27 impetuoso 〜熱烈に〜
「私は、行けません……兄様」
苦しげな表情で、しかしきっぱりとしたアルテイシアの返答にも、アーヴィングは驚きを見せなかった。
「……そうか。何故かとは尋ねん。鎖で繋いででも連れて行くだけだ」
先程と変わらない表情で、さらに一歩アルテイシアに近付く。
「……凛。約束です、兄様を……」
「言われるまでも無いわ。アルテイシアには悪いけど、殺してでも止める」
凛は足幅を広げて正面からアーヴィングに対峙する。
「止せ。君のような優れた魔術師と無益な争いをするつもりは無い」
「だったら抵抗しないでやられなさいっての!」
言うと同時に手に持った宝石を二つ、前動作なしで同時にアーヴィングに投げつける!
「――――Blitzschlag, festes Fesseln――――!!」
「――――舞われ、ランドルフ」
ヂヂヂヂヂヂヂヂヂィッ!
凛の放った雷は、即座にアーヴィングの正面に回りこんだランドルフの魔力壁に阻まれた。
「……強制略式禁法、スロウダウン」
ギュルルルルル……
続いてアーヴィングの放った魔術が、凛の周囲に光の渦を巻き起こす。
途端に凛の体の自由が奪われ、徐々に動きが静止していく!
「くっ! Sieben, Zwangsmassnahme――――!」
バチィッ!!
咄嗟に宝石の魔力を開放、力尽くでクレストソーサーを打ち破る。
「さすがだな。だが……その触媒も無尽蔵というわけではないだろう?」
確かにアーヴィングの言う通り、凛の触媒……宝石は残り三個しかなかった。
今まで使用した物も含めて、聖杯戦争終結後から二年かけて蓄積してきたものばかり。
残りの三つを使い切ってしまえば、あとは蓄積不足の宝石しか残っていない。
「このまま抵抗するとむやみに触媒を浪費することになるが、いいのか」
「余計なお世話、余計な心配よ……って」
アーヴィングを睨み据える凛……だが、その表情が急に変化する。
「……士郎?」
ガッ!
硬い物を抉ったような音が、アーヴィングの背後から聞こえた。
「……驚いたな。まだ立つだけの力が残っていたか」
振り向く先には、二本の剣を地面に突き刺して立つ青年の姿。
「だが、なぜ立つ。あのまま倒れていればもう痛みを受けることもないというのに」
士郎は足に力を込め、剣を引き抜き、顔を上げる。
「……ああ。でも、あのまま倒れてたら、俺はもうあの憧れた正義の味方にはなれない」
正義の味方、という言葉に、一瞬顔をしかめるアーヴィング。
「……何かと思えば、正義の味方とは。そんなものは偶像に過ぎない」
だが、そんなアーヴィングの姿を、士郎は既に見ていなかった。
偶像だろうと構わない。
もとよりそんなことは承知の上だ。
「そんなこと、諦める理由になんかならないだろうが……!!」
叫ぶと同時に打ちかかる。
「異なせ、ランドルフ」
ギン! ギギギン! ギィンッ!
士郎の振るった夫婦剣は、しかしアーヴィングに届くことなく弾かれる。
「強制略式禁法、ゼーバー」
バヂィッ!!
「っかは……!」
アーヴィングの魔術が干将を撃ち、その衝撃で右手から吹き飛ばされる。
このままでは駄目だ。
干将莫耶では、簡単にランドルフに弾かれてしまう。
奴を倒すには、もっと強い……あの魔鍵に打ち勝てるような武器が要る。
なにがいい?
聖剣?
魔剣?
神剣?
名剣?
――――いや。
どうせ模するなら、あの剣を……!
「――――I am the bone of my sword.(我が 骨子は 紫電の 刃)」
イメージする。
左手に持った莫耶が再構築されていくイメージ。
かつて赤い騎士の持つ夫婦剣に憧れて、それを模したように。
あの晩、その夫婦剣の片割れから作り出された剣に憧れた。
ならば、それをイメージする。
あの正義の味方の大剣を、そしてその持ち主の想いを。
莫耶が砂のように崩れていき、代わりに違う剣が投影されていく。
より長く、より厚く、より強く。
「――――投影、完了(トレース、オフ)」
士郎が目を開けた時、その左手に握られていたのは銀色の大剣だった。
「それは……!」
凛が驚愕の声を上げる。
紫色と金色があしらわれた、その剣の名はライジングタイタンソード。
「剣を作り出すか。だが空想の剣でこのランドルフに打ち勝てると思うな」
アーヴィングが腕を振るうと、ランドルフが唸りを上げて士郎に向けて振り下ろされる!
「侮ってんじゃねえっ!!」
士郎もライジングタイタンソードを両手で振り上げ、迫る魔鍵に向けて振り上げる!
ギャインッ!
火花が飛ぶ。
ぶつかり合って弾かれたのは……魔鍵ランドルフ!
「何……?」
初めて驚きの色を含んだアーヴィングの声。
士郎はさらに踏み込み、両手で握った大剣を振り下ろす!
シュッ! ガゴッ!
アーヴィングに紙一重で避けられた刃は、エミュレーターゾーンの床に大きな溝を作った!
「この威力……空想の域を越えているな? 魔術師、お前は何者だ?」
士郎は答えない。
これが返答だと言わんばかりにライジングタイタンソードを振り回す!
ギャインッ! ガッ! ギジィッ! ガキャァンッ!
士郎にとっては使い慣れない大剣であるにも関わらず、ライジングタイタンソードの巨大な刃は導かれるようにアーヴィングに迫る!
「……ここまでする気は無かったが……止むを得んな」
一足飛びで士郎から大きく飛びのくと、アーヴィングはランドルフを手元に引き寄せた。
「先程とは違って死ぬには困らない威力だ。この空間に葬らせてもらう」
アーヴィングはランドルフを操ると、自分の正面に直立させる。
この構えは、先程士郎に放ったあの攻撃――――!
「超次元――――」
アーヴィングの魔術が発動する直前、士郎の後ろから何か小さな物が飛び込んできた。
「――――穿刀爆砕!!」
士郎に魔力が集中し、炸裂する――!
キュドキュドキュドガゴオオオオオォォォンッ!!
「む……」
光の余波を浴びながらも、アーヴィングは何が起こったのか正確に察していた。
「レジストしたか……!」
宝石を投げつけたままの凛の姿と、クレストグラフを掲げたアルテイシアの姿。
二人が施した抗魔術障壁によって、アーヴィングの魔術はその威力の大半を削がれていたのだ。
「うおおおっ!!」
光の余波の中から士郎がアーヴィング向けて突撃してくる!
その右手に持ったライジングタイタンソードに、左手を添えた突きの構えでアーヴィングに迫る!
「――――塑らせ、ランドルフ!」
アーヴィングの命令に従って、ランドルフが盾となって大剣を受け止めようと立ちはだかる!
「――――投影、再装填(トレース、リピート)!」
ガキャアンッ!
ライジングタイタンソードが弾かれると同時に、士郎の空いていた左手にもう一本の剣が投影される。
「何だと……!」
二本目のその剣もまた、一本目と同じ紫銀の大剣。
かつてクウガが一度だけ使用した「二本目のライジングタイタンソード」。
この剣の担い手の記憶、それをなぞって作り上げた切り札――――!
「もらったああぁっ!」
「!?」
ザシュウッ!!
二本目の大剣による刺突……ダブルライジングカラミティタイタンが、アーヴィングの腕に深々と突き刺さった。
28 tempestoso 〜嵐のような〜
士郎たちが鏡の中へ消えてから暫し後。
場所はロンドンの郊外にある朽ちた教会。
滅びの静寂を破るのは、遠くから聞こえてくるエンジン音。
割れたステンドガラスに映るのは、ヘルメットをかぶった青年と少女の姿。
ドゥルルルルルルッ!!
「着いたっ! ここだ!」
バイクを急停止させて雄介が叫ぶと、即座にひらりとリアシートから飛び降りるセイバー。
「あの教会の中から、魔力の歪みのようなものが感じられます!」
ヘルメットを脱ぎ、鎧を纏ったセイバーが鋭く教会を睨んで言う。
「よし、とにかく行ってみよう!」
バイクを乱暴に止めると、教会へ向かって駆け出そうとする雄介。
だが、それをセイバーが片手で制する。
「……いえ、待ってくださいユウスケ。…………そこにいるのはわかっている。隠れていないで出て来るがいい」
「……別段隠れていたつもりも無かったのだがな。それとも出迎えが必要だったか?」
教会の柱の影からゆらりと姿を顕わしたのは、黒鎧を身に纏った騎士のサーヴァント。
ゆっくりと階段を下りてくるその姿に、雄介は油断無く身構えた。
「こいつが、ナイトブレイザーか……」
「いかにも」
なんの気負いも無く頷く。
セイバーは風王結界(インビジブル・エア)を発動させながら、慎重に間合いを測る。
「シロウたちをどこへやった?」
セイバーの問いに、ナイトブレイザーは親指で後ろの扉を指してみせた。
「あの教会の中だ。とは言え、扉から入っても会うことは出来ぬだろうがな」
「……どういうことだ?」
「あの中には結界が張られている。その結界の中にいるうちは外から観測することは不可能。言ってみれば異次元、という奴だろうな」
「なっ!?」
ナイトブレイザーの言葉に、雄介があからさまに驚いた。
「異次元……!? そんなものの中にみんなはいるのか!?」
「大丈夫です、ユウスケ。結界ならば基点を崩してやれば消すことが出来るはずですから」
冷静にそう判断するセイバーに、ナイトブレイザーは小さく頷く。
「まあ、その通りだ。基点を探し出すことが出来れば、の話だがな」
「……なぜ、そんなことをわざわざ話す?」
不利益なことを簡単に話すナイトブレイザーに不審な物を感じて、セイバーは眉をひそめる。
ナイトブレイザーはフ、と笑うと、腕を顔の前まで振り上げる。
「話すな、とは言われていないのでな。この身が命じられたことはただ一つ」
腕を一閃。
現れる一条の光。
「何者であろうとここを通すな……それだけだ」
「ユウスケ、離れていてください。この者とは、私が」
「いや、けどセイバーちゃんは……」
セイバーに指示に、躊躇する雄介。
昨晩見つけたときに負っていた怪我が頭をよぎったのだ。
だがセイバーは首を振って否定する。
「私ならば問題ありません、ユウスケ」
「でも……」
「それよりも、ナイトブレイザー以外の未確認生命体が気になります……注意を怠らぬよう」
そうだった。
この場にはナイトブレイザーだけではない、未確認が多数隠れているかもしれないのだった。
雄介は仕方なく、セイバーに頷くとゆっくりと後ろに下がっていった。
代わりに前進してきたナイトブレイザーがセイバーに尋ねる。
「傷はもう癒えたか? 病み上がりの身ではこの身を満足させられるとは思えんが」
「……気になるならば、その刃で確かめてみるがいい」
ゴウッ!!
言葉と同時に、セイバーが魔力を開放する。
放出された魔力が風となって辺りに荒れ狂う。
「勝負を長引かせるつもりは無い。最初から全力で行く」
「ク、虚勢ではないようだな。加えて今度は宝具も使うとなれば……不足は無い」
嬉しそうに言うと、ナイトブレイザーも腕から伸びる光を構える。
「……………………」
「……………………」
自然に沈黙し合う二人。
お互いその場を一歩も動かず、ただ機を待つのみ。
そのまま過ぎること数分。
セイバーの後ろから見守る雄介が、いつのまにか顔を伝っていた汗をゆっくりとぬぐう。
ぽたっ。
その汗が落ちる音が、嫌に大きく響いたような気がした。
それが合図になった。
「はああああっ!」
「ガアアアアッ!」
ザッ!
ギィン! キィン! ギキキィィン! ガキャアン!
気合と共に断続的に響き渡る剣戟。
斬り、避け、打ち、斬り、逸らし、払い、重ね、斬り、薙ぎ、斬り、撓め、斬り、叩き、斬り、斬り、そして斬る。
一呼吸の間に何十合という数の打ち合いを応酬し、その速度はさらに上昇する!
ギャキンカカキンガキキャキギャギャガァンギキンキィンっ!!
剣で行われる即興曲。
雄介はサーヴァント同士……いや、セイバー同士の戦いがいかなる物か、身をもって理解した気がした。
ガァンッ!!
「う……ぬ!」
一際大きな音がした後、二人の刃は真っ向から噛み合っていた。
鍔迫り合いをしつつ、ナイトブレイザーは不敵に笑う。
「なかなか……だが、これだけでは満足できんな」
ヂィン!
セイバーの刃を大きく跳ね上げると、身体を半身に開き、光の刃を青眼に構える。
「貴様が昨晩と違うかどうか……これで確かめる」
「!?」
ナイトブレイザーの光の刃がさらに輝きを増す。
大気中の魔力が渦を巻いてナイトブレイザーに集中する。
見間違う筈も無い、あれこそナイトブレイザーの宝具……!
「――――災厄の聖剣(ナイトフェンサー)!」
真名と共に光の刃が閃光と化し、青白い軌道を描いてセイバーに迫る。
セイバーは動かず、ただその軌道のみを見極める……!
「シャアッ!」
初撃!
ギィンッ!
縦方向から迫る白刃を横から弾く!
「はぁっ!」
追撃!
ジャッ!
続く袈裟斬りを切っ先に当てて軌道を逸らす!
「ヌッ!」
連撃!
ガキィッ!
さらに振るわれた横薙ぎを剣の腹で受け止める!
「しっ!」
ブォンッ!
その反動を生かしたまま、返し刃でナイトブレイザーの胴を薙ぐ!
「クッ!」
ヂィッ!
