はじめての外食 (傾:ほのぼの)


メッセージ一覧

1: moki (2004/04/05 17:21:27)[coobren at yahoo.co.jp]


いちおうセイバールート後の話になっております。
ですがセイバーが残っています。激しくご都合です。
セイバーGoodEndだと脳内変換して頂けるとたすかります。
あと、この話は本編から1ヵ月後の3月中旬という設定です。

2: moki (2004/04/05 17:23:11)[coobren at yahoo.co.jp]

 最近の土曜日はセイバーとの剣の稽古に使っている。俺としては藤ねえがいないうちに家の掃除でもしたいところだが、まとまった時間が取れるのはこの時ぐらいなものだからしょうがない。あー、その、夜はイロイロと忙しいし……
 というわけで、今日もセイバーにこてんぱんにされた。
「ん、おつかれ」
 居間に戻ってくると遠坂がテーブルに突っ伏して、『メイドさん事件簿4(再)』なんていう半年前に放送していたような番組をだらだらと見ていた。しかも、藤ねえの煎餅を食べながら。
 あの戦い以来、遠坂はほぼ毎日俺の家に通っている。
 初めは魔術を教えてもらうということだったが、今では晩飯をたかりにきているのとなんにも変わらない気がする。とはいっても俺も遠坂に会えるのはすごくうれしいし、それ自体は別にどうという事はない。ただ、最近ちょっとだらけすぎてないか、遠坂――
「なに? どうかした、士郎?」
「なんでもない。それより遠坂、お茶にしようと思うんだけどお前も食べるだろ?」
 返事を待たずに台所へ行く。
 江戸前屋のどら焼きを3つ皿にのせてセイバーに渡した。
「ほい、セイバー。これ先にあっちにもって行ってくれ。俺はお茶を入れるから」
 セイバーは顔を惚けさせながら、コクコクと首を上下に動かす。こういう時のセイバーはホントかわいいと思う。
 俺はお湯を沸かしながら、湯呑みを3つ用意した。先週の日曜日に3人で買いにいったセイバーと遠坂のMy湯呑みだ。それに煎茶を注いでいく。
「おまたせ」
 お盆にのせて居間にもどる。と、そこでは――セイバーがすでに食べ始めていた、……俺の分のどら焼きを。


