剣と鞘、鞘と剣  M;セイバー、衛宮士郎 傾:シリアス 


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1: MAYOU (2004/04/17 15:26:42)[going-way-as-saber at wonder.ocn.ne.jp]

「ッ・・・」
脚が・・・重い。体に力が入らない。一振りの剣を杖代わりにして鉛が入っているかのように言うことの聞かない脚で赤い丘をゆっくりと進む。

俺の体にあとどれだけの魔力が残っているのか、自分でも正直よく分からない。それほどまでに俺は消耗していた。体中に魔術回路を走らせてもそもそもの認識能力が欠損している。ならばこの身がどうなっているのかを確認できないのも道理か。

「ゴフッ」

思わず咳き込み、口元から鮮やかな花が咲いた。内臓をやられたのだろう、この激しい嘔吐感に伴う大量の鉄の味は恐らくは体内の崩壊を意味している。

それはそうだ。

”彼女”の剣を受けたのだ。尋常な被害ですまない事は戦う前から知っていた。

ふと気がつけば袈裟に斬られたこの体は半分になる寸前の体でかろうじてその原型を留めているに過ぎない状態にあった。およそ生き物が活動するのに必要な命の水が際限無く傷口から漏れ、驚異的な回復力を誇る俺の自然治癒をもってしても一向にその傷は修復する兆しを見せない。代わりに刃。

刃が生える

刃が生える

刃が生える

傷口から刃が生える。

何百何千という無数の刃が欠け落ちたこの体の必要要素を補っている。だがそれはまさしく諸刃の剣。
これ以上の負荷は肉体が耐えられない。耐えられなくなった体は有名無名問わず、俺の心を形作る刃によって串刺しにされる。

何故、どうしてこの傷を治癒できないのか。

「フッ・・・」

そこまで考えて思わず苦笑いが漏れた。

それも当然、この傷は”彼女”が付けた傷だから。

かつての”俺”を幾度と無く救った”奇跡”、不死性を思わせる自然治癒。それを支えていたのは彼女と彼女の宝具。恐らくは自己という物が無かった自分が唯一求めて、愛して、そして失った筈の絆を今この瞬間に再び感じている。

これを皮肉と言わずになんと呼ぼうか。考えてみれば自分は、いや自分たちはいつも運命に翻弄されてき
たような気がする。それは英霊の地位にまで上り詰めても変わらなかった。変えることができなかった。

なんて、惨め。

この上なく惨めだ。でも惨めで良かったとも思う。そうでなかったらきっと今の状況は無かったから。

ふと眼前の”彼女”に眼をやる。

血に塗れた剣を携え丘の微かな高みから俺を見下ろす小さな騎士。

俺には”彼女”にかつての面影を見出すことは出来なかった。

白と青。血なまぐさい死地においてさえ満天の青空を思わせた彼女の甲冑は深淵を思わせる黒に彩られており、草原の風を思わせた涼しげな緑色の瞳は闇夜の狼を思わせる無機質な黄金色を携えている。唯一変わらぬ黄金色の髪のなんと不釣合いなことか。

