どん…どん…どん…
破滅を撒き散らすように揺れる床、破壊の権化とも思える相手が迫りつつある
トレース・オン
「----っ、強化、開始。」
身近にあったポスターを手に取り、精神を集中。ポスターの性質を解析し、そこに力を流し込む----
「くぁ…っ…成功した。俺って本番に強いみたいだな。…って、自己満足してる暇なんてないか。ったく、何でこんな事になったんだろうな…」
それは、数時間前に遡る----
戦塵の風 1、終わりの始まり
「ふぅ。これで一成の頼みも終わったか…そろそろ帰らないと、藤ねえが大変な事になりそうだ。」
とぼとぼと夕暮れの校舎を背景にしながら歩き始める
既に時刻は18:00過ぎ、そろそろ帰り始めなければ帰りつく頃には藤ねえだけでなく、桜まで怒髪天を突く事になりそうだ
工具を片付けた後、近道をする為に体育館から渡り廊下に向けて歩く
一成が居たら『中庭を上履きで歩くとは何事だっ!喝!』とか言われてるだろうなぁなどと他愛も無い考えを廻らせながら歩き始めた時
何処からとも無く薄氷が割れるような音が響いてきた
「ん…?硝子が割れる音か?」
しかし、その音は絶え間なく聞こえてくる上に段々と激しさを増していっている
何となく。本当に何となくだったのだが、音の鳴る方へ歩き始めた
それが、非日常への第一歩だった
その音源が運動場と分かり、そこを眺めた時。その瞬間に自分の失敗を悟った
青い槍兵と赤い剣士が人間にはありえない速度で殺し合いをしていた。
殺し合い----そう、それは神秘的なまでな神々しさを纏い、一進一退の命の削りあいをしていたのだ。
鬼神の如き速さで突きを繰り出す神速の槍兵とその速度を物ともせず、槍に比べて心許無い2本の短剣で全てを捌く剣士。
2人の争いに----特に、剣士の持つ2本の短剣に----心を奪われているうちに争いは間奏に入っていた
数メートルを挟み睨み合いながら、幾許か言葉を交わしている。と、その会話の途中に槍兵が構えを変える
凄まじいまでの冷たい殺気を体から漂わせる、その殺気を槍が吸い込んでいるかの用に周囲の温度は下がっていく
「あ-----」
恐怖より先にたったのは『赤い剣士は勝てない。次に槍が放たれたら負ける』という、よく分からないものだった
しかし…
「誰だ!?」
青い槍兵がこちらに気付く。逃げなくてはいけないのに、その視線に込められた殺気に身動きが出来ない
「あ…あ…」
槍兵が一歩を踏み出す
「うわぁぁああああああああ!!!」
その一歩で否応無く分かってしまった。彼は俺を殺す気だ、逃げなくては逃げなくては逃げなくては逃げなくては逃げなくては逃げなくては……
心の奥底で逃げれるわけが無いと理解はしていた。だが、逃げなくてはの一心で駆け出す
遮蔽物の無い外を走り回るよりも校舎の中へ!
ひたすら走った、走った走った走った走った…でも、終わりはやってきた
「もう良いだろ?追いかけっこは終わりだ。本当はこんな殺しは嫌なんだが…あの場に居た自分の不幸を呪ってくれ」
あぁ----ここで、エミヤシロウはこれで終わるんだな……
冷たい死神の刃は、音も無く彼の体の真ん中を貫いた
「凛、どうする?このままではあそこに居た奴は死んでしまうぞ」
赤い剣士が口を開く、あまり興味の無さそうな口調ではあるが、凛と呼ばれた少女は正気を取り戻せたらしい
「アーチャー、ランサーを追って!この学校の生徒は巻き込ませるわけにはいかないわ…っ!」
喋り終わらないうちに少女は駆け出した、ちらりと見えた少年、衛宮 士郎を殺させない為に
「全く…サーヴァントが動き出す前に走り出す馬鹿なマスターが居ようとは…驚きだな」
アーチャー
嫌味を吐き出す弓兵と呼ばれた赤い剣士に反応することさえも忘れて彼女は必死に走っている
「アーチャー、嫌味を言う暇があるのならランサーを追って!私なんかに合わせている暇は無いでしょう…!ったく、アイツは何でこんな時間に学校に居るのよっ」
彼女の叱責に答える用に疾走を開始するアーチャー。しかし、彼女には彼の結末が分かってしまっていた
ランサーとアーチャーではランサーの方が俊敏だ。スタートで出遅れた事等も考慮すれば、生存は絶望的だろう。下手すれば既に…
「衛宮君…私のせいで貴方が死ぬなんて許さないんだから…っ」
アーチャーの後を追い校舎に走り込む…
捜索自体はすぐに終わったらしい後者の2階、廊下の真ん中で血の花と化している彼を見つけたとアーチャーからの思念が届く
2階にたどり着いてみれば、そこは正に血の海だった
「…アーチャー、ランサーは?」
言葉も無く首を横に振る。予想通り追尾は失敗したらしい
「くっ…私とした事が、良い所がまるで無いじゃないっ…学校の人は巻き込まないと決めたそばから巻き込んじゃうし、ランサーの追尾も呆然としている間に機を逸しちゃうし…」
唇を強く、強く噛み締める。私の判断さえ遅くなければ、後半はともかく前半は何とかなったかもしれないのだ
「凛、後悔をする前に命令を。今ならまだランサーの尻尾を掴めるかもしれないぞ」
気落ちする少女を見ていられなかったのか、アーチャーが声をかける
「…そうね、サーヴァント同士なら多少離れていても感じることが出来るはず。今からランサーを探してみて。ランサーを倒せとは言わないけど、マスターが誰かを探るくらいは出来るでしょう」
そう、この程度のことで止まるわけにはいかなかった
この私の、「遠坂」名にかけて
「ぅ…ぁ…」
呻き声がすぐそばから聞こえる
「衛宮君!?生きているの…?」
よく観察してみると、呼吸はほぼ停止しているみたいだが、多少胸は上下している
心臓が潰されてしまっている為死んでいると勘違いしてしまったらしい
