scribble Notes.
「それなら中止になったわよ」
軍部の使者に捕まって黒い十字架迎撃戦に強制参加させられそうになった俺に天使はそう言った。
「なぜだ?完全に街を捨てる気になったのか」
この地方の拠点となっている街だからその可能性は低いだろうが。
「まさか。作戦が中止になったのはその必要が無くなったからよ」
こんなこともあるのねー、といった顔で天使は続ける。
「この情報がもたらされたのはほんの少し前よ。黒い十字架に向かって何者かが攻撃を加えたらし
いわ。
よっぽど激しい攻撃だったらしくてね、危うく大陸が真っ二つになりかけたとか」
大陸が真っ二つ?
現在はそれほどの攻撃能力を持つ奴は騎士にも亜麗にもいないそうだが……。
「まあ、誰がやったのかなんて私は興味ないけど。その結果黒い十字架は北よりに進路を変更して
ね、
そっちにはたいした街も無いから近隣住民の避難だけで済ませて手は出さないそうよ」
北の住民には悲惨な話だが―――
「そうか」
その言葉を聞いて安心した自分がいた。
安アパートに帰ってきた。
ガチャリとドアを開く。
するとパタパタと足音が近寄ってきて―――
「おかえりなさい!」
と、笑顔を浮かべて‘天使’は言った。
「あなたが無事に帰ってきて良かったです」
「戦ってないんだから無事なのは当たり前だ」
それよりも―――
「……誰だお前」
さっきまで‘天使’が座っていたであろうソファーに腰掛けている女に言った。
「私は「彼女はORTさんっていって私の知り合いです」
「お前の知り合い?」
いつの間に知り合ったんだ。
「前からの知り合いです。あなたよりもずっと前からの」
ORT―――擦りガラスのような白い髪、血の色が透き通った紅い眼をしたどこか水晶を連想させ
る長い髪の女―――はそう言った。
俺よりも前からということは―――
「ああ、こいつの世話をしてくれたのか」
こいつが生まれた時はビタ一文持ってなかったはずだし、服とかどう調達したのかと思ってたけど
その辺の面倒を見てくれたのだろう。
「ち、違います!そんな裸で生まれたりなんてしませんよっ!」
顔を赤くして講義する‘天使’。
「なんだ、違うのか。とすると――――」
アリストテレス。
正体不明の存在。全人類にとっての敵。
でもまあこんなのもいるし、と‘天使’を見る。
俺の思考を読んだのかORTと呼ばれた女は頷き
「ええ、その通りです」
と俺の考えを肯定した。
「それで、なんでアリストテレスがこんな所にいるんだ」
どこぞで破壊活動でもしているのが正しい在り方だろうに。
「彼女と似たようなものです。以前あなたのような人間にやられたのでしばらく休眠していたので
すが、少し前に叩き起こされまして。
起きがけでイライラしていたのでついその原因に八つ当たりしてしまって………原因は何所かに逃
げていったようですが」
……脳裏に天使との会話が蘇ったが黙殺。
「それで別にすることもないし、暇だったのでおしゃべりでもしようかと自分と同じ気配を辿って
ここまで来たわけです」
「そうか………それじゃあ気のすむまでそいつと話してくれ」
‘天使’にORTの相手を任せて自室に引き篭もる。
「え?一緒にお話しないんですか?」
‘天使’が俺を誘ったが――――
「いや、俺は遠慮しとく。二人で気のゆくまで話し合え」
どうにも頭痛がしてきたので断った。
夜になった。
‘天使’と話していたORTも帰った。
……どこに帰るのかは知らないが。
「はい、出来ましたよー」
‘天使’による俺の夕食作りはもはや日課だ。
その腕も徐々に上がってきている。
同じテーブルについて違う物を食べる。
俺の財政事情は決して裕福とは言えないので専ら無料支給の素材で作った料理を‘天使’は食べる
。
それも無くなった時はしかたないので俺と同じ物を食べる。‘天使’はそっちの方が好きらしいが
。
食事が終った後は特にすることも無い。ラジオで情報を得て眠くなったら寝るだけだ。
だが、
「あ、あのー……今日は一緒に寝ません?」
などと顔を赤らめて‘天使’は言ってきた。
「……………………」
……………………ああ、そうか。
そういえば互いに告白してたな俺達。
でも、
「二人で寝るには狭すぎだぞ、このベッド」
ただ事実を言ってみる。
すると、
「私は狭くても大丈夫です……!」
……なんか気合入った言葉を返してきた。
そして、
「あなたは嫌なんですか?」
って感じの目を向けてきた。
「まあ、お前がいいって言うのなら俺も構わんが」
別に‘天使’と寝るのが嫌ってわけでもない。
‘天使’はそれを聞いて、
「そ、それじゃあ、一緒に、寝ましょう……」
最後はほとんど聞き取れないぼそぼそとした声でそう言った。
電灯を消して二人でベッドに潜り込む。
俺はベッドの右半分、‘天使’は左半分だ。
「………」
「………」
互いに話すことも無い。無言で天井を見上げ―――
「起きてますか・・・?」
‘天使’が上を見上げながら言った。
「ん……」
吐息でそれに応える。
「その……手を繋いでいいですか?
