない。ならば、駆けるまで。 リベァーロン・ツヴァイ
怒号、死速、打突。背中に衝撃。浮遊する大極図、『世界の断層』を背中に集中、弾ける。
剣を束ねて砕く音が背後で響く。
浮遊する。衝撃と共に中を飛ぶ。飛ばされる。土蔵の壁に叩き付けられる。
しめた。槍兵との距離は5メートル。さっき俺がいた位置に奴はいる。魔拳を構えろ。
土蔵の扉を殴る。堅く閉ざされた扉が開く。早く。
だが、土蔵には何もない。当然だ。何もない。
だが、どうしてここに救いがあると信じたのか。
魔拳で魔槍を弾く。聖魔混合、魔でありながら魔王を滅ぼした魔槍は。魔王の振るう惨劇の拳を跡形もなく砕いた。
「締めだ、魔術師。矮小なる人間の身ながらもこの俺にここまでさせたことに敬意を表し」
黒い槍兵は無表情のまま。
「疾く、ここで殺す」
槍を突き出した。
ラハ・ドリュエス
槍が迫る、あれはあらゆる生き物の魂を砕く。魂穿つ振動の槍。
穂先は常に振動し、貫いた者の魂を消滅させる魔王殺し。
一介の人間である衛宮士郎に防げる道理など、どこにもなかった。
穂先が肉に到達する。最後の大極図を完璧に、粉々に砕いたそれは、肉を貫こうとその身を振動させる。
肉が弾け、心臓が粉々に破壊されようとするその瞬間。
「ふざけるな、俺は――――!」
何もできずに死ぬことに、とてつもない恐怖を感じた。
見捨てた命があった。見捨てられた命があった。助けた命があった。助けられた命があった。
切嗣はこんな俺を助けてくれた。そうだ、俺は死んでいられない。脳裏に煌くそれに手を伸ばす。光が満ちる。
俺の身体を粉々にしようとした漆黒が弾かれる。漆黒を弾いたそれは剣。否、ひとつの剣であって剣の塊。
溢れる、目を焼くほどの光。床に描かれた召喚の陣が開く。異界の門が開く。
剣の塊を魔力で編まれた手が掴む。解析しきれないほどの剣でできた柄はその華奢な手の平に包まれる。
そのいでたちは騎士。しかし蒼い甲冑に包まれた肢体は女性。黒い槍兵は声をあげる。
「サーヴァントだと。魔術師、サーヴァントを呼びやがったな」
腰に届くほどの長い金髪。槍兵は騎士の目覚めなど待ってはいられないと言わんばかりに連撃を繰り出す。しかし、騎士は槍兵の打突の嵐をただの一撃で弾き、槍兵は押し負ける。
「あ、」
なんて、ことだ。目の前のこれはあの槍兵とは比べ物にならないほどの非常識でできている。包む鎧は鎧であって鎧ではない。その本質は剣。剣の集合体だ。掴む剣に劣らないほどの剣の塊だ。
あふれる剣の情報に脳がパンク寸前になる。剣の化身だって言われても否定できないほどの剣で包まれた少女は俺を見るなり。
「――――問おう。汝が、私のマスターか?」
そんなことを言った。
うまく、あたまがはたらかない。不利を悟った槍兵は土蔵の外に飛び出した。俺の頭の中には剣がひしめいている。
ぎぃぎぃ、ぎしぎし。
丘が浮かぶ。剣の丘。剣は丘を思い浮かべた瞬間消え去った。それに知らず納得して、少女を見る。
「七騎のサーヴァントが一騎、剣のサーヴァントがセイバー、召喚に従い異界より参上した。マスター、指示を」
マスター、サーヴァント、セイバー。混乱している頭に情報が一気に叩き込まれる。更に混乱する。俺がマスター?