・・・・俺の知る彼女を思い出す。

かつて、自分がエミヤシロウであった昔、彼女は聖杯の呪縛に囚われていた。だが、彼女はその呪縛から解放され、そして自分のあるべき世界へと還っていった。

その美しさを、誇りを、優しさを、弱さを、その全てを憶えている。

あの黄金色の中での別離を憶えている。

あの時の言葉を、微笑を憶えている。

きっと彼女は救われたのだと、そう思うことが出来た。

だから胸を張って生きた。”彼女”が胸を張って自分の時を終えたように、自分の今までとこれからを誇りに思えるように生きていこう、と。

なのに君はここにいた。

背も、髪の色も、肌の色も、エミヤシロウを形作っていたなにもかもが変わってしまっても忘れることの無い愛しい少女。

なのに君はあの気高き美しさをおぞましい影に侵食されながら、文字通り身も心も聖杯に縛られていた。
それが許せなかった。

君があの”彼女”なのか別の”彼女”なのかは分からない。それは問題ではない。
”衛宮士郎”と”セイバー”。”鞘”と”剣”。

二人をつなげる物はそれで十分。

だから戦う。

それだけでこの身は彼女のために全てを懸けることが出来るのだから。






アナザー スパークス ランナー ハイ
〜剣と鞘、鞘と剣〜







柳洞寺地下大空洞。大聖杯本体があるであろうその奥へと遠ざかっていく凛の背中を私達はずっと見ていた。

「・・・凛は行ったようですね。しかしながらあなた方を通すわけには行きません」

漆黒の騎士の冷たい声音でふとこちらに意識を戻す。

私にとってこの展開は予想はついていたことだ。

今の間桐桜にとって都合の良い事悪い事、都合の良い立場の人間都合の悪い立場の人間。

それらを考えるに衛宮士郎をここに足止めするのは当然と言えた。

分身と半身。遠坂凛と衛宮士郎はこの関係にあたる。

勿論、そんな分類は脆弱な人間の認識上の絵空事、情念とも言える独り善がりな概念だがなかなかどうして、それを真実そうであるように振舞うことが出来るのが人間なのだ。

だから例え何があろうとも――もちろん例外はあるが――自身の半身、自分の一部とみなした者をむやみやたらと殺す者はいまい。

それは自身の崩壊にもつながるからだ。だから間桐桜は彼女が彼女である限りは衛宮士郎を殺さないだろう。

が、分身は別だ。もうそれは分かたれたもの、つまり自分とは別物だ。

ならば殺せる。

間桐桜の凛への愛憎入り混じる偏執的な感情と衛宮士郎への独占欲から転じた嫉妬。彼女を殺しにくるであろう実の姉。

動機、状況まで揃えば確実だ。

成るほど、例え血を分けた兄弟であってもにこやかな表情すら浮かべて手を下せるに違いない。

今の間等桜はまさにその状態だ。衛宮邸での様子を見る限り、彼女はかなり危険な状態まで来ていた。アンリマユによる意識汚染と自身の葛藤に耐えられなくなってきている今ならそれは真実彼女の望みとなるだろう。

「・・・セイバー」

衛宮士郎はかつて自分にサーヴァントとして誓いの剣を捧げてくれた少女を見つめる。その目には悲壮ともいえる覚悟が込められていた。

今まで幾度となく手合わせを繰り返しただの一度も届かなかった騎士王。家族と認め共に手を取り合って戦い、そして自分の手の中をすり抜けていってしまった少女。命を救われた事もあった恩人とも言うべき存在。

愛する者を救うためとはいえその彼女を相手にしなければならないのだから当然と言えば当然か。

「・・・・・・・」

傍らのライダーは動かない。全身から張り詰めた空気を漂わせ咄嗟の出来事に対応できる様にしているようだった。

まずいな、と思う。こんな所で時間を食って自分のマスターである凛を放っておく訳には行かない。

アレは、遠坂凛という少女は危うい。

私から言わせてもらえばいつも危うい衛宮士郎よりもここぞと言うときにツメも相手にも甘いあのジャジャ馬な少女の方が100倍は危うい。

間桐桜を殺すと、それが冬木を管理する者の勤めだと。最初はそう言っていた。

当然だった。彼女はこの10年を魔術師として生きてきた。魔術師たらんとするのであれば一人を犠牲にその他大勢を救う選択肢を迷わず選ぶだろう。事実、数日前までは彼女もそのつもりだったのだから。

しかし今は違う。可能であるならば間桐桜の命を優先するだろう。

それが彼女だ。誇り高く、面倒見が良く、魔術師でありながら最後には自分に重きを置くおよそ魔術師とは言えない健全な魂を持った少女。かつての自分が焦がれた、今は仕えるべき、守るべき少女。

「・・・・・」

・・・・・彼女には数え切れない借りがあった。数え切れないものを貰った。数え切れない謝罪が残っていた。故に私はこの身が続く限り彼女の守護者としてその誓いを捧げる義務がある。

だが、それでも私はこう言わねばならない。

「先に行け、衛宮士郎。お前が戦うべきはセイバーではない」

私は一歩自分よりも前にいる背中にそう言葉をかけた。

「アーチャー・・・?おまえどういう・・・」

ゆっくりと振り返る赤毛の少年。とまどったようなその眼を真正面から見据える。

「セイバーとは私が戦ってやるからライダーと先を急げ、と言ったのだが?理解できなかったか?」

馬鹿か?貴様は、というニュアンスを含めたイントネーションで紡いだ言葉はしかし、衛宮士郎には上手く作用してくれなかったらしい。

「ば、そんなこと出来るわけないだろうが!?お前一人でセイバーに勝てると思ってんのか!?」

「さてな。やってみなければわからん」

全く、これも予想に入っていた事だがやはりコイツは私の提案に異議を唱えてきた。かつての自分だから次の行動、言動は突発的な物まで含めてある程度予想しうるのだが、それゆえに酷く煩わしい。もう少し物分りが良くても良さそうなものだが。いや、これは遠回しに自己批判に繋がるのでこの辺で止めておこう。

「やってみなければわからん、じゃないだろう!お前一人を置いて行くなんてそんなことできるか!」

「愚か者が。冷静に我々の利害を考えてみろ。ナイトを相手にここで三人足止めを食うよりも持ちうる手駒でキングを獲った方が手早く、確実だ。お前が間桐桜を救いたいというのならばそれが最善の策だと思うが。間桐桜を救うためには時間が無いのだろう?」

「ぐ・・・ぬ・・・」

「・・・・・・」

反論したくても反論できないのか衛宮士郎はこちらをにらめ付けながら押し黙った。
ライダーは押し黙ったまま私たちの様子を見守っている。なにか言いたげなその顔にはどこか納得できないかのような色が浮かんでいた。

