三枝さん御宅訪問事情


メッセージ一覧

1: 和泉麻十 (2004/04/12 01:36:28)[izumiasato]

注:凛グッドエンド後とお考え下さい
注:三枝さん昼食事情を先にご覧下さい

2: 和泉麻十 (2004/04/12 01:36:51)[izumiasato]




   ――あわわわわわわわわわわわわわわわわわ


「カネ、ちょっとあれ見ろよ外人さんがタイヤキ食ってる」
「蒔の字、外人さんとてタイヤキの一つは食べるだろう」
「いや、それはそうなんだけど、あんだけ美人だとタイヤキ食っても様になるよなって感じ?」
「うむ、確かに、まごう事なき美少女と言う奴だな」


   ――どうしよう……。


私の名前は三枝由紀香、穂群原学園の三年生。
今日は部活帰りで、友達の蒔寺楓こと蒔ちゃんと、氷室鐘こと鐘ちゃんと一緒に商店街にちょっとおやつを食べに来たんだけど……。


   ――どうしよう、どうしよう……。


「あの隣にいるの、彼氏か?」
「どうもそのようだな、非常に仲が良さそうだ」
「うわ、口についたアンコ取って上げてるよ、いーねー、らぶらぶだねぇ」
「羨ましいのか?」


   ――あうあうあうあう。


「うらやましいって訳じゃないっつーの、残ったタイヤキ半分こにしちゃってんのとか見ててこっちが恥ずかしいってヤツ?」
「ああ、確かにな、余ったタイヤキを二つに分ける等、あの男ぱっとしないが案外プレイボーイかも知れぬぞ」


   ――ぷ、ぷれいぼおい!


「ぷっ!ぷれいぼういって!」
「カネ、ウン十年前の言葉を使うんじゃない、由紀っちが混乱してんじゃん」
「まあ、意外に女を誑し込んでいる輩かも知れぬと思っただけだ」


   ――た、たらしこんでる?!


「え!あ?う?!」
「にしし、由紀っちも見てて恥ずかしいよな、あれ」
「おお、缶ジュースの回し飲みをしたぞ、それで遅ればせながら間接キスに気付いて真っ赤になっている」
「少女漫画かっつーの」
「今時の少女漫画でそのような展開はないな、あえて言うならあの男に他の女がいて三角関係になっている、といったのが最近の主流だな」


   ――さ!さんかくかんけい!


「あ、あうう……」
「あー、もう二人とも行くよ、見てだけで背中が痒いのなんの」
「ふむ、面白いのでもう少し見て居たかったのだが、覗きは悪趣味だな」
「はうう」
「?どうしたー、帰って来い由紀っちー」
「三枝、怯えている様だがどうした?」


   ――どうしよう





   ――どうしよう





   ――えみやくんがうわきしてるよぅ……










<三枝さん御宅訪問事情>

3: 和泉麻十 (2004/04/13 17:07:41)[izumiasato]






   ――とりあえず、話は昨日に遡ります。




昼休み、学校のみんなにとっては一番楽しい時間だと思う。
私も大好きだったり……、というより、元から好きだったけど、最近になってもっと好きになった。
その理由は、憧れだった遠坂さん、容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群で、学内のアイドルの遠坂凛さんといっしょにお昼ご飯が食べれるようになったから。


「しんっじらんない、アンタばかじゃないの?」


なんでそうなったのか、と言うのは……、ちょっと複雑で一口には言えないけど、とにかく、遠坂さんを含むみんなとお昼を食べることになった。


「どう言う意味だよ!それとこれは関係ないだろ!」


みんなというのは、遠坂さんと、遠坂さんと付き合ってるクラスメイトの衛宮士郎君。


「よくもまあ、毎日毎日言い争う原因が絶えぬものだな……」


それと、衛宮君の友達で、生徒会長の柳洞一成さん。


「何言ってんのよ!ばかだからそんなこと言うの!いい加減自分の間違いくらい認めたら?」
「間違えてるのはおまえだろ!頑固過ぎるぞ遠坂!」

遠坂さんと衛宮君が付き合っていると言うのは、他の学校の皆には秘密にしている。
遠坂さんは学内のアイドルだから、それが分かっちゃったら多分すごい騒ぎになると思う。
他に柳洞さんが『二人が公然になった後の学内の風紀と安全を考えると恐ろしくてかなわん』と言ってたけど、私は学校のみんなに知られても困ることはないと思うけどな……。
あ、でも、秘密をみんなで持つのはちょっと嬉しい。

「頑固はどっちよ!」
「遠坂だろ!」
「士郎じゃない!」

というわけで、柳洞さんしか利用しないお昼の生徒会室を、週の半分は二人が、残り半分をみんなで食べることになった。

「なんだと!」
「何よ!」

うん、今日は天気が良いから、カーテンを開けてお日様の光を入れよう。

「良く考えなさいよ!どう考えてもおかしいでしょう?」
「遠坂こそ良く考えろ!意味ないだろそれじゃ!」
「意味ィ?意味なんて言うのはねぇ、人間が勝手に後付けするもんよ!」

うーん、机の位置もちょっと変えたほうが良いかな……。

「おかしいおかしいってちゃんと理由を言えよ!」
「んなもん理由なんて要らないの!おかしいものはおかしいんだから!」

えーと、こんなもので……、いいかな、うん。

「じゃあ、柳洞さん、そろそろお願いします」
「……。」
「どうしました?あ、今日は喉の調子が悪いとか……」
「……三枝さん、貴女は意外と大物かも知れぬな……」

   ――?どういういみだろう……

「いや、このような状況でも平常心を保てる貴女に感服したまでのこと。
 このようなことで心を乱されるとはまだまだ修行が足らぬと言うことか、喝。」

   ――なんだかよくわからないけど誉められちゃった。

柳洞さんがあー、あー、と声の調子を確かめ始めた。
ちょっと離れて耳を塞ぐ、えと、窓閉めないと……。

「とおさか!地球はおまえを中心に回ってんじゃないぞ!」
「何ばかな事言ってんのよ!地球は私の力で回ってんのよ!」
「おまえそんな事言ってて恥ずかしくないか?」
「恥ずかしいのはアンタの……」



「かー――――――――――――――――――――――――――つ!」

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5: 和泉麻十 (2004/04/14 19:25:39)[izumiasato]



ピリピリと生徒会室の窓が震える。
今日はちょっと柳洞さん調子悪いのかな?

「……、ちょっと柳洞君、今の何?」
「一成、今日のは少し中途半端じゃなかったか?」
「そうですよね、どうしたんですか柳洞さん、タイミング外してましたし、声もそんなに大きくなかったですし……」
「……」

なんだか難しい顔をして黙り込む柳洞さん。
やっぱり体調が悪いのかな?

「納得いかぬ……、何かが間違っている……」

「何ぶつくさ言ってんの?それより早くお昼にしましょう」
「あ、はい、準備は出来ています」
「何時もごめんな三枝さん」
「いえ、このくらいなんでもありません」
「三枝さん、今日は私のお手製だから」
「わ、じゃあ、中華ですか?」

遠坂さんと衛宮君はお料理がとても上手、私もお料理は好きで毎日お母さんを手伝ってたりするけど、私なんかより遥かに二人の作ったご飯のほうが美味しい、お弁当でも手抜きしないから、冷凍物なんて一切使って居なかったりする。
二人ともなんでも美味しく作れるけど、遠坂さんが主に中華、衛宮君は和食が得意。
だからこの前、遠坂さんが本格中華のお弁当を作ってきてくれたことがあるんだけど……。

「いや、さすがに昼から中華はしんどいから洋風にしたんだよな?」
「まあね、昼からニンニク臭くなっちゃたらしゃれになんないし」
「前は大変でしたね……」
「そうだったわねー、あれは大変だったわ……」

生徒会室中に臭いが充満してしまって……、とにかく大変だった。

「あのな、大変だったのは俺と一成だぞ、あの後ガムやら消臭剤やら走って買いに行かされたんだからな」
「あのね士郎、女の子にとって口臭は大敵よ、にんにくの臭いさせながら生活しろなんて裸で町歩けってのと変わらないんだから。ねえ?三枝さん」

私は黙って頷く。
そこまでオーバーじゃないけど、確かに臭ったりするのはすごくいやだ。

「ほらごらんなさい、そういった女の子のフォローは男の子の役目よ、違う?」
「どっちかとていうと、遠坂のフォローって気がしないでもないんだが……」
「なら尚更じゃない、普段散々フォローしてあげてるんだから、こういう時ぐらい役に立ちなさい」
「なんだよ、それじゃ俺が普段は役に立っていないみたいじゃないか」
「ふーん……、普段役に立ってるんだ衛宮くんってば」

何か含んだみたいに遠坂さんが言う、最近分かったけど、遠坂さんはいじわるだ。
人がちょっと気にしてたり、恥ずかしく思ったりすることを言ってきて、その反応を楽しんでる。
遠坂さんのそう言うところは少し何とかして欲しいな……。

「なんか癪に障るなその言い方……、まあ、確かにこれと言って出来るわけじゃないけど、役に立ってないってわけではないと思うぞ」
「ふーーーーん、そうなんだ、どう思う?三枝さん」
「え?衛宮くんはみんなの役に立っていると思いますけど……」

衛宮くんはとてもいい人で、困っている人を見ると助けないではいられない性格。
初めて衛宮くんと会ったときも、私が財布をなくして困った時だった。
それ以外にも、たくさん衛宮くんが人のことを手伝ったり助けてたりしているところを見たことがある。
だから、役に立ってないと言うのはどう言う意味だろう……。

「遠坂、おまえ昨日のことまだ恨んでるのか?」

   ――?昨日の事ってなんだろう……

「まあ、いいわ、その辺は家に帰ってから『じっくり』話し合いましょう」

   ――う、こわい

遠坂さんが怒っている時は、すごく素敵な笑顔をしている。
鐘ちゃんが『猛禽類が獲物を見つけた時の顔だな、あの笑顔は』なんて言ったのが、最近になって理解できた。

   ――そんなの理解したくなかったけど……

「……、やっぱりまだ怒ってたんだな遠坂」
「あったりまえでしょ、今晩覚悟してなさい」
「う……、いや、しかしあれはだなぁ……」
「いいわけは後、いまはお昼にしましょう」
「……、わかった」

どうやら衛宮君は何か遠坂さんに悪い事をしたらしい。
普段はすぐ言い返すのに、今日は素直に引き下がった。

   ――よかった。

また二人がけんかを始めたら、お昼ご飯の時間が少なくなってしまう。
私は食べるのが遅いから、時間がたくさん掛かって、残してしまったりする。
時間がなくておいしいごはん残したりするほどもったいない事はないと思う。

「あ、じゃあ、席どうします?」
「三枝さんはそっちで、士郎はそこでいいんじゃない?」
「ん、三枝さんそれでいいか?」
「あ、いいですよ」
「んじゃあ、一成は今座ってるとこな」

がたがたとみんなが席についた。

   ――うん、じゃあ……。

「「「いただきま……」」」

「ちょっと待て」

6: 和泉麻十 (2004/04/15 01:58:17)[izumiasato]

   ――?柳洞さん?

「どうしたんだ一成、食わないのか?」
「お昼の時間そんなにないわよ、何かあるんなら早く言いなさい」
「どうしたんです柳洞さん?」

あ、あれ?柳洞さん眉の間にしわ寄せてる。
普通ならもうお昼ご飯食べ始めるのに……。

「どうしたもこうしたもあるか!衛宮と遠坂は先刻まで仲違いしていたのであろう?」
「?ああ、そうだな、でもそれがどうした?」
「そうよ、何か問題があるとは思えないけど」
「大有りだ!仲違いをしていたと言うのならその原因があるのだろう!
 一体今日は何ゆえ昼からそのような罵り会いをしておるのだ!」

   ――えーと

柳洞さんが何を言いたいのか良くわからない。
二人も同じなのか顔を見合わせて不思議そうにしている。

「原因って……、遠坂、そんなものあったか?」
「んーーー?あったんじゃない?なんだか忘れたけど」
「な!そのようなことがあるか!なにか理由があったのであろう!」
「理由……っていうか、理由そのものがあったのかどうか……」
「そうよねー、たまに私達の方が何で喧嘩したかわからなくなるものね」
「この前のは笑ったよな、喧嘩したのはいいけど、途中で二人とも原因忘れちまったんだよな」
「あー、あれは後で大笑いしたわよね、二人とも何を怒ればいいのか解からなくなっちゃって……」
「『なんで原因を忘れたんだ』って大喧嘩になったよな」

あはははと明るく笑う二人。

「た、大概にしろ貴様ら!斯様な意味不明な理由であのような言い争いをするわけなかろう!」
「んー、そんなこと言われてもなぁ、やってる時は意味あると思ってるから……」
「後になって思うのよね、なんであんなつまらないこと言い争ってたんだって」

柳洞さんの顔が険しくなっていく。
どうやら怒ってるみたい。

   ――なんで怒るんだろう……?

「あの、柳洞さん、なんで怒ってるんですか?」
「は?」

柳洞さんの目が点になる。

   ――私変なこと言ったかな?

「さ、三枝さんはこの二人の仲違いの原因が気にならぬと?」
「?いつものことじゃないですか」

遠坂さんと衛宮君はとても仲が良い。
『喧嘩するほど仲が良い』って言うけどそういうことだと思う。
多分今二人はお話するだけで嬉しくて嬉しくて堪らないんだと思う。
だから毎日毎日つまらないことから大切なことまでそうやって喧嘩するんだと思う。

「私、お二人が喧嘩してるの見るの好きですから」

何時も冷静で誰とも距離を置いている遠坂さんが感情的になれるのが衛宮君で、いつも無口で、あんまり人に文句を言わない衛宮君が好き勝手いえるのが遠坂さんなのだと思う。
だから、二人が喧嘩しているのを見ると、なんだか羨ましくなる。

「変な趣味だな、喧嘩見るのが好きなんて」
「でも、私達も喧嘩した後大爆笑することあるでしょう、あんな感じじゃない?」
「まあな、みかんを下から剥くか上から剥くかで喧嘩した時は自分でもありえないと思ったからな」
「あ、あったあった、確か掴み合いまでやったわよね」
「目玉焼きにソースかしょうゆかどっちかけるかって……」
「やったやった、確か藤村先生が“マヨネーズ”って言ってうやむやになっちゃったのよね」
「そういえばだ、この前なんか……」

すごく楽しそうにあんなことがあったこんなことがあったと二人が話している。

「ね、柳洞さん、遠坂さんと衛宮君は喧嘩するのが楽しいから喧嘩してるんです。
 理由なんかないんです」
「……、そうなのか二人とも」
「そうね、なんだかここに来たら喧嘩しなけりゃいけないような気分になるのよね」
「そうだな、それに、一成の『喝』を聞かないとなんだか一日具合が悪い」

   ――それはなんとなくわかるな……。

お昼にここに来て、二人が喧嘩していて、柳洞さんが『喝』って言ってお昼が始まる。
それが日常だから、違ってたりするとすごく気持ち悪い。

「どうしたんだ一成、なんか悪いものでも食ったか?」
「疲れてるんじゃない?今週末から連休だからゆっくり休んだら?」

ふう、と溜息をつくと柳洞さんはいつもの落ち着いた柳洞さんに戻ってた。

「そうだな、何か疲れているようだ、うむ、疲れているからあのようなまやかしを見るのだな、喝」
「?何を見たんです?」
「こちらのことだ、気にしないでくれ。二人が特に深刻でなければそれで良い。
 しかし疲れているとしたら貴様等の所為だぞ、毎日叫ぶのも体力が要るものだ」
「それくらいで疲れるなんて修行が足らないんじゃなくて?」
「そうだな、連休は寺に篭って修行するとしよう」

うむうむと呟いて柳洞さんが席についた。
ようやく落ち着いた雰囲気の中で、いつものようにみんながお弁当に箸をつけ始めた。
何でもないお喋りとおかずを口に運ぶ喧騒の中、


「あ、そうそう三枝さん連休で思い出したけど、今週末開いてる?」


と思い出したように遠坂さんがそう言った。

「連休ですか?特に用はありませんけど……」

訝しげにそう聞くと、遠坂さんはにっこり笑ってこういった。

「なら、家に来ない?」

   ――いま、とおさかさんなんていったんだろう

「え?え?」
「前に言ってたでしょう、お料理教えてあげるから家に来なさいって」

遠坂さんにいつかお料理を教えてもらいたいって言ったことあるけど……。

「と、とおさかさんのおうちにですか!?」
「遠坂、俺の家だぞ」
「いいじゃない、もう私の家も同然なんだから」

衛宮君と遠坂さんは付き合っていて、なんでももう衛宮君の家で同棲しているらしい。

   ――でも、ほ、本当にいいのかな……

「え、衛宮君はいいんですか?」
「ああ、三枝さんが来る分には問題ない」
「寧ろ歓迎ってとこよね」

   ――わ、わ、わ

どうしよう、すっごく嬉しいのになんだかすごく悪いような、でも行きたいけど行ったらいけないような……

「そうだ、ついでだから二、三日泊まったら?」

   ――え!