左手の甲にはいつのまにか焼き鏝で押したような赤い痕。セイバーはそれを見て頷くと。
「――――これより、我が剣は汝と共にあり、私の運命は汝と共にある
――――ここに、契約は完了した」
なんてことを言った。
「契約? 一体なんのことだ」
俺としては、なにがなんだか分からないし。甲冑に身を包み、剣の塊であり一つの剣 −否、それは鞘− であるそれを持つ少女は一体なにがなんやら、という感じだ。ただ。
「わけわかんないけど。セイバー、とりあえずここから逃げてくれ」
こんな少女があの黒い槍兵とやりあって勝てるかなんていったらそれは否だ。だから、驚く少女を後ろに。
トレース オン
「ここは俺が食い止める。――――投影、開始」
魔拳を丘から引きずり出す。
「ッ、マスター、この身はサーヴァントとして召喚された身。マスターに闘わせ、逃げるサーヴァントがどこにいる」
セイバーの言葉を無視し、幾つもの死に共感する。大丈夫、俺は正義の味方になると誓った。
トレース オフ ノックアウト ソードブレイカー
「――――投影、完了 魔拳・死後世界」
だから、女の子一人守るくらいわけはない。
魔拳を見て、絶句する少女を背後に槍兵に向かい合う。
「セイバー!逃げろ!!」
精一杯の怒号をあげて、後ろに叫ぶ。槍兵はしらけた顔をして俺を見ている。
「馬鹿にしているのか。いや、知らないのか」
槍兵は俺の魔拳を見るなり溜め息をつく。
「どういう仕組みか知らないが、さっき砕いた感触で理解した」
疾る魔槍。死線は俺の魔拳と数合打ち合い。
「それは、ただの贋作だ」
魔拳は罅割れ、砕け散る。
「第一、おまえが逃がそうとしているその女」
俺の後ろを見、槍兵は凄む。まだ、逃げていなかったのか、糞。
「あれは俺と同じバケモノだぜ」
槍兵は、そう言って、黒い魔槍を手に近づく。
「マスター、後ろに下がってください」
少女、セイバーは俺を押しのける。
その背中はまごうことなき少女のもの。俺が守るべき誰かの姿。
「セイバー?」
ああ、くそ。俺はまた誰かに守られようとしている。少女はそんな俺を後の前に立ち、槍兵と向かい合うと。
「私に任せて下さい。それに、召喚早々、マスターに死なれたら私の立場がない」
悲しそうな表情で、そんなことを言った。
§
槍兵の言葉は誇張ではなかった。少女はその姿に似合わない剣で持って応戦している。
剣の刀身は90cmほど、幅は12cm。その刀身は見る限りは唯の西洋剣。だが、俺には分かる。理解できる。あれの刀身は幾千、幾万の魔剣、聖剣、名刀、名剣の概念でできている。
既に十合、百合を越え、セイバーと槍兵は刃を交わしている。
槍兵の怒涛の突きは、セイバーの目にも留まらぬ連撃の弾かれ。
セイバーの神速の攻勢は槍兵の旋風で薙ぎ払われる。
人知の及ばぬ攻防。それが今、目の前で行われていた。
「剣の勇者か、剣の魔王か。女、お前の名前はなんだ?」
槍兵の言葉にもセイバーは揺るがず、剣を振るう速度は緩まず。
「そう言うあなたはわかりやすいな。魔女の弟子よ。振動する魂砕きなどわかりやすすぎる」
槍兵は苦い顔をする。名前になんの意味があるのか。
「絶対的武装、いやこっちでは宝具と呼ぶべきか。それが有名すぎるってのも困りものだぜ」
「いや、ランサー。君の槍は完璧な不死の魔王を殺した業の槍。誇るべきものだ」
セイバーとランサーの勢いは加速する。速度は風を、光を越えて、打ち合い、せめぎあう。
「宿るべき精霊はいなくとも、か? しかし妙な女だ。少女の姿でこれだけの力を出すとは」
呟くランサーはセイバーとの打ち合いを止め、追撃するセイバーを振り切るように後ろに飛ぶ。
「は、マスターの指示かよ。すまんな、真名がばれた以上ここで貴様を殺す。セイバー」
槍の構えは変わらず。腰を落とし、突くように構えるその姿勢。
ラハ・
「さらば。名も知らぬ剣の英霊よ。魂穿つ――――
セイバーは不動、ランサーの槍には呪いにも似た量の絶望的な魔力が集まる。
真名で開放された漆黒の槍を見た瞬間に理解。セイバーではあの槍には耐えられない。ならば、自分がなんとかしなければ。
