第三話「運命再び・騎士王の帰還」
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おかしい、彼が此方へ向かうはずが無い
すれ違った人物を追い、彼女は新都へと向かっていた
アルバイトの可能性が無くも無かったが、それにしても様子が変だった、
ビルの間を抜けて、決して見間違うはずの無い彼の姿を探す
どこだ?
見つからない、いやな予感が彼女の胸を締め付ける
こんなことになるのならさっさと会いに行っておけば良かったと思う
本人を目の前にすると緊張してしまい、逃げ回っていた自分を酷く後悔する
「くっ!」
歯噛みすると、少女は目の前のビルを振り仰いだ
この町最大の高さを誇る建物
―――かつて自分が、聖剣を振り抜いた場所―――
(あそこからならば、町が一望できるのではないか)
無論、鷹の目を持たぬ自分では詳細はつかめないだろうが、
それでも地上から見るよりはいいかも知れない
「―――よしっ!」
気合を入れると、彼女はビルに向かって走り出した
11士郎視点
「早速で悪いけど…………
――――――殺してあげるわ、衛宮士郎」
「な?! それは―――」
キャスターの腕に浮かんでいる『遠坂の魔術刻印』、
それについて考える間も無く、キャスターからの攻撃が始まった
「クソッ、『投影開始(トレース・オン)』!!」
『投影』した干将・莫耶でそれを防ぐ
くそっ、これ遠坂のガンド撃ちじゃないか!!
一体全体何がどうなってるんだ?
そのまましばらく、凌ぎながら逃げ回っているうちにふと気がついた
「なんで、『高速神言』じゃないんだ?」
キャスターの能力は神代の言葉を利用した呪文の短縮、
それによって現代で言えば大魔術に相当するものすら一工程で発現できる
つまり、ガンド撃ちを使う必要なんて全然無い
「一体、どうして?」
助かると言えば助かるけど、なんで使わないんだ?
ガキッ!
「くっ!」
干将が折れた、同じものを『投影』しつつ逃げ回る
「ちっ、やっぱり遠坂のヤツより狙いがいい、
あんまり逃げ回っていられないぞ」
と言うより、徐々に狙いが正確になってきてるみたいだ
まずいなぁ…………
ブスブス…………
「うん?
げっ! これって…………」
―――訂正、やっぱりガンド撃ちじゃなかったわ、これ…………
「『アンリマユ』の呪いを弾丸状にして撃ちだしてたのか……
どうりで『高速神言』を使わないわけだ」
さぁ、どうしよう、かえって洒落にならなくなってきたぞ
12凛視点
「あのバカ!
何処ほっつき歩いてんのよ!!」
帰宅してみると、先に帰ったはずの士郎の姿が無かった
「どうする嬢ちゃん?」
「決まってるわ、探しに行くわよランサー!!」
他のみんなに残るように言ってから衛宮の屋敷を出る
さて、何処へ行ったらいいもんか
「商店街……はなさそうね、
新都かもしれないわ」
「しっかし、あの坊主も緊張感ねぇな、
ま、仕方ねえか、この程度でおとなしくしてる様なヤツが、
あんな状況でのこのこ一人で教会に来やしねぇよな」
わたし同様、士郎に呆れているのか、それとも感心してるのか、
掴み辛い態度でランサーが頷く
「しかし、坊主とアーチャーのヤツが同じ人間とはな、
意外すぎてわかりゃしねぇ」
「そうね、アーチャーが捻くれてたのは認めるわ」
交差点を通って冬木大橋に向かう
その途中不意にランサーが呟いた
「それにしても、坊主のヤツがうらやましいぜ、
俺にも、もうチョット女運がありゃなぁ」
「なに?
