Fate/Another Blade prologue(M一成・キャスター 傾シリアス)


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1: 風還 (2004/04/14 02:35:08)[goagoa at selene.dricas.com]

月が雲に隠れ、冷たい雨が降る夜。
家の周りは深い森に囲まれ、一歩外出でれば一寸先も見えぬ闇に覆われている。
こんな夜に本堂で独り座禅など組んでいると、世界中に自分一人しかいないかのような不安に襲われる。
「まだまだ修行が足りんな、俺も…」
自虐的な笑みを浮かべ、軽く呟く。

ここ数日、どうも胸がざわめく。
十年前にも一度感じた事がある、厭な感じのざわめきだ。
あのときは新都の方でなにやら大きな火事があって、ずいぶんな人が死んだらしい。
またなにやら起きねばよいが、と思い親父殿に一度相談したのだが、
『祭りの前はそこら中浮かれるものよ、はっはっは!』
と、豪快にのたもうた。ふむ、当分この地で祭りの予定はなかったと思うのだが……大丈夫か?親父殿。

ふと、空気が揺らいだ気がして、立ち上がり表を覗いてみた。
「……気のせいか」
闇に慣れた目にも、動くものは雨粒以外何も見えぬ。己の不安が作り出した錯覚かとも思ったが、念のため目を閉じて精神を拡げてみる。
「−−−−む」
俺の力量(レベル)でははっきりとした事は解らぬが、確かに何か動くものが結界内に存在している。
「親父殿も感じてはいると思うが、起きてこぬところを見ると−−−悪しきものではないか」
俺程度に感じられるのだ。親父殿ならとうの昔に察知していた事だろう。
「だが、この雨だ。捨て置けぬか……」
俺は傘も差さずに、サンダルを履くと雨の中に飛び出した。
気配は森の中だ、傘は邪魔になるだろう。

雨の中弱々しい気配をたどり森の中を進む。ガキの頃から遊びや修行で知り尽くした森だ。危なげなく歩を進めていく。

それが俺、柳洞一成の聖杯戦争の始まりだった。

interlude

……雨の音が聞こえる。
月のない夜だった。
周囲は一点の明かりもない暗闇で、からっぽな心のまま彷徨った。
そこで出会った。
血まみれの体と、冷え切った手足のまま。
どんな奇蹟よりも奇蹟のようだった、その偶然に。

それは、柳洞寺のあるお山だった。
降りしきる雨。
鬱蒼と茂った雑木林の中を、彼女はあてもなく彷徨っていた。

「ハア−−−ハア、ハ−−−」

血の跡を残していく。
手には契約破りの短刀。
紫の衣は雨に濡れ、白い手足は冬の雨に凍えていた。

「ハ−−−−ハア、ア−−−−………!」

木々に倒れ込みながら歩く。
泥に汚れ、呼吸を乱し、助けを求めるようにして手を伸ばして歩き続ける。
その様は、常に余裕を持つ彼女とは思えない。
否、その魔力さえ、面影は皆無だった。

−−−消耗している。
彼女にはもう、一握りの魔力しか残されていない。
サーヴァントにとって、魔力は自己を存在させる肉体のようなものだ。
それが根こそぎ失われている。マスターから送られるべき魔力もない。
だが、それは当然だ。
たった今、彼女は自らのマスターを殺害した。
彼女の消耗は、偏にそれが原因である。

彼女−−−キャスターのサーヴァントは、自由を得た代償として、この山で独り消えようとしていたのだ。

「ハ−−−−アハ、アハハハ−−−−」

乾いた笑い。
自分の身が保たないこともおかしければ、下卑たマスターの寝首をかいたこともおかしかった。
ついでに言うのなら、マスターとのつながりを甘く見ていた自分の甘さもおかしくて仕方がない。

−−−−彼女は、実に上手くやった。
彼女のマスターは正規の魔術師だった。
年の頃は三十代で、中肉中背で、あまり特徴のない男だった。
戦う気もないくせに勝利だけを夢見ている、ほかのマスターたちの自滅を影で待っているだけの男だった。
男は、キャスターを信用しなかった。
魔術師として優れたキャスターを疎み、他のサーヴァントに劣る彼女を罵倒した。
数日で見切りをつけた。
彼女は従順なサーヴァントとして振る舞い、男の自尊心を満たし続けた。
結果として簡単な、どうでもいい事に令呪を消費させたのだ。
令呪などなくてもいい、と。
令呪の縛りなどなくとも彼女はマスターに忠誠を誓っている、と信じ込ませた。
結論として、信じる方が悪い。

マスターはどうでもいいことに三つ目の令呪を使い、その瞬間キャスターの手によって殺された。

容易かった。
あの男との契約が残っていることも不快だったので、殺すときは契約破りでトドメを刺した。
「っ−−−−く、あ−−−−」
だが、彼女は失敗した。
サーヴァントはマスターからの魔力供給で存在できる。
それは何も”魔力”だけの話ではない。
サーヴァントはこの時代の人間と繋がる事により、この時代での存在を許されるのだ。
つまり−−−自らの依り代、現世へのパスポートであるマスターを失うという事は、”外側”への強制送還されるという事なのである。
……しかし、それでもここまで消耗はしない。
これは、彼女のマスターが残した呪いだ。
彼女のマスターは、自信より優れた魔術師であるキャスターを認めなかった。
故に彼女の魔力を、常に自分以下の量に制限していたのである。
人間程度の魔力量で英霊を留めておける筈もない。
本来の彼女ならば、マスターを失った状態でも二日は活動できるだろう。

