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◆◆◆
「だがもう助からねぇ。大人しくしてな、介錯して―――」
倒れ伏す少女の背中に槍を向けて告げるランサー。
その行為は、言葉通りの介錯だ。
ほおって置いても白兎は死ぬ。だが、その瞬間を激痛に侵されながら待つのはあまりに憐れ。だからせめて、慈悲でもってトドメを刺そうと。
その寸前、一本の剣が飛来した。
「―――チッ!?」
ランサーの頭蓋を砕くべく放たれた剣を弾く槍。
視線を向ければ、弓を引き絞る赤い弓兵の姿。
「やっと弓を持ちやがったなアーチャー・・・・・・だが、なんだ今の剣は?」
「ここで奥の手を見せるつもりは無かったのだがね。マスターがその少女を助けろというのだ・・・・・・退いてもらうぞ、ランサー」
つがえる矢も無く弦を引くアーチャーの弓に、一振りの剣が織り上げられる。
幻想をもって鋼鉄を生み、幻想をもって容を作り出し、幻想をもって魔力をも生み出す。
「―――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻れ狂う)」
顕現するは螺旋を描いた異形の剣。
その名はカラドボルグ。神々の世界にて妖精に鍛えられたという魔剣。
「な―――アーチャー、なぜ貴様がその剣を持つ!?」
ウルスター神話に曰く。
旧知の間柄であったウルスターの英雄クーフーリンと、魔剣カラドボルグの担い手たるウルスターを追放された廃王子フェルグス・マクローイは、お互いが殺しあうのを良しとせず、最初に戦場で出会った時にはクーフーリンが、次に出会った時にはフェルグスが、それぞれ軍を退くとの誓約を友情にかけて結んだと言う。
だがアーチャーはフェルグスではない。
フェルグスであるのなら、幼馴染でもあったクーフーリンにわからないはずは無いのだから。
にもかかわらず、弓につがえられた剣は間違いなく螺旋剣・カラドボルグだった。
ランサー・・・クーフーリンが驚くのも無理は無い。
その驚愕を、アーチャーは冷笑をもって返す。
「そこまで私が手の内を明かすと思うかね?」
「チッ、何処までもふざけた野郎だ・・・・・・まぁ良い。ウチのマスターの命令もある上、そいつを出されちゃあ退かぬわけにはいかねぇ。この場は退いてやるさ」
豹のような身のこなしで、フェンスの向こうへ飛ぶランサー。
油断無くアーチャーを見据えたままゆっくりと後退する姿を確認して、アーチャーは弓を降ろした。
「だが覚えておけよ。次に逢った時、かならずその剣を持つ理由を聞き出すぜ」
「答えなければ?」
「ふん・・・・・・殺してから聞くさ」
「―――ククッ」
野獣の笑みで言うランサーの言葉に、再び冷笑で返すアーチャー。
それを最後に、ランサーの姿は闇へと消えた。
「行ったか・・・・・・それにしても、こちらの魔術師は何者・・・・・・なっ!?」
倒れている白兎へと目線を向けて驚愕するアーチャー。
ランサーの一撃を受けたはずの白兎は立ち上がり、這いずるように歩き去ろうとしていたからだ。
「・・・えらなきゃ・・・・・・帰らな・・・・・・こんな所で・・・・・・死ねな・・・・・・」
鮮血は口からは一言毎に逆流し、傷口からも止め処なく零れ落ちている。
おそらく両目はなにも見えていないも同然の死に体でありながら、校舎の壁に半身をあずけて、なお幽鬼のように歩む事を止めない。
「あぐっ!?」
「―――っと、危ない」
遂に力尽きたのか倒れかけたそのか細い身体を受け止めるアーチャー。
温かい鮮血が抱きとめた腕を濡らし、同時にどんどん熱を失う少女の身体を感じる。
このままならもってあと数分。
いや、今すぐに失血死してもおかしくは無いだろう。
と、そこへ彼のマスターが駆けつけた。
「アーチャー! ランサーは!?」
「すまない、追い返すだけで精一杯だった」
「そう。それで桜は・・・・・・えっ!?」
アーチャーの腕に抱かれている白兎を見て驚く凛。
この学校に居る魔術師は凛を含めて三人。
凛は逃げ出した制服の後姿を見て、その魔術師を間桐桜だと勘違いしていたのだ。
二年近く同じ学び舎に通って、それとなく観察したモグリの魔術師・衛宮白兎の能力は決して高くない。
それが凛の判断だ。
さっきの火矢のような魔術は使えないだろうというのが、凛が下した衛宮白兎の評価だった。
だから、逃げ出した相手をランサーが追ったと聞いて真っ先に脳裏に描いたのが桜の姿。
彼女の適性は架空元素だったとか、間桐家の魔術は蟲使いだとか云う事実はその瞬間忘れてしまっていた。
あったのは、ただ助けなければという思い。
それほどに、間桐桜という少女は遠坂凛という少女にとって大事な相手と言う事なのだろう。
「・・・・・・私もまだ甘いわね・・・・・・この娘も、見ちゃった以上見殺しって訳には行かないし」
「ん? 初めから助けるつもりでは無かったのかね?」
「ちょっとした人違いってヤツよ・・・・・・まぁいいわ。アーチャー、貴方はランサーを追って」
「了解した、マスター」
姿を消す赤いサーヴァント。
凛は残された瀕死の少女を前に、真紅のペンダントヘットを取り出した。
◆◆◆
「はぁ、やっちゃった・・・・・・まぁ半分以上残っただけでも僥倖か。まぁあの娘がアーチャーを助けてくれたんだから、等価交換よね、うん」
不覚にもランサーを逃がして、戻った遠坂邸で最初に聞いたのが凛の盛大な溜め息だった。
理由はわかる。
彼女が父親から受け継いだ宝石。流動の魔術を得意とし、宝石に魔力を込める遠坂の魔術師に伝わる膨大な魔力を保有したアーティファクトを、あの少女の治療につぎ込んでしまったからだ。
だが、わからない。
その宝石と同じものを、私は持っている。
同じ形と云う意味ではない。本当に同一の存在なのだ。
かつて、私がまだ未熟な魔術使い・衛宮士郎であった頃。
聖杯戦争が始まる寸前、夜の校舎でランサーとアーチャー・・・つまり私の戦いを目撃し、そのせいでランサーによって心臓を貫かれた。
そうやって9割がた死んでいた私を治療するため、凛はその宝石の全魔力を使ってしまったのだ。
その宝石を。
魔力を使い果たした空っぽな宝石を、私は生涯、そして死後である今も持ち続けていた。
だと言うのに・・・・・・凛の手でゆれるその宝石には、まだ半分ほど魔力が残っている。
半分とは言え十分に強力な、使い方によってはサーヴァントすら打倒できる魔力量。
当然凛が手放す理由も無いのだが、それでは『衛宮士郎』がこの宝石を持っている理由が無くなってしまう。
その一点だけでも私が知る『流れ』とは違うと言うのに、夜の校舎で負傷したのは名も知らぬ少女だ。
その上、魔術師。
衛宮士郎の知る聖杯戦争において、通っていた学校内に魔術を使える人間が他に居たという記憶は無い。
まぁ、磨耗している上、思い出せないよう世界からの妨害を受けている以上、それは絶対では無いが・・・・・・
「それにしても、なんであんな所でうろついてたのかしら、あの娘」
呟く凛。
どうやら凛は、あの少女について何か知っているようだ。
「凛」
「ああ、アーチャー。首尾は?」
「すまない。逃げられた」
「そっか。まぁいいわ」
実体化して話しかけるが、凛にはいつもの覇気が無いように感じる。
それとも、単に慣れない大規模治癒の魔術に疲労しているだけだろうか?
少し気になったが、今はそれよりも聞きたい事の方を優先する。
「所で凛、あの魔術師は君の知り合いかね?」
「え・・・・・・ああ、助けろって言った事ね。あれは人違い。あの娘とは、顔と名前は知っているって程度の知り合いよ」
「そうか」
「衛宮白兎って言ってね、魔術回路も魔力も大した事無い、魔術師よりも一般人やってた方が似合いそうな娘で・・・・・・」
「なっ―――エミヤ・シロウだと!?」
「え? アーチャー、どうしたの?」
おそらく今の私の表情はみっともないほど強張っているだろう。
凛もただ事でない雰囲気を察してびっくりしている。
だが、私はそれどころでは無くなっていた。
エミヤシロウ。エミヤシロウだと?
世界は一つではない。
無限に分岐し、様々な可能性の現れたる多重次元世界。
万華鏡の異名を持つ魔道元帥・キシュア・ゼルレッチという魔法使いなど、その多次元を移動する魔法を使うと言うし、私自身がその多次元の『外側』に存在している守護者であるのだから、その事は十分心得ている。
そもそも『英霊エミヤ』という存在自体、単一の『流れ』の果てに生まれた守護者というわけではなく、幾つもの可能性世界において様々な、少しずつ異なる流れの果てに誕生した英霊なのだ。
無数の流れの中から、多くの確率で衛宮士郎は英霊への道を歩み、その結果が統合された存在が『私』と言う事になる。
だが、エミヤシロウは男だ。無数の私の『道程』は単一ではないものの、決して女では無かったはず。
この世界での『私』は女として生まれたと言うのだろうか?
だとしたら・・・・・・あの少女は私の同一存在か? あの少女を私の手で殺して、歴史を改変する事は可能なのか?
・・・・・・とてもそうとは思えない。
千載一遇の好機、万に一つの可能性が、ここでいきなり座礁した感じだった。
はぁ、この後どうなるんだったか。
確か、エミヤシロウを放置するとランサーにまた殺されるだろうと気がついた凛が助けに行くと言って駆け出すのだったか?
「凛、あの魔術師の少女は・・・・・・」
「魔術師?」
ギギギギギーっと、凛がこちらを向いた。
正直怖いぞ、その動きは。
「そうよ! あの娘ったら私が思ってたより随分使えるじゃない。何よあの黒鍵モドキの火矢は!? アレだったら、ひょっとしてマスターになっちゃうかも知れない・・・・・・いえ、もうマスターなのかも! クッ、失敗したわ!!」
「えーっと、凛?」
「アーチャー、今すぐ威力偵察に行くわよ。付いて来て!!」
「威力偵察・・・・・・要するに殴り込みに行く気かね、凛」
ありったけの宝石をポケットに押し込んで、真っ赤なコートを引っ掴んで居間を飛び出す我がマスター。
結局衛宮邸に出かける訳だが・・・・・・やはり『流れ』が違うよな?
◆◆◆
「さ、白兎さま、着きましたよ」
「うう・・・ありがと、キャスター」
ドサリと崩れ落ちるように、居間の畳に寝転がる。
疲れた。
一度死に掛けた体は、まだ十分には動いてくれないでいる。
キャスターが迎えに来てくれなかったら、途中で力尽きたかもしれない。
私の帰りがあまりに遅いのを心配したキャスターは、電話機の横に置いてあるアドレス帳を見てバイト先に電話をかけまくっていたそうだ。
酒屋さんや土建屋さん、喫茶店などに電話をかけまくる神話の英傑ってのもけっこうスゴイかも。
で、私の学校で二体のサーヴァントが戦っている気配を察知。
慌てて駆けつけると、誰かに治療されて校舎裏に放置されていた私を見つけたらしい。
誰の治癒魔術か知らないけど、火傷した右手も、皮一枚で繋がっていただけのボロボロの左手も見事に元通りになっている。
キャスターいわく『復元治癒』という魔術の類で、再生したのではなく『身体を怪我する前の状態に戻す』術らしい。
言ってみれば時間遡行の魔法みたいなモノだが、魔法と言うのは結果が大事で、術の特質として時間を遡る面があっても、実際に過去へ移動していないなら魔術の領域なのだとか。
キャスターは私に肩を貸して夜道を歩きながら、固有時制御がどうだとか、空間転移がどうだとか言っていたけど、正直私のオツムではついていけなかった。
「それで、学校で何があったのですか?」
「それが、ランサーとアーチャーが戦ってる所に出くわして。ランサーに殺されかけて、アーチャーに助けられた」
トテトテとやってきたヌイグルミ、シロウサくんが濡れタオルを差し出してくれるのを受け取りつつ答える。
それにしても良く気がつくヌイグルミだ。
「アーチャーが貴女を助けた?」
「うん。それに、多分アーチャーのマスターらしき人もそこに居たみたいだから、多分治療してくれたのもその人だと思うよ。顔は見てないけど」
だからお礼のひとつも言いたいのだけど、あれはいったい誰だったのか。
「・・・・・・そうですか。貴女が令呪を持っていないのが幸いしたようですね」
「ほえ? なんで?」
「令呪があれば白兎さまがマスターだと一目瞭然でしょう。そうなれば、マスターが他のマスターを助けるなど、決してありえません・・・・・・もっとも、そのマスター、魔術師としては随分お人好しのようですが」
「そっか・・・・・・うん。だったら、アーチャーのマスターとは話し合えば協力できるかも知れないんだ」
「あまり楽観はしない方が良いと思いますけど・・・・・・学校に結界を張った魔術師かもしれませんし」
「結界?」
聞き返すと、キャスターがまたアホの子を見る眼でジロリと睨んでくる。
「はぁ・・・・・・良いですか、白兎さま。あの学校には結界が張られています。それも、内部に取り込んだ人間を溶かして魂を啜る宝具が」
「なっ!? って、宝具?」
「はい。アレは魔術と言うより宝具でしょう。ですから、アーチャーのサーヴァントが使っている可能性も皆無ではありません・・・・・・私は学校に近づいただけで気がつきましたよ?」
「うぐ・・・・・・そんな結界があるなんて、ぜんぜん気がつかなかった」
「まったく・・・・・・決めました。明日からは私も学校へお供しますよ。良いですね?」
それはちょっと・・・・・・と言おうとしたのだけど、キャスターの無言の圧力に口ごもる。
確かに、今日は殺されかけたし、学校にはアーチャーのマスターが居る可能性大。しかも物騒な結界が張られているの上、私はちっとも気がつかなかったのだから、反論の余地は無い。
それに、聖杯戦争がいかに危険なものか、今日こそ思い知った。
「そうだね・・・・・・うん、じゃあ明日から―――」
言いかけたその時、鳴子のような音が居間に響いた。
その音は、切嗣が張った警報の結界。
害意ある何者かが侵入した事を知らせる音だ。
「―――ランサーか?」
「!?」
一瞬考えて思い当たる。
キャスターのマスターを殺した、あの獰猛な男があっさり私を殺すのをあきらめてくれるなんて保障は無いのだから。
だとしたら、自力で撃退するしか無い。
とは言え・・・・・・今の私には投影一回分の魔力も無い。
無理すれば何とかなるけれど・・・・・・その場合、また命を削る事になる。
実のところ、もう一回の投影で衰弱死しかねない。
「何か武器を・・・・・・」
「今はコレぐらいしか」
キャスターが差し出してくれたのは『水』の盾。
まぁ贅沢は言えない。
こうなったら、これでなんとか攻撃を凌いで土蔵に逃げ込むのが正解だろう。
あそこなら、不必要なほど武器があるのだから。
そう決定して盾を受け取る。
ほぼ同時に、居間の電気が消えた。
いや、これは屋敷中の灯りが消えたのか。
間違いなく侵入者の仕業だろう。
「キャスターは一旦消えて外に。部屋の中じゃ、どうしても接近戦になる」
「・・・・・・・・・わかりました」
答えるキャスターの姿が消える。
対サーヴァント用に気配遮断魔術を使っているので、この状態なら、たとえ隣に居てもキャスターを見つけることは出来ないはず。
後は・・・・・・おそらく必殺を期してくる相手の初撃をいかに防ぐか。
全神経を集中し、息すら止めて物音を立てないようにする。
その時。
ガタンと音を立てて机の上に飛び乗る影。
長い耳のキュートなキャスターの使い魔、シロウサくんだ!