 つけっぱなしのテレビからは騒がしい音が流れてくる。いつのまにか再放送のドラマは終わっていたらしい、今ではどこぞのプロ野球の試合でもやっているのかアナウンサーの実況の声が聞こえる。
 3つあったどら焼きはセイバーが2つ食べてしまったため、やむなく夕食後の為にとって置いたたい焼きを出した。ごめん桜、あとでもう一回買ってくるからそれで許してくれ。ちなみに遠坂はわたしもういいからと言って、たい焼きをセイバーにあげてしまった。
 こくこくはむはむとたい焼きをほうばるセイバー。やっとおやつに有り付けた俺。ズズ〜っとお茶を飲む遠坂。
「それにしても、ホントよく食べるわよね、セイバー」
 遠坂があきれたように言う。それをあくまで口は動かしたまま、セイバーはジト目で返した。
「まあ、体動かした後だしさ、お腹すいてるんだろ」
 士郎ってセイバーには甘いわよね、とまたあきれたような声を出した。セイバーは援軍を得たことに満足したのか、最後のしっぽの部分をぱくっと口の中に放り込む。
 そんな光景を見ていたら、唐突にちょっとした疑問が浮かんだ。
「んー、そういえば前回の聖杯戦争でもセイバーは食事してたのかな?」
「セイバーはまだ死んじゃってるワケじゃないんだし、食べてたんじゃないの?」
「それはそうなんだろうけどさ、でも切嗣のやつ料理はからっきしだぞ」
 俺がこの家にやってきてから桜が通いだすまでこの家の料理番は俺一人で勤め上げてきた。というのも初めてこの家にやってきた晩に切嗣が作ってくれた料理がとても食べられたものではなかったのだ、小学生の自分が作った方がましだと思えるほどに。それ以来切嗣はもっぱら食べる専門、もちろん藤ねえも。まあ、そのおかげで俺の料理の腕が上達したとも言えるのだけど……
「セイバーを満足させるほどのものを切嗣が作れたとは――」
「主に買い食いですね。ええ、特にはんばーがーなるものはよく食べました」
「ああ、なるほど。それなら納得がいく」
 うんうん、と頷いてみる。それを見てセイバーは2個目のたい焼きに手を伸ばした。しかし遠坂だけはまだ納得がいかないといった顔で、
「じゃあなんでセイバーは箸の使い方が上手だったの? ハンバーガーとかだったら使わないでしょ?」
なんていう、ああ確かにその疑問は当然だなと思わせるようなことを聞いてきた。
「ひょれふぁれしゅね、モグモグ、いちゅふぁ――」
「あー、セイバー、セイバー、口の中のものを食べちゃってからしゃべってくれ」
 差し出されたお茶をゴクンと飲み干すと、セイバーはこれは失礼しましたと謝った。
「実は箸の練習をしていました」
「練習って、いつそんなことやってたのよ?」
「前回の聖杯戦争では私はおよそ1ヶ月前、始まってから真っ先に召喚されましたから」
 いつのまに食べ終わっていたのか知らないが、セイバーは既に次のたい焼きを手に持っている。
「召喚された場所はイリヤスフィールの城。切嗣は何やら一人で作業をしていたので、私には時間がありました」
「イリヤのお城? あっ、そうかだからあの時……」
 遠坂は一人だけ合点がいきましたなんて感じでいる。むしろ怪訝な顔をしている俺を見て、クックックッと手で笑いを押さえるのに必死な様子だ。どうしてこいつは俺の挙動で楽しもうとするんだ。
 ニヤニヤ笑いをしている遠坂は置いといて、どうにも俺とセイバーには話の筋が見えていない。あっ訂正、セイバーの今の関心事はたい焼きだけだったらしい、パクリと幸せそうにたい焼きに食いついている。
「遠坂、どういうことだよ?」
「うん、あのね、士郎イリヤに連れ去られたでしょ? わたしイリヤのお城の場所ってだいたいの位置しか知らなかったのよね。あーこれは着くのに時間かかるかななんて思っていたんだけど、意外とすぐに着いちゃったのよ。そういえばあの時先導していたのはセイバーだったなって思い出して」
 遠坂はなにが嬉しいのかニコニコしながら答えた。
「あー、あの時のことか。うん、あの時はあと少し遅かったらやばかったかも。そうか、セイバーのおかげだったのか」
「そういうこと。わたしもなんであんなにスムーズにいけたのか疑問だったんだけど、セイバーが道を知ってたのなら納得だわ」
「ひょれふぁひがいふぁふ!」
「へっ?」
 セイバーは半分まで食べていたたい焼きを皿の上におくと、お茶を飲んで口の中にあったものを喉の奥に流し込んだ。
「違います、凛。確かに多少は道を知っていましたが完璧と言うわけではありません。それに10年の年月のせいであのあたりの地形も変わっていました。知識だけなら凛と同程度でしょう」
「えっ、じゃ、じゃあ……」
 遠坂はさっきの雰囲気とはまるで違う、悔しそうなそれでいてどこか悲しそうな、そんな顔になっていた。
 セイバーは上目遣いにちらりとこちらを見てから、両手を胸に重ねて静かに目を閉じながら一呼吸、こう遠坂に告げた。
「はい。サーヴァントがマスターのことを案じるのは当然のこと。ましてそれがシロウならなおさらでしょう。あれは私のシロウへの気持ちが起こした奇跡です」
 ぶはっ!
 その突然の告白で直前まで飲んでいたお茶が喉の変なところに入った。
「ごほっ、ごほっ」
 どことなく肩を落としている遠坂。何もなかったかのように再びたい焼きを食べ始めるセイバー。
 そんな2人を涙目で見つめていた。


