「準備はいいかい?」
「はっ、全て抜かりなく。 雪那と狗鳥の傷も完治しました。」
頭上には新円を描く月がある。
「始めよう。 ようやく長かった無意味な時の終わりが来た。」
足元の魔方陣に魔力を通す。
魔力が通った魔方陣は七色に輝き周囲の大源を取り込んでいく。
そこにさらに小源を流し込みさらに魔力を収束させる。
魔方陣の七色の輝きは加速し上空へと流れ出した。
それはさながら空に流れる七色の河のようだ。
足元の魔方陣の直径は凡そ三キロ。
ソレほどまでの巨大な魔方陣を起動させることなど通常の魔術師の小源では出来よう筈も無い。
だがこの身は通常の魔術師とは大きく異なる。
否、魔術師だけではなく人間と似ても似つかぬものなのだ。
なれば、これほど巨大な魔方陣を小源で起動させることも出来よう。
「・・・・・・っふ、忌々しいことこの上ないな。」
「暗夜様?」
「なに、明朝によって与えられた力が明朝を滅ぼす。 皮肉な物だなと、思ってな。」
「・・・・・・」
「九蛇、君には感謝してるよ。 神域の存在である君が僕なんかに従ってくれてね。」
「如何に神域に在ろうと力を封じられては意味など有りませぬ。 例えこの身が果てようとも暗夜様はお守り致します。」
「頼りにしてるよ。」
「暗夜様。」
「鈴丸かい? 来客だね。」
「はっ。」
「行こうか。 新たな世界への入り口、祭壇へ。」
「どうやらアレみたいだな。」
森の合間から七色に輝く光の柱の根元が見える。
そこだけが森が切り取られていて土を盛ったように盛り上がっている。
「アレは?」
「・・・・・・明朝の祭壇です。」
「明朝の?」
やや俯き加減で月雨が答える。
「あそこは明朝の者が特別な儀式に使う祭壇です。 本来明朝者しか知らないはず。」
「あそこには何があるんだ?」
「直径が三キロ近くある魔方陣があります。 アレは大源を取り込むための物で一度発動すれば止めるのには同じだけの魔力が必要になります。」
「それってつまり・・・」
「事実上一度発動すれば止める事が出来るのは発動させたものだけです。」
「じゃあどうするんだ?」
「それは・・・・・・」
「兄さん、今はそれよりも先に暗夜を倒すことを考えてください。 魔方陣を止めるのは暗夜を倒してからでしょう? まだ倒してもいないのにその後の事を考えるのは愚か者ですよ。」
「ああ、そうだったな。 すまない。」
「・・・・・・・・・」
なんだろう。
雪之は怒っているようだ。
ともかく今は暗夜を倒して秋葉を取り戻す。
「着きました。 ここが入り口です。」
目の前には土を盛り上げただけのような山がある。
奥へと続く道は一本だけではなく見れば幾つもの穴が開いている。
「この祭壇は侵入者を阻む為に幾つもの入り口があります。 その中でも最深部に通じている道は数本しかありません。」
「なるほど、この大量の入り口はダミーってことか。 で、ダミーを選ぶとどうなるんだ?」
「特殊な術式が施されているので余程の対魔力がないと出てこれません。」
「つまり二度と出てこれねぇってことか。」
「まあ、そうなるわね。」
「それで、月雨。 どれが奥へ続く道なんだ?」
「いえ、ここで彼等の到着を待ちましょう。 ここの正しい入り口を知っているのは私だけですから。」
「いや、だったらこうしたらどうだ。 明朝だけここに残るのさ。 入り口さえ判れば問題無いだろ?」
「判りました。 正しい道はそこと、五つ先のと、十五先の道です。」
「判った。 行こう、時間が無い。」
「ああ、生きてたら後出会おうぜ。」
「何を馬鹿なことを。 私たちは必ず生きて還ります。」
「ふっ、そうですね。 ・・・・・・御武運を。」
「ああ、後で必ず会おう。」
明朝に見送られながらそれぞれの道へ消えていった。
暗い洞窟を行く。
自分の足音だけが辺りに響く。
ご丁寧にも洞窟の所々に松明が灯っている。
「大源が枯渇してやがる。」
