衛宮家親子事情 (M:? 傾:ほのぼの)


メッセージ一覧

1: 和泉麻十 (2004/04/07 22:45:48)[izumiasato]

注:凛ルートグッドエンド後とお考え下さい。
注:若干残酷な表現を使用する予定があります、苦手な方はご注意下さい。

2: 和泉麻十 (2004/04/07 22:46:23)[izumiasato]

   ――なんとも懐かしい事を思い出した。

親父が死ぬ数日前、土蔵の裏手、塀との間のほんの僅かな隙間に、二人で何かを埋めた、そんな事。
それがなんだったかは始めから知らない。
要領を得ないままそれを埋めた後聞いたものだ。

   ――じいさん、なに埋めたんだ?

『さあ、なんだろうね。』

いつもの様に、悪戯をする子供のように笑って親父はそう答えた。

   ――そうだな、あえて言えばタイムカプセルかな?

そうだ、確かそう言っていた。
今埋めておいて、未来になってから開ける。
開ける頃には埋めた物などすっかり忘れていて、昔の自分に苦笑するという趣向の記念碑。

   ――じいさん、誰が開けるんだよ。

子供心ながらに、親父の死期が近い事は感じていた。
未来に掘り返すのがタイムカプセルなら、親父の未来は何処に在るのか。

   ――士郎、君が開けるんだ。

そう言って俺の目をじっと見ていた。
それで分かった。
今埋めた物はとても大事なものなのだ、と。

   ――いつ開ければいいんだ?

   ――そうだな、何時がいいだろう。

そう言って悩んだように唸って見せた。
でもその仕草は悩んでいるときのそれではなく、答えは決まっているけどなるべく言いたくないといったときのものだった。

   ――そうだな、士郎が一人前になった時にしよう。

   ―― 一人前?





   ――ああ、約束だよ士郎、これは自分が一人前になったと思った時掘り返してほしい。





何の一人前なのかも、





どのようになれば一人前なのかも伝えずに、





ただ親父はそう言った。










<衛宮家親子事情>











「ねぇ、士郎、アンタのお父さんの遺品とか残ってない?」

休日の昼下がり、ありきたりのサスペンスを見終わった赤い彼女が突然そんな事を言い出した。

3: 和泉麻十 (2004/04/08 15:53:50)[izumiasato]

休日の昼下がり、ありきたりのサスペンスを見終わった赤い彼女が突然そんな事を言い出した。
彼女が見ていたサスペンスというのが、莫大な遺産の相続問題で親族同士が骨肉の争いを演じるというなんとも休日の昼に相応しい物であった。
本来なら、トリックをどう暴くかだとか、人情がどうだとかそう言った楽しみ方が本来のものだと思うのだ。
だが俺の目の前にいるうら若き乙女と…、いや、乙女達ときたら…。

『まだこの時間だからこの男犯人っぽいけど、実は違うのよね。』

だとか。

『シロウ、今落下したのはどう見ても人形のようでしたが?』

だとか。

『この役者が出たって事はこいつが犯人だわ。』

だとか。

『シロウ、犯人を説得するのに何故崖の上に行くのです?』

だとか製作者が聞いたら泣いて首吊りそうな事をのたまっている。

で、二時間サスペンスの酸いも甘いも知り尽くしているほうの乙女が遠坂凛。
数ヶ月前の聖杯戦争で知り合った、現在俺の恋人兼魔術の師匠である。
その隣の二時間サスペンスのタブーに触れているのがセイバー。
彼女は聖杯戦争の際、サーヴァントとして召還され、現在も傍に居てくれる俺の護衛兼剣の師匠。

そして俺が聖杯戦争で生き残った見習い魔術師であり、この家の主でもある衛宮士郎、なのだが…。

「ああ、凛、ちゃんねるを変えないで下さい。
 私はこれから時代劇を見るのですから。」
「なーに言ってんのよ、この時間帯はテレビショッピングを見るのが通ってものよ。」

チャンネル権すらない家の主ってどうよ。

「凛、貴方も何か怪しげな物を買うつもりですか?」
「藤村先生じゃあるまいし、そんなもったいないことしないわよ。」
「安心しました、凛までタイガのようによく分からない健康器具とやらを買い込まれてはこちらの身が持ちません。」

なんだか酷い言われ方をしているのは、家に足繁く飯をたかりに来る因業教師兼俺の姉貴分である藤村大河こと我らが藤ねぇである。
この藤ねぇだがテレビの通販に事のほか心ひかれる性質らしく、

『士郎!これこれすっごいよぅ!』

とおおはしゃぎしておいて、

『あー、士郎、それあげるわ。』

と半日で飽きる。

   ――藤ねぇ、せめて三日は持たそうな…。

三日坊主ならまだ二日は坊主やってるだけましだけど、半日坊主なんて言ったらただ散髪しただけだぞ…。

「テレビの通販なんて、阿保らしい商品をわざとらしく持ち上げる様を笑ってあげるものじゃない?」

   ――遠坂、違うだろそれは、多分…。

「凛はシロウと話しがあるのではないのですか?
 私は今日こそ見ただけで見るものをひれ伏させるというあの宝具の正体を解明するのですから。」

   ――セイバー、あれ宝具じゃないし…。

「んー、別にそう大したことでもないわよ、それにこの話するんならセイバーにも聞いてもらわないと。」
「キリツグの遺品ですか?私はなにも知りませんが…。」
「ええ、遺品については知らないと思うけど、士郎のお父さんが何研究してたとか、何処かに何かを隠してたくらいは知ってるんじゃない?」

それを聞いてむう、と顔をしかめるセイバーさん。

「凛、申し訳ないのですが、私とキリツグは全く会話もありませんでしたし、彼は自分の手の内を明かそうとはしませんでした。」

   ――ああ、そう言えば…。

「確か前にそんなこと聞いたな、声を聞いたのは三回くらいだとか…。」
「その通りです、それ以外の意思疎通は皆無でした。
 キリツグの後に付いて廻れば敵が居て、それを倒してまた次に向かう、と言った次第です。」

   ――なんとまぁ。

「素っ気無いなぁ、寝る所とかはどうしてたんだ?」
「襲撃を避けるためか毎日転々としていましたね、あちこちに家を借りていたか買って置いたようですから。」
「徹底してるわねぇ、どこかのばかとはえらい違いだわ。」

   ――どう言う意味だよそれ。

「なんだよ、セイバーは女の子だぞ、それを物みたいに扱った親父の方が悪いだろ。」

そう言うと露骨に落胆したような溜息をつく二人。

   ――なんでさ。

「まあ、そういったところがシロウの良いところなのですし、今更なんとも思いませんが…。」
「そうよね、サーヴァントの食事の世話までしちゃう甘々で、お人よしで、アンタほんとに魔術師としての自覚あるのか問い詰めたくなるようなところが士郎の魅力よね。」
「褒めてるのかそれ。」
「受け取り方はアンタ次第よ。」
「それはつまり俺は馬鹿にされていたということなのか?」
「さあ?士郎がそう思うならそうなんじゃない?」

――絶対ばかにされてる。

「シロウの事はともかく、私はキリツグの事を何も知らないも同然です。
その私に問われても困ります。」
「でも、少なくとも一緒に行動してたんでしょ?何か無い?
何でもいいのよ、何か大事そうにしてたとか、どこかに必ず寄っていたとか。」
「いえ、キリツグは常に手ぶらでした、戦闘に必要な物以外は何一つ…。
場所に関しても同様で、同じ場所に二度行くようなことは一切…。」
「ほんっとに徹底してるわね。
でもそうなると普段どうしてたのよ。」
「普段とは?」
「セイバーは霊体になれないんでしょ?
その格好じゃ目立つじゃない、やっぱ服とか着替えてたワケ?」
「…、その、シロウの前では言いにくいのですが…。


 トランクに入れられていました。」


――ちょっと待てセイバー。

「そんなの持って歩いたら余計目立つような気がするわよ?」
「いえ、見た目は極普通の大きさです、おそらく何らかの魔術が掛けられていたかと。」
「なるほどね、私のトランクと同じか。」

――違う遠坂、そんな問題じゃない!

「!、どういうことだよ、親父の奴セイバーをトランクに詰め込んでやがったのか!?」

――そんな…、セイバーを物みたいに!