「くっ…この傷じゃ修復も間に合わない。でも…これを使えば…」
凛の顔が苦渋に染まる
これと呼ばれた物は真紅の鏃のような形をした1つの宝石だった
代々遠坂の家に伝わってきた秘宝だ、これを使えば間違いなく彼は助かるだろう
「でも…これは…」
尚も苦渋の顔色が変わらなかったのだが
「ぁ…ぅ…と…さか…?ど…た…?」
どうやらぼんやりと意識が戻ってきたのか、士郎が凛の存在に気が付く
自分の状態が最悪だというのに、彼は凛の苦渋に染まった顔を見て彼女を優先したらしい
「あんたはもう黙ってて!良いわ、使ってやろうじゃない。こんなもの無くたって私が最強だって証明してみせる----っ」
「ぅ…あ…れ…?遠坂が居たような気がするんだが。確か俺、青い槍兵に胸を貫かれて…っ!?」
慌てて胸元を確かめる
血糊でべったり真っ黒に染まっているが、傷は無い
しかし、その傷があった証拠に廊下は一面血で染まっている
「それにちょっと貧血だし。えっと…ここの片付けをして家に帰らないとだな」
なぜそんな事を思ったのかはよく分からないけど、廊下を綺麗に拭きその場にあった細かい小物を拾って家路に着いた
家に帰り着いた時には既に誰も居なかった
藤ねえと桜は既に帰ったのだろう、置手紙があった
『夕御飯はラップをかけてます、温めて食べてくださいね。 桜より P.S 今日の事はきっちり説明してもらますので。』
『士郎のばかーーーーー 藤ねえより』
「あは…桜らしいな、全く。それにあのタイガーめ、一言だけでしかも馬鹿とは何のつもりだ」
苦笑しながらも日常に帰ってこれたことに安堵していた
がらんがらんがらん
「----っ。結界が…!誰かが来る」
強化され、鉄くらいの硬度はあったポスターは2.3発で切り裂かれた
瞬間的に強化させた鉄パイプも通じず、土蔵の中まで蹴り飛ばされた
死神の足音はすぐそこまで迫っていた
「く…は…ぁ…」
辺りを見回す、幸い土蔵の中は普段から色々と持ち込むので時間稼ぎになりそうな物は多い
手当たり次第に強化をかけようと試みたその時。土蔵の中は眩いまでの漆黒に包まれた
例えようの無い温かな暗闇に包まれている。その中からやけに懐かしい感じのする女性の声が聞こえてきた
「…へぇ。今回のマスターは貴方だったのね、まぁ取り合えず説明は置いとくわよ。今は外の奴をどうにかしないといけないから」
外の奴とは恐らく先程まで執拗に狙ってきていたランサーの事だろう
「そういえば、何でまだ入ってこないんだ…?」
その言葉が聞こえているのか、居ないのか彼女は黒衣を靡かせながら土蔵を出た
自らも外へ出ようとする。しかし、相手はあのランサーということに思い当たり、手元にあった木刀を強化し、外に出た
「待ち侘びたぜ。お前があいつに召還されたサーヴァントか?」
外に一歩踏み出してすぐに相手から言葉が飛んでくる
堂々と隠れもせずに正面に立っている英霊、青い槍兵を冷たい視線で眺めやる
「で、だ。お前、何者だ?」
ふ、と自分でも嘲笑ではなく純粋におかしくて出てきた笑いと分かる笑みが浮かぶ
「ランサー…いえ、アイルランドの貴公子さん。名乗る時は自ら名乗るのが礼儀よ」
周囲の温度が一気に下がる、ランサーが槍を構えなおしたのだ
「お前は俺の正体を知っているらしいな…貴様は生かしてはおけん、その心臓、貰い受ける----」
槍が周囲の魔力を吸収し始める、一瞬脈動をした槍を構え、その槍を突き出した
ゲイ ・ ボルグ
「----刺し貫く……死棘の槍」
ゲイボルグ。アイルランドの光の神ルーの息子、クー・フーリンの持つ魔槍の名称だ
そう、それは魔槍だった。形状は奇妙なまでに捻じれ、物理法則、万有引力の法則、質量保存の法則等、様々な法則さえも超越し、槍が迫る
「ふふふ…無粋な人。女に向かってこんな槍を使うだなんて、貴公子失格ね」
黒衣の女は片手を正面に向け…漆黒の影で出来た剣を取り出した
「はん。そんな剣程度で防げるほど俺の槍は甘くねぇぜ…一度狙った獲物ははなさねぇ!」
何度も何度も剣で払うが、槍の猛攻は止まらない
弾かれれば弾かれた分を槍自身が軌道修正し執拗に心臓だけを狙う
「しつこいわね。でも、貴方がこちらに気を取られていてくれたから準備は終わったわ」
周囲がざわざわと騒がしい。そして、先程まで感じていた夜風等が完全に途絶えていることにランサーは気が付いた
胸騒ぎを感じたのだろう、咄嗟に口を開くが…
「女、お前何を----」
ランサーは最後まで言葉を続ける事無く、その場から消滅した
それと同時に彼女を狙っていた槍も消滅する
全てが終った後、彼女のマスターとなるべき人物が土蔵から出てくる
「ランサーはど…こ?あれ…?」
「もう終わったわよ、我がマスター。…塀の向こう側に不審者が居るみたいだからちょっと行って来るわ」
と、いうやいなや彼女の姿が視界から消える
「あ、ちょっと待って!せめて名前…消えた?」
跳躍したのだと気付いた時、塀の向こう側から聞き覚えのある声が聞こえ、急いでそちらに移動した
「遠坂の声…?」
奇妙な出会いの余韻も覚めやらぬ間に新たな出会いが重なろうとは、この時の俺にはわかるはずも無かった
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んっと、ネタがちょっと在り来たりかもしれません。
一応3部作にするつもりです、2でどんぱちやって、3で締めくくります。
設定がありえない所も多少ありますが、処女作『ある晴れた日に』に次ぐ第2弾なので多少目を瞑ってくれると嬉しいです。
いつもと同じ時間に目が覚めた
ちゅんちゅんとスズメの鳴き声が寝起きの頭に優しい
「さて、今日も一日頑張るか」
戦塵の風 2、邂逅
