デモンベインVSFate(仮題) 多分シリアスきっと桜、でもライダーな気も


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1: TAN (2004/04/05 23:29:01)[tan666 at jcom.home.ne.jp]


 果てる事無き絶望の空。
 その果てに、浮かぶ星。
 その星の魂は呪縛から解き放たれた。
 星は一つではない。双子星だ。
 その星に添えられるように、もう一つの星が存在する。
 金色の獣と黒の書。
 これが一つの星。
 ならば、双子星とは。
 もう一つの星は影。
 姿無きもう一つの暗黒の星。
 史実になぞらえた虚構の螺旋ならば、彼の影もまた紡がれねばならない。
 一つの星は、父の呪縛から逃れた。
 けれど双子星の片割れはまだ螺旋の中。
 終わる事無き、怪異の交錯。
 死する果てに存在する死への階段。
 その姿は見え無き影。
 兄が呪縛から逃れえても、弟は呪縛の螺旋に囚われる。
 ならば、兄の物語は終わっても、弟の物語は終わらない。
 双子星の袂が別たれた今、残されし者は、螺旋に従うのみ。
 故に物語は終わらない。

 
 衛宮桜は幸せをかみ締める。

「桜がハタチになったら結婚しよう」

 1年前に、衛宮士郎に言われたプロポーズだ。
 学校を卒業した今でも、妻となっても、彼の事を桜は先輩と呼んでしまう。士郎はそれを気にとめた風も無く受け入れる。
 プロポーズの時、彼は耳まで真っ赤にしながらも、その瞳はまっすぐと桜を見つめた。
 彼は昔と変わらない。
 彼女の為に、過去も、想いも、理想も殺して尚、彼は昔のままだ。
 4年前の彼女は士郎のそばにいるだけで幸せだった。ただ、一緒にいるだけでよかったのだ。
 かなうはずの無い夢は、今、ここに成就した。

「私は、咎人です。幸せになってはいけない人間。けれど、それでも、こんな日々がずっと続けば良いのに」

 そう願った。彼と誓いの口付けを交わしたとき、心のそこからそう思った。それは平和が好きなのでも、平和を望んでの事でもない。ただ、愛しい人と一緒にいる時間が一秒でも長ければと言う願いだ。
 買い物袋を手に、幸せそうに坂道を登る。
 この先には、自分が居るべき場所があり、愛する男が待っている。
 彼に教わった料理を持って、彼を唸らすのが彼女の楽しみだ。

「間桐桜さん、で、よろしいのかな?」

 ふと、背後から声がかかった。
 振り向くとそこには、オレンジがかった茶色の髭を見事にたたえた紳士が一人。

「あ、はい」

 威圧されるように返事する。
 結婚してまだ3日。彼女は間桐という苗字で呼ばれることに慣れている。

「名乗らずに、声をかけることは失礼に当たるかな。いやいや、これは失礼。私の名はウェスパシアヌス。以後お見知り置きを」

 慇懃に挨拶する男の目に、暗い闇が走る。
 桜はこの闇を知っている。
 かつての自分がまとった闇だ。
 否。
 この闇は今でも持ちつづけている。決して失う事の無い闇で、今では桜の一部といっていい。
 だから無意識に悟る。

「魔術師?」

 それも位は高い。5=6と冠される小達人(Adeptus Minor)クラス。組織の頂点でなければ、生きた人間では最高位に位置する魔術師だ。
 姉の遠坂凛は天才と称され、弱冠ながら時計塔に特待生の魔術師として招かれるほどの魔術師だ。桜は知っている。彼女は魔法と呼ばれる存在に最も近い魔術師の一人なのである。
 そんな彼女ですら、外陣なのである。内陣と呼ばれる、AdeptusMinorクラスの魔術師など、姉の話では現在では協会内部でも10人と居ない。
 ならば、魔術師としては未熟どころか、体内の虫の制御もろくにできない自分など、いくら魔力があったとしてもこの魔術師の相手にはならない。
 実力差を悟ると、急に足が震えだした。

「いやいや、君に用が合ってね。申し訳ないが、付いて来てもらうよ」

 ウェスパシアヌスは貼り付いたような笑みを浮かべながら手を差し伸べた。細められた目は笑っていない。
 拒めば彼は力ずくで桜をさらうだろう。彼女はそれを理解した。もう一つ理解する。いくら住宅街の真昼だからといって、大通りとも言えるこの道に、人一人、車一台とおらないのはおかしい。
 考えるまでも無く、目の前の魔術師が結界を敷いているのだ。
 既にここは、魔術師の胎内だ。