本来結界の中であろうと異界であろうと大源と言うのは大気に満ちているものだ。
それがここまで枯渇しているのはこの魔方陣が大源を吸い上げているからだ。
これほど大源が枯渇していれば魔術師でなくとも感じる事が出来る。
「ちっ、これじゃあ大源を使って影操が使えねぇな。」
“影操”
書いて字の如し影を意のままに操る力。
影という実体を持たないものに実体を与えたり、自らの身体を影と同化させたりする事が出来る。
だが、そんなことは魔術協会の記録する魔術でも手に余る“奇跡”だ。
そんな“奇跡”を起すには小源だけでは不可能だ。
大源を取り込むことによりその“奇跡”を実現させている。
つまり、ここでは影操は使えない。
いや、使えないわけじゃない。
だが使うわけにはいかない。
それは・・・・・・
――――――自身の過ちを認める事になるものねぇ。
「―――っ!」
とっさに身構える。
辺りに気配は無い。
――――――ふふふ、どうしたの? 今更驚くほどのことでも無いでしょう。
「これは、・・・・・・」
気配はしないが確かにそこにいる。
――――――そう。 貴方が最も良く知ってるはずよ。
「影操か。 だが、そんなはずは・・・・・・」
――――――ええ。 貴方の考えは正しいわ。 でもね、同時に間違いでもあるのよ。
「アイツはあの時死んだはずだ。」
あの時確かにアイツは殺した。
――――――そう、他ならぬ貴方の手によってね。
「ならば影操が使えるのは俺の一族だけのはず。 物の怪同士が交流を持つとは聞いた事が無い。」
――――――そうでもないわよ。 力を持つ者同士は互いに協力しあったりもするわよ。
「ならお前はアイツと・・・」
――――――でも残念。 その推測はハズレ。 これは私が元々持っていた能力ですもの。
「莫迦な、・・・・・・そんなはずあるわけが。 同じ能力を持つ全く違う物の怪がいるはずが・・・」
――――――あら、もう判っているはずなのにどうして答えを避けるのかしら?
それは認めるわけにはいかない。
何故なら、それは・・・・・・
肌に纏わりつく冷気を振り払って更に奥へと進む。
奥へ進むに連れて冷気はどんどん強くなっていく。
それに混じって僅かだが殺気も感じる。
「そう、・・・・・・・・・貴女ね。」
返事を期待せずに呟いた。
途端、視界が開けて空洞に出た。
直径は凡そ百メートルぐらいだろうか。
中心部の中央は穴が開いていて空から七色の光が漏れて辺りを照らしている。
その穴の真下、一人の女性が立っている。
白い着物を纏い、ただ目を閉じて天を仰いでいる。
それは酷く美しく、また残酷でもあった。
「―――待っていたぞ、七夜雪之。」
ふ、と視線をこちらに向ける。
その瞳には明確な殺意が宿っている。
「やっぱり、一人一殺で来たか。 私でもそうしてただろうしね。」
「悪いがここは通行止めだ。 生憎、お前は招待されていないのでな。」
「そう。 仕方ないわね。 なら、・・・・・・力づくで通るまでね。」
「野蛮な考えだが今はその考えに同調しよう。 私も同じ立場なら同じ事をしただろうからな。」
「これ以上お互い話し合う事も無いでしょう?」
「ふっ、そうだな。」
何時の間にか雪那の手には黎氷刀が握られている。
七槍を構える。
「最後に聞いておく。 ・・・・・・・・・七夜雪之。 貴様、――――――何者だ?」
それに答えるように雪那に向けて走り出した。
「くっ、この魔力は?」
暗夜を取り逃がして、さてどうしたものかと思案していた時だった。
突如、膨大な量の魔力の本流を感じた。
魔力の発信源の方には七色の光の河が見える。
七色の河から流れ出た光は空に流れ出し七色に染めて行く。
「どうやら始まったようじゃな。」
「この魔力は一体どこから?」
「大源を取り込んだとしてもこの量は異常ね。」
「言い合っていても仕方ない。 行くぞ。」
オレンジ色の魔術師が歩き出した時、
――――――どこへ行こうというのかしら?