「―――!」
ほとんど同時に天井で実体化して襲い掛かるランサー。
シロウサくんの感情の無いボタンの瞳が、私を見てキラリと輝いた。
一瞬で理解する。
シロウサくんはみずからを囮にして私にチャンスをくれたのだ。
「ゴメン、シロウサくん―――!!」
赤い槍に貫かれ、綿を撒き散らして切り裂かれるシロウサくんを見捨て、私は窓を破って庭へ飛び出した。
「―――なっ、人形!?」
ランサーの驚いた声が聞こえるが無視。
ひたすら全力で土蔵へ向かって走り・・・・・・悪寒を感じて振り返る。
突き出す手には唯一頼みの盾を―――
「逃がすかよ―――!!」
「―――ぐっ!!」
衝撃を軽減するはずの盾が一撃で捻じ曲がる。
それほど熾烈なランサーの槍。
受けられたのは幸運。その衝撃で土蔵まで弾き飛ばされたのは更に幸運だろう。
分厚い扉に背中から叩きつけられた私に、信じ難い速さで踏み込んできたランサーの槍が襲い掛かる。
頭を狙うその一撃を。
「トドメだ、嬢ちゃん」
「くうぅ」
ガクリと膝が崩れたおかげでかわせた。
「チィィ、運の良いッ!!」
弾けるように内に開く土蔵の扉。
正しく運が良い。
文字通り転げるように、私は土蔵の中に逃げ込んだ。
ここまで、大幸運の四連続。
これ以上幸運が当てになる程私は強運ではない。
ランサーと私の距離は槍一本に満たない以上、キャスターも援護は困難に違いない。
だから、一瞬でも早く武器を手にして、自力でなんとかしないと・・・・・・
「づぁ!?」
途端、片足に灼熱。
ランサーの投げた槍が右足を抉ったのだ。
間髪入れず左から衝撃。
武器を積んである場所とは反対の壁まで吹き飛ばされる。
「あっ・・・ぐぅ・・・・・・・・・」
槍を投げつつ、それに追いつく速度で疾駆し、蹴りの一撃で私を飛ばしたのだろう。
それだけで、腕の骨と左肋骨の何本かがイカレたようだ。
・・・・・・腕は折れていないのが救いか。
「トコトンしぶとい嬢ちゃんだな・・・・・・マスターの命令が無ければ口説いてる所だぜ。だが、出会い方が悪かったと諦めて―――」
「そこまでです、ランサー!!」
「―――ぬっ!?」
振り返るランサー。
土蔵の外には、魔力弾をランサーに向けて構えるキャスターの姿。
紫のローブを纏ってその顔は見えないけれど、そこには戦う意思が溢れている。
でもダメだ。距離が近すぎる。
ランサーのスピードなら、あの魔力弾を解き放つ前にキャスターに槍の一撃を見舞えるだろう。
実際、窓を飛び出してからここまでの攻防に、キャスターは入り込むことすら出来なかったのだ。
そして・・・・・・あの槍の一撃は、キャスターを一撃で殺すことが出来る。
一度この身に槍を受けたからか、私はそれを確信していた。
「キャスターだと? なぜ貴様がここに居る?」
「白兎さま―――その少女が、私のマスターだからです。それ以上マスターに危害を加える事は、この私が許しません」
「・・・・・・この己に、この距離で勝てると?」
「確かに貴方の魔槍は私の魔力弾より早いでしょう・・・・・・けれどサーヴァントである私を即死させるのは困難。ならばその一瞬にこの魔術が貴方を殺す事も出来る」
壮絶な決意をみなぎらせて言い切るキャスター。
そんな、私なんかのために相打ち覚悟なんて。
そんなの、ダメだ。
早く立ち上がって、逃げるように言わないと・・・武器を取って、せめて援護をしないと。
なのに、この体は動かない。
右足が、まるで壊死したように感覚を失っている。
裏腹にズキズキと痛みを告げる左半身。
壁に叩きつけられた衝撃も、まだ体内にわだかまっている。
「ほう・・・・・・変われば変わるものだな、キャスター。以前のマスターならそうまでして守ろうとはしなかっただろうに・・・・・・令呪も無いマスターにそこまで忠義を立てるか」
「お黙りなさい!! 退くか、共に消えるか、私が聞きたいのはその答えだけです!!」
「・・・・・・やれやれ、おっかねぇ。ま、そこまで言えるマスターにめぐり合えたってのは正直羨ましいとは思うが・・・・・・残念だったな、俺は一度目に戦った俺とはワケが違うぜ」
「なんですって!?」
「腐れマスターの令呪でな。一度目の戦いは勝たずに退くように命令されてたのさ。だからこそ、アンタのマスターも殺せる間合いでも殺さなかっ―――」
「その減らず口、今すぐ閉じさせて―――!!」
何か、言われたくない事を告げられたかのように絶叫するキャスター。
けれどそれは失策だ。
集中を欠いたキャスターに向かって、蒼い槍兵が動き出す。
まるでスローモーションのように見えるその様子。
ダメだ。
間に合わない。
私では、どう足掻いてもランサーを止められない。
力が、欲しい。
今こそ、力が。
大切な人を守れる力。
誰も傷つけないための盾では不足。
誰かを傷つけてでも、守りたい者を守れる、剣が欲しい。
剣を。最強の。何者にも破れ得ぬ。不壊の剣を―――
◆◆◆
襲い掛かる槍は迅雷。
それはキャスターの反撃など許さず頭蓋を砕くと思えた。
だが。
その槍が反転する。
狭い土蔵にもかかわらず最高速度で一閃された槍の穂先が、背後から振るわれた神速の一撃を受け止める。
誰も居なかったはずのそこに、白銀の騎士の姿。
シャランと、涼やかな音。
否。降り立ったその音は真実鉄よりも重い。
ただ、無骨な鋼鉄を纏ったその騎士のあまりの流麗さが、そのような錯覚をさせただけだ。
「なっ―――六人目のサーヴァント!?」
驚愕するランサー。
騎士は、ただ無言に対峙するのみ。
にらみ合い、お互いに膠着する二人の横を抜けて、一瞬姿を消したキャスターが主の元へと現われた。
「白兎さま、大丈夫ですか!?」
抱き上げたマスターの手の甲に浮かぶのは、間違いなく令呪。
ならば銀の騎士を召喚したのは、衛宮白兎に違いあるまい。
キャスターが移動した事で退路を得たランサーが土蔵の外に飛び出す。
それを見送って、初めて少女騎士が口を開いた。
「我が名はセイバー。召喚により参上した」
状況も怪我の痛みも忘れ、呆然と少女を凝視する白兎。
それ程に彼女は美しい。
キャスターですら一瞬見惚れ・・・・・・そして白兎の様子に気がついて一瞬嫉妬を過ぎらせる。
「問おう―――」
金色の髪、聖碧の瞳。
息を呑むほど美しい少女は、しかし蒼い戦用舞闘服に白銀の鎧を纏った戦う者であり、その装束が決して装飾などではない事を確信させる風格を纏って、可憐でありながら威風堂々と立っていた。
「―――貴女が、私のマスターか?」
少女騎士の問いかけ。
ズキリと疼く手の甲の令呪を意識して、衛宮白兎は首肯する。
「これより、我が剣は我が主のために。主が運命は我が剣と共に―――契約はここに完了した」
「あっ!」
そうして、土蔵の外へ撤退していたランサーを追って飛び出すセイバー。
慌てて追おうとする白兎を、キャスターがおし止めた。
「白兎さま、その怪我で無理はいけません。それより、私の言葉を復唱して下さい」
「なにを・・・・・・今はそれどころじゃ―――」
「良いからお願いします!」
キャスターの迫力に気圧されてうなずく白兎。
土蔵の外では、激しい剣戟の音が続いている。
「―――告げる。
汝の身は我の下に、我が命運は汝の法に。
聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら―――」
「ええっと・・・・・・告げる。汝の身は我が下に、我が運命は汝の法に。
聖杯のよるべに従い、この意、この理ら従うのなら」
言われるままに復唱するそれは、先程セイバーが告げた言葉に似ていた。
「―――我に従え。ならばこの命運、汝が魔術に預けよう」
「我に従え? ならばこの運命、汝が魔術に預けよう―――」
キャスターの手が白兎に触れる。
愛しそうに、優しく頬を撫でる指先。そして接吻。
唇を触れさせるだけの一瞬のそれの後、厳かにキャスターが告げた。
「キャスターの名に懸け誓いを受けます。 白兎さま、貴女こそ我が主」
立ち上がり、土蔵を出るキャスター。
「セイバー、援護します! 私達は、共に同じマスターの剣となる者!!」
「―――!? わかった、ならば背中を任せよう」
そして炸裂したのは、キャスターの魔術だろう。
だが、戦いの音は収まらない。
なお続く剣戟の響き。
ならば―――自分も参戦しなければと、衛宮白兎は立ち上がった。
脚の怪我はいつのまにか治っている。
不思議だが、今は考える時ではない。
土蔵に積まれた武器の中から弓を取り出した。
矢は、持たない。
「―――投影・開始」
命を賭けて。
それぐらいしか、賭ける物など無いのだからと決意して。
本来の魔力を超えて、本来の能力を超えて投影を始めた。
基本骨子は理解している。
なにより、その身体に打ち込まれた凶器だ。わからないはずが無い。
製造理念―――ただ独りの英雄のために作られた武器。
構成材質―――伝説には海獣の骨から作られたとある、その武器。
製造技術―――魔女スカザーハの魔術の粋により生み出された武器。
成長過程―――そして、彼と共に幾多の戦場を駆け抜けたのだ。
神話の時代から、この現在に至るまでの時間を蓄積して。
「ぎっ・・・ぐっ・・・・・・」
内部から焼け付く魔術回路。
その激痛を、歯を食いしばって耐える。
理解せよ。想像せよ。模倣せよ。創造せよ。
かくて手の中に結実する幻想。
出現と同時に白兎は理解する。
―――刺し穿つ死棘の槍・・・・・・死翔の槍、ゲイボルク。
この宝具は危険だ。
絶対に、その真名を開放させてはいけないのだと。
「二人とも、無事でいて―――」
祈る気持ちで槍と弓を持って土蔵から出て。
「―――な」
その戦いを眼にして、絶句した。
ランサーの槍の恐ろしさは十分に体感したつもりだった。
それは反撃など出来ない、ただ逃れるだけで精一杯の暴力。
圧倒的な力でありながら、白兎を相手にはまだ本気では無かったその槍兵が、今は本気で戦っている。
いや、その表現は正確ではないだろう。
―――本気で、守勢に回っているのだ。
ランサーに切り掛かる少女騎士・セイバーの持つ武器は不可視。
その武器を手の動きや足捌きだけで見極め、ランサーが受けるたびに飛び散る火花。
一撃ごとに込められた圧倒的な魔力が爆発しているのだ。
反撃など許さない。
学校で見せたランサーの槍が瀑布なら、セイバーの攻め手は雪崩と言うべきか。
わずかな隙も見せず打ち込まれるその全てに必殺と称しうる威力が込められている。
「くっ―――」
「逃がしません!! 魔弾よ・砕け!!」
だからと言って、ランサーには退くことも許されていない。
もし間合いを外せば、次の瞬間飛んでくるのはキャスターの魔術。
その一撃ですら白兎の知るどんな魔術よりも高速でありながら破壊力に満ちた攻撃魔術は、八連に放たれるその一発でランサーに死を与えられるだろう。
「チイィィ!!」
それでも、次々飛来する魔術をただ敏捷さだけで回避するランサー。
大地を穿ち土煙を上げる魔弾の余波にまぎれて更に距離を取ろうとする。
だが次の瞬間、再び間合いを詰めたセイバーの見えない武器による一撃が打ち込まれて、その場に縫い止められる。