紙一重で避けるナイトブレイザー。
削り取られた黒鎧が宙に舞う。
そのまま地を滑るようにセイバーとの間合いを離す。
「……一度受けた以上二度とその技は通じぬぞ、ナイトブレイザー」
セイバーは追い打ちせず、その場で再び剣を構える。
「……流石」
己の宝具を完全に捌かれて、しかしナイトブレイザーは動揺を見せない。
「成程。確かに傷は癒えているようだ……だが、そのために魔力の大半を犠牲にしたな?」
「………………」
セイバーは答えない。
それが何よりも雄弁にナイトブレイザーの推測を肯定していた。
「最初の踏み込み以外に機動を見せないのもそのため……無駄な魔力放出を抑えて、宝具の一撃に賭けるつもりか」
そう、セイバーが動かない理由はまさにそれだった。
ナイトブレイザー相手に機動戦をするとなると、少なからず魔力を機動力に費やさなければならなくなる。
それは拙い。
宝具を撃てるだけの魔力を温存しながら戦う……これがセイバーの勝利のための条件だった。
ゆえにセイバーは、宝具を撃てるだけの魔力を温存しつつ、さらに「もう一つの条件」をクリアしなければならなかった。
「……面白い。その賭けに乗ってやろう」
ナイトブレイザーはそう言うと、一瞬でセイバーの正面から左後方に回りこんだ。
位置が変わり、今度はセイバーが教会を背にして立つ格好となった。
「……そら、この位置ならば遠慮せずに撃てるだろう」
「なっ!?」
今度は驚きの声を上げてしまったセイバー。
無理も無い。
ナイトブレイザーは、セイバーの「もう一つの条件」……ナイトブレイザーを教会の前から引き離すことを見抜いた上で、自らやってのけたのだ。
ナイトブレイザーが教会を背にして戦っている以上、セイバーは宝具を使えなかった。
なぜなら教会の中には士郎たちがいるのだから。
例え結界に包まれているといっても、その結界がセイバーの宝具にすら耐えられる程のものなのかわからない以上、迂闊には撃てない。
だというのに、わざとその有利を捨ててセイバーに宝具の使用を促すナイトブレイザー。
「己が持てる魔力、全てつぎ込んで見せるがいい。そうすれば、この身の欲望もあるいは満たされるだろうよ」
ただ、欲望のために。
そう言って地の利を捨てたナイトブレイザーに、セイバーは剣を握る手に一層力を込めた。
相手の思惑が何であれ、当初の目的どおりの条件は整った。
この位置ならば、この身体が雄介の盾になる。
セイバーはしばらく押し黙ったままだったが、暫くするとナイトブレイザーに向けて大きく剣を振りかぶった。
「……受けた後で後悔することは出来ない。何しろこの剣、一度放てば全てを断つ」
セイバーの風王結界(インビジブル・エア)が解き放たれる。
その風の鞘の中から現れるのは、王の象徴たる輝く剣。
「……覚悟することだ、ナイトブレイザー!」
ナイトブレイザーは光刃を消し、両手を広げて叫んだ。
「来い、セイバー! この身の最高の宝具で迎え撃ってやる!」
セイバーとナイトブレイザーの周囲に、大気中の魔力が集中する。
その勢いたるや、先程の災厄の聖剣(ナイトフェンサー)の比ではない。
この辺り一帯の魔力を喰らい尽くしてなお足らんとするほどの、貪欲なまでの魔力供給――――!
「はああぁぁぁぁああああ!!」
セイバーの剣が輝光と化す!
「コオオォォォォオオオオ!!」
ナイトブレイザーの身体に電光が走る!
二人に収縮した魔力が、共に臨界を越える――――!
「約束された(エクス)――――」
「塵に返す(バニシング)――――」
真名が、魔力を伴って放たれる!
「――――――――勝利の剣(カリバー)!!!」
「――――――――必滅の光(バスター)!!!」
セイバーの振り下ろした全てを切り裂く閃光の斬撃が。
ナイトブレイザーの放った全てを消し飛ばす青き波動が。
両者の中央で激突する!!
轟ッ!!!!!
光の拮抗。
その威力は余波だけで容易く生き物を殺すだろう。
枯れ木が、崩れた壁が、ただでさえ滅びていた風景が全て吹き飛ばされていく!
「く……あ…………っ!」
セイバーの後ろで見ていた雄介も、その衝撃に吹き飛ばされないようにしているのが精一杯だった。
既に視界は光に溢れる中、まともに見えるのは正面に立つセイバーの背中だけだった。
「ああああああああああああああああああっ!!」
セイバーが叫びと共にさらに魔力を叩き込む!
約束された勝利の剣(エクスカリバー)の閃光が一際膨れ上がり、塵に返す必滅の光(バニシングバスター)を凌駕する!
「ッ!?」
無慈悲な光に包まれていく中、ナイトブレイザーが両手を交差させた姿勢をとる。
その防御を無視するかのように、約束された勝利の剣(エクスカリバー)の光はナイトブレイザーの身体を飲み込んだ!
全ての風景が白く染まる。
「……やった!」
瞳を焼く光に耐えながら、雄介は勝利を確信した。
あれだけの攻撃を受けて、どうして消滅せずに居られるだろうか。
セイバーは剣を振り下ろした姿勢のまま動かない。
光が徐々に薄れていく。
朝靄が日の光の中で晴れていくかのように、空と大地が再び視界に戻る。
その視界の中に、動くものの姿は無い。
「…………馬鹿な」
セイバーが信じられないといった表情で呟く。
全てが消し飛び焦土と化した場所に、黒い影は微動だにしないで立ち尽くしていた。
光が過ぎ去った後も、ナイトブレイザーはそこに居た。
驚くべきことに、周囲の風景を一変させるほどのセイバーの宝具に耐え切ったのだ。
だが。
「…………ガハッ!」
兜の隙間から血を吐いて、ナイトブレイザーは崩れ落ちた。
大部分を相殺されたとはいえ、最強の一撃をまともに喰らい、まだ存在しているのが不思議なほど瀕死だった。
両腕は防御のためにほぼ原形を留めておらず、足も片方が千切れる寸前だ。
鎧も兜も砕け、ひび割れ、その隙間の全てから血が流れ出ている。
それでも、ナイトブレイザーは生きていた。
「……くっ!」
そして、セイバーのほうもまた限界だった。
剣が消滅し、体が沈む。
「セイバーちゃん!?」
雄介が駆け寄るが、セイバーは反応しない。
ただでさえ宝具一発分の魔力しか残っていなかったというのに、さらに魔力を上乗せしたのだ。
いまやセイバーは現界しているのがギリギリで、動くことすらままならないほどに弱っていた。
加えて、宝具の撃ち合いで大気中の魔力が極端に薄くなっているため、周囲から魔力を取り込むことも難しくなっていた。
「……グ……ア、セイ……バ……ア…………!」
「ナイトブレイザー……!」
致命傷を負った身体をなんとか復元させようとするナイトブレイザー。
致命的な魔力不足に陥った身体になんとか魔力を通わせようとするセイバー。
お互い足りないものを必死でかき集めようともがいている、その横から。
「アラアラ、二人とも共倒れ? なぁんだ、ヤる手間が省けちゃったじゃないの」
そんな、場違いな声が聞こえた。
29 strascinando 〜引きずるように〜
「ギイッ!」
「ガヒャアッ!」
奇声と共に教会の陰から飛び出してきたのは、人の体型を模した人以外のもの……未確認生命体。
「未確認!? それも二体!」
ギュンッ!
即座にベルトを出現させて、変身の構えを取る雄介。
「ググググ……」
「ゲエェエェエェ…………」
二体の未確認はそれに気がついているのかいないのか、意味も無く唸り声をあげている。
「……なんの、つもりだ」
その時、今まで膝を着いていたナイトブレイザーが顔を上げると未確認に向けて言った。
「今回……貴様らの、役目は……っ、無いはずだぞ……グロンギども」
息も絶え絶えなナイトブレイザーの言葉に反応したのか、未確認……グロンギの片方がナイトブレイザーに歩み寄っていく。
「…………? 貴様ら、一体……」
その様子に何か思うことがあったのか、ナイトブレイザーは何か言いかけて……
「ギイィアアァッ!!」
ドグァッ!
「ガッ、ハ……!?」
前触れも無く放たれたグロンギの蹴りが、ナイトブレイザーの腹に突き刺さった!
ナイトブレイザーの黒鎧がさらに砕け、蹴られた個所からは血が吹き出る。
悶絶するナイトブレイザーに、グロンギはさらに追い打ちのストンピングを加えた。
ガッ! ガッ! ガッ! ガッ!
「グッ……! ウッ……! ガッ……! ゴフ……!」
見る見るうちに血溜まりが広がってゆく。
容赦ない蹴りの嵐に、ナイトブレイザーは地面をのた打ち回るしかなかった。
「な、に……何が……?」
「ガヒ……ゲエェ……」
突然のグロンギの凶行に驚くセイバー。
だがセイバー自身にも、もう片方のグロンギがゆっくりと歩み寄ってきていた。
「くっ! ――――変身っ!!」
ギュイィィン!
雄介はセイバーの傍らを離れて、グロンギ目掛けて駆け出しながらクウガへと変身した。
「うおおおっ!」
メキィッ!
「ギヒャァッ!?」
クウガの放った右の拳が、グロンギの顔面に直撃した!
その威力にグロンギの上半身が仰け反る。
「…………っ!?」
だが、クウガは拳から伝わった異様な感触に、思わず拳を引いてしまった。
嫌にやわらかい……いや、脆い。
グロンギの身体は基本的に人間のそれよりも丈夫に出来ているはず、なのにこの脆さは一体なんなのか。
「ゲ……ゲハァ…………」
顔を殴られたグロンギがゆっくりと上半身を元に戻す。
「うっ……!?」
その顔を見たクウガが、思わずうめく。
グロンギの顔は、殴られただけで陥没していた。
だがその陥没している個所は、見る間に元通りに修復されていく。
だがそれだけならば、幾度となくグロンギと戦ってきたクウガなら、驚きはしなかっただろう。
クウガが驚いたのはそれではなく、修復されていく個所でうごめいている無数の物体にあった。
「何だ……あの蛆は……!?」
そう、グロンギの顔面に取り付いていたのは大量の蛆だった。
陥没個所から零れ落ちるように沸いて出てくるそれは、顔の内側が蛆に侵されていることを示していた。
体内に蛆が湧いているグロンギ。
その様はまるで……
「まるで……未確認のゾンビだ」
「そのとーりよん。なかなかスルドイじゃない、アンタ」
クウガの呟きに答えるかのように、先程の場違いな声が再び聞こえてきた。
「誰だっ!?」
周囲を見渡すクウガ。
ブゥゥゥゥ……ゥゥゥン
その背後に黒い霧のようなものが集まったかと思うと、次の瞬間その場所に一人の人物が立っていた。
「はじめまして……って言っても、どうせすぐサヨナラしちゃうんだからよく考えたらイミ無いわねぇ」
気配に振り向いたクウガが見たのは、異様に派手な服を着たピエロのような人物。
これまた異様な仮面をつけているため、その素顔は窺い知れない。
言葉遣いは女のそれだが、声から察するにどうやら男のようだ。
「この感覚……貴様もサーヴァントか、道化師。しかもこの魔力量からすると恐らく……」
魔力を振り絞って立ち上がったセイバーに、ピエロがくるりと向き直る。
「そういう貴女は前回のセイバーちゃんね? ……いいわ、貴女カワイイから特別に教えてア・ゲ・ル」
セイバーの容姿を見て、ピエロはなぜか上機嫌になって答えた。
「そう、お察しの通り、アタシはキャスターのサーヴァント。名前はティベリウスよん」
ティベリウスと名乗った仮面のピエロは、おどけた仕草でセイバーにお辞儀をしてみせた。
「貴様、離れろっ!」
セイバーと向き合ったティベリウスに、クウガが後ろから殴りかかる。
「うるっさいわねぇ。アンタはあっちのコイツらの相手でもしてなさい」
だが、クウガの拳はティベリウスに届く前に、その横合いから飛び掛ってきた何かによって阻まれてしまった。
「ギャギャアッ!」
クウガに飛び掛ったのは、先程までナイトブレイザーを打ちのめしていたはずのグロンギだった。
右腕の巨大な鋏を振り上げると、クウガの首目掛けて振り下ろす!
「うっ!」
慌てて後ろに飛ぶことで挟まれるのを逃れたクウガだったが、そのせいでティベリウスとセイバーから再び離れてしまう。
駆け寄ろうとしても、今度は前後からグロンギが襲ってくるためにそれも出来ない。
「ギィッ!」
「グヒェヒェッ!」
「っく、くそっ……!」
グロンギ二体の攻撃を捌きながら、クウガは明らかに足止めされていることに歯噛みした。
そう、ティベリウスの狙いはセイバーだったのだ。
30 sdegnoso 〜傲慢に〜
グロンギ二体に囲まれたクウガは、じりじりと押され気味のようだった。
それを遠目に感じながら、セイバーは目の前のティベリウスに意識を向けた。
「……なぜ、今回のキャスターが、前回のセイバーである私を知っている?」
「トウゼンよん。だって、あなた達が戦ってるのをずっと見てたんですもの」
ティベリウスの言葉はつまり、戦いの最中この場にいた誰にも気付かれることなく隠れ続けていたことを意味していた。
他のサーヴァントならともかく、直感の鋭さが群を抜いて高いセイバーが見過ごすとは、恐ろしいほどに高度な隠行である。
「勝負ついたのを見計らって、勝った方とだけヤればイイわ……って思ってたら、まさか相打ちになっちゃうなんて思わなかったわ」
「漁夫の利を狙ったか……」
「ま、そういうことね。おかげで大助かりよぉ、わざわざ作った手駒が無駄になっちゃったわ」
「手駒……あの未確認は、お前が?」
セイバーがティベリウスの後方を見ると、未だにクウガはグロンギの包囲網を突破できないでいた。
「そ。さっきグーゼン鉢合わせしたのよ。で、襲ってきたからとりあえず殺したんだけど。ま、せっかくだから役に立ってもらおうと思って」
「死霊術(ネクロマンシー)か……!」
「アラ、よく知ってるわね」
死霊術(ネクロマンシー)。
生き物の死体を操って僕のように従わせる術法。
高度なものになると、生前と変わらない程の能力を備えた僕を作り出せると聞くが……あの二体は再生能力まで付加されている。
「ま、とにかくいろいろ予定とは違っちゃったけど、結果オーライってヤツね。あっちのセイバーはもう動けないし……」
ティベリウスがちらりと横に視線をやると、その先にはいまだ横たわっているナイトブレイザーがいた。
ぴくりとも動かなくなってしまったその姿を一瞥すると、再び視線をセイバーに戻す。
「こっちのセイバーちゃんも、好きにして、って感じだし! ウフフ、燃えるわぁ!」
「っ! 何を言う!」
ティベリウスの言葉に激昂したセイバーが、剣を手に持って斬りかかる。
ギィンッ!
