Fate/Moonlight Sword Vol.3 (M:桜 傾:シリアス


メッセージ一覧

1: (2004/04/23 02:15:37)[ruminasu901 at hotmail.com]

このスレが終わる頃には最終話です。もう少しお付き合いください。
プロローグ〜一話
http://www.springroll.net/tmssbbs/read.php?id=1081547860
二話〜三話
http://www.springroll.net/tmssbbs/read.php?id=1082240095
NG集
http://www.springroll.net/tmssbbs/read.php?id=1082054332

2: (2004/04/23 02:16:14)[ruminasu901 at hotmail.com]



Interlude

「パンドラは私を殺すんじゃなかったの?」
リズとセラと一緒に私は部屋に軟禁されている。
令呪を使えば良いんだろうけど、情けないことにライダーに反発してた時に二回も使ってしまった。
最後の一回を使ったらライダーを繋ぎとめるものがなくなってしまう。
・・・昔の私の馬鹿。過去に戻って引っ叩いてやりたい。
で、その私の問いにアサシンは肩をすくめた。
「貴公は人質だ。我が主はいずれ貴公を殺すだろうが、その前に倒さねばならぬ存在が居ると言うのでな」
「・・・サクラのこと?」
「名は知らぬ」
あっさりと答えを返されたけど、多分それは間違いない。
サクラは聖杯の贋作、間桐が生み出した聖杯だ。
でも、架空元素を操る能力を持ったあの子は、下手をすると私以上に穢れた聖杯の受け皿として相応しい力を持っている。
その先に居るのが、パンドラ・・・。
「・・・さて、主はここで待てといっていたが」
アサシンが部屋を出ようとする。
「どこに行くの、私は魔術師よ? 軟禁されていても脱出する術はいくらでもあるわ」
言外に見張っていなくてもいいのかと口にする。
こいつはまだ私を殺せない。でも逃がすわけにも行かないはず。
私と言う存在自体がアサシンを繋ぎとめる。そう考えて口にした挑発。
だけど。
「逃げたければ勝手にするといい。後ほどまた捕らえるまでだ」
・・・正論。アサシンのサーヴァントが何かを追うとしたら、それから逃れる術は無いに等しい。
アサシンが外に出て行く。
「リズ、セラ」
「はい」
「何?」
よく似た私のメイドに声をかける。
窓の外を見つめる。魔力の気配、聖杯の気配が明らかに強くなっている。
器は自分では無い。サクラでもない。
「・・・天のドレスを持ってきて」

                          Interlude




Side 桜

城門にたどりつく。と、キャスターがその足を止めた。
「アサシンか」
「いかにも」
入り口の前に、さながら門番の様に立つサーヴァント。
「ここよりは主の望む客しか通さぬ」
その言葉と共に、アサシンの視線が私を捕らえた。
「娘、貴公だ。我が主が待っている」
「・・・!」
やっぱりそうだ。私はアゾット剣に手を触れた。
「桜・・・」
遠坂先輩が心配そうにこっちを見る。
大丈夫。兄さんの剣が私に勇気を与えてくれる。
「キャスター、遠坂先輩、先に行きます」
「心得た。必ず後から行く」
キャスターは私の考えなど当に察していたのか、あっさりと首肯した。
先輩も溜息をついて、キャスターから降りる。
「キャスター、援護は私になるけど、構わない?」
「もちろんだ。ヘラクレスを召喚するほどの魔術師の援護なら心強い」
「・・・っ、当然よ」
私は微笑して、歩いていく。例えアサシンが何かをしたとしても、キャスターが防いでくれる。
だから、迷い無く。
扉は独りでに開いた。私が入ると、また独りでに閉じた。
「・・・来たわね」
黒いフードつきのローブに身を包んだ女性が、広間の真中に立っている。
パンドラ。いいえ違う。
「・・・間桐桜」
彼女は私をそう呼んだ。それに対して、私は首を横に振る。
「違います。私は、衛宮桜です」
そう言って、アゾット剣を抜く。
そう、この人は私。
間桐家で救い無く行きつづけ、贋作でありながら聖杯として機能してしまい、結果、その内にある呪いに身も心も捕われた、哀れなもう一人の私。

反英雄マキリ。
それがこの人の真名。

語り合う言葉なんか無い。全てに絶望した哀れな彼女の心を穿つ言葉なんて私には無い。
ただ、聖杯の偽作である私の未来を否定するためにも、あれには負けるわけには行かない。
影が伸び上がった。

「この世、全ての悪(アンリ・マユ)」

それは影の真名。いや、呪われた『魔名』と言うべきか。
その言葉が、私という存在を掻けた戦いの始まりだった。




Interlude

投影開始。
手に握るはどこまでも馴染んだ双剣。
「・・・はぁぁぁぁぁ――――!!」
その剣はアサシンの忍び刀に受け止められる。
「ぬっ・・・。やはり貴公、魔術師の腕力ではないな」
「ふん」
英霊エミヤなどに知名度は無い。未来の英雄への信仰など皆無。
もともとこの体の基本能力はそれほど高くできていない。
だが、足りないならば手段を講じて補うのが魔術師だ。
衛宮士郎が投影の欠陥を空想で補うように。この身が他のサーヴァントに及ばぬならば体を強化して補うのみ。
一太刀、二太刀。手数で上回る私の剣を、アサシンは忍び刀と身のこなしでかわしていく。
ならば。
上下左右、間を置かぬ連撃。二つが弾かれ、一つがかわされ、一つが掠った。
「っ」
崩せる。さらに追撃。
「我が名は・・・」
その瞬間、圧倒的な魔力の流入をアサシンに感じ、飛びのいた。
「服部半蔵正成!!」
瞬間、その動きが先ほどまでとは桁違いに跳ね上がる。一転して受身。
自らの真名そのものを宝具とする英霊か―――!
「我が骨子は死を生み出す―――!」
編み上げる。手に現れた剣の銘は「死」、鞘の名は「眠り」。
抜き放ち、鞘の力を解放する。砕け、その破片がヒュプノスの眠りもかくやと思わせる紫の霧を振りまいた。
「む、忍びたる我に毒で挑むか・・・!」
アサシンの手には何時の間にか槍。恐らくはそれこそがアサシンの本来の武装。
確かにこの霧は眠りの霧。だが勘違いするな、アサシン。
「凛、やれ――!」

「三番、五番、七番、投入、敵影、一片、一塵も残さず―――!!」

狙いが甘い、本人がそう言っていた魔術行使。だが、命中など期待していない。
今のアサシンを抑えるにはあれが必要だ。そのための時間が欲しい。

『体は剣でできている』

紡いだ言葉は自身の心へ向けられる呪文。

『血潮は鉄で、心は硝子』

手に持っていた「死」をその先に投げ放ち、呪文を続ける。

『幾たびの戦場を越えて不敗』

まともな効果は出ていない。

『ただの一度も敗走はなく、ただの一度も理解されない』

呪文は自らの心象風景をさらに明確に表していく。

『彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う』

アサシンが爆風から姿を見せる。

『故に、我が生涯に意味はあらず』

だが、間に合った。私が持つ真の宝具。固有結界。その名は――

『その体は、きっと剣で出来ていた』

その真名は『Unlimited Blade Works』、無限の剣製。
それが炎を走らせ、世界を上書きする。
「な、なんと・・・」
「まじ・・・?」
目の前でアサシンが、後ろで遠坂凛が呆然とした声を上げた。
「行くぞ、アサシン。句の用意は終わったか」
そう言って、私は目の前のカリバーンを引き抜いた。



                   Interlude Out



強化した体で影の間を走り抜ける。けど、すぐその先に槍の様に影が降りかかってくる。
「っ!」
闇は呪いだった。呪いは嘆きだった。嘆きは救いを求める声そのものだった。
身を掠られるたびに、抉られるたびに、その呪いが私の心を犯していく。

「死ね」

延々と繰り返される呪いの言葉。
並べ立てられる原罪と今まで知らず犯して来た罪。
下唇を噛む。痛みで血が滲んだ。でも、だからまだ大丈夫。
アゾット剣では影を切れない。これは直接パンドラに打ち込まなければいけない。
「どうしたの? そんな小さな魔力で私に挑んできたんでしょう? なら、策があるんじゃないの?」
フードの奥で、彼女はそう口にする。
一つある。ジャケットの裏に納めてあるあれが。
誰が作ってくれたものかわからないけど、魔力に対する護りをかけられたあれが。
「待機解除、飛び散りて輝け・・・!」
指先から閃光を放つ。効く訳が無いのは承知の上。案の定水飛沫みたいに私の魔術が弾かれた。
あの人は何も語らない。何も語らず、ただ私に影を叩きつける。
何故ああなったのか、何故こうするのか、その理由を語ることも無く。
放たれた影が私の肩を打った。服があっさりと腐食し、肩口が露出する。
何となくわかる。あの人は影をけしかけるだけ。接近さえできればきっと私でも何とかなる。
だけど、足元の影はそれ自体が呪い。
圧倒的なその呪いの塊を受けて、私自身が立っていられるのか。
右手にアゾット剣、左手をジャケットの裏に納めてあるそれに伸ばす。
そして、走る。足も呪いに犯されて傷だらけになっているけど、まだ走れる。
影をかいくぐり、掠っても気にせずに。
守りは一つ。無駄には出来ない。
決して得意ではないその魔術を、兄さんの言葉と共に借りる。
「同調、開始(トレース・オン)――!」
それに魔力を通す。抜き放った。紫色の、誰からもらったのかもう覚えていない、でも大切なリボンを『強化』する。
足元には呪いの泉。それにリボンを放り投げ、足場に変える。
捕らえた。後一歩。アゾット剣を構える。パンドラが身を動かした。フードが外れる。
あらわになったその素顔は、間違いなく私のもの。その口が、何かを口にする。

「――罪禍、疎まれた復讐(アヴェンジャー)」

それが、彼女の持つ最後の宝具の『魔名』だと気が付いた時。
私は既に影に飲まれていた。



Interlude

「ぬう!?」
アサシンは追い詰めた。
ただ、最後の一手を躊躇わせるのは。
この英霊がどちらの聖杯に取り込まれるのか、ということ。
イリヤであれば倒れる。桜であればあれの二の舞だ。
また、9のために1を捨てるのか。
「アサシン、降伏しろ。お前は私には勝てん――!」
気づけばそう口にしていた。何故今更、敵に情けをかけようとする。
敵対したものを容赦なく切るのが、英霊エミヤのあり方ではなかったか。
「戯言を・・・! 拙者は忠義を貫くのみ――!!」
「っ」
僅かに息を飲む。
そうだ、覚えている。こういう奴を踏み越えて、俺は戦ってきた。
大を護るために、確固たる信念を持って戦うものを『悪』として打ち倒した。
衛宮士郎はそのあり方を既に知っている。
そうだ、正義の味方は『悪』を求めずには居られない。
そして悪とは、正義の味方に敵対したもの。
衛宮士郎は俺とは違う道を行く。その先が何なのかは私は知らない。覚えていない。
だが。
衛宮士郎は英霊エミヤではない。だが、英霊エミヤは衛宮士郎だ。
ならば。
「・・・奴に出来て、俺に出来ないはずが無い・・・!」
そうだ。イメージするのは常に最高の自分。今の自分が最高だと思っていた、その上を衛宮士郎が行った。
ならば、さらにその上があるはずだ。
脳裏に浮かぶ綿密な設計図を放棄する。
アサシンを打ち倒し、負けを認めさせるための物を、その性質を持つ物を検索する。
すぐに答えは出た。あれがある。衛宮士郎があの時やって見せたものが。
「投影開始―――!!」
そう、それは既に自分の中にあった。
破綻した設計すら回路に組み込む幻想の補填。
問題は。
破綻した幻想を追う覚悟が、一度挫折した俺にあるのかどうか。
「血潮は鉄で・・・」
知らず漏れ出でた言葉。
「心は―――!!」
それは手に宿った。

