Fate/stay night chaos world


メッセージ一覧

1: LOST (2004/04/02 16:59:04)[lost at olive.freemail.ne.jp]

interlude

「この身の死後を世界に捧げよう・・・代償を貰い受けたい」
暗い室内に男の声が響く。
床には己の血で書いたと思しき魔法陣。
世界の契約には本来必要のないものではあるが男は英雄ではない。
そう、本来ならば契約できるはずがない。
だが男は魔術師だった。
自らの研究の為にはどんなことでもした。
それでもたどり着くことは出来なかった望み。

不老不死

確かに今の状態でも限りなく不死ではある。
だが不死の肉体となるためには基の肉体が脆弱すぎた。
本来ならば不死であるはずの肉体はその因子の負荷に耐え切れず崩壊をはじめていた。
不死であるのに死に逝く肉体。
なんと矛盾した存在か、と男は笑わずにはいられなかった。
不死としたはずの肉体が崩壊する前に手を打たねばならなかった。
それが世界との契約。
世界と契約すれば望みを1つかなえる代償にその死後を世界の奴隷として使用される。
だがそれは世界に選ばれなければならない。
男は英雄でもなんでもない、ただの魔術師だった。
だからといって諦められはしなかった。
多くの命を奪い、その命を力とし世界から契約をもぎ取った。
願うは唯1つ

「この身を不死とするならば我が死後を世界に捧げる」

矛盾した願い。
死後を捧げると言いながら死なぬことを望む。
虫のいい話だと男は思いながら言葉を紡ぐ。
そして世界の解答は、是
崩れる体が安定するのを感じる。
そう、世界はあまりにも馬鹿馬鹿しい願いをかなえたのだ。
男は笑い出す。
これが世界か、と
血塗られた部屋にいつまでも男の笑いが木霊していた。

interludeout



「・・・」
「・・・」
じっと見つめる瞳。
どこぞの消費者金融のCMにでてる犬の目だ、と遠坂凛は思った。
学校帰りに立ち寄った店を出てしばらくから後ろについてくる気配を感じた。
振り向いても誰もいないが気配はある。
まだ聖杯戦争は始まっていないはず。
そもそも私はまだ聖杯戦争に参加するためのサーヴァントすら召喚していない。
それでも万が一ということはあるかもしれないと思いつつ家に向かう。
そしてそいつは家に着いたとき姿をあらわした。
全身黒の子犬が私を追い越したかと思うと門の前に立ちふさがるようにして陣取ったのだ。
「・・・」
「・・・」
かれこれ1分はこうやって見詰め合っている気がする。
まったく私は何をしているのだろう、と思う。
ふう、と息をついて子犬を無視して門を開けようとする。
子犬は動かない。
・・・たぶん
このまま門を開けたら絶対にこいつは入ってくる。
ああ、その前にこれ以上この瞳を見つづけていると思わず飼ってしまいそうだ。
だけどそんな余裕は私にはない。
「飼ってあげたいけど私にはそんな余裕ないのよ。ごめんね」
などと犬に話し掛けているあたりでもう危険域だ。
ヤバイ
これ以上ここにいると本当に家の中に入れてしまいそうだ。
ふと、私ってそんなに犬が好きだったかしら、と考える。
思い当たる節はない。
きっとこれは犬の魔力だ、魔眼に違いない。
あのつぶらな瞳から飼ってくださいという力が・・・
・・・やめよう。
そんなわけない。
あたりを見回す。
人気はない。
もともと幽霊屋敷とかいわれているような家だ。
人が来るはずがない。
もう一度足元の子犬を見る。
「くっ・・・元気でね」
後ろ髪を惹かれる思いだが流石に飼う訳にはいかない。
魔力回路を開く。
「―Anfang...!。Es ist gros, Es ist klein......!」
ああ、私は一体何してるんだと冷静な部分がささやく。
なんで家に入るのにわざわざ魔術を使っているんだ――――
重力制御をし門を飛び越える。
後ろは振り返らない。
そしてそのまま家に入る。
そう、こんなことをしている場合じゃない。
聖杯戦争に参加するためのサーヴァントを呼び出さなくてはならないのだから。



深夜。
時計の針はもうじき2時を指す。
私の能力が最高に高まる時間。

聖杯戦争・・・だった1つきりの聖杯を奪い合う殺し合い。
聖杯戦争に参加する条件はサーヴァントと呼ばれる使い魔を召喚し契約すること。

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

本来ならばサーヴァント召喚用の触媒が必要であるがそんなものは持っていない。
サーヴァントはシンボルに引き寄せられる。
だがない物ねだりをしても始まらない。

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
じきに午前二時。 遠坂家に伝わる召還陣を書き終え、全霊をもって対峙する。
「―Anfang」
魔力回路を開く。
「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