「本当かセイバー、親父は本当にそんなことを?」

――女の子は、大事にするんじゃなかったのかよ!

「落ち着きなさい、衛宮クン。
あなたのお父さんのやったことは確かに褒められたことじゃない、でも正しい選択よ。」
「そうですシロウ、キリツグは私をサーヴァントとして扱ったに過ぎません。
寧ろシロウのほうが例外なのです。」
「…。」

――わかってる。

聖杯戦争に勝つんならそれくらいしなけりゃならないことぐらい承知している。
俺のほうがおかしいことぐらい何回も思い知らされた。

――でもしょうがないじゃないか…。

セイバーは俺にとってはどう見たって普通の女の子だし、どう考えたって一人の人間だ。
それを一人の女の子として扱うことが間違いだなんて思いたくない。

「…セイバーは納得していたのか?そんな物みたいに扱われて…。」

俺の言葉に、セイバーは視線で返してきた。
まるで感情のこもっていない冷たい眼差し。

「確かに、気持ちのいいものではありませんでした、しかし、マスターとサーヴァントという関係に忠実であるならば、その不快は霊体になれない私の落ち度による物であり、キリツグの扱いは当然の物です。」

親父を憎むのは筋違い、セイバーはそう言っている。

――そんなのわかってる、わかってるけど!

「じゃあ、セイバーは、俺もそう扱っていたほうが、良かったって言うのか?」

腹立ち紛れのその言葉でさらに暗く澱んでいく鮮緑の瞳。



「ええ、シロウ、聖杯戦争においてのマスターとサーヴァントであるならば、その関係が適切であり、最善なのです。」



迷いも淀みも無く、はっきりと彼女は言い切った。

「…。」
「ですが、シロウ。」

突然、雲が晴れ、日が差したように鮮やかで温かな光が彼女の目に戻る。
いつもの、ごくいつもの彼女の目に…。

「もし私が聖杯戦争においてのサーヴァントであるならば、私はここに居ません。
ですがこの身は貴方の剣となり盾となるもの、貴方のサーヴァントとなるものです。」

そして中天輝く太陽のように、優しく彼女は微笑んで、



「お分かりですかシロウ?私は『貴方の』サーヴァントであり、『聖杯戦争においての』サーヴァントではないのです。
ですから、これでいいのです。」



さっきと同じく、迷いも淀みも無く、はっきりとそう言ってくれた。

――ああ。

「ごめん、セイバー。」

そう、セイバーを一人の女の子として扱うのに何も間違いは無い。
たぶん親父の扱いも『間違い』と言うわけでは無いのだろう。
でも彼女は俺の方を好ましく思ってくれた、だからここに居てくれている。

「ごめんセイバー、本当にごめん。」
「何を謝るのです?シロウは間違えたことは言っていない。」

とかいいながら、なんだか楽しそうなセイバーさん。

「ん、いや、親父の代わりに謝ってる。
そんな物みたいに扱ってすまなかった。」
「…、反省していますか?」
「反省してる。」
「そうですか、なら許してあげます。」

意味がまったくわからない謝罪。
謝るべき人間も許される人間も違うちぐはぐな懺悔。
でも、セイバーは親父を許してくれたし、親父は許されたんだろう、そう、思う。

「正直に言いますと、ほんの少し恨んでいます。」

少し拗ねてそういう彼女。
そんなセイバーを見て、俺の選択は正しかったんだと確信する。

「だから悪かったって、親父には後できっちり言っておくから。」
「ええ、お願いします、お灸を据えてやってください。」

その、真夏の向日葵のような笑顔がとても眩しい。
セイバーとなら、多分俺は間違えた道を進むことは…。





「お話は終わったのかしら?衛宮クン?」





「「あ。」」

すっかり遠坂を忘れていた。

4: 和泉麻十 (2004/04/09 13:14:12)[izumiasato]

あ、やばい。

やばい。

すごくまずい。

いや、何がまずいって。

なんかもう遠坂が飛びっきりの笑顔をしている。
思わず惚れなおすくらい綺麗だったりする。

「り、凛、これは、その…。」

ああ、気持ちはわかるがセイバー、怯えたら駄目だ、怯えたらあの赤いあくまが…。


「本当に幸せそうよねぇ?セイバー。」


   ――こわい…。

顔は笑ってるのに目が笑ってない。
寧ろ殺る気満々。
目が合っただけでガント速射。
触れるもの皆木っ端微塵切り。
口を開こうものなら漏れなくあの世へご招待。

「お、落ち着け遠坂、話せば分かる。」
「そうです凛!誤解です!これは決して凛の想像しているようなことでは!」
「あら?私は何も誤解なんてしてないわ。
 ただセイバーがとーーーーーっても幸せそうよねぇって思ってるだけなんだけど。」

   ――嘘つけ目が据わってるぞ遠坂!

「そうよねぇ、セイバーにしたら今は天国みたいなものよねぇ。
 美味しいものは食べられるし、平和だし、何てったって愛するマスターがいるものねぇ。」
「ですから凛!私はそのような不純な目的で現界しているわけでは!」
「そっかー、セイバーは衛宮クンを見届けるためにいるのよねぇ?
 いいんじゃない?とーーーーっても純粋で献身的な『愛』だと思うわよ私は。」

   ――愛って言葉をこれだけいやみに言えるのはこいつくらいだろうな…。

「違います!私のシロウに対する想いは『愛』だとかそう言った類のものでは!」
「なるほどー、『愛』なんて言葉じゃ表現できないのね?二人の関係は。」
「そ、それも違います!私とシロウはそのような関係では在りません!」
「へー、そうなんだ、聞いた衛宮クン?セイバーはアンタの事なんかなんとも思っていないみたいよ。
 アンタは料理が上手いだけのただのコックに過ぎないんですって。」

   ――う、なんか微妙に当たってるだけに辛い。

「それも違います!シロウも真に受けないで下さい!」
「あら?でも衛宮クンが真に受けたって事は、そう受けざるを得ないことをセイバーがしてるって事じゃない?」
「そのようなことはありません、そうですねシロウ?」
「…。」
「なぜ無言なのですかシロウ!」

がー、と吼えるセイバー。

   ――いや、だって、なぁ。

「し、シロウ?まさか、シロウは本当に私がシロウのことをコックくらいにしか思っていないとでも?」

がーん、と言う効果音が似合いそうなほど衝撃を受けるセイバー。

「ち、違いますシロウ!私は貴方のサ−ヴァントとして…。」

むん、と胸を張って弁明するセイバー。

「ですから!先ほどから凛の言っていることは真実ではありません!いいですねシロウ!」

きっ、とこちらを見据えて確認を取るセイバー。

「聞いているのですか?よもや理解できないとでも言うのではないでしょうねシロウ?」

じとり、とこちらを威嚇してくるセイバー。

   ――うん、セイバー百面相。

「アンタなに現実逃避してんのよ。」

   ――言うなそれを。

「ですからシロウ…!」
「ん、わかった、セイバーが俺のことを大切に思ってくれてるのはわかった。」
「なら…。」
「でもさ、俺が今のとこ料理しか出来ない半端者だってのは確かだぞ。」
「それは…。」
「前にも言ったと思うけどさ、何時かセイバーの役に立ちたいって気持ちは変わらないぞ。
 だから今はコックでもセイバーの役に立てるんなら全然構わない。」
「…。」
「遠坂も遠坂だ、セイバーは大事な仲間で、俺が愛してるのはおまえだけだって知ってるだろ?」
「なによ、私が悪者?」
「そういう問題じゃないだろ、遠坂は俺にとって大事な存在だし、セイバーも意味は違うけど大切な存在なんだ。
 俺は二人とも蔑ろにする気はないぞ。」
「…。」
「…。」

うん、幸せにするんなら、二人とも幸せにするんじゃないと嘘だ。

「「はあ。」」

   ――で、なんで溜息つきますか二人とも。

「なんかもう怒る気うせたわよ。」
「全くです、自覚がないのがシロウらしいのですが、そこがまた性質が悪い。」
「本当だわ、セイバー、こんなののサーヴァントじゃ苦労するわよ。」
「凛こそ、シロウの恋人では気苦労が耐えませんね。」

