Interlude
どこをどう間違えたのだろう。
私達が召喚するはずだった最強のサーヴァント、バーサーカーは私の前には現れなかった。
「・・・貴女が私のマスターですか?」
そう口にした彼女は、きれいな薄紫の髪に歪な眼帯をつけた姿をしていた。
「・・・貴女は、誰?」
「私はライダーです。貴女の名は?」
「・・・イリヤ。時間です」
「ん・・・?」
ああ、私、眠っちゃってたんだ。目の前にはライダーがいる。
「ふわ・・・」
「顔を洗ってきなさい。目やにが浮いていますよ」
「うん、そーする〜・・・」
ライダーは今は眼帯をつけていない。変わりに魔眼殺しのめがねをかけて貰っている。
私はライダーの瞳が好き。凄く綺麗な色をしてるし。
前にそう言ったら、ライダーは「イリヤの瞳も綺麗ですよ」と答えてくれた。
ばしゃばしゃと顔を洗って、何時の間にか来ていたリズからタオルを受け取る。
ついでに寝癖を整えてもらい、準備OK。
「ライダー、ライダー」
「なんですか?」
「変なとこ無い?」
彼女の前まで走っていって一回転。ライダーは微笑んで「ありません」と首を振る。
よし、ライダーのお墨付き。
今夜は聖杯戦争の初陣。少し調べてみたりしたけど、少しイレギュラーな事態が起こってはいるみたい。
どうでもいいけど。何があったって聖杯は私のだし。
イリヤスフィール=フォン=アインツベルン。
聖杯を求める魔術師の家系の後継者。ライダーはその私のサーヴァント。
でも、アインツベルンはバーサーカーを召喚できなかった私を無能呼ばわりし、極寒の中に叩き出した。
これがセイバーやランサーだったならここまでは無かったかもしれない。
でも、過去に聖杯を手にした記録のないライダーでは、あの仕打ちもある意味当然だった。
バーサーカーも聖杯を手にした記録はないけど、それはサーヴァントの能力ではなくマスターの力不足。
私ほどの魔力があるなら、バーサーカーを完全に制御できるはずだった。
でも、目論見は失敗。私が「魔眼」を持っていたから、その繋がりで同じ魔眼持ちのライダー、メドゥーサを召喚した。
当時は辛い思いをするのは全てライダーのせいだと決め付けて、彼女に無茶ばかり言っていた。令呪を使ったことまである。
でも、いろんな意味でライダーは私を護ってくれた。
どんなに酷いことを言っても、酷いことをしても、ライダーは私の傍にいてくれた。
いつからだろう、気が付けばライダーは私にとって、もう顔も覚えていない「母」の立場になっていた。
「イリヤ」
「あ」
「考え事ですか?」
「うん・・・」
ライダーは優しい笑みを浮かべて、私の頭を撫でてくれる。
「ではイリヤ、戦闘服に着替えますが、いいですか?」
「えー。あの服ライダーに似合ってない・・・」
眼帯に無用に露出のある服。ライダーはレディなんだから、あんな趣味の悪い服は似合わない。
ライダーは苦笑いを浮かべて、
「ですが、戦闘でこの服を汚すのは嫌ですから」
「む」
言われてみれば。
「しかたないなぁ。戻ったらちゃんと着替えてね」
「はい」
ライダーは好き。優しいから。それに、厳しいから。
怒る時はちゃんと怒ってくれた。やりたいこと、やっちゃいけないことをちゃんと教えてくれた。
それは、現界した時の知識からのものが殆どだと思うけど。
「ねぇ、ライダー」
「はい?」
「ライダーは、聖杯戦争が終わったらどうするの?」
「そうですね、やはり抑止の輪に戻るのでしょう」
その言葉は当然だった。でも。
「・・・私はライダーに居て欲しいな」
やっと出来たお母さんが、また居なくなるのは嫌。
「決めた。私、聖杯でライダーを受肉させる」
「・・・・・・はい。楽しみにしています」
ライダーはその私の我侭に、やっぱり笑ってくれた。
Interlude Out
Side 士郎
放課後。遠坂はとりあえず今日のうちは仕掛けてくることは無いだろう。
で、俺はアルバイト
セイバーに言ったら、案の定思いっきり怒られたが。
「・・・お前も愚直だな」
「うるさいな。大体なんでお前が付いて来るんだ」
「文句は霊体になれないお前のサーヴァントに言え」
桜の指示でキャスターが俺の護衛についてる。
なんかこいつには好感が持てない。別に嫌いって訳じゃないんだが。
「ただでさえ食い扶持が増えたんだ。お金手に入れられるときに頑張っとかないと拙い」
「・・・投影で金塊でも作れ」
「詐欺だろそれ。・・・よっと」
単一分子を並べ立てるだけなら別に不可能じゃない気もするが。試したくないけど。
棚の上のダンボールを下ろし、中身をいくつか取り出す。
ちなみにキャスターの守りを俺に回してる桜はというと、セイバーが付くことになっている。
ついでに町を案内すると言っていた。
「・・・なぁ、キャスター」
「何だ?」
「お前さ、実際何者なんだ?」
「どういう意味だ?」
「ゲイボルグ、干将・莫耶、ミストルティン、ロー・アイアス。こんな非常識に時代も使い手もばらばらな物を使う英霊なんて心当たりが無い」
「英雄王ギルガメッシュ、というのはどうだ?」
「・・・何かわからんがそれは絶対違うだろ」
キャスターは恐らく肩をすくめたのだろう。
「桜は私の真名に気づいたのだが」
「何・・・?」
間の抜けた声を上げてしまった。
「兄の面目丸つぶれだな」
「・・・ぐ」
その言葉に俺は居るだろう方向を睨みつける。
「わかったよ、聖杯戦争が終わるまでに絶対当ててやる」
「楽しみにしておこう」
しかしまあ、今は仕事だ。
「・・・自分の事ほどわからんというが、なるほどな」
「はぁ?」
「気にするな。独り言だ」
・・・なんのことやら。
まあ、とりあえずいい加減に仕事に集中。
「衛宮士郎」
しようとしたとたんにキャスターが話し掛けてくるし。
「なんだ?」
「私からも尋ねようか。何故あの時割って入った?」
「む」
キャスターとアーチャーの間に割って入ったこと。サーヴァント同士の戦いに割って入るなど確かに正気の沙汰じゃない。
が。
「・・・知り合い同士が戦ってるんだぞ。見過ごせるわけ無いだろ」
「それだけ、なのか?」
「何が?」
備品の納めてある量の少ないダンボールを狙って下ろし、中身を一つにまとめる。
「・・・いや、何でもない」
「・・・あー、まあ、他に理由が無いわけじゃないけど」
俺の言葉に、キャスターが反応したような気配があった。
「嫌なんだよな。目の前で誰かが傷つくってのが。だからとめた」
「・・・阿呆か? サーヴァントの傷などすぐに治るというのに」
「そう言う問題じゃない」
「・・・正義の味方として、見過ごせないか?」
思わぬ単語に俺は手を止めてしまった。
正義の味方。俺の、衛宮士郎の心のうちでずっと燻っているその言葉。
「・・・キャスター、どうしてそれを」
「さぁな」
答える気の無い返事。だが、俺はまたバイトに意識を戻す。
「・・・正義の味方は」
「?」
「正義の味方は、それでも誰かを傷つける。誰かを悪人にして、それを倒す。それが正義の味方だろ・・・?」
「・・・・・・」
「それは違うんだ。俺が願うのはそれじゃない・・・」
そう、切嗣がなりたかったと言った正義の味方、それが何なのかずっと考えていた。
多くの人と相容れない少数を悪と定義して、倒す。
誰かが傷ついている原因を他の誰かに求めて、倒す。
そんなのは違うんだ。俺がなりたいのはそういった断罪者じゃない。
切嗣が求めていた理想もきっと違う。
何より、この内にある願いはそんなことじゃ叶わない。
「・・・俺はただ・・・」
ただ・・・。
・・・だめだ、言葉にならない。黙って首を振る。
「・・・そうだな。お前が違うのは道理か」
「?」
「それとも、ずっと護るものを抱えてきたの以上、それが当然なのか」
「キャスター?」
と、いきなり左腕の令呪がうずいた。
「・・・な」
「サーヴァントの気配か。二人居るな」
「なんつータイミングで・・・」
「待て、衛宮士郎。この二人、どうやら戦闘を始める気のようだ」
キャスターの言葉に息を飲む。そうだ、聖杯戦争はバトルロイヤルだった。
「誰が戦っているのかわかるか?」
「さすがにそれは無理だ」
否定の言葉。できないなら仕方が無い。
「どうする?」
「・・・行く」
仕事を放り出すのは気が引けるが、この際桜に仮病してもらおう。
そう結論を出すと、俺はすぐさま倉庫を飛び出した。
Side 桜
「うーん、セイバーにはもう少し別の服の方がいいかなぁ」
「・・・サクラ、一体何回着替えれば済むのですか?」
セイバーの突っ込みは無視。女の子のおしゃれに許される妥協は金銭のみ。
「うーん、髪下ろしたほうが良くないかなぁ? ちょっと貸してみて」
「いえサクラ、これはこの方が動きやすいからで」
髪をいじることはセイバーがどうしても嫌がるので断念。
背格好から最初は可愛い系の服を着せてたんだけど、妙に似合わない。
やっぱり最初に見たのが凛とした騎士の姿だったから、その印象もあるのかもしれない。
と、いうわけで、現在は小さいキャリアウーマンっぽくコーディネイト中。
うん、セイバーは黒系統で統一すると破滅的に似合わない。
「むー・・・」
「サクラ・・・、シロウといいあなたといい、自分の立場というものを知っているのですか? そもそもサーヴァントは着替えなど特に必要とは」
「だーめ。セイバーも素材はいいんだから、ちゃんと活かさないと」
「私は騎士で、騎士の礼装は鎧兜で十分で」
「あ、これなんか似合うかな、着てみて」
「サクラ、人の話を」
無視。手にとった服を押し付けて更衣室に押し込む。
しかしぶちぶち文句言っている割には、しっかりと着替えてでてくるんだよね・・・。
案外楽しんでたりして。
カーテンが開いて、白ブラウスに紺のスカートのセイバーが出てきた。
「・・・サクラ、どうですか?」
意外。セイバーからこういう質問を受けたのは初めて。
「んー、あとワンポイントほしいなぁ」
「ワンポイント、ですか?」
むー、とセイバーの服装をいろいろ視点を変えて眺めて。
「・・・うん、ここだ」
と、セイバーの胸元を指す。
「はい?」
「ここに何か少し欲しいなぁ。セイバー、希望ある?」
「いえ、特には」
「うーん。それじゃ、とにかくそれを買っちゃおうか。そのまま着て帰ってもいいけど、どうする?」
セイバーは少し自分の格好を見下ろし、更衣室の姿見を振り返り、自分の格好を確かめると、
「・・・そうします」
どうやら気に入ってくれていたみたい。私のコーディネートも捨てたものじゃない。
そもそも、兄さんなんてほっとくとオシャレなんて全くしないし。そう言う経験も含まれてるんだろう。たぶん。
「桜ー、女の子の胸元さして、『寂しい』なんてあんまりじゃないかい?」
「ひゃ!?」
びっくりして思わず悲鳴をあげてしまった。
「み、美綴先輩・・・」
「サクラ、知り合いですか?」
セイバーが心持ち私を庇える位置に立つ。そんなに警戒しなくてもいいのに。
「うん、部活の先輩で美綴綾子先輩。それより、いきなり声をかけないで下さい」
「あっはっは。まあ気にしない」
笑いながら美綴先輩は私とセイバーを見比べる。
「で、私には紹介は無しかい?」
私がちらりとセイバーを見ると、
「セイバー・エミヤです。昨日よりサクラの家にお邪魔させてもらっています」
「ほー。日本語が流暢な外人さんだねぇ。どこの国の人?」
「イングランドですが」
セイバーは割とあっさりと答えていく。・・・それより、セイバーってイギリスの人だったのか。
てっきりフランスだと思ってた。ジャンヌ・ダルクとかいかにも英霊っぽいし。
・・・うん、この初期印象だけは封印。セイバー古い人みたいだからジャンヌ・ダルクだと思った、なんて言ったら本気で怒られそうだし。
なんと言っても、彼女の故郷のイギリスと戦った英雄だもんなぁ・・・。
「しかし桜、さっきの意見に答えてもらってないんだけど?」
「え?」
「女の子の胸元さしてあんなことはねぇ・・・」
言われて、改めてセイバーの胸元に目をやる。・・・寂しい。その最もたる理由。
・・・ああ、胸が小さいんだ。
そのことに意識がいくと、すっごい失礼なことを言ってしまったことに気がついた。
「せ、セイバーごめんなさい!」
「は?」
「あのその、胸が小さいとかそう言う意味じゃなくって純粋にアクセサリーが欲しいなって」
「何を言っているのかわかりませんが・・・、胸が小さいというのは悪いことではないでしょう。動きやすいですし」
あっさり言うセイバー。どうやら本気でそう思ってるみたい。
あー、そういえば昔の人は大きいより小さい方が動きやいって評価してたらしいなぁ。
ほんとかどうか知らないけど。
「あはは。そう言う意見、遠坂に聞かせてやりたいよ」
・・・そっか、遠坂先輩は小さいの悩んでるんだ。
学園のアイドルのひそかな悩みを知ってしまいました・・・。
あ、そうだ。
「美綴先輩、セイバーの服、どう思います?」
「サクラ・・・!」
セイバーが何だか慌てているけど。
「うん、いい見立てじゃないか。よく似合ってる。しかし、誰かの見立てを思い出すな・・・」
「?」
「遠坂の見立て。何となくセンスが似てるな、とね」
