第一話 「ありえない召喚と日常の終わり」
1凛視点
聖杯戦争の後始末やら学生の本分やらを全うしている間に二ヶ月はあっという間に過ぎていた
新学期が始まって、わたし達はそれぞれに、
進級なり何なりと多少の変化を加えつつも、穏やかな日常に戻っていた
わたし自身、倫敦で散々な目に遭いつつも、むしろ多くの報酬を得ることが出来た
なにしろあの時計塔に特待生として試験無しで入れるのだ
これを役得と言わずして何と言おう
「ふむ、貴様がこのような場所に居るのは珍しいな」
「あら柳洞君、どうしたのかしら?」
放課後の教室で一人たたずんでいた私に声をかけたのは、
生徒会長の柳洞一成だった
「いや、放課後にこのような場所に貴様が居残っているのが珍しくてな」
わたしと彼は仲の良い方ではない、
同じ中学出身で、共通の友人を持っていると言えば聞こえは良いが、
単にあのお人好し、衛宮士郎つながりなだけである
「別に良いじゃない、
たまには桜や綾子達と帰ろうかなって思っただけよ」
「む、そうか」
それでも一時期に比べるとお互いとげとげしさがなくなってきたかと思う
これもあいつのせいだろうか?
「しかし、貴様と間桐さんが姉妹とはな」
似ていないな、と彼は言った
「そりゃぁね、あの子が養子に出されたのって十年以上前だし、
間桐の家であの子いろいろあったみたいだし」
それを口に出すのは憚られた、
なにぶん魔術に絡んだ話であるし、そこを差し引いても、聞いて気分のいいものではない
あ、思い出したらあの間桐の莫迦男の事殴りたくなってきた、
とっくの昔にバラバラに砕かれて死んでるらしいけど
そんな事を考えてたら、彼の顔にふと気がついた
「なによ、その顔は?」
「いや、失敬、貴様がそのような顔をするのが以外でな、
つい見入ってしまった
冷酷非情と思っておったが、以外に身内の情はあったようだ」
かんらかんらと笑うと柳洞君はさっさと教室を出て行きかけて、
「時に遠坂、その腕の痣、何かにぶつけたのか?」
そんな事をのたまわった
「は?」
指摘された腕を慌てて見て、わたしは呆然と呟いた
「うそ…………」
彼の言うとおり、
そこには痣が、冬木の聖杯戦争参加者の証、令呪の原型となる聖痕が浮かんでいた
2士郎視点
「ねぇ士郎〜、やっぱり部に戻ろうよ〜」
「だから無理だって藤ねぇ」
美綴に誘われて珍しく弓道部に顔を出したが、
来るんじゃなかったかな〜、と酷く後悔している自分がいたりする
「だってさぁ、慎二君もいなくなっちゃったし、
美綴さんや桜ちゃんだけじゃ『弓道部として戦力確保』するのは難しくてさ〜」
「……部員確保ならできてるじゃないか」
戦力になるかは兎も角、数だけは
「ありゃ駄目だ、ほとんどの奴が桜を口説く口実に入ってきたようなのばっかりで、
役に立ちそうなのなんていやしない」
「美綴、言いたいことは判るけど無理なものは無理だ」
だいたいバイトと遠坂のしごきに耐えるだけで大変なので、
この上部活などやってられん
「え〜、生活費だったらお爺様が出してくれるんだからいいじゃない」
「藤ねぇ、『ひとり立ち』って言葉知ってるか?」
この教師は二十五にもなってまだ祖父から小遣いをもらってたりする
就職している社会人にもかかわらずだ
それでも一応、教師としての自覚はあったりするのが不思議だ、
一体どういう脳内構造してるんだ?
そんな事を言ってる所へ
「衛宮先輩、なんだか校門の方にお客さんが来てますよ」
「え?」
後輩が声をかけてきた
「俺宛?」
「はい、『衛宮士郎って人はいるか?』って、女の人が」
誰だろう?
少なくても心当たりは無いな
「どんな人?」
「えっと…………」
美綴たちの質問に、その後輩は声を詰まらせていた
「まぁいいや、とにかく、行ってみよう」
俺は弓道場を後にした
そして
「やぁ衛宮士郎、
はじめまして、英雄エミヤになっていたかもしれない人よ」
校門で俺を待っていた女性は俺を見てそういった
―――英雄エミヤ―――
俺が、将来的になりうるかもしれない一つの可能性
世界と契約してまで「正義の味方」であろうとしたその結果
二ヶ月ほど前の聖杯戦争で「サーヴァント」と言う使い魔として遠坂とともに戦ったもう一人の俺
未だ生まれていない、そして恐らくは生まれないであろう英雄
それを知っているなんて何者だ?