今手を組んだばかりとは思えないコンビネーション。
強固な前衛を得たキャスターが、堅実な後方支援を得たセイバーが、その能力を存分に発揮していた。
その戦い方も超絶なら、それを捌き切るランサーも超絶。
けれどこれ以上攻め手が増えればランサーとて耐え切れないだろう。
たとえそれが、半人前の魔術使いの手であっても。
「そこまでです、抵抗を止めて下さいランサー!!」
「―――な!?」
声の方を見て呆然とするランサー。
その眼に映るのは、矢の変わりにゲイボルクをつがえた弓をひきしぼる白兎。
真紅の穂先はランサーを正確に捉えている。
「ばっ・・・・・・英霊の宝具を投影するなんて、なんて無茶を!!」
「投影・・・だと?」
取り乱すキャスターの言葉に信じられないという顔をするランサー。
セイバーすら、その行為の法外さに驚いて攻撃の手を止めている。
その反応も当然だ。
宝具の投影をする魔術師など、聞いたことも無い。
・・・・・・たった一人、先程ランサーが戦ったサーヴァントを除いでだが。
「ランサー、貴方は初めて戦うサーヴァントは倒せないのでしよう? なら、セイバーとは初見のはず。ここは退いてくれませんか?」
「なっ・・・・・・マスター!?」
白兎の言葉に驚いたのはセイバーのみ。
キャスターは頭痛を堪えるような仕草で「ああ、やっぱり」などと呟いている。
「・・・・・・・・・見逃すって言うのか?」
「そうです・・・・・・ですから、貴方のマスターに伝えて欲しい。この聖杯戦争は何処かおかしい。なにか、ルールに意図的なトラップすら感じられる。私はそれを調べているんです。だから、出来るなら誰も殺したくない」
「・・・・・・ふん」
「証拠はありません。だから、今すぐ聖杯戦争をやめろとは言えませんが・・・・・・その事を知っておいて欲しいんです。貴方にも、貴方のマスターにも」
槍を向けたままで言う白兎にランサーはゲイボルクを消して肩をすくめ、苦笑した。
「ああわかった。ちゃんと伝えよう。どうせこのままやったら負けは確定してそうだしな・・・・・・まぁそれを聞いたからって、素直に大人しくしそうなマスターじゃ無いんだが」
「ええ、それで十分・・・・・・助かります」
槍を下ろすと、深々と頭を下げる白兎。
苦笑するランサー。
もうキャスターとセイバーはそれを呆れて見ているだけだ。
その行動は、どう考えてもお人好し過ぎるから。
撤退するランサーは一足飛びに塀の上に飛び上がると、人好きのする笑顔をみせて言う。
「じゃあな、嬢ちゃん。出来ればアンタとは仲良くしたいぜ・・・・・・それとセイバー、貴様とは、次は本気でやりあいたいな」
告げて、ランサーは闇の中に消えた。
残されるのはキャスターの魔術によって穴だらけになった庭と、三人の主従。
その中で最初に動いたのは、白銀の鎧のサーヴァント・セイバーだった。
去ってゆくランサーを見送ったセイバーは、くるりと向き直り白兎に詰め寄る。
「さて・・・・・・それでは説明してもらいましょうかマスター。私の他にキャスターを有し、サーヴァントの宝具を投影する貴女が何者なのか。それに、先程言った今回の聖杯戦争がおかしいと言うのはどういう意味か」
「ああ、うん・・・・・・でも、その前に」
殺気すら感じさせるセイバーを前に、白兎はのほほんと笑って右手を差し出す。
「?」
「キャスターを救ってくれてありがとう、セイバー。私は衛宮白兎。出来ればマスターじゃなくって、名前で呼んでくれると嬉しい」
「・・・・・・・・・ではシロウと。それで、貴女の―――!?」
困惑の表情で白兎の手を取ったセイバーと、その様子をニヤニヤと傍観していたキャスターが突然屋敷の門の方へと振り返った。
二人の顔に、先程ランサーと戦っていた時の緊張感が再び浮かんでいる。
「キャスター? セイバー?」
「シロウ、新たなサーヴァントです・・・・・・近い」
「こちらな向かっているようですね。迎撃に向かいましょうか?」
「・・・・・・いえ。戦力を分散させる愚は避けましょう。このままここで迎え撃った方が良いんじゃないかと」
「わかりました、シロウ」
「ええ、白兎さま」
早くもライバル意識が芽生えたのか、お互いをチロと見てから自分が攻撃を行いやすい場所に移動する二人。
白兎も手近な植木の陰に隠れ、ゲイボルクをつがえた弓を門へと向ける。
もちろん、塀を飛び越えたり空間転移かなにかで突然現われる事への注意も怠らない。
息を潜め、相手の侵入を待っていたと言うのに・・・・・・
「たのもおぉぉぉ!! 衛宮白兎うぅぅぅ!!」
敵はバッチリ大声を上げて正門から突入してきた。
ザッツ無謀。
いやまぁ、奇襲を目論んで手痛い反撃を受けるよりは、あるいは良い選択なのかも知れないが。
とりあえずの効果として聞き知った声に驚いた白兎が立ち上がったので、ある意味有効だったと言えよう。
「遠坂さん!?」
「衛宮白兎、アンタ・・・・・・って、サーヴァントが二人も!? しかも何よ、その槍は!?」
「あ、いえ、その、遠坂さんこそ、そのサーヴァントの人は?」
お互いに困惑し合う二人に、セイバーとキャスター、それにアーチャーも手出しして良いものか判断がつかず立ち尽くす。
その中で、赤いコートを纏った少女は、ぐっと仁王立ちに踏ん張って胸を張り、しかも見事な猫の皮を被って告げる。
「見ての通り、わたくし聖杯戦争の参加者ですの。けれど今日は、冬木市の管理を任されたセカンドオーダーとして、不法に居住しているモグリの魔術師にお話を伺いに来ましたのよ・・・・・・お付き合い、願えますでしょうねぇ・・・?」
語尾にとっても不穏なモノを含ませて凛が聞く。
いや、聞くと言うよりも、強制が決定している事態をあえて聞いて見せているだけなのだが。
思わずコクコクとうなずく、先天的に押しに弱い白兎。
だって、今更猫を被っても、さっきの登場シーンは消えやしないのだから。
あれはそう、藤ねぇの実家(ヤの付く自由業)的に言うならブッコミ、もしくは出入りの時のそれに極めて近いのだから。
「えっと・・・・・・じゃあ外で立ち話もアレですから、とりあえず中に。セイバーにも一緒に説明するんで、皆こっちに・・・・・・」
「ではお邪魔しますね、衛宮さん」
優雅に白兎を追い越して玄関に足を踏み入れる遠坂凛。
言動と所作はともかく、家主より先に上がり込むのってどうよ? なんて抗議も許さず、此処が我が家とでも言うが如く堂々とふるまう、あかいあくまの降臨であった。
◆◆◆
◆◆◆
「どーぞウサ」
「あ・・・ありがと」
兎のヌイグルミからお茶のおかわりをもらって冷や汗を流す凛。
ランサーによって壊されたらしいのを、先程キャスターがチョイチョイと縫って修復し、魔術で元通りにした物だ。
凛は別に、この使い魔の存在に驚いているのではない。
魔術師にとって、この手の使い魔の使役はポピュラーなのだから。
だが、ある程度自立駆動し、簡単な言葉を話すなどという高度な使い魔を、ああも簡単に修理・再生するキャスターの能力の底知れなさに驚いているのだ。
まぁ他にも、キャスターが使っていた道具が、魔力も何も無い、ごく普通のソーイングセット(ただしなぜかトラ柄)だったと云う事にも驚いていたが。
それでも、お茶を秘と啜りすると、気を取り直して凛は衛宮白兎に向き直って聞く。
「なるほど。つまり白兎は強化と投影しか出来ない魔術師で、あの火矢なんかはキャスターが作った魔具だと」
「ええ。だから、遠坂さんが思ってらっしゃる通り、間違いなく三流魔術使いですよ、私」
「三流ねぇ・・・・・・宝具の完全コピーなんて離れ技が出来る魔術師を三流とは言わないと思うけど」
ほんの数十分で被っていた猫の皮が完全に剥がれた凛は、やれやれとでも言う様に眉間を揉みほぐしている。
その姿は敵陣に突撃してきた魔術師としては多分に問題があるのだが、わずかな間でたっぷり見せ付けられた衛宮白兎のお人好しぶりを考えれば、まぁわからないでも無い。
かく言う私も、なぜか実体化して他のサーヴァントと共にお茶と茶菓子をごちそうになっているのだから、凛の事をどうこう言えないが。
ただでさえ、この家は中に居る者を落ち着かせる雰囲気がある。
私にとっては特別そうなのだが、普通の人間にとってもやはり『落ち着ける』空間になっているのだ。
その上キャスターが割れたガラスを修復するや、家主自らが「じゃあ取って置きの玉露を開けちゃいますね〜♪」などと友好的に、あまつさえウキウキしながら言って、江戸前屋のドラ焼きと共に上げ膳据え膳で出してくるのだからたまらない。
霊体化して控えていようとした私まで「学校で助けてくれた命の恩人なんですから、お茶ぐらいは出させて下さい」などと外套の裾を掴んで縋りつく始末。
ああもう、あんな仔兎のような目で見られて断れるものかと言うのだ。
「だいたい、その三流がキャスターを拾ってセイバーを引き当てるなんて、どういう事よ、ホントに」
「え、だから、単に偶然で」
明らかに不機嫌な凛の様子に困惑気味に答える衛宮白兎。
ああ解る解る。
きっとこの娘もかつての私と同じように、学校での品行方正な遠坂凛に憧れていたのだろうなぁ。
「確かにキャスターの言うとおり聖杯戦争のシステム自体が怪しいし、いがみあっている場合じゃなさそうだけど・・・・・・ただの偶然で最強の前衛と最強の後衛を引き当ててダブルマスターになるなんて、アンタ実は世の中ナメてるでしょ!!」
拳を握り締めてガーっと吠える。
その様子を、不機嫌そうにしていたキャスターが見てコメカミをピクっと震わせていた。
事前に衛宮白兎が「恩人だしお客様なんだから手出しは厳禁」とクギを刺していなかったら雷撃の一発も打ち込みそうな目付きをしている。
動の凛と静のキャスター・・・・・・怖いぞ、両方とも。
ちなみにセイバーの方は、鎧姿でドラ焼きを食べながらしきりにコクコクと肯いていて、周りの状況を認識していないようだ。
ああ・・・・・・そう言えばこーゆーヤツだったよなぁ。
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・ああイカン。思わず和みそうになってしまった。
気を引き締めて話に集中する。
話題は既に今後の行動に移っていた。
「ウチの書庫や大師父の書斎は明日から調べるとして・・・・・・とりあえずは、綺礼のヤツに捻じ込んで、何か聞き出すしか無いね」
「キレイ?」
「ああ、言峰綺礼って言ってね、アタシの後見人兼暫定師匠みたいなヤツだけど・・・・・・今回の聖杯戦争の監督役でもあるの」
「監督役なんて人が居るんですか?」
「当然よ。仮にも聖杯なんてブツが出てくるなんて言われたら、聖堂教会も魔術教会も黙って放置なんかしないわ。戦いの行方を監視して、あわよくば横取りしようって虎視眈々と狙ってるんだから」
「そうなんですか」
人差し指を天井に向けて、教師のように答える凛。
衛宮白兎はそれを生徒のようにコクコクと素直に聞いている。
生徒と言うか、幼い外見もあってなにか尻尾を振る子犬のような感じもするが。
いや・・・・・・私が言うのもなんだが、あまりに素直すぎないか?
