僕は夜風に吹かれながらじっと呼び出したあの娘を待つ。
「大切な話があるんだ、その、つまり、ここ、藤ねぇとかの前だと言いにくい話なんだ。
あとで藤ねぇが帰ったあとに・・・2人だけで話したいことがあるんだ」
にっこり笑って僕は彼女の耳元で囁く。
「せ、先輩。そ、そ、それって、あの・・・・」
動揺して真っ赤になって慌てる彼女。
「じゃあ、今夜あの蔵で・・・それと今日の夕食、期待しているよ、桜」
僕はにっこり笑うと台所をあとにする。
彼女は必ず来る。
どんな期待を抱いているかも想像はつく。
衛宮 士郎は気がついてないのかも知れないが僕、衛宮 司郎は知っている。
彼女が衛宮に好意を抱いていることを。
だから僕は彼女に声をかけた。僕の目的のために。
彼女が魔術師だということも僕には都合がよかった。
おそらく間桐の誰かが彼女を送り込んだのだろう。
僕の監視の意味もこめて。
魔術師の契約は等価交換。
僕は彼女の想いに応えるがゆえに僕の望みにも応えてもらおう。
足音が聞こえてきた。
どうやら彼女が来たようだ。
「せ、先輩・・・話ってなんですか」
肩で息をしながら期待に満ちた視線で僕を見る桜。
ああ、君の望みを叶えてあげる。だから僕の望みにも協力してくれ、桜。
僕は近づいてぎゅっと桜を抱きしめた。
「せ、先輩・・・・」
驚きつつも嬉しそうな桜。
ああ、僕も嬉しいよ、桜。
そして僕は桜の耳元で囁いた。
「桜・・・君を愛している」
「・・・・・・・先輩、先輩起きてください」
「・・・ん」
目を覚ます。体の節々がぎしぎしと音を立てて軋む。
朝日を浴びて微笑む桜の姿がそこにはあった。
「・・・あれ、寝ちゃっていたんだ・・・ごめん桜、朝食の支度だろう。すぐに俺も行くから」
慌てる俺に
「いえ、先輩。今日は私が支度をしますから・・・先輩はシャワーでも浴びてさっぱりしてきてください」
「む」
自分の格好を見る。薄汚れたツナギ。確かにこれは桜の言う通りかもしれない。
ひどく寝汗をかいたらしく体が汗でベトベトなのも気持ちが悪い。
「そうだな、じゃあ今朝は桜に甘えることにする」
「はい、そうしてください先輩」
桜はひどく嬉しそうに微笑んだ。
10年間。10年間こいつと付き合ってきて思うことがある。
こいつは馬鹿でお人よしだ。
切嗣の影響もあるのだろうが。
おまけに「正義の味方」なんて理想を夢見ている。
ここまで来ると正気の沙汰とも思えない愚か者だ。そのために体を痛めることもしばしばだ。
無駄に体を酷使しやがって。
僕のことを考えて使え。
まぁ、僕の存在を知らないから仕方ないといえば仕方ないがそれにしても酷い扱いだ。
おまえに操縦を任せていたら早死に確定だ。
さっさと僕に支配権を渡せというのに。
・・・ああ、少し落ち着かなきゃ。
僕はこの時のためにずっと衛宮 士郎の影でずっと耐えてきたんじゃないか。
聖杯戦争。
まもなく始まる魔術師(愚か者たち)の宴。
ずっとこのときを待っていたんだ。
なぁ、衛宮 士郎。
もうすぐ僕はおまえに取って代わる。
その時までこの体、大事に使え。
夜の校舎。
血だまりの中、僕は横たわる。
人間死ぬときは酷くあっけない。
「さよなら」した親友がその背後で車に跳ねられ即死。
階段を踏み外して転落死。
いきなりナイフで刺されて刺殺。
なんらかの理由で心臓が停止することもあるだろう。
乗っていた飛行機が墜落して死ぬことだってある。
僕が言いたいのは思いもよらない理由で人間はあっけなく死ぬ、ということだ。
老若男女問わず。死ぬときは死ぬ。突然だろうが宣告されようが死ぬときは死ぬのだ。
10年前の大災害だって事情を知らない者にとっては突然だったのだろが、知っている者にとってアレは必然以外のナニモノデモナイ。
突然と必然。
まぁ、大抵の人間に死は突然やってくる。
これはしかたがない。ある程度までは運だ。どこでソイツと出会うのかわからない。
いやな言葉だが運命と割り切るしかない。
だが、だからといって「いつ死んでもいい」みたいな言葉を吐くヤツは頭にくる。
精一杯自分のユメや目標に向かって努力する。
死ぬまでに、その命尽きるまでになんとか実現しようと努力する。
それが人間だと僕は思う。
だから、簡単に自分の命を危険にさらすヤツはひどく頭にくる。
それが、自らの信念に基づくものならば仕方がないのかもしれない。
だが、衛宮 士郎の場合は―――――――――――――
意識が完全に凍りついた。
