幕間劇 倫敦編 『虚ろな道化は夜に謡う』
1
あぁ、またあの夢か、
と、アルトリアは思った
それは、一人の騎士の夢だ
騎士は、剣を取って王様となり、
王様となって国を護り、国に裏切られて、国を滅ぼした
「自分よりいい王様だったら、きっと、モット良い国だったんじゃないか」
そう思った、
だから探した、
探して、探して、見つからなくて、だから、世界に
「自分より、王様にふさわしい人を見つけてくれるもの」
と引き換えに、自分を差し出した
それは、「自分が死ぬ前に見つかるものだ」と、
世界は、死にそうな彼女を連れまわした
昨日に行った、明日に行った
きっと見つかるのだと、
そう信じて、彼女は、その剣で、探し続けた
でも、今日の夢は違うらしい
「セイバー、俺、頑張ってるヤツが報われないのってイヤなんだ」
あれ? とアルトリアは思った
少年は、自分の考えが間違ってると言った
国のために良いコトをしようと思ったのに
それは間違いだと言う
「自分は騎士だ」
と何度言っても
少年は自分を女の子として扱った
その剣を信じて、命を預けても、
少年は、アルトリアを女の子として扱った
彼を護らないといけないのに
彼は、何度も身を挺して、自分を護った
痛かった、怖かった、
自分が傷つくより、彼が傷つくのが怖かった
負けることより、彼が自分のことで傷つくのが怖かった
何度も何度も、訴えた
「そんなことはしなくて良い」
頼むから傷つかないで、
何度願っても彼は首を縦に振らなかった
彼には何もなかった
あったのは、借り物の夢と、たくさんの剣と、少女の剣の鞘だけ、
「なくす前に戻りたくないか?
自分や、皆が、なにもなくさなかったことにしたくはないか?」
誰かが言った
頷くと彼女は思った
だって彼には何もない
何もないのに自分の手に溢れそうなほどのモノをくれた
頑張ってる人が報われないとイヤなら
彼が報われないのは一番嫌だ
彼が救われないのは一番嫌だ
だって彼は空っぽじゃないか
頷けば報われるじゃないか
だというのに、彼は、頷かなかった
空っぽの体で、だからこそ、借り物の夢に命を懸けてきた
「亡くしたから、亡くしたものを背負っていかなきゃいけないんだ」
と彼は言った
戻ってしまったら、なくしたものは何処へ行くんだろう
どこへ帰っていくのだろう
だから彼は頷かなかった、
誰よりも救われて欲しい人は、誰の救いも必要としていなかった
誰よりも救われないと解っていても、彼は誰かを救いたかった
報われないのは嫌なのに、誰よりも報われない生き方しかない
彼は壊れていた、だから自分は「頑張ってる人」には入っていないのだ
「報われるほど頑張ったほかの人」が報われないのが彼は嫌なのだ
だから彼女が頷くことにした
だから彼に頷くことにした
王様は見つからない、王様を見つけるものも見つからない
だってそんなもの無かったのだから
たくさんもらった、空っぽのはずなのに彼はたくさんのものをくれた
だから、彼に返せるたった一つのものを最後に彼女は彼に渡した
それは、たくさんもらった自分のたった一つだけ出来ること
胸を張っていえるたった一つの彼に出来ること
「士郎―――――貴方を愛している」
静かに言って彼女たちは分かれた
ひと時の夢だから、届かない願いだから、
そして、アルトリアは静かに目を覚ました
2アルバート視点
「いやぁ、アレこそまさに上へ下への大騒ぎって奴だね」
「大師父の一件を指してそう言うあたり、相変わらず、肝が据わってらっしゃいますわね」
倫敦郊外、久しぶりにあった、三つほど年下の友人、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは、
僕の報告にそういって嘆息した
ことの起こりは、今年の一月の暮れ、
遠く日本の地『フユキ』にて、『根源の渦』への五度目の挑戦が始まったことに由来する、
『聖杯』と呼ばれる願望機の奪い合い、いわゆる“聖杯戦争”だ
『フユキ』で行われるものはその中でも少々特殊で、
英霊、つまり、生前に偉業を成し遂げた英雄の霊を、
使い魔として召喚、使役して行うという
大規模かつ、非常識なものだったりする
これは、『根源の渦』にある英霊の情報の大元に、役目を終えた英霊が『帰る』のを利用して、
そこに至ろうという考えから始まったのだとか
五人の魔法使いのうち、二人がこれに関わったとか、
成功すれば第三魔法『魂の固定化』に到達する、とか言われていたが、
つい先日、開きかけた『渦』とともに、
システムが崩壊してしまって、全てがパーになってしまったらしい
今は三月なので、実はまだ、それが起きてから一月余りしかたってない
「いやぁ、何しろ他人事だからね」
呆れているルヴィアにそういって答える
何が他人事かといえば
今回の聖杯戦争、その『フユキ』の管理者トオサカリン、
彼女の処遇について、