視界が閉ざされる。
目前には肉眼では捉えることが出来ないという第五要素。 

「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

その時だ。
屋敷に張ってある結界が盛大に異常を感知した。
(こんな時に侵入者ですって)
それがいけなかった。
全神経を集中させるのは目の前の魔法陣でなければならないというのに。
魔力が行き場を無くし荒れ狂う。
「しまっ・・・」
行き場を失った魔力が集結する。
意識の向いた方向、上の階に。
あの量の魔力が爆発すればただではすまない。
慌てて居間に向かって走り出す。

爆発音

「・・・あれ?」
爆発は思っていたより小さかった。
居間のドアは爆発で歪んだのかドアノブを回してもあかない。
「くっ・・・邪魔だこのーーーーーー」
ドアを蹴破る。
居間からもうっと煙がでてくる。
そして何かが飛び出してきた。
それは・・・
「・・・お前か」
門の前に置き去りにしたはずの子犬だった。
こいつが屋敷の中に侵入してきたから警報が鳴ったのだと理解した。
がくりとうなだれる。
「ああ・・・さよなら私の聖杯戦争・・・」
たかが犬1匹、気前よく飼っていればこんなことにはならなかったかもしれない。
などと自己嫌悪に陥っている間に煙が晴れていく。
そこには闇がいた。
「え・・・」
否、闇を纏った男がいた。
「なるほど・・・これが噂に名高い聖杯戦争とやらか・・・」
男はそう言ってクッと笑う。
「あんた・・・まさか・・・」
じろり、と男がこちらを見る。
「何を驚く。貴様がマスターであろう」
これがサーヴァント・・・
呆然として見上げる。
だが、なんだろう。
頭の中で警報が鳴っている。
これは危険なものだ、と
「初めまして、我がマスター。私のクラスはアーチャー」
男が告げる。
そしてにやり、と笑った。
「そしてさらばだ」
男の体が爆発した。
否、爆発したのではない。
その体から無数の何かが飛び出してきたのだ。
「!!!」
咄嗟に飛び跳ねて飛び出してきたものを避ける。
「この身は確かに世界に捧げた。だが、たかが人間如きに使役される覚えはない」
飛び出してきたモノ。
それは獣だった。
無数の獣を有するその体。
それで思い至った。
それが何であるのかを。
「・・・ネロ・カオス!」
男はそれを聞いて笑った。
「いかにも。我が名はネロ。不死とされた吸血種の中でも不死身と言われた存在」
なんてモノが呼び出されたのだろう。
呼び出されるものは過去の英雄のはず。
この男は英雄でもなんでもなく
「では幕にしようか。なに、殺しはせん。生きたまま我が混沌に取り込もう」
ぞろり、とその体から無数の獣が現れる。
そう、殺戮者だ。
「では我が混沌の一部となるがよい」
獣が一斉に襲い掛かる。
右手をかざす。
「む」
男が一瞬止まった。
その隙に令呪を使う。
「Vertrag……! Ein neuer Nagel Ein neues Gesetzl Ein neues Verbrechen―――!」
令呪が消える。
ばちっと音がして男がよろめき、無数の獣が消える。
「ぐぅ・・・これが・・・令呪か・・・」
令呪
サーヴァントを律する3度しか使用できない絶対命令権。
その1つを使ってネロ・カオスに命じたのだ。
マスターに危害を加えるなかれ、と
「なるほど・・・どうやらお前は魔術師として優秀らしいな・・・。令呪とは長く持続する命令には効果が薄いものだが・・・」
男は再び獣を出す。
だがその獣が飛び出す瞬間、ばちっと火花が散り獣が消える。
「これほどの戒めを与えるとはな・・・」
ふむ、と男が黙考する。
「よかろう、お前をマスターとして認めよう。一時の戯れとして人に使われるのもよかろう」
クッと男が笑う。
ああ、わたしはなんてモノを呼び出してしまったんだろうと頭を抱えていた。