トレース オン
「――─―投影、開始」
分かっている。いままでのガラクタ如きじゃだめだ。あれを。あの記憶の中のあの黒い壁を。
絶壁のようなそれは、あの記憶の持ち主が辿り着いた世界の果てだ。矛盾の盾。絶対に砕けないそれを。
セイバーは不動。いや、その剣は先ほどから唸りをあげて主に退去を命じている。だが、セイバーは動かない、何故だ。
余計なことは考えるな、魂砕きはもうすぐ発動する。八節では間に合わない。だが、この壁は創られた瞬間から不敗。
それは、世界から何者も逃がさぬために
創造の理念を鑑定し、
それは理を頑なに秘匿する心
基本となる骨子を想定し、
絶対的武装、それに似た性質の屍をもとに
構成された材質を複製し、
ただ、それはそこにある
製作に及ぶ技術を模倣する
故に、盾に歴史は不要ず
ドリュエス
――――振動の槍」
トレース オフ カコトミライノカベ
「――――投影、完了。閉じよ、理の檻」
ラハ・ドリュエス
発動し、セイバーに到達しようとした それ はセイバーの心臓の真上で止まる。ランサーの顔が驚愕に染まる。
「ば、馬鹿な。何故、何故、何故、これがここにある」
貫かれることを覚悟していたセイバーはすぐさま叫ぶ。その表情は驚愕のそれだ。
ランサーも同様。否、槍兵はすぐにそれを理解したのか、笑いが浮かぶ。
「過去と未来の壁か、あんなものをここに持ってくるとはな。だがな、こんな贋作で俺の槍を止められると思ったか」
俺の幻想が甘かったのか。盾に罅が入る。ぴしり、みしり、ごきり、と。絶対矛盾の矛を砕いてもなお健在であった盾が砕け散る。
同時に、俺の体中の血管神経毛細血管から血が噴き出した。
「が、は」
ランサーに破壊された内臓もそのまま、断裂した筋肉も放ったまま。絶対的武装と呼ばれる俺の理解の外の武装を二度も投影した反動で心はバラバラ。もう、一つの死とも向き合う力もでない。なにより、あんなものを投影した負荷で、俺の脳味噌はとっくにいかれちまっていた。
「マスター!!」
勢いの弱まった槍を剣で弾くと。セイバーは俺に向かって走ってくる。ランサーはなにか、セイバーを追撃しようとするがその動きが止まる。
「くそ、お前らか」
昨日、今日、と学園に来なかった少女。遠坂凛が白い騎士を従え、そこに立っていた。
side:凛
本当に驚いた。ここからでは見えなかったが、あのランサーの宝具を弾くサーヴァントがいるとは。
剣を構えた少女はマスターであろう衛宮士郎を背に庇うと私たち −ランサー、アーチャー、遠坂凛− に対峙する。
「くそ、お前らか」
ランサーの口調は悔しげだ。まあ、事実そこの戦力外を抜かせば三対一。まぁ、セイバーもそう思っているのかマスターを最後まで守ろうと必死になっている。やっぱり、セイバーの方が良かったかしら。
いきなりマスターを閉じ込めるなんていう不忠義ものを背に考える。なんてね。
「セイバー、安心なさい。そこの衛宮君とは知り合いよ。だから、この瞬間だけ共闘しましょう」
「マスターの知り合いか。しかし、それだけで信頼に足るとは思えない。共闘は断らせてもらう」
「ふぅん、この状況で言うじゃない。でも、ね。それだと後ろの彼。死ぬわよ」
衛宮士郎は見ただけでもさっきの死に体とあんまり変わらない気がする。
ただ、少しだけだが徐々に身体が治癒されているように見えるのは何故だろうか。
セイバーは悔しそうな顔をしている。小さく、「我が身が至らないばかりに、すまないマスター」と衛宮君に話し掛けていた。
うわ、すごい。あんな可愛いサーヴァントに尽くしてもらえるなんて男冥利につきるってものね、衛宮君。
まぁ、そんなことを考えている暇もないんだけど。
戦闘に突入しているアーチャーとランサーを後ろ目にセイバーに話し掛ける。
「で、どうするの?このままあなたのマスターが死んでいくのをゆっくりと待ってる?」
セイバーは沈んだ顔だ。どうにもできないままマスターの姿をじっと見ている。
ジジ、ジジ、と何かが流れ込んでくる。ふらつく。息を整える。一瞬見、歯車のある剣の丘が見えた。だが、それを気にしている時ではない。今は目の前のセイバーに集中する。