大師父の差し出した代価であるところの
「では弟子を取る事にする。教授するのは三人までだ。
各部門、協議の末見込みのある者を選出せよ」
という発言が、だ
「はぁ、私があと一年早ければ、その座を戴いていたのですけど」
「それはどうだろう? ミストオサカだってなかなかの腕らしいし、
それに彼女、結局、管理役解任どころか、大師父に認められて特待生になってるからね、
ひょっとしたら、彼女の方が上かもしれない」
確かに、
ルヴィアは実力もあるし、家系的にも優秀だ、
加えて、彼女の家は、
大師父こと、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの弟子の中でも割と優秀な方だったらしい
でも…………
「それはありえませんわ、
向こうは極東の片田舎の小娘で、
加えて、同じ『大師父の弟子』といっても、
彼女の家はお情けで入れてもらった二流、
私の家は五指に入る名門エーデルフェルト
比べることこそ失礼というものではなくて?」
その『他人を過小評価する癖』は早く直した方がいいと思うぞ…………
あぁ、そうか、表向きには大師父の“あの発現”は知られてないのか
「ルヴィア、世の中には“トンビがタカを生んだ”という言葉があるんだけど?」
「なんですの、それは?」
はぁ、そもそも知らないときたか……
「ようは、『意外な所から芽が出た』って事、
でなきゃミストオサカをわざわざ特待生になんかしないだろ?
それに、聞いた話によれば、
今『フユキ』には封印指定級の魔術師や魔術使いが何人かいるらしいんだ」
詳しくは知らないけど、固有結界を作れる魔術使いと、
英霊『メデューサ』を使役する魔術師がいるらしい、
でも、固有結界は兎も角、『メデューサ』って英霊か?
「ミスタペンドラゴン、直接大師父とお話をされたんですか?」
興味から身を乗り出してきたような態度で言うが、
僕のことをファーストネームの『アルバート』ではなく、
ファミリーネームの『ペンドラゴン』、それも『ミスタ』とワザワザつけているあたり、
相当のご立腹のようだ
「はっはっは、
まさかまさか、
君だって僕の成績は知ってるだろう?」
一応、時計塔に席をおく魔術師ではあるが、主席を取るようなタマじゃない、
それに、今僕が興味があるのは
封印指定魔術師である『人形師』ことアオザキトオコであって、
『魔道元帥』キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグではない
「たまたま研究に使ってた『人形師』の作品を、例のミストオサカが欲していてね、
彼女とゆっくり話す機会があっただけさ」
未完成の試作品で、魔術回路の複製が上手く行かない欠陥品だったんだが、
『多すぎる回路が生命を圧迫している』なんていう友人のために探していたらしいので、
むしろ良かったらしい
ついでとばかりに、昔、ミスブルーから譲ってもらった、
ミスアオザキ(実は仲の非常に悪い姉妹らしい)が創ったという、
『魔眼殺し』も持っていった
僕の研究には用のない代物なので、一向に構わなかったのだが、
「“宝石”級の魔眼をも封印可能」
というそれのうたい文句が、彼女の興味をひいたらしい
で、それは今、例の『英霊メデューサ』が使っているとかどうとか
「どうでしょうね、“大マーリン”の弟子にして、“アーサー王の因子”を受け継ぐ家系ですもの、
魔術とは無関係に、大師父と関わっていてもおかしくはありませんわ」
「“大マーリン”との関わりも、“アーサー王の因子”を受け継ぐ家系なのも認めるよ、
でも、言っとくけどねルヴィア、
僕の家は、大師父と魔道師の『千年以上をかけた悪戯』のためだけに作られたようなもので、
魔術師なのはついでみたいなものなんだ」
まぁ、実家に帰ったとき、
たまに大師父が上がりこんで茶をすすってたりするのも事実だけど…………
なんにせよ、初めて大師父と魔道師に会ったとき、
生まれたばかりの妹が、実は『アーサー王の生まれ変わり』だと聞かされた時の、
天地がひっくり返るような衝撃は筆舌に尽くしがたかったりする
十五になって、見目麗しく育った我が妹を見て、マーリン師が『生き写し』だとか言っていたけど、
その姿なんて、どうみても、“小柄な美少女”でしかないわけで、
「騎士王物語」なんかの勇ましき『アーサー王』とはぜんぜん結びつかなかったりする
大師父曰く、
「あの『蛇』の理論がこんな所で役に立つとは思わなんだ」
だそうだが、なんのことやら、
それでも二人の言っていたことに嘘は無く、ここ最近、例の『聖杯戦争』と前後して、
「アーサー王の記憶が蘇った」
とは本人の弁、事実と思うほかあるまい
それにしても、“マーリンの孫娘(厳密に言うと違うのだが)を口説き落とした男を見に行く”って、
…………大師父、暇なのか?