あなたが居なくなった部屋に一人残って見ている夢じゃないと実感できるように」
その言葉を聞いて、
「あ……ありがとうございます……」
その小さい手をそっと握った。
それで安心したのか‘天使’は力を抜いて眠りについた。
俺も―――――数年ぶりの安らかな気持ちで眠りに落ちた。
scribble Notes.2
目が覚めたら床の上に着のまま一丁で転がっていた。
「寒っ……」
どうやらかなりの間床に寝ていたようで体はすっかり冷え切っている。
なんで俺は床で寝てるんだ?
俺は昨日キチンとベッドの上で寝たはずだし、寝ている間にそこから落ちるような寝相はしていないはずだが……?
そう思いつつネボケ頭でベッドに戻ろうとすると、
「………………………」
俺のベッドの上で‘天使’が寝ていた。
………思い出した。
そういえば昨日一緒に寝たんだったな。
わざわざ狭い一人用のベッドの上で。
幸せそうに‘天使’は眠っている。
ベッドの真ん中で大の字を描いて。
「寝相悪かったのか……」
俺が床で寝ていたのは十中八九こいつのせいだ。
……まあ、蹴落とされても起きないほどに緩みまくっていた俺の責任も無くも無いとも言い切れなくも無いかもしれんが。
とにかく、朝にはまだ早い。もう少し眠るとしよう。
「おい、起きろ、そこをどけ」
肩を掴んで揺さぶる。
「ん……ぅ……」
起きる気配が無い。
ならば―――――
「ぅぅ…んっ………うひゃっ!」
起きた。
翼の付け根をくすぐったらアッサリ目が覚めてくれた。
「そこは俺の寝場所だ。夢の続きは自分のベッドでやってくれ」
寝ぼけ眼の‘天使’は、
「え?え??え???」
状況が解かっていないようだった。
「とにかくそこをどけ。俺はベッドで眠りたいんだ」
有無を言わさずベッドに潜り込む。
「え?……………あ……」
ネボケた頭でもなんとか状況を理解したのか、ベッドからスルリと‘天使’は出て行った。
そしてベッドの真ん中で何はばかることなく惰眠をむさぼる。
あいつの温もりが残っていたのは冷えた体にとってありがたかった。
――――目が覚めた。
壁の時計を見る。
そろそろ起きるか。
「よっ」
と上体を起こす。
すると、
「おっと……」
何か体がふらついた。
シーツに手をついて体を支える。
ベッドから降りて床に立ってみる。
「体が重い……」
それだけじゃなく頭も熱い。
「風邪か……?」
かなりの間床で寝てたし。
まあ、別に重い症状でもないしたいした不都合は無いだろう。
リビングに行くと‘天使’が朝食の準備をしていた。
「おはよう」
「あ…………おはようございます」
顔を赤く染めて‘天使’は挨拶を返した。
「………」
「………」
そのあと俺を見つめたまま動かないし。
「とりあえず固まってないで朝飯を用意してくれ」
「そ、そうですねっ!」
パタパタと足音を立てて‘天使’はキッチンへ向かった。
「今日の朝食はどうです?おかしいとことか変わったとことかありません?」
「? 別におかしいとこは無いが」
というか舌と鼻が鈍っていて味自体があまりわからな―――
「ハッ…ハ…ハッグシュ……!」
またもクシャミ。
近くにあるティッシュで鼻をかむ。
「さっきから頻繁にクシャミしてますね。その………もしかして風邪ですか?」
私が蹴落としたようですし、と‘天使’は言った。
「そうみたいだな。熱はそれほどないが」
俺にとっては熱よりも味嗅覚の鈍りの方が問題だ。せっかくの料理が味わえない。