「マスター、私はあなたに従います。指示を」
衛宮君は呼吸しているのかも怪しい。ああ、なんて失態。もう少し早くこれていれば。
でも、彼はマスターになったのだ。ならば、倒す敵。だけど、今回だけは助けてあげよう。
「とお・・・さか・・・? なんでここに?」
だって、少年は既に死にかけた身体で、それでも立っているんだから。
side:士郎
「とお・・・さか・・・? なんでここに?」
目の前の少女を見る。何故だか知らないが、パンクしそうな脳味噌を除いて、身体はきちんと動いてくれていた。
「いや、そんなこと考えてる暇なんかない。早く逃げないと」
投影しようとして、体中の回路がそれを拒否してくる。
「遠坂、俺が時間を稼ぐから、セイバーを連れて逃げてくれ」
気合でねじ伏せて、投影を開―――、唐突に目の前が真っ暗になった。
「あれ、なんで、急に暗く」
周りをきょろきょろと見回す。どこかで剣戟が響いてくる。なんだ、これ。
「ま、マスター、目が、目が見えないのですか」
セイバーの声が聞こえる。うん、彼女は無事だ。なら、早く遠坂に。
「遠坂、無事なら、早く逃げないと。あの黒い奴に殺されちまう」
セイバーの声を頼りに、意識をはっきりとさせ、未だどこかにいるであろう遠坂に向き直ろうとして。
「衛宮君、あなたちょっと休んでなさい。セイバー、来なさい。すぐに治療しないと、本当にあなたのマスター、死ぬわ」
そんな遠坂の声が聞こえた直後、ぶつり、とブレーカーを落としたように何も感じられなくなった。
Side:凛
「マスター! マスター!」
がくがくと、衛宮君の身体がゆすられる。だが、彼は動かない。当然だ。間近で見て、やっと理解できた。なにをやったのか、されたのかは知らないが彼の魔術回路も神経もずたずたに引き裂かれている。
「セイバー、聞きなさい。あなたのマスターはもう一刻の猶予もなく、今すぐにでも治療を始めないと死に至るわ」
セイバーはきょとん、としたあときっ、と顔を引き締める。引き締めたその顔はまさに戦士。
「だから、今だけでもいいから共闘しなさい」
頷くセイバー。それを見届けた瞬間、彼女は風になっていた。
剛剣一閃。アーチャーが防いでいた槍が弾き飛ばされる。
「引きなさい、ランサー。これ以上の戦闘を望むのならば、私も宝具を使わざるを得なくなります」
ランサーに向けられるあれは、剣? ガチガチに固まっていた結束を解くように、その本当の姿を見せようとしている。
ランサーも今にも解かれようとしているその中身を見て理解したのか、槍を収めると退く。
「わかったよ。じゃあ、そこの小僧にもよろしくな、セイバー」
以外とあっけなく、彼は退いていった。
「なんだったんだろ。あいつ」
こちらに向かってくる自分のサーヴァントと衛宮士郎のサーヴァントを見つつ、この傷じゃあ今度は本当に死ぬかなー、とかそう思った。
side:士郎
夢を見る。拳の夢を見る。
俺が投影したあれはこの世界の理で編まれたものではなかった。
けれど、この世界の理でなくても、あの魔拳は一人の男の心象風景。それも『■■■■』と呼ばれる世界を塗りつぶす大禁呪によく似た代物。
それは、絶対的武装と骨子も材質も技術も工程もちがっていた。だが、その基本となった理念は一緒だった。
だから、俺に他人の心を投影する。なんて、でたらめがまかり通ったのだ。
盾の夢を見る。真っ黒な炭のようなそれと、大極図。
やめろ、やめろ、と脳のどこかで音がなる。それを見てはいけない。理解してはいけない、と。
何故、と思ってやめた。これは夢だ。目の前に壁があって、俺の身体の周りには大極図がぐるりぐるり、と回っている。背景は10年前の光景で、事故で死んだ死体の代わりに俺が共感し、創るたびに殴り殺した死体が転がっていた。そんなぐちゃぐちゃな有り得ない光景は、絶対に夢なのだ。
目を瞑る。あの時、セイバーを見たときにあの頭痛を治めてくれた剣の丘を創造する。だけれどそんな光景はちっとも浮かび上がらない。
溜め息をついて、目を開く。壁を見て、目の前に修羅を見た。