3アルトリア視点
「荷造りは、このぐらいで良いでしょうか?」
我が事ながら、良くわからない、
まぁ、それも致し方ない、アルトリアとしては初めての引越しであるし、
アーサー王の頃の記憶など、当てになるものではない
それでも、やはり『士郎に逢える』と思うと心が騒ぐものだ
「アーチャー、貴方は私のことを、どう思うのでしょうか?」
私室の窓にから空を見上げる、
彼は、私の身に起きた奇跡を、喜んでくれるだろうか?
「セイバー…………
現代に、衛宮士郎のそば(ここ)に、残ってくれないか」
彼の言葉を、口に出して呟いてみる
あのときの私は、『サ−ヴァント』という形を借りて、現世に間借りしている状況だった
だが今は違う、
この身は純粋に現代を生きる人の身体であり、年相応の少女のものだ
多少、発育に不満を感じたものの、
『余り育ちすぎて別人のようになってしまっては士郎に気付いてもらえない』
と、思えば我慢できることだった
それに、まだ十五歳なのだ、これからの成長の余地もあるではないか
えぇ、せめてサクラほどは無くても良いですから、リンぐらいは…………
そう思って良く考えると、実はリンと自分はそれほど変わらなかったことを思い出し、
やっぱりもう少しぐらいは欲しいな、と思ってみたり
「なに『恋する乙女』をやってるかね、お前さんは」
「に、兄さん! 部屋に入るときはノックくらいしてください!!」
慌てて声のするほうに向き直る、
そこには私の兄、アルバート・ペンドラゴンの姿があった
「いや、お前が聞いてなかっただけで何回もやったんだが」
苦笑しながらそういう兄に子供じみた態度でもう一度念を押す
マーリンや、かの魔道元帥から私の事を聞かされても変わることなく、
「だってお前は、僕の妹のアルトリアだろ?」
と言ってくれることが、自分でもうれしかったりする
人としてのごく当たり前の家族の情景
それもまた、『アーサー王』が求めた夢の一つなのだから
「ところで兄さん、何の用ですか?」
「うん、まぁね…………
それにしても、年頃の娘の荷物にしちゃぁ少なすぎないか?」
私の荷物を見ながら言う、
「派手でかさばるような服や、
化粧品の類などは持って行かないのだから、当たり前だと思うのですが?」
「派手ってな…………
お前の基準で服を選ぶと地味なのしかないじゃないか、
大師父が見繕ってくれたのはどうした?」
「いえ、あれには二度と袖を通したくないです私は」
あのゴスロリは新手の嫌がらせです、絶対に
「そうか?
おめかし用の一つや二つぐらい有った方が良いと思うんだが?」
「大師父やマーリンと一緒になって人を茶化すのは止めてください」
「判った判った、取りあえずその物騒なものは仕舞え、アルトリア」
私の手にある不可視の剣を見てそういう兄、
ちなみにもちろんこれは『風王結界』であり、中には『約束された勝利の剣』が入っている
『聖杯戦争』と前後して、私の記憶が蘇った際にマーリンが持ってきた物だ
…………兄妹のじゃれあいに使うのは、流石に自分でもどうかと思うが
そんな事をしながら、私の倫敦最後の夜は更けていくのでした
4アルバート視点
「それにしても……暇人だよな、大師父」
二階のリビングに移動して、紅茶を飲みながらふと妹に言った
「…………暇人、ですか……」
あ、アルトリアの奴あきれてる……
「どう考えたって暇人だろう、
爺さん、お前が行く前に例の……衛宮…士郎、だっけ?
