「えー、それではメーちゃんの歓迎会および綾子君の初停学を祝しここに乾杯したいと思います。一同グラスを持って」
6人の手がグラスを掲げる。
「じゃあ、乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
新都の駅前繁華街にあるチェーン店系列の居酒屋つ○八。夜が始まり、一日の疲れを癒そうとサラリーマンが、友人やサークルでと集団で大学生が、そして家族連れが、それぞれが憩いと酒を求めてやってくるこの場所に修一郎一行の姿があった。今日の彼らは店内奥の個室を借りきっての宴会である。
ことの起こりは朝から一人出かけていた修一郎が満面の笑顔を浮かべながらマンションに戻ってきたところから始まる。
「ただいまー・・・っと。アレ漁師は?」
「綾子さんの所に行くと言って昼頃出て行きました」
漁師、もといランサーがいないのを不審に思った修一郎に通称メーちゃん、ライダーが読んでいた漫画から顔を上げて応える。「動きやすい格好の服が欲しい」と言った彼女は体操服を着ていた。下はブルマーである。胸の「3ねん1くみ・らいだー」の文字がまぶしい。
縫いつけたのはもちろん修一郎である。ちなみに修一郎は体操服は外に出す派だ。着替えてきた彼女を始めて見たときランサーは
「萌え〜〜〜〜〜ッ!!」
と叫んで床を転がりまわり最終的にまだ直ってないベランダから落ちていった。修一郎はキャスターによって空高く打ち上げられていた。もちろん地球の引力に魂を引かれている彼は墜ちてきたが。人がベランダから日常的に落下し、飛んでいく。メイド服やセーラー服の女性が歩いているという噂を聞きつけてきた不審者が近所の住民に通報される。修一郎たちが住んでからここら一帯は常に騒がしい。
一方、キャスターは修一郎の帰宅も気がつかず必死でコントローラーを操っている。が、必死の操作も虚しく彼女は「おじゃまぷよ」に潰されてしまった。
「あー、やっと10連鎖までいけたのに・・・」
ちなみに彼女がやっていたのは「ぷよぷよ」。サターン版である。ソフト、ハード共に修一郎のトランクから出てきたものである。ベーターのビデオデッキといいサターンといい謎を残すトランクである。
「・・・あら、マスターいつお帰りになられたのですか?」
やっと気がついたというようにキャスターは修一郎を見る。その姿はいつものメイド服だ。
「・・・いや、そういうのも慣れたからいいけどね・・・」
少しブルーモードに突入して修一郎は呟く。男の地位は低い。それがマスターだとしても。ランサーなんていつも狗っころ扱いで最近は泣きながら飛び出して行く。そうして数時間後にはひょっこり戻ってくるのだ。綾子のところで慰めてもらっているらしく、戻ってきたランサーは純真無垢な子供の笑顔だ。変態のくせに。俺も慰めてもらいたい。毎回そう顔に出しキャスターに修一郎はしばかれる。彼は正直だ。
「それではマスター、食事の用意をお願いできますか。今日はお魚が食べたいです」
「キャスターそれはかぶるから止めなさい」
食事をせかすキャスターにそう言って注意する修一郎。
「今日は外に食べに行こう。実は捜し求めていた秘宝をついに入手したのだ。お祝いだ。居酒屋で宴会をやろう」
「いいですね。お酒は好きです」
賛成するライダー。
「それはかまいませんがなるべく人目につかないようお願いします」
未だに人の目が気になるキャスター。メイド服だもの注目を浴びるに決まっている。
「ふ、安心しろ。個室を完備した居酒屋に予約を入れておいた。そこならば注文を取りにきた店員以外の人目に触れることはない・・・店では、な」
そう言って「ふふふ・・・」と笑う修一郎。その笑みに何か嫌な予感がするキャスター。彼女の予感は悪い方に限り的中する。
「なぁ、2人とも実は今日入手してきた漢のロマ・・・じゃなくて秘宝を装備してみたいと思わないかね。君達にとても良く似合うかわいらしい至高の一品なのだが・・・」
ランサーと綾子は修一郎から連絡をもらい駅前広場で合流することになった。突然の電話に驚きはしたが全額おごりなのは確定なので行くことにした。拾い物の相談と綾子には個人的に修一郎に用事があった。約束の場所に行くとそこには何故か人垣が出来ていた。ときおりフラッシュやシャッター音が響き、不審に思った2人が覗いて見るとその中心には2人に気がつき笑顔で手を振る修一郎と周囲の視線に絶えかねて現実から逃げ、何もない宙空にむかいブツブツと呟いているキャスターと真っ赤になって硬直したままピクリとも動かないライダーの姿があった。その姿を見て唖然とする綾子を前に
「萌え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
と2人に走り出すランサー。
そのランサーに後ろから飛び膝蹴りを放つ。崩れ落ちるランサー。そのまま修一郎に駆け寄る綾子。
「あんたは何考えてるんだ――――――――――ッ!!!」
走りながらかまえたそれがキラリと嫌な感じに光った。
「・・・っううううううッ!すみません。許して俺は綾子、キミだけだから!だからちっともまぶしくない、まぶしくないッ!!まぶしくないんだッ!!綾子に着て欲しいなんて・・・ちょっと思わないッ!!」
ランサーが綾子に耳をひねられている。ちなみに修一郎は以前のお礼とばかりにボコボコにされ血まみれになってアスファルトに倒れている。そばに転がる血に染まった釘バッドは彼女が持参した呪詛たっぷりの手作り品である。ホテルに一人放って置かれ悶々とした時間を過ごした彼女を考えるとこれぐらい当然のような気がしないでもない。周囲の人垣は綾子のひと睨みでぞろぞろと散っていく。血の海に沈んだ修一郎の姿はとても正視できる状態じゃない。それでも復活するのが彼だが。
「ふふ・・・綾子君。なかなか痛かった。もう少しで魂を口から吐き出してしまうところだった」
血の海からあっさり生還。そう言って血まみれの顔で笑う姿はとても無気味だ。
「何で死なないのさ。そんなことよりもなんであんな格好しているの!?あの2人は何!?一人はキャスターさんだけどもう一人は・・・」
「うむ、君を襲ったサーヴァント。メーちゃんだ。君と漁師のキューピットになる」
ニヤリと笑う修一郎。そう言われると綾子は言葉に詰まる。
「大丈夫だ。以前のマスターは倒した。彼女はマスターに命令されて人を襲っていたのだ。俺がマスターになった以上は問題無し。ノープロブレムだッ!!」
「・・・本当にその点は任せていいわけ?」
「ふっ、その点は任せたまえ。俺はプロだ」
「なんの?」とツッコミたい綾子だが壊れかけた2人を見て納得する。かわいそうに。マスターがプロの変人で。その格好はまさに羞恥プレイよ。憐憫の目で2人を見る。その視線が2人をもっと傷つけるということを綾子は知らない。
2人はナース服を着ていた。
キャスターは純白のナース服に聴診器を首からかけていた。一方ライダーは黒いナース服で腰につけたポーチに注射器を装備していた。胸元にはネームプレート。そこには「きゃすたー」「らいだー」とそれぞれ平仮名で書かれてある。