「そうですか?」
遠坂先輩のセンスなんて知らないけど。
「そうだね。桜の言う胸元、リボンタイなんて付けたらどうだい?」
「なるほど。いいですね」
「タイを曲げないように気をつけなよ?」
「は?」
「いや、知らないならいい」
セイバーと二人、顔を見合わせる。どういう意味だろう・・・。
「んじゃ、桜、セイバー。私はもう少しウィンドウショッピングでもしてくわ」
「はい先輩」
「アヤコ、最近夜は危ない。早めに帰ることを勧めます」
「ん、心しとくよ」
先輩を見送る。しかしセイバーがあんな風に言うなんて。
「セイバー、どうしたの?」
「何がですか?」
「え、うーん・・・」
言われてみれば何でだろう。が、セイバーは微笑すると、
「アヤコは感じのいい人物だ。武芸に通じ、それによって清廉な気を纏っている。ああいう人物が聖杯戦争に巻き込まれて死ぬのは惜しい」
「・・・そっか」
何となくホッとした。怖くて聞けなかったことがあったから。
サーヴァントは自らの力を増すために人の魂を喰らうという手段をもっているらしい。
兄さんの未来であるキャスターならそれはやらないと信じられたけど、セイバーは少しだけ不安だった。
でも、こんな風に他人を評価するセイバーなら、きっとそんな事はしない。
「? サクラ、何故笑うのですか?」
「ううん、何でもない。それよりセイバー、何か食べたいものある?」
「む、ですからサクラ。サーヴァントには食事は必要ないと」
「その割には居間に置いてあったお茶請けのどら焼き、空になってたんだけどなぁ。誰が食べたのかな」
頬に手を当てて、わざとらしく言ってみる。
「う」
口篭もり、俯くセイバー。彼女は本当にからかうと面白いなぁ。
笑みがこぼれるのを止められないまま、私はもう一回尋ねてみる。
「何が食べたい?」
「・・・日本の料理というものに興味があります。サクラ、塩焼きというものを食べてみたい」
ぼそぼそと希望を伝えてくるセイバー。昼間の料理番組でも見たのかな。
「はい、了解」
ますます縮こまってる。セイバーって子犬みたいな可愛さがあるなぁ。
と、肩のあたりに鋭い痛みが走った。
「っ」
「サクラ」
「令呪が疼いた・・・。近くにマスターが居るみたい」
肩を抑えそうになる手を必死に堪えて、セイバーに耳打ちする。
「・・・どうしますか? サクラ」
少し悩む。この場所は兄さんのバイト先に近い。
ひょっとしたら、巻き込まれたのは兄さんかもしれない。
「・・・近づいてみよう、セイバー」
「了解しました」
Interlude
「こんばんは、リン」
マスターを探して歩いている最中、その言葉が私の耳に届いた。
「・・・貴女は」
声の主は10台に入ったばかりといった感じの少女。その傍に一種異様な服装の女性が立っている。
「・・・マスター?」
「私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。聞き覚えくらいあるでしょ?」
「・・・そう、アインツベルンのマスターね」
私は傍で霊体化しているアーチャーに合図した。
「・・・アーチャー、やれる?」
「問題ない」
「じゃ、お願い」
アーチャーの巨体が私の前に立つ。
「ライダー」
「大丈夫です、イリヤ。ですが、いざと言うときの為の許可を」
「うん、思いっきりやっていいよ」
「わかりました」
イリヤスフィールの後ろにいた女性が前に出る。ライダー、騎乗兵のクラスだ。
しかし、あの眼帯は何なのかまるでわからない。しかも、それでありながら私達の位置を正確に把握している。
「・・・凛。昼間に続いて使うことになるかもしれん」
「うそ、あれそんなに強いの!?」
「・・・同郷の者だ」
英霊ヘラクレスの故郷、というとギリシャだ。ということは、あの英霊はギリシャ神話の誰かに該当することになる。
「アーチャー、あんた、あれの正体・・・」
「凛、何があっても奴の目を見るな」
それだけ言うと、アーチャーは巨体に似合わぬスピードでライダーに襲い掛かる。
が、そのライダーはさらにその上を行くスピードでアーチャーの岩剣をかいくぐった。
銀色の閃光。鎖だ。その先についているのは鋭い鋲。
それが、正確にアーチャーの膝を打つ。浅い。あの程度ならアーチャーには堪えない。
その証拠に、アーチャーはその打たれた足を軸に身を反転させる。それだけで暴風。
反転した動きのままに岩剣がライダーに襲い掛かる。
それをよりにもよって、跳び箱でもするかの様に飛び越えて見せた。
敏捷ではトップクラスのライダーとは言え、今のは非常識すぎる。
ライダーはまたしても背後。
アーチャーは振りぬいた岩剣を右手から左手に移す。サーヴァントでも強引に止めるのは難しい重さだ。
左手が勢いに引っ張られる。その勢いを殺さぬまま反転、柄の部分をライダーに叩き込む。
鈍い音。ライダーが吹き飛ぶ。が、アーチャーの腕にも鋲が突き刺さっている。相打ち。
「アーチャー、その力は少し厄介です。抑えさせてもらいます」
「何?」
「他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)――!」
いつのまに仕掛けたのか、アーチャーの周囲に結界がしかれてある・・・!
「ぬ・・・!」
間違いない、魔力吸収の結界。その身の大半を魔力で支えているサーヴァントには無視できない術だ。
「・・・おおおおおおおおおお!!」
アーチャーが吼える。つき立てた岩剣が結界図式を吹き飛ばした。何つー非常識な。
手元の宝石を握る。今度はあんな結界を張らせない。少しでも図式を描こうとしてたらこれで邪魔してやる。
そして、イリヤのほうに視線を向ける。まるで不安そうな顔をしていない。
決して強くないはずのライダーというクラスにあてがわれた彼女を、何の疑いも無く信頼している。
負けるものか。アーチャーは私が呼んで、私に応えてくれた英霊だ。
ならば、誰よりも私が信じなくてどうする。
ライダーは悉くアーチャーの岩剣をかいくぐる。アーチャーは細かい傷をいくつか追っている。
でも、こっちはたった一撃でいい。一撃を決められれば、勝てる。
これは推測だけど、ライダーの耐久はそんなに高いほうじゃない。
その一発を打ち込める隙を作る手助けを――。
その瞬間、何故かアーチャーが私のほうに走ってきた。
「え?」
抱えられる。一瞬月光が遮られた。
「射殺す百頭(ナインライヴス)―――!!!」
大声を出すことのほうが珍しいアーチャーが、あらん限りの声で叫んで宝具を展開した。
閃光が走った先はライダーの方じゃない。アーチャーがその一撃で「怯んだ」何かから飛びのく。
「・・・え?」
アーチャーの宝具をまともに受けて「怯んだ」だけ。
あれは、何?
「ライダーよ、休戦だ。あれは拙い」
アーチャーの言葉にライダーもアーチャーと同じような顔でイリヤを抱えている。
「ちょっと、アーチャー、何よあれ」
「・・・わからん。だが、サーヴァントのこの身はあれに怯えている」
・・・嘘でしょ。勇猛名高いヘラクレスが怯えるって。
さっき私を襲おうとした影は、闇の中にひっそりと立っていた。
「・・・何よ、あなた」
イリヤの震える声が聞こえた。
「バーサーカーよ、あなた達流に言うならね」
黒い女性はそう応えてくる。
「そんなはず無い! バーサーカーが理性を保ってるはず無いもの! あなたは、誰!?」
「イリヤ、落ち着いてください」
イリヤの糾弾に、その女はうっすらと笑みを浮かべて見せた。
「不服なら、名乗りを変えましょうか。そうね、パンドラとでも呼ぶといいわ」
Interlude Out
第二話 希望無き箱(1) 完
Side 士郎
「止まれ、衛宮士郎」
キャスターが突然そんなことを口にする。
「何?」
立ち止まったキャスターの視線を追う。見覚えのありすぎる二人が夜道を走ってくるのが見えた。
「桜、セイバー」
「シロウ」
鎧を身に纏っているところをみると、俺たちと同じ物を察したのか。
「兄さん、何もないですか?」
「ああ」
「こっちは全員揃ったな。問題は向こうだ」
キャスターの視線が動く。
「・・・公園」
いくつかの建造物に阻まれて見えないが、あの先には10年前の焦土、現在の公園があるはずだ。
「桜、お前は」
「嫌です」
「・・・せめて最後まで言わせろ」
戻れ、と言いたかったのだが。
瞬間、セイバーとキャスターの表情がこわばった。
「気づいたか、セイバー」
「ええ。この圧倒的な気配はあの黒い女性のものだ。しかも前回より数段濃い」
「・・・確実に何かを殺す気か」
キャスターのその言葉が耳に響く。冗談じゃない。
「行くぞ・・・!」
言うが早いか、俺は走り出していた。
Interlude
世の中には天敵というものが存在する。あの影は間違いなく私達サーヴァントの天敵だ。
しかも、神性を持つようなまっとうな英雄となればあれに対する抵抗力は下がる。
「ライダー・・・」
パンドラ。そう名乗った彼女を見据えながら、
「アーチャー、停戦を受け入れます」
あの黒い影がアーチャーのマスターを狙った理由、あれはただの示威行為だ。
「聖杯は二つもいらない。イリヤスフィール、貴女は死になさい」
そう、この言葉こそ最大の理由。
抱えているイリヤをアーチャーに預ける。
「ライダー!?」
「イリヤ、許してください。アーチャー、マスターを頼みます」
「何?」
「私なら、少しはあれを抑えられます。この身は反英雄ですから」
言外に、アーチャーに逃げろといっている。
「・・・このマスターを俺が殺すとは考えないのか?」
アーチャーの言葉に一瞬詰まる。最大の懸念はそれだ。アサシンの適正すらあるヘラクレスにそういう信頼を向けられるのか。
が、
「わかったわ、ライダー。私がさせないから」
アーチャーのマスターが私の懸念を吹き飛ばしてくれた。
大丈夫だ、理由はわからないがこのマスターは言を違えない。
「では、任せました」
「承知」
私が向き直ったのを見て、パンドラは薄く笑う。否、嘲う。
「相談は終わり? でも無駄。アサシン」
彼女のものとは別の黒い影が、アーチャーの背後に現れる。
「!?」
マスター二人が、急に動いたアーチャーに驚いて声にならない悲鳴をあげた。
「サーヴァントがサーヴァントを召喚しているの・・・?」
「アサシン、イリヤスフィールを殺しなさい」
「承知した、主」
「アーチャー、退くわよ!」
その言葉と共に、巨漢と影の気配が遠のいていく。
残ったのは、私とパンドラのみ。
「ライダー、今回の貴女はイリヤスフィールのサーヴァントなのね」
「今回の・・・? どういう意味ですか?」
いつ襲ってくるかわからない影を警戒しながら、疑問をぶつける。
が、パンドラは薄く笑いつづけるだけ。
鎖を構える。倒すのは不可能だろう。アーチャーが安全なところに逃げるまで時間を稼ぎ、離脱する。
消えるわけには行かない。イリヤには言っていないが、私の聖杯への望みはホムンクルスである彼女を普通の人間にすること。
倒れてしまっては、例え聖杯戦争中は無事でも、数年のうちにイリヤは死んでしまう。
「・・・行きますよ、パンドラ・・・!」
私は地を蹴った。
Interlude Out
Side 士郎
走る、走る。
強化を何重にも重ねて、体が耐えられる限界で。
「シロウ、その魔術行使は無茶です!」
セイバーの声が聞こえる。無視。
自分の中の疑問をねじ伏せるので精一杯だ。
だって、桜もセイバーもここに居る。焦ってそこに行く理由がどこにある。
無駄だ。俺ではあの影をどうにかすることは出来ない。できるはずが無い。
なのに、この体は限界ぎりぎりで走りつづける。
飛び回る黒い影とそれを振り払おうとする巨体が見えた。
どちらも知っている。アーチャーとアサシン。
「マスターを庇え、アーチャー!」
後ろから、キャスターの声が聞こえた。
「偽・螺旋剣(カラドボルグ)――!」
俺のすぐ脇を通過した閃光がアサシンとアーチャーの間に突き刺さる。
遠坂と、見たことが無い銀色の髪の少女をアーチャーは抱いている。
そう、見たことが無いはずなのに、あの少女が一瞬だけ誰かに重なった。
アサシンが爆風から抜け出す。アサシンが狙っているのは明らかにその少女。
それが何かを投げようとしている。アーチャーは間に合わない。
―――そんなのは違うんだ
―――俺が目指すのは
キャスターとのやり取りが脳裏をよぎる。何かが見えかけた。
その何かに突き動かされるまま、右手を掲げる。
以前読んだ文献の記憶から選び出す。
本物など見たことは無い。これから先もきっと無い。
だが、誰も本物を知らないものならば、今ここにあるものが本物となる。
名を借りる。性質を借りる。形を借りる。製作者を借りる。原料を借りる。その上で、足りない部分を空想で補う。
それが俺の魔術。俺の戦い。自らを納得させうる空想を生み出す戦い。
イメージを重ね、空想を重ね、架空を重ね。
綻びすら回路と成す図式を描き出す。
それは破綻した幻想。だが、それが何だ。ありもしない幻想を追いつづけることは罪じゃない。
それを追いつづけることこそが、間違いなく俺、衛宮士郎自身――!