それはわたしに不満があるってこと?」
その言葉に眉をひそめるわたし
「いや、嬢ちゃんはいい女だよ、
そいつに文句は無ぇ、
―――ただよ、俺にそういうもんがもう少しあれば、
バゼットを護れたんじゃねえかと思ってな」
バゼット―――彼の元のマスターにして、時計塔屈指の追跡者(トレーサー)
言峰の不意打ちに敗れはしたものの、
恐らくは、あの聖杯戦争の中で最も経験豊富な強敵であったであろう人物
「そうね、それだったらわたしは初戦敗退してたかもしれないわね」
アーチャーの実力では本気のランサーの攻撃は凌ぎ切れなかったろう、
あの日の攻防は、言峰にかけられた命令のせいでランサーが実力を出せなかったことも大きい
「そいつはどうかな?
俺もそうだが、あの野郎も結構生き汚ぇからな、
宝具次第によっちゃ、俺の『槍』を防いだかも知れねぇぜ?
何しろある意味じゃ、あの『金ぴか(ギルガメッシュ)』と同類だからな」
無限の財源を持つ原初の英雄王と、いかなる剣をも模造しうる偽造者(フェイカー)
確かに、ある意味似ていなくも無い
「でも、あの金ぴかと同類と思われるのは心外ね、
あいつは少なくてもまだ『他人の為に何かやろう』って気遣いはあったもの」
「違ぇねぇ、その辺が惚れた女のえこひいきだとしてもな」
何がおかしいのか喉を鳴らして含みのある笑いをするランサー
「な、何言ってんのよアンタ!!」
「こういうの何てんだっけ?
―――『鬼の居ぬ間に洗濯』だったか?
セイバーのヤツがいないからって、横恋慕とは嬢ちゃんも隅に置けねぇな」
「なっ!!」
思わず真っ赤になるわたし
「あんまり変な事言うと令呪使ってでも黙らせるわよアンタ?!」
「へいへい、
っと、冗談はこの位にしとくか、
―――出て来いよ、いるのは判ってんだぜ?」
場所はすでに海浜公園のあたりまで来ていた、
ランサーの呼びかけに応じて『敵』が姿を現す、
―――それは
「―――ほう、面白ぇじゃねぇか」
得体の知れない姿に変わり果てていたけれど、
隣にいる相方と同じ男、
ランサーのサーヴァント『クーフーリン』だった
「まさかこんなことになるとはな、だがよ、
―――そんななりで『俺(クーフーリン)』を名乗ろうなんざ―――」
そう言って愛用の紅い槍(ゲイボルク)を取り出すランサー
「―――千年早えぇってことを、教えてやるぜ!!」
クーフーリン対クーフーリン、わたしの目の前で、ありえない戦いが始まろうとしていた
13士郎視点
着弾地点で『呪い』がブスブスと燻ぶっている
二ヶ月前の言峰とやりあった時と同じく、俺の逃げ場は徐々になくなってきていた
「まずいなぁ、今はセイバーもいないし…………」
『強化』をかけた足で強引に跳んで距離を稼ぐ、
それにしても息苦しい、アーチャーの外套を『投影』してなかったら、
とっくの昔に参ってたかもしれないな
しかし、アイツの持ち物とは言え、服なんて良く『投影』できたな俺も
「はっ!!」
すそを翻してさらに跳ぶ、
飛んでくるのをかわすだけなら何とかなるな、今のところはだけど、
でもそれも時間の問題か……
討って出るべきだろうけど、手持ちの『剣』で空飛んでるようなのに届くのなんかないなぁ、
弓なんか構えてらんないし、ギルガメッシュの真似なんか流石にまだ出来ないしなぁ
「くそ、せめて干将・莫耶を投げる隙があればなぁ……」
この双剣はちょっとしたブーメランとしても使用できるんだけど、
如何せん、投げてる間はこっちががら空きだ、
まだ、もう一本ずつ『投影』出来るほど器用じゃないし、
他の剣ではここまで小回りが利かない
『偽螺旋剣(カラドボルク)』なら届くかもしれないけど、
アレを飛ばすには弓を構えなきゃいけない
単発での『射出』だけなら、あの野郎の真似も出来なくは無いけど、
足が止まるから論外だ
「なんとか遠坂達が来るまでねばるしかないか…………」
今頃必死に探してるはずだ、多分…………
それを信じて、俺はもう一度跳躍した
14
一方その頃、柳洞寺では―――
「アサシン(佐々木小次郎)ぐらいは居るかと思ったのですが―――」
ライダーは一人、境内へ足を運んでいた、
昨日、士郎達の話を聞いた後、ライダーは気がついた
ネーア達が現れたのは、ランサーやマイスターが召喚されるよりももっと前、
少なくても、暦が四月になる頃には此方の世界に現れていたことに
なぜなら自分は、一度セイバーに会っているのだ、
ほんの一度、すれ違っただけだったが
聖杯戦争の傷跡―――セイバーの宝具によって地下の大聖杯ごと破壊され、
半壊した柳洞寺を歩く
「それにしてもおかしい、ここの空気は随分よどんでいる」
ここは冬木の四つある霊地のなかでも、もっとも価値のある場所、
それゆえに聖杯戦争の中枢である大聖杯が設置されたのだ
「何故?