 新しくお茶を入れなおすために台所に行く。
 春の柔らかい陽射しと共に、まだ幾分か肌寒い風が吹き込んでくる。
 あいかわらず鼻の奥あたりが痛いのだけど、そんなことは構わないぐらいに嬉しかった。もう随分経ったことなのに、あの時のセイバーの気持ちを知ることができて、セイバーの顔を見ることができないくらい真っ赤になってる。
 だっていうのに、さっきまでと変わらずはむはむこくこく、セイバーは最後のたい焼きを食べている。遠坂は遠坂で気だるそうに、テレビのチャンネルを乱雑に変えている。見たいものがないなら消しとけよ。
 はぁーっと一つため息を吐いて、空になった湯呑みにお茶を注いでいった。
「で、さっきの続きなんだけどさ、なんでわざわざ箸の練習なんかする必要があったわけ?」
 チャンネルを変えることに厭きたのか、遠坂は話を元に戻してきた。
「イリヤスフィールの城には割り箸というものしか置いてありませんでした。おそらく私が食事をするなどとは切嗣が思っていなかったからでしょう、あくまで聖杯戦争の間自分が――」
 そこまで言うと、手に残っているたい焼きの最後のひとかけを口に放り込んだ。
「モグモグ、ひゃべるふんひかはってなひゃったはすれすはら、モグモグ、ごくん、シロウごちそうさまでした」
「あ、ああ、お粗末様」
 セイバーはさっき煎れたばかりのお茶をズズっ〜と飲んでいる。あのさセイバー、しゃべるか食べるかどっちかにしてくれないか。
「それにシロウの言うとおり切嗣は料理を作ることはありませんでした。聖杯戦争が始まってからは主に城から出て戦っていましたから買い食いだったのですが、始まる前などは切嗣が買い込んでおいたもの、いんすたんと食品というものらしいですが、それを食べていました」
 そういうと、セイバーは両の手のひらで湯呑みを抱え込むと、なにか苦いものでも見るかのようにお茶を見つめこんだ。
「ええ、確かにあれは便利なものだ。保存が利くし、何より調理が簡単だ、私にも作ることができる、しかしあれは味が……。それでも私は満足していたのです。ですが切嗣が、私は連れて行ってもらえませんでしたが恐らく戦いのための下準備をしていたのでしょう、城を空けると何日も帰ってこず……。あの城は守るのには適しているのでしょう、しかしあまりにも街から離れすぎている。何故私が毎日毎日同じものを食べないといけないのか! どうして切嗣は早く帰ってきてはくれなかったのですか、シロウ!!」
 いつのまにかセイバーの言葉には怒りとそして悲しみが混じっていた。どうやら切嗣のやつはセイバーにインスタント食品だけ与えて遊びに行ってしまったらしい、いや真面目にやっていたのかもしれないが。まあ、確かに毎日同じものを食べていれば飽きるよな。
「激してしまってすみません、シロウ。あの時はそれほどつらいとも思わなかったのですが……」
「それは、今のマスターが衛宮君なんだもの、しかたがないわ」
「そうですね、シロウというマスターをもった私はとても幸せだ」
 ああ、セイバーの体から幸せにしてくれオーラがでているのが見えるようだ。うん、ここまで言われちゃうとなんとしてもセイバーを幸せにしないと、と思ってしまう。
「そうかセイバーも大変だったんだな、そんなにつらいことがあったなんて……」
「ですが今はシロウがおいしいご飯を作ってくれます。それに、一度だけでしたが切嗣が外に連れ出してくれたこともあるんです」
 切嗣はセイバーのマスターなんだから当然と言えば当然なんだが、なぜかその言葉が胸に重くのしかかった。こう、なんかモヤモヤするというか……
「へぇー、ねえ、それってデート、デート? 衛宮君のお父さんも大胆なことをするのね」
 そんな俺をこれでもかと煽ってくれる遠坂。あーもう、どうしてこいつはこんなに俺のことを虐めて楽しんでやがるんだ、このあかいあくまめ。
「凛、そのようなものではありません。ただ街の下見に連れて行ってもらっただけです。そうですね、あれは私が召喚されて4日目のことでした。といっても私にとっては2ヶ月前程度のことなのですが……」
 そう言って、セイバーはその時のことを語りだした。

