「暗夜様、結界の準備が整いました。」
洞窟の中央に跪く男の声が響く。
「そう。 あとは鈴丸で最後だね。」
祭壇の上から跪く男を見下ろす。
「はっ、じき戻るものと思われます。」
男は跪いたまま答える。
「暗夜様、ただいま戻りました。」
そこに新たな影が現れる。
「来たね、ご苦労様。 君たちには本当に感謝しているよ。」
「勿体無きお言葉。」
新たに現れた影は中央まで歩み出るとそこで跪いた。
「そんなことはないさ。 事実君たちがいなければこの宴の準備は出来なかった。 幕が開くまでに準備が終わってよかった。 危うく邪魔が入るところだったからね。 さて、最後のピースも揃ったし、後は白狐らが戻り次第主賓を迎えて宴を始めようか。」
「残念、謀を企むならもう少し目立たなくすることね。」
「誰だ。」
静まり返った洞窟内に声が木霊する。
辺りには何の気配もない。
そもそもここまで入ってこれる邪魔者などいる筈がない。
ここに張られた結界は通常の結界とはまったく異なるものだ。
通常、結界とは“その空間内の情報を認知させないもの”、ないしは“その空間外の情報を認知させないもの”である。
だがここに張られた結界はすでに異世界、通常世界から切り離しておいたはずだ。
たった今完成したモノはまた別の結界でありここを通常世界から切り離している結界は破られた形跡はない。
ならば一体どうやってここに侵入したのか?
「招かれざる客、というヤツか。 開演前に劇場を訪れるとは礼儀知らずもいいとこだね。」
「あら、お互い礼儀をどうこう言い合う立場じゃないでしょう?」
「マジックガンナーか。 なるほど、どうやら協会も本気で僕を捕まえに来たか。」
「一応聞いておくけど大人しくする気はある?」
「無いと言ったら?」
「実力行使に出るしかないわね。」
「ふむ、ここで殺り合うには些か都合が悪くてね。 またの機会にしてもらえるかな?」
「貴方に次なんてないわよ。」
「仕方ない、鈴丸。 ここは任せたよ。」
「かしこまりました。」
「私をそこの使い魔でどうこう出来ると思っているの?」
「鈴丸は使い魔なんかじゃないよ。 それに誰も倒せなんて言ってない。 時間を稼いでくれるだけでいいんだから。」
「私相手に時間稼ぎがしたいなら神獣クラスでも連れてくるのね。」
「心配しなくても鈴丸は神獣クラスだよ。」
「あら、私には精々なりそこないの魔獣にしか見えないけど。」
「・・・・・・・・・鈴丸、本気でやっていいよ。」
暗い洞窟を音を立てずに進んでいく。
アトラスの錬金術師が凡その位置を割り出してそこを探索し始めてから三十分。
明らかに違う洞窟を見つけて中に入った。
勿論気配も魔力も消して。
先に進めば進むほどこの先にあるものが“あってはいけないもの”なのだと解る。
世界を侵食するモノ。
本来それは世界によって修正される。
だがこの結界はそれからの干渉を遮断する効果を持っている。
その為に世界はこの異常を修正できなかった。
それだけではなく、このあってはいけないものは世界だけではなく人間社会も侵食する。
世界が正せないなら霊長が正す。
その霊長の抑止力で私はここに来た。
本当に忌々しい連中だ。
どうせ失敗すると解っているのにあえてそれに挑戦して私に迷惑をかけている。
ここはやはり二度と同じ事をしないように灸を据えなくては。
奥に進むに連れて段々と気配が強くなってくる。
と、なにやら話し声が聞こえてきた。
「暗夜様、ただいま戻りました。」
どうやら最深部まで来たらしい。
奥には暗夜と他にも数人いるようだ。
「来たね、ご苦労様。 君たちには本当に感謝しているよ。」
何とか間に合ったらしくまだ事は起こっていないようだ。
「勿体無きお言葉。」
さて、そろそろ邪魔をしようか。
これ以上ここで立ち聞きしているのも時間の無駄だし。
「そんなことはないさ。 事実君たちがいなければこの宴の準備は出来なかった。 幕が開くまでに準備が終わってよかった。 危うく邪魔が入るところだったからね。 さて、最後のピースも揃ったし、後は白狐らが戻り次第主賓を迎えて宴を始めようか。」
「残念、謀を企むならもう少し目立たなくすることね。」
姿を現さずに皮肉たっぷりに言ってやる。
「誰だ。」
普通誰だと聞かれて大人しく答える馬鹿はいない。
「招かれざる客、というヤツか。 開演前に劇場を訪れるとは礼儀知らずもいいとこだね。」
礼儀知らず?
人様に迷惑をかけておきながらそれを言うか?
「あら、お互い礼儀をどうこう言い合う立場じゃないでしょう?」
一応自分も周りに迷惑をかけて行くことがあるのでそうしておく。
「マジックガンナーか。 なるほど、どうやら協会も本気で僕を捕まえに来たか。」
ちょっと驚いた。
名乗ってもいないのに私のことが判るなんて。
というよりも私の事を知っているなんて。
「一応聞いておくけど大人しくする気はある?」
念のために最後通告をしておく。
「無いと言ったら?」
そんな判りきったことを聞かないで欲しい。
「実力行使に出るしかないわね。」
自分としてはさっさと済ませたいからとっとと始めたいのだが。
「ふむ、ここで殺り合うには些か都合が悪くてね。 またの機会にしてもらえるかな?」
この野郎。
調子に乗りやがって。
「貴方に次なんてないわよ。」
それより今すぐ殺してやるという気持ちでいっぱいだ。
「仕方ない、鈴丸。 ここは任せたよ。」
「かしこまりました。」
想像通り自分は戦わずに三下に任せてきた。
「私をそこの使い魔でどうこう出来ると思っているの?」
直接来いという気持ちを込めて聞いてみる。
「鈴丸は使い魔なんかじゃないよ。 それに誰も倒せなんて言ってない。 時間を稼いでくれるだけでいいんだから。」
こいつ、私が誰だかわかっているのか?