「貪り喰らう、神織りし荒縄(グレイプニール)――!!」
右手に握られた幾束のもの縄を投げ放つ。それは意志をもつかのようにアサシンの右手を捕らえ、地面に引きずり落した。
「な・・・!」
「セイバー!」
俺の声にセイバーが走る。神代の品を投影したせいで、一発で許された弾丸を使い切った。
これで抑えきれなければ、次は無い。
「く・・・!」
アサシンが縄を振りほどこうとする。
投影の品は自らの意思。精巧に模倣するのは自らを騙すために他ならない。
何の考えも無く投影したものに中身は無い、そう意識してしまうから中身が無くなる。
見たことが無い品だから全くの別物、そう思うから別物として効果を失う。
だから、常に必要なのは自らの作を信じる強靭な意志。幾度の投影を重ねて俺自身が見つけ出した答え。
「やはりお前は私とは違う・・・」
赤い影がそう言いながら俺の傍を走りぬけた。
セイバーが不可視の剣を振りかぶる。
「アサシン、覚悟!」
「・・・否!」
アサシンが自由な左手を振るった。雷光が周辺を薙ぎ払う。
「っ!?」
セイバーの抗魔力ならそんなものは関係ない。だが、予想外の出来事は出足を挫く。
・・・っ、時間切れ、制御の魔力も尽きる。グレイプニルの力が弱まる。
「兄さん・・・!」
力が抜けて倒れかけた体を桜が支えてくれた。
アサシンが抜け出した。
「アサシン、貴方は何者です?」
「・・・サーヴァントというものは名を問われても応えないのが道理であろう?」
「・・・」
アサシンの答えにセイバーは沈黙する。代わりに剣を構えた。
「セイバー、アサシンを任せる。桜、私はあの影のところに行く」
キャスターはそう言い残すと公園に向けて走っていく。
「桜、衛宮君!」
俺の方に遠坂が駆け寄ってきた。それを追うように銀の少女も走ってくる。
「正直助かったわ。でもそれより桜、キャスターを戻して。あの先に居るのは並みのサーヴァントじゃ勝てない」
その言葉に桜は赤い背中の消えていった方を見やる。
「・・・いえ、キャスターなら大丈夫です」
何故そうまで自信を持って言えたのか、俺にはよくわからないが。
「あ、あのねぇ! あれはサーヴァントの天敵なのよ!? ライダーが1人で抑えてるけどいつまで持つか」
「あれと、戦ってる奴が、いるのか・・・?」
魔力切れの体は酷く重い。が、それは聞き流すわけには行かない。
「私のサーヴァントよ・・・」
銀の少女が沈痛な面持ちで公園の方を見ていた。やらなければいけないことは目の前にある。
でも、それは義務だ。
――士郎は士郎がやりたいことをちゃんと・・・
俺がやりたいこと。望むこと。
単純すぎて言葉にならないけど、それは見過ごしてできることじゃない。
アサシンを抑えるセイバーの背中を見、その先の方にかすかに見える影を見る。
答えが見えかけている。あと少し手を伸ばせば届きそうなほどに。
Interlude
英霊エミヤとはいかなる存在なのか。
とある道を進んだ衛宮士郎が迎える結末の一つなのは間違いないだろう。
だが、ならば何故生前の記憶にこれほどの空白があるのか。
答えは簡単だ。英霊エミヤには伝承が存在しない。
自分自身を世界に固定する伝承が。だからこそ、衛宮士郎の根源の記憶以外は空白となる。
英霊エミヤとは、あらゆる次元、あらゆる世界の衛宮士郎という人間がそのせいを終えた時に行き着く場所。
矛盾した記憶がいくつも並び、それを抱えられないがゆえに記憶を封じる。
世界との契約とはそう言うものだ。
たった一人の衛宮士郎が世界と契約を結び英霊となったなら、全ての衛宮士郎が英霊エミヤの贄となる。
しかし根源となる魂は一つ、帰結する魂は記憶と経験を預け、輪廻の輪に戻る。
そして、英霊の座にある魂に刻まれつづける記憶は常に怒り、後悔、そして悲しみ。
それが人のもっとも強い感情であるがゆえに。
その後悔の中に、一際強いものがある。
ある一人の少女を救えなかったこと。見捨てたこと。誰よりも愛した少女を、切り捨てたこと。
「・・・ライダー、下がれ」
だから、私は所々闇に侵されながらも果敢に挑みつづけるライダーを止めた。
「来たんですね」
黒の女はローブの奥からじっと私を見つめてくる。
自分は知っている。彼女を打ち倒せる剣を。それを右手に握り、彼女を睨みつける。
ライダーは私の言葉に応じて、隣に立った。
「あれを倒せるのですか?」
「・・・唯一これなら可能なはずだ」
ライダーは頷くと、
「ならば、その隙を生み出します」
が、黒の女はフードの奥で静かに笑った。
「無理よ。だって私はまだ宝具を使っていないから」
凍りつく。彼女の持つ宝具とは何なのか、理解できなかったこともある。否、理解しなかったのだ。
「馬鹿な、パンドラ、貴方が使っている影は・・・!」
「一部分よ。セイバーの風王結界と同じように」
その言葉とどちらが早かったのか。黒の女、パンドラの足元に影が広がる。
「今回はイリヤスフィールは諦めるわ。でも、ただでは退いてあげない」
そして真名が、否、忌むべきその宝具の『魔名』が囁かれた。
「闇に染まる裏切りの剣(カーシング・サーヴァント)」
影から浮上するように姿を見せたのは、パンドラと同じく黒のローブに身を包んだ女魔術師。
「・・・!?」
「な、これは、サーヴァント・・・!」
「任せたわよ、『キャスター』」
その言葉の直後、パンドラの体が沈んでいく。そのフードの奥から除いた禍禍しい白の髪が、俺を反応させた。
「待て、『サクラ』!!」
彼女は、その時だけは本当に、ただ嬉しそうに、笑った。
「覚えていてくれて嬉しいです、『先輩』」
その言葉の直後、呪われたキャスターの放った魔力弾が、私達に襲い掛かった。
Interlude Out
Side 士郎
響いた爆音。それに一瞬意識を奪われる。
「ライダー!」
銀の少女が爆発の場所に走っていこうとする。それを遠坂が抑えた。
「主は退いたようだな。ならば私も随行するか」
「アサシン・・・!!」
セイバーの渾身の一刀をその身の軽さでかわし、アサシンは闇空に舞う。
「セイバー、この勝負、預けさせてもらおう」
「待て、アサシン!」
「セイバー、待て・・・!」
追おうとするセイバーを呼び止める。アサシン相手に追撃など無茶だ。
セイバーがその俺の考えに気づいたのかどうかはわからないが、駆け戻ってくる。
もう一度爆音。ついで、土煙の中から赤と紫の影が飛び出してきた。
それを追うように、魔力弾。
「キャスター!」
「ライダー!」
桜と銀の少女の声が重なる。
キャスターが桜の傍に、ライダーが少女の傍に降り立った。
雨の様に降り注ぐ魔力弾をセイバーとアーチャーが薙ぎ払う。
「この気配は、あの黒いサーヴァントのものではないですが・・・、キャスター、何があったのです?」
「奴の宝具だ。それが起こしたのが、聖杯に関係ないサーヴァントを召喚」
遠坂と銀の少女の顔がこわばる。
「何よそれ、じゃあ、パンドラはサーヴァントを二体使役しているってこと!?」
「凛、今は下がれ。疑問は後で解消しろ」
アーチャーに言われ、遠坂は少し後ろに下がる。
「イリヤも。大丈夫、あれならば負けません」
ライダーに名を呼ばれた銀の少女は頷く。
「シロウ、指示を」
「・・・セイバー、あのサーヴァントを倒してくれ」
「承知しました。キャスターは守りと援護を」
セイバーが、ライダーが、アーチャーが走る。キャスターが俺たちマスターの正面に立った。
と、俺の体を支えている桜が、少し震えているのを感じた。
「桜?」
「兄さん、怖い・・・。何かが、あれが私を呼んでる・・・」
桜の示したものは、土煙の中から姿を見せた漆黒の魔術師。
それは三騎のサーヴァントの一撃をその魔力だけで防ぎきった。
「このサーヴァントは・・・、キャスターか!」
セイバーの声が聞こえる。
「ライダー、アーチャー、援護を! 正面は私が引き受けます!」
「任せます、セイバー」
セイバーが自身の抗魔力を武器に黒いキャスターの攻撃を悉く打ち落とす。
ライダーが鎖を放つ。アーチャーが斧剣を叩きつける。
それらは魔力で編まれた強靭な防壁を破るに至らない。
「――偽・死翔槍(ゲイボルグ)」
派手に動き回るサーヴァント三騎の隙間を縫い、赤いキャスターの放ったゲイボルグが黒いキャスターの頭を打ち抜く。
「やった!」
遠坂がガッツポーズを決める、が。
「何見てるのリン! あんなの全然効いてない!」
イリヤがいつでも援護できるように魔術を待機させる。
そうだ、ゲイボルグが「頭を貫く」など有り得ない。だって、その槍が狙い打ち抜くものはいつも心臓なのだから。
瞬間、キャスターの魔力が膨張し、はじける。闇色の魔力弾の雨がこっちに襲い掛かる。
「シロウ!」
セイバーの声。が、俺の体を支えていた桜が真っ先に手をかざした。
「待機解除、回路術式展開、図式魔術結界『防壁』――!」
俺の投影待機を桜流にアレンジした結界待機からの展開・・・!
それが軋みを上げながらも魔力弾を受け止める。だが、長くは持たない。
「ロー・アイ」
「キャスターは援護に徹して!」
桜の強い言葉に、キャスターが一瞬固まり、だが頷く。結界が軋む。
「九番、六番、投入、敵弾、塵一つ通さず―――!!」
結界の二枚がけ。桜じゃない。広げられた結界は遠坂のものだ。
「共同作業二回目ね・・・!」
「ですね・・・!」
遠坂の言葉に桜が苦笑する。
キャスターが手に持っていた弓を消し、新たに別のものを呼び出す。
「アーチャー! これが何かわかるな!」
その声に、アーチャーが間合いを取る。そして、その手に握り締めたのはキャスターの弓と同じもの。
「「射殺す百頭(ナインライヴス)―――!」」
18もの閃光が黒いキャスターの身をずたずたに打ち砕いた。
だが、後一手足りない・・・!
一瞬だけ令呪が動いた。そうだ、何故気付かなかった。
魔力切れを起こしているマスターがいるのに、サーヴァントが全力でいけるものか。
だが大丈夫だ。持っていけ、セイバー!
「俺にかまうな、ここでそいつを倒せ!!」
「・・・!」
黒いキャスターが、自らを構成する魔力そのものを攻撃に転化しようとする。間違いなく自爆だ。
セイバーが頷く。
「――約束された(エクス)――」
セイバーの声が高らかに響く。
「勝利の剣(カリバー)―――!!」
黄金色の閃光が破裂寸前だった黒のキャスターの体を完全に打ち砕いた。
それを見届け、魔力切れに止めを指された俺は意識を失った。
第二話 希望無き箱(2) 完
第二話、希望無き箱はこれにて終了。
よっていくつか言い訳を。
>黒い女魔術師
ずばり原作のメディアです。
サーヴァント4騎がかりで倒したのは、彼女に魔力の底が無いこととサーヴァントの天敵としての属性を備えているため。
ついでに、死んだ上で飲まれたので意識はありません。
>英霊エミヤ
彼が他の英霊と異なっているのは、未来の英雄であることの他にも生前のことを覚えていないこともだと思うんです。
じゃあ、それは何が原因なのか。それはやっぱり、人々が認識している伝承が存在しないことなんじゃないかと。
あらゆる衛宮士郎という人間の経験は英霊エミヤに取り込まれる、というのはもちろん推測です。
ただ、根拠としてはエミヤが凛ルートでアヴァロンを知っていたこと。
セイバールートでアヴァロンの存在を知った士郎がそのままエミヤとなるのは考えられないんです。
エミヤがやろうとしたのはセイバーが聖杯でやろうとしていたことと、ある意味同じなわけですし。
その行為は自身が愛し、自らの運命と向き合ったセイバーを否定することになる。
それを考えると、あのエミヤはアヴァロンを知ることが出来た士郎(=セイバールート後の士郎)ではない、ということになるんですが、知っているものは知っているわけで。
なので、このような推測に行き着いたわけです。
取り込んだ記憶から未練や怒り、そして大事な記録だけを自らのものとしていく。
無限の剣製に登録されていた剣もその過程のものかなー、とか思います。
>パンドラ
もう大概ばれていたようなので真名を明かしました。
公然の秘密って悲しいんですよ、なんとなく(爆
以上、言い訳とか補足とかでした。
・・・英霊エミヤについてえらく語ってしまったなぁ。
Side 士郎
―――体は剣でできている
そう、剣製にのみ特化したこの体は、確かに剣で出来ている。
だがそれは全て抜き身の剣。この身を気遣い、触れてくれるものすらも傷つける。
―――血潮は鉄で、心は硝子
いつからか思い浮かべるようになったその言葉。
―――幾たびの戦場を越えて不敗
―――ただの一度も敗走はなく、ただの一度も理解されない
それがあり方だった。そうあることだけを自らに課した。
この身は剣だったから。
故に、全てに勝つことが出来ながら、全てに理解されない。
触れられない、触れさせないが故に、理解には届かない。
―――故に、生涯に意味は無く
そうして絶望した男が、希望をもたないために口にした呪い。
―――その体は、きっと剣でできていた
そう思わなければ、きっと立ってはいられなかった。
これは、誰の記憶なのか。
『衛宮士郎』はすぐにそれを理解した。これは、俺だ。
だってそうだ。
血潮は鉄で、心は硝子。
それは、俺が俺を戒めるために時折口にするようになった言葉。
その身は鉄で出来ているかのごとく強靭で、いかなる力にも屈さない決意。
だが、心は。
そうさせている意思はあるか無いかわからない、透明な硝子細工。
空虚な自分の意志への自戒を込めて、いつからか呟くようになったその言葉。
でも、これは俺の記憶じゃない。
そうだ、無数の剣の墓標の中に佇むあの男は・・・。
「・・・あ」
目が覚めた。ここは俺の部屋だ。ゆっくりと体を起こす。
「・・・そうか、俺は」
あの時、魔力切れで倒れたんだった。
と、どたどたと騒がしい音と共にふすまが開いた。
「お兄ちゃん!」
・・・お兄ちゃん? いや、妹はいますけどそんな風に呼ばれたことはいまだかつて無いのですが。
「イリヤスフィール! シロウは病み上がりなのですからあまり騒がしくしては・・・!」
同じように走ってきたセイバーと目が合った。
「えっと、おはよう、セイバー。それと・・・イリヤ」
一瞬何と呼ぼうか悩んだせいで間が開いてしまった。
銀の少女はそれがいささか不服らしい。頬を膨らませてるし。
しかし状況が読めない。聖杯戦争はマスター同士の殺し合いでイリヤはマスターで俺はさっきまで身動き取れなくて。
「セイバー、状況を説明してもらえるか?」
「構いませんがシロウ、サクラとリンが昼食を用意してくれています。それを食べながらでいいでしょう?」
「ああ。・・・って昼食!? もう昼なのか!?」
「うん。シロウってばお寝坊さんー」
イリヤが笑いながら言う。あー、あれが俗に言う子悪魔の笑みって奴が。
しかし、学校サボってしまったなぁ・・・。
「桜と遠坂は学校なのか?」
「はい」
頷くセイバー。って、ちょっと待て。今何か俺凄く違和感のあること言わなかったか?