ずんずん、ごんごん、がんがん、ずんずん。
頭痛のような痛みの連鎖。目の前の男は人ではない。投影した瞬間にこの男の心象をすべて理解していた。
ずんずん、ごんごん、がんがん、ずんずん。
男は俺に向かって話し掛けてくる。殺戮せよ。人とは醜い者。殺戮せよ。
ずんずん、ごんごん、がんがん、ずんずん。
切嗣に誓っていた。俺は正義の味方になる。だから、この男には頷けない。この男は俺の対極だ。
ずんずん、ごんごん、がんがん、ずんずん。
だから、俺は男に背を向ける。手を貸してくれてありがとう。助けてくれてありがとう。でも、おまえの理想には手を貸せない。
ずんずん、ごんごん、がんがん、ずんずん。
そうして、人間を愛し過ぎて、奇麗さを保つために殺し尽くそうとした男に背を向けた。
俺は拳の夢を見る。
ぶつり、とTVのチャンネルを変えるように目覚めた。
自分は居間に布団を敷いて眠っていた。なんでだ。
起き上がる。布団がふわりと、畳に落ちる。
きょろきょろと周りを見回して、時計を見て、まだ夜中だってことに気付いた。
「・・・・・・」
まだ頭がぼんやりする。ぼんやりして、目の前に男が立っていることに今ごろ気付いた。
「起きたか、小僧」
「誰だ、あんた」
その男を正面から見る。勝手に人の台所を漁ったらしく、男の口元には隠して置いたはずのどら焼きの餡がついていた。
「私はアーチャー、遠坂凛が召喚したサーヴァントだ」
「サーヴァント? って、あ、セイバーは?」
アーチャーは、ふむ、どうやら凛の懸念は当たっていたな。などと呟くと。
「セイバーは凛と共に風呂に入っている。何、凛が小僧の血で服を汚してしまってな、洗濯のついでだ」
「遠坂が、って、遠坂が!!」
顔が赤くなる。学園の優等生がうちの、衛宮の家の風呂に入っている。うわ、なんつーことを。
「む、小僧は凛に汚れたままでいろと、そう言うのか」
「ち、違う、あ、でも、だって遠坂だぞ。遠坂がうちの風呂に入るなんて、そんな、うわ」
ああ、あたまがこんがらがって、ああ、でも、セイバーと遠坂がいっしょに風呂に入ってるなんて。
「どうした小僧。顔が赤いが」
「ッ、なんでもない!」
一瞬、土蔵で初めて見たセイバーを思い出して真っ赤になる。あの姿は反則だ。健全な精神と肉体をもつ俺には反則的だ。
アーチャーはそんな俺の姿を見て、何がおかしいのか不敵に微笑んでいたりする。つーか、まだまだ青いな、なんて顔すんな。
「まだまだ青いな」
「ッ、言うんじゃねぇ!」
アーチャーはなんでか楽しそうだった。が、その顔が真剣な表情になる。
「小僧、おまえは聖杯戦争についてどの辺りまで知っている。サーヴァントのことを知らないようだが」
「聖杯、戦争?」
「どうやら何も知らないようだな」
アーチャーは溜め息を吐くと、簡単に説明してやろう、なんて偉そうに言った。
§
曰く、それは二百年ほど前から冬木で繰り返されている儀式らしい。
その内容とはあらゆる願いを叶えるという聖杯を手に入れる為に、聖杯に選ばれた七組のマスターとサーヴァントがその技を競い合い、他の六組を排除しなければならない殺し合い。
かんたんにいうと、願いをかなえてほしければ、殺しあって望みをかなえろなんていう小さな戦争。
遠坂は望んでこんなことをしているのか?
「馬鹿だ。なんでこんなことを平気で起こせるんだよ」
「違うな、小僧。望みに至るためならば他人をも殺す。人間の本質を突いた極めて合理的な争いだよ」
「おまえ」
アーチャーを睨む。
「犠牲は選ばれた六人。それで自身の望みが叶う。それのどこに不満を持つ。かなえたい願いがあるのならば、これほど効率的なことはあるまい」
「違う、そんなの間違ってる」
「どこが違うのだ。誰かの不幸で誰かが幸福になる。それは日々の営みだ」
違う、それは違う。何かが間違ってる。
「第一、お前らはそれでいいのか。これまであったこともない人間のために、そんな闘いに参加できるのか?」
そうだ、なら、こんな俺なんかのためにセイバーがこんな闘いに参加する理由なんてない。
