Fate/Moonlight Sword  (M:桜 傾:シリアス


メッセージ一覧

1: (2004/04/10 06:57:40)[TEN]




・・・足りない。
これだけの手当てでは救えない。
やっと見つけ出したまだ生きている命なのに。
自分の力ではその灯火を、吹きすさぶ死という暴風から守ってやることができない。
どうすればいい?
どうすれば助けられる?
ふと、自分が持つ聖剣の鞘に意識が行った。
これをこの子の体に埋め込めば助けられる。
だが、そんなことをすれば、彼自身が触媒となってまた彼女を呼んでしまう。
否応なしに、聖杯戦争に巻き込まれてしまう。
どうすればいい?
少年の息が掠れて行く。
「何を躊躇う、衛宮切嗣」
その声が、あの男のものだと気づいて、僕は背後を振り返った。
何の因果か、その男も一人の子供を抱えていた。
「・・・言峰」
「簡単なことだろう。その鞘を砕き、その少年に与えればその少年は生き長らえる。お前は一人の命を救える。お前の理想に反しない、躊躇う理由のない行為だろう」
「・・・っ」
そうだ、わかっている。
だが、それをすれば僕はこの少年の未来を固定する。
それは救うことじゃないんじゃないのか。
言峰は楽しげに笑う。そうだ、この男は人の苦しみを最大の娯楽とする。
だから今、こうやって僕が今の命を取って運命を縛るか否かの選択を笑って眺めている。
だが、それでも。
「・・・〜〜〜!」
紡いだ言葉は聖剣の鞘を砕き、その欠片を傷だらけの少年に注がせる。
「それでいい。神もお前の行為を責めはすまい」
「・・・馬鹿な事を」
欠片は少年の体に染み込むように消え、その体を癒していく。
それを見て、僕はもう一度背後の男を見た。
そして、抱えている少女を見る。
「間桐の娘だよ。正確には遠坂から貰い受けた養子だがね」
「・・・それが何故ここにいる・・・!」
「何、アインツベルンだけが聖杯を生み出せると言うのも妙な話だと思ってな。間桐の老人に乗ってこの娘を次なる聖杯の依代としたところだ」
「・・・貴様!」
「怒るな。貴様が聖剣の鞘でその少年を救ったように、私は聖杯の欠片でこの娘を救ったに過ぎん」
言われてみれば、少女の体は明らかに血に濡れた後があった。
「魔術師の基本は等価交換だ。命を救う代償として、この娘には聖杯の贋作となってもらう。何、発動しない可能性のある依代に意味はあるまい」
言峰は淡々と言葉を並べる。
「・・・・・・ふむ。不服か」
「ああ、当然だよ」
僕の睨みに言峰は肩をすくめて見せる。そして、その少女を何故か僕に押し付けてきた。
「・・・な」
「私は子育てと言うものが苦手でな。妹弟子にも嫌われている。だからお前が育てるがいい」
「何・・・?」
「ふむ、こちらの面倒ごとを押し付けるだけでは等価にならぬか。ならばこうしよう」
その言葉の終わりとどちらが早かったか、言峰の手が少女の体にもぐりこむ。
心霊医術。切開することなく患部に触れることのできる魔術的な医療方法。
まさか、この男がそれを得ていたとは思わなかった。
「ぐっ! 言峰、キサマ!?」
その言葉が突然聞こえた。
「いや何、老人、考えてみればそちらから等価値のものを頂いておらんのでね。ありきたりだが、老人の命を頂こうと思う」
「ぐぁぁ・・・!」
言峰がつまみ出したのは一匹の虫。
「安心するがいい。500年生きた命だ、聖杯の贋作を作る労力には見合う」
そして、その虫は次に言峰が呟いた言葉によって消え去った。

  キリエ・エレイソン
――その魂に安らぎを

「・・・言峰」
「さて、これで娘を蝕むものは聖杯の悪意のみだ。それに流されるか否かはお前と、その少年次第と言うことになるかな」
横たわる少年と、腕に抱えた少女を見比べ、そしてまた長身の男を見る。
「・・・僕は、この子達を守るよ。お前の望むものは永遠に見れない」
「それはそれで構わん。見れぬならば見れないことを受け入れるまで」
相も変わらず空虚な願いの持ち主だ。
だが、僕はそれでも、
「・・・言峰。恐らくこれが最後の別れになるだろうから言っておく」
「何だ?」
「・・・礼を言う。お前が来なければ、僕はこの子を見殺しにしただろう」
「・・・ふむ。ならばいずれ再び起こるだろう聖杯戦争、私の娯楽になるようにその二人を育てることだ」
「ああ、育てるさ。お前の娯楽になるかどうかは保証しないがね」

そう、聖杯戦争はいずれまた起こる。
今回の聖杯戦争では魔力などほとんど使われていないのだから。
だが、そのとき。
聖杯に選ばれるマスターがこの少年と少女でなければ言いと願ってしまうのは我がままなのだろうか。




僕は、衛宮切嗣はまもなくして、二人の養子を家に連れて帰った。
少年の名は衛宮士郎。少女の名は衛宮桜。
僕の息子と娘として。

「・・・親父」
「・・・ん、僕のことか?」
「・・・・・・」
赤い顔でそっぽを向く少年。

「お父さん、はい」
「ありがとう」
「えへへ・・・」
はにかんだように笑う少女。

「お父さん、兄さーん」
「桜、そこ濡れてて危ない」
「きゃ!?」
「うわ!?」
「・・・何やってるんだい、二人とも」
僕の前で二人折り重なるように転んでいる二人の血の繋がらない家族。


それは、魔術師である自分が遠い昔に望んだありきたりな幸せ。


「親父、何やったのさ・・・」
「いや、ラーメンを作ろうと・・・」
「・・・それでどこをどうすればこんな惨状に?」
「・・・家事は苦手なんだよ」
息子に白い目で見られて、親としての立場を失墜させかけたり。

「お父さん、お帰りなさいー・・・って」
「や、やぁ、桜。ただいま・・・」
「・・・ま、また向こうでお風呂入らなかったの・・・?」
「いや、入らなかったんじゃなくて入れなかったんであってね・・・」
娘に呆れられて、日常生活についてお説教されたり。

まあ、そう言う生活をしながら、それでも。


「そうだ、心を落ち着けて、自分の体を流れる血脈を意識するように」
「・・・・・・」
「よし、そのまま」
「・・・同調、開始」
「兄さん、頑張れ・・・」
「桜もサボらない」
「あ、はい・・・」

魔術師としては異端だが、僕は二人ともに魔術を教えた。
きっと起こるだろう未来の聖杯戦争で、桜が己に負けないように、士郎が妹を救えるように。
二人の魔力回路を潰して、関わらせないようにしようかとも思ったけれど。
平凡な人生を与えて運命に背を向けて生きさせるより、力を持って運命をねじ伏せる可能性を残すべきなのかもしれない。
だから、僕は二人に精一杯魔術を教えた。
刻印を譲ることは出来ないけれど、でも生き残るための知識を与える。
運命を縛ってしまったが故に、その運命から抜け出す機会をちゃんと活かせるように。

  トレース・オン
「・・・投影、開始」

士郎の本分は投影。しかも剣の投影にのみ特化した特殊な魔力回路。

  ライン・オープン
「・・・回路、開放」

桜は架空元素。光や闇、命や結界などに連なる属性を操る稀有な適正。

失敗した時は容赦なく叱り付けたし、成功したときもそれが当然だと誉めることはしなかった。
魔術の行使に失敗などあってはいけないことだった。成功して当然だった。
そして、そう僕も教わったから。
それでも二人はしっかりとついてきた。
二人で支えあい、励ましあいながら。




「・・・親父、どうしたんだ?」
縁側でぼんやりとしていた僕に、風呂上りなのか士郎が声をかけてくる。
後ろで麦茶を持ってきた桜も歩いてくる。
「ん、士郎と桜か。すこし、昔のことを思い出してた」
「・・・へぇ、親父が昔を口にするなんて珍しいな」
血の繋がらない息子は僕の隣に腰をおろす。桜はその反対側に。
「・・・笑うかい、二人とも。僕はね、正義の味方になりたかったんだ」
その言葉に、桜は不思議そうな顔をして僕を見た。
「・・・お父さんは、正義の味方でしょ? 私と兄さんを助けてくれたもの」
「違うよ、助けてなんかいない」
むしろ、僕は二人を縛り付けたんだから。
そして、二人から許されないほどの幸せを与えてもらった。
魔術の基本が等価交換なら、一生かかっても返せないほどの物を貰ってしまった。
二人からは借りっ放しだ。
「・・・安心しろよ。親父の夢は俺が叶えてやる」
「・・・そうか」
安心した。そう言いかけて。
それじゃきっと、士郎は何か大切なことを失ってしまう気がして、飲み込んだ。
悔しいけど時間がない。多分、もう残された時間なんてない。
「・・・でも士郎、それじゃダメだ。士郎は士郎がやりたいことをちゃんと・・・」
・・・意識が消えていく。
ああ、これが終わりなのだとなんとなく悟って。
僕はかつて僕に従ってくれた少女を思い出した。
(セイバー。自分勝手なマスターだったが、願わくばこの二人を守ってあげて欲しい・・・)











衛宮切嗣は彼に許される全てを残した。
それを受け継ぐのは彼の二人の子供。
そして数年。
切嗣が縛り、与えてしまった運命の時が、冬木の町に訪れた。






プロローグ 切嗣・言峰  完

2: (2004/04/10 06:59:23)[TEN]




自分しか居ない屋敷の中で、彼は必死になって材料を探した。
始まる時期はもう少し。
そして、それは何とか間に合わせることが出来た。

「・・・ははは。よし」

歪んだ笑みを抑えることも出来ず、彼は材料を一つ一つ組み合わせる。
作り上げたそれは、魔法陣を描いた。

「さあ、来い。僕のサーヴァント・・・!」

自分に魔力が無いことは承知の上。
だが、それでも聖杯戦争の恩賞は魅力的過ぎた。
それに、サーヴァントを従えるだけでも遠坂を見返すことが出来る。
魔方陣が、起動した。
「そうだ、来い。来るんだ・・・!」



「・・・違うわ。来て上げるのよ。私がね」



その言葉に、彼は凍りついた。
明らか過ぎる殺気。足元に広がる闇。
「な、何だよ、何なんだよ、これ・・・!」



「殺しはしないわ、一応はマスターなんだし」



「誰だよ、お前は何なんだよ・・・!」
錯乱した彼は魔方陣をかき回す。だが、現れようとしているそれは止まらない。



「バーサーカー。魔に狂った理性ある狂人」



「バーサーカーだって・・・」
ふと、その影が彼を包み込んだ。
「うわ・・・」
彼はそれっきり声を発することも出来なくなる。



「・・・大丈夫よ、飲まれただけじゃ死なないから。ううん、死なせてあげない。

私を使役しようとしたことを後悔して、永劫に苦しみなさい」



降り立ったそれは、黒いローブに身を包んだ人影だった。






――――――――――――――――――――――――――――――






「ねーさん!」



目が冷めた。これ以上無い位はっきりと。
参った。朝が弱いはずの私がたったこれだけで完全に起きている。
遠い昔の夢。10年前の聖杯戦争で行方不明となった、間桐の家に養子に出され

た妹の夢だ。
まあ、意識がはっきりしている代わりに寝汗が酷く気持ち悪いが。
幸い、予想外に早く目が覚めてしまったせいでシャワーを浴びる時間程度なら楽

にひねり出せる。
・・・財布もこれくらい楽に買い物できればいいのだけど。
・・・・・・。
思考が横道にそれた。それは考えちゃダメだ。
私、遠坂凛は頭を振って起き出す。
あー、寝起きが悪いというのは頭がボーっとしているだけではないのか。
体が妙に重い。普段から寝起きの体は重りがついているのかと思っていたが、頭

がはっきりしていないうちの戯言だと切り捨てていた。
しかしどうやら実際、本当に重りが付いているようだ。
・・・単に体が目覚めていないだけか。
「よっ」
気合を入れる意味で掛け声などかけて飛び起きる。
どんな時でも余裕を持って優雅たれ。うん、久々に自宅のうちから実践できそう

だ。


・・・えーっと。
登校中なのにどうしてこうまで人が少ないのだろう。
運動部の朝練だってやってないのはどうして?
表向きはごく普通の顔を取り繕っては見ているものの、頭の中は少々混乱気味。
まあ、混乱している頭でも多少の予想はつくわけで。
「あれ、遠坂」
「・・・やっぱそう言うこと」
聞こえないように一人呟く。
「おはよう、美綴さん」
弓道部主将、見綴綾子。弓道部の朝練は自主参加らしいが、彼女は主将だけあっ

て朝一に、かつ毎日参加している。
その彼女と登校中鉢合わせ。ようするに。
「・・・うちの時計、揃って1時間進んでいたみたい」
「あはは、それはまた凄い偶然だね」
全くだ。昨日見つけた遠坂秘伝の宝石(夜半過ぎまで暗号解読してやっと見つけ

