深夜の海浜公園。
運命に導かれ彼らは出会う。
メイド、もといキャスターのマスターである早瀬 修一郎
そしてライダーのマスターである間桐 慎二。
決して相容れない2人がぶつかり合う。
第五回聖杯戦争で最も過酷で熾烈を極めたと噂される戦いが始まった。
「照れ恥ずかしさをかもし出す雰囲気、猥褻じゃないのに猥褻。これこそ漢が求める永遠のテーマ!萌えを語らずして何を語る!!」
「萌えよりもなによりも愚息を刺激する肉欲へのいざない!!これが漢として生まれたからには一番求めるものだ!!回りくどさは必要ない!!」
「く、この下半身でしか物事を語れない盛りのついたガキめが!!」
「ふん、頭までどっぷり萌えに浸かった非生産的だめ男め!!」
「貴様みたいなのが■■■■になるのだっ!!」
「おまえみたいなのが増えるからこの国の人口率低下に歯止めがかからないんだっ!!」
なんだかダメっぽい。
出会った瞬間に彼らはお互いが決して理解しあえないことを即座に悟った。
そして続く罵詈雑言の嵐。
傍らで控えるキャスターとライダーは暗い顔でそんな2人を見ている
そんな彼女らの思いは一つ。
「「お互い、マスターには恵まれてないわね」」
理解しあえないマスターをよそに2人のサーヴァントはお互いの立場に深く同情した。
「はぁはぁはぁ」
お互いに肩で息をする。いいかげんにボキャブラリーがなくなってきたために休憩中である。
「ふん、僕はこういうこともできるんだぜ」
先に動いたのは慎二だった。ライダーに近寄りその魅力的なふとももに頬をすりすりする。
ライダーがとても嫌そうな顔をしたのは言うまでもない。
「く、確かにそれは羨ましい」
ギリと奥歯を噛み締める。ライダーのふとももは彼にもまぶしかった。
「ならばこちらは膝枕で耳掃除を・・・」
「嫌です」
即答するキャスター。それを信じられない顔で見つめる修一郎。
「なっ、キャスター!! 君はこの戦いに敗北してもいいというのか!?」
「どこが戦いなんですかっ!!」
吹っ飛ばされる修一郎。慎二の頭上を飛び越え海に落下。すさまじい水しぶきがあがる。
「キャスター、君にはわからないのか。メイドの膝枕で耳掃除をしてもらえるという漢の夢が」
「そんな夢はドブにでも捨ててください」
這い上がってきた修一郎を蹴り落とすキャスター。再び暗い夜の海に沈んでいく修一郎。
「はっ、ははははは・・・!! なんだ、仲間割れかよ。自らのサーヴァントさえ制御しきれないなんてね。ちょうどいいや、衛宮の前の前哨戦だ。ここでメイドには退場してもらおうか」
呆気にとられていた慎二だがそう言ってライダーから離れる。ライダーがゆっくりとキャスターに近づく。接近戦では明らかにキャスターの方が不利だ。
「あなたとは深く分かり合えた気がしますがすみません。ごめんなさい。マスターの命令です」
頬を流れ落ちる涙。ライダーは泣いていた。分かり合えた友を自らの手で殺さねばならないことに。
そして、もうマスターに振り回されなくて済むキャスターに。
「せめて痛くないように一瞬で消滅させてあげますね」
武器を構える。鎖の付いた巨大な釘がピタリとキャスターの心臓に狙いをつける。
「くっ・・・」
唇を噛むキャスター。この距離、そしてライダーというクラスの機動性を考えれば回避は不可能。彼女の聖杯戦争は結局、最悪のマスターに振り回されて終わることになるのか。それが悔しくて、悲しくて彼女はただライダーを睨みつける。
が、その時。
「まだだ! まだ終わりじゃないぞキャスター!!」
海中から飛び上がってきた修一郎はそう言ってキャスターを抱きかかえて横に飛ぶ。わずかの差で釘は何もない空間を過ぎる。
「来いっ!漁師!!」
着地と同時に修一郎が叫ぶ。腕の令呪が輝き、今、漁師、もといランサーのサーヴァントが召喚される。
「なっ、2人目のサーヴァントだと!?」
驚愕の声を上げる慎二とやはり驚きを隠せないライダーの前にランサーは出現した。
「な・・・・」
その姿に慎二、ライダーはおろか召喚した修一郎、キャスターまでもが言葉を失う。
ランサーは全裸だった。
