いつもなら同じく少々慌ただしくも穏やに過ぎていくであろう平和な休日。
然し、今日ばかりは勝手が違った。
それというのも俺、衛宮士郎が朝食の後にセイバーに言ってしまった一言から始まったのだ。
セイバーさん遊園地へ行く 前編
今日は高校三年生が始まってから初めての土曜日。学校も休みで俺を含めた殆どの学生さんは一日中家で暮らせる素晴らしい日、つまり休日。
時刻は午前七時半。いつもならまだ布団の中──時と場合により付属品としてセイバーが着いてくる──で惰眠を貪っている筈の時間だ。
然し、今日は何故だか普段より早く目が覚めてしまった。早起きは三文の得と言うが今日は何かいいことでもあるのだろうか。
一度目が覚めてしまった以上、もう一度寝直すのも嫌なので仕方なく布団から這いだし、服を持って隣の部屋で寝ているセイバーを起こさないように部屋を出る。
聖杯戦争から二ヶ月、俺としては大変嬉しいことにセイバーは遠坂のサーヴァントになったことで魔力が供給されるようになり、まだこの世界に現存できている。まぁ、遠坂のサーヴァントと言うのは形式上のことで『私はシロウの剣となる』と誓ってくれたセイバーは実質俺のサーヴァント、いや、パートナーだ。
洗面所で顔を洗い、服を着替えてから居間へ行く。案の定居間のは誰の姿もない。
みんな平日の疲れが溜まっているのか休日は早くても八時を過ぎないと誰も起きてこない。桜も藤ねぇも同じ理由からなのか休日の朝は来ないか八時を過ぎることが多い。
テレビをつけて朝のニュースを眺める。これと言った事件もなく、テレビの内容はニュースからスポーツニュースに変わる。
「よし、みんなが起きてくる前に朝飯でも作っておくか」
音量を少し大きくして台所にも聞こえるようにして畳から立ち上がり、エプロンをして台所に入る。
「さて、今日の朝は何にしようかな」
冷蔵庫を開けて何か適当な物がないか探す。
お、藤ねぇの被害にあってないケーキ発見。後でみんなと一緒に食べよう。
…いや、今はケーキなんてどうでもいい。それよりも朝食のおかずを見つけなければ。
で、見つけた物。
中華鍋に入っていた昨日の残り物、麻婆豆腐。遠坂特製激辛仕様。
昨日の夜に遠坂が作ったもののあまりの辛さに半分以上残ってしまった恐怖の一品だ。
桜は兎も角あのセイバーや藤ねぇですら一人分も食べることが出来なかったのだからその辛さは推して知るべし。
かく言う俺も自分用に取った分だけでダウンした。結果平気だったのは麻婆豆腐の制作者、遠坂凛本人だけだった。
あれ、今何か神父の顔が頭の中を掠めたような。気のせいか?
「捨てるのも勿体ないし、おかずはこれでいいか」
『冷めた中華料理は犯罪よ』とか言ってた遠坂の為に取り敢えず鍋に火を掛けて麻婆豆腐を温め直す。
「そう言えば、もう二ヶ月にもなるのか…」
麻婆をお玉でかき混ぜながら思い出に耽る。聖杯戦争が終わった時から考えると俺とセイバーの中はかなり進展したと思う。
と言ってもデートは聖杯戦争の時のを除けばまだ一回しか言ってないし、身体を重ねたのもあれが最初で最後だ。…廃墟でのことは考えない方針で。
そこでふと気付く。
「俺ってセイバーのことあんまり知らないな」
そこで自分がセイバーに関して知っていることを思い返す。
本名、アルトリア、アーサー王。年齢、十五歳(カウントストップ)。
スリーサイズは機密事項。趣味、俺を滅多打ち、もとい剣の修行。
好きな食べ物、俺の料理ならなんでも。嫌いな食べ物、概ね無し。
好きな物、獅子(ぬいぐるみ、本物問わず)。嫌いな物、嫌いな物、嫌いな物…
「…セイバーの嫌いな物ってなんだ?」
そう言えばセイバーの嫌いな物や怖いものについては聞いたことがない。あの性格や雰囲気から嫌いな物や怖いものは無いと勝手に思い込んでいたのだろう。
「ご飯の時にでも聞いてみるかな」
考えている内に麻婆がジュージュー音をたて始めたので火を止めて元の皿に移す。
然し朝食のおかずが麻婆豆腐だけというのは少々心許ない。いや、普通に考えると朝食にのおかずにしては豪華なのだが、恐らくこれだけだと一人を除いて全員から非難の視線を受けるのは必至だ。何か保険を作っておかなければ。
というわけで温めるのを中断して再び冷蔵庫の中を物色する。
卵数個とウィンナーを発見。シンプルにウィンナー入りスクランブルエッグでも作ろう。
卵全部をボウルに入れてかき混ぜ、フライパンに入れた所で居間に人の入ってくる気配がする。
「…おはよう。士郎、今日は早いわね」
今日の二番手は遠坂か。
麻婆が焦げ付かないように絶えずかき混ぜながら居間の方を振り返る。
案の定、酷く不機嫌そうな顔をした遠坂がゆっくりとした足取りで台所に入ってくる。
「遠坂、俺今手が離せないから牛乳は好きに飲んでくれ」
「言われなくても勝手に飲むわよ」
言いながら冷蔵庫の戸を開けて牛乳パックを取り出し、パックの口を開いてその儘口へ─