しかしその一撃はティベリウスの両腕に付けられた大鉄爪に呆気なく払われた。
「ムリしないの。体が上手く動かないんでしょ? だったらアタシが代わりに動かしてあげるわよん」
そう言った途端、急にティベリウスの道化服が膨張した。
ビュルン!
膨張した道化服の中から、何かが勢いよく飛び出した!
「!?」
それはセイバーの腕に絡みつくと、そのまま腕を拘束するように締め上げる!
セイバーの腕に巻きついたもの、それはティベリウスの身体から伸びた肉の触手……!
「く……!」
セイバーが腕を引いて振りほどこうとするが、触手は全く離れる気配がない。
「んー、思ったとーり、ほとんど力が入らないみたいねぇん。ホント、好都合だわ」
ドビュビュビュルルッ!
続けて飛び出した三本の触手が、セイバーの残りの手足を一気に束縛する!
ネチャア……
「あ……う、く…………!」
四肢を触手に絡め取られたセイバーは、その感触に顔をゆがめながら必死に抵抗する。
だがもがけばもがくほど、触手はきつくセイバーの腕や足に絡みついてくる。
「いいわいいわぁ、その表情ステキよぉ。今のうちにたぁっぷり見せてちょーだい!」
心底嬉しそうに笑うティベリウスに、セイバーは悔しそうに顔を向ける。
「これで、捕虜でも取ったつもりか……!」
「イヤねぇ、そんな無粋なことすると思う? アタシはただ、セイバーちゃんを助けてあげようとしてるだけなのよぉん」
「なんだと……?」
「セイバーちゃんがそうやって動けないでいるのも、魔力が足りないからなんでしょ? だ・か・ら……」
ティベリウスの服の下から新たな触手が伸びてくる。
それは他の触手よりも明らかに巨大で、時折不気味に脈打っていた。
「アタシのコレでセイバーちゃんに魔力を注いでアゲルってワケ!」
「なっ!?」
その言葉に、セイバーはその触手……いや、肉塊が何であるのか悟った。
「ふ、ふざけるのもいい加減にしろ! そんな馬鹿げたことを許すと思っているのか!」
「アラ残念、合意は得られなかったから強姦になっちゃうわね。ま、アタシは元からそのつもりだけど」
ティベリウスが手を振ると、セイバーを拘束している触手が一斉に動き、その身体を宙に持ち上げた。
「うっ……放せ!」
「うっふっふ、セイバーちゃんたら強情なんだから。そんじゃま、その邪魔くさい鎧を一枚ずつ剥がしていきましょうか」
「や、やめ……!」
バギャンッ!
セイバーの制止も聞かずに、ティベリウスの鉄爪がセイバーの鎧を撥ね上げた。
鎧が強引に剥ぎ取られ、その下に隠されていた衣服が現れる。
「まずいちまーい、っと。次、どんどん行くわよん」
「…………くっ」
空中で手足を固定されたセイバーは、ただ睨むことしか出来ない。
そんなセイバーを嘲笑うかのように、ティベリウスは再び鉄爪を振るう。
ビリビリビリィッ!
「にまーい。……はぁ、セイバーちゃんったらほんっとステキ! どんな格好になっても可愛いんだもの!」
青色のスカートが無残にも引き裂かれ、ブーツとズボンが晒される。
「…………!」
顔を屈辱で真っ赤にしながら、それでもセイバーはティベリウスを睨み続ける。
その視線すら快感でしかないのか、ティベリウスは自分の身体を掻き抱いて身悶える。
「……ああもう、この期に及んでそんな表情するなんて、どこまでアタシをそそらせれば気が済むの!?」
ビュルルビュルビュルッ!
叫ぶと同時にティベリウスの身体からさらに触手がいくつも伸びて、セイバーの身体に絡みついた。
ある触手は服を引きちぎり、またある触手は服の隙間から、それぞれセイバーの素肌に進んでゆく。
「う…………っぐ、は……ぅ……!」
体中をおぞましい物体に触られている感触に、セイバーは吐き気すら覚えた。
いまやセイバーはわずかに残った衣服のなれの果てを身に纏い、全身を無数の触手で嬲られている状態だった。
「セイバーちゃんの柔肌、たまらないわぁ。これが芸術品ってヤツなのねぇ、うふふっ」
触手の一本一本が感覚神経に繋がっているのか、ティベリウスは身体をわななかせて悦にいる。
「それじゃ、もうそろそろ我慢も限界だし、メインディッシュをいただいちゃおうかしら」
ティベリウスがそう言うと同時に、セイバーを縛る触手がさらに動いて無理やり足を開かせる格好を取らせた。
「…………う…………!」
見ると、先程取り出した肉塊は今ではさらにその体積を増やし、グネグネと蠢いていた。
「どう? コレがセイバーちゃんに入るんだって考えただけでイッちゃいそうじゃない?」
限界だった。
もうこれ以上の行為は耐えられない。
セイバーは心の中で士郎と凛に詫びると、舌を噛み切るために口を開いた。
「アラ、ダメよ、そんなコトしちゃ?」
ビュルンッ!
「……むぐっ!?」
だがティベリウスが放った触手に開けた口を塞がれてしまい、自害することも阻まれてしまう。
「どうせならアタシのを咥えててちょうだい。なんなら噛んじゃっても構わないわよ? 痛いのもそれなりに気持ちイイから」
触手でセイバーの口の中をまさぐりながら、ティベリウスはセイバーに一歩近付いた。
「さてさてさて、それじゃあいよいよヤッちゃうわよん」
ティベリウスの肉塊がゆっくりとセイバーに近付いてゆく。
「………………………………っ!!」
口を塞がれているため声にならない声をあげるセイバー。
ティベリウスは無慈悲にも肉塊の先をセイバーの中心に狙いを定め、大きく腰を引いた後一気に突き出す!
ブチィッ!!
「…………………………………………ッアアアアァアアアアアアアァァアアアアアァアァアアアアアアァァアアアアッ!!??」
絶叫が虚空に響き渡る。
荒れ果てた地面に赤い血が滴り落ちる。
その声の主……ティベリウスは、根元から引き千切られた肉塊から血を撒き散らしながら身を捩っていた。
セイバーは身体を支えられたまま、その光景を呆然と見ていた。
「……下衆が。情欲に狂って油断したか、道化」
ティベリウスの触手のことごとくを素手で引き裂いたナイトブレイザーは、セイバーの身体を抱えたまま殺意を込めてそう言った。
31 snello 〜敏速に〜
クウガはグロンギのゾンビ二体を相手に苦戦していた。
はっきり言って、グロンギの動きそのものは鈍い。
そのため、攻撃を避けるだけなら容易なのだが……問題は倒せもしない、ということだった。
「でやぁっ!」
グシャッ! ベキッ! メリィッ!
クウガが何度拳を振るい、何度蹴りを放っても、グロンギは下がらなかった。
ただ壊れるだけ。
壊れた個所はすぐに蛆が集って修復が始まる。
「ガヒャァッ!」
ドスッ!
「うっ!?」
そして身体が壊れることも意に介さずに、グロンギは自らの攻撃を繰り出してくる。
その様はまさにゾンビ。
骨を断たせて肉を削ぐ戦法は、確実にクウガを追い詰めていった。
いまやクウガは教会の扉の前、セイバーとティベリウスがいる位置からさらに離れた場所まで追いやられていた。
「ギイイッ!」
「グヒュァッ!」
二体同時の攻撃が、クウガの左右から繰り出される!
扉を背にしたクウガは下がってそれを避けることが出来ず、やむなくそれを迎え撃つ。
「はっ!」
ヒュッ! ズダンッ!
「ギヒュッ!?」
咄嗟に右から来る拳を払い、カウンターで蹴りを叩き込む。
ボグゥッ!
「がっ……」
が、その隙に左からの顔面への一撃をまともに受けてしまう。
ふらつくクウガに、蹴りを入れられた方のグロンギがお返しとばかりに強烈な蹴りを放つ。
ドガァッ!
「ぐぁっ!」
クウガは扉に叩き付けられ、老朽化した扉はその衝撃に耐え切れずに粉砕される。
そのまま教会の中に突っ込むと、クウガは勢いのままに数度転がってから体勢を整える。
二体を同時に相手にするにはマイティフォームでは不向きだ。
装甲を強化できるタイタンフォームか、さもなくば……
「ギギィッ!!」
ドゴァッ!
「ぐっ!」
考える暇もあらばこそ。
再び接近してきていたグロンギの大きな鋏による横殴りの一撃が防御した腕ごと吹き飛ばし、クウガは教壇が置かれた台座まで追いやられた。
クウガは台座を背にして、砕かれた扉を踏み越えてこちらにやってくる二つの影を見据えた。
「何かないか……んっ?」
迫り来るグロンギを交互に見ていたその目が、ふと別のあるものを発見した。
それは、クウガの背後の台座に備え付けられていた三又の燭台だった。
「……これだっ!」
クウガは跳躍すると、近くにあった燭台の内の一本を蹴りつける。
バキンッ!
錆びてぼろぼろだった燭台はあっさりとへし折れ、乾いた音を立てて床に転がる。
その燭台を片手で掴むと、クウガはそれを水平に支え持って叫んだ。
「――――超変身!」
ギュイィィィン!
クウガの外見が変わり、手に持った燭台が瞬時に変形する。
今回の色は青。
手に持つものは金の矛先がついた青い棒状武器、ライジングドラゴンロッド。
クウガの持つ金の青の力、ライジングドラゴンフォームだ。
「はあっ!」
シュバッ!
ゆっくりと歩いてくるグロンギに対し、青いクウガはロッドを携えたまま駆け出した。
その速さはまさに疾風。
今までよりも一段と早い動きでグロンギたちに詰め寄ると、両手に持ったロッドで閃光のような突きを放つ!
ベギィッ!
「グゲエッ!」
攻撃を受けぐらつきながらも、グロンギは構わずに殴りかかってくる。
「ふっ!」
ブンッ!
しかし遅い。
全形態中最速の金の青となったクウガには、その攻撃はもはやとまっているも同然だった。
クウガは旋風のごとき俊敏さで体勢を低くしてすると、そのままグロンギの足を払う。
シュガッ!
高速で足元をすくわれたグロンギは、そのまま空中で横に半回転。
そして倒れるよりも早く、クウガの次なる一撃がその胴体に突きこまれる!
「だっ!」
ズダンッ!
「ギギャァッ!?」
空中でその突きを受けたグロンギは、そのまま教会の壁まで吹き飛ばされた。
と、そこでクウガはセイバーとナイトブレイザーの言葉を思い出した。
そうだ、セイバーとナイトブレイザーは、この教会の中には結界が張られていると言っていた。
もしも、そんな場所で爆発などを起こしたらどうなる?
結界が解かれるのなら問題無いだろうが、そこまで楽観視は出来ないだろう。
ゆえに。
「……この教会の中で倒すのは拙いか」
そう呟いて、もう一体のグロンギに向き直る。
「ギヘァッ!」
仲間が吹き飛ばされたのにも構わず、グロンギは大振りな動作で殴りかかる。
「はっ!」
ギュルンッ!
その繰り出される腕に絡めるようにロッドを操り、そのまま軌道を逸らして胴をがら空きにする。
「……ぜあっ!!」
ダダンッ!
一瞬でそのがら空きになった空間に二連撃を突き込み、一体目と同様に壁際まで吹き飛ばす。
「グヒュッ!?」
「ギアッ!?」
飛んできた二体目は、立ち上がりかけていた一体目を巻き込んで壁に激突する。
すかさずクウガがそこに駆け寄り、折り重なるように倒れこむ二体のグロンギにロッドを繰り出す。
「はっ!」
シュッ! ガガッ!
「グ!?」
「ギ!?」
ライジングドラゴンロッドが翻り、一度、二度と閃いた。
そして次の瞬間、グロンギたちはロッドの両端にそれぞれ一体ずつ引っ掛けられていた。
「うおおおおおおっ!!」
裂帛の気合と共に、ロッドを頭上に持ち上げる。
そのままロッドに力を込めて、グロンギごとロッドを旋回させ始めた。
ブゥン…………ブゥン…………ブゥン……ブゥン……ブゥン……ビュン……ビュン……
回転数は徐々に増え、風切り音もそれに比例して高く、鋭くなってゆく。
「ガ……!?」
「ギッ、ギィ!?」
ビュン……ビュン……ビュン……ビュン……ビュンビュンビュンビュン!
回転するロッドが巻き起こす風が、周囲の塵を巻き上げ始める。
次第にグロンギたちの体が遠心力によって水平に近い格好になり、さらに回転に拍車をかける。
ビュンビュンビュンビュンビュオオオオオオオォォォォオォォオォォォオオッ!
もはや、それは竜巻のようだった。
回転が巻き起こす風がステンドガラスをガタガタと震えさせる。
グロンギたちの体はもはや霞むほど高速で回転しており、悲鳴も風切り音に掻き消されていた。
「はあああああああああああっ!!!」
その竜巻の中心、ロッドの支点の真下にいたクウガは、回転が最高点に達した瞬間に思い切りロッドを縦に倒して突き上げる!
「「………………ッ!!!」」
ビュゴオオオオオオオオオオオオオォォォォオオォォォオオオォォオォオォォオォッ!!!
その突き上げによってロッドから開放された二体のグロンギは、巻き上げられる風を伴って一直線に真上に吹き飛んだ。
きりもみ状に回転しながら上昇を続けるグロンギ。
天井に開いた穴を飛び越えて、屋根のはるか上空まで吹き飛んだ所でようやくその上昇は勢いを弱めた。
上昇から滞空に変わろうとしたその時、グロンギたちの真下から青い影が追いかけるように跳躍してきた!
「……おおおりゃあああああああっ!!!」
跳躍した青い影……クウガは、空中に舞う二体のグロンギ目掛けて渾身の力を込めてライジングドラゴンロッドを繰り出した!