 ――――――

 その日はよく晴れた日でした。
 召喚されてからの3日間でわかったことは切嗣が私より遅くまで寝ているということでした。といっても私も、シロウほどではないにしても、早く起きる方なので、彼が起きて来る時間の方が普通なのかもしれません。しかし、その日は私が起きてきた時には既に切嗣が起きていたのです。
「おはようございます、切嗣。今朝は早いのですね、どうしたのですか?」
 切嗣は普段とは違う、余所行きの格好でした。私はそれに疑問を持ったので、切嗣に問いただそうと試みました。すると切嗣は唐突に私の腕をつかみ、城を出て行ったのです。
「き、切嗣、一体どういう……」
「うん、一度戦場の下見をしたほうがいいと思ってね。君もそのほうが戦いやすいだろ。今ならまだ他のサーヴァントもあまり召喚されていないはずだからね」
 戦いの時もそうだったのですが、切嗣はシロウとは違って私に相談することなく勝手に物事を決めてしまう人でした。この時も既に森の外には車を用意させていました。
 森からだいたい1時間ばかり、まず初めにこちらとは川を隔てた反対側、今では新都と呼ばれているところを見て回りました。それから徐々に西へ、深山町の方へ向かっていったのです。
 ですからたとえ早く出発したといっても、深山町に着くころに昼を過ぎているのは当然のことなのです。
 きゅるるるるぅぅぅぅ〜
 ええ、私が悪いわけじゃありません。朝ごはんを食べる時間をくれなかった切嗣が悪いのです、私ではありません。
 切嗣はそんな私を見兼ねたのか、再び私の腕を引っ張って傍にあったある料理店に入っていきました。
 その店はこぢんまりとした感じのいい店でした。厨房の方から伝わってくる音、熱気、匂いが私の食欲をくすぐります。ですが私の印象とは裏腹にあまり賑わっているというわけではなかったのかもしれません。その時も店の中には一人しか客はいないようでした。まあ、万が一襲われるということも考えて切嗣がこういう店を選んだのかもしれませんが。
 私たちは店の一番奥の隅、店内を見渡せるテ−ブルに腰を下ろしました。
「いらっしゃいませアル。ご注文は何にするアルか?」
 いくら聖杯のサポートを受けているといっても文字としての漢字はどうも苦手です。ですから私は渡されたメニューの中から写真のついているものに目星をつけて……
「私はこれにします」
 直感です。なぜかは知りませんが、これだというものがこの料理にはありました。
「お嬢ちゃんは芙蓉飯っと、そちらのお客さんは決まったアルか?」
 店主が注文を聞いていると言うのに、切嗣はメニューを見ずに私たちの向かい側に座っている男を見ていました。その男はただひたすら料理を口に運んでいます。
「あの人の食べているものはこのメニューには載っていないみたいだけど」
「アイヤー、すまないアル。あの料理はできたばっかりでまだメニューに載せてないアルよ」
「じゃあ、僕はアレにするよ」
 店主はちょっと待つアルと言って厨房に戻っていきました。
 トントントントン、じゅわ〜、ガッガッガッ、厨房から小気味いい音が聞こえてきます。
 お腹が空きました。
 カッカッカッカッ、はぐはぐ、カラン、ごくごく、向かいの男はとてもいい食べっぷりです。
 お腹が空きました。
 ああ、もうだめです、もう限界です。切嗣はなぜそんなに平然としていられるのですか? 本当は私に内緒で朝ごはんを一人だけ食べていたのではないですか?
 私のイライラはピークに達していました。
 時間にしておよそ7,8分のことだったのでしょうけど、だからこそ店主が料理を運んできた時は私にとって神の救いのように感じました。
「お待たせアル〜。お嬢ちゃんはこちらアルね、そちらのお客さんは――」
 私の前に置かれたソレは、あんのかかった玉子焼きでした。今にして思えばアレが『かに玉丼』というものだったのでしょう。
 何も言わず料理を口へ。ああ、甘酸っぱいあんと玉子の甘み、そして蟹肉の旨味……、美味です。
 いえ、決してシロウの料理よりもおいしいと言いたいわけではありません。ただあの時私はとてもお腹が空いていたわけで……、お腹が空いている時はどんな料理でもおいしく感じると言いますし……
 とにかくそういう理由もあって私は食べることに夢中になっていました。ですから切嗣の異変に気付いたのは私が食べ終わってからだったのです。
「切嗣? どうかしたのですか?」
 その時の切嗣は普段からでは到底想像もつかないような有様でした。突然顔を赤くしたり、はたまた青くなったり、目は涙を滲ませ何かに必死に耐えているような、体全体から汗を出し、手はカタカタと小刻みに震えている。そう、それはまるで何か恐ろしいものに怯えているような……
「切嗣、一体何が――」
 その時です。向かいに座っていた男が立ち上がってこちらにやって来ました。
「店主、ご馳走になったな。勘定だ」
 うかつでした。その男からは魔力が感じられたのです。いくらお腹が空いていたとはいえ、これほど近くに来るまで気付かないとはあまりにも油断しすぎました。そして同時に切嗣の変調の理由にも納得ができたのです。
 私は切嗣の命令一つでいつでも剣を抜けるように備えつつ、精算している男を睨みつけていました。
 しかしその男は切嗣の方を見つめて、
「数ある中からソレを選ぶとは、なかなかわかる男のようだな」
と言い、背を返して店を出て行こうとしました。
 クッ、あの男私がセイバーのサーヴァントだと気付いて……、やはり聖杯戦争の参加者なのか……
「切嗣、指示を。今ならまだ――」
「セイバー!」
 私の声を遮るように切嗣は呟きました。
「あの男は危険だ、ただ者じゃ…ない…」
 私たちはただその男が店を出て行くのを黙って見ていることしかできませんでした。