などと慰め会う二人。
どうやら和解したようだ、それはいいんだけど…。


   ――なんで状況が悪化したようにしか思えないんだろう…。


「とりあえず話を戻しましょう、で、何の話してたっけ?」
「確か、私とキリツグの事を話していたかと…。」
「セイバーが箱詰めにされてた話だな。」
「…、人を林檎かなにかのように言わないで下さい。」
「あー、そうそう、士郎のお父さんの日常ね。
 どう?今の間で何か思い出した?」
「いえ、特に何も、何度も申しますが私はキリツグの事を何一つ知らないのです。」

   ――本当に素っ気無かったんだな親父…。

「キリツグは私に干渉しませんでしたし、私もキリツグに干渉しませんでした。」
「それはいいんだけどな、セイバーそれで困らなかったか?」
「困ったこと、ですか?」

彼女ははて?と言った感じで悩みこんだ。

「いえ、何をするつもりか、何がしたいのか分からず困ったことはありますが、現実に困ったことは全くありません。」

   ――んー、でもなぁ。

「なんかそういうのってどっかで齟齬が出るような気がするんだ。」
「ま、同感ね、コミュニケーション不足って問題の原因になりやすいもの。」

なにか経験でもあるのか、うんうんと遠坂が自分で自分に納得している。

「そう言われましても…。」
「そうだセイバー、食事はどうしてたんだ?」

親父は正直言って食うことに関して非常に無頓着な人間だった。
放っておいたらカップラーメンやらレトルト食品で三食済ませるし、たまに外食といったらファーストフードだったりしてまだ子供ながら妙に心配したのを覚えてる。

「親父の食事、『雑』だったろ、良く我慢できたな。」
「そうなの?じゃあセイバーとしたら困ったんじゃない?」

「…。」

あう、となんだか気まずそうに黙り込むセイバー。

「どうしたの?まさかホカホカ弁当とかじゃないでしょうね。」
「そうだな、親父が用意できてましなのはそこぐらいか。」

「ええと…。」

どうしましょう、とばかりに目を泳がせるセイバー。

「え?まさかファーストフード一辺倒とか?」
「うわ、セイバーが一番嫌いなヤツだぞそれ。セイバー、そうなのか?」

「その…。」

困った、とばかりに顔を伏せるセイバー。

「ひょっとして…、栄養補助食品…、とか。」
「いやありえるぞ遠坂、あの親父ならそのくらいやりかねん。」

「むむ…。」

どう切り出したものか、と眉根に皺を寄せるセイバー。

   ――セイバー百面相ふたたび。

「なに…?そこまで酷い食事だったの?」
「う…、セイバー、親父一体セイバーに何食わしたんだ?」

「いえ…、あの…、キリツグのときは…。


 食事をとっていませんでした。」


   ――え?

5: 和泉麻十 (2004/04/09 15:38:30)[izumiasato]

「セイバー?アンタいまなんて言ったの?」
「はい、食事はとっていなかったと…。」
「なあ遠坂、俺今『セイバーが』食事をとってなかったって聞こえたんだが、聞き違いだよな?」
「奇遇ね、私も今あの『セイバーが』食事をとらなかったって聞こえたわよ。」
「聞き違いなどではありません、私は食事をとらなかった。」

途端に凍りつく空気。
遠坂は、未確認飛行物体でも見たような顔をしている。
多分俺もそんな顔だ。

「あの…シロウ?凛?」



「嘘だ!」
「嘘よ!」



「は?」
「ありえないわよ!『セイバーが』あの『セイバーが』食事をとらないなんて!」
「『セイバー』だぞ!あの食事に命を掛けてる『セイバー』が食事をとらなかったぁ!?」
「あの…。」
「『セイバー』がよ!一食抜いただけで烈火のごとく怒り狂う『セイバー』が絶食ですって?!」
「質が落ちたら厳罰処分、手抜きしようもんなら即極刑の『セイバー』だぞ!」
「…。」
「士郎!セイバーに何食べさせたのよ!」
「馬鹿言うな!何時も食べるものは厳選して…、でも卵が賞味期限ぎりぎりだったような…。」
「それよ!変なもの食べさせるからセイバーおかしくなっちゃったじゃない!」
「しかしそれくらいでどうにかなるほど柔な胃袋してないだろう。」
「……。」
「それもそうね…、ねぇ、セイバー、どこかで妙なもの食べたとかそう言うことない?」
「誰かから妙な食い物もらっただとか、腹が減ったから何か生で食べたとか…。」
「………。」
「まさか…、野生!?自給自足!?」
「鳩か!?裏をかいて烏?寧ろいっそ虫…。」





カキン





   ――あ、セイバーのこめかみあたりから小気味良い音が…。

「そうですか…、普段凛とシロウが私の事を一体どのように見ているのか良くわかりました。
 ええもうこれ以上ないというほど完膚なきまでに曇りの一点もなく理解致しました。
 そうですか、大切な存在などと口では言いながらそんな風に思っていたのですねシロウ?」

ジト目でこちらを睨みつける大魔人。

「いや、しかし、なあ、遠坂?」
「ん?何?私は冗談のつもりだったんだけど?
 ひょっとして士郎ってばさっきの本気?」

   ――何!?

「そうなんだ、セイバー聞いた?衛宮クンさっきの本気で言ってたんだって。」
「シロウ…。」

   ――おに!あくま!とおさか!

額に怒りの四つ角三つも浮かべてにじり寄ってくる大怪獣。

「覚悟は宜しいですね…。」

   ――殺られる…。

おそらくこれから道場に引き摺られて鍛錬と言う名目でたっぷり叩きのめされるのだろう
今日は何回気絶させられるのだろうとか風呂入るの痛いだろうなとか腕は料理人の命だから止めてくれとか考えながらぎゅっと目を閉じてその時を待つ。

   ――OK騎士王、覚悟の貯蔵は十分だ。

さあ何時でも来いと半ば開き直る。

   ――どうした騎士王!傷薬の貯蔵も十分だぞ!


静寂。


   ――ん?

いつもなら襟首掴まれるはずが音沙汰なし。

   ――おかしい。

新手の手口かとか思いながらそっと目を開ける。
と、

「…。」

何やら複雑な表情をしたセイバーさんが居た。

「セイバー?」
「…、本来私は英霊ですから食事は必要ないものです…。
 腹を満たしても魔力が満たされるわけでもなし、別にとらなくてもなんの影響もないのです…。」

   ――え?

「あれ?セイバー、食事で魔力不足を補ってるとか言ってなかったか?」
「ええ、確かに、あの時は戦闘のため少しでも多くの魔力が必要でしたから…、食事程度の微々たる補給でも侮ることは出来ません。
 ですが今は十分とは言えなくも、凛から魔力の供給を受けていますので…、本来とる必要がないのですが…、その、食事がないと覇気が出ないというか…、物事が空虚に思えてくるというか…、一日が味気ないというか…。」

尻すぼみに小さくなって行くセイバーの声。
最後のほうはほとんど聞き取れない。

「要するにセイバーにとって食事がもう欠くことのできない物になってるってワケ?」
「まあ…、そういう…、ことになるのでしょうか…。」
「それって結構大変な話だな…。」

それを聞いたとたんセイバーは恨めしそうにこっちを見つめてきた。

「…、誰の所為だと思っているのですか…。
私をこのような体にしたのはシロウですよ…。」

――セイバー、そういう誤解を招く表現は…。

「ふーん、衛宮クンセイバーを傷物にしちゃったんだー。」
「ばっ!そういう言い方はやめろ遠坂!」
「でも事実でしょ、それとも何?衛宮クンは女の子二人傷物にしておいて言い逃れするつもりかしら?」
「ふ、ふたり?」
「私とセイバー、こんな可愛い女の子二人二人だめにした責任はきっちり取ってもらうわよ、ねぇ、セイバー?」
「ええ、もちろんです、手始めにシロウ、今日の夕食は肉料理を希望します。
それから夕食後道場に来るのを忘れないように。」
「…はい。」

――やっぱり見逃してもらえないんですね師匠。

「はいはい、士郎いじりも楽しいけど、話が脱線しすぎよ、話を元に戻しましょう。」

6: 和泉麻十 (2004/04/10 03:33:58)[izumiasato]

