墓石は重く prologue (傾:クロスオーバー M:凛


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1: (2004/04/04 12:20:18)[lionesrio at hotmail.com]


 春風は好きだ。

 三月も末に入り、世の学生たちは既に春休みというものに思う存分利用している。惰眠を貪る者、無責任低賃金労働に励む者、勉学に勤しむ者、部活動に精を出す者。様々な学生が各々したいことをするにはうってつけの長期休暇だ。
 かくいう私こと、遠坂凛も、この休暇を使って日頃行えない私事を片付けている。

 ――主に家の掃除と片付けだけど。

 言い訳になるが、これも一ヶ月と少し前に終結した聖杯戦争のお陰だ。詳しいことは省くが、家事が疎かになっていたのは事実だ。家を空けていたこともあったし。
 ついでに認めておこう。うん、認めたくないが認めておこう。
 私は整理整頓が苦手だ。それはもう、とてつもなく苦手だ。苦手なのは朝だけ――と言っておきたいが、ここまで駄目だと認めざるを得ない。ええもう、この駄目駄目っぷりは、自分で言うのも何だが、最悪で最低だ。
 来年の今ごろは独りロンドンだというのに、大丈夫だろうか? 心配になってしまう。正直楽観視出来ない。
 ――何て感慨に耽っていても、部屋が片付くわけでもなく、埃が落ちるわけでもなく、掃除機が勝手に動き出すわけでもない。――ああ、そういえば当の掃除機は何処いったっけ? 昨日の夜使ったはずなんだけど。
 うんざりだ。胸がむかむかする。誰かの手を借りるわけにもいかないのが、腹立たしい。この惨状を誰かに見せるわけにも、借りを作るわけにもいかなかった。自分のプライドがこうも高いものだとは。
 ふと、思いつく。こんな惨状を見ても、頼めば何も言わず手伝ってくれそうな人間が。

「居たじゃない」

 にやり、と自分の口許が歪むのが判る。学校じゃ作れない笑み。手に持っていた本の束を放り投げ、――これが色々な原因を作っているんだろうな、一応判っている。判っていても、どうしようもないけど――さっさと家の外に出る。
 吹いてきた風が頬を擽り、良い気持ちに浸る。

 これだから、春風は好きなのだ。




  墓石は重く/prologue




 結論から言えば、唯一の当てであった男は不在だった。不満だ。理不尽かも知れないが、不満だ。クリスマスプレゼントでお人形を頼んでいたのに、飯事セットを貰った気分だ。いや、何も貰えなかった気分か。
 まったく、何をしているのだろうか、あの男は。がーっと吼えてみたいが、流石に外で、しかも主婦やその息子たちが遊んでいるこの公園では阻まれる。一応私は学校のアイドル――いや、自己陶酔っぽいけど、そういうことらしい――なわけで。どこから噂が広まるか判らないわけで。
 ベンチで自販から出てきたホットコーヒーに口をつける。苦味が足りないが、自販にそこまで文句を言えない。

「――」

 目線のずっと奥――子供たちが遊んでいる砂場のさらに奥。乱立する木々の間だ――に、小さな黒い影が動くのを見て取れた。それだけなら、別段何もない。だけど、それは、明らかに“異質”なモノだった。直で言えば、魔術的な匂いがしたのだ。
 空っぽになったアルミ缶をゴミ箱に放り、私は迷い無く立ち上がる。放っておくわけにはいかない。
 さっと子供たちの脇を通り抜け、林に立ち入ってみる。刹那、視界の端で、さっと黒い影が走っていった。視線が追いかけ、振り返ったそこには――

「猫?」

 間の抜けな声だと思いつつも、そう発せざるを得なかった。これじゃまるであの男じゃないか。何か頭痛がする。
 黒猫だ。完全に黒猫だ。綺麗な首輪をしている。飼い猫だろうか? ともかく、黒猫だ。紛れも無く黒猫だ。あんまり可愛くない、第一印象は最悪だ。
 黒い影はもうちょっと大きかった気がする。そう、丁度公園で遊んでいた子供たち程度の大きさだ。しかし、これは余りにも小さすぎるんじゃないのか。
 しかしながら。この黒猫から、魔力めいたものが感じられるのは、否定出来ない。
 そうこうしている内に、ばっと黒猫が踵を返した。

「あっ、待ちなさいっ」

 慌てて私は追いかける。猫との追いかけっこなんて人生初体験だ。
 私と黒猫はすぐに林を抜けて、公園の入り口に出てくる。そこで、私は絶句せざるを得なかった。

 ――アスファルトの上で寝ている男が居たのだから。黒猫を見つけた時の比ではない、頭痛がした。
 よく見れば、あの黒猫が男の頬をぺろぺろ舐めているではないか。彼の表情は良く見れないが、どこか苦しげなのは判った。見過ごすわけにもいかず、私は駆け寄る。

「大丈夫ですかっ?」

 すぐに駆けより、抱き起こすと――痩身だが、見た目より重い。体付きが良いのだろうか――ぎゅるるる、という漫画で使い古された擬音語が耳に届いてきた。

「ぎゅるるる?」

 復唱してしまう自分が情けない。これも、まるであの男みたいだ。すっかり毒されてしまったのか。まったくもって腹立たしい。……まぁ、そこまで悪い気はしないけど。

「あの……」
「きゃっ!」

 いきなり声をかけられたので、私は飛びのき、彼を手放してしまう。拍子に自重に耐えられなかったのか、男の人は固いアスファルトに頭をぶつけた。悶えている。まじ痛そうだ。私だったら絶対御免だ。ああ、この際誰が原因かは放っておこう。
 黒猫が慌てた様子で男の人の周りをおろおろとしている。私もそうしたいよ。
 男の人は眼鏡を掛けていた。人の良さそうな顔にそれはお似合いだ。痛みで震えている内に、それがちょっとずれてしまった。


 そこで、私は見てしまった。


 見てはならなかった。


 私を支配するは、恐怖。


 馬鹿な、私は遠坂。恐怖など在る筈がない。


 しかし、何故だ。


 何故、私の体は、震えているのか。


 ――そうか。そういうことだ。





 その双眼は、私をコロスと言っていた――



あとがき
 はじめまして、SS初挑戦の海と申します。
 それでいきなりクロスオーバーとか分を弁えてません(マテ 一瞬で判ると思いますが、月姫×Fateです。どちらかというと月姫メインかも知れません。
 キャラを掴みきれていない所や拙い文が多々あるかと思いますが、感想を頂けると心底有難いです。


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