深夜の海浜公園。
そこで全裸で腰を前後に激しく動かす一人の男。
その名はランサー。
サーヴァント・ランサー。
股間の「ゲイボルク」は伊達じゃない。
突くことならば誰にも負けない。
休むまもなく突き続けるぜ。
そんな脳内ソングが流れ出そうなその姿。
恍惚とした表情で腰を振り続けるその姿。
幾多の戦場を駆け、多くの敵を倒した英雄はここにはいない。
ここにいるのは、そう――――――――
ただの「変態」だった。
緊迫した場は一瞬にして崩壊した。
気が付かずに腰を振り続けるランサーをよそに残された2人のマスターと2人のサーヴァントはそれぞれ目の前の事実を受け入れようと懸命に頭をめぐらせる。
「な、な、な・・・」
声にならない声を上げるライダー。
彼女の中ではさまざまな妄想がよぎりすぎていく。顔はすでに耳まで赤く白い素肌と合わさってひどく目立った。
「ぼしゅう」と湯気たてて倒れこむ寸前といった状態だ。
「〜〜〜〜〜〜〜!!!」
こちらも声にならないキャスター。
見ないようにと顔を手で隠しているがその指のすきまからしっかりと「ゲイボルク」は見ている。
やはり耳まで赤い。そのエルフ耳は「ふにゃり」と垂れ下がっている。
メイド服でそんな状態のキャスターさんは誰がどう見ても乙女だ。
ええ、誰がどう見ても。その妄想が■■■■並みだったとしても。
「くっ、こんな、こんな不公平なことってあるのか!?」
慎二は歯をギリッと噛み締めて「ゲイボルク」を睨みつける。
たとえて言うなら500ミリペットボトルと単三電池。
彼のコンプレックスは伊達じゃない。
余談だが衛宮士郎との確執は昨年の弓道部夏合宿の風呂場が最初だったらしい。
涙を流しながら慎二は「ゲイボルク」を睨みつけていた。
「ふっ、まだ青いな・・・」
と少し余裕の表情を見せる修一郎。
しかし、彼はある事実に気がつき表情を急変させる。
うつむき拳を握り締める。爪が食い込み破けた皮膚から血がポタポタとアスファルトに落ちた。
再び顔を上げた彼の目からは血の涙が流れていた。
そして彼が顔を上げた瞬間、それは起こった。
闇を流れる白い、白い――――――――――
「いけ!ライダー!!」
「いけ!キャスター!!」
2人のマスターは同時に叫ぶ。
「この変態!!」
「女の敵!!」
しかしそれよりも早く両サーヴァントは動いていた。
驚くべきことにキャスターの敏捷力はこの瞬間ライダーと並んでいた。
ランサーは美綴綾子を送っていこうと夕方マンションを2人で出た。
その後、映画を見て、食事をして―――――
彼らの姿は新都の一角にあるホテル街へと消えた。
ちなみにこの光景を穂群原学園関係者に見られて後々問題になるのだが
それはまた別の話である。
そしてそれはある少女に大きな焦燥をもたらすのだがそれもまた別の話。
我にかえったランサーが最初に見たものは
キャスターの振り上げたフライパンがわかっていても避けられない神速でせまりくる光景だった。
その後、キャスターとライダーによる「2月粛清の夜」と言われることになる血の宴が始まった。
ランサーがボコボコに蹴られながらも何故か微妙に嬉しそうだったのは秘密である。
その横で
「やっと思い通りになる力を手に入れたんだ!!それなのに、それなのにッ!!」
「女子○生―――――――――――!!」
「なんでそんなにも世界は不公平なんだっ!!」
「畜生! 畜生!!」
などと泣き叫びながら壮絶な殴り合いを始める男たちがいた。
その姿は美しかったがどこか間違っている気がしてならなかった。
「はぁ、はぁ」
「はぁ、はぁ」
ライダーとキャスターはそろって肩で息をする。その足元ではピクピクと痙攣しているランサー。
その後ろではマスター同士の戦いも終わりを告げようとしていた。
「マスター無双正拳突き!」
「早瀬流奥義・無双乱舞!!」
わけのわからない必殺技名を叫び慎二をボコボコにしていく修一郎。
「止めないのですか?あなたのマスター死にそうですよ」
キャスターの問いに疲労を滲ませながらライダーはつぶやく。
「・・・もう疲れました」
「ライダー・・・」