彼女たちが着ているそれは「お宝ハンター」である修一郎が追い求めて止まない秘宝中の秘宝。「ナース服改」である。その服を求め多くの男達が命を散らして行った。○ンディ・○ョーンズしかりモン○ナ・ジョー○ズしかり。ギルド博士もびっくりの秘宝である。彼は朝から「ナース服改」があると噂の絶えない冬木市立病院へと向った。が、いつものように迷子になり、親切な幼稚園児、冬木幼稚園桃組、あいさか めぐみちゃん(5)に手を引かれて連れて行ってもらった先にあったのは半ば崩壊した病院であった。そこで彼はついに見つけたのだ。伝説のナース服改を。倒れている看護婦から剥ぎ取り御免でお宝を頂く修一郎。その姿はまさに見知らぬ者から見ればただの変態。だが「お宝ハンター」は時にシビアにならなくてはいけない。時に冷酷とも思える行為も躊躇なくできなくてはハンターとしては失格である。「お宝ハンター」とは真の漢のみが許される職業なのだ。あいさか めぐみちゃん(5)が泣きながら鬼気迫る修一郎の姿に逃げ出しても。「へんたいがいるー」という叫びは酷く彼の心に傷を負わせたが彼は容赦なく剥ぎ取り続ける。「お宝ハンター」それは決して誰にも理解されない真の漢のみがなれる職業なのだ。
「どうだ、綾子君。実はピンクとブルーがまだあるのだ。着替える気はないか?」
無言で修一郎を殴り飛ばす綾子。アスファルトと熱いベーゼを交わしつつも右手は親指を立ててグッド。照れる綾子君もなかなかいい。大丈夫、あとで漁師に貸しておくから好きなだけプレイしてくれ。
「そんなことより早く行きましょ。さすがに周囲の視線も痛いし」
「俺は全身が痛い」
そりゃそうだ。常人ならば13回は死んでいる。修一郎を無視して綾子はキャスター、ライダーを連れて行ってしまう。
「兄貴、大丈夫か?」
「む、これぐらい平気だ。それよりも、先ほどから気になっていたのだが・・・そちらの侍のコスプレをした兄さんはなんなのだ?」
ランサーの背後にいる着物姿の男を見て言う。
「ああ・・・マウント深山、深山商店街で倒れていたのを連れて来た。こういう輩は兄貴の担当でしょ、って綾子が、な」
「・・・綾子君は俺をどういう目で見ているのだ・・・」
呆然と呟く修一郎にランサーは目を逸らした。言えない。
「なかなか騒がしい御仁だな。ランサー殿」
それまで静かに状況を見ていた侍が静かに言う。
「今日はたまたま嬉しいことがあってね。いつもはクールでダンディだ」
「嘘をつけ」口には出さないが顔に出たらしい。修一郎は無言でランサーを殴る。
「俺は早瀬 修一郎。キャスター、ライダー、漁師のマスターだ。で、君は誰だ」
「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」
男はそう名乗った。
「この春海老のシソ包み揚げはうまいな」
「すみません、チューライム追加で3つ。あと生も4つ」
「月桂冠を。あと刺身3点盛り」
「はいランサー、あーん」
「あーん・・・・・いやぁ、綾子に食べさせてもらえるだけで美味さは倍増だなぁ」
乾杯のあとひたすら食べ続ける修一郎。一人で盛大に飲むメーちゃんもといライダー。静かに自分のペースで食事を進める小次郎。ひたすらバカップル街道を突き進むランサー、綾子のコンビ。そんな中、一人フルフルと肩を震わせるナース・キャスター。
「すみません。今度は刺身こんにゃく2つに焼き鳥5点盛り・・・何、小次郎は蛸ワサビ?メーちゃんはジントニックにカルアミルク・・・カシスオレンジ・・・漁師と綾子君がから揚げとお好み焼き、あとたこ焼きも・・・あ、以上で。大至急頼むよ」
「マスター」
内線で注文を終えた修一郎が顔を上げるとそこには怖い顔をしたキャスターが彼を見下ろしていた。
「あ、すまん。キャスターの分を注文し忘れた。もう一度頼むから言って・・・げふっ!!」
強烈なかかと落としに沈む修一郎。床がへこんでいる。無意識に魔力を乗せた一撃をキャスターは放ったらしい。
「な、そ、そんなにお腹が空いていたのか・・・?」
「違いますッ!!私が言いたいのはなんでここに敵であるアサシンの姿があるのか、と言うことですッ!!」
「ぐはっ!!」
追加で入った追い討ちキックで壁に叩きつけられる修一郎。半ば壁にめり込んでその姿は不気味なオブシェだ。
「いや、それは色々と理由があるんだよ」
ぺこん、と音を立てて壁から抜け出す。人型に開いた壁の修理代は後で店から請求されることになるだろう。
「これからそれを説明しようと思うのだが・・・・」
そう言って部屋の隅に置いてあったトランクからゴソゴソと取り出したのはドムとグフ・カスタムのプラモデルである。それを手でピシッ、と無言で叩き落とすキャスター。彼女には漢のロマンがこれっぽちも伝わらなかったようだ。バラバラになって床に落ちるプラモデルを慌てて拾う修一郎。その目は潤んでいた。
「・・・ふむ、どうやらそこの白い看護婦殿は私がこの場にいるのが不満のようだな」
傍観していた小次郎が口を開く。
「当たり前ですっ!!敵同士で和んでどうするんですかっ!!それに白いって言うなッ!!」
小次郎に喰ってかかるキャスター。小次郎はキャスターを面白そうに見つめ静かに猪口を飲み干す。
「白いというのは私がそなたの名を知らんから名目上付けた名前。何せここにはもう一人看護婦がいるのでな」
そう言って小次郎はライダーを見る。
「私ですか。お酒おいしいです。幸せです。すみません追加お願いします」
黒いナース服に身を包んだライダーはすでに酔っていた。彼女の目の前に並ぶ空のジョッキ、グラスがその酒量を物語る。まだ飲む気か。漁師と綾子はまだ別の道に進んだきり戻ってこない。部屋の隅で繰り広げられる甘い空間は犯罪だ。おまえら外でやれ。キャスターは室内の状況に頭を抱えつつ小次郎を責める。
「そんなことはどうでもいいですッ!それよりもどうして敵である貴方がここにいるのかと聞いているのです!!」
「・・・白というのを気にしていたようだから言ったのだが。まぁ、いい。私がここにいるのはそこのマスター、修一郎殿に誘われたからだ」
修一郎を睨みつけるキャスター。必死で組み立てを行っていた修一郎はその視線に気が付いて震えだす。
「いや、その小次郎が行く場所がないと言うから・・・なんていうかはぐれなサーヴァントらしいので保護しようと思って連れて来た。いや、すみません。反省しています。先にキャスターの許可を得るべきでした。勘弁してください。だから蹴らないで。痛いです。死にます」
ドカドカと蹴りを放つキャスターに蹴られながら修一郎は土下座する。その姿はマスターじゃねぇ。イメクラの変態プレイだ。
「もう、それまでにしたらどうだキャスター殿。それ以上やると本当に死んでしまうぞ」
背筋に冷たいものが流れ落ちるのを感じながらキャスターを止める小次郎。修一郎の顔は血だらけだ。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・あなたがはぐれだという証拠はあるのですか?」
肩で息をしながら振り返るキャスターの背後に鬼神を見ながら小次郎は静かに語りだす。
「私はサーヴァントとして呼ばれたことは確かなのだがマスターにあったことがないのだ」
「私が最初に気が付いたのは柳洞寺と呼ばれる。寺の門前だった――――――――。
アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎はそう言って語りだした。
サーヴァントとして召還されたにも関わらず彼の前にマスターの姿はなく、彼は何を命じられるでもなく門前に一人、月明かりの中で立っていたという。一人月を愛でながら立つ侍。場所が柳洞寺という山寺ということもありそれは絵になっていただろう。
「まぁ、何を命じられるまでもなくただ門前に立っていたら夜が明けてな。柳洞寺の者に招き入れられて数日そこで寺の坊主たちと共に過ごしたのだが」