「貪り喰らう、神織りし荒縄(グレイプニール)――!!」

キャパシティの差か、それは衛宮士郎のものよりも強靭に編まれた縄。
「ぬう!?」
ついで、引き寄せたカラドボルグを取る。槍で縄を打ち払おうとするアサシンの、その槍に向けて投げはなつ。
壊れた幻想、それを使おうとして、何かが拒絶した。
そうだ、グレイプニールを投影したことで俺のあり方は今までと変わった。
ならばこの剣でなすことは一つ。
「砕けし絶望(ブロークン・ディスペアー)――!」
それは壊れた幻想と同じ、だが、砕くものは我が身のうちに鬱積しつづけた絶望。
爆砕したカラドボルグが、アサシンの手から槍を弾き飛ばす。
グレイプニールがアサシンの体を完全に捕らえた。


結界が消える。グレイプニールに捕われたアサシンを見、歩み寄る。
「・・・成る程、貴公はそう言う存在か」
思い返せば、アサシンは数度、この世界の衛宮士郎と剣を交えている。
私の正体に気づくのも道理か。
「アサシン、私の勝ちだ」
「うむ、拙者の負けだ。だが魔術師よ、この忠義は決して譲れぬ」
直後、アサシンの口元から血が流れた。
「!?」
アサシンは不敵に笑い、消えていく。
「舌をかんで自害したか・・・、どこまでも武士だったな、アサシン」
結局、私には誰も救えないのか。その絶望が身を焦がす。
「キャスター」
遠坂凛が私の背中を叩いた。
「あんたは精一杯手を伸ばした。あいつがその手を取らなかっただけ。なら、あんたは悪くない」
「・・・そうか」
恐らく、彼女も気づいたのだろう、私が誰なのか。
その瞬間、急にマスターとのつながりが弱まった。
「な・・・」
「どうしたの、キャスター!?」
「・・・桜」
口にしたのと体が動いたのと、どちらが早かったか。
開いた扉の先には、サクラとその目の前の黒い塊しかなかった。


              Interlude Out





第四話 反英雄マキリ(1) 完

3: (2004/04/24 04:51:11)[ruminasu901 at hotmail.com]





始まりの刑罰は五種、生命刑、身体刑、自由系、名誉刑、財産刑、様々な罪と泥と闇と悪意が回り周り続ける刑罰を与えよ『断首、追放、去勢による人権排除』『肉体を呵責し嗜虐することの溜飲降下』『名誉栄誉を没収する群体総意による抹殺』『資産財産を凍結する我欲と採決による嘲笑』死刑懲役禁固拘留罰金科料、私怨による罪、私欲による罪、無意識を被る罪、自意識を謳う罪、内乱、勧誘、詐称、窃盗、強盗、誘拐、事象、強姦、放火、爆破、侵害、過失致死、集団暴力、業務致死、過信による事故、誤診による事故、隠蔽。益を得る為に犯す。己を得る為に犯す。愛を得る為に犯す。得を得る為に犯す。自分のために



脳裏に焼き付けられるその無数の罪状。
目の前には蟲。目の前には私。蟲に蹂躙され、悲鳴を上げる私。
変わる。
また目の前に私。かつて兄だった人に蹂躙される私。涙を流す私。
また変わる。
呪いに犯され、知らず人を殺す私。怯えて眠れない私。
さらに変わる。
壊れ、大切な人を殺す私。壊れ、狂って、泣きながら笑い、笑いながら泣く私。






やめて。






窃盗罪横領罪詐欺罪隠蔽罪殺人罪器物犯罪犯罪犯罪私怨による攻撃攻撃攻撃攻撃汚い汚い汚い汚いお前は汚い償え償え償え償えあらゆる暴力あらゆる罪状あらゆる被害者から償え償え『この世は、人でない人に支配されている』罪を正すための両親を知れ罪を正す為の刑罰を知れ。人の良性は此処にあり、余りにも多くあり触れるが故にその総量に気付かない。罪を隠すための暴力を知れ。罪を隠すための権力を知れ。人の悪性は此処にあり。余りにも少なく有り辛いが故に、その存在が浮き彫りになる。百の良性と一の悪性。バランスを取るために悪性は強く輝き有象無象の良性と拮抗する為強大で凶悪な『悪』として君臨する。始まりの刑罰は


変わる。
無数の人が私を指差す。お前もこうなるんだ。
変わる。
目の前に私。呪いに抱かれる私。その身を食い破り、何かが溢れる。
変わる。
世界。笑顔で笑っている人々。それを突然食らい尽くす闇。
変わる。
どことも知れない場所。笑っている私。ただワラッテいる私。





もういい、やめて。





自分のために■す自分のために■す自分のために■す自分のために■す自分のために■す自分のために■す自分のために■す自分のために■す自分のために■す自分のために■す自分のために■す自分のために■す勧誘、詐称、窃盗、強盗、誘拐、自傷、強姦、放火、侵害、汚い汚い汚い汚いお前は汚い償え償え償え償えあらゆる暴力あらゆる罪状あらゆる被害者から償え償え




変わる。
変わる。
変わる。変わる。カワル。かわる。カわる。変ワる。かわル。かワる。かワル。変ワル。変わル。カワる。

―――これが、これからお前が犯す罪。





もうやめて―――!!






『死んで』償え!!!!








耳をふさぐ。目を閉じる。でも消えない。頭が割れる、体が割れる、心が割れる。
目を逸らしたかった。どうしようもなく逃げ出したかった。
逃げて、逃げて、その手の剣で自らを貫きたかった。











変わる。

その光景に、何かを見て、私は思考が止まった。










―――俺は、■だけの■■■■■になる―――









一発で弾けた。
呪いに犯されていた体に強引に力をこめる。
同情した。自分がこうなっていたかもしれない、そう思うと怖かった。こうなるかもしれない、そう思うと怖かった。
でも弾けた。
その人は私の根源。全ての感情の始まり。
だから。
だから。








「――に、しないで――――!!」








Side 桜

その心の叫びで、私の意識が戻る。
どれだけ捕われていたのかわからない。理解したくもない。
この心のうちにはどうしようもない怒りしかない。
倒す倒さないなんかよりもっと単純。
「・・・そんな」
パンドラの声が聞こえた。
それこそ馬鹿にしている。そう、あの人がここに居ること事態馬鹿にしている。
苦しい、痛い、悲しい、存分にわかった。でも、それでも。


私と同じ人を好きになって憧れて、それでこうなったって言うの―――!!


アゾット剣を、兄さんの剣を握る手に力が篭もる。魔力が滾る。
「馬鹿に、しないで―――!!!」
その剣が凄まじい光を放って闇を叩ききった。視界が戻る。
体が熱い。呪いは確実に体を冒してた。でもだから何だと言うのか。
そんなものより今は心が痛い。こんなものに屈しかけた自分が情けない。
好きになって憧れて、隣に並び立とうと必死になって追いかけて。
私はそうやって走ってきた。だから。だからこそ。
「貴女なんかに、負けない――――!!」
「宝石剣―――!?」
『私』の悲鳴じみた声が聞こえた。影が伸び上がり、さっきまでとは比べ物にならない勢いで襲い掛かってくる。
でもそれが何だと言うのか。
この剣は兄さんが作ってくれた私の剣。
他でもない私が、この剣がこんなものに負けないことを知っている―――!
躊躇いなく振りぬく。眩い閃光と共に剣に触れた闇が霧散する。
「桜・・・」
遠坂先輩の、『姉さん』の声が聞こえた。
そのそばに、キャスターも居る。
手には私の剣が。身には兄さんとのラインが。
私が一人じゃないことをどこまでも教えてくれる。
自分勝手に一人だと思い込んで自滅したこんな人に、負けるものか。
屈しない。逃げない。
苦しみも悲しみも怒りも絶望も、あれだけのことがあれば認めるしかない。
でも、それでも。
「兄さんに、衛宮士郎に憧れて、衛宮士郎を愛して―――」
そう、それだけは。
「衛宮士郎に愛されて、護るって誓ってもらえて―――」
それだけは、絶対に。
「それなのに、こうなった貴女なんて絶対に―――」
ありったけの魔力を剣に叩き込んで、呪文も何もなく、ただ開放する。
思いのままに、怒りのままに―――
「絶対に、認めてなんかあげない!!」




Interlude

それは、自分と衛宮士郎が繰り広げるかもしれなかった戦いだった。
結局、サクラは聖杯を無い物にして、自分の存在を消したかっただけだったのか。
それは、間違いなく自分とよく似てた姿。
だが、それは衛宮桜の根源を冒涜するものだったのか。

――馬鹿に、しないで

その叫びと共に放たれた一閃は、彼女の心のあり方の様に猛り輝いていた。
宝石剣と見間違えるほどの輝きは、彼女自身の感情の発露。
衛宮士郎への純粋すぎるほどの感情がその剣の力を変えたのか、衛宮士郎の妹の助けになると言う願いが桜の意思に答えたのか。
魔法でなければ打ち倒せないはずの影を叩き斬った。
「・・・桜」
遠坂凛の声が聞こえた。
マスターの、桜の真っ直ぐすぎるほどの思いの叫び。
その元となっているのは衛宮士郎への純粋な憧れと好意。
その声が、サクラだけでなく私をも打ちのめす。
彼女が見てきた衛宮士郎は愚直なほどの真っ直ぐさを持っていた。
その背中に憧れ、彼女も走り出した。
それなのに、その肝心の衛宮士郎の行く先は、過去を無かった事にしようと捻くれた英霊。
唇を噛む。情けない。情けなさ過ぎて、泣けてくる。
衛宮士郎と打ち合い、その理想の前に破れたとしても、ここまで自省はすまい。
間違っているとか、居ないとか、そんなことではなく。
悔しいのは、この世界の桜の様に、ひょっとしたら居るかもしれないこの自分に憧れた人を裏切っていたこと。
「馬鹿か、私は・・・」
過去を無かった事になどできない。犠牲にしてきた者のためにも道を曲げることなど出来ない。
そうして、私はサクラを見つめる。
衛宮士郎だった頃に抱いていた理想。
全ての人を救う正義の味方になりたい。
そんな事はありえない。だから一を殺して十を救い、十を殺して百を救った。
そうして感謝されることもなく、怒りと罵声のみをこの身に受けた。
切り捨てるべき一として、彼女はそこにあった。
だが、何故こうまでこの手は動かない。いや、どうしてこうまで動きたがっている。
殺そうと思えば動かない。なのに、別の衝動が動かそうとする。
懐かしい、忘れ果てていたその衝動。何の考えもなくただ飛び出していたその思い。
思い出した。
英霊として、世界と契約を結んだその理由を。
一を殺すことを嘆いたから、その一まで救う力を求めて契約したのだ。
なのに、結果としてその一を救えずに、英雄としての力を持ってしても救えないことに気付いて、絶望した。
自分が知る限りの最高の力を得て、それでも不可能だったから諦めたんだ。
だから、責めるべきはその理想を追い求めた自分じゃない。
そこで諦めた自分。
一歩、足が進んだ。
「キャスター?」
遠坂凛の声が遠くに聞こえる。
いつの記憶だろう。朝焼けの中自分を見つめる彼女の顔が浮かんだ。