「キャスター・・・私はもう疲れました。ここであなたのマスターが終わりにしてくれるならそれでかまいません」
「ライダー・・・!!」
ひっしっと抱き合う2人。彼女たちはしっかりと友情を確認した。
絵になるなぁ・・・といつの間にか復活したランサーはこそこそと撤退する。
仕切りなおし発動。
「げふっ!」
止めとばかりに放ったアッパーが慎二の意識を刈り取った。アスファルトに崩れ落ち動かなくなる。
「結構強いじゃねぇか。こりゃ、ボーズも相手が悪かったな」
ランサーがそう言いながら慎二の着ているものを剥がしていく。代わりに着るらしい。もっともサイズが違いすぎるからそれはそれで怪しい。ランサーから漁師に、漁師から変態にクラスチェンジを繰り返す彼の最終クラスは何になるのだろう。
「俺はタ○ガー・ジョーと拳で友情を交わした男だからな」
意味不明の言葉を吐いて襟を正す。と、慎二の足元に一冊の小さな本が落ちているのを見つける。
「なんだ、これ?」
「なんだ、これ?」
抱き合っていたライダーとキャスターが振り返る。そこには小さな本を手にした修一郎の姿があった。その本を目にした瞬間、ライダーの顔が真っ青になる。
「だ、だ、駄目です! それを見てはいけません!!」
キャスターを置いて修一郎から本を取り返すべく駆け寄るが
「調べ終わったら返すからちょっと待て」
修一郎の言葉にピタリと足が止まる。
それ以上どうあがいてもライダーは修一郎に近寄ることすらできない。
「駄目です!それ以上その本を見てはいけません。だめです!!」
泣き叫びながら訴えるライダー。その様子を見たランサーがニヤリと笑う。
「なんか重要な秘密があるみたいだぜ、よく調べた方がいい」
「ふむ、まぁ、中を見ればわかるだろう」
修一郎はそう言って本を適当に開く。
「だ、だ、駄目です!!見ないで、見ないで―――――――――ッ!!!!」
半狂乱になりながら叫ぶライダー。そんなライダーを不思議そうに見るキャスター。
しかし、ライダーの叫びも虚しく。
「えーと、『・・・今日はとても綺麗な星が出ていたの。流れ星が流れないかなーって思っていたら本当に流れ星が・・・急いでお願いしたけど2回しかお願いできなかったの。流れ星さんのい・ぢ・わ・る』」
「『かわいいネコが歩いていたので見たら石化しちゃった。メーちゃんのお・馬・鹿・さ・ん(ハート)』」
「『いつか私を白馬に乗った王子様が助けにきてくれるの。それまでファイトよメーちゃん!!
それを信じる限り辛いことがあっても乗り越えていけるの』」
「『しくしく、いくら騎乗スキルで魔獣にも乗れるからってケダモノには乗りたくなかった。メーちゃん汚されちゃった。しくしく』」
次々と内容を読み上げる修一郎。
周囲の空気が重くなる。夜の帳は更に暗く。
「・・・これってさ」
本から顔を上げた修一郎はライダーを憐憫の目で見た。
白くなったライダーがギギギギ・・・と音を立てて首を動かすと
ランサーも同じような目で彼女を見ていた。
更にゆっくりと向きを変えてキャスターを見た。
同じように憐憫をたたえてライダーを見ていたキャスターはライダーと目が合うとさっとあわてたように視線を逸らした。
それが引き金となったのか
「いや――――――――!!!! もう殺して――――――ッ!!!お願いだから殺して――――――――――ッ!!!!!」
「うわっ!!待て、待つんだッ!やめろ、その釘を持つ手を離せ!!」
「お、落ち着けよ、な、な、なっ!!」
「ラ、ライダー、落ち着いて、ネッ。やめてそんな危ないこと」
「いや―――――――ッ!! 離してッ!!! お願いだから死なせて――――――――ッ!!」
「頼むから自殺なんか思いとどまってくれメーちゃん!!」
3人がかりで釘を胸に突き立てようとするライダーを止めることになったのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・落ち着いたか。メーちゃん」
「ひくっ・・・ぐすっ・・・は、はい」
