遠くで電話の音がした。
目の前をパタパタと琥珀が通り過ぎていく。
妹を連れ去られたとあって流石に皆無口だ。
私は居間のソファで寝転がっている。
自分の不甲斐なさに腹が立った。
志貴は私たちに妹を任せていったのに守りきれなかった。
だがあの九蛇と言う奴が強かったのも事実だ。
アレは妖怪だとか吸血鬼だとかそういったレベルじゃなかった。
アレは、・・・・・・・・・そう。
どちらかと言えば私よりの存在だった。
だがそれでは矛盾してしまう。
世界の唯一の触覚たるは真祖のはず。
精霊では人に干渉できたとしてもアレほどの力は持たない。
では一体アレはなんだったのか。
結局残った事実は志貴が私たちに期待した事は果たせなかったということだけだ。
こんな気持ちは久しぶりだ。
志貴に殺されて以来だろうか?
久々に殺意を覚えたのは。
だが同時に納得もしている。
アイツだけは他の奴らとは根本が違った。
アイツ以外の奴らはこの国に元からいた鬼の類だろう。
だがアレは違う。
鬼だとか妖怪だとかの類ではない。
魔獣でも幻獣でもない。
そう、あれは神獣の域だった。
幻想種の中でも最強とされる竜種をも超越しているだろう。
アンナモノは初めて見た。
アレはどちらかといえばアラヤよりのモノだったが精霊とも違う。
世界から情報を汲み上げようにも該当する情報が見当たらない。
見当たらないということはアレがこの世界に生まれたのは最近なのか、それとも情報を記録できないほど過去のモノなのか。
「あのぉ、アルクェイドさん?」
「えっ、な、何?」
気がつけば目の前に琥珀が立っていた。
「随分恐い顔してましたけど大丈夫ですか?」
「ええ、平気よ。」
「そうですか。 今志貴さんから電話があって、今すぐこっちに着るよう伝えてくれって。」
「志貴が?」
「はい。 何でも時間が無いそうなので急いで欲しいとか。」
「解ったわ。 他の連中には言ったの?」
「いえ、これからです。」
「そう。 ・・・・・・手伝うわ。 手分けして行きましょう。」
「はい。」
そう言って琥珀は西館の方へ消えていった。
東館の方へ行く。
恐らく向こうで何かあったのだろう。
或は敵の本拠地が向こうなのかもしれない。
どちらにせよ時間がないのは確かだ。
妹が攫われた以上こちらに時間の猶予は無い。
向こうの準備は既に整っているだろう。
「上等じゃない。 やってやるわよ。」
自分に言い聞かせるように呟いた。
今のままではアイツに勝てないと解っている。
勝つ方法はある。
だがそれは諸刃の剣。
使えば自己を失い二度と今の自分には戻れないだろう。
故に使うことは出来ない。
それに使えば確実に勝てるがその後自分を止める事の出来る者などいない。
結果、今のままではアイツには勝てない。
そこで連鎖する不安を拭い去り廊下の奥へ進んでいった。
「ふぅ、まさかあの場所が見つかるとはね。」
「少々協会の存在を侮っていましたね。」
「全くだ。 もうあの場所は使えない。 止むを得ない、あそこへ行くぞ。 あそこならそう簡単には邪魔できない。」
「宜しいのですか?」
「ここまで来て諦めるわけには行かないんだよ。」
「暗夜様、ただいま戻りました。」
「お帰り鈴丸。 大丈夫かい?」
「はっ、魔法・青を使われましたが守備に徹して凌ぎきりました。」
「ふむ、そのせいか。 君がそこまで弱っているのは。」
「はい、あるだけの力を障壁に回しましたので。」
「流石は魔法使い、と言ったところか。 厄介だな、魔道翁まで来ている始末だ。」
「 ! 魔道翁が。」
