姉と妹はかく語りき
姉の話
ねぇ、ちょっと退院祝いになんか奢ってくれても良いんじゃない？
ほら、あそこにおあつらえ向きに甘味処があるし、ああいう店ってあんまり入ったことないから行ってみたいんだけど。
えーっと、私は抹茶白玉クリームあんみつ。
貴方緑茶だけでいいの？
じゃ、以上で。はい。
病院じゃ甘いものなんて見舞いのフルーツくらいだったから久しぶりね。
ん？ ええ、大丈夫よ。後遺症とかはまったく無いって。あの馬鹿神父も流石に命取る気は無かったみたい。
アイツが本気だったら私は入院どころか、今頃とうに雲の上よ。
で、話ってのはね、桜の事なんだけど――。桜って、そりゃ貴方の家で家事手伝いの真似事してる桜以外にどの桜が居るのよ。
そう、その間桐桜よ。あの子慎二が死んじゃって今一人ぼっちじゃない。
学校行ってる間とか、貴方の家にいる間はいいかもしれないけど、夜にあの忌々しい屋敷に一人って問題だと思わない？
どこが忌々しいって、死ぬほど忌々しいわよ、あの屋敷は。間桐の魔術を知らないから言えるんでしょうけど。
間桐の魔術を習うってのはね、身体を蟲に喰わせるってことと同意なのよ。
それがどんだけ苦痛か解ってる？
桜はね、昔は活発な子だったのよ。少なくとも、私の記憶に居た桜はいつも庭を飛ぶように駆け回ってて、危なっかしいったりゃありゃしなかったわ。
私は魔術の勉強で忙しかったから、いつもそんな桜を二階から眺めてた。そうね、あのころは私の方が暗かったのかも知れない。
それが、よ。間桐の家に行ってから二年くらいかしら。
久しぶりに見たあの子はね、私に気付かないで、下を向いてとぼとぼ、笑顔なんて忘れたっていう顔して歩いてたわ。もう、脳天を鋼のスリッパで叩かれたような衝撃よ。
だって、まさか預けられて一年とちょっとで、人生に絶望しましたって顔するようになってるなんて思わないじゃない。
怒ったわよ。当然。その頃まだ私は小学生だったもの。
でも直接桜に言うことはできなかった。間桐との取り決めっていうのが、幼い自分にも解ってたんでしょうね。
それに、言うべき人も居なかった。父さんはもうその頃には亡くなってたし、綺礼に言った所でどうかなるものでもない。
だから、――諦めたわ。そりゃもうすっぱり。桜はもう、間桐桜なんだから、私がとやかく言う筋合いはない。
そう、私は魔術師だったから。この一件が私の魔術師としての人生っていうのに影響を与えたわ。
ま、それでも、やっぱり切り捨てらんなくて、ずっとあの子の事は影から見てたんだけどね。
あ、ちょっとまって。きたきた。おいしそー。
白玉って食感がいいわよね。うん、なかなか。
妹の話
今日は暑いですから、どこかの店に入って冷たい物でも頂いてはどうでしょう。
ええ、さっきから疲れたお顔をしています。お見舞いの帰りに倒れるなんて縁起でもありませんから。
注文ですか？ と、……では、わたしも同じ物をいただきます。
わたしはいつも紅茶ですから、偶にはコーヒーも飲んでみようかと思ったんです。
はい、姉さんは……大丈夫みたいです。そんなに深刻な事態では無いとお医者さまも仰っていました。命に別状はないということです。
もう少し安静にしていれば、数日で退院できるとのことです。身体の方にはそれといって後遺症も残らないそうです。
ええ、わたしもほっとしています。姉さんに何かあったらわたしはどうしたらいいのか解りませんから。
姉さんは……、いつもわたしの身を案じてばかりいました。ずっとわたしの事ばかり気に掛けていてくれました。
小さい頃から、ずっとです。
――子供の頃、よく外で遊んだりしていた時、姉さんはわたしが何か危ないことをしでかさないか見守っていてくれました。
何時でしたか、わたしが庭で遊んでいる時に、上のほうから騒がしい声がするんです。
見上げてみたら、姉さんがこっちに向かって何か言いながら、窓から身を乗り出していました。必死に、わたしに「危ない！」って。
確か、わたしの側に大きな蛇が居たんです。蛇も危ないですけど、姉さんはもっと危なっかしいですよね。わたし、それを見て、姉さんに心配をかけちゃいけないなって思ったんです。
けれど、結局頼りっぱなしで、いつもおんぶにだっこでした。
子供の頃から、今の今まで負担をかけてしまいました。
わたしが、もう少し強ければ姉さんも安心できたのかも知れません。わたしが、ちゃんと笑って、幸せそうにしていれば良かったのかも知れません。
あ、申し訳御座いません。
ミルクを取っていただけませんか？
姉の話