「そ、そんな事していいんですか?!」
「いいわよね、士郎」
「ん、部屋ならたくさんあるからな」

   ――え!あ!う!

お、おとまり!?と、とおさかさんとおとまり!?

「そうしましょう、ね?
 なんなら添い寝する?」

ととととととおさかさんにそそ、そいねされる?!?

「ふむ、良いではないか、同衾はともかく、三枝さんは家に行きたがっていたではないか」
「遠慮なんかしなくていいぞ、ただでさえ大所帯だし」

   ――あうあうあうあうあうあうあう

「ああもう、来るの?来ないの?」

ピシっととおさかさんにゆびをつきつきられた。
わたしはもうすっかりまいあがってしまってひっしにうなずいていた。

「なら決まりね、きっと楽しいわよ」

うん、きっと楽しい間違いなく楽しいすごく楽しいとても楽しい。
遠坂産とお料理して遠坂さんといっしょに寝て……うん、絶対楽しい。
あ、後……

「遠坂さん、セイバーちゃん元気ですか?」

遠坂さんと衛宮君は犬を飼っている。
それもゴールデンレトリバーの子犬。

   ――ああもうすっごく可愛いんだろうな……

「せいばー……」
「ちゃん……」

二人がすっごく変な顔をする。
なんでだろう。

「はい、遠坂さんのワンちゃんです」
「おお、そういえば言っておったな、犬がおるだのなんだのと」

二人ともどうして必死に堪えてるみたいな雰囲気なんだろう……。

「そ、そうだな、うん、元気だ、すっごく元気だ」
「わ、じゃあ、お邪魔したら遊んであげてもいいですか?」

そう言ったら衛宮君が口を押さえて震え始めた。

「あ、遊んじゃ駄目なんですか?」
「い、いいわ、そりゃあもうたっぷり遊んであげて頂戴」
「えと、頭とか撫でて大丈夫ですか?」

顔見知りする子だといけないし、と思ったのにどうしてか遠坂さんが机に突っ伏してしまった。
肩がぴくぴく震えてる。

「え、駄目なんですか?」
「いや、大丈夫だぞ、三枝さんだったら大丈夫だ」
「よかった、あ、おやつとかどうしましょう」
「ま、前に言った通りでいいと思うわよ」

ええと、江戸前屋のどら焼きだったっけ、変なものだったから良く覚えている。

「あ、私の手から食べてくれるかな……」

なんてぼそっとつぶやいたら、

「ぷははははははははははははははははははははは!」
「あははははははははははははははははははははは!」

なんだかすごく盛大に笑い声が響き渡った。

「だ、駄目、わたしもう耐えきれない、あはははははははは!」
「ひー、ひー、俺も無理だ、ぷははははははははははははは!」

あ、なんだかすごく楽しそう。

「なんだというのだ一体……」

わかんないけど、きっとそのセイバーちゃんはすごく楽しい子なんだと思う。
ひょっとしてすごいどじな子だったりして。
うん、すごく楽しみ。


   ――早く週末が来ないかな……










   ――そう思ってたのに……

明後日の準備をする為に蒔ちゃんと鐘ちゃんと買い物に来たのに、とんでもない事見ちゃったよぅ。

「ほら、行くよ由紀っち、まだ買う物あるんだろ?」
「何時まで見てても詮方あるまい」

引き摺られるように、逃げるようにその場を離れる私。

   ――どうしよう……


   ――どうしよう……

7: 和泉麻十 (2004/04/16 09:31:56)[izumiasato]

interlude

「遠坂、遅いぞ」
「凛、遅いですよ」

夕方の商店街、和菓子の江戸前屋の前で遠坂凛がいつもの二人と合流した。
彼女は先ほどまで江戸前屋の近くの洋服屋で服を選んでいた。
その証拠の紙袋を両手一杯抱えてご満悦の様子である。

「ごめんなさい、服買うの久しぶりだから色々悩んじゃったわよ」

気分は上々、戦果も上々といった様子で両手の紙袋を恋人である少年に渡した。

「うわ、またたくさん買い込んだもんだな……」
「んー、大丈夫よ、バーゲン品だし」

そう言うと遠坂凛は衛宮士郎に彼の財布を返す。

「……、なんだろうな、すごく軽くなったような……」
「何よ、本当なら家屋敷財産全部売っぱらったって足りる量じゃないんだから、これくらいで済ませてあげたことを感謝しなさい」

昨日の事だが、彼女は魔術の実験を行った。
その際手伝っていた彼のミスで貴重な宝石を一つ駄目にしてしまい、彼女は怒り心頭収まらず、一晩責め立て、詫びとして服を好きなだけ購入する事で和解することになった。

「凛、気持ちはわからなくもありませんが、シロウをこれ以上責めるのは……」
「分かってるわよ、最近自制してた服もこれで買えたことだし、言いたいことは昨日言ったし……、あ、ついでだからセイバーの服も買っておいたわよ」
「な、凛、そのようなことは……」
「何を買ったんだ?」
「ふふ、まあその辺はこうご期待って事で」

歌うようにそう語る彼女。
現在彼女の契約上のサーヴァントであるセイバーは、聖杯戦争終了後も現界しつづけている。
もともとこの次元に存在していなかった彼女である、服など一着も持っていなかった。
何着か冬物は彼の心情的マスターである衛宮士郎が買い与えたが、春物は全く持っていなかった。

「……、私に新しい服など必要無いと言うのに……」
「何言ってんだ、何時までも長袖じゃ暑いだろ」
「そうよ、女の子なんだから着る物には拘りなさい。
 せっかくの美人が台無しよ」
「……」

二人は何時だってセイバーを大切にする。
ただそれがセイバーには嬉しいながらも少し申し訳無く思うこともある。
彼女は時々ふと思う。
自分はこの二人にとって邪魔なのではないかと……。

「どうしたのよセイバー、ぼうっとしちゃって」
「そうだぞセイバー、何か悩みでもあるのか?」
「あ、ひょっとしたら士郎が何かしでかしたとか」
「なんでそういうことになるんだよ……」
「そうよねー、何もしてないわよねー、精々間接キスしたくらいよねー」
「ぶ!」
「な!」

先刻前、遠坂凛を待っていた二人は江戸前屋でタイヤキ三つを購入して待っていたのだが、彼女があまりにも遅いので、タイヤキが冷めるので二人で食べてしまった。
口直しと、少年の持っていたペットボトル飲料を回し飲みした後、それが間接キスということに気付いて大騒ぎしてしまったのである。

「み、見てたのか遠坂……」
「ええもうばっちり、向こうのショーウィンドウのガラス越しにこれ以上ないってくらい一部始終」
「あ、あれはそういったことでは!」
「いいわよねぇ、とっても仲がいいのね二人とも、なんだか嫉妬しちゃうわ」
「む……」
「ぐ……」

さっぱりした自信家の彼女だが、実はかなり嫉妬深い。
他のことならそつ無くこなす自信があるが、こと“女の子”といった分野に関しては極端なほど自信を持っていない。
彼女の恋人が自分から離れる事は無いと頭では分かっていても、心のどこかで不安で仕方ないのだ。

「……回転焼き」
「え?」
「江戸前屋の回転焼きで手を打つわよ、因みに白餡ね、漉し餡なんて買ってきたらぶっとばすわよ」

だからいじめてみたり拗ねてみたりと何かと忙しい乙女心なのである。

「あ、ああ!わかった、すぐ買ってくる!」

少年が何やらニヤついている店主から待ち構えていたように用意されていた袋を受け取る。
この商店街界隈では二人はかなりの有名人だったりする。
まあ、なにしろ……、

「おい遠坂、口元に餡子がついてるぞ」
「あらほんと、ねえ、優しい衛宮くんなら取ってくれるわよねぇ?」
「ぐっ!な、なんでだよ、自分で取れよそれくらい!」
「へぇー、セイバーのは取ってあげても私のは取ってくれないんだ」
「凛……、それも見ていたのですか……」
「言ったでしょ、一部始終見てたって。
 で、どうするのかな衛宮くん?
 貴方が取らなきゃ私家に帰るまでこのままだけど」
「な!」
「どうする?自分の恋人に恥じ描かせるワケ?」
「……わかった」

不承不承衛宮士郎は遠坂凛の口元に手を伸ばす。

「あ、士郎、言い忘れてたけど手を使うの禁止ね」

にこやかにそう告げる少女。

「ちょっと待て、それじゃどうやって取れって言うんだよ……」
「それくらい自分で考えなさい」

すごぶる楽しそうに恋人の反応を見る遠坂凛。
見られている衛宮士郎は、しばらくあれこれ思い巡らせたかと思うと、


「まったく……」


そう呟き、


「え!?」


少女の顔を優しく手で固定して、


「!!!!!!!」





口もとの餡を舐め取った。





「……」
「……」

二人の顔は朱に染まり、何時出火しても違和感は感じられない。

「その、なんだ」
「……」



「こういう、ことだろ」
「……」



「……」
「……」



「とおさか?」
「……ばっ……」





「ばかー―――――――――――――――――――――――――――!」




                                                     バックドラフト
顔から出火した恥じらいの炎が耳や首に飛び火し、全てを燃やし尽くした業火がとうとう“ 大点火 ”を引き起こした。




「ばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばかばか!
 アンタなんてコトするのよ!ばかよばか!おおばか!信じらんない!ばかーーーーーーーー!」
「ばっ!ばかって言うこと無いだろう!」
「言うわよ!私はね!手で取れなくてうにうにやってる士郎見て『指で取ればいいじゃない』って言うつもりだったのよ!それをアンタ、な、舐め……、ばか―――――――――――――――――――!」
「な、そ、それならそう言えよ!」

彼の顔も、大規模な山火事になりつつある、鎮火はほぼ不可能だろう。

「アンタねぇ!少しは空気読みなさいよ!」
「う、精一杯空気読んだつもりなんだが……」
「読んでない、ぜんっぜん読めてない!アンタ絶対“からけ”って読んでた!」
「うう……」

しばらく二人して黙り込む。

「……」
「……」



「……」
「……」



「ごめん……」
「……なんで謝るのよ」

「は?」
「なんで謝るのよ!別に士郎は悪いコトしたわけじゃないじゃない!」
「いや、でも遠坂怒ってるんだろ?」
「怒ってない!」
「嘘つけ、怒ってるだろ?だからごめんって……」
「だから!謝る必要なんて無いって言ってるでしょ!」
「な!なんでだよ!」
「ばか!」
「ちょっと待て意味わからないぞ!」
「そんなの説明できるわけ無いでしょばか!」
「わかった!もうしないから落ち着け遠坂!」
「そんな事言ってないでしょ!おおばか!いい加減察しなさいよ!」
「じゃ、じゃあ、遠坂は前みたいに舐めるのは嫌じゃないって事……」
「ばかー――――――――――――――――!公衆の面前で何言ってるのよこのあんぽんたん!」
「あ、あんぽんたんとはなんだよ!」
「あんぽんたんはあんぽんたんよ!」
「な!いい加減にしろ遠坂!大体だな……」
「アンタなんかねぇ……」





まあ、こういうことである。

商店街のど真ん中であろうと公道の中央であろうとこの二人は毎日のように聞くだに恥ずかしい痴話喧嘩を繰り広げる。
商店街の人々の間ではこの微笑ましい二人を生暖かく見守るのが不文律になっていた。
しかしこれくらい派手にやらかせば学校の生徒にばれそうなものだが、実際はそうでもない。
なにしろ商店街の関係者が情報を流しても、“遠坂凛のいつもの噂”で片付けられてしまい、実際その現場に居合わせたとしても、“幻覚”ということで無かったことにされてしまい、その事実が事実として認められることは無かった。
下に恐ろしきは既成概念であるという好例であろう。


「はぁ……」

その聞くだに恥ずかしい睦みごとを毎日のように聞かされているのが同居人であるセイバー。
何時もなら止めて説教の一つもするのだが、今日はどうもそう言う気分ではないらしい。
商店街の大人な方々の目が、『あんたも大変だねぇ』と言って来る。

   ――大変どころではありません……

何しろ理由が馬鹿馬鹿しい事この上ない。
昨日のようにどちらかに否があって、その上で口論するのならセイバーも納得できた。
だが、二人の喧嘩のほとんどは『どれだけ自分が相手を想っているか』という事の言い合いである。
阿保臭い事この上ない。

「はぁ……」

なんとなく付き合って居られ無くなったのか、セイバーは二人から離れてとことこと商店街を歩き出した。
アーケードを練り歩きながら、なんとも晴れない思いを弄ぶ。

   ――私がいないほうが二人は幸せではないのでしょうか……。

昨日からなんとなく考えてしまう。
何しろ昨日のことはセイバーの責任とも言えるのだ。
セイバーを現界させるために、遠坂凛は常時大量の魔力を消費している。
普段ならともかく、少し規模の大きい魔術行使にも、衛宮士郎や宝石のバックアップが必要になってしまっている。
それが、二人とも口には出さないが何かしらの不満を持っているのではないかと彼女は考えている。

   ――駄目ですね、なんとも妙な事を考えてしまう……。

平和で、暇な事がいけない。
今まで戦闘に次ぐ戦闘の中生活してきたのでそのような事を考える暇すらなかった。
時間が有り余る今、必要のない事を色々と考え起こしてしまうのだ。