「ああ、今遠見していたらマジックガンナーと合流したみたいだね。 あとは、傷んだ赤色とアトラスのが一人。」
「如何致します?」
「計画に変更は無い。 白狐がつき次第招待しろ。」
「あら、それなら調度よかったかしら。」
「白狐。 貴様今まで何をしていた?」
「酷い言い方ね。 こっちは化け物集団の相手をしてきて満身創痍だって言うのに。」
「雷狼はどうした?」
「八雲にやられたは。」
「ふむ、まさか雪那まで重症だとは。 少々向こうを見くびりすぎたか。 腐っても直死の魔眼ということか。」
「いえ、七夜志貴の相手は狗鳥だったし両儀は私が相手をしたわ。 雪那の相手は七夜雪之よ。」
「・・・・・・それはどういうことだい?」
「あの子はジョーカーだったのよ。 あの子は繭糸を持っているわ。」
「 !? ・・・・・・繭糸、・・・だと。」
「そりゃあ私だって驚いたわよ。 アレは失われた能力ですもの。」
「よもやここまで舞台を狂わされるとは。」
「どうする気? このまま始めれば確実に失敗するわよ。」
「とりあえずはその二人の手当てからだ。 計画に変更は無い。 ただ白狐、君が雪那を仕留めろ。 決してここには近づけるな。」
「解ったわ。」
「その二人の治療に要する時間はどの程度だ。」
「そうね、狗鳥は大したこと無いけど問題は雪那ね。 どんなに急いでも二三時間はかかるわよ。」
「いいだろう。 決行は今日、月が昇ってからだ。」
「今宵は満月よ。 よろしいの?」
「真祖のことか? 構わないよ。 彼女だけが力を得ても障害にはなり得ない。」
「そう。 ならいいのだけど。」
「さて、雷狼がやられた以上こっちの手駒が足りなくなったな。 仕方ない、彼女を呼び戻せ。」
「ですが、暗夜様。 貴奴は未だ見つかっておりません。 所在が把握できぬうちから動くのは得策とは言えませぬ。 万が一にも準備が整う前に貴奴が現れたら・・・」
「いや、アイツはまだここを特定できていない。」
「ですが・・・」
「心配無用だ。 僕が気配を漏らさないかぎりアイツはここには辿りつけない。 それより今は休んでいた方がいい。」
「畏まりました。」
「さて、いよいよか。」
「退魔機関の総本山とやらはまだなわけ?」
「もうじきです。」
普通の人間の目には何かが横切ったとしか解らない速度で移動する一行。
「急ぐ気持ちは判るが慌てた所で何も変わらねぇ。」
「アルクェイド、少しは落ち着きなさい。」
「そんなの言われなくても判ってるわよ。」
「やれやれ、何を言っても無駄ですね。」
それに答えずただ先を急ぐ。
「それにしても、結局志由君見つかりませんでしたね。」
「ああ。 それは気になったな。 なんで急にいなくなったのか。」
「逃げ出したんじゃないですか?」
「どちらにせよ居ない人間に構う暇など無い。」
「ま、今は敵さんの支度が整う前にこっちから攻め込まなきゃならねぇ状況だしな。」
「言っておくけど、敵の支度が整ったらお終いよ。 もう私たちに勝ち目はなくなるわ。」
ただでさえ九蛇という敗因があるというのにこれ以上の状況の悪化は避けねばならない。
アレの相手は私にしか務まらない。
だが私でもアレに打ち勝つ自信は無い。
なんらかの打開策を立てねばならない。
向こうにある概念武装にかけるしかない。
先頭を行くのは草薙だが今にも追い抜かん勢いでその後ろを着いて行く。
他の者はやや後ろを着いてく。
はやる気持ちを抑えつけて先を急いだ。
木々の合間を疾風のごとく駆け抜けて行く一行。
それを遠くから傍観する影があった。
「時が満ちたか。 俺も動かねば。」
一行を見届けてその影はその場を後にした。