もっとこう、魔術師としての独立性とか、マスター同士の緊張感のようなモノを持たないと、その・・・・・・今にも凛のペットとかにされそうで。
と。
同じように感じたのかキャスターが自らのマスターをぎゅっと抱きしめながら押しのけて、凛に対して真正面から対峙する。
「で、その監督役は何処に?」
「新都の教会よ・・・・・・そうね、白兎もマスターとして登録する必要があるし、今から一緒に行きましょうか」
「一緒に行く必要は無いでしょう! それに何で貴女は白兎さまを名前で、それも呼び捨てで呼んでいるのですか!!」
「白兎は命の恩人の誘いを断ったりしないわよねー? あ、ひょっとして白兎って呼ばれ方は男の子みたいでダメだった? 三枝さんみたいに、シロちゃんって呼ぼっか?」
「シロちゃん・・・くっ、貴女は敵のくせに何を馴れ馴れしくっ!!」
凛に食って掛かるキャスターと、それを無視して衛宮白兎だけに向けて話しかける凛。
流石あかいあくま。いじめっ子の本領発揮だ。
それはそれとして、少し馴れ合いすぎだと思うぞ、我がマスターよ。
ついでに、自分のマスターを抱っこしたままと言うのもどうかと思うぞ、キャスター。
それと、そろそろ誰かセイバーがドラ焼きを食べるのを止めろ。
もう4個目を終らせて5個目に突入しているじゃないか。
衛宮白兎は衛宮白兎で、鈍感なのか図太いのか天然なのか、キャスターに抱っこされたままほにゃっとした空気を全開に口を開く。
「あ、えっと、しろうって名前は大事な名前なんで、ダメとかそう云うのは無いです」
「・・・・・・大事な名前?」
ふと引っかかりを感じて問うた私に、自らの生い立ちを説明する衛宮白兎。
魔術の師である衛宮切嗣とは義理の親子である事。
本当の両親は10年前の火災で死に別れた事。
その両親の顔も名前も、自分の名前すらも思い出せなくなった事。
そして、士郎という名の双子の兄が、命と引き換えに自分を救った事。
顔も名も思い出せないから悲しくは無いと。
兄だった人の名前だから大切なのだと。
ほにゃっとした笑顔のままで話す少女。
その心にどれ程の墓標を立てて生きてきたのか。
どれ程の死と向き合って笑顔を浮かべているのか。
どんな覚悟と共に、エミヤシロウを受け継いで生きる事を選んだのか。
ただの童顔の、穏やかなだけに見えていた笑顔が、かつての衛宮士郎よりもなお『終っている』シロモノなのだと、今ようやくに気がついた。
「君は・・・・・・正義の味方を、目指しているのかね?」
「え? ええ、そうですけど・・・・・・なんでご存知なんですか?」
その時の気持ちをなんと言い表そうか。
絶望。
希望。
憐憫。
嘲笑。
慟哭。
軽蔑。
尊崇。
憤怒。
全てがない交ぜになった感情が胸中を駆け巡る。
そう。この世界の『私』は、既に死んでいた。
死んで、それでもなおエミヤシロウをこの世に残した。
妹を救って、あまりにも愚かで救いようの無い望みをその妹の肩に乗せた。
よりにもよってエミヤシロウと言う、憐れで、愚かしく、救いようの無い人間を、助けた気になって生み出してしまったのだ。
ギリリと、奥歯が砕けるかと思うほど歯をかみ締める。
「あ、あの・・・・・・何かお気に障る事を言いました?」
「ああ気に障るね。ひとつ忠告しておこう・・・・・・いいか、正義の味方などという物は存在しない。アレはただの殺人者で、都合のいい掃除屋にすぎない」
「な、何を・・・・・・」
「誰かの替わりに、誰かのために、そんなモノを目指すと言うのなら・・・・・・理想を抱いて溺死するがいい!!」
言い放って、逃げるように霊体化して姿を消す。
愚かしい―――私はこの胸の激情を、八つ当たりにぶつけるしか出来なかっただけでは無いか。
けれど放った言葉は本音でもある。
正義の味方など、自分自身の望みであったとしても、何一つ報われることの無い空しい夢想でしかない。
それが、まるで世界によってエミヤシロウのコピーになるべく運命づけられたように正義の味方を目指して何になる。
死んだエミヤシロウやエミヤキリツグの代理としてそんな殺戮者になって何になるというのだ。
これは、怒りだ。
私の消えた辺りに視線をやって、不思議そうに首をかしげて見ている少女の姿にこんなにも胸が痛くなるのは、衛宮白兎の在り方に怒りを覚えているから。
ただ、それだけのはずなのだ。
◆◆◆
「・・・・・・なっ、なによアイツ」
遠坂さんは呆然としている。
ついさっきまで遠坂さんや、なぜかセイバーの様子を面白そうに口の端をちょっとだけ歪めて見ていたアーチャーさんが、突然怒り出して消えてしまったから。
「ちょっと! 出てきなさいよ! 馬鹿アーチャー!! 捨てゼリフ残して消えるなんて、アンタそれでも男なのっ!?」
「ま・・・・・・まぁまぁ、落ち着いて」
激昂して何も無い空間に怒鳴る遠坂さん。
事情を知らない人が見たら、正気を疑われかねない行動だ。
その袖を掴んで落ち着かせると、申し訳無さそうに謝ってくれた。
「ごめん、後でちゃんと誤らせるから。今のアーチャー、なんか変だった」
「あ、いえ、謝ってもらう必要はありませんから・・・・・・怒鳴られたのは初めてですけど、正義の味方になるって言って笑われたりするの、慣れてますから」
「慣れてる? だったら平気だって言うの? 自分の理想を貶されてるって言うのに」
一転、今度は心底不機嫌そうになる遠坂さん。
それで、分かった。
この人は、随分学校でのイメージとは違うけれど、でもやっぱり遠坂凛だ。
とても誇り高い人で、だから他人の誇りも大切にする人。
私の理想のために、怒ってくれる。他人の理想を穢さないために、胸に怒りを燃やせる人なんだ。
「私にとって、口にする理想はただの言葉ですから。誰に笑われようが、だれに怒られようが、私にとっての正義の味方の意味が変わるわけじゃ無いですから。ただ自分を偽らないこと。それさえ守っていれば、理想は穢れません」
だから、その怒りに答えるために。
真直ぐに遠坂さんの目を見据えて。
堂々と、誇りをもって口にする。
「私は、絶対に正義の味方になるんです」
「「ああもう、かわいいなぁ、この子は・・・・・・むむっ!?」」
「むぎゅ!?」
言ったら、いきなり遠坂さんとキャスターに押しつぶされた。
く・・・くるしい・・・・・・
しかもなんだか、キャスターと遠坂さんの間に殺気がビシバシ飛び交っているような気が・・・
うう、怖いよぅ。
「シロウ」
その時。
「話が決まったのなら早く監督役とやらの所に行きましょう。今後の行動を決めるのは早い方が良い」
「あ、うん、そうだねセイバー。じゃあ遠坂さん、よろしくお願いします」
「ええ、わかったわ」
冷静に告げられたセイバーの一言のおかげで、そこから開放される。
セイバーに感謝。
感謝しているので、机の上にある菓器に12個あったはずの江戸前屋のドラ焼きが、一つも残っていない事には気が付かない事にしよう。
別に食べるものが無くなったから声を掛けたんじゃ無いはずだ。うん。
「じゃあ、キャスターは普段着に着替えてもらって、セイバーの服は・・・」
「私はこのままで。どんな危険があるか分かりませんから、武装は解けません」
着替えてもらおうと思ったら、鎧姿のセイバーは頑なな拒絶。
いや、でも、その格好で夜道を歩いて、職務質問なんかされたらどーする気さ?
「でも、その格好じゃすごく目立つと思うんだけど・・・」
「そんなの、霊体化させれば問題ないでしょ」
「残念ですが凛、私は霊体にはなれない」
「霊体になれない・・・・・・それってどう言う事!?」
助け舟を出してくれた遠坂さんの言葉にもにべもない返事のセイバー。
なにやら驚く遠坂さんの質問を、セイバーは「そこまで他のマスターに内情を説明する気はありません」と斬って捨てる。
遠坂さんは怒るかと思ったら、「ああ、そりゃそうよね」なんて納得していた。
・・・いいのかな、それで?
で、結局鎧の上に雨合羽を着て行く事になった。
その姿は、黄色いテルテル坊主っぽい。
見ようによってはヒヨコっぽいとも言える姿は、先程ランサー相手に剣(?)を奮っていた彼女と同一人物とは思えない可愛さがある。
玄関に立っている姿は、少し異様だけど。
「じゃあ、後はキャスターの服だけど・・・・・・あ、霊体化してもらっておけば良いのか」
先程紫ローブになったままで居たキャスターにそう云うと、意外な事に深々と頭を下げられた。
「その事ですが・・・申し訳ありませんが、白兎さまの護衛はセイバーに任せて、私はこの屋敷の結界を調整しておきたいのですが」
「一緒に行かないの?」
「はい。早い内に手を打っておきたいので」
「ん、了解。じゃあ、よろしくお願いね」
「ええ。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
そうして、私達はキャスターに見送られて出かけるのだった。
◆◆◆
土蔵に明りが灯される。
白兎の性格ゆえか、きちんと整理されたガラクタ。
片隅に積まれているのは訓練のために投影された武器類だ。
白兎の投影した武器は消えない。
魔力を持たない物ならおそらく100年経っても存在し続けているだろう。
では魔力のある物はどうか言えば、これも使わなければ消えはしなかった。
ただ、内包した魔力を使い果たせば消えてしまう。
『力ある物』のイメージが『力を失う』事で破綻するからだろう。
そこから視線を外し、キャスターは土蔵の床を見る。
赤茶色に汚れているのは、先程センサーの槍で傷つけられた白兎が流した血の跡だ。
その下。床に彫り込まれている図形。
それは、まごうかたなくサーヴァント召喚の魔方陣。
これが、セイバーを呼び出した原因と見て間違いないだろう。
だとしたら、この屋敷の住人は10年前の聖杯戦争の参加者だったと言う事になる。
そして、白兎の養父であり師でもある衛宮切嗣。
彼はおそらく、前回の生き残りであるのだろう。
「話が聞ければ良かったのだけれど・・・・・・」
誰に言うとも無く呟いて、キャスターは陣図に流れる魔力を探り始めた。
用意された回路に接続する感覚。
まだこの陣は生きている。
令呪のきざしの持ち主が、しかるべき術さえ行えば、サーヴァントを召喚できるだろう。
そして。
ぐっと捲られたキャスターの腕にはマスターの証たる令呪が浮かんでいる。
自分の手でマスターを殺したとき、ルールブレイカーの魔力で奪い取ったものだ。
「これを・・・・・・役に立てる時が来たようね」
そう言って腕を魔方陣へとかざす。
流れるように口をついて唱えられるのは、サーヴァント召喚の詠唱。
キャスターは、サーヴァントの身でサーヴァントを呼び出そうとしているのだ。
(あの時・・・セイバーが召喚されなければ私もマスターも殺されていたわ。所詮私はキャスター。計略をもって勝ちを拾うだけのサーヴァント。いざ実際の闘いとなれば、他のサーヴァントにどうしても遅れを取ってしまう・・・・・・ならば)
ならば、自分の盾となり剣となる手駒が必要だった。
そのためのサーヴァント召喚。
残るクラスが何かは知らないが、どんなサーヴァントでも魔術を使うための時間稼ぎぐらいにはなる。
全ては白兎のために。
どんな手段を使ってでも、キャスターはこの戦争を生き残るつもりだった。
「―――――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
光が放たれる。
それは、圧倒的な量のエーテルがそこに流れ込んだ印。
収束した第六架空元素は、速やかに人型を創り上げる。
―――それは、青年と呼ぶには老いた、中年と呼ぶには若い、コート姿の男の形をしていた。
「・・・・・・・・・まさか、聖杯戦争のサーヴァントとして呼ばれるとはな。いったいどういう因果なのだか」
ポツリと呟く男。
気だるげな様子に無精ひげの生えた顎。
その姿は決して英雄と呼ばれるような存在には見えない。
ただ、その瞳。
チラリとキャスターを見た双眸だけは、触れれば切れる刃のような鋭さがあった。
一瞬だけ気圧されるキャスター。
それを押し隠すため、殊更高圧的に問うた。
「貴方のマスターとして聞きます。クラスと真名を答えなさい」
「クラスはアサシンだが・・・・・・さて、カスパールとでも名乗ろうか。あるいは、魔王ザミエルとでも?」
キャスターの悋気をそよと受け流し飄々と答える。
アサシンの答えた名はどちらも戯曲・魔弾の射手の登場人物だ。
気が付けばアサシンは片手に回転弾装式の拳銃を持っているが、それでは戯曲の時代や内容と武器が一致しない。
魔弾の射手に登場する銃ならば、フリントロック式の猟銃でなければならないのだから。
第一、あれは創作された物語であり、カスパールはまだしも魔王ザミエルなどという『人間』は存在していたはずが無い。
ひょっとしたらそう云う名の、架空の人格から生まれた英霊が居るのかもしれないが・・・・・・男の外見も態度も、その言葉がただの戯れだと示している。
「くだらない戯言に興味はありません!! 私は貴方の真名を聞いているのです!!」
「ああ、失礼。美女を怒らせるつもりは無かったんだがね。だが、真名を答える前に聞かせて欲しいんだが」
「つっ―――なにを、かしら?」
怒気を孕んだキャスターの様子も何処吹く風。
平然とした様子で、アサシンは聞く。
「今が西暦で何年なのかと、この家の住人がどうなっているのかを」
一瞬。
ただ一瞬だけ、アサシンから殺気が漏れる。
答えによっては、たとえ令呪の縛りがあろうとも殺すと、そう言わんばかりの鬼気。
怒りも忘れて、キャスターはその問いに、自分自身のマスターの事まで含めて答えてしまった。
それ程、アサシンが放った冷たい殺気は恐ろしかったのだ。
だが、答えを聞いた途端、また空気が激変する。
それは安堵と、困惑と、それに苦笑か。
そして。
―――実に実に複雑な表情で、アサシンは自分の真名を答えた。
◆◆◆
◆◆◆
人気の無い夜道を三人の少女が歩く。
先頭は赤いコートを着たツインテールの少女。
少々気の強そうな、覇気にあふれた表情で、残る二人を先導している。
続く二番手は小柄な、一見中学生ほどに見える少女。
身体に不釣合いな長い和弓と槍を纏めて長い布で巻き、それを担いで歩いている。
しんがりは黄色い雨合羽を身につけた少女。
二番手の少女と同じぐらいの身長しかない、これまた小柄な少女だが、見るものが見ればその足運びや目配りに一部の隙も見当たらないと気付くだろう。
「それにしても白兎のそれってさ・・・・・・」
「はい?」
「アレみたいよね、マンガの・・・・・・獣の槍だっけ?」
「ああ、確かにそんな風にも見えますねぇ」
冬木市を二分する未遠川にかかった冬木大橋を渡りながら、随分昔にクラスメイトから是非にと勧められて読んだ妖怪退治の少年が主人公のマンガを思い出して言う凛に、養父である切嗣のコレクションだったそのマンガを同じく読んでいた白兎が肯く。
切嗣はあのマンガを、魔術師として、一般の人々が『そういう者達』をどんな風に見ているのかを知っておくのも重要で、その参考資料なのだと言っていたが・・・・・・アレは絶対、単にマンガ好きなだけだと、白兎は今でも思っている。
「投影ってさ、ああいう架空の武器でも再現出来るの?」
「んー、無理じゃないかと。架空どころか、テレビや写真で見た武器でも投影できなかったし、実際に見た物だけが投影可能なんでしょうね」