「はあ……」

アーケードのはずれに辿り着く、ここいらは商品を並べているところよりも、食事を出す店のほうが多い。

   ――どうも、こう言うところに足が向くのですね……。

これでは二人に『食い意地が張っている』と揶揄されてもしょうがない。
そう思いながら、そろそろ戻ろうと踵を返すセイバーの視界に、


「?」


なんとも困り果てている一人の女の子が目に入った。


interlude out

8: 和泉麻十 (2004/04/17 02:53:08)[izumiasato]

   ――どうしよう……。

商店街の真ん中で、私はとても困っていた。

   ――お財布、無くしちゃった……

蒔ちゃんと鐘ちゃんと一緒に入った喫茶店のお金を払った時は確かにあった私のお財布が、二人と別れて八百屋さんで大根を買おうとしたときにはもうなかった。
八百屋のおじさんは顔見知りだったからつけにしてくれるって言ってくれたから、それは助かったけど……。

   ――困るよぅ……

あのお財布には今月分のお小遣いと家の生活費の一部が入っている。
私の家はあんまり裕福じゃないからそれをなくすとすごく困る……。

   ――どうしよう……。

蒔ちゃんと鐘ちゃんはもう帰っちゃったし、私は携帯電話なんて持ってないし、探そうにもどうしたら良いのかさっぱり分からないし……。

   ――ここの辺りには……。

落ちていない。
そもそも八百屋さんのところで無いのに気付いたからそれより前だということしか分からない。

   ――どうしよう……。

お金のこともあるけど、あのお財布はとても大事なお財布。
中学に上がる前にお母さんに作ってもらった小さな巾着袋。
もう擦れてぼろぼろで、何度も何度も解れては縫い直して今まで使ってきた。
蒔ちゃんは『新しいの買えば良いのに』と言うけど、私にとってはだいじなお財布だったりする、だから……。


だから……、その……。


あう……。


   ――どうしよう……。


さっき衛宮君がうわきしていたのを見てからぜんぜんあたまが動かない。

でもほんとに衛宮君うわきしていたのかな……、なんだかこっちが恥ずかしくなるくらいなかがよかった気がするからそう感じたんだけど……、そ、そんなことよりお財布捜さなくちゃ……、でもほんとにどこで落としたのかな……、


「あの……」


喫茶店かな……、でもあの時はカバンにちゃんと入れた気がするんだけど……、じゃあ、八百屋さんかな……、うう、かばん開けた覚えないんだけどなぁ……、


「もし……」


どこでおとしたんだろう……、もうじかんないよ……、早く夕飯の買い物してお母さんを手伝いにかえらないと……。



「すみません」



「は!はい!」

突然誰かに呼ばれて後ろに振り返る。
と……、

   ――え、え、ええ!

がいじんさんがいた。

とってもきれいながいじんさん。

「その、少しよろしいでしょうか……?」



「……」
「あの……」


「え、えと……」
「はい……」





「しゅ、しゅーきょーとかにきょうみはありません!」





「は?」
「わ、わた、わたしはにほんじんでかみなんかしんじてませんしおしょうがつにはじんじゃにいきますけどおそうしきはぶっきょうだったりします!くりすますもおぼんもいわいますからそういうのはとにかくいりません!」
「……あの、何を……?」

   ――あ、あれ?

宗教の勧誘じゃないのかな?でもこういうのってすごくあやしい宗教の勧誘だったりするってよく鐘ちゃんが言ってたような……。

   ――あれ?え?え?

何だかこの人見たことあるような……、




あ!





   ――えみやくんのうわきあいてだ!

な!何で衛宮君のうわき相手が私に話し掛けてくるんだろう?!

「あの……」
「あ、あわわわわ……」

ま、まさか見られたからくちふうじ!?この前見たにじかんどらまとかだったらこの後目撃者とかはころされて海に捨てられてたけど……、

「……」

   ――やだなぁ……、今の時期まだ海は寒いよぅ……。

「……」

あ、なんだろう、がいじんさんすっごく困ってる。
でも見れば見るほど本当にすごく綺麗ながいじんさんだ。
白いブラウスと青いスカートが雰囲気に合ってて何だかお姫様みたい。
悪いこととか、人の嫌がることなんか絶対にしない、そんな空気を目の前のがいじんさんは持っていた。

「落ち着きましたか?」
「あ?あ、は、はい」

ぼうっとしていた私にそういうと、それはよかったと呟いてがいじんさんは一つ溜息をついた。
そのちょっとした仕草も、すごく上品で、なんだかとても偉い人を前にしているように緊張する。

「ところで、いたく困っておられたようですが、何かあったのですか?」
「え?」

   ――困ったこと?

「え、えと、財布を無くしちゃって……」
「どの辺りでです?」
「え?そ、それが分からないんです……」
「そうですか、最後に財布を出したのは何時です?」
「ええと、三十分前くらいに喫茶店で……」
「アーケードの出口付近にあるレンガ作りの店ですか?」
「あ!は、はい!そうです」

がいじんさんはそうですか、と呟いてちょっとの間考え込むと、


「では、そこから探しましょう」


とすごくなんでもないように言った。

「え?」
「?財布が無くて困っておられたのではないのですか?」

   ――そ、それはそうなんだけど……。

「迷惑でしょうか?迷惑とあらば立ち去るまでですが……」

すごく申し訳なさそうに言うがいじんさんに、私はぶんぶんと首を振った。

「い、いえ、そんなことないです、むしろありがたいくらいです……」
「そうですか」

安心したみたいにほっと息をついてがいじんさんは歩き出した。

   ――え?じゃあ、本当に探すの手伝ってくれるつもりなのかな……?

でもどうして知らないがいじんさん……、知らないって訳じゃ、でも一緒にいた衛宮君を知っているわけだから一応知らない人で……、あ、衛宮君が教えたかも……、でもこっちの事知らないみたいだったし……、そんな私のことなんか知らない人が、どうして私を助けてくれるんだろう……?

「どうしたのです?早くしないと日が暮れますよ?」
「あ……」

いつのまにかがいじんさんはずっと前にいた。

   ――本当に、探すの手伝ってくれるんだ……。

わからない。
なんで手伝ってくれるのかとかなんで衛宮君とうわきしてるのかとかお財布はどこに行ったんだろうとか色々頭の中でぐっちゃぐちゃで考えがまとまらない。

「は、はい!今行きます」

でも、とりあえず、お財布見つけなくちゃ……。

9: 和泉麻十 (2004/04/17 12:38:23)[izumiasato]

−−−


「財布なら、拾っておいたよ」

喫茶店の前で掃除をしている店長さんに聞いたら、そう言ってくれた。

「あ、ありがとうございます!」
「待ってて、取って来るから」

軽く笑って店の奥に入っていく店長さんを見送りながら、私はとてもほっとしていた。

「よかった……」

こんなに簡単に見つかって本当によかった。

「よかったですね」
「あ、ありがとうございました!」

がいじんさんが声をかけてくれなかったら多分こんなに早く見つけられなかったと思う。

「本当にありがとうございます!」
「いえ、私など何もしていません」
「あ、何かお礼でも……」
「そのようなことして頂く訳にはいきません。
 私はただ声を掛けただけです、礼をするのなら隠匿せずに保管していた店主殿にこそなさるべきでしょう」

   ――それはそうだけど。

「でも、それではこちらの気が済みませんから……」
「ですが……」

なかなかうんと言ってくれないがいじんさん。
きっと奥ゆかしい人なんだ。

「じゃあ、せめてお名前だけでも……」
「お客さん?」

あ、店長さんが戻ってきた。

「はい、これ、もう無くさないで下さいね」
「あ、ありがとうござ……」


店長さんが、ポン、とお財布を渡してくれた、


黒いがま口のお財布を……。


「え?あ、あれ?」
「どうしたんだい?これ、君のだろ?」

   ――これ、蒔ちゃんのお財布だ……

何だか似合わないようですごく似合ってるようなお財布だから印象に残ってる。
でも、じゃあ、私のお財布は……。

「あ、あの、他にお財布落ちてませんでしたか?」
「え?財布はそれ一つだけだったけど……」

   ――そ、そんな……。

体中の血が逆流したみたいに体が熱くなる。
頭の中もすごく熱くて、もう何を考えていいのかわからない。

「すみませんが、貴女の財布はどのような物なのですか?」

   ――え、えと……。

「こ、このくらいの巾着袋で、もう結構ぼろぼろの……」
「あ……、赤い紐、ついてた?もしかして……」
「あ!はい!そうです!」

店長さんの顔が見る見る青くなっていく。
何だかすごくいやな予感……。

「店主殿……、もしやとは思いますが……」



「捨て……、ちゃった……、見たい……、だな」



「な!」
「え!えーーーーーー!」

10: 和泉麻十 (2004/04/17 16:58:55)[izumiasato]

−−−


「あう……」

喫茶店の裏側、薄暗くて湿った路地裏……。

「はう……」

目の前にある、ポリバケツ三つ。

「うう……」

蓋は開けてあって、結ばれていたボリ袋の口も開いていて、中を見ると……、もうぐっちゃぐちゃのなまごみがいっぱい……。

「これは……、なんと言ったら良いのか……」

お財布は入り口の辺りにあって、ごみだと思ってタバコの吸殻とかと一緒にちりとりでゴミ箱に放り込んじゃったって店長さんは言っていた。
小銭は使っちゃってて入ってなかった、だから重さでお財布だとは思わなかったんだと思う。

「でも……、酷いよ……」
「確かに……、汚物と一緒にされては……」

ゴミ箱に入れられた後、燃えるごみとして生ごみと混ぜてしまったって店長さんは必死になって謝っていた、今店長さんはゴム手袋を走って買いに行っている。

弁償してくれるって言ったけど……、一応探してくれるって言ったけど……。
多分探したら見つかるんだろうけど……、だけど……。

「酷いよ……」

あんまりだ。
本当にぼろぼろで、使い勝手も悪いお財布だけど、あれには思い入れがたくさんある。
蒔ちゃんや鐘ちゃんと知り合うことになったきっかけがあのお財布だった。
衛宮君と出会ったのもあのお財布、だから間接的に遠坂さんと仲良くなれたのもあのお財布のお陰だと思う。
他にも、何だかよく分からないけど、友達とかお世話になった人と出会ったとき、必ずあのお財布がきっかけだった。

お世話になったいろんな人がいて、そのお陰で今の私があると思う。

そんないろんな人と出会わせてくれたお財布……。

段々温かくなってきた所為で、腐敗が早くて、もうすごい匂い。

「酷いよ……」

なまごみの匂いが目に染みるのと、もうたまらなく悲しいのと……。

「ひっく……」

目の前のなまごみみたいに頭がぐちゃぐちゃで泣き出してしまった。

「あの……」

それに気がついたのか、がいじんさんが私の顔を労わる様に覗き込んだ。

   ――いけない、人前で泣いちゃ……。

とても恥ずかしくなって乱暴に手で涙を拭う。
泣き顔じゃ駄目だと思って無理やり顔を作ってみた、きっとすごく変な顔。

「な、なんでしょう……」

やっぱり変な顔だったみたい、がいじんさんちょっと苦笑してる。
でもすぐに、とっても真剣な顔になった。
何だかとても怖くて真剣な顔、嘘ついたら、本当に針千本呑まなきゃいけない気がするくらい。


「一つ聞きます、その財布は貴女にとって大切な物なのですか?」


   ――そんなの……。

考えるまでも無い。
とても大事、本当に本当に大事なもの。
だからうん、とはっきり頷いた。


「そうですか」


がいじんさんは軽く微笑みながらそう言った。
そしてくるりとポリバケツの方に向いて……、


「なら仕方ありませんね」


腕まくりしながら近づいていって……、


「え?」


その細くて白くて綺麗な腕を、生ごみの中に突き入れた。


「な!何してるんですか!」

ポリバケツの中はもう食べ残しとか野菜の皮とかでぬるぬるのぐちゃぐちゃだ。

「や、止めてください!」
「大丈夫です、この中にあるのは分かってますから、すぐ見つかりますよ」

   ――そ、そんな事言っても!

がいじんさんはずぶずぶと右腕を突っ込んでいく。
腕まくりしたはずのブラウスにも、何かのソースみたいな染みが出来始めていた。

「あ!あの、や!やめ!」

ぬちゃぬちゃと生ごみの中を漁る。
その飛沫が、服や顔に飛び散ってがいじんさんを汚していった。

「あ、あわ」

届かないのか、少し思い巡らした後。


ぐっと肩まで腕を押し込んだ。


「!!!!!!!!!!」

肩だけじゃなくて、顔の右側も生ごみに埋めてしまっている。
金髪も肌が白くて綺麗な横顔も食べ残しとか肉汁とかで汚れていった。
汚れ一つなかったブラウスが、どんどんどんどん穢れていく。

「……あ、……あう」

ピタリ、とがいじんさんの動きが止まった。
肩までなまごみに浸しながら、汚れた顔でにっこり笑って……、


「見つけました」


そう言って左腕もどろどろの中に突き込んでしまった。

「あ、ああ……」

すぐずぶり、と両腕を引き抜く。
もう元が何だかわからないモノでがいじんさんは汚れてしまっていた。
その両手で、とても大切そうに、何かを包み込んでいる。

「これ、ですね」

開いた手の中に、私のお財布があった。
小さな巾着袋。
不思議と、あんななまごみの中にあったのに、ぜんぜん汚れていなかった。

「あ、う、はい!」

受け取ろうとする、でも……。

「え?」

すぐがいじんさんは手を引っ込めてしまった。



「いけません、何かに包まないと貴女の手が汚れてしまう」



   ――この人、何言ってるんだろう……。

私なんかより綺麗な肌とか髪とか、よく似合ってた真っ白なブラウスとかスカートがどろどろに汚れていた。
それなのに、そんな自分より私のことを気にしたのだ、このがいじんさんは……。

「私のポケットの中にハンカチがあります、取って頂けますか?」
「はい……」

言われるがままに、がいじんさんのポケットから白いハンカチを取り出した。
それを広げたところに、そっと私のお財布を置いてくれた。

「……」

お財布をじっと見ながら考える。
なんだかわからない、わからないけど、なんだかすごくおかしい。
お財布が見つかって嬉しいのに、別に汚れててもいいのに、まったく別のことですごく悲しい。

「残念です、少し汚れてしまいましたね……」

   ――そんな……。

私のお財布はぜんぜん汚れてない、そんなことより、もっと……。

「大事になさってください、その財布は貴女そのものだ」

   ――え?

「持った時に伝わりました、包み込むような優しさがそれには篭められています。
 モノにそれだけ想いが篭っていると言う事は、所有者である貴女自身はそれ以上に優しい方だと言う事です。」

すっかり汚れてしまった顔で、とても優しい笑顔になって、


「ですから、もう汚したり無くしたりしないように、いいですね?」


がいじんさんはそう言った。
それをぼうっと聞きながら頷く。

何だか変だ。

これと同じ事を最近経験した覚えがある。

   ――どこだったっけ……?