寺の生活は嫌でもなんでもなかった。ただ、退屈と言えば退屈だったが。
佐々木小次郎。
剣豪「宮本武蔵」のライバルであり巌流島で死闘を繰り広げたもう一人の剣豪。
その存在が本当かどうかは別として日本人なら大抵は武蔵VS小次郎の巌流島の決闘は知っている。それほどまでに有名なこの男が山寺で坊主に混じって修行している姿はなんだか微妙である。
「世話になった手前、さまざまな雑用をこなしてしたのだが。ひとつだけ不便なことがあったのだ。この身は柳洞寺から出ることができなかったのだ」
「おそらくアサシンを召喚した者は柳洞寺をよりしろに召喚を行ったのでしょう。そしてその場に固定したのではないですか?」
「え、サーヴァントの召喚にはそういうものが必要なの?」
「・・・あなたは本当にマスターですか・・・いえ、それ以前に魔術師なのですか・・?」
修一郎の発言に頭を抱えるキャスター。彼女の苦悩はまだまだ続く。
「ははは・・・いや、まぁ、ここは小次郎に話の続きをお願いしよう・・・小次郎はなんでその寺から出られたのさ?」
冷や汗をかきながら小次郎を促す修一郎。あきらかに話題を遠ざけた。
「それは、竹とんぼだ」
「「はぁ?」」
小次郎がそう言って懐から取り出した竹とんぼを注目する修一郎とキャスター。
「それは先週の夜――――――
その日、小次郎は寺の息子、柳洞 一成の部屋を訪れていた。小次郎がこの寺にお世話になってから門前を除けばここが最も落ち着ける場所だった。コタツでみかんを食べながら一成と世間話をするのが小次郎の日課だった。一成は寺の外、学校に通っているのだ。寺の外に出ることができない小次郎にとって外の話を聞くのはひどく楽しかったのだ。
その日も何気ない世間話から始まった。
「・・・雌狐が最近親友に付きまとっていて心配なのです。いつ彼がその毒牙にかかるかと思うと・・・食事も喉を通らない」
「そのわりにはミカンを6つも食したではないか」
「これはデザートです。食事ではありません」
と、一成のお悩み相談に適当に頷きながらミカンを食べる小次郎。その日もそんな感じでほのぼのと過ぎていく予定だった。
「あ、時間だ」
一成がテレビのスイッチを入れる。これが彼の人生を変える分岐点になろうとは誰が予想しただろうか。一緒になって一成とテレビを見る小次郎。そして彼は出会ったのだ。
「土羅衛門、と申すその青い狸はさまざまな道具を出していたのだがその中に竹とんぼがあったのだ」
「そりゃ、タケコプターだ」と内心で突っ込みを入れる修一郎。なんとなく展開が読めてきた。
「・・・もしかして、その竹とんぼで寺から飛んで脱出した、とか言わないよな」
おそるおそる尋ねる修一郎。
「おおっ、さすがはマスターだ。いかにも私はこの竹とんぼを使って飛んで脱出した」
驚きの声を上げ肯定する小次郎を前に崩れ落ちる修一郎。想像する。竹とんぼを頭につけて空を飛ぶ侍。もう駄目です。キャスターは訳がわからないといった顔で修一郎と小次郎を見る。彼女は未来から来たネコ型ロボットを知らない。
「・・・そんな馬鹿な話があるかぁー!! 俺だって子供の時マネしてできなかったんだぞっ!!」
叫ぶ修一郎。飛べると信じてすべり台から落下した日々。ほろ苦い思い出である。
「むろん私も最初は飛べなかった。だが何度も何度も繰り返し練習して・・・」
過酷な練習を思い出したのか小次郎の目には涙が浮かんでいた。彼の手にできたタコは竹刀でもペンでもない。竹とんぼダコだったのだ。
「・・・で、竹とんぼで商店街付近まで降りてきて力尽きた、というわけか」
ふむふむ、と頷くランサー。綾子が隣で複雑な顔をしている。どうやら途中から話を聞いていたらしい。
「・・・綾子君、君は信じるのか。こんな竹とんぼで空を飛んだ、などという荒唐無稽な侍の話を?」
「いや、私から言わせてもらえばあんたが一番荒唐無稽だし」
修一郎を指差す綾子。
「・・・くっ、それを否定できない自分がうらめしい」
「自覚あんのか!?」
突っ込む綾子。なんかノリがいいと思えば彼女のグラスはすでに3つほど空っぽだ。
「・・・漁師、君は綾子君に何を飲ませた?」
「えーと、都合上、ウーロン茶ということにしてください」
それ以上の突っ込みはお止めください。怒られます。いろいろと。
「まぁ、要するに竹とんぼで寺から脱出。商店街で力尽きて倒れた、ということだな」
「・・・その通りだ」
まとめる修一郎に頷く小次郎。
「しかしマスター。そのような空を飛ぶだけでアサシンの寺との繋がりが切れるとは思えません。それに繋がりを切ってしまえば彼は現界していることもできないのではないですか。それなのに現界していると言うことは敵対するマスターの令呪影響下にあるということではないですか?」
「ふっ、その点は心配ない」
そう言って左腕をまくる修一郎。手の甲にはキャスター、腕にはランサー、ライダー、そして新たにアサシンの令呪がびっしりと付いていた。
「ルール・ブレイカー。君の宝具を今回も利用させてもらった。彼はもう俺のサーヴァントの一員だ」
キャスターは絶句した。そのサーヴァント4人を現界できる魔力量に驚愕したのではない。ルール・ブレイカーがいつの間にか修一郎の手に渡っていることに、である。
「・・・つかぬことをお伺いしますがマスター」
微妙に黒いオーラを背負いニッコリと微笑むキャスター。その笑顔を見て小次郎はゆっくりと修一郎から離れる。ランサーも綾子もテーブルの上から食料を退避させつつ部屋の隅に移動する。ライダーはひたすら飲んでいた。「我関知セズ」そんな信号が彼女の周囲を飛び回っている。気がつかないのは修一郎だけだ。
「なんだい、キャスター」
「それは何時手に入れたのですか?」
「なんだ、そんなことか。これは君を最初に脱がしたときに・・・・」
最後まで修一郎は言えなかった。魔力を乗せた拳が的確に修一郎の急所にヒットする。
鴨川ジム会長もびっくりのすさまじいコンビネーションだ。
「キャスターさん世界を狙える〜〜〜〜!!」
宙に浮きっぱなしの修一郎を見てそんな叫びを上げる綾子。
「あ、兄貴・・・」
真っ青な顔でサンドバッグと化した修一郎を見つめるランサー。
「耐えよ修一郎殿。しかし・・・まさに夜叉だな」
「南無」と拝む小次郎。
「すみません。生あと4つ。それとウィスキー。瓶で持ってきて。グラスは一個でいいでーす。あとカルアミルク。あとジントニックと梅サワーも・・・うーん面倒だからお酒あるだけ全部お願いしまーす」
お酒の追加のため内線をかけるライダー。
こうしてそれぞれの宴は過ぎていくのだった。
その日、出勤してきた冬木駅前繁華街店・つ○八店長、本川越 正孝(36)は出勤したそうそうにアルバイトで大学生の北川 玲子(20)に報告を受けた。
「店長、実は問題のありそうな客が2組いまして・・・」
そう言って北川が陰から指したのはカウンター席でチビチビと日本酒を舐めている、くたびれたサラリーマンである。刺身五点盛りを肴に日本酒をいく姿に古き日本の父の姿を本川越は見た・・・頭に「一人一殺」のはちまきをしていなければ。
「雰囲気が違うんですよ。一般のお客さんが『踊る大○査線』だとするとあの客は高○ 健の『網走○外○』とか古き日○の映画ですよ」
「あいかわらず微妙な例えを出してくるな北川君。いくら映画好きだからと言ってもそう言われて理解できるような人はそういないよ」