「やっぱり私のせいですかあ………」
‘天使’はがっくりと肩を落とした後ハッと気付いたように、
「熱があるならちゃんと寝てないとダメじゃないですかっ!悪化したらどうするんです!」
と力説した。
「このくらい厚着してれば「ダメですっ!ちゃんとベッドに寝て水飲んで頭を冷やしてええっととにかくその他諸々しないと早く治りませんよっ!」
俺の言葉を遮って‘天使’が言い放つ。そして俺の手を引っ張ってベッドへ強制連行。
バサッと掛け布団を捲って、
「さあ、寝てください!」
もはや逆らえそうな雰囲気ではなかった。
お昼になったら起こしますからそれまで寝ててくださいねー、と言って‘天使’は俺の部屋を出て行った。
さっき起きたばかりだから眠気が全く無いが、目を閉じて思索にふけるとしよう。そのうち眠くなるかもしれないし。
――――そういえば昔はこんな風に熱出して寝込んだこともあったな。
そのときはまだ父も母も姉もみんないて。
二人は忙しかったけど俺のことを気にかけていてくれて、それ以上に姉は俺の世話を焼いてくれたっけ。
作ってくれた食事は不味かったし、転んでバケツの水を思いっきりぶっかけられたりもしたけど。
一日中ベッドの中にいて退屈だと言う俺に歌を歌ってくれたっけ。
よくギターで弾き語っていた歌を。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」
そうそう。一番聞かされたのがこの――――
「………ん」
目が覚めた。
いつの間にか眠っていたようだ。
今は何時かと時計を見ようとすると、
「あ、起こしちゃいましたか」
枕元の椅子に座っている‘天使’が俺に声をかけた。
「今の歌は……?」
「今練習中のずっと弾きたかった曲の歌です」
そうか。まあ、こんな偶然の一致もあるだろう。
「どうかしました?」
「いや、懐かしい歌だなと思って」
「懐かしい歌、ですか?」
「俺の姉がよく歌っていたんだよ」
話はここまで、と区切ってどのくらい寝ていたのかと時計を―――
「もう夜じゃないか……」
昼に起こすってのはどうしたんだと訊くと、
「確かに起こしに来たんですけどあまりにも気持ちよく寝ているようだったのでそのままに……」
と‘天使’は答えた。
まあ、懐かしいモノが見られたのでこのことに関しては不問にしておこう。
「しかし腹減ったな……」
ずっと寝ていたとはいえ食べたのは朝だけ、しかも熱を出して通常以上にエネルギーを消耗した体はタンクが底をつきかけている。
「あー、もうちょっと待っててください、あと少しでスープが出来ますから」
具材を煮込んでいる間ヒマだったので俺の様子を見に来たらしい。
「もうすぐか。だったらリビング行って待つことにするよ」
よっ、と体を起こすと、
「ダメです。まだ熱があるんですから寝ててください」
‘天使’に止められた。
「………」
「はい、口あけてくださーい」
‘天使’がスプーンですくったスープを俺の口に運ぶ。
それも息でフーフーと冷ましてから。
「なあ、もういいだろ」
「ダメですよ、まだ熱いんですから」
いや、そうじゃなくて、
「スプーンを持つのも、スープを冷ますのも自分で出来る。おまえがやらなくたっていいだろ?」
っていうかやめろ。
「そういうわけにはいきませんねー。あなたが風邪を引いたのは私のせいですから、責任もってちゃんと看病しないと」
自分のせいだとか言ってるわりに嬉しそうに見えるのは俺の気のせいか?