「お客さん、おまたせしま……、て!え?」

店長さんが戻ってきた。

「お、お客さん!その、一体何が……!」
「いえ、時間が無いので先に探させて頂きました」
「先に……、って君……」
「店主殿、なるべく留意したつもりではありましたが少々裏口を汚してしまいました。
 本来なら掃除をしていくべきなのでしょうが……、人を待たせているもので……」
「そ!そんな!それより君は早くシャワーを……!」
「いえ、これ以上ご迷惑はおかけできません、それに早く戻らねば叱られてしまいます」

威厳たっぷりにそう言われて、店長さんも何も言えなくなった。
私も何も言えない、言う事がすごく失礼なような気がして口も開けない。


「では、失礼します」


そう言って表通りの方に消えていったがいじんさんに、、


   ――名前、聞くの忘れちゃった……。


なんだかすごく間抜けなことしか思えなかった。

11: 和泉麻十 (2004/04/18 00:36:55)[izumiasato]

interlude

「ど、どうしたんだよセイバー!」
「ちょ、セイバー!アンタ何したのよ!」

何の偶然か、セイバーを探し廻っていた二人と、セイバーは江戸前屋の前で再び合流した。

「ああ、少し所用がありましたもので、申し訳ありません」

セイバーの体は汚濁に塗れ、歩くたびにぽたぽたと何をも知れぬ液体が滴っている。
そのような彼女を見ても、付近の人間に嫌悪の顔は無く、寧ろ背筋を正す者が多いという事がセイバーという少女がどのような存在かを端的に表現している。

「所用ってアンタね!一体全体何があったの!」
「どうしたんだ?まさか……、怪我とかしてないだろうな?」

遠坂凛はハンカチで彼女の顔や髪を拭き始め、衛宮士郎は彼女の腕を取って怪我が無いか調べ出した。

「あ!いけません!私に触れると二人が汚れ……」


「「ばか!」」


声を重ねて怒鳴る二人は、自分の手や制服が汚れるのも厭うてはいなかった。

「ああもう駄目ね、これはお風呂入らないと……」
「申し訳ありません、凛、借りていた服を汚してしまいました……」
「ばか!そんな事はどうでもいいのよ!……ああもうまったく、女の子がここまで汚れるなんてある意味犯罪よ!」
「そうだぞセイバー、何したんだよ一体」
「士郎のせいよ」
「なんでさ」
「セイバーがこんな事になる理由なんてわかりそうなものじゃない。
 大方困った人間見て助けたらこうなっていたんでしょう?」

   ――流石に、凛は鋭い……

「あのね、言っとくけど困った人見たら何が何でも助けるおおばかなんて家に一人いれば十分なの!全く、士郎の正義の味方病でもうつったんじゃないの?」
「なんだよ正義の味方病ってのは」
「損得関係無しになんでもかんでも助けたくなる病気よ」
「あるかそんなもん」

口で喧嘩しながらも、二人はセイバーの体についた液体や大まかなごみなどを取り除く作業を止める事は無かった。

「セイバー、怪我は無いんだな?」
「ええ、ありません」
「……とっ、大体拭き終わったわ、後は家帰ってからね」
「それにしても何でこんなことしたんだよ……」
「そんな事家帰ってからにしなさい、とりあえずね……」

てきぱきと彼女についた汚物の処理をする二人。
それを見ながらセイバーは、この二人に心配をかけた事と手間をかけさせている事に申し訳ない思いを抱いた。
やはり自分はこの二人の負担になっているのではないか、と。

   ――申し訳ありません、シロウ、凛。

「衛宮くん、ひとっ走り先に家まで荷物持って行っといてくれる?」
「ああ、風呂沸かしておくんだな」
「そゆこと、私たちはゆっくり行くわ、ほら、行くわよセイバー」

そう言って三人は家路を急ぐ。

三人の“家”へ、と……

interlude out

12: 和泉麻十 (2004/04/19 00:14:16)[izumiasato]



《翌日》



「どうしよう……」

朝練の無い今週最後の登校日。
登校路の空は真っ青。
本当なら明日からの連休で心浮かれているはずなのに、日本晴れの空の下で、私の心には一足早い梅雨前線が停滞していた。

「はぁ……」

昨日くらいいろんな事があった日なんて、遠坂さんとご飯を食べるようになったあの日以来だと思う。
あの時も大変だったけど、今のはもっと大変なような気がする。

   ――衛宮君がうわきしていた……

……でも今思うと浮気っていうのとは少し違うような気がする。
見た目は確かに恋人同士みたいだったけど、なんだか……、そういうのじゃなかった。
なんで、といわれると困るんだけど……。

「はあ……」


「三枝さんが朝から溜息とは、珍しい事もあるものだ」


「あ……」

   ――柳洞さんだ。

「おはようございます」
「おはようございます、今日は朝練はないのですか?」

   ――いつものことだけど……。

柳洞さんは衛宮君や遠坂さんに対してはすごく時代がかった喋り方をするけど、私とかあんまり知らない人とはすごく丁寧な話し方をする。
なんだかその落差がすごくおかしい。

「いえ、その、ちょっと……」
「ふむ、まあ三枝さんにも色々とあるのでしょう」

それっきり会話が途切れる。
気まずいというわけではないけど、ちょっと手持ち無沙汰な時間。

「三枝さん、昨日は申し訳なかった」

それをどう受け取ったのかわからないけど、柳洞さんはそう切り出した。

「?昨日のお昼のことですか?」
「その通りです、埒の開かぬ事を考えていたらあのような体たらく。
 まだまだ修行が足らぬという事でしょう、喝」

   ――別にそんな事いいのに……。

「気になんかしていませんよ」
「いや、こういう事はしっかりしておかぬとまた同じ事を繰り返してしまいます。
 物事の是非を決めるのは常に他者、自分が大した事ではないと思っていても実は重大な事であったりするもの、常に習慣付けておらぬと自分に甘えてしまいます」

   ――柳洞さん、真面目だなぁ……。

「柳洞さん、昨日何があったんですか?」
「む、いや、事があったのは一昨日の事なのですが……、全く、昨日はどうかしていた」

喝、といって自分を戒めている。

「昨日一晩考えて自分が魔境に囚われていた事に気付きました。
 考えてみればおかしな事です、



 衛宮が心変わりしたなどと考えてしまったとは……」



   ――こころがわり……。

ピタ、と足が止まる。

「どうしました?三枝さん」

   ――え、えっと……。

「あ、いえ、これは単に一昨日衛宮がなにやら女の方と親しげにしていたの邪推してしまったまでの事、三枝さんが心配する事は……」

   ――あ、あう……。

「どうしました三枝さん、なにやら顔色が……」
「あの……、柳洞さん……」
「はい」
「そのおんなのひと……、どんなひとでした、か?」

「ふむ、目の醒めるほど美しい外国の方でしたが」

   ――あわ

「どうしました三枝さん、顔色が真っ青で、冷や汗までかいていますが……」
「あの、あ、その、頭の後ろをロールパンみたいにしてる人じゃ……」
「な!何故それを三枝さんが!」

   ――りゅうどうさんもみたんだ!

「あ!あの!柳洞さんはあの二人の事、どう……」
「う、うむ、なにやら尋常ではないほど仲がよいように感じました。」
「柳洞さんもですか……」

   ――じゃあ、じゃあ、えみやくんはほんとうに……、

「う!うわき……」
「い!いや!それは考えましたが、しかし……」

そう言って辺りをきょろきょろと見渡して誰もいない事を確認する。

「しかし、衛宮がそのような事をするとはとても……」

   ――うん、それはそう思う。

「なんとも、あのように遠坂と睦みあっている衛宮が浮気というのは」
「私も、信じられないです……」

むう、と悩み込む柳洞さん。

「あの、柳洞さんこの事は……」
「うぬ、確証が取れない事には……。
 兎に角三枝さん、この事は遠坂にはくれぐれも内密に……」





「誰に何を内密にするんですか?柳洞君?」





   ――!

「な!と、遠坂!」

うしろにとおさかさんがいる。
なんだろう、ふりむかなきゃいけないとはおもうのに。
ぜんぜんからだがうごかない。

「い、何時からそこに居た!」
「つい先程ですよ柳洞君。
 そんな事より何やら興味深いお話をなさってるご様子ですね、ぜひ私にもお聞かせ願えないかしら?」

こわい

こわいすごくこわい

「き、貴様に聞かせるべき事など何もないぞ!」
「あら、柳洞君勘違いなさってるようですね、聞くべきか聞かざるべきかは私が判断する事であって貴方はただ黙って見た事を喋ってくれればいいのです」

よろしいですね、とおるごおるのなるようなきれいなこえでたしかめてくるとおさかさん。

「な!何も見ておらぬぞ!本当だ!何を聞いたかは知らぬがそれは幻聴だ!まやかしに過ぎぬ!」
「そうですか、あくまで隠すおつもりなんですね」
「ひっ!」

おびえるりゅうどうさんのかたをがっしりつかんでずるずるとひっぱっていくとおさかさん。





いっしゅん、ちらっととおさかさんのかおがみえた。










「おー、由紀っち、おっす」
「三枝、朝からぼうっとしていたら危ないぞ」

「ん?あ?どうした由紀っちー、おーい」
「三枝?」









「カネ、これって……」
「立ち往生、だな」




−−−

13: 和泉麻十 (2004/04/20 11:30:15)[izumiasato]




ひるやすみのちゃいむがなりました。


ひるやすみ、がっこうのみんなにとってはいちばんたのしいじかんだとおもう。
わたしもだいすきでした……、というより、もとはすきだったけど、さっきとてもゆううつなものになった。
そのりゆうは、あこがれだったとおさかさん、ようしたんれい、せいせきゆうしゅう、うんどうしんけいばつぐんで、がくないのアイドルのとおさかりんさんが、


『昼休み裏の雑木林で待ってます』


こんなてがみをわたしのつくえにいれていたから。





「あうう……」

弓道場の陰に隠れてじっと雑木林の方を伺……おうとして止める。
これをさっきから何十回も繰り返している。
すー、はー、と呼吸を整えて勇気を出してみようとして……止める。

「はう……」

ここからかなり遠く離れているのにもう背筋が寒い。

「うう……」

気を落ち着けるために、手のひらにひとという字を書いて飲み込む。
あれ?ひとって人だったっけ入だったっけ?

「おこってるよねとおさかさん……」

絶対怒っている。
手紙を見たらわかる。
「なんでじょうぎでじがかいてあるんだろう……」

これじゃまるで脅迫状だよ……。
脅迫状なのかな……。

「じゃあ、りゅうどうさんもひょっとして……」

柳洞さんが連れて行かれた後のHRの時、屋上で気雑している柳洞さんが見つかった。


『柳洞君ねー、ただの脳震盪らしいんだけど、念の為病院に行く事になったの』


藤村先生がそう行ったのを思い出す。

「とおさかさんがやったのかな……」

としか思えない、うん。
多分、きっと衛宮君の事だ。

   ――うわき……。

遠坂さんはその事を聞いて、柳洞さんは話さなかったんだ。
だから、その、この前みたいに……。

   ――でも、なんで……。

遠坂さん、そんな事する人だったのかな……。

「ううん、遠坂さんはそんな人じゃない」

きっとあれは何かの事故だ。
きっとそれは私の思い違いだ。
遠坂さんなら、きっと話したら分かってくれるはず。

「うん!」

一つ大きく頷いて弓道場の影から出て行く。
勇気を振り絞って、雑木林のほうを見渡すと……。





   ――とおさかさんがいました。





   ――におうだちしています。





   ――おかしいな、なんでとおさかさんのうしろにあかいほのおがみえるきがするんだろう……。





遠坂さんの顔はすごくいつも通り。
冷静で、落ち着いた雰囲気のする整った顔立ち。

ただ、ちょっとツインテールが風も無いのに揺れていたり歩くたびに“ドシン”という音が聞こえてきたり、変な筋が見えたりするけど、うん、気のせい、遠坂さんはいつも通り、怒ってない、普通、普通なんだから、うん!


「ごめんなさいね三枝さん、こんなところに呼び出したりして」


   ――ひぃ!

だいじょうぶ、だいじょうぶ、遠坂さんは笑顔、笑顔というのは親愛の情を示しているはずだから、きっと怒ってない、怒ってるわけじゃない!


「時間もない事ですし、単刀直入に聞きます」
「は!はい!」


   ――うん!怖がる事なんてなにも……!





「衛宮くんが浮気をしていたというのは本当ですか?」





   ――おこってる。





   ――こわい。





   ――コワイ。





こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ。





「質問に答えていただけますか三枝さん?」





   ――はい!えみやくんがきれいながいじんさんとたのしそうにでえとしてましたよとおさかさん。

思わず口走りそうになる。

怖い。

体中の血が退いて目の前が白くなっていって歯なんかガチガチいっている。

言ってしまえば楽になる。

楽になるというのは分かってる。

でも……、



でも……。



『ん、よかったな』
『ですから、もう汚したり無くしたりしないように、いいですね?』



衛宮君とがいじんさんの笑顔が重なる。

二人はとても仲が良さそうだった。

恋人といってもいいくらい仲が良さそうだった。

誰だって浮気だと思う。
でもなんだか良くわからないけど、けど……、



教室中を遅くまで駆けずり回って探してくれた衛宮君。



自分の体が汚れても気にせず探してくれたがいじんさん。



二人とも、とっても嬉しそうだった。
私の財布が見つかった事を、心の底から喜んでくれた。

ああそうだ、どこかで見たと思ったら、あのがいじんさん。



衛宮君にそっくりなんだ。


二人とも、自分の事なんかどうでも良くて、他の人の為にいっしょうけんめいなんだ。


そんな衛宮君が、大好きな遠坂さんを裏切るような事はしない。
そんながいじんさんが、人の恋人を奪うような事なんかしない。

   ――でも、衛宮君ががいじんさんを騙していたら?

ありえない。

あの衛宮君は、あのがいじんさんを騙すことの出来る人じゃない。
あのがいじんさんは、騙されるような人じゃない。

   ――じゃあ、二人は本当に愛し合ってて、遠坂さんとは何時か別れるつもりだったら?

そんなの、ありえない。

もしそうだとしても、衛宮君ならちゃんと遠坂さんとけじめをつける。
もしそうだとしても、けじめをつけないような人をあのがいじんさんは認めない。



それに衛宮君は遠坂さんを愛してる。
私はそんな二人を見るのが大好き、見てるだけで、すごく幸せになる。



私の不用意な一言で、二人が喧嘩するなんて、そんなの……、



そんなの!絶対に嫌!



「……してません」



「え?」



「衛宮君は!うわきなんかしてません!」


足ががたがた震えて、腰なんかとっくに抜けちゃった。
でも言わなきゃ、違うって言わなきゃいけないって思った。



「三枝さん……」



こわい、でもしっかり私は歯を食い縛って遠坂さんの目を見返した。



「その、今の私ってそんなに怖い?」



「……」



「え?」



「朝、柳洞君も話してる時ずっと怯えてたのよ。
 おまけに最後には何もしてないのに泡吹いてぶっ倒れちゃって……」

心底不思議そうな顔をする遠坂さん。

「私、ごく普通にしてるつもりなんだけど……、怖い?やっぱり」

ちょっと傷ついたような遠坂さん。

「と、とおさかさん?」
「やっぱり怖いのね、声がひっくり返っちゃってるもの」

拗ねたような遠坂さん。
ということは……、その……、

「おこって、ないんですか?」
「士郎にならともかく、三枝さんや柳洞君に当たってもしょうがないでしょう?」

じゃあ、あのものすごいさっきはなんだったんだろう?


   ――むいしき?