いつもの通りに朝食の準備を始める
今日は桜がまだ来ていないので、久々に自分ひとりで朝の厨房に立つ事になる
「ふ…よっ…はぁっ…と。これと付け合せのサラダを作って、メインは焼き魚だな。味噌汁は…ちょっと薄めにするか」
などといつもの様に独り言を言いながら料理を作る
片手にフライパンを持ち、職人芸とも言える域まで到達した手捌きで玉子焼きを作りあげる
中は半熟、外はこんがり、心持入れた砂糖がアクセントの玉子焼きが見る見る内に完成
後10分もすれば桜も藤ねえも来るだろうからちゃちゃっと終わらせとかないと
「…おはよ。朝、早いのね」
俺の日常はまたもや吹き飛んだ
昨日の夜に起こった出来事がフラッシュバックする…
悲鳴の主はやはり遠坂だった
黒衣の美女----彼女本人にはセイバーって呼んだら?と曖昧に名前をはぐらかされた----の影の剣を首筋に突きつけられていた
さらに、遠坂の背後にもアーチャーと呼ばれていた昨夕の赤い剣士が佇んでおり、かなり険悪な雰囲気だったのだ
セイバーを必死に宥め、遠坂の機嫌を取り、ようやく1段落着いたと思った
しかし、セイバーが遠坂に『そこのお嬢さん、私のマスターに今の状況を教えてあげて。何も分かってないと思うから』と言い残して半霊化したため、急遽外出して色々説明を受けたのだ
それが終わったあとにもまた揉め事が----
「マスター、どうする?私としては参加さえしてくれれば、目的はどうであれ満足なんだけど」
遠坂に協会まで連れて行かれ、言峰とかいう名前の怪しげな神父に今の状況に付いて色々とレクチャーを受けた
正直理解できなかったし、したくも無かった
「うん、セイバーの期待には応えれそうだ。俺は聖杯戦争から逃げない、こんな馬鹿げた事に巻き込まれる人を無くす為に俺は戦う。勿論、降りかかる火の粉は払うけどな」
その応えにセイバーは満足そうに頷く
横を歩く遠坂は険しい顔でセイバーを睨んでいるが、セイバーの『可愛らしいお嬢さんね』的な視線に押され、いまいち迫力が感じられない
「そういえば、遠坂もマスターなんだよな。確か赤い双剣士…」
全てを言い終わる前に幼い声が割り込んできた
「お兄ちゃん、来ちゃった」
あどけなく笑う少女がこちらに向かって呼びかけてきた
その少女は見た感じ小学生で、色は白く白人といった感じの印象を受ける。他には、アルビノ体質なのか虹彩は赤く髪は白い
贔屓目に見なくとも可愛い部類に入るだろう女の子だが、その存在を全てぶち壊している者が居た
身の丈は恐らく長身の士郎やアーチャーの数倍、体重にいたっては数十倍と言われても信じるだろう
その巨漢が少女の護衛のように背後に聳え立っている
手には士郎程の大きさを持つ斧剣を下げている
「えっと…お兄ちゃんって俺?」
当たり障りの無い質問を返す、恐らく彼女の後ろに居るサーヴァントが暴れればこちらの情勢では即死に繋がるだろう
セイバーにそれとなく視線を送ってみるが、彼女は悠然と微笑むだけで何も返しては来ない
「うん、そうだよ♪あ、でも今日は遊びに来たんじゃ無いの。私もマスターだよって挨拶しようと思って来たんだよ」
笑顔でとんでもない事を口走る
「----っ。俺は、衛宮、衛宮士郎って言うんだ。君は?」
今戦闘することだけは避けなくては、その一心で話題を逸らす
遠坂も同じ事を思っているのか、ひたすらこちらを観察している
「エミヤシロ…?私はイリヤスフィール=フォン=アインツベルン。そこのお姉さんは分かるよね」
口調が突然冷たくなる
全員の視線が遠坂に突き刺さり『お前何したんだ!?』と視線で問いかける
「と、取り合えず俺は衛宮 士郎だ。それじゃ笑み社になっちまう、えっと、イリヤで良いか?」
白い少女はびっくりしたように表情を固め、そのままこちらを凝視する
今度は士郎に視線が集まる
「え、えと…!いきなり呼び捨てじゃ駄目だよな!えっと、アインツベルンさん?とかイリヤスフィールちゃんとか!」
くすくすくすと少女の純真無垢な笑い声が3対のペアの間を流れる
「イリヤで良いよ。私も士郎って呼ぶから。うん、今日は士郎に免じてこのまま帰るね。じゃあね、士郎!」
白い少女は上機嫌に歩み去っていく
先程までの重苦しく、潰されそうな緊迫感が薄れていき、皆で安堵の溜息をついた
「衛宮君、今の、子が、誰か、じっくり、説明して、くれますよね?」
かなり頭にきているのか、言葉が単語ごとに区切られている、セイバーも余程頭に来たのか、零下の眼差しを向けてくる
俺、何か悪いことしましたか?…生きて朝陽が拝めたら良いなぁ…
そして、衛宮家に帰宅(遠坂も勿論同行)してから2時間ほど質問攻めを受けた
質問攻めが終わった頃には夜も更けに更けていたので、遠坂は家に帰らずに客間に泊まった
という事があったため、遠坂が家に居るのは当たり前で、でも遠坂はパジャマで、ただ寝起きが悪いのか凄い顔をしていて…
「ぷっ」
思わず噴出してしまった
見る見るうちに遠坂の顔色は険悪になっていく
これはやばいと本能的に感じ始めた時にナイスタイミングで他の声が割り込む
「おはようマスター。朝食か…私にも手伝わせてくれる?こう見えても料理は得意よ」
と、男なら誰でも…いや、女でさえも見とれるような笑顔で挨拶を交わす
「お、おはよう、セイバー。料理はもう焼き魚を焼くだけだし、御飯が炊けるのを待つだけだから気にしないで良いぞ。----あ、後お前達の分も作るから食っていけよ?」
セイバーは当たり前じゃないといった風で頷くが、遠坂はあまり気乗りがしないらしい
朝は飯抜きにするタイプなのかもしれないな、と自分なりに考えをめぐらせていると、玄関が開く音が聞こえてくる
どたどたどたどたどた!