た)にそう言う呪術かかってたのか。
・・・陰湿な。悪戯好きのご先祖でもいただろうか、って遠坂起源の大師父がその

代表だった。
なんとなく頭を痛くしてしまう。
「それで、弓道部は今日も朝練?」
「まあね。まあ、例の兄妹がいるから任せておいても良いんだけど、示しがねー


「大変ね」
「他人事だからって言ってくれるわ」
美綴さん、まあ頭の中でまで敬語を使うのもあれだから綾子と呼ぶことにするけ

ど、彼女は溜息混じりにそう言ってくる。
「何だったら見学してく? どーせやることないんでしょ」
「・・・弓道部、か」
弓道部など私にはあまり縁のない場所なのだけれど。
まあなんと言うか、行方不明の妹と同じ名前で面影の似てる子がいるもので、な

んとなく眺めていたことがあって。
それが原因でこの目の前の主将と仲良くなったんだけれど。
「そうね、様子を見るだけなら」
「決まり。んじゃさっそく行くよ」

まあ、そう言うわけで綾子と弓道場でお茶しているわけなのだけど。
「恋愛に素人なのはお互い様でしょ」
「そう言うこと。似たもの同士ってやつだしね」
・・・何故こんな話になっているのだか。
弓道場に誘われたなら弓の話とか。いやそんな話されても全くわからないけれど


「しかしもう二年も終わりか。今更だけどやっぱり部活やる気なし?」
「ええ、全く」
「・・・即答。体力測定で悉く私の上を行ってるくせにもったいない」
「体重と肺活量は負けたわよ?」
「胸の大きさも勝ったっけな」
グサ。
・・・しまった、体格じゃ傷を負うのはこっちだった。
「そ、その余裕も今のうちよ、私はまだ成長期なんだから」
「ま、自分の傷を抉るのはそのくらいにしときなよ。そろそろ来るからさ」
「む」
言い足りないが仕方が無い。遠坂凛の一般認識は一応「おしとやかで礼儀正しい

学園のアイドル」なのだし。
綾子に言わせれば猫かぶりを通り越して別人格だけど。
と、その綾子の言葉どおり弓道場の戸が開く音が聞こえた。
「おはようございます」
「あの声は妹か」
妹。
今日はその単語を聞くたびにあの子を思い出してしまいそうだ。
綾子は更衣室の戸を開けると、
「桜、今日は一人かい?」
「はい。兄さんは今日は柳洞先輩に頼まれごとをされてて、朝練は欠席です」
「あー、そりゃ仕方ないか」
そんなやり取りを聞きながら、私は飲みかけのお茶を飲み干して更衣室を出る。
「あ、遠坂先輩。おはようございます」
「おはよう、衛宮さん」
・・・衛宮桜。ずっと昔にいた私の妹と同じ名前と似た面影を持つ後輩。
「なんだか随分早いんですね」
「まあ、そう言う気分だったのよ」
「いや桜、こいつ家の時計が軒並み」
「美綴さん?」
「・・・遠坂、その笑みは止めろ」
あー、ダメだ。綾子がいると被ってる猫が二枚くらいはがれそう。
衛宮さんなんか苦笑してるし。
「遠坂先輩、災難でしたね」
「あー・・・、うん、ありがとう」
礼を言う場面じゃない気がするけど他に思いつく言葉も無いし。
っていうか、ばれてるみたいだし。
「それじゃ、私着替えてきます」
更衣室に歩いていく衛宮さんを見送って、私も弓道場をお暇することにする。
「じゃ、私も教室に行くことにするわ」
「あれ? 見ていかないのかい?」
「見てもわからないから」
「ふむ。じゃ、教室で」
あっさりと開放してくれる。というか、逃げたがってるのがばれたか。
あの邪悪な笑み、ひょっとして何かばらす気では。
まあ弱みを握ってるのはお互い様だし、綾子も無茶はしないだろう。
私が魔術師だ、なんてことを知られているわけでもないから問題も無いし。

正直、衛宮桜を妹の桜じゃないかと疑ったことは多々ある。
魔術を連想させる言葉を言ってみたり、魔力を感じ取ろうとしてみたり。
が、そのどれもがかわされたか反応しなかったか。
間桐から何らかの経由で衛宮に移ったとしても、衛宮の家が魔術を収めているも

のとは思えなかったし。
独学で覚えられるほど魔術は優しいものでもないわけで。
結局、私は衛宮桜を「似ているだけの別人」と思うしかなかった。

「げ、遠坂」
考え事はその言葉に思いっきり遮られた。
そりゃそうだろう、人の顔を見ていきなり「げ」などと言う人間を無視できる者

がどれほどいるのやら。
柳洞一成、当高校の生徒会長にして、何故か私を目の敵にする人間。
・・・本当になんでなのか心当たり無いんだけど。
「あら、生徒会長。こんな朝早くから見回りなんて相変わらずマメねー」
「そう言う貴様こそ何を企んでいる?」
「ただの気まぐれなんだけど」
実際気まぐれどころじゃないんだけど。
あー、何ではっきり目を覚ましたのに時計のずれに気づかなかったかなぁ。
・・・朝のニュースくらい見て置けばよかった。
「・・・ふん、まあいい。いずれ化けの皮もはがれるだろう」
・・・お寺の人間と言うのは人の本質とか言うのを見る特技でもあるのだろうか。
何故か柳洞君は私を化けの皮を被ってるだの女狐だの言うけど。
「一成」
「む」
柳洞君が背を向けていた戸が開いた。赤みがかった髪の男子生徒が姿を見せる。
「修理終わったぞ」
「そうか、すまない。ほとんどお前にやらせてしまったな、許せ」
「気にすんな。それより次はどこだ?」
「視聴覚室だ。前々から調子が悪かったのだが、このたび天寿を全うされた」
・・・無機物に天寿などあるのだろうか。というか、手まで合わせているし。
お寺の息子と言うのは皆こうなのだろうか。他の例など知らないけど。
「天寿全うしてたら直せないだろ」
「いや、お前から見れば仮病かもしれん。一応頼む」
「そうか、なら試すだけ試すか」
工具を抱えて視聴覚室に歩いていく男子生徒。
「あ、遠坂、おはよう」
「あ、うん、おはよう」
不意打ち気味の挨拶にこっちが狼狽してしまった。
あの男子生徒、彼が衛宮さんが「兄さん」と呼んでいた衛宮士郎。
綾子が言うには弓道では彼女以上の実力があるにもかかわらず、部活を休みがち

なせいで主将になれなかった人物らしい。
そのことを彼の妹が聞いたときに、「アルバイトが忙しいらしいですから。ホン

トは部活やめようとしてたんですよ」とフォローになりきってないフォローをし

ていたが。
まあ、とりあえず教室にはついた。案の定誰もいないけど。
・・・仕方ない。予習でもしてますか。

弓道部、桜に対する疑念から始まったそれはまあ、私に三人ほどの知り合いを与

えてくれたわけで。
しかしなんとなく気になるのは彼、衛宮士郎。
一度だけ彼の射を遠目に見たことがあるが、あれはどこか魔術師の形成する結界

に似たものがあった。
割と頻繁に見ることがある桜の射も、彼に影響されたのか知らないがどこか似て

いたし。
まあ、そういった「なんとなく魔術師に通じる何か」があの兄妹を見過ごさせな

いわけだ。
まして、時機が時機なわけだし。




『私だ。期限は明日までだぞ、凛。残る席は後三つだ。早々にマスターをそろえ

ねばならん』
・・・はいはい。
私の後見人というか、兄弟子と言うか。
そういう立場にいる人間、言峰綺麗からの伝言を聞き流しながら、私は思考をめ

ぐらせる。
聖杯戦争。遠坂が叶えたいと願いつづける悲願の前に立ちふさがる障害。
参加する条件は一つ。サーヴァントを召喚し、マスターとなること。
マスターとなるには聖杯に選ばれなければならないのだが、これはその聖杯が勝

手にやることで文句のつけ様も無い。
結果として私は選ばれ、サーヴァントを支配下におく印、令呪の兆候が現れ始め

ている。
で、そのサーヴァントは7騎。
今現在何が召喚されているのか予想できないし、私が欲しい手札はもう召喚され

ているかもしれない。
が、四の五は無し。
引き伸ばすのもいい加減飽きたし、準備自体は昨日の時点で終わった。あとは召

喚するだけ。
空席は三つ。即ち召喚されていないサーヴァントは3騎。
願わくばまだ最優のサーヴァントたるセイバーの席が残っていて欲しい。
よし。今夜召喚に挑もう。大丈夫、遠坂凛はこの冬木に残る最後で最高の魔術師

だ。
ならばセイバーを引き当てられない道理無し。
午前二時を待って、私はそれに挑むことを決めた。



時計の針が回る。魔力が高まるのを感じる。
午前二時を選んだ理由はこれだ。私にとって一番波長のいい時間、それがこの時

間だと言うこと。
魔方陣を敷き、呪文を唱える。
描いた方陣は魔力を溜め込んだ宝石。これで財政的にも失敗は許されなくなった


・・・なんとなく嫌な予感がする。
ふっと自分の頭を掠めたあの悪癖を必死で振り払う。
今回こそはあれを打ち破る!
「Anfang――」
体中を走る魔力への人の体の反発。この程度は慣れている。
魔術刻印が独自の詠唱を始める。痛みが増える。
緩めない。
「告げる」
至った。午前二時までほんの少し。
「告げる。汝の身は我が元に、我が命運は汝が剣に。聖杯の寄るべに従い、この

意、この理に従うならば答えよ」
動いた。冷然なる空気で満たされていたそこが急激に荒れ狂う。
「誓いを此処に。我は常世全ての善となるもの。我は常世全ての悪となるもの。

汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
手ごたえ有り・・・!
むしろ最高の手ごたえ!
真っ白に包まれた視界が戻るのがもどかしい。早く戻れ。私が召喚したサーヴァ

ントの姿を一刻も早く――。


変わらぬ風景。


・・・あれだけの手ごたえで、失敗?
何で?
呆然としたのも束の間。
居間の方で凄い音がした。
「何でよー!!」
扉は壊れている。ああもう面倒くさい!
しとやかさの欠片も無いことは承知の上で、私は思いっきり扉を蹴破った。
扉の壊れる派手な音にまぎれて時計の音が聞こえる。
「・・・ああ、そういうこと」
結局、今回もあの悪癖、というか呪いに嵌められたわけだ。
遠坂の遺伝的な呪い、大事なところで大ポカをする。
今回の例で言えば、今日に限って一時間早かった時計を真正面から信じたこと。
・・・だから朝ニュース見とけばよかったんだと・・・。
「・・・まあ、やっちゃったことは仕方ない。反省」
・・・猿とか言うな。
「で、あんたは何?」
「・・・真っ先にそれか。これはまた随分なマスターに引き当てられたものだ」
滅茶苦茶になった居間のど真ん中、ソファーにふんぞり返った大柄の男は呆れた

ような溜息をついた。








プロローグ・バーサーカー 凛  完

3: (2004/04/10 12:07:59)[TEN]





「兄さん、その手どうしたの?」
今日の食事当番は桜だったのだが、まあそれはあくまでメインに作る、というだけで手伝ってはいけないわけではないので。
今日も今日とて、兄妹そろって台所で朝食の準備中。
もう虎も来てるし急ごうと思っていたのだが。
「む?」
桜の指摘にふと左手の甲を見る。
「・・・何かにぶつけた、とか・・・」
「いや、何も」
「昨日土蔵で寝てたし、そのときに・・・」
「それなら昨日気づくだろ」
「・・・うーん」
桜は俺の左手を取ってじっくりと眺めている。
居間で今か今かと朝食を待っている藤ねえの様子をちらりと伺ってから、
「・・・回路、開放」
「桜?」
「流石に目立つでしょ」
架空元素を扱う桜は、こと魔術師の平均レベルは俺なんかよりはるかに高い。
その一つの治癒は、なんというか不覚にも俺が一番世話になっている魔術だ。
「・・・あれ?」
が、今回ばかりはそれも効果を見せない。
「・・・??」
首をひねる桜。俺も左手を意味も無く振ったりしてみる。痛みも特にないし。
「ふむ、まあ湿布でも張っとくよ。桜は用意しててくれ」
「あ、うん・・・」
納得していない様子だったがまあ仕方ない。
しかし、治癒魔術で直せないこの痣って一体なんだ・・・?
・・・今晩当たり親父の文献でも漁ってみるかね。
痣に湿布を張り、不恰好なので指出しの薄い手袋もかぶせる。
まあ、ファッションだと思うだろう。
・・・日頃そう言うのに疎い俺がやると余計違和感を与えそうだが。
まあ、そんなことを考えながら居間に戻る。
「大河姉さん、それは兄さんの・・・」
「ふぇ? そうなの?」
・・・藤ねぇ。人の飯を食ってたな。
「ったく、相変わらず飢えてるな」
「何よー」
文句を言って来る藤ねぇの隣で、桜が俺の左手に視線をやる。
「桜、親父の本どこに締まってる?」
「お父さんの? 帰ったら出しておこうか?」
「ああ、頼む」
「なになに? 切継さんの本?」
「別にたいした本じゃないよ。宿題の資料に使いたいだけだ」
・・・思いっきり嘘だが。
「兄さん、それより早く食べないと遅刻するよ?」
「む」
苦笑を浮かべながら俺の器にご飯をよそう桜。妹の言葉に俺もとりあえず席についた。