「ちょっ、遠坂!」
「え」
俺の慌てた声に気付いたのか牛乳パックが口につく直前で動きを止め、固まること数秒。
漸く頭がまともに働き始めたのか黙って牛乳パックを口から離す。そしてばつが悪そうな顔で俺を見る。
「士郎は私が朝弱いっていうのは知ってるわよね」
「ああ。心配しなくても誰にも言うつもりはないよ」
誰かに言ったところでどうなるものでもないし、第一この「あかいあくま」を敵に回すようなことはしたくない。
「もうすぐ作り終わるから立ってるついでにセイバーを起こしてきてくれないか?」
「分かったわ」
珍しく素直に言うことを聞いてくれる遠坂。これが三文の得なのかもしれない。
「おはよう御座います、リン。これから何処かへ行くのですか?」
「セイバーを起こしに行くつもりだったんだけど。必要なかったみたいね」
火を止めて出来上がったスクランブルエッグを皿に移しているところで廊下からそんな声が聞こえてくる。
両手に麻婆とスクランブルエッグを持って居間に行く。
「おはよう、セイバー」
「おはよう御座います、シロウ。ところで桜や大河はまだ来ていないのですか?」
言われて時計を見てみる。時刻は八時過ぎ。藤ねぇはいいとしても時間を守る桜にしては珍しい。
「藤ねぇは分からないけど、八時を過ぎてもこないってことは桜は今日来ないのかな?」
エプロンを外し茶碗にご飯をよそいながら答える。激辛麻婆を食べる量が増えるなんて愚痴ってはいけない。
三人分の茶碗にご飯をよそっていただきますの挨拶をしようとした時、玄関の方から戸の開く音がする。
「先輩、遅くなってすいません!」
「士郎ー、ご飯出来てるー?」
両者とも相変わらずな様子だ。
「すぐ準備をしま─あれ?」
「おはよう、桜。ご飯ならもう出来てるから座ってくれ」
少々予想外な居間の様子に固まっている桜を座るように促す。
「士郎ったら準備いー。お姉さんは嬉しいよぉ」
藤ねぇは言われなくても勝手に座る。これでいつも通りの朝食風景だ。
「うわー。これ昨日の麻婆? またあんなの食べなきゃ駄目なの?」
テーブルの上を見た途端藤ねぇがあからさまに嫌そうな顔をする。
「だって捨てるのも勿体ないだろ。嫌なら食べるな」
「うー。士郎はお姉ちゃんが餓え死にしてもいいって言うの」
非難めいた目で俺を見てくる藤ねぇ。言っておくが朝食を抜いた程度で人間が死ぬ筈がない。
朝食を抜いたぐらいで人間が死ぬのなら遠坂はとっくの昔にこの世の人でなくなっている。
「ううー」
少しの間何やら苦悩していたが諦めたのか大人しくお箸を取る。
「「「「「いただきます」」」」」
五人同時に挨拶して朝食を開始する。
…それにしても開始そうそう見る間にスクランブルエッグが無くなっていくのは何故か。
麻婆を食べているのは俺と遠坂だけ。そこの四次元胃袋二人組、少しは麻婆も食べてくれ。減らないじゃないか。
「そうだ、なぁセイバー」
辛さを我慢しながら二杯目を皿に移しつつセイバーに話しかける。
「はい、何でしょうかシロウ」
「あのさ、ちょっと聞くけどセイバーの嫌いな物ってなにさ」
「私の嫌いな物、ですか?」
セイバーは箸を動かす手を止めて考える。
「そうですね。嫌いな物、はこれと言って無いですね。強いてあげるならマーリンでしょうけれど、あれは嫌いではなく苦手な部類に入ります」
「マーリンってセイバーの指導役っていうか相談役だった魔術師のことよね。貴女マーリンのこと嫌いだったの?」
横から遠坂が質問する。桜と藤ねぇはあまり興味がないのか静かにスクランブルエッグを食べている。だから麻婆も食え。
「それは違います、リン。だから言ったでしょう。マーリンは嫌いな部類には入りません。どちらかと言えば好きでした。でなければ相談役になどできません」
「そうよね。じゃあセイバーには嫌いな物って無いの?」
「はい。嫌いな物はありません」
きっぱりと断言するセイバー。
「じゃあさ、怖いものとかはあるのか?」
幾ら歴史に残る騎士王と言えど昔は普通の少女だったのだ。嫌いな物がなくても怖いものの一つや二つはある筈だ。
「…シロウ、これらの質問の意図は何なのですか。貴方は私の嫌いな物や怖いものを知って一体何をしようと企んでいるのですか」
質問に答えず反論してきた。セイバーの性格はあんなだから無かったら無いとはっきり言う筈だ。それが反論してきたと言うことは─
「セイバーさ、怖いものがあるだろ」
「! な、何をいうのですシロウ! 私は王なのですよ! 王に怖いものなどある筈がありません!」
必死に否定しているが、その態度から怖いものがあるというのは一目瞭然だ。
「へぇ、セイバーにも怖いものってあったんだ。以外ねー」
「なっ、リンまで言うのですか! 私には怖いものなどありません!」
「何でさ。セイバーも王になる前─カリバーンを抜く前は普通の女の子だったんだろ。なら怖いものの一つや二つ、あって当然だよ。隠す必要なんてない」