でだ、
「私が召喚された原因だと?」
ソファーに座っている化け物にそんなことを聞いてみた。
ちなみに部屋は修復していない。
さすがにそんな魔力は残っていないからだ。
「そうよ。あなたは英雄ではない。にもかかわらずここに召喚されてしまった」
これはありえないことだ。
ネロ・カオス。
死徒二十七祖の十
数年前に消滅したとは聞いていたが・・・
確かにこの世界では有名ではあるが一般に知れているものではない。
しかも英雄ではない。
それなのにここの召喚されているのはどういうことだろう。
「私が生前、世界と契約したからだ。不死の体と引き換えに死後を世界の奴隷として使ってもよいと」
「は? どういうこと?」
わけがわからない。
死んだ後こき使ってもいいから死なない体をよこせ?
「その願いは叶った。だが・・・」
男はフフと笑う。
「アレはもしかしたら世界が私に終わりをもたらす為に作ったのかも知れぬな。真祖ですら殺せぬものを殺す存在など・・・それどころか真祖まで殺すとはな・・・」
「?」
何を言っているのか分からない。
「とにかく私は死に、契約どおり世界の奴隷として取り込まれたのだ」
「だから! 私が聞いているのはなんで世界があなたと取引したのかっと事よ」
にや、と男は口を歪めた。
「聞きたいか?」
「うっ・・・」
まぁ、実はなんとなく予想は出来る。
この男に出来るのは殺戮。
そして取り込んだ魔力を使って無理やり世界との取引を成立させたのだろう。
「まぁそれはいいわ。・・・予想できることだし。それで最初の質問には答えてもらえるのかしら?」
「ふむ。私がここに呼ばれた原因だったか。それは簡単だ。この場に私の一部が存在したからだ」
そう言って顎で方向を示す。
その先には例の子犬。
「それはかつて我が混沌の一部であったものだ」
なるほど。
サーヴァントはシンボルに引き寄せられる。
つまりはこの馬鹿犬のせいでこんなものが呼び出させたというわけだ。
「もっとも、それは既に私ではないがな。自らの意思が別に存在しているようだ」
そういいながら男が立ち上がり居間から出てゆく。
「ちょっ・・・どこいくのよ!」
慌ててその後を追う。
「なに、使い魔を飛ばして探りを入れている輩がいるようなのでな。目障りなので消えてもらうだけだ」
男はそのまま外に出る。
「なんですって・・・」
まぁ、よく考えれば探りを入れられて当然かもしれない。
あれだけ派手に魔力を暴走させればキャスターのサーヴァントあたりにならばれるだろう。
だけどいきなり戦闘はまずい。
私の魔力は召喚とネロ・カオスに持っていかれているせいでほとんどない。
「なるほど・・・使い魔だけではないな。どうやら魔術師も近くにいるようだ」
そう言ってネロ・カオスは闇に溶けた。
おそらく、いや、きっと戦うつもりだろう。
「あっの馬鹿がーーーーーーーーーーーー!」
繋がっているラインからネロの位置が分かる。
そう遠いところに移動したわけではない。
どうも自分は最低最悪最凶のカードを引き当てたようだと走りながら遠坂凛は思った。


つづく?




あとがき
ここはifの世界です。
本編で1時間狂っていた時計もここでは正常に動いていたりします、ハイ。
ご都合主義万歳ですな。
とくに世界との契約のあたりとか

2: LOST (2004/04/04 12:47:55)[lost at olive.freemail.ne.jp]

interlude

男は魔術師だった。
だから腕に令呪の浮かぶ兆しが見えたとき、狂喜乱舞した。
サーヴァントを呼び出せば聖杯戦争に参加できるのだから。
そして最後まで勝ち残れば願いの叶う聖杯が手に入る。
世界が自分の思うままになる、と。
そしてサーヴァントを呼び出し、落胆した。
―――なんだ、キャスターか、と。
サーヴァント・キャスター。
7つのクラスのうち最も弱い部類のサーヴァント。
過去の聖杯戦争でも真っ先に倒されている存在。
だが―――
最も脆弱なくせにマスターである自分よりも強力な魔力と魔術を有していた。
それが腹立たしかった。
最も弱いくせにマスターより優れているとは何事だ、と。
嫉妬。
だからキャスターへの魔力供給を減らした。
自分以下の魔力しか持てぬように。
キャスターは従順だった。
何をされても文句1つ言うことなく従った。
それがより一層苛立たせた。
たまに逆らうことがあったが令呪で痛めつけて従わせた。
気分がよかった。
キャスターは美しい女であったのだからなおさらだ。
そのキャスターがこんなことを言ってきた。
「この町に魔力の嵐が起きています。恐らく、サーヴァントを召喚した者がいるかと」
その報告を受けて男は笑った。
召喚したばかりの魔術師など何も出来ずに昏倒しているだろう、と。
事実、自分がそうであったのだから。
殺しにいこうと思った。
それもキャスターの手を借りず、自分だけでだ。
そうすれば自分はキャスターより優れていると思いたかったからだ。
だが念のため使い魔を放って様子を探らせることにした。
使い魔は消滅した。
そして自分の前には闇を纏ったような男が立っていた。
「こんばんわ。いい夜だ」
そういいながら近づいてくる男に恐怖を感じた。
「この使い魔の主は貴様だな?」
その手には握りつぶされた肉塊。
男の使い魔であったものだった。
ざわり、と男の周りの闇が蠢いた。
「ひっ―――!」
それが何であるのか悟ったとき、男は恐怖のあまり失禁した。
爛々と光る目、瞳、眼―――。
全てが獣の眼だった。
男は後ずさりながら自らのサーヴァントを呼ぶ。
「き、き、き、キャスター!!」
最後の令呪を使い自らの工房で待機させていたキャスターを呼ぶ。
キャスターは「この身はマスターが必要としてくれるときに令呪を使えばどこなりとも現れることが出来るでしょう」といっていた。
だが、次の瞬間ぞぶり、とナニカガ体を貫いた。
「な?」
そんな間抜けな声を上げながら後ろを振り向く。
そこには歪な短剣を自分に突き刺し、笑う■■■■■が・・・
そして男の聖杯戦争は終わりを告げた。