バギィンッ!
金色に輝く矛先は、まず一体目のグロンギの腹に突き刺さり、そのベルトを完膚なきまでに砕く!
「ずりゃああああっ!!」
ベギィンッ!
そしてそれを抜く動作をそのままもう一体のグロンギを突き刺す動作に変えて再度ベルトを粉砕する!
「ゴッ…………」
「……ギ……ヒィ……」
グロンギたちの体が再び浮き上がる。
亀裂がベルトから全身に向けて走り、蛆たちがそれを防ごうとするがクウガのエネルギーがその蛆ごと身体を破壊していく。
合計二発のライジングスプラッシュドラゴンを放ったクウガは、痙攣するグロンギたちを尻目に地上に向けて落下した。
クウガが教会の床に足をつくと、
チュドドオオオォォォォォォォオンッ!!
ほぼ同時に上空で連続した爆発音が響いた。
衝撃が教会の屋根を揺らし、細かい破片が降ってくるが、幸い建物自体には大きなダメージはないようだった。
「………………ふう」
教会を破壊せずにグロンギを撃退したクウガは、仮面の下で小さく安堵した。
「…………………………………………ッアアアアァアアアアアアアァァアアアアアァアァアアアアアアァァアアアアッ!!??」
遠くから耳を劈く絶叫が聞こえてきたのは、その時だった。
32 adirato 〜激怒して〜
絶叫するティベリウスをわき目に見ながら、ナイトブレイザーは抱えていたセイバーを下に降ろす。
「ナイトブレイザー……何故?」
よもやこの黒騎士に救われるとは思ってもいなかったセイバーは、戸惑いを含んだ声で頭上の面当てを見上げた。
「何故、か……助ける理由など無い」
ナイトブレイザーは兜の隙間から流れた血を拭う事もせずに答えた。
「この身はセイバー。そして、あの道化はキャスター。あるのは殺す理由だけで充分だ」
「よくも……」
ようやくショックから立ち直ったらしいティベリウスが、殺気を全身に纏ってナイトブレイザーを睨みつけた。
顔の仮面が笑い顔のそれではなく、いつの間にか怒り顔のものに変えられている。
「よくも邪魔しやがったわねこの死にぞこないがぁっ!!」
罵倒の言葉と共にティベリウスの全身から更なる数の触手が一斉に伸びる。
触手の群れは変則的な軌道を描きながら上下左右から二人のセイバーに迫る!
「……思い上がるな道化」
だが、それらが二人の体に触れることは無かった。
ナイトブレイザーの右手がゆらりと掲げられたかと思うと、その掌から一条の光が真っ直ぐに伸びる。
「――――災厄の聖剣(ナイトフェンサー)」
その呟きとともに振るわれた光刃は、迫り来る触手を悉く斬り払った。
「……まだ宝具を使うだけの魔力が残ってたとはね。死にかけてたのはブラフってわけ?」
そんなはずは無い。
憎々しげに相手を見て言うティベリウスに、セイバーは心の中で反論した。
ナイトブレイザーの魔力は確実に底をついている。
最初の剣の打ち合い、約束された勝利の剣(エクスカリバー)を迎撃した宝具、そしてそれによって受けた致命傷の治癒。
それだけ魔力を消費していれば、いくら魔力量が高いセイバーのサーヴァントといえども限界のはず。
例え災厄の聖剣(ナイトフェンサー)の消費魔力が低く済むとしても、そんな状態で使用するのは自殺行為だ。
いや……自殺行為どころではない。
ナイトブレイザーは、もはやとっくに死んでいるような状態で宝具を使用しているのだ。
「ハァ……ハァ……ハ――――ァ」
ナイトブレイザーが一呼吸するたび、その肩が上下するたびに鎧の隙間から鮮血がこぼれる。
なんということか、ナイトブレイザーは深手を負った身体の治癒も完全にしていなかった。
その分の魔力を攻撃に当てているのか、あるいは……していなかったのではなく、出来なかったのかもしれない。
それなのにまだ戦えるのはどういうことか。
ティベリウスはそんなナイトブレイザーの様子を見てこう言った。
「……死にかけなのはマジみたいねぇ。てことは、どうやらそれがアンタの能力ってことかしら?」
そう、可能性があるとしたらそれはナイトブレイザーの持つ特性。
死に瀕してなお戦闘が可能となる能力を持つのならば、この異常な姿にも一応の説明はつく。
「ヤダヤダ、厄介なサーヴァントね。でも……」
ティベリウスは大袈裟な仕草で呆れた、というジェスチャーをすると、ニヤリと笑った。
「ヤられても平気、ってことならアタシの専売特許なのよん」
「!?」
ブジュルルルッ!
突如、斬り落とされたはずのティベリウスの触手がのたうったかと思うと一斉にナイトブレイザーに踊りかかった!
「避けろ、ナイトブレイザー!」
「ヌ……!」
セイバーが警告するも、ナイトブレイザーは避けられない。
ナイトブレイザーの腕に、足に、触手が絡み、潜り込み、締め上げる。
あっという間にナイトブレイザーは触手に身体の大部分を覆われた。
「アッハハハッ、どお? アタシの血管に縛られてる気分は?」
ティベリウスが触手の切断されたほうの先端を道化服の中に取り込みながら、勝ち誇ったように嘲り笑う。
あの一際巨大な肉塊も、切断面に吸い付くように戻ると一瞬で元通りに接着する。
どうやらナイトブレイザーに絡み付いている触手は、ティベリウスの血管であるらしい。
その言葉にナイトブレイザーは、何かに気がついたように顔を上げる。
「そうか、貴様……腐敗による不死性を持っているのか」
「……アラ、気がついちゃったの。つまらないヤツね、ホント」
それがティベリウスの触手攻撃の正体。
死霊術によって作り出したグロンギのゾンビと同様、ティベリウス自身も不死の能力を持っていたのだ。
いや、順番からすればむしろ、ティベリウスの不死性が作り出す下僕にも反映された、とするのが正しいだろう。
「まっ、いいわ。後は絞め殺すなり中から食い破るなりしてオシマイね。そしたらセイバーちゃんとさっきのツ・ヅ・キ!」
「くっ……!」
ティベリウスがナイトブレイザーの陰に隠れるようにしゃがみこんでいるセイバーに投げキッスを送ると、セイバーは憎悪と嫌悪の表情を返した。
「……一つ、聞いておきたいことがある」
と、いつの間にか触手に抗うのをやめていたナイトブレイザーが、ぼそりと口を開いた。
ティベリウスはセイバーに向けていた目をナイトブレイザーに戻すと、その風体をみて嘲笑した。
「ハ、血だらけで縛られながら質問? アンタ意外とマゾだったのねぇ」
余裕の態度でナイトブレイザーの顔を覗き込むティベリウス。
片や黒い兜を赤く染め、片や笑顔の仮面で腐敗を隠す。
お互い素顔を隠した者同士の至近距離での睨み合いだった。
「まあ、答える気なんて無いけど一応聞いてあげる。この期に及んで一体ナニが聞きたいっての?」
「ああ……キャスター程度の力でセイバーが封じられると本気で思っていたのか?」
ズジュブッ!!
ティベリウスは勘違いしていた。
その言葉は返答を期待していたものではなかった。
ナイトブレイザーがしていたのは質問ではなく、確認の言葉。
触手の束縛など意にも介さずに、ナイトブレイザーは光の刃でティベリウスの身体を刺し貫いていた。
「ギ、ギィエエエッ!?」
ゾブズシュッ!
そのまま刃を横に払うと、ティベリウスの身体はほとんど真っ二つに裂ける寸前、という状態になった。
上半身だけが重力に引かれて倒れこむティベリウス。
その間にナイトブレイザーは素手で触手を掴むと、力を込めて引き千切った。
ブチブチィッ!
「ヒギッ!」
神経を繋げ直してしまったために再び痛みに悶えるティベリウス。
ナイトブレイザーは自由になった四肢を軽く動かしながら、ティベリウスを見下ろした。
「フン……どうせこの程度、苦も無く再生するのだろうが……」
今もなお、徐々に繋がりつつある切断面を見ながら腕を上げる。
片手に災厄の聖剣、そしてもう片方の手には鉤爪のような五指。
「な、何を……?」
「全身を斬り刻めば再生できない個所の一つや二つは見つかるだろう」
ナイトブレイザーは感情のこもらない声を合図に、その蹂躙を開始した。
ザクザクゾブシュズシャジャグジュザシュザシュブチブチギチベキベキズシュザスザス。
「あ、あ、あ、あが、いや、やめて、おねが、いた、ぎ、いたい、げえ、うご、あ、ぶへ、いたい、かは…………」
ナイトブレイザーの刃が、爪が、指が、ティベリウスを小さな肉片に解体していく。
時折ティベリウスが内臓器官を使って反撃しようとするも、結局その内臓器官が先に解体されるだけだった。
断続的に聞こえるティベリウスの悲鳴も、やがて聞こえなくなった。
ナイトブレイザーがティベリウスの喉をバラバラにしたからだ。
血まみれの身体を返り血でさらに赤く染めながら腕を振るうその姿は、まさに悪魔。
「セイバーちゃんっ!」
「ユウスケ!?」
そこでようやく、教会の方角からクウガがやってきた。
元の赤い鎧に戻ったクウガは、セイバーの無事を確認して駆け寄ってくる。
「ごめん、遅くなった……っ!? こ、これは!?」
そしてセイバーの後ろで行われている解体作業に目を見張る。
「あのピエロが今回のキャスター……ナイトブレイザーがいま止めを刺している最中です」
セイバーはその光景から顔をそむけずに、すっと指差した。
「あ、ああ、キャスターだって言ってたのは聞こえてたけど……」
すでに身体の大半が肉片となって一面に散らばっているティベリウス。
比較的大きな塊の部分はビクン、と跳ねる時があった。
恐らく神経を切られて反射行動が起こっているのだろう。
「…………………………」
「えっ?」
気のせいか、クウガにはティベリウスが何か喋ったように聞こえた。
そんなバカな。
あれほどまでに完膚なきまでに殺し尽くされているのに、まだ言葉を発する力が残っているというのか?
「…………コ……ノ…………」
だがそれは気のせいではなかった。
もはや発声器官が見当たらないにもかかわらず、ティベリウスは地獄のそこから響くような声で憎悪の言葉を紡いでいる!
「コ……ノ……糞ゴミ蟲ドモガァァァァァァッ!!」
ザザザザザアァッ!
罵声と共に、解体場所から離れた位置に寄せ集めで作られた一本の腕が出来上がる。
ずたずたに千切れたその腕を無理やり動かすと、その肉が剥がれ落ちる掌の上に一冊の本が出現する。
「妖蛆の秘密(デ・ウェルミス・ミステリイス)ッ!!」
ティベリウスが叫ぶそれは、掌に出現した本……魔導書の宝具の真名。
既に腕というより棒、という形状になった肉塊から膨大な魔力が宝具に注ぎ込まれていく。
「させんっ!」
ジャッ!
ナイトブレイザーが光を伸ばしてその腕を貫くが、そのときには既にその宝具は発動していた。
……ブウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウンッ!
どこからか飛来してきた空を埋め尽くすほどの羽虫の大群が、肉塊と魔導書の上空で旋回する。
そしてその羽虫の群れの形が、複雑な形をした立体円形……魔方陣を形作る。
羽虫が描く魔方陣、その中心から噴出する黒い霧。
「あれは……!?」
「召喚陣!? あんな大規模な……!」
黒い霧は魔方陣自体を包みこみ、さらにその範囲を拡大していく。
その大きさは教会の数倍にまで膨れ上がり、空の一部はその霧で完全に黒く染められた。
ビュルビュルビュルルルルルルルルッ!!
ナイトブレイザーが細切れにした肉片が一斉に伸び上がり、黒い霧に向かって飛んでいく。
その全てが黒い霧に吸い込まれると、突然黒い霧が収縮し、その中に居るものに取り込まれた。
「そんな……」
「馬鹿な……」
「神の召喚……あれが、奴の宝具の力か……」
地上に残された三名が空を見上げて驚愕する中、霧の中に居たものがその全貌をあらわした。
「ベェルゼビュウウゥゥウゥトオォォッ!!! 暴食せよ!!!」
鬼械神ベルゼビュート。
蝿の王の名を冠したその偽りの神は、ティベリウスの言葉に従って己の本能を満たすために行動を開始した。
33 delirante 〜乱れて〜
「偽りの神、デウス・マキナ……最低の結末を用意しに来たか」
ベルゼビュートの巨体を見上げながら、ナイトブレイザーは忌々しげに拳を握った。
「ナイトブレイザー、勝算はあるのか?」
「……現状では厳しいな。あのデウス・マキナにも不死性が備わっていると考えると目眩すらしてくるわ」
セイバーの問いに対しても、ナイトブレイザーからはなんとも喜べない答えが返ってくるだけだった。
「ならば……」
どうするのか、とセイバーが聞きかけた時、ナイトブレイザーは何かを決心したかのように顔を上げた。
「……仕方あるまい。そちらのマスターの説得は任せたぞ」
突然のナイトブレイザーの言葉に、セイバーとクウガは面食らった。
「な、んだって?」
「それはどういう……?」
「わからないか? この状況で最も勝算のある戦い方を考えてみるがいい」
「……?」
ナイトブレイザーの試すような言葉に、セイバーは思考を巡らせる。
相討ち狙い?
一人を犠牲にして?
あるいは、降参する?
否、否、否。
そのようなものは、断じて勝算などと呼ぶことは出来ない。
ならば、どうする?
考えるセイバーの脳裏に、ある答えが浮かび上がった。
「……そうか、教会に張られた結界を解除すれば!」
弾かれたようにナイトブレイザーに顔を向けるセイバー。
ナイトブレイザーもそれに頷いて答える。
「そういうことだ。お互いにそろそろマスターが居ないままでは手が打てないだろう」
「確かに……」
「――っ! 危ない!」
それに一瞬早く気がついたのは二人の会話を聞きながらベルゼビュートを警戒し続けていたクウガだった。
クウガは咄嗟にセイバーの腕を掴むと、抱え込むようにして思い切り横に跳ぶ!