「・・・なぁ、セイバー。イリヤだけじゃなくって、遠坂もひょっとして」
「どうやら昼食前に状況を説明した方がよさそうですね」
セイバーは俺の部屋に入ってくると正座する。
「まず、昨夜のその後から説明しましょうか」
Side セイバー
昨夜。
気を失ったシロウをアーチャーが抱え、私達はエミヤ家に戻ってきた。
あの得体の知れないサーヴァントへの対抗手段を考えるため、というのが三人のマスターの意見だ。
私のマスターであるシロウは気を失っていて、意見など聞けたものではなかったが。
しかし、あんな非常識な戦力の持ち主を相手にするのだ。この状況は歓迎するべきだろう。
「セイバー、難しい顔してどうしたの?」
「いえ、今まで召喚された聖杯戦争でもこのような状況は無かった物で」
私の言葉にイリヤスフィールが納得したように頷いた。
彼女は何故かアーチャーの肩の上だ。ライダーは先ほどまでしきりに降りるように言っていたが諦めたらしい。
「そうだよねー。マスター四人が手を組む、なんて有り得ないよね」
「聖杯戦争のマスターの半数以上だしね」
リンも頷いている。
「私はできればずっとこういう状況であって欲しいんですけど」
「それは無理。私達は止むを得ない状況でこうなっているんだから」
サクラの言葉をリンはあっさりと切って捨てる。ですがリン、停戦を申し入れてきたのは何より貴女だったと記憶していますが。
「む、アーチャー、あんた何笑ってるのよ」
「気のせいだ」
「むぅ」
不思議だ。この場にはサーヴァントを道具としてみている人間が一人もいない。
シロウやサクラはサーヴァントに食事を勧めるほどだし、リンとアーチャーは対等の関係に見える。
イリヤスフィールとライダーに至ってはまるで母娘だ。
今までの聖杯戦争の記憶には無かった光景。だが、それがとても美しく見える。
「・・・どうかしたのですか?」
彼女のマスターの命令でレザーマスクを眼鏡に付け替えているライダーが声をかけてくる。
長身でその容姿は私から見ても美しく思うほど。背が低く、騎乗にそれなりに苦労していた私としては羨ましい限りだったりもする。
「このような光景、私がいるのは場違いではないかと」
「そんな事は無いでしょう。私が見たところ、サクラは貴女のマスター以上にあなたを気にかけているように見えますが」
・・・確かに。
「ちょっと桜、電気付いてるじゃない。泥棒でも入ってるの?」
「あー、いえ、その・・・」
サクラが言いよどんでいる。恐らくタイガでしょう。
「・・・ああああ!!」
「む、何事だ、桜」
考え事をしていたキャスターがその声に反応している。
「セイバー、ごめん! この時間じゃもう塩焼きの材料売ってない・・・!」
「な・・・」
絶句。
何だかもういろいろと言いたいことがあるのですが。
サーヴァントの私が夕食のリクエストをしたことをばらしたとか、四人も部外者がいる状況でなんてことをとか、エクスカリバーを見られたわけだから私の正体はもうばれてて、その王がわりと一般家庭向けの料理に興味を持っていることが知られたとか。
「・・・アーサー王様が塩焼き」
リンが呆然としている。私にはわかる。あれは固定観念が崩壊した時の表情だ。
「さ、サクラ・・・」
ようやく搾り出した言葉は意味をなさない。
「うーん、9人分の食事を作るにはどうしても買い物に行かないといけないのに・・・。商店街は締まってるだろうから新都の方に戻らないとダメかなぁ」
聞いていない。
「・・・はぁ。とりあえず桜、家に入れてくれないかしら?」
「あ、はい」
サクラが家の戸を開く。
・・・しかし、やはり塩焼きを食べられないのは残念かもしれない。
その後、タイガをサクラとキャスターが宥めリンが言いくるめ、シロウを部屋で寝かせて食事を頂き、といろいろあったのだが。
「さて、まずは」
何時の間にか場を仕切っているのはリン。
「バーサーカー、パンドラをどうにかすること。向こうの戦力でわかってることって何がある?」
居間にはサクラ、リン、イリヤ、ライダー、キャスター、そして私がいる。
アーチャーは巨体が災いして入りきらず、縁側からこちらをうかがう形になっている。
そのアーチャーが口を開いた。
「まずは、奴がサーヴァントの天敵、ということだな」
それにはサーヴァント一同、私も同意できる。
「特にあの影相手では、正規の英雄であればあるほど抵抗力が低くなる。セイバーとアーチャーはあれと正面切って戦うのは止めた方がいい」
「・・・む」
キャスターの補足に少々むっとする。頭から勝てない、と決め付けられるのはやはり不愉快ではある。
しかしそれは私自身も感じていたこと。そして、もしあれに破れた後どうなるか予想がつかない。
「では、必然的にあれを相手にするのは私とキャスターということになりますが」
ライダーがそう言いながら、キャスターから視線を外さない。
「ですが、貴方はパンドラの正体を知っているのではないですか?」
その言葉に私達が凍りつく。
「キャスター・・・?」
サクラがキャスターに声をかける。
「・・・確かに知っている。だが、あの英霊は私と同じ存在、今より未来に英雄となりうる者だ。正体を軽軽しく話す訳には行かない」
「未来の英雄・・・?」
遠坂がうめくように言う。
「あと、わかってるのは私を殺したがってること、あの黒い魔術師みたいなのを召喚できること、かな」
「ですがイリヤ、あれが宝具なら私達4人で破壊したはず。二度目は無いと思いますが」
イリヤスフィールの意見にライダーが口を開く。
が、イリヤスフィールは首を振った。
「あれは多分『召喚』そのものが宝具なんだと思う。出て来た者は現象じゃないかな」
「・・・ってことは、その気になったらあの黒い魔術師を何人も召喚できるってこと?」
「それは厳しいですね・・・」
うんざりする推測。
「しかし、そうなるとサーヴァント一騎ずつではまずパンドラを打ち倒すことは出来なくなります」
その私の意見に、サクラが頷くと、
「・・・パンドラをどうにかするまで、同盟を組むというのは?」
「・・・正直私も考えてたけど」
リンはイリヤスフィールを見る。彼女はちらりとライダーに視線を向ける。
「イリヤ、私も賛成です。正直一人ではパンドラからイリヤを護れる自信がない」
「そっか、わかった。リン、サクラ、私も同盟に乗るわ」
そして時間は戻り。
「そしてこのような経緯に至るわけです。リンは昨夜は遅くなったので泊まっていきました」
「なるほど・・・」
「それからシロウは今日は一日休んでいるようにとサクラからの指示です」
私の言葉にシロウは渋い顔で、
「いやでも、俺もう全快だぞ?」
「と、シロウならそう言うだろうと言うのでもう一つ伝言が」
「何?」
「もし何か無茶していたら今後一週間の料理権剥奪だと」
「ぐっ」
ほう、予想以上の効果が。これはいろいろ使えそうですね。
・・・ああ、料理が作れない私では意味が無いですか。
「シロウってばサクラに頭上がらないんだー。かっこわるーい」
「うぐ・・・」
イリヤスフィールに止めを刺されているシロウ。
「・・・買い物くらいは大目に見てくれ」
消沈した姿で、シロウはそれだけを口にした。
Interlude
黒い影から浮き上がってきた女。我がそれを見ているのに気が付いたのか、女は視線を向けてくる。
「・・・そういえば、貴方のようなサーヴァントもいましたね」
「贋作の慣れの果てか」
「ええ。『貴方をも食らって』泥をこの世に解き放った贋作ですよ」
その言葉は我の精神を逆撫でする。侮辱だ。
「よかろう。その不甲斐ない我の分身に変わって、貴様を葬ってやる」
王の財宝を開く。刹那、殺気を感じ手近な剣を振るってそれを打ち払う。
「・・・アサシンか」
「貴公、何者だ? 8人目のサーヴァントなど」
「ふん」
握り取ったのはクラウ・ソラス。その光の剣をアサシンに叩きつける。
「邪魔だ。我が用があるのは贋作だけだ」
「ならば余計にやらせる訳にはいかぬ」
贋作、そしてアサシン。
「よかろう、我の前に立ちはだかる愚かさを教えてやる」
背後より姿を見せる無数の武具。全てが本物であり、全てが我の所持品。
「王の財宝(ゲートオブバビロン)」
降り注ぐ宝具の雨を受けて、まともに立っていられるものがどれだけいるか。
「・・・感服。拙者に真なる得物を握らせるとは」
どうやら口だけの雑魚ではなかったようだ。握られているのは銘すら刻まれていない槍に過ぎぬが。
「今一度、武士として貴公に挑もう。我が名は服部半蔵正成・・・!」
「ハ――、思い上がるな――!」
宝具の雨をもう一度叩き込む。それを先ほど以上の速度でかわして見せた。
「成る程、貴様、自身の名こそが宝具か」
「いかにも。我ら武士は自らの名乗りこそが真なる力を発揮する宝具」
アサシンが放つ槍の一撃は精錬されている。此度のランサーには及ばずとも、槍兵を勤めるには十分だ。
だが、我が力はランサーを超えている。
力とは剣の技量だけではない。それだけで戦いを制することができるならばかの騎士王こそ最強。
だが、そうはならない。
「アサシン、退きなさい。ギルガメッシュにはギルガメッシュを打倒するに相応しい者がいるわ」
「何・・・?」
「闇に染まる裏切りの剣(カーシング・サーヴァント)」
アサシンが退く。贋作の影から浮かび上がってくるものがいる。
あれは・・・、我か!?
「ちぃ!」
加減などできぬ。我の剣を引き抜いた。
「英雄王同士、無様に殺しあいなさい」
その言葉と同時に、黒に染まった我もまた同じ剣を引き抜く。
加減などできぬ。相手が自分であるならば、その力量を知るのは他ならぬ我自身。
「天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)――!!」
乖離剣、エアの一撃。それと拮抗する全く同じ力を、我の影が放つ。
否、拮抗などしていない。これは、我が圧されている・・・!?
「私が召喚するサーヴァントには魔力の制限が無い。ギルガメッシュ、打ち合いになった時点で貴方の負けよ」
「なめるな、贋作―――!!」
押し返すことは出来ぬ。ならばこの手しかない。
この英雄王が自ら引くことを選ぶなど屈辱でしかないが。
「おおおおおお!!」
震えるエアの軌道を強引に変え、相手の力を逸らす。不愉快だ。
我自身に敗れるだけならば納得もいく、だが、あれは我の皮を被っただけの人形に過ぎん。
そんなものを相手に退くことになろうとは。
「やりなさい」
我の影がエアをもう一度掲げる。
「っ!」
エアの一撃を防げる物など無い。ならば、我が財宝の最硬のものを盾にするしかない――!
Interlude Out
Side 士郎
なんとか宥めすかして、買い物に出ることを許してはもらったのだが。
「シロウー、あれは何?」
「ああ、あれはな」
イリヤとライダーが何故かついてきている。
セイバーがついてこればいいのだろうが、本人があまりに予想外なことに、
「庭の掃除を頼まれています」
とか口にするのだ。開いた口がふさがらなかった。
だって、セイバーだぞ。エクスカリバーの使い手、アーサー王だぞ!?
その王様に庭の掃除って・・・。
なんかもういろいろ信じられない・・・。
とりあえず夕食のリクエストを聞いたら「塩焼き」だったし。なんでも昨日桜にリクエストしたものの、ごたごたで食べられなかったらしい。
アジの塩焼き辺りが一番かな。
「ライダー! あれ見てあれ!」
「イリヤ、あまり走ると人にぶつかります」
「大丈夫、そんなことしないよー」
イリヤがぱたぱたと走り回り、人にぶつかりそうになるたびにライダーが慌てている。
なんだか見ていて微笑ましい。
「ライダーはほんと、いい母親だよな」
「シロウ、からかっている場合ですか。ああ、イリヤ危ないです!」
理知的な秘書みたいな感じがするライダーが、イリヤのことになると慌てふためいている。
おまけに、そう言っている自分が人にぶつかっては平謝りしているし。
何だか、こういう光景はほんとにホッとする。ありきたりすぎるほどの幸せ。
俺や桜が、10年前に一度失った幸せだ。
と、突然ライダーが表情を厳しくした。
「・・・ライダー?」
イリヤもその雰囲気に気が付いたのか、走り回っていた足を止める。
「サーヴァントの気配です。こちらを敵視している様子は無いのですが・・・」
「・・・様子を見ておこう。いざと言う時は令呪でセイバーも呼ぶ」
俺の意見にイリヤもライダーも頷く。ライダーに先導をお願いし、その後に続いた。
「・・・シロウ、これ、血・・・」
「・・・」
サーヴァントも血を流す。その傷はある程度立てば回復するとは言え、受肉したサーヴァントは基本的に人間と同じなのだろう。
「・・・怪我をしているのか?」
「にしては異常です。なぜこんなところに」
ライダーの言葉にイリヤと二人、首をかしげながら裏路地に入る。
間もなく、壁に寄りかかって荒い息をついている男が目に入った。
「・・・え?」
イリヤが呆然とした声を上げる。
「・・・雑種に聖杯か。我の気配を嗅ぎ付けてきたわけだな」
金髪の男は俺たちを見てそれだけを口にする。
「お、おい、大丈夫か?」
「シロウ、危ない。この男はイレギュラーです。何をなすか・・・」
言われ、思い当たる。俺の周りに4人、パンドラとアサシンで6人。そして、桜とキャスターが屋上で戦ったランサーで7人。
こいつがサーヴァントなら、8人目になる。
が、それが理由になるか。
俺はライダーの静止を振り切って8人目のサーヴァントに歩み寄った。
「ぬ」
「ここじゃ手当てできない。ライダー、手を貸してくれ」
「な・・・、シロウ、貴方は本気ですか!?」
「そうだよ、シロウ!」
確かに、後のことを考えるなら止めを刺すのが一番なのかもしれない。
「雑種に情けなどかけてもらおうとは思わん、放っておけ・・・」
「そんな怪我で強がってる場合か」
動くのも辛いのだろう、強引に担ぎ上げても抵抗らしい抵抗が見られない。
「シロウ・・・!」
「悪い、でも俺は怪我してる奴を見過ごすなんて出来ない」
その言葉に三者三様に黙り込む。
「・・・わかった。ライダー、お願い」
「はい」
「くっ、王たる我が無様なことだな・・・」
自嘲気味に笑うその男を抱え、買い物は一度中止して衛宮家に引き返す。
「何を考えているのですかシロウーーーー!!!」
効いた、今の怒鳴り声は思いっきり効いた・・・!