「なんだ、そんなことか。言ったかどうか知らぬが我らはもとより死した身。それに、我々の報酬は聖杯だ」
「は? 死んでる? お前が」
「そうだ。だが、今回の聖杯戦争は毛色が少々異なっていてな。配役が変更された。元のサーヴァントはこの世界の英雄たちだった」
「だった? お前らは、その、何か違うのか?」
サーヴァントが英雄。それは初耳だ。第一サーヴァントなんてのは、聞いた感じ使い魔かなんかだと思っていた。思っていたが、目の前の自分より強そうで、頭のよさそうな男を見ていると違うような気がする。
「事の経緯は知らない。そうなった理由も知らない。だが、この世界とは違う、異なる理で支配された地より我らは召喚された」
「異なる理、別の世界」
浮かび上がるのは、黒い魔槍。ひとつの剣でありながら幾万の剣で構成された剣。世界を閉じ込めた檻。身体を覆う大極図。そして、魔拳。
「絶対的武装・・・」
アーチャーの眉が上がる。だが、それだけだ。
「気付いていたか。贋作とは言えあの壁を創ったのだ。ならば知らずともその言葉は出よう。そうだ、あれが本来のサーヴァントたちの切り札と同様のもの。君たちの言う宝具だ」
アーチャーはどら焼きを一つ取り出し、ぱくついた。おい。
「本来の宝具は、英雄たちのシンボルとも言うべきものらしいな。私はよく知らないが。まぁ、我らにとってもそう言う物だ。絶対的武装、それが分かれば何時の時代の勇者か魔王か分かる。だから我らにとっても宝具は切り札であり、隠すべき秘密だ」
「でも、なんで、そこまで隠す必要があるんだ。そんなに凄いんならバンバン使えばいいじゃないか」
「馬鹿か、少年。真名がバレるということは同時に弱点もバレるということだぞ」
弱点。このバケモノたちに弱点が。
「理解したようだな。例えば、先ほどのランサー。彼の真名はセイバーも気付いていたようだが、高儀裂耶と呼ばれた勇者だ。その武装は魂を穿つ振動する槍。ラハ・ドリュエスの名を冠したそれは対人宝具として最強の一つ。だが、それがわかっている我らは宝具を使われる前に倒そうとする。さらに、弱点についてだが、彼は生前毒殺されている。従って、それに連なる毒で殺せば済む」
つまりは、そのように、宝具が分かっているのならば、使わせぬようにしろ。弱点が分かっているのならそこを突け。アーチャーはそう言っている。だから宝具を無闇矢鱈と使うなと、真名を知られるなと言っている。
「理解したか、ならセイバーの真名と彼女の宝具を聞いておけ。できれば、死因も知っておいた方がいいが、その様子じゃ聞き出せそうにないな」
俺はどういう顔をしていたのだろうか。それに、こいつは。なんで、俺にこんなことを教えてくれるのか。
「ああ、どうしてわざわざ貴様に話してやっているか、と聞きたいのか。簡単だ、凛が風呂に向かった時に思い出したことがある」
「思い出したこと?」
ならば何故、その時に遠坂に話さなかったのか。
「今回の聖杯戦争にて呼び出されたクラスのうち。ライダーのサーヴァントに一対一では他の六騎は絶対に勝てん。従って、協力を要請する」
「な、」
こいつは、今、なんと言ったのか。
「ふん、信じられんといった顔だな」
「あ、当たり前だ。それに俺はまだ、聖杯戦争に参加するって決めたわけじゃない」
アーチャーは思案顔だ。その顔が俺を小馬鹿にしているのは何故か。
「馬鹿か。貴様は既にランサーと打ち合い、二対一ながらもそれを撃退している。聖杯戦争の善悪はこの際うっちゃっておけ。既にその身は敵と認識された」
「敵、俺が、あいつの」
「そうだ。第一、セイバーのマスターでなければ私も即座に貴様を殺している」
今、こいつはなんて言ったのだ。
「わからぬか。あの壁程度なら驚くことで済ませてやる。が、魔拳・死後世界は別だ。あれは私が潰した男の理想。それを扱える貴様の心は破壊しなければ気が済まん」
魔拳。あの魔拳の使い手をことごとく殺す、とこの男は言っている。
「だから、貴様が聖杯戦争を降りるのならば、私はその身を破壊する。覚えておけ」
脅しだ。こいつは俺を脅している。共闘しなければ、ここでこの身を破壊すると。