何とか泣き止んだメーちゃんもといライダー。落ち着かせるまでが大変だった。修一郎はボロボロになっていたしランサーはアスファルトに埋まってピクピクしていた。いや、怪力B持ってるし。
自殺を思い止めるためにランサーが死にかけている状況は無視された。だって変態だし。
「もう泣かないでくださいね。そんな死ぬなんて簡単に言わないで」
そう言ってメイド服のキャスターは後ろからメーちゃんやさしく抱きしめる。ちなみに彼女はケガ一つない。メイド服は汚れ一つ彼女に許さなかった。
「不公平だ・・・」
埋まっているランサーがつぶやいた。
ランサー、メイド服に敗北は許されないのだ。などとわけのわからないことを心の中で返答しながら修一郎はトランクから布を取り出してライダーに渡す。
「これで涙を拭きなさい。せっかくの美人が台無しだぞ」
微笑みを浮かべた修一郎の顔はキャスターとライダーがちょっぴり引かれるぐらいやさしげだった。
ちょっと赤みを差した顔で布を受け取るライダー。
ブルマーだった。
今宵再び修一郎は空を舞った。
「ライダーのサーヴァント、真名メドゥーサといいます。以後よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げるライダー、いや、メーちゃん。
「こちらこそよろしく」
そういって握手を交わすメイド服のキャスター。
「いや、あのね、マスターは俺じゃないかなぁ・・・と思うのだけど・・・」
小声でつぶやく修一郎をキャスターが睨みつける。
その眼力は修一郎を硬直させるほどだ。いつの間に魔眼を身につけたキャスターよ。
ガクガクプルプル震える修一郎の左腕にはライダーの令呪がしっかりと付いている。
「サーヴァント三人を現存させる魔力を持つなんて・・・規格外の魔力ね」
「真の漢ならコミケに1度行けば10年は戦える魔力を持つ・・・ふふ、ジ○ンはあと十年は戦えるのだよ。いや、戦えたのに・・・」
キャスターの問いにわけのわからないことを答えて遠くを見つめる修一郎。その目には何が映っているのだろう。滲んでいる目も不気味だ。想像したくない。
「で、兄貴。メーちゃんが仲間になったのはいいとしてコイツはどうする?」
ランサーが足元で未だ気を失っている慎二をちょんちょんと蹴りながら言う。さすがに他人のパンツは嫌なのかパンツ一はつけていた。ちなみにそれ以外は財布も何もかもランサーが頂いている。
「うーん。メーちゃんはどうしたい?」
ライダーに振る修一郎。
「・・・つぶしますか」
静かなそれでいて激しい怒気を燃やしてライダーは拳を握る。その姿に股間を押さえて震える男2人。
「ねじ切る、というのもアリでは?」
「アリですね」
キャスターの言葉に頷くライダー。怖い、怖すぎる。2人ともよっぽど何かたまっているらしい。修一郎とランサーは抱き合ってガタガタ震えていた。
そんな恐ろしいことをされたら男として死んでしまう。
そうなった先はもう生きる意味がない。
「い、い、いや、ま、待つですじょ?」
恐怖のあまり口調がおかしくなっている修一郎はそれでも必死に声をかける。
「なんですか、マスター」
かけられる言葉は刃物。それは修一郎の咽喉元でピタリと止まる。薄皮一枚隔てた先に死があることを修一郎は確信した。ああ、やばい。ここで答えを間違えたら俺は確実に死ぬ。こいつらは自分も現存できなくなることをわかっていても俺を殺すだろう。さぁ、考えろ修一郎。「なんの考えもなしに止めちゃいました。てへ」なんて言ったら死ぬ。確実に死ぬ。ああ、なんか最近は発言一つに命を賭ける状況が多いような・・・。
修一郎はごくり、と唾を飲み込んで口を開いた。
「こ、こういうのはどうかな・・・・?」
翌朝、海浜公園で裸でぞうさんダンスを踊っていた慎二が警察に保護された。
「メーちゃん。君は今とても軽率なことを言った」
修一郎はそう言って真剣な顔をしてライダー、もといメーちゃんを見つめる。
硬直していたメーちゃんは目と鼻の先に修一郎の真剣な顔がある、と理解するとボッと火がついたように赤くなった。
きっかけはへたれな死闘を終えた彼らが公園を出ようというときだった。
「キャスター。私はあなたがうらやましいです」