「だから私には怖いものなどないと言っているでしょう! シロウは私を怒らせるのがそんなに楽しいのですか!」
がーっと怒るセイバー。これ以上この話を続けるのは危険だ。下手をするとエクスカリバーを持ち出しかねない。
「いや、まさかセイバーがそこまで怒るとは思ってなかった。この話はこれで終わりにしよう」
「分かってくれればいいのです、シロウ」
今さっきまでの怒りは何処へやら。一瞬の内に元の落ち着いた状態に戻ったセイバーはご飯を食べようとテーブルの方に顔を戻す。が、
「大河、このお皿に乗っていた卵料理は何処へいったのですか?」
空になった皿を見つめつつ、藤ねぇに尋ねる。
「ん? スクランブルエッグなら私と桜ちゃんで食べちゃったわよ。御馳走様」
手を合わせながらそんなことをのたまう虎。スクランブルエッグに比べ、麻婆はまだ結構な量が残っている。
「…すいません。先輩」
本当にすまなさそうに謝る桜。頼みの綱である遠坂ももう食べ終えてテレビ見てるし。
「遠坂。この麻婆食べないのか?」
一縷の希望を望みながら遠坂に訊く。
「私はもう十分に食べたからもういいわ。それは衛宮君とセイバーが責任を持って食べてね♪」
何だかやけに嬉しそうに死刑宣告を言い渡すあかいあくま。実はこれを狙って作ったのか?
「…シロウ、遺憾ですが私たちだけで食べましょう。決して美味しくないわけではないのですから辛ささえ我慢すれば大丈夫です」
おお、最近食事に関してはそこそこ我侭になってきているセイバーにしては珍しい。てっきり俺は新しいスクランブルエッグを作らされるのかと思っていた。…それにしても遺憾ながらって遠坂に対して少し失礼じゃないか?
「よし、二人で食べれば何とかなるだろ」
そんなわけで俺たちは二人だけでこの殺人級に辛い麻婆を食べることとなった。
因みに全部食べ終わるのに三十分もかかった。
朝食後。
「ったく、遠坂め。あんな馬鹿みたいに辛い麻婆つくりやがって。まだ舌がひりひりする」
食器を片付けた後、舌を落ち着かせる為に水を飲みながらぼやく。藤ねぇと桜は揃って何か用事があるらしくすぐに帰ってしまい、遠坂も美綴と約束があるとか何とかでさっき出て行ってしまった。結果、この家には俺とセイバーの二人っきり。
「セイバーは舌、大丈夫か?」
「あ、はい。私はらいじょうぶれす」
…呂律が回ってないよセイバーさん。あ、顔を赤くして俯いている。
「無理するなって。ほら」
コップに水を入れて渡すと勢いよく水を飲む。
「やっぱり我慢してたんだろ」
「…すいません、シロウ」
「謝らなくてもいいよ。…それにしても二人で食べたとはいえよくあの麻婆を完食できたな」
間を空けるのが嫌で適当な話に切り替える。
「幾ら辛くてもリンの料理は美味しい。それに捨ててしまうのも勿体無いですから」
「…だな」
話が途切れる。しまった。これじゃあ話を変えた意味がまったく無い。
「あ」
そこで不意に思いついた。時計を見るとまだ九時を少し過ぎたばかり。時間は十分にある。
「よしっ」
そうと決まれば話は早い。セイバーもすることなさそうだし、多分大丈夫だろう。俺は今を出て部屋から財布を取ってくる。中身は福沢様が二枚。これなら問題ない。
「セイバー、遊園地へ行こう」
「は?」
あまりに突然な言葉にセイバーは何とも言えない声を出す。
「遊園地、ですか?」
「ああ。確かセイバーは一回も行ったことなかったよな。新都の郊外にあるんだけど、まだ一日が始まったばかりだし今から行けば十分に遊べる」
自分でも唐突で計画性なんて全くないのだが、遊園地へ行くのに計画なんか必要ない。それに一日を家で過ごすより、外に出た方が健康にもいい。
「駄目かな」
「い、いえ。私は全然構いません。ですが…その…」
途中でまた顔を真っ赤にして俯くセイバーさん。俺、何か変なことでも言ったかな。
「それは…デート、なの…でしょうか…」
あ。そうか。若い男女が二人で出かけると言ったら普通はデートってことになる。全く気が付かなかった。セイバーはどうしてこう、こういったことにはよく気が付くのか。
「確かに。今思うとデートってことになるな」
「…それでしたら、ちょっと準備をして来ます」
言ってセイバーは居間から出て行く。
でも準備って何だ? 遊園地へ行くだけだから弁当も何も必要ない。いるのは財布にハンカチとティッシュぐらいだ。
まぁ、セイバーも女の子だし俺には分からない準備でもあるんだろう。そう思うことにして俺はテレビを見ながらセイバーを待つ。
「待たせました、シロウ。それでは行きましょう」
「ああ。 …!?」
二十分程して、いいかげんセイバーを呼びに行こうかと立ち上がりかけたところで後ろから声がかかり、立ち上がって振り向いたところで目の前に知らない人がいた。
「……………」
「どうしたのです、シロウ? 行くのでしたら早く行きましょう」
