セイバーの受難 M:セイバー+α 傾:ほのぼの H:無いに等しい


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1: なぐ (2004/04/07 02:08:11)[Hajimarinohi]

セイバーの受難 ものごとのほったん



 まずい……非常にまずいです。
 セイバーは一人悶々と、ひたすらに悩んでいた。
 別にまずいと言うのは食事のことではない。三人が作る料理はけちのつけようがない一級品だし、ましてや今日の夕食の当番は士郎だった。不味いなんてありえない。
 それでは何がまずいのか。
 少し、夕食時を振り返ってみよう。


『ふむ、シロウ。貴様最近食欲がないのではないか?』
『んー、ちょっとな。何かと忙しかったからなぁ』
『先輩、またバイト増やしたって言ってましたよね? 家事の方は手伝えますけど、バイトの方は無理なんですから。少しは自分の身体を気遣ってあげてください』
『そうです。士郎、あなたはどこか自分の重要性を忘れがちだ。あなたが倒れたら、皆心配するのですよ?』
『そうよ。それにバイトをまた増やしたって、家計が傾き始めたの? 食費、もうちょっと入れようか?』
『いや、その辺はギルにお世話になってる。さすがに俺一人じゃこの人数まかなえないからな。って言っても、やっぱり食費くらい何とかしたいと言うか』
『食い扶持がこれだけいるのだ。その点は貴様の責任ではないぞ』
『うーん、それはそうだけど』
『士郎。もう少しでいいから自分のことも考えてくれると、お姉ちゃんとしては嬉しいな』
『その言葉はとてもとても胸に響くけどこっそり人のおかず取ろうとするな藤ねぇ』


 大体こんな感じのやり取りだった。
ちなみにセイバーはどうにも気まずくて、一言も発していない。ついでに今晩はおかわりするのすら一杯だけにしておいた。たったそれだけなのに。
 食欲がないのか飯がまずかったかとの士郎の心配顔を、大丈夫です今日はお腹がすいてなくての一点張りで説得しなければならなかったあたり、一体自分がどんな食生活を行ってきたのか、如実に語っている。
 このままでは、ひじょーにまずいです。
 何が。
 自分の、立場というやつがだ。


 さて、ここで少し考えてみよう。
 現在の衛宮家(血の繋がり一切なし)における、女性陣だけの勢力図はこうだ。

 凛≧イリヤ≧藤ねぇ≧桜>ライダー>セイバー

 一位は言うまでもないが、凛だ。その後に続くのは単純に口喧嘩の強さであって、実質イリヤ、藤ねぇ、桜の三人の発言権と言うものはさほど差がないと見ていい。
 しかし、サーヴァント二人組みはどうか。
 毎日食っちゃ寝の日々が続いているこの二人は、発言権も何もあったものではない。
 特にセイバーは、通常の数倍食べる。食に我が人生を見出しましたと言わんばかりの彼女の食事量は凄まじいもので、この辺ライダーと比べて発言権が劣る。
 意見反論非難等等多々あるだろうが、とりあえずこれでおいておこう。
 さて、この勢力図に男性陣(といってもたった二人だが)を付け加えるとどうなるか。
 あの二人の事だ、さぞかし酷い所に位置するのだろうなんて思われがちだが。

 士郎≧ギルっち>>凛≧イリヤ≧藤ねぇ≧桜>ライダー>セイバー

 こんなもんである。できれば石は投げないでほしい。
 屋敷の主であり、マスターオブ主夫の二つ名をほしいままにする衛宮士郎。そして唯一衛宮家の食費を働いて払っている存在でもあり、衛宮家の台所を支配する存在でもあるのだ。彼に関しては惚れた弱み、と言うものも存在するのだろうが。
 衛宮家の中でも一番の働き者である彼は、同時に過去の聖杯戦争においても最も活躍した人物だ。彼の覚悟、意思、行動がなければ衛宮家の面子は全滅していたといっても過言ではない。彼は殆ど気にとめていないが、この功績はかなり大きいのだ。
 さて、働きもせず毎日『起きる→飯→遊びに行く→遊ぶ→帰ってくる→飯→風呂→寝る』という駄目人間まっしぐらな生活を規則正しく送っているギルガメッシュ。彼風に言うと王様的生活。この一見役立たずの無駄飯食らいが何故こうも高い地位を得ているのか。
 答えはシンプル。
 金は力なり。
 衛宮家の二足歩行する財布とは、彼のことである。
 黄金律は伊達じゃない。なにせ士郎から『絶対に俺の許可なく宝くじだとかギャンブルだとかをするな』と令呪を使われる勢いで念を押されて言われているのだ。
 彼がいなければ衛宮家はとっくに崩壊している。食費が足りなくなって。
 とにかく、こういった理由でこの二人は以外に地位が高い。さらに言えば妙に馬が合うらしい二人は意見を共にする事が多く、この二人に組まれては他の者に発言権などないに等しいのが現状だ。
 ただ、それを理解しているのはギルガメッシュだけなのだが。
 実際は士郎は何かと自分以外の人間の意見を優先したがるし、押しに弱いし、優柔不断だ。もっと食べたいとセイバーが無理を言っても、どうにかそれを叶えようとする人間なのだ。
 つまりあの勢力図は全く当てにならない、といってもいい。
 だがあれは事実。そう、セイバーにとっては十分に脅威となりうる情報なのだ。