ライダーがそうポツリと漏らしたこの一言だった。
「どういう意味です?」
不思議そうな顔をしてメイド服を着たキャスターはライダーに問う。
ライダーはため息を一つついた後
「その服です。それはとても可愛らしくあなたに似合っている。全体が丁寧で繊細なつくりになっている。それでいて機能性を少しも損なっていない。ボタンの1つまでもに手抜きがないすばらしい加工がなされてある。そんな服を着ているあなたがとてもうらやましい」
キャスターは硬直した。
「ライダーあなたは正気ですか、それとも私を嘲笑っているのですか?」
「私は正気です。本心でいっています」
ライダーは真剣な声で言う。
「ライダー、あなたは少し疲れ「ふっ!この服のすばらしさがわかるとはさすがメーちゃん!!!」
キャスターの言葉をさえぎって登場したのは修一郎だった。
「なっ、こんな、こんなかわいい服が私に似合っているとは思いません!!」
「キャスター、いいかげんに理解したまえ。メイド服、それは漢のロマン。それは全世界、いや宇宙に愛と平和をもたらす人類の最高傑作品!! その服をマスター直々に君にぴったりと合うように作ったのだ。しかも半日で、だ。その労力たるは・・・(中略)・・・とにかく君のために作られたメイド服が君に似合わないはずなどないだろう」
「ああ、その服はとてもキャスターに似合っているぜ。それがもっと世界に広まっていれば人と人との争いなんて血生臭いことなんざ当の昔になくなっていただろうに」
ランサーがそう言って遠い目をする。彼の脳裏に浮かぶのはかつて駆け抜けた戦場と過酷な日々。目を潤ませるランサーはとてもかっこよく見えるがその一方で漂うこのダメ臭はなんなのか。
「じゃ、じゃあ、街を歩いていたときに浴びせられる好奇の視線はなんなのですかっ!!!」
叫ぶキャスター。自分をあそこまで追い詰めるあの視線はなんなのか。
「それはな、キャスター。みんなおまえに萌えていたんだよ。おそらく君は今回の聖杯戦争で一番メイド服の似合うサーヴァントだ。それは誰もが認めざるえない事実なんだ。通説です。みなさん最高ですか――――――ッ!!!???」
涙を流し叫ぶ修一郎。ほら、モニターの向こうでみんなが叫んでいるのがキャスター、君にもきこえるだろう?
「兄貴、俺にはばっちり聞こえたぜ。熱い漢たちの魂の叫び声がッ!!」
おいおいと男泣きに泣くランサー。
衝撃の事実に硬直するキャスター。思考停止。君の熱い叫び。彼女にきっと届いている。
「ぞーさん、ぞーさん、ぶーらーぶらー」
ちくしょう。ぶち壊しだ。止め刺しておけばよかった。
「キャスター、だから私はあなたがうらやましいのです。かわいい服が似合うあなたが。私は背も高いし、そのような萌える服は似合わない・・・」
その言葉を聞いて修一郎はライダーの両頬を両手で包み込むように向けさせて言う
「メーちゃん、君は今とても軽率なことを言った」
「君に似合う萌え服はいくらでもある。誰がそんなひどいことを君に吹き込んだ!?」
「■■■■とか■■担当とか慎二にさんざん言われてきましたから」
肩を落とすライダー。その表情は暗い
「ぞーさん、ぞーさん、ぶーらぶらー」
「漁師」
「へい、兄貴!」
「後ろの野郎殺ったれ」
「へい、兄貴!!」
駆けていくランサー。しばしの後に響く「ぐしゃり」とした何かがつぶれたような音。
返り血で服を真っ赤に染めて戻ってくるランサー。
これで萌えの敵は一人消えた。
「メーちゃん。安心しろ。俺が君を正しき道に導いてやる」
修一郎は不適に笑うとトランクの中から一着の服をとりだした。
新都オフィス街。
深夜ともなると人気の途絶える一角に24時間営業のファミレス。ロイヤル・ホ○ト、通称ロ○ほ新都オフィス街店がある。深夜ともなると立地条件により客入りの少ない店舗だがちょうどこの時期、■■家、■■■■家、■■■■らの締め切り直前追い込み時期によって珍しく混んでいた。
そこで働く店員・小林 健二 26歳(既婚)は一つの悩みを抱えながら忙しく働いていた。
そんな彼の働く店に訪れた3人の男女。
