うたかた M:ライダー 傾:シリアス?


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1: EVIL (2004/04/06 22:40:40)[madama0079 at hotmail.com]

うたかた



「おはようございます。先輩」
サクラの良人である彼は、その声で目覚めた。
「ん、あ、ああ。おはよう、桜」
「はい。おはようございます」
そうしていつも二人は挨拶をかわす。
サクラからだったり、彼からだったり、二人一緒だったり。
二人が一つの布団の中にいることが照れくさくて、ぼそぼそと小さな声だったりもするけれど、それは変わらない。
二人はいつも、一日の一番初めに挨拶をする。
「御飯、出来ましたよ先輩」
「あ、そんなに寝てたのか。ごめん、桜」
「いえ、構いません。先輩はまだなれていないんですから。それよりも、体のほうは大丈夫ですか」
「ん?ああ、問題ない」
「よかった」
そういって、サクラは笑う。
ああ、とても魅力的な笑顔だ。
生憎と私はそんな顔が出来ない。誰かを想って、誰かのために微笑むことなど、私には必要のない機能なのだから。
別段それで苦労はないし、活動上問題も無い。
私が私である上で、そんなもの何の役にもたたない。何より、そんなことをする必要がない。
今の私、ここでの私はただ一つの剣であればよい。
守る。
それだけだ。
偽りの英霊、仮初の存在、歪な命。
そんなことはどうでもいい。
わたしはただ、守るだけだ。


「おはよう、士郎」
「ああ、おはよう遠坂」
廊下ですれ違った二人は挨拶を交わす。
リンは彼の憧憬の的なのだ。
なるほど。確かに彼女は美しい。
その容貌、振舞。
魔術士として彼を導く師足りえる英知を持ち、それを適度に隠匿する程度には社会にも適合している。
己の制御をしくじることは――それほど、なく。他者を気遣うだけの余裕もある。
何より、その輝かしい意志。
それはサクラにはないもので、当然私にも存在しない。
男である彼は、私よりも多くの影響を彼女から受けているだろう。
女の魅力は魔術の域のものだ。魔女である彼女ならば、その影響は計り知れない。
さすがはリン。
ただできればそれを使ってあなたの妹を含めて二人とも怒る程にからかうのはやめて欲しい。
この家の食事事情はあなたの妹夫婦の手によって支配されているのですから。
さじ加減を間違えないようにしていただきたい。
ええ。ほんとうに。


「おはよう、シロウ!」
「うん。おはよう、イリヤ」
台所で二人は元気良く挨拶を交わす。
兄妹で、姉弟。
その二人は不思議な関係だ。
いや、不思議ではいないのだろう。
私は兄も弟も持ったことはないが、その二人が確かな絆を持っていることが分かる。
言えることはただ一つ。
遠くから見ていた限りでは、彼女もまた彼を大切にしている。
彼にとっては、それだけで十分なのだろう。
ただ、いつもいつも思うのです。
何故あなたの中で、イリヤはあなたにいきなり飛びつくのですか?


「おっはよーーー!」
「朝から元気だな。ふじねぇおはよう」
食卓で二人は挨拶を交わす。
二人はこの家の家族の中心だ。
イリアが来る前、リンが居る前、サクラが通い始めるその前からいる、この家と彼の守り手だ。
彼女は教師であり、この国の剣術を収めても居るらしい。
ブンブリョウドウ、と言う言葉は彼女にふさわしいでしょう。
しかしそれは、あくまで普通の人間ならば、の話。
私のようなおかしな存在にはその力は及ばず、リンのような魔術士に対抗できる力を持たない。
それでも。ああ、それでも彼女は彼――彼らの守り手なのだろう。
彼らが悲しむのなら供に悲しみながらも支え、彼らが苦しむのなら供に背負って歩く道を示し、彼らの喜びを見て供に喜ぶのでしょう。
人ならざる私には分からない。そんな彼女がわからない。
けれど、それでも、彼女にとって彼らが大切だと言うことだけは。
それだけは分かる。
少し意地汚いですが。