衛宮士郎。元々は別の姓を持っていたのだがもう忘れた。
というか、10年前以降の記憶はほとんど抜けてしまっている。
あの火災。
親父、衛宮切継が俺と桜を引き取るきっかけになった火災だが、それ以前の記憶はあの火災の時の凄惨過ぎる記憶で上書きされてしまっている。
そして俺たちを引き取った親父が真っ先に言った言葉が、
「僕はね、魔法使いなんだ」
だった。
桜はその言葉に酷く怯えた顔をしたが、俺はと言うと「ああ、そうなんだ」と思った程度だった。
昔の桜は中々親父になつかず、俺にも心を許さずに屋敷の隅で蹲っていることが多かった。
俺は俺で、当時は環境になじめずあちこち出歩いていたし。
ただ、ちょっとしたきっかけで桜は俺を「兄さん」と呼んでくれて。
それ以降は本当にあっさりと仲良くなれた。少しずつ笑顔も見せてくれるようになったし。
「士郎は凄いな」
親父はそのとき心底羨ましそうにそう俺に言ったっけ。
そのときの笑顔と、何故か親父の最期の顔が重なって、

「・・・でも士郎、それじゃダメだ。士郎は士郎がやりたいことをちゃんと・・・」

親父の最期の言葉を思い出してしまう。
親父に憧れて、正義の味方を目指す、そう言った時の返答。
その時は深く考えた言葉じゃなかった。
だが、あれから数年たって、なんとなく理解し始めている。
でも、形にはなっていないけど。



考え事をしながら射ったせいか、矢は思いっきり明後日の方向に飛んでしまった。
「・・・しまった」
「どうした衛宮、珍しく不調かい?」
主将の美綴が声をかけてくる。
「いや、少し考え事を持ち込んでしまった」
肩をすくめ、今度は射に集中する。描くのはいつもイメージ。
投影と同じ。作り出すものを思い描く。弓道の場合、作り出すのは一つ、的の中心を射る矢。

始めに当たる事象を描く。
次に当たる軌道を見極める。
弦を引く加減を調律する。
当てるという意思に共感する。
その全ての肯定を自らの身に映し出す。
故に、この射は『当たる』

手を離した瞬間、それは描いたとおりに的を貫いた。
「・・・ふう、どうやら本当に雑念いれただけみたいだな」
美綴は額を拭って俺に声をかけてきた。
というか、朝練に参加してた全員が俺を見てるのは何でだ?
「・・・兄さん、いくらなんでも今のはやりすぎ」
桜が駆け寄って小声で言ってくる。
・・・どうやら魔術を行使する雰囲気と同種の世界を作ってしまったらしい。
確かに、今のは完璧に投影のイメージでやってしまったし。
とりあえず、誤魔化すためにもう一度射を始める。今度は適度に手を抜かないとまた桜に怒られる。
魔術の隠蔽とかは切継に口うるさく言われてたが、それ以上に桜も厳しい。
弓道部に入った俺を追って入ってきたのも半ば監視の名目だし。
「で、妹として今の兄貴の射はどうだ?」
「え、な、なんでですか?」
「いや、思いっきり見とれてただろ?」
「うぇ!? い、いえ、そんなことありませんよ!?」
「あははは、いやいや、いいっていいって」
「あぅぅ・・・」
・・・なんで慌ててるんだ、桜の奴。



正義の味方。
親父に憧れてそれを目指そうとし、他ならぬ親父に止められた願いの形。
弓道は己との戦いだという。
それを聞いた時、その戦いの中で親父が止めた理由を理解できるんじゃないか、そう思って俺は弓を取った。
親父がどうして「それじゃダメだ」と言ったのか、その理由。
・・・それでも、10年前に見殺しにした人たちへの贖罪の道は、それしかない。
救えなかった人たちの10倍、100倍の人を救える男にならなければ、あの火災でただ一人生き残った理由にならない。
そう、それが弓道を始めて、己と向かい合い始めて、そしてようやく気が付いた自分の原点。
歪に歪んだ、罪の意識から出た願い。
それを的に、何度も何度も射抜きつづけた。
――士郎は士郎がやりたいことをちゃんと
親父の言葉が、その願いのままに走り出そうとする自分を押し止める。
・・・親父、あんたはどうして、正義の味方になろうと思ったんだ・・・?
なりたかった、そう口にしただけでその理由を言わなかった親父。
ただ、あの時親父に拾われたときのあの笑顔に、どうしようもないほど憧れたことだけは確かだった。



「・・・うー」
放課後、桜は妙な顔で道場に姿を見せた。
「どうした?」
「あー、にーさんー・・・」
・・・えらく疲れてるというか、悩んでる?
「何かあったのか?」
「あったと言うか無かったというか。むしろ無かったはずなのに何故かあるというか」
「はぁ?」
意味不明な桜の言葉に俺は首を傾げてしまう。
桜は意を決したように俺に背を向けると、髪を書き上げて――ってちょっとまて!
「ほら、何だかわかんないんだけどこの辺、妙な痣が出来てるの」
「わ、わかったからしまえ、いいから」
「兄さん、ちゃんと見た?」
「見た、見たからしまえ」
「??」
確かにあった。首をねじればぎりぎりで見えそうな肩口辺りにある痣。だけど。
そう、だけど。
それ以上に首筋のラインとか、肩口から少しだけ除いてる下着の端とか、そう言ったものがいろいろやばい。
ってか、妹相手に何動揺してるんだ俺は。
桜も俺が一応は男だと認識して欲しいんだが。
あー、いや、むしろ妹相手にこういう考えしてる俺の方がやばいのか?
「兄さん?」
「いや何でもない。それより、そんなところに痣があるんじゃ腕上がらないだろ」
「別にそんな事は・・・」
そう言って腕を振り回してみせる。
「ほら」
「いや、後で来るかもしれん。自分に治癒は使えないんだから今日は安静にして早めに直せ」
「平気なのに・・・」
「いいから、っていうかむしろ兄貴命令」
「兄さん横暴」
膨れっ面になる桜の頭を軽く叩く。
「ほら、出来れば親父の本出しといてくれると助かる」
「・・・はーい」
渋々桜は鞄を手に取る。
「でも買い物は行くからね。それは譲らない」
「む」
「ついでに兄さんが手伝う隙も無いほど晩御飯も完璧に準備しちゃうから」
「・・・お前、俺の数少ない趣味を奪う気か?」
「私の数少ない趣味を今日一日奪った兄さんへの仕返しでーす」
・・・うちの妹、最近したたかになって困る。
「わかったよ、んじゃ任せた」
「うん、兄さんも頑張って」
「おう」
帰る桜を入り口まで見送って、再び弓を手に取る。
「相変わらずいい仲だね〜」
「・・・藤村先生、集中の邪魔です」
「む、士郎が冷たい」
能天気な声をあっさり無視する。
「それより、慎二の奴今日も無断欠席だったのか?」
「うん、そーなのよね。家のほうに電話しても誰も出ないし」
「むう・・・。部活終わったらあいつの家覗いて見るよ」
間桐慎二、俺の親友だ。が、周りから見ると俺が体よく利用されているようにしか見えないらしい。
・・・何故だ。俺は俺がやりたいようにやってるだけなんだが。
「んじゃお願いねー」
「あいよ」



そして、俺は今間桐宅の前にいる。
明かりも慎二の部屋にはついている様だし、風邪でも引いているのだろうか。
とりあえず、チャイムを鳴らしてみる。が、反応なし。
「・・・起きられないほど辛い、とか」
なんとなくそんなことを考え、間桐家の玄関口まで行く。
不法侵入とわかっていながら、とりあえずドアノブを回した。引く。
「・・・開いた」
おい慎二、無用心だろこれは・・・。
「慎二ー。大丈夫か・・・!?」
ドアを開き、中をのぞきながらそう口にし、途中であまりの違和感に固まった。
魔力の余波。桜が練習で結界を編んだことがあったが、それに似ている。
受ける感じはまるで対極だが。清廉な感じを受けた桜のものと異なり、これはあまりにも禍禍しい。
「慎二!!」
もう躊躇うわけには行かない。頭の中の撃鉄を全ておろす。
魔力回路を開放。
「投影、開始」
首筋がぴりぴりする。引き返せと何かが訴える。
だが、ここには知ってる奴が暮らしてる。
ならば、逃げ出すわけにはいかない。
「憑依経験、共感終了」
ドア一つ一つを細心の注意を込めてあける。
魔力の出所を追い続ける。
「工程完了。投影、待機」
今まで何度か限界を知るために連続投影を繰り返したことがある。
結果、弾は五つ。
そのうちの一発目を使う用意をする。使う弾は決めてある。
剣製に特化した魔力回路であるにもかかわらず、恐らく一番投影しなれているあれをイメージ。
魔力の出所にたどり着いた。書斎。
蹴破る。直後、何かが走り抜ける。黒い何か。
「待機解除、『熾天覆う七つの円環』!!」
その黒いものが放った銀色の何かを、とっさに広げた盾で防ぐ。
「なんと・・・!」
その何かが驚いたように口を開いた。
だが、そんな事に応じていられない。目的は一つ。
「慎二は・・・、ここに居るはずの男はどうした!?」
「ふむ。マスターなら知っておろうが我は知らぬ。だが、ここに来た以上貴公を生かして返すわけには行かぬのでな」
姿を隠した黒い何かが応えてくる。
「しかし惜しい。先ほど拙者の一撃をかわしたあの呪術、もしや貴公、資格の持ち主だったのやも知れぬな」
「・・・!」
やばい。やばい。やばい。やばい。
その言葉が発せられるたびに逃げ場が消えていく気がする。
「・・・投影開始」
黒い何かは知らないといった。なら、ここに慎二は居ない。
何故かはわからないが、こいつは嘘を言っていない気がする。
なら、ここにいる理由は無い。逃げなくては。逃げなくては、死ぬ。
「投影完了。『空駆ける翼の具足』!!」
投影したのは『ヘルメスの靴』。ペルセウスがその使命を果たす際にヘルメスより与えられた空を歩く靴。
あれは人が倒せるものじゃない。間桐家の窓を突き破り、空に踊り出る。
かまうな。これを投影するのは初めてじゃないだろう・・・!
足場の確かな感覚の無い空中に戸惑う足腰を叱咤し、空中を蹴る。
加速。加速。加速。
なのに何故だ。
何故あの重圧が解けない・・・!
「・・・っ、投影開始・・・!!」
剣製一つに付き弾一発。ロー・アイアスは使い慣れているから一発で済んだ。
だが、これはなれていない。大幅に削れた魔力を換算。三発分。
残り一発。
必死で逆転の決め手を模索する。思い当たったそれに舌打ちする。
剣じゃない。それを使いこなすには無理がいる。だが、生き延びることが出来るなら無理がどれほどのものか。
「・・・! 『全て打ち抜く、石の弾丸』!!」
残る全ての魔力を込めて、プレッシャーをかけてくるそれ目掛けて『タスラム』を叩きつける。
「ぐっ・・・」
ヘルメスの靴が消えた。魔力の制御を失った体は、運良くどこかの建物の屋上に墜落する。
地面に直接叩きつけられるよりははるかにマシだ。
だが。
「これは驚異。貴公の呪術、感服した」
目の前に降り立った黒いそれを見上げる。
時代錯誤とも思えるその姿は、間違いなくこう称される物だ。
忍び。忍者。
「・・・惜しくらむは、相手が拙者であったことか。かの屋敷に立ち入ったもの例外なく命を貰い受けよとの命であるのでな」
それが抜き放った鉛色を、呆然と見上げる。
「往生なされ」
あっさりと、それは俺の体を袈裟切りにした。




Interlued

「凛、サーヴァントだ」
「何ですって?」
霊体と化している自分のサーヴァントの言葉に、私は魔力回路を活性化させる。
「どこ?」
「恐ろしい速度だな。何かを追っていたようだ。向こうに消えた」
「・・・追ってたって・・・。他のマスターかしら」
「わからん。だがクラスの予想はついた。あの動き、ライダーかアサシンだろう」
「アーチャー、行くわよ」
「・・・承知」
姿をあらわした大男は、私を肩に担ぎ上げ、走り出した。
さすがはサーヴァント。恐ろしいほどの風圧が私に襲い掛かってくる。
が、まあ仕方ない。仕方ないのだが。
「ちょっと、きつい・・・」
「すまん」
その言葉と同時に風が緩んだ。アーチャーがもう片方の腕で私の風避けを作ってくれている。
「・・・ごめん、助かる」
「うむ」
そっけないが、それはそれ。こいつの優しさがどうしようもなく不器用なのはいろんなことで知ってる。
「あそこだ。飛ぶが、いいな」
「構わないわ」
その言葉と同時に、その巨体が宙へ舞い上がった。



父の魔道書の中、ずっと開かなかったページが今日は何故か開いた。
「・・・え?」
思わぬことに私は呆然と、そのページに目を落す。
父、衛宮切嗣の残した私達の知識の拠り所。
その、封印されていたページが今になって開いた理由。
それを探るために、そのページを読む。
「・・・聖杯戦争・・・」
聖杯。父がよく口にしていた言葉。
それは父が私に心構えを説くときによく口にしていた言葉。