「我に相談とは。御前にしては珍しいな、セイバー」
「えぇ……私も少々、手段を選んではいられないようですから」

 しばらく悩んでも結局答えは出ず、仕方なく誰かに相談する事にした。
 ギルガメッシュを選んだのは、消去法からだ。決して望んで相談を持ち掛けたい相手ではない。
 ギルガメッシュはセイバーのつれない返答に苦笑いなんて浮かべつつ、

「まぁよかろう。我もさして用事があるわけではないからな。で、相談事とは何だ?」
「はい。えーと、ですね……」

 無駄飯食らいの自分としては働きたいのだがいい職を知らないか、なんてさすがに切り出せたものではない。
 さてどうやって説明したものか。
 眉を寄せて悩んでいると、ギルガメッシュが小さく成る程、と呟いた。

「あぁわかった、言わんでもいい。なんとなくわかった。それを口に出すことを恥らうのは仕方のない事だ。別に御前に問題があるわけではない、気にするな」
「…はぁ」
「さて、御前の悩み事について。これについては我も詳しく知った事ではないのだが……」

 らしくなく真剣に悩んでいる様子のギルガメッシュ。生活を共にしてわかってきた事だが、彼はどうにも敬遠だけは全力投球する類の人間らしい。
 他の球も真剣に投げればいいのに、といつも思う。
 ともあれ、セイバーの言いたい事をたったあれだけから悟ってしまったのだ。一体、どれだけの観察力を持つというのか。
 少し見直した。

「……ふむ、そうだな。何でもこの世界では給仕という職が人気を博しているようだ。とりあえずその辺でどうだ?」
「給仕、ですか?」
「そうだ。今風に言うと、メイドとか何とか言うあれだな」
「メイド……」

 知っている。確か桜が持っていたマンガと呼ばれるこの国の娯楽で、確かその事について描かれたものがあった。
 主人に仕え、主人のために生きる。主な仕事は、主人の身の回りの世話。昼夜兼用。
 たちまちセイバーの顔が真っ赤になる。

「な……何を言い出すのですか!」
「ふむ? 不満か?」
「不満も何も!」

 士郎以外の人間に仕えてまで、お金を稼ぎたいとは思いません!

 さすがに恥ずかしかったので、その台詞は胸中で叫ぶだけにしておいた。
 ギルガメッシュは本気でそんな案を出していたらしく、少しばかり意外そうな顔をしていた。

「似合うと思うのだが。まぁ、御前に不満があるのでは仕方があるまい。別の案を考えるとしよう」
「ふざけないでください、全く」
「別にふざけてなど………いやなんでもない。なんでもないからそんな眼で睨むなセイバー」

 視線を合わせたら死ねそうな視線を送ってくるセイバーに思わず言葉を切るギルガメッシュ。誰だって命は惜しいのだ。

「そうだな、メイドが駄目となると……犬はあれだな、メイドと違いが………看護婦……いや、ここは……縄で……しかしやつは以外に攻め……斬新に制服…………薬を……」

 一人ぶつぶつと呟くギルガメッシュ。というか、時折聞こえてくる単語の方向性がどうにも普通じゃない気がするのはは気のせいだろうか。
 心配になって、尋ねる事にした。

「あの、ギルガメッシュ?」
「……ん、何だ?」
「貴方は私が何について悩んでいるのか、本当にわかっているのですか?」
「当然だ。我を誰だと思っている。いや、我でなくとも御前等を見ていればそれくらい悟れると思うが」
「試しに言ってみて下さい。なにやら、間違っているような気がしてならない」
「御前も案外疑い深いのだな。我に間違いはないというに」

 やれやれと大げさにため息をついて、ギルガメッシュは言った。

「シロウと初夜を共にしたいから、どのように打って出るべきか尋ねているのだろう?」









 本日未明。某所で凄まじい爆発音と共に強烈な閃光が辺りを包んだ模様。怪我人はなし。原因も不明。

『全く、不思議な事件もあったものですね』
『そうですね。それでは次のニュースです……』

 その日の夕方、こんな感じのニュースが流れたとか流れなかったとか。


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