ギシギシと、何処がどうと言う訳でもないが崩れ落ちてしまいそうな雰囲気のある橋を渡りながら、二人の魔術師は何気ない会話を続けた。
そのあたりの実験はキャスターに言われて既に試している。
他にも銃などの近代兵器も投影できないか試してみたが、ヘンな黒い棒が出来ただけだった。
「ふーん。意外と不便なのね」
「キャスターには、弓が投影できるんだから、時間があればバリスタやカタパルト、それに投石器なんかも博物館か何所かに見に行けって言われました」
「・・・・・・・・・・・・そんなモノ投影されたらたまんないわよ。このあぶなっかしい橋ぐらいなら落とせちゃうじゃない」
呆れた声音の凛。
バリスタやカタパルトとは大型のクロスボウの事で、大きな物になると城攻めに使われたというバケモノ弓である。
記録によれば使う矢の長さが5メートル30センチ、弦の巻上げに30人以上の人数が必要で、一度に7本の矢を放つという巨大な物まであったと言う。
その有効射程は実に最長1キロ。
投石器は文字通り石を飛ばす武器だが、こちらもむしろ投岩機とでも呼ぶべき攻城兵器で、その破壊力は城壁を粉砕するほどのもの。
当然個人では運用どころか持ち運ぶ事も不可能だが、一回限りの使い捨て前提なら投影して即発射するという方法もある。
戦術としては有効かもしれないが、やられるほうはたまった物では無い。
投影できるか出来ないかは、また別の問題だが。
「ま、確かに使えるのが武器の投影だけなら、色々な武器を見ておいたほうが選択肢も豊富になるわよね・・・・・・ねぇ、だったら、セイバーの宝具なんかも投影できるの?」
「私の宝具、ですか?」
それまで黙っていたセイバーが、自分の名前を出された事で参加してくる。
「そうよ。私は見てないけど、剣の英霊の武器だもの。投影できたら凄いでしょう?」
「それは無理でしょう。私の武器は『眼に見えない』剣なのだから」
「ああ、アレって剣だったんだ・・・・・・鞘に見えたのは勘違いか」
「―――なっ!?」
白兎の言葉に驚くセイバー。
確かに、セイバーの宝具『風王結界』は真の宝具を隠す鞘と言える存在。
だが、目に見えぬ事がその特性である宝具を一目で鞘だと看破するなど、なまかな魔術師の技では無い。
「・・・・・・なるほど。確かにシロウ、貴女は凛の言う通り三流と呼べるようなメイガスでは無いようだ」
「へ?」
賞賛とも警戒ともつかないセイバーの言葉に首をかしげる。
その様子を苦笑して見つつ、指を立てて凛が告げた。
「そうね。確かに一つの機能に特化した魔術師としては異常なぐらい優秀ね。ただし、魔術師としての心構えは褒められた物じゃ無いけど」
「む・・・・・・これでも一応、魔術に携わる人間としての心構えはしているつもりですけど?」
流石に聞き捨てならず、目を半眼にして反論する白兎。
が、その程度で凛の舌鋒が収まるはずも無い。
「自分で聞いておいてアレだけど、だったら敵になる人間に自分のサーヴァントの秘密をペラペラ喋っちゃダメなんじゃ無い? 少なくとも、今の会話だけで貴女の能力とセイバーの剣の事がずいぶん分かったわよ?」
「・・・・・・敵に、なる?」
「そうよ。確かに貴女の言うとおり聖杯戦争には得体の知れない裏がある。けど、だからって私は聖杯を諦めるわけじゃないもの」
「それは・・・・・・確かにそうなんでしょうけど」
「遠坂の家はね、300年前から四度の聖杯戦争全てに参戦している。この五度目の闘いに勝利するのは私の、遠坂の悲願なのよ。私はこの闘いに勝利するために、今まで魔術師として生きてきたと言っても過言じゃ無いの」
先程までと違う冷たい声音。
その声のまま、凛は言葉を続けた。
「だから、貴女の言う隠されたカラクリさえ分かればいつ敵にまわるか分からないのよ。私と・・・いえ、他のマスターとも、殺し殺される覚悟をちゃんと持たないと、真っ先に白兎が死ぬ事になるんだから・・・・・・って、何よその目は!?」
「いえその・・・・・・そういう忠告をしてくれる人を、あんまり敵だとは思えないんですけど」
「・・・・・・うっ!」
偽悪的、とでも言おうか。
冷血を装った凛だったが、それが白兎のあまりの無防備さを案じての事だと一目で見抜かれる。
キョトンとした風な表情で、一見天然ボケに見えてけっこう相手を良く見ている白兎なのだ。
「これはっ・・・その、学校でアーチャーを助けてくれた借りを返そうと思っただけよ」
「でもその後、致命傷を治してもらいましたよ?」
「えうっ・・・・・・そっ、そうよ! 白兎の家に乗り込んだ時も、殆んど詰みだったのに攻撃せずに見逃してもらったから、そっちの借りを返すのよ!!」
「はい。ご忠告肝に銘じます。でも遠坂さん。私は、遠坂さんみたいな人って好きですよ」
「なっ―――」
「できれば、戦ったりとかはしたくないです」
真っ赤になって言い訳をするも、ほにゃっとした笑顔でいなされてしまった。
「そっ、そーゆー所が甘いって言ってるのよー!!」
テレているのを誤魔化すようにガーっとわめく。
優等生の皮はとうに脱ぎ捨てているとは言え、実に近所迷惑である。
そんな二人の様子を、セイバーは静かに見ていた。
(彼女たちが魔術師・・・・・・わずか10年で魔術師というものが変化したのか、それともこの二人が特別なのか・・・・・・前回のマスター達とは随分異なるものだ)
そんな思いを、心に浮かべながら。
◆◆◆
「さ、ついたわよ!」
先程の一件から物も言わずに、ここまで競歩かと言う様な速度で突き進んできた遠坂さんがやっと口を開く。
その頬はまだ、こころなし赤いけど。
「へぇ・・・・・・教会に来たのって初めてですけど、随分立派なんですねぇ」
思わず口をついて出たのはそんな感嘆の言葉だった。
丘の上の、ちょっとした公園ぐらいはありそうな庭園。
そこに堂々と建っている、荘厳な雰囲気をまとった立派な教会のお堂。
外から推測できる広さは、100人前後が出席する結婚式ぐらいなら開けそうな感じだ。
「初めてって、珍しいわね?」
不思議そうに聞いてくる遠坂さん。
そう言えば、この教会は幼稚園や婦人会などの催し物などで、クリスチャンでない人達にも利用されているとか何とか云う話を聞いた事がある。
当然結婚式なども行われて、藤ねぇとネコさんも高校時代の友人から結婚式に招待されたとかで、一度ならずここへ来ているとか。
それにこのロケーション。お金の無い中高生なんかのデートコースにもなっていると、クラスメイトが言っていたのも思い出した。
・・・・・・まぁ、そっち関係には縁が無いのは確かだけど、この教会に来た事が無いのには理由がある。
10年前のあの火事で両親を亡くした子供たち。
私と同じ病院で治療を受けていた孤児達は、ここの教会へ引き取られることになっていた。
その場所に、一人引き取り手が決まった私が行くと言うのが、なにか悪いことのような気がしたからだ。
―――それはきっと、ちょっとした感傷。
なんとなく避けていただけで、別に絶対に来たくなかった訳では無い。
特別遠坂さんに説明するほどの事でも無いだろう。
「あはは、確かに珍しいかもしれませんね。ま、たまたまです」
「ふーん・・・・・・」
「じゃ、行きましょ」
誤魔化し笑いをうかべて、教会へと向かう。
そこへ。
「シロウ、私はここで待ちます」
と、セイバーが告げた。
「教会に入らないんですか?」
「ええ。元々私がついてきたのはシロウを護衛するためだ。ここが目的地だと言うなら、一緒でなくても問題は無いはず」
あまり感情を見せないままそう言うセイバー。
その態度は、おそらく何かを隠しているようなのだけど。
「まぁ良いんじゃない? 言峰にわざわざ自分のサーヴァントを見せる事も無いだろうし・・・・・・そうね、こんなのは心の贅肉だけどついでだから忠告してあげる。
ここの監督役は一筋縄で行くような男じゃないわ。他のマスターにこっちの情報を売るぐらいの事はしかねないもの。
だからセイバーの事も、貴女がキャスターのマスターでもあるって事も、それからその投影の事も、できるだけ隠しておいたほうが良いわよ」
遠坂さんにそんな風に言われて、わさわさここで問い詰める事も無いだろう。
「わかりました・・・・・・じゃあ、セイバー、悪いけどこれを預かってて下さい」
「ええ」
「じゃ、なるべく早く戻るから」
そうして、槍と弓をセイバーに預けた私と遠坂さんは分厚い一枚板でできた教会のドアをくぐった。
◆◆◆
無人に見えた礼拝堂。
そこにいつの間にか現われていたのは、身長が2メートルぐらいあるんじゃないかと云う長身の神父さんだった。
巨体という感じではない。
むしろ引き締まった印象の、それが余計に背の高さを印象付けるような体格だ。
彫りの深い、芸術家めいた少し神経質そうな顔立ち。
ひょっとしたら日本人以外の血が入っているのかもしれない。
先日ギルガメッシュさんと一緒に商店街に居た人だ。
「再三の呼び出しにも応じぬかと思えば、こんな夜中に珍しい客を連れてくる・・・・・・察するにその少女が7人目のマスターか」
遠坂さん曰く、油断のならない聖杯戦争の監督役で、教会の代行者から魔術協会に鞍替えした、そのくせまだ教会にも所属しているという言峰神父が私の方に向き直る。
「あれ? まだマスターは6人目じゃなかったの綺礼?」
「6人目・・・・・・ああ、そうだな。昨夜5番目のアーチャーが、つい1時間ほど前に6番目のセイバー。続いて30分前に7番目のアサシンが召喚されたのを確認している。つまり、聖杯戦争の準備は整ったと言う事だ」
遠坂さんの疑問に目線だけを向けて答える神父さん。
その目をこちらに戻して、腰に響いてくるような渋い低音の声で聞いてくる。
「では6人目のマスター。私は今回の聖杯戦争の監督役言峰綺礼だ。そちらの名前を聞かせてもらえるかな?」
「白兎。衛宮白兎です」
「衛宮―――白兎」
瞬間。
神父さんの纏う空気が歓喜にも似た何かに変わった。
「礼を言おう、衛宮白兎。君が居なければ凛は聖杯戦争が終るまでこの教会を訪れなかっただろう」
その喜悦が、なにかとても・・・・・・不吉な・・・・・・
「そんな事より綺礼、聞きたいことがあるんだけど」
「ほう。凛が私に尋ね事とは・・・・・・珍しい事は重なるものだな」
心に圧し掛かってくる重圧は、遠坂さんの声で払われた。
そうだ。今は聞くべき事を聞かないと。
昂然と私達を見下ろしながら、「言ってみろ」と態度で示す神父さん。
「知りたいのは、聖杯戦争についてです」
「聖杯戦争についてだと? 凛から聞いていないのか? 七人のマスターと七騎のサーヴァントが聖杯を巡って争う闘いだと・・・・・・」
「そういう事じゃなくて、もっと基本的な・・・・・・聖杯って、そしてサーヴァントって、なんなんですか?」
「・・・・・・どう云う意味かね」
「聖杯戦争のルールがひっかかるって意味です。
聖杯を得る人間を選別するのなら、マスターだけが戦えば良い。
いえ、いっそ戦わずに、ただ聖杯が現われればそれで良いんです。
なのにわざわざサーヴァントを召喚して、その戦いが進んでから現われるなんて。
まるで、そう・・・・・・聖杯を『作り出す』ために、サーヴァントを殺し合わせているように」
この人は何かを知っている。
そんな感にまかせて、詰問するようにそう言った。
はたして、その表情を笑みの形に歪める言峰神父。
けれど、彼の口から零れた言葉は予想外のものだった。
「もうそこまで辿り着いたか・・・・・・衛宮切嗣の養女だけの事はある」
「なっ!?」
「何を驚く。10年前、魔術師・衛宮切嗣はこの町に居た。そして魔術協会に所属する私もまた。それが意味する事は、ただ一つだろう?」
「・・・・・・まさか」
「アンタが前回の生き残りだって事は知ってたけど・・・・・・白兎の父親も『そう』だったっての?」
「生き残りどころか凛、衛宮切嗣は前・聖杯戦争の勝者だ」
「――――――」
絶句。
いや、それは予想していてしかるべき事だったはず。
前回の聖杯戦争が10年前で、切嗣があの屋敷に住み着いたのも10年前。
だったら、その関係を疑わなかったのは私の迂闊だろう。
いや、ならばもう一つ。
10年前と言われて疑うべき事があった。
「マスターとしては特に優れていたわけでは無いが、こと『魔術師を殺す』と言う一点において、ヤツほど優れた魔術使いは稀だっただろう。
情け容赦無く、あの男は他の魔術師を狩り、そのサーヴァントであるセイバーによって他のサーヴァント達も倒していった。もちろん、この私も含めてな」
「綺礼がそうまで言うなんて・・・・・・随分な冷血漢ってワケ?」
皮肉交じりに問う遠坂さん。
それは、まるで旧友を讃えるかのように話す神父さんの圧迫感を振り切るための虚勢にも見える。
だけど、その問いは違う。
切嗣のそれは、冷血なのではなく・・・
「とんでもない。ヤツはむしろ理想家で、夢想家で、かつリアリストだっただけだ。
世界の全ての人間が幸福であれば良いと望み、けれどその望みは叶えられるものでは無いと知っていた。
だから、100を救うために50を取りこぼすなら、初めから1を犠牲に99を救おうとした。生じる犠牲を少しでも減らすためになら、どれ程残忍な手段も問わなかったというだけなのだよ、凛」
生前、切嗣が何度か口にした事だから知っている。
それはきっと、冷酷さではなく優しさ。
失われるはずだった49人を救うために、自らの心に突き刺さる刃を無視して戦った、血塗れで苛烈な優しさ。
自らの手で殺したに等しい1人を救えなかった事を、最後まで嘆いて逝った、切嗣の正義。
「そうやって、殺して、殺して、殺しつくして・・・・・・最後の最後に、衛宮切嗣は聖杯を破壊した」
「なっ!?」
「ちょ、それってどう言う事よ!?」
「残念ながら、どう言う事なのか私には知る由も無い。
私は衛宮切嗣では無いのだからな。
だが、本来アインツベルンによって雇われたマスターである衛宮切嗣にとって、聖杯の入手は至上命令であったはず・・・・・・それを破壊したなど、余程の理由あっての事だろう。
それが例えば、衛宮白兎、お前が言う『ひっかかり』の正体かもしれんな」
試すような視線。
この人は言外に語っている。
お前が『衛宮切嗣』を継承するのなら、答えに辿り着いて見せろと。
「ひとつ・・・・・・聞いても良いですか?」
「監督役として問題ない範囲でなら。これでも職務については厳守する性質なのでね」
「・・・・・・10年前、新都を焼いた火災。あれは、聖杯戦争が原因なんですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
神父の笑みが深くなる。
よくぞ正解に近づいたと、そう語るような視線。
なんとなくだけど理解する。
言峰綺礼という人物は、神父という立場に反して、決して自分から教えをくれたりはしない。
ただ、こちらが『正しい問い』を投げかければ、嘘はつかないで『正しい答え』を返してくれる人なのだろう。
そして測っているのだ。
私の『問い』が、彼の期待する『切嗣の後継者』正しいかどうか。
間違った問いには容赦なく間違った答えを返す腹づもりで。
・・・・・・確かに遠坂さんの言う通り油断ならない。
神父より、メフィストフェレスのが似合うんじゃないだろうか、この人は。
「むしろあれが結末と言えるな。破壊された聖杯からあふれ出した『中身』。
それこそが、あの火災の原因だった。
・・・あるいは、衛宮切嗣はあの中身を外に出さぬために、聖杯を破壊したのかもしれんな」
外に出さないため?
