4
夜の森の中、ミサイルを発射してきた部隊をも殲滅した俺は、合流地点に向かっている。まだ少し時間には余裕がある為、俺は慎重に歩きながら、先程の待ち伏せについて考えていた。
――――何故、奴らはあの地点で待ち伏せしていたのか。確かに作戦自体は単純で、読むことは容易いだろう。だが、今の合流地点――本来ならばジープで其処まで行き、徒歩で進軍を開始するはずだった地点――以降ならば、基地までほとんど一本道だ。待ち伏せはあるだろうと予測していたが、それまでの道では、どこからどの道を通ってくるかは情報がなければわからないはずだ。
「内通者か?しかし・・・」
そう考えている間に、合流地点に到着していた。指定時間10分前。すでにジム、マルコ、ロシュトーが到着しており、周りを警戒している。無事な彼らの姿を見て、俺は多少安堵した。ある程度近づき声をかけると、彼らは俺に気が付いた。
「イミヤ?イミヤか!無事だったんだな!」
ジムは笑顔を浮かべて走ってきた。マルコ、ロシュトーもそれに続く。
「ああ、なんとかな。ある程度の部隊は殲滅したきた」
「まったくたいした奴だよ、お前は。俺達は逃げ回るのに精一杯だったってのに。少し遅いんで心配したんだが、杞憂だったな」
あきれたように、ジムが肩を竦める。次いでマルコが、
「さすが、東洋の神秘、ハイパー・ニンジャだぜ!」
と、わけの分からないことを言ってきた。そして、俺は周りを見渡し、
「ところで、フランツはどうした?」
マルコを無視して、一人見当たらないフランツについて訊いてみた。もう時間だ、すぐにでも出発しなければならない。
「フランツならば、負傷したので先に帰還させました。命に別状はないですが、先に進むのは辛そうだったので」
今まで黙っていたロシュトーが厳しい顔で答える。何があったのかは知らないが、なんらかの責任を感じているのかもしれない。俺はロシュトーの肩に手を置く。
「そうか、ならば先を急ごう。本当に厳しいのはここからだ」
俺の言葉に皆頷いた。そして、皆と敵の基地へと歩みを進めてゆく。
予想通り、敵はさらに待ち伏せていた。基地へと続く森の中、木々に姿を隠すように身を潜めている。
「敵は約30、だがあまり構ってもいられない。突っ切るぞ!」
俺達は銃を撃ちながら、中央から切り込む。さすがにジム、マルコ、ロシュトーの3人はここまで来た精鋭だけあって、的確に銃弾を撃ち込んでいく。そして、俺達は銃声の絶えぬ森を駆け抜けていった――――。
森の中を突き進むこと数刻、俺達は基地まであと少しというところまで来ていた。此処までくるのにどれだけの包囲を突破しただろうか?どうやら、ここいらに敵の姿は無い様なので、俺たちは休憩することにした。別段俺は疲れてはいないが、さすがに彼らは疲労の色が濃い。目立った負傷がないのが幸いだ。
「大丈夫か?悪いな、俺だけ楽をしていたようだ」
周りを警戒しながら、へばって座っている3人に声をかける。
「何、気にすんな。俺達はお前を守り、お前は敵将の首を討つ。最初っから決まっていたことだ。それにお前の体力だって限界はあるだろ?こんなところで無駄に消費する必要はねえ。それに、イミヤには最後に大きな仕事が残っているしな」
ジムが荒い息を吐きながら答える。確かに、俺の魔力にも限界はある。今回は予想外の攻撃を受けたせいで、少し消費してしまっている。これから何が待ち構えているか分からない以上、あまり魔力を無駄遣いはしたくはない。正直、一人で突破するのは遠慮したいところだった。
「すまないな、助かる。だがおかげで、あまり消耗することなくここまで来ることができた。まかせろ、ここからは俺の仕事だ」
「し、しかし、いくらなんでも一人では行くのは無謀ではないですか?まだ敵がどれだけいるかわからない。ここまで来たなら皆で行ったほうが・・・」
と、ロシュトーは驚きの声を漏らす。
「大丈夫だよ!エミヤが一人で基地を落とすなんていつものことだ、心配するだけ損ってもんだぜ!どうせ俺達が一緒に行ったって足を引っ張るだけだ。こいつは東洋の秘宝、ミラクル・ニンジャだぜ。失敗するわけがねえ!」
その言葉にマルコが口を挟む。言ってることは意味不明だが。
「まあそういうことだ。皆はここで待っていてくれ。できれば敵を引き付けておいてくれると助かる」
「で、ですが・・・」
「問題ない、屋内戦は得意分野だ。すぐに終わらせてくる」
まだ何か言いたそうなロシュトーに背を向け、俺は基地に向かって歩きだす。
「頼むぜ、これで最後だ!」
「早く終わらせて来いよ!」
そんな声に対して、俺は腕を上げることで答えた。
5
夜明けも近くなってきた頃、目の前に基地が視えてきた。基地といってもそうデカイわけではない。3階建てくらいのコンクリート製の建物で、基地というより小さなマンションのようだ。もちろん、ただの建物ではなく、大きな塀が張り巡らされており、多数の兵士が巡回し、戦車などが配備してある。情報が正しければ、ここに敵の司令官がいるはずだ。
「さて、どうするかな・・・」
正面から突破するのは骨が折れそうだが、忍び込んだりするのも得意ではない。俺は少し考えた末、いつも通り正面突破することにした。
「――――投影、開始」
俺は使い慣れた干将莫耶を投影する。やはり一番頼りになるのはこの双剣だ。どんな窮地もコイツらで切り抜けた。俺は双剣を構え、闇に紛れるようにして見張りの兵達に向かって疾る。
「シュッ!」
干将莫耶を振るう。たった二振りで、兵士二人はこちらに気づくこともないまま、声もなく絶命した。あまり殺したくはないが、声を出されるのも拙い。そして、兵士の懐を探り、手榴弾を確保する。計8つあったソレを戦車や基地などに投げつける!