「い、いやです」

 人の助けは来ない。桜にそれは理解できた。それでも、離れたくない存在がある。だから彼女はありったけの勇気を振り絞って、かろうじて呟いた。

「ならば仕方ない。手荒な真似はしたくなかったのだがね。これでも時間があまりないのだよ。いやいや、世知辛い世の中だ」

 本当に残念そうなそぶりを見せながら、紳士は手を伸ばした。
 その手は桜の腕を掴む。

「な・・・」

 桜はその時感じた。
 その左手には何かとてつもない物が憑いている。

「ほう、気がついたかね。だが安心したまえ。君に危害を加えるつもりはない。君は大切な巫女だからね。だから・・・」

 ウェスパシアヌスの偽物の笑顔をみて、桜の我慢は限界を超えた。

「ラ、ライダー!!!!」

 喉も張り裂けんばかりの声を張り上げ、彼女は彼女の守護者の名前を呼ぶ。

「無駄だよ。いくら呼んでも外には・・・」

 といいかけてから、右手で顎鬚をしごく。

「フム。そうでもないようだ」

 結界の一部が破られたのを、ウェスパシアヌスは察知した。

「並みの魔術師では破られまい。衛宮士郎という魔術師に関してはある程度調べたが、この結界を破る実力はない。ならば、君の姉かね? 既にロンドンと言う田舎に戻ったのかと思っていたが」

 いや、これはしくじった。とばかりに笑う。だが、相変わらず目は笑っていない。彼の仕草は全て2流の役者のそれだ。

「その手を離しなさい!」

 そう怒鳴り込んでくる閃光が一つ。紫電の如きそれを見て桜が歓喜の声をあげた。

「ライダー!」

「桜、少し待たせました」

 安堵の表情を浮かべた桜を見て、優しげな笑みを浮かべたライダーと呼ばれた女性は、ウェスパシアヌスと対峙する。

「フム、英霊か。これはまた珍しい物を」

 英霊。
 かつての英雄であり、死後も人を守護する存在。ライダーと呼ばれた彼女は、4年前の聖杯戦争でこの時代に呼び出された過去の英雄である。

「私も長年、この世界に身をおいているが、英霊などと言う物を見たのは初めてだよ。これはいい物を見させてもらった」

「見物料は取りません。桜を大人しく離せば、あなたの命も保証しましょう」

 ライダーはその目で相手を殺さんばかりに睨みつけている。その目には尋常でない魔力が発せられており、それは素人が見ても異常な光景だった。
 彼女は視線で人が殺せる。
 そう、死の縁を経験した事のない人間でもそう感じただろう。

「極めて強力な邪眼。ふむ、英雄でそう言う物を持つものはほとんど居ない。君は反英雄といったところか。しかし、その目は強力すぎるな。いささか体に異常を感じる」

 異常を感じるといいながらも、ウェスパシアヌスは堪えた雰囲気すら見せない。
 その状態の彼にライダーは内心驚愕する。どれほどの魔術師であれ、不意打ち気味に視線を交えたのだ。同じ英雄ですら束縛し、石化させる邪眼を見て、いささかの異常などと言うレベルで済ませれるはずが無い。
 そして、もっと不審なのは、彼女自身、邪眼の効果があった事を感じ取っている。目の前の男は確実に石化しているはずなのだ。だが、この男はまるで何も無かったかのように行動する。

「君に勝つことが不可能ではないが、ここでアレを使うわけにも行かない。抑止力が働くのも面白くない。ならば、サンダルフォン」

 ウェスパシアヌスの声に反応するように、黒い影が舞い降りた。

「私はこの女を連れ「承知した」」

 ウェスパシアヌスの声を遮って、黒い鎧で身を包んだ、漆黒の天使は答えた。さっさといけと言わんばかりに。

「物分りが良くて良い事だ。だが、紳士としては落ち着きに欠けるな」

「俺は紳士になどなるつもりは無い」

 ぶっきらぼうに黒い鎧の天使は答える。
 おやおや嫌われた物だ、仕方が無いと呟きながらウェスパシアヌスは芝居じみた肩のすくめ方をした。

「それでは、ミスライダー、お先に失礼させてもらうよ」

 慇懃に礼をして、ウェスパシアヌスは桜を連れてこの場を去ろうとする。

「嫌! 嫌! ライダー、先輩!」

 桜は、その手を振り解こうと暴れる。が、男の体はビクともしない。未熟とはいえ簡単な強化魔術を施しているにも関わらずだ。

「桜!」

 ライダーは桜に駆け寄ろうとする。
 だが、それを遮るのは黒い天使。
 黒い天使は、天地上下の構えを取り、ライダーの動きを阻む。
 即座に目の前の男の戦闘力を計算した。