この足音は藤ねえだな、昨日のことでご立腹状態って所だろう
「おはよう士郎!昨日何処に行ってたの!?朝帰りなんて先生感心しませんよ!」
入ってすぐから半ば暴走気味のタイガー、その飢えた虎にとって遠坂とセイバーは絶好の獲物、もとい絶好の標的だったのだ
「何で遠坂さんがここに居るの!?それに私の知らない人までっ…あんた達が私の可愛い士郎を誑かしたのね!でも、士郎は私の事を藤ねえって慕ってくれてる内には貴女達みたいな人にあげないんだから!」
後半は支離滅裂になりながら雄叫びを上げるタイガー、もとい藤ねえ。そろそろ止めないと俺の命が危なさそうなので仲介に入るとしよう
「藤ねえ。遠坂は昨日勉強を教えてくれたんだ。俺から声をかけたんだよ、こいつ勉強できるからな。んで、こっちの藤ねえの知らない人は親父が旅先でお世話になった人の家の娘さんで、フィリス=ルーナさん」
早口で捲し立て、2人にアドリブを促す
「藤河先生、衛宮君のいう通りです。私は衛宮君がどうしても、というので勉強を教えて差し上げたんですよ」
「大河、貴女の事は切継より聞いています。ルーナと呼んでください」
アイコンタクトが通じたのか、2人は同時に口を開く
「うぅぅぅ…でもでも、勉強教えてもらったからって泊まってもらう必要はあったの?」
どうやらセイバーについては反論出来なかったのであろう、遠坂を集中で責めてくる
切り替えされて言葉に詰まりそうになったが
「藤河先生、衛宮君は努力家ですので長時間勉強なされていたのです。12時を過ぎてから追い出すのも人情に欠けるのでは無いでしょうか?」
と、フォローを入れてくれる
これには流石の藤ねえも反論できずに沈黙する
しかし、俺には今の会話よりも気がかりだった事がある
「藤ねえ、桜は?今日も寝坊か?」
質問を聞いたと単に藤ねえの顔色が曇る
恐らく、口止めされている情報なんだろう、だが俺は聞かないわけにはいかなかった
藤ねえはしばらく視線を宙に彷徨わせておろおろしていたが、意を決したのか、口を開く
「これは誰にも言っちゃ駄目だよ。昨日の夕方から、桜ちゃんと慎二君の行方が分からなくなったの」
居間に沈黙の帳が下りる
何があったのか、桜は無事なのか、慎二は何処へ行ったのか
色んな事が頭の中でぐるぐると混ざりあい、言葉が出てこない
セイバーはこの事実を知っていたのか、平然としていたが遠坂は俺と同じように固まっている
桜、桜、桜、桜…
たった2日逢ってないだけだったが、それが自分にはとても大きな穴に感じられる
朝、おはようございますと微笑む桜。俺の隣で一緒に朝食を作る桜。はにかみながら先輩の料理美味しいですねと言ってくれる桜
逢いたかった、胸を焦がすとはこの事だろう、今にも叫びだしたい衝動に駆られる
「大河、安心して下さい。慎二は分かりませんが、桜は無事です。士郎も落ち着いて、堂々としてないと男らしくないわよ?」
思わず赤面する
自分の失態におろおろしていた為、この時セイバーの顔に暗い翳がよぎったのに気付く事はなかった
朝から衝撃的なニュースから始まった為、授業に全く身が入らない
しかし、光陰矢のごとしとはよく言ったもので、気付けば放課後だった
夕焼けで赤く染まる教室でぼーっと窓の外を眺めていると、遠坂が教室に入ってきた
隣の席に座り、同じように夕焼けの空を眺めている。どうやら彼女は昨晩俺が寝た後に街に出ていたらしい----と、セイバーが言っていた----何かに遭遇したのか、帰って来た時には精神的にぼろぼろみたいだった
「士郎、1つ提案があるの。私とチームを組まない?昨夜貴方も見たイリヤスフィール、それに私とアーチャーだけで遭遇した黒い影みたいなサーヴァントじゃない何か危険なモノを排除するまでだけで良いんだけど…」
何か言いにくい事を喋っているかのようにもじもじとしている
だが、彼女の提案はとても魅力的なものに思えた
正直な話、こちらから同じ提案を持ちかけようかとも思っていたのだ
魔術師として知識も実力もほとんどない半人前の俺と超一流の遠坂、サーヴァントとして遠距離タイプのアーチャーと近距離タイプのセイバー
恐らく、パーティーとしては理想なのではないだろうか
「ありがとう、遠坂。お前にはあまりリターンが無いのにそう言ってくれて。もちろん成立させてもらうよ!」
1も2もなく肯定する
セイバーは相談位してくれてもいいんじゃない?とかって拗ねるかもしれないが、恐らく反対派しないだろう
さて、チームが成立したならば、現時点で話し合うことはただ1つ
イリヤとその後ろに居た巨漢のサーヴァントの事だ
授業と授業の合間を縫って色々協議したが、対策は見つからなかった…
家に帰りついたときに感じたのは咽るほどの血臭だった
遠坂はすぐに臨戦態勢に入り、アーチャーは実体化する
セイバーは半霊化を解こうとしない、何故だろう?と疑問に思っていたが取り合えず血の元が気になるので慎重に進む
一段と血臭が酷くなったのは居間だった、真紅に染まった畳の上に倒れていたのは行方知れずになっていた桜だった
「桜!おい、しっかりしろ!」
外傷が無い事を確認し、治療キットを取り出したその瞬間
ぱきん…
屋敷の結界が完全に無効化された
「----っ!遠坂、桜を頼んだ!セイバー、打って出よう!インドア戦はこの部屋に防御方法が無いから良いとはいえない、大人数で攻められたら守りきれないからな」
厨房に行き、出刃包丁に自らの力を通すイメージを思い浮かべる
背筋に鉄串が入る、それがずれないように集中する
トレース・オン
「---強化、開始。」
基本骨子解明、解析全工程終了。
「----全強化過程終了。----っ」
全身から滝のような汗が滴り落ちる
背筋から鉄串が抜けていく、今の力量ではたいした強化は出来ないが強化は成功した
この状態の出刃包丁なら3センチ程度まで鉄の板でも楽に切り裂ける威力を持っている。とはいうものの、相手は英霊なので出刃包丁では相手を怯ませる事も出来ないだろう
情けないが、ただの自己満足だ
一拍の間を置いてセイバーと廊下に飛び出る。背中合わせで並んだ2人を取り囲んだのは、薄紫に染まった骸骨の群れだった
「……1匹1匹は凄く雑魚だけど、数が多いと面倒ね…」
影の剣を取り出し、一体、また一体と舞うように敵を蹴散らしていく
15分程度たっただろうか、倒しても倒しても数の減らない敵に辟易としだした頃、背後の部屋から黒い波動が漂い始める
「く…桜、遠坂、無事で居てくれよ…っ。セイバー、一点突破しよう。後3メートルも進めば中庭に出る窓があるんだ、そこから出よう」
背後の気配が生まれる少し前から正面より魔術師特有の気配が生まれていたのだ
「ふぅん。マスター、私はどうって事は無いけど、貴方には辛いかもよ?」
言外に死ぬ気で着いて来いと言い置き、セイバーは疾走を開始する
剣の形をしていた影が突然弾け、正面の敵を全て消し飛ばした
さぁ…ここからが勝負所だ!