「だいいちキングのすぐ傍にはアンリマユという最悪のクイーンが控えている。第二魔法の加護があるとはいえそんな処に凛が一人で乗り込んでいったところでどうなるというのか。」

「だけどそれじゃお前が・・・」

「心配無用だ。もとよりこの身はサーヴァント。どのみち朽ち果てるのならば主のためにその命を捧げようというものだ。」

・・・・嘘だ。凛は守る。それは絶対だ。彼女を見捨てるなどエミヤには決して出来ない。

だが、今この瞬間に俺が命を捧げるのは、捧げたい相手は、違う。主に忠誠を誓いながら胸に抱く想いは愚かな一人の男としての想い。求める物は遠い昔から抱き続けるたった一つの温もり。

だからこれは主への裏切り行為だ。

せめて、せめて凛の命だけは衛宮士郎とライダーに守ってほしかった。守る、とそう誓った誓いだけは守りたい。例えそれが他者に依るものだとしても、私にはもうその資格すら無いのだから。

「お前が死んだら・・・・遠坂が悲しむ」

「・・・・・・」

知っている。カンの良い彼女の事だ。きっと凛は衛宮士郎と私の関係に気づいている。それに気づいていてなお彼女は私の存在を・・・私が私である事を認めてくれた。もし私が消えれば彼女はきっと悲しむだろう。

いや、悲しんでくれる。裏切りと言う不貞を働くこの私でさえも、彼女は大切にしてくれていたから。

でも、ゴメン。

俺は衛宮士郎だから・・・・。彼女を救えずにいることだけは我慢出来ない。幾星霜の時を超えて歩み続けて来たこの魂は、きっとあの月の輝く夜から彼女と共にあるのだから。

・・・・・だからゴメン。君を裏切ることになろうとも今ここで”彼女の味方”を止める事はできない。

湧き上がる謝罪を胸に押し込め、俺は出来る限りの意思を込めて衛宮士郎を見つめた。

「いいか、衛宮士郎、お前がやっている事は間違っている。いや、正確にいうならばこの場に残っていること自体が間違いなのだ」

「なっ!?」

何を突然、といった表情の衛宮士郎。

「自覚しているのだろう?お前は悪だ。なら今更中途半端な正義も哀れみも振りかざすな」

そう、悪を選んだのなら一つの道を進むしかない。

「・・・桜を救うために世界を敵に選んだのだろう?ならば間桐桜を救う事はあっても他を救うことなど出来はしない。第一お前がここで残って誰を救う?俺か?セイバーか?ライダーか?」

「・・・・・・」

衛宮士郎は押し黙ったままだ。俯き、俺の罵倒とも言える言葉にじっと耳を傾けている。

「お前に救うことが出来る者は誰一人としてここにはいない。・・・だがそれでも。誰かを救いたいと思うのなら行け、といっているのだ。正義の味方を放棄した貴様でも間桐桜の他に凛を救うことくらいは出来るかもしれん。それだけでも悪者のお前にとっては十分すぎる役得だと思うが?」

「・・・・・」

そう、悪か正義か。それらは否なるものであってその実とてもよく似ているもの。ならば我等の選んだ道が違えども、その生き方はきっと同じ。

傷つき、大事な物を何もかも零していって・・・・・それでも最後に残された夢を追い続ける。そしてその道に救えるものがあるのなら救ってみせる。

それがエミヤシロウの生き方、魂のあり方だ。だからこの少年がきっと頷いてくれると信じていた。

「・・・任せていいんだな?」

「ああ」

ハッキリとした口調で返事をする。・・・衛宮士郎の返答に自分でも驚くほど心が充実している。むずがゆい喜びに近い気持ち。

フッ・・・やはりエミヤシロウはこうでなければならない。

ついつい浮かんでしまう微笑を堪えながら数歩歩みだし背中越しに決意を伝える。

「・・・任せろ。セイバーは、私が救う」

そう、我々の進む道が同じなのだから私がここで俺に戻っても・・・・・セイバーの味方として残っても・・・・・セイバーの味方として残っても、それはきっと悪い事じゃないよな?士郎。

2: MAYOU (2004/04/17 15:37:24)[goimg-way-as-saber at wonder.ocn.ne.jp]

どうも、SS初投稿のMAYOUと言います。この話は作中のタイトルにあるようにスパークスランナーハイのアナザー物、一種の平行世界で繰り広げられている物語のつもりで書きました。
分類に衛宮士郎と書いてありますがこの物語に出て来るアーチャーはセイバーED後の衛宮士郎のその後と言うつもりで書きました。
じつはこの話は全中後編の三部構成になっているのですが初投稿と言うことで舞いあがりすぎてしまい、前編も何も表記せずに投稿してしまった次第です。
中途半端に終わってますがこの話は続きます。
良かったら感想などを頂けると参考になります。駄文ではありますがよろしくお願いします。


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