そいつがこの世界に現れたとき、その存在があまりに自分と酷似していた為か。
彼女が言葉を発するより早く俺の腕は動き―――
その柔らかな肉体を抱きしめていた。
「問おう、貴殿が私のマスターか?」
その身は男の腕に抱かれたままだというのに、彼女は平然とした態度で俺に問う。凛と、曇り一つない澄んだ声は音色の如き美しさを秘めていた。
「問いに答えよう、俺が君のマスターだ。よろしく英霊殿」
「こちらこそ、マスター。あと出来ればそろそろこの身を開放してほしいのだが?」
苦笑いを浮かべつつ、両腕を離し彼女を解放する。そのまま闇に包まれていた部屋を進み身近にある扉を開けると、夜風が待ち望んでいたかのように俺の頬を撫でた。
季節は初秋。庭先の草むらでは鈴虫が演奏を始める季節。
足を進めテラスに出ると、髪が靡くほどに風はうねりをあげていた。
背後には彼女の気配があり、無言で俺の背を眺めている感覚が手に取れた。
今日の日付からすると夜空には満月が、その冷酷な蒼白い光を放っていることだろう。もしそうならば彼女にも俺の顔は見えるはずだ。
マスターはテラスに出ると、そのままは夜風に身を任せているようだった。何も言わず、ただ外の風景を眺めているようにも見て取れる。
「アサシン・・・」
不意にマスターが私を呼んだ、いやただの独り言なのかもしれない。何故なら私はまだ、自分のクラスを話していない。
「何でしょうかマスター」
それなのに私は、自分が呼ばれたとしか思えず返事をしてしまっていた。
一拍の間があき、マスターがこちらを振り向く。
銀色に煌く髪を短く切り揃え、その顔立ちは整っていたのだが不自然な点が一つあった。マスターは、彼は両目を開いてなかったのだ。目を閉じているとは違う、まるで・・・
「マスター、貴方はもしや目が・・・」
「その通り、盲目なんだよ俺は」
うっすらと笑みを浮かべ、まるで何でもないかのように平気で言い放つ。これから殺し合いをするという者が、そのようなハンデを背負っているのに何故そのように笑みを浮かべられるのか、私には理解できない。
そんな私の心中に気付くはずも無く、彼は静かに口を開いた。
「それで、このように盲目の魔術師の下で聖杯戦争に参加してくれるのか、お前の意見を聞きたい」
「!!」
その言葉に、私の背筋は凍りついた。サーヴァントである私が、人間の魔術師である彼に恐れと言う感情を抱いたのだ。
「・・・戯言を、この身はすでに貴殿と共にある事を忘れないでいただきたい」
躊躇いも無く。恐れすら消え。私は彼に跪いた。
「そうか、ならばその身と心。御影玲司が全身全霊で預かろう」
これが私とレイジの契約執行の瞬間だった。
『Blind Assassin/Servant Tears』
続く・・・
目の前に広がる濃密な闇。
手を伸ばせば餌を与えるように喰らい尽くされてしまう、罪を貪る漆黒。
振り返り退く事は出来ない、何故なら屍が山となって退路を塞ぎ今もその数を増やしていく。
進むことしか出来ず。
この身は闇に捧げられた生贄だった――――――
Blind Assassin/Servant Tears第一話『疑問と答え』
誰もいない夜の穂群学園。
日中は生徒で溢れかえるこの場所も、日付が変わる時刻になれば警備員の姿も消える無人の建築物となる。はずだった・・・・・・
四角に切り揃えられた校舎の屋上、フェンスで囲まれた閉鎖的空間に俺は佇んでいた。
光源は夜空の星と満月のみ。
風音だけが寂しく響き、無言で過ごしている俺とアサシンの身を静かに撫でている。
「マスター、少し聞きたいことがあるのですが」
唐突にアサシンが声を出す。彼女の声は決して大きなものではなかったが、この場所では十分過ぎるほど良く聞こえた。
「何が聞きたいんだアサシン。答えられることなら、何でも答えてやるぞ」
「では、お聞きします・・・」
そうして一拍、呼吸を整え、今までの疑問を吐き出すように話し始めた。
「まず、何故このような場所にいるのか。仮にも今は殺すか殺されるかの現状です、迂闊な行動は控えるべきでしょう。次に貴方の事について、貴方は私に自分は盲目だといいましたが、ここに来るまで実に流暢な足取りでした、まるで見えているかのように。最後に私が自分のクラスを話す前に言い当てましたね、あれは何故です?」