そして、今度は私の番だ。
私がいるのは道場でなくてはならない。それは彼が知る、存在場所だからだ。
私は存在条件を満たさねばならない。
「なんだ、ここに居たのか」
当然です。私はここに居るのですから。
私は、ここ以外には居ないのですから。
私は剣。一振りの剣。あらゆる害を打ち砕き、全ての敵を屠る者。
あなたにとって、それが私。
「土蔵かと思ったんだけど」
何故そんなところにいると思ったのでしょう。
彼の記憶の中で、そこにいたのは一度。
呼び出された夜のただの一度。
ああ、わかる。
あなたはあの時、その剣に魅せられた。
剣を鍛えるものとして、一つの魔術回路として、そして一つの人間として。
それは、貴方にとってけして忘れられない気億。
忘れようともしない思い出。
それからのいろいろなことは、彼自身が忘れることを許すまい。
自分がしたこと。
自身の決断。
己の行動。
意志。
それらが全て貴方を傷つけるのだろう。
それが分かる。
しかし大丈夫。
貴方の全てを包んでくれるサクラがいる。
貴方には助言を与えてくれるリンがいる。
貴方には手を引いてくれるタイガがいる。
きっと貴方は大丈夫。
だから、今はこの場で休むと良い。
私は今は貴方の剣だ。あの時のように貴方を傷つけない。
あの時のように貴方を悲しませない。
だから、せめて今だけは。
私を頼ってください。
今の私は剣の筈なのだから。
ここは完全な世界なのだから。貴方は全てを手に入れられるのだから。
貴方は剣を夢見て良いのです。
「おはようございます」
だと、いうのに――。
「ああ、おはようライダー」
士郎は、ナゼ、ワタシを見るのですか?