interludeout



遠坂凛が自らのサーヴァントの所に駆けつけたとき事態は終わりを告げていた。
というより何が起こっているのか分からない。
自分のサーヴァント、ネロ・カオスの視線の先には
血塗れた短剣を持つローブを着た女とその足元に転がる、おそらくは死体があった。
「な、に?」
状況がまるでわからない。
「ほう・・・自らのマスターを殺したのか、女」
面白そうにネロ・カオスが聞く。
それを聞いて女は笑い出した。
「そうよ! そんな男ごときに使われるなんて!」
マスター殺し。
つい先ほど、自分がされそうになったことをこの目で見る羽目になるとは。
「なるほど、その意見には同意だ」
などとふざけたことを抜かすネロ・カオス。
令呪を使っていなければこいつは私を殺す。確実に。
それを改めて認識した。
「それでどうするつもりだ?」
ぞろり、ネロ・カオスの体から獣が湧き出る。
獣たちが女ににじり寄る。
「もっとも、逃がすつもりもないが」
獣が一斉に飛び掛る。
しかし女は何か呟くとそこから姿を消していた。
「ほぅ・・・転移の魔術とは・・・」
ネロ・カオスが感心したように呟く。
「だがあの魔力残量では転移した後、数時間も現界できまい」
そういいながら死体に近づく。
死体がネロ・カオスに吸い込まれ、ぱき、ぐしゃなどと租借する音が聞こえてくる。
わたしはそれらを呆然と見ていた。
「マスター、喜べ。どうやら1つ目のクラスは片がついたぞ」
そういって奴は笑った。
それは吐き気がするほどおぞましい笑みだった。

さすがに疲れたので今日はもう寝ることにした。
1度にいろいろ起きたせいもあるが。
自分のサーヴァントのことを考える。
クラスはアーチャーと名乗っていた。
そしてその正体は死徒二十七祖の十、ネロ・カオス。
その体は666素の獣の因子を混濁させて出来ている。
不死の中の不死。
どうやって死んだのかは知らない。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
次に殺された男について考える。
マスター殺しにあった男。
たぶん、殺したのは・・・あれはキャスターのサーヴァントだろう。
ダサい紫のローブ着込んでる奴なんてそれ以外ないだろう。
だがマスターを失ったサーヴァントは現界していられない。
キャスターはここで脱落だろう。
そんなことを考えているうちに眠気が増してきた。
ああ・・・先行きが不安だ。