「大丈夫だよ、遠坂。俺は、頑張るから」

その言葉は、どうして出たものだったのか。
遠い昔のような、つい最近のような、その記憶が、その言葉が、私の、俺の、背中を押した。


             Interlude Out



Side 桜

ぼろぼろになって、それでも私は体に倒れることを許さない。
『私』はその私を呆然と見詰めたまま、それでも影を向けつづける。
屈するものか。その顔を一回引っ叩いてやるまでは倒れるものか。
「桜」
その肩に、キャスターの手が置かれた。
「え?」
「十分だ。君の怒りはサクラに十分に伝わっている。だから、後は私の役目だ」
そのキャスターの笑顔が、どうしようもなく兄さんに重なって見えて、私は息を飲んだ。
誰にも邪魔をさせないつもりだったのに、この戦いだけは私の役目だったはずなのに。
何故だろう。その笑顔を見た瞬間、私の戦いは終わったんだと理解した。
「・・・先輩」
『私』がそう口にする。それがキャスターのことなんだ気付いた。
「サクラ」
キャスターが、『兄さん』が私を背後に押しやった。
沈黙。さっきまでの攻防の疲れで、膝から力が抜けるのを感じた。
その私を、手が支えた。
「・・・あ」
「・・・全く、無茶するわ、この娘は」
うん、そうだ。思い出した。あの闇の中で見た、桜という人間にとって大切な人の一人だった人。
「姉さん・・・」
「・・・!」
思わぬ言葉に遠坂先輩は、姉さんは目を見開く。
「リボン、役に立てられませんでした・・・」
「・・・いいわよ、もう」
力は入らないけど、後はもう見届けるだけ。
意識さえ保てれば十分。
姉さんに肩を借りてその場から少しはなれて、『私』と『兄さん』の相対する様を見届ける。
不思議と、何に対しても不安はなかった。




Interlude

天のドレスを身にまとい、私は廊下を歩く。
こんな事態になるなんて思わなかった。聖杯と言う器を必要とせず、あれは生まれようとしている。
並行世界で自分を解き放ったパンドラを目印に、直接現界しようとしている。
アサシンが倒れたのを感じた。なのに、その魔力は私には流れてこなかった。
きっと桜にも流れていない。
あの魔力は、直接あれに呑まれたんだ。
急がなければいけない。あれを封じないといけない。ヘブンズフィールは、閉じなければいけない。
なのに。
「・・・初めまして、だな。聖杯の少女」
その男は、目の前に現れた。
後ろに居るのは青いサーヴァント。ランサーだ。
「・・・監視役」
「いかにも」
「私をどうする気? この天のドレスに人が触れれば金に変わるだけ、貴方にはどうにも出来ない」
「そうだな。だが、その為のランサーだ」
監視役はランサーを見て、
「ランサー、最後の仕事だ。聖杯を大聖杯までお連れしろ」
そう言うと同時に、監視役はあっさりと令呪を使った。
「・・・正気かてめぇ、これで三つ目だぞ?」
「無論正気だ。この仕事が終わればお前は自由だ。別の人間と契約を結ぶなりすればいいだろう」
「・・・その前にてめぇを殺してやってもいいんだぞ?」
その言葉に、監視役はあっさりと笑う。ランサーは唾を吐くと、
「嬢ちゃん、そう言うわけだ」
「・・・わかったわ。どの道大聖杯には用があったし」
言って、令呪に魔力を通す。
ライダー、私は柳洞寺地下に行く。私の定めを果たすから。
・・・ごめんね、ライダー。
「さぁ、私を大聖杯に連れて行きなさい」
最後の迷いを振り切って、私は青いサーヴァントに命令した。


             Interlude Out







第四話:反英雄マキリ(2) 完

※呪いの文はセイバールート、聖杯の呪いを直接写し書きしました。

4: (2004/04/24 16:31:32)[ruminasu901 at hotmail.com]




Side 『シロウ』

「サクラ」
一歩。二歩。
「―――っ!!」
サクラの足元から影の槍が放たれる。肩を射られた。腹を殴られ、吹き飛ばされた。
「―――!?」
サクラの表情が驚きに歪む。俺は、ただ立ち上がる。
また一歩。二歩。近づこうとするたびに、サクラは陰の槍を放って、そのたびに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
だが、体の痛みなどどうということはない。
辛いのは、悲しいのは他にある。
だから、立ち上がってまたサクラに向かって歩く。
「・・・あ」
「どうした、サクラ? お前の怒りも悲しみも憎しみも、そんなものじゃないだろ」
「―――何を」
「ぶつけて来い。全部、受け止めてやる」
そう、全部受け止めてやる。俺は避けないから。
その言葉が聞こえたかのように、サクラが叫ぶ。
「・・・今更、今更、私を救おう何てしないで下さい、先輩!!」
さっきの数倍の量の影の槍が、俺に襲い掛かる。
避けない。その槍が、俺の体を何箇所も貫き、壁に縫い付ける。
「私に希望なんか教えて、結果として、その希望すらあれに利用されて・・・」
ああ、何年ぶりだろうか。記憶の中に埋もれていた彼女が、ずっと抱えていたそれは。
それは、どんな形ではあっても、サクラの本当の感情。
「先輩なんか好きにならなければ良かったのに―――!!」
自分を否定するその叫びと共に、泥の塊が俺に襲い掛かる。全身が焼ける。
「が・・・っ!」
うめき声が漏れた。だが。
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
渾身の力をこめて、その闇から体を引き剥がす。
サクラの目が驚きに見開かれた。が、すぐに憎悪に満ちた目に変わる。
憎悪? 馬鹿な。
あれは慟哭だ。
そう言う存在として、定義されてしまったが故の慟哭。
だから。
「サクラ」
ただ、名を呼ぶ。
「来ないで下さい―――!!」
叩きつけられる闇の礫。闇の槍。泥の塊。
「来ないで、来ないで、来ないで来ないで来ないで!!」
貫かれ、弾かれ、何度も壁に叩きつけられ、この体はもうぼろぼろで、いつ消滅してもおかしくないはずなのに。
「救いなんていらない、希望なんていらない!! だから先輩も要らない!!」
それなのに、その言葉を聞くたびに、この身はどうしても消えることを許さない。
「また絶望するくらいなら、希望なんていらない―――!!」



Side 桜

「あ・・・」
姉さんのうめき声が聞こえてきた。
当然だと思う。あんな一方的なもの、見ているほうが辛いから。
でも、目を背けるわけには行かない。
背けちゃいけない。
「・・・キャスター。ううん、『兄さん』」
肩の令呪に手を当てて、呟く。
「『頑張れ』」
二つ目の令呪に願いをたくす。
たぶん、この後消えるしかないだろう彼のために。
衛宮士郎が衛宮桜に手を差し伸べたように。
エミヤシロウがマドウサクラに手を差し伸べられるように。
「『頑張れ』―――!」
三つ目の、最後の令呪にも、ありったけの願いと魔力を込めて解き放つ。
「桜・・・、あんた」
「頑張れ、頑張れ・・・」
もう令呪も無いのに、私の口はそれしか口に出来ない。
「頑張れ・・・、兄さん」



Side 『サクラ』

そう、いつもこの人はこうだった。
もうかすかにしか覚えていない、根源の記憶。
決して飛べない高さに棒を据えて、延々と高飛びに挑みつづける一人の少年。
それが根源。それが始まり。
本当に、それさえ見なければ、そう思うほどに自分の中に食い込んだ一つの光景。
「何もいらない、だから、何も与えないで―――!!」
一番欲しかった先輩も要らない。
だから、だからもう。お願い。
私を、必要としないで。


正気に戻った時、私はどことも知れない場所にいた。
そして、そこが英霊の座と呼ばれる場所なのだと何故か知っていた。
たった一人、自分だけがそこにいる場所。
どうして私が英霊なんかになるのか。
全てを憎んで全てを壊して、全ての悪を解き放って全てを滅ぼした、そんな存在がどうして。
その答えは、現界した時に叩き込まれた。

停滞した世界の消滅

進むことを止め、ただ漫然と日々を過ごす堕落した世界を、救いようもないほどに荒廃した世界の処分者。
それは天秤を揺らす役目。
世界が、私に滅ぼすことを望んだ。
理解して、ただワラった。ワラうしかなかった。
奪って、殺して、泣き叫ぶ声を聞いて、これから先未来永劫、この望んだこともない殺戮をなさなければいけない。
「あは、あはは・・・」
そして、世界を滅ぼすと言うことは、つまり。
英霊となった先輩と、常に戦わなければいけない役目だということ。
もう、ただ永劫に。
「あはははははははははは・・・」
だからワラった。そうするしかなかった。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――」
そうして、私の座は永遠に空虚な笑いが木霊する。
死ねば開放されると、最後の希望で選んだ道の先にも絶望しかなかった。
だから、私はもう希望なんていらない―――!




Side 『シロウ』

『頑張れ』
『頑張れ』
令呪に乗せられてまで届いたそれは、この上もない激励。
心配ない、桜。例え何度跳ね返されようが、この命尽きても手を差し伸べつづけよう。
サクラを見る。
「あ・・・」
見ろ。本当に希望なんかいらないなんて言う奴が、あんな悲しい目をするものか。

まるで幻視の様に見た光景。
それは衛宮桜の、そして衛宮士郎の共通した記憶。
怯えて、石を投げつづける桜に怒らず、逃げず、屈することも無く、ただ前に進んでその手を取った自分ではない自分の姿。

まるで今の自分達だ。
そう思い、だからこそ笑う。なら大丈夫。きっと届く。
もう自分の体がどうなっているかすらわからない。
立っていることも辛い。
なのに、どうしていつも自分への暗示の言葉が出てこないのか。

この体は硬い剣でできている。だから、少々のことは耐えていける。

ずっとそう思っていたのに、何故今その言葉が自然と浮かばなかったのか。
そう、この身が抜き身の剣ではまた彼女を怯えさせるから。
だから、自分への暗示はまた別に。

この体は、絶対に砕けない■でできている。

浮かんだ言葉。不思議なほどに自分にあった。
だから、進む。
また闇が体を打った。
だが、今度は吹き飛ばされることも貫かれることも無く。
体を冒す泥などまるで気にせず、進む。
「来ないで・・・、先輩」
冷徹だった声がひび割れている。

ただ倒すだけなら、ルールブレイカーを投影すれば済むことだった。
でも、それじゃ駄目だ。
人を救うって言うのは、その人の在り方を救うって言う事なんだと思うから。
ただ命を助けるだけじゃ、ただ開放するだけじゃ、ただの押し付け。

「サクラ」
手を伸ばす。差し伸べる。
「ぁ・・・」
「俺に、もう一回だけ、機会をくれないか?」
俺が差し伸べた手を見つめて、俺の顔を見つめて、サクラが泣きそうな顔をする。
「この先全ての絶望から、サクラのことを護る」
「ぁ・・・」
「サクラだけの正義の味方にはなれないけど、それでもサクラが何をしても絶対に救ってみせる」
「・・・せん、ぱい・・・」
「機会をくれ。サクラ」
サクラの手が、震えながら伸びる。もうずっと、浮かべたことも無かった笑顔で、俺はそれを受け入れる。
手を、取った。抱きしめる。
「ぁ」
「・・・ごめんな」
何に謝ったのか。
「・・・先輩、勝手です。勝手すぎます・・・。私、また、開放されたいなんて思っちゃうじゃないですか・・・」
「正義の味方って言うのは、自分勝手でないとやってられないんだよ」
「酷いです、先輩・・・、ほんとに、ひどい・・・」
でも、そう言って泣きながらも。