―――しまった!! そういう事でしたか」
そこまで考えて、彼女は思い至った
「ここは大聖杯―――つまり『この世全ての悪(アンリマユ)』の中心があった場所、
ならば―――」
ここは敵陣の真っ只中ではないか!
「イッセイ達がここを出ているのが救いですね、
もしいたら、彼らはとっくに取り込まれていたかもしれない」
士郎の友人と、その家族らを思い出す、
なかなか人の良い人たちだ、彼らを失うのは忍びない
―――ひとまず退くか
彼女がそう思ったときだ
「――――――ッ!!」
「!?」
声にならない咆哮が響いた
―――バーサーカー?
鉛色の巨人を思い出し、ライダーは即座にそれを否定した
あれの咆哮はもっと大地を震わせるようなものだ
今の声はむしろ
「…………女の、声」
それも、自分の良く知った―――
いや、むしろこれは?!
声のした方に走る、かつては廊下だったのであろうところの角を曲がると、
何か新たに破壊されたらしい痕跡があった
それも―――
「これは―――石?」
木造のはずの日本家屋、その一角が石になって破壊されている
これはつまり、
「――――――ッ!!」
咆哮に飛びのく、それまで自分が立っていた場所が、石化した後、粉々に砕け散った
「やはりそうですか、まさかとは思いましたが」
着地して振りかえると、そこには絡み合う無数の蛇を模した仮面と、
青銅色の拘束衣を着せられた自分自身(メドゥーサ)が、獣のような姿勢で立っていた
「―――それにしても、私(メドゥーサ)がアテナの使い走り(ペルセウス)の真似事をすることになろうとは、
これはまた、随分と皮肉なものですね」
苦笑すると、彼女は両の手に鎖の付いた短剣を構え悪夢へと走り出した
15士郎視点
「なんとか遠坂達が来るまでねばるしかないか…………」
そう思ってから暫く、
もはやそれもままならない状況に俺は追い込まれつつあった
何しろ足の踏み場が無い
一か八か、『偽螺旋剣(カラドボルク)』で勝負に出るか?
そう思ってキャスターを振り仰いだ瞬間だった
「げっ?!」
空中に浮かぶキャスターの周りに大量の魔力の塊が浮かんでいた
今更ながら『高速神言』?!
「こん畜生!! 公園ごと焼き払う気か!!?」
あんなモンぶっ放された日には、下手すりゃ公園どころじゃすまないぞ
「って、言うか直撃喰らったら絶対に死ぬ!」
くそっ、間に合うか『熾天覆う七つの円環(ローアイアス)』?
と思ったら、なんか周りが変だぞ?
「しまった!」
空間が固定されて身体が動かない?!