イリヤは涙目だしライダーも耳を抑えてる。どういう声量してるんだセイバー。
「この男は、極悪非道残忍残虐な最低のサーヴァントなのですよ!?」
「・・・セイバー、我が動けぬと思って言ってくれるな」
「黙りなさいアーチャー!」
とりあえず、今のやり取りでわかったことは。
「セイバー、こいつと知り合いなのか?」
腹部をざっくりとやられている仮称「金アーチャー」に手当てを施しながら、言う。
「はい。前回の聖杯戦争で私と戦ったサーヴァントです。何故貴方が現界しているのですか?」
「消滅しなかっただけのことだ。・・・っ」
傷が疼いたのか、わき腹を抑える金アーチャー。
「・・・ちょっと待って。セイバー、今回改めて召喚されたのよね?」
イリヤの問いにセイバーは頷く。
「何で前回の聖杯戦争を覚えてるの・・・?」
「確かにそれはおかしい。セイバー、私達サーヴァントは召喚された後英霊の座に戻るわけでもなく消滅するのが定説です」
真実は知りませんが、とライダーは付け足す。
「・・・それについては後ほど説明します。ですがシロウ、何があっても私はアーチャーを家に置くことは反対です!」
「怪我人放り出せって言うのか、セイバーは」
「そ、そうは言っていません! そもそもサーヴァントは魔力さえあればいくら傷ついたとて」
セイバーの言葉を遮って、イリヤが金アーチャーの傷に手を伸ばす。
「・・・魔力の異分子が残ってない。どういうこと?」
「・・・ふん」
金アーチャーは答えない。イリヤも答えを期待していたわけではないらしく、腕組みをして考え込む。
「まぁ、その傷だと動くのも大変だろ。うちの住民には手出ししないように言っておくから、傷が癒えるまで泊まっていくといい」
「シロウ! だから敵に塩どころかご馳走を送るような真似は!!」
「ねぇライダー、過剰表現に食べ物が出てくるあたり、セイバーってやっぱり食い意地張ってるよね〜」
「イリヤスフィール、今何か言いましたか?」
「何にも?」
と言いながら、セイバーの睨みから身を隠すためにライダーの背後に逃げ込んでいるイリヤ。
どうやら考えを放棄したらしい。
「・・・よかろう。そこまで言うなら世話になってやらんこともない」
「なんでそう王様風なのか非常に気になるがとりあえずよろしく、金アーチャー」
「待て、雑種。何だその呼び名は」
「いや、だってアーチャーはもううちにいるし。ごっちゃになるのもあれだしな」
「・・・いいだろう、特別に我の名を教えてやる。我はギルガメッシュだ。今後金アーチャーなどと戯けた名で呼ぶな」
その言葉に俺たちは顔を見合わせる。そして、セイバーを見て、ギルガメッシュを見て。
「・・・同じ王様でもこうも違うんだな」
「シロウ、その言葉の意味を後ほど詳しく聞かせてもらってもよろしいですか?」
セイバーに何故か睨まれた。
第三話 エンキドゥ(1) 完
Side 桜
「む・・・」
「どうしました? 先輩」
「・・・桜、お弁当に関しては負けを認めるわ」
「・・・はぁ」
うちに泊まった遠坂先輩はなんと言うか、凄かった。
寝起きは最悪だったし。人外の物体とかイリヤちゃんに言われてたんだけど気づいてないし。
まあ、衛宮家始まって以来の大所帯での食事(家主である兄さんは寝込んでたけど)は、やはり大騒動だった。
大河姉さんは相変わらず食べるし、セイバーも小さい体でよく食べてるし。
私もその、女の子としては結構食べる方だけど。
・・・しかたないの! 魔術はいろいろ疲れるし、兄さんや大河姉さんも良く食べるから自然と引きずられたの!
・・・誰に言い訳しているんだろう・・・。
ちなみに、今は屋上で遠坂先輩と食事中。流石にサーヴァントを出すわけには行かない、という先輩の意見に従ってるんだけど。
「ふむ、まだ骨子が甘いのか」
「いや、よく出来てはいるが貴公のナインライヴスは余計に精巧だ」
「助言感謝しよう、アーチャー」
・・・屋上出入り口のさらに上で、赤服と巨漢が弓を手に談義している。実体化済み。
二人とも、見られても知らないよ・・・?
「・・・こういう感じか?」
「うむ、これこそ我が弓だ」
「ふむ」
「しかしお主は何者なのだ?」
「真名は明かせぬが贋作者(フェイカー)と呼ばれることはある」
「それゆえの能力か」
その様を遠坂先輩と眺めて、顔を見合わせて溜息をつく。
「あのさ、桜」
「はい?」
「マスターが和気藹々としてるのはまだわかるんだけど、サーヴァントがあれってどう思う?」
「えーっと・・・。良いことだと思いますよ?」
「・・・あっそ」
私が作ったお弁当をそれぞれつつきながら、そんな会話を交わす。
「ん、果物のシロップかかっちゃってるわ・・・」
「あ、大丈夫ですよ、そうなるだろうと睨んで砂糖を控えめに焼き上げてますから」
果物のシロップがかかっている卵焼きを渋い顔で眺める先輩。
苦笑して、私が先に食べてみせる。うーん、これならもう少しやわらかく焼いた方が良かったな。
まだまだ精進が足らないみたい。
「あ、ほんと。思ったより変な食べあわせじゃないわ」
「お弁当はそういった部分まできっちり配慮して作らないといけませんから」
「なるほどね」
「お弁当に関してはまだ兄さんには及ばないんですよね。兄さんは設計のプロだから」
この味とこの味が混ざるとどうなる、とかをきっと魔術で見ているに違いない、とか兄さんに聞かれたら頭をはたかれそうなことを考える。
「しっかし、あの会話はどうかと思うのよね」
先輩は呆れたように英霊二人を見やる。英霊エミヤと英雄ヘラクレスが交わす弓談義。
なんだかものすごい話だ。
「弓でもっとも名高いものと言えばやはりフェイルノートか。一度は見てみたいものだ」
「無駄無しの弓だな。私も現物を見たことが無い」
「そうか」
「衛宮士郎ならフェイルノートという名前と性質だけで作って見せそうだが、あいにく私は拘る性質でな。姿形から似せないと納得できん」
・・・どういう会話をしているんだろう。
キャスターの投影したナインライヴスを二人で眺めている英霊二人。
と、隣の視線を感じた。
「先輩?」
「ん?」
「どうしたんですか? 私の顔何かついてます?」
「んー、目と鼻と口?」
「・・・いえそう言う意味じゃなくって」
思わず苦笑。遠坂先輩はやはり意地悪だ。
「ん、なんとなくね・・・。私の妹がちゃんと成長してたら桜みたいになってるのかな、って」
「・・・先輩、それって」
先輩は少し寂しそうな顔をすると、
「10年前に行方不明になったのよ。・・・どこで何をしてるんだか」
こんな風に考えるのは心の贅肉だとは思うけど、と自嘲気味に付け足す先輩。
「ほんとはね、桜が私の妹なんじゃないかって考えてたこともあるのよ」
「・・・私が?」
「そ。だから余計に探り入れてみたりしてたんだけどね・・・」
それで納得した。魔術師らしいことなんて表に出したことなんて無かったのに、何で気づかれてたのか疑問だったんだけど。
そっか、妹さんを心配して・・・。
「・・・私でよかったら呼んで上げますよ?」
「何を?」
「姉さんって」
「・・・ばーか」
でこぴんされてしまった。軽く笑いあう。
「大体、桜が私を姉さんって呼ぶってことは、私が衛宮君と恋仲になるってことなんだけど?」
「・・・・・・」
思考停止。
「・・・って、そんなのダメです兄さんは私の兄さんで他の誰かの」
「ブラコン娘ー」
「はぅ!? け、結構気にしてるのに・・・」
兄さん、先輩は鬼です、鬼畜です、赤い悪魔です。柳洞先輩の言は正しかったです・・・。
ああ、あんなに楽しそうに笑ってるし・・・。
「さって」
先輩は弁当箱を閉じると、
「桜、これからは真面目な話」
「・・・はい」
私も弁当箱を片付ける。食事中に真面目な話なんてしたくなかったし。
「共同戦線を張るうえで味方の戦力は正確に把握しておきたいの」
「そうですね」
「質問する側が言わないのは不公平よね。私は五大元素」
「・・・はい?」
五大元素。地・水・火・風・霊の五つの統合元素でアベレージワンとも呼ばれることがあるらしい。
地は石や砂を、水は氷や冷気を、火は炎を、風は真空を、そして霊は呪いや癒しを扱う。
「・・・天才、って奴ですか?」
「ふふふ。遠坂を舐めてもらっちゃ困るわよ」
さすが名門。
「で、桜、あなたは?」
「私は結界と架空元素です」
「・・・え?」
先輩が凍りつく。
「どうしたんですか?」
「いや・・・、まさか魔術の傾向まで妹と同じだとは思わなかったから」
・・・それは凄い偶然。
でも、ひょっとしたら私の本当の家族はこの人なんじゃないだろうか。
あの大火事が10年前。それ以前の間桐の家の暮らしが1年と少し。
火事と間桐の家の暮らしのせいでそれ以前の記憶は殆ど埋もれてしまっているけど。
一応、繋がりを示すものは私の二の腕に結ばれている。制服の下に隠してあるけど。
誰かからもらった大切なリボン。本当は髪に結わえておきたいけど、お父さんの言葉もあったし。
「桜、そのリボン、つけるなとは言わないけど隠しておいた方がいいな」
「どうして?」
「だって桜、それを人に見られたら桜が本来どこにいる人なのかばれてしまう」
「・・・そっか」
お父さんとのやり取りを思い出して、苦笑しながら言う。
「・・・案外、私本当に先輩の妹なのかもしれませんね」
「遺伝子鑑定でもしてみる?」
どこから持ってきたのか、小さい注射器など見せてくる。
「うーん、やめておきます。だって先輩が本当は姉さんでもそうじゃなくても、私は遠坂凛って人が好きですし、それは変わりませんから」
「・・・っ!」
あれ?
先輩が赤面してそっぽを向いた。変なこと言っただろうか。
遠坂先輩は咳払いして、
「は、話を戻すわね。桜、貴方のお兄さんは?」
それを聞かれて、私は一瞬口篭もる。
「・・・兄さんは、特化した魔術師です。お父さんも魔術行使の基礎しかまともに教えることが出来てないんですけど」
「そうなの?」
「兄さんの本分は投影。特に剣を投影することを得意としてます」
でも、兄さんが剣を投影しているところはあまり見たことが無い。
むしろ、一番良く見ていたのはアイアスの盾の投影だ。
そういえば、一度だけ私に投影した剣を渡してくれたことがあったっけ。
――何か魔術師はこういうものを持ってるものらしいから、いろいろ調べて投影してみた。親父が持ってたのを参考にもしたけど
兄さんがそう言いながらくれたのが、私の部屋の引き出しの一番奥、厳重に封を施してあるアゾット剣。
どういう理屈か知らないけど、あの剣は投影された品にもかかわらず未だに消えていない。
一人前の魔術師が持つというアゾット剣は、その理由を除いても私の宝物だ。
「投影魔術って・・・、ひょっとしてあの時のグレイプニルも?」
「はい」
言いながら、弓談義から武器談義に話が移っている二人のサーヴァントのうち、赤い背中を見やる。
キャスターが兄さんのグレイプニルを見て呟いた言葉。
あれは私にも聞こえている。キャスターと兄さんとは違う。それは多分、そのあり方そのものが。
「・・・どういう魔術師よ。投影であんなことができるなんて聞いたこと無いわ・・・」
「先輩、魔術師は発想と常識に捕われない自由な心が大切なんですよ?」
「知ってるわよ・・・」
そう、兄さんがあの領域にたどり着いたのはその常識に捕われない発想のせい。
私は魔術師としての訓練方法とかをいろいろ教われたけど、兄さんには殆どお手上げだったし。
投影しかこなせない兄さんを見て、お父さんは余計な魔術知識を与えるより、基本的な魔術の扱い方だけを教えて後は試行錯誤させることにしていた。
むしろ、兄さんと一緒に試行錯誤していたっけ。
兄さんが投影した剣を二人で眺めて、いろいろ論議している様は見ているだけでも楽しかったな・・・。
「桜?」
「あ、はい」
「ボーっとしてたでしょ・・・」
「あ、あはは・・・」
「あ」
「・・・あ」
放課後、遠坂先輩と晩御飯の相談(先輩は協力関係が終わるまで衛宮家に居候することにしたらしい)をしながら下校していたら。
「兄さん?」
買い物袋を手に商店街を歩く兄さんを発見。
「な、何でしょう桜さん?」
「どうしてこんなところにいるのか説明してくれないかな?」
「い、いや、その・・・」
「向こう一週間の料理権剥奪!」
「ま、待て! これには事情が!!」
「問答無用です。兄さんはほっとくとすぐこういう無茶をするからたまにはお灸を据えてあげます」
がっくりとうなだれている兄さん。
「士郎は桜には頭上がんないのねぇ」
「あー・・・、いや、たまにだたまに」
遠坂先輩にからかわれてる兄さん。・・・あれ?