なら・・・・・・破壊されて漏れた分だけで、あの惨劇を引き起こしたと言うのか?
「そんなモノが、聖杯だと?」
「さて・・・・・・教会の信徒としての私の役目は、ここ極東の冬木の地で観測された第七百二十六聖杯がどのような物かを見届けるだけ。
物の真贋など問題では無い。
方向性はどうあれ、『中身』に込められた膨大な魔力は間違いない。
なにより、過去の英霊の召喚などという奇跡をなしとげる時点で、その力においてはマスター達が求める『本物』だとは思わんかね?」
「それは、つまり―――」
その言葉と、こちらを見下ろす視線で神父の意図が判った。
多分、いま私はとても挑戦的な視線で彼を見つめているだろう。
聖杯の中身がなにか邪悪なものだとして、それを理由に他のマスターは止まらないだろう。
にもかかわらず、その聖杯の出現条件が満たされた時点で、あの惨劇の繰り返す恐れがある。
―――つまり、私が衛宮切嗣を継ぐと言うのなら、正義の味方になると言うなら、聖杯を求める他のマスターを倒してでも止めなければならないのだ。
「―――喜びたまえ」
「え?」
「君の願いは、ようやく叶う」
それは、こちらの心を読んだかのような言葉。
正義の味方になるためには、倒すべき『悪』が必要だと。
正義の味方を望むのは、悪の存在を切望するのに他ならないと、神父は言っているのだ。
神父の言葉の意味がわからず、遠坂さんは首をひねっている。
当然だろう。今の言葉は、この人と『衛宮』の間だけに成り立つ言葉なのだから。
だけど・・・・・・私は。
「いいえ」
首を振って否定する。
「私は、聖杯戦争そのものを止めたいんです。誰かが悪にも正義にもならないうちに」
切り捨てるのではなく、全てを救う。
それは、切嗣が望んでも叶わなかった道。
罪を犯す者も、罪に虐げられる者も諸共に救いたいと願う、100を救うために悪と言う1人の犠牲をも望まない道。
そんな魔術使いを、切嗣はなんと言っていたか。
『賢き者(マギウス)』ではなく、『覚醒した者(アディプト)』でも『魔道に長けた者(ウィザード)』でもないそれは。
「『戦争を封じる者(ウォーロック)』。それこそが私の正義」
その道を、私は歩むと誓ったのだ。
切嗣を越えると言う以上、切嗣に負けているこの人の言葉なんかに動揺なんかさせられていられない。
「誰一人の犠牲も。悪と呼ばれるスケープゴート(生贄の山羊)も望まない、闘いです・・・・・・だから、こんな事で望みは叶うわけじゃ無い」
「ふむ・・・・・・ならば見せてもらおう。衛宮切嗣を越えると言ったその闘いを」
言峰神父の顔から笑みが消える。
変わって現われたのは、静謐と言ってもいい空気。
正しく、聖職者にふさわしい雰囲気を纏った神父に軽く頭を下げてから、私は遠坂さんを促して教会を出る。
その背後から、私達の背中にかけられる声。
それは、聖杯戦争の開始を告げる宣誓の言葉だった。
「これより、マスターが最後の一人となるまで、冬木市での魔術戦を認める。各々が自らの誇りに従い、存分に聖杯戦争を戦いぬけ―――」
かくて、戦いの鐘は打ち鳴らされたのだ。
◆◆◆
「話は聞けましたか?」
教会から出て、私達を待っていてくれたセイバーの所へくると、そんな風に聞かれた。
「うん、おかげで今後の方針も立った」
「そうですか」
にこにこと話す白兎。
対するセイバーは無表情のままだ。
「とりあえず判ったのは、この街に現われる『聖杯』はまともじゃ無いって事。
それから、10年前は現われた聖杯が破壊されたって事。
キャスターが言ってた60年周期が狂ったのはそのせいかも知れないね」
気にした風も無くつらつらと説明する。
長くなりそうに思えて、私はつい横槍を入れた。
「ねぇ白兎、そーゆー話は歩きながらで良いんじゃない?」
「・・・・・・すみません、ちょっとだけ、待って下さい」
苦笑して頭を下げつつ言う白兎。
どうしてもここで話さなければいけないような事って・・・・・・あったっけ?
「セイバー、今回の聖杯戦争は5回目なんだって遠坂さんが言っていたよね。
だからとりあえず、前4回の記録が残っていないか調べてみないといけない。
他のマスターに関しても知らないとダメだし、なにより生き残らないと話にならない」
「はい」
「だから、まだ結論は出せないけど・・・・・・私は多分、聖杯を破壊しなきゃならないと思う」
「・・・・・・・・・・・・」
幼い顔立ちの白兎に浮かんだその表情。
それは間違いなく、『決意』を込めた魔術師のものだった。
それで気がつく。
魔術師として心構えが出来ていないなど、私が彼女を甘く見すぎた言葉だった。
この子の原理は、この子の力は、語ることに他ならない。
相手と向かい合う事から逃げず、正面から言葉を交わし、状況を正確に把握して、その1つずつと確実に対応する。
敵を理解して味方を増やすその戦い方は、地味で困難で覚悟が必要な、自己に向き合う事と没交渉を基本姿勢とする私を含めた魔術師にはとうてい出来そうも無いやり方。
ウォーロックと言う、綺礼に対して見得を切ったこの子が発した名の持つ重さ。
それが証拠に。
自分の不利になる可能性さえ承知で、白兎はセイバーに問うている。
「サーヴァントは聖杯を得るために現界するって、そうキャスターに聞きました。セイバーの望みはなんなのか、私はまだ聞いていませんが・・・・・・多分、それを叶えることは私がマスターであっては出来ない」
「・・・・・・・・・確かに。その通りでしょうね、シロウ」
「だから、もし私のサーヴァントでいる事ができないならそう言って。今なら、遠坂さんが引き受けてくれるだろうし」
「なっ!?」
イキナリなにを言うかこの子は。
これだけの『覚悟』を持った魔術使いが、セイバーを手放す意味をわからないはずも無いだろうに。
あげくに敵になるだろうと宣言した私にそれを譲るなど・・・・・・正気の沙汰では無い。
「ちょ・・・・・・勝手に決めないでよね!!」
「え? でも遠坂さん、始めはセイバーを召喚したかったんですよね?」
確かに言った。
衛宮邸の居間で話をしている時に、そう云う事も言った。
けど。
「だからって、敵の施しは受けないわよ!」
「施しって・・・・・・たんにアレですって。私がマスターの契約を切ったら、そのままだとセイバーは現界できないから、代わりになってくれるマスターがいる場所で決めた方が良いってゆー事で」
しれっと言い切る白兎。
その顔が限りなく本気だと・・・・・・それでいて、自分の目的を諦める気なんて毛ほども無いと語っている。
そうだ。本気で、本当に、見誤っていた。
私が知っている衛宮白兎という高飛び娘は、出来ないと判りきっている事をただひたすら挑戦し続けるような馬鹿者だったのだから。
「そんなのハナシは無意味なのよ。大体、契約を切るなんて事がまず出来っこ無いんだから!!」
「できますよ? 今は魔力が無いから無理ですけど『契約を破戒する』宝具を投影できますから」
これまた平然と言い切る。
それも、とんでもない切り札を平然と晒して。
それは自信ゆえじゃない。過信ゆえでも無い。盲信なんかでは絶対に無い。
不利になる事を理解していても、それを告げるのが正しいから告げただけなのだ、白兎は。
なんてヤツ。
折れない、歪まない、曲がらない、揺るがない。
小動物じみた外見の中にあるのは、まるで研ぎ澄まされた不壊の剣。
「ばっ―――」
目の前が真っ赤になる。
彼女を見誤っていた自分に対する怒りが、ぽややんと微笑むその内にある聖者じみた覚り澄ました態度に対する反感と重なって、理不尽な怒りとして噴出しそうになった。
その刹那。
「確かに凛の言うとおり無意味だ」
先にセイバーが、白兎に言葉をかけたおかげで自制できた。
危ない危ない。
「シロウ、私は貴女のサーヴァントをやめる気は無いのだから」
真剣な表情で、セイバーは白兎と向き合う。
その膝が優雅に折られ、見えない剣がうやうやしく差し出された。
「私はシロウを侮っていた。謝罪を。そして今こそ心から誓おう。我が剣を主に捧げん、この剣は常に貴女と共に」
それは、あまりにも見事な騎士の礼。
白兎を主君と認めた態度。
おそらく、セイバーも私と同じように白兎を見誤っていたのだろう。
それを撤回して、たとえ聖杯を手に入れないとしても白兎のために戦うと、そう誓約したのだ。
つい先程セイバーを譲り受けたりはしないと言った私すら、おもわず嫉妬してしまうほど堂々として美しい・・・・・・いや、美しいと言うよりもただただ尊く映るその情景。
「ありがとう・・・・・・一緒に、戦って下さいね」
白兎は静かにセイバーの肩に触れ、それだけを言った。
◆◆◆
「さて、ここでお別れよ、衛宮さん」
いつのまにか元にもどっていた呼び名で、後ろを歩く少女に告げた。
ここは遠坂邸と衛宮邸の分かれ道である十字路。
ここで別れれば、明日から私達は敵同士になる。
・・・・・・いやまぁ、きな臭い聖杯の裏をとるまでは、お互いの情報交換は必要になるんだけど。
でもなぁ、そーゆーのってなぁ。
(良いのかね凛。彼女は二人のサーヴァントを従えるマスターだ。懐柔すれば聖杯戦争における戦力として優位に立てると思うが?)
私の悩みも知らず、パスを通してそんな事を聞いてくるアーチャー。
確かに、その言葉は正しいんだけど。
(冗談じゃ無い。あのセイバーを連れててキャスターも付いて、しかも本人は宝具の投影までする魔術使いで覚悟完了してるような娘よ。どう考えたってアッチの方が戦力上じゃない)
(だから言っているのだが・・・・・・なぜ冗談じゃ無いと?)
(自分より強い相手だから擦り寄るようなマネ、この私がするわけ無いでしょ!!)
心の中でそう答えて、アーチャーの提案を一蹴した。
白兎は多分、私が聖杯を手に入れるためだけに協力関係を申し出て、他のマスターが居なくなれば今度は敵になると言っても、それを受け入れるだろう。
もし彼女が私より弱ければ、私はその提案をしていたかもしれない。
真直ぐ過ぎて危なっかしいこの子を、せめて死なないようにしたいと思うから。
でも、今現在の戦力としてなら、確実に白兎達の方が上だ。
いや・・・・・・決意や覚悟という面で既に、この子は10年前から聖杯戦争に備えてきた私と互している。
今の状態で協力関係など・・・・・・呈の良い依存にしかならないではないか。
(やれやれ・・・・・・どうせすぐに協力するだろうに)
なんて、舐めた事を言ってくれるアーチャー。
私がそんなに意志薄弱に見えるとでも言うつもりだろうか?
ここはひとつ、ビシッと宣言しておかねばなるまい!!