「とにかく、私は三枝さんが言えないって言うのを無理に聞き出すつもりなんかない。
 ただ、聞かせてくれるなら教えて欲しいって、それだけ言いたかっただけなんだけど……」

   ――そ、そうなんだ……。

「え、えと……」
「ごめんなさい、怖がらせる気はなかったんだけど、やっぱり駄目ね、私……」

遠坂さんはそう言うと、少し寂しそうな顔になった。

「遠坂さん?」
「いいわ、三枝さん、この事は忘れるから、貴女も忘れてくれる?」

あれほど怖かった雰囲気も消えて、軽やかな笑顔の戻った遠坂さんの提案。
それを受けない理由なんて、私にはない。

「はい、わかりました、その……」
「大丈夫よ、私だって一応、アイツのこと信じてるから」

   ――よかった。

「じゃあ、三枝さん、お昼の時間なくしちゃってごめんなさい」

遠坂さんはくるりと後ろを向いて校舎へ足を向けた。」

「え、あ、はい、こちらこそ……」

その後姿を見て、私は尻餅をついてしまった。

   ――なんだか、気が抜けちゃった……。

でもこれでなんとか最悪の事態は免れた……と思う。
そうほっと一息ついていると、

「あ、そうだ三枝さん」
「は、はい!」

突然そう言って足を止めた遠坂さんが首だけこっちに向けて、

「昨日の放課後は誰と一緒だったか覚えてる?」

と聞いてきたので、

「鐘ちゃんと、蒔ちゃんと一緒でしたけど……」

なんでそんなこと聞くんだろうと思いながら、そう正直に……、


   ――答え、ちゃった……。


「ありがとう三枝さん、情報提供感謝します」

笑顔とその一言で自体が理解できた。

   ――!

「あ?え?そ、その、遠坂さんなんで昨日だって?」
「朝の会話から、三枝さんが“何か”を見たことは分かっていました。
 また、三枝さんの性格から考えてそんなものを見たら平静で居られるはずもありませんので、一昨日まではおかしな様子はありませんでした、と言うことは見たのは昨日。
 普段の行動からあの三人で行動している可能性が高いのでこのようなこと聞く必要はなかったのですが、念の為確かめさせていただきました」

   ――あ、あう……。

駄目。
絶対蒔ちゃんは話しちゃう。
鐘ちゃんだって何も知らないから話しちゃうかもしれない。

「と!とおさかさん!」
「はい、なんでしょう」

   ――黙っていた意味、全然なかったよぉ……

「もし、もしも衛宮君が浮気してたら……、どう……」

私の問いに、さっきのような寂しげな顔をした後、見蕩れるくらい綺麗な笑顔で、遠坂さんはこう答えた





「殺すわ」





14: 和泉麻十 (2004/04/23 12:17:05)[izumiasato]

《翌日》



深山町の中央にある交差点。
時間はお昼過ぎ、天気は快晴、今日も青い日本晴れ。
でも私の心は昨日に引き続いて土砂降り。
一足早い梅雨前線は通りすぎて夏の台風が来てしまったみたいだ。


『三枝さん、明日は約束通り遊びに来て下さいな』


昨日の晩に掛かって来た遠坂さんの電話。
あの時の遠坂さんを思い出すと、歩みが遅くなる。
約束の時間はかなり過ぎてしまった。
行く事を躊躇って遅くなっている足が、遅くなっているのを気にしてさらに遅くなる。

   ――どうなったんだろう……。

あの後一体どうなったのか。
遠坂さんはどうしたのか。
衛宮君はどうなったのか。

   ――もう、どうにでもなっちゃえ……。

……と思おうとしても思えない。
だってもし遠坂さんと衛宮君に何かあったらそれは私の……。


「はあ……」


なんだかこの三日で一生分の溜息を付いたような気がする。
本当は今日、衛宮君の家にお邪魔するのは止めようと思ってた。

「でも、いかなきゃ……」

こうなってしまったのはやっぱり……私の所為……だし。

狭い坂道を上って行く。
この先に、衛宮君の家があると地図に書いてある。

   ――無事かな、衛宮君。

お邪魔したらお葬式の真っ最中。

   ――冗談になってない気がするよぅ。

衛宮家斎場、と書かれた矢印が電信柱に張ってないか思わず見てしまう。
そんなのある訳が無いけど、気になってあちこち目をやって……。


「わ」


と、電信柱の向こうに、大きなお屋敷が見えた。


「すごく大きい……」

一区画丸々お屋敷なんて始めて見た。

「ぶけやしき、て言うのかな……」

テレビの時代劇に出てきそうな和風のお家。
本当にお侍か偉い人でも住んでいるみたい。

「おかしいな……」

もうこの辺に衛宮君のお家があるはず。
でも、地図だと、このお屋敷が衛宮君のお家と言うことになる。

「確か……」

衛宮君は早くにお父さんを亡くしてしまって、一緒に住んでいるのは遠坂さんとワンちゃんだって言ってた。

「こんなに、大きいお家に住んでるのかなぁ……?」

半信半疑で、玄関のほうに回って見る。

「すごい……」

私の背丈より遥かに大きな門が聳えてる。
その横にやっぱりテレビとかで良く見る通用門があって、さらにその横に、

『衛宮』

と堂々とした表札が掛かっていた。

「はわ……」

   ――おかねもちなんだえみやくん……。

そう言えば遠坂さんもお金持だって蒔ちゃんが言ってた。
もしかして、遠坂さんと衛宮君って許婚とかそういうのだったり……。

「あ……」

それでまたあのことを思い出した。

今日呼ばれた理由、衛宮君のお葬式とかじゃないよね……。

「はぁ……」

また溜息。
もういい加減覚悟を決めよう。

   ――でも……。

なんだか怖い。

「はあ…………」





「何溜息ついてるのよ三枝さん」





「ひっ!」

うしろからとおさかさんのこえがきこえる。
そ、そんなところにいるのははんそくだよぉ……。

「遅かったな三枝さん」

え!えみやくんまで……!


   ――あれ?


後ろを振り返ると、スーパーのビニール袋を抱えた遠坂さんと衛宮君。
私服だとちょっと印象が違う、二人揃ってるとなんだか新婚夫婦みたい。

   ――あ、とおさかさんのしふくだ。

いつもの制服じゃなくて、赤いTシャツに黒いズボン。
ラフだけど、着崩れて無くてとってもかっこいい。
衛宮君は白いTシャツにジーンズ、すごく衛宮君らしいと思う。
良く見ると、二人のTシャツの柄、英語を崩してデザインしたものなんだけど全く同じで色違い。

   ――お揃い、なんだ……。

シャツ自体はすごくかっこ良くて、二人とも良く似合ってるんだけど、二人並んでるとくすぐったくなってしまう。

   ――あれ?

なんだか、すごく二人とも普通のような……。

「どうしたんだ三枝さん、変な顔して……、あ、言っとくけどこの格好は偶然だからな。
 始めは二人とも上着着てたんだけど、暑いからって脱いだら偶々一緒だったってワケで……」

あせあせと落ち着き無く説明を始める衛宮君。
やっぱり、いつもの衛宮君、だから変だ。

「違うわよ士郎、三枝さんが疑問に思ってるのは他の事よね?」

昨日の迫力なんか欠片も感じない。
遠坂さんもいつも通り。

   ――どういうことなんだろう……?

「とりあえず、上がってもらいましょ」
「そうだな、立ち話もなんだし」
「え、で、でも……」

なんだか状況が飲みこめない私に、遠坂さんはにっこり微笑んで、


「まあまあ、家に入れば全部すっかりきれいにさっぱり分かるわよ」


と言って私の手を引いて家の中に入っていく。


門をくぐって、立派な玄関先を通りぬけて、からからと玄関を開けて……、


立派な廊下の途中、大きな襖の前、そこでようやく遠坂さんが止まった。


「と?とおさかさん?」
「質問その他は後で受け付けるわ、取り敢えずこの中に入ってくれる?」

そういう遠坂さん、でも、入っていいのかな?
なんだか人が居るような気配がするんだけど……。

「いいからいいから、多分三枝さんが知ってる人よ」

   ――私が、知ってる……?

「ええと……」
「ああもうじれったいわね、ほら……」
「わわ!」

背中を押されて、中によろけながら入る。

「え?」

畳敷きでちゃぶ台が置いてあるお茶の間の真中、どこかで見た事ある人がお茶を啜っていた。

「あ……」

その人もこっちに気付いたみたい。

「どう?三枝さん、見たことある……」




「がいじんさん!」
「貴女はあの時の!」




「へ?」

とおさかさんもびっくりしてる。
わたしもびっくり、なんでここにあのがいじんさんがいるんだろう……。

「なんだ、二人とも知り合いだったのか?」
「いえ、一昨日のあの女の方です」
「あ!じゃあ、財布拾ってあげた女の子って、三枝さんだったの?」
「その、ようですね……」
「なんか、すごい偶然だな……」

   ――偶然って、でも?あれ?

「え?あれ?でも?え?」
「困ってる困ってる、なんか三枝さんがあたふたしてるのって可愛いわよね」
「同意を求められてもこっちが困るんだが」

   ――どういうこと?どうなってるの?



「三枝さん、紹介するわ、家の同居人のセイバーよ」



   ――せいばー?

「え、ええ?とおさかさん、せいばーってわんちゃんのなまえじゃ……」
「シロウ、“わんちゃん”とは一体何の事でしょう?」
「ええーと、なんだろうな?」

衛宮君の口元が引きつっている。
遠坂さんも口を押さえて笑いを堪えてる。

「……何かはわかりませんが、侮辱されている事だけは確かなようですね……」

あ、がいじんさん怒ってる。
二人を上目使いにジトリ、と睨みつけて威嚇している。

   ――あ、本当にワンちゃんみたい……。

「頓に聞きますが、貴女の名前はサエグサユキカ、と聞き及んでおります、それで宜しいか?」
「は!はい!」

すごく丁寧で威厳たっぷりながいじんさ……、じゃなくてセイバーさん。

   ――ワンちゃんのイメージが強すぎて呼びづらいな……

「では、ユキカ」

   ――わ、いきなりよびすてだ。

そうだ、外国じゃ普通呼び捨てなんだっけ……。
うう、なんだか萎縮しちゃうな……。

「はい!」


「あの二人は私の事をどう言っていたのですか?」


あ、怒ってる。
でもどっちかっていうと怖いっていうより可愛い。

「ええと、私の聞いた話ですけど、遠坂さんと衛宮君がゴールデンレトリバーを飼っていて、その名前がセイバー……さんって言うと聞きました……。」
「ごーるでんれとりばーとは?」
「ワンちゃ……、あ、その、犬です、犬の種類です」


「いぬ……?」


あ、怒った。
衛宮君をすごく睨んでる。

「シロウ、一体どういう事ですか?」
「いや!俺だけじゃないぞ!遠坂も……、て言うか遠坂が三枝さんに言ったんだぞ!」
「あら、私そんな覚えないわよ」

   ――え?

「嘘つけとおさか!俺が言ったのは一成で三枝さんに言ったのはおまえだろ!」
「え?え?遠坂さんがゴールデンレトリバーだって……」
「あら三枝さん、私はセイバーがゴールデンレトリバーだなんて言ってないわよ」

   ――あ、あれ?そうだったかな……?

「シロウ……」
「セイバー待て待て!違う、違うぞ、とおさか!いい加減な事言うな!」
「でも衛宮くん、セイバーの事犬に例えたのは事実でしょ?」
「う、そりゃそうだけど……」
「ほらごらんなさい、ね、セイバー」
「シロウ…………」
「にじり寄ってくるなセイバー!三枝さんからも何か……」

   ――ええと、遠坂さんはゴールデンレトリバーとは言ってないような気がするけど犬だとは言ったような気がする……、あれ?言ったかな?言ったのは衛宮君だったかな?

「……」
「援軍きたらず我孤立せり、ってとこね、諦めてしごかれなさい」
「人事だと思って……」
「人事でしょ」
「おに」
「いいわね、私も金棒ぶん回せる腕力とかあったら便利と思わない?」
「……勘弁してください」


「   シロウ!!   」


   ――わ、びっくりした。

「言うに事欠いて人の事を犬扱いするとは何事ですか!」

   ――わ、わ、こえおおきい。

柳洞さんより大きくておなかにすごくひびく。

「お、落ち着けセイバー!話せば分かる!」
「問答無用ですシロウ、今日はユキカが居ますから控えることにしますが、次の鍛錬は覚悟しておいてください」
「いや、だから……」
「返事は?」
「はい……」

素直に頷く衛宮君。
なんだか衛宮君がワンちゃんでセイバーさんが飼い主みたいでおかしい。

   ――あ。

でも、この二人どう言う関係なんだろう……。
同居人って言っても、ひょっとしたら、その……、うわき……。

「大丈夫よ三枝さん」
「え?」

私の不安を知っているみたいに遠坂さんが苦笑いしている。

「?何が大丈夫なんだ遠坂?」
「ん、話せば長いようで一瞬で済むんだけどちょっとややこしいのよこれが」
「凛、意味がわからないのですが……」

   ――大丈夫……、ってうわきのことかな?

「大丈夫……、なんですか?」
「そうよ、大丈夫三枝さん、


 士郎は浮気なんかしてないから」


   ――そう、なんだ。

なんだか肩の力が抜けちゃった。
予想していたけど、遠坂さんの口から聞いて始めて安心できた気がする。
ただ、衛宮君とセイバーさんは良くわかってないみたい。

「はあ?」
「は?」

声を綺麗に重ねて疑問の声を上げた。

「シロウ!凛という恋人が居ながら他の女性に懸想したというのですか!」
「ちょっと待て遠坂、俺は身に覚えが無いぞ!」
「アンタに覚えがなくても見てた人が居るのよねこれが」
「シロウ!今日と言う今日は貴方を見そこないました!」

セイバーさんは衛宮君が浮気したのを本気で怒っている。
ってあれ?それって変だ、だって……。

「待てって!大体誰と浮気してたって言うんだよ!」
「セイバーよ」
「なんという事を!シロウ!私と逢引するなど……、は?」

面食らったみたいに目が点になっているセイバーさん。

「待ってください凛、なぜ私とシロウが……?」
「一昨日」
「一昨日がどうした?」
「商店街」
「はあ、確かに行きましたね」
「江戸前屋」
「「あ」」

   ――二人ともすごいまっかっかになっちゃった。

「見られてたのか……あれ」
「まーねー、道のど真ん中でらぶらぶやってりゃ見られるわよそりゃ」
「凛!誤解しないで下さい!私とシロウはそのような疚しい関係では……!」
「目撃者の証言によるとどう見たって恋人同士にしか見えなかったらしいわよ」
「何を言うのです!私はシロウの剣となり盾となる身、そのようなふしだらな真似は……」
「三枝さん、世間一般にそういう間柄をなんと言うと思う?」

ええと……、

   ――番犬?