赤い弓兵が双剣を振るい、部屋に入ってくる骸骨を蹴散らしている
如何せん相手の数が多い上に桜という足手纏いが居る現状でそう長く持つとは思えない
「アーチャー後どれくらいもつ?」
桜を背後に庇いながら相手の攻撃を紙一重で避ける。相手自体は弱いので現状で使える魔術で撃退できるのだが、やはり人間の身で相手をするのはかなり辛いものがあった
「凛、すまんがもうそろそろ厳しいだろう。元より20分を守りきれるか否かといった程度だったのは知っているはずだ」
双剣を縦横無尽に振り、迫ってくる敵を裁断している
「姉さん…?」
背後から虚ろな声が聞こえてくる
地獄のそこから響いてくるかと思うほど暗く、重い
「桜?目が覚めたんなら貴女も手伝いなさい。周りの状況を理解してくれると最良よ」
キョロキョロと周囲を見渡す気配が伝わってくる
「くすくす。姉さん、もう寝てて良いですよ。お疲れ様」
背後に絶大な闇が広がり、凛は意識を失ったように崩れ落ちる
アーチャーは敵を桜と定めたのか、今にも襲い掛からんと体勢を整えている
「無駄よ。私の血肉となると良いわ」
アーチャーの足元を深淵が覆い…アーチャーという存在は無くなった
中庭には予想通り敵サーヴァントが居た
漆黒の長衣を身に纏い、青白い顔に紫色のルージュを引いている
手に持つ剣は歪んだ形の短剣
「マスター、あの剣の形を良く覚えておいて。貴方にはあれが作り出せるから…今はまだ無理だろうけど、それが必要になるときが来るから」
意味深なセイバーの言葉に答えることも無く、士郎はその剣を凝視していた
「セイバーあれを食らうな。あれはやばい、何か凄く嫌な感じがするんだ…!」
2人を多数の敵兵が囲う
「初めまして、坊やと…セイバー。私は見ての通りキャスターよ。坊やを殺したくなければこちらに来なさい?」
セイバーは首を横に振る
「…そこに居る、昔の弓兵さん。出てきなさい。覗きは感心しないわよ?」
キャスターは気が付いてなかったのか、背後を見上げる
そこには、金色の髪を逆立て、金色の鎧を纏った青年が立っていた
「ほぉ、我の姿に気付いていたのか雑種。しかし、今はお前に用は無い、後ろの館の中に居るモノを殺させてもらうぞ」
悠然と歩き出そうとした彼のその足元が突然漆黒に変わる
「くすくすくす…先輩、どう思います?この人私を殺そうと思ってたらしいですよ。許せませんよね」
透明な笑みを浮かべながら闇を纏い、館から出てくる桜
その間にも金色の英霊は闇に沈んでいく
「貴様…!既にそこま……」
全てを言い終わる前に全てが飲み込まれる
桜はそれを見ても顔色1つ変えず透明な笑みを浮かべ続けている
キャスターと名乗った魔術師が逃亡しようとした
空に舞い上がる
「逃がしませんよ。貴女で6人になるんです。次はバーサーカー、最後は先輩ですから、楽しみにしていてくださいね」
空中に浮かんだキャスターに闇が纏わり付く
闇に取り憑かれたキャスターは力無くその場に崩れ落ち、そのまま闇の中に沈んでいく
「桜…?お前、桜なのか…?そうだ、桜。慎二を知らないか?昨日から何処にいるかが分かってないらしいんだが…」
「はい?兄さんですか?…兄さんならここに居ますよ。私のお腹の中に…」
そこに何か愛しいものでも入っているかのように手で自分の腹部を撫でた
瞬時に何が起こったかを理解する。恐らく慎二は先程の金色のサーヴァント同様に…
桜はもう一度、透明だけど吐き気がするほど綺麗な笑みを浮かべる。それはこの世の全てを拒絶しているように見えた
「桜、貴方は士郎と一緒に私が…いえ、私と士郎と凛で止めます。覚えておきなさい」
セイバーが言った言葉に振り向くこともせず、桜は闇に溶ける様にどこかへ去っていった
「一体…何が…」
暗い闇が心を覆い始めていた
__________________________________
2話目です。
どんぱちやろうと思ったのですが、3部構成が無理になってきたのでお茶濁し(汗)
次で終わります、読んでくれている心優しい御仁様、最後までどうかお付き合い下さいまし(*- -)(*_ _)ペコリ
禍々しい赤色に染まった空間を一人の少女が歩いている
透明な笑みを顔に貼り付けたまま黒い太陽へ近づく
ふと歩みが止まった。足元にはどす黒く染まった地面----かつて兄と呼んでいた人物と祖父という位置づけにあった人物の終着点----を見下ろしている
「兄さんも、お爺様も私を助けてくれなかった。姉さんだって自分の事しか考えてない。先輩は…?先輩は助けてくれますよね?」
暗く濁った瞳を前に向け、再度歩み始めた
戦塵の風 3、終わりなき落日
家の中は酷い有様だった
壁は抉られ、畳はずたずたに引き裂かれている。……窓にいたっては確認さえもしたくないほど割れているはずだ
居間に戻るとちょうど遠坂が目を覚ました所だった
「遠坂、怪我は無いか?」
どこか焦点の合わない眼差しで周囲を見渡している
変わり果てて無残な屋敷とそこらに散らばっている骨の破片----これは時間がたてば魔力の欠片となって消えるだろうが----を見て呆けている
キャスターに何かされたのか、考えたくは無いが桜に何かされたのかと考えを廻らせている時、当の本人が大声をあげる
「士郎、アーチャーは?アーチャーは何処にいるか知らない?」
かなり切羽詰った様子で猛然と聞き寄る
そういえばアーチャーの存在を感じない、セイバーに目線で問いかけるが彼女も分からないのか首を横に振る
魔力の残滓を嗅ぎ取ろうにも俺にはそんな器用な事は出来ないし、何より遠坂とアーチャーは魔力回路で繋がっているので分かるはずなんだが…
「なぁ遠坂。俺達に聞かなくても分かるんじゃないのか?」
言葉を紡いだ途端に彼女の顔がくしゃりと歪む
「分からないの。アーチャーが居ないのよ。何処にも居ないの。何で?ねぇ士郎何で?」
予想しえた最悪の答えが返ってくる
今言ったことが本当なら、既にアーチャーはサーヴァントとして機能していないのだろう
それは即ち…アーチャーの死を意味することになる
聡明な彼女のことだ、恐らく全て分かっているのだろう
俺の胸に飛び込んでくる
「え、うわわわ!ど、どうしたんだよ遠坂!?」
突然の事でうろたえていると、胸が濡れていく感覚と押し殺した嗚咽が聞こえてくる
どうして良いか分からず両手が宙を彷徨っていたが、結局彼女の背中に手をまわす
何と声をかけていいのかも分からないので、ぽんぽんと子供をあやす様に叩いてやる
少し肩を強張らせたが、すぐに緊張も解け成すがままになっている
5分ほどそうしていただろうか、涙も止まり嗚咽も聞こえなくなってきた
「良い雰囲気な所に悪いけど、そろそろイリヤスフィールの所に移動を開始しなくて良いのかしら?桜の次の狙いはバーサーカーと公言してたわよ」
呆れ半分冷やかし半分の口調でセイバーが声をかける
…セイバーさん。視線にそこはかとない悪意と殺意と敵意が見え隠れしている気がするのですが気のせいですか?