そうやんわりと注意する本川越。北川は結構美人だがその趣味が全てを台無しにしていると思う。デートで映画評論を10時間も聞かされたら誰でも引くだろう。以前彼女をデートに誘った同じアルバイトの男子はそれ以来彼女に近づかない。シフトもずらして欲しいと懇願してきたほどだ。ほかにも何かあったらしいが口を閉ざす彼から本川越は聞くことができなかった。
本川越はカウンター席の男をもう一度確認する。
まぁ、雰囲気に飲まれてカウンターでお刺身を調理している山国君の作業効率が落ちているのは気になるがあの手の客はこちらが無礼を働かないかぎり問題を起こすようなことはないだろう。この道、10年のベテラン本川越はそう確信した。
「大丈夫だ。あの客なら問題はないだろう。こちらに落ち度がないかぎり問題はない、と山国君に伝えてくれ」
「わかりました。で、店長。もう一組なんですが・・・奥座敷です」
「わかった。様子を見てこよう・・・あ、君。それは奥座敷のお客さんの注文か。丁度いい。僕が持っていこう」
本川越はそう言って奥に飲み物を運ぼうとしたアルバイトの向井田君に声をかける。だが
「店長!これだけは譲れないっス!これは我々男子アルバイトがジャンケンで決めたローテーションっス!それを妨害するとは店長とて血を見ることになるっス!!」
いつもは大人しい向井田君が血走った目で本川越を睨みつける。呆然とする本川越に北川は告げる。
「なんだか奥座敷に行く男の子たちの目つきが異常なんです」
本川越は北川の言葉を聞き奥座敷へ自分も行ってみようと足を向けた。
「第一回、宴会恒例かくし芸大会―――――――――――!!」
ボロボロの修一郎が叫び拍手が巻き起こる。ランサー、ライダー、小次郎、綾子はおろかキャスターまでもが酔っていた。修一郎、血の粛清から3時間。飲み遅れていたキャスターさえも別世界に向かうには充分な時間が経っていた。
「一番手は新入りであるアサシン・佐々木の小次郎にやってもらおうか!!」
修一郎の言葉に拍手が巻き起こる。照れながら部屋の隅に移動する小次郎。
「えー剣豪には飛んでいるハエを箸でつかまなければなれないのだー」
小次郎、そう言って割り箸を取り出す。かなり酔っているらしい。
「しかーし、今の季節ハエはなし、って居酒屋に大量発生したら大問題だ――ッ!!」
「そうだ、そーだ!!」
バンバンと机を叩き叫ぶ一同。
「と、言うわけで剣豪の私はこの箸で、皆が投げたものを掴もうとおもーう。さぁ、好きなものを投げよッ!!」
箸を掲げる小次郎。やんややんやの一同。もはや酔っ払いの集団だ。
「えい」
キャスターの投げた枝豆を宙で掴む小次郎。ランサーの刺身が、綾子のコップが修一郎の皿が次々と箸で掴まれるさまは酔っているとはいえ見事だ。
「いいぞー小次郎!」
綾子が叫ぶ。
箸を構え照れ得意な小次郎。
その小次郎の顔面に土鍋がめり込むまでは最高の舞台だった。
「あれぇ・・・小次郎しゃん、私のは掴めないのれすかぁ?」
怪しげな口調で首をかしげるメーちゃん、もといライダー。
崩れ落ちる小次郎。
静まり返る部屋。
「う、うぉおおおおおおおおおおおッ!!沁みる、沁みるッ!!キムチ汁が目にッ!!」
静寂を破ったのは小次郎の断末魔の叫びだった。着物を、顔をキムチ汁で赤く濡らし転げまわる様はひどく滑稽。
「わははははははッ!! 小次郎ナイスなオチだっ!!」
「メーちゃん、最高!!」
「いいぞいいぞ!!」
悶え苦しむ小次郎をよそに大盛り上がりの一同。割り箸でコップを叩き、床を踏み鳴らし拍手と声援を小次郎とライダーに送る。小次郎にそれを受ける余裕はないが。
「では2番手、ランサー!! 皿回しをやりますッ!!」
悶え苦しむ小次郎を無視してランサーが立ち上がる。手に持つはゲイボルク。
「はぁ!」
ゲイボルクの穂先で回る大皿。更にその上で小皿が、湯のみがグラスが回る様はかくし芸を超えて芸術だ。が、周囲の反応は今ひとつ。
「つまらなーい」
綾子の声を皮切りにブーブーと出るブーイング。ランサーは涙目ですごすごと下がる。
「ふっ、ありきたりの芸だったな漁師。見事だがオチが弱い。小次郎を見習って精進しろ」
せめて「水芸」と言って手首を切って救急車で運ばれるぐらいはして欲しい。10年ぐらい前にやった宴会を思い出し修一郎は呟く。あれは地獄だった。
「はーい、それでは3番 美綴 綾子。行きますッ!!」
白けた雰囲気を払拭すべく、立ち上がる綾子。
期待に拍手する一同だが小次郎はまだ悶え中。
「それでは―――――――――――お手ッ!!」
ピシッとランサーに手を出し叫ぶ綾子。
思わず手を出すランサー。
修一郎、キャスター、ライダーから感嘆の声が漏れる。
「お座りッ!!」
正座するランサー。
「伏せッ!!」
伏せるランサー。
「ちんちん」
脱ぎ出そうとするランサーに修一郎が投げた皿が直撃する。血と涙を飛ばして崩れ落ちるランサー。
「脱がんでいいッ!!」
そんなもの宴会の席で見たくない。
「素晴らしい躾けです。綾子ならペガサスも躾けれるかもしれません」
「見事なトップブリーダーぶりですわ。美綴さん」
拍手で綾子を称えるライダー、キャスター。照れつつも退場する綾子。
小次郎まだ悶え中。ランサーはしばらく立ち直れそうもない。
肩を震わせて泣くランサー。彼はまた一つ何か重要なものを失った。
「さて、それでは・・・次はライダーか、キャスターか?」
「え、えっと・・・私もですか?」
修一郎の言葉に戸惑うキャスター。この一言で酔いも醒めたらしい。
「当然だ。綾子君もすばらしい芸を見せてくれたのだ。キャスターが芸を出来なくてどうする!? そんな芸の一つも出来ないで、聖杯戦争を勝ち残ろうとはサーヴァントとして召喚された身として情けなくは無いかっ!?」
「・・・別にできなくても勝ち残ることは出来るとは思いますが」
「いえ、マスターの言うことも頷けます」
修一郎の言葉を否定するキャスターにライダーは真剣な顔をして言う。
「もし今後、聖杯戦争のルールが変更になって勝負の内容がかくし芸となったとき、キャスター、あなたは戦わずして敗北することになる」
「・・・ライダー、あなた正気ですか?」
「私はもちろん正気ですじょ?」
嘘だ、絶対に酔っている。その言葉を口に出せないほど今のライダーには迫力があった。
「キャスター。あなたが一人で芸をできない、と言うのであれば私も協力します。マスター、ここは私とキャスターのコンビでもいいですか?」
頷く修一郎にライダーは微笑むと
「すみません。それでは準備のため一度席をはずします」
そう言ってライダーは戸惑うキャスターを連れ部屋を出て行った。
「・・・・彼らは一体・・・」
出て行くナース服の二人を見送りながら本川越は呟く。どこからどう見てもナースだ。しかもそれは神々しいまでに輝くナース服だ。たとえ色が白はともかく黒もあったとしてもそれは感涙に値するナース服だ。
「ね、店長!よかったっス!目の前を通り過ぎていく美人ナース。これだけで萌えっス!!」
ジョッキを片手に涙を流す向井田。すでにビールは生ぬるくとても飲めたものではない。注文を運んだはずだが、一連の宴会芸をドアの隙間から見ることに夢中になっていた2人はそんなことは頭からきれいさっぱり消えていた。
「店長、注文した品が来ないってお座敷からクレームが・・・って2人とも何してるの?」
北川が至福のひと時に包まれている2人に声をかける。注文されたお酒を運んで30分。戻ってこない2人を呼びに来たらドアの影で恍惚とした表情で立ちすくむ男2人。それは異常な光景だ。
「・・・は、ああ、北川君。すまん、すまん。向井田君がおかしくなっていたのでね。ちょっと注意していたところなんだよ」