「具体的にどこまで戻すんだ?」
「ん…、さしあたって一番最初まで。」
「つまり一歩たりとも話は進んでいなかったと…。」
「誰の所為だよ。」
「アンタ。」
「シロウです。」

――なんでさ。

「ああもう話を元に戻すわ!とにかくセイバーは知らないのね?」
「はい、知りません。」
「そっか、じゃあ士郎は?アンタだったら何か知ってるんじゃないの?」
「いや、その前に何でそんなこと聞くんだ?」
「んー、あんまり大したことじゃないんだけどね…。」

彼女が言いよどむなんて珍しい。

「凛?何か問題でも?」
「ううん、問題ってワケじゃないんだけど、ほら、この前大師父の書庫に潜ったじゃない?」
「あ…、あれか。」
「あれ…、ですか。」

ほんの数週間前の明け方。

『二人とも、ちょっと手伝って。』

と、「何とか探検隊」に出てくるようなカーキ色の制服に深皿型のヘルメットと完全武装の遠坂に叩き起こされた。
何でも彼女の大師父という人が高名な魔術師らしく、その書庫には膨大な資料があるらしい。
遠坂が言うには、ある資料を探しているのだが、協会を当たって見ても成果がなかったためもうそこしか残っていないとのこと。
というわけで俺とセイバーを連れ立ってその部屋に向かったわけなのだが…。

いや、もうどこから突っ込んで良いものか…。


とりあえず何で部屋の中に川が流れてんだ、とか。


何で本が小山くらい平積みになってんだ、とか。


何で標本が生きて動いてんだ、とか。


何で罠が仕掛けてあるんだ、とか。


何で本が襲ってくるんだ、とか。


何で遠坂は地図を上下逆に見てることを最後になって始めて気づくんだ、とか。


「なによ、露骨に嫌そうな顔しないでよね。」
「するだろそりゃ、あんだけ苦労して成果無しだぞ。」
「苦労したのは主に私ですが…。」

   ――まあ、そういったものを撃破したのは主にセイバーだったりする。

「大体あそこで士郎が穴に落ちるのがいけないのよ!」
「な!罠発動させたのセイバーだぞ!」
「ぬ!濡れ衣です!間違えてあそこに行ったのは凛の責任です!」
「ただ地図の上下間違えただけじゃない!」
「ただぁ?右に曲がるのに左の道しかなかったり上がりの階段しかなかったのに下れって言ってた時点で何で気付かないんだよ!おまけに開錠の呪文きっちり一文字ずらして唱えてどっかわからんとこに飛ばされた時は埋めてやろうかと思ったぞ!」
「シロウが人の事言えた義理ですか!辺りの物を無用心に物色しすぎです!何度要らぬ罠を発動させたか!」
「そう言うセイバーこそ肝心なところでお腹鳴らして幻想種もどきに見つかってたじゃないの!」
「あれは食事の入ったリュックを落とした凛の責任です!」
「しょうがないじゃない!そもそも食人植物に食われそうになってたばかが悪いんだから!」
「俺の責任かよ!」
「アンタのせいよ!」
「シロウの所為です!」

   ――なんでさ。

「いいわ、こうなったらあのときの責任を徹底追及…、ってちがーーーーーーーーう!」


どかーーーーんととうとう爆発する遠坂、見事なまでの活火山。


「なんでこうも話が脱線するのよ!不毛よ不毛!話せば話すほど不毛になっていくじゃない!
 会話の円形脱毛症よ!円形通り越してつるっぱげよ!」

とさかに来たのかすごい勢いで意味のわからない事を叫ぶ遠坂。
一通り捲し立てると俺の鼻先にビッ、と指先を突きつけた。

「ああもうこうなったらややこしい事は無しよ士郎!
 イエスかノーかで答えなさい!他の答えは一切認めないわ!
 士郎!


 アンタのお父さんの遺品!あるの!ないの!どっち!」



「あるぞ。」





「…。」





「…。」





「…。」





「そう言うことはさっさと言いなさいよこのスカポンタン!」




「待て遠坂!左腕光らすな!ガンドは止めろガンドは!」
「うっさい黙れこのばか!どうすんのよ士郎!今までの会話九割五分無駄じゃない!」
「いや、十割無駄だろう…。」
「せめて五分くらい無駄じゃないと思わないとやってられないわよ!
 さあ士郎、今すぐそれ五分以内に持ってきなさい!一秒遅れるたびにきついの一発よ!」
「いや、遠坂、それは無理だ。」
「むりぃ?いまさら嘘とか言ったらフィンよフィン!」
「いや、嘘じゃない、土蔵の裏に埋まってる。って言うか俺が埋めた。」
「なら掘り返しなさい。」
「だから駄目だって。」
「何でよ。」

「あれは俺が一人前になった時に掘り返すって親父と約束したんだ。」

あ、二人とも固まってる。

「いちにんまえ?」
「一人前…、何の一人前ですか?」
「わからん。」

あ、さらに固まった。

「アンタ…、自分で何言ってるかわかってる?」
「わかってるよ、とにかく親父と『自分が一人前と思った時に掘り返せ』って約束したんだ。
 今の俺は一人前じゃない、だから開ける訳にはいかない。」
「確かにそうですね、シロウは間違いなく一人前などではない。」
「料理の腕なら一人前なんじゃない?」
「違うだろ遠坂、少なくとも親父はそんなつもりで言ったんじゃないぞ、多分・・・。」



「ふーん。」



   ――おや?

妙に物分りがいい。
こう言ったときは必ず何か企んでいる。

「遠坂、いいか、絶対に掘り返すなよ。」
「わかったわよ、アンタが一人前になるまで私は掘り返さないわよ。」

なんかあやしい。

「本当だな遠坂、約束だぞ。」
「あのね士郎、約束なんかしないでも大丈夫よ、


 私がそんなことする人間に…。」





−−−





「決まってるじゃない。」
「はぁ。」

先程の会話から数十分後、買い物に出かけたシロウの隙をついて私たちは土蔵の裏に居る。

「凛、止めておいた方がよいのでは?」
「いや。こうなったら絶対掘り返して何入ってるか確認しないと寝覚めが悪いわ。」

断固として言い張る凛、やはりさっきの会話は気に食わなかったようだ。

「しかし貴女らしくもない、このようなことを一番嫌っているのは凛でしょう?」

彼女は言動からはそう思えないかもしれないが、こういった下世話な事は一切しない。

「大体何故今更キリツグの遺品など欲しがるのです?
 特に意味があると思えませんが。」
「ん、ちょっとね、気になる事があるの。
 セイバーも結構気になるんじゃないの?」

   ――う。

そう言われるとそうではある。
先程の話から見えるように、シロウの記憶にあるキリツグと私の記憶にあるキリツグがどう考えても同一人物とは思えない。
何があったのか、何がどう変わったのかは多少は気にしている。

「しかし凛、それはシロウが一人前になった時始めて開けて良い品です。」
「だからといって私達があけちゃ駄目とか言うものでもないでしょう?
 こっそり開けて黙ってりゃいいのよ。」
「む…。」

このような理屈の言い合いになって凛に適う事はまずありえない。
彼女はそれを発掘するだろう、ならばせめてそれを監督する事がせめてもの勤めであろう。
いや決して私もそれを見てみたいというわけではないのだ。
兎に角凛を監視せねばならない、と、いうわけで、

   ――申し訳ありません、シロウ。

先回りして謝っておく。

「わかりました、ですが、過ぎた事をしないように。」
「了解、んじゃ、これよろしく。」


ぽん。


手渡されたのは大きなスコップ。
それはいいのだがどう見ても一つしかない。

「凛?掘るのはよろしいですがあなたはどうするのです?」
「何言ってんの?わたしさっき約束したでしょ?」
「約束?」

   ――はて?