遠坂は声で我に返ったのか、敵でも見るような目で数歩後ずさる
今更だが、襲われた少女みたいに肩を抱いている為何故か罪悪感が浮かんでくる
2人して真っ赤になりながらおどおどしていると、埒が明かないと思ったのかセイバーが割り込んでくる
「はいはい、ラブラブなのは分かったから早く正気に戻ってちょうだい。イリヤスフィールが死んでも良いのなら放っておいても良いわよ?」
視線の温度がさらに下がっている事に気付いてはいたが、優先すべきはイリヤの事だ
「遠坂、お前はどうする?もう、お前に戦う術は無いだろう。ここに残るなら残るで俺は何も言わない」
部屋の温度が一気に氷点下まで下がったかの用に寒気が襲ってくる
ぶるりと身震いをして周囲を見渡せば、外の風を遮る物が無い為直接風が当たるのだろう
遠坂とセイバーに毛布を持ってきてやろうと思って席を立つ
最短で自分の部屋まで毛布を取りに行き、2枚ほど綺麗な毛布を見繕う
居間に戻ると中でセイバーと遠坂が話をしている途中だった
「凛、士郎の言うとおりここで残ってくれても構いません。私としては付いてきて欲しいのですが、マスターがそれを認めないのなら私は従います」
廊下まで筒抜けだったのでその場に立ち止まる
セイバーは終始貴女に任せますと言っており、遠坂はそれにぼそぼそと小さな声で二言三言返答をしているらしい
これ以上ここに居た所で進展も無いだろう、そろそろ体も冷えてきたし、これを届けるとしようか
「衛宮君、お帰りなさい。貴方にさっき言われたことを考えてたんだけど、貴方は遠回しに私を足手纏いと言いたいのかしら?」
部屋に入った俺を出迎えたのは涙の後の残る遠坂 凛では無く、とびっきりの笑顔を浮かべた赤いアクマだった
先程までの態度と今の態度の変化もそうだが、学校での遠坂 凛という理想像が粉々に砕け散るほど驚異的な笑顔だった
「え、いや。足手纏いとかそうじゃないとかじゃなくてな、お前の身を守ってくれる人は居ないんだから、安全を考えたら来ないほうが良いんじゃないかと思ってだな」
その笑顔の迫力にしどろもどろになるが、言いたい事は全て伝える
「要するに、私が守ってもらわないといけないほど弱いと?」
こちらの心配も何のその、赤いアクマの追求は終わらない
それから5分ほど問答を続けたが、セイバーもアクマの味方なのか正直勝ち目が無いのでこちらが折れる
「分かった。一緒に行こう、遠坂。…違うな。遠坂、一緒に来てくれるか?」
一緒に行こうではなく一緒に来てくれ、連れて行くのではなく一人の戦力として付いて来てくれるのか最後の確認を向ける
勝気そうな笑みを浮かべ、今まで見た中で最も魅力的な表情を浮かべる
「うん、最後まで手伝わせてもらうわね」
こうして、マスター2名とサーヴァント1名の変則パーティーは最後の戦いを終わらせる為に衛宮の家を出立した
イリヤの住む土地は街の郊外、森の中だった
衛宮家から郊外までは車でも片道2時間程度かかるので、大急ぎで車を調達しなければならなかったが、遠坂が言峰に連絡を取ると本人も同行するという条件で車をだしてくれた
こうして計4名となった士郎とその一行は、森の入り口やるべき事を決めていた
「セイバー、悪いんだがお前には桜とバーサーカーが争っていた場合バーサーカーの援護をして欲しい」
最も大変な仕事だが頼んでいいか?という言葉を言おうとするが、その言葉はセイバーに遮られる
「分かったわマスター。確かに大変だけど、私が単独行動を取っていいのなら受け持つわよ」
単独行動を取るといった意味は良く分からなかったが、取り合えずそれは置いておく
「ありがとう。それじゃあ遠坂と言峰何だが…イリヤの救出に向かって欲しい」
2人は大した反論も無かったのだろう、即座に頷く
「俺は桜がバーサーカーとイリヤを襲う前に説得してみようと思う。それに失敗したら二人と一緒にイリヤを連れて逃げる」
この意見には反論が盛りだくさんだった
曰く『桜は魔術師として踏み出してはいけない場所に踏み出した。だから、罰しないといけない』
曰く『既に篭絡するものでもなかろう。無駄なことをやってどうする』
もっともな意見だとは思ったが、こればかりは止めるわけにはいかなかった
確かに、桜が何故魔術師なのか、桜が何故聖杯戦争に加担しているのか、何故桜のことを遠坂が知っているのか。不振な所は多々あった
だが、そんなことは些細な事だった
俺は桜を助けたい、桜と共に衛宮の家に帰るんだ
3人の言い合いをどこか羨ましそうな眼差しでセイバーが眺めていることに誰も気付くことはなかった
イリヤの住む家は正に居城と言うべき場所だった
中世の貴族が今でも住み込んでいそうな感じの古城で、朝焼けの中や夕焼けの中に佇んでいれば恐らく優美で荘厳な雰囲気を醸し出すのだろう
しかし、現在のイリヤ城は壁面の所々に巨大な穴が口を開けており、ずん、ずんと時折響いてくる破壊の音が全てを台無しにしていた
「イリヤスフィールはここまで連れてきます。だからここで待機していて、良いわね?」
セイバーの声も何処か遠くからぼんやりとしか聞こえてこない
桜と思いたくは無かった
心優しく、時折嫉妬深くて、器量は抜群で、料理も一年前に比べると大進歩している。そんな桜が俺は好きだった
そう、衛宮 士郎にとってこれは悪夢に他ならなかったのだ
士郎に伝えても無駄だと理解したのか、セイバーは凛に伝えて走りだす
その後を言峰が追っていったが、そんな事は俺の頭には入ってこなかった
「…やはり貴方は付いてきたわね、言峰神父」
セイバーの言葉には驚きは含まれて居ない
むしろ当たり前と言った風に呟く
「お前に聞いておかねばならんのでな。…お前はむしろあれに近いものであろう、何故凛や未熟者の肩を持つ」
こちらを伺うのではなく、全てを見通そうとする眼差しを向けてくる
「貴方が人を壊す事でしか幸せを感じられなかった、私はそうじゃなかった。それだけよ」
後の質問は全てを拒否するように疾走の速度を上げる
城内が近づいてくる
破壊音と共に地面が崩れるかのような振動が伝わってくる
正門をくぐると、そこは正に地獄絵図だった
漆黒に取り憑かれた金色のサーヴァントがバーサーカーと戦っていた