それは違うかな……。

「遠坂!俺とセイバーがそういう関係じゃないっておまえが良く知ってるだろ?」
「ふんだ、私が知ってても世間じゃそうは見てくれないものよ、ねぇ三枝さん?」

   ――ええと……。

「その、どう見ても恋人同士みたい、でした……」

私は知っているからいいけど、知らない人が見たら、きっとそう見える。

「ほらごらんなさい、自分達のした事少しは自覚しなさいよね」
「まあ、行動が迂闊だったのは認める、でも俺は浮気してるわけじゃない、それは確かだ」
「へぇ?どうかしら?」
「な!疑うと言うのですか?私とシロウを?」
「疑ってるわけじゃないわよ……」
「遠坂、俺とセイバーのの仲が疑われるのは確かに問題だ、でも俺の恋人はあくまで遠坂だぞ、世間がどう言おうとその関係は変わらないんだぞ、堂々としてろよ」
「じゃあアンタはセイバーと恋人同士だって噂が流れても平気なワケ?」

遠坂さんの目が吊り上っていく。

   ――あう、おこってる。

「平気も何も俺とセイバーは違うんだから反応する必要ないだろ?」
「セイバーだけって話じゃないわよ、他の女の子と噂になっちゃう可能性だってあるじゃない」
「他の女の子って誰だよ」
「桜とか今回の件で三枝さんとか、事に寄ったら藤村先生ってことも……」

   ――さくら?ふじむらせんせい?

「む、それはないだろう、特に藤ねぇとか」
「わかんないわよ?お優しい衛宮くんの事だから藤村先生との仲まで誤解されるかもよ?」
「でもだ、あくまで誤解であって俺と遠坂の間は変わらない、放っておけばいいだけだろ?」

むう、って唸って黙り込んでしまう遠坂さん。
あ、目が据わってる。
頬も真っ赤になっちゃった。

「そうだろ遠坂?なんか俺間違ってるか?」
「間違ってるわよばか」
「なんでさ」
「ばかには分からないわよ」
「馬鹿馬鹿言ってないで説明してくれ遠坂」
「そこがばかだって言うのよ」
「どこだよ」
「分かりなさいよ、あんたほんとにばか?」
「だからだ、俺と他の女の子が噂になっても関係ないだろ?
 今まで通りに生活すりゃいいだけだろ?」
「良くないわよ」
「なんでさ」
「嫌」
「なにがさ」
「絶対嫌」
「だから何……」

「アンタが他の子と噂になるのなんてぜっったいに嫌!」

机をだむ、って叩いて遠坂さんが宣言する。

「だから!噂は噂であって俺達が気にする事じゃないって!」
「気にするわよ!あんたが浮気してんじゃないかって思っただけで気が気じゃないもの!」
「あのな、俺が浮気なんかするわけないだろ、信じてないのか?」
「信じてないわけじゃないけど……」
「だったら……」
「でも!」
「なんだよ」
「今はいいけど!近いうちに絶対……。


 絶対アンタ浮気するに決まってるもの!」


「「「え?」」」

15: 和泉麻十 (2004/04/24 00:14:59)[izumiasato]


   ――とおさかさん?

「凛、何を言っているのですか?」
「遠坂、言っていい事と悪い事があるぞ、俺が浮気するに決まってるっていうのはどういうわけだ?」
「だって……」
「だって、何だよ?」
「だって……!

 私、可愛くないじゃない……」

「「「は?」」」

   ――とおさかさんなにを……?

「ちょっと待て遠坂、脊髄反射で物を言わないでくれ」
「ちゃんと考えてるわよ!」
「だったらどうしてそんなこと言うんだよ……」
「だって、私、女の子っぽくないし……」

  ――じゅうぶんだとおもうんだけど……。

「女の子らしいこと何一つ出来ないし……」

  ――おりょうりとかあれだけできたら……。

「スタイルだって良くないし……」

  ――わたしよりいいとおもうんだけど……。

「わがままだし、がさつだし、乱暴だし……」

「「「……」」」

「こんな性格じゃ、今は良いけどいつか愛想つかされるに決まってるわよ。
 それなのに……、それが分かってるのに治す気なんてさらさら無いんだもの……。」

すごくしんみりと泣きそうになっていく遠坂さん。

「ほらね?やな女でしょ?だからいつか士郎が他の女の子に目が向いても仕方ないとは思うの……」

目をうるうるさせて涙声になりながら衛宮君にそう言う。

「でも!でも嫌なの!士郎が他の女の子と仲良くしてるとか、一緒に居たってだけでも嫌なの!桜や藤村先生でも、セイバーとだって嫌!うわさだけでも嫌!もしそれが本当だったら……、もしそんな事になったら、私……。





 いっそ士郎殺した方がましよ!」





   ――わあ

「……遠坂、そこは普通死んだほうがましというのが普通だと思うぞ」
「何言ってんのよ、私が死んだ後アンタが生きてちゃなんにもなんないじゃないの」
「……じゃああれか、おまえを殺して私も死ぬってやつか?」


「なんで私が死ななくちゃいけないのよ」


   ――とおさかさん、それすごいわがままだよぉ

「ほら、わがままでしょ私、だから……」
「もういい分かった遠坂の言いたい事はよー―――――――く分かった」

なおも言い募ろうとする遠坂さんを手で制する衛宮君。

「悪いがな、遠坂がわがままなのは知ってる」
「そんなの……」
「良いから聞けって、おまえがわがままなのも、自分勝手なのも、気分屋なのも、怒りっぽいのもすぐ暴力を振るうのも面倒くさがりなのも朝弱いのも、俺は全部知ってる」

衛宮君は小さな子供に言い聞かせるように、遠坂さんの両肩に手をかける。

「それに、おまえが結構情に厚いのも、実は自分の性格にコンプレックス持ってたりするのも、寂しがり屋なのも甘えんぼなのも全部知ってる、でだ、遠坂、俺はな、


 全部ひっくるめて遠坂という女の子を俺は愛してる。」


   ――あわ

「そんなの今だけよ、そんな性格、すぐ鼻についちゃうんだから……」
「そんな事無いぞ遠坂」
「あるわよ」
「ないって」
「ある」
「ない!それを言うなら遠坂のほうが愛想尽かすのが先だろう?」
「なんでよ」
「だって俺なんか大したとりえもないし、顔だって並だし特にこれといって良いとこないぞ?」
「そんなことないわよ」
「なんでさ、大体遠坂、俺のどこが気に入ったんだ?」
「どこって……、そんなの決まってるじゃない」
「どこだよ」





「……士郎の全部」




   ――あう……。

「ばっ!そんなわけないだろ!」
「あるわよ!士郎の身も心も全部好きなんだからしょうがないじゃない!」
「いやありえないって!俺そんな見た目よくないし!」

「何言ってんのよ!アンタすごくかっこいいじゃない!」

「……!」

衛宮君の顔、熟した柿みたいに真っ赤になっちゃた。

「ばか!お世辞も程ほどにしろ!」
「私は本気よ!確かに普段はのほほんとしてるけど、時折見惚れるくらい良い顔してる時あるし、着やせする性質だからわからないけど、士郎胸板厚いし筋肉あって引き締まってて魅力的なの!
 いい?アンタはね、とってもかっこいいの!」
「……」

ゆでだこみたいになって口をパクパクさせる衛宮君。

「そりゃ私ちょっと顔はいいのかもしれないけど、体の方は自信ないもの……、胸だって小さいし……」

   ――私より大きいと思うんですけど……。

「ばっ!ばか!大きさなんて関係ないだろ!」
「だって士郎だって大きい方が良いでしょ!

「そんな事ない!俺は遠坂の胸好きだぞ!」

「……!」

遠坂さんの顔も、熟したリンゴみたいになっちゃった。

「ばか!慰めなんか要らないわよ!」
「俺は本気だぞ!小さい小さいって言ってるけど俺はあのくらいの大きさが好きだ、張りがあるし肌はすべすべだしずっと触ってたくなるんだ!
 それも含めて、遠坂の体はすごく綺麗だぞ!」
「……」

化学反応したみたいに真っ赤になってもぞもぞと落ち着かない遠坂さん。

「俺はな、遠坂以外の子の事なんか考えられないんだ、遠坂以上に素敵な女の子なんかが居るなんてとても思えない」
「……私だってそうよ、アンタ以上に素敵な男の子なんて居るはずないもの」
「そんなはずないだろ、俺なんかより良い奴はいっぱい居る」
「居るわけないでしょ!私より可愛い子の方がまだ可能性あるわよ!」
「居ない、絶対だ」
「居るって言ってんでしょこのわからずや!」
「ばっ!わからずやはどっちだこの頑固者!」
「そうよ!頑固者よ!こんな頑固者嫌いでしょ士郎は?」
「ばか!頑固者が嫌いなら遠坂好きになってない!」
「だから今は良いけどいつか絶対嫌になるものよ!」
「ならない!」
「なるわよ!」
「ない!」
「なる!」



カキン



あ、セイバーさんのこめかみから変な音が……。

「俺なんか何のとりえもないだめ男だぞ?」
「そんな事ないわ!アンタは私がアイツよりもっともっといい男にするんだから!」
「時間掛かるぞ!何度教えたってこの前みたいに失敗ばっかりだし」
「いいわよ、何十年掛かろうと何百年掛かろうと一生付き合うつもりよ!」
「持つわけないだろ!絶対愛想尽かすぞ!」
「尽かさない!」
「尽かす!」
「ない!」
「尽かす!」



「……」



セイバーさん深呼吸してる、あ、これって……。

「だから!私はアンタのこと好きなの!愛してるの!なんでわかんないのよばか!」
「わかんないのはおまえだろ!俺だってそうだ!」
「ばかばか!私の言ってた事聞いてたの?」
「おまえこそ俺の話し聞いてたのかよ!」
「おおばか!」
「ばかがどっちだ!」
「ああもうまったくもう!」
「ったくこのばか!」


「アンタが好きだって言ってるでしょ!」


「お前が好きだってなんべん言えばわかるんだ!」





「   いいかげんにしなさいシロウ!凛!   」

16: 和泉麻十 (2004/04/24 18:16:42)[hayasi.koutarou at nifty.com]





   ――ひぃ!

おなかがすごくいたい、遊園地のジェットコースター急降下みたいな衝撃がドンッてからだじゅうに……。

「客人の前で益体も無い事を何時まで続けるつもりですか!」
「……!」

   ――うう、なんにも聞こえないよぉ。

「兎に角二人ともそこに座りなさい!」

   ――わあ、セイバーさんの声だけが聞こえてくる。

鼓膜から聞こえてくるというより、骨が音を伝えてくるような感覚。
骨伝道ってこういう事なのかな?

「いいですかシロウ!凛!今日という今日は勘弁なりません!」
「……!」
「!!」

二人とも抗議している。
でも……。

「   黙りなさい!   」

   ――ひゃう!

もうなんだろう、“ばくはつ”という表現しか当てはまらないと思う。
耳だけじゃなくておなかにすごく響く。

「一体シロウと凛は何の為にそう毎日毎日口論を繰り返すのですか!」

   ――すごい……。

“怒る”事なんて知らないみたいだったセイバーさんが怒ってる。
なんだか額に青筋まで立てて……、あれ?

「それが明確な議題を持ったものなら私も納得しましょう!」

   ――あのセイバーさんの頭の辺りでぴょこぴょこ動いてるのなんだろう……?

「例え馬鹿らしいものでもお互いの非を認識しあい向上しあおうというのが本来の口論ではないのですか?」

   ――あれ、もしかしたらかみのけ?

「だというのに二人の口論はシロウは凛を、凛はシロウをいかに素晴らしい存在と思っているかという事を言い合ってるに過ぎません!」

髪の毛みたいなものがぴんっと立ち上がった。

「それを素直に受ければ良いものの、お互い褒め合って険悪になるなど最早私の理解の範疇外です!」
「……!!」

セイバーさんが強調する度ぴこぴこ立ったり戻ったりする。

「全く持って不毛です!阿保らしいと思わないのですか!」

   ――なんだかワンちゃんの尻尾みたい……。

「……だぞ」
「……よ」

ようやく聞こえるようになってきたけど、あのセイバーさんの頭で動いてるものが気になって仕方ない。

「そのような惚気話を毎日毎日!聞いているこちらが馬鹿らしくなってくると言うものです……」

ぺたん、と倒れた。

「……日やってるって訳じゃ」
「毎日です!小さいものを含めると朝昼晩四六時中べったりと!」

あ、また真っ直ぐになった……。

   ――一体どうなっているんだろう……?

「……!士郎が悪いのよ!」
「……!!それを言うなら!」

   ――わ!カクカクってなった!

本当に髪の毛なのかな?
小刻みに振動してる……。
それに合わせてセイバーさんが息を深く吸い込んでいって……。

   ――来るかな?



「   だからいいかげんにしなさい!シロウ!凛!   」



   ――ひゃあ

耳をふさいでも鼓膜がびりびり震える。
あんな小さな体のどこにそんな声を出すところがあるのだろう……、あれ?


   ――わ!わ!すごい!くるくる回転してる!


「二人とも!状況の改善を要求します!」
「改善って具体的にどうするんだよ」

   ――どうなってるんだろう?すごく気になる……。

「凛、せめて週の半分は自分の家に帰るべきです」
「なんでよ、そんな必要ないでしょ」

   ――髪飾りなのかな?それとも本物なのかな?

「あります!ともかく二人はいったん離れて頭を冷やす事です!」
「嫌、そんなこというなら士郎連れて私の家に引っ越すまでよ」

   ――でもどうやって動いてるんだろう……。

「それでは意味がありません、凛がおらぬ間を利用してシロウには弛んだ精神を鍛え直してもらわねばなりませんから」
「何だ、遠坂が居てもできることじゃないかそれ」

   ――すごく小さなモーターが出来たって物理の先生が言ってたから、もしかして……。

「何を言うのです!明らかに最近のシロウは持久力が落ちています!足腰がふら付いているではありませんか!」
「そりゃまあこのところ多かったからな」

   ――ああ気になるよぅあの髪の毛。

「何よその目は、私の所為だって言うつもり?」
「現にそうだろ、昨日だって……」
「ばか!あれはアンタのせいよ!」
「なんでさ、昨日のは……」


   ――よし!


「   人の話を……」



「   セイバーさん!   」



「聞く……、と、ユキカ?」
「「三枝さん?」」

真剣な顔をしてセイバーさんに対峙する。

「そうですか、ユキカも何かこの二人に言いたい事があるのですね?
 無理もありません、貴女も被害者だ」

うんうんと頷くと時間差であの髪の毛もピコピコと上下に触れる。

「言ってやってくださいユキカ、貴女の意見ならこの二人も聞く耳を持つ事でしょう!」
「セイバーさん!」
「はい!」





「頭触らせてもらって良いですか?」





17: 和泉麻十 (2004/04/25 13:25:11)[hayasi.koutarou at nifty.com]

「「「……」」」

あれ?皆固まっちゃったみたい……。
私何か変なこと言ったかな?

「ユキカ?今一体なんと?」
「あ、聞こえませんでしたか?」

   ――声小さかったかな?