お前は笑ってるじゃないか。

だから、俺は自分を誇る。やっと、俺は誰かを本当の意味で救えたのかもしれないと。
ああ、疲れたな・・・。



Side 桜

姉さんの方を借りて、二人の下へ歩いていく。
「・・・キャスター」
ぼろぼろで、生きていることが不思議なほどぼろぼろの姿で、キャスターは私を見た。
「見ろ、マスター。私は、頑張ったぞ」
「うん」
涙が浮かぶ。
泣いている『私』を見て、キャスターを見て。
「しかし残念だ。令呪があったとしても、もう私は現界はできまい」
「うん。わかってた」
「そうか。そうだな」
『私』が顔を上げて、何かを呟いた。
影から何かが浮いてくる。
「な、あんたまだ!?」
姉さんが驚いて私を庇おうとして、でてきたものに呆然とする。
「・・・間桐君・・・!?」
「私を召喚した人です。この身に取り込んで回路を強引に開いて、魔力だけを貰っていたけど、それももう終わり」
間桐先輩は気を失っている。体に浮いていた令呪もゆっくりと消えていく。
「衛宮桜さん」
言われて、私は『私』を見つめた。
「私と言う存在は、居るだけで聖杯を具現化させ、アンリ・マユを呼びます。もう時間が無い」
「・・・どういうことよ?」
姉さんが呆然と呟く。
「私には、あれをどうにかする力は無い。同じ存在だから」
消えていく。
世界を滅ぼした闇を振りまいたその行為を、あの箱になぞらえて『パンドラ』と称した彼女。
この聖杯戦争のバーサーカーとして召喚された彼女。
聖杯戦争が生み出した、平凡な生活を奪われた彼女が。
「柳洞寺地下へ。イリヤスフィールは既に向かっているはずです」
頷く。そして、キャスターを見る。
「すまないな、マスター。私もここまでだ。だが、大丈夫だろう?」
「うん。私は、一人じゃないから」
「そうだな」
キャスターは嬉しそうに微笑んで。
「ああ、安心した」
そう言って。

反英雄マキリと英霊エミヤは、その姿を消した。

「・・・桜」
姉さんが声をかけてくる。
「戻りましょう、姉さん」
立ち止まっているわけには行かない。



Side 士郎

「シロウ、本当に平気なのですか?」
「ああ、大丈夫だって、セイバー」
全弾使い切る投影をやった直後にエクスカリバーの魔力徴収を受けたのだ。
以前と同じように当然倒れるはずだったのだが、俺は気を失うことは無かった。
「エミヤの魔力が成長しているように思う。俺は魔術はよくわからんから断定は出来んが」
「いえ、それは正しいでしょう」
アーチャーとライダーが言葉を交わす。
だが、俺の記憶が正しければ、魔力のキャパシティはそう簡単に増えるものではないはずだが。
第一、半分は気合だ。
桜が頑張っているのに俺が倒れるわけには行かない。
・・・まぁ、歩ける状態ではないからアーチャーの肩の上なのだが。
城にたどり着き、門を開こうとする。が。
その前に向こうから開いた。
「む、凛」
「アーチャー。それに皆も。無事で終わったのね」
「桜!」
疲労とか考えも行かなかった。ぼろぼろの妹の姿を見て、俺はアーチャーの背中から飛び降りていた。
「桜、大丈夫か?」
「うん。姉さん、遠坂先輩が治療してくれたから。それより」
桜はライダーを見て、
「イリヤちゃんは柳洞寺に行ったらしいの。ここには居ない」
「・・・イリヤ」
ライダーが唇を噛む。
「アーチャー。悪いけど、もう一人連れて帰らないといけないのが増えてるわ」
「む?」
「あれ」
広間の真中、倒れている男が居る。
「・・・慎二!?」
「パンドラのマスターだったんだってさ」
遠坂はそう言って、アーチャーに手を借りて肩に上る。
と、どこを見回してもあの赤い長身が見当たらないことに気付いた。
「・・・桜、キャスターは?」
「消えたわ」
桜の代わりに遠坂が答えた。
「パンドラも消えた。これで同盟は解消、と言いたいところなんだけど」
ああ、そうだ。この同盟はパンドラを倒すまでのものだったか。
「この聖杯戦争、思いっきり狂いだしてるみたいね。だから、蹴りをつけるまでこのまま同盟関係続けましょうか」
「遠坂・・・?」
「兄さん、もう聖杯が完成しかけてるみたいなの。サーヴァントが最後の一人にならないと具現化しないはずなのに」
「・・・呪いの器だから、ですか」
セイバーが沈痛な面持ちで言う。
「それが、柳洞寺にあるんだな?」
桜が頷く。
「・・・行こう」
「待ちなさい。今すぐは駄目。少しでも休息取りなさい。桜の手当てだってしたいし」
「私は別に大丈夫です」
「あんたの大丈夫も士郎の大丈夫並に信用置けないってわかったし」
「・・・ぁぅ」
切って捨てられてうめき声を上げる桜。
仕方ない。今は一度、衛宮家に戻るしかないか。






Interlude

再び魔力の流れを感じた。今度のは大きい。
多分、パンドラが倒れたんだ。
「・・・どうやらもうすぐだな」
なのに、監視役は私をどうする気配も無い。ただ、ここに連れてきただけ。
「ここまで受肉していてはそう簡単に圧し戻すことも出来まい。聖杯よ。どうするのだ?」
「・・・抑えるわ」
「ふむ。ならば私は傍観していよう」
「え?」
本当に傍観する気なのか、監視役は大空洞の壁の方へ歩いていく。
「どういうつもり?」
「何。ここでお前が命に代えてもこれを封じても、お前を追いかけてくる奴らの慟哭の声が聞ける。それは十分に我が娯楽となるだろう」
「・・・封じなかったら?」
「生まれ出るものを祝福するまでだ」
なんだかむっとした。
私がどうやってもこの監視役を楽しませるだけなのかと思うと、やりきれない。
「・・・ランサー」
令呪の繋がりを失い、もう長くは現界していられないだろう槍兵に声をかける。
「なんだい、嬢ちゃん?」
「サクラと契約して。令呪の支えは無いかもしれないけど、あの子なら十分に支えられるはず」
「・・・サクラって、キャスターのマスターか。けどよ、キャスターは」
「消えたわ」
キャスターの魔力の残滓が少しだけ流れてきたから。
多分、それがキャスターが私に状況を知らせる、精一杯のことだったんだろう。
「・・・わぁった。あの野郎の代わりに護ってやるよ。あれよりは仕え甲斐がありそうだ」
言って、ランサーが走る。
「ランサー、私を殺すのではないのか?」
「あー、そうしようと思ってゲイボルグ使ったが、なんか知らんが反応しねぇんでな。お前、心臓無いだろ」
「・・・ふむ。確かに貫くものが無いなら意味が無いか」
ランサーは唾を吐いて、走り去った。
後は私。
圧し戻しても何もしなくてもこの監視役を楽しませるだけなら。
「・・・押し戻さず、受肉させず。この半端な状態から先に進ませないのが一番よね」
呟いて、呪文を紡ぐ。
ヘブンズフィールが私の声に応じる。
開きかけた根源の扉をそのまま固定する。
「・・・っつ。均衡を取るのが一番きついんだからね。早く来てよ・・・!」
この努力ですらあの監視役の愉悦になってるかもしれないって、そう考えただけでもぞっとするんだから・・・。






第四話:反英雄マキリ(3) 完

5: (2004/04/24 16:47:53)[ruminasu901 at hotmail.com]

・・・書きたかった場面その一、終了!
これにて反英雄マキリの回は終わりです。
それでは言い訳。

「大丈夫だよ、遠坂。俺は、頑張るから」
UBW編、エミヤのラストの言葉に対応させたものです。
ただ答えを得たエミヤを出すのも嫌だったので、この場面まで答えを忘れてもらっていました。
結果として、エミヤの最後の見せ場としてはかなりいいものになったんじゃないかと思います。

反英雄マキリについて
空の境界には抑止力について詳しく書いてあるらしいのですが、近くに置いてるところが無い・・・。
ので、投影魔術に習って空想で補いました(爆
停滞し、進歩しなくなった世界を揺り動かし破壊する、緩慢な滅びへの救済者。
そう言う存在として英霊の座に据えられた存在、それが彼女です。


ステータス

バーサーカー:マドウサクラ(パンドラ)
 マスター:間桐慎二(取り込まれている)
 筋力:D 魔力:EX 耐久:C 幸運:D 敏捷:C 宝具:EX
 狂化:A+(理性を持ちながら狂化の能力を使える) 対魔力:EX(魔法でなければ傷つかない)
 技能
  邪性:A+(全ての悪の母という立場のため、神性の対極の性質を最大レベルで得ている)
  高速神言:C(影を操ることに関してのみ、詠唱を必要としない)
 宝具:この世、全ての悪(アンリ・マユ)
    ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:?? 最大補足:5人
     彼女が普段使う影の本質。呪いの結晶。
    闇に染まり裏切りの剣(カーシング・サーヴァント)
    ランク:A 種別:召喚宝具 レンジ:?? 最大補足:召喚次第
     呪われたサーヴァントを手駒として使役する。
    罪禍、疎まれた復讐(アヴェンジャー)
    ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:極大 最大補足:無制限
     アヴェンジャー、アンリ・マユの力を最大限に行使、一瞬にしてあらゆる命を食らい尽くす。
 詳細
  並行世界の間桐桜が、アンリ・マユを具現化させた後に反英雄となったもの。
  影を操り、対サーヴァントに対して絶大な攻撃力を発揮する。
  実質、サーヴァントでは彼女を打倒することは不可能。
  天敵はルールブレイカーや宝石剣、もしくは英霊エミヤ。


アゾット剣
桜が持つアゾット剣。士郎が投影を使って生み出したもの。
構成は綿密に編まれており、もともと量産されている品のため世界の修正が弱い。
その為に今をもって消滅せずに残っている。
士郎の「桜の助けになれば」という思いがその力の根源。
それ以外にも、桜の士郎への絶対の信頼がその存在を支えても居る。
基本能力は魔力の増幅。その機能と桜の圧倒的な魔力で宝石剣クラスの力を一時的に発揮した。

6: (2004/04/25 05:04:56)[ruminasu901 at hotmail.com]



Interlude

足音が響く。
この空間は酷く足音を響かせる。
「・・・ふむ」
教会の地下。我が現界を続けるのに必要な供物がある場所。
「・・・・・・」
もはや原形すら止めていないながらも、それはまだ生きている。
「我が事ながら、美しくない真似をしていたものだな」
呟いて、これらから生気を吸収しつづける原因を見据える。
我が宝物庫から適当に剣を見繕い、それに叩きつけた。
「・・・そこにいる限りはそう簡単には死なん。いずれ助けが来るだろう」
幼い雑種の子供を一瞥し、外へ歩く。
「さて、これで我も無尽蔵に魔力を使うわけにはいかなくなったわけだが」
10年前に受肉したこの身には現界自体は支障は無い。
だが、王の財宝や乖離剣を使うとなると辛い。
「まぁいい。財があるということは油断を招くことだ。時には崖を背に挑むのも一興か」
呟き、教会を後にする。
行き先は柳洞寺とかいう場所。此度の聖杯の具現化する場所だ。