少し先に戻ってきた本川越が北川に言う。充分に店長も別の世界の住人になっていたが・・・あえて口に出して不評を買うこともない、と北川は思う。
「あー、クレームも来た事だし、ここのお座敷は僕が専属で対応しよう。そういうことだ」
「て、てんちょー!!それは横暴ッス!! 職権乱用っス!!」
我に返った向井田が叫ぶが本川越は無視した。
「それでは温くなったビールを下げて新しいのを運ぼう。向井田君、君には失望した。接客の一つも満足にできないとは・・・な」
ニヤリ、と悪代官の笑みを浮かべる本川越。北川は訳がわからないと。向井田は血の涙を流しながら叫ぶ。
「こうなりゃ下克上っス!!」
ここに冬木駅前繁華街つ○八早春戦国時代が幕を開けるのだった。
「美人のナースが見てみたい」「介護されてぇ」「触りたい」「(夜の)お友達になりたい」
などと言う不順極まりない理由から始まったこの戦いはアルバイト、社員、店長の身分を問わず男性スタッフが竹串、あつあつグラタン、フライパンなどで武装し、生き残るのはただ一人、とばかりに血で血を洗う戦いを繰り広げるのだがそれはまた別のお話である。
その中でただ一人、冷静な目で男達の戦いを見ていた北川 玲子(20)はのちにこの戦いについて訪ねられたとき、こう語った。
「なんか、○活の任侠モノを生で見れたっていうか・・・・感動ものだったわぁ」
閑話休題
「ラ、ライダー。打ち合わせって何をする気ですか!?」
「最高の芸です。マスターは私達に最高の舞台を用意してくれました」
ニヤリ、と眼鏡を光らせて不敵に笑うメーちゃん、もといライダー。
「私達がこのナース服を着ているかぎり勝利は絶対です!最強のサーヴァントと言われるセイバーも凶悪無比と言われるバーサーカーも敵ではありませんッ!!」
「・・・ライダー、あなたやっぱり酔っていませんか・・・?」
「全然、酔っていないですじょ?」
ああ、まともそうに見えてやっぱりライダーは酔っている。キャスターはがっくりとうなだれる。そんなキャスターを無視してライダーは一冊の本を取り出した。
「何をうなだれているのです!!私達の勝利はこの本によって描かれています!!」
どうでもいいけどトイレで騒ぐのは止めましょうライダー。
「・・・・注文こないな」
「こねーな」
修一郎はそう言って皿に残ったパセリなんかを齧る。ランサーものそのそと起き上がって溶けかかった氷をほお張る。綾子は騒ぎ疲れたのかうつらうつらとランサーにもたれ掛かっていた。小次郎も起き上がって猪口を舐めたりしている。着物といい顔といい赤く染まっているのは笑えるが。
修一郎たちは知る由もないが今、厨房では男達が血で血を洗う抗争の真っ只中にいた。現在、店では注文の品が届かないという苦情が次々と訪れた客から寄せられていたがそれに対してまともな判断を下せた女性スタッフはただひたすら頭を下げるばかりである。
「しかし・・・こう時間が空くと酔いも醒めるな」
最後の一滴を名残惜しそうに飲み干して小次郎は呟く。
「・・・どうなってるんだ、この店は」
「まったく」
しん、とした静けさの中3人は静かに注文の品を待つ。決して届かないというのに。
「・・・そういえばメーちゃんとキャスター遅いな」
「・・・トイレじゃねーか?」
「ふむ、まあしばし待とうではないか」
会話が続かない。再び静まる部屋。もう3人の酔いはすっかり醒めていた。
「・・・って本当にこんなことをするんですかライダー!?」
「そうです!これで優勝は間違いなしっ!!」
「一体何に優勝する気ですか・・・」
キャスターの突っ込みは無視された。ため息をついて本に目を通す。こうなったら酔っているとはいえライダーを信じてやるしかない。芸の一つや二つできないでサーヴァントは名乗れない。そもそもランサー、あの変態に負けるわけにはいかないのだ。キャスターは覚悟を決めた。
芸をしなければ、などという発想から抜け出せないでいるキャスター。彼女もライダーと同じくドジッ娘の属性が十分にある。普通に考えたらサーヴァントのすることではないだろうに・・・
「遅いな、2人とも」
「かすかに向こうから断末魔にも似た声が聞こえるのは気のせいか?」
「・・・戦場のようだな」
修一郎はさすがに心配になって内線を取る。10コールしたが結局相手は出なかった。
「何か店の方であったのかな?」
「む、修一郎殿。これは戦場で聞くトキの声ではないか」
「兄貴、もしかして他のサーヴァントか!?」
立ち上がる2人。ランサーも綾子を壁に寄りかからせて立ち上がる。戦いに愛しい人を巻き込むわけにはいかない。
3人は真剣な表情で頷き合うとドアに手を伸ばそうとして・・・ドアが開いた。
「おまたせしましたッ!!」
そこには気合十分のキャスターとライダーが立っていた。
突然のことにポカン、となる3人。
「それでは私達の合体技をお見せします!」
唖然となる3人をよそにキャスターとライダーはポーズをとる。
「地域限定正義のヒロイン!」
「ナースでフリフリ、看護しちゃうぞ!!」
「親切丁寧かさむ医療費」
「小さな怪我も手当てで大怪我!!」
「かわいい患者は誘惑したい」
「邪魔な婦長に下剤を盛りたい」
「いつか乗りたい玉の輿」
「患者ではなく医療費の味方」
「自分が一番、患者は978番」
「あなたの心音、響け16ビート」
「あなたの血液、献血しましょ」
「白衣の天使ホワイト・ナース!!」
「黒衣の天使ブラック・ナース!!」
「「みんなまとめて」」
ビシッ、とポーズが決まる。
「「看護しちゃうぞ(はーと)」」
沈黙。
痛々しいまでの沈黙。
ポーズを決めたまま動かないキャスター、ライダー。
目を逸らすランサー、小次郎。
2人は何か言ってやれ、とばかりにマスターである修一郎を見た。
修一郎は困惑していた。
冬木に来てから一番混乱していた。
突然の出来事でもあったし、予想外すぎる展開についていけなかった。
いつもの彼ならば
「萌え―――――――――――――――――――――――――!!!」
と叫んで転がりまわっていたことだろう。
だが、酔いが醒めたわずかな時間、最も頭の醒めた時間。
そしてこの展開。
キャスターとライダーの身体を張った芸に対して修一郎は最もやってはいけないことをやってしまった。
修一郎は集まる視線のプレッシャーの中、つい、と目を逸らしたのだった。
「・・・ん」
目を覚ました綾子が見たのは阿鼻叫喚の光景だった。
「いや――――――ッ!!!死なせて、死なせて―――――――――ッ!!!」
「マスタ―――――ッ!!死んで!死んで!!私も死にますからッ!!!」
自らに巨大な釘を刺そうとするライダーを必死で止めるランサーと小次郎。
泣きながら修一郎を輝く拳で殴りまくるキャスター。
「メーちゃん、止めろ、止めろ―――――ッ!!!」
「ライダー殿、気を確かに、確かに―――――――――ッ!!!」
「げふっ、や、止めてくれキャスター。もうマジで本当に死ぬ、死んじゃいます」
吹っ飛ばされるランサー。
なんとか背後から羽交絞めしてライダーを止める小次郎。
ボコボコに殴られて顔がかぼちゃのようになった血まみれの修一郎。
「いや―――――――――ッ!!死なせて―――――――――ッ!!」
「あは、あははは・・・・!!」
「殿中でござる――――――――ッ!!」
「やめろライ・・・げふいッ!!!」
「ああ、光が見え・・・げふっ! ごはぁッ!!!」
首をかしげる綾子をよそに宴の始末は続くのだった・・・
「・・・ひどい宴会だった」
「・・・まさに地獄よ」