「いえ、聞こえていなかったというわけではないのです、ただ聞こえ難かったようで、なにやら非常に突拍子も無いことを仰ったかのごとく聞こえてしまったのです」
「あ、そうでしたか」
「ええ、もう一度お願いしますユキカ」
「はい、では、



 頭触らせてもらって良いですか?」



「「「…………」」」

あ、あれ?皆すごく変な顔でこっち見てる……。

「ユキカ、どうやら今日は耳の調子が悪いようです、貴女が私の頭を触る許可を求めている様に聞こえるとは……」

   ――セイバーさん変なこと言ってる……。

「セイバーさん大丈夫ですよ、私が言ったのはそう言うことですから」
「……」
「……」
「ユキカ?その、今の状況と私の頭、一体どういう関係があるのですか?」
「関係……ですか?」

   ――関係あるのかな?関係あるような気もするし……。

「……」
「質問を変えましょう、何故ユキカは私の頭に触ろうなどと考えたのです?」

あ、それなら説明できる。



「はい!セイバーさんの頭に触りたいからです」



   ――あれ?何か違うような……。

「ぷっ……」
「くく……」

   ――あれ?あれ?ええと……。

「ユキカ、貴女の様な人間がもしやとは思いますが、私を愚弄しているのではないで……」

   ――あ!そうだ思い出した!

「すいません、間違えましたセイバーさん」
「そ、そうですか、そうでしょうとも、そうでなくては……、それで私の頭にどのような意味が?」
「ええとですね、セイバーさんの頭に変な髪の毛あるじゃないですか」
「変……、と言われるのは心外ですが、これが何か」
「はい!


 その髪の毛どうやって生えてるのか見たいんです」


「……」

あれ?セイバーさんなんだかとっても困ってるような……。

「ぷぷぷぷぷぷぷ」
「くくくくくくくくくくく」

「ユキカ?先程までの状況を理解していましたか?」
「?遠坂さんと衛宮君が喧嘩していて、セイバーさんが二人にお説教していたんですよね?」
「え?あ、はい、その通りですが……、しかし一体何故私の髪の毛などに?」
「そのときですね、セイバーさんが怒ったり萎れたりする毎に髪の毛もいっしょになって怒ったみたいになったり萎れたりしたんです!」

あれだけ自由自在に動く髪の毛なんだから、きっとすごいものなんだと思う。

「はあ……」
「だから、ちょっとだけ見てみたいんです」
「……」

「うぷぷぷぷぷ」
「くっ、くくくくく」

あ、セイバーさんとっても困った顔で考え込んでる……。

「……駄目、ですか?」
「う……、ユキカ、その顔は反則です……」

セイバーさんは少し顔を伏せたり遠くを見たりしながら思案している。
しばらくそれをどきどきしながら見ていたら、セイバーさんが突然すごく大きな溜息をついた。

「分かり……ましたユキカ、……いえ、実のところ何一つ分からないのですがそれが貴女の願いとあらば……」

むんっと目を閉じて仁王立ちになるセイバーさん。
“さあどこからでも触ってください”と言いたげなのはすごく有難いんだけど……。

   ――セイバーさん、見えないです……。

私とセイバーさんの身長はほとんど一緒で、セイバーさんが胸を張って直立不動してしまうとぜんぜんあの髪の毛が見えない。

「あの、セイバーさん屈んでもらえますか?」
「み、見えませんか」
「はい、あ、ありがとう御座います」

綺麗な所作で流れるように正座の形になるセイバーさん。
背筋もぴんとして腕も真っ直ぐ膝に当ててる。

   ――セイバーさん、すごく躾に厳しい家の人なのかな?

ひょっとしたら英国貴族の出身とか……、あ、そんな雰囲気すごく感じる。
え?じゃあ今私のやってる事ってもしかして不敬罪とか……。

   ――あう……。

「?……、どうしたのですかユキカ、その……、覚悟が出来ているうちに済ましていただきたいのですが……」
「あ、はい」

気の使いすぎだ、うん。
セイバーさんだってOK出してくれたし、大体ここは日本だし、大丈夫、……と思う。

「あ、じゃあ行きますよセイバーさん」

そおっとセイバーさんの頭を覗き込む。

   ――わ、すごく綺麗な髪……。

あの時もすごく綺麗だと思ったけど、こうして近くで見ると本当に金で出来ているみたいな色をしている。
一本一本絹の糸みたいに艶があって引っかかるところがどこにも無い。
枝毛どころか多分キューティクルもないんだろうな……。

   ――いいなぁ、うらやましいなぁ……。

触っているだけでとても気持ちいい。
ゆっくり頭頂部から即頭部にかけて撫でて見る。

   ――あ、やっぱりきもちいい。

さらさらと指に絡んで抜けていく感触。
シャワーを浴びて居るときみたいに肌に当たって流れていく。
すごく心地いい。
一回だけじゃ惜しくて、何回も撫でて見たりする。

   ――あ、癖になっちゃいそう……。

「ゆ、ユキカ、その、何をしているのです?できれば、その、できれば早くして頂けませんか?」

   ――気持ち良いなぁ、頬擦りしたいなぁ……。

「な!何をしているのですかユキカ!そ!そのように顔をつかまれては!」
「あの、お願いがあるんですが」
「こ!これ以上何か?」
「はい、セイバーさんの髪、とっても綺麗だと思うんです」
「あ、そ、それは有難う御座います」

お酒を飲んだみたいに真っ赤になって落ち着かない様子のセイバーさん。
おこってるのかな?でも聞くだけ聞いてみよう。

「それでですねセイバーさん。



 頬擦りしていいですか?」



「!!!」

「ぷはははははははははは!」
「あはははははははははは!」

あう、もっと真っ赤になっちゃった。

「その、駄目なら駄目でいいんですけど……」
「あう……、だ、駄目と言うわけではなくてですね……」

わたわたと更に落ち着きを無くしていくセイバーさん。

「駄目……、なんですか?」
「……、ユキカ、貴女のその顔は卑怯極まります。
 そのような顔をされてはどう断れと言うのですか……」

   ――え!

「じゃあ!」
「……、もう貴女の好きにしてください……」

   ――やった!

そうと決まれば、そっとセイバーさんの頭を抱き抱えて、

「!」

即頭部辺りをすりすりとする。

「!???!!!??!?!?」

   ――ああ、気持ちいいよぉ

絹みたいな肌触りが頬を覆っていく。
とてもいい匂いが鼻をくすぐって、まるで干したてのお布団に顔を埋めているみたいにいい気分。

   ――あ、でも、私おとといセイバーさんにあんな事させちゃったんだ……。

こんなに綺麗な髪を汚してしまったかと思うと胸が痛くなってしまう。

「ユキカ!ユキカ!こ!このような事をして……!」
「ああ、私はへいきです、弟とかお母さんとかとよくこういう事してますから」
「そういう問題ではありません!私が困るのです!」

   ――あう、セイバーさん嫌なんだ……。

もう少ししておきたいけどセイバーさんが嫌なら止めよう。
でも名残惜しいからもう一度だけ優しく髪を撫でると……。


ぴこ


   ――わ!


さわさわ

ぴこぴこ


   ――わ!わ!


そっ……。


ぴこぴこぴこぴこ!


   ――すごい……。

さっきまで動かなかった“かみのけ”がセイバーさんの頭を撫でるたびにぴこぴこ振動し始めた。

「ユキカ!何を遊んでいるのですか!後生ですから早く……」

   ――本当にどうなってるんだろう……?

そっと髪を掻き分けて“髪の毛”の根元を見てみる。

   ――あれ?

ふつうの髪の毛だった。

   ――むう。

おかしい、そんな筈はないんだけど……。
もう少し明るいところの方が良いかなぁ……?

「あ、セイバーさん」
「ま、また願い事ですか?」
「はい、ええとですね……」
「分かりました!もう何でも聞き入れます!ですから早く終わらしてください!」

   ――そうなんだ、それなら早く終わらさないと……。

そう思いながら辺りを見回して適当な場所を探す。

「あ」

あそこがいい、縁側、おひさまがあたって明るくて気持ち良さそう。
とことこと歩いて縁側で正座。
ちょいちょいとセイバーさんを手招きする。

「ユキカ?」
「セイバーさん、


 私の膝に頭乗せてもらえますか?」



「―――――――――――!!」


「―!――!!――!!!!」
「!!!!!!!!!!!!」


「シロウ!凛!腹を抱えて笑う事はないでしょう!」

なんだか泣きそうになっているセイバーさん。
これは流石に迷惑なのかな?

「あの……、セイバーさん、その……」
「……ですからその顔は反則だと何度も……」

再び諦めたみたいに大きな溜息をつくセイバーさん。
ぎくしゃくとロボットみたいに体を強張らせて縁側にやってきて、何度も何度も躊躇しながら数分後。
セイバーさんは、

「行きます……」

と言って私の膝に頭を乗せてきた。

   ――ありがたいんですけど……。

こうも体を強張らされては居心地が悪いし、膝も少し痛い。

   ――どうしよう……。

上の弟の耳掃除する時なんかがこんな感じ。
なんだかよく分からないけどすごくかちこちになるんだ、うん。

   ――こういうときは……。

そっとセイバーさんの耳に口を近づけて、

ふっと息を吹き込む。


「ひやぅ!」


あ、力が抜けた。
うん、これで落ち着いて見れる。
それにちょうどいい具合に“髪の毛”もぴこぴこ動いていて観察しやすくなっている。

   ――ええと……。

“かみのけ”の生え際はどう見ても普通の髪。
これが自由自在に動いていたようには思えない。

「ゆ、ユキカ、もうよろしいのでは?」
「すいません、よく分かりませんでした、もう一回良いですか?」
「わかりました!分かりましたから早く済ませてください!」

   ――じゃあ、もう一回。

ふっ


「ひぃ!」


ぴこぴぴぴここぴこ


   ――わ!わ!すごく動いてる。

根元にも何にもないのにすごく不思議だ。
筋肉かな?すごい筋肉ついてたりして……。

「!!!!!!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!!」


「笑っていないで助けてください二人とも!」
「あ、暴れないで下さい、見えなくなっちゃいます」
「うう、ユキカ、もう勘弁してください……」
「え?嫌ですか?」
「だからその顔を……」
「あ、今ペタンってなりました!すごい!」

生え際を引っ張ったりしてみる。

「や、止め!」

つんつん

「ひ!」

つつくとふるふる震える。

さわさわ

ぴこぴこ

つんつん

ふるふる

ふっ

ぴくっ

   ――面白いなぁ……もっとみたいなぁ。





「あ、セイバーさん、虫眼鏡もってきてじっくり見て良いですか?」





「助けてください、シロウ……」





18: 和泉麻十 (2004/04/26 00:20:25)[hayasi.koutarou at nifty.com]

epilogue


「ん?」

夕食後、洗い物を終えてキッチンから居間に戻ってきた衛宮士郎が見たものは、

「あら、洗い物終わったの?」

所在無さげにテーブルに肘をついてテレビを見ている遠坂凛だった。

「遠坂、セイバーと三枝さんはどうしたんだ?」
「一緒にお風呂入りに行ったわよ」
「うわ、三枝さんすっかりセイバーに懐いちゃったな……」
「寂しい?セイバー取られちゃって」

意地悪っぽい顔で自分の恋人を見つめる彼女。

「……ちょっとな、でも遠坂だって寂しそうだぞ」

エプロンを定位置に戻して、いつものように恋人の隣に座る彼。
その彼に微苦笑でこう答える。

「まあね、三枝さんセイバーにべったりになっちゃったから、今まで考えると、ちょっとね……」
「遠坂に懐いてたからな」
「そうね、三枝さん見てたらなつっこい犬みたいな感じじゃない?
 セイバーも犬っぽいから、もう今日の二人見てて子犬同士がじゃれてるみたいにしか見えなかったわよ」

さも楽しそうにくすくすと笑う遠坂凛。
それにつられて、今日一日を思い出したのか彼もくつくつと笑う。

「まさか三枝さんが“あの毛”に執着するなんてな……」
「私も気にはなってたんだけどね、さすがに突っ込む気にはなれなかったわ」
「突っ込んだら命が危ないからな」
「そうねー、士郎が言ってたら半殺しじゃすまないわよね」
「……そうだな、今日もただでさえ危なかったからなー」
「……」

その台詞で昼の事を思い出したのか、彼女は俯いたまま申し訳なさそうに黙り込んだ。

「……」
「……」

しばしの間、そして、

「……ごめん」

蚊の鳴く様な声の懺悔。

「聞いた、一成気絶させたんだって?」
「が、ガンドは使ってないわ!本当よ!」
「分かってる、よっぽどの事がないのに使うおまえじゃないもんな。
 しっかしけっこうショックだぞ、俺が浮気するなんて思われてたなんて」
「……だって、私……」
「ああ、分かったって言っただろ?それにだ、そんなにへこんでる遠坂は、その、あんまり見たくない」
「……」

目を逸らして頬を掻く少年に思うところあるのか、遠坂凛は軽く微笑んで彼の肩に体を預けた。

「駄目なの、なんかね、おかしいのよ、士郎の事考えてると変な方へ変な方へ考えちゃうの」
「変な方って、俺が浮気するとかか?」
「うん、それもあるし、明日朝起きたら夢の話だったりするんじゃないかとか、士郎が居なくなっちゃっているんじゃないかとか……」
「なんだよ、それ、そんな事あるわけないだろう?」
「分かってるわよ、でも不安なの、昨日アンタの浮気の話し聞いて、蒔寺さんに確認とったら普通は落ち着くはずでしょ?でもちっとも落ち着かなかったの……」
「ああ、それで昨日……」
「そ、士郎の部屋に夜這いなんか恥ずかしい事しちゃったワケ」

昨日の晩の彼女はともかくおかしかった。
彼の部屋に夜這いに来た上、執拗なまでに彼を求めてきたのである。

「あー、すごく焦ってたなって事は伝わった。
 なんだかよく分からなかったけど、それで遠坂が落ち着くんならいいかって思ってな、セイバーには悪かったけど……」

セイバーの部屋は彼の部屋の隣。
つまり昨晩の秘め事は全て筒抜けと言う事になる。

「あー、確かにね、今日の朝なんか道場に毛布持ち込んで不貞寝してたしね」
「そりゃ怒るよな確かに……」

そこでまた会話が止まる。
出来れば会話はずらしてしまいたかったが、今はきちんと話した方が良いと考えている二人。
話しても結論は出ない。
しかし少なくとも話すことによって一握の安心を得たかった。

「遠坂、大丈夫だ」
「……」
「俺はおまえを大事にする、絶対だ、だから安心しろ」

それだけ。
根拠も論拠も無い実に頼りない言葉。
しかしそれだけで彼女には十分だったらしい。

「当たり前よ、そうじゃなかったら承知しないんだから……」

ぎゅっと恋しい少年の手を握ってそう呟く。
恥ずかしいような嬉しいような沈黙。


「ね、士郎、一緒にお風呂入らない?」


少年の肩に顎を乗せて、彼女はそう沈黙を破った。

「ばっ!三枝さんが来てるんだぞ!」
「いいじゃない、三枝さん私たちが一緒にお風呂入ってるの知ってるでしょ?
 困る事なんかないと思うけど?」

不敵な笑みを浮かべてじっと衛宮士郎を見詰める彼女。

「ばか、あのな、こんな状態で一緒に風呂なんか入ったら……、その、我慢する自信ないぞ……」
「いいわよ、我慢なんかしなくて」
「な!いいわけないだろ!」
「いいのよ、お風呂場にはこの前結界張ったでしょ?音は漏れないから安心しなさい」