うーん、御馳走さまでした。満足満足。
で、さっきは思いっきり話が脱線したから、今度はちゃんと本題に入るわよ。いい？
桜が今、あの呪われた洋館に一人暮らしってことは言ったわよね。
そこで、よ。どうせ朝夜貴方の家に行って御飯作ってるんでしょ？ だったらいっそ桜を住まわせなさい。
そうよ、同棲よ。
うわ！ ちょ、汚いわね！ 吹くんなら真上に吹き出しなさいよ！
もー、最悪。緑茶だったからべたつかないのが救いね。ほんと、どうしようもない救いだけど。
ちょっと、金魚みたいに口パクパクさせてないでそこらへん拭いておきなさい。
ほら、ちゃちゃっと拭き取る！
よろしい。
さて、話の続きよ。盛大に話の腰を複雑骨折させてくれたから、やる気そがれちゃったけど。
とにかく、桜は貴方の家に入り浸りなんだから、もう住民票移しちゃいなさいって言ってるのよ。その方が桜の為にもなるでしょ？
何が馬鹿げてるのよ。これは当然の帰結よ。
桜の意志？ そんなのオッケーに決まってんじゃない。むしろいつ誘ってくれるのかって待ってるわよ。きっと。
私の家は工房よ？ そんなところに住まわすワケいかないでしょ。私の家は色々と他にも問題があるからパス。多分、桜の方が遠慮するわ。
それに、貴方の家は馬鹿みたいに広いじゃない。離れの客間とか、貴方がトンデモない寝相ですっ飛んで行くか、桜が夜這いでも掛けない限り間違いなんて起こらないでしょ。
何真っ赤になってんのよ。その気でもあるの？
じゃ、いいじゃない。藤村先生も桜だったら喜んで迎えてくれると思うし、イリヤは……ちょっと微妙かな。ま、最近は仲悪くないみたいだからいいでしょ。
ほら、何も問題ないじゃない。
な、何よ。私があの子の心配をするのは当然でしょ！ 私はあの子の姉なんだから。
妹の話
……姉さんは、これからどうするのでしょうか？
あの、住む場所とか、生活とかですが。わたしは……、姉さんはわたしたちと暮らす方が良いかと思います。
ええ、やっぱり姉さんは姉さんですから。辛くても、一緒に暮らしたいです。
わたしは姉さんに「わたし」を返して貰いましたから、姉さんが自分になる番です。
わたしはずっと姉さんに守ってもらってきました。わたしの代わりに、姉さんは躯を差し出し、わたしの代わりに笑っていてくれました。
姉さんが一番苦しんでいたというのに、私はなにもできなかった。ただ、口を閉ざして、機械のようにあればいいと思っていました。
だから、今度はわたしの方が姉さんを守らないと……。
屋敷のほうも姉さんが居ないと大変ですし。
姉さんに出来てわたしに出来ないことはたくさんありましたけれど、わたしに出来ることで姉さんに出来ないことはありません……いえ、一つだけありました。
ええ、そうです。姉さん、整理整頓とか、そういう事は苦手でしたから。掃除しようとすると逆に散らかしちゃうんです。
いつも、掃除はわたしの仕事でした。
でも、それだけです。炊事、洗濯、裁縫、全部姉さんには敵いません。
姉さんが居なくなったらこれだけ仕事が増えてしまいます。
それに、屋敷にいれば、姉さんの記憶だって戻る可能性が大きくなるのではないでしょうか。お医者さまの仰るところでは、姉さんの記憶障害は精神的な原因が大きいということです。
なら、屋敷に居た方がきっと記憶が戻るきっかけもあると思うのです。
忘れたい記憶かもしれませんが、わたしはやっぱり姉さんには思い出して貰いたい。わたしたちを忘れたままなんて、それは悲しい。
姉さんが記憶を取り戻して、それで、姉さんに謝ってから、姉さんを許してあげなきゃいけないと思います。
そうですよね。
姉の話
ちょっと、士郎！ 聞いてるの？
え？ 声が大きくて恥ずかしいって、そんなの私もに決まってるじゃない！
あー、もう。速く勘定払って出るわよ！
妹の話
どうかなさいましたか？
お隣のテーブルですか。ええ、とても賑やかな人達でしたね。
それでは、志貴さま。そろそろ屋敷に戻りましょう。
あとがき
えー。叙述トリックっぽく書いてみようと思ったのですが、見事に失敗してしまいました。
会話文というのは難しいですね……。おそらく私には一生ほのぼのした話は書けない気がしました。
とりあえず、話の設定はセイバーend後の凛（蟲ジジイ？ 誰それ？）と、翡翠goodend後の翡翠ということになってます。
ですが、トリックっぽくするためにちょっとキャラクター造型も歪めてしまったので、登場人物は似非翡翠と似非凛って感じですね。
精進して出直して参ります。
投稿失敗。申し訳御座いません……○|￣|＿