「「「「 !?」」」」
辺りには気配も魔力も感じない。
声だけが頭の中に響いた。
「蒼崎、アトラシア。 お前等は先に行け。 こいつは私が食い止めよう。」
「判った。 行くぞ。」
――――――残念、あと数秒早ければ間に合ったのに。
突如周りに魔力を感じる。
辺りを極光のカーテンに囲まれる。
「これは・・・」
「固有結界か。」
――――――正解。 この中では魔術は使えないから覚えておいてね。
「何?」
試しに魔術回路に魔力を通してみる。
だが、
「魔力が、・・・・・・生成できない?」
――――――そう。 それ故にこの固有結界の名は、“術式封印の法”
「どうやら、突破するのに時間がかかりそうだな。」
「そのようですね。」
――――――さて、貴方達はここで遊んでなさい。 私にはまだ仕事があるから、それじゃあね。
「さて、どうする?」
「術者が離れても効力を失わないとは、これは一体?」
「この固有結界を形作っているのは術者じゃないってことでしょう。」
「ならばどこかに綻びがあるはずだ。」
魔力を感知してみるが魔力そのものが感じられない。
「ちっ、厄介な置き土産だ。」
「ん? あそこにいるのは・・・」
戦闘を行っていた草薙が突如方向を変えた。
その先には一人の女性が立っていた。
「貴女は! 明朝様。」
「待っていましたよ。 先に彼等は行きました。 私たちも急ぎましょう。」
「判りました。」
「着てください。 正しい道を教えます。」
明朝と呼ばれた女性は黙って歩き出した。
「まずここです。」
「私が行きます。」
草薙がその道へ消えていった。
また暫らく歩いて、
「ここです。」
「俺が行こう。」
次は御鏡が、
その次は浅神、不浄、シエルという順番でそれぞれがそれぞれの道へ消えていった。
「さて、最後の道はこことこの三つ先です。」
「貴女、どうして本当の事を言わないの。」
「なんの事ですか?」
「誤魔化しても無駄よ。 貴女隠し事してるでしょ。」
「何故そう思うのですか?」
「私を甘く見てるの? 私はその土地から直接情報を引き出す事が出来る。 この土地が記憶している情報をね。」
「・・・・・・・・・」
「少なくともこの土地から引き出した情報から判断して一つだけ言えるのは、――――――暗夜は貴女たち明朝が・・・・・・」
「今は! ・・・・・・今は、・・・その話は。」
「・・・・・・・・・・・・判ったわ。」
明朝に背を向けて最深部へ繋がる道へと進む。
「貴女は、・・・・・・どこまで知ってしまったんですか?」
「・・・・・・・・・半分くらいかな。」
「そう・・・・・・ですか・・・・・・」
今度こそ立ち止まらずに奥へ向かった。
「この先に秋葉と暗夜がいるのか。」
知らず、早足で洞窟を進む。
洞窟には足音だけが木霊する。
先に進むに連れて道幅は広がり天井が高くなっていく。
壁の所々には穴が開いていて何かが潜んでいそうだ。
眼鏡は既に外してある。
それだから判る。
この洞窟は異常だ。
辺りは普通の岩よりも多くの線が走っている。
それだけ死にやすい岩というのは見た事が無い。
「一体なんなんだ。」
「流石は直死の魔眼と言った所か。」
足を止めて辺りに気を配る。
「ほう、驚かないのだな。」
「別に、ここは敵の本拠地なんだから何時敵が出てきても不思議じゃないだろ。」
「なるほど。 聞いていた以上の上質な殺人鬼のようだな。」
「・・・・・・・・・」
