『そのいち』
夢を、見た。
「――――体は――で出来ている」
一面石が張られた、広い空間。
「――――血潮は――で、心は――」
俺がいて、人が他に二人いて、ナニカがいる。
「――――幾度の――を越えて――
ただ一度の――も無く、
ただ一度の――もなし」
これは、俺の声とよく似ている。
「――――−−−は此処に独り、
−−−で−を開く」
これは、昔の夢?
――――違う。
いまの俺と、同じ背丈をしている。
どちらにせよ、俺はこの言葉は知らない。
「――――この体は、無限の――で出来ていた」
俺は、衛宮士郎は、
記憶を無くしたばかりなんだから――――!
はじめがき
なんかいきなり首絞めてます。自分で自分を。
はうっ。
『その以下略』
――――変な夢を、見たと思う。何となく、目覚めは悪い。
そういえば、無くした記憶に関することだった気がする。
『俺』が気がついたときは、4日前の目覚めの朝。
蔵の中で目覚めた途端、いきなり自分の記憶が殆ど無いことに気づいた。
自分が誰か解らない。
自分が何処にいるか解らない。
自分がいつにいるのか解らない。
解らない・・・解らない・・・解らない・・・・・・・・・・・・
がんばって思い出そうとしても、浮かんでくるのは唯一の魔術、強化の仕方。
なぜ唯一と言い切れるのか、そもそもなぜ魔術と解るのかを考える暇も無く、
俺の意識は深く深く落ちていく・・・・・・
再び気づいたときには、誰かの膝枕の上。
上から見下ろすは、その本人である女性の顔。
その顔を見て、何故か安心を覚える自分がいた。
「士郎、大丈夫?」
その人が、俺のクラスの担任であり、俺の保護者のようなものの藤村大河だったという。
その後3日間、藤村先生と俺の学校の後輩であるという間桐桜さんがつきっきりで(学校休んで)記憶の回復に協力してくれた。
時々藤村先生が、
「がー!!」
とか吼えたり、間桐さんが一時相当落ち込んでたりしたことを除けば、おおむね平和なもの。
料理の方法も、少し思い出した。
「よかった〜、これで食糧問題は解消されたわね」
そのコメントはあえて無視することにした。
何故か、本能的に。
まあ、それ以外の記憶は依然戻らないわけなんだけど。
昨日は朝に(全生活史健忘後)初めて藤村先生とともに学校へ行き(何故か間桐さんに睨まれた)、
「士郎は、弓道部に所属してるのよ!放課後に弓道場に来る事!
むしろ来い!おねえちゃんからの命令!」
と放課後に無理矢理先生に引っ張られてしまった。
何か、自分には初めての場所なのに、道場中の人達はこぞって俺を喜びで迎え入れる。
「先生、衛宮の説得に成功したんですか?」
「あ、3日前にし・・・衛宮君が記憶喪失になったから、チャーンスと思って」
「・・・・・・・・・」
なんて掛け合いは、聞かなかった事にする。
・・・ん?
何でこっち―――というか俺?―――を忌々しげに睨み付けてるんだろう?
あの・・・えっと・・・ワカメ頭の男。
それから、半ば無理矢理の形で藤村先生と美綴綾子さんと言う人に弓道装備一式に着替えさせられ、
やれやれと思いながらもなけなしの知識の中から構えをする。
何故出来るかは、俺も知った事じゃない。
恐らく、俺の体が覚えてるからではなかろうか。
姿勢を取り、狙いを定める。
音が消え、自分だけの世界が形成される。
零の世界。
縮もうとする弓糸の、指にかかる圧力を心地よく感じる。
同時に、無意識に、頭が言葉を自然に紡ぎ出していく。
――――高次元世界への接続、失敗。
認識不足によるエラーが原因。
現在世界内でのサポートに移行する。
――――接続完了。目標点のXYZ座標を設定。
その言葉を、何の疑問もなく受け入れる自分がいる。
ロック、オン
――――座標、固定
「・・・・・・・・・」
静かに、戒めを解き放つように、
射出。
気づいたときには、手から離れた矢は的の中心へ。
みんなからは、ただの一言も言葉はなくて。
これが、本当に自分の体なのか不安になって。
誰でもいいから、何かを言ってほしくて。
俺が振り向いた先には、
「士郎ーー!!」
「――――先せぬわあっ!?」
先生が全身ダイブで組み合ってきた。
「おねえちゃん感動したよ〜!」
「・・・・・・・・・」
や・・・ばい・・・首・・・極まってる・・・。
すぐに気づいた美綴さんによって、救助されたけど。
夜に、ふと散歩に出たくなった。
今までの俺が住んでいたこの街を、見てみたくなったのだ。
しばらく周った後、ふと学校にたどり着く。
それが、運命の分岐点。
あの後、校舎の方へ行ったから、帰りに襲われて、
――――そして、運命が始まったんだ。
・・・いかん、つい物思いにふけってしまった。
時計を覗けば、幸いにも早朝とカウントするいつもの時刻。
さて、今日の朝食は何にしようか?
「士郎、おはよう」
「ぬあっ!?」
ふすまを開けた背中に浴びせられる声に飛び上がらんばかりに驚くとともに、その原因たる者の存在を思い出した。
すっかり忘れていたが、振り向いた先にいる赤い鎧の青年を見て、
(昨日のは・・・やっぱり夢じゃなかったのか)
と改めて考えてみたりする。
「どうした、士郎」
「・・・いや、何でもない。朝食にしようか。
セイバーは、何かリクエストはあるか?」
「電気を」
「そっか、じゃあ腕によりをかけて電気を・・・
違うだろ」
いきなり無茶苦茶なことを言う。
真面目な人・・・じゃなかった、英霊と初対面では思ったのに。
「冗談だ。だが、俺の体は機械仕掛け。
人間の言う栄養補給は、不要だ」
「代わりに・・・電気なのか?」
「それも昨日に補充した。
今晩まで補充の必要はない。むしろ食べられない」
うーん・・・食べられないんじゃ、仕方ないか・・・。
それから、朝食の準備にどたばたしていたときに、それは訪れた。
「おはよ〜、士郎!」
「おはようございます、先輩」
いつも日課になっている(本人達談)、藤村先生と間桐さんの早朝訪問だ。
・・・待てよ?何か、こう、わけのわからない予感が・・・
「おはよう、藤村先生、間桐さん」
「士郎・・・」
「先輩・・・」
「何だ?」
「その人・・・」
「誰ですか?」
二人が交互にコンビネーションで問いながら指差す先には、腕を組んでじっと立つセイバーの姿。
向ける表情はこちらに対する疑問のもの。
故に、俺は紹介とばかりに三人に返す。
「この二人は藤村先生と間桐桜さん。
俺が通っている学校の、担任と後輩なんだ」
「セイバーと言う。
士郎に『拾われた』。よろしく頼む」
――――瞬間、居間が凍りつく。
そして、次に吹き荒れるのは声の暴風。
「士郎、拾ったってどういう事!
おねえちゃんは人をペットにする趣味は教えた覚えはないのに!
わ〜ん!士郎のバカ〜!」
「先輩・・・先輩がそんな人だったなんて・・・」
(・・・ほっとこう)
かたや激しく泣き出す教師、かたや蔑視の睨みを効かす後輩を無視して、俺はキッチンに回りこむ。
「・・・いいのか?
何か・・・誤解が感じられるが・・・」
「落ち着くまでは人というのは話を聞きにくいものだからな。
冷却期間だ。」
「・・・なるほど」
ちらりと視線を向けたが、二人はいまだ帰って来そうになかった。