「く、脅しているのか」
「いや、脅してはいない。ただの忠告だ。大体降りるのならば私がやらなくても、最初にセイバーがお前を殺す」
「セイバーが、俺を」
「そうだ。彼女にも叶えるべき願いのひとつやふたつあるのだろう。なればこそ今更人間などに使われることを望もうとする」
そうか、アーチャーやセイバーは既に人より上位の存在。それが自分より格下の存在に扱われるなんて、それこそ我慢ならないことなのか。
「理解したか、小僧。だが安心しろ、そのための令呪だ。見ろ、その凶凶しい刻印を」
言われてやっと左手の甲を見た。そこには何かの印。
「覚えておけ。令呪はサーヴァントに対する絶対命令権のことだ。三回こっきりだがな」
「絶対命令権、こんなもの俺には必要ない。セイバーに命令なんかできるもんか」
アーチャーはやれやれ、と言った顔だ。
「全く、説明してやろう。これはサービスだからな」
と、いいつつまたどら焼きをひとつ口に運んだ。こいつ、全部食いやがった。
「令呪とはサーヴァントを律するためのものであると同時にマスターを証明する証でもある。わかるか」
「マスターの証?」
「そうだ。令呪は令呪に反応し、マスターが近くに居る場合は痛みを通してその存在を警告してくる」
いつのまに取り出したのか、客用の玉露で喉を潤すサーヴァント。
「更に、絶対命令権と言っても、別に隷属的な行動を指すわけではない。令呪の効果は命令の質によって変わるからな。例えば、「マスターの言動全てに絶対服従」などという命令は適用される時間が長く、全ての言動などという効果範囲の広すぎ、なおかつ曖昧なものには令呪の効果が薄まりその役目を欠片も果たさない。まあそんなマスターは早々にサーヴァントに愛想を尽かされ消えていくがな」
ふんふん、とその言葉に頷いておく。確かにその意見には賛成だ。そんな高圧的な態度でパートナーに接する奴なんかと信頼関係が結べるものか。
「逆に、令呪には瞬間的な行動を強化する。という命令も可能だ」
「どういうことなんだ」
「つまりだな。ランサーがセイバーに宝具を使うとしよう。その時にお前は既に死に体でセイバーはお前を後ろに庇った状態だ。壁なんぞ間違っても使えん。どうする」
「? セイバーが躱せばいいじゃないか」
「馬鹿か、お前はその時どうなる。セイバーの性質から見ておまえを放っておくとは思えん」
「あ」
つまり、そういうことだったのか、あれは。
先程の攻防。躱せる状態だったのにランサーのラハ・ドリュエスを躱さなかった理由。
それにいまごろ気付いた。
「分かったか。その時の対処など他にいくらでもあるがな。とりあえずは令呪を使うと前提の行動だ。それにはあまり突っ込むな。でだな、行動の強化という意味ではその時のセイバーに『その一撃に耐えろ』などと令呪を使えばいい。セイバーは自身にできることの限界を突破してランサーの宝具に耐え切ってみせるだろう」
なんか、それはところどころ間違っているような気もしたが、突っ込まないでおく。だってあいつがそう言ってたから。
「令呪の説明は終了だな。これで簡単に説明しておくべきことはもうないな。ああ、共闘の件とライダーの件は凛には言わないでくれると助かる」
アーチャーの言葉に頷いた。こいつは遠坂を不安にさせたくないのだろう。
その後、風呂から上がった遠坂に簡単に事情を説明してもらった。大体はアーチャーに聞いた内容と同じだった。
セイバーは俺に向かってなんかよくわからないけどあやまってきたので。俺も謝っといた。遠坂が変な顔をしていた。
遠坂は聖杯戦争に対して煮え切らない態度をとっている俺を心配してくれたのか。この戦争を監督している神父のいる教会に案内してくれるそうだ。
そこで詳しい話を聞いて、俺は降りるか、降りないかを決めようと思う。
サーヴァント・ステータス、また独自の世界観の用語集
絶対的武装:=宝具と考えて良しです
勇者と魔王:作中の説明と殆ど同じです
ステータス
セイバー
マスター:衛宮士郎
真名 :?????
性別 :女
属性 :秩序・善
筋力A・耐久A・敏捷B・魔力C・幸運A・宝具??