……食事が終った。
‘天使’はすぐに食器を片付けて、
「じゃあまた寝てください。明日には良くなってるといいんですけど………おやすみなさい」
明かりを消して部屋を出て行った。
「寝ろっていわれてもな……」
全然眠くない。
しかたがないのでまた目を閉じる。
明日には治まってくれるだろうか、と思いながら。
scribble Notes.3
最近‘天使’は食事時に妙なことを訊く。
それは、
「今、自分が出した料理はいつも通りの味か?」
という問いだ。
よく味わってみるが変わったところは無い。
何か変な物でも混ぜたのかと訊いても、
「いいえ、材料はいつもと同じものですし調味料の量も変えていません」
と何故か残念そうに答える。
一体どうしたことなんだろう―――――?
「で、久し振りにあなたから飲みに誘ってきたのはそのことを相談するためなワケ?」
少し不機嫌そうに亜麗の天使はそう言った。
「ああ、俺には女の気持ちはよく解からないからな」
「私だって彼女自身じゃないんだから気持ちなんて解からないわよ」
天使はあっさりと問題放棄。
「いや、でも、女同士なんだから少しは理解できる部分とかあるんじゃないか?」
せめて解決の糸口ぐらいは見つけたい。
天使は天井を見上げて、んー、とうなった後
「じゃあ、今度彼女と会わせてもらっていい?直に話せば何か解かるかもしれないし」
と、なにか楽しげな口調で言った。
「………」
なんともなく不安だが俺には他の打開策は思いつかなかった。
久し振りに夜道を歩く。
といってもまだ日が沈んでそれほど経ってないので人通りはそれなりにあるが。
千鳥足の獣人や2次会に行くぞー!と仲間に話している魚顔やこれから討ち入りでもしそうな雰囲気の白髪赤外套の人間種とすれ違い安アパートを目指す。
そしてドアを開けるといつも通りのパタパタという足音と共に‘天使’が近づいてきて―――――
「おかえりなさ「ぐぅー」
という音が玄関に響いた。
「あ………」
‘天使’は赤い顔でうつむく。
ぐぅー。
……こいつ。
「前にも言ったはずだが―――俺が帰るまで食事を待たなくていいぞ」
以前にも天使と飲んで遅くなったことがあったが、そのときこいつは俺が帰ってくるまで食事を取らなかった。
‘天使’曰く、
「せっかく一緒に住んでるんですから、食事はちゃんと顔をあわせて食べないと」
だそうだ。
俺はそんなこと気にしなくていいと思うのだが。
「それはダ「ぐぅ」
「……とりあえず夕食にしよう」
お前の腹の蟲がうるさいから。
リビングのソファーに座って料理が出来るのを待つ。
キッチンからは相変わらず虫の鳴き声が――
「………あ、そうだ」
キッチンに忍び寄る。
‘天使’の様子がおかしくなるのは決まって食事時だ。
調理の過程を垣間見ることでなんらかの糸口が―――――見つかるといいのだが。
開きっ放しのドアから中を覗き見る。
「………」
別におかしな所はない。
ごく普通に一人分と一人分の料理を作っていく。
俺の食事にこっそりと工場製の食材を混ぜているとかそういうことはない。
調理過程には不審な点は何も…ってなにしてるんだあいつ?