兄さんも同じことに気がついたらしい。
「・・・遠坂、今?」
「ん? ああ、両方とも衛宮だし、いい加減紛らわしいでしょ?」
「いえ、今までのでも十分わかると思うんですが・・・」
複雑。なんだか凄い複雑。我が家の外人勢は仕方ないとしても、最近兄さんを名前で呼ぶ女の人が急増してる。
他意はないだろうけど、でも。
「・・・し、士郎兄さん、後は何を買うの?」
「え? いや、後は八百屋にでも行こうかと思ってるんだが、どうしたんだ桜?」
・・・いえなんでもないの。鈍感な兄さんに何かを期待した私が馬鹿だったから。
内心でそう呟いて、兄さんから買い物袋の片方を奪い取る。
「おい」
「買い物については目を瞑って上げるから、少しでも体を休めて」
「いや、ほんとにもう大丈夫」
「兄さんの大丈夫ほど当てにならないものは無いの」
兄さんの反論を悉く切って捨てて、私は八百屋さんに足を向ける。
「まったく、お互いに過保護な兄妹ねぇ」
「そうか? このくらい当たり前だと思うんだが」
後ろで遠坂先輩と兄さんが何か言ってる。
「二人とも、早く来ないと置いて行きますよー」
「わかったわかった」
と、まあそんな和気藹々と帰ってきたところに。
「遅いぞ雑種。この家にはまともに治療できるものはいないのか?」
「ギルガメッシュー、ほら動いちゃダメだってば」
「ぬお、離せ聖杯。貴様は我を封じる気か!?」
なんて見知らぬ人がイリヤちゃんと大騒ぎしているのは何故だろう。
見知らぬ人はなんだか全身を包帯で絡め取られてるし、その端っこをイリヤちゃんが掴んでる。
「・・・士郎?」
あ、先輩が凄い笑顔で兄さんを見てる。
「な、何だ、遠坂?」
「うん、あのね、あれってサーヴァントじゃないかしら?」
「そうだが・・・」
「誰の?」
「いや知らない」
「・・・つまり、マスターは私達の敵かもしれないのよね?」
「そうなるな」
「あんたは何を考えてるのよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
はぅ、耳が、耳が・・・。
大騒ぎしてたイリヤちゃんと知らない人も固まってるし。
「何事ですか、リン」
「イリヤ、どこに行ったのかと思ったらこんなところに」
居残り組が先輩の声に反応して奥から歩いてきた。
「む、英雄王」
キャスターが微妙な表情で実体化する。実体化すると天井を破りかねないアーチャーはでてこないけど。
「む、フェイカーか。まあいい、今の我は客分だ。先住の者に文句はつけん」
「・・・だからなんでそんなに偉そうなんだよ、ギル」
「待て雑種。貴様こそ何故人の名を勝手に変更する」
「ギルガメッシュって言いづらいだろ」
「雑種ごときが我の名を勝手に変えるな。・・・っ!?」
「ほら、暴れると傷が開くってば。サクラー、こいつ怪我してるから包帯巻くの手伝って」
「あ、うん。あー、イリヤちゃん、包帯はこう、ゆっくりときつくせず緩くせずにね」
「ちょっと、私の意見は無視!? てか、何で皆こいつ受け入れてるのよ!?」
「リン、私は受け入れたわけではないのですが。シロウがどうしてもと言うので」
「正直言うならば私も反対ですね。まぁ、イリヤがこの状況を楽しんでいるので文句は言いませんが」
「あ、アーチャーは!?」
「敵対しないならば居て良いだろう」
「キャスター!」
「同意だ。諦めろ、遠坂凛」
「あーのーねー!!」
玄関でものすごい大騒ぎになってしまった。見知らぬ人もといギルガメッシュさんの包帯を巻きなおして、私は手を打つ。
「はいはい、玄関で大騒ぎするのは止めましょう。近所迷惑ですから」
「そうだな。とりあえず桜、今日は二人係りだ」
「了解です、兄さん」
なんだか成り行きでどんどん食客が増えてるけど。
久々に兄さんと一緒に腕を振るえるから良しとしよう。
Side セイバー
ふう、今日の夕飯も美味しかった。しかしタイガはあのような美味しい料理を何年も食べていたわけですか。
全く、羨ましい限りです。
私がリクエストした塩焼きと言うものも素晴らしかった。素材の味をそのままに単純ながら奥深い味わい。
・・・同様の料理はイングランドにもあったはずなのにこの違いは何なのでしょう・・・。
シロウかサクラのどちらかでも専属料理人として、今後のサーヴァント生活に随伴してもらえないでしょうか・・・。
・・・いけない。満腹感で思考が壊れているようだ。
こういうときは縁側で冷たい清廉な空気を吸うのが一番でしょう。
と、先客が・・・。
「ギルガメッシュ?」
「む?」
縁側で何をするでも無くただ庭を眺めているだけの英雄王。
「セイバーか。どうした? 我の求婚を受ける気にでもなったのか?」
「ああ、それは太陽が西から昇ろうがありえませんので心配なさらず」
「そうか」
・・・ふむ、どうも様子がおかしいように思えますが。
「英雄王、何か悩みでもあるのですか?」
「悩み? ふん、我が何に悩むと言うのだ」
「調子が悪いように見えますが?」
「傷を抱えているのだ。調子が言い訳が無かろう、戯け」
「それだけではないように見えますが」
そう、口調だけは変わっていないものの、内側にある絶対の不遜が欠けているように感じる。
「・・・ふん、将来の妻として話してやろうか」
「それはマーリンの女癖の悪さが直ることほどにありえません」
こっちの反論は聞く耳持たないとばかりにギルガメッシュは口を開く。
「・・・食卓と言うものは、こうも暖かなものだったかと記憶を探っていたのだ」
「・・・?」
「時代も場所も並んだ料理も全く異なると言うのに、何故に思い出すのであろうな」
「ギルガメッシュ、何を言いたいのですか?」
「我が古き友のことをな」
英雄王はそう言うと、立ち上がる。
「さて、セイバー、我は眠るとする」
「ギルガメッシュ?」
「何だ? 夜伽の相手でも望むか?」
「天動説と地動説がひっくり返るほどにそれはありえませんが」
私が生きていた時代とその後で一度ひっくり返っていますがそこは無視。
とりあえず今後はありえないはずですから。
「一応言っておきましょう。私は貴方の尊大な自身は別に嫌いではありません。本調子を取り戻してもらわないと多少気が削がれます」
「・・・ふむ。覚えておこう、騎士王」
シロウにあてがわれた寝室に引っ込んでいく英雄王を見送り、私は溜息をつく。
「・・・シロウに毒されましたか」
でもまあ、不快ではないですが。
「セイバー、ギルガメッシュさんは?」
サクラが居間から声をかけてくる。
「ああ、つい先ほど眠ると部屋に戻りましたが」
「何だ、ギル戻ったのか?」
シロウが台所の方から声をかけてくる。
「折角桜と合作でプリン作ったのに」
「ではギルガメッシュの分は私が」
「ダーメ。皆に一つずつしか作ってないんだから。どうしても食べるならセイバーの明日の朝ご飯は無しね」
「サクラ、それは酷です、撤回を要求します!」
ここにいる者達はただ一時の協力関係。
なのに何故こうまでこのひと時の世界に惹かれるのだろう。
「何事だ?」
「キャスター、セイバーがギルの分のプリンまで食べるって言うんだよ。何とか言ってくれ」
「全く。セイバー、君は食に関しては慎みと言う物が全く無いな」
「キャスター、それは侮辱ですか侮辱ですねそこに直りなさい叩き切ってあげます!」
「だーーー!! 風王結界を解くなーーー!!」
第三話 エンキドゥ(2) 完
Interlude
柳洞寺地下。
パンドラはそこにいた。
そこに現れている闇の卵を見つめる。
その表情は能面の如く動かない。感情の欠片すら浮かんでいない。
「アサシン」
「何事ですか、主」
「人目につかず、全力で戦える場所を探してきなさい」
「は?」
「時間が無い」
パンドラの顔には表情は無かったが、それ故にその口調はどこか寂しげだった。
「言峰、お前どこに行く気だ?」
「黙ってついて来い、ランサー」
「・・・ったく。セイバーとバーサーカーだけはまだ一戦もしてねぇのに」
「セイバーの実力は知っている。バーサーカーは戦うべき相手ではない」
言峰の言葉にランサーはやれやれ、とばかりに両手を広げる。
「何、そのうちにお前が全力で戦える場所を用意してやる」
「・・・信用できねぇ」
「そうか」
ランサーの皮肉にも言峰は全く表情を動かさなかった。
Interlude Out
Side 士郎
聞くタイミングを逸していたことがある。
本当は最初のうちに聞くべきだったのだが、イリヤ自身が何も言わなかったこともあって流してしまった。
だが、もともとの俺たちの目的はそれだ。
だから。
「ギル、ちょっといいか?」
縁側で遠坂が買ってきた雑誌を読んでいるギルに声をかける。
ちなみに雑誌は少女漫画だ。あの遠坂がそんなものを読んでいることも意外だが、それをギルが読んでいるってのはもっと意外だ。
「・・・面白いのか?」
「・・・いや、やはり雑種の趣味はわからん」
楽しんでいたわけじゃなかったのか。
「それで、何用だ?」
「ああ、聞こうと思ってたことがあってな」
よっ、という掛け声と共に同じように縁側に腰を下ろす。
「どうしてイリヤを聖杯って呼ぶんだ?」
「・・・貴様、知らずに置いていたのか?」
「何?」
ギルは本気でこっちを馬鹿にするような顔をしてる。知らないものは知らないんだ。
「・・・あれは此度の聖杯戦争の器だ」
「ちょっと待てよ、それって」
「聖杯戦争が終わりに近づけば近づくほど、あの娘は聖杯に近づいていく。そして、最後にその膨大な魔力を閉じ込めきれず」
右手で握りこぶしを作り、それを開いてみせる。
「こうだ」
・・・つまり、イリヤはその魔力を抑えきれずに自滅する、ということか。
「・・・聖杯って、何なんだよ」
子供を人柱にして願いをかなえるもの。どうしてそれが『聖』の字を冠している。
「・・・いいだろう、雑種。世話になっている返礼に教えてやる」
「?」
ギルは珍しく俺を正面から見ると、
「衛宮切嗣。貴様の父親だな」
「あ、ああ」
「奴は前回の聖杯戦争のマスターだ。貴様が従えているセイバーのな」
「・・・・・・」
思わぬことに凍りついてしまう。が、ギルはまるで構わないように言葉を続けた。
「我とセイバーの最後の戦いの折、奴は聖杯にたどり着いた。それはまだ未完成の不完全なものであったが」
親父は聖杯を知っていた。そうだ。俺が聖杯と言う言葉に嫌悪感を抱くのは、親父がいつも桜に言っていたからだ。
聖杯に呑まれる。その言葉の意味。
「雑種、貴様の父はその時に聖杯の中身にあるものに気づいた。我との戦いの最中にもかかわらずセイバーに令呪を使い、聖杯を破壊した」
そして、ギルは視線を庭に戻した。
「器を失った力は向こう側へ戻るはずだった。だがもう一人聖杯にふれたものがいた。半端な聖杯はそいつの願いを叶え、結果、泥は溶岩となって街を焼いた」
10年前、街を焼いた火災。それが以前の聖杯戦争の最後の爪痕。
「・・・そいつの願いって、何だったんだ?」
「あの土地から人がいなくなればいい、衛宮切嗣への目晦ましが欲しい。それだけだ」
それだけ。人がいなくなればいい。それは退去と言う形ではなく殺戮と言う形で叶えられた。
目晦ましはただ気を引くものどころではなく、親父の護ろうとしたものを殺し尽くす最悪のもので具現化された。
「あれは呪いに過ぎん。元は清浄な水であったのだろうが、今の聖杯に満たされているのは泥だ」
呆然とする。と、気配を感じて振り向いた。
「・・・妹にセイバーか」
「桜、セイバー・・・」
聖杯を追いつづけていたセイバー。聖杯と言う言葉に何かを感じつづけていた桜。
「ギルガメッシュ、それは・・・」
「言っておこう、セイバー。貴様の望みが何であれ、あれでは叶わん」
セイバーは下唇を噛んで走り去る。
「セイバー!」
「兄さん、追って!」
桜の叱咤に頷き、走る。言われるまでもない。
セイバーの望みがなんなのか、俺はまだ知らない。
だが戦友として家族として、そして何よりも、あんな顔をした奴を放って置けるものか――!
