「穂群の黒豹?をとりもどせ大作戦!」後編


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1: うが (2004/04/24 18:01:38)[ueharahetta at yahoo.co.jp]http://www.springroll.net/tmssbbs/


―――ここは穂群原学園内のとある会議室、前日と同じく楓を除く陸上部員達で会議が開かれていた。
部長の背後のホワイトボードには「穂群の黒豹?をとりもどせ大作戦!」が昨日のまま消されずに残っている。
「作戦名だけ決めて終わらせちまってどーすんだよ?」
……
「まったく、使えない部長だな…」
昨日、楓を元に戻すための具体的な案を何も考えずに会議を終了させてしまった部長が他の部員たちに口々に文句を言われる…。
「とにかく!とにかく何か案はないのかっ?」
半べそをかきながら部長が机を叩いた。
「それよりも何故楓があのようになったのか調べるべきであろうが」
眼鏡を掛けた白髪の女部員・氷室鐘の発言と共に会議室は静まり返った。
「やっぱり楓ちゃんに直接聞いてみるしかないのかな〜?」
眠そうにしていた部員が、暗くなり始めた校庭を眺めて言う。
「となるとやっぱり三枝と氷室があの状態の蒔寺に聞きだすってことだな」
部長が氷室鐘と三枝由紀香を交互に指差した。
―――その日の会議もあっさりと終了してしまった。
  




 
                   「穂群の黒豹?をとりもどせ大作戦!」後編

「蒔の字、聞きたいことがあるのだが…」
「何?鐘ちゃん、由紀っち」
いつも通りの昼休みの教室にいつも通りではない緊迫した空気が漂っていた。
最近おかしくなった楓についての話はいつの間にかクラスの中でのタブーになって、誰一人としてその話題については触れようとはしなかったのだ。
…あまりにも恐ろしすぎるから
「蒔の字、君は最近何かおかしいと思ったことはないのか?」
「えっ?特に変わったことはないけど…あ!」
「何かあるの?楓ちゃん」
由紀香が楓の机の上に乗り出した。
「杉田君の調子が悪いって事?」
『そんなことはどうでもいいっ!!』
三人組の話に耳を傾けていたクラス中の生徒達が一斉に突っ込んだ。
一人その杉田が教室の隅で寂しそうに身を屈めていた。
「他にはないの?例えばこの間の休日に変なものを食べたとか…」
「うーん、骨董店に行った後クレープ食べたぐらいしか覚えてないけど…」
「クレープ?確かに普段の蒔の字からすればおかしくもあるがそれでこのようになるとは…」
鐘は頭を捻った、周りも同じくうーん、と唸りながら首を傾げる。
教室は静まり返りその状態が五分ほど続いた。
「そういえば、骨董店で、すっごく綺麗で不思議な感じのするガラスで出来た白鳥を買ったよ」
『それだ――――――!!!』
B組の生徒一斉に叫んだそれは、学園中に響き渡ったと言う。
―――ちょうどB組の前の廊下を歩いていたC組の衛宮士郎が、両耳を押さえながら倒れていた。


 瞳に映るそこは夕日があたって鮮やかな朱色に染まっており、衛宮士郎ゆっくりと上半身を持ち上げた。
「あれっ…俺…」
B組の生徒達の絶叫に倒れた士郎は物静かな保健室に運ばれていた。
―――カタンッ
音がした方向のカーテンが開いて人影が見えた。
「誰だ?」
影が、夕日に射されて、凛とした顔立ちの美しい少女の姿がはっきりと映る。
「と、遠阪!今までずっと俺の看病してくれたのか?」
「何よ、私じゃ嫌だったって訳?せっかく授業サボってまでここにいてあげたのに」
ジロリと士郎を睨んだが、すぐに顔を変えて遠坂凛がやさしく微笑む。
その笑顔に士郎は視線をベッドに戻したが、その様子を見ていた凛は口元を押さえて愉快そうに笑っていた。
すると突然表情を変えて士郎に迫った。
「ねえ士郎、何であんなところで倒れてたの?」
顔を近づけてきたときに一瞬ドキッとしたが、凛のその真剣な様子を見て、士郎は彼女の質問に答えた。
「ちょっとな、B組の前を歩ってたらいきなり大声が聞こえてきて…」
「ああ、私もそれ聞いてC組の所に行ったら士郎が倒れてたのよ…にしてもそのくらいで倒れる?フツー」
「いや、あれをモロに聞いたらやば過ぎるぞ本当」
未だに耳鳴りがする耳を押さえながらりんの顔を伺った。
怒られると思っていたがなぜか凛はわずかに顔を赤らめて…
「それじゃあ心配させた罰として私にキスしなさいっ!」
―――!?
「なんでさっ?」
「いいからすればいいのっ!!」
そう言い凛は瞳を閉じてベッドに身を傾けた。
士郎は高鳴りする心臓を抑えながらゆっくりと凛に唇を近づけていく…
―――ガラガラガラ
 その音と共に保健室の蛍光灯が一斉に灯り、残りわずか五センチほどに近づいた二人はガバッっと条件反射的な勢いで離れた。
「いたたたた…失敗しちゃった」
誰か、かわいらしい声をした女子が薄いカーテン越しに映った。
「何部の人?」
とっさにベッドの下に隠れた凛が、士郎だけに聞こえる大きさの声で話す。
「あれっ?誰かいるの?」
その声に気づいたのか、足音が士郎と凛のいるベッドに近づいてくる。
凛はベッドの下の奥に潜り、士郎は茫然とカーテン越しの影を眺めていた。
―――シャッ!!
勢いよく開けられたカーテンの先には陸上部員の蒔寺楓が立っていた。
「えっと、確か…衛宮士郎君…だよね」
士郎は
「なんで俺のことを知ってるのさ?」
「えっ、だっていつも学園の備品を直してるって有名だから…」
「ああなるほど、ところで君は?」
ベッドの下では凛が、自分以外の女の子(しかも初対面)と親しそうに話している士郎を、家に帰ったらどんな風に痛みつけてやろうか、と考えている最中であった。
「―――蒔寺楓です、よろしくね」