「あー・・・もう朝か。」
まるで眠った気がしない。
「・・・これは半分以上もっていかれてるわね」
魔力が完全に回復するまで1日はかかるだろう。
「・・・今日は慣らし運転ということにしよう・・・」
むくりと起き上がる。
着替えて居間に向かう。
あー・・・そういえばあのままか・・・
魔力の暴走でめちゃくちゃになった居間。
それを考えるだけでも頭が痛い。
だから居間に入ってびっくりした。
「・・・直ってる」
めちゃめちゃになった居間は元通りになっていた。
「お目覚めのようだな」
ソファーに陣取り紅茶を飲みながらネロ・カオスが話し掛けてきた。
「これ、あなたが?」
「いかにも。些か見苦しかったものでな」
そういいつつ紅茶を飲む。
「・・・それは?」
「これか。なかなかよい葉があったようなのでな」
それは私のだ。
そんなことを言ってもこいつは言うことを聞くとは思えないが・・・
「マスターも飲むかね?」
「・・・飲む」
なれた手つきで紅茶を入れていく。
これが死徒二十七祖の1人かと思うと複雑な思いだが事実とはそんなものだろうと無理やり納得させる。
「それで、今後どうするのかね?」
紅茶を入れながらそんなことを聞いてきた。
「そうね・・・とりあえず今日は私の魔力がまだ回復してないから街の案内だけするわ」
ふむ、とネロが頷く。
「それとあなたの事だけどアーチャーと呼ばせてもらうわ。まぁ意味はない気がするけど」
「なるほど。私は特にかまわん」
そういいながら紅茶の入ったカップを渡してきた。
それを一口飲んで驚く。
へぇ・・・
「意外そうな顔をしているな、マスター」
さすがに顔に出たのかそんなことをいってきた。
「私とてなにも人ばかり食っていたわけでもない。たまにはこういう嗜好品も口にしていた」
これはたまに、とかそういうレベルではない気もするが・・・。
もしかして紅茶、好きだったのだろうか。
ネロ・カオスの入れた紅茶はおいしかった。
それも私が入れるより。
紅茶を飲み終えて一息ついたところで出かける準備をする。
「あー・・・あなたも着替えないとね」
さすがに目立ちすぎる。いろいろな意味で。
「その必要はなかろう」
「なんで?」
「サーヴァントとは霊体。魔力供給で実体化しているのだ。その供給をきれば姿を消すことも出来る」
それに、とネロ・カオスは続ける。
「この身はサーヴァントとはいえ元は吸血種。日の光を浴びれば即座に消滅するとまでは行かずとも支障が出よう」
そうだった。
吸血鬼、それも死徒と呼ばれるものは日の光に弱い。
なんでも遺伝子の劣化が激しくなるらしく体を維持できなくなるらしい。
それを維持するために他者から血液を取り遺伝子の形を覚えなおすとか。
まぁ、聞いた話なので合っているかどうかは分からない。
どちらにせよ日の光には弱い。
だから居間のカーテンが閉めきられているのかと納得した。
しかしそれは・・・
「ものすごく不利な条件なんじゃない?」
と声に出してしまった。
「なるほど。マスターの不安はもっともだ」
ふむ、と頷きネロはおももろにカーテンを開け放った。
「ちょっと!」
思わず抗議の声を上げる・・・が。
「やはりな・・・サーヴァントは霊体ゆえ肉体に影響は出まい」
ってさっきこの身は吸血種云々いってたでしょーーーーと吠える寸前で
「だが、肉体に影響はないが精神に影響が出る」
ということを言われた。
「どういうことよ?」
「つまり私の吸血種としての精神が日の光を浴びることによりどうしようもなく眠りにつきそうになる。眠いということは反応が鈍るということだ。そうだな・・・ランクが1つ落ちるといったところか。それと―――」
「それと?」
「私は元々夜型ゆえ、昼は眠い」
「・・・」
世の中には知らなくてもいい真実というのが山ほどあると思う。
例えば不死の中の不死と恐れられた奴が元は夜型人間だったとか。
紅茶好きだったとか。
ああ、明日つかえる無駄知識だ。
誰もわかんないだろうけど。
「まぁ、いいわ。とりあえず街に出るから」
なんだか出かける前にどっと疲れてしまった。


いろいろ説明しながら街を歩く。
そしてここにたどり着いた。
「ほぅ・・・ここは・・・」
ネロ・カオスは何かに気がついたようだ。
「そう。ここは10年前の聖杯戦争の最終決着の地よ」
10年前に起こった火事。
聖杯戦争の余波でこのあたり一帯は焼き尽くされた。
生存者はほとんどいなかったと聞く。
「なるほど・・・この場所は我が身と同じ感じがするのはそのせいか」
混沌。
なるほど、確かにそうかもしれない。
ここは怨念とかそういうものが渦巻いて1つの場となっている。
と―――
「痛っ・・・」
右腕に刻まれた令呪が痛む。
これは・・・
「―――誰かに見られている」
「ほぅ・・・私には何も感じられないようだが」
「なら・・・マスターね。サーヴァントはサーヴァントの気配が分かるというけど、どう?」
「残念ながらこの近くにサーヴァントはいないようだ。マスターが単独で動いているかもしくは―――」
「もしくは?」
「まだサーヴァントを呼び出していないマスターだということだ」
なるほど、そういう考えもあるか。
「それでどうするかね?」
「・・・どうもしないわ。向こうから仕掛けてこないのなら放って置きましょう」
そして公園を後にする。
令呪の反応は少し気になったけどこちらも万全ではない。
闇雲に仕掛ける必要はないだろう。