目の前の人は俺のことを知っているようだ。
「…ええと、セイバー?」
恐る恐る尋ねてみる。
「? 私以外に誰がいるというのですか?」
どうやら目の前の人はセイバーらしい。らしいと言うのは今、目の前に立っている人物がセイバーかどうか確証が持てないからだ。さっきまでのセイバーとは全然雰囲気が違っている。最早別人と言ってもいい。
それと言うのも今のセイバーは綺麗なブロンドの髪を下ろしているし、服もいつも着ている服とは違う。
今のセイバーの雰囲気を簡単かつ正確に言い表すならば、桜と遠坂を足して二で割ったと表現するのが一番いいだろう。
上はで、膝上十cmぐらいの紺色のプリーツスカートを履いている。
「…あの、やはりこの格好は変でしょうか?」
俺がじっとセイバーを見ていることを勘違いしたのかセイバーは赤くなりながら訊いてくる。
俺の身長はcmに近く、セイバーは150cmぐらいしかない。自然セイバーは俺を見上げる形になり─
「い、いや、まさかセイバーがそんな格好で来るとは思わなかったんだ。てっきりいつもの服で行くのかと思ってた」
少し後退りして答える。あんな顔をしたまま上目遣いで見られるなんてもうレッドカードものの反則だ。
「この間、凛が『もし今度士郎とデートするようなことがあったら私の服を自由に使っていいわよ』と言ってくれたので着てみたのですが、どうでしょうか?」
「うん。似合ってるよ。いつもの服のセイバーも綺麗だけど今のセイバーも綺麗だ」
心臓の動悸を必死に抑えながら平静を装って答える。まだ一日は始まったばかりだと言うのに、俺の精神は耐え切れるのだろうか。
そんな俺の心情を知ってか知らずかセイバーは笑う。
「ありがとう、凄く嬉しいですシロウ」
その笑顔は本当に綺麗だった。
バスの時間も迫ってきたので玄関に鍵を掛けて門の外にでる。
「それじゃあ、行こうか」
「はい。今日一日よろしくお願いします、シロウ」
そんな挨拶を交わした後、俺はセイバーと並んで歩き始める。
時間は九時三十分を少し回ったところ。バス停までは距離があるから少し急がないといけない。
「セイバー、少し急ごうか」
言って俺は少しだけ歩調を速める。と、セイバーに手を掴まれる。
「駄目ですシロウ。乗り遅れても構いませんからゆっくり行きましょう」
「けど…」
「けどもでももありません。たまにはゆっくり歩いてみたいんです。それに…」
セイバーはそこで一端言葉を切り、はっきりとした声で、
「シロウと二人だけの時間は久しぶりです。だから少しでも長くこの時を過ごしたい」
なんて言ってくれた。
「う…」
自分の顔があっという間に赤くなっていくのが分かる。
「分かったよ。セイバーがそう言うならバスは次のにしてゆっくり歩いていこう」
赤くなったのを見られないように顔を少し背けながら歩調を緩めてセイバーの横に並ぶ。
それからバス停までは俺もセイバーも無言だったが、セイバーの横顔は幸せそうだった。
「…しかしシロウ。何故突然遊園地に行こうなどと言い出したのですか?」
バス(ぎりぎりで間に合った)に乗ってから少しして、セイバーがそんなことを訊いてきた。
「特に理由はないな。ただこんな天気のいい日に一日中家の中で過ごすのは勿体無いだろ。理由と言えばそれが理由かな」
「では事前に予定していたことではないのですね?」
「ああ。俺が唐突に思いついた単なる気まぐれだよ。でもどうしてそんなことを?」
「いえ、もし予定があるようなら訊いておこうと思っただけです。それでは今日は本当に遊園地にしか行かないのですね?」
どうしたんだろう。セイバーはただ今日の予定を訊いているだけなのにどこか妙に引っかかる。まるで他の何処かに行きたいかのような感じだ。
「うん? セイバーは何処か他にも行きたいとこある?」
「いえ、そんなことはありません。私はシロウと一緒にいられるなら何処へ行ってもいい」
どうしてセイバーはこう、こっちが赤面するような台詞を平気で言えるのか。
と、俺は今になってセイバーの手首に腕時計がしてるのを見つける。
「あれ、セイバー。その腕時計どうしたのさ?」
「ああ、これですか。これは凛がさっき『士郎と何処かへ行く時は必ず付けといてね』と言って渡してくれたものです」
………怪しい。常々『魔術の基本は等価交換よ』と言っているあの「あかいあくま」が何の交換も無しにセイバーに時計をあげるなんて考えられない。
「セイバー、その時計見せてくれないか?」
「? 構いませんが」
セイバーは腕時計を外して俺に渡してくれる。
「ごめんセイバー。すぐ返すから」
渡された腕時計を両手で包み込んで目を閉じる。そして時計に魔力を流して内部の構造を解析する。
「…やっぱり」
予想通り。この時計には盗聴器が仕掛けられてある。…しかし奴は一体何を考えてるんだ。ここまでして俺たち二人をからかいたいのだろうか。