顔をボコボコに腫らした修一郎がぼやき、隣を並んで歩いていた小次郎が頷く。
一行は居酒屋を出て帰途についていた。2人の背後には並んで泣きながらついて来るナース姿のキャスターとライダー。その更に後ろには綾子に肩を貸してもらいながらヨロヨロと歩いてくるランサーの姿があった。
宴の始末は壮絶だった。
ピクピクと嫌な感じに痙攣を始めた修一郎と壁に頭からめり込んで動かないランサー。
魔力、気力、体力ともに尽きたキャスターとライダーがへたり込んで泣き出してようやく宴は終わったのだった。
「な、何があったの・・・・?」
「ふっ・・・2人を頼む。私も限界・・・だ・・・」
ただ1人立っていた小次郎は綾子の問いにそう答えて崩れ落ちた。
盛大な音を立てて床に倒れた小次郎は何かをやり遂げた漢の顔をしていた。
「我が生涯に一片の悔いなし」
そんなフレーズの似合ういい顔だった。
「・・・メーちゃんも予想できないことをしてきたよなぁ」
修一郎はそう言ってメーちゃん、もといライダーが持っていた本をトランクにしまう。
それは幻の同人誌『看護しちゃうぞ』だ。内容は某病院に勤務する看護婦2人、手厚い看護をするホワイト・ナースと天性のドジキャラで何かするたびにケガ人を出すブラック・ナースがヒロインのちょっぴりエッチなヒーロー物だ。2人にお世話させられた患者は退院日に多額の医療費請求をさせられるという・・・オリジナル作品でありながら高い完成度を誇るこの同人誌は10年ほど前にわずか50冊ほどしか作られなかった幻の一品。
「何でも鑑定団」に出せば数百万の値がつくと言われる「お宝ハンター」が求めて止まない同人界の至宝だ。作者は「坂遠 某」とか言うのだがこの作品を最後に「戦争に出なくてはいけない」と言って同人界から消えた。
その後、彼の作品を見ることは無くなったが、この作品を見る限り惜しい人材である。
「ライダー殿は酔っていた。正常な判断ができなくてもしかたあるまい。それよりも修一郎殿。我々はどこに向かっているのか?」
「マンションだけど・・・って、あれ?」
修一郎は小次郎に言われて足を止めた。いつの間にか繁華街を出て人気のない寂しい場所に出てきてしまったようだ。どうやらいつもの修一郎・EX特技、どこでも迷子が発動したらしい。
「冬木中央公園」
街灯もなく、闇の中、悪意がうごめくこの場所に修一郎たち一行は足を踏み入れてしまっていた。何かが闇に潜んでいる。静寂の中に響くキャスターとライダーのすすり泣きに混じって何かが蠢くのを修一郎と小次郎は感じた。
「漁師!いつまでも綾子君に寄りかかるな。何かいるぞ!」
「キャスター殿!ライダー殿!いつまでも泣いている場合ではない!来るぞッ!」
修一郎と小次郎の言葉にどこからともなくしわがれた爺の笑い声が響き、正面の闇から着物姿の爺がゆらり、と現れる。
「ふぉふぉふぉ・・・さすが4人ものサーヴァントを従えるマスターじゃ。儂の気配を察知するとはなかなかのものじゃ」
「・・・むっ、と言うことは爺さん、あんたも聖杯戦争の関係者か?」
「ふぉふぉふぉ・・・間桐 臓硯。
お主に敗れて病院送りになった間桐 慎二の祖父じゃ。
腑抜けの孫に代わってマスターを見捨てたサーヴァントを仕置きに来た、というわけよ」
臓硯の言葉にビクッと肩を震わせるライダー。
「・・蟲はいや、蟲はいやです・・すみません、ごめんなさい・・・」
うわごとのように呟き震えるライダー。
臓硯の視線からライダーを守るように修一郎がその間に入る。
「メーちゃんのマスターは俺だ。他人にどうこう言われる覚えはないな」
真剣な顔で臓硯を睨む。
背後でライダーが「マスター・・・」と感極まった声を上げる。
よっしゃ、プラグ1成立。この調子でメーちゃんを攻略していこう。
「・・・マスター、声に出して言っては雰囲気ぶち壊しだと思いますが」
「なんつーか、百年の恋も一瞬で醒める・・・そんな感じだよ、早瀬さんを見ていると」
キャスターの冷静な突っ込みとため息まじりの綾子のコメント。
「キャスターと綾子君の言葉が痛い!メーちゃんの視線が痛いッ!!」
「兄貴・・・そりゃ自業自得ってもんじゃねーか」
転げまわる修一郎にランサーが呟く。
「・・・くっ! 臓硯め!! よくも俺の株を大暴落させたなっ!!」
「自分で大暴落させたんじゃろーが」
立ち上がり怒りの形相で臓硯を睨む修一郎。しかし周囲の視線は冷たい。
修一郎は冷や汗をかきながらビシッと臓硯を指す。
「ごほん、ともあれ臓硯、おまえが俺の敵だということはわかった。容赦なくぶちのめすから泣いて土下座しても許してやらないぞ。サーヴァントも連れていない爺なぞ俺の敵ではないッ!!正々堂々と全員でフクロにしてやるッ!!」
「・・・フクロのどこが正々堂々なのさ」
「綾子君、冷静な突っ込みをありがとう。だが時には勝ためには手段は選ばないという非道も戦いの中では許されるのだッ!!」
「ふぉふぉふぉ・・・その通りじゃよ若造。だが残念ながら儂にもサーヴァントはおる。のう、アサシン?」
臓硯はニタリと笑って小次郎を見た。その言葉に小次郎は顔面蒼白でガタガタと震えだす。
「・・・小次郎?」
心配そうに声をかけるキャスター。
「ッ!危ねぇ!!」
ランサーが前に出て臓硯の背後よりキャスター目掛けて飛んできたダガーをゲイボルクで弾く。
「誰だ!?出てきやがれっ!?」
ランサーの言葉に前にゆっくりと姿を現す白い髑髏仮面。臓硯が高らかに叫ぶ。
「カカカカ・・・ッ!!! さぁ若造!!サーヴァントの数が決定的戦力差でないことをわからせてやるッ!!」
「なんか正しいけどおまえに言われると非常にムカつくぞ!!そのセリフッ!!」
修一郎が魂の叫びを上げる。
「カカカカッ!言ったもの勝ちじゃ!さぁ、行け真アサシン!!やつらを倒すのじゃ!!」
髑髏仮面、真アサシンはゆっくりと修一郎たちに迫る。
その姿に絶句する修一郎一行。
「のぁぁあぁぁあああっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
その姿に頭を抱えて絶叫し小次郎は崩れ落ちた。
ゆっくりと迫る真アサシン。
一同言葉も出ない。
「カカカカッ!!どうした恐怖に言葉も出ないか!?」
得意げに笑う臓硯。
「・・・いや、っていうか気持ち悪すぎて関わりたくない、って感じかしら」
綾子が冷静に突っ込む。
「・・・カ」
臓硯の笑いが途絶え辺りは静寂に包まれる。
真アサシン。
2メートルを越す体を黒一色で統一し髑髏の仮面をつけている。
それだけならまだいい。まだ、正視できる姿だ。
が、それがオシャブリを咥えて、四つんばいでハイハイして近寄ってくる様はどう見ても異常だ。恐怖だ。関わりたくない。
そんな沈黙の中、真アサシンが吼える。
「ばぶ―――――――――」
「・・・・ちょっといいか臓硯」
いち早く我に返った修一郎が臓硯を蔑んだ目で見ながら言う。
「こいつはおまえの趣味か?」
「なッ!馬鹿にするな若造!!本当は肉体にあわせた精神を持った真アサシンが誕生するはずだったのじゃ!!これはやもえない事情によって精神が幼子になっておるだけじゃ!!儂の召喚にぬかりはないッ!!」
「・・・なんですか、その事情というのは?」
「それは・・・」
キャスターの問いに臓硯が口を開きかけたその時
「やめろっ!!やめてくれぇ!!後生だから喋らないでくれッ!!私は夢だと、夢だと信じていたいのだ!!」
小次郎がに泣き叫び臓硯をさえぎる。
その肩を優しく叩いて修一郎は言う。