遠坂が時計塔にした報告ではそのことは伏せられていたはずだ
「おまえ―――なんで、それを?」
呆然としながらも聞き返す
それにしても、実際に会ってみるとあの後輩が返答に困っていた訳がわかる
目の前にいるのは間違いなく美人だった、
だが特徴がつかめない
無いのではない、有りすぎるのだ
あえて誰かに似ているとすれば、“思いつく限り全ての女性”に似ている
だが、そんなことがありえるのか?
誰かに似ているということは、誰かには似ていないということだ
まるであらゆるヒトが混ざり合ったみたいだ
「まぁ、簡単に言うと、私は『君とは違う聖杯戦争』を経験したからかな?
そうなんだ、ワタシはここではない世界から来た
だが僕は自分が誰であったかわからない
覚えているのは君に、『衛宮士郎』に対する思いだけ、
それも憧憬だったのか畏怖だったのか殺意だったのか愛情だったのかもわからないけどね」
なんだ、それは……
混ざり合ったような不可思議な態度、確定しない言葉使い、
そして自分に対する何かの感情
「なんだそりゃ?
平行世界から来たとでも言うのか?
だいたいクトゥルー神話のナイアルラトホテップじゃあるまいし、
自分ぐらい一つにまとめとけってんだ」
ナイアルラトホテップと言うのはクトゥルー神話に出てくる貌の無い邪神のことだ
無限に存在する総てが自分であって自分でない、
誰でもあって誰でもない、ゆえに無貌の神と呼ばれている
「まさかまさか、ボクには神性なんて無いよ?
でも君の言うとおりだな、取りあえず名前ぐらいは決めておかないといけないからね、
―――そういうわけだから、
わたしのことは今後はネーアとでも呼んでくれたまえ士郎くん」
どうやら俺に言われてとってつけたらしい、
と言うことはこいつ、ホントに自分が誰だったかも覚えてないのか?
「君に会えば判ると思ったけど、そうでもないね、
―――それじゃぁシロウ、はじめようエミヤ、
狂った狂った道化芝居を、主演は君、主役は貴方、
混沌にして無貌のピエロの道化芝居、忘れてしまった台本の修正を」
「まて!!」
くるくると踊るように、どこかへ歩いていくあいつ、
慌ててそれを追いかける
そして、角を曲がった所に
「シロウ、そこで止まってください」
俺の前を遮る様に、黒い騎士が立っていた……
4凛視点
それは突然の出来事だった
柳洞君が立ち去った後、突如として教室の中で、第五架空元素、つまりエーテルが渦を巻き始めた
膨大な魔力が渦を巻き、それらを束ね形を成していく
「これは…………」
間違いない、サーヴァントの召喚だ
だがわたしは『呼んだ』覚えなど無いし、呼ぶとしてもここではなく、家の地下にある魔方陣を使う
そもそも何も術式の無い場所で、こんな大魔術が使えるわけが無いではないか
にもかかわらず、その英霊の召喚は滞りなく進んでいるようだった
原因は不明だけど考えてても仕方ない
やがて、実体化が完了したのか、場に渦巻いていた大魔力(マナ)が収まる
そこに立っていたのは―――
「よう嬢ちゃん、久しぶりだな」
青い鎧を着込んだ長身の男、瞳は紅く、何が面白いのか口元には笑みが浮かんでいる
その男に、わたしは確かに見覚えがある
「―――うそ?!」
呆然と呟くわたし、
だって、いかに以前出会っていようと、それは、既に死んでいる“英霊”との出会いであって、
生前の彼と出会った訳じゃない、
召喚される英霊は、すべて大元からの使い捨てのコピーだ、
そこで得られた情報は、本体である英雄自身を保存する『世界』に記録されるが、
それは次の召喚のときに『知識』として生かされるだけであって、このように『記憶』に残るはずが無い、
例え、同じ英霊に出会うことがあったとしても、それは再会ではなく、初対面なのだ
にもかかわらず、目の前の男はわたしに久しぶりだと言った
「どういうこと?