Side 桜
後に残ったのは私とギルガメッシュさんだけ。
「・・・妹、お前も我に聞きたいことがあるのではないのか?」
今なら答えてやらなくもないぞ、と付け足しながら、この人は月を眺めている。
「・・・・・・」
沈黙、何を答えれば良いのかわからない。でも。
「・・・じゃあ、一つだけ聞かせてください」
「何だ?」
「私は、聖杯と言う言葉が何故か怖い。その理由を貴方は知っているんですか?」
ギルガメッシュさんは私を一瞥して、
「・・・頭ではなく心が知っていたか。それは当然、貴様も聖杯だからだ。マキリが生み出した聖杯の贋作、それが貴様だ」
「・・・・・・」
間桐の蟲の呪縛は失われていても、聖杯戦争への呪縛だけは残っていた、そう言うことなのだろうか。
「もう一つ教えてやろう」
「え?」
「影使いの女を知っているな」
聞いちゃいけない。
それは聞いてはいけない。聞いたら全てが壊れる。
何かが訴えるけど、それでも私の口は開く。
「・・・その人が、何か?」
ギルガメッシュさんは別に何でもないかのようにただ一言、私の心を串刺しにする言葉を放った。
「あれは貴様だ。聖杯に呑まれ、その呪いを受肉させてこの世に解き放った闇の聖母だ」
ひび割れた。
ずっと目を背け、封印していたものがうごめく。
そう、私はずっと知っていた。
あの人に会った瞬間から、私はあの人が、パンドラがもう一人の私なんだと、どこかで気づいていた。
Side 士郎
セイバーは道場にいた。
「・・・セイバー」
俺の呼びかけに、セイバーの肩が震える。
「セイバー・・・」
だが、何を言えばいいのか。勇んで追って来てもこの様だ。
「・・・切嗣は、正しかったんですね」
肩を震わせて、セイバーが呟く。
「大丈夫です、士郎。私は今回の聖杯も破壊する。その上で、次の聖杯戦争に望みを繋ぎます」
「・・・セイバー、セイバーの願いって、何なんだ?」
セイバーの夢をみたことがある。
朝焼けの中、黄金の剣を手に凛々しく立つアーサー王。
血まみれになりながら、戦場を駆け抜ける孤高の王。
国に裏切られ、ただ一人無数の屍の上に立つ悲劇の王。
それはどこか、あの時の火災の時の俺に似ていた。
「・・・セイバーが、セイバーのために使うんなら何も言わない。でも」
「私は自分のために聖杯が欲しいのではないのです」
やはり、そうだと思った。彼女は王だ。ひたすらに己を殺しつづけて、王という役割をこなし続けてきた気高い騎士王。
「・・・やり直したい。私が王に選ばれなければ、国は滅びずに済んだかもしれないから」
だからその願いは、やはり自分のせいで滅んでしまった国のためのもの。
「そうか・・・」
何が言える。俺自身、それを願ったことが何度あった?
後悔して、何度もやり直しを願ったことが何度あった?
それは、どんな人でも一度は抱える願いじゃないか。
何より、間違っているなんてどうして言える。
俺だって、あの火災を無かった事にできるなら、それを願うかもしれないのに。
そう、こんな形で自分の願いを見つけられるなんて思わなかった。
こんな形で手に入れたくなんてなかった。
でも、俺がずっと願って、剣ではなく盾にすがったのは。
何よりもあの炎から、皆を護る力が欲しかったから。
だけど、本当にそれだけか?
――兄さん
そう言って笑いかけてくれる彼女は、何を経て手に入れたものか。
今こうして、誰かを護りたいという意志を持つに至ったのは何のせいか。
初めて盾を願ったのは、あの時がきっかけじゃなかったのか。
「セイバー」
だが、それは意思の押し付け。セイバーにはセイバーが正しいと信じる道がある。
例え自分にとって間違いだと思えても、それによって救われるかもしれない人がいる。
なら、止めて良いのか?
俺なんかに止める権利があるのか?
「よくわからないけど、それは・・・」
だってそうだ。セイバーがここにいるのはアーサー王が必死になって戦い、踏み越えて来たから。
桜がここにいるのは、あの火災の後ずっと俺が護り、そして護られてきたから。
言うべき言葉は確かにあるのに、それは尚も言葉にならない。
その時、結界が侵入者を知らせた。
Side 桜
「何!?」
直後、響いた声は明らかに悲鳴。サーヴァントが5人もいるこの場所で不意打ちができる存在。
すぐに思い当たる。そんなことができるのはアサシンしかいない。
「イリヤ!」
飛び出した影をライダーが追ってでてくる。
影が、屋敷の上に立った。腕に気を失ったイリヤちゃんを抱えて、その首筋に短剣を突きつけて。
「そこまで。拙者もできれば斯様な子供を手にかけたくはない」
ライダーが足を止める。道場から兄さんとセイバーさんが飛び出してきた。
「アインツベルンの城で待つ」
アサシンはそう口にする。直後、その背後に赤い影が姿を見せた。
「はぁっ!」
キャスターの気合の声と共に、銀の二筋が闇夜を走る。
でも、それはあっさりと空を切った。
「ちっ、流石は忍びか」
舌打ちをしてキャスターが視線を転じる。その先には弓を構えていたアーチャーがいた。
黙って首を振る。
「イリヤスフィールを盾にされた。あれでは撃てん」
キャスターがアサシンを空中に飛ばし、アーチャーが射る作戦だったんだろう。
それも結局失敗。
「確かに伝えたぞ。何人で来るかはそちらに一任しよう」
アサシンの声が遠くから聞こえてきた。
「何故止めるのですか、リン!」
「焦るのはわかるけど」
遠坂先輩はライダーを宥めている。
「パンドラはイリヤを殺そうとしていました。このまま放っておけばどうなるか・・・!」
「じゃあ聞くけど、イリヤに危険が及んでる気配は感じる?」
それに驚いたように、ライダーは硬直する。
「一応今の状況を整理してみたけど、それが最初の違和感。何でアサシンはイリヤを暗殺じゃなく誘拐したのか」
先輩が問題定義する。兄さんがそれに考え込みながらも返答を返した。
「・・・イリヤを暗殺する理由がなくなった、とか」
「そう見るのが妥当ね。それか、イリヤも後で殺すけど、あの子を餌にもう一人どうにかしたい奴がいるのか」
その言葉が、パンドラの本当の狙いが私自身だと気づかせる。
理由まではわからないけど、恐らく同じ存在だからこその直感。
「・・・ふん」
キャスターも多分気づいたんだろう。自分がかつてやろうとしていたことを客観的に見せられて、どんな気分だろうか。
「まぁいい。イリヤスフィールを今すぐどうにかするわけではないだろう」
アーチャーの言葉に先輩は頷く。
「全員でパンドラに挑むわ。あれに出し惜しみは出来ない」
先輩の言葉は、確かに妥当だった。
自分の部屋に戻る。引出しを開けた。
「・・・」
女の子らしい小物で統一された部屋の中、唯一場にそぐわないのが、その中にある箱。
厳重に鎖をかけ、魔術で封印してある箱。
「・・・解呪」
その封印を解く。中から姿を見せたのはアゾット剣。
私が一人前になる前にお父さんは逝ってしまい、兄さんが代わりにくれた、私が一人前になったというお祝い。
そして同時に、今なお消えることのない兄さんの投影の品。
――何かあった時に、これが桜を護ってくれるといいんだけど
その何かに挑む時が来たんだろう。柄を握る。何度握っても、剣など握ったことのないはずの私の手にこの剣はどこまでもなじむ。
だからこれは、きっと私の為だけの剣。
鞘から少しだけ抜いて、また納める。机の上におき、服を脱ぐ。
動きやすく、魔術の防御がかけられた服を身に纏い、腰にアゾット剣を帯びた。
・・・怖い。
自分がやろうとしていることをもう一度冷静に考えると、やっぱりどうしても怖くなる。
「・・・兄さん」
思わず口にしてしまった。口にしたら会いたくなった。もう、止まれなかった。
走り出しそうな足を必死に抑え、兄さんの部屋の前に立つ。
「・・・兄さん、いる?」
「ん? 桜か、どうした?」
ふすまの向こう、兄さんの声が聞こえた。開く。
「・・・兄さん」
「桜、お前、その格好・・・」
やっぱり驚かれた。当然だと思う。だって戦うための服装だから。
「パンドラは、私が倒さないといけない、そう思うから」
「な、何言ってんだ、馬鹿!」
思いっきり怒鳴られた。でも、目を背けるわけには行かない。
「死ぬかもしれないんだぞ? 本当は置いていきたいくらいなのに・・・!」
兄さんにそっと笑いかける。・・・ダメだ、先のことが怖くて、上手く笑えない。
「大丈夫、兄さんの剣があるから」
「あのな・・・」
限界。気が付くと兄さんの胸に飛び込んでた。
「・・・桜?」
「怖い。怖いの。私が戦わないといけないのはわかってるのに、震えが抜けない・・・」
口にするだけで、どんどん怖くなっていく。死ぬんじゃないかって。
ちがう、怖いのは自分が死ぬことじゃない。
私は、ひょっとしたら私もああなってしまうかもしれないことが怖い。
「桜・・・」
「兄さん・・・」
と、背中に何かが触れた。兄さんの手だ。抱きしめてくれてる。
「・・・悪い。お前が、精一杯勇気出して決めたことなんだよな」
そう。
怖いからその怖さに負けてもいい理由が欲しくて、ここ来たんじゃない。
兄さんの勇気を分けて欲しかったんだ。
「大丈夫だ、桜は強い。あんなのに負けたりなんかしない」
兄さんは私の肩に手を置いて、間近で私の顔を覗き込んで、
「前にも言ったよな。桜は前向いて歩け、転びそうになったら俺が支えてやる、って」
・・・それは、ずっと前に、閉じこもってた頃の私に言ってくれた言葉。
衛宮の家も魔術師の家系だった。また何かされるのかと思うと、外になんて出る気になれなかった。
そんな私を誰よりも気にかけてくれてたのが、兄になったばっかりのこの人だった。
でも私はそんな人からも何度も逃げて、何度も逃げつづけて。
何時の間にか怖くなって、私はその人に石を投げつけた。投げつけて投げつけて、血まみれにして、それでもこの人は私のそばに歩み寄って。
私の手を取って、
「何が怖いのかわからないけど、俺は桜を傷つけたりしない。俺は桜の兄貴だから」
そう、私に言ってくれた。子供心に、それは間違いなく誓いなんだと理解した。
卑怯だけど、だから私はその人にすがった。
すがって、すがり続けて、そのうちに。
この人は、どんなことにぶつかっても諦めない人なんだと気づいた。
初めて、私はこの人みたいになりたいって思ったんだ。そして、それが衛宮桜の根源。
兄さんと同じように、無理なことでもとにかくぶつかっていく妹分の出来上がり。
兄さんは、それが自分と同じだ何て考えもしなくって。
そうやって疲れ果てて寝込んだ時、申し訳なくって謝った私に笑いながら言ってくれたんだ。
「桜は前向いて歩け、転びそうになったら俺が支えてやる」
「・・・うん。でも、兄さんが転びそうになったら私が支えてあげる。そう言ったよね」
「そうだったな」
うん、大丈夫。
パンドラとの戦いは私一人でやるつもりだけど。
大丈夫、兄さんの剣がここにある。それだけで、これがきっと私を支えてくれる。
だから、私は震えの抜けた体を翻して、買い物にでも出かけるように言えた。
「行こう、兄さん!」
第三話 エンキドゥ(3) 完
Side 士郎
森を抜ける。走る。ライダーが先頭。彼女だけがアインツベルンの城を知っている。
俺たちマスターはアーチャーの巨体に乗せてもらってるわけだが。
「こいつはきつい・・・!」
風圧はめっちゃきつい。
「ふん、柔だな、雑種」
「っていうか、何であんたが乗ってるのよ、金ぴか!」
遠坂が隣でふんぞり返っているギルに怒鳴った。
「人の肩の上で怒鳴りあうな」
あ、アーチャーが本気で迷惑そうだ。
全員で行く、それは決まっていたのだが。
「・・・なんであんたもついて来るの?」
「女、お前が全員で行くといったのだろう」
まだ本調子じゃないながらも同じように衛宮家を出てきたギルに、遠坂が本気で不思議そうな顔を向けている。
「だって、あんたは怪我が治るまでここで養生するってだけで、別に協力関係とか」
「ふん。聖杯は我にとっても役に立つ。ならば奪還に協力してやろうと言うのだ」
面白くなさそうに言うギル。
いや、何となくだが、面白くなさそうに見せているように思う。
こいつ、ひょっとして何の見返りもなくイリヤを助けるのを手伝う気か?
「ありがとう、ギルガメッシュさん」
「ふん」
桜の礼に面白くなさそうにするギル。
「・・・奴には我も借りがある」
「止まれ!」
キャスターの声が全員の足を止めた。
「何だ?」
「・・・そういうことか、英雄王」
キャスターの言葉にギルは肩をすくめて見せた。
「奴は我の獲物だ。雑種どもは先に行け」
アーチャーの背中から降りながら、ギルは言う。
「何言ってんだ! お前怪我治ってないだろ!?」
ああ、俺にも見えた。キャスターが見たのは間違いなくアレだ。
黒い、ギルガメッシュ。それが悠然と森の中に佇んでいる。
イリヤの言葉を思い出す。魔力の異分子が残ってない、そう彼女は言った。
ギルの傷の治りが遅いのはその為だと。
サーヴァントは多少の傷はすぐに治る。その論理は、魔力で編まれている体が異分子を排斥し、元に戻ろうとするためだと言う。
だが、その異分子が残っていないというのはどういうことか。
傷であることを知らせる異分子が存在しない以上、サーヴァントの体はそれが傷であることを認識しない。
サーヴァントに治癒魔法は効果がないため、受肉したゆえの自然な治癒に任せるしかない。
ある意味、呪いにも似た攻撃。それは、そのサーヴァントと全く同質の魔力の攻撃を受けた時にのみ生じる現象。
ギルに傷を負わせたのはあれか。
「ギル、一人じゃ無理だ」
「雑種、貴様、我を侮辱する気か? 己の影如き御しきれずして何が英雄王か」
言いながら、ギルガメッシュは金色の鎧を身に纏い、黒い英雄王に向かっていく。
「・・・わかった」
俺が頷いたのを見て、ギルは不遜に笑った。
「全員死ぬな。貴様らを殺すのは我だ。勝手に死ぬことは許さんぞ」
「全く、素直じゃない王様よね」
遠坂の言葉に俺も苦笑して、頷き返す。
「御武運を、英雄王」
「貴様もな。騎士王」
セイバーがそれだけ言って、走り出した。キャスターとライダーがそれに続く。
最後に、俺たちを担いだアーチャーが走り出した。
Interlude
10年ぶりに、何かを欲しいと思った。
だが、今の我ではどう足掻いても手に入れられぬものなのは当に理解できていた。
エンキドゥ、我は愚かか?