「小次郎、何があったか知らないが・・・どんな辛い過去があっても、おまえがどんなヤツでも俺たちは仲間じゃないか。なぁ、みんな!!」
修一郎は微笑みながら仲間たちを振り返る。
「そうですよ」
と優しく微笑むキャスター。
「小次郎はもう俺たちの仲間だぜ」
グッ、と親指を立てて言うランサー。
「ええ、仲間です」
コクコクと頷くライダー。
「あー、もしかして私も仲間に入っているのか・・・」
と、綾子。
「胸のうちを誰かに打ち明けるだけでもラクになるだろう」
「しゅ、修一郎殿・・・」
涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる小次郎。
「私は・・・私は・・・」
小次郎は意を決して話し出した。
小次郎が召喚されたのは前にも語った通り、柳洞寺の門前だった。マスターの姿も近くになく彼は柳洞寺でお世話になる。そこまでも語った通りだった。が、寺で小次郎を待っていたのは過酷な貞操の危機だった。
山寺で悶々とした生活を送る修行僧に小次郎はあまりにも眩しかった。
美青年である。
男でも関係なし、というより男の方が好き、という閉鎖された空間で歪んだ修行僧たちの欲情はそのまま小次郎にぶつけられたのだった。
昼といい夜といい全身に舐めるような視線を浴び、隙あらば小次郎を我が物にせんと襲いくる修行僧たち。一人、また一人と返り討ちにしてもすぐさま甦りゾンビのごとく迫りくる修行僧はT−ウィルスもびっくりの状態だった。彼らの狙い・・・もとい望みはただ一つ小次郎の尻である。
柳洞寺、そこは冬木で一番正常な男にとって危険な場所。
ほとんど睡眠をとらずに襲い掛かる睡魔と疲労と闘いながら。小次郎は耐えた。
柳洞 一成という唯一まともな視線で小次郎を見てくれる少年に出会わなければ彼は途中で発狂していただろう。一成はもうすでに決めた男がいるので小次郎を欲情みなぎる視線で見ることはなかったのだ。
「・・・恐ろしい場所だな・・・」
ガタガタと震える修一郎とランサー。その顔は蒼白である。
寺から脱出できない小次郎はなんとか脱出を試みるのだが失敗、最後の望みは竹とんぼのみとなった。
「・・・これで失敗したら腹を切ろうと思った」
ポツリ、と漏らす小次郎。目がマジだ。
「それで・・・成功したのか。竹とんぼによる脱出は?」
「いや、門前に立ち、いざ、というときに・・・急激な腹痛で倒れた・・・そして」
気がついたら硬いベッドの上に寝かされていた。
「ふぉふぉふぉ・・・手術は無事に成功したぞ」
傍らには怪しげな笑い声を上げる臓硯の顔があった。何故か帯を締めている。
「ふぉふぉふぉ・・・気がついたかアサシンよ。本当はおまえを贄にして真のアサシンを召喚しようと思ったのじゃが・・・おまえはいい男じゃからのぅ・・・ふぉふぉ」
ニタリ、とおぞましい笑みを浮かべる臓硯。
「おまえを生かしたまま真・アサシンを手に入れようと手術をしたのじゃ。感謝するがいい・・・見よ、おまえの腹から生まれた赤子を!」
「ばぶー」
そこにはオシャブリを咥えた小次郎よりもはるかに大きい真・アサシンがいた。
「なっ、こんな、こんな大きな赤子が私の腹に入っていただと!?バ、バカなッ!それに私は男だ、赤子など生めるはずがないッ!!」
「いいや、おまえはこいつの母親じゃ、現代風にいうとママじゃ。何せおまえの腹から生まれたんじゃからのぅ」
真っ青になり絶句する小次郎に臓硯は頬を赤く染めて囁く。
「そして儂がこやつのパパになるかのぅ・・・老骨にムチ打って腰を振るった成果はあったようじゃ。どうじゃ、儂にそっくりじゃろう。さぁ真アサシンちゃん。ママが意識を取り戻したぞよ」
「ばぶー」
小次郎はその一言に凍りついた。腹の痛みは無くなったが尻が異様にヒリヒリと痛いということに。絶望的な目で臓硯を見た小次郎に
「うむ」
と頷き頬を染める臓硯。
小次郎は何もかもを振り切り、踏み潰してその場を逃げ出した。涙で前が見えなかった。途中なんどもなんども何かにぶつかりながら駆けに駆けた。そして商店街で力尽きて倒れたところをランサーと綾子に助け出されたのである。
「・・・うっ、うっ・・・私は、私は汚れてしまった・・・穢されてしまったのだ。それでも修一郎殿は私を仲間と言ってくれるか・・・?」
顔を上げる小次郎。そこに修一郎の姿はない。
「・・・じゃあな、小次郎。赤ん坊はアサシンなんかじゃないまともな職業につかせるんだぞ」
「小次郎さん、短い間でしたが楽しかったです。もう、二度と会うことはないでしょう」
「じゃあな、小次郎。爺さんと幸せにな」
「小次郎さん、きちんと籍は入れないと駄目ですよ。その子のためになりませんから」
「・・・同情するけど・・・私に出来ることないし」
ぞろぞろと去っていく修一郎、キャスター、ランサー、ライダー、綾子。
ショックで硬直する小次郎。その姿はまさに燃え尽きて灰になったコーナーのボクサー。
「祝福されるのはありがたいが・・・儂の目的はお主たちの殲滅よ。そんな誤魔化し方で逃げられるわけにはいかん」
修一郎たちの前に立ちふさがる臓硯。
「ばぶー」
けだるげな声を上げて真アサシンのダガーが綾子を襲う。それをランサーがゲイボルクで弾く。
「儂の野望のためここで死んでゆけ」
「へっ、そっちがやる気ならこっちは容赦しないぜ、兄貴!いいよな!?」
好戦的な目をして叫ぶランサーに修一郎はヒラヒラと手を振る。
「面倒だからお前一人で終わらせてくれ・・・俺は小次郎を戻してくるわ。なんかショックで固まったままだし・・・ライダー、キャスター。綾子君を守ってあげてくれ」
戦力的に見てランサーがあの真アサシンに負けるはずはない。ランサー一人に任せておいても大丈夫だろう。この場をランサー任せて小次郎に駆け寄る修一郎。
絶妙なタイミングで放ったアレはやりすぎだったかも・・・と少し反省する。
が、悪いのは俺だけじゃないし・・・みんなノっていたしなぁ。
「おい、小次郎。しっかりしろ」
そう言って小次郎を揺さぶるが彼は白く燃え尽きたままだ。
その時――――――――――
「げふぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ランサーが断末魔の叫びを上げ、泡を吹いて崩れ落ちる。
驚き振り返る修一郎の目にニタリ、と笑う臓硯の姿があった。
ピクピクと痙攣を繰り返すランサー。
「カカカカッ!!手加減はしておいたわい。死にはしないが戦える状態じゃないのぅ」
「な、キャスター!! 漁師に何が起こった!?」
修一郎の叫びに顔を赤く染めたキャスターが口を開こうとしてためらった。ライダーも綾子も同じように顔が赤い。が、ライダーがためらいがちに口を開く。
「・・・宝具です・・・男性限定の・・・」
そう言って真っ赤になってうずくまるライダー。耳まで赤い。
「カカカカッ!見たかこれが真アサシンの宝具、妄想■■!!エーテル塊の■■を浮かび上がらせそれを握りつぶすことにより大ダメージを与える最強の宝具よッ!!」
臓硯の言葉に絶句する修一郎。さらば漁師、男としての君は死んだ。
「さぁ、次は若造ッ!!貴様の番だッ!!」
「な、そんな恐ろしいことをされるなら・・・!!」
修一郎はそう叫んでキャスターたちに駆け寄る。
「せめて最後にいい思い出を・・・!!」
血走った目で駆けてくる修一郎に迎撃体制をとる3人。
「「「真面目にやれ―――――――――――――ッ!!」」」
キャスターの黄金の拳が、ライダーのハイキックが、綾子の釘バッドが修一郎をぶっ飛ばす。血と涙を流しながら大地に叩きつけられる修一郎。そのまま数メートル転がってベンチを破壊して止まる