「――――――はあっ!?」
ベッドの下から聞こえた怒鳴り声に、楓はその場でしりもちをついた。
―――ゴンッ!!!
その場で立ち上がろうとしたのか、何か鈍い音がして、頭を押さえながら凛がズルズルとベッドの下から這い出てきた。
しりもちをついた楓とベッドの下から出てきた凛、二人の視線が重なる。
「嘘、誰あんた、あんたみたいに楓は乙女っぽくないしそんなかわいらしい声出さないっ!!」
しりもちをついてお尻を擦っている楓を指差し、凛が叫んだ。
「どうしたの凛ちゃん?私は私だよ」
その楓の言葉に全身鳥肌が立ち、ずずずっとその場から凛が身を引いた。
「やばいっ、楓じゃないたとえ楓だとしてもまともじゃない!!…そうだ…士郎っ、楓にアレやってみて!」
「アレって何だよ?」
「あんたの得意な解析よっ!!」
そういわれてようやく理解した士郎は“分かった”と頷き眉をひそめて楓の肩に触れた。
「ちょっとごめんね、蒔寺さん」
視野を閉じ、肩に触れている指に僅か力を込めて彼女の内部を視る。
―――途端
     頭の中に湧き上がるひとつのイメージ
「―――んっ?体の奥に魔力が?」
「魔力?何でそんなものが…」
「…どっかから流れてきてるみたいだな…」
二人の意味不明な会話に楓は頭をぐるぐるさせていた。
「あのう…何か…」
「ねえ楓、あなた最近何かいわく有り気なところに行ったり、変なもの買ったりとかしなかった?」
「えっと…この間、遠阪さんに紹介してもらった骨董屋に行ったぐらいしか…」
骨董屋という単語に引っ掛かり、凛は頭を抱えた。
「やばっ、あの店って呪具も売ってたこと忘れてた」
そして凛は青ざめた顔で楓を見た。
「ねえ…もしかして買ってないわよね?」
「すっごい不思議で綺麗なガラス細工を買ったけど…」
「絶対に呪具だ…」
再び頭を抱えだした凛を心配そうに楓が眺めていた。
士郎は依然、二人をながめているだけだった。
「部活終わったらあなたの家にお邪魔してよいかしら?」
「いいけどどうしたの?後三十分ぐらい先だよ」
「うん、ちょっと結構かなりな事態なの、それじゃあ校門の前で待ってるわ」
凛はそう言うと、楓の膝に携帯用のかわいらしいカットバンを貼って、グラウンドへと楓を送り出していった。




「ごめんね、遅くなって…」
校門の前で楓を待っていた凛と士郎は、キョロキョロとまるで挙動不審のような忙しさで一層暗くなった辺りを見渡していた。
―――それもお互い顔を真っ赤にさせながら…
「どうしたの?」
凛が激しく首を振った。
「べ、べ、別に何にもなかったからね!それより早く行きましょう!!」
楓の肩を押しながら歩き出した。
「凛ちゃん、ところでなんで衛宮君もいるの?」
「その場の流れよ流れ」
三人は静まり返った穂群原学園を後にした。
夜空に浮き上がった満月が怪しい光を放ち、これから起こる悲劇を物語っているようでもあった。



「・・・・」
目の前に広がっているのは士郎の家よりもはるかに広い、蒔寺楓の住む和風な大屋敷だった。
これほどの屋敷に住んでいるのであれば確かに着物も似合うだろう、そう思いながら凛は何度か来たことのある蒔寺宅の玄関に足を踏み入れた。
「ライガ爺さん家みたいだな…」
一人士郎は門前で足を止めて立派な日本庭園を眺めていた。
「何してるのよ士郎、早くしなさいよっ!」
ハッと我に返り士郎は二人の元へと走っていった。

