「穂群の黒豹?をとりもどせ大作戦!」前編


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1: うが (2004/04/21 07:01:02)[ueharahetta at yahoo.co.jp]http://www.springroll.net/tmssbbs/

「まったく遠阪の奴、昨日になっていきなり行けないなんてよー」
新都の外れである人通りの少ない裏道を歩きながら蒔寺楓は呟いた。
 本来なら隣に遠阪凛を連れてこの道を歩いているはずだったが、昨日凛のクラスである三年C組に行ったところ顔を赤くしながら“明日は急な用事ができた”と断られてしまったため、そのときに渡された凛の行きつけの店の地図を頼りに一人で歩いている次第であった。
「あったあった、ここかよ」
地図の通りの路地の分岐点で左に曲がったところにその店を見つけた。
いかにも骨董店という趣はあるものの、何故か人を妨げない雰囲気を放つ変わった店だった。
楓はためらうことなくガラス張りのドアを開いた。
チリンチリンと、客が来店したことを伝えるベルが鳴り、店内に足を踏み入れる。
「おっ、なんか良さそうだな」
店内は存外広く、外装からは想像できない西洋式の造りになっていた。
棚のちょうど目線の位置には様々な色で塗りわけられたアンティークな皿が悠然と並べられていて一つ一つが際立って美しく見えるように施されていた。
「!?」
何か惹きつけられるものを感じ、楓はそれを放つ元に視線を移した。
―――窓の外から差し込んでくる光を反射し、美しい輝きを見せるそれはガラス細工の白鳥であった。
楓はそのガラス細工に一見惚れし、いとおしそうにそれに触れる。
―――何かが体の中を流れた。
数分後、そのガラス細工だけを買って店を出たときには楓は普段の楓ではなくなっていた。
「帰りはベリーベリーベリーなクレープ食べていこうかな?」
――――――!!?
通常であるならば楓はクレープよりもタイヤキを選ぶはずであった。





          「穂群の黒豹?をとりもどせ大作戦!」

「おはよう!」
朝れんの時間よりも幾分か早くグラウンドに着いた楓は陸上の器具を用意していた陸上部員達にさわやかな挨拶をした。
―――ガシャン!
ハードルを並べていた新入部員の男子が手に持っていたハードルを足の上に落として身悶える…。
「大丈夫?怪我はない?」
楓がやさしく声を掛けた。
「だっ、大丈夫です!」
声を裏返しながら彼は数人でたまっているところへと走っていった。
楓は訝しそうにその姿を眺めるもののすぐに、新入部員が倒していったハードルを直す。
 普段なら絶対に他人の倒したハードルなど直さないはずの楓の、今行っている行動を見て、楓が直しているハードルを倒した本人と周りにいた楓以外の数人が身を寄せ合いながら小さな円陣を作った。
「やばいっすよマジでヤバイっすよ、ケンカを売ってはいけない生徒トップ3の蒔寺先輩がおかしくなってしまったっすよ」
 蒔寺楓は、先日の陸上部対弓道部事件で、トップ3に番付けされたばかりであった。
先ほどのハードルを落として痛めた足を擦りながら新入部員が言った。
「確かにあれはヤバイな、おい氷室あいつ一体どうしたんだよ!」
楓と同級生の男子部員が、眼鏡を掛けた白髪の女部員、氷室鐘に尋ねる。
「それは分からんよ、三の字はどうなのだ?」
鐘は円陣の中できつそうにしている、首にタイマーと記録表を掛けたほにゃっとした笑顔が似合うマネージャー、三枝由紀香に話を振った。
「え…私も分かんないよ、蒔ちゃん何かいい事あったのかなぁ?」
「何かって?」
部員達の注目が一斉に由紀香に集められた。
由紀香はその視線に耐え切れずに記録表で顔を隠した。
「わ、私も…分かんない…」
部員たちは溜息を吐いた。何があったのかは分からないが、“休日明けにトップ3の蒔寺楓がおかしくなった”ということだけは確かであった。
 部員たちは再び大きな溜息を吐いた…


 遅刻ギリギリに三年B組に入ったある男子生徒はそのクラスの中を見て驚愕した。
「綾子ちゃん、これどう思う?」
「おっかわいいな、この雑誌そこで買ったんだ?蒔寺」
「駅前の本屋さんで買ったの…そうだ、今日部活の帰りに一緒に行かない?」
「ああ、じゃあそうしよう」
あの蒔寺楓が敵であるはずの弓道部主将、美綴綾子と雑誌を眺めながら楽しそうに雑談をしているのだ。
心なしかクラス中の生徒達は彼女らから距離を置いているように見えた。きっと彼らも自分と同じでこの光景を見ないようにしているのだろう、と遅刻ギリギリに登校した男子生徒は考え、この場から逃れるために気を失った。

昼休みになり、楓の変化にようやく対応できたのかクラスの中は何とか落ち着きを取り戻していた。
室内では普段通り、由紀香・鐘・楓の三人組が昼食会を開いている最中だった。
「蒔ちゃん、鐘ちゃん、私今日のお弁当は自信があるんだよ」
由紀香の弁当箱の蓋が開く。
今日の由紀香お手製の弁当はその自信通り、普段とは違う大人っぽい出来に仕上がっていた。
「ふむ三の字、我々も見せたいところだがあいにく今日もいつも通りのコンビニ弁当でな…なあ蒔の字も……」
「えっ?わたしは違うよ、ほら」
楓の机の上にはおそらく手作りであろう弁当箱が誇らしげに置かれていた。
楓が蓋を開ける―――