バーサーカーの周囲を見れば、戦っているモノは金色のサーヴァントだけでなく同じように漆黒に憑かれたサーヴァントが争っている
「…もう、ここまで来てしまったのね。仕方が無いわ、言峰神父はここで待っていて。イリヤスフィールは私が連れてくるから」
イリヤの姿をバーサーカーの後方に見つけたセイバーは今までとは比較の出来ない速度で疾走を開始した
「■■■ー!!!■■■■■!!」
大地を揺るがす咆哮を上げ、バーサーカーが周囲の敵を蹴散らそうとする
しかし、その体は敵と同じく半ばまで漆黒に纏わり憑かれていた
「バーサーカー…もう良いよ。もう止めて…」
イリヤは顔を歪めながら唇を噛み締め、必死にバーサーカーを止めようとしている
既に何もかも諦めているような雰囲気で礼呪を発動させようと目を瞑る
「イリヤスフィール。諦観は愚か者の結論よ、最後まで頑張りなさい。バーサーカーが何の為に貴女の命令を無視してまで戦おうとしているのか考えたかしら?」
イリヤの目が驚愕に開かれる
彼女の力は遠坂をも上回る魔術師の力なのだ、それが目の前に来るまで存在を感じられなかった。それが何を意味するかを理解する前にひょいと持ち上げられる
「舌を噛まない様に口を閉じておいて。…バーサーカーの末路が見たくないのなら目も瞑っておきなさい」
セイバーがイリヤを連れ出した事に気付いたバーサーカーは歓喜の咆哮をあげ、自らの主である小さな少女を見送った
「くっ…キャスター、セイバーを止めなさい」
桜の声が周囲の闇から響いてくる
漆黒のキャスターがセイバーに魔術を放つ寸前に、キャスターの体はバーサーカーの巨大な斧剣の前に両断された
「こ…のっ、死にぞこないが、邪魔をするな!」
桜のヒステリックな叫びを振り切りイリヤを言峰の前に降ろす
「神父、彼女を士郎の元まで連れて行ってあげて。私は5分ほど足止めをするわ」
言峰が動き出すのを確認もせず、背後からせまる強大な影に相対した
「士郎、貴方に質問をさせてもらうわね。貴方の夢は"正義の味方になる"間違いは無い?」
無言でこくりと頷く
「じゃあ、桜が世界を滅ぼすような存在になったとしたら、取る方法は分かるわよね?」
「…遠坂の言いたい事は分かる。でも、俺は桜が大事だ。俺は少を犠牲にして多を助けることが正しいと思ってきた」
凛の反応を確認するように一拍の間を置く
「でも、そんなの偽善なんだよな。犠牲にされる少からすれば俺は悪なんだ。それなら、俺は俺だけの正義を貫く為に桜を助ける。桜の為なら世界を裏切ってでも止めてやる!」
凛の顔に渋いものが広がるが、大して大きな反応も無く承諾する
「分かったわ。私だって、妹には幸せになって欲しいからね。…桜を泣かせたら、コロス、わよ」
赤いアクマモードでにこりと笑う凛
士郎は上の質問を繰り返すうちにいつもの彼を取り戻したのだ
「そうだな、ありがとう遠坂。俺は何を迷っていたんだろうな、どんなに変わっちまっても桜は桜なんだ。俺が桜を見捨てたら桜の味方は居なくなっちゃうんだよな」
自分に言い聞かせるように何度も呟く
やっと良い顔になって来たじゃない。悔しいけど、その横顔が私も…って私何考えてるのかしら。彼には桜が居るんだから私はお邪魔なのよ
あ、でも今回の事で失敗したら桜は居なくなるわけで…ってそれこそ最低じゃない!
「…イリヤスフィールを連れてきたぞ。ところで凛、新手のダンスでも練習しているのか?」
頬を赤く染めながら身悶えしている姿は傍から見れば非情に滑稽なものだった
「シ…ロウ?シロウ、シロウ、シロウシロウシロウシロウシロウ------」
余程心細かったのか、士郎の胸に顔を埋めて泣きじゃくり始める
「シロウ、バー…サー…カー…っく…が居なく…っく…な…っひ…なっちゃったの…っ」
「イリヤ、大丈夫だよ。バーサーカーが居なくても俺が居る。だから、泣くな。今は逃げよう、俺が桜を正気に戻して必ず謝らせるから、だからそれまで泣くな。な?」
緩く頭を撫でながらゆっくりゆっくり噛んで含めるように喋りかける
まだ嗚咽も止まってないし、涙が胸を濡らす感覚も続いてはいるが、イリヤは気丈に頷く
無言でイリヤを抱き上げ、森の入り口に向かって疾走を開始した-----
赤く禍々しい空間を一人の少女が歩いている
その歩みは非情に遅く、足を地面に引き摺りながら進んでいる
「桜、お前を助けに来たぞ」
全ての気持ちをその一言に集約した
イリヤとセイバーと凛、そして言峰から事の全てを聞いた
光の聖杯イリヤと闇の聖杯桜、二つの聖杯はサーヴァントの魂----この場合は無色の魔力の残滓----を取り込み聖杯を起動する鍵
しかし、間桐の家柄が生み出した技術では完全な聖杯を作り出すことは適わなかった
10年前の災厄の欠片を桜に埋め込み、無理矢理聖杯として育てたが故に暴走し、理性の残った本能のままに暴れる怪物と化してしまったのだ
「桜、俺はお前を連れて帰るよ。いや、俺だけじゃない。お前の姉さんも心配してる。さぁ…終わりにしよう」
無言の桜の背後に魔力が凝縮された影の巨人が浮かび上がった
「セイバー、俺は遠坂と一緒に前に見たあの剣を作れば良いんだな?」
返事を期待した訳ではない
ただ、自分の覚悟を固める為に声に出しただけだ
俺の魔術は何かの魔術の派生に過ぎないとセイバーとイリヤから教えられた
何かの魔術というのはセイバーから聞いたが、固有結界を擁する魔術回路が完成されていない為、それがあふれ出した結果だといった
全てを複製する力を持つ固有結界が俺の中には眠っている
それを呼び起こすことは命さえも削る可能性のある魔術らしい
ならば、それさえも越える覚悟を決めるしかないのだ
「マスター。礼呪を3つ、私に使って。私が桜に負けないように心から祈ってちょうだい」
そこで一端言葉を区切る
「私は礼呪が無くても貴方に付いていきます、だから…貴方も頑張って。そして----私を救ってあげてね」
もう、言葉は聞かないという態度で背を向ける
礼呪の宿った右腕を彼女に向けて持ち上げる
「セイバー、君が居て楽しかった。これで最後の戦いだ…頼む、桜に負けないでくれ」
右手が熱い、そしてその熱が引いた時右手に礼呪は無くなっていた
セイバーは無言で頷くと、闇を纏い無言で佇む桜へ向かって走り出した