――だめだ、そんな心構えじゃ、聖杯に飲まれるぞ。

その言葉の理由は今を持ってわからないけど、聞くたびに何故か酷く怯えていたのを思い出す。
その聖杯の名を冠した戦争。
・・・マスターに宿る令呪、召喚されし七人のサーヴァントとそのマスター。
聖杯を手にするものはただ一組。他の六組を打ち倒し、聖杯を手にしてその望みを叶える。
それが聖杯戦争の概略。
『このページを開いたのが士郎か桜か、どちらかはわからない。だが、このページを開いたということは令呪を宿したか、その兆候が現れているということだ』
・・・愕然とした。
これを開いた私は、この聖杯戦争に参加する資格を得ていることになる。
思い当たるのは肩の痣。だが、それを言うなら兄さんにも同じような痣があった。
・・・そう、あの左手の。
『・・・最悪、二人ともがそうなるかもしれない。いや、恐らくそうだろう。悔しいが、私はお前達にその資格を与えなければいけなかったから』
お父さんは知っていた。
出来れば知らずにすごして欲しいから封印していたのだろう。だけど、私達は開く資格を宿してしまった。
『だから、私が知る聖杯戦争をここに記す。ここから先は、桜しか読めない部分と士郎しか読めない部分に分けておいた。その内容を話すかどうかは二人に任せる。願わくば、兄妹で争う事態にならないよう、祈りながら綴らせて貰おう』
そこまで読んで、突如私の魔力のラインが異常を知らせてきた。
兄さんが魔術を使った。
私と兄さんの魔力回路は微弱だけどつなげてある。お父さんがそうしたほうがいいと言った為だ。
ラインをつなげる方法は幾通りもあるし、時間もあったから細いながらも強固な繋がりを施してある。
魔力が互いに行き来するほどじゃないけど、互いの異常はすぐに察知できるように。
二度目。間隔が早い。私は土蔵を飛び出した。使った魔力の量が多すぎる。
「回路開放・・・!」
魔力を自分の体に流す。兄さんが得意とする強化だけど、こと自分の体に限定するなら魔術師なら誰でも出来る。
脚力を強化し、ラインを追う。
危険すぎる。もう三度目を使おうとしている。
間に合って。
必死で走りながら、三度目の魔力の開放を感じ取った。
兄さんが投影を使えるのは剣に限定して五回。だけど、二回目と三回目は剣ではなかった。
おそらく、もう魔力が使えないはずだ。
もしそれで危機を離脱できなかったなら。
最悪の想像。だが、例え傷ついていても生きていれば自分が何とかできる。
否、絶対に何とかする。
ラインの先を見極めた。学校の屋上。
「・・・!」
走る。走る。
だが、直後。
ラインが、強固に織り込まれたはずのラインが、ほつれていくのを感じた。
「〜〜〜〜〜っ!!」
魔力や肉体の限界など構わず、私は走る。
屋上の扉を勢いに任せて開いた。
「追って、アーチャー!!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
その声の方向に目を向ける。
「・・・遠坂、先輩」
「! ・・・衛宮さん、どうしてここに・・・」
純粋に驚いた顔から、沈痛な顔で私を見る。
「・・・言っとくけど、私がやったんじゃないわよ。今、知り合いが犯人を追ってるわ」
その言葉の意味を考えようとして、先輩の視線を追って。
凍りついた。

「にい、さん・・・?」
赤い血を流し、力なく横たわる体。
「・・・!!」
いや、まだだ。
「・・・衛宮さん。お兄さんを救いたいわよね?」
「遠坂先輩、少し下がってて・・・」
ほとんど同時に言葉を発して、顔を見合わせる。
「・・・どういうこと?」
「・・・先輩、私、魔法使いなんです」
父の言葉を借りて、私は兄の傍に膝をついた。

 ライン・オープン オールライン・ヒーリング
「・・・回路、開放。魔術回路全てを対象の治療へ」

「・・・衛宮さん・・・」
遠坂先輩の声が聞こえる。
「・・・手伝うわ」
「え?」
「あなた流に言うならね、私も魔法使いなのよ」
そして、兄さんの体に少し手を触れる。
「・・・破損した臓器を仮想臓器で代用する。そうすればもっと持つわ」
「・・・はい。お願いします・・・!」
遠坂先輩が魔力で編み上げた一時的な仮の心臓が、私と兄さんのラインのほつれを少しだけ持ち直させる。
・・・裏技、やるしかないか。
ラインが切れる可能性もあるけど、内と外、両側から治癒を通す。
「・・・っ」
「・・・衛宮さん、やるわね」
「遠坂先輩こそ」
変化の薄さにくじけそうになる意思を、その言葉の応酬で誤魔化して。
反応する。もう少し。
「・・・う」
「・・・うん。ここまでいけばもう大丈夫でしょ」
先輩が仮想臓器を解除する。一瞬だけ兄さんの生命力が落ちたけど、すぐに戻った。
「・・・助かりました、先輩」
最後の治癒を終える。・・・参った。魔力空だ・・・。
兄さんの呼吸が落ち着いてるのを確認して、私はようやく一息ついた。
「衛宮さん」
「・・・う」
さっきは必死だったけど、落ち着いたら遠坂先輩の目が凄く怖い。
「・・・やっぱり魔術師、だったんだ」
「あはは・・・。やっぱり疑われてたんですね」
苦笑いする。
兄さんは知らないけど、私は魔術を連想させるような言葉をこの先輩から何度も聞かされていたから、ひょっとしたら先輩も、とは思っていた。
「・・・一応、遠坂ってのはこのあたりの魔術師の管理を任されてるんだけど」
「・・・えーっと」
魔術協会、ってやつでしょうか・・・。何だかすっごく危険な感じが。
「衛宮がまさか魔術師の家系だったとはね・・・。予想外だわ」
「・・・あはは・・・」
笑って誤魔化そうとしたけど、何だか先輩の目が余計に危険な感じになってきた。
・・・学園のアイドルの先輩は仮の姿ですか?
「・・・ねえ、衛宮さん」
「・・・はい?」
「あなた、衛宮の家に拾われたとか、そう言うことってない?」
思考停止。出そうになった動揺を全て押し殺す。
「いいえ、私、生まれも育ちも衛宮ですよ?」
「・・・そう」
驚いた。
でも、私が養子だと言うことは兄さんと藤村の家の人くらいしか知らない。
その家の人にも、お父さんが固く口止めしてある。
大河姉さんも一度約束したら守る人だから、そこは安心しているし。
だから、外来的には私と兄さんは実の兄妹で、お父さんとは実の親子。
・・・そうでないと、本来私が後継ぎになるはずだった間桐が私を連れ戻しに来るかもしれないから。
あそこには、絶対に戻りたくない。これは、兄さんにも伝えていないこと。
でも、そのことをどうして遠坂先輩は知っているんだろう。
「まあいいわ。・・・あ、そうだ、衛宮さん」
「はい?」
「桜、って呼んでいいかな?」
「・・・え?」
何だか一瞬、凄く懐かしい感じがした。
「・・・あ、はい。構いませんけど・・・」
「ん。じゃ、桜。これあげるわ」
「え?」
投げ渡されたペンダントを見る。
「今の私の10年分の魔力が入ってたんだけど、今のでほとんど使っちゃったし。空の宝石持ってても仕方ないのよね」
「・・・詰め直すとかは・・・」
「その宝石、あんまり趣味じゃないのよ」
あんまりと言えばあんまりな理由。ひょっとして遠坂先輩、凄くアバウトな部分があるんだろうか。
「・・・それじゃ、とりあえずまたね」
「はい。先輩もお気をつけて」
屋上を去っていく先輩を見送って、私は眠っている兄さんを膝枕する。
・・・血の海の上で膝枕なんて浪漫の欠片も無いけど。
兄さんの左手を見る。まだ、あの痣は残っていた。
私の肩も同じ。
聖杯戦争。マスター同士が争い、聖杯を手に入れる、魔術師の戦争。
兄さんが聖杯を求めるなら、私は兄さんと戦うことになるのだろうか。
「・・・う」
「兄さん、気がついた?」
「・・・さくら?」
「うん」
でも、もう少しの間だけ、そう言う関係のない兄妹で居させてください。
「・・・俺は、死んだんじゃ・・・」
「・・・それはあとでゆっくり話すから。今はかえろ、ね」
ふらついてる兄さんに肩を貸して、私達は家へ帰る。


でも、私が祈った「もう少し」は、本当に少しの間でしかなかった。





プロローグ 士郎・桜   完

4: (2004/04/10 12:11:20)[TEN]

これにてプロローグは終了です。
いくつかサーヴァントの配役を変えてあります。
アーチャー=エミヤ、バーサーカー=ヘラクレスで読むと洒落にならない勘違いになるのでご注意ください(爆

5: (2004/04/11 05:58:42)[TEN]




桜と二人で夜道を歩く。
あの時殺されたはずの俺を救ってくれたのは桜らしい。
桜は「もう一人いるんだけど、その人のことは秘密」と苦笑交じりに言っていたが。
言わないと決めたことは多分言うまい。残念だが、もう一人の命の恩人に礼を言う機会はなさそうだ。
「・・・兄さん」
「ん?」
「もし、もしね、私が兄さんと、その・・・」
「何だ?」
血が足りてないのか、まだぼんやりしている頭をなんとかはっきりさせつつ、桜に応じる。
「・・・もし、私が兄さんを殺そうとかしたら、どうする?」
「ありえんだろ、それは」
あっさりと言い切る。
桜がどういう考えで言ったのかわからないが、それだけは言い切れる。
「・・・じゃぁ、逆は?」
「俺が桜を殺すって? ・・・それこそ有り得ない」
その言葉に、桜はなんとなくホッとしたような表情を浮かべる。
が、最後の質問だと言うようにもう一度桜は口を開いた。
「そうしなければいけない状況になっても?」
「・・・桜?」
妹の顔をおうかがう。真剣に、誤魔化しを許さない表情。
答えるまでこっちの言葉には反応してくれそうに無い。
「・・・それでもだ」
そんな光景、全く予想できなかったが。
直後、首筋に生じた怖気が桜を突き飛ばした。
「え」
必死で搾り出す。回復しきっていない魔力を強引に。
編み上げた盾はかろうじて間に合った。
「投影開始・・・!」
トロイア戦争の英雄が持っていた大盾。
全ての矢や投具を悉く防いだという、七枚の牛皮を張り合わせ、八枚の青銅で覆った盾。
俺が知るのはそこまでだ。現物を見たことが無い以上完璧な複製は不可能。
だが、俺は魔術師だ。
魔術師ならば足りないところは魔術で、そして空想で補う。
その盾の姿すらも空想で編み上げ、展開。
一枚を中心に、七枚をそこから広がるように。花が開くように。
剣よりも多く何度も投影した。
剣を振るうよりもはるかに何かを守れたから。
その中で、空想故の穴を見出してまた空想で埋め、恐らく本物とは異なりながらもその名を借りて展開する。
「『熾天覆う七つの円環』!!」
だが、人ですらないこいつを既に別物となった盾で防げるのか。
脳裏をよぎってしまった疑問を拙いと思う前に、盾はたったの一撃で砕け散った。
「兄さん!」
「逃げろ、桜!」
闇から襲い掛かってくるそれは、間違いなく奴だ。
仕留めそこなった俺を殺すために、また現れたのか・・・!



Side 桜

兄さんがもっとも得意とするはずのあの盾があっさりと砕かれる。
それは、兄さんが信じきれなかった証。
あの兄さんが、自分を信じられないような状況。
「兄さん!」
「逃げろ、桜!」
私にもわかる。あれはこの世には居ないものだ。
そんなものを相手に逃げきれるはずが無い。
肩口がうずく。
周囲を見渡す。衛宮の家まではまだ遠い。
「・・・っ」

マスターはサーヴァントを現界させる魔力を提供するだけだ。召喚自体は聖杯が行う。

その一文はどこで読んだものだったのか。
肩の令呪の兆候に手を当てる。

故に召喚自体に大規模なものは必要ない。正規の手続きを踏んだほうがより高位の英霊を呼べるのは確かだが。

私は勝ち進むことは考えていない。でも、それをしなければ兄さんが死ぬと言うのなら。
「・・・回路、開放」
口にした言葉で世界が変わる。
架空元素。私の得意とする属性。虚数を起源とする影使い。
しかし、虚数にもプラスとマイナスが存在する。影の世界を生み出すものがあるなら、それもまた虚数の域。
指先に灯ったそれは、その生み出すもの。光。