小林 健二 26歳(既婚) その日 運命に出会う
その日、遅番で入った小林はここ数日の混みように多少の疲れを見せながらもいつものように働いていた。締め切り間近のファミレス。深夜時間ともなるとそこは一般人を寄せ付けない一種の修羅場と化す。飛び交う専門用語、白熱する討論、床に落ちる消しゴムのカスにトーン屑。一種の怨念すら感じ取れるその空間はもはやファミレスじゃねぇ。
そしてそんな空間に今、また3人の男女が入店してきたのである。
「いらっしゃいま・・・・・・せ」
小林はやってきた新たな3人にそう言うのが精一杯だった。喫煙の有無、他に人数がいるのかなどという質問を忘れるほどにその3人は異質だった。
最初に入ってきたのはメイドだった。神々しいばかりのメイド服に身を包んだ美しくもかわいらしい女。なぜか耳が多少とがっているがそんなのは一般人には気にならない。気にするのは特別な属性を持つ者だけである。
そして二人目、黒いスーツに黒いマント、前髪の半分を白く染め顔にマジックでツギハギを描いた男。左手には黒いトランク。右手は後ろに立つ女の手を引いていた。
そして3人目。スラリとしてそれでいて出るところはでているセクシーボディ、そして顔に黒いアイマスクをつけている紫の美しい髪、床すれすれまで届く長い髪。そしてその身は――――――――――
セーラー服に包まれていた。
「禁煙席を頼む。人数は3人だがあとで1人増える」
大塚○夫ふうのいい声を出してそう小林に告げる男。小林はカクカクうなずくと声もなく開いている席に案内する。店内が一瞬水を打ったように静かになり―――――――
「おい、アレはメイドじゃないか」
「男はブラック・ジ○ックじゃねーのか」
「おい、あの制服って・・・」
「ああ、とき○モのきら・・・」
ざわざわとそんな囁きが飛び交う。そんな囁きをよそに彼らは案内された席に着く。異空間の中央。どこの席からも見渡せる場所に座った3人を周囲は興味深く見守る。
「注文が決まったら呼ぶ」
男はそう言って案内した小林を避けるとむかえの席に座ったセーラー服の女を静かに見つめた。
セーラー服とアイマスクという組み合わせは見るものに背徳的な妄想を起こさせる。
たとえば、監■・陵■とか。しかし次の男の発言はそんな背徳的妄想を一瞬で吹き飛ばした。
「メーちゃん。手術はもう成功している。君の目は光を取り戻したはずだ。あとは君の勇気だけなんだよ」
「ずばり、君に似合う服はこれだ」
手渡されたセーラー服を手にメーちゃん、もといライダーは戸惑う。
「こ、これを私がですか・・・」
「そうだ。これを着れば君は正しき道へ進むことが出来る!!」
「おお・・・ま、まぶしい。兄貴、その服は一体」
目を細めて制服がまるで光を放っているとでも言うようにランサーライダーの手元のセーラーを見つめる。
「それは90年代に・・・(中略)・・・にある私立K高校の夏服だ。今の季節では冬服が正しいが俺は残念なことに持っていない。まぁそのうちネットオークションで競り落としてやるが、な」
そう言って戸惑っているライダーを見つめる修一郎。
「しかし、私は背も高いし・・・」
「設定はバスケ部かバレー部。それに170チョイならば現代社会では問題なし。俺やランサーより君は十分に低い」
ちなみに修一郎は181、ランサーは185である。
「さぁ、着たまえメーちゃん。身長は問題なし」
「わ、わかりました・・・」
ぬぎ、っとその場で着ている服をいきなり脱ぎだすライダー。
「ぶ―――――――――――――――――ッ!!!!」
噴出す鼻血、アスファルトに拡大していく血の池。
修一郎とランサーは出血多量により意識の薄れていく中で本気で死を迎えそうになっていた。
いや、実際前回からの余韻でぼーっとしていたキャスターが我に返り、血の池に沈んでいく2人をあわてて救出しなければ彼らの聖杯戦争はマスターの鼻血による出血多量死という前代未聞。歴史に残る情けなさを残して終了するところだった。
「ら、ライダー!あなたいきなり外で脱ぎだして一体何を!?」