それは料理が完成して盛りつけたところだった。
‘天使’はそこで俺の食べる料理に向かって、
「祈ってるのか……?」
力の足りない未熟な天使が父なる神に手助けを願うかのように、目を瞑り指を組んで一心不乱に祈っている―――。
その祈りは十秒ほど続いて終った。
‘天使’は両手に皿を掴んで持ち上げる。
そして俺は素早くソファーに戻る。
その後やはりいつもと同じことを訊かれた。
俺もいつも通りの答えを返す。
そして‘天使’が少し落ち込む。
何も変わらないいつもの風景。
祈りのことを口にすれば変わったのかもしれないが、
それは彼女の祈りを汚してしまうように思えてできなかった――――。
「へえー、あなたがそんな人だったなんて意外ね」
天使が俺の横を歩きながらクスクス笑う。
「あの時はそう思ったっていうだけだ。今だったら真正面から訊ける」
思ったままのことを言ったのは失敗だったか、と後悔しながらアパートを目指す。
ついに‘天使’と天使が会う日が来た。
‘天使’には俺の知り合いが会いたがっているから、と伝えてある。
さて、どうなるか、と思いながらドアを開けた――――。
「それでですねー、この前なんか………」
「へぇ〜、彼にもそんな可愛いところがあったんだー」
「………」
二人の天使は盛り上がっている。
確かに天使に助けを求めたのは俺だ。
天使の提案を呑んだのも俺の責任だ。
だが、
「なんで、俺の私生活を根掘り葉掘り訊くんだよお前は………!」
多少からかわれるとは思っていたが、小一時間も俺のことを事細かに訊かなくてもいいだろ?
それから‘天使’に、
「お前も興味本位で訊かれたことにいちいち答えるな。プライパシーって言葉を知らないのか?」
文句を言った。
それに‘天使’は、
「ぷらいぱしーってなんですか?」
と答えて下さりやがった。
何はともあれ時間は進む。
相変わらず和気あいあいと二人は話している。
二時間過ぎ、三時間過ぎ―――
「もう夕食の時間なんだが」
横からストップかけなかったら朝まで話してたんじゃないか?
「あ、もうそんな時間ですか」
‘天使’が残念そうに口を止める。
「ずいぶん早かったわねー」
天使がンー、と背筋を伸ばす。
さて、そろそろこいつに本来の目的を果たしてもらおうか。
「せっかくだから夕食はうちで食べていかないか?」
天使に目配せをする。
天使はすっかり忘れていたという顔をしたあと、
「そうね、せっかくだからご馳走になったあと泊まっていきましょうか」
まだほじくる気なのかそんな発言をした。
「じゃ、二人で待ってて下さい。急いで作りますから―――」
いそいそとエプロンを着ける‘天使’に
「待って、私も手伝うわ」
天使はそう言った。
「え?でもお客さんを働かせるのは――――」
‘天使’は困った顔をしたが、
「いいからいいから。私もあなたが料理を作るとこ見てみたいし」
天使は‘天使’の背中を押しながら強引にキッチンに入って行った。
そしてバタンとドアが閉まる。
「頼んだぞ……」
いろいろと疲れた俺はテーブルに突っ伏して休む。
待つこと十数分。
キッチンの中では何か話しているようだが俺には聞き取れな――
「アハハハッ……!アッハハハハ……!」
天使の笑い声がドア越しにリビングに響いた。
「な、なんだ?」
身を起こし耳をそばだてる。
「――――――」
「―――!―――」
‘天使’が抗議しているようだが、こっちは普通の声なのか聞き取れない。
「……あんな大声で笑うなんて何があったんだ?」
自問自答するが答えが出るはずもない。
しばらく経ってドアが開いた。二人とも手に手に皿を持って出てくる。
天使はまだ、クスクス笑っている。
一方‘天使’は顔を赤らめている。
「何があったんだ?あんな馬鹿でかい声で笑って」
天使に訊く。
「うん?ちょっと信じられないことが」
「お願いします、言わないでください。知らなかったんです」
‘天使’は何か知らなかったことを恥ずかしいと思っているようだ。
「うんうん、わかってる」
……よく解からないが天使はひどく楽しんでいるようだ。
食事をしながら天使に訊く。
「お前本当に泊まっていく気か?」
「もちろん本気だけど」
それが何か?って顔で返答する天使。
「うちはベッドは二つしかないんだが」
どうするんだ?