「私相手に時間稼ぎがしたいなら神獣クラスでも連れてくるのね。」
これは事実だ。
魔獣や幻獣程度では私は止められない。
「心配しなくても鈴丸は神獣クラスだよ。」
「あら、私には精々なりそこないの魔獣にしか見えないけど。」
これも事実。
気配から読みとっても精々超低級な魔獣程度だ。
「・・・・・・・・・鈴丸、本気でやっていいよ。」
途端気配が変わった。
いままでなりそこないの魔獣程度の気配がどんどん強力なものになっていく。
魔獣?
否。
幻獣?
それも否。
神獣?
その中でもかなりの上位に位置する。
これだけの妖力を持っていてあの程度しか感じなかったということは力をセーブしていたということか。
恐らくは日本の妖怪の中でもかなりの実力の者だろう。
なるほど、時間稼ぎなんていわずに私を倒すでも過言ではない。
「どうしたんだい、マジックガンナー? 君の弱気がここまで伝わってくるよ。」
「大した化け物ね。」
このまま隠れていたんでは応戦できない。
敵の前に姿を出す。
敵は四人。
一度に襲われたら勝ち目はない。
幸い戦う気があるのは目の前の一人だけのようだが。
マナが目の前の男に収束していく。
「言い忘れていたけど鈴丸が本気を出せばこの山くらいなら消し飛ばせるよ?」
「あらそう、ご忠告ありがとう。」
生憎こっちは相手に合わせる気はない。
高速詠唱と複数詠唱を同時に行う。
結果十工程以上の詠唱を一工程で、複数の詠唱を同時に行うことが出来る。
「――――――」
高速詠唱に複数詠唱が重なって言葉にならない言葉となる。
だが問題無い。
そもそも詠唱とは如何に自らに暗示をかけるかにある。
自分に聞こえていれば問題無い。
「――――――!」
詠唱が終了して一斉に魔術を発動させる。
複数の風の刃を飛ばす。
同時に頭上から風の塊を落とす。
更に小規模な竜巻を複数相手に向けて発動した。
詠唱から着弾までその間僅か一秒フラット。
ドゴン
派手な爆発音を出して土煙で視界が遮られる。
手答えはあった。
問題は相手に風が通用するかだ。
土煙の向こうに気配は感じない。
残念ながら目の前の鈴丸という男に気を取られている間に残りのやつらに逃げられたようだ。
『―――この程度か。 失望したよ、マジックガンナー。』
!?
声が頭に響いた。
気配は一向に感じない。
「―――」
風を起して土煙を払う。
中から出てきたのは身の丈二丈はありそうな鬼だった。
『最初から全力で来ることだ。 でなければ命はないぞ。』
「ふっ、暗夜って一体何を見方にしてんのよ。」
『我が真名、聞くに相応しき実力が主にあるのか。』
「言ってくれるわね。」
『事実を述べたまでよ。 さて、どうする。 引くもよし、死ぬもよし。 選ぶがよい。』
「決まってるでしょう。 あんたを倒して暗夜を追う。」
『そうか。 ・・・・・・我が受けた命は暗夜殿の逃げ遂せる時間を稼ぐこと。 だが、・・・・・・・・・その必要はなさそうだな。』
「私に勝てると思っているの?」
『実力差を思い知れ。』
ズゴガン!
一瞬でその場から飛びのく。
遅れて鬼の豪腕が振り下ろされてさっきまでいた場所が跡形もなく砕かれた。
「――――――」
真空の刃を腕に突き立てる。
ズサズサズサ
確かに切り裂いた。
だが次の瞬間には既に傷は痕も残さず消え去っている。
ドゴン
攻撃をかわしていくのは今のところ問題無い。
ズゴン
だがかわし続けるだけでは埒が明かない。
かといって魔法を使うにしても魔力を溜めると隙ができる。
ドゴン
精々使えて一工程が限界。
高速詠唱を使っても魔法は使えない。
そもそも魔法に詠唱など必要ない。
『逃げ回るだけでは勝てんぞ。』
ゴーン
「――――――」
風の塊を四方からぶつける。
確かに当たったはずなのに全く効き目がない。
ドーン
「――――――」
今度は雷撃を浴びせたがやはり効き目はない。
―――遊ばれてる。
直感でそう思った。
相手は一向に致命傷を狙ってこないしこの程度の速さが全力とも思えない。
こちらの反撃を待っている。
ズゴン
そろそろ逃げる場所がなくなってきた。
だが反撃しようにも全く攻撃がきかない。
ガゴン
どうする?
このままだといずれ捕まってしまう。
魔法を使うなら最低でも十秒は精神集中が必要だ。
ズーン
だが十秒も時間をもらえそうもない。
『戯けめ、詰めだ。』
!
しまった。
知らず追い込まれていた。
逃げ場は横にも後ろにもない。
進退窮まったか。
最後の一撃が振り下ろされる。
だが少々見くびりすぎだ。
その一撃より早く相手の腕の影を通って近づき相手の脇をすり抜けた。
ドゴォン
その一瞬の隙に一気に間を離す。
離れながら精神集中を始める。
相手は土煙でまだ私の生死を確認できていない。
その僅かな隙こそが致命的だった。
「―――――――――」
『 !? 莫迦な!?』
「残念ね、ここで終わりよ。 ――――――“ ”。」
瞬間世界が暗転した。