「此度の令呪と聖杯の名において告げる。来たれ」

光が地面を走り、簡易魔方陣を描き出す。
「む。娘、何を・・・」
「・・・っ!」
兄さんが私に襲いかかろうとしたそれをまた、壊れかけの盾で受け止めた。

「来たれ、この命を剣に託す。なれば汝の剣を盾となせ。是は盟約。其は誓約」

魔力がはじける。
「サーヴァントの召喚・・・。なんと、ここでやろうというのか・・・!?」
「サーヴァント・・・?」

「描かれし我が意思認めるならば、ここに来たれ。抑止の輪の守り手よ・・・!」

反応、あった。
むしろこんな簡素な術でよく召喚に成功したと思う。
赤い布をはためかせて、その人は私に背を向けて降り立った。
黒いそれを弾き飛ばす。
「・・・今まで乱暴な召喚は何度か経験したことがあるが、戦中に召喚されたのは初めてだ」
「それは謝ります。でも状況が状況なの。私をマスターと認めるなら」
その人が持つ魔力の重圧を必死で撥ね退けて、私は街灯の下に照らし出された黒ずくめの男を指差した。
「あれをなんとかして」
「・・・ふん、承知・・・!」
黒ずくめの男の一撃を、私が召喚したサーヴァントが弾き飛ばす。
その隙に何が起こっているのか理解できていない兄さんに駆け寄る。
「大丈夫?」
「・・・あ、ああ」
「・・・詳しいことは後で話すから」
赤い服を纏った男の人は黒ずくめの男を見つめている。
「貴公、何者?」
「さぁな。剣は使うし槍も使う。弓も使うからクラスなどわからんぞ」
「アーチャー殿なら既に会うておる。少なくとも弓使いではなかろう」
「そうか。しかしそう言うそちらはわかりやすいな。闇にまぎれ敵を襲う。まさしくアサシンの所業か」
「ふむ。それくらいならばれても構わん。この姿形故、忍びの看板は下ろせぬのでな」
やっぱりそうだった。
聖杯戦争が与えるクラスの一つ、気配を断絶し闇より奇襲をかけるクラス。それがアサシン。
兄さんはサーヴァントと戦って、死にかけたのか・・・!
「だが、それゆえにあの少年には驚いた。まさか我が奇襲を二度もかわすとはな」
私のサーヴァントは兄さんにちらりと視線を向ける。
「・・・動物並に単純だからだろう」
「・・・なんで初対面の奴にそう言う言い方されるんだよ」
あ、流石に黙ってなかったか。
「まあ、それはいい。で、アサシン。退くか否か、はっきりしてもらおう」
「あいにく、主命を果たすのが忍びなのでな」
「いいだろう」
何時の間にか、赤い服のサーヴァントの手に一対の剣が握られている。
「・・・!?」
兄さんが酷くそれに反応した。
「兄さん?」
「・・・投影・・・?」
私の声が聞こえていないかのように、兄さんは呟く。
アサシンが動いた。視覚を強化しても追えない速さ。
でも、その人は黒い疾風を悉く打ち落としている。
「どうしたアサシン。忍びの名が泣くぞ?」
「敵の名誉を気にするか、妖術師」
「・・・ほう」
赤服の人は驚きの声を漏らした。
「達人の剣なれど、神業には至らぬ剣。身のこなしも武芸百般に通じつつも我にはついてこぬ」
「・・・なるほど、そしてこの剣か」
「その術、初見ではないのでな。貴公、やはりキャスターか」
赤服のサーヴァントが肩をすくめるのが見えた。
「さて、どうかな」
その人の手に、弓が握られた。だが据えられた矢はあまりに歪。

「偽・死翔槍」

ゲイボルグ。あの人はそう口にした。なら、あの人は・・・。
でも。
「・・・違う、あれは似てるけど別物・・・」
兄さんの言葉が私の予想を打ち砕く。
放たれた真紅の矢が、有り得ない軌道で黒い影を追う。
「む・・・!」
「それからは逃れられん。覚悟を決めろ、アサシン」
ゲイボルグの伝承は常に「心臓を貫く」に集約されている。いかに別物でも、同じ名を持つなら同じ力を持っていても不思議じゃない。
だが、それは突如生じた何かに受け止められ、飲まれた。
「・・・む」
アサシンの前に誰かが降り立つ。
「・・・お前は・・・」
「久しぶりですね。今回のクラスは知りませんが」
赤い服のサーヴァントはその人を知っているらしい。黒いフードつきのローブに身を包んだ、女性。
その人は私のサーヴァントを一瞥して、その視線を私に向けてきた。
「ですがあなたに用はありません」
何故だろう。その人を見ているだけで生じる恐ろしいほどの恐怖と憎しみが、私の胸をどうしようもなく焼く焦がす。
それに気を取られて、その人が放ったそれに意識がついていかなかった。
「「・・・避けろ、桜!!」」
よく似た声が二つ同時に響いた。瞬間、赤服の人が誰なのか察してしまう。
兄さんが、その人と私の間に飛び込んだ。無茶だ。
それは、それは人の身で受けちゃいけない・・・!
「馬鹿者・・・!」
誰かが悪態をついた。
一瞬。
永遠とも思えた。
黒いローブの女性が放った何かが兄さんを貫こうとした、その刹那。
太陽を思わせるような閃光が、それを切り払った。
「・・・役者は揃った」
「・・・主?」
「アサシン、退きますよ」
「・・・承知」
兄さんの前に立つ銀色の甲冑に身を包んだ、小柄な騎士。
その人が降り立つと同時に、アサシンと黒いローブの女性は闇に溶けるように消えていく。
「・・・兄さん、そんな」
呆然と呟く。その人は視線を転じ、赤服のサーヴァントに目をやる。
「待て。お互いマスターに自己紹介も済ませていないのだ。名も知られずどちらかが消えるのは情けないだろう」
「・・・私があなたに劣ると?」
「そうは言っていない」
赤い服のサーヴァントは私の傍に歩み寄る。
「・・・サーヴァント、キャスターだ。マスター、以後よろしく頼む」
「あ・・・はい。衛宮桜です・・・」
その人の立ち振る舞いはまるで似ていないけれど、やっぱり変わっていないように思えて、でも、どうしようもなくその人のあり方が悲しかった。



Side 士郎

キャスターと名乗った男に習うように、小柄な騎士は俺に向き直ってくる。
「・・・あなたが私のマスターですね」
「え・・・?」
・・・今気が付いたが、状況を一番理解していないのはひょっとして俺か?
で、さらに気が付いたがじりじりと軽い火傷のような感覚が左手からする。
「・・・令呪を確認しました。これより我が身はあなたの剣となり盾となりましょう」
「・・・いや、あの、俺、何が何だかマジでわかんないんですが・・・」
「セイバー、兄はまだ事情を把握していないんです」
桜がセイバーに声をかける。が、セイバーはちらりと桜を見ただけだ。
「兄さん、とりあえず自己紹介」
「あ、ああ、衛宮士郎だ・・・」
なんだか間が抜けている気がするが。
「では、マスター。敵を排除します。下がっていてください」
「は?」
セイバーが向き直ったのはよりにもよって桜・・・!
「え・・・」
「やれやれ、気が早いなセイバー。自己紹介を聞いていなかったのか?」
その前にキャスターが立ちふさがるが、呆れたように溜息をついている。
「お前のマスターと私のマスターは兄妹だ。身内を殺すなどそう簡単には出来まい?」
「・・・む」
「そもそも、騎士は肉親を斬る事を是としていたかな?」
キャスターの言葉にセイバーは剣をおろす。
「あー、えっと」
・・・最悪の事態は逃れたらしいが、相変わらずおいてけぼりな俺の状況は?
「兄さん、今は停戦。いいですね?」
「へ?」
・・・桜、何だその笑顔は。
頷かなかったら何する気だお前?
「・・・了解」
妹の放つプレッシャーに負ける情けない兄貴。
そんな烙印を押されることを、まあ仕方無しに受け入れることにした。



で、そのようなわけで衛宮家のリビングに桜と顔をつき合わせているわけだが。
「キャスター、絶対に戦わないこと。挑発も禁止。破ったら令呪で酷いことするからね?」
「・・・桜、何故私にそこまで釘を刺すのか聞かせてもらえないか?」
「言動が皮肉気。小馬鹿にした目つきが多い。毒舌」
「・・・む」
・・・いつそこまで分析した桜。
というか、あの桜があそこまでキャスターを受け入れてしまっているのは何故だ?
「もう一つ質問だ、マスター。酷いこと、と言うのは何だ?」
「・・・えーっと、それは、うーんと・・・、そう、庭の雑草取りを毎日させるから」
・・・あー、なんか桜らしい平和な罰だな・・・。
で、こっちはと言うと。
「・・・・・・」
部屋の隅に立ってじーっとこちらを伺っているセイバーさん。
キャスターがあそこまで釘を刺されているのを見て、一応はセイバーも矛を収めてくれているようだ。
「・・・セイバー?」
「何でしょうか、マスター」
「あー、いや、そこに立ってないでこっち来て座ったらどうだ?」
「それは命令ですか?」
「・・・えーっと」
すげー扱いが難しい・・・。
「それで、兄さん。お父さんが残してくれたあの本の封印、覚えてる?」
「あ、ああ」
「あそこに、聖杯戦争についての記述があったの。封印は令呪やその予兆を鍵に解けるようにされてたわ。私もまだ全部読んだわけじゃないんだけど・・・」
親父の魔術書は土蔵の中から持ち出さないのが、俺たち兄妹の中の暗黙の了解だ。
藤ねぇに見つかるといろいろやばいし。
「聖杯戦争について今私が理解しているのは、マスターとサーヴァント一人ずつ一組、計七組がそれぞれ戦い、勝ち残ったものに聖杯が与えられる、っていうこと」
「・・・ふむ」
「サーヴァントは七騎。兄さんが召喚した剣の騎士、セイバーと私が召喚した魔法使い、キャスターもサーヴァント」
なんとなく桜の後ろに控えているキャスターと、俺の背後に立って今だ警戒を解かないセイバーを見る。
「他に、槍使いランサー、弓の騎士アーチャー、騎乗兵ライダー、暗殺者アサシン、狂戦士バーサーカーの五騎」
「・・・さっき俺を襲ったのはアサシンって言ってたな」
キャスターが俺の言葉に頷いた。
「そうだ。そしてどういうわけかわからんが、あの後現れた女もサーヴァントのようだった」
セイバーに視線を移してみる。
「・・・キャスターだと思ったのですが、貴方がキャスターである以上、あれが何のクラスなのか予想できなくなってしまいました」
セイバーの言葉にキャスターは肩をすくめる。
桜は咳払いをすると、続けた。
「で、それらを従えた魔術師がマスターになる。・・・私と兄さんも、マスターになってしまったわけ」
「・・・って待て」
それってつまり、俺と桜で殺し合いをしろということか・・・!?
「冗談じゃない・・・、それは」
「落ち着け、衛宮士郎」
キャスターが割って入ってくる。
・・・というか、何かこいつからは妙に苦手意識を感じるんだが。
「マスターは聖杯を求めるが故に戦う。サーヴァントも同じだ。だが、例外的なことに私は聖杯をそれほど求めては居ない」
「・・・え?」
桜もキャスターを見上げる。背後を振り向くと、セイバーまでもが驚いた顔をしているし。
「桜が欲しいと言うならお前達を倒すつもりだが、この分ではそれはないだろう」
「・・・うん、私は別に、聖杯が欲しいわけじゃないし」
桜は答えて、俺を見、その後ろのセイバーを見る。
「・・・兄さんとセイバーは?」
その問いに、俺は一瞬逡巡する。
全ての願いを叶えると言われている聖杯。確かにそれは魅力的な品だろう。
が、何故か、俺はその聖杯という言葉に嫌悪感しか抱けない。
「・・・私は聖杯を求めている。召喚に応じたのもそのためだ」
セイバーの言葉が先に発せられた。そして、続けられる。
「サクラ、貴女は聖杯を求めないと言う。ならこの戦いから降りると言うことですか?」
「・・・ううん」
意外なことに、桜は首を横に振った。
「私は、聖杯が何なのか知りたい。聖杯に対して何か因縁がある気がするの。それが何なのか確かめたい」
この返答はセイバーどころかキャスターまでもの意表をついたらしい。
「・・・そうだな、俺も同じだ。何か知らんが俺は聖杯って言葉が妙に気に入らない」
セイバーは俺を見据えてくる。
「桜、明日親父の文献を調べよう。情報が少なすぎる」
「うん」
そして、俺はセイバーを見る。
「・・・マスター」
「士郎でいい。マスターなんて呼ばれてもピンと来ない」
「では、シロウ。それが貴方の答えですか?」
「ああ。それ以上に、兄貴として妹をほっとくわけにも行かないだろ」
その言葉に、セイバーは初めて息をついた。
「・・・それがシロウの意思なら従うまでです。それに、それは聖杯を求めないと言うわけでは無いようですし」
「む」
確かに。要らないが何なのか確かめる、というのは矛盾した表現か。
「それより、セイバーこそいいのか? 俺は・・・」
桜をちらりと見て、
「・・・他のマスターを倒す、っていうことすら否定的だぞ?」
セイバーも桜を見る。
「敵対しないマスターならば殺す必要もないでしょう。サーヴァントは倒さねばなりませんが」
「・・・まあ、そのときは自分から消えよう」
セイバーが視線を向けたキャスターは、あっさりとそうのたまう。
「何か、納得できないところもあるが、とりあえず」
俺は、セイバーに右手を差し出す。
「よろしく頼む、セイバー」
「はい、シロウ」




Side 桜

就寝のために自室に戻ろうとして、私はキャスターを庭に呼んだ。
「何事だ、桜」
「・・・キャスター。貴方は」
「・・・・・・」
私が何を言おうとしたのか察したのか、キャスターは肩をすくめる。
「その通り、私の真名はエミヤ。君の兄、衛宮士郎の行く末だ」
「・・・」
その言葉に、小さく溜息をつく。
「どうして、よりにもよって兄さんの未来を引いてしまったんだろう・・・」
「因果、だろう」
「あっさりと・・・」
こういうところは兄さんとは全然違う。
「・・・桜、正直なところ、私の目的は聖杯ではなく、聖杯戦争の中で参加しているかもしれない衛宮士郎を殺すことだった」
思わぬ言葉に私はキャスターを見上げる。
「だが、あの衛宮士郎は私が殺さねばならない衛宮士郎ではない」
「え?」
「今だ、正義の味方を目指していないあの男を殺しても意味が無い・・・」
その言葉の意味を、私は理解できない。
「どういう、こと?」
「英霊エミヤの根源は、正義の味方であろうとして理想を追いつづけ、その理想に裏切られつづけて磨耗した愚か者だ。だからこそ、裏切られる前に追い続ける者を殺して、自らの存在を無いものにしたかった」
その言葉は、自戒の響きも確かにあったけど。
戸惑いを口にして、違いをはっきりと理解しようとする、そう言った感じが強かった。
「だが、あの男はまだそうなっていない。理想に憧れはしているが、それに突き進むことに迷っている」
戸惑っている未来の兄。
「・・・キャスター?」
「・・・私が君に召喚された理由が少しわかった気がするな。君が聖杯の正体を確かめたいように、私はあの衛宮士郎の出す答えを確かめたい」
瞠目し、一人語るキャスターの長身を見上げ、私は微笑した。
キャスターは兄じゃない。兄とは別の可能性を進んだ衛宮士郎の終焉。
でも、不器用な真っ直ぐさはどの衛宮士郎も常に持っているものなのだろう。
私が、兄に惹かれるその最大の要因は。
だから、私も兄と同じように右手を差し出した。
「よろしくね、キャスター」
「ああ。よろしく頼む」