(強い)

 英霊であるライダーから見ても、目の前の男は強い。信じられない話だが、自分に匹敵する実力者だ。
 勝てない相手ではない。
 彼女の切り札そのものを使えば勝てる。
 だが、切り札を使えば、桜も巻き込む可能性がある。
 他の乗り物ならば完全に操ることができるが、あれを使っているときだけは溢れる力を制御しきれるかどうかが解らない。
 手に、愛用の杭のようなナイフを構える。
 相手は素手。間合いは自分の方が広い。そしてスピードも自分の方が上だろう。
 この距離ならば、相手の攻撃は・・・。

(しまった)

 僅かな思考の間に、相手は攻撃圏内に入ってきていた。ライダーが桜に気を取られるあまりに注意力が散漫だったと言う部分はある。
 だが、それよりも相手の体術が優れすぎていた。
 見事なまでのすり足で、ほとんど足を動かすことなく間合いを詰めたのである。黒い天使にだけに集中していればライダーならば見抜けたはずだ。
 だが、桜と言う意識をそらす存在が、彼女を窮地に追い込んだ。

「破!!!」

 気合と共に突き出される正拳。
 日本に伝わる空手同様、基本の型であり、最強の拳。
 朴訥でありながら、必ず敵を粉砕する、基本であり奥義。
 否、真の格闘術にとって、全ての一撃が必殺であり奥義。故に、目の前の敵がどれほど恐るべき物かを、ライダーは悟らざるを得なかった。

「く・・・」

 かろうじて、獲物でその一撃を受け止めたライダーは、2歩ほど下がる。追い討ちをかけるようにサンダルフォンは前に進む。
 それは演舞のような動きだった。
 互いの動きを予測し、攻撃、反撃、全てが決められた動作のようだ。
 ナイフの一撃を、肘で払い、そのまま踏み込む。
 空手だけではない、この男中国武術も使う。
 予想通り、速度は自分の方が上だ。だが、技量と腕力は互角以上。

「ふむ、あの英霊はサンダルフォンで抑えられそうだ。ならば行くとしよう」

「ライダー! ライダー!」

 信じられない事に自分のサーヴァントであるライダーが劣勢なのだ。自分が呼んだから彼女が劣勢に追い込まれている。桜にはそれが耐えられなかった。
 衛宮士郎だけではなく、姉とライダーによって彼女は助けられた。ライダーは聖杯戦争が終わっても、足手まといにしかならない上に、わがままばかり言う自分の側に残ってくれた。
 そんなライダーには人として幸せになってもらいたかった。
 なのに、自分のせいで、再び戦いをさせ、そして彼女は危機に陥っている。
 桜には解らない。ライダーが完全な劣勢ではないと言うことに。
 ライダーは焦っており、切り札も使えない状態だ。そして、相手が英霊でもなく魔術師でもないにもかかわらず、自分と互角の体術を持っている事に戸惑っている。だが、それでも完全な劣勢ではない。彼女にはまだ余力があった。だが、桜にそれは見抜けない。

「では、行こうか「桜をどこに連れて行く気だ」」

 再び、ウェスパシアヌスの前に障壁が現われた。ウェスパシアヌスの紳士の仮面が一瞬はがれる。そこにはドス黒いマフィアのような表情が浮かんでいた。だが、それも一瞬ですぐにいつもの仮面に戻る。

「抑止力は既に働いていると言うことか」

 これほど、自分を阻止する者がタイミングよく現われる事はそうとしか思えなかった。ウェスパシアヌスは一瞬だけ紳士の仮面を捨て、舌打ちをした。もっと余裕が無ければ地面に唾を吐いていただろう。

