――夢を見た。
遠き理想郷にて、この身が大切な刻を過ごす夢を。
そして、彼と共に闘った記憶を。
幸せだった。
それだけでもう十分だと思えた。
ならば、この身はもう成す事は無い。
彼と出会い、答えを見つけ、最後に満足の行く結果を得た。
――否、自身は満足などしてはいない。
『もう一度、会いたい。会って、想いをもう一度ちゃんと告げたい――』
そう、自身の心が軋みを上げる。
だが、それは出来ない。
すでにこの身は柔らかくも、絶対の鎖に囚われてしまっているのだから。
聖杯を得る為に英霊となったこの身は、すでにその責務を解かれ、自身の鞘の中で眠っている。
――故に、この場から動く事など出来ない。
それがとても、悲しくて、満足だった――
-contradiction-
第壱夜 もう一度あの夜に
『――!!』
『死んで――た――!!』
声が聞こえる。
自身の一番大切な人の声が。
――そして浮遊感。
ならば、行かねばなるまい。
元より、時から切り離されたこの身、それは『全て遠き理想郷』の中でも変わらぬ。
――故に。この身は何処にも行けないその代わりに、あの場所へ行く事が出来る。
光の奔流を越え、あの時、あの場所へ。
/
目の前には、あの蒼い騎士が迫っていた。
全身を切り傷だらけにしながらも、何とか致命傷は受けずに土蔵まで逃げ込めたのは奇跡に近い。いや、奇跡だな。
――心臓が早鐘を打つ、視界が赤く染まる。極度の殺気のあまり、足は小刻みに震えている。
だが、こんな所で殺されてたまるか、と思う。
「――冗談じゃない」
学校の校庭で奴らの闘いを盗み見てから数時間、死んだと思ったら生きていて、そして服を真っ赤に染めながらも家に帰ってきた。
ならば、二度も殺されてやるわけにはいかない。
「ったく、手間掛けさせるんじゃねーよ……」
飄々と、それでいて間が凍る殺気を放ちながら、蒼い騎士が土蔵の扉をこじ開けて入ってくる。
「手間だと思うなら、帰りやがれ、この槍馬鹿」
無駄だとは思うが、悪態を付いておく。安い挑発で我を失ってくれれば、コッチのものだ。
だが、俺の予想に反して――
「(ピキッ)……テメェ、俺が槍マニアだと?」
顔に青筋を立てて、我を失う目の前の騎士。
「よかったな、それで全身蒼だぞ。……あ、槍は赤いか。やっぱセンスないな、お前」
――しかも、マニアとは言っていないと、お前の耳は自分の都合よく変換する機能が付いているのかと、騒然と言い切ってやった。
「だいたい、なんなんだよその槍。血管みたいのが浮き出てて、気持ち悪いったらありゃしねぇ」
――プチッ。
何かが切れた音がして、目の前の騎士が必殺の体制を取る。
「――テメェ、死んで後悔しろ!!」
よし、ここまで挑発できれば――
右手に持っていた細い糸を引く。
そして、蒼い騎士の足元に縄が張る。
「何?」
「おらぁぁぁぁっ!!」
一瞬体制を崩したのを見て、強化した鉄パイプを叩きこむ――――が、
俺はサーヴァントの事を知らなかった。
故に、人の身では打倒しえないと言う事も、知らなかった。
――だから、死の匂いだけで、在り得ない角度から打ち出された槍をパイプで弾いたんだ。
「ガッ!?」
「――馬鹿が、人間の分際で、俺を殺せると思うなよ?」
「う、るせぇ……その人間風情に使われて、人殺そうとしてる槍馬鹿が……」
弾かれた衝撃で、土蔵の壁に叩きつけられた身を何とか起こす。
「……言ったな、貴様――!!」
凍る、時が、間が、空気が、そして空が。
奴に収束する魔素。そして限界まで見開かれた奴の双鉾。奴の全身から放たれる殺気。
それら全てが交わり合って、土蔵の中のすべてが凍る。
「本来なら、テメェなんぞに使うモノじゃねぇが……。俺をここまで怒らせた礼だ――」
そして奴の槍に全てが収束する。
「刺し穿つ――」
その瞬間、死を悟った瞬間、思わず口から出た。
「単細胞槍馬鹿なんぞに、殺されてたまるか――!!」
そして無我夢中に立ち上がる。
奴の顔がさらに青筋を増やした気がするが、それは些事。
今この身は、目の前の死を回避するためだけにある――!!
「――死棘の槍!!」
咄嗟に、全身のバネを使って横に飛ぶ。
その距離4M程、これなら、ギリギリでその一撃を回避しうる筈――
「馬鹿が、テメェは――――死ね」
だが、またもや予想に反して、死は俺に肉薄する。
「――な!?」
そして悟る、この槍はそういうモノだと。
因果の逆転――先に槍が心臓を貫くと言う結果を固定する恐るべき魔槍。
そしてその槍は、死と共に俺の心臓を貫いた――
――パキ。
音がする。
横に飛んだ俺の体が地面に滑りこむ。
「何――だと?」
薄っすらと眼を開けると、そこには蒼い騎士の唖然とした姿。
――そして、二人の少女。
蒼い騎士に背を向け、その二人は俺の方へ振り返る。
『問おう――』
『問いましょう――』
同時に口にするその台詞。
『――貴方が私のマスターか』
『――貴方が私のマスターですか』
金と銀、太陽と月。
そんな矛盾であって、ある意味正しい光景が目の前に広がっている。
金の少女は、気高く、凛々しく。
銀の少女は、大らかで、まっすぐに。
俺の事を見つめてくる。
ならば――
「――ああ、俺がマスターだ。よろしくな、二人とも」
そう答えるのが、必然であり、必定。
「了解した、この身滅ぶまで、この剣に誓ってあなたを護る剣となろう」
「分かりました、この身が消え去るまで、この盾に誓って貴方をすべてから護りましょう」
と、そこまで言って、お互いが顔を見合わせる。
『――ん?』
「な、なんなんだ、貴方は――」
「そ、そちらこそ、私はこの方のサーヴァントです!!」
「私だって――」
で、いきなり喧嘩を始めてしまう。
まいったな、どうもこういうのは苦手なんだが……。
そう言って、溜息を付くと、二人の向こう側に居た筈の騎士の姿はすでに無かった――
/
「――チィ、なんだってんだ、アイツラ」
夜空を見上げながら、自分のマスターの元へと帰還するために飛ぶ。
屋根伝いにどんどんと進む。
その中で、先程の光景を思い出していた。
因果の逆転の槍を受け止めたあの盾、それに同時に現れた剣の少女。
あの男のサーヴァントは間違いなく、盾の少女の方だろう。
剣の方には、それらしき気配がまったく無かった。
――ならば、サーヴァントでもないあの剣の少女が、何故自分に死の予感を与えたのか。
それに、どちらも間違いなく、あの男に召喚されて現界しているのである。
ルーン魔術に詳しくても、少しも分からない状況。
元々考えるのが苦手なその頭では、すぐに沸騰するのがオチだろう。
――そう思い、分析は自身の臆病なマスターであるエセ神父に任せる事にした。