       Interlude Out





Side 士郎

「う・・・」
慎二の容態を見に部屋に入った時、そんなうめき声が聞こえた。
「・・・慎二?」
「・・・・・・えみや?」
呆然とした、自分がそこにいることを信じられないような声が聞こえた。
「気が付いたか」
「・・・ここは」
「俺の家だ。全く」
いろいろ言いたいこともあるが、今はいい。
「何か食べるだろ、ちょっと待ってろ」
「・・・ああ」
ぼうっとしている慎二を残して、俺は台所に向かう。
「シロウ、彼が目覚めたのですか?」
「ああ。おかゆでも作ってやるつもりだ」
「そうですか。リンが話があるようだったのですが」
「そっか。悪いけど少し待ってもらっててくれ。病人を放っては置けない」
「わかりました」
セイバーが道場の方へ歩いていくのを見送って、俺は台所に入る。
簡単におかゆを作って、その瞬間。
屋敷の結界が侵入者を知らせた。
「な?」
慌てて縁側に飛び出す。道場で今後のことを話していた他のメンバーも同様だ。
「ま、待て、入り方はまずったがやり合う気はねぇ!」
庭の真中に青いサーヴァントがいる。
「・・・お前、確かランサー」
「やり合う気はないってどういう事? こっちとしてはあんたに構ってる余裕も無いから丁度いいんだけど」
遠坂は警戒心を解かず、それに応じるようにアーチャーがランサーの前に立った。
「あー、だからだな。今は俺はぐれサーヴァントなんだよ」
「・・・あんたのマスターは?」
「言峰なら使い切って俺を放り出しやがった」
「・・・ちょっと待った。今あんたなんて言った? マスターが誰だって?」
遠坂が異様な雰囲気でランサーを問い詰める。
「いや、俺のマスター・・・今は元だが、そいつが言峰だと」
「・・・あんの腐れ似非神父〜〜〜〜!!」
うお、遠坂が吼えた。
「聖杯戦争の監視役の癖に、ちゃっかりサーヴァント持ってたって言うの!? ああああああ、だ〜〜ま〜〜さ〜〜れ〜〜た〜〜〜!!!!!」
・・・おいおい、こんな姿学校の連中が見たら卒倒するぞ。
その彼女の実の妹だった桜も頭を抱えている。
「こんな人と血が繋がってるんだ、私」とか何とか聞こえた気がするが幻聴にしておこう。
「それでランサー。どうしてここに来たんだ?」
「イリヤとかいう嬢ちゃんの紹介だよ」
その言葉にランサーの首に掴みかかった影があった。
「イリヤにあったのですか!? 無事でしたか!? 怪我とかは!? 柳洞寺のどこにいるんですか!?」
ライダーだ。
「あー、とりあえず無事だ。けど、あんまり時間も無い。それで、その嬢ちゃんをほっとくのも寝覚めわりぃし、案内役でもやってやろうかとな」
「・・・でもお前、契約は」
「嬢ちゃんはキャスターのマスターと契約結べって言ってたが」
その言葉に、視線が一斉に桜に向く。
「・・・私じゃ令呪無しでは十分に魔力を供給できないと思うけど」
「そうかもな。でもこのまま消えるのも癪だ」
「・・・あなたがそれでいいなら」
ランサーの言葉に、桜は頷いて、彼の前に出て行く。
それを、第三者の声が止めた。
「待て」
「・・・慎二!?」
フラフラの慎二が部屋から壁を支えに出てきている。
「何やってんだお前!?」
「衛宮、手を貸せ。本来のマスターとサーヴァントの契約には及ばないけど、そのまま契約するよりは遥かにマシな方法がある」
慎二に肩を貸す。
「どういうことよ、間桐君」
「遠坂、君なら知ってるんじゃないのかい? 令呪システムを作ったのは僕たちマキリの家系だ。だから、裏技っていうのが伝わってるのさ」
力の無い笑みを浮かべ、慎二は俺の左手を掴む。
「令呪、まだ使ってないのか。なら衛宮、ここで一つ使わせてもらう」
「慎二、何する気だ・・・?」
と、突然左手に鋭い痛みが走った。
慎二が聞き覚えの無い言葉の羅列を紡いでいる。
「な、ちょ、止めなさい!」
遠坂と桜が慌てて止めようとする。俺にもわかる。
この魔術行使は基本が何も出来ていない。下手をすると自滅する――!
「・・・っ!」
一瞬の青白い閃光。同時に、慎二の手に一冊の書物が握られている。
「な・・・」
「偽臣の書・・・。ぶっつけ本番だったけど上手くいった・・・。ごほっごほっ!」
口に手をやって咳き込む慎二。その手の隙間から赤い雫が流れている。
「慎二! 無茶しやがって・・・!」
「全くだわ。あんた死ぬ気!?」
「強引に開かれた魔力回路をさらにあんな強引な使い方して・・・。危なすぎです、間桐先輩!」
「・・・悪かったよ。それよりも、衛宮妹」
そう言って、その書を桜に渡す。
「本物の令呪がもたらす繋がりには及ばないけど、正規の魔術師のお前なら十分に役立つだろ・・・」
そう言って、うめき声とともに力を失う慎二。
「・・・兄さん」
「気を失っただけだ。病み上がりで無茶しやがって」
肩を貸したまま、気を失った慎二に文句を言う。
「桜」
遠坂が桜を促す。桜は頷いて、ランサーの前に戻った。
「それじゃ、いい?」
「おう」
ランサーはあくまでも不敵な笑みを崩していない。
「告げる」
桜の朗々とした声が響く。
「告げる。汝の身は我が元に、我が命運は汝が槍に」
偽臣の書が光を発する。ページがめくれ、浮かぶのは間違いなく令呪――!
「そう言うことか」
遠坂が納得したように呟いた。
「聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら我に従え。ならばこの命運、汝が槍に預けよう」
ランサーは酷く嬉しそうな顔で、
「剣を槍に変えて詠唱してくれるとはな。気が利くじゃねーか。おもしれえ」
そう言って、表情を一変させ、真剣な顔で応える。
「ランサーの名に懸け誓いを受ける。汝を主として認めよう、エミヤサクラ」
契約は成立した。
「・・・いいぜ、言峰と契約してたほどじゃないってのは不愉快だが、十分な魔力が流れて来やがる」
ランサーは右手を握ったり閉じたりしながら、言う。
「ランサー。それは構いませんが、イリヤスフィールの場所へは」
「ああ、ちゃんと案内してやるよ。あそこから出て来ようとしてるのは俺らの共通の敵だろうからな」



Side 桜

出発まであと三十分。私は土蔵に降りていた。
「・・・」
懐中電灯でお父さんの文献を照らしながら、開く。
「・・・あれ?」
前に調べた以上の文が浮かび上がっている。
街中に満ちている魔力量に反応しているんだ。
「・・・これって」
記されていた事はほぼ全て。
私がどうして聖杯として機能するのか。
セイバーと兄さんとの繋がり。
アインツベルンという家系の在り方。


『士郎の体にはエクスカリバーの鞘が埋め込まれている。
 あの火災で僕が士郎を見つけたとき、もう士郎は虫の息だったんだ。
 でも、どうにかして救いTたかった。聖剣の鞘には癒しの力がある。
 だから、僕はそれを砕いて士郎の体に埋め込んだ。
 でも、それは結果として士郎を後の聖杯戦争のマスターの座に縛ることになるかもしれない。
 士郎、結局僕は、士郎を救いきれなかったんだ』


お父さんの慟哭の文。


『桜の身には蟲が巣食っていた。僕ではどうしようもなかったそれを、言峰が除去した。
 そして言峰は、その等価交換として桜を聖杯の贋作に据えた。聖杯の欠片をその身に埋め込んで。
 僕は、それを黙って聞くことしか出来なかった。
 心霊医術の心得でもあれば、桜の身の内の聖杯の欠片を取り除くことも出来たのに。
 桜、僕は桜も、救いきることが出来なかった』


正義の味方であろうとして、挫折ばかりしつづけていた人の、後悔の言葉。


『イリヤスフィール。二人はこの名に心当たりはあるだろうか?
 僕の実の娘だ。可愛い娘だった。でも、切り捨てた。
 聖杯を持って、アインツベルンに戻ることが約束だったのに、あの聖杯を具現化させることを止めるために。
 聖杯を砕いて、大切な家族を切り捨てた。
 イリヤは僕を憎んでいただろうか。約束を破った僕の娘であるイリヤを、アインツベルンはどう扱っただろうか。
 ・・・もし、今二人のそばにイリヤがいるなら、それだけで僕は嬉しい。
 僕には、大切な娘すら救えなかったんだ』


どんな気持ちで綴っていたんだろう。


『正義の味方になりたかった。なりたくて、なろうとして、ずっと走ってきて。
 結局、いつも少を切り捨てて大を守って。拾うことは出来ずに、捨てることしか出来なかった。
 やっと拾えた小さな命は、僕が勝手な行動をしたせいで死闘に身を投じることを運命付けてしまった』


どうしようもない慟哭の声。私達の前ではいつも笑っていたのに。
あの笑顔の裏で、どれだけ泣いていたのか。


『士郎、桜。どちらが読んでいるのかわからないけど、二人ともちゃんと生きて、助け合っているだろうか?
 二人に頼みがある。もし聖杯戦争に勝ちつづけているなら、聖杯を破壊してくれ。
 あの中身は極大の呪いしかない。
 三度目の聖杯戦争で、アインツベルンが犯したルール違反。
 それが、聖杯を汚染してしまった』


その記述を脳裏に焼き付ける。


『遥か昔、自分達は善人だと信じる人たちが、この世の全ての悪を背負う存在を作り出した。
 それがある限り自分達は善だと信じて、それを証明するために一人の人間に全ての悪を背負わせ、刻み込んで人柱にした。
 ああ、全員を善人にするために悪と定義されたそれは、確かに英雄だったろう。
 それが、三度目の聖杯戦争でアインツベルンが召喚した、全ての悪を背負う存在、反英雄アンリ・マユ。
 でも、それは何の力も無く、あっさりと滅びた。
 そして、聖杯に呑まれた。悲劇はこのときだ。
 それは存在が、魂が、その全てが悪と定義された存在。それを構成していた魔力も悪として聖杯にながれた。
 元々は清浄な物だったそれは、あっさりと悪に染まった。
 もうわかっただろう。それが今の、聖杯の中身だ』


『私』の影の中で見たあのどうしようもない呪い。
あれを生み出したのは他でもない、人。
・・・『私』と同じように、望んでもいないものを背負わされて死んだ存在。


本を閉じる。
兄さんに伝えないといけないことは二つ。
イリヤちゃんが私達の姉というべき存在だということ。
もう一つ、兄さんの体のうちに封じられている鞘のこと。
後は、私が覚えておけばいい。

そして、私は土蔵を後にする。
この戦いが終わったら、季節はずれだけどお墓参りに行こうと思う。
私達のことをずっと案じてくれていたお父さんに、終わったことと御礼を言いに。