「先輩!」

 結婚して尚、先輩と呼んでしまう夫に声をかけた。
 嬉しい、嬉しい、嬉しい。
 桜の心は浮かれる。
 同時に自分の黒さに嫌気がさす。
 こうやって士郎の愛を確認しなければ自分は満足できない。
 ライダーを死地に追いやり、また自分の愛する男が危険な目にあうと言うのに、それを嬉しいと感じてしまう。自分を助けに来てくれたと言うのも嬉しいが、彼女の為に身を捧げ傷つくと言うのもまた嬉しい。
 衛宮士郎と言う、誰にでも優しい男が、自分のためだけに傷つくのを嬉しいと思ってしまうのだ。
 それが悲しい。

「ふむ、少々、彼女に頼みたい事があってね。それで同行してもらうのだよ」

「無理矢理にか?」

「丁重に頼んだのだが、断られてしまってね。スマートではないが強引な手を好む御婦人もいると言うことかな」

「桜はそんな奴じゃない」

 ウェスパシアヌスは、ちらりと桜を見て、立ちふさがる衛宮士郎に笑いかけた。この笑みは紳士の仮面からではなく、内面そのものから出た下卑た笑みだった。
 そう、何も知らない無垢な少年少女に、ポルノビデオを見せる変態のような笑みだ。

「桜君、彼はああいっているが、君はどうなのかな?」

 桜は自分の内面が見透かされているような気がした。

「士郎! 早く桜を」

 サンダルフォンと激戦を繰り広げるライダーが士郎に向かって叫ぶ。

「貴様の相手は、この己だ!」

 一瞬だけ意識がこちらに向いた隙に、サンダルフォンの矢のような蹴りが、ライダーの胸部を捕らえた。
 桜の体内で魔力が一気に奪われるのを感じる。
 桜の魔力は膨大だ。聖杯と呼ばれた願望増幅器に溜め込まれた魔力はほとんど全て彼女の体内に残留している。
 恐らく、彼女が死ぬまでライダーと言う英霊を現世に留め続けても、使い切る事は不可能だろう。
 だが、減る事は感じる。ライダーは一気に傷の修復の為に桜から魔力を間引いたのだ。
 それほど致命的な一撃を喰らったのである。自分の保持する膨大な魔力ですら瞬時に回復させるには足りないほどの一撃だ。

「ラ、ライダー!」

 桜がそちらを向いた瞬間、士郎が駆け出した。
 強化の魔術で脚力増幅を行ったのか、それはすばらしく早かった。

「ほう・・・」

 ウェスパシアヌスが感嘆の声をあげる。

 トレース・オン
「投影開始」

 駆け出すと同時に、両手に、二対の刀が浮かぶ。

「これは見事だ」

 上下から同時に繰り出される、斬り上げと斬り下げの一撃。
 それは人の目で捕らえきれないほどの速度だった。ここに剣術の実力者がいれば唸ったに違いない。それは人と言う枠を外れた一撃だったのだ。
 未熟とは言え、衛宮士郎は激戦を潜り抜けた、歴戦の魔術師である。
 工房に篭って研究ばかりしている魔術師風情に体術で劣るはずがない。そして、彼自身強くなるために一日たりとも鍛錬をおろそかにはしなかった。
 だが、ウェスパシアヌスは事も無げに杖一本で受け止めた。
 木でできたはずのそれは、刃を受けて傷一つ入らない。

「面白い手品だったよ」

 桜から左手を離し、動きの止まった士郎の顔面を掴み持ち上げた。

「ぐあ・・・」

 万力のように締め上げられて、士郎はうめき声を上げられた。骨の軋みすら聞こえる。
 ガランと音を立てて、両手の刀が地に落ち消滅する。

「さて、桜君。もう一度聞かせてもらおうかね。私と共に来てくれるかな?」

 それは要請ではない。
 脅迫だ。
 首を振れば、衛宮士郎は死ぬ。

「・・・はい」

 桜は、首を縦に振った。振らざるを得なかった。

「よろしい、ついてきたまえ」

 満面の笑みを浮かべ、ウェスパシアヌスは頷いた。めずらしく、本心からの笑いに見えた。

「士郎! 桜!」

 ライダーの悲鳴のような呼びかけが聞こえた。

「ライダー。先輩をよろしくお願いします」

 ウェスパシアヌスは満足そうに頷く。

「早く手当てをしてあげたまえ。ほうっておくと彼はじきに死ぬことになる」

 士郎を投げ捨て、マントを翻す。そして、抱きしめるように桜の肩を抱いた。

「サンダルフォン。適当なところで切り上げてきたまえ。君が戦うべき相手は彼女ではないのだからな」

「承知」

 ウェスパシアヌスは、一瞬ゆらめくと桜後とその姿を消した。

「空間移動?!」

 ライダーが驚きの声をあげる。並みの魔術師どころか、英霊クラスの魔術師をもってして初めて行える行為だ。
 前回の聖杯戦争に参加したサーヴァントでも、恐らくキャスター以外の魔術師には出来ないだろう。