「あなたに紳士の精神があればベッドが一つ空くんだけど………」
期待できそうにないわね、と言って、
「それじゃあ、彼女と一緒「そうか、よく眠れるといいな」
天使の言葉を遮る。
‘天使’はどうしたものかと考え込んでいるようだが無視。
「それじゃあシャワー浴びて来ますね」
食事を終えてからすぐに‘天使’は発言した。
確かにこのままダラダラと話したら風呂に入るのが遅くなってしまう。
「あ、先に言われちゃったか」
天使がしまった、という顔をして言った。
「ん?先に浴びますか?」
私は後でもいいです、と‘天使’。
「私も急いでるわけじゃないから、あなたが先でもいいんだけど……」
天使はどうしようかなー、と言った後、ポンと手を叩いて、
「じゃあ、一緒に入る?」
第三の選択を提示。
「いっしょに、ですか?でも」
二人だと狭いですよ?と‘天使’。
「いいじゃない、裸の付き合いってことで」
どう?と‘天使’を見る。
「はい、それじゃあ一緒に入ります」
と、そこまで言ってから気付いたのか、
「そういえば着替えはどうするんですか?」
天使に疑問をぶつける。
「持って来ていないからこのままね」
ごく当然のことを答える。
「そうですか……。サイズが合っていれば私のものを貸せたんですけど……」
私の服では胸がきついでしょうねー、と残念そうに‘天使’。
確かに‘天使’の服ではきついだろうな、と二人を眺めながら思っていたら、
「じゃあ二人で入ってくるけど………覗かないでね」
覗いたら責任取ってもらうから、と天使。
「誰が覗くか」
即座に返答。
「ああ、心配する必要なんてなかったわね。あなた不能者みたいだし」
誰が不能者だ、と言い返したら
「ふのーしゃってなんですか?」
また‘天使’に質問された。
「不能者ってのは……まあ、お前が知らなくても問題ないものだ」
まともに答えるのが面倒なので適当にあしらっておく。
「問題あります。もしあなたがふのーしゃで困ったり苦しんだりしてるなら――――」
なにやら‘天使’は勝手に不能者をヤバイものだと思っているようだが……。
「はいはい、そのことなら私が教えてあげるから。先にシャワーを浴びましょう」
天使が‘天使’の手を引っ張って脱衣所へ向かう。
間違った知識を教えるなよ……。
二人が風呂から出た。
‘天使’は長い金髪をタオルで擦って乾かしている。
もう一人の天使はドライヤーを使っているようだ。
‘天使’はタオルを首にかけたまま近づいてきて、
「空きましたよ〜」
のぼせた声でそう告げた。
そして俺も風呂に入りに行く。
俺が出てからもしばらく話をした。
専ら話しているのは天使と‘天使’で俺は横から突っ込みを入れているようなものだが。
しかし突っ込むのにも疲れたな……と思っていたら欠伸が出た。
それを見て、
「もうそろそろ寝ますか?」
と‘天使’が言った。
「ああ、少し早いがもう寝ることにする」
今日はいろいろと疲れたし。
「お前らも余り夜更かしはするなよ。寝不足の天使ってのもイメージ悪いからな」
言い残してソファーから立ち上がる。
「そうね、私たちも遅くならないうちに寝ることにするわ」
自室へ向かう俺に天使がそう言った。
ベッドに潜り込む。
思っていた以上に疲れているのか、速やかに意識が薄れていった―――。
目が覚めた。
いつもより早めに寝たせいか五分ほど早く目が覚めた。
五分。寝るには短い。
「……起きるか」
リビングに行くと既に‘天使’が起きていた。
挨拶をして、
「あいつはまだ寝てるのか?」
昨日泊まった天使のことを訊く。
「ええ、……その、宙に浮きながら眠っています」
浮遊しながら眠るなんて器用な人もいるんですね、と‘天使’。
そうしなければならなかった理由はあえて訊かない。
「そうか。……まあいい、朝食は?」
「はい、出来てます」
‘天使’はキッチンへ向かう。
あいつが起きてきたら何か掴めたか訊かないとな……と考えているうちに目の前に朝食が用意された。
「それじゃあいただき「ちょっと待ってください!」