まさか、俺をセイバーに取られたからってささやかな復讐をしているのでは? いや、流石にそれは自惚れ過ぎだろう。
「シロウ、何がやっぱりなのですか?」
「あのなセイバー。多分遠坂だと思うんだけどこの時計、ある仕掛けが付けられてるんだ」
「仕掛け?」
「ああ。その仕掛けについては説明しないけど、これをつけてるとちょっとまずい事になるんだ。だから…」
「分かりました。シロウがそう言うなら間違いないのでしょう。その時計はシロウに預けます」
「ご免な」
謝ってからもう一度時計の内部を解析する。取り除けないこともないが、工具がないので今は無理だ。
取りあえずこれ以上俺とセイバーの会話を聞かれない為に時計をズボンのポケットに入れる。
そんなこんなでバスは約一時間掛けて冬木市郊外にある遊園地『冬木レジャーランド』へ到着した。
「ちっ」
私は舌打ちしてからイヤホンを外す。まさかシロウが時計の盗聴器に気づくとは思わなかった。今回は珍しく何も失敗しなかったというのに、これじゃあ全部水の泡だ。
今、私――遠坂凛は美綴綾子の家に来ていた。理由は簡単。昨日の夜に「明日もし暇なら何処かへ行かないか?」と誘いがあったからだ。
「どうしたんだい、遠坂?」
「何でもないわ。こっちの話。…で、どうして貴女達がここにいるのかしら?」
私は床に置かれたクッションに座っている予定外の三人組―蒔寺楓、三枝由紀香、氷室鐘を見る。
「何だよ遠坂。私たちがいちゃいけないのか?」
「そんなことはないけど、ただ貴女達が来るって訊いてなかったからちょっと吃驚してるだけよ」
この三人組には些細な事から私の本性がばれてしまったので学校以外では地で話している。
「時に美綴。ここに集まったのはいいが私たちはこれからどうするのだ?」
氷室さんが綾子に訊く。そうだ。士郎とセイバーのことに集中してたから忘れてたけど私も何処へ行くのか聞いていない。
「う〜ん。正直なところ何も考えてないんだよね。ほら、三人寄れば文殊の知恵って言うじゃない。だからみんなが来てから考えようかなぁって思ってたのよ」
確かに三人寄れば文殊の知恵というけれど、女ばかりが五人も集まればただ五月蝿いだけだと思う。その中の一人である私が言うのも何だけど。
「何ぃ! ってことはまだ何処に行くか決めてないってことか! 何だよそれ!」
蒔寺さんが咆える。となると何処へも行かずに綾子の家で過ごすことになるかも知れない。逆を言えば提案さえすれば何処にでも行けるということだ。
なら遊園地へ行こう。盗聴器が使えない以上、現場へ行って二人の会話を聞くしかない。
「ねぇ」「あの」
それを提案しようとして三枝さんと声が被る。
「あ…」
「私は構いません。三枝さんから言って下さい」
私は三枝さんに先を譲る。もしかしたら同じこと考えてるかも知れないし。
「誰も行くところがないんだったら遊園地に行かない?」
やった。三枝さん偉い。今度一緒にお弁当でも食べてあげよう。
「どうかな」
なんて期待に満ちた目を向けてくる。ああもうっ、可愛いなあちくしょう。
「遊園地かぁ。私は別に構わないよ。遠坂は?」
「反対する理由がないわ」
これで賛成派が三人。ここで民主主義を尊重するなら遊園地行きは決定だ。
「私も異存ない」
氷室さんも賛成。残るは蒔寺さんただ一人。
「ここでもし私が行かないって言ったらどうなるんだ?」
「別にどうもしないわ。ただ蒔寺さんには今日一日寂しく一人で過ごしてもらうことになるだけよ。素敵な彼氏でもいるんでしたら話は別だけど」
私は笑顔でそう答える。
「うー、分かった! 行けばいいんだろ、行けば!」
全員賛成で反対は零。っていうか他の四人が全員賛成しているのに一人だけ反対なんていえるわけがない。
「決まりね。一端家に帰って準備してくる?」
「だな。それじゃあ十時前にバス停に集合な。では解散」
それで各自家に帰って準備をする為に立ち上がる。私も色々と準備する為に一度、自分の家へ戻った。
セイバーさん遊園地へ行く 後編
「ここが遊園地という所ですか」
「ああ。大きいだろ」
「はい。想像していたのとは全然違います」
俺達は今、『冬木レジャーランド』の中にいる。何の面白みもない名前とは裏腹に、アトラクションは充実していて子供からお年寄りまで誰でも楽しめる。それに冬木市の有名なデートスポットでもある。
「シロウ、最初は何処へ行くのですか?」
「え、と。セイバーは何か希望とかない?」
「私は遊園地には一度も来たことがないので何があるのか全然知りません。ですから今日は全てシロウに任せます」
「分かった」
そうか。セイバーは一度も来たことがないと言っていたから知らないのは当然か。なら最初は無難にジェットコースターあたりにしよう。
「じゃあセイバー。行こうか」
「はい」
自然に手を繋いで歩き出す。自分も随分大胆になったというか、度胸がついたというか。二ヶ月前の俺からは考えられないことだ。