Side 士郎

俺の体の中にある鞘。それを桜に聞いた時、納得する自分がいた。
あの時ぼろぼろだったはずの俺を助けた親父が、何をどうするしかなかったのか。
「・・・セイバー」
縁側で星空を眺めていたセイバーの隣に座る。
「シロウ」
「・・・セイバー、言わなくちゃいけないことがある」
そう。かつて聞いたセイバーが聖杯に願いたいこと。
「上手くは説明できない。納得しろとも言わない。それでも貫くなら仕方ない。だけど」
セイバーは俺の顔を見つめる。
「セイバーがやろうとしていることは、間違いだと思う」
「・・・シロウ」
「・・・俺自身、破綻した理想を追い求めてる人間だ。だから、強くは言わない。言う資格も無い。でも」
セイバーは、正規の英霊とは違う。
死ぬ直前で聖杯と契約し、聖杯を得た後に真に英霊となる存在。
いずれ手に入れる聖杯のために、いくつもの聖杯戦争を戦って、その記憶を持ちつづけている。
でも、だからこそ、これから先、聖杯を手に入れたとき。
「・・・考えてて欲しいんだ」
セイバーは、ただ俺を見つめている。
そして、その口が、ゆっくりと開いた。
「・・・私は、シロウの過去を見たことがある」
「ああ」
「あの火災の中、歩いているシロウの夢を。その犠牲を全て、自分のせいだと思っている貴方を」
「・・・ああ」
「・・・私にはわからない。シロウだって、同じことを考えたことはあるはずだ。なのに、どうして」
「・・・悪い。上手く説明できない」
セイバーは俯いて、小さく息をついた。
「・・・ええ。だから、余計に響くのです。私の中の何かが、あなたの言葉を認めている」
俺は、彼女の正面に回った。
「セイバー。答えが出た時に、聖杯を必ず手に入れられるように、俺は君にこれを返す」
セイバーの手を取り、
「鞘を、イメージしてくれ。俺の投影魔術なら、この身のうちの鞘を君に返せる」
「・・・シロウ?」
「・・・俺には明確な応えを与えてやれない。多分、セイバーが自分で気付いて、どうするか決めないといけないことだ。だから」
言いながら、魔力回路を起動させる。
自分の四肢に散らばり、同化している鞘の欠片を、かき集め、形にする。
その形は、セイバーのイメージするままに、姿を現す。
「・・・私は」
セイバーの声が聞こえた。
「セイバー。鞘をイメージしてくれ」
「・・・はい」
直後、自分の半身が抜け落ちるような感覚とともに、それは姿を見せた。
聖剣の鞘。アーサー王の最盛期、彼女の傷を癒し尽くし守った美しき聖剣の鞘だ。
「・・・シロウ」
セイバーは鞘を抱いて、俺を見上げる。
「一つだけ、聞かせてください。貴方の追い求める理想とは何なのですか?」
その言葉に、俺は誇りと自嘲の混じった笑みを浮かべた。
「単純で、どうしようもなく難しい願いだ」
言って、空を仰ぐ。満天の星空。綺麗な世界。

「・・・こんな空の下で、皆が笑っていられるように。全ての命を、全ての幸福を守りたい」

それはあの時、セイバーの願いを聞いた時、自分のうちにあった同じ願いとともにあった物。
正義の味方を目指すことよりもずっとずっと難しく、きっと実現など不可能な理想。
「シロウ、それは・・・」
「知ってるよ。こんな理想は破綻してる。でも」
そう言って、自分が暮らすこの家を見る。

いつから抱くようになった理想か。
根源にはいつも彼女の笑顔があった。笑っていて欲しかった。
人が傷ついただけで泣きそうになる彼女だから、誰も傷つかない世界が欲しかった。
そんなものは無いって知っていても、求めずにはいられなかった。
それが理想の始まり。願いの始まり。

「・・・破綻した幻想を追うのは、俺の得意技だ」

そのときの笑顔は、皮肉も何も無い、自分でも自信をはっきりと形に出来たものだと自負できた。





第五話:月光の剣(1) 完

7: (2004/04/26 05:35:57)[ruminasu901 at hotmail.com]




Side 士郎

柳洞寺の階段を見上げる。
「・・・準備は良いか?」
奇襲も何も無い。真正面から一丸でぶつかるのみ。
ランサーがゲイボルクを手に不敵に笑う。
アーチャーは相変わらずの無表情で階段の先を見つめている。
遠坂は何を今更、と言った顔で見返してきた。
ライダーは無言で頷く。
セイバーは力強く応えてくれた。
桜はいつもの笑顔で頷いた。
そして、皮肉気な笑みを浮かべるキャスターの顔を一瞬幻視した。
俺も頷く。
「行くぞ」
これで終わる。長いようで短かった聖杯戦争が。



「・・・来たか」
階段を上りきった先に、金の鎧を身に纏った見覚えのある騎士がいた。
「ギルガメッシュ――!」
セイバーが驚きの声をあげる。
あれは間違いなく、一時期俺の家にいた、あいつ。
「言った筈だぞ? 貴様らの命を摘むのは我だと。その時が来たということだ」
ギルは不敵な笑みを浮かべる。その視線が、俺を捕らえた。

「エミヤシロウ」

その言葉に、俺は思わず身構えた。
「我の指名だ、相手をしろ。応じるなら他の連中は通してやろう」
「馬鹿な、ギルガメッシュ、どういうつもりですか!」
セイバーが俺の前に出た。
「ふん。不服なら立ち会え、セイバー。貴様のマスターが死にかけたら手を貸せばよかろう」
「な・・・」
セイバーが硬直する。その肩に、俺は手を置いた。
「セイバー、どいてくれ」
「シロウ!?」
セイバーの前に出て、俺はギルを見据える。
「兄さん・・・」
後ろから桜の声が聞こえた。右手を横に伸ばして親指を立ててみせる。
「エミヤシロウ、問おう。貴様は何を望む?」
「・・・何?」
「貴様は何を求めて戦う? 何を望んでここに来た?」
悠然と立つ英雄王。
「・・・何が欲しいとかは特に無い。ただ一つ望むものがあるなら・・・」
そう、それはただ一つ。
「生きている皆の幸せだ」
「・・・よかろう。その望みを叶える意思があるかどうか、我が試す」
ギルガメッシュが構えた。
サーヴァントであるはずのあいつが、人間の魔術師に過ぎない俺を相手に。
「・・・行け」
俺は背後の全員に声をかける。
「兄さん!」
「必ず追いつく」
後ろで、妹の頷く気配を感じた。
「・・・絶対に、追いついてね、兄さん」
「俺が約束破ったことがあったか?」
「しょうもないことで数回」
「う」
あっさりと切り返され、肩をこけさせてしまった。
「でも、大事なことはちゃんと守ってくれた。だから、信じる」
「・・・サンキュ」
そして、セイバーだけが残る。
「立ち会うか、騎士王」
「・・・ギルガメッシュ、貴方は」
「ふん。お前の疑問は雑種が勝てば解消される。我の嫌いな神にでも祈っておけ」
そう言って、ギルガメッシュは右手を伸ばした。
その先に僅かなひずみ。とっさに回路を起動する。
投影開始。あれは避けられない。
「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)――!!」
校舎の屋上でキャスターが使ったあれと全く同じ姿で展開する。
ひずみから打ち出されたのは数本の矢。アツイニルトルイシュ・カアー、ネイティブアメリカンに伝わる稲妻の矢――!
「っ!?」
薄桃色の盾でその矢を打ち払う。
残弾は残り四。
ギルガメッシュが走る。ひずみに手を入れ、まるで抜刀するかのようにそのまま斬りつけてくる。
盾で受け止めた。太陽剣グラム――!
「反応は早いな、雑種――!」
背後、どうしようもない殺気。盾は剣で抑えられている。
「シロウ!」
セイバーの声。左手でアイアスの盾を支え、右手を背後の殺気に向ける。
「投影開始(トレースオン)――!!」
八節を飛ばした強引な投影。飛び出してきたミストルティンを辛うじてそれで防ぐ。
残弾三。
ギルガメッシュは剣を手放した。拮抗していた力を失い、俺のバランスが崩れる。
その無防備になった腹に、ギルガメッシュが蹴りを撃ってくる。
「がっ―――!!」
直撃、軽く吹き飛ばされた。
だが、アイアスの盾だけはまだ消せない。途切れそうになる集中を必死に繋ぐ。
瞬間、開いた俺の視界に俺を貫こうとするダインスレフとティルフィングが写る。
とっさにアイアスの盾を頭上にかざした。が、
「判断が甘い」
ギルガメッシュの冷酷な声が聞こえた。その手に弓矢が握られている――
あれは、フェイルノート――!



Side 桜

柳洞寺の幻術と結界で封じられていた洞窟に飛び込み、走る。
「・・・何なのよ、この嫌な空気・・・」
「パンドラの持っていたものと似ているな」
アーチャーの言葉に姉さんは渋面になる。
「パンドラね。確かバーサーカーのことだったよな」
「ええ」
「外見はかなりいい女だったんだがなぁ・・・」
・・・我が事ながら非常に解釈に困る意見を頂いてしまった。
「止まって」
ランサーに続いていたライダーが声をあげた。その視線の先にいるものに、体が凍りつく。
「・・・カーシングサーヴァント・・・」
そう、あれは『私』の宝具で生み出されるはずの、呪われた英霊。
もう『私』はいないはずなのに、どうしてそこにいるのか。
「・・・おいおい、ありゃ何の冗談だ・・・?」
赤黒い血に塗れたような槍を持つサーヴァント。あれはどう見たって、今ここにいるランサーそのもの。
そしてもう一人。威風堂々と立つ黒騎士がいる。
そう、私達の仲間、キャスターと並んで、私と兄さんにもっとも長く付き合ってくれている彼女。
「・・・セイバー」
その言葉に、その黒騎士は顔を上げた。
「・・・主の命令です。貴方達を通すわけには行かない」
・・・理性がある。過去二回の呪われたサーヴァントとは違う。
「・・・マジ・・・?」
姉さんがぼやく。
「へへ、いいじゃねぇか。ゾクゾクするぜ、こういうの」
ランサーは唇を軽く湿らせて、槍を構えた。
その隣に、斧剣を構えてアーチャーが立つ。
「・・・桜、あなたはライダーと二人で先に行きなさい」
「姉さん!?」
「気付いてるでしょ、あなたも」
その言葉に口篭もる。
この洞窟の魔力はもう、何が起こってもおかしくない位まで濃度が濃くなっている。
それでも何も起こっていないのは、きっとイリヤちゃんが抑えているから。
聖杯である彼女を助けられるとしたら、それはきっと同じ聖杯としての資質を持つ私だけ。
「サクラ、イリヤのために、私からもお願いします」
ライダーが真剣な声で言う。
「・・・わかったわ」
頷くと、ライダーはすぐさま召喚の陣を広げ、天馬を召喚した。
「逃げる気ですか、ライダー」
「この身は騎兵です。騎士と槍兵二人、抜くだけならば容易い事」
「・・・俺もその槍兵なんだがな。ライダーの姐御・・・」
ランサーのぼやきはライダーは聞かなかったことにしたらしい。
「サクラ、乗ってください」
ライダーの手に助けられ、その後ろに乗る。
「・・・桜、イリヤを頼むわよ」
「はい、姉さん」
大丈夫。だって、イリヤちゃんも私の姉さんだ。だから、助ける。
「ランサー」
「何だ? マスター」
「『死なないで』『勝って』」
偽臣の書の二つの令呪を使った。残り一つ。
「・・・へ、いい援護してくれるじゃねぇか。良いぜ、誓ってやる。あんたの姉さんも後できっちり追いつかせてやるぜ」
なら安心だ。クー・フーリンは誓いを破らない。必ず勝って追いついてくれる。
「話は終わりですか? では、覚悟」
直後、黒いランサーと黒いセイバーが同時に動いた。
黒槍兵の一撃をランサーが、黒騎士の一撃をアーチャーが受け止める。
「ライダー!」
「騎英の手綱(ベルレフォーン)―――!!」
二人の英霊が止めてくれた間を、ライダーの天馬が駆ける。