最後にたどり着いた場所。
新都で一番高いビルの屋上。
「ここからなら街を一望できるわよ」
ネロ・カオスが実体化する。
「なるほど。これでだいたいの位置関係は把握した」
そういいながらネロは体から獣を取り出し放った。
「? 何してるの?」
「この街中に私の使い魔を置いておけば他のマスターの動きもつかみやすいだろう」
なるほど、それは便利だ。
「それじゃ今日は―」
もう帰ろうかと言おうとして止まった。
「どうした?」
「・・・なんでもないわ。そろそろ帰りましょう」
そう、なんでもない。
私を見ている奴がいたということは。
別に私を見ていたわけでもないだろうし。
あの距離で見えるわけがないのだから。
そしてビルを後にした。


目が覚める。
1日たったおかげで魔力は完全に回復したようだ。
着替えて居間に入って。
そこでとんでもないものを見た。
「む」
こちらに気がついたのかそんな声を上げるネロ。
「・・・」
「・・・」
沈黙が重い。
「・・・あのさ、一応聞くけどなにやってるの?」
「見て分からぬか?」
うん、よく分かる光景だ。
ネロは子犬にミルクを(それもたぶん暖めたであろう)与えていた。
なんだか頭痛がしてきた。
「なに、忘れていたが昨日から何も食べてはいないと思ってな」
いや、そんなことは聞いていない。
なんかこう、こいつホントにあの、ネロ・カオスなのだろうかと。
少なくとも子犬にミルクを与えるような奴だとは聞いた覚えがない。
「・・・まぁ、いいわ」
そしてテーブルの上を見てさらに驚く。
そこにはサンドイッチが用意されていた。
「えーと・・・これは?」
これも一応聞いてみる。
「私とてなにも人ばかり食っていたわけでもない。たまにはこういう嗜好品も口にしていた」
なんか昨日もその台詞は聞いたような気がする。
試しに一口食べてみる。
・・・うまかった。


「ふむ。私の頃とはだいぶ学校とやらも変わったものだな」
「・・・んなわけないでしょ」
朝食をとった私は学校にきていた。
朝は食べない方だが軽めの朝食はうまかった。
そして学校についたわけだが・・・
「結界・・・張られてるわね」
まぁ、そういう状況だった。
「これはまだ発動していないようだな。・・・というよりも発動までまだ時間がかかるようだ」
ネロの言葉に頷く。
「学校を神殿に見立てて場として魔力を吸収しながら発動を待つ種類の結界か・・・」
「なるほど。つまりここに他のマスターがいるということか」
しかしそうなると一体誰だろうか。
たしかにこの学校には他にも魔術師がいる。
しかし・・・
「私の知らない魔術師がいるってことか・・・」
そうなると探すのは難しいだろう。
私はこの学校で知らない魔術師を探知したときがない。
つまりは魔力を隠しているということになる。
それも完全にだ。
一瞬、学校外の奴が結界を張ったのかとも考えたがそれはまずないだろう。
確かにこの結界は魔力を吸収する類のものであるが学校に仕掛ける意味はない。
これほど派手に結界を仕掛ける意味がないといった方が正しいか。
意味があるとすれば自らを有利にするための戦いの場。
つまり一日の大半をここで過ごしているということだ。
結界が発動すれば他のサーヴァントやマスターにもこの中なら多少なりとも影響が出る。
「・・・気に入らないわね」
何もかも気に入らなかった。
結界が発動する、そうなれば魔力回路を持たない人間はどうなるかそれを考えているのかいないのか。
自分の保身を考えるなら学校などに来ないで家で震えていればいいものを。
見せ付けたいのだ、この結界の主は。
臆病なくせに力を持って増長しているのだろう。
「・・・今日の夜。嫌がらせするわよ」
私の言葉にネロはクッと笑った。
その笑いを肯定と受け取り私は校舎へ向かった。