食べようとしたら‘天使’に中断させられた。
「なんだ?いきなり止めて」
と、‘天使’を見ると祈るように目を閉じ、指を組み、そして踏ん切りをつけるように深呼吸を繰り返していた。
「ええと、ですね……」
「………」
何を言うのか黙って聞く。
「その……」
「………」
「………あの」
「………」
「………」
「………いいから早く言え。料理が冷める」
それで踏ん切りがついたのか、
「愛情込めて作ったので美味しいと思います!どうぞ食べてくださいっ!」
気合入った告白をされた。
「………いきなり何を言い出すんだおまえ」
「そのですね、少し前にORTさんが教えてくれたんですよ。愛情を込めると料理は美味しくなるって。
それからいつも出来た料理においしくなれー、おいしくなれーって込めていたんですけど、
何も変わらないって言われて続けておかしいなーってずっと思っていたんですよ。
それで方法が違うのかなーと思って昨日彼女に訊いてみたんですけど……」
笑われた、と。
「思いっきり笑われました。考えてみれば当然です。本人の知らない所で勝手に料理に念じても美味しくなるわけないですよね……」
そして‘天使’はこんな過ちは二度と繰り返さないと言うかのような顔で、
「でも、彼女はこんな私に正しい方法を教えてくれました!本人の知らない所で勝手に念じるのではなく、
本人の目の前で堂々と込めれば美味しくなると!ですから今日の朝食は今までで最高の味のはずです!
さあ、食べてください!」
現在進行形で更なる過ちを犯していた。
「……お「どうぞ、さあ!」
料理を口にしないと聞く耳持たなそうなので取りあえずスープを口にする。
「どうです?美味しいでしょう!」
そう誇らしげに語る‘天使’に、
「いつも通りの味だな」
正直に感想を伝える。
‘天使’は、えっ?とした表情を浮かべた後、
「そ、そんなはずは……………あ!解かりました!込めた愛情の量が少なかったんですね!ちょっと待ってください……!」
また俺の料理に愛情とやらを込め始めた。
「いい加減にしとけ。そんなことで料理の味が上がるわけないだろ?」
呆れながら天使にそう告げる。
「そんなことないです……っ!」
‘天使’は意固地に念を込め続ける。
その姿に何を感じたのか、
「だからやめろって。そんな事しなくても………十分美味いんだから」
かなりトチ狂ったことを口走っていた。
その言葉に‘天使’は目を開けて、
「え?本当ですか!?本当に美味しいんですか!?」
俺に迫ってきた。
その勢いに気圧されながら、
「……あ、ああ」
そう答えた。
すると‘天使’はホッと息をついて、
「そうですかあ………良かったです」
ふにゃっと脱力したようにテーブルにもたれかかった。
「――――で、なんでこんな事をしたんだ?」
一連の不審な言動のことを訊く。
「だって一度も言ってもらえなかったから……」
俺が一度も言ってない?
「いろいろ試してもダメだったから諦めていたんですけど……」
いろいろ試されても俺が言わなかったこと?
「いつも、食べられる味、とか、不味くはない、とかそんな言葉ばかりで一度も‘美味しい’って……」
あ。
「だから私の腕が悪いんじゃないかっていつも思っていたんですけど、ORTさんに教えてもらって……」
そういえば、確かに一度も言った記憶がない。
「それで勝手に期待して何度も何度も催促しちゃいました……」
みっともないですよねー、と‘天使’は自嘲する。
「でも、もう心配はしません」
だって、と前置きして
「ずっと言って欲しかった言葉を聞かせてもらえましたから」
そう言って‘天使’は微笑んだ。
「まったく馬鹿だよな……」
天井を見上げて呟く。
ほんとに大ばか者だ。
そんなことを気にする‘天使’も、その言葉をいままで一度も言わなかった俺も。
まあ、大ばか者同士、すっかり冷えた朝食を一緒に摂るとするか―――――。
あとがき
前回も前々回もあとがきを書き忘れていたムンです。
妄想垂れ流しでアレなSSですが見てくださってありがとうございました。