ドガァッ!!
直後、セイバーたちが立っていた場所にクレーターが出来上がった。
ベルゼビュートの振り下ろした巨大な拳が地面を穿ったのだ。
「セイバーちゃん、大丈夫!?」
「……は、はい。ありがとう、ユウスケ」
セイバーを抱きかかえるように持ち上げる格好になったクウガ。
そのことに気がついたセイバーが慌てる間もなく、逆方向に跳んで避けていたナイトブレイザーが叫んだ。
「行くぞ。まず二手に分かれる。キャスターの関心を惹いたほうが囮になる。もう片方が結界を解除するまで時間を稼げ!」
「わかった! ……ユウスケ、いざとなったら私を」
囮に使ってもいい、と言おうとしたセイバーだったが、その前にクウガのサムズアップに妨げられた。
「大丈夫、置いていくなんて事はしないから安心して」
「……いえ、そうではなくて」
「来るぞ、走れ!!」
ナイトブレイザーの切迫した声に、クウガは反射的に駆け出した。
見れば、確かにベルゼビュートの片足がゆっくりと持ち上げられて一歩前に踏み出されようとしている。
ベルゼビュートの正面から左側に回りこむクウガと、右側に回りこむナイトブレイザー。
ベルゼビュートは一瞬動きを止めた後、向きを変えて足を踏み出した。
その足の向かう先にいるのは……
「こっちかっ!」
後ろから迫り来る轟音に、クウガはベルゼビュートが自分達に狙いを定めたことを悟った。
少しでも距離を離そうと、両足に更なる力を込めて地面を蹴る。
「セイバーちゃん、後ろ見てて!」
「わかりました!」
クウガの頼みに頷いて、セイバーはクウガの肩越しに後ろの巨体を注視する。
ベルゼビュートはまだ追いつかない。
本来ならば足のコンパスが圧倒的に広いベルゼビュートが追いつけないはずが無いのだが、なぜかその気配が無い。
その理由を、セイバーは直感的に理解していた。
おそらく、ベルゼビュートは……いや、その中にいるティベリウスは遊んでいるのだ。
偽りの神を相手にした命がけの鬼ごっこ。
捕まったら次の鬼になるのか、それとも……。
セイバーは首を振ってその考えを中断すると、先ほど視界の端に移った黒騎士が一刻も早く戻ってくることを祈った。
* * *
エミュレーターゾーン内での士郎たちの戦いは、長期戦にもつれこんでいた。
「くっ、こっの……!」
ブゥン!
士郎は投影したライジングタイタンソードを振るってアーヴィングに打ちかかるものの、アーヴィングはそれを紙一重でいなす。
腕に負った傷は既にアーヴィングの魔術によって塞がっており、赤く染まった服のだけが傷があったことを物語っていた。
「しぶといわね、一対三だっていうのに!」
キュインッ!
凛が士郎の斜め後ろから援護射撃をするも、ランドルフによって弾かれる。
「当然だ。聖杯を手に入れると決めたのだからな、腕の一本程度では退くわけにはいかん」
士郎の大剣は威力こそあるものの、使い慣れていない武器なのか、むしろ大剣に使われている感じがある。
そのため、振るわれる大剣を受けようとせずに避けることに専念していればダメージは無い。
後方から撃ってくる凛とアルテイシアの魔術に関しては、魔鍵ランドルフが半自立的に防御してくれるため最低限の警戒で済む。
傷を負ったとはいえ、アーヴィングは自らの優位を疑わなかった。
だが、アーヴィングにも誤算があった。
アーヴィングのいるエミュレーターゾーンと現実空間は、同じ空間であり違う空間でもある。
世界の法則下に置かれた現実空間とは違い、このエミュレーターゾーンはアーヴィングの魔力にのみ依存して存在している。
つまり、エミュレーターゾーンの中の情報量はアーヴィングの魔力量と比例する。
では、空間内の情報量がアーヴィングの魔力を上回ればどうなるか?
例えば、エミュレーターゾーンの中にいる人間が規格外の投影魔術などを使用したら?
「今度こそ止めだ……八十禍津日神――――」
『まて、アーヴィング』
答えは、現実空間との時間差……タイムラグの発生である。
アーヴィングたちがエミュレーターゾーン内で一分間過ごす間に、現実空間ではそれ以上の時間が経過していたのだ。
その結果、アーヴィングたちが気がつかないうちに外の状況は急変していた。
「どうした? 何があった?」
「?」
頭に響いてきたナイトブレイザーの制止の声に、アーヴィングはすんでのところで攻撃の手を止めた。
ナイトブレイザーがマスターとサーヴァントの繋がりを利用した会話を用いてきたことで、アーヴィングは内心驚いていた。
が、それをおくびにも出さずに冷静に問い返す。
士郎達は突然動きを止めたアーヴィングを警戒しているのか、その場から動こうとしない。
『想定外の事態が起きた。結界を解くぞ』
「……いや、いい。解除ならば私がおこなった方が早い……綴じよ、ランドルフ」
ナイトブレイザーの言葉にいつもと様子が違うことを察したのか、アーヴィングは躊躇うことなく魔鍵にそう命じていた。
事態の優先レベルを的確に判断し、即座に決断して行動する。
この決断の速さは、アーヴィングの優れた才能だと言えるだろう。
アーヴィングの声に応えて、魔鍵ランドルフが形成していた空間を収縮させ始める。
ギュオッ!
「なっ!」
「きゃっ!?」
「えっ!?」
前もって覚悟していなかったアーヴィング以外の三人は、突然エミュレーターゾーンから現実空間に引き戻された衝撃に悲鳴をあげた。
続いて、目に映ったのが元居た凛の部屋ではなく見慣れない廃墟だったことに二度目の驚きを受ける。
そんな三人を無視して、アーヴィングは結界陣の外側に立つナイトブレイザーに問い掛けた。
「状況は?」
血まみれのナイトブレイザーの姿を見ても、アーヴィングは表情一つ変えなかった。
ナイトブレイザーもアーヴィングの血に汚れた服に気がついても平然としている。
「前セイバーとの戦闘中に、キャスターが乱入してきた。アレを倒すためにはそちら側と共闘するのが望ましいと考えた」
ナイトブレイザーの端的で簡潔な説明に、アーヴィングは少し顔をしかめた。
「キャスター……それほどの相手か?」
「不死性に特化した能力の持ち主だ。さらに宝具で偽神を呼んだ。手負いでは相打ちすらもおぼつかぬよ」
「そうか……」
ナイトブレイザーの言葉を信じたのか、アーヴィングは目を閉じて熟考を始めた。
その間、士郎たちは士郎たちで相談をしていた。
「遠坂、ここって……」
「考えるまでも無く、アイツの本拠地って話だった教会でしょうね」
周囲を見回している士郎の言葉に、凛は腕を組んで答える。
凛の言葉に、アルテイシアは手に持った符にぎゅっと力を込めた。
「それでは……兄様はここで決着をつけるつもりなのでしょうか?」
「どうかしらね。どっちかって言うとなんか予想外のことが起きたって感じだけど」
凛の推測は正しかったらしく、アーヴィングは閉じていた瞳を開くと三人に向き直って声をかけた。
「一時休戦だ。キャスターのサーヴァントが乱入したらしい。それを倒すために協力してもらいたい」
「キャスターが!?」
キャスター。
二年前の聖杯戦争の際、一時は聖杯に最も近い位置にあったサーヴァント。
士郎の脳裏に、かつて戦った魔女の姿が思い浮かぶ。
そんな士郎を置いて、凛は仁王立ちのままアーヴィングをきっと睨む。
「都合のいい話ね。戦うんならあんたたちだけでやったらどう?」
「何故? キャスターは君たちにとっても倒すべき相手なのではないのか?」
凛の反応をある程度予想していたのか、アーヴィングはそれほど不思議に思っているわけではなさそうだった。
「わたしたちだってキャスターを倒すのはやぶさかじゃないわ。でも、それとこれとは話が別だと思うけど?」
「相も変わらず手厳しい……」
「ふむ。そちら側の説得は前セイバーに任せようと思っていたのだが」
苦笑するアーヴィングに、ナイトブレイザーが漏らした言葉。
それに反応した士郎が、はっと顔を上げてナイトブレイザーを見据える。
「そうだ、セイバーはどうしたんだ!?」
返答次第によっては斬りかかって来そうな士郎に、ナイトブレイザーは後ろ……教会の入り口の外を視線で促した。
「外で囮をしている。早く行ってやらなければそろそろキャスターに殺されているかもしれんな」
「っ!!」
協力に対する是非も無かった。
士郎はアーヴィングとナイトブレイザーの脇をすり抜けると、教会の外へ一直線に飛び出していった。
「士郎!」
「待ちたまえ」
士郎の後を追おうとした凛は、アーヴィングの言葉に強制的に静止させられる。
「この場合、彼は協力することにやぶさかでないという解釈でいいのかな?」
「……っ! 勝手に解釈でもなんでもしなさい!」
吐き捨てるように言うと、今度こそ教会の外へ駆け出していく。
その背中を見ながら、アーヴィングは目を細めて小さく笑う。
「ああ、ではそうするとしよう。いくぞセイバー、そしてアルテイシアよ」
「承知」
「っ」
アーヴィングの呼びかけに、ナイトブレイザーは即座に返答するも、アルテイシアは一瞬言葉に詰まり顔を俯かせる。
「………………はい、兄様」
だが、直後に俯いたままそう言うと、アーヴィングの後を追うように走り出していった。
* * *
「ホホホホホ、逃げなさい逃げなさい、逃げないとぺっちゃんこよぉ?」
「ユウスケ、次は右三連続!」
ドスンッ! ドスンッ! ドスンッ!
「ふっ! はっ! ……くっ!」
ベルゼビュートの執拗な踏みつけが、セイバーを抱えたクウガの前後左右に降ってくる。
後ろを見るセイバーからの指示が飛ぶたびにクウガは走り、止まり、下がり、跳び、足の振り下ろしに巻き込まれないように動き続けていた。
舞い上がった土煙が、クウガの姿を白くぼやかせる。
そのぼやけた姿をベルゼビュート……そしてティベリウスは遥か上空から見下ろしていた。
「当たったらイタイわよぉ? セイバーちゃんはつぶれたら死姦してあげるけど、そっちの野郎は……そうね、すりつぶして蛆の餌にしたげるわ」
いつからか頭上から響いてくるようになっていたティベリウスの怒りを煽るような声にも耳を貸さずに、クウガはただただ避けることのみに専念する。
そんなクウガの代わりに、腕の中のセイバーがティベリウスの言葉に反応して怒りをあらわにしていた。
「くっ……」
怒りに拳を強く握ろうとするも、力が入らずに腕が震えるだけだった。
そんな無力感に、なおさら怒りを募らせるセイバー。
その一瞬、セイバーは後ろへの警戒を怠ってしまう。
「ほぉら、捕まえたぁ!」
ゴオッ!
丁度その時、ベルゼビュートの両腕がクウガを押しつぶさんとばかりに両脇から迫ってきた!
セイバーの言葉が聞こえなかったために、クウガの回避行動がわずかに遅れる。
掠めただけで身体を砕く太い指先が、クウガの身体を挟み込む!
「しまっ――――――」
「――――投影、鉄甲付加、連続層写(トレース、エンチャントフリック、フルオープン)!!」
ドガガガガガガッ!!
クウガが押しつぶされる直前、突如出現した無数の剣の矢がベルゼビュートの腕に突き刺さる!
思わぬ反撃に、ベルゼビュートの伸ばしていた腕が押し戻される!
「……あら? またお邪魔蟲が増えたみたいねぇ?」
ベルゼビュートの顔を向けた先……クウガを挟んでさらに前方。
土煙の中から飛び込んできたのは、先程までこの場に存在していなかったはずの少年だった。
「セイバーッ!」
士郎は飛び込んでくるなり、少女の名前を叫びながらその姿を捜した。
そして、クウガに抱えられている彼女の姿を見て思わず硬直する。
「…………セイ、バー」
士郎が目にしたセイバーの姿は、ティベリウスに陵辱された時のままだった。
鎧は剥ぎ取られ、衣服はずたずたに引き千切られ、かろうじて布と呼べるな物体が身体を覆っているに過ぎなかった。
それは彼女が武装を編み上げることすら出来ないほど消耗していることを意味しており、またその相手がそこまで彼女を追い詰めた上で外道な行為に及ぼうとしていたことも意味していた。
「シロウ、無事でしたか」
それでもまず自分の身を案じるセイバーに、胸がかっと熱くなった。
同時にこんなことをしたキャスターに対する負の感情が士郎の胸を暗く焦がす。
士郎はこみ上げてくるものをぐっと堪えながら、どうにか言葉を口にした。
「無事か、って……セイバーのほうがひどい姿じゃないか」
確かにひどい姿だ。
普段身につけている服や戦闘時に身につける鎧に比べれば、今のぼろきれとも言っていい姿のなんと滑稽で小汚い事か。
だがそれでも目の前の少女は美しかった。
例え身につけた衣装が粗悪なものでも、少女の内に秘められた美しさは変わらなかった。
それも当然だったかもしれない、と士郎は思う。
衛宮士郎にとって、セイバーという少女の姿は初めて出会った時から変わらずに美しいもので在り続けていたのだから。
「五代さん、セイバー、無事だった!?」
と、後ろから聞こえてきた凛の声に、思考の海から我に返った士郎。
そして続いて駆けつけた凛は、セイバーの様子を見るなり懐から何か取り出した。
「デウス・マキナ相手によく無事だったわね……ともかくセイバー、コレ飲んで!」
凛がセイバーに差し出したのは、取って置きの真っ赤な宝石だった。
「これ自体に込めた魔力も取り込めるし……これを媒体に一時的な太いパスを通して、そこに魔力を送るから!」
「はい!」
クウガの腕の中から手を伸ばし、凛の手から宝石を受け取ると、躊躇わずそれを飲み込むセイバー。
即座に呪文を詠唱し、セイバーとの新しいパスを形成する凛。
「なんて魔力量……どんだけ使ったのよ、ったく……!」
供給のために失っていく魔力の膨大さに、思わず凛は誰にとも無く毒づいた。
「リン、もういい。これ以上供給したら、今度はリンのほうが……」
身体を動かせるようになったらしいセイバーが、クウガの腕の中から離れて自分の足で立ちながら凛を止める。
だが凛は首を横に振り、さらにセイバーに魔力を供給し続ける。
「気にしないでいいわ。現状では私よりセイバーの魔力量の方が重要でしょ」
「しかし……!」
「それに、わたしにはまだコレがあるしね」
そう言って、ポケットから宝石を二つ取り出してみせる凛。
最後まで取っておいた二つの宝石は、それぞれ一つずつ凛の手の中に収まる。
「それは……あの宝石ですか!」
「そう、アレよ。デウス・マキナ相手にするんだったら、もうこれを使ってでも勝機を……」
「ナニごちゃごちゃやってるのよアンタたちぃっ!!」
その時、凛の言葉を遮るように、土煙の向こうからティベリウスの声が響いた。
見れば、ベルゼビュートの腕に突き刺さった投影武器による傷は既に完治していた。
そして今まさに叩き潰さんとばかりに、大きく拳を振りかぶっている!