「調子はどう?ライダー」
「問題は有りあません。今は安定しています」
入ってきたリンは、ベッドの上で寝ている士郎を目線だけで観察する。
人形に入れた士郎の魂は、今はまだ完全に定着していない。
それは時間が解決するとのことだ。
だから士郎は、日々の殆どを寝たままですごしている。
だが寝ている間は魂が離れやすくなってしまうのだそうだ。
そこで私が夢の世界を作り、彼はそこにいることで己を認識し、自身を肯定することにより存在を確かなものに、いや、体から魂が剥がれないようにする。
確かに夢幻の世界は私の本来の存在領域に近いものだし、私自身法具により擬似世界を構築できる。
私はその方法をリンに提案した。リンにも何か策が有ったようですが、私のほうの意見を通してもらった。
どちらがより良いかなど、魔術師ならざる私には分からない。けれど、彼が無事であるなら、問題ない。
それが確かなことであるなら、私には、何の、不満も、ない。
「ねえ、メデューサ」
「……なんでしょう。リン」
リンが、私の名を呼ぶとは珍しい。少し驚いた。
「私ね。いま、貴方に嫉妬した女神の気持ちが分かったわ」
髪を払いながら、そんなことを彼女は言った。
……良くわからない。
「どういうことでしょうか?」
「うん。今の貴方ね、とても綺麗だな、と思って」
「はあ……」
彼女のいうことは分からない。
リンは人をからかうという悪癖がある。今のもその類の言葉だろうか。
彼女は、いつの間にか、こちらを窺っている。
如何に私が魔眼殺しをつけていると言っても外してしまえば、即座に彼女は私の瞳にとらわれるだろう。
そのようなこと、一流の魔術師である彼女が知らぬはずがない。
それなのに、なぜかこちらを見ている。
「その、どういうことでしょうか」
視線をはずしながら、言う。
やはり、他人の顔を見ると言うのは、緊張してしまう。
「ん?だからそのまま。貴女が綺麗だったのよ。今もそうだけど」
その声は、特別なことがあるわけでもなさそうに。ただ普通で。
「今ね、士郎を見てるあなたを見てたんだけど」
確かに私は、士郎を見ていましたが。
「すごく綺麗だった。ほんとに。ああ、女神なんだな、って思ったのよ」
「まあ、確かに、この身は僅かに神の特性も持ちますが」
違うわよ、と言う。リンのいうことはよくわからない。
「まあいいわ。それよりも、士郎はまだ夢の中?」
「いえ。先ほどまでは私の作った夢の世界にいましたが、現在は彼自身の眠りにあります」
そう、と言って、彼女が士郎の眠るベッドの枕元にまで歩いて行き、その寝顔を覗き込む。
「まあ、よく寝ちゃって。こっちの苦労も知りなさいよね」
怒っている顔なのだが、喜んでいるようにも見える。
というか。
少し、顔が近すぎる気がするのですが。
「リン」
「ん、なに?」
顔を上げて聞いてきた。だから、もう彼の顔の近くにはその顔がないわけで。
それを注意するべきだと思った私は言うことがなくなってしまう。
「あ、いえ……すいません。すんだことです」
「そう?」
不思議そうにこちらを見るリン。
私自身もよくわからない。別に注意するべきことでもなかったと言うのに。
リンは、そのまま士郎の枕元に座る。
「そういえば、ライダー。あなたの作ってる夢の世界で、こいつったらどんな生活してるのかしら」
その質問は。
彼女にとってはどうと言うことのないものなのだろう。
今までと同じ、ただの質問に過ぎない。
そして、私にとってもただの質問に過ぎない。
だから、私は質問に答える。ただ静かに。質問に答える。
「日常を送っています」
「日常?」
「はい。朝起きて食事をし、学校に行って友と遊び、家に帰って、眠っています」
リンが、クスリと笑う。
「へぇー、やっぱりあんまり変わりないのね」
「彼の記憶と願望の一部を元に構築したものです。普段と変わりない生活に意図して、そうしているのです」
「まあ、そうよね。でも、そんな生活がいいのか。こいつ」
士郎の頬を指でつつく彼女。
「――リン」
「何、ライダー」
なぜ、声をかけてしまったのでしょうか。
私は、聞いてはいけないことを聞こうとしている。
効かなければ良いことを。無駄なことを。私ではその答えを得てももうどうにもならないことを聞こうとしている。
しかし、聞かなくてはいけないことでもある。
聞かなければ、私は、彼の望みを果たせない。
「士郎は、彼女を嫌いだったのでしょうか?」
何を馬鹿なことを聞いているのだろうか。
答えは聞かずとも分かっている。
そんなことはありえない。
私は士郎の夢に触れ、知っている。分かっている。なのに、彼女は彼の夢に現れない。
ナゼ、だろうか。
「無意味なことを聞きました。忘れてください」
リンは少し視線を落として、それからこちらを真っ直ぐに見た。
「私は知らないわ、ライダー。二人が契約関係だった時には殆ど会っていなかったし」
その視線は、私を捕らえている。
なんとなく。私は自分が魔眼にとらわれているような気がした。
彼女の瞳には私が映っているのからだろうか。
何か不可思議なものに絡めとられている気がする。本来からめとるはずの私が。
「……そうですか」
「でもね」
私を遮って続けた。
「あいつはきっとセイバーを信頼してた。ううん。きっとなんてあやふやな物じゃなくて、確実に。そもそも、士郎はこういう奴だしね」
そしてまた、頬をつつく。
「そうですね」
だが、それならば。なぜ。彼女は現れない。
「ねぇ、ライダー」
「なんでしょう。リン」
「恋する乙女は綺麗になるものよ」
「は?」
いきなり、何を言うのだろうか。リンは、やはりわからない。
「まあ、恋かどうかは分からないけれどね。とにかくあなた、嫉妬してるのよ」
嫉妬。
「それはありえません。サクラは私のマスターだ。例えそうでなくとも私はサクラの幸せを望んでいます」
リンを眼鏡越しにみやる。少し力が入ってしまったかもしれないが、仕方ない。
それに、リンもどうと言うこともなく笑っている。
――笑っている?
「もちろんそうでしょうよ。貴女はサクラが大好きだもの。でも、違うわよ。あなたが嫉妬しているのは、サクラじゃないわ。セイバーのほう」