「己をあまり見くびるな」

 サンダルフォンは驚愕の表情のライダーに踊りかかる。

「そこを退きなさい」

「退くと思うか?」

 既に桜はさらわれた。今すぐ助ける術はない。だが、目の前で衛宮士郎が死にかけている。桜の令呪による絶対命令は今も彼女を縛る。
 衛宮士郎の命を守る。
 自分の主たる桜から下されている命令の一つだ。
 二人は対峙する。
 一進一退。
 ライダーの攻撃は何度かヒットし、確かにサンダルフォンの黒い装甲に傷をつけていた。
 だが、二人の決着は容易につかない。
 彼もまた、ライダーに匹敵する、高速の肉体回復を行っていたからだ。
 故に、彼を殺すには、最強のカードを切る必要がある。

「ほう・・・」

 構えを崩すことなく、黒い天使の声に喜悦の色が含まれた。
 表情は、仮面は微動だにしない。だが、ライダーには、目の前の黒い天使が笑っているように見えた。

「ならば・・・覇ァッ!!!」

 彼もまた魔力を増幅させる。
 黒い瘴気で周囲のマナを喰らいながら。彼の体内に組み込まれたダイナモはアザトースと呼ばれる独特の形に変換され、その右腕に集中する。
 黒い天使もまた、ライダー同様、一撃必殺の切り札を持っているのだ。
 何者かは知らない。
 だが、目の前にいる敵は、かつて戦ったセイバーと呼ばれる存在に近いほどの強敵だ。

 ベルレ
「英霊の・・・」

 手には金に輝く手綱。それを手にすると同時に、自らの目の前に銀光の魔方陣が展開される。そこからは幻想種と呼ばれる存在の嘶きが響く。
 対峙する、サンダルフォンは、腰を落し、拳を腰溜めに構える。完全なる基本と奥義、両者をかねそろえた一撃必殺の構え。
 単純無比なただの正拳。ただ、己を鍛えるために、一日千本以上の繰り替えしをおこなった反復による到達点。何百万と振るわれ鍛え上げられた一撃は、金剛すら砕く。
 だが、ライダーも躊躇はしない。己が持てる究極の一撃を持って、目の前の敵を殲滅する。
 相手の意図はわかっている。
 絶対の自信を持った正拳で、彼女の一撃を止めるつもりなのだ。
 愚直なまでの克己心から解き放たれた一撃は、恐らく、サーヴァントの持つ宝具に匹敵する。
       カバネ
 ならば、その屍、踏み越えて行くのみ。

   フォーン 
「・・・騎手!!!!!!!!」

 その真なる呼びかけに、宝具は答える。
 魔方陣は砕け、そこから白き天馬が姿を見せる。だが、それは一瞬。手綱を握ったライダーの意図を汲み、そのもてる力全てを光に変換する。
 正に弾丸。
 白い弾丸は、空気を裂き、マナを裂き、人知を超えた速度で突撃する。
 もとより英霊の戦いは人の関与できるものではない。

「ぬうううう、疾ッ!!!!!!!」

 だが、目の前の魔術師でもなく英霊でもない、黒き鎧の男は、防ぐ事など不可能な一撃に向かい、拳を突き出した。
 それは、300キロで走る電車の正面に立ち、正拳を繰り出すのと同義と言えた。
 もっとも、ライダーの一撃は、300キロなどと言う人知の及ぶ速度ではない。
 線路に落ちた小石のように、それは弾かれるはずだった。
 白と黒が交錯する。

「馬鹿な・・・」

 ライダーは、その自らの代名詞たる邪眼でその光景を見た。
 サンダルフォンの正拳は、ペガサスの頭部を粉々に打ち砕いたのだ。
 だが、それでも、英霊の騎手に操られた天馬は止まらない。
 予測どおりに、サンダルフォンを弾き飛ばし、そして消滅する。
 不意に、天馬が消失した事により、ライダーは地に投げ出された。普段の彼女なら何の問題なく着地するだろうが、魔力を消耗した彼女はかろうじて受身を取る。
 黒い天使は倒れている。
 ピクリとも動かない。
 ライダーは士郎の側にしゃがみこんだ。駆け寄ってすぐに抱き上げたかったが、その肉体の状態を知りたかったので、すぐには動かさない。何より、自分の体の自由が利かない。
 桜からの魔力は相変わらず供給されているが、消耗した分を取り戻すには至らない。現在の彼女は自分を世界につなぎとめるだけで精一杯なのだ。