Side セイバー

何があったのか。
今ここで戦っているギルガメッシュには一切の隙が無い。
物量で全てを蹂躙していた前回の聖杯戦争の時の戦いとはまるで違う。
己の身と己の財、その両者を同時に使ってシロウを追い詰めている。
・・・認めるしかない。今のギルガメッシュは無敵だ。
アヴァロンを手にした自分であっても、恐らくギルガメッシュはそれを使えば逆転できるような状況を作らない。
必殺の一撃は必殺の場面でしかもちいない。
・・・私では、勝てない。
投影という反則技を使えるシロウだからこそ、あの場面を乗り切れたのだ。
あの薄紅色の盾を散らせ、ギルガメッシュが放った矢の軌道を変え、二振りの剣を受け流した。
だが、それでも無傷では済んでいない。胸と背中、そしてわき腹を削られている。
致命傷ではないが、それでも深い。
「・・・投影、開始(トレース・オン)」
シロウが直後に投影したのは私の鞘。それがシロウの傷を癒していく。
「ほう、エクスカリバーの鞘か。貴様がそれを知っていたとはな」
ギルガメッシュはそれを見て、間合いを取り直した。
傷のいえたシロウが立ち上がる。聖剣の鞘を左手に、右手を半開きに。
・・・勝てないはずなのに。
「シロウ・・・」
「大丈夫だ、セイバー。それに、あの英雄王が俺の理想を試すって言ってるんだ。こんな機会を逃すのはもったいない」
「よく言った、雑種」
その英雄王の両手に、二振りの剣が握られた。名は知らない。
だが、その切っ先は人を両断し、解体するに足る鋭さを持っていることを教えている。
その大剣を振りかぶり、小剣をシロウに投げつけた。それがシロウの右肩を貫く。
「くっ!」
シロウのうめき声。鞘が翻り、ギルガメッシュが叩きつけた大剣を受け流す。
ギルガメッシュの足が鋭く翻り、シロウの足を払った。倒れる。



Side 士郎

バランスを崩され、地面が迫る。その急速に動く視界の中でギルガメッシュが大剣を振りかぶるのが見えた。
身体強化。まだ地面に残っている右足の指先に強引に魔力を打ち込み、その力だけでその場から飛ぶ。
無茶な行動をしたせいで右足が逝った。だが、投影した聖剣の鞘はまだ俺に癒しの加護をくれている。
数分待てば何とか回復するはず。だが、それまで待ってくれるはずが無い。
飛んだはいいが受身が出来ない。そのまま半身を地面にこすりつける。
瞬間、ギルガメッシュの背後に10前後の宝具が浮かんだ。
動けないこの一瞬に終わらせる気か――!
死ぬわけには行かない。だから、必死で盾を呼び出す。
アイアスの盾が広がるのとそれとどちらが早かったか。両足をいぬかれた。
両の二の腕を切られた。甲高い音が何度か響くが、すぐさま似たような痛みが全身を襲った。
殆ど地面に縫い付けられた。盾は苦痛で消えた。
「・・・ぁ」
「そこまでだな、雑種。破綻した幻想を追う覚悟とはその程度か」
遠くで、ギルの声が聞こえた。
「シロウ!!」
セイバーの声が聞こえた。
血が流れ出ていく。それでも、聖剣の鞘だけは離していない。離せば死ぬから。
半ば強引に右手を動かし、同じ方の肩に突き刺さった短剣を抜く。
「・・・まだ動くか」
「・・・っ!」
もう声も出ない。だが、それでも寝ているのは許さない。
立ち上がるにも両足は剣に貫かれている。その剣を、やはり傷ついた両腕で強引に抜く。
英雄王は、感情の無い顔でひずみから剣を取り出した。
デュランダル。
「・・・!!」
必死に魔力をかき集める。もうイメージなど浮かばない。
ギルガメッシュがその剣を俺に叩きつけようとする。
セイバーが割り込み、剣を構え、


その剣同士がぶつかる音の前に、デュランダルは何かに弾かれて砕けた。


「・・・何?」
ギルの呆然とした声が聞こえる。
俺自身、何が起こったのかわからない。
わからないが、それを俺がやったのは何となくわかった。


脳裏をよぎる光景。それを必死に掴もうとする。
見えかけたそれに、必死で手を伸ばす。


  体は剣で出来ている。
  血潮は鉄で、心は硝子。


それは、キャスターの呪文。一度だけ夢で見た、俺で無い俺が進んだ未来の姿。
俺がなるかもしれない姿。
無限の剣が突き刺さった丘。あいつの世界。


  幾たびの戦場を越えて不敗。
  ただの一度も敗走はなく、ただの一度も理解されない。
  彼の者は常に一人、剣の丘で勝利に酔う。


ああ、わかる。
俺たちは既にそれを持っていた。
持っているからそれが出来た。


  故に、生涯に意味は無く。
  その体は、きっと剣で出来ていた。




そう、それが俺たちが持っている世界。俺たちが『本来』持っているはずの世界。
だけど、俺は違う。
衛宮士郎は、剣であることを否定した。
剣であることを拒絶した。
ならば。この身を構成するものは何か。

この身は剣であることを捨てはしたが、何かを守る意思までは捨てたことは無い――

だから、これは俺だけの呪文。
この体は、決して砕けないもので出来ている。
砕けることを許さないもので出来ている。


勘違いしていた。俺に許されていたのは投影でも強化でもない。
たった一つ、自分の心を形にすることだけ。
だから、ぼろぼろの体を起こして、俺は、セイバーをそっと押しのけ、ギルを真正面から見据えた。
英雄王は俺が放った気迫を警戒したのか、間合いを取る。
魔力など無い。もはや空。
だが、それでも、俺の体はそれが出来ると訴える。
だから、俺は、その体の訴えに応じて、言葉を紡いだ。















「体は、■で、できている――――」













第五話:月光の剣(2) 完

8: (2004/04/28 05:55:57)[ruminasu901 at hotmail.com]



Side 桜

視界が開けた。天井が高い。
間違いない。私の聖杯としての力が、ここがその力の源であることを教えてくれてる。
「イリヤ―――!」
ライダーの悲痛な声が聞こえた。
空洞の中心、塔のようなものの前で、イリヤちゃんが凄い魔力を行使している。
あんなの続けてたら絶対持たない。
「ライダー、私をあそこまで連れて行って!」
「サクラ・・・。はい――!」
ライダーが手綱を操り、天馬が空を駆ける。
「イリヤ!」
その声が聞こえてはいるのだろうが、イリヤちゃんに返事をする余裕があるのかどうか。
「・・・待ってたよ、サクラ、ライダー」
脂汗を滲ませながら、イリヤちゃんが呟く。
「ほう。あの時の間桐の娘か」
その声に、私は振り返った。そこにいたのは、長身の男性。
「・・・貴方は」
覚えている。頭ではなく体が。
「ふむ、切嗣は本当に私の娯楽を潰したようだな。まぁ、それも面白い」
私には理解できない言葉を呟き、その人は右手を塔に向けた。
「アインツベルンの娘に変わって説明してやろう。ここは大聖杯、ヘブンズフィール。この冬木の聖杯戦争という事象の原因だ」
その人は、悠然とその塔の先端に抱かれている黒い球体を見上げた。
『私』の記憶で見たことがある。あれは間違いない、アンリ・マユの卵――!
「聖杯なくしてここまで受肉するとは、いさかか私の予想を越えていたが。あれが何かは知っているか?」
「聖杯の呪いの根源、この世の全ての悪を背負わされた反英雄、アンリ・マユ」
一字一句よどみなく、そう答える。
「知っていたか。ならば聖杯とその偽作よ。お前達はそれを前にどうする?」
私は黒い卵を見上げ、イリヤちゃんを見やり、また男の人を見据える。
「救います。この子も犠牲者だから」
「・・・な」
イリヤちゃんにとってはこの返答は本当に予想外だったのか、驚きの声があがった。
「なるほど。だが何を持って犠牲者と決める?」
その問いには答えられない。
「そもそもだ。お前達は今ここで、どちらかの聖杯にその役目を押し付ければ、己の願いを叶えられる」
考えもしなかったことを言われた。
「元々お前達は敵同士だろう。アインツベルンの娘よ、お前がその娘を待っていたのはその為ではないといえるか?」
朗々と、まるで聖書でも読み上げるかのように厳かに、心の内の闇を暴く。
「・・・何を言って」
「お前とライダーのサーヴァントの関係は知っている。そこの間桐の娘に聖杯の役目を押し付ければ、お前の望みは叶えられる」
そして、その人はライダーにも視線を向けた。
「それはライダーよ、お前にも言えることだ」
「っ!」
静寂。私に言うべき言葉は無い。だって、私の聖杯への望みなんて無い。
だから、答えを出すのはイリヤちゃんとライダーの二人。
「そして間桐の娘よ。聖杯に願えば、お前の望む者の心も手に入ろう」
・・・これは侮辱だ。
「ふざけないで下さい。大好きな人の心を、何かで強引に手に入れるなんて、その人に対する冒涜です」
「そうして、その人間はお前を捨ててどこかに行くとしてもか?」
「私は、置いて行かれないようにずっと追いかけてきました。それが続くだけです」
真っ直ぐに。そう、兄さんはいつも走っている人だから、私も追いつこうと頑張って。
その思いだけは信じられる。何故なら、あの呪いの中ですら輝きを失わなかった感情なんだから。
「そうね、馬鹿にしないで、監視役。誰がサクラを見捨てるっていうの?」
イリヤちゃんの不敵な声が聞こえた。
「さすがにこれを救うって言うのは呆れるけど、だからってサクラを犠牲にするほど、私は落ちてない」
「ふむ。ではライダーはどうだ?」
「私も同じです。サクラもイリヤにとって大事な人だ。ならば、その人の犠牲を願うことなどできない」
イリヤちゃんが監視役と呼んだその人は、薄く笑うと、
「ならばその意思を見せてもらおう。私は邪魔はしない」
そう言って、腕組みをして、黒い卵をただ見上げる。
「・・・イリヤちゃん」
「まったく。どうしてそう言う妙なことを考え付くのかしら、サクラは」
「無理かな?」
「無理。だって、これはもう世界にそう言う存在として定義されているもの」
イリヤちゃんは、無表情で具現化しようとするそれを抑えている。
その傍らに立って、私も魔力回路を起動させる。
「でもね、衛宮の家系は、無理に挑みつづけるのが信条だから。兄さんも、私も、お父さんも」
そう言って、私は隣の彼女に笑いかける。
「ね、イリヤ『姉さん』?」
「・・・・・・・・・」
本当に驚いたのか、イリヤちゃんは目を丸くしている。
「知ってたの?」
「ここに来る前に、お父さんの本に書いてあったのを読んだから」
「・・・そう。キリツグが・・・」
呟いて、少し目を伏せ、そしてまた私に視線を移す。
「仕方ないか。それがエミヤのあり方だって言うなら、キリツグの実の娘の私だってそうあるのが当然よね」
その笑みは、どこかお父さんに重なって、私も笑った。
「うん、やろう!」