「『私は掘り返さない』って士郎に約束しちゃったから掘るのはセイバーの役目ね、んじゃあとよろしくー。」

   ――少し待ってください、凛。

土蔵の裏、といっても割りと広い。
しかもどこに埋まっているかもどれくらいの深さに埋まっているかもわからないというのに…。


カシャ


「で、いまセイバーが土蔵の裏でスコップ抱えてた写真をとったから。
 これで士郎に嘘八百並べられたくなかったならきりきり掘る、いいわね?」

言うだけ言うと凛はジロリと一瞥してこちらの言い分も聞かず居間に引っ込んでしまった。


   ――凛、先程の事、根に持っていたのですね…。



7: 和泉麻十 (2004/04/10 04:36:39)[izumiasato]

interlude


   ――僕は正義の味方になりたかった。


動機は極単純で幼稚な事だったと記憶している。
『誰かの笑顔が見たいから』そんな程度の事。
だから手当たり次第救って回った。
ほんの小さな事でも、命にかかわる事でも、なんでも助けた。


でも全てを救う事はできない。


救われる人が居れば、救われない人が居る。
それは当たり前、全てを救う事なんかできない。
年月を重ねて、気付いたのはそんな事。

百のうち百全てを救う事なんかできない。
ならばせめて救えない人間を減らそうと努力した。

事が起これば被害が増える。
なら事が起こる未然に防げば最良。
更に年月を重ねて、気付いたのがそんな事。

それは結論として、百のうち九十を救うために十を殺す事。

九十と十の間に明確な違いはない。
ただ数が違うだけ。

それでもいい。

それでも救われる人が居るならそれでいい。

救われた人が救われた事も気付かず日常を送れるならそれでいい、そう思っていた。



褒められたかった訳じゃない。



認められたかった訳でもない。



ただ救いたかった。
被害はなるべく少なくしなくてはいけなかった。
だから手段は選ばなかった。


人質を取り、弱みを握り、金を掴ませ、暗殺し、鏖殺し、敵ならば女子供問わず手にかけた。



何が欲しかったわけでもない。



崇められたかった訳でもない。



ただ救いたかった。

世の中は非情で、神様は全ての人類を救ってはくれない。
一人が幸せになれば九人が不幸になり、九人を幸せにするためには一人が絶望しなければいけない。


どちらかしかないのなら、一人を絶望させるしかない。


だからそうした。


世界が非情なら、それ以上に非情になる。
そうすれば、だれかが救われる、そう信じた。

救った人間に罵倒され、怖がられ、不気味がられ、逃げられ、やり場のない憤りをぶつけられ、責任を押し付けられ、追い出され、石持て追われ、忌み嫌われ、利用され、裏切られ、捨石にされ、騙され、奪われ…。


それでもいい、それでもいいのだと。


それで誰かが救われたのならそれでもいいのだと。



そうして人を救ってきた。



一人救うたびに僕の心は少しづつ壊れ、僕の感情は少しづつ錆びていった。
誰かを救うために己を殺して事にあたり、そして僕を構成するものは本当に殺されていった。


理論はこれ以上ないくらい正しい。
これ以上の答えはない。
それは確かだ、なのに…、



どうして…、



どうして…、





どうして僕はこんなに疲れているんだろう…。





もう僕は疲れきっていた。
理由もなく、原因もわからない、ただ無性に僕は疲れていた。

でも救いたかった、僕程度の助けで事足りるのであれば、それはどんなに幸せな世界だろう…。





だから僕は、聖杯を求めた。





僕程度の助けで皆が幸せになる、そんな世界を…、僕は求めた。





interlude out

8: 和泉麻十 (2004/04/10 12:27:24)[izumiasato]

「これ、ですかね。」

目的のものは実にあっさりと見つかった。

   ――まあ、私は直感がAランクなので当然と言ったところですが。

「あら、もう見つかったの?」

凛が戻ってきた。
手に何かを二つ持っている、少し長めで、袋に包まれている棒のような・・・。

「凛!それは『あいす』ではありませんか!」
「冷凍庫にあったからもらってきた、いるでしょ?」

ええもう一仕事して火照った体に冷たいものはありがたい、ああ、凛、できれば二つあるうち抹茶の方を要求…。

「凛?」

白いバニラの方を手渡されてしまった。
凛を見るとひらひらと『かめら』を見せ付けるように振っている。

   ――仕方ありません、シロウに買い足しておくよう要求しましょう。

「それで、これ?士郎の言ってた奴って。」

私が掘り出して地面に置いたのは中ぐらいのトランクだった。

「見覚えある?これ。」

   ――見覚えも何も…。

「私が入っていたトランクですよ。」
「あ、中が結構広いって言ってたあれね。
 ということは、ドンピシャかも知れないわね。」

   ――どんぴしゃ?

「あ、こっちのことだから気にしないで。
 で、どうやって開けるのそれ。」
「凛、私は中に居たのですから開け方を知っているわけがありません。」
「…、そりゃそうよね、でもこういうのなにかしらの鍵が掛かってるのが普通だからちょっと面倒なんだけど…。」

そう言ってあいすを口にしながら彼女がトランクに手を掛けると…。


ガチャ


「開きましたね…。」
「開いたわね…、ただ普通に開けただけよ私…。」

妙に唸りながら蓋を大きく開ける。
中に入っていたのは…、


「のーと、ですか?」


シロウが勉学の際によく利用する筆記用具に酷似していた。
いや、見た目が違うだけで、要するに同じなのだろう。
それがトランク一杯に詰め込まれていた。

「キリツグの研究でしょうか…。」
「表紙に日付書いてあるからそれっぽいんだけどね…。
 でも魔術師の研究が大学ノートなんかに書かれて無用心に置かれるわけないんだけど…。」

確かに表紙の題名らしき部分に『8/01〜8/31』と日付が書かれている。

「見つからないためにわざとこうした…、ってわけでもなさそうね…。
 その類の魔術なら腐るほどあるんだから…。」

ぶつくさと言いながら彼女が開くそれを覗き込む。



八月一日 快晴

久しぶりに冬木に帰ってくる。
士郎は半年見ないうちにすっかり大きくなった。
料理も上手くなったのだと自慢していた。
大河ちゃんや藤村組の方々が良くしてくれているらしい。
旅先の心配は杞憂だとわかり安堵。
今士郎は隣で眠っている。
私を苛む声もこの時だけは収まっているようだ。
明日から何をしようかと浮かれている自分に驚く。
もう少し士郎の寝顔を見てから眠る事にしよう。



「…。」
「…。」

   ――これは、その、どう見ても…。

「日記ですね…。」
「日記よね。」

そう呟いてページをめくる。



八月十六日 雨

海に行く予定だったのだが生憎の天候。
士郎と大河ちゃんと三人でのんびりと過ごす。
士郎はエプロン姿がすっかり板についてき……。


読み飛ばしてページを捲る。


八月二十三日 晴れ

花火大会があると言うので三人揃って見に行く事にした。
大河ちゃんの浴衣の着付けを士郎がやっていた。
全く士郎には驚かされる事が多い。
人ごみの中ではあの声が酷く……。



ぱらぱらとページを送っていく。
その全てが同じ書体の日記であろうと推測出来る。

「凛、どういうことでしょうか。」
「暗号、ってわけでもなさそうね…。」

トランクの中にはまだ何十冊の同じものが入っているようだ。
それら全てが日記だというのだろうか…。

「よし!セイバー、いいわね、こうなったらしらみつぶしよ!
 手分けして全部目を通しましょう!」
「な!この量をですか?」
「そうよ、どんな些細な事も見逃さないで。
 なにかそれっぽい文章があったら私に言って頂戴、いいわね?」
「凛?あなたは一体何を探しているのです?」
「いいからちゃっちゃと読む!」

ドサ、と五、六冊まとめて取り出して私の目の前に置く。

   ――仕方ありません。

一冊を手にとって読み始める。
やはりどう見ても日記だ。

   ――しかしこれ全て読み終えるには一体どれほど時間が掛かるのでしょうね…。

9: 和泉麻十 (2004/04/10 13:49:55)[izumiasato]

interlude



   ――年端も行かない少女。

僕と同じく聖杯を求めるサーヴァント。
その姿を見たときに思った素直な感想。
歴史に名高いアーサー王、その正体だった。

凛として、気高く、強い意志を感じる彼女。

そんな彼女が何故、聖杯等を求めるのか。


僕にはわかった。


いや、僕だからこそわかった。


彼女の目は疲れている。


倦み疲れ、後悔している目。


マスターとサーヴァントは性格的に似通ったものになることが多いという。
なら彼女も僕と同じような理由で聖杯を求めるのだろう。
そのために自分を殺すくらい簡単であったらしい。
どのような屈辱的なことでも勝つためと言うなら彼女は何も言わず察して従ってくれた。
ただ、彼女は僕ほど非情にはなりきれないようだ。
人質や闇討ちをする時、優美な顔に苦悩が浮かぶ。