そして夜。
結界の種類は割れている。
というより向こうに隠すつもりがない。
「ちっ・・・まずいわね」
結界の基点。
その技術は私も知らないものだった。
「通ってる魔力を消すことは出来るけど、術者がまだ魔力を通せば復活してしまう、か」
やっかいだなーと呟きながら魔力回路を開く。
まぁ、魔力を消すだけでも嫌がらせにはなるだろう。
「―Anfang」
そして魔力を消そうとしたとき
「なんだ。消しちまうのか。勿体ねぇ」
という声が聞こえた。
咄嗟に立ち上がり振り返る。
給水塔の上、青い獣がこちらを見下ろしていた。
そしてその内包する魔力は桁違い―――
「サー、ヴァント」
知らず呟いていた。
「ほー・・・それが分かるってことは嬢ちゃんは敵ってことだな」
給水塔からそいつが飛び降りてくる。
その手にはいつの間にか紅い槍が握られていた。
「―――!!」
やばい、と感じたときには体が動いていた。
つい先ほどまでいた空間には紅い槍が突き出されていた。
「いい動きだ、嬢ちゃん」
感心したようにそいつはいう。
「ネ・・・アーチャー!!」
その声にネロは実体化する。
「いいねぇ、そうこなくっちゃ。話の早い奴は嫌いじゃない」
現れたネロに槍を向ける。
それを見てネロは口を開く。
「なるほど、ランサーのサーヴァントか」
「如何にも。そういうアンタはアーチャーって言ったか? ・・・ふん、弓兵には見えないな」
それを聞いてネロはククッと笑う。
「弓を使うから弓兵とは限るまい。本来ならばイレギュラーなのだよ、私は」
「へぇ・・・」
ランサーはニヤニヤとしていた表情から真顔になる。
「そうかい」
そういった瞬間、ランサーは消えた。
いや、消えたように見えただけだ。
次の瞬間にはネロの目の前―――
「む」
ネロがその姿を確認したとき、そいつは言った。
「じゃあな」
目に捉えられぬほどの勢いで繰り出される槍の滝。
一瞬でネロは蜂の巣のようになっていた。
「は? もう終わりか」
拍子抜けしたような感じでランサーが呟いたその時
「それはこちらの台詞だ、槍兵」
ぼそり、とネロが告げた。
「な、に」
ランサーを横から巨大な口が襲う。
「くっ」
その口に槍を突き刺し―――そして後ろから獣の角が襲う。
屋上に低い笑い声が響く。
そこは既に、ありとあらゆる獣に埋め尽くされていた。
獣たちが槍兵に襲い掛かる。
倒しても倒しても獣は尽きることなく湧きつづける。
「ちぃ!」
ランサーは舌打ちすると再び給水塔の上に飛ぶ。
満身創痍のネロは未だ笑いつづけていた。
片腕がなく、頭の半分がなく、心臓の位置には大穴が開いておりその体は穴だらけ。
にもかかわらずネロは死ななかった。
「どうした? 槍兵。私を殺すのではなかったのか?」
「貴様・・・何者だ」
ランサーの声から余裕が消えていた。
相手は殺しても死なない化け物なのだから―――
「そういう貴様は分かりやすいな。ランサーは最速の英雄が選ばれるというがその中でも貴様は選りすぐりだろう。まして獣に勝る敏捷さを持つものなど1人しかおるまい」
それを聞いたランサーの雰囲気が変わる。
「―――ほう・・・よく言った、アーチャー」
ランサーが構える。
その構えには一部の隙もなく―――
「ならば食らうか、我が必殺の一撃を」
殺気が満ちる。
ランサーの持つ槍に魔力が吸い上げられる。
「止めはしない。私を殺せるものならやるがよい」
ネロは動かない。
だがその殺気は先ほどまでの比ではない。
双方の殺気で全てが凍りつく。
そしてその殺気が弾けるその瞬間、ランサーが槍の構えを解いた。
「ちっ・・・邪魔が入った」
そう言った時にはランサーの姿はもうなかった。

「邪魔? 何のことかしら?」
私が不思議に思っているとネロが近づいてきた。
その姿は満身創痍ではなくいつもどおりに戻っていた。
「邪魔というのはあれだろう。先ほどの戦いを見られていたということだ」
「な―――」
迂闊だった。
2人の戦いに気を取られて周りのことに気がつかなかった。
「まずいわ。だとしたら・・・」
「ランサーは目撃者を消しに行ったのだろう」
そう。
それは間違いないだろう。
「・・・追うわよ」
その言葉にネロは動かない。
「なにしてるの!」
「何故、追う?」
と、ネロが問う。
「魔術師ならば分かるだろう、目撃者は消さねばならない。その手間が省けるのだ。追う必要はあるまい」
魔術師は正体を知られたら目撃者を消す。
それは分かっている。
しかし―――
「・・・それは正しいのかもしれない。でも私はそんなことは認めないわ」
これは私の弱点になるだろう。
いつかきっと身を滅ぼすだろう。
それでも譲れないものがある。
その答えにネロはクッと笑う。
「・・・なるほど、我がマスターは魔術師にしては珍しく人格者なのだな。・・・よかろう、人に使われると決めたのでな。その程度の酔狂は付き合おう」
メキリ、と音がしてネロの背に翼が現れる。
「どうやら我がマスターは強運のようだ。こうも都合よく望むものが出てくるとはな・・・さぁ、私に掴まれ」
私はその言葉に頷きネロの体に掴まる。
「では行くとするか」
ばさりとネロが羽ばたく。
そして夜空に飛び立った。



つづく?