「衛宮君、本当に良いのね…?」
先程のセイバーと同じく無言で頷く
「遠坂、俺が動けない間…頼んだぞ」
目を瞑る
精神を集中
頭の中にあるスイッチを押すような感覚で神経が開ける
体中が熱い
トレース・オン
「----投影、開始。」
かつて見た魔術師が持っていた歪な形の短剣
今なら分かる、あれは全ての契約を無効にする刃だ
形だけじゃなく、能力だけでもなく、全てを解析、理解、構築する…
「-------っ」
足りない
今のままじゃ足りない
頭の中にある撃鉄を持ち上げる
トレース・オフ
「-----投影、装填。」
頭の中でかちりと何かが降りる
体中の神経がクリアになる
「創造の理念を鑑定し」
あの剣は何の理念に基づいて作られていたのかを理解する
「基本となる骨子を想定し」
基本素材を想像する
「構成された材質を複製し」
想像した素材を創造する
「創作に及ぶ技術を模倣し」
ロード コピー
あの武器に用いられた技術を読み込みし、体現する
「成長に至る経験を共感し」
契約を破る能力を持つまでの経験を体に刻み込む
「蓄積された年月を再現し」
長き年月を経て宝具になった過程を刷り込む
「あらゆる工程を凌駕し尽くし-----」
全ての情報を1つに統合し
「ここに、幻想を結び剣と成す-----!」
幻想を統合、想像を創造し、形作る----
桜との距離は残り15メートル
影の巨人の攻撃範囲に入ったのか、おもむろに動き出す
「そうね…15メートルだったわね」
その場で足を止める
「私の正体をそろそろ明かさないといけないわね」
影の巨人の手がセイバーを握りつぶそうと迫る
「私は----邪霊マトウ。そう、貴女の未来よ」
全く同じ質量、魔力量の影の巨人が現れ、セイバーの…サクラの身を守った
桜は目を見開く
自分と同じ影を操り、自分と同じ魔力を扱い、自分と同じ雰囲気を醸し出す彼女に向かって歩きはじめる
「桜、貴女が誰にも助けられる事無く、誰にも知れず闇となり世界を滅ぼしてしまった姿が私。全てに絶望し、愛しの先輩さえもその手にかけた私が祈った事は…」
「聞きたく無いっ!先輩も姉さんも結局こうなるまで来てくれなかった!兄さんもお爺様も誰も私の痛みを理解してくれなかった!」
ヒステリックな叫びと共に20対以上の影が浮かび上がる
「聞きなさい。全てに絶望した私は、元の世界を望んだ。自らが聖杯となり起した事象を否定し元に戻そうと願った。その願いを自らで受け入れサーヴァントとなったのよ」
その間にも影の数は増えていく
数は優に50対を超えているだろう
アンリ・マユ
「貴女じゃ私には勝てない-----"この世全ての悪"」
サクラの背後にも同様の数の影が浮かぶ
同じ能力者が同じ攻撃を行っても勝負は付かない、永遠の相殺に繋がるのだが…
「きゃっ」
桜は力負けをして吹き飛ばされる
「貴女じゃ私には勝てないわ。私は士郎に礼呪を使ってもらった。礼呪の力で強化されている私に貴女は勝てない…そろそろ、貴女を解放してあげられるみたいね」
背後から莫大な魔力が流れ、一本の奇跡が生まれた
「士郎、成功よ!急いで桜の所に行ってあげて!」
動けない
体が熱い
焼ける
神経が焼け付く、焦げ付く
体を揺する手の温度が気持ち良い----
「…この馬鹿士郎!とっとと行きなさいっ!」
突然の怒声に頭がクリアになっていく
俺が今やるべき事、俺が今出来る事、守りたいもの----
「桜…!」
動かない手足を無理矢理に動かし、セイバーと桜の待つ…サクラと桜の待つ戦場へと歩き始めた
「桜、もう終わりにしよう。な?今まで誰にも求められなかったかもしれない。でも、今は俺が居る。俺と一緒に帰ろう、桜。俺は----桜が好きだ」
悲壮な表情でこちらを睨んでいた桜の目が驚愕に染まる
「マスター、私が援護します。桜の陰は抑えるから、それを桜に使ってあげて」
俺の覚悟を察したのか、サクラが声をかける
「結局先輩も私を助けてくれないんですね…私をその剣で殺すんですか?」
「違う。俺の目を見てくれ、桜。俺は本気だ。お前が好きだし、俺はお前を助ける」
一歩桜へ向けて踏み出す
桜の纏っていた影が唸りを上げて飛んでくるが、セイバーが迎撃してくれる
そして、桜の目の前までやってきた
「桜、帰ろう。俺たちの家に」
歪な形をした短剣を桜の胸に付きたてる
ルール・ブレイカー
「契約破り!」
桜に纏わり付いていた闇が消え去る
「桜、今はゆっくりお休み。そして…」
背後を振り返る
「サクラ、今までありがとな」
セイバーが息を呑む
「ばれていたのね…」
「好きな人の声ぐらい分かるさ」
二人は沈黙する
どちらとも無く手を出し、握る
「さぁて、遠坂、セイバー、最後の大仕事だ。聖杯を壊すぞ!」
3人で聖杯に歩み寄る
聖杯の一歩手前には桜に殺されたのか、言峰が倒れていた
しかし、誰も止まること無く聖杯の前まで到達する
「それじゃ、やるぞ」
頭の中に流れてくる呪文を口ずさむ
「体は剣で出来ている-----」
1本の黄金に輝く剣が創造される
3人は一本の剣に全ての魔力を注ぎ…振り下ろした
「先輩、朝ですよ。起きてください」
桜の声で目が覚める
「あぁ、おはよう桜。今日も良い天気だな」
全ては終わり、平穏な日常が帰ってきた
聖杯は破壊され、セイバーはサーヴァントから解放された
消える間際に『私は私という娘を不幸から救いたかったからサーヴァントになったの。願いがかなって嬉かったわ。それじゃさようなら』と言い残し、風に溶けて消えていった
遠坂はどうやら桜に宣戦布告をしたらしい、最近専ら二人に誘惑されることが多くなった
タイガー事藤ねえはいつもの通りで、一人増えた居候と一人減った居候の事でてんやわんやしたものだ
…増えた居候は勿論イリヤの事だ。
だけど、一番の変化は…
「先輩、大好きですよ!」
俺に恋人が出来た事だ
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えっと…
支離滅裂です(汗
やはりSSとは難しいものですね…
次に長編を書くときはもっと勉強してから書きたいと思います
それではお付き合いくださった皆様どうもありがとうございました