「えっ、きゃ、きゃあああああああああ――――――――――――――!!!」
「お、おっぱいが、おっぱいが・・・」
「そ、そんな抜けているところも萌え・・・・がくっ」
後半へ続く。
「でも、でも先生。私怖いんです。先生はそう言うけどこの眼がもし何も映さなかったら、そう思うと私は怖くてこの目隠しをはずす勇気がありません」
「大丈夫だ。メーちゃん。手術は成功してある。メスを握れば神となる、の殺し文句は伊達じゃない。このブ○ック・ジャック修一郎の腕を信じてくれたまえ。さぁ勇気を出すんだ」
「先生・・・」
さぁ、メーちゃん勇気をあげる。と、ばかりにライダーの手を力強く握る修一郎。頬をかすかに赤く染めるライダー。彼らを沈黙でもって取り囲み瞬きもせずに注目する客たち。店内BGMが突然ポップスから昼メロのBGMに変わる。気がついた小林が振り返ると有線をアルバイトの高田くんが変更していた。小林は彼に親指を立てて片目をつぶる。ナイス。
「あっちょんぶりけ」
メイド服のキャスターが見つめ合う2人を面白くなさそうに見ながら投げやりに言う。
「さぁ、メーちゃん、この僕を信じて・・・その目隠しをはずそう」
「先生・・・私、先生のこと信じていいんですね?」
「あっちょんぶりけ」
「ああ、もちろんだ。僕は君を裏切らない。僕が君を裏切ったことなんてあったかい?」
「先生・・・」
「あっちょんぶりけ」
修一郎とライダーの掛け合いの間に投げやりにただそれだけを言うキャスター。なんだか面白くない。2人の演技が迫真に迫っているからなのか。ライダーを見ているとなんだか半分本気が入っているのではないか、などというわけのわからない不安にかられる。
ここに来る前に公園でライダーの魔眼を開放してどのようなものか確認してみた。
そんなことをするマスターは正気じゃないと思う。普通ならば伝説のメドゥーサの魔眼など見てみようなどと言ったりはしない。しかし、その魔眼を見ても修一郎はまったく影響を受けなかった。ランサーは石化しキャスターのクラスである私でさえ重圧を受けたというのに。修一郎は
「萌え―――――――――――――――ッ!!!」
と叫んでゴロゴロとアスファルトを転がっただけだった。
そんなことは修一郎にとって日常茶飯事なのでさして影響を受けているとは言いがたい。
ちなみにランサーは沸騰したお湯をかけたら3分で元に戻った。
今、彼はホテルに置き去りにした綾子の元に行っている。
魔眼の効果を確認した修一郎はその場で
「B・J修一郎シリーズ第一話、盲目の少女に捧ぐ愛、全ては尊き眼鏡ッ娘」
なる即席台本をわずかの数分で書き上げ近くのコンビニにコピーしに行って2人に渡したのだ。
ちなみに配役は
B・J修一郎
早瀬 修一郎。 顔に傷のある天才外科医。メスを握れば神となると医師界の都市伝説と化した男
野郎の手術は一切せず、ただひたすら美少女、美幼女、美人、可憐、萌えの代名詞のつく女性のみを治療対象とする。今回は冬木市でメーちゃんに手術をほどこした。
メーちゃん
ライダー。市内でも有名な美少女。事故により光を失った。事故に会う前はバスケット部に所属。
明るい性格で誰からも好かれる少女だったが光を失ってから生きる気力を無くし学校にも行かず自宅で一人暗い自室に閉じこもる。ちなみに姉が2人いる。今回、B・J修一郎の神がかり的な手術と献身的な看護を受け徐々に明るさを取り戻す。B・J修一郎に惹かれ始めている。
メイド
キャスター。B・J修一郎の押しかけメイド。セリフは「あっちょんぶりけ」のみ。
その言葉だけで全ての感情を表現しなくてはいけないのが難しい。
「な、なんですか!!この台本の私の説明は!?」
台本を読んだキャスターが修一郎に喰ってかかる。説明文2行以下。ライダーの半分もない。
セリフも1つを繰り返すだけ。もうちょっとマシな配役はないのか!? せめてかわいいメイドさん。B・J修一郎のスーパー助手とか。
「いや、時間ないし。実はこの作品は2人でもできるんだよね」
「兄貴、俺のセリフがないんだけど?」
「漁師は外で吠える犬の役」
「俺をイヌって言うなぁ――――――――――!!!」