セイバー。それが彼女のクラス名。
剣を使うものだから、セイバー。ただそれだけの、単純な名前。
彼が何より信頼した、彼の剣。
彼がただ一つ甘えることの出来た、彼の唯一の相棒のはず。
彼女の真の名を私は知っている。
士郎も知っている。
だが、彼にそれを彼女の口から聞いた記憶はない。
しかし、士郎はそれを気にした様子もないのだった。
違和感なく、彼女をセイバーとして認め、供に戦っていたのだ。
きっと彼には、セイバーが何者であるかどうかなど関係がなかったのだろう。そう。
セイバーは、セイバーなのだから。
「ほら、そんな怖い顔しないでよ。わたし、貴女の魔眼に抵抗しきれないわ」
眼鏡に手を当てる。ずれかかったそれを直す。問題なし。
「怖い、顔ですか?」
私の顔は、怖いのだろうか?
「今の顔はね。それでも綺麗なのはどうかと思うけど……。たまには自分を見てみたら?」
「鏡は嫌いです」
「そういう問題じゃないんだけど、ま、仕方ないか」
彼女は一つ溜息をついて、こちらに身を乗り出してきた。
「あなたは、士郎に嫌われたくないわよね」
「無論です」
即答する。当然だ。士郎はサクラの恩人で、サクラの良人で、サクラの、何より大切な人だ。
「なんで?」
「それは――」
それは。なんだろうか。
先ほどの考えが頭の中で巡る。
彼はサクラのものであって、私には関係がない。重要なことは彼がサクラとともにあることで、私がどのように思われるかではない。
ナゼでしょう。ナゼなのでしょうか。
彼の存在は、私の中では問題にならない。
私の存在は、彼の中では問題にならない。
それで、何の問題も無いはずなのです。
「ライダー。貴女は、士郎のこと好きよね」
「はい。彼は良い人だ。サクラのことを抜きにしても、好感を持てる人物です」
「そうね。私もそう思う。バカで、不器用だけど、良いヤツだから。で、これ以上の好評は桜に任せるとして」
士郎を起こさないようにそっと立ち上がって、こちらに歩み寄ってくる。
「どんなことでも受け入れてくれて、そこにいて良いよ、って言って。どんな奴でも自分の家族にしてしまえるんでしょうね。あいつは」
そうなのだろう。彼は。私を、サーヴァントである私をライダーと、クラスではなく、名前として呼んだ。それこそ、彼にとっては、どうでも良いのだろう。
私は、私でしかないのだから。
私の肩にそっと手を置く。私は座っていて、彼女は立っている。僅かに、見上げる。
彼女の後ろの窓から見える外は、暗い。
「でもね、だからこそ、怖いのよ。あなたは」
言う彼女の顔は、沈んでいる。
「もし自分が、彼を傷つけることをしてしまって。それこそ、とてもひどいこと。彼が彼でなくなってしまうような、彼の大切なものを打ち砕いてしまうような、そんなひどいこと」
それは、ドレの事だろう。
偽の主の命の元、彼を襲ったことか。
桜を守るとの言を確かめるため彼の命を狙ったことか。
それとも。それとも、彼にとって、大切な家族であっただろう彼の剣を、壊させた、ことか。 
「もし、そんなことをして、そんなことをしてしまって、それでも、自分が――嫌われなったら」
その言葉は、危険だ。
よくない言葉だ。
それはダメだ。
その先を言わせてはいけない。
しかし、自分の口から言葉は出ない。
体も動かない。これが、石にされるものの感情なのだろうか。
いま、私は。
恐怖している。
「もし、嫌われなかったとしたら――自分は、彼にとって、嫌われるほどの価値もない存在なのではないか」
凍る。
心が凍える。
心臓が動いているかどうかがわからなくなる。
分からない。分からない。
私は、今、そのとおりの私は。いま。
わたしは。
「大丈夫よ。ライダー」
そういう彼女は、とても優しい顔をしていた。
肩に置いた手から、彼女の暖かさが入ってくる。
「私は自分の目的のために彼を利用した。貴女もそうでしょう」
それは、サクラを守る、という、ただその一点。
「あいつもそうよ。目的のために、私たちを利用した。それぐらい、あなたもわかっているでしょう」
それは、分かっている。それは、よくわかっている。
だが、私は。
「大丈夫よ」
私の肩から手をどけて。
彼女は私を抱きしめた。
「士郎は、あなたを大切に思ってる。あなたは桜の大切な人で、彼の戦友で、私の同士なのだから」
「――リン」
「それを理解して。そうでないと、桜と士郎を任せられないじゃない」
リンの匂いがする。
彼女の鼓動を感じている。
「きつい事を言ったわね。……言峰に似ちゃったかな」
「リン」
「いろいろ言ったけど、本当に言いたいことはこれだけよ」
私を抱く彼女の腕の力が、強くなった。
「しっかりしなさい。もう。見てられないじゃない」
「すまいません」
ああ。リン。
「何かあったら溜め込まないで、言いなさい。相談しなさい。私を誰だと思ってるの。トオサカリンよ?桜の姉よ?」
「はい」
あなたは、なんて強い。
「桜のサーヴァントだっていうなら、私の妹も同じでしょ。だったら、姉に相談ぐらいしなさいよ」
「はい。そうですね」
それに引き換え、私はなんて弱い。
「ありがとうございます。姉さん」



今日は特別な日だ。
皆朝から落ち着かない。
サクラは何度も何度も掃除をしているし、士郎は先ほど、ドタドタとおとをたてて食料品の買出しにいってしまった。
士郎がいないのは、彼女にとって、寂しい事態かもしれない。できれば早くく帰ってきて欲しいものだが。
彼女の方が早いだろうか。
呼び鈴が鳴る。
さて。
ならば、彼女を迎えにいくのはこの私の仕事だろう。
ええ。そうでしょうとも。



あとがき
SS2作目となります。
時間背景はグランドフィナーレ、凛ロンドン出立前少し前、です。
現象や魔術理論は私の解釈によるものですので、実際のものと混同しないようにいしてください。
メデューサさんは、三人姉妹末っ子ですよ。
「鏡は嫌いです」
といわせたくて書きました。


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