漸く俺にも女性やこういうことへの免疫がついてきたのだろうか。
「ん?」
歩いていると何故か周囲から視線を受けているような気がする。俺達がそんなに珍しいのだろうか。
と、そこで納得がいった。要するにみんなはセイバーを見ているのだ。そしてセイバーを見るということは自然と横にいる俺も見られるわけで―
「シロウ」
セイバーが不安そうな声で俺を呼ぶ。
「どうした、セイバー?」
「あの、先ほどから周囲の人たちに見られているような気がするのですが」
やっぱりセイバーも感じてたか。俺でも分かるんだからセイバーが感じないわけないんだけどさ。
「心配ないよ。セイバーが凄く綺麗だからみんなが見てるだけさ」
「ですが、何だか落ち着きません」
何だかセイバーはそわそわしている。その様子が妙に可愛い。照れたり赤くなったりするのは家でも見たことがあるけれど、こういう反応は初めてで結構新鮮だ。
「セイバーってこんなに沢山人がいる所には来たことないもんな。でもこればっかりは俺達だけでどうにか出来るものじゃないから我慢してくれないか」
「シロウがそう言うのでしたら、努力します」
とは言うもののまだ少し挙動不審気味だ。こうなったら周りの視線が気にならなくなる程楽しませてやるしかないか。
「セイバー、ちょっと走ろう」
「え、シ、シロウ」
いきなり手を引かれてセイバーは少しこけそうになったがすぐに俺の足についてくる。
で、乗り場に到着。
「あ、あれにのるのですか」
セイバーはだんだん上に登っていくジェットコースターを見上げながら、心なしか少し上ずった声でそんなことを言う。
「ああ。ほら並ぼう」
開園直後だからなのかまだ並んでいる人は少なく、一二回待てば乗ることが出来るだろう。
「ちょ、ちょっと待ってくださいシロウ! まだ心の準備が…」
「そんなの必要ないって。ぱっと見恐そうに見えるけど乗ったら楽しいから」
色々と喚くセイバーの手を取って無理矢理列に並ぶ。その後、セイバーはジェットコースターに乗るまで喚き続けた。
一分後。
「セイバー、大丈夫か?」
ベンチに座り横で寝ている、もとい俺に膝枕されて寝ているセイバーに声をかける。まさかセイバーがジェットコースターぐらいでダウンするとは思わなかった。
ジェットコースターに乗ったセイバーは始終緊張しっぱなしだった。一番上まで登っている最中はガチガチだったし、降り始めた瞬間にはかたく目を瞑って終わるまで開けなかった。
「はい。何とか大丈夫です。ですが、その、疲れました」
そりゃあれだけ緊張してたら疲れもするだろう。やっぱり最初はメリーゴーランドとかソフトなやつの方がよかったか。
「立てる?」
「あ、はい」
セイバーはベンチに手をついて少しだけ名残惜しそうに膝から頭を浮かせる。
「それじゃあ今度は静かなのに乗ろうか」
「ええ。私もそうしてくれると嬉しい」
俺が立ち上がると、セイバーもスカートの裾を直しながら立ち上がる。そういった何気ない仕種にもドキッとしてしまう俺はまだまだ未熟者なのでしょうか。
「どうしたのですか、シロウ」
「え、あ、いや、何でもない」
慌てて顔を逸らして歩き出す。
「………」
セイバーはじっと立ったまま何かを考えていたが、小走りに俺の横まで来るといきなり腕に抱きついてくる。
「うお!」
不意打ちをくらい身体のバランスを崩す。このままこけるのは見っとも無いことこの上ないので何とか踏みとどまる。
「ちょ、セイバー!?」
「♪」
横を見るととても嬉しそうなセイバーさんの顔。…何だかキャラが変わってませんか? いえ、セイバーさんがいいならそれでいいんですけど。
(セイバーも性格変わってきたなぁ)
とか思いつつ俺達はメリーゴーランドのあるエリアへ向かった。
そんなこんなで色々とまわっているうちに昼が来た。そしてセイバーの希望によって、今俺達は園内の喫茶店にいる。
「お昼、これだけで足りるのか?」
テーブルに置かれたサンドイッチとソフトドリンクを見ながら尋ねる。因みに午前中にまわった分ではジェットコースター以外は概ね気に入ってくれたようだ。それにしても、セイバーはジェットコースターの何が駄目なんだろう。
「少々少ないとは思います。ですがさっき歩いている時に、外にもいくつかお店を見つけましたからお腹がすいたらそこで買って食べましょう」
流石はセイバー。そういうところも抜け目無くよく見ている。
「それで、昼からは何処か行きたいところある?」
今し方見つけてきた園内パンフレットを渡す。
「そうですね…。 !?」
何を見つけたのかセイバーの目の色が変わる。
「シロウ! 急ぎましょう!」
いきなりサンドイッチを食べだすセイバー。ああ、王様なのに何てはしたない。
「おい、どうしたんだセイバー」
「話は後です!」
あっという間にサンドイッチを食べ終えて立ち上がる。あの上品なセイバーは一体何処へ。っていうか俺の昼飯は?