第一話 契約(1)  完

6: (2004/04/15 17:09:04)[TEN]




Side 桜

「桜、寝坊ではないのか?」
眠りの海をたゆたっていた私の意識が、その言葉に浮上する。
「ぁ・・・」
布団から身を起こし、はっきりしない頭であたりを見回して、キャスターが困ったように立っているのを見つけた。
「起こしてくれたんだ・・・。ありがと・・・」
「いや・・・」
ふと、思考がはっきりする。
キャスター=衛宮士郎=兄。
寝顔を兄に見られた。
キャスターが困ったように視線を動かしているのは何故?
簡単。私のパジャマがはだけて胸元が除いてるから。
というか、いくらサーヴァントでも乙女の寝室に無断で立ち入るのは果たしてどうか。
結論。
「キャスターーーーーー!!」
「ちょ、なん、うわ、まて、マスターーーー!!?」

衛宮桜、魔術師以前に乙女です。




Side 士郎

朝食の支度中にものすごい音が響いた。
「な、何だ?」
今を覗いて見ると、桜から借りた私服を見につけたセイバーが正座している。
いや、それはいい。この音には関係ない。
「ま、まて桜、それはいろんな意味で危ない!」
「問答無用! 女の子の部屋に無断で入る狼藉、ゆるしませーーん!!」
「うおお!?」
セイバーも中庭のほうに視線を向けている。
「・・・何をやっているんですか、あの二人は」
「さぁ?」
と、ドタドタドタと慌しい音と共にキャスターが居間に駆け込んできた。
「む」
「キャスター、一体何が」
「わからん、だがとにかく匿え衛宮士郎!」
「は?」
焦ってるのはわかった。が、人を超越したはずの英霊が何故焦る?
「キャスター、何事です?」
「き、君も桜が振り回しているのを見れば焦りの理由がわかる!」
そう言ってキャスターは台所に飛び込んだ。
入れ違いに桜が飛び込んでくる。珍しく今だパジャマだ。
「兄さん! キャスターはどこに行きました!?」
思わずセイバーと顔を見合わせる。心なしか、セイバーの顔が青いのだが。
「あー、あっち」
台所とは反対の方向を指差す。
「キャスター!! 待ちなさーーい!!」
どたどたと走っていく桜。
「・・・ヤドリギの若枝、ですか」
「・・・なるほど、ありゃ危ない」
どこから持ち出してきたのかはわからないが、ヤドリギの若枝は光の神バルドルを殺したという伝説がある。
人の身には振り回せば危ない程度だが、概念や信仰の付属する品に弱いサーヴァントにしてみれば、「神殺し」の曰くがあるあの枝はやばいだろう。
見ろ、セイバーも脂汗流してるし。本物じゃないから致命傷にはならんと思うが、かなり痛かろう・・・。
「キャスターーーーー!!」
・・・何しやがったキャスター。桜があんなに怒るの珍しいぞ・・・。
台所をうかがうと、顔だけ出してこちらを伺っているキャスターに目が合った。
咳払いして、出てくる。
「何したんだ、お前」
「いや、起こしただけなのだが・・・」
「・・・それだけか?」
「ああ」
そんなやり取りを、セイバーは横目で見る。
「寝起きの不意を付かれた事で逆上したのでしょう。あまり誉められたことではないですが、戦士として上達するのにはいい心構えです」
「・・・セイバー、後半は絶対違う」
「キャスター! 出てきなさい!!」
というか、昨日の生死をかけたやり取りを考えたらこの朝の光景、平和すぎやしないか?
・・・いや、悪いことじゃないか。
人生日々平穏が一番。うん。
「出てこないと令呪つかうからね! いいの!?」
「ま、待て、出て行くからこんな馬鹿馬鹿しいことに使うな!!」
・・・平穏・・・だよな、これ。
慌てて出て行くキャスターを見送りながら、何となく自分の思考に疑問。
「シロウ?」
「・・・いや、何でもない」
・・・作りかけの味噌汁を仕上げてしまおう。今日の具はジャガイモだ。
ところで何か忘れている気がするんだが。
「おっはよー! しろー、さくらちゃんー、あさごはんー!」
「・・・これか」
小走りに居間に近づいてくる足音に、思わず溜息をついた。
「そうだ士郎、昨日は遅くなるなら遅くなるって電話をねー」
言いながら、居間のふすまが開かれる音がした。
微妙な沈黙。
「・・・えーっと、どなた?」
「・・・」
こっそりと居間を覗いて見る。藤ねぇとセイバーが顔を向き合わせて固まってる。
・・・というか、虎とライオンが縄張り争いしてる風景が浮かんだのは何でだ。
「あー、藤ねぇ、その人はだな」
「ふむ、君が士郎と桜の保護者代わりの人か。話は聞いている」
突然藤ねぇの後ろに現れたキャスターがいきなり口を挟んできた。
・・・微妙にぼろぼろになってるが。
「私達は以前に二人の父に世話になったことがあってな。それで、今回落ち着いたのもあって尋ねてきたのだ」
「「・・・・・・」」
よくもまぁ嘘八百を。
「切嗣さんが。そっかぁ、切嗣さん世界中飛び回ってたもんねぇ」
藤ねぇ納得しかけてる。
「まさか亡くなっているとは思わなかった。久しぶりにあえると思っていたので残念だ」
「・・・そっかぁ。うん、尋ねてきた人が居ないからっていきなり追い返しちゃダメよね。生前の切嗣さんの話、いろいろしてあげるからしばらく滞在していきなさい!」
・・・説得と言うかなんと言うか。
同情だけで居住権確保っておい。
「私は藤村大河、二人の名前は?」
「む」
お、固まった。
「名前か。ふむ、名前は・・・」
考えるなよそこで。
「キャスター・エミヤさんです。なんだか向こうでお父さんに憧れて苗字まで貰っちゃったみたいで」
着替えてきた桜の助け舟。
「うむ、そっちは妹のセイバー・エミヤだ。よろしく頼む」
「なっ、誰があなたのいもむぐ!?」
「セイバー、今は落ち着け」
誤魔化せそうなのにぶち壊すな〜〜!
「はー、切嗣さんって凄い人よねぇ・・・」
・・・しかし、これで納得すると言うのも。
所詮獣か。
「士郎、今失礼なこと考えなかった?」
「へ!? い、いや別に?」
・・・鋭いぞ藤ねぇ!
「兄さん、朝食の準備は?」
「あ、ああ、ほとんど終わってる」
「間に合わなかった・・・」
衛宮家杯朝食料理権争奪戦、兄・衛宮士郎の勝利。
「それじゃ、盛り付けて並べてくれ」
「は〜い」
台所に消えていく桜を見送り、俺はとりあえず伸びを一つ。

聖杯戦争。何の因果か巻き込まれたそれが俺たちをどこに連れて行くのか。
殺し、殺される世界に落されたはずなのに、俺は何かを期待していた。
それはたぶん、親父が最後に投げかけた言葉への答えが出るのではないかと、そう思ったから。

「はい、セイバーの分」
「・・・サクラ、これは一体?」
「何って、朝御飯いらないの?」
「いえ、そう言うことではなく、あなたはキャスターのマスターであり、私にしてみればいずれ倒さねばならない相手で」
「はいはい。だからって一緒に住んでる人を無視できるわけ無いでしょう?」
「む・・・、ですが・・・」
我に返るとなんかセイバーがサクラに諭されている。何とか抵抗しようとしているようだが。
・・・しかし、出された食事から目を離してないあたり、陥落寸前だな。
「・・・サーヴァントには魔力の供給さえあれば十分なのです。別に食事は・・・、ってキャスター! 貴方は何故当然の様に食べているんですか!?」
一応、サーヴァントと言う立場は同じキャスターは藤ねえと並んで既に食事始めてるし。
「む。いや、出されたものを食べないのは失礼だろう」
「うっ」
あ、考えないようにしてたことを突かれたな。
「それとも何か。騎士と言うものは相手の礼に不義で持って応える者なのか?」
「ま、まさか! そのようなことがあるはずが」
「ならば問題ないだろう」
「・・・・・・シロウ」
・・・なあ、何で捨てられた子犬のような目で見てるんだ?
無意識に頭を掻いて、
「あー、とりあえず、今日の飯は俺が作った奴だから」
・・・いや、この返答も激しく間違ってるな。
「・・・さ、サーヴァントにはマスターからの魔力補給以外にも食事でも魔力が補給できますし。ええ、理由はそれで十分ですね」
セイバー、理論武装中。
まあ、サーヴァント=奴隷って意味だから、主人から食事を振舞われるなんてありえないって認識でもあったんだろうなぁ。
しかし魔力とかサーヴァントとか騎士とか結構致命的な言葉が並んでた気がするが。
・・・虎は食事に集中して聞いてないようなので結果オーライ、と。
「兄さん、すわって」
「ん、おう」
今日も朝食が食べられることに感謝の礼をささげ(要するに「いただきます」を言っただけだが)、食事開始。
・・・しかし来客のことも考えずに和食作ってしまったが・・・。
「セイバー、キャスター、今更だけど和食でよかったよな?」
「私は食べられれば特に拘らん」
あっさりと言うキャスター。桜がなんでか苦笑してる。
「はむ・・・?」
で、こっちはセイバー。口の中のものを慌てて飲み込み、
「わ、私も特に希望は・・・」
「えらいねぇ。好き嫌いしないのは大きくなる秘訣だよ、うん」
「あ、あの、タイガ?」
わしゃわしゃと頭を撫でまわされてるセイバー。まあ、外見年齢は桜と同じくらいだし、妹が増えたとでも思ってるんだろう。
「ですが、欲を言うならパン等の方が・・・、いえ忘れてくださいシロウ」
「じゃ、明日は軽くサンドイッチでも作ってみますね」
・・・桜、しれっと明日の権利取得宣言。
「それなら俺はクロワッサンとスープの王道コンビだ」
「む、兄さん、今日に続いてまた私に朝食を作らせない気?」
ジト目で睨んでくる妹君。
「時にセイバー。君はどちらが食べたいのだ?」
「・・・・・・キャスター、それを聞くのは酷では無いですか?」
「いっそ両方作っちゃえばいいのに」
まぁ一応、平和な衛宮家の朝だった。


「兄さん、そろそろ時間」
後片付けも済み一息ついていたところに、鞄を手に持った桜が声をかけてきた。
「シロウ、出かけるのですか?」
「ああ、学校にな」
「ふむ。では私も」
当然の様に立ち上がるセイバー。ちょっと待て。
「いや待てセイバー。学校ってのは基本的に部外者は立ち入り禁止で」
「はい」
「だからだな、セイバーも部外者だから入れない、と」
「・・・マスター、今、何とおっしゃいましたか?」
何か微妙に威圧感が。
「いや、だから入れないし連れて行けないと・・・」
「シロウ、貴方は聖杯戦争に参加するマスターとしての自覚があるのですか!?」
耳元で怒鳴られた。耳が、耳が・・・。
「いつ、どこで、どんな敵に襲われるかわかったものではないのです! ならば常にサーヴァントを身辺に控えさせ、対応できるようにするのがマスターの勤めで」
「霊体化してついていけばいいだろう?」
キャスターが冷静に突っ込みいれてきた。途端にセイバーが口篭もる。
「・・・それは、その、私は・・・」
「そんなことできるの?」
「サーヴァントは基本が霊体だ。その程度のことは軽い」
「それなら大丈夫ね、兄さん」
桜とキャスターの言葉に頷こうとするんだが、ふるふると振るえているセイバーが引っかかる。
「セイバー?」
「・・・私は霊体にはなれません・・・」
「・・・・・・何?」
思わず呆然としてしまった。だってそれ、さっきのキャスターの発言と矛盾してるし。
「ふむ。契約に問題でもあったのか?」
キャスターの質問に、セイバーは溜息をつく。
「いえ、パスも繋がっていますし、特に不具合は見当たらないのですが」
「ひょっとして、セイバー自身に霊体になるスキルが無いとか・・・」
俺のその言葉に、セイバーは渋々頷く。それを見て、キャスターの奴がぼそっと呟きやがった。
「・・・未熟なサーヴァントも居たものだ」
・・・それ、禁句なんじゃないか? 見ろ、セイバー凍ってるし。
「・・・えっと、キャスター?」
物言いたげにキャスターを見上げている桜。
「ふ、ふふふ。キャスター、私が未熟かどうか、その身でわからせてあげてもいいのですよ?」
「って、ま、待て落ち着けセイバー!?」
視線戻したら何時の間にか鎧着てるし!?
「止めないで下さいシロウ! 私を侮辱した罰としてこの無礼者を!」
「待て待て待て!」
今にも切りかかりそうなセイバーを正面から押し止める。
「まあいい。セイバー、君の分まで私が衛宮士郎をガードしよう。君は私に代わってこの陣地を守って欲しい」
「む」
「私はキャスターだからな。足場になる陣地を失うのは痛い」
どうやらセイバーにしてみれば意外すぎる提案だったらしい。固まってる。
「うん、私もそれでいいと思う」
「じゃ、決まりだな。マスターであることを隠すんなら普段どおりの生活を送ったほうがばれないだろうし」
「それはそうですが・・・。わかりました。ですがシロウ、何かあった時は令呪で呼んでください」
「ああ、わかった」
渋々と言った感じのセイバーに微苦笑を向けつつ、俺達は学校へ向かうのだった。