 ほのかに香るヒノキの廊下を歩き、ようやく楓の部屋へとたどり着いた。
畳の上にカーペットが敷かれたその部屋は和風の造りを強引に洋風にしているようであった。
部屋の壁の棚には様々なガラス細工が所狭しと敷き詰められ、障子の窓には風鈴が十数個、制限無しに掛けられていた。
このことから彼女の整頓能力の無さが伺えた。…同じ様な人間がもう一人いたな、と心の中で士郎は呟く。
この空間に対して違和感を感じてなさそうな凛を見た。
「…何?」
凛が不機嫌そうに口元が緩んでいる士郎を睨んできた。
「この間の骨董屋で買ったものってどれなの?」
士郎はそのまま硬直して動けなくなった。…いつの間に魔眼を使えるようになったんだ?、士郎は再び心の中で呟いた。
「机の上に置いてあるよ…」
楓は机の上に置かれた怪しいまでの美しさを放つガラスの白鳥を指差した。
「…士郎…」
「ああ分かってる、多分あれだな」
士郎はより深い解析をするためにそのガラス細工に触れた。
「あっだめっ!」
凛の忠告は既にそれに触れてしまってから聞こえてきた。
「う・・・・」
途端、体の中に何かが流れた。
しかしそれは初めての感じではなく依然も感じたことのあるように思えた。
「全く、なぜ私ともあろうものがこんなことにつき合わされねばならんのだ」
人が変わったように士郎は態度を変えて腕組みをした。
「ちょっ…どうしたのよ士郎なんかあんたアーちゃーっぽくなってるわよ…ってまさかこれのせい?」
凛は机の上のガラス細工に触れようとした。
「…っとあぶない、危うく触るところだったわ」
頬に垂れた冷や汗を拭いながらとりあえず生意気な士郎に人差し指を向けた。
「凛っ君は何をっ―――ぶぅっ!!」
廊下の障子を突き破って、特大のガントを喰らった士郎は中庭に吹き飛んでいった。
「凛ちゃん、何を…」
「大丈夫よ、死にはしないから…多分。それより楓、ちょっと目をつぶってもらえる?」
「え…あ…うん」
楓は素直に凛に従った、普段なら絶対に従わない楓であるから凛は多少の優越感に浸った。そして楓の額に優しく触れ―――
「終わったらすぐに起こすから…」
楓は意識を失った。
「さてと、どうしようこれ…」
ぐらぐらと揺れているガラス細工を眺めながら凛は手を唇に持っていき、考え出した。
「…魔術を行使して破壊?」
ふとカーペットの上に倒れている楓を見て胸が痛んだ。
「…はできないわね、一応これ楓のお気に入りみたいだし…大変だけどこれに施された術を解くのが一番有効みたいね」
再び机の上のガラス細工を眺めた…が机の上にはそれは無い。
「あれっ?どこに…ってあああっ!?」
知らぬ間に机から落ちたそのガラス細工が今にも床に叩きつけられようとしていた。
凛は咄嗟にバレーボールのレシーブの如く飛び込んだ。
―――ずざざざっ!!
間一髪のところで凛の手に拾われてガラス細工は一命を取り留めた。
「ふうっ…」
安堵の息を漏らし、凛はしっかりと両手に握られたガラス細工を眺める。…両手に握られた?
「あっ…やばっ…」
気づいたときには既に遅く、ガラス細工から放たれる魔力が体中を流れていった。

―――遠阪凛は、ここ一番というときに信じられない大ポカをしでかす―――
ガラス細工が壊れたのなら後で魔術で直せばよかったのだ……。



「こっ…これは……?」
凛のサーヴァントとして霊的に繋がっているセイバーが、マスターの元へ閃光の如く駆けてきた。
目の前には地獄絵図。
障子ごと中庭に転がってうめき声を上げている士郎、魔力で寝かされたこの家の住民、おそらく凛の施したものであろう。
…そして部屋の奥で金目になりそうなものをあさっているセイバーのマスターの凛。
とりあえずこのままでは犯罪になるのでマスターである凛を気絶させた。
「いったいなにがあったんです!?」
セイバーは床に転がるガラス細工を拾い上げた。
…セイバーは対魔力Aのため、この程度の魔力など無きに等しかった。
「まさか…これのせいで?」
掌のガラス細工に解呪の呪文を唱える。
途端にガラス細工から怪しい光は失われた。
セイバーはカーペットの上に倒れている楓に掛けられた魔術を解き、気絶した凛と中庭に転がっている士郎を抱えて足早にそこから去っていった。






――――――翌日、元に戻っていた楓を見て三年B組の生徒達は残念そうに、家から持ってきた様々な道具をゴミ箱に捨てたという―――


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