「なッ」
それを唖然とした顔で見る臓硯。倒すべきマスターは配下のサーヴァントによって倒された。それは臓硯が知る聖杯戦争において一番情けないマスターの姿だった。500年生きてきたがサーヴァントに突っ込みを入れられるマスターなど見たことがない。
「・・・カカカカッ!!若造を倒したところで儂がおまえたちを殺すのを止めるわけなどないわっ!やれぃ、真アサシンよッ!!」
「キャスター、防壁を!!」
「わかっています!美綴さん、私たちの後ろに!」
が、わずかに真アサシンのダガーが早い。
「間に合わない!?」
急所を狙った一撃は確実にキャスターの命を奪うことになるはずだった。
ダガーが肉に刺さる嫌な音が響き、血が大地に零れ落ちる。
目をつぶっていたキャスターが恐る恐る目を開ける。
体のどこにも傷はなく
「・・・まったく・・・少しぐらいいい思いしてもいいじゃないか」
キャスターをかばうようにトランクを掲げる修一郎の背中が目の前にあった。
「・・・おまえは不死身か・・・?」
「ばぶぅ」
臓硯が平然とした顔でキャスターの前に立つ修一郎に驚異の視線を送る。真アサシンも脅えている。
「あー、日常的にぶっ飛ばされるからなぁ・・・要は慣れだ、慣れ・・・しかし、痛いものは痛い」
そう言って肩に深く突き刺さったダガーを引き抜く。血がこぼれ出て再び大地を血で染める。
「本当は3本全て防ぐ予定だったが・・・しくじった」
2本はトランクに弾かれて足元に突き刺さっている。
「マ、マスター・・・?」
キャスターが唖然とした顔で修一郎を見る。それにニヤリと笑いかけ軽く頭を撫でる。
「3人とも小次郎と漁師を頼む。俺はあいつらの相手をする」
そう言って修一郎はキャスターの背中を押す。
「キャスター、安心しろ。俺は死なない」
不安そうに立ち止まるキャスターにそう笑いかけウインクする。
「・・・わかりました」
キャスターの言葉に頷くと修一郎は臓硯と真アサシンに向き直る。
「正気か、若造。サーヴァント相手にマスターが戦いを挑むとは・・・気でも狂ったか?」
「ふっ・・・この早瀬 修一郎。赤子と爺に負ける気はせん」
「吼えたな・・・行けぃ!真アサシン!!バカな若造を串刺しじゃあ!!」
「ばぶ――――・・・・ばぶ?」
臓硯の叫びに投擲を開始しようとして真アサシンの動きが止まる。その視線の先は修一郎の手に握られている。
「はぁ〜い、真アサシンちゃんよいこでちゅね〜、ミルクの時間でちゅよ〜」
「ばぶ」
フラフラと無防備に近づいてくる真アサシン。驚愕の視線でそれを見つめる臓硯。修一郎の手にはいつの間にか哺乳瓶が握られていた。ちょうどいい温度に温められたミルクは職人の領域。赤ん坊を魅了して止まない禁断の果実。
「は〜い。真アサシンちゃん、ミルク欲しいでちゅか〜。欲しかったら危ないものは捨てて来るでちゅよ〜」
赤ちゃん言葉を操り真アサシンを誘導する修一郎。ちょっと微妙な光景だ。
「・・・な、何をしておる!! ミルクならば後でいくらでも飲ませてやるから今はそいつを殺すのじゃ!!」
我に返った臓硯が叫ぶ。
「ばぶ」
その言葉に再び修一郎に向け投擲を開始しようとする真アサシン。
だが、その動きもまた途中で止まる。今度もその視線は修一郎の手の中。
「は〜い、真アサシンちゃ〜ん。ガラガラですよ〜」
手の中のガラガラを鳴らす修一郎。
「ばぶぅ・・・ばぶ」
興味深げに首をかしげて音のするおもちゃを見つめる真アサシン。
赤ん坊ならばかわいいしぐさかもしれないが2メートルを越す大男、髑髏仮面がやっても不気味なだけである。
「だぁ――――――――ッ!!何をしておる!!おもちゃぐらい後でいくらでも買ってやるわ!!さっさとその若造を殺せッ!!!」
「ばぶ」
「真アサシンちゃ〜ん。ゴリラさんでちゅよ〜」
そう言う修一郎の足元にはタンバリンを鳴らすゴリラのぬいぐるみが・・・。
「それも後で買ってやるからさっさとそいつを殺せッ!!」
「そろそろオネムの時間でちゅよ〜」
そう言って修一郎は2メートルほどのベビーベッドを真アサシンの前に組み立てる。その真上には回転する吊り下げ型オルゴールが。
「ばぶぅ」
フラフラと修一郎の方に近づいていく真アサシン。修一郎が物量をもって臓硯との戦いに勝利した瞬間である。
「なっ!何故だ!?何故、マスターである儂を裏切る!?」
ベビーベッドで丸くなる真アサシンを見て臓硯が悲痛な声を上げる。
「・・・ふっ、知れたことを・・・赤ん坊は母親の元が一番に決まっているではないか!」
「なっ!!」
驚愕に打ち震える臓硯。修一郎はキャスターとライダーに引きずられるように連れてこられた小次郎を見てニヤリと笑う。
「俺と勝負をしたときに小次郎がこっちにいた時点で臓硯、おまえの敗北はすでに確定していたのだ」
「マスターでは、父親では・・・母親に勝てないとでもいうのか!?」
「・・・つーか、おまえには愛が足りないぜッ!!」
ルール・ブレイカーをチクリと真アサシンに突き立てる。5体目のサーヴァント、その令呪が修一郎の左肩に浮かび上がる。
そして修一郎とベビーベッドの周りにキャスター、ライダー、アサシン、真アサシン、復活したランサー、綾子が集まる。ランサーは往生際が悪くて九死に一生を得た。
戦力7対1。
「さて、臓硯。俺が最初に言った言葉を覚えているか?」
バキ、ボギ、といい音を拳からさせて修一郎が臓硯を見下ろす。
「な、まて、すまんかった。儂の負けじゃ!おとなしく余生を縁側で茶を啜りながら生きるからフクロだけは・・・フクロだけは・・・」
土下座をする臓硯。500年も生きた魔術師とは思えない哀れぶりである。
だが
「だめね」
キャスターが宣言する。
「な、ま、まて、待つのだ、話し合おう。儂は棺桶に片足突っ込んだ哀れな爺じゃ、爺なんじゃ!こんな爺を虐待して何が楽しいんじゃ!」
臓硯の言葉に修一郎はニタリ、と笑う。
「弱者に生きる道理はなし!」
と、修一郎。
「そうやって命乞いをしてきた者をおまえは助けたことがあるの・・・?」
ため息とともに呟くライダー
「悪党の泣き言など聞こえんな!」
ランサーがとどめ、とばかりに宣言する。
「封印解除・暗黒神殿!」
ライダーの魔眼封印が解かれる!!
「吹き飛びなさい!!」
キャスターの高速神言魔術が炸裂する!!
「燕返し!!」
修行の果てに魔法の域まで達した小次郎の秘技が切り裂く!!
「ばぶぅ!」
真アサシンの宝具・妄想■■が臓硯の■■を握りつぶす!!
「ゲイ・ボルク――――――――!!」
ランサーのゲイボルクが臓硯に迫る!!
「ホームランアタック!!」
綾子の釘バッドが鈍い音を立てて命中する!!
「必殺!毒ガス攻撃!!」
修一郎の投げたバルサンが臓硯を包む!!
「・・・虚しい戦いだった・・・」
臓硯だったものを前にして小次郎は呟く。その頬を一筋の涙が伝う。臓硯によって汚された過去は消えず、心にも大きな傷を負った。失うものが多すぎた戦いだった。
「小次郎、臓硯は倒れた。あとは君が前向きに生きることだ。心の傷は時が癒してくれるだろう」
修一郎はそう言って小次郎の肩にポン、と手を置いた。
「修一郎殿・・・」
修一郎の優しい思いやりのある言葉に感極まる小次郎。
「だからさ、小次郎」
そう言って小次郎に微笑む修一郎。
「あの真アサシンの面倒は小次郎が見てくれ。お腹を痛めて生んだ小次郎の子だし」
そう言って立ち去る修一郎の背後では小次郎が血の涙を流しながら声にならない叫びを上げていた。彼の傷はしばらくは癒えそうにない。