Interlude

全てのサーヴァントと一戦交えろ、ただし倒さずに戻ること
・・・何つー命令だ。
ランサーのサーヴァントたる俺が情報収集とはな。
で、昨日見つけたサーヴァントは5騎。
まずはアサシンか。こいつはとにかく早い。んで、気配遮断の能力が従来のアサシンより高い気もする。
マスターに容姿を話して聞かせたら『忍者』だとか言う。
何でも日本は愚か、どうも俺の生まれ故郷ですら気配遮断の達人として認識されているらしい。
それだけの信仰を味方につければ当然か、と納得した。
なら、こいつに関しては油断できん。むしろこっちから挑むことは不可能じゃねーかね・・・。
で、こいつが仕事終えるのを待って仕掛けようと待ってたら、やったらでっかいのを従えた嬢ちゃんが現れた。
でっかいほうがサーヴァントなのはすぐわかった。格好からするとありゃギリシャ系だな。
そいつがアーチャーと呼ばれてるのは聞いた。で、よりにもよってそいつがアサシン追っていきやがったから仕掛ける機会を失っちまった。
仕方なしにまあ、死人をどうするのか見届けてやろうかと思ったら、もう1人魔術師が来る。
こっちも嬢ちゃんだ。いや、最近の魔術師は若いんだな〜。
とか、場違いな感想抱いてたんだが、これが中々。二人係りとは言えほとんど死んでた人間を復活させやがった。
しかしこれならいい餌になる。嬢ちゃんには悪いが、アサシンはもう一度こいつを殺しに来るだろ。
なら、その後に仕掛ける。
そう思って遠巻きに見てたら、今度はあの嬢ちゃん、サーヴァントを召喚しやがった。
こいつはキャスター。一番訳わからねぇのがこいつだ。
よりにもよって、俺のゲイボルグを使いやがった。細微は違ったみたいだが能力は俺のゲイボルグとほとんど同じ。
で、その後に沸いたのが、この俺をして怖気を感じさせた化け物。
クラスは呼ばれてなかったが、あれはサーヴァントだ。その癖にアサシンを使役してやがった。「主」とか呼ばれてたからな。
あれは今回のルール違反だな。しかし、逆を言えばルールを侵せる能力を持ってるってことにもなる。
最後に、セイバー。
あの正体不明の奴の攻撃を、突然現れていなしやがった。
見えない剣を振るってたが、あれはやりづらいな。
・・・で、参ったことにキャスターとセイバーが離れてくれやしねぇ。
アサシンはあの正体不明の奴と一緒にどっか行っちまったし。
あー、アーチャー狙ってれば良かったぜ・・・。
令呪の縛りがある以上、全員と一回戦う必要があるんだが、一晩空けてようやくキャスターとセイバーが別行動になった。
・・・ヤドリギの枝でしばかれてたキャスターには少し同情したけどな。あれは痛え。
さて、セイバーかキャスターか。
ゲイボルグを使ってたことが気になる。まずはキャスターを狙うか。

        Interlude Out




Side 桜

授業中。黒板の板書に集中。
「間桐先輩まだ見つからないんだって・・・」
「うっそ・・・、もう4日目でしょ・・・?」
そんな話し声が聞こえてきた。
そっか、まだ見つかってないんだ・・・。
間桐慎二先輩。10年前までは私の兄だった人。
後継者たろうと頑張るあの人の席を掠め取る形で、その後継者に据えられた、間桐の長男。
そのことに気づかれる前に私はあの火災に巻き込まれ、間桐桜は行方不明となった。
再会したときは兄さんの親友として。私はすぐにわかったけど、向こうは気づかなかった。
私が今も衛宮の家に居られるのはそれも理由の一つなんだろう。
と、視界の端に何かが移る。
・・・虫!?
「ひゃああ!?」
「・・・どうした衛宮?」
「あ、その、あの、虫が・・・」
葛木先生は表情一つ変えずに私の席の近くに来ると、虫を追い払ってくれた。
・・・ようするに、これが私、衛宮桜の最大の弱点。
間桐の老魔術師は私を虫の牢獄の中に繋いだ時期もあった。
幼い時機だったし一応は貴重な後継者だったから、命に関わるほどの責め苦まではなかったけど、心理的外傷を残すには十分だったわけで。
結果として、虫を見ただけで悲鳴をあげて飛びのいてしまうようになってしまった。
「・・・はぁ」
一息つくと、情けない悲鳴をあげてしまった私を周囲の生徒が見ている。
・・・あう、恥ずかしいところを見られてしまった・・・。
「虫が苦手なのか?」
小声でキャスターが尋ねてきた。霊体なので誰にも見えては居ないだろうけど、だからこそ話し掛けられると驚く。
「うん、こればっかりはね・・・」
「・・・ふむ」
と、チャイムが鳴る。授業はお終い。
「桜、折角の休み時間だが、サーヴァントの気配だ」
「え、また・・・?」
また、と言ってしまったのは学校に入ってすぐキャスターがサーヴァントの気配を察知したせい。
マスターはよりにもよってというか、遠坂先輩だというし。
先輩はあの時の魔術を見ても優秀な魔術師だと思う。たぶん私がサーヴァントを連れていることも気づいているはず。
身近にサーヴァントが居ない兄さんはまだ大丈夫だと思うけど。
で、キャスターが報告してきたサーヴァントはまた別のものなんだろう。
「こちらを挑発しているな。桜、手鏡を出せ」
言われたとおりに手鏡を出し、キャスターの指示どおりに傾ける。
見えた。青に身を包んだ赤い槍のサーヴァント。
「十中八九ランサーだな。どうする?」
「屋上に。無視すると教室の皆が巻き込まれちゃうかもしれないし」
「・・・了解した。衛宮士郎はどうする?」
「すぐに気づかれると思うけど、今は黙っておいて」
「ふむ」
ざわめく教室を学食に向かう生徒の流れに乗って抜ける。でも行き先は反対。
階段を上り、屋上の扉を開く。
「キャスター、出て」
その言葉を合図に、キャスターが再び実体化した。視線はランサーのほうに。
そのランサーは軽い身のこなしで私達が立つ屋上の上に飛び込んでくる。
「よう、クー・フーリン」
その言葉に多大な揶揄を含ませて、ランサーはキャスターに言ってくる。
「残念だが人違いだ。しかしそう言うということは昨夜遠巻きに観察していたサーヴァントは君か」
「まぁな」
ランサーは赤い槍を手にキャスターを睨みつけている。
あの赤い槍、キャスターが昨夜使ったものとよく似ている。たぶん、あれがオリジナルのゲイボルグ。
ということは、さっきランサーが口にしたのは自分自身の真名ということになる。
自分と同じ武器を使ったキャスターに興味を持って挑んできたということなのだろうか・・・?
「あなたは、ランサーですか?」
昨日のアサシンや影使いの女性に負けず劣らずな重圧を堪えながら、私は必死で口を開いた。
「ああ、それがどうかしたか?」
「それならランサー、少しだけ待ってもらえますか?」
「あん?」
「逃げる気は無いけど、目撃者は減らしたいんです」
私の言葉に、ランサーは苦笑を浮かべて槍を少し下ろしてくれた。
『―――此処は籠のうち。しかして籠の内には外より入れず、外には内より出ずる籠なり。此処は籠であり籠にあらず。しからば此処は我が領域、我が庭園、我は此処を我らの場所と成す―――』
紡いだ呪文が屋上を今此処に居る人たちだけの領域にする。
外からは入れず外からは見えない、隔離の結界。
「終わったか?」
「・・・はい」
「桜、下がっていろ」
キャスターの手には何時の間にか双剣が握られている。
「ゲイボルグじゃねぇのか?」
「槍の専門家相手に槍で挑むのは愚行だろう」
「はっ、キャスターが剣を握るってのも愚行って奴だと思うぜ」
「違いない、が、私をただのキャスターと侮るな」
その言葉と同時、赤と青のサーヴァントがぶつかり合った。見失いかけ、慌てて視覚を強化する。
それでもランサーの槍は赤い閃光にしか見えないし、キャスターの剣は魔術師というクラスに似合わない鋭さを見せている。
これがサーヴァント同士の戦い・・・。
と、キャスターがランサーの一撃に押されて飛びのいた。
「キャスター!?」
「ふむ、やはり魔術師のクラス特性故に耐久と敏捷が落ち気味か」
「え・・・」
ああ、そうだ。キャスターというクラスはもともと接近戦には秀でていない。
「キャスター」
「だが心配するな。この身はキャスター。ならば足りない部分を補うものは十分に承知している。魔術師としては初歩の初歩だ」
「あ・・・」
そう、あまりにも単純。
つまり、足りない部分は魔力で補う。
「同調、開始(トレース・オン)」
兄さんと同じ存在ゆえに、一字一句違わない兄さんの呪文。
それによってなされたのは、間違いなく体の強化。
「ほう、何をしたんだ?」
「ちょっとした手品だ」
キャスターは不敵に笑い、呟く。
そして、今度は自らランサーに向かっていく。強化した視覚でも追えない速さ。間違いなく、さっきより早い。
「ちぃ!」
ランサーの舌打ちが聞こえた。赤い槍はキャスターの双剣を悉く弾く。
剣の間合いのはずなのにランサーは傷一つ負わない。それどころか、
「ぬぅ!」
「つっ」
キャスターを押し返し、槍の間合いに持ち込む。
赤い魔術師は間合いを広げる寸前、双剣の片方を投げはなった。
「甘え!」
軽くそれは弾かれる。追撃。早い。
青い疾風が放った赤い閃光がキャスターの腕を掠める。なのにキャスターの顔には僅かに余裕の表情。
「!」
ランサーがとっさに槍を動かし、柄尻で『戻ってきた』双剣の片割れを弾く。
「矢避けの加護か。そういえばそのようなものもあったな」
「ちっ・・・。貴様何もんだ? 俺以外にゲイボルグを使い、双剣を使い、そのくせクラスがキャスターだと?」
「あいにく知名度の低い英霊でな」
キャスターの不敵な笑み。当然だ。この人は未来に英霊になる人なのだから。
と、あのラインが動いた。兄さんが来ている。
「邪魔が入りそうだな。ランサー、ここは退いてくれんか?」
「あん?」
「下手をすると三つ巴だ。そう言う戦いは君が望むものではないだろう」
ランサーは舌打ちすると、
「キャスター、てめぇの化けの皮、ぜってー剥がしてやる」
「楽しみにしておこう」
ランサーが屋上から飛び去る瞬間、ドアが開いた。



第一話 契約(2) 完

7: (2004/04/16 04:05:50)[TEN]