してやられた、これじゃあ逃げようがない
「流石は神代の魔女―――
なんて感心してる場合じゃねぇ!!」
これでチェックメイトだ、俺もおしまいか…………
ごめんな、セイバー…………
『俺のセイバー』とあの黒いセイバー、二人に心の中で謝った瞬間、
それは、閃光と轟音を引き連れて舞い降りた
ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
着地と同時に発生した衝撃で、
キャスターの固定した空間ごと『投影』したアーチャーの外套が吹き飛ぶ
「何者―――!!?」
キャスターが叫ぶ
一体誰だ? まさかライダー?
いやまてよ? 今のは『騎英の手綱(ベルレフォーン)』とは違うような気がする
アレよりももっと深く知っている、別の宝具―――
そう、例えば―――彼女の持っていた『聖剣』のような…………
ゆっくりと、閃光に焼かれていた視界が戻ってくる
そこには、燻ぶっていた『呪い』すら焼き払って
「問おう」
銀光の騎士が
「―――貴方が、私のマスターか?」
誰よりも大切な人が、
「聖騎士アルトリア、誓いに従い参上いたしました、
―――士郎、大丈夫ですか?」
『俺のセイバー』が、
凛とした姿で、
「あぁ、大丈夫だよ、セイバー」
威風堂々と立っていた
「申し訳ありません、遅くなりました」
その言葉に首を振って答える
彼女が来てくれたのだ、それに「遅い」などと言うことがあるだろうか
「そんなことないさ、良く来てくれた」
「士郎……」
俺の言葉に照れたような表情を一瞬浮かべると、セイバーはキャスターへと向き直った
「さて、準備はいいですか、魔術師(キャスター)」
「言ってくれるじゃない、セイバー!!」
キャスターの周りに大量の魔力弾が浮かぶ
「死になさい!!」
降り注ぐ魔弾の雨、だがそれがどうした?
「この程度ですか?」
聖剣すら構えずに、彼女は平然とそれを打ち消した
「この……だったら!!」
キャスターが懐から何かを取り出す、
あれは……宝石?
今度は宝石を触媒にして魔力弾を構成する気か?
遠坂ですらアレを使えばバーサーカーを一回殺すぐらいの魔力を放出できる、
もしあれをキャスターが使ったら…………
「まずい! 逃げろ、セイバー!!」
俺が叫ぶのとほぼ同時に、キャスターの展開した魔力弾がセイバーに降り注ぐ、
「『万難を廃す聖女の加護(プライウェン)』!」
だが、俺の予想に反して、彼女は何処からともなく盾を取り出して、何かを叫んだ
ガドオオオオオオオオオン!!
魔力弾が直撃する
そして、
「なっ!!」
「なんで…………」
彼女はそのままの形で、悠然と立っていた
「なんで、ランクA+の攻撃が通じないのよ!!」
キャスターが叫ぶ、セイバーの持っている『対魔力』がいかに高いと言っても、
最高純度を上回るランクA+の魔力を防げるわけがない
だが、現に目の前にいる彼女は、キャスターの魔力を打ち消した
だとすると、
「あの盾―――宝具?!」
まてまて、セイバーの宝具は『聖剣』とその『鞘』、そしてその二つを隠す『風の加護』じゃないか、
あんなの見たことないぞ?!
「これで終りか、キャスター、では今度は―――」
言いながらセイバーは、
「此方から行くぞ」
その手に『槍』を構えた
「何よそれ?!
なんでセイバーが槍なんか持ってんのよ!?」
キャスターの疑問はもっともだ、俺だって驚いてる
そうしてる間にも、
セイバーが手に持った槍に、彼女の身体から放出される魔力が収束していく
「受けてみろ魔術師(メイガス)、『万軍を裂く神速の槍(ロンゴミアント)』!!」
始めて見る宝具を開放すると、セイバーは、キャスターに向けて弾丸のように、
いや、まるで、打ち上げられるロケットのように閃光を纏って飛び出した―――