 ――――――

「で、そいつがあの神父だったんだ」
 時刻は既に5時を回っていた。空にはうっすらと朱がさし、部屋には西日が差し込んでいる。
 セイバーはテーブルの上に置かれていた藤ねえの煎餅をバリバリと食べている。さっきまであれだけ食べていたというのに、まだ食べますかあなたは……
「はい。切嗣はあの神父の危なさを一目で見抜いていたのでしょう。事実、前回の聖杯戦争ではあの男が私たちの最大の敵でしたから」
「そういえば前にもそんなこと言っていたよな、セイバー。そうか、やっぱ切嗣ってすごかったんだ」
 まあちょっとは俺もあの神父からやばい感じがプンプン臭っていたけど、たったそれだけの邂逅でそいつが自分の最大の障害になることまで見抜いていたとは、切嗣恐るべし……
 セイバーは煎餅袋の中に手を伸ばす。しかしその手は空になった煎餅袋の中でカサカサと空を切るばかり。つと目をやると、あっと呟いて悔しそうな顔をした。
「えっええ、確かにそういうところは鋭かったですから……。私は切嗣の考えていることは良く分かりませんでした。戦いの中で彼は私のことを道具として扱っていましたし、意思疎通などというものはなかったでしょう。しかしマスターとしての彼は素晴らしかった。およそ戦うという事において、彼以上に適したマスターはいなかったでしょう」
 そう言ってセイバーは、部屋の隅の箱から持ってきたみかんを丁寧に剥いていく。さっきから押し黙っている遠坂はというと……手で口を押さえて必死になって笑いを押し殺していた。――なんでさ?
 うーん、でも自分の義父が褒められているというのは嬉しいことなんだけど、ただ自分以外の人間がセイバーに褒められているというのが寂しくもあり妬ましくもあり、自分としては複雑なわけで……
 俺としては以前よりもずっとましになってきたと思う。セイバーとの稽古にもちゃんとついていけているし、投影の精度だって前よりもうんと上がっている。ただまだ一度も褒められていないということで少し自信を失いかけてしまう。
「あー、やっぱり俺ってまだまだなのかなぁ」
 だからそんな弱音を吐いてしまった。
 セイバーはみかんの白いすじをきれいにとるとパクッと一粒口に入れた。
「そんなことはありません。シロウは私を満足させるだけの腕を持っていますし、それに――」
 そして、こちらに顔を向けてとびっきりの笑顔でこう言った。
「私を幸せにすることができるのはこの世界で、シロウ、あなただけだ」
 ただ嬉しかった。それはもう、これでもかってくらいHappyな気分になってセイバーの手を掴んだ。
「ホントか? ホントに俺、セイバーに認めてもらえるくらい上達しているか?」
「!?――ええ、私が言うまでもなく自分で分かっていると思っていましたが……」
 うん、なんかすごく自信が沸いてきたぞ。今の俺ならあの英雄王だろうと敵ではない。
 うんうんと自分の世界に入り込んでいる俺を心配そうに見つめながら、またみかんを食べ始めるセイバー。
「おかしなシロウですね。ところでシロウ、今晩のおかずはなんでしょう?」
「え、ああ、そういえばまだ考えてなかったな。セイバー何がいい?」
「それでは和食を。ああ、シロウの料理は実においしい……」
 手は止めないでどこか遠くを見つめている。
「ん、じゃあちょっと待ってな。すぐに準備するから」
 俺はすくっと立ち上がり台所へ向かう。そんな俺の隣で遠坂はなぜかあきれた顔をしていた。

3: moki (2004/04/05 17:25:07)[coobren at yahoo.co.jp]

あとがき
『勘違い』というテーマで書いてみました。どうだったでしょうか?
切嗣とセイバーがコミュニケーションをとっていなかったということから、
実は切嗣が言峰を敵視していたのもセイバーの思い違いなのではということを考えてみたのですが、
うーん、何故だ、初期構想とはまるで違うものが出来上がってしまったような。
それにしても書くのが遅すぎるぞ、俺。最初の方を書いたのなんか1ヶ月前だった気が…
時間空けすぎて話をつないでいくのがすごく大変でした。

あとセイバーの召喚場所に関してですが、あえてイリヤ城にしました。
衛宮のお屋敷だと出前頼んだり、切嗣の知り合いが作りに来たりとセイバーがまともな料理を食べてそうで。
やっぱりセイバーには士郎の料理だけ食べて欲しいですから。


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