「・・・・・・」
次々に並べられた彼女の疑問は、どれも訊ねて当然のことだ。そして、彼女は俺のサーヴァントとして聞く権利を持っている。
「ふう、少し長くなるかもしれないが・・・それでも良いか?」
返答は無い。目の見えない俺のために無言で肯定してくれていると、勝手に解釈して話を進める。
「最初の問いだが、この場所で人を待っている。そいつに会って、俺は約束を果たさなければならない。次に俺の目についてだが、これはある魔術を使い補佐している。『感知』と言う魔術で人間の持つ感覚を最大限に引き上げる魔術だ」
そう、この『感知』によって俺は日常を不備なく過ごしている。五感の一つである視覚が無いリスクは全てにおいて不利だがこの魔術によって視覚以外の感覚を鋭敏化し、残りの聴覚、嗅覚、触覚、味覚は一般人の十倍以上になっている。それに加え、シックス・センスと呼ばれる第六感も向上。
その為、俺は目が見えない闇の中でも安全に活動できるのだ。
さらにこの『感知』は魔力を索敵することも可能で、この町に何人の魔術師がいるのかも八割は把握している。
だが、普通の魔術師の『感知』はここまで優れていない。出来たとして五感の強化だろう。
「その効果で俺は今まで生きてきた。目の見える魔術師にでも、遅れを取るつもりは無い。最後の質問だが、これには答える事が出来ない。時期がくれば自ずと話すつもりでいる、これで質問には答えたが・・・まだ何かあるか?」
俺の言葉に彼女は答えない。
これだけの事を全て理解しろ、言われても無理な話だ。アサシンの整理が付くまで黙ることにしよう。
そうしてまた無言の時間が訪れ、時刻は深夜一時といった頃になった。
「そろそろか・・・」
「何がですか、マスター?」
黙々と頭を整理していたアサシンも口を開く、どうやら彼女は頭を使うことは苦手なようだ。
「人と会うって言っただろ?今からそいつ、いや正確にはそいつ等を呼ぶんだよ」
「呼ぶとは・・・どうやってですか?」
アサシンの問いに答えず、俺はニヤリと口を吊り上げそのままフェンスに近づく。ガシャン、という音と共にフェンスに手を掛けると、『感知』の効果を上げ待ち人の家を効果範囲に入れる。
目標は離れの一室に二人。客間に一人。
「!!」
そのまま、ありったけの敵意を目標に向かって放つ。その瞬間、屋上の空気は一変し重苦しい威圧感が周囲を支配する。
「・・・・・・」
三人とも俺の敵意に気付いたようで、微かに慌ただしい声を拾うことが出来た。
それを確認し敵意を消す。屋上の威圧感も同時に消え、元の静寂が訪れる。
「マスター、いまのは・・・」
フェンスから手を離し、アサシンに笑みを溢す。彼女も驚いたのだろう、声にはっきりと動揺が混じり心拍数も上がっていた。
「さて、数十分もすれば到着する。それまでにアサシン、お前は霊体化して指示があるまで入り口で待機していてくれ」
「別に構いませんが・・・いったい誰が来るのですか?」
「それは到着してからのお楽しみだ・・・それと言い忘れたが俺のことは玲司と、名前で呼んでくれ。その方が楽で助かる」
そう言うと、アサシンは分かりましたと言って気配を消した。
おそらく霊体化したのだろう、これでこの屋上に気配は一つになる。
「・・・切継さん、貴方との約束は守ります」
誰に言うわけでも無く、夜空に向かい呟く。言の葉は夜風に攫われ、幻のように消えていった。
あとに残ったのは感傷と、これからの出会いに思いを馳せる一人の魔術師だった。
続く・・・
〜あとがき〜
初めまして、槌無と言う者です。
今回このように初のSSを書いていますが、如何でしょうか?
なにぶん文才の無いもので、おかしいと思う点もあるでしょうが大目にみてください!!
むしろ指摘して頂けると光栄です。
この話は凛グッドエンド後のお話で、時期的には本編から半年後ぐらいですね。
未だにオリキャラしか出てこず、どうなっとるんじゃぁぁ!!と言う方もいるかもしれませんが。
すいません、次で出す予定です。
さて、第一話も終わり次は第二話です。頑張って書いていきますので、どうか暖かく見守ってください。
それでは!!