「ドカァァァァン!!!」
基地は一瞬にして混乱の極致となった。大勢の兵士達が基地から出てくる。扉が開いたことを確認した俺は、塀を飛び越え手薄となった扉に向かう。向かってくる敵を倒しながら、扉を通り基地に侵入した。
「ハァァァ」
俺は瞳を閉じ、壁に手を当て、基地の構造を視る。初めて入る建物でも、こうして構造を解析することによって迷うことはない。俺は基地の地図を頭に叩き込み、眼を開けた。
「指令室は3階か」
俺は3階に行くため、階段に向かい走った。その途中、狭い通路で兵士達に出くわす。
「チィッ!」
兵士達は俺の姿を認めると、すぐに発砲してくる。反応が速い、さすがに兵の精度は高いようだ。この狭い通路では回避するのは難しい。ならば――――。
「――――同調、開始」
俺は赤い外套を強化し、顔を腕で覆うと銃弾の雨に飛び込む。強化された鋼の外套を、マシンガンの弾ごときが貫けるはずが無い!
「じ、銃が効かな・・・ぐあぁ!」
間合いに入ると、双剣を振るい、兵士達に襲い掛かる。殺す必要はない、俺は兵士達の腕と銃を切り飛ばしていく。そして、そのまま三階へと走り去った。
基地の兵士をあらかた倒した俺は、司令室に着いた。司令室に入ると、そこには軍服を着た、くたびれた老人が一人いるだけだった。その顔は疲れきり、俯いている。
「貴様が司令官か?」
俺はゆっくりと歩きながら問いかける。老人はそのしわがれた顔を上げた。
「ああ、一応な。・・・ティミアットの刺客・・・。そうか、お前が『レッド・デビル』エミヤか。お前のことは知っている、この世界では有名だからな。戦争請負人、“エミヤ”が参加した軍は、その戦争に絶対に勝利するという話だ。お前が我々の敵に回った時点で、負けは決まっていたということか・・・」
老人は大きく溜息をついた。
「違うな、貴様等が敗れたのは、人々を苦しめる圧政をしていたからだ。そして、人々は立ち上がり、貴様等を倒した。俺はその手助けをしただけだ。正義のない貴様等は、俺が居なくとも敗れているだろう」
「フッ、ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ」
突然、老人は眼を剥き、狂ったように笑いだした。
「お前、本当にそんなことを言っているのか!こいつはお笑いだ!正義だと?この世界に正義などがどこにある!圧政だと?この貧しく小さな国ではそんなことは当たり前だ!そうしなければ、政府が成り立たないのだ!」
唾を飛ばしながら、雑音を捲くし立てた。老人はなおも続ける。
「では、ティミアットに正義があると?こいつはおもしろい冗談だ、お前は奴が政府で何をしていたかを知っているのか?奴が新しい政府を創ったところで、また倒されるのがオチだ。その時、お前が奴と戦うがいい!」
「・・・言いたいことは、それだけか?」
「ヒィ!」
俺は、静かに老人の首を跳ね飛ばした。
「そんな話はもう聞き飽きた。俺は『正義の味方』だ。人々を苦しめる害悪を討ち滅ぼす者だ。ティミアットが人々に仇名すのならば、俺がこの世界から抹殺しよう」
・・・そうだ、いつものことだ。いくら戦争を終わらせようとも、新しい戦争が始まる。くだらない理由で人々は殺しあう。弱い者は虐げられる。この世は負の螺旋で出来ている。終わりは来るのだろうか?
「とりあえず、敵将を討ち取ったことを報告しなければな」
革命軍と政府軍の双方に連絡し、戦争の終わりを告げなければ。
「パァン!」
その時、ドアの付近で銃声が鳴った。