奴さんの面、おがみに行くって言ってたぞ」
「な―――?!」
大慌てになるアルトリア、慌てるのはいいが、
「だからいちいちそれを出すなっつーの、本人いないんだから」
まぁ、あの悪戯好きの爺さんが何するか心配なのはわかるけどさ
「ほら、あっちには弟子のミストオサカもいるし、そのついでだろ大師父も」
「兄さんは甘い、
士郎はリンの弟子でもあるのです、それこそ大師父に口実を作るだけではないですか!!」
僕に目くじら立てたって仕方なかろうに…………
やれやれと思いながら窓から外を見る、
…………うん?
「アルトリア」
僕の様子に気がついたのか、妹は無言で窓のそばへ寄る
この家も一応は魔術師の工房だ、結界だって張ってある
「結界が反応しなかった?」
外の気配に首を傾げる、
『魔術炉心』なんて規格外のものを持つ妹のせいもあって、
ウチの結界は大師父の特製だったりするのだ
それこそ『埋葬機関』の代行者だろうが『死徒二十七祖』だろうが簡単には入れないくらい
……こういう事してると「流石は大師父」とか思うんだけどなぁ
それにしても…………
「侵入されたのは初めてだけど、
何者だ、こいつ…………」
家族以外でここまで魔力の高いのに出会うことはまれだ、
純粋に量だけ見れば、僕だって時計塔で五指に入ると自負しているし、
『魔力炉心(竜の因子)』を持つアルトリアにいたっては論外だと言ってもいい
一瞬、大師父やミスブルーのことが頭をよぎったが却下する
あの人たちは性根が曲がっているだけで、こんな殺気を発したりはしない
「あれは!…………」
侵入者の姿に妹が息を呑む、握り締めたその手が銀光に包まれ、
一瞬後には彼女は青いドレスに銀の鎧を纏った騎士の姿になり、
そのまま二階から飛び降り、危なげなく着地する
その間、視線はずっと侵入者に向いていた
アイツがあんな顔をするのは珍しい
飛び降りる瞬間盗み見た顔は、怒りに震えていた、
一体、どうしたのだろう?
ギンッ!! ガスッ
チンッ!! カンッ!
パシィ!!
「なっ?!」
アルトリアが着地した直後、侵入者が斬りかかってきた
爆発的な加速のついた槍の連撃と、
めいっぱいの速度でそれをかわし、はじくアイツ
「―――何者だ、ほんとに?」
妹が手に持っているのは、風の精霊によって姿と力を隠されているが、
前世の愛剣、かの有名な『聖剣エクスカリバー』だ、
それと正面から打ち合った挙句、折れもしないなんてどんな槍だ?
ぶつかりあう度に、余波だけでルヴィアのガンドに相当しそうな魔力が、衝撃となって辺りに広がる
「はぁぁっ!」
横薙ぎの一閃をかわした事で大きく距離が開いた
侵入者の姿を、始めてゆっくりと凝視する
全身をぴったりと覆ったスーツのような鎧を着込み、
深紅の槍を手にした長身の男
「あの鎧の模様……
まさか、ルーン文字か?」
鎧の全身にびっしりと魔術文字が書かれている
だがおかしい、あれは……
「あのルーン、全部逆位置じゃないか……」
ルーン文字はタロットカードと同じく、正位置と逆位置が存在する、
あの配置では守護どころか呪いを自身に刻み込むようなものだ
不思議なのはもう一つ、あの男、心臓の位置に大穴が開いていて、
代わりに、何か変なものが蟠っているのだ
ネクロマンシーか?
いや、そんなはずはない、
ただの死体にアルトリアとまともにやりあうような魔力があるわけが無い
あれは、一体なんだ?
5アルトリア視点
「侵入されたのは初めてだけど、
何者だ、こいつ…………」
屋敷の庭に唐突に現れた気配、
かの大師父の結界をすり抜け、ここへ入って来た男に私は息を飲んだ
「あれは!…………」
即座に武装し、庭に飛び出る
記憶が戻ってからこつこつと組み上げてきた対魔力、対物理のための魔力の塊、
それを纏って、『風王結界』を手に男と切り結ぶ
見覚えがある、
紅い槍も、その顔も、見覚えのある青い騎士のものだ、
だが、
ギンッ!! ガスッ
チンッ!! ガスッ
ゴッ!!
圧倒的な速度で繰り出されるその技は、記憶にあるそれと、まるで違っていた
ギンッ!!
まず、加減が殆ど無い
チンッ!!
ついで技に緩急が無い
バシィ!!