ふふんと勝ち誇ったように笑う少女に、真っ赤になってうろたえる少年。

「どうする士郎?今の私、士郎がしたいって言うなら何でもして上げたい気分なんだけど?
 あ、でも今日だけ、明日以降はこんなチャンス絶対にないわよ、どう?」

これ以上ないという最後通告。
もう衛宮士郎に頷く以外の選択肢はなく、


「卑怯者……」


精一杯の抵抗。
それを肯定と受け取って、遠坂凛はとびっきりの笑顔を浮かべて恋人に抱きついた。










「セイバーさーん、お湯流しますよー」

19: 和泉麻十 (2004/04/27 13:42:23)[hayasi.koutarou at nifty.com]


ざばー、とセイバーさんの頭から洗面器のお湯を流す。

「ユキカ?体の泡を落とすのに何故頭からかける必要があるのです?」
「次頭を洗うからですけど」

濡らしておかないと泡が立ちにくいし髪も痛んでしまう。

「ユキカ、そこまでやっていただく理由はありません」
「駄目です、一昨日セイバーさん私の所為で汚れちゃったんですから
 今更ですけど、ちゃんと洗わせて下さい」

一昨日の事がそれで帳消しになるなんて思えないけど、せめてそれぐらいはしないと気が済まない。

「はあ、わかりました」
「あ、いいんですか?」
「ええ、ユキカはこうと言ったら聞きませんからね、もう諦めました」

なんて言ってセイバーさんは拗ねたみたいにこっちを変な顔で見てる。
うう、ごめんなさい、反省してます。

「ではお願いしますユキカ、あらかじめ言っておきますが、丁寧な仕事を希望します」

う、セイバーさんがすごくいじわるな事いってくるよぉ。

   ――緊張するなぁ……。

擦り合せて手にシャンプーを馴染ませ、泡を立てる。
手頃な感じになったらセイバーさんの頭に乗せて、軽く一呼吸。
むん、と気合を居れて少し強めにセイバーさんの頭をわしゃわしゃと洗い始める。

「?ユキカ?」
「なんですかセイバーさん?」
「いえ、随分と人の頭を洗い慣れているように感じるのですが……」
「あ、分かります?弟とか近所の子とかよく一緒にお風呂入っているんです」
「そうでしたか」
「はい、私の家、年の離れた弟がいっぱい居るんです。
 弟達とか弟たちが連れてくる子供とかでいつも賑やかなんです」

因みに、夏にはもう一人新しい弟ができる予定だったりする

「それはまた……、随分仲の良い御父母を持ったものですね」
「そうですね、お父さんとお母さん、とっても仲が良いんです。
 遠坂さんと衛宮君には敵いませんけど」

流石にこっちが恥ずかしくなるくらいは……、ないと思う、多分。

セイバーさんの頭皮を指のお腹の部分で強めにこする。
あ、首を動かすと洗いにくいです。

「ふむ、それでですか」

ふむふむと頷くセイバーさん。

「?何がですか?」
「いえ、あの二人の痴話喧嘩に動じておりませんでしたから……」
「あ、違います、家のお父さんとお母さんは仲良いですけどあんな喧嘩はしませんから」
「では……?」
「始めはびっくりしましたけど、もう慣れました」

そう言うとセイバーさんはがっくりと肩を落とした。
ああ、だから動くと洗いにくいよぉ。

「あの二人は学校でもあのような事をしているのですか……」
「はい、毎日」
「……全く、どうにかならぬものですかあれは」
「どうにもなりませんよ」

後頭部のほうを指を立てて洗う。

「いやにはっきり言いますね?なにか根拠でも?」

「はい、衛宮君優しいですから」

「?」

あ、駄目ですセイバーさんこっち向いちゃ、洗えません。

「それはどう言う意味ですかユキカ?」
「もう、前ちゃんと向いて下さい」

くいっ、とセイバーさんの顔を無理やり元に戻す。

「あ、す、すみません……、ですがユキカ、今の言葉は一体?」
「う、私も上手くは説明できないんですけど……」

むう、とセイバーさんの頭を洗いながら考える。

「その、衛宮君ってなんでも受け入れちゃうじゃないですか」
「ああ、確かに、シロウは拒むと言うことを知りませんからね」

思い当たる事があるのか、はあ、と溜息をつくセイバーさん。

「はい、だから、どんなにひどい事されても人を嫌いにならないんです」
「本当にそうです、お人よしにも程があろうと言うものです」

うんうんと頷くセイバーさん、だから動くと洗いにくいよ……。

「何を言われても、何をされても、絶対関係を変えないじゃないですか、だからなんだと思います」
「?その、もう少し詳しく説明してくれませんか?」
「ええと……」

   ――うう、むずかしいな……。

「その、今度は遠坂さんの事なんですけど……」
「凛の……」
「えと、この前弟と見ていた漫画にあった言葉で、なんだか遠坂さんにぴったりだなって言葉があったんです」
「ほう?どのような?」
「ええと、確か……、そう、


 “自分より強い存在が居ないこと、甘えたり寄り掛かったりできる人が居ないって事は可哀想だ”、って」


「ああ―――」

なんだか感心したようなセイバーさんが遠くを見る。

「そうかもしれません、凛は何時だって気高く孤高ですが……」
「はい、私、ずっと遠坂さんは一人で生きていけるかっこいい人だと思ってました」
「しかし、その実は」
「わがまま言ったり、甘えたり、怒ったり、叱られたりずっとしたかったんだと思います」
「なるほど、幾ら甘えようが我侭を言おうがシロウなら受け止めてくれる、赦してくれる、それが……」
「すごく嬉しいんだと思います、特に遠坂さん、小さい頃にお父さん亡くされたって聞いてますから」
「甘え足りない、と言ったところですか、ふふ、これではどちらが世話を焼いてるのやら分かりませんね」

すごく楽しそうにくすくす笑うセイバーさん。

「どっちもどっちだと思います、衛宮君も遠坂さんに頼っているとこありますから」
「全く、あの二人は……、時折思うのです、あの二人のそばに居ると私は邪魔なのではないかと……」
「あ、わかります、でも遠坂さんと衛宮君って二人きりの時喧嘩するのかな?」
「しないですね、どうも誰かが止めに入る事前提でやり合っているふしがありますから」

   ――そうそう、そんな感じ。

「だったらいいじゃないですか、邪魔じゃなくて、ちゃんと二人ともセイバーさんを大切に思ってますよ」
「それはわかっているのですが、何分今日のような事が続くと身が持ちません」
「本当ですね、柳洞さんなんかいつか胃に穴が開いちゃいますよ」
「そのイッセイと言う御仁とは実に気が合いそうな気がします」

   ――うん、多分気が合うと思う。

「あの、そろそろ頭流しますから耳塞いでいてください」
「わかりました」

セイバーさんが耳を塞ぐ。
その間に洗面器を持ってお風呂のお湯の中につける。




「でも遠坂さんの気持ちちょっとわかるんです、私も小さい頃両親亡くしてますから」




ざばっ、とお湯をすくう。

「待ってくださいユキカ、今貴女はなんと……?」
「かけますよー、耳塞いでいてくださいね」
「え!あ!」

ざばーーーーー。

セイバーさんの頭からお湯をかける。

「ぷはっ!ゆ、ユキ……」
「もう一回行きますよー」

ざばーーーーー。

   ――うん、シャンプーの泡は落ちたと思う。

「ぷっ……」

セイバーさんが顔についた水を拭う。
その間にトリートメントの準備をしよう……、てあれ?
セイバーさんの“かみのけ”が無くなってる……。

「あ、やっぱりあれって普通の髪の毛だったんですね」
「何度も申し上げたでしょう、あれは只の癖毛だと……。
 いえ、そのような事はどうでもいい、ユキカ、先程の言葉の説明を要求します」

   ――え?

なんだか怖い顔でセイバーさんがこっちを見る。
なにか変なこと言ったのかな?

「あの……、私、何か?」
「ええ、先程貴女は“両親は亡くなった”と言いました。
 ですが私は貴女の御両親はまるで御存命であるかのように聞いています、これは一体……?」

   ――あれ?言ってなかったかな?

「私の今のお父さんとお母さんは、本当は私の従兄弟に当たる人なんです」
「な……」
「セイバーさん、十年前に冬木で大きな火事があったの知ってますか?」
「あ……、はい」

十年前、冬木市の新都、今の冬木中央公園の辺りを中心にすごく大きな火事があった。
すごくたくさんの人が亡くなって、私の家も全焼してしまった。

「私はそのときたまたま深山町にいて現場に居なかったんです」
「それで、御両親は……」
「はい、全部焼けちゃって、骨も残ってなかったんです、だから私の両親、正確に言うと“死亡”じゃなくて“行方不明”なんですけどね」
「……」

私の親しい親戚や知り合いは新都に集中して住んでいた。
だから、私はあの事故で血縁のある人や親しかった人をまとめて失ってしまった。

「従兄弟のお兄さんと、その彼女の人、要するに今のお父さんとお母さんも冬木の外に居て助かったんです」
「その……、今の御両親の、当時の年齢は?」
「若いですよ、お父さんが大学生で、お母さんが藤村先生と同級生だったって聞いてます」
「タイガと……、それは……」
「私本当は孤児として教会に引き取られるはずだったんですけど、今のお父さんとお母さんが一緒に暮らそうって言ってくれたんです。
 二人とも学校辞めて私のために働いてくれて……」

子供ながらすごく申し訳なかった気がする。
家に居るのが辛くて日が暮れても家に帰らなくてよく怒られた。

「それで……、ユキカには年の離れた弟殿が……」
「はい、お父さんとお母さん、“冬木中の家を三枝にするんだ!”て言ってます。
 おかげで家は何時も貧乏なんです」

その時の事を思い出すとちょっと苦笑する。

「それで私がアルバイトするって言っても許してくれないんです。
 “学生なんだから楽しめ!”って。
 クラブ活動も、お母さんが将来絶対為になるからって言われて始めようと思ったんです」

だから好きだったお料理のクラブに入ろうとしたんだけど、どう言うわけか陸上部に入る事になった。
それはそれでいいんだけど。

   ――あれ?

セイバーさんがすごく悲しそうな顔をしている。

「そんな顔しないで下さい、もう済んだ事ですから」
「……、その、ユキカ……」

そう言うのにセイバーさんは悲しそう、むう。

「……悲しくは……、なかったですか?」
「悲しいって言うより、なんだか辛かったです」
「つらい?」
「はい、私の両親、行方不明でしたから、毎日家のあった場所で二人がいつか帰ってくるって待ってたんです。
 “絶対帰ってくるんだ”って駄々こねてました」
「それは……そうでしょう……」
「もう帰ってこないって分かっても、ずっと続けてました。
 でも、最初の弟が生まれた時、“私がお姉さんなんだ”って思ったら、何時までもこうしてたらいけないって感じて、それ以来あそこには行ってないです」
「……」
「あのお財布……」
「え?」
「セイバーさんが拾ってくれたお財布、唯一私の家で焼け残った布でできてるんです」

中学にあがる時、お母さんが持たせてくれた、“由紀香はもうこれを渡しても大丈夫だから”と言って。

「それを持ってると、いろんな人とめぐり合えるんです、きっと天国の二人が私が寂しくならないようにしてくれているんだと信じてます」

悲しかったけど、辛かったけど、でも今はお父さんとお母さんと弟達が居るし、蒔ちゃんと鐘ちゃんが居るし、遠坂さんと衛宮君が居るし、セイバーさんとも出会えた。

「だから、今は幸せなんです、私」

そう言っても辛そうなセイバーさん、どうしたんだろう。

「セイバーさん、ですから……」
「ユキカ」

   ――え?

セイバーさんがとても真剣な顔。

「ど、どうしたんですかセイバーさん?」
「もし、もしもの話です……、





 もし全てがなかった事にできるなら……、貴女は……」





くしゅん





   ――さむ……。

ちょっと湯冷めしたみたいで、くしゃみが出てしまった。

「あ、すいませんセイバーさん、今、なんて……?」
「……」

なんだか後悔しているような表情を、ほんの少し浮かべた後、

「いえ、なんでもありません、なんとも無粋な事を聞こうとしました、忘れてください」

やっと笑ってくれた。

「ユキカ」
「はい」
「やはり貴女は、とても優しく、そして強い人だ」

   ――わ、誉められちゃった。

「シロウが“救う”者なら、ユキカは“癒す”者なのでしょうね。
 貴女はシロウに似ている、まあ、シロウほど手の掛かる方ではないですが……」
「そ、そんな、衛宮君のほうが立派な人です。
 料理だって敵わないですし……」

今日お料理を教えてもらっていて愕然とした。
下ごしらえも包丁さばきもコックさんみたいでとても真似できないと落ち込んでしまったほど。

「そうですね、それは精進して頂かなくてはなりません。


 何しろ、また作りに来て頂かなくてはなりません」


   ――え?

「セイバーさん、それって……?」
「ユキカ、今日だけに限らず、また訪ねて来て下さい」
「え!い、いいんですか!?」
「ええ、貴女が来てくださると嬉しい、それに、ユキカが居れば“あの”二人の相手も楽です」

   ――わわ!

「ですが!今日のような、妙な事に興味を持たないように。
 今回は許しますが、次は容赦しません」

きっ、とこちらを威嚇してくるセイバーさん。

   ――うう、だからごめんなさ……。


くしゅん、くしゅん


「ユキカ、風邪を引きます、湯船に入ってください」
「あ、でもセイバーさんのトリートメント……」

くしゅん

「それは明日にしましょう、今は体を温めたほうがいい」
「はい……」

   ――残念だな……。

セイバーさんと一緒に湯船につかる。
一人じゃ大きい湯船だけど、二人だと少し窮屈。

「ふふ」
「?どうしましたユキカ?」

セイバーさんは、一昨日見たときのようにやっぱり綺麗な人だった。
綺麗で、素敵な人。
私はそう言う人に憧れてしまう。
その憧れの人とこうしてお友達になれたのだから、なんだかうきうきしてくる。

   ――またあのお財布のおかげだな……。

「あ、そうだセイバーさん、良かったら今度私のうちに遊びに来ませんか?」
「ユキカの……、そうですね、貴女の家族を一目見てみたいものです」
「わ、わ!弟達も喜ぶと思いますよ」
「しかし一体何人居るのですか?」
「ええとですね……」

   ――うん、いろんな人と会えて、いろんなことがあって……。

「一番上の弟がですね……」
「ほう……」

   ――いろんな楽しい事が増えて行く。





うん、私は、幸せだと思う。










で、一方その頃冬木市の病院の一室。

「言わんぞ遠坂……、例えこの身がどうなっても……!」

とうなされている柳洞一成が居たとか居ないとか。










「せ!せいばーさん!いまのほうからへんなこえが!」
「……本当に何を考えているのですかあの二人は……」



【To be continued】

20: 和泉麻十 (2004/04/27 13:49:40)[hayasi.koutarou at nifty.com]

エピローグ長!


どんも、和泉麻十です。
今回長かった・・・・・・ホントに短編なのかこれは?

最後のを書くかどうかはさんざん迷ったのですが、“次の話”の複線と言うことで勘弁してください。
ええ、ありますよ次の話。
「三枝さん三部作」ですから、これ。
題名は決まっておりませんが、とりあえずお待ちを。


では次回

「槍兵運勢事情」を終わらせます。
お待たせしまして申し訳ない。

ではこれにて


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