なんでサーヴァントが前の召喚のことを記憶しているの?」
疑問をそのまま相手にぶつける
「ま、嬢ちゃんには不思議だろうな、
簡単に説明するぜ、実は世界の危機が迫っている、
それも『守護者』が召喚されなきゃいけないようなヤツがだ、
だがどういうわけかそいつは『守護者』のシステムに介入してるらしくてな、
普通のやつは今、そいつにほとんど近づけない状態らしい
そこでだ、世界の方がここの特有のシステムを逆手にとって『普通じゃない英霊』、
つまりサーヴァントを召喚したって訳よ
それも新手じゃなくて、消滅するだけのはずの『使用済みのサーヴァント』をな」
「なんでよ?」
「奴さんのかけた制限のせいだろうよ、
なにしろ平行世界から『守護者』を振り切ってトンズラこいたヤツらしくてな、
普通に新手を使うと察知される恐れがあるんだと、
現にそれでヤツは今までにも何度も平行世界を逃げ回ってる、
行く先々で、得物を喰らいながらな」
それが事実だとしたら―――現に事実なのだろうが、
大変なことになる
逃げ回った先で世界を幾つか破壊しているかもしれないし、
守護者を取り込んでいる可能性もある
「でもどうしてここに現れた訳?」
「それも奴さんのせいだな、
そいつが移動できるのは『あの聖杯戦争』が起きた後、それも数年以内に限定されてる
大元になってるのが、ここの聖杯だったせいだろう
つまり嬢ちゃんたちは、平行世界の自分たちがしでかしたことの後始末に狩り出されたって訳よ」
ランサーの言うとおりなら、腹の立つことこの上ない
世界と言うのは自分の仕事もろくに出来ない能無しなのか?
それとも、平行世界のわたしはそこまでの大ミスをしでかしたのだろうか?
5????視点
盛大な衝撃とともに私は現実空間に実体化した
即時、世界が私の活動に必要な情報を与えてくれる
それにしても、守護者の代わりにサーヴァントシステムを利用するとは、
世界も思い切ったことをする
しかし、ここは何処だ?
なんだか見覚えがあるような気がするが……
そう思ってあたりを見渡して気がついた
そこかしこにガラクタが転がり、床には何かの術式が描かれ、
棚の中には日付を添付された、恐らくは修理待ちと思われる物が並べられている
…………ここは、私が生前鍛錬の場としてきた土蔵ではないか
「そうなるとマスターは―――」
それに思い至ったときだ
「あら、こんな所に現れるなんて、
貴方が私のサーヴァント?」
私の後ろ、この土蔵の入り口から声をかけられて私は振り返った
そこに立っているのは予想に反して幼い少女、
「ほう、では君が私の―――」
彼女を認め、マスターかと問おうとしたとき私は気がついた
その子は、私が救うことが出来なかった、
『あの戦争』で、目の前で心臓を抉り取られて死んだはずの少女―――
「―――イリヤ、なのか?」
「えぇ、その通りよ英雄エミヤ、
私の名はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン、
今度はどんなクラスのサーヴァントなのかしら?」
呆然としたままの私の問いかけに、少女―――イリヤは懐かしい微笑を浮かべてそう答えた
6士郎視点
「シロウ、そこで止まってください」
目の前に現れたセイバーに俺は思わずたたらを踏んだ
呪われた鎧を纏い、漆黒の剣を持っていたが
彼女は間違いなく俺の知っているセイバーだ
「セイバー、どうして?」
くすんだ金髪の下から覗く瞳は、輝きの無い金色をしていた
アレは“あのときのアーチャー”と同じ色だ
「シロウ、私はセイバーでは……
少なくとも、『貴方のセイバー』ではありません、
私はただの敵、貴方にとって害悪でしかない」
まるで仮面をつけたかのような顔と、平坦な声でそういうセイバー、
でも、
「バカ言うな、仮にそうだとしてもお前がセイバーであることに代わりがあるか!」
彼女は言いながら俺から目をそらした、もし、『俺のセイバー』でなかったとしても、
それでも彼女が『衛宮士郎』と心通わせた『セイバー』であることに代わりは無い
「だいたい敵ってのは問答無用でかかってくる奴のことを言うもんだ、
そんな目をしておいて誰が敵だなんて思うってんだ、このバカ!!」
言いながら彼女に向かって行こうとした俺は、足元からの激痛に思わず足を止めていた
「がっ!
痛〜って、これは?!」
慌てて飛びのきながら足元を見ると、黒い『何か』が広がっていた
「これは…………まさか『アンリマユ』?!」
二ヶ月前、俺とセイバーで破壊したはずの大聖杯に憑りついていた呪い
それがなんでこんな所に?
「シロウ、貴方の言いたいことは判る、
でも私は、貴方を…………『衛宮士郎』を殺しているんです、
そんな私が、貴方に助けてもらう資格なんて無い!!」
「まて、セイバー!!」
ズブリと音を立てて、セイバーは足元の影、『アンリマユ』の中に消えていった
「士郎、大丈夫?!」
「よう、坊主、久しぶりだな」
「うん?
遠坂か……って、なんでランサーが?」
振り返ると、何故かランサーを連れた遠坂が立っていた、
いつの間にか『影』も消えている
セイバーに続いてランサーまで…………
驚きながらも俺は、大変な事態に巻き込まれたことだけははっきりと自覚していた