王たるものが自ら先陣を切るなど、愚行に等しいか?
・・・貴様が我を笑うことなどないか。
あの家にいる間、常にエンキドゥと共に居た頃の空気を感じていた。
それが、否応なく我に最後の記憶を思い出させる。
何故我は不死を求めたのか。エンキドゥの死に恐怖したからか。
否、我は死など恐れたことはない。でなければ、フンババに挑み天牛に挑むものか。
我が恐れたのはただ一つ。
エンキドゥが死ぬときには我が居た。だが、我には誰が居たか。
目の前に黒い我が居る。
その背後に、無数の宝具が浮かび上がっている。
「ふん」
王の財宝。だが、我の魔力はまだそれを存分に使えるほどに回復していない。
だが、あれは我だ。不愉快だが、あれは我を格下と見、侮っている。
ならば付け入る隙は必ずある。用は、我が油断しなければ良いだけの事。
死ぬことは出来ぬ。奴らに言ったとおり、我は奴らを摘み取らねばならぬ。
ならば、死ねぬ。
王の財宝が解き放たれる。なんと無駄弾の多いことか。
これほどまでに不恰好な舞を我が踊っていたとはな。
ならば、王の財宝を最小限で展開する。自分を捕らえている宝具だけを打ち落とし、それによって開いた穴を駆ける。
影は飛びのいた。目の前に再び宝具の雨が迫る。
もう一度、打ち落とす。後5歩。乖離剣を抜く。
影もまた乖離剣を抜いた。その場ですぐさま発動させる。
あれは我の剣だ。ならば、我自身がその弱点を良く知っている。
あれは、一度振りぬけば容易に力を納めることは出来ん。
一瞬を見極める。仮にも天牛を倒し、神に唾を吐いた身。その程度のことが出来ずして何が英雄か。
影が乖離剣を振り下ろす。この一瞬、我はたった一本の宝具を宝物庫から解き放つ。
『無駄無しの矢』、フェイルノートが乖離剣の柄を打った。軌道がずれる。ずれた射角から我は身をかわす。
乖離剣の暴風が我の左腕を凪いだ。が、エアを握る右腕に支障はない。
影が力の脇から迫る我を見て目を見開いた。
「天地乖離す(エヌマ)―――」
零距離、欠片も残さぬ―――!
「開闢の星(エリシュ)―――!!」
Interlude Out
Side 士郎
城が見えた。
「ライダー、あれですか?」
「そうです」
その瞬間、ものすごい殺気と轟音が響いた。
「・・・何?」
遠坂があたりを見渡す。
「あそこ!」
桜が指で示した場所、影が溜まっている。
「カーシングサーヴァント!?」
セイバーが口にし、聖剣を構える。
浮かび上がろうとしているのは、巨漢。
「・・・俺か」
アーチャーが呟いた。
「どういうこと?」
「あれは俺と同じ、ヘラクレスだ。クラスは違うようだが」
答えて、アーチャーは俺たちを下ろす。
「間違いなく、バーサーカーだ。狂化した俺を自らの目で見ることになるとは思わなかった」
「・・・な」
セイバーとライダーが息を飲む。
「パンドラ前にとんでもないのが出てきたわね・・・」
遠坂がうめく。
桜を見た。もう一度全員を見渡した。
「桜、先に行け。遠坂、桜を頼む」
その言葉に桜と遠坂がこっちを向いた。
「それと、キャスター、行ってくれ」
「何?」
完全に姿を現した黒いヘラクレス。禍つ星とはよく言ったものだ。
「兄さんは?」
「俺は残る」
そう言って、桜の頭を軽く叩く。
「大丈夫だ」
唯一問題なのがライダーだが、
「・・・私も残りましょう。あれは危険すぎる。ここで倒さないと」
セイバーが、ライダーが、アーチャーがそれぞれ武器を構えた。
その気配を察し、理性無き巨人がこちらを見据える。
「■■■■■■■■■■■■―――!!」
「・・・見苦しいな」
狂った自分の姿を見て、アーチャーが顔をしかめた。
「衛宮士郎、本気か?」
「ああ」
キャスターの言葉にあっさり頷いて、言う。
「お互い、いつまでも硝子の心じゃいられないだろ?」
俺の言葉に、キャスターが息を飲んだ。
「貴様、知って・・・」
巨人が暴風と共に走ってきた。アーチャーが正面に立ち、受け止める。
巨漢同士、渾身の斧剣がぶつかり合う。だが、クラスの差か、アーチャーに部が悪い。
セイバーがアーチャーの影から飛び出し、黒の巨人の首を狙う。
が、そいつは常軌を逸した動きでその一撃を交わした。
「ライダー!」
「自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)――」
ライダーが眼帯の封印を解き、魔眼を開放する。まともな効果は期待していないだろう。
腕力か敏捷か、どちらか一つだけでも落せれば十分。
「行け!」
俺の言葉にキャスターは頷いて、二人の少女を担ぎ上げた。
「ちょ、何すんのよ!」
「暴れるな、遠坂凛」
「兄さん、無事で」
桜に頷いてみせる。
「士郎! もう戦うなとは言わないけど、あんたがこの場のジョーカーなんだからね。一発に全てつぎ込む気で最高のものを作りなさい!」
遠坂のアドバイスを胸に刻む。
残弾五発。それを一まとめにして何を作るか。
三人のサーヴァントを相手に一歩も引かない黒い巨漢を見据え。
ヘラクレスの伝承を思い出す。
12の試練を超え、12の命を与えられた英雄。
「■■■■■■■■■■■■―――!!」
「っ!」
セイバーがあの巨人の剣と真正面から打ち合う。だが、その身から放たれる瘴気はセイバーすら侵食しようとする。
長くは打ち合えないと踏んだのか、セイバーは強引な一撃を叩き込んで巨人を吹き飛ばした。
「アーチャー!」
「射殺す百頭(ナインライヴス)―――!」
体制が崩れている巨人に九つの閃光が襲い掛かる。
「■■■■■■■■■■■■―――!!」
言葉にならない声。常軌を逸した巨人の剣の動き。三つを叩き落し、四つから身をかわし、その身に受けたのは二つのみ。
決定打には程遠い。
十二の試練(ゴッドハンド)、それこそがヘラクレスのナインライヴスをも凌ぐ最強の宝具。
あの巨人を一度倒すだけでもどれほどの労力が居るのか。
「亡者が暴れているだけにしては手強い・・・」
ライダーがぼやくように言う。
正面をセイバーとアーチャーが入れ替わりで受け持ち、ライダーが周囲から釘を投げつける。
今正面に立っているのはアーチャー。
真っ先に浮かんだのはレヴァンテイン。だがあれは駄目だ。
全てを焼き尽くす業火の剣など投影したら、セイバー達まで焼き殺しかねない。
それに、剣を投影することには迷いがある。
考えろ。何故迷うのか。
斧剣の一撃がライダーを捕らえた。軽々と弾かれて木々に激突する。
「かはっ!」
「ライダー!」
追撃に入ろうとする巨人をアーチャーが強引に抑える。力勝負では明らかに分が悪いと言うのに。
セイバーがアーチャーの援護に回る。背後から、不可視の剣の一撃を叩き込む。
その一瞬、黒い巨漢は残りの腕を伸ばしてセイバーを掴み取った。
「な・・・」
俺の魔力でエクスカリバーを支えられるのは一回のみ。
前回の様に魔力切れになる覚悟なら当に出来ているが、順番を間違えるわけには行かない。
投影を使うならエクスカリバーの前だ。後だと十分な投影を行える自信がない。
ならば、俺が作り出すのはエクスカリバーを、ナインライヴスを、まだ見ぬライダーの宝具を一度に使える状況。
考える。グレイプニルは駄目だ。あれには引き千切られたという伝承もある。
ヘラクレスならば引き千切りかねない。
「おおおおお!!」
アーチャーの雄叫び、岩剣がセイバーを掴んだ腕に叩き落される。
刹那、それを巨人の岩剣が阻む。だが、アーチャーの巨体を隠れ蓑に、ライダーがその背後から飛び出した。
「他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォーン・アンドロメダ)――!」
巨人を構成する魔力を奪う。一瞬抜けた力を見逃さず、セイバーが離脱する。
だが、侵食した闇はセイバーの鎧を腐食している。
「くっ!」
ライダーが結界を解除する。闇に染まった魔力はライダーの存在すら腐食させようとした。
衛宮士郎は剣では無い。否、自ら剣である事を否定した。
ならば生み出すものは剣ではない。
考えろ、状況を打破するものを。
あの闇に対する最高の守りを。
真正面から打ち合うだけでも闇に飲まれそうになる、呪いの権現。
以前倒した黒いキャスターは守りが低かったからこそ何とかなった。
だが、こいつはそれとは桁が違う。
岩剣を振り回し、サーヴァントへ最大の毒を撒き散らす。
「くっ」
セイバーのうめきが聞こえる。
「呪いに対する守りでもあれば・・・」
閃いた。あれは呪いだ。触れただけで全てを腐食させる呪い。
そうだ、それならば最高の護りがある―――!
意識を静める。
撃鉄は頭の中に。
形は十分に知っている。数多居る製作者から最高の一人を選び出し、その工程に共感する。
その上で、護りの力をさらに強める。
この時点で破綻した幻想に成り下がる。
だが、それが何だ。何を持って『成り下がる』などと決める。
重要なのは形じゃない。ただ、この意思でもって貫くのみ。
「投影、開始(トレース・オン)――」
撃鉄が音を立てて降りる。魔力回路が次々と目覚める。
脳裏に描いた破綻した設計図。足りないならば空想で補う。
そして、破綻した幻想は今ここに実を結ぶ。
いかに破綻しようと、それは衛宮士郎の理想に他ならない――!
「八尺瓊の勾玉―――!!」
それは最高の災厄への護りとされている勾玉、その中でも神器に数えられる品。
投影したそれが輝きを発し、撒き散らされていた呪いを消し去り、押し返す。
闇に染まっていたヘラクレスの力を大きく押さえ込んだ。
「シロウ・・・!?」
「いまだ、行け!!」
三人のサーヴァントが頷く。
アーチャーが弓を構え、ライダーが召喚の陣を引き、セイバーが風王結界を解き放つ。
「射殺す(ナイン)――」
「騎英の(ベルレ)――」
「約束された(エクス)――」
黒い巨人が吼える。俺は勾玉の護符としての力をさらに発揮させる。
「百頭(ライヴス)――!!」
「手綱(フォーン)――!!」
「勝利の剣(カリバー)――!!」
三つの宝具の一撃を受け、黒いヘラクレスが散った。
Interlude
轟音が聞こえてきた。恐らく雑種どもが何かと戦っているのだろう。
気にならないわけではないが、好き好んで死ぬような連中でもない。
木にもたれて座りこむ。王たる我が無様なことだ。
無様だが。
目の前にかつての無二の親友の姿が浮かんだ。次いで、あの家の面々が浮かぶ。
我にはあの空間に居る訳にはいかん。我が食らっているのは奴らの同胞だ。
目の前に、長身の黒服の男が姿を見せた。
「ギルガメッシュか」
「言峰か」
その後ろに居るのは、アイルランドの御子か。
「言峰、こいつは・・・」
「10年前より契約を続けている我が同胞だよ」
腹の中で唾を吐く。この男がこうまで醜く感じたのは初めてだ。
「言峰、我は教会に戻る。傷を負っているのでな」
「ふむ、そうか」
言峰とすれ違い、その背中に視線を向けた。
「クー・フーリンは開放してやれ。どの道奴らは亡者を砕く」
「ふむ」
「何?」
唯一状況を理解していない槍兵を一瞥する。
だが、いずれ理解するだろう。聖杯かその贋作ならばサーヴァント二人を支えることくらい造作もないだろうしな。
我には片付けねばならぬこともある。
言峰の望み、生まれいずる者への祝福はあの慣れの果てが滅びれば叶う。
贋作の慣れの果てはそう言う存在だ。
そして、それを止めるために奴らはまた走るだろう。
「生きて我の前に立て」
聞こえるはずもない相手にそう言い、痛む傷を抱えながら歩く。
そうすれば、我が友と同列で見てやらんこともない。
そう、内心で続けた。
Interlude Out
第三話:エンキドゥ(4) 完
補足
闇ヘラクレス
Heavens Feel編の汚染されたバーサーカー。
八尺瓊の勾玉
ランク:A 種別:抗呪宝具 レンジ:?? 最大補足:一人
日本の三種の神器の一つ。「やさかにのまがたま」
対呪いの能力に関しては桁はずれで、並の呪いならばあるだけで浄化してしまう。
備考
天照大神が岩戸隠れした際に、大神を呼び戻すために飾られたというのがいちばん有名な伝承。
しかし、勾玉は元々お守りとして生み出されたもので、最高の護符ともいわれています。
この作品ではその勾玉の性質を活かし、その最高の品を選出、「八尺瓊の勾玉」が投影されることになりました。
文書によっては漢字が違ったり読みが違ったりまちまち(汗
アサシン:服部半蔵正成
マスター:バーサーカー
筋力:B 魔力:D 耐久:C 幸運:C 敏捷:A+ 宝具:D
気配遮断:A+
技能
投擲(投具):B(投げるのに適したもの全てを弾丸として放つ能力)
忍術:C(現実では使えないが、信仰のため火・雷・水の三種の忍術を扱う)
心眼(偽):B
カリスマ:D(少数の部隊を指揮する能力)
宝具:無銘の槍(宝具としてのランクは低い。真名が無いため、開放が出来ない)
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:2〜4 最大補足:一個
武士の心得
ランク:A 種別:強化宝具 レンジ:0 最大補足:自分
自らの名前こそが宝具のこの真名。
名乗りをあげた戦闘ではその能力全てが1ランク上昇する。
詳細
一応は忍びだが、実際は槍術使い。しかし、信仰のため忍術をある程度扱えるようになっている。
だが、その一般認識を逆手に取った槍術を活かし、アサシンの名に違わぬ攻撃を繰り出す。
士郎を斬ったのは忍び刀。