月下の季節(秋)    M:志貴  傾向:シリアス


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1: 六畳 (2004/04/07 00:57:32)[rokujyou]



自分は長く生きられないことは知っていた。

でも、わずか一年ちょっとで蜜月が終わるとも思っていなかった。

なにもかも仕方がないことだと思う。

宿命、運命・・・・陳腐な言葉で片づけたくない。

この俺、遠野志貴の一生は。

窓に浮かぶ真円の月を見てふと笑いがこぼれた。

よく今日まで保ったな、俺の身体。






















「志貴・・・・志貴・・・・・」

冷たい手が俺の手をまさぐる。

もう、俺には首を持ち上げる力すら残っちゃいない。

だから、目だけを動かして、ベッドの横を見た。

「アルクェイド・・・・」

いつもの白いハイネックに身を包んだ、なじみ深い姿がそこにある。

「ねえ、やだよぉ・・・。志貴、死んじゃやだよおぉ・・・・」

グシャグシャに涙に濡れた顔。いままで見たこともない、彼女のあまりにも真っ直ぐな表情。

薄く拡散していきそうな胸が微かに痛む。

「無茶いうなよ・・・・」

ああ、いつもだったら、アルクェイドの頭を撫でてクシャクシャに出来るのに。

かわりに微かに頬に力を入れる。

微笑んでいるように見えてることを願う。

アルクェイドは泣き止まない。

かける言葉は山ほどあった。

かけたい言葉も山ほどあった。

でも、もう、そんなことに疲れ始めている自分がいる。

ゆるみ始める手綱をしっかりと握り直す。

最後だろ、ここでもう少し踏ん張ってみせろよ、遠野志貴。

弱々しい頭の隅っこで、さらに弱々しく叱咤する。

わかっているのだ、この手綱を放せば、あとは意識がただ闇に飲まれることを。

逆らいがたい力で闇が迫ってくる。陥落されるのは時間の問題だ。

だからこそ。

その時まで、こいつに一緒にいてもらいたかった。

「失敗したなぁ・・・・」

できるだけおどけた口調でいう。

それだけでひどく疲れた。くそ、情けない。

えぐえぐ泣いていたアルクェイドが顔を上げた。

「・・・何を失敗したの?」

「秋葉や翡翠に琥珀さん、シエル先輩にお別れをいう時間が長すぎた」

一息でいう。頭のてっぺんから寒気が抜けていくような感覚。

大丈夫、まだ大丈夫。

全然大丈夫じゃないことを意識から遠ざけろ。

アルクェイドは、珍しく表情の選択に戸惑っているように見えた。

結局、泣き笑いみたいな顔で、怒ったようにいう。

「そうだよ、志貴。みんなとは長々とお話してさ。一番最後がわたしなんだもん」

「・・・・最後は、おまえに送ってもらいたかったから」

アルクェイドの表情が凍り付く。

俺の本心だった。

最後は、愛する人から看取ってもらいたかった。

「・・・・・・・・・・・・・・っ!!」

なにかいいかけてアルクェイドは口を閉ざす。

顔を伏せて、次に上げられた表情に戸惑いはない。

「志貴、わたしの血を飲んで」

たぶん、いや確実にそう言われるだろうとは思っていた。

「よせよ・・・」

拒否をしめすように瞼を閉じる。

「どうして!? わたしと一緒に生きてよ、お願いよ、志貴!!」

アルクェイドの声は悲鳴に近い。

「わたしのこと、愛してるんでしょ? ずっと、一緒にいてくれるっていってくれたじゃない・・・・!!」

力を込めて瞼を開ける。すぐ側にアルクェイドの顔。

細く息を吸い込んで、ゆっくり口を開く。

「俺が惚れたのは、真祖の吸血鬼のくせに、底抜けて明るくて、無邪気で残酷なお姫様さ・・・・」

「・・・・・・・」

「そして、おまえが惚れてくれたのは、人間のくせに邪眼もちの貧血男、遠野志貴だろ?」

「そんな、意味わかんないよ・・・・!!」

力が抜けていく。唇をなめる舌の感覚すらもうない。

でも、はっきりいってやらなきゃな。

「アルクェイド、おれはおまえがおまえだったから好きになったんだ」

そう。

無垢も狂気も、真祖と呼ばれる吸血鬼であるというすべての要因もひっくるめて、それがアルクェイドなのだ。

視界が狭くなる。

「そして、おまえの血を飲んだ俺は、もうおまえの好きな『人間の』遠野志貴じゃなくなるんだよ。わかるか?」

ぶるんぶるんと首を振るアルクェイド。

「そんな、そんなの・・・・・・!!」

そんな彼女を優しく見つめる。

今の俺にできる、精一杯の断固とした拒否。

冷やりと。

冷たい鉄の感触が俺の意識を呼び戻す。

アルクェイドは両手でなにかを包み込むように、俺の目前へと持ってきた。

掌を開くと、そこには俺の右手があった。右手の中にはナイフが握られている。

「アルクェイド・・・・・?」

次に彼女が口にする言葉は、わかり過ぎるほどわかっていた。

「わたしを、殺して」

飛び出した刃が月の光を受けて閃く。

柄の部分を俺の手に握らせながら、アルクェイドは顔を近づけてきた。

「わたしも一緒に死ぬ。志貴がいない世界なんて、生きている意味がない――――」

赤い瞳が、この上なく真剣な光を湛えている。

「そう、だな」

柄を握り返す。感触はない。

「でも、今日は無理だ」

目線だけを窓の外へ向ける。

煌々と輝く月がそこにある。

「無理矢理殺そうにも、『見よう』とした瞬間、今の俺ならお陀仏さ・・・」

「・・・・・・・」

アルクェイドは黙り込む。

「ずるいね、志貴。最初からあたしを殺す気なんかなかったじゃない・・・」

上げた顔には、あっけらかんとした呆れた表情――――が、即座にポロポロと頬を涙が伝う。

やれやれ。

見透かされていたか。

「・・・・眼鏡を外してくれないか?」

そう唇を動かしたつもりだけど、声に出たろうか。

でも、アルクェイドは俺の眼鏡を外してくれた。泣き笑いの表情を貼り付けたまま。

急速に狭くなっていく視界。

俺の目に映るのは、アルクェイドの姿だけ。

・・・・やっぱりこいつは完璧だ。

満月の夜のアルクェイドは、完全な不死となる。

死の点はおろか、線すら全く見えない。

そのままの姿のアルクェイドは本当に美しい。

対照的に、俺の内側にあるものも見えた。感じたのかもしれないが、もうどうでもいい。

大きな、大きな黒点。

俺の、あの胸の傷から渦を巻き、飲み込んでいく。

明確な『死』のビジョン。

幼い頃から隣り合ってたそれに、俺はもはや親しみにも似た感情を抱いていた。

そろそろそっちに行くよ。

俺の目の前には、眩しいくらいの月がある。

「・・・志貴!?」

微かに、聞き慣れた声。

視界が暗転する。

それでも、目前の月は明るすぎて。

ああ、この月を抱いて逝けたら、きっと死も怖くない。

頬に触れた感触。

俺の身体を抱きしめる温もり。

即座に片端から消えていく。

どこかへ落ちていく最後の感覚。

最後の意志を言葉に乗せて、俺は送り出す。

気の利いた言葉をいえない皮肉な意識が弾けて消えた。




――――アルクェイド・・・元気で、な











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