Interlude

「・・・うわぁ・・・」
最近、ようやく笑顔を見せるようになった妹が、空を眺めて感嘆の声をあげる。
「すっげー・・・」
俺も、同じような声をあげてしまった。
親父は俺たちを見て楽しそうに笑っている。
「お父さんお父さん! 星がきれー!!」
凄くはしゃいでいる妹。俺だってこんなにたくさんの星を見たのは初めてだ。
「お、流れ星だ」
親父がそんなことを言った。慌てて親父の見ているほうを見る。
「どこ!?」
「どこどこ!?」
妹と二人、その方向をじっと見て、
「親父ー、流れ星無いぞー」
「無いよー」
二人して憮然とした顔で親父を見ると、親父は声をあげて笑った。
「仕方ないよ。流れ星はすぐ消えてしまうからね」
「むう」
「兄さん、どっちが早く流れ星見つけられるか競争!」
「よっし、負けないぞ!」
「父さんも混ぜてもらって良いかな?」
「親父も?」
「うん! お父さんにも負けないから!」
星空の下で、満面の笑顔で流れ星を探す妹。
多分俺も同じような顔で、流れ星を探す。
そして、そんな俺たちを、親父が本当に嬉しそうに見つめている。

これがきっと、俺が俺になって始めて感じた幸せ。
家族と、ごく普通に笑って暮らせる光景。
衛宮士郎が、きっと初めて、永遠に続いて欲しいと思った時間。

          Interlude Out








「体は■で出来ている―――」




エミヤシロウが突如口にしたその言葉は、我が戦慄するほどの気迫に満ちていた。




「血潮は鉄で、心は鋼―――」




シロウが紡ぐその言葉は、不思議なほどの安堵感を私に与えた。




「幾たびの戦場を越えて不敗」




紡ぎあげるその言葉は、俺自身の願い。




「ただの一度も略奪を是とせず」




ありえないはずの願い。破綻した幻想。我にはそうとしか思えない空想を抱くものの言葉。




「常に全ての守護を誓いつづける」




破綻した幻想。壊れた願い。だが、シロウはそれを言っても笑ってみせた。




「担い手はここにあり。笑顔を願いて鉄を打つ」




最初は一人の笑顔。そして、欲張りな俺は気が付けば皆のそれを願った。




「故に、我が生涯に絶望は無く」




それが何故、これほどまでに力強く感じるのか。




「この体は」




きっと、それがシロウがやり直し以上に正しいと信じた道だから。




「万難排する盾で出来ていた―――!」




だから俺は、笑顔を奪う剣から全てを守る盾となる――――!!







Side 士郎

迸ったのは閃光。まるで流星のように淡く、太陽の様にまぶしい輝き。
「固有結界・・・、これが貴様の能力か―――」
ギルの声が聞こえた。
「・・・これが、シロウの本当の力」
セイバーの声が聞こえた。

そうだ。これが俺の心の形。全ての人が、この場所であんな風に笑えるように。
ただ普通にはしゃいで、普通に笑って、普通に幸せであれるように。
足元には草原。空は夜空。無数の星が輝く満天の星空。
ここは、俺たち家族が、普通に幸せであれた場所―――

体に不思議なほどの魔力が満ちる。まるで、世界そのものが俺に力を貸してくれるかのように。
そうだ、これは見たことがある。
切嗣が周囲から魔力を集めるあの方法。無意識に俺はそれをやっていたのか。
「・・・ギル、勝負だ。俺の理想が砕けるのが先か、お前が屈するのが先か」
呟き、半身の構えを取る。
「良いだろう・・・、受けよ、雑種―――!」
英雄王がひずみを生み出し、そこから無数の雷の矢が降りかかる。
それに対し、俺はただ右手を突き出す。それだけで。

不可視の盾がその全てを悉く防ぎ、砕いた。

「な・・・」
「これが俺の固有結界、『無限なる命全ての護り』(インフィニティ・ディフェンサー)・・・。俺が願った破綻した理想の、唯一の形」
この世界だけは、誰にも傷つけさせない。
ギルが、再び宝具を展開する。俺の全周囲を囲むように。
「ならば、その理想ごと貴様をねじ伏せる。我は信じん。そのような破綻した幻想が現実となるなど―――!」
その言葉とともに、それら全てが降りかかる。
両手を翻す。
この世界が傷つける存在を拒絶するかのように、牙を剥いた全ての宝具を受け止め、破壊する――!
「絶対の護りか。だが、それで何が出来る。傷つけるものを排する事も出来ず、ただ守るだけか、雑種――!」
「そんなことわかってる、だから―――!」
投影開始。
理論など無い。
願いを形にすることしか許されない俺の魔術だから。
俺が願うのは、たった一つ。
右手を掲げる。
「貴様の理想、天地を乖離せしこの剣で打ち砕く・・・!」
その剣は、全ての剣の真名を見切ってきた俺でも読めない形式の剣。
「シロウ、あの剣は拙い―――!!」
セイバーの声が聞こえた。
だが、逃げない。
逃げるわけには行かない。
ここで逃げることは即ち、俺の理想の放棄になる――!
右手に握られた、願いの形を手に、走る。
ギルがその剣を起動させた。凄まじい魔力の本流が流れ出す。

「天地乖離す(エヌマ)――」

左手を突き出す。不可視の護りが広がる。

「開闢の星(エリシュ)――!!」

真名の開放されたその剣の力を、壁が圧し止める。

「ギルガメッシュ―――!!」

その壁を広げたまま、走る。荒れ狂う暴風と閃光を真正面から押し返し、肉薄する。
「なっ・・・!?」
驚愕の声。
その振り下ろされた剣に、俺の、唯一の剣を叩きつける。
淡い銀の光を放つ、唯一俺に、俺だけに許された剣。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」




Interlude

最初は軽蔑、次に違和感、そして最後に興味。
等価交換が魔術師の原則であることは知っていた。
だが、あの男は傷の手当てに何の要求もせず、それどころか我をあの場所に受け入れた。
王たる我が受ける情けなど無かったはず。
だが。
あの場所は、かつて我が無二の友と過ごしていた頃と同じ空気を与えた。
それが、興味のきっかけ。
あの男がその中心にいるのは理解できた。何よりそれを大切にしていることも理解した。
そして、いつからか忘れていたことを思い出すことが出来た。
不死を求めたその理由。聖杯に求めたかった真の願望。
我は、我を看取る存在が欲しかったのかもしれん。
そして、それを手に入れるまでは死にきれず、故に不死を求めたのだろうか。
下らぬ感傷。
目の前の、我が乖離剣に打ち付けられている銀青色の剣を見つめる。
そう、その下らぬ感傷を、この男も持っていた。
それが何であるかは、今この場で聞き届けるまで知ることも無かったが。
それでも、下らない感傷からの願いを持っていることだけは察することが出来た。
・・・いつから我は諦めていたのか。
神に唾する行為を平然と行った我が、神の定めたものに従っている。この皮肉を。
そして、その神の定めた弱肉強食の真理に挑もうとするこの男。
面白い。
ならばこの、エミヤシロウの求める理想に助言を与えるのも一興か。

                     Interlude Out




そうして、その場に甲高い音が響いた。
固有結界を構成していた魔力全てがその剣に集まる。
そしてそれは、世界の始めに天と地を乖離させた水神エアの名を借りた剣をも、打ち砕いた。





Side 士郎

「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・」
呼吸が落ち着かない。周囲から魔力を吸い上げる、などという行為はどうやらあの結界内だけでしか使えないようだ。
徹底的に魔力不足を引き起こし、俺はギルの前に膝を突いてしまう。
それでも、心だけは負けていない、その意思を込めて、ギルガメッシュを真正面から見据えた。
「シロウ・・・」
セイバーが俺に駆け寄ってくる。
「・・・無用だ、セイバー」
ギルは、予想以上に穏やかな声でそれを制した。
「我の剣は折られた。我は騎士ではないが、剣を失うことは戦いに負ける事と同義であろう?」
「・・・ギルガメッシュ」
セイバーは呆然と、英雄王を見ている。
あの不遜な王が、自らの負けを認めたことに驚いているのか。
「見事な剣だったぞ、エミヤシロウ。あの世界に許された唯一の月の剣、というべきか」
「・・・ギル」
と、その姿が一瞬かすんだ。
「ギルガメッシュ・・・!?」
「前回の聖杯戦争で受肉だけはしていたが、魔力が必要ないわけではないのでな。その魔力を使いすぎた。我はもう消滅するだけだ」
「な・・・」
呆然と、その姿を見る。
「情けない顔をするな。貴様は胸を張って我を越えて行け」
「だけど・・・」
「死の顎に捕われたものへの救いなど一つだけだ。そして、貴様の進む先にはそう言う人間が大勢いるだろう」
ギルガメッシュの体が少しずつ消えていく。
「ならばエミヤシロウ。貴様はその死に意味を与える者となれ。それは確かに救いとなる。今、我の死が貴様の礎になるように」
初めて、その姿が本当に王に見えた。英雄王、その名に恥じない堂々とした姿に。
「英雄王・・・」
「騎士王、いずれまた会うときに、改めて求婚させてもらおう」
そして、ギルガメッシュは不敵な笑みを浮かべると、
「ではな、シロウ。良き時間を過ごさせてもらったぞ」
そう言い残して、その姿を消した。

「・・・シロウ」
セイバーの声に、振り向いた。
「・・・死に意味を与える、か。難しいな」
守れないもの、殺すしか救いの術が無いもの、そういったものは確かに存在する。
だからこそか、その言葉が投げられたのは。
「私は、答えを見つけたかもしれない」
セイバーが小さく呟いた。その顔を見やる。
「シロウ。この戦いが終わったら、少し話をしましょう。あなたには聞いて欲しい」
「・・・ああ」
頷いて、立ち上がる。が、体がふらついた。
それを、セイバーが支えてくれる。
「待っていろ、と言っても聞かないでしょうね」
「当たり前だ。俺は・・・」
そう、それが俺の根源なんだから。
「俺は桜の兄貴なんだから、あいつを手助けしてやらないと」
「わかりました。シロウ、無礼をお許しください」
そう言って、セイバーは俺を背負った。
「な、な・・・?」
「行きますよ、シロウ」
セイバーに背負われる自分に、何となく男の尊厳に少し傷が付いた気がするんだが・・・。
・・・まあ、仕方ない。
そうして、何時の間にか姿を見せている洞窟に眼をやった。

・・・桜、すぐ行くからな。







第五話:月光の剣(3) 完

9: (2004/04/28 06:08:06)[ruminasu901 at hotmail.com]

第五話終了。後一息・・・!

固有結界「無限なる命全ての護り(インフィニティ・ディフェンサー)」
流星のような淡い閃光とともに出現する、満天の夜空と草原の世界。
士郎が強く、家族の幸せを感じた光景を原点とする。
この世界においては、あらゆるものを切り裂く最高の剣であっても、士郎の展開する守りを打ち破ることは出来ない。
また、展開している最中は士郎は周囲のマナを取り込める状態になるため、結界の展開時間はほぼ永続。
ただし、この結界内ではシロウの投影魔術もたった一つに限定されるので拮抗状態に持ち込むことは出来ても逆転には至らない。

「唯一の月の剣(ムーンライト・ソード)」
ギルガメッシュが表現した、士郎が固有結界展開中に唯一使える投影の作品。
月のような銀青色の輝きを持つ短剣。
固有結界を構成する魔力全てを吸収し、相手の武器に過剰に叩き込んで内側から砕く。
無敵のようだが、武器を砕くことにしかその能力を発揮しない。
そのため、例え武器を砕いても無手で相手を圧倒するような敵が相手では、その真価は半減すると言える。

以上、オリジナル固有結界の補足でした。
この裏側には無限の剣製もしっかりと残っており、士郎が理想を砕かれ挫折してしまった場合はそれがまた姿を見せることになるでしょう。
・・・あー、蛇足ばっかしてる気がする(苦笑


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