そして、何よりもここが重要だ、
“戻り際に致命的な隙がある”
それは、敵として戦う相手としてはありがたいところではある、
だが、ここはアイルランドに程近いイギリスで、彼はそのアイルランドの大英雄の一人、
『光の御子』クーフーリンだ
日本のような彼のことが余り知られていない地ではなく、ケルト神話の伝わる彼の本拠、その隣、
信仰がその力を左右する英霊が、自らのホームグラウンドで能力を落とすことなどありえない
“この男は、姿形が似ているだけで別人なのではないか?”
召喚される英霊は、大元からの“使い捨ての”複製に過ぎない、
そういう意味では、目の前にいるのは、
少なくても、私の知る『ランサー』と呼ばれた“彼”とは別人だろう、
だが、それだけでは説明がつかない
直感が彼をクーフーリンだと断定する、
だとすると、やはり、あの心臓に蟠るモノが原因か
槍をさばきつつ、その胸元に蟠るモノを見る、
それは、見覚えのあるものだった
黒い、泥を連想させる呪の塊、
『この世、総ての悪(アンリマユ)』
間違いない、あの呪いと同じものだ
「はぁぁっ!」
横薙ぎの一閃をかわした事で大きく距離が開いた
「あのルーン、全部逆位置じゃないか……」
兄のうなる声が聞こえる
兄の言うとおり、彼の纏う鎧は守護のルーンが総て逆転している
まるで総ての属性が反転しているようだ
「…………そこの魔術師(メイガス)、姿を見せなさい!
これ以上この騎士を愚弄するのであれば、
アイルランドの民に成り代わり、この私が処断します!!」
虚空に隠れていた気配に向けて叫ぶ
何者かは知らないが大師父やマーリンに匹敵するのは間違いない
「やれやれ、見つかってしまったか」
そう言って現れたのは奇妙な女性だった
美人であることは間違いない、
にもかかわらず、特徴をあげることが出来ない、
百人の人間に『美人の条件』を聞いたとしよう、
彼女はその条件全てにあてはまると同時にどれにもあてはまらない
「はじめまして騎士王、始めましてアルトリア、
いやはや、流石はアーサー王だ」
ふてぶてしくも私をそう呼ぶ
まさかモリガン・ルフェ?
否、彼女ではない
「それを知るとは、貴様何者だ?!」
「さぁ? それはボクが知りたいね」
私の声に混ざる怒気を平然と受け流し、彼女が答える
「うん、そうなんだ、
君の疑問はもっともだよアーサー王、
私の疑問はそこなんだアルトリア、
この身はね、こことは違う世界(ばしょ)から来たんだ、
どうやら僕は、その途中で自分が誰か忘れたらしい」
随分と耳障りな言い回しだ
だが、まさか?
「貴様、第二魔法の到達者だというのか?」
「さぁどうだろう?
いろいろと周りに怖い人が増えてきたから逃げ出したのは覚えているんだがなぁ」
首を傾げる、一体何者だ?
「まぁまぁ、そう怖い顔しないでよ、
判らんものは判らんのだから仕方ないさ」
クルクルと踊りながら、あちらこちらへと動き続ける、
本当に落ち着きの無い、
ぴたり、とその動きがクーフーリンの隣に来た所で止まった
「さてさて騎士王、
今日は挨拶に来ただけで君と戦うことは目的じゃないんだ
だからね、アルトリア、
この続きは―――あの場所でやろうじゃないか」
「あの場所?
まさか…………冬木市?!」
それは、彼らに害が及ぶと言うこと、
「させない…………」
『風王結界』を握りなおし、全力で斬りかかる
ガキッ!!
「…………」
「なっ!!」
だが、それが敵に届くことは無かった
私の剣は受け止められていた
それは確かに驚くべきことではある
だが、私が驚いたのはそこではない
「貴様は…………」
距離をとり、女の影から這い出てきた騎士を見る
私の剣を受け止めた騎士を―――
「危ない危ない、セイバーが気付いてくれなかったら死んでたのかな?
ではね、騎士王、
また会おうアルトリア」
ズブズブと音を立てて、騎士とクーフーリンが影に沈んでいく、
そして、女自身も
「くっ、まて!!」
叫ぶが、無論待つはずも無い、
彼女らが去った後、立っていたあたりの草が枯れていた
「あれは―――」
私の剣を受け止めた騎士―――彼女は『セイバー』と呼んでいた
呪われた鎧を纏い、漆黒の剣を持っていたが
あの騎士は間違いなく
「――――『私』だった」
彼女らの去った後を見つめながら、私は呆然と呟いた