Side 士郎

「衛宮、すまんがから揚げをもらえんか?」
肉の無い弁当を抱えて渋面の一成。俺は苦笑まじりに一成の差し出した弁当箱の蓋にから揚げを乗せてやった。
「毎度のことだが、やはり成長期に肉を取らないのは拙いと思うのだ」
「だろうなぁ。坊さんも体が資本だろうしな」
「うむ。それに既に食料としてここにあるのなら食べてやることこそ供養。喝」
相変わらず固い奴だ。
柳洞一成。間桐慎二と並んで、俺の親友。もっとも、一成と慎二はあまり仲が良くないが。
が、それでも。
「しかし、間桐はどこに消えたのやら。衛宮、家に誰も居なかったというのは本当なのか?」
「ああ」
そう、あそこには人間は居なかった。正確に言うなら、人間が生活できるような空気が無かったと言うべきか。
予想は十分に出来る。つまり、慎二はあの場にいたアサシンの主に殺された、ということ。
認めたくは無いが、それが一番可能性がある。
「・・・ただの杞憂ならいいんだけどな」
「うむ。間桐は不埒な遊びが過ぎる。以前から控えるように言っておいたにも関わらずこれだ」
一成は一成なりに心配しているのだろう。
その言葉に苦笑を浮かべて、直後。
桜とのラインが動くのを感じた。
「衛宮?」
「すまん、一成。急用ができたらしい」
「む、そうか」
「昼休み中に戻れるかわからん。弁当は食ってしまってていい。あと、次の授業に遅れたら適当に言い訳頼む」
そこまで言って、生徒会室を飛び出す。
ラインを追う。目指すは屋上。
と、同じように階段を慌てて駆け上ってきた1人の女生徒とぶつかりそうになった。
「うわ!?」
「とっ! 衛宮君・・・!?」
遠坂だ。なんかえらく慌てている。けどそれはこっちも同じ。
「すまん遠坂!」
それだけ言って走る。が、足音が離れないのは何でだ?
「な、何で遠坂もこっちに来るんだ!?」
「私も用があるのよ!」
怒鳴り返された。っていうか、あの遠坂が怒鳴るって何事!?
屋上のドアの前についた。ノブに手をかけ、押す。開かない。
「結界・・・! 桜、どういうつもりよ・・・!」
「な・・・、遠坂?」
「何? 私が魔術師だって聞いてないの!?」
「魔術師って、遠坂が? 初耳だぞそれ!」
遠坂が一瞬しまった、という顔になったがすぐに戻る。
俺を押しのけてノブに手をかけ、押したり退いたり。だがびくともしない。
「隔離結界・・・! 私より結界の術式上手いじゃない・・・!」
遠坂がドアの周辺を触ったりなどしている。
「ちょっと衛宮君、なにぼさっとしてるのよ!」
「桜が結界張った理由を考えてるんだ」
「そんなの、サーヴァント同士の戦闘のせいに決まってるでしょう!?」
思わぬ言葉に俺は遠坂を見つめてしまった。
対して遠坂も、先ほど以上にしまった、という表情を浮かべている。
「わかった、遠坂どいてくれ」
遠坂を脇に押しのけるようにもう一度ドアノブを手にする。
「・・・同調、開始(トレース・オン)」
魔力回路を走らせる。構図を読み取る。俺が一番最初に出来るようになった解析(リード)術。
それを桜の張った結界に走らせる。結界術式の構図を解析。
他者の魔力を阻む反発力が俺の魔力を逆流させる。が、その反発力すら解析。
微細な隙間を縫って、結界の全貌を把握。
「術式、『変化』」
強化と投影。それが俺の得意とする魔術。だが、本来はその間に存在するもう1ステップがある。
それが変化。既存の物体を魔術で書き換え、望みの品にする魔術。
これに関してはあまりやったことが無い。だが、出来ないわけじゃない。
桜の張った結界の術式を少し書き換える。
結界の性質を変えず、このドアだけを開くように。
「同調、終了(トレース・オフ)」
成功。やはり本番には強い。
「衛宮君、あなた・・・」
遠坂の言葉には答えず、俺は屋上へのドアを開け放った。
キャスターの後ろに控える桜。そして、二人に相対する青の槍使い。
が、ランサーは俺たちを一瞥した後すぐに立ち去った。
「桜!」
「兄さん、それに遠坂先輩も」
桜は冷や汗に濡れた額を拭いながら振り返る。キャスターは一応、桜の脇で武器を手にもったまま立っている。
「・・・出来れば何かの間違いであって欲しかったんだけど」
遠坂の冷たい声が聞こえてきた。
「桜、貴女もマスターに選ばれてたのね」
「遠坂先輩・・・」
キャスターが俺の前に出てきた。下がれといっている。
「桜、警告よ。聖杯戦争から降りなさい」
「・・・それは出来ません」
「なら、戦うことになるわ。言っておくけど私のサーヴァントにはまず勝てない」
遠坂の自信に満ちた言葉。
「遠坂・・・」
「衛宮君、貴方はどうなの? 妹が生きるか死ぬかの戦いに身を投じることは反対?」
・・・痛いところを付いてくる。そんなこと賛成な訳ないだろう。
でも、危険だから、ってだけで妹のやりたいことを邪魔するのは間違いだろう。
「納得なんかしてない。でも、誰に似たんだか頑固者なんだよ、うちの妹」
「どういう意味? 兄さん・・・」
半眼で睨みつけてくる桜から目を逸らす。
「わかったわ、出なさい、アーチャー」
同時に、屋上の石畳を巨体が踏んだ。
「・・・でかい」
そう、それが真っ先の感想。
「ギリシャ神話の英雄か。その特用的な服装はよくギリシャ神代を描いたものに用いられているからな」
肩から腰に巻きつけるように纏った布。確かにギリシャ神話の本ではよく見る姿形だ。
「アーチャー、お願いね」
「任せておけ」
巨体の弓兵はその手に巨大な石斧を手に討ちかかってくる。キャスターはそれを双剣で力を逃がすように受け流す。
だが、それだけで双剣がひび割れた。
「ちっ」
こいつはやばい。キャスター1人では止められない。令呪に目を走らせる。
「使うな、衛宮士郎」
キャスターの声。
「彼女は気づいていない。ならば今は伏せろ」
それが俺の令呪であり、サーヴァントのことだとはすぐにわかった。
「でも、キャスター!」
桜の声は巨体が石床を蹴る音で消された。キャスターはその巨体の足元をかいくぐる。
「・・・あの動きで魔術師(キャスター)? 詐欺じゃないの・・・?」
遠坂のぼやきのような声が聞こえてくる。
キャスターはひび割れた双剣を投げつけると、その手に今度は弓を呼ぶ。
間違いない。あれは投影魔術。キャスターは間違いなく魔術師だ。
「今朝のやり取りで思い出した」
不敵に口にした言葉。その後、キャスターが呟く。
「――体は剣でできている」
同時に、弓に番えられたのは木の枝のような不恰好な矢。
だが、アーチャーはすぐさま動きを止めた。
わかる。あれは『あれ』だ。

「――光を殺す光の矢(ミストルティン)」

枝が黄金色に輝き、放たれる。アーチャーはその矢をその石斧で受け止めた。
光の神バルドルを殺したミストルティンは、元々はヤドリギの若枝。
そしてそのヤドリギも本来はある時機になると黄金色に輝くという光の性質を持っていた。
故に、ミストルティンは光を殺す光。伝承では矢であり槍であり杖であり剣でもある。
「ぬおおおお!!」
が、巨人は渾身の一刀でその一撃を逸らした。
「・・・ミストルティンを使うとはな。貴様、何者だ」
ミストルティンの担い手は生み出したロキ、もしくはバルドルにそれを投げつけた盲目の兄弟ホズ。
だが、ロキは特異ながらも神の1人。ホズに至っては、キャスター自身が盲目ですらない。
「よく聞かれるが、あいにく答えたことがない」
「であろうな」
巨人は石斧を捨てた。そして、その手に弓を取る。
やばい。あれも拙い。だがどうする?
「だが、神殺しの魔剣を使う相手に加減は出来ん。キャスター、覚悟を決めよ」
「・・・その弓、君は」
「アーチャー、本気!?」
遠坂の声が聞こえる。

「――射殺す百頭(ナインライヴス)」

刹那、九つの閃光がキャスターに襲い掛かる。
死ぬ。キャスターはあれで死ぬ。そんなのを。
「キャスター、『守って』!!」
桜の声が聞こえた。瞬間。

「――熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

キャスターの力強い声と共に、薄紅色の花びらが広がった。
そう、これが本物。否。本物に限りなく近い模造品。
九つの閃光がアイアスの盾をずたずたに切り裂いていく。だが、それは桜の言葉どおりにキャスターを守りきった。
「・・・桜、援護感謝する」
キャスターが珍しく恐々とした声で言った。
「令呪か・・・」
「・・・桜、あなた・・・」
「先輩、私、引けないんです。聖杯が欲しいわけじゃない。でも、聖杯という言葉に感じる因縁めいたものを確かめたい。だから」
その言葉に、遠坂が息を飲む。
「凛、下がれ。このマスターは自分からは降りん」
「けど、アーチャー」
「この身は12の試練を越えた者だ。ならばこの程度の試練を超えられぬわけがない」
ナインライヴス、そして12の試練。
ギリシャ神話でこれに該当する存在はただ1人、半神半人の英雄、ヘラクレス。
「・・・わかった」
遠坂が下がる。
「・・・先輩は、退いてはくれないんですか?」
「あいにくとね。聖杯を手に入れるのは、一応遠坂の悲願なのよ」
桜は唇を噛む。
その顔を見て、さっきからうめいていた何かがはっきりと形をなした。
何で知り合い同士の殺し合いを黙ってみてないといけない。
「・・・投影、開始(トレース・オン)」
止めてやる。何が何でも。
知り合いが死ぬのを見るなんて真っ平だ。正義の味方を目指すとか、そんなの以前に。
「・・・!?」
「いい加減にしろ、お前ら!!」
投影したのはたいしたものじゃない。どこにでもあるような剣だ。
それを、二人の間に叩き込む。
「っ!?」
「な」
アーチャーとキャスターが固まる。
「衛宮君、どういうつもり!?」
「どうもこうもあるか! 知り合いが殺しあってるのを見て止めるなってのか遠坂は!」
「馬鹿じゃないの!? これは魔術師同士の戦いなのよ!? 貴方も魔術師ならそう言うのは理解して」
「理解してるけど納得できるか! いいか、俺が見てる限り桜にも遠坂にも殺し合いなんてさせねぇ!!」
ああもう、自分で何言ってるかわからない。
だが、それでもこの馬鹿げた戦いを止めたいことに変わりはない。
と、アーチャーが俺の前に立った。
「・・・っ」
「・・・少年、名は?」
「え?」
「名はなんと言う?」
「・・・衛宮士郎」
「エミヤ・シロウ・・・。ではエミヤ、この場はお前に預かってもらおう」
意外すぎる言葉にむしろ俺のほうが面食らった。
「な・・・」
「蛮勇なほどの勇気に敬意を表す。次はもう少し考えてやることだ」
「ちょっと、アーチャー!?」
「凛、戦いを止める理由が見つかったのだ。おとなしくこの場は引いておけ」
「・・・むぅ」
巨体に諭されて、遠坂がむくれている。
と、桜が俺の横に並んできた。
「・・・遠坂先輩」
「何よ」
「ありがとうございます」
頭を下げた桜に遠坂が固まる。
「本気で私達を倒すつもりがなかったでしょう?」
「な、何を根拠に」
「アーチャーが宝具を使ったときに、先輩も令呪で支援すれば、私達の負けでしたから」
遠坂があっけに取られてる。あれは考えても居なかった、って顔だな、うん。
「だから、ありがとうございます。助かりました」
嫌味じゃないんだよな、これ。見ろ、本気で笑って礼を言ってる・・・。
遠坂は頭を振ると、アーチャーを霊体にもどした。
「・・・桜、次はないからね」
その言葉を最後に、屋上での激戦は幕を閉じた。





第一話 契約(3) 完

8: (2004/04/16 04:13:41)[TEN]

サーヴァントが揃い出したのでパラメータを乗せておきます。

セイバー:アルトリア
 マスター
  衛宮士郎
 宝具
  約束された勝利の剣(エクスカリバー)
  アーサー王として知られる騎士王。
  士郎の体に埋め込まれたエクスカリバーの鞘により召喚された。
 備考
  彼女に関してはほぼ原作どおり。
  魔力のパスは通っているため、原作よりは燃費がいい・・・はず。


アーチャー
 マスター:遠坂凛
 筋力:B 魔力:B 耐久:B 幸運:C 敏捷:A 宝具:A+
 技能
  戦闘続行:A 心眼(偽):B 勇猛:A+ 神性:A
 宝具:射殺す百頭(ナインライヴス)
    十二の試練(ゴッドハンド)
 詳細
  不器用だが優しい大男。何故凛が召喚できたのかは多分運。
  非常に珍しく、ここ一番でいいカードを引いたらしい。
 備考
  原作のヘラクレスと比べると、狂化が解けているためランクがほぼ全能力一つ落ちている。
  そしてアーチャーと言うクラスのためか、筋力がさらにランクダウン、敏捷がランクアップ。
  ナインライヴスを使えるため、宝具のランクだけは上がっている。


キャスター:エミヤシロウ
 マスター:衛宮桜
 筋力:D 魔力:A+ 耐久:D 幸運:E 敏捷:C 宝具:??
 対魔力:C 陣地作成:EX 道具作成:EX
 技能
  千里眼:C 魔術:B 心眼(真):B
 宝具:無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)
 詳細
  並行世界の衛宮士郎が戦いの果てに英霊となったもの。
  衛宮の名と凛から譲られた宝石のために桜の元に召喚される。
  桜の「聖杯が何なのか確かめたい」という思いも一因。
 備考
  原作の英霊エミヤより、クラスの違いで魔術系の能力が高い。
  が、反面耐久と敏捷が1ランク落ちている。
  キャスターのクラス能力がEXなのは固有結界と投影との相性がいいため。


ランサー:クー・フーリン
 マスター:???
  刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルグ)
  飛び穿つ死翔の槍(ゲイボルグ)
 詳細
  不遇の英霊(ヲイ
 備考
  彼に関してもほぼ原作どおり。


バーサーカー:???
 マスター:間桐慎二(取り込まれている)
 筋力:D 魔力:EX 耐久:C 幸運:D 敏捷:C 宝具:EX
 狂化:A+(理性を持ちながら狂化の能力を使える) 対魔力:EX(魔法でなければ傷つかない)


アサシン:???
 マスター:???
 筋力:B 魔力:D 耐久:C 幸運:C 敏捷:A+ 宝具:D
 気配遮断:A+
 技能
  投擲(投具):B(投げるのに適したもの全てを弾丸として放つ能力)
  忍術:C(現実では使えないが、信仰のため火・雷・水の三種の忍術を扱う)
  心眼(偽):B
  カリスマ:D(少数の部隊を指揮する能力)


アサシンだけは間違いなく独自キャラです。佐々木さんは出てきません。よって地蔵も無し(ぇぇぇ


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