 昼休みの教室に先程まで保健室で寝ていた男子生徒が戻ってきた。
別にこれといって体に異常があるわけではないはずであった彼はふとクラス内を見渡す。
そして何か違和感を感じていつもの三人組が集まっているところに目をやった。
 そのとき丁度、楓が弁当の蓋を開けたところだった。
その中には―――

――――――バタンッ!!
「やばいぞっ、杉田がまた倒れたっ!!」
「どうしたんだよこいつ、いつもはこんなことなんてなかったのに…」
男子生徒たちの騒がしい声を聞き、三人はドアの周りの人だかりを眺めていた。
「どうしたんだろう杉田君」
自分が原因とは気づかずに楓は心配そうな顔をして弁当に視線を戻した。
由紀香と鐘もそれに合わせるように楓の弁当に見入った。
「―――!?」
楓の弁当箱の中には海苔で作ったかわいらしい猫が乗せられた白米と、タコの形になっているウインナー、その他にも普段由紀香の持ってくる弁当によく似た…いやそれ以上に乙女な飾りが施されていた。
「う、うん。とってもかわいいね」
「あ、ああ。そうだな…とてもよいと思うぞ」
二人は楓と弁当を交互に見ながら、震えた声で答えた。
楓はうれしそうに微笑んでいる。
「でしょ、わたし一生懸命作ったんだから」
由紀香と鐘はその後、無言になって弁当を食べ続けた。


「きゃっ!」
ハードルが倒れる音と共に誰かの乙女な声が、暗くなり始めたグラウンドに響いていた。
 その場に居合わせた誰もがその声の先の女子の姿を見るために目を凝らした。
「……あれって、あのトップ3の蒔寺楓だよな…」
シートノック中にエラーして転がっていったボールを拾いにきた野球部が呟く。
「…そのはずなんだけど、あいつってあんなにドジっ子だったっけ?」
転がってきたボールを拾って、野球部員に投げ渡そうとしていた陸上部員がそれに答えた。
「…あれはあれで結構いいな……」
「あっ、お前もそう思う?」
「えっ?だってそうだろ」
同意見の二人はその場で固い握手を交わし、新たな友情が生まれていた。
辺りは一層暗くなり、陸上部の練習は六時半に切り上げられる事になったため、部員たちはそれぞれのノルマをこなしてグラウンドから去っていった。


「よし、美綴と蒔寺は帰ったな」
二人は朝に約束していた通り、部活後に駅前の本屋に向かって行ったばかりであった。
楓以外の陸上部の部員達とマネージャーは肯定の隅から奇妙な組み合わせの二人を眺めていた。
「よし、じゃあ全員この間の会議室に集合だ!!」
陸上部部長の掛け声と共に、ぞろぞろと列を成して会議室へと走っていった。
楓を除いた陸上部員全員が入った会議室はラッシュ時の満員電車のように一人一人が、ぎゅうぎゅうに押し込まれていた。
「し…しまった、部員が増えたこと忘れてた…」
部長はそう言って、隣の職員会議用の大会議室に入っていった。…もちろん無断である。
 空席なく座られているのを見て、部長が得意げに背後のホワイトボードを叩いた。
「さて、蒔寺を何とかしようという話だが…何か意見があるものは?」
「はいっ!」
先程、野球部員と固い握手を交わした男子部員が大きく手を上げた。
「オレはあのまんまの蒔寺がいいと思う!!」
その声に男子部員達の間で歓喜の声が上がった。
「じ、実は俺もだったんだ…」
部長は恥ずかしそうに手を上げる―――その時会議室中に机を叩く激しい音が響いた。
「そんなのだめだよっ!楓ちゃんを元に戻そうよ」
瞳に涙を浮かべながら由紀香が叫んだ。
机を叩いたのが痛かったのか、赤くなった手を擦っている。
「君たちがあのままの楓でいいと言うなら話は別だが、このような楓は二度と見れなくなるのだぞ」
鐘がおもむろに財布からある写真を取り出した。
「ん?…おおおぉ!!」
その写真に写っていたものは楓が着物を着ている姿だった。
男子部員達が一斉にその写真に注目する。
「残念だ…あのままの蒔の字なら、“着物はかわいくない”と言って着ないだろうからな…」
会議室中に息を呑む音がはっきりと聞こえた。
「男子集合っ!」
部長の周りに男子部員が集まり、何やら話し合いを始めていた。
少しして彼らは席に着き、決心がついたような顔をして…
「元に戻そう!」
とタイミングばっちりで声がそろった。
「じゃあ作戦名どうする?」
部員の中からそんな声が上がり、一同はしばらく沈黙する。
「あっそうだ、穂群の黒豹をとりもどせ大作戦!は?」
「ああ、確かにあいついつも“私は穂群の黒豹だっ!”って言ってたからな」
端の席に座っていた男子部員達が沈黙を破った。
書記を務めていた部長が、その作戦名をホワイトボードに書き留めていた。
「しかしだな、穂群の黒豹とは蒔の字が勝手に言っているだけに過ぎないのではないのか?」
鐘がすかさず反論した。
「んじゃあ、穂群の黒豹?をとりもどせ大作戦!ってことで」
書記を務めることに疑問を感じた部長が、書き終えたばかりの文字に“?”を加えてその日の会議を終了させた。


 ―――その日の会議で具体的に何をするか決定していないことに気づいた部員は誰一人としていなかった。






                                 続く


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