「じゃあね、衛宮さん。馴れ合いはここまで。明日からは敵同士よ」
「あの、でも―――」
縋りつく子犬のような目をする白兎。
ふーんだ。そんな顔しても私はもう騙されないんだから。
この子のコレは、擬態だ演技だ仮面なんだ。
そう自分に言い聞かせて、全ての言葉をシャットアウトしてしまおうとした、その耳に。
「あら、明日の心配なんて要らないわ―――だって、貴方達はここで死ぬんだもの」
そんな鈴を転がすような声が飛び込んできた。
◆◆◆
◆◆◆
月下に、ありえない威容がそそり立っている。
天を突く巨体は私やセイバーの二倍に近いか。
鉛色の肌は鋼鉄の硬さ、岩から削りだされたような筋肉は圧倒的なパワーを暗示させた。
それは破壊。そして殺害。
10年前の火災をも上回る圧倒的な死の気配に一瞬手足が凍りつく。
「バーサーカー」
隣で、遠坂さんのこわばった声がした。
それは七騎のサーヴァントクラスの1つだ。
キャスターいわく、力の弱い英霊から理性を奪って戦闘マシーンに変えてしまう事で、その能力を引き上げるクラスだとか。
だけど、これは違う。
確かにこのバーサーカーは戦闘マシーンだろう。
けれど、決して力の弱い英霊などでは無い。
最強の・・・・・・おそらくはセイバーすらも上回りうる英霊を狂わせた、最悪のサーヴァントに違いないと気配だけで判るのだから。
「初めましてね、お姉ちゃん。それと、トオサカの魔術師さん。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと言った方が、判りやすいかしら?」
「アインツベルン―――」
それは先程教会で神父の言った言葉。
切嗣が雇われていたという人か、それとも集団の名前。
少女が名乗ったその姓は、遠坂さんも知っているのか微かに身じろぎをした。
いや。あるいは、身じろぎは恐怖からか。
イリヤと名乗った少女はあくまでも無邪気な様子で。
抵抗すら馬鹿らしく感じられるほどの圧倒的な死を意味するサーヴァントと相対して、その無邪気さは決して救いではなく・・・・・・むしろ喉元に突きつけられた死神の鎌をより鮮明に感じさせるだけの物なのだから。
「・・・・・・トレース・オン」
聞こえぬほどの小さな声で、魔術師としてのスイッチを入れた。
・・・・・・スルリと、弓を覆う布の結び目に、ごく自然に手が伸びて解く。
この3時間程度で回復した微々たる魔力が全身を回り始める。
「じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー!」
「下がって、シロウ!!」
セイバーに言われるまでも無い。
その巨躯からは想像し難い跳躍で目の前に飛び込んでくるバーサーカーから、必死で後ろに飛んで逃れる。
入れ替わりに駆け込んでくる、雨合羽を切り裂いて鎧を露わにしたセイバーの姿。
ただ着地しただけでアスファルトを砕いて地面を穿ち、続く一歩の踏み込みがそれだけで大地を揺する。
具現化した暴力そのものの巨体と強力から繰り出される一撃が、白兎と入れ違いに飛び込んだセイバーに襲い掛かる。
あまりに違う彼我の体格差、腕力差を無視して、セイバーはバーサーカーの岩剣を正面から受け止め―――鞠のように飛ばされた。
「くっ!?」
数歩たたらを踏んで着地するセイバー。
その彼女に容赦なく突進してくるバーサーカー。
その速度もまた、自身の巨体を無視したかのような速さ。
「■■■■■■■■■■―――ッ!!」
「っぐ・・・・・・!!」
激烈な打ち込みを、今度は受け流すセイバー。
だが、その表情がどこか戸惑っているように見える。
「やっぱり・・・・・・弱体化している!?」
「弱体化?」
叫ぶ遠坂さん。
可及的速やかに弦を張りながら聞く。
「本来、聖杯戦争中のサーヴァントは聖杯からマスターを通して相当な量の魔力を与えられるの。ただ、その魔力は一定だから、二体のサーヴァントを持っていたらその量は半分ずつになるって事」
「魔力が半分だとどうなるんです?」
「つまり、ガソリンが半分って事よ!!―――Vier Stil Erschiesung・・・・・・!」
答えながら、掌から援護の魔法を放つ遠坂さん。
だけど・・・・・・それはおかしい。
放たれた魔力が破壊の力となってバーサーカーに迫る。
ガソリンが半分になった所で、可動時間は減っても馬力は変化しない。
命中した魔術は、人間一人ぐらいなら軽く吹き飛ばす威力と見えた。
ならば、セイバーが弱く見えるのは別の理由のはず。
距離をとるセイバー。炸裂し、一瞬だけ視界を閉ざす魔力。
弦を張り終えた弓にゲイボルクを番える。
続けて降り注いだのは12の矢。姿を見せていないアーチャーの援護。
不完全な召喚のせいか。身体が自然にリミッターをかけているのか。
その魔術と矢の弾幕から、傷ひとつ無く現われたバーサーカー。
断じて手加減できる相手じゃない。
その狂気に赤く燃える瞳が、セイバーに向けられる。
「刺し穿つ―――(ゲイ―――
まるで、彼女以外は敵に値しないとでも言う様に。
その油断、ここで突かせてもらう!!
「なんてデタラメな身体してるのよ、アイツ!?」
―――死翔の槍!(―――ボルク!」
遠坂さんが言い終わるとほぼ同時。
こちらから視線を外したバーサーカーに向かって宝具を解き放つ。
今の私がなせる、唯一にして最大の攻撃力。
オレジナルには及ばない、おそらくその担い手であるクーフーリンが投擲した時よりは格段に劣るであろう攻撃。
だが、それでもその威力はあの岩剣の一撃を上回り一軍をも穿つだけの――――
「■■■■■■■■■■―――ッ!!」
―――それを。
あろう事かバーサーカーは、自らの拳を叩き付けて弾いた。
「―――なっ!?」
剣で払われる事は想像の内でも、これは反則だ。
向けられたその目が、こちらを敵と認識した事を伝えている。
上等―――ぜんぜん嬉しくは無いけど。
「■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!」
「くっ・・・・・・このぉ!!」
セイバーを放置して私に向かってくるバーサーカー。
進路上に居た遠坂さんなどついでだけで跳ね飛ばしそうな勢いだ。
咄嗟に前に出て庇おうとする私。ポケットから何かを取り出そうとする遠坂さん。
そして。
「伏せろ馬鹿者がっ! 宝具の射撃は、こう使うものだ!!」
その頭上を疾る、螺旋の矢。
その一瞬で見極めた。アレはカラドボルグ。
ウルスターの廃皇子フェルグス・マク・ローイの使う魔剣であり、私がランサーに殺されかけた時に救ってくれたアーチャーの矢。
「遠坂さんっ!!!」
「ばっ!?」
馬鹿と、遠坂さんには最後まで言わせずに、庇う姿勢そのままに咄嗟に覆い被さったと同時。
世界が、白熱した。
(―――――宝具を、破壊した!?)
見ていないのになぜか感じ取れる。
アーチャーは、数多の幻想によって構成された宝具を破壊する事によって、その『存在する力』自体を破壊力に変換したのだ。
爆炎の余波だけで背中が焼ける。
飛んできた破片や石片がのべつまくなしに降り注ぐ。
そこから遠坂さんを守るためにぎゅっと抱きしめたまま、思考はアーチャーの事に集中していた。
宝具はその英霊にとって唯一無二の道具。
こんな風に使い捨てにするはずが無い。それは、心情的にも戦略的にも無理がある。
ただ1つ。
アーチャーも、私と同じで魔力の許す限り宝具を『投影』できる以外には。
「・・・・・・・・・ぐっ」
起き上がって確認する。
背中は思ったより平気なようだ。火傷と出血はありそうだけど、骨折はしていない。
遠坂さんは無事。ただ、何か怒ったような顔をしているけど。
セイバーは・・・・・・炎の向こう側に居る。ちゃんと危機を察して下がっていたようだ。
そして、炎の中に。
「―――なっ!?」
「嘘っ―――!?」
健在なままのバーサーカーが居た。
「■■■■■■■■■■■■■■―――ッッ!!」
「くあっ―――!!」
一足でセイバーへと駆けて岩剣を振るう体には傷の1つも無い。
あれほどの攻撃で無傷など、正気の沙汰では無いと言うのだ。
「遠坂っ、援護をお願いしますっ!」
その一撃を受け損ねて跳ね飛ばされるセイバー。
幸いこちらへと飛ばされてきたセイバーを守るように、バーサーカーの目の前に飛び込む。
「なっ、白兎!?」
「シロウ!?」
無謀は承知。
でも、一撃だけでもかいくぐれば、一縷の活路は繋がるはず。
「投影・開始―――」
目の前に振り上げられるバーサーカーの岩剣。
振り下ろされれば、背中のセイバーもろともにミンチになるだろう。
信じ難い暴力。
信じ難い破壊。
小細工など一切通用しない厳然とした『死』のカタチ。
それを防御するために、魔力という魔力を引きずり出し、命を削り取って魔術回路を回す。
新都の武器展で見た物では受けきれない。
キャスターにもらった盾でも不足。
ゲイボルクですら、私の技術ではヘシ折られるだろう。
ならば。
あの質量と硬度とサイズに拮抗する武器など、たった一つしかありえない!!
「■■■■■■■■■■■■■■――!!」
「投影・終了―――!!」
半実体化した岩剣を、ありったけの速度と共に、オレジナルであるバーサーカーのそれに叩きつける。
一撃であえなく粉砕される投影した岩剣。
基本骨子の想定が甘かったか、担い手相手に模造者ではハナから勝ち目など無かったか。
それでも、セイバーが起き上がり、私が後退する時間だけは稼げた。
いや、それどころか。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
激突する岩剣と岩剣の合間、砕け散った防御の陰から飛び出すセイバー。
一瞬の、しかしサーヴァントの闘いにおいては致命的でもある隙をついて、不可視の剣が繰り出される。
「アタシを忘れてんじゃ無いっ―――!!」
更に、殆んど同時のタイミングで放たれる遠坂の宝石。
空中で魔力塊となったそれが、暴風となってバーサーカーに襲い掛かる。
「バーサーカー!?」
先に鋼と鋼が激突するような異音。
続いてイリヤスフィールの悲鳴をかき消す炸裂音が巻き起こる。
「今度こそやった!?」
「―――まだっ!!」
ドッと音を立てて地面に落ちたのはバーサーカーの左腕のパーツ。
ズタズタに引き裂かれ、血塗れの肉片と化したそれは遠坂の放った魔術を受けたためだ。
その腕を一本犠牲にし、しかしバーサーカー自身はまだ動く余力を残していた。
セイバーに突き刺されるはずだった腹は無傷。
見えない切っ先を受けながら、その肉体の強度のみで刃を止めている。
渾身の一撃を止められたセイバーは完全に無防備。
そして、遠坂とセイバーからの防御を捨ててまで攻撃のために振り上げられていた岩剣が、セイバーへと振り下ろされる。
「セイバアァァァ!!」
アーチャーからの援護の矢が放たれる。
正確無比にバーサーカーの眉間を穿つそれはしかし、狂戦士の剣をいささかも遅らせる事は出来ない。
セイバーを押しのけるために咄嗟に飛び出る体。
投影で身を守る時間も無い。
「―――シロウ!?」
ならば当然。
岩剣が、私の腰から下を消し飛ばした。
「か―――はぐうぅぅっッ」
「シロウ、シロウ!? なんて馬鹿な事を―――」
「嘘―――なんで、なんで!?」
上半身は突き飛ばしたセイバーの胸に抱かれて。
下半身の部品は、おそらくバーサーカーの足元か。
意外に痛みは無い。
いや、感じれば死に至る痛みだから、脳がそれをカットしているのか。
セイバーの叫びと、なぜか聞こえるイリヤスフィールの声だけが妙に響く。
視界が赤く染まり、一気に意識が消え始める。
ダメだ・・・・・・これは、助からない。
今日は散々死にかけたけど、これはもう完璧に死んだ。
だからせめて、最後の言葉ぐらいは―――
「セイバー・・・・・・逃げ・・・・・・」
告げながら、消えゆく意識の中で。
「―――つまんない。帰ろっ、バーサーカー」
そんな、声を、聞いた気がした――――――
◆◆◆
◆◆◆
―――2月3日―――
「―――惰弱」
そこは戦場だった。
何十騎という騎馬兵達が入り乱れ、互いに剣を、槍を、ランスをぶつけ合う闘いの坩堝。
「―――脆弱」
その中で、一際雄々しく敵陣を突き破って疾駆するのは、蒼と白銀の少年騎士。
付き従う古強者の誰よりも、その剣技は戦う力と風格に満ち溢れている。
「―――貧弱」
そこがいかなる戦場か、かの騎士達が誰なのか。
それは判らない。
ただ判ることは、これは蒼と白銀の騎士の・・・・・・セイバーの記憶なのだと言う事。
「―――判る、だろう?」
聞こえる声はしかし、私自身の自問の声だ。
これほどの騎士を。これだけの戦いが出来るセイバーを。
「弱くしてしまったのは、衛宮白兎の未熟さだと―――」
◆◆◆
―――気持ち悪い。
目を開けて見えるのは、見慣れた部屋の天井。
起き上がる・・・・・・・・・・・・・・・脚が、ある。
ってゆーか、生きてる?
んや?
傍らに、えらく怖気を誘う笑顔を浮かべている人物が居ることに気付く。
「あーらお目覚め、白兎?」
「遠坂・・・・・・さん?」
「遠坂さんじゃないわよアンタはあぁぁぁ!!」
はっ、はうぅぅぅ?
イキナリ寝間着の胸倉を掴まれてガックンガックン。
のっ、脳みそがジェシカを踊るうぅぅぅぅ!?