「……まずい……!」
「っ野郎……っ!!」
魔力供給に集中していた凛たちは反応が遅れてしまう。
考えるよりも早く、士郎が二人を庇うように手を広げて前に立つ!
「シロウ!?」
「馬鹿、何を……」
士郎の行動を止めようとする二人だが、間に合わない。
凛が士郎を引き戻すよりも早く、ベルゼビュートの拳が振り下ろされる……よりもさらに早く。
「――――させるかっ!!」
士郎のさらに前、ベルゼビュートの目の前へ赤い鎧の戦士が一人駆け出す!
「五代さんっ!?」
「うおおおおおおおおおおっ!!」
跳躍。
咆哮。
赤い鎧のふちが金色に輝く。
クウガの右足に金の足環が出現し、帯電しているかのように青い光が弾ける。
「おおおおりゃああああああああっ!!!」
金の赤の力、ライジングマイティキックがベルゼビュートの胴体に炸裂する!
ドゴオオオオォォォオオオンッ!!
「なっ……!?」
すさまじい爆音と共に、ベルゼビュートの胴体が爆散する!
驚愕するティベリウスの声を背に、クウガは空中で一回転したあと士郎の前で着地を決めた。
「五代さん!」
士郎の言葉にも、クウガは油断無く叫ぶ。
「今のうちだ! アイツ、もう治り始めてるぞ!」
クウガの言葉通り、ライジングマイティキックを受けたはずのベルゼビュートの胴体は、ビデオを巻き戻すかのように見る間に復元されていく。
「わかってる…………終わりっ!」
叫ぶと同時に魔力の供給を終え、凛は圧し掛かる疲労によろけそうになるのを足に力を込めて堪える。
「っ……で、限界までわたしの魔力を渡したんだけど……どう?」
セイバーは頷いて、一瞬で鎧を復元すると、確かめるように腕を軽く振る。
「ええ、確かに受け取りました……ですが、宝具なしでの戦闘でも長時間は厳しいでしょう」
「そう……ま、そんなもんか。で、そっちはどうなの、アルテイシアのお兄様?」
凛は後ろを振り向くと、いつの間にかやってきていたアーヴィングら三人を見やった。
「少し待て。……双方符合成完了。禁法、ハイ・ヒール」
アーヴィングの施したクレストソーサーの力で、ナイトブレイザーの傷が塞がっていく。
「傷は治癒した。だが消耗した血液と体力は変わらんぞ」
「充分だ。この身はセイバーほど消耗しておらぬ故、最後の宝具に使う程度の余力はある」
アーヴィングの忠告にも不敵に応じるナイトブレイザー。
「では、それで倒しきれるか?」
「そのためのマスターだろう?」
「……ああ、なるほど。それなら確かに不可能ではないな」
ナイトブレイザーの言葉に納得したのか、アーヴィングは軽く頷いて凛へ視線を向けた。
「準備は終わった。それぞれ持ちうる限りの最大威力をもって波状攻撃をかける。相手に再生の隙を与えるな」
「要は力押しか。作戦とも呼べないような作戦よね……」
呆れたような声をあげる凛に、士郎が隣から真剣な表情で返す。
「でも、やるしかない。まだ顔も見てないけど、わかる。あのキャスターは危険だ。今、倒さないと……」
「わかってるわよ。……さあ、やってやろうじゃないの、神殺し!」
凛の半ば以上自棄が混じった叫びで、決戦は本格的に始まった!
34 dilettoso 〜注意深く〜
「フッ!」
まず動いたのはナイトブレイザーだった。
赤いスカーフを軌跡のようになびかせて、一直線にベルゼビュートへ走りよる。
「はっ!」
クウガもその後を追って走り出す。
黒い風と赤い風が一丸となって鬼械神に迫る。
「そう何度も何度も……!」
先程のクウガの与えたダメージから早くも立ち直ったベルゼビュートが、迫る二人に向けて掌をかざす。
「上手くはいかないのよっ!!」
キュボキュボキュボッ!
直径が人の身長ほどもありそうな魔力弾が、ベルゼビュートの掌から連続して打ち出された。
高速で飛ぶそれは、真っ直ぐに走りよってくる二人を正面から迎撃する。
「その程度では……」
パシュパシュパシュウッ!
「……止めることは出来んぞ!」
人間ならば三度は跡形も無く消し飛ばせるほどの魔力弾を、ナイトブレイザーは片手で弾いていた。
約束された勝利の剣(エクスカリバー)を耐え切ったのは伊達ではない。
例えキャスターの攻撃であろうとも、純魔力による攻撃はナイトブレイザーには通用しない!
「ガアアッ!」
ナイトブレイザーがベルゼビュートの腰の高さまで跳躍して躍りかかる。
五指を獣の爪のように構えると、ベルゼビュートの足の付け根に叩き込む!
ブジャッ!
手の甲まで巨体に埋もれるほど深く指を差し込むと、ナイトブレイザーは体重をかけてそれを下に振り下ろした。
「ッズアアアアアアアッ!!」
ブチブチブチブチィッ!
足の組織を素手で引き千切る音。
足首までを一直線に抉り取った後、ナイトブレイザーは音も無く着地した。
「そこだっ!」
続いてクウガが飛び込むと、ナイトブレイザーが傷つけた足の関節目掛けて飛び蹴りを放つ!
「てええぇえ!!」
メギャッ!
金の力を使っていないとは言えど、直撃したベルゼビュートの膝の関節が悲鳴をあげるほどの強烈な蹴りだった。
「……ったく、うっとーしーわねぇ!!」
二人の攻撃は確かにベルゼビュートにダメージを与えていた。
だが、この程度の攻撃で倒れるようならばデウスマキナの名を冠することは出来ない。
ベルゼビュートは腕を水平に持ち上げると、地面から根こそぎ刈り取るような横殴りの一撃を見舞った!
ビュゴウッ!
「ムッ!」
「とっ……!」
地面すれすれに吹き荒れた暴風を、それより高く飛ぶことで回避するクウガとナイトブレイザー。
「まったくちょこまかと付きまとって……しつこい男は嫌われるのよっ!」
ビュガッ! ビュゴウ! ヒュガウッ!
さらにむきになって無闇矢鱈に腕を振り回すベルゼビュート。
クウガとナイトブレイザーの二人は、それを避ける、避ける、避け続ける。
だが、数度それを繰り返した後で、ティベリウスはおかしなことに気がついた。
どういうことか、敵は最初の攻撃以降にはこれといった攻撃はしてこないのだ。
「……っ! アンタたち、さては…………!」
その理由に思い当たったティベリウスは、二人の後方……魔術師達に目を向けた。
そこには、凛とアーヴィング、そしてアルテイシアがそれぞれ呪文を詠唱している姿があった。
「時間稼いでたってワケ!? こっの……!」
両手を伸ばして後方に魔力弾を放とうとするベルゼビュート。
「させん!」
バキィッ!
だが、ナイトブレイザーとクウガが同時に放った蹴りによって片腕は狙いが外れ、魔力弾はあらぬ方角へと飛んでいった。
「はっ!」
パシャアッ!
もう片方の魔力弾も、凛の前に立ったセイバーが振るった不可視の刃によって四散させられた。
「ありがと、セイバー! これで間に合うわ!」
「なんてこと!? このアタシがこんな手に引っ掛かるなんて…………」
ティベリウスが狼狽する中、凛は宝石を投擲しようと大きいモーションで振りかぶると……
「…………なーんてねえ!」
嘲る声。
それを聞くより早く、セイバーの持つ天性の直感力が、迫る危険に対して身体を動かした。
「凛っ!」
ドンッ!
「うわたっ!?」
いきなりセイバーに思い切り突き飛ばされて、凛は派手に転倒した。
「っ、何するのよセイバー…………!」
突然のことに、凛は突き飛ばした相手に文句を言うが、その相手……セイバーは既にそこにはいなかった。
「うっ……く……!」
直前まで凛の立っていた位置にいたはずのセイバーは、不自然な姿勢で地面に腹ばいになっている。
その姿は、まるで上から押さえつけられているかのようだった。
「ど、どうしたセイバー!?」
「迂闊でした……この距離まで接近に気がつかないとは……」
シロウが慌てた声をかけるも、セイバーは動かない……いや、動けない。
そんなセイバーの姿を遠くから見たらしいティベリウスの笑い声が響いてくる。
「オホホホホ、セイバーちゃんつーかまえたあ! どう、スターヴァンパイアの濃厚なキスの味は?」
「スターヴァンパイア!?」
「恐らく……私の風王結界(インビジブル・エア)と同様、不可視の武器でしょう……しかし気配すらも遮断するとは……」
手で触れてみると、確かに両手で抱えるほどの大きさの何かが、セイバーの背中に張り付いているようだ。
「魔力弾に注意を向けさせて奇襲か、中々の策士ぶりだ……流石はキャスター、といったところか」
「感心してるんじゃないわよ! とにかく、その見えない武器がセイバーに乗っかってるってことね!? ……士郎!」
アーヴィングに怒声を浴びせてから、凛は士郎に声をかける。
「わかってる!」
士郎は即座に手に持った干将で、スターヴァンパイアを思い切り突き刺した!
ガチィン!
硬い音を立てて真っ二つに砕かれたスターヴァンパイアは、セイバーの身体から剥がれた後、顕在化して地面に転がった。
「アラ残念、もうちょっとでセイバーちゃんの全てを奪い尽くせたのに。……で・も・ね……」
ドガドガッ!
「あくっ!」
「うあっ!?」
気配を察知する暇も無く、凛と士郎は見えない何か……スターヴァンパイアに横から吹き飛ばされる!
「スターヴァンパイアは一つだけじゃないの。油断してると犯されるわよ?」
「くそっ……こんなもの」
先程のセイバー同様、地面に押さえつけられながらも何とか引き剥がそうともがく士郎。
だが、スターヴァンパイアは意外なほどの力で士郎の真上から重圧をかけてくる。
その上……
「こいつ……魔力を吸い取ってる!?」
身体に走る違和感。
それが魔力の現象によるものだと理解して、士郎は首を捻って凛を見やった。
士郎はともかく、セイバーに魔力の大半を供給した凛にとってこれは非常に危険だ。
案の定、凛は顔を真っ青にして、苦しそうに顔をゆがめていた。
それでも、力のこもらない両手でスターヴァンパイアを押しのけようと懸命に努力している。
「遠坂っ!!」
「せあぁっ!」
ギギィンッ!
ようやく立ち上がったセイバーが剣を振るって、二人の上に乗っているスターヴァンパイアを両断する。
「お見事……でも、いつまで持つかしらね? スターヴァンパイアはまだまだあるのよ?」
ティベリウスの言葉通り、いくつもの不可視の物体がセイバーたちの周囲を取り囲んでいるようだ。
それを直感で把握すると、セイバーはおもむろに何も無い空間に向けて剣を走らせる。
「はっ!」
ギャインッ!
不可視のはずのスターヴァンパイアが斜めに切り裂かれる!
「侮るな、キャスター。ただ見えないだけのものを斬り捨てることくらい、今の私の状態でも容易い!」
「あらそうなの? でも、他人の心配もしなくちゃいけないとなるとどうかしらん?」
今度は一斉に迫ってくるスターヴァンパイア。
狙いはセイバーではなく、ぐったりとして倒れたままになっている凛!
「う……はあっ!」
ギギンギャイン!
何とかその中の幾つかを破壊するも、それ以外はセイバーの剣を潜り抜けて凛の身体に迫る!
「士郎! 凛!」
「――――破らえ、ランドルフ!」
ギャギャギャギャンッ!
間一髪、アーヴィングの言葉に従って横回転しながら周囲をなぎ払ったランドルフによってスターヴァンパイアが悉く破壊される!
「兄様……」
「例え人間の目には見えなくとも、この次元を操る魔鍵ランドルフには全くの無意味だ」
アルテイシアが向けてくる視線にわざと気がつかないふりをしながら、アーヴィングはそう嘯いた。
「う……士、郎……」
「遠坂!?」
士郎はか細い声を聞きつけて急いで近付くと、凛の身体を抱き起こした。
「大丈夫か? 身体は動くのか?」
「ごめん、ちょっと無理みたい……だから、これを……」
凛はそう言って、両手に持った宝石を士郎に受け渡す。
「これは……」
「もう準備は、終わってるから……あとは……二つ一緒に……投げるだけ、で……」
「わかった、もういい。俺があいつにぶちかましてやるから」
「うん、よろしくね……」
そうして安心したのか、凛は目を閉じて糸が切れたように脱力した。
士郎は思わず脈を確かめたが、ただ意識を失っただけだとわかって安堵した。
「……セイバー、アーヴィング。遠坂を、頼む」
凛の身体を静かに横たえると、士郎は迷いの無い瞳でセイバーとアーヴィングに頭を下げた。
「わかりました。この身に変えてでも」
「いいだろう。お前の攻撃が総攻撃の起点だ。確実に当ててこい」
二人が頷くと、士郎も大きく頷いて返す。
「……行ってくる!」
士郎は未だに腕を振り回してクウガとナイトブレイザーを翻弄しているベルゼビュートに向かって走り出した。
手の中の二つの宝石を、きつく握りしめながら。
35 fastoso 〜豪華に〜
宝石を握り締めて、士郎は全力で距離を詰める。
凛から手渡された二つの宝石。
確実にこの宝石をあのデウス・マキナに当てるために。
近付くなど生ぬるい。
今や士郎は、直接この手でベルゼビュートに宝石を叩きつける気でいた。
だが、走り寄る士郎を、ベルゼビュートは見逃さなかった。
「ふん、何のつもりかは知らないけど……男に迫られるのは好きじゃないのよ!」
キュゴゴゴッ!