「何をしているのです、シロウ! 早く行きましょう!」
いつの間にか外に出てるし。
「ちょっと待ってくれセイバー!」
俺はまだ飲みかけのドリンクを持ってセイバーを追った。
時は少し戻り午前十一時。
「士郎がいるのはこの中ね。絶対に見つけてやるんだから」
ここに気合十分な女が一人。言わずと知れた「あかいあくま」こと遠坂凛である。
「盗聴器を見つけたぐらいで私から逃げられると思ったら大間違いよ」
綾子の家で一端解散になった後、凛は家に帰り士郎を探す為の準備をしていた。セイバーの魔力を追えば簡単に見つけることは出来るのだがそれでは面白くないからセイバーへの魔力供給は止めている。セイバーの魔力許容量は膨大だから魔力供給を止めたところで一日二日は全く問題なく生活できる。と言うわけで士郎の微弱な魔力でも感知できるように宝石で補強してきた。本当は眼鏡に魔力を込めて視力もあげたかったのだが、私に眼鏡は似合わないし、第一そういった魔術を私は使えない。
「何してるんだ遠坂、早く行くぞ」
「あ、ちょっと待ってよ」
綾子に呼ばれ、慌てて追いかける。士郎たち(特にセイバー)が行きそうな場所には適当にあたりをつけてある。見つけ出すのは容易な筈だ。それに知り合い同士のデートを発見すれば綾子達も黙ってはいないだろう。
凛は勝利を確信した笑みを浮かべながらゲートを潜った。
一方士郎たちの方は。
殆ど全速力(と言っても魔力は抑えているので速さは人間並み)で走るセイバーを追って辿り着いたのは『動物ふれあいパーク』。
園内にある小さな動物園で、ウサギなどの小動物に触れるコーナーもありお子様に人気の場所だ。
「なるほど。セイバーはこれを見たのか」
入り口にある掲示板には『乗馬体験 11:00〜17:00』と書かれている。
パスポートを見せてゲートをくぐり乗馬コーナーの方に向かうと、既に馬に乗って走り回っているセイバーを見つける。
「あ、シロウ」
俺に気づいたセイバーは馬に乗ったままこっちにくる。
「もう懐いてるのか」
感心してそう言うとセイバーは胸を張る。
「騎乗は私の特技の一つですから。馬の一頭や二頭、手懐けるのは簡単です」
「そう言えばそうだったな。…じゃあ俺は向こうの動物園にいるから満足したら来てくれ」
「分かりました、シロウ」
セイバーは手綱を操作して馬を反転させる。俺はそれに背を向けて動物園に向かった。
そして一時間後。
俺はまだ動物園で待っていた。全然大きくないのでほんの十分ほどで全部見終わってしまい、後は延々ベンチで待っている。
…それにしても遅い。満足したら来てくれとは言ったがまだ満足しないのかセイバーは。今度からは定期的に乗馬クラブにでも連れて行ってやった方がいいかもしれない。
いい加減待つのにも飽きたのでセイバーを迎えに行こうと立ち上がった所で向こうからセイバーが走ってくるのが見える。
「セイバー、長かったな」
「すいません、シロウ。本当はまだもう少し乗っていたかったのですが馬が疲れてしまったので」
一体どんなことをしてたんでしょう。もしかしてずっと走らせ続けたんですか?
「それで、満足できたのか?」
「ええ。久しぶりに乗りましたがやっぱり馬はいいですね」
何かを思い出すような笑顔になるセイバー。
「じゃあ動物園をまわったら『ふれあいコーナー』にでも行くか」
「はい。そちらの方もとても楽しみです」
俺はセイバーと動物園を見た後に『ふれあいコーナー』に行ったが、ウサギやら鹿やらにセイバーが異常なまでに懐かれてしまい、そこで二時間ほど時間が潰れた。
「もう四時か。そろそろ帰らなきゃならない時間だな」
「もう帰るのですか!」
「まだもう少しぐらいならいてもいいけど、あんまり遅いと桜や遠坂が心配するだろ」
いや、あの「あかいあくま」は俺達がここにいるって事を知ってるから心配はしないか。
「…そうでした」
セイバーは目に見えて残念がる。
「まぁ遊園地にくる機会はいくらでもあるからまた今度二人でくればいいじゃないか」
そう。今回が最後ってわけじゃない。セイバーが現存している限り幾らでも機会はあるのだ。
「ですが…」
まだ遊び足りないのか、それとも俺と一緒にいたいのか、セイバーの歩くスピードが落ちる。
俺も出来れば閉園ぎりぎりまでセイバーと一緒に遊んでいたいのだが桜や凛、ついでに藤ねぇ達に迷惑をかけたくない。
…あれ? そう言えば何かとても重要なものを見逃しているような気がする。
「そうだ! セイバー、帰る前にあと一つだけ見ていこう」
思い出した。どうして俺はこれの存在を忘れていたのだろうか。
俺はセイバーの手を引いて走り出す。
「ど、何処へ行くのですか、シロウ!」
「いいからついてきてくれ」