でもそれがどうした、僕は九のために一を絶望させる。



だから彼女を汚した。

彼女の矜持を三回、泥に塗れさせた。





一つは、脅迫でマスターに礼呪を使わせて動けなくなったサーヴァントをなぶり殺しにさせた。






一つは、あるマスターをその恋人ごと光の本流に押し流させた。





そして最後の一つは、彼女の希望をその手で潰させた。





聖杯を、壊させた、彼女の手で。
目の前の希望を自分の手で握り潰す絶望。
落胆と悲壮、最後に見た彼女の表情。





でもそれがなんだというのだ、僕は九のために一を絶望させると決めた。



あの聖杯は、人の願いを叶えるものなどではない。



あれは悪、人の業が寄り集まりし絶望。



だから壊した。



それで人が救えると、そう、思ったから。


interlude out

10: 和泉麻十 (2004/04/10 14:54:35)[izumiasato]

「ぷははははははははははははは。」
「…。」

「せ、セイバー見てよこれ!士郎ってば中学の時におねしょしたんですって!」
「…。」

「しかもドライヤーで乾かそうとして布団燃やしかけたんですって、アイツ昔からばかよねー。」
「…。」

「…。」
「…。」

「ごめん、趣味悪いわよね、反省してるわ。」
「え!凛、今何か…。」

凛が何を言っていたのか聞こえていなかった。

「聞こえてなかったんならいいけど…、何そんなに一生懸命見てるのよ。
 あ、それってアルバムよね!」

トランクの奥のほうに、写真が幾葉も封じられたアルバムがあった。
そこにあるのは、おそらく極普通の写真。
海で取ったような写真、紅葉を背景に、実に微笑ましい二人、時にはタイガを交えた三人が写っていた。

「これが切嗣さん?へぇ、思ったより優しそうな人じゃない。」

確かに、写っているキリツグは優しげで温かく感じる。

「あ、この士郎かわいー、アイツ童顔なのは変わらないわよね。」

親子、そうとしか言いようがない。
それ以外この二人をどう表現すればいいのだろう。

「…、夢中になってるとこ悪いけど、時間がないわ、セイバー。」
「あ、は、はい。」
「それには必要な事書いてなさそうだから、残りのノート全部チェックしてからにしましょう。」

それもそうだ、まだ半分ほど残っている。
もうすぐ士郎も帰ってくるだろう。
それまでに終わらせておかないと士郎にどのように思われるか…。

「それにしても今のところ日記だけよね、しかも士郎との生活があった日だけ書いてある。
 海外に行ったときのことは一切書いてないし…。」

そう、どれもこれも日記だった。
自愛と優しさに満ちた、シロウを見守る父親が書いた日記。

   ――わからない。

それが私の知るキリツグと結びつかない。
あの感情の消えた冷たい雰囲気と全くかみ合わない。

   ――キリツグ、貴方に何があったのですか…?


11: 和泉麻十 (2004/04/10 17:50:57)[izumiasato]

interlude


そこは地獄だった。

地獄のような、ではない。

それはあくまで見る側の主観。
地獄と感じるのはそれを見た人間であり、地獄の炎で焼かれている人間はとうの昔に天国ないしは本物の地獄に向かっている。



だからそれは地獄ではなく。



地獄のようなもの、に過ぎない



だが、今僕の目の前にあるのは、掛け値なしに本物の地獄だった。



そこに居る人々は全てまだ生きていた。



そして同時にもう死んでいた。



彼らの体は焼け焦げ、炭化し、ぼろぼろと崩れ落ちていた。



なのに。



だというのに。



話など出来ないはずなのに彼らは口々にこう叫んだ。



『助けてくれ。』


どう助けろと言うのか。


『救ってくれ。』


どう救えと言うのか。


彼らはもう死んでいる。
肉体は魂を維持することも出来ないはずだ。

本来ならもう解き放たれている魂。

何の因果か、魂は未だに焼け焦げた体に括り付けられている。

その痛みを、その熱さを、魂に刻み付けられている。

彼らにあたえることが出来る救いは、死しかない。





なら、その死も与えられないのなら、僕は一体どうやって彼らを救えばいいのだろう。





「ごふっ!」

胃液を戻す。
吐くものなど何もない。
胃液すら吐き尽くし、最早残るは胃そのものを吐き出すほかはない。


声が聞こえる。


もうしゃべる事も出来ないはずの彼らが口々に助けを求める。



『救えないのか。』


救えない、僕にはもう救えない。


『助けてはくれないのか。』


無理だ、こうなってしまっては、僕にはどうすることも…。


『救えぬか、助けられぬか、






 ならば死ね。





 この惨事を作ったのは己自身。』


違う、僕じゃない、このようにしてしまったのはあのマスターの、あの神父のせいだ。


『あれを求めた、あれを開くのを手伝った、ならこの惨事はお前の責任。
 このために幾人もの人を手にかけ、幾もの悪事に手を染め、外道と、鬼と罵られここまで来た。





 歓喜しろ、これがお前の望んだ世界。





 存分に助ければいい、お前程度の力でも、ここに居る人間は救われる。』


違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、チガウ、チガウ、チガウ、チガウ、チガウ、チガウ、チガウ、チガウ!


救えない!ここにいる人は、ここで苦しんでいる人は僕には救えない!





『救えぬなら、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。』





「いっく、ひっく。」

子供のように、泣きじゃくりながら歩いた。
まだ、誰か救える。
この胸に、まだ助ける事の出来る手段がある。



彼女の鞘。




持つものを不死身にすると言う聖剣の鞘。

『アヴァロン』

誰か、だれかまだ生きていて死んでいない誰か。
それなら救える。
だから歩いた。

肉の焦げる匂いの中、全て炭化して陽炎の立つ中、呻き声の中、火傷する位熱い中、何かに取り付かれたように歩き続けた。



「助けてくれ。」

その声に引き寄せられる。
その度に打ちのめされる。

声帯も、喉も、胃も肺も炭化しているはずなのに、なぜ、そのような声が出るのか。


「私の赤ちゃんを助けて。」

その声に駆けつける。
その度に絶望をする。

解けて流れて涙のようになった水晶体が何も映さないせいか、彼女には自分の坊やが半分になっている事に気付いていない。


誰かの影を見つける。
その度に心が壊れる。

そこに肉体はなく、あるのは影のみ。
壁に焼きつき、ただ黒くなった人型だけ。

肉体は消えたと言うのに、魂は縫い付けられていた。

『ここはどこだ。』

その声が聞こえる。

『ここに居る。』

そう叫んでいる。

『助けてくれ。』

そう請うて居た。




どの人間も死んでいた。


そして生きていた。


生きていて死んでいて、


死んでいて生きていて、


生きていないのに死んでいなくて、


死んでいないのに生きていなかった。




迷子の子供のように、泣きながら、鞘を抱きしめて歩く。
声に走り、影に駆けつけ、闇雲に、ただ探し回った。
きっと地獄に鬼が居るなんて嘘だ。
この光景を見て、この光景を作っておいて、正気で居られるのは人間なんかじゃない。







ああそうか、だかそんな事が出来る人間の事を、『鬼』と言うんだな。
そして僕は、鬼になんてなれなかった。







そして目の前にあるのがこの光景。





元は公園か何かだったのだろう。
広場だったらしき、ちょうど真ん中。


なにかがあった。


なにかおおきなものがあった。


にんげんだったものがあった。


多くの人間が、どういった原理か、一つになっていた。

群体のような、聖書に出てくるレギオンのような、肉の塊がそこにあった。



では魂はどうなったのか。



無論そこにある、目の前にある、ほら、だって…。



『『『『『『『『『『『『『『『『『タスケテクレ』』』』』』』』』』』』』』』』』



口々に、そう叫んでるじゃないか。


膝を付く。

もう立てない。


『だれも救えない。』

そうだ、もう僕にはだれも救えない。

『なら、死ね。』

ああ、そうする。

『死ね。』

死ぬよ。

『悔いて死ね、憂いて死ね、泣いて死ね。』

悔いて死ぬよ、憂いて死ぬよ、泣いて死ぬよ。

『憤死しろ、頓死しろ、狂死しろ、犬死しろ、圧死しろ、餓死しろ、殉死しろ、焼死しろ、変死しろ水死しろ、凍死しろ、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。』

ああ死ぬよ、死ぬよ、死ぬよ、死ぬよ、死ぬよ、死ぬよ、死ぬよ、死ぬよ、死ぬよ、死ぬよ、死ぬよ、死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ死ぬよ、だから、だから、だから、だからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだからだから!