「っ!」
連続で魔力弾を打ち出すベルゼビュート。
全弾士郎狙い、当たれば骨まで消滅する威力だ。
思わず立ち止まる士郎。
「させんっ!」
ギャギャギャインッ!
だがそれが士郎に命中する前に、間に割り込んだナイトブレイザーが神速の腕捌きで魔力弾を弾き飛ばす!
「ナイトブレイザー!」
黒騎士は答えない。
ただ、その背中が語っていた。
即ち、行け、と。
其の一撃をもって狼煙としろ、と。
「……ああ、見てろっ!」
再び駆け出す士郎。
「近寄るなって言ってんでしょっ!」
キュゴッ! キュゴッ!
それを阻止せんと、さらに連射するベルゼビュート。
ギャンッ! ギィンッ!
自らを壁とし、士郎の前を走りながら迎撃するナイトブレイザー。
その攻防が数度続いた後、とうとう士郎はベルゼビュートの足元に到達した。
「よっし、喰らえ……!」
「ああもうっ、ほんっとうにウザイわねぇ!」
ガリガリガリガリガリッ!
士郎が宝石を振りかぶったのとほぼ同時。
業を煮やしたティベリウスは、片足で地面を擦るようにかき回した。
士郎がそのまま地面を走っていたのなら、巻き込まれて挽肉にされていただろう。
だが、そのときには既に士郎の体は宙を飛んでいた。
自力ではない。
士郎の力ではベルゼビュートの胸元の高さまで飛ぶことなど出来るはずがない。
それはつまり、士郎の体を抱えて跳んだ者がいたのだ。
「五代さんっ!」
クウガは士郎の体を支えながら、ベルゼビュートの身体を足がかりにしながら上へ上へ跳んでいく。
「せっかくのとっておきだ、どうせならど真ん中にぶつけてやろう……!」
足首、膝頭、そして腰を蹴り、二人はベルゼビュートの腹部の高さに到達した。
「今だ、士郎君!」
「甘いってのよ! スターヴァンパイア!」
ドガァッ!
いつの間にか忍び寄っていたらしい迷彩兵器が、空中でクウガを強打する。
「ぐうっ……!!」
その重い衝撃に、クウガの身体は大きく横に流れる。
その間際、クウガは両手で士郎をベルゼビュートの腹部に向けて突き飛ばす。
「五代さん!?」
「……大っ、丈夫……それより、やってくれ!」
無我夢中でベルゼビュートの身体にぶら下がる士郎。
対して、見えないモノに押されて落下していくクウガ。
全く大丈夫そうには聞こえないクウガの声を、だがしかし士郎は信じた。
「わかってます……今度こそ、喰らえっ!!」
士郎が二つの宝石をベルゼビュートの腹部に叩きつける!
一つは青。
まるで座して瞑目する彼女のように静かに光る。
一つは赤。
まるで髪をかきあげて笑う彼女のように鮮やかに輝く。
純度の高い宝石に、セイバーと凛、それぞれの魔力を圧縮保存した「とっておき」。
――――Das Knien, Einfluss von Koenig Artus.
ズガガガガガガガガガアアアァァァァァアアアン!!
指向性を持った無数の衝撃が、ベルゼビュートの巨体を揺るがした!
「ギィエエエエエエエッ!?」
ベルゼビュートの中からティベリウスの悲鳴が響く。
しがみついていた場所が激しく揺れて、士郎は身体を投げ出された。
「痛っ! ……っく、さすが遠坂のとっておき、こっちまで危ない所だった」
地面と激しい再会を果たした士郎は、そうぼやきながら後ろで寝ているであろう少女の方角を振り向いた。
それを後方から見て取ったアーヴィングは、隣に立つ妹、アルテイシアに声をかけた。
「……あれに続くぞアルテイシア。符の準備は万全か?」
アルテイシアは、ある意味今更だとは思いながらも、心の中で葛藤していた。
自分は間違いなく状況に流されている。
兄の目的もわからない。
そもそもなぜここにいるのかすらわからない。
なのに、今こうして兄と共にいる。
これは一体なんなのだ?
「……はい、兄様」
だがアルテイシアは、心中の複雑な気持ちを苦労して押し殺すと、小さく頷いて符を掲げた。
「行きます……制定法、フレイム!」
その言葉に反応して、アルテイシアの目の前の空間に魔方陣が描かれる。
「禁法、ハイ・フレイム」
さらにそれに重なるようにして、アーヴィングの言葉によって描かれた魔方陣が出現する。
重なり合った魔方陣は一回り大きく、より複雑な魔方陣となって二人の前に展開する。
その魔法陣に手をかざし、兄妹は同時に言い放った。
「「共鳴相乗法、カロリックノヴァ!!」」
カッ!
魔方陣から一条の閃光が走り、それは一瞬でベルゼビュートに突き刺さる。
……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオォォォォォォオオオオオッ!!
次の瞬間、閃光は極光と爆炎、そして衝撃となってベルゼビュートを襲う!
「ナ……ガッ……アア……!?」
共鳴相乗法。
同系統の制定法と禁法を同時起動することによってその威力を爆発的に向上させる技法。
クレストソーサーの最高位に位置する技法をさらに応用した禁忌である。
本来この同時起動は一人で行うものなのだが、兄妹という繋がりが二人がけという無謀を可能にしたのだろう。
多大なる熱量は、ティベリウスの悲鳴すらも焼き尽くしてなお燃え上がる……!
アーヴィングは炎上するベルゼビュートを確認すると、すぐさま令呪を通して自らのサーヴァントに呼びかけた。
「今だ。マスターとして命じる。次の一撃を必滅の覚悟で放て」
アーヴィングの持つ絶対命令権、その一つが行使される。
令呪が一瞬目映く光り、そして一つ消滅する。
その命令を受け取るのは、炎に焼かれて悶え苦しむ鬼械神の足元に立つ黒い騎士のサーヴァント。
「……受諾したぞ、マスター」
静かな声でそう呟くと、ナイトブレイザーは最も危険な場所……暴れるベルゼビュートの真下に瞬時に移動する。
そして構える。
その構えは先程、セイバーと対峙した時のものと同様のもの。
だが今回見据えるのは正面ではなく真上。
ナイトブレイザーが真下に立った理由は、それほど大したものではない。
ただ、一番周囲に影響が少ない場所と考えたら其処しかなかっただけの話だ。
「塵に還す(バニシング)――――」
なぜならこの一撃は、
「――――必滅の光(バスター)ァァァァァァァァァァッ!!!」
星の命すら脅かす災厄の一撃――――!!
ギュバシュウウウウゥウウゥウゥウウウウゥゥウウウウゥウウゥゥウウウウゥッ!!!
その名にたがわぬ必滅の域に威力を引き上げられた光の奔流は、ベルゼビュートを炎ごと包み込んだ。
「イギッ…………!?」
消し飛ばされる。
ティベリウスの声も。
ベルゼビュートの巨体も。
燃え上がる炎も、全てが白い光の中に消えていく。
白く、白く、まだ白く。
天に昇る光の柱は、空の青さすらも白く塗りつぶして迸る!
「うおわぁっ!?」
「……シロウ!」
それを間近で見ていた士郎は、その余波だけで綿埃のように勢いよく地面を転がった。
幸いにも遠くまで転がっていく前に、セイバーによって捕まえられたが。
「大丈夫ですかっ!?」
「あ、ああ。ありがとう、セイバー」
「いえ。それよりも……」
セイバーが再び前を向き、士郎もそれに習う。
光の柱が徐々に細く、薄れていく。
やがて空が青さを取り戻し、光の柱の跡にはただ黒い騎士が立っているのみ。
あのデウス・マキナの姿は……どこにも無い。
「やった……?」
士郎が呆然と呟く。
倒した?
あの巨人を、倒したというのか?
「……………………」
横を見る。
セイバーはただ空を見上げていた。
「……セイバー。やったん、だよな」
小さく言ったあと、士郎はセイバーの肯定を期待して身体の緊張を解いた。
「――――いえ。キャスターはまだ生きています」
だが、その直後、セイバーの言葉に再び身を硬直させた。
「なん……だって……?」
「その証拠に……空が」
セイバーが指差す、光の柱が消えた後の空。
その空の一部に、ぽつんと黒い点があった。
「……なんだ?」
目をこする。
黒い点は士郎の見ている間に黒い球体になり、黒いドームになった。
黒いドームの輪郭はぼやけていて、固体というより霧のようなもののように見えた。
黒いドームがぐらりと揺らぐ。
「あ…………」
その時点で、士郎はようやく理解した。
アレは蟲だ。
雨雲かと見紛うほど濃密に、小さな蟲が数万、数億と密集しているのだ。
そして、蟲のドームに変化が起きる。
見ようによっては腕に見えなくも無いモノを形成する。
かろうじて足に見えるような捻じ曲がったモノを形成する。
神と呼ぶにはあまりにもおぞましいモノ……鬼械神が再臨する!
「フ・ザ・ケ・ヤ・ガッ・テエエエエエェェェェェェェェエエエエエッ!!!」
ドズウゥゥゥゥウン!!
再び地に降り立った黒い虫の集合体…………いや、鬼械神ベルゼビュートから、ティベリウスの怨嗟の怒声が響いてくる。
「うぐっ……」
ベルゼビュートの姿を見て、口元を抑えてうずくまってしまうアルテイシア。
「なんて、奴……」
士郎も同様に嫌悪を感じていたが、それ以上にあの攻撃を受けて生きているという事実に衝撃を受けていた。
「アレが正体か。令呪を使っても殺しきれないとはな」
それはアーヴィングも同様だったらしく、端正な顔を歪めてい睨みつけている。
「全員、コロスッ!!!」
そして全員が注視する中で、ベルゼビュートは蟲で作られた腕を大きく広げ、その狭間に膨大な魔力を流し込んだ。
その魔力を触媒に、黒い瘴気が形成されていく。
見るもの全てに負のイメージを連想させる瘴気の中で、数多くの何かが蠢いている。
――オ――オォ――オオゥ――――ゥゥウオオアァァアアァ――――――
言葉にならないうめきが空間を満たしていく。
瘴気の中で蠢くもの……それは汚された魂だった。
「怨霊ォ――――呪弾ンッ!!」
ベルゼビュートの腕が突き出され、瘴気がそのまま弾丸となって打ち出される!
狙う先は……ナイトブレイザー!
――――ォォォオオオオオオアアアアァァァアアァァアアアアァアアアッ!!!
怨霊呪弾はナイトブレイザーを中心とした地面に着弾し、その力を開放する。
うめきは叫びとなって、その場にいる全てのものに呪いの言葉を投げかける。
悔やめ。
狂え。
泣き叫べ。
血を流せ。
死ね。
死ね。
死ね!
士郎には、そんな言葉の羅列が確かに聞こえた。
あまりにも膨大な呪いの言葉は、その意味するものをそのままに現実に作用する。
距離を置いている士郎たちですらこれほど聞こえるのだから、その中心にいるナイトブレイザーにしてみればどれほどのものかは想像もつかない。
「ナイトブレイザーッ!」
「次はアンタタチの番よ……」
士郎の叫びにもナイトブレイザーの声は返って来ず、代わりにベルゼビュートの腕が士郎たちに向けて伸ばされた。
――ゥ――――ゥゥ――ゥウウオ――オォォオオオォ――――オォォォォ――――
再びベルゼビュートの手中に瘴気が集中していく。
瘴気の中に捕らわれた魂が、救われる事のない己を嘆いて声を漏らしている。
「させないっ!!」
その時、一人の少女が士郎たちの中から飛び出した。
「セイバー!」
疾風のような速度でベルゼビュートに接近するセイバー。
風王結界(インビジブル・エア)を携えて真っ直ぐに詰め寄る!
だが……
「うっ……」
その途中で大きくよろめく。
なんとか踏みとどまると、剣を地面に刺して支えにする。
「セイバーさん……!?」
「あいつ、あんな状態で……!」
セイバーにほとんど余力が無いことを見て取った士郎は、急いでセイバーを追いかける。
しかし士郎が追いつくより早く、セイバーは顔を上げると姿勢を正した。
「……何を……?」
戸惑う士郎をよそに、セイバーは両手に持った風王結界(インビジブル・エア)に力を込める。
「……はあああああああっ!!」
解き放たれる風。
荒れ狂う風の中、セイバーの真の剣がその姿を現した。
「……まさか、宝具を!?」
どうやら、そのまさかのようだった。
セイバーは風の鞘から引き抜いた剣を青眼に構えると、その先にいるベルゼビュートをしっかりと見据えた。
「やめろ、セイバー! 今のお前には……」
……宝具を撃てるほどの魔力は残っていない。
だが、士郎はその言葉を最後まで言うことは出来なかった。
それは、剣を構えたまま振り向いたセイバーの顔を見てしまったから。
「シロウ」
その顔で、わかってしまった。
セイバーにとって、宝具を撃つための魔力が残っているかどうかなどもはや問題ではないのだと。
足りないのなら補えばいい。
魔術師の基本でもあるその理念を、今まさにセイバーは体現しようとしていた。
魔力が足りないというのなら。
この魂をもって補えばいい。
「シロウ。リンをよろしくお願いします。キャスターは、私が、必ず」
士郎にやさしい笑顔を向けた後、セイバーは正面に向き直った。
おそらく、もう二度と振り向かない。
「……なんでさ」
士郎はその姿を見て、身体の中の何かが壊れてしまったようだった。
「よろしくってなにさ。お前、俺のことを見届けるんじゃなかったのか」
何でそんなに他人の為に立ちあがる?
「なのに、こんな所で……もうそんなにフラフラになってるのに」
何でそんなに自分を犠牲にする?