声は洞窟に反響していて相手の位置が全くつかめない。
「遠野志貴。 いや、七夜志貴。 今は滅び去りし退魔機関七頭目の筆頭、七夜の唯一の生き残り。」
「 ? ・・・・・・」
「幼少期にその技術の一部の鍛錬を施されており、未だ完成はしていないが戦闘力はまだ及ばないものの先代のソレに迫る勢いだとか。」
「・・・・・・・・・」
「七歳の時に遠野、軋間両家の奇襲を受け一族は壊滅。 その後遠野家当主、遠野槙久に引き取られ育てられる。」
「・・・・・・・・・」
「引き取られてより二年後、遠野槙久の嫡男遠野四季の手によって死の境を彷徨う。 原因は無限転生者ミハイル・ロア・バルダムョンが遠野四季に寄生し遠野の血を抑止できずに反転した為である。」
「・・・・・・・・・」
「その時居合わせた同長女、遠野秋葉を庇って負傷。 元より浄眼を持っている事に由来し死の淵を彷徨った為直死の魔眼を手にする。」
「・・・・・・・・・」
「その後人間不信に陥るところを蒼崎青子との触れ合いにより回避、同人物より魔眼殺しの眼鏡を授けられる。」
「・・・・・・・・・」
「その後八年間は何の問題もなく生活するが今から一年前、憑依していたミハイル・ロア・バルダムョンが覚醒したことにより吸血鬼騒動が勃発しそれに巻き込まれる。」
「・・・・・・テメェ・・・・・・」
「その時に二十七祖が第十位ネロ・カオス、ミハイル・ロア・バルダムョンをその直死の魔眼によって殺害。」
「・・・・・・ゴチャゴチャ・・・・・・」
「さらに一年後、今から一ヶ月前には現象にまで昇華した二十七祖が第十三位ワラキアの夜をも殺害している。」
「うるせぇんだよ!」
「ふっ、どこか間違っていたかな?」
「さっきから黙って聞いてりゃペチャクチャペチャクチャ、少しは黙りやがれ。」
「何を熱くなっている? ああ、そういえば大事なことを抜かしていたな。 一年前の事件の時にお前は吸血鬼と化した学友をその手で殺していたな。」
その瞬間、頭の中で何かがカチリとはまるのを感じた。
「気持ち悪い。」
ぼそりと本音を呟いた。
辺り一面に広がる線は否応無しでも視界に入る。
「どこまで続いてるんだ。」
さっきから独り言を呟きながら歩いている。
別に恐いわけでもない。
ただ自分を落ち着けようとしているだけ。
幹也が攫われたという事実で既に抑えが聞かなくなっている。
白狐という奴に負けたのも頭に血が上っていたからだ。
ここまで来て血は沸騰していて気を紛らわせていないと手当たり次第に八つ当たりしそうだ。
そんな事を考えながら歩いていると急に道が下りだした。
更に奥へと進んで行く。
するとこの道の出口が見えた。
洞窟を抜けるとそこはすり鉢上の広場になっていた。
調度今出てきた所と反対側にまた道がある。
だがこの空間の中央には行く手を阻む影があった。
「いらっしゃい。 待ってたよ。」
「邪魔だ、どけ。」
「うん、いいよ。」
「 !? ・・・・・・・」
「ああ、警戒しなくてもいいよ。 君は招待されているお客さんだから。」
「そうか。」
そいつを無視して通り過ぎる。
すれ違いざまに
「―――あ、でも気を付けた方がいいよ。 僕は君の相手はしないけど、――――――暗夜君は君を殺そうとするだろうからね。」
「関係ない。 殺そうとするなら殺し返す。」
「君ならそういうと思ったよ。」
お互いにそれ以上交わす言葉無い。
そうして両儀式はその場を後にした。