「あんな無謀なマネばっかりして! 運が悪かったらアンタ、軽く3回は死んでるわよ3回は!! 私やセイバーやキャスターがどんだけ心配したか、分かってんのっ!!」
「うあ、あの、うや・・・・・・ストップ・・・遠坂さん・・・・・・はっ・・・・・・吐く・・・」
ピタっと止まったかと思うとズササっと部屋の隅まで後退する遠坂さん。
や、そこまで離れなくても。
少し悲しくなりつつ、状況を確認する。
両足、ある。
背中の傷、治ってる。
股間、アレが無くなってる。ラッキー♪
・・・・・・そーじゃなくて。
「バーサーカーにやられた怪我、遠坂さんが治してくれたんですか?」
「違うわよ。私にはあんな、胴と脚が泣き別れなんて壊れ方した人間を治す魔術の心得は無いわよ。一応、治癒魔術をかけてくれたのは、あの後飛んで駆けつけたキャスター。ただし、彼女が来るまえにアンタの身体は勝手に再生を始めてたけどね」
「再生・・・・・・ですか?」
「・・・・・・その様子じゃ、自分で復元呪詛をかけてるって事も無さそうね・・・・・・理由はわからないけど、私達の見ている前で勝手に腸が伸びて下半身とくっついて・・・・・・ほとんどスプラッタムービーだったわよ、アレは」
思い出したのか、遠坂さんの顔がかすかに青くなる。
その光景は確かに、想像するだに不気味だった。
うう、我が身体の事ながら、遠坂さんご愁傷様。
「すいません。それと、ありがとうございます」
「なによ、ありがとうって」
「だって、今まで看病してくれてたんでしょ?」
「うっ―――」
途端にテレて耳まで真っ赤になる遠坂さん。
この人はトコトン、良い人だと思われるのが・・・・・・いや、優等生を演じていない素の自分を善人だと思われるのが、苦手らしい。
魔術師としてキチンと自分を律していて、そのクセ何処かお人よしで、自分の誇りに反することは決してしない人。
学校でのキリリとした遠坂さんにも憧れたけど、なんだかんだで今の遠坂さんもステキだと思う。
もっとも、それを言ったらまた真っ赤になってしまうだろうけど。
「そっ、それは、単にあのまま白兎が目を覚まさなかったら寝覚めが悪いと思って―――って、なにニヤニヤしてるのよ?」
「え、いや、その」
半眼で睨んでくる遠坂さん。
うっ・・・・・・考えてる事が顔に出てたみたい。
しばらくじーっと私を睨んでいた遠坂さんだったが、はぁっと大きな溜め息をついて言った。
「まぁ良いわ。白兎も目を覚ました事だし、さっさとこれからの作戦を決めましょう」
「あ、はい」
「じゃあ居間で待ってるから。着替えたら、キャスターとセイバーも呼んできてね」
「はい」
「・・・・・・・・・・・・二人とも随分心配してたから、早くいってあげなさいよ」
「・・・・・・はい」
私の返事を聞くまえに、照れくさそうにしながら部屋を出てゆく遠坂さん。
そんな態度に、おもわず笑みが浮かんでしまう。
結局、根っこの所で優しいのだ。彼女は。
「・・・・・・さて」
あらためて左手を見ると、そこには赤い文様が浮かび上がっている。
令呪。
マスターである事をしめす、私とキャスター、私とセイバーの繋がりを示す聖痕だ。
「さて、そのキャスターとセイバーは・・・・・・」
何処にいるのか、遠坂さんに聞いておくべきだったか。
ちゃんとした魔術師なら、この繋がりの徴から自分のサーヴァントの位置を知ることが出来るらしいけど、当然ながら私にそんなスキルは無い。
時計をみれば、桜が来るよりも30分ほど前・・・・・・と、考えて苦笑する。
今日は日曜日だから、桜も藤ねぇも早朝から来ることは無いだろうし、来るとしても昼ぐらいに電話かなにかがあってからだろう。
色々と考えないといけない情報も多いけど、先ずは顔をあらって身支度を整えよう。
「よしっ!」
気合を入れて立ち上がると、クラリと貧血のような違和感。
そりゃそーだ。
つい何時間か前に下半身がブッ千切れたんだし。
ランサーに一回致命傷を喰らわされてるし。
せめて流れた血液分を回復するためにも、おいしい朝食を作ってみんなで食べて、それから作戦会議にしよう。
そう決めて、洗面所へと向かう私だった。
◆◆◆
「なんて無様・・・・・・よりにもよって一晩で二度も、マスターが死に瀕する事を許すなんて」
イライラと落ち着き無く、土蔵の床を手にした杖で叩くキャスター。
魔術の使い手として、現代の魔術師を遥かに上回る能力を持つ彼女だったが、そのための魔力が現状ではあまりに不足していた。
彼女のマスターが二人のサーヴァントと契約しているため、聖杯からの魔力は半分ずつ。
街の竜脈に手を加えて、エネルギーになる発散された『感情』を集めてはいるが、そうして得られる魔力量も潤沢とは言い難い。
その上、昨夜はアサシンを召喚したばかりだったため、マスターとの繋がりである魔力パスからその危機を察知したにも関わらず、瞬時に駆けつけるための魔術を使うことすら出来なかったのだ。
「まぁまぁ落ち着いて。しょせん僕等は万能の神ならぬ凡俗の愚夫。出来る事と出来ない事は自然に有る。それに、昨日もし無理して駆けつけたって、その後魔力が底をついてたら結局役には立たなかったんだしね」
痛いところを突かれてぐっと言葉に詰まる。
その言葉を発したのはアサシン。
煤けたトレンチコートをシート代わりに曳いて、あぐらをかいて土蔵の床に座っている。
カチャカチャと銃を分解手入れしているアサシンは、無駄に軽口を叩くキャスターの嫌いなタイプの男で、しかも自分のサーヴァント。
本来ならこんな口の利き方は許さないのだが・・・・・・・・・よりにもよって、今ではキャスター最愛の人となったマスターの養父であった男なのだ。
そのため無碍には出来ないが、逆に召喚した事を明かす訳にもいかなくなってしまった。
「はぁ、なんでこんな英霊モドキが・・・・・・」
溜め息をつくキャスター。
そこへ。
「おっと、どうやら白兎が起きたようだね」
「―――!? そのようね」
パスが通じているキャスターより早く、白兎の起床を察知するアサシン。
その感覚、能力、そして知識は、戦い方によっては純正の英霊すら打倒しうるだろう。
しかも宝具を持たないため魔力の消費は最低限。
完全にハズレとはとても言えない優秀なサーヴァントなのだ。
「とりあえず、これからの方針を白兎さま達と話し合いますから、貴方は隠れているように」
「はいはい。セイバーに察知されるのも拙いし、ここでのんびりしてますよ」
不真面目な態度で別の銃を分解しながら答えるアサシン。
そんなサーヴァントでも、気配遮断はA+。
ジロリと一瞥をくれてから、キャスターは土蔵を出て行った。
◆◆◆
朝の道場は静謐な空気に満たされていた。
冴え冴えとした冬の大気が肌を引き締める。
射し込む朝日に照らされた板張りの床がキラキラと輝き、その中で、セイバーが眼をつむり、瞑想でもするかのように微動だにせず静かに正座していた。
―――言葉も、無い。
キャスターからセイバーが道場に居ると聞いてやって来た私は、その光景に声も無く立ち尽くしていた。
金の髪の、限りなく美しい少女騎士。
その彼女が。
純和風の道場の中。
ふわふわのレースがたっぷりあしらわれた、純白のロリータファッションで座っていたのだから。
(―――うわっ、メチャクチャ可愛い!?)
とりあえずそんな第一印象。
細い首筋となだらかな肩の線。それに、ささやかな胸のふくらみ。
それを覆うのは天使の羽毛を思わせる白く清らかなロリロリドレス。
ウエストだけは締め付けられて、腰の細さを強調している。
そんな姿で不動のまま瞑想する彼女の、唯一動いている部分。
頭の上、ピョコピョコ揺れるアホ毛が1房。
「・・・・・・うーん、このままここに飾っておきたいラブリーさ」
「シロウ、目が覚めたのですね」
思わず口に出して気付かれた。
こちらを向いて、やわらかな微笑をうかべるセイバー。
知らず、動悸が早くなる。
「お、おはようセイバー」
「おはようございます、シロウ」
「えーっと、その服って・・・・・・」
「やっ、やはりおかしいでしょうか!? キャスターに、魔力の消費を抑えるために着替えておけと言われて着たのですが・・・・・・そうですね。私にはこんな少女のような服など似合う訳が・・・・・・」
「いいえ、すっごく似合ってます。可愛いですよ、セイバー」
「そっ・・・・・・そうですか・・・・・・・・・」
俯いて赤くなっているセイバー。
昨夜の凛々しさが嘘のように可愛らしい。
が、その表情は唐突にキリリと引き締められる。
「それよりもシロウ、昨夜の行動について言っておきたい事があります」
「あ、はい。なんでしょう?」
「マスターが、あのような危険な行動をされては困る。戦闘行為は私の領分なのだから、貴女にはキチンと後方支援に徹してもらわなければ」
「だって、ああしないとセイバーがバーサーカーにやられてたじゃない」
そう反論すると、セイバーは一層厳しい表情になって続けた。
「それはそうですし、その事に関しては感謝します。けれど、私はサーヴァントで貴女はマスターだ。サーヴァントはマスターが健在である限りある程度までの傷は再生できるし、逆にマスターが倒れてしまっては、こちらが健在でも消えてしまう。ですから、今後はあのような事が無いように。判りましたね、シロウ?」
「う・・・・・・でもさ、昨日はああするのが正解だと思ったんだもの」
「・・・・・・・・・シ・ロ・ウ?」
「そんな怖い眼つきしたってダメなんだからね。全員が生き残るのに最適だって思ったら、私はまたああするもの。それに・・・・・・」
「それに?」
「あの場面でセイバーが倒れてたら、きっと私達も逃がしてもらえなかったもの。その意味で私達は一蓮托生なんだから、セイバーを見殺しになんか出来ない」
そう言うと、セイバーは「はぁっ」と大きく溜め息をつく。
「シロウ。貴女は思った以上に頑固なようだ・・・・・・わかりました。せめて貴女が前線に出る必要が無い様、私が努力する他なさそうですね」
言って、ガックリと肩を落とすセイバー。
きっと本人は真剣なのだろうけど、フリフリのロリータ服だとそんな姿も可愛くなっていて、まるで小さな子供を苛めているような、申し訳ない気持ちになってしまう。
「ゴメンね。えっと、その範囲内では、なるべく危ない事はやめておくから」
「そうですね。ええ、そうである事を願います」
ちっとも信用していないようなセイバーの返答。
いや、『ような』じゃ無くて、どう見ても信用はしていないか。
「それで? シロウは私に用事があったのでは?」
「あ、うん。朝食の用意ができてるから、居間に来てって言おうと思って」
「・・・・・・サーヴァントに食事は不要なのですが?」
不思議そうに首をかしげるセイバー。
でも。
「昨日もドラ焼き食べてたじゃない」
「うっ・・・・・・そ、それは・・・・・・」
「とにかく、食事は皆で食べること。作戦会議をするのは絶対に朝食の後からね。ってゆーか、御飯食べないと会議に出席不可。これは決定事項だから反論は却下だよ。了解?」
「わかりました・・・・・・シロウ、貴女は頑固と言うより我侭だったようだ」
再び溜め息をつくセイバー。
そんな風に言われても、一緒に戦う以上その事だけは譲るつもりは無い。
『家族』だって『友達』だって『戦友』だって『サーヴァントとマスター』だって、絆を結ぶのなら同じ釜のメシぐらいは食べないと。
「さ、行くよ」
どことなく意気消沈したセイバーの手をとって、私は居間へと向かった。
◆◆◆
「早く席に着け。味噌汁がさめるぞ」
そう言ったのは、外套の上にエプロンを着けた赤い騎士。
昨日の失礼のお詫びに朝食を作らせるのだと、遠坂さんに命令されたアーチャーさん。
しぶしぶと台所に立った彼だが、恐ろしいほど手際良く食事の用意をしてくれた。
それにしても、ここまでエプロンが違和感無く似合うと言うのは・・・・・・アーチャーさんって、なんだか謎な人だ。
「それじゃあ・・・・・・いただきまーす」
「「「「いただきます」」」」
ズラリと並んだごはんに思い思いに箸をのばす。
炊きたてゴハンにナメコの赤だしお味噌汁。
大皿に盛ってあるのは豆腐サラダ。
サバのミソ煮にほんのり甘い出汁巻きタマゴ。
小皿には、キュウリとカニカマの酢の物にオクラ納豆。
完璧なニッポンの朝ごはんである。
先ずはお味噌汁をひとくち。
「・・・・・・・・・むむ?」
サバミソをゴハンに乗せてパクリ。
続いて出汁巻きをパクリ。
「・・・・・・・・・・・・むむむむ?」
「どうかしたの、白兎?」
「あ、いえ、別に何も」
パタパタと手を振って遠坂さんに答える。
そう、別に大した事はなにも無い。
ただ、お味噌汁の味やタマゴの味付け、果ては藤村のおかみさん(=藤ねぇ母)直伝であるサバミソの味付けまでもが、なぜかそっくりだっただけの事。
そりゃあ、味噌もお酢もダシ昆布もイリコも、ウチにある材料を使ったのだから似るのは当然と言えば当然。
三杯酢なんかは、誰が作ろうが似た味になるものだ。
ものだ、けど・・・・・・・・・
サバミソの隠し味にちょっぴり入れるニンニクとタカノツメまで同じと言うのは、あまり一般的では無いと思うのだけど。
セイバーがなぜか上手に箸を使っているのにも驚いたけど、これはそれ以上に驚きだった。
「えっと・・・・・・アーチャーさん?」
「何かね」
私が無理に一緒に食事するように言ったせいか、機嫌の悪そうに黙々と食べているアーチャーさんに声を掛けると、視線を合わさないまま不機嫌な声が返ってくる。
「和食、随分お上手なんですね。その・・・・・・箸の使い方とかも」
「ぐっ・・・・・・なに、生前この国にも滞在した事があるだけだ。それに、その時代その国において必要な知識は、聖杯から自動的にあたえられるからな」
なるほど。
と、納得しかかったら。
「まさか。料理の方法など聖杯から与えられる知識に含まれるはずなどありません」
「・・・・・・・・・・・・」
すかさず反論するキャスターと、コクコクと無言で肯くセイバー。
その間も箸が休んでいないあたり、セイバーって意外にいやしんぼうかも知れない。
「ま、本人は認めてないだけで、こまごました家事が好きなのよ、アーチャーってば」
クツクツと、意地の悪い笑みで言う遠坂さん。
その言葉に、イヤそうに顔を背けたところで・・・・・・
「確かに。アーチャーの作った食事はたいへん美味しい」
などと、悪気の無いセイバーに言われてしまって、どんな表情をするべきか判らなくなったのだろう。
アーチャーさんは困惑して目を白黒させた後、子供が拗ねたような顔になってしまう。
「フン・・・・・・茶の替えを入れてこよう。台所を借りるぞ」
誤魔化すように席を立つ。
キョトンとしたセイバーと、ニヤニヤ笑う遠坂さん。
キャスターが苦笑しているのは、そんな二人の様子を見てだろう。
なんだかんだで、皆馴染んでいる朝の食卓。
・・・・・・なんとなく話題がずれてしまったけど、今はそれでいいか。
私と同じ味で料理を作れて、初めて立つはずの台所でも殆んど迷いが無くて。
私と同じ投影による宝具の作成が出来るのかも知れない、正体不明の英霊である彼が何者なのかという疑問はおそらく今問いただすべきでは無いと、私は直感で感じていたのだから。
◆◆◆