だが今は違う。
魔力は存在するだけで刻一刻と激減していき、ついには底が見え始めた。
……おそらくは、あと数分。
このまま次の依り代を探し、契約できなければ彼女は消える。
何も成さず、ただ蹂躙される為だけに呼び出された哀れなサーヴァントとして、戦う前に消えるのだ。

「ア−−−−ハア、ハ−−−−」

悔しかった。
悔しかったが、どうという事もなかった。
だって、いつもそうだったのだ。
彼女はいつだって不当に扱われてきた。
いつだって誰かの道具だったし、誰にも理解される事などなかった。

−−−−そう。
彼女の人生は、他人に支配され続けるだけの物だった。

神という選定者によって選ばれた英雄を助ける為だけに、まだ幼かった王女は心を壊された。
美の女神とやらは、自らが気に入った英雄の為だけに、知りもしない男を愛するように呪いをかけ。
少女は虚ろな心のまま父を裏切り、自らの国さえ裏切らされた。
……そこから先の記憶などない。
すべてが終わった後、王女であった自分は見知らぬ異国にいた。
男の為に王である父を裏切った少女。
祖国から逃げる為に弟を八つ裂きにし、無惨にも海に捨てた魔女。

−−−そしてそれを望んだ男は、王の座を得る為に、魔女など妻にできぬと彼女を捨てた。
操られたまま見知らぬ異国に連れ去られ、魔女の烙印を押され、唯一頼りになる相手に捨てられた。

それが彼女の起源だ。

彼女に咎はなく、周りの者たちもそれを承知していた。
にもかかわらず、人々は彼女に魔女の役割を求め続けた。
王の座を守る為の悪。
暗い迷信の受け皿になってくれる悪。
彼らは、あらゆる災害の原因を押しつけられる、都合のいい生け贄が欲しかったのだ。

そのシステムだけは、いつの時代も変わらない。
人間は自信が最良であるという安堵を得る為に、解りやすい悪を求めるワケだ。
そういった意味で、彼女は格好の生け贄だった。
頼るべき父王は異国の彼方。
彼女を弁護する者など独りとしておらず、人々は気持ちよく彼女に咎を押しつけた。

生活が貧しいのも、
他人が憎いのも、
人々が醜いのも、
人が死ぬ事すらも、
すべてはあの魔女の仕業なのだと極め付けたのだ。

「は−−−−はは、あ、は−−−−」

……だから受け入れてやっただけ。
どうせ魔女としてしか生きられぬなら、魔女として生きてやろうと。
おまえたちが望んだもの、おまえたちが祭りあげたものがどれほど醜いものなのか、真実その姿になって思い知らせてやろうと、誓っただけ。
おまえたちがおまえたちの咎を知らないというのなら、それでいい。
それを知らぬ無垢な心のまま、自らの罪によって冥腑に落ちて、永遠に苦しむがいい。
彼らは冥府から出られやしない。
だって罪の所在が解らないのだから、一生罪人のままで苦しむしかない。

それが−−−彼女が自分にかける存在意義。
魔女と呼ばれ、一度も自分の意志で生きられなかった少女の、彼らが与えた役割だった。

「あ−−−−ぁ−−−−」

だが、そんなこと。
本当は誰が望んだわけでもない。
彼女だってそれは同じ。
彼女は自分の望みもないまま、ただ復習を続けるだけだった。

−−−−そう。
この瞬間、見知らぬ誰かに出会うまでは。

がさり、という音がした。
「−−−−−」
倒れそうな意識のまま、彼女は目前を睨んだ。
時刻は深夜。
こんな山林に、まさか寄りつく人間がいようとは。
「そこで何をしているんですか?」

まだ若い声だった。
若く、瑞々しく、生命力に満ちた少年と青年の間のような声。
相手を視認する余裕さえなかった。
ただ終わった、と思っただけ。
彼女には魔術を行使する力もない。
紫のローブは防寒具に見えない事もないだろうが、腰から下は返り血で真っ赤だ。
この雨の中、血に塗れた女が隠れている。
それだけで、この人間が何をするかは明白だった。
まずは逃げる。
その後はどうするだろう。通報するか、見なかった事にするか。
……どちらにせよ、もう満足に動けない彼女には関係のない話だったが。
それで、最後まで残っていた気迫が萎えた。
彼女は生前と同じように、独りきりの最後を迎えた。


−−−きっと、そうだと思っていた。

気が付くと、その場所にいた。
目前にはあの人間−−−林で出会った男が座っていた。
「目が覚めましたか。意識ははっきりしていますか?話は、出来ますか?」

それが初めの言葉。
彼女が呆然と男を見つめると、

「あなた、人間ではありませんね」

男はとんでもない事をさらりと言った。
まるで、初めからわかっている事実を確認するかのような、何の気負いも躊躇いもない声で。

……それが彼女のマスター、柳洞一成との出会いだった。

interlude out




あとがき

 初のSSです。
 何でこんな事になったのか自分でも解らないのですが
 どうしても書きたいシーンが出来てしまいましたので、力不足ながら挑戦してみました。
 ネタがかぶった方、ごめんなさい……


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