走ること一二分、俺達は目的の場所に到着した。
「こ、ここは」
セイバーが少し後退る。目の前には古い洋館。名前は『ゴーストハウス』。
何処の遊園地にでも最低一つはあるホラー系のアトラクションだ。
「あ、あの、そ、そろそろ帰らなくては桜や凛が心配するのではないですか? それにシロウは先ほど機会は幾らでもあるのだからまた今度来ようと言っていたではないですか」
さっきまで「まだ帰りたくない」オーラを発していたのに、一転して「帰りましょう」と言い出すセイバー。どうやらセイバーは幽霊やお化けといった類のものが怖いらしい。何だ、セイバーにも怖いものがあるじゃないか。
「まだ四時過ぎだし、ここに入るぐらいの余裕はあるさ」
「で、でしたらこれよりも向こうのジェットコースターに乗りませんか?」
ここよりもあれだけ嫌がってたジェットコースターの方を選びますか。これは本当、冗談抜きに怖いらしい。
「大丈夫だって。全部作り物だし、それに俺がついてる」
そこまで言って漸くセイバーは諦めたのか大人しくなる。
「…分かりました。シロウがそこまでいうのでしたら入りましょう。私の命、シロウに預けます」
たかがお化け屋敷に入るのにそんな大袈裟な。
俺は笑いをかみ殺しつつパスポートを見せて中に入る。
「そんなに怖がらなくたって大丈夫だって」
「! わ、私は怖がってなどいません!」
俺の後ろに隠れて服を力一杯握りながら言われても全然説得力ないですよ。
少し歩き難いが、止まっているのもいけないので順路を進んでいく。
と、突然正面の壁に光があたり、効果音と共におどろおどろしい人間の死体人形が浮かび上がる。
「っと」
ちょっと驚いた。入り口からまだ幾らも進んでいないのに意外とやってくれる。
「?」
何故かセイバーの声が聞こえない。入る前の怖がりようから今のを見ればまず間違いなく悲鳴をあげる筈なのに。
不思議に思い、振り返ってセイバーを見てみる。
「………」
必死に目を瞑ってやがりますよこの人。
「な、何か出たのですか!」
声が完全に震えている。
「な、なんとか言ってくださいシロウ!」
もう一杯一杯って感じだな。余裕も全然なさそうだし。
「大丈夫だって。何もないから」
「…本当ですか?」
「本当だよ」
やっと信じたのかセイバーはゆっくりと目を開ける。と、同時に浮かび上がる死体人形。
「…………………」
死体人形を見つめ、固まること数秒。そろそろくるか。総員退避! 衝撃に備えろ!
「…っ、きゃああああああああああああっ!」
耳を劈く勢いで悲鳴をあげ、全速力で奥へ走り出す。英霊故か前を見ていなくても壁にはぶつからない。
そういえばセイバーの悲鳴を聞いたのはこれが初めてだ。
「って、ちょっと待てセイバー!」
慌てて俺もセイバーを追いかける。幾つかの曲がり角を曲がったところで立ち止まっているセイバーを見つける。
「セイバー」
呼んでみるが返事が無い。怒っているのだろうか。まぁ、あんなことをすればそれも当然かもしれないが。
「セイバー?」
もう一度呼んでみるが全く反応が無い。幾らなんでもこれは少しおかしい。
「なぁ」
驚かせないだろうかと一瞬躊躇したが思い切って後ろから肩を叩く。セイバーはそれにも反応せず、そのまま後ろへ―
「!?」
すんでのところで抱きとめる。危ない危ない。あのままいけば地面に頭をぶつけていた。
それで、セイバーはと言うと――気絶していた。上を見ると天井から下がったコンニャクが。うわー。こんなの遊園地のお化け屋敷で使うか、普通。
仕方がないのでセイバーを抱いて外に出る。
出たところでここにはいる筈のない「あかいあくま」とその仲間達に出くわした。
「あら、衛宮くん。彼女を抱いてでてくるなんて、一体中で何があったのかしら?」
開口一番、そんなことを訊いてくる「あかいあくま」。
「奥手なようで意外とやるじゃないか衛宮」
「衛宮、お前彼女なんていたのか!」
「うわー、外人さんだー」
「ほう、なかなかの美人だな」
口々に勝手なことを言う「あかいあくま」の仲間達。
「遠坂。な、何でお前たちがこんなところにいるんだ」
「何でって。私達はみんなで遊びに来ただけよ。貴方とあったのはほんの偶然」
嘘だ。絶対に嘘だ。
「セイバーはこんなだし、俺は今から帰るんだ。遠坂達は思う存分遊んでくれ」
言って横を通り抜けようとする。
「なら私達も十分遊んだし一緒に帰ろうかしら。ねぇ?」
「「「「賛成」」」」」
ちくしょう。最後の最後でこれかよ。もう少しいい結末を用意してくれたっていいじゃないか神様。
それからと言うもの、俺は家に帰るまで散々遠坂達にいじられた。
因みに帰った後、目を覚ましたセイバーは暫く俺と口を利いてくれなかった。