「だから、おねがいだ、かみさま。」



銃を取り出して、こめかみに当てる。



「ぼくのいのちをささげる、だから…。」



撃鉄を下ろし、引き金に指をかける。





「だから、おねがいだから、ぼくにひとをすくわせてください。」





12: 和泉麻十 (2004/04/10 18:41:21)[izumiasato]

指に力をこめる。





途端。





あれだけあった僕を苛む声が消えた。





静寂。





何も聞こえない。




もう僕は死んでいて、そのことに気付いていないだけかも知れない。





そう思った。





そのとき。










はあはあ






はあはあ











とても懐かしい。



はあはあ



それは息遣い。



はあはあ



それは生きづかい。



はあはあ



それは誰かが生きている証。




走った。

それが聞こえる方向へ走った。

夢でもいい。

いや、現実であって欲しい。

これは幻聴だ。

いや、現実だ。



走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る。



瓦礫も建物もなく、ただその声に向かってまっすぐ走る。











そして、少年はそこにいた。











二本の足で立ち、大地を踏みしめて、赤い血を流し、虚空を睨み唇を噛み締め少年は歩いていた。


その足取りは覚束なく。


彼の命の灯火はまもなく消え去るだろう。


でもそれで十分。


僅かでも残っているのなら、それで十分。


駆け寄る、走り寄る。


彼が倒れこみ、空に向かって腕を伸ばす。


その腕から、指から、力が抜けていくのが見える。


その腕が、地面に着く前に。


僕はその腕を手で包み込んだ。


時間がない、急いで鞘を取り出す。
彼の上に置き、その真名を唱える。





  ア ヴ ァ ロ ン
「全て遠き理想郷。」






光が溢れ、眩しさに目を閉じた。
彼の手を握り締め、祈る。










どくん


ああ


どくん


ああああ


どくんどくん


あああああああああ

どくん

生きている

どくん

鼓動が聞こえる。

どくんどくんどくん

生きていて死んでいなくて、死んでいなくて生きている。



目をあけると涙が溢れた。
光は収まったのに、目の前が揺れる。

何も見えない、でも、はっきり見えた。





彼が笑っていた。





涙でくしゃくしゃな僕の顔がおかしいのか、助かった事に喜んでいるのか、笑っていた。





ありがとう。





それは本当に有難い事。





ありがとう。






生きていてくれて、ありがとう。


interlude out

13: 和泉麻十 (2004/04/10 21:42:27)[izumiasato]

「終わり、ね。」
「終わり、ですね。」

最後の物も読み終えた。
結局、ここにある全てはシロウとキリツグの生活を記した日記とアルバムだけだった。

「これは、もう、これだけしかないと見ていいのではないでしょうか。」
「そう…、ね、でも、それじゃおかしいわよ、一人前って縛りが必要ないじゃないそれじゃ。」
「凛、そういったものは如何様にも取り方があるものです、一人前になるまで過去を振り返るな、ということかもしれません。」
「そうよね…、そうかもね…。」

トランクに日記を収めながら凛が呟く。

「凛?一体凛は何を求めているのです?何をそこまで固執しているのですか?」

トランクを閉めようとしている彼女にそう尋ねる。
今の彼女はいつもの見ていて気持ちのいいものではない。
何かに追い立てられているようで辛い。

「そうね、セイバーに隠してもしょうがないものね…。」

溜息を一つついて、ようやく観念したように苦笑する凛。

「私ね、実は…。」
「…。」

「…。」
「…。」

おや?凛の顔が心なし引きつっているような…。

「だーーーーーーーーーーーーー!何やってんのよ私たちはーーーーーーーー!」

そう思った途端、彼女は叫びだした。

「凛?どうしたのですか?」
「どうしたもこうしたもないわよ!今までの時間九分九厘無駄じゃない!大体九分九厘って何よ!九割一厘どこいったのよ!」

昼と同じように凄まじい勢いで捲し立てる。

「あの…。」
「見てよこれ信じらんない!」

凛の指差す方向を見る。

「あ…。」

トランクの蓋の部分、ポケットになっている部分に、赤い荘重の本が納まっていた。

「ああもう!あれ魔術師が良く使う簡易錠付きの研究用ノートよ!
 何で今の今まで気付かなかったのよ!」

   ――はぁ…。

「鍵は…、掛かってないみたいね。」

勢いよくそのノートを開く。
中には、日記と筆跡こそ似通っているものの、明らかに日本語と異なる文字が躍っている。

「ビンゴ、ドイツ語だわ。」
「何が書いてあるのですか?」
「えーと、ちょっとまってね。ん…。」

14: 和泉麻十 (2004/04/11 00:13:48)[izumiasato]

interlude

士郎に魔術を教え始めて幾年。
神はきっと、僕を憎んでいるのだろう。

始めて魔術を教えた日から、何度も何度もそう感じている。

士郎が、なまじ才能などなければ苦しむことなどなかった。
いや、彼に才能などない。
五大元素は使えず、少し特殊な魔術が使えるわけでもない。
彼は魔術など使えない、使えるのは、内界のイメージを外界に反映する『固有結界』。

それは魔術の範疇、いや、人間の範疇を超えてしまった『奇跡』。
従って、その能力を持つものにはそれ相応の負担を強いられる。
海外を回って資料を集めた結果、その負担は軽いもので肉体の変化、重いもので死。
そう言う結論がでた。

普通なら、肉体の欠損や変化、その末にある死をことのほか恐れる。

だが士郎はそれを恐れない。

いや、恐れていないわけではない。
彼自身はそう言うことを並以上に恐れる。

只、それで人が救えるとなれば彼に容赦はない。
命であろうと、息を吐くように容易く捧げるだろう。

彼はこう言った。

『救えるなら、全部救わないと嘘じゃないか。』

それはかつて、僕がまだ道を間違えていなかった日に願った希望。
あの事件の所為か、僕の所為なのか、彼は正義の味方になると言う。

できれば、彼には平凡な日常を送って欲しい。

特異な能力に気付かず、平凡な、少しおせっかいな人間として人生を終えて欲しい。

でも、それは不可能だと知った。

聖杯戦争が、数年のうち勃発すると言う情報が、確かな筋で入った。
今回の聖杯は生体という。
おそらくアインツベルンの事だ、イリヤを使うだろう。

彼女はきっと僕を憎んでいる。
僕の息子である士郎に対しても…。

だとすると、士郎に接触してくるのは自明。
事によると殺害を狙うかも知れない。
できれば、二人が殺しあう事などあって欲しくないが、それは都合のいい妄想だ。

結局、神様は僕に安寧を与えるつもりはないらしい。

彼は否が応でも聖杯戦争に巻き込まれ、おそらく命を落とす。
『引っ越そう』、何か感じるものがあるのか、その言葉に頑として首を縦に振ることはなかった。

士郎に、生きていて欲しい。

士郎一人では聖杯戦争を生き残れない。
彼には、心強い味方が必要だ。

だから、彼をマスターにする事にした。

彼女の、僕が汚し、傷つけた彼女のマスターにする事にした。

略式の契約は済ませておいた。
後は土蔵で強く危機を感じれば発動するようにした。

危機を感じて土蔵に逃げ込むなど、ほとんどありえないように見える。
彼女の鞘と、彼女自身が引き合う事、それを祈るしかないだろう。

彼女なら、士郎の力になってくれる。
そして士朗なら、倦み疲れた彼女を救う事が出来るだろう。


彼が僕を救ったように、彼女も士朗に救われる。


都合のいい予想、只の願望。

だが信じる。


『正義の味方』とは、九のために一を殺し九に嫉まれる者ではない。
『正義の味方』とは、十を全て救おうとして五を救えず、それでも残りの五に希望を与える者。


彼なら正義の味方になれる。
きっと悲しみに満ちた聖杯戦争に、希望の光を照らしてくれる。


僕は信じる。


僕は衛宮士郎を、僕の大事な息子を信じる。


interlude out

15: 和泉麻十 (2004/04/11 02:48:48)[izumiasato]