泣き叫ぶランサー。
「綾子―――――――――ッ!!!マスターがいじめるよ!!」
そう言って走り去る。その姿はまさに負け犬。
「綾子君によろしくな―――――――ッ!!」
そう言って手を振る修一郎。彼に悪意はない、と思いたい。
「・・・ライダー、あなたこんな馬鹿げた劇をやるんですか」
泣きながら走っていくランサーを見送りながらキャスターはライダーに振る。
「すみません。今セリフ暗記中なのであとにしてもらえますか?」
「あっちょんぶりけ」
むちゃくちゃやる気だし
展開する2人のやりとりに誰もが目を離せない。厨房担当の者まで客席に出てくる。邪魔が入らないようにアルバイトの一人が「クローズ」の張り紙を店先にはっつける。商売やる気なし。
そして店内の照明が消えていく。残るのはライダー、キャスター、修一郎の座る席のみ。
冬木の街にはノリのいい人間が多い。
そして物語は終盤に向かう。
「先生、わかりました。私、先生を信じます」
ライダーの言葉に微笑む修一郎、もといB・J修一郎。トランクから眼鏡ケースを出す。
「実は君に似合うと思って買っておいたんだ。君がその目隠しを自分の手で取る、と言ったらプレゼントしようと思って」
「なんで眼鏡なんだ」という突っ込みはない。それよりも眼鏡、というセリフに反応して「はぁはぁ」と荒い息づかいが聞こえてきたりする。さすがに深夜のファミレス。異空間は伊達じゃない。
「最初に、僕にこの眼鏡をかけさせてくれるかい?」
「ええ、先生。わたし先生にかけさせて欲しい」
「あっちょんぶりけ」
キャスターが怒気の混じった声で言う。
「では・・・」
「ええ、目隠しを外します」
ゆっくりと外れる目隠し。
「はぁ!!」
一瞬でタイムラグなく気合を入れて装着される眼鏡。
それはもちろん普通の眼鏡ではない。某魔術師から給料100年分で買い取った魔眼殺し。それは愛の証。ぜひ眼鏡店の売り文句にしてください。
修一郎汗だくである。心境は爆弾処理に近いものがあった。失敗はゆるされない。
ファミレスが怪しい男たちの石像博物館になるかもしれないのだ。それだけは避けたい。
「せ、先生。見えます!先生の顔が見えます!!」
「はっはっは・・・このB・J修一郎は女性の手術は成功率100ぱーせんとだッ!!」
「先生ッ!!」
抱きッ。
物語はこれで幕。グランドフィナーレ。次々とつく照明。
BGMは「新たな夜明け」に変更。
拍手の海。流れる感動の涙、涙、涙・・・。
そう、感動のまま終わるはずだった。
「じゃあ、先生。これからホテルで朝まで2人っきりでお祝いしましょう?」
メーちゃん、もといライダーのこんなセリフがなければ。
一瞬にして膨れ上がる殺気。BGM「破滅の足音」に変更。
そしてゆらり、と殺気の持ち主が立ち上がる。
「マスター、渡された台本にそんなセリフなかったのだけど・・・・?」
恐怖に顔を引きつらせて修一郎はギギギギ・・・と首をキャスターに向ける。
そこには、黒いオーラを立ち上らせたメイドがいた。手にはすでに致死の魔弾。
「お、お、俺はそんなセリフか、かいた覚えはない、いや、マジで、本当、信じて。ねぇキャスターさん。これはあれだ、メーちゃんの・・・」
「アドリブ、と言うやつです」
ライダーがそう言ってキャスターにニヤリと
「ぷち」と何かがキレる音
「のわぁぁぁ――――――――――――――ッ!!!! 俺は無実だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
窓ガラスを突き破って外へ吹き飛ばされる修一郎。
あとに残るは呆然とする客と店員。肩で息をするキャスター。
そして
「少しからかいすぎたようですね」
と微笑むライダーの姿があった。
小林 健二 26歳(既婚)はのちに語る。
「自分の悩みなんてひどくちっぽけに思えましたね。ええ、自分より下の扱いを受けている人がいることで安心しました。あれに比べたらうちの家内なんか全然、恐妻でないです。だって窓を突き破って吹き飛ばすなんてしませんもの。それにしても人間って空を飛べるんですねぇ・・・」