理解できない。
視覚で追えない。
赤と青の闘い。否、殺し合いを見て衛宮 士郎は完全に凍りついた。
人のカタチをしているが人ではない。
人であるはずがない。
人があのような動きをできるわけがない。
離れていても伝わってくる殺気。
心より先に体が理解する。
死ぬ
ここにいては衛宮 士郎は確実に死ぬ、と。
僕はそんな衛宮 士郎の眼を通して赤と青の殺し合いを見た。
これが聖杯戦争。
これがサーヴァント。
そして――――――――
「誰だ――――――――!」
青い男が、じろりと、隠れている俺を凝視した。
「あ――――――あ・・・・・・・・!!」
足が勝手に走り出す。
死を回避するために、体のすべてを逃走することに注ぎ込む。
酷く、酷く醒めた頭で僕は衛宮 士郎の愚かさへの侮蔑。おそらくわずかの後に起こる自らの最後を確信した。
衛宮 士郎。おまえの最後は正義の味方なんかじゃない。学園の何でも屋、便利に利用されるだけの存在としてオシマイ。付き合わされる僕の身にもなって欲しい。一つしかない命を無駄にするオマエを僕は心底軽蔑するよ。
「運がなかったな坊主、ま、見られたからには死んでくれや」
青い男の槍が衛宮 士郎の心臓を貫いた。
「・・・まったく酷い目にあったよ。衛宮 士郎、おまえは本当に軽蔑に値する人間だ」
廊下にべったりと付いた自らの血。僕はゆっくりと上体を起こした。
吐き気がする。当たり前だ。僕は・・・衛宮 司郎は衛宮 士郎の巻き添えを食って死んだ。
意識が混濁したために余り記憶は定かではないが誰かに助けられたらしい。そうでなければ心臓を貫かれた人間が蘇生などするか。
「・・・感謝はするよ。誰だかわからないお人好しにね」
そう呟いて貫かれた胸をさする。
「で、君は・・・人ではないみたいだけど何者だ」
僕は顔を上げて前方に立つ女を見る。黒。黒をイメージする床まで届くような長髪の女がこちらを窺っていた。目を目隠しで覆っている。スラリとした長身。豊かな姿態を強調させる黒い服に包んでいた。
「・・・エミヤ シロウですね。私はライダー、桜の命によりあなたを護るために来たのですが――――――」
「君は美しいな」
最後まで言わせずに僕はライダーを見て微笑む。
「なッ・・・!」
絶句するライダー。が、纏う空気に怒気がこめられるのを僕は感じ取った。
本気の怒りではない。照れ隠しの怒りだ。桜に似てかわいいところがあるじゃないか。
「ふふっ、怒らないでくれライダー。僕は本心を言ったまでだ」
無言で怒気をぶつけるライダーにそう言って僕はにっこりと笑う。わずかな月光の中でたつ彼女はとても美しい。その言葉に嘘はない。
「少し遅かったみたいだけど・・・僕はなんとか無事だ。桜にそう伝えてくれ」
「・・・とてもそうには見えませんが」
そうだろうな。この血の中で倒れている状態ではそう思われてもしかたがない。しかし、もったいないな。この血。これだけの量が流れでたのだ。しばらく体は思うように動きはしまい。床に溜まった血を僕はそう思い指につけた。真っ赤に染まる指先、その指を僕は舐めてみた。
口いっぱいに広がる血の味。
マズイ。
外に出た血を飲んだところで体内の血が増えることはないか。
ごくり、と喉がなった。僕以外の。
「・・・ライダー、ひどく物欲しそうだけど・・・飲みたいのかい?」
「・・・血液の摂取は私にとって最も簡単な魔力の補給方法です。現在、桜からの魔力は十分です・・・が・・・」
フラフラとこちらに寄って来るライダー。片手を上げて制止する。
「駄目だライダー。3つの理由から僕は君にこの血をあげることができない」
「3つ?」
「ああ、一つは僕の体内にある血液の残量が少ないこと。もう一つはそろそろ衛宮 士郎が目覚めるということ。そして最後に一番重要なんだけどこの身はもう桜のためにあるんだ」
立ち止まるライダー。
「桜の元に戻れ、ライダー。衛宮 士郎が目覚めたときに君がいてはちょっと困る」
「・・・わかりました。桜にあなたの無事を伝えます。気をつけて帰るように」
わずかに、床に溜まった僕の血を何かを振り切るように、それでも名残惜しそうに見てライダーは僕にそう言ってくれた。
「・・・ああ、たのむ。それとライダー、君に一つ伝えたいことがある」
「なんでしょうか」
窓から外へ飛び出そうとしたライダーは動きを止めて僕を見た。
「僕は君が床に溜まった血を舐める姿なんて見たくない。それと訂正するよ、君は美しくかわいい女性だ」