クラス別能力
対魔力C:第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
騎乗B:騎乗の才能。
大抵の乗り物なら人並みに乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
技能
直感A:戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を感じ取る能力。
研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知に近い。
視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。
アーチャー
マスター:遠坂凛
真名 :ボブ・ストーム
性別 :男
属性 :中立・中庸
筋力C・耐久B・敏捷C・魔力A・幸運B・宝具A
クラス別能力
耐魔力A+:魔術、魔法の類で傷を受けることはない。しかし、セイバーの剣やランサーの槍などそういうものは防げない。
単独行動B:マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。
詳細:三代目の勇者、ボブ・ストーム。農家の生まれである彼には父、母、姉と共に暮らしていた。
しかし、彼には魔法を扱う才能があったため、才能を見出した旅の魔法使い・フェルザサスに引き取られる。
ボブ・ストーム、五歳の夏のことだった。
その後、修行時代は過ぎ、十五歳の冬に魔法使いとして師の旅についてまわることになる。
各地を旅し、何度か小国間の戦争に傭兵として参加する。
また、その時の戦い振りを見ていた女神に惚れられ、『世界の断層』を受け取った。
その後も何度か戦争に参加するも、途中で師を魔王として開花し始めていた理示度に殺されてしまう。
師の仇として理示度を追うが、負の感情の発露で途中、魔王化しかける。
それを彼の生涯の伴侶として後に神格を得ることとなるアイーシャが抑えるも彼はアイーシャを傷つけてしまう。
それを悔いた彼は7日7晩、悪霊の棲む結界にこもり続けたといわれる。
そうして彼が結界から出てきたときに勇者としての魂が宿ったのだった。
その後、彼は戦場にて理示度を焼き殺し、その際に味方の流れ矢を受けて命を散らしたと伝えられている。
技能
魔術(魔法)A:彼の本質は弓兵ではなく魔法使いである。
異世界の戦闘において特化した魔術は既にこの世界での魔法の域に達している。
高速神言(偽)E:長い闘いの中で得た経験は彼の詠唱の無駄な部分を殆ど削り取ることに成功した。
また、その身に有り余る魔力によって多少の強引な詠唱を可能とする。
心眼(真)A:窮地において自身の状況と相手の能力を把握し、
その場で残された活路を導く戦闘論理。
宝具
リベァーロン・ツヴァイ
『世界の断層』
ランク:C
種別:結界宝具
レンジ:―――
最大捕捉数:―――
彼の世界にて結界を司る神であるリベァーロンより授かった盾。表面に武具を弾く性質の魔術が施されている。
あらゆる攻撃を防ぐと言われるが、この盾を構築している概念より強い概念にぶつかり合うと砕け散る。
その形は陰陽を表す大極である。
ランサー
マスター:???
真名 :高儀 裂耶(タカギ レツヤ)
性別 :男
属性 :混沌・善
筋力B・耐久B・敏捷A・魔力C・幸運B・宝具B
クラス別能力
対魔力C:第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
詳細:58代目勇者、生まれは小さな街であったが、彼が七歳の頃、覚醒していなかった魔王候補に街の住民が皆殺しにされる。
その時に妹を失ったことから精神に病を負う。
そんな彼を救ったのが、57代目の魔王であったラインウィッチである。
彼女は彼の中に眠る勇者の才に気付き、彼の精神と肉体に魔の教育を刻み込む。
彼が魔女の弟子と呼ばれる所以はそこにある。
そのように育てられた彼だったが、教育の終了とともに記憶を改竄させられ一般人と同じ生活をたどるようになる。
十五歳の春のできごとだった。
その後二年間は平和に時が過ぎるが、十七歳の時に魔王の配下に襲われ、記憶を取り戻す。
また、彼の絶対的武装であるラハ・ドリュエスはこの時に彼の手に渡り、彼自身も勇者の魂を受け継いだ。
更にこの事件の後、無限転生者の留川香澄や、ハルイド教のシスターと共に五十八代目の魔王を倒すに至る。
彼はその後、小国であった生まれ故郷のために大国の兵を一人で向かい、その全てを打ち倒すが。
痴情の縺れの果てに毒を盛られ死に至る。
技能
魔術B:身体能力の補助や簡単な攻撃魔術を使用可能とする。
耐精神操作A+:幼少の頃に受けた精神防御の教育は彼に対するあらゆる精神操作を無効化する。既にこれは呪いの域に達している。
宝具
ラハ・ドリュエス
『魂穿つ振動の槍』
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:2〜4
最大捕捉数:1人
高儀裂耶の絶対的武装。本来魔女の教育のせいか、勇者の絶対的武装に存在するはずの聖の加護が失われ、魔の加護が備わった魔槍と化している。
この槍に宿っていた精霊は既に力を失い死骸と化しているものの、呪いの域にまで高まった変質的な加護が彼の魔槍に未だ振動の魔術を施し続けている。
実際、魂を砕く云々は振動で止めを刺せきれなかった相手に対する保険のようなものであり、殆どの敵は槍に掛かった振動の魔術によって内臓を破壊され、死に至る。
また、真名をもって発動した場合は魂砕きの効果が強く、超振動によって肉体の破壊された相手に対し精神面からの攻撃によって追い討ちを掛けようという意地の悪い必殺武装である。