パタン

表紙を開いて少しノートを見つめると、凛は唐突にそれを閉じた。
彼女は懺悔する様に空を仰いでいる。
何か吹っ切れたような清清しい顔で、夕闇迫る空を仰いで目を閉じていた。



「ごめんセイバー、私これ見れないわ、これ見ちゃったら、私は士郎の恋人でも魔術の師匠でもいられなくなっちゃう。」



少し自嘲気味に、深く悔いて、彼女はそう言った。

「士郎のお父さんにね、目を覚まされちゃった、私。」

さも楽しそうに、くすくすと笑い、そしてこう言った。



「セイバー、聞いてくれる?」



肌で感じる、これは大事な話だ、と。

「聞きましょう、凛。」

ありがとう、それを皮切りに大事な話は紡がれていった。

「私ね、ここしばらく士郎の魔術、『固有結界』について調べてたの、アイツ自身、使い方わかってないみたいだし、書籍当たれば何かあるんじゃないかって思ったの。」

   ――なるほど

「家中の書物も、協会の書物も、聖堂教会も当たってみて、知ってる通り最後には大師父の書庫にも行って見た。
 でも成果はゼロ。
 わかったのは、固有結界という能力はやばいってこと。」
「やばい、とは?」
「内界のイメージを外界に侵食させるってのは、そもそも無理があるの。
 だから記録に残ってる固有結界使いで天寿を全うしてる奴は一人も居ないの。
 天寿を全うしようと思ったら封印するしかない。
 アイツが封印すると言ってはいそ―ですかと聞くと思う?」
「思いません。」
「でしょ?それどころか困ってる奴見たらあっさり使っちゃうわよ。
 それが問題なの、人間の固有結界使いの最後は、内界のイメージに自分自身が食われるってのが典型的な死に様。
 わかりやすく言うとね、士郎の場合使い方一つ間違えたり、使いすぎたりするとイメージが暴走して体の中から剣で滅多刺しにされたり、体が剣に変化しちゃったりするのよ。
 そうでなくても体に負担が大きいから、アーチャーみたいに肌の色や髪の色が変わったりするの。
 肉体の欠損や変化なんて当たり前、ちょっとのミスで即あの世行き、それがあいつの能力なのよ…。」

   ――ああ、凛、貴女が何を言いたいのかやっとわかりました。

「不安、だったのですね、凛。」
「うん、そう、明日何かあって、士郎が能力使って死んじゃうんじゃないか、とか何かのはずみで暴走しちゃうんじゃないか、とか、そんな事考えたら眠れなかった…。
 アイツは多分これからも能力を使うんでしょうし、それでアイツが傷つくような事があったら私、自分を許せそうにないもの…。」
「だから、キリツグの遺品に…。」
「ええ、なにか、ヒントになるようなものでも残ってないかと思った。
 それでこんな下世話な真似までしちゃったの、でももうおしまい!」

なんともさっぱりしたような空気が流れる。

「しかし、前例がないくらいで悩むなど凛らしくない。
 私の知っている凛なら、きっとこう答えたはずですよ…。」



「「前例がないなら作ればいい。」」



「あはは。」
「ふふっ。」


いつもの凛がいつものよう笑う。
自信家で、後ろを顧みることもしようとしない凛が、笑う。
それとは何の関係もないが、少し疑問がわいた。

「では、凛、そののーとには何が書いてあったのですか?」
「ん?見てないけど、多分固有結界について調べれるだけ調べた結果でも書いてるんじゃないの?」

   ――え?

「そ、それなら目を通しておいた方が良いのでは?」
「必要ないわよ、多分どうにもならないって事が事細かに書いてあるだけだと思うから。」
「わかるのですか?」
「わかるわよ、それにね、例え答えが書いてあったとしてもそんなもの見るわけにはいかないわ。」

   ――どういう意味ですか?

私が意図を図りかねていると、


「『私は魔術師としてではなく、一人の息子を持つ父親としてこれを記す。』」


突然、そんな事を言い出した。

「これにね、そう書いてあったの。
 だったら私も、魔術師としてじゃなく一人の女としてここにいる。
 可能性考えて魔術師みたいにうにうに悩む必要なんてなかったわけ。
 士郎がいつも死と隣り合わせっていうなら、私は全力であいつを守る。
 これは私だけの特権よ。
 だからいずれ義理の親子になるとしても、他人なんかの助けなんて借りるもんですか。
 要するにね、意地よ、意地。」

   ――はあ。

「その理屈は良くわかりません、わかりませんが、それはとても貴女らしい。」
「ありがと、それにね、何か対策でもあるんならとっくの昔にやってたわよ。」

   ――それもそうですね。

「ということは、このトランクに入っていたのは二人の思い出だけ、ということになりますが。
 やはり一人前と言うのは大して意味はないものだったのでしょうか?」
「知らない。」
「凛、なんですかその投げやりな答えは…。」
「ん?このトランクに入ってたノート類は全部おまけみたいなもんよ、本命は他にあるわ。」
「?なぜわかるのです?」

答える代わりに、研究ノートから一枚の封筒を取り出した。


   ――わが息子、衛宮士郎へ。


「遺書、ですか?」
「多分ね、一人前どうこうってのもこれに書いてあると思うわ、見る?」

意地の悪い目付きをして試す様に聞いてくる。

「必要ありません、一刻でも早くシロウを一人前にすれば誰憚ることなく見れるのですから。」

   ――それにもう、知りたいことは別った様な気がします。

キリツグに何があったのかはわからない。
わかるのは、キリツグが子煩悩な父親になっていた事。
そして彼をそのように変えたのはシロウだという事。


シロウはキリツグを救った。
なら、私も救ってくれるだろう。
今は、それだけで十分です。


   ――もうとっくに救われているような気がしないでもないですが…。


「では、凛、そろそろこのトランクを埋めなおしましょう。
 シロウが帰ってきます。」
「ええ、でもその前に、ねえ、セイバー、私いい事考えちゃったんだけど…。」

16: 和泉麻十 (2004/04/11 03:21:43)[izumiasato]

epilogue


そのトランクは、本来開けるべきときまで再び眠りにつく事になった。
元からあった一つの約束と、新たに出来たもう一つの約束。
二つの約束と共に。

一つは一組の親子の約束。

もう一つは、二人の少女が決めた約束。


『約束よ、士郎が一人前になったと思った時、この鍵を渡して頂戴。』


鍵のなかったトランクに二つの鍵を掛けた。

一つの鍵は、少年が愛する少女が持ち。

もう一つの鍵は、少年が救う少女が持った。

それは何も独占等の邪悪な気持ちからではない。

それは戒め。

必ず少年を一人前にするとの二人の少女の覚悟の証。



カラリ、と玄関の開く音がする。
主のご帰還のようだ。




「ただいまー。」




「おかえり、士郎。」
「おかえりなさい、シロウ。」













   ――わが息子、衛宮士郎へ



   ――今君がこの手紙を読んでいるということは、君はきっと聖杯戦争を生き抜いて一人前になったんだね。



   ――なら、きっとこれからも大丈夫だ、必ず君は君の人生を最後まで全う出来るよ。



   ――トランクに入っているものは、散々迷ったけど、君の生きた証だから、君の好きなようにすればいい。



   ――短いけど、最後に、君が一人前になった時伝えようと思った事があるんだ。











   ――ありがとう。











   ――生きていてくれて、ありがとう。










   ――僕を救ってくれて、ありがとう。









〔FIN〕

17: 和泉麻十 (2004/04/11 03:28:59)[izumiasato]

えーと、三枝さん期待してた皆さんごめんなさい。
書きたかったんです、切嗣さん。
しかし今回は荒いなぁ…、今度ちゃんと加筆修正しとかないと…。
次もがんがって書きますので見てやってください。

では次回予告


恋する凛様第二弾

「凛様初恋事情」


桜を救済

「桜性生活事情」


馬鹿ップル再び

「三枝さん御宅訪問事情」


俺的Fateグッドエンド

「セイバーさん聖杯事情(仮)」


以上のうちどれかでお会いしましょー


記事一覧へ戻る(I)