「士郎」

 そっと額に手をやる。

「う・・・」

 頭部に痛みが走るのか、意識を失っているにもかかわらず士郎はうめいた。

「意外と軽症ですね。ですが、危険な事には変わりない」

 怪我は大したことが無かった。
 頭蓋に罅が入っているとか、そう言うことはない。だが、大量の魔力が注がれている。
 士郎は魔術師としては一点に特化されている。彼は特定の条件下での攻撃に関してはすこぶる強いが、どんな状況であろうとも、防御と言う点に関してはその辺の素人と大差ない。4年間、魔術師として修行して尚、それは直らなかったのだ。
 彼はウェスパシアヌスの瘴気とも言える魔力に中てられていた。このままでは黒い魔力によっていまるで自然死のように死んでしまうだろう。

「私では治せない。凛の元につれていかなければ」

 これを治せるほどの実力をもった魔術師は、ロンドンにいる一人の人物にしか心当たりが無かった。幸いなことに、3日前に行われた、身内だけの披露宴のために凛は帰国していた。休日は今日までだが、まだ間に合うはずだ。
 士郎を抱え上げ立ち上がろうとする。

「どこに行く」

 まさか・・・。
 ライダーは今度こそ驚愕した。
 確かに天馬とは相打ちだった。だが、確かに英霊の騎手による単純無比でありながら絶大な威力を誇る体当たりは、確かに黒い天使に直撃した。
 ゆっくり振り返ると、そこに装甲の6割がた砕け散った状態のサンダルフォンが立っていた。
 鎧と半分近く割れた仮面の下には、人間の肉体と、若い男の顔がある。左眼に大きな傷痕があった。
 血を吐きながら、男は構える。

「今ので終わりではあるまい・・・」

 まだやる気だ。
 足はふらついている。
 膝が笑っている。
 腕は上がらない。
 だが、彼の闘気だけは、今尚増幅しつづけている。それは憎悪に近かった。

「まだやると言うのですか」

「無論」

 男は揺るが無い声で答えた。
 ライダーの魔力は回復していない。
 傷は負っていなくても、状態は目の前の男と大差ない。
 同時に人の声が聞こえた。

「む、先ほどの激突で結界が破れたか」

 男は呟くと構えを解いた。
 漆黒の天使と、翼ある白馬との激突は、ウェスパシアヌスが周囲に張り巡らせた結界をも砕いていた。

「戻ってきたまえ、サンダルフォン。そのまま戦えば、本番に支障が出るぞ。それは君の本位ではあるまい」

 漆黒の天使の耳にだけに耳障りな声が響いた。

「興が削がれた・・・」

 その殺気が霧散する。だが、それでも常人の数倍の殺意に満ちている。

「目的は果たした。アーカムへ来い。先ほどの女、アーカムにいる」

 砕けた鎧から幾枚もの放熱板のような羽が出てくる。それはまるきり無傷だ。

「・・・。桜の居所を教えてどうするのです」

「お前はそこに来るだろう? その時決着をつけよう。前菜には丁度いい」

 男はそれだけを言い残し、空に跳ぶ。
 背中の羽から魔力炎を飛ばしながら。

「己の名はサンダルフォン。お前との戦いは、己の目的の次に優先してやる。桜とか言う女を取り戻したければ、己に勝つしかないぞ」

 それだけ言い残し、彼は東の方角へ飛び去った。

「アーカム・・・」

 彼の言い残した言葉をかみ締めるように呟いた。
 桜がさらわれ、士郎は瀕死、そして、最大の切り札、英霊の騎手を持ってしても、敵を打ち倒せなかった。
 その敗北感だけが彼女を支配する。
 だが、桜は生きている。居場所もわかる。衛宮士郎を助ける手段も存在する。ならばするべきことをして、反撃にでるべきだ。
 自己主張をするほうではないが、それでも英霊たる誇りとしてやられっぱなしではいられない。
 士郎を抱き上げ、ライダーは歩き出す。
 この身は桜を守るためにある。
 ならば、一度の敗北に、悔やんでいるひまなどあろうはずが無かった。
 
 


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