「それでも……助けたいって言うのか。本当に……なんでさ」
何でそんなに――――救いたいと願う?
……何を、馬鹿な。
「――――ったく! 自分で言ってて腹が立つっ!!」
本当はわかってる。
痛いほどよくわかってる。
ああ、そりゃあ止まらないよな、確かに。
最初からわかってたことだ。
俺たちは本当に、よく似てる――――――。
「このっ、無茶しやがってっ!」
だから。
そんなへろへろなお前より、余力のある俺のほうが前に立つのは当然なんだ。
「シロウ!? 何故!?」
「なぜも何もあるか、ばかっ!」
そう。
そんなこと、最初に会ったときから言っていたはずだ。
「戦うことを女の子にまかせっきりだなんて、まっぴらごめんだっ!」
あくまでセイバーが戦うというのなら。
俺が守る。
セイバーを守るモノとなる。
「魅入られろっ! 怨霊呪弾ッ!」
ベルゼビュートが凝り固まった呪いを吐き出す。
それと同時に、衛宮士郎の魔術も起動する。
「――――投影、開始(トレース、オン)」
イメージする。
セイバーを守るモノ。
その言葉に連動するように、脳裏に浮かぶイメージ。
――――剣。
そう、イメージするのは常に剣。
昔から夢に見たあの剣。
アレなら彼女に相応しい。
ならば自分が映し出すのは、それを守るモノに他ならない。
「――――I was the bone of my sword.(我が 骨子は 剣の 鞘)」
セイバーの理念を鑑定し、
セイバーの根源を想定し、
セイバーの本質を複製し、
セイバーの技術を模倣し、
セイバーの経験に共感し、
セイバーの年月を再現し、
あらゆる工程を凌駕し尽くし―――
「――――投影、幻装(トレース、サブリメイション)っ!!!」
ここに、幻想を結び鞘と成す――――!
「それは……っ!」
頭が痛い。
脳に直接雑音が響いてくるような不快感。
そのせいでセイバーの驚愕の声も聞こえない。
だが、自分が今何をするべきなのかははっきりとわかる。
士郎は投影した手の中のものを握り締め、怨霊呪弾に向けて振り下ろす……!
シャンッ…………
士郎の身体の内より出現したそれは、怨霊呪弾に触れた途端に…………弾けて、消えた。
「え……?」
「なっ……?」
それで終わり。
たったそれだけのことで、投影した剣の鞘は消えてなくなってしまった。
直後に暴風が士郎とセイバーに襲い掛かる。
……そして、場に静寂が戻った。
「…………ハ、何の冗談なの、それ?」
ティベリウスの乾いた笑いの声だけが、静寂な場に響いた。
「信じられない。そんな物で攻撃を防ごうだなんて……なんなのよ、一体」
ティベリウスの声は、次第に荒くなっていく。
「……たった一撃で怨霊呪弾を無力化するなんて、一体なんの冗談なワケ!?」
そう。
士郎の投影した剣の鞘は、怨霊呪弾の威力を完全に打ち消し、ただ風を残して消え去ったのだ。
風が去り、その場に変わらずに立つ士郎とセイバーの姿に、ティベリウスはまさにありえないものを見る気分だった。
いや、それはティベリウスだけではなく、士郎やセイバー、そしてアルテイシアやアーヴィングすらも同様だったろう。
そのため、全員が虚を突かれた。
ただ一人、偽神に立ち向かおうとする存在に。
「――――冗談なんかじゃない。士郎君は、お前に打ち勝ったんだ」
「っ!?」
最初に我に返ったのは、意外というか当然というか、ティベリウスであった。
そして気がつく。
怨霊呪弾を無効化した二人に、その後ろに立つ二人。
先程倒した黒騎士も含めても……あと一人居た筈だ!
「ヤツは…………!」
ベルゼビュートが空を仰ぐ。
クウガが、そこにいた。
青い姿に変身したクウガが、ベルゼビュートの頭の上まで高く高く跳躍していた。
「たくさんの人の声が聞こえた……たくさんの悲しい声が聞こえたよ」
――――こんな奴らのために、これ以上誰かの涙は見たくない!
再度変身し、急降下しながら真上からデウス・マキナを見下ろす緑のクウガ。
そしてある一点……ベルゼビュートの中のティベリウスの立つ場所を見つけ出す。
「これ以上はやらせない……俺がお前を倒してみせる」
――――みんなに笑顔でいて欲しいんです!
「なんですって……何様のつもりよキサマァッ!!」
怨霊呪弾を撃つ暇など無い。
クウガを迎撃しようと、ベルゼビュートがいくつもの小さな魔力弾を上空にばら撒いた。
さらに変身するクウガ。
紫の鎧に幾つか魔力弾が命中し、クウガの身体が白煙に包まれて見えなくなる。
「俺は、クウガだから」
――――だから、見ててください! 俺の――――――
「超変身っ!!!」
煙の中から現れる、輝く、漆黒。
クウガ、金の黒の力――アメイジングマイティフォーム。
「畜生があぁっ!!」
ベルゼビュートを形作る蟲が一斉に蠢き、直接クウガを叩き落そうと腕を伸ばす。
だが、黒のクウガは怯みもしない。
両足に取り付けられたアンクレットが雷光を帯びて光り輝く。
「てぇあああああああありゃあああああああああああああああああああああっ!!!!」
断ッ!!!!!
一瞬の拮抗すら存在せず。
漆黒の鎧に身を包んだクウガが放った渾身のアメイジングマイティキックは、ベルゼビュートの腕を突き破ってティベリウスを貫いた!
36 sereno 〜晴れやかに〜
ピシッ……ピシピシッ……
亀裂が走る。
クウガに身体を貫かれたベルゼビュートは、身体に開いた穴から放射線状に広がっていく光の亀裂に為す術もなく立ち尽くしていた。
やがて、亀裂が全身を覆うと、その体は末端から徐々に崩壊していった。
指。
足。
腕。
頭。
腿。
……体。
まるで風化する岩のように、ベルゼビュートは崩れ去って砂の山となった。
巨体が僅かな風に乗る光の粒となって、何処へともなく流れていく。
そして、風がやむと……其処にはもはや、なにもなかった。
信じられないといった風に士郎がそれがあった場所を見る。
「今度こそやったのか……? また復活とかするんじゃ……」
「いえ……もうキャスターの魔力は感じられません。完全に倒したと見ていいでしょう」
士郎の傍らに立つセイバーが、その懸念を否定する。
つまり、今度こそ終わったということ。
ゆっくりと時間をかけてそれを理解した後、士郎はその場にひっくり返った。
「ああ……やっっっとかぁ……」
「辛勝、だな。サーヴァントではなく、生前の奴と戦っていたら死んでいたかもしれん」
「なんだって……?」
後ろからかけられた声に、仰向けのまま顔を向ける。
一人の男が二人の元に歩み寄ってきていた。
「死ぬ前のキャスターならば、その不死性は無制限、デウス・マキナの能力も次元違いだったのだろうが……」
魔鍵をいずこかへ仕舞ったのか、アーヴィングは何も持たないままで士郎に近付く。
「……アーヴィング」
起き上がろうと上半身を起こした士郎の前に立って、セイバーがアーヴィングを牽制する。
それを意に介さずに、アーヴィングは話を続ける。
「だがサーヴァントとなった今では、マスターの魔力が必要となるだろう? それが枷となった」
「そうか、いくら本人が不死身でも、マスターの魔力が切れたら……」
「再生は出来ない。それを踏まえた上での作戦だったはずだが」
アーヴィングの言葉に、セイバーがまさか、といった風に士郎を見る。
「シロウ、気がついていなかったのですか?」
「……正直、全くわからなかった」
はあ。
士郎の言葉にセイバーとアーヴィングは同時に嘆息を漏らす。
「呆れたな。その投影魔術の特異性は評価するが、それ以外は半人前以前のようだ」
「うるさい。喧嘩売ってるのか。やるって言うならとことん相手になるぞ」
反動をつけて起き上がる士郎。
まだ頭痛は続いているが、アーヴィングが先程の続きをするというのならそんなことは言っていられない。
「精も根も尽き果てているような姿で、か?」
士郎とセイバーの姿を指摘して顔に笑みを浮かべるアーヴィング。
確かに士郎もセイバーも、満身創痍、疲労困憊の状態だ。
だが、セイバーはアーヴィングに反論する。
「そう言う貴殿も、サーヴァントを失っているではないか、魔術師」
ナイトブレイザーはベルゼビュートの怨霊呪弾を受けていた。
宝具を撃った直後、消耗しきった体では消滅していてもおかしくない。
「一つ勘違いをしているようだが……私はまだ聖杯戦争への参加権を失ってはいない」
だが、アーヴィングは平然とセイバーの言葉を否定した。
その言葉と同時に、アーヴィングの後ろに影のように現れる黒騎士。
「……ナイトブレイザー」
「生きていたのか……」
二人の驚嘆の声に、ナイトブレイザーは微動だにしないまま答えた。
「無論だ。元を正せば、この身は世界を敵に回して絶望を一身に受けたモノ。あの程度の怨念でどうにかなるようなモノではない」
その言葉に頷いて、アーヴィングが引き継ぐ。
「そういうことだ。だが手傷を負っているのは確か。手負いと手負いで戦いあっても不毛……ここは双方退くことにしないか?」
アーヴィングからの提案に、士郎とセイバーは軽く驚いた。
「何だと? 貴殿はアルテイシアを求めていたのではないのか?」
「その通りだ。だが予想外の事態で消耗しすぎてな。舞台に立つ前に女優を呼びに行って、その結果間に合わなくなっては話にならん」
「あくまで目的は聖杯……ということか」
士郎の言葉に、アーヴィングは確かに頷いた。
士郎はしばらく悩んだ末に、未だ起きない凛を見やった後、仕方がないというかのように頷き返した。
「わかった。確かにお前の言うとおりだ」
「シロウ……?」
セイバーが訝るように視線を投げてくるが、士郎はアーヴィングから目を逸らさなかった。
士郎の返答を聞いて、フッっと笑うアーヴィング。
「賢明で助かる。何、いずれにしろお前たちも聖杯の地へ向かうのだろう?」
ギュゥン。
その足元に銀色の孔が開く。
「ならば聖杯の地で決着をつけよう。何しろ聖杯戦争は……」
アーヴィングとナイトブレイザーの体が銀色の孔の中に沈んで行く。
それを士郎とセイバーは沈黙したまま見守る。
「まだ始まってもいないのだから」
その言葉を最後に、アーヴィングの姿は消えた。
「……行ったか」
痕跡すらも完全に消えた後、士郎はやれやれといった風に言葉をもらした。
そしてアーヴィングの言葉を反芻する。
「まだ始まってもいない、か」
それはつまり、まだ全てのサーヴァントとマスターが揃っていないということ。
なのにもうキャスターは倒れた。
しかも聖杯の地ではなく、異国ロンドンで。
やはり今回の聖杯戦争も、「いつも通り異常」なのだ。
残るはアーヴィングとナイトブレイザーを含めてあと六組。
聖杯を手にするのは、はたして…………?
「……やめた。考えるのは後にしよう」
士郎は頭を振って思考を中断する。
見れば、土煙の向こうから、鬼械神に止めを刺した青年が歩いてくるのが見えた。
「行こう、セイバー。五代さんも戻ってきたみたいだ。それに、いつまでも遠坂を地べたに寝かせておくわけにも行かないだろ」
「わかりました。確かにこのまま放って置いたら何と言われるかわかりませんね」
苦笑しながら言うセイバーに、そういうこと、と返しながら、士郎は凛の身体を横抱きにして持ち上げた。
そして器用に背中におぶると、改めて雄介のほうに顔を向けた。
「……やりましたね」
「ああ」
サムズアップ。
お互いにその行動を称え合って、二人は笑った。
「帰りましょうか」
「そうだね」
士郎は凛をおぶって。
雄介はバイクをひいて。
セイバーは二人の一歩後ろに続いて。
そうして、三人は廃墟を後にした。
* * *
士郎たちが立ち去った後の廃墟に、一人の女がやってきた。
「セイバー対セイバーの決着はつかず、か。士郎君のほうはともかく、彼のほうはただ退いたってワケじゃなさそうだね」
この場所での顛末を見ていたらしい口調でそう言いながら、女は荒野と化した大地に歩を進める。
「敵の敵は多いほうがいい、とか考えてるのかな……それにしても……」
吹きすさぶ風に乱れる黒髪を片手で抑えながら、女は戦闘の痕跡を見やる。
「これはこれは、手ひどくやられたね……でも」
その眼鏡の奥、紅い瞳が妖しく光った。
「この程度で死んだわけじゃないだろ? ……出ておいでよ」
「……随分ふざけたコト言うのね」
ボコッ。
女の足元の土が盛り上がり、中から一枚の仮面が這い出てくる。
見間違う筈もない、キャスターのサーヴァント、ティベリウスのつけていた仮面だ。
「アンタはアタシのマスターなんだから、生きてるかどうかなんて一発でわかるでしょうが」
仮面が喋る。
信じられないことに、身体の全てを失ってもなお、この道化師は生きているのだ。
「あはは、それもそうだった」
その仮面に対して、顔を手で覆いながら愉快そうに笑う女。
その手に刻まれているのは聖杯戦争のマスターの証……令呪。
ひとしきり笑った後、仮面を拾い上げながら語りかける。
「とにかく、ボクの言う通りに戦ってくれたようだね。令呪まで使ったんだから当然といえば当然だけど」
よく見れば女の腕にある令呪は既に一つ無くなっていた。
その令呪と引き換えに彼女が己のサーヴァントに命じたこと、それは。
「次の戦いでは最低限の魔力で戦え、でしょ? おかげで死にかけたわよ……けど、これで令呪の制約は解除よね? 今度からは制限なしでヤらせてもらうわよ」
仮面が小刻みに震える。
どうやら喜びを表現しているらしい。
「ああ、構わない。次に会ったときは存分に味わうがいいさ」
できるものならば、ね。
女の唇がそう動いたのを、はたして仮面は気がついただろうか。
聖杯戦争は近い。
サーヴァントは未だ揃わず、また未だその数を減らしてもいなかった。