あとがき
駆け足ですがまだプロローグ終わってないですね。
次は士郎の話になるかな。

3: LOST (2004/04/06 12:49:23)[lost at olive.freemail.ne.jp]

夢を見ている。
ああ、これはいつもの夢だ。
それは呪い。
奴らにできるのは呪うことだけ。

―――死ね、と

だがそれだけだ。
奴らには何も出来ない。
恐ろしい夢ではある。
だが夢は所詮夢。
それだけだ。
夢は移り変わる。
次に見たのは赤い地獄。
見慣れた街は廃墟のようだった。
空が赤く、夜なのに太陽があった。
黒い、黒い太陽が。
気がつけば周囲で生きているのは自分だけだった。
自分の回りにあるのは黒焦げになった人、人、人、人―――
その中で自分だけ生きているのが不思議だった。
それほどの地獄だった。
歩き出してしばらくして倒れた。
倒れたまま空を見上げた。
黒い太陽はもう見えない。
ただ、重い鉛色の雲が見えるだけだ。
体はもう動きそうもない。
左手を空に伸ばす。
そして―――

そして唐突に意識が覚醒した。

「あー・・・」
体が痛い。
無理な姿勢で寝ていたせいだろう。
見回すと当たりは真っ暗だった。
自分の場所が一瞬わからなかったが、目の前に分解されたストーブ。
そうだった・・・弓道場を掃除してるときにストーブつけようと思ったんだっけ。
んで故障してる奴があったからそれを修理してる途中で眠った、と。
手早く分解されたストーブを元に戻すと埃を払って立ち上がり、後始末をして道場を後にする。
外に出てぶるりと身震いする。
はぁ、と吐く息が白い。
冬木の町は冬でもそう寒くはならないが今日に限って冷え込んでいた。
「―――」
ざわり、と何かの音がした。
音の死んだ静か過ぎる夜に満ちる死の気配。
一瞬それが―――
―――あの赤い地獄を連想させた。
ぶるっと頭を振ってそれを打ち消す。
「嫌な夜だ・・・」
ふと、そんな言葉が口を出る。
その言葉に自分で驚く。
まったく今日はどうかしている。
それもあんな夢を見たせいだろう。
人気のなくなった校舎を横切り校門へ向かう。
「――――――」
何かが聞こえる。
そう、これは例えるならば―――
獣の咆哮。
唐突に光が差し込む。
「なんだ。暗いと思ったら月が隠れていたのか」
そして振り返り月を見て―――そこで何かを見た。
学校の屋上で蠢く何かを―――
目に魔力を通し視力を強化する。
「なんだよ、あれ・・・」
そこでとんでもないものを見た。
屋上に溢れる獣の群れ。
そしてその獣をなぎ払う青。
ここからでも分かるその殺気。
本能が告げる。
アレは関わってはならないものだと。
ここから離れよう。
今すぐに。
ここにいれば、死ぬ。
そう思ってここから離れようとしたその時
―――空気が凍った
頭の中で警報が鳴り響く。
強化した視力は青い人影を捉える。
一瞬、そいつと目が合った気がした。
そして凍りついた空気が融けた。
やばい、と思った。
青い人影は俺を見て笑ったのだ。
走る。
このままでは殺される。
「よう」
唐突に、声がかけられる。
だが止まれない。
止まったら死ぬ。
「そんなに慌ててどこに行くんだ?」
声がついてくる。
そんなものはかまわない。
住宅街を駆け抜ける。
そして家にたどり着く。
だが家の門をくぐると同時にがらんがらんと音がする。
この家に張られている結界だ。
つまり―――
「なんだ、鬼ごっこはもうおしまいか?」
時代錯誤も通り越して冗談としかいえないような格好をした男がそこにいた。
その手に持つのは凶器。
ああ、なんでこんな人気のないところにわざわざ逃げ込んだんだ!
「割と遠くまで走ったな、オマエ」
親しげにそいつは語りかける。
これは人間ではない。
魔術師として未熟な自分でもわかるほど桁違いな魔力量。
「逃げられないってのはオマエ自身がよく分かってたんだろ? なに、やられる側てっのは得てしてそういうもんだ。別に恥じることじゃない」
そして槍が持ち上げられ
「運がなかったな、坊主。見られたからには死んでくれや」
それが―――

―――死ね

あの声に聞こえた。
咄嗟に身をよじる。
「ぐぅっ・・・」
肩に灼熱感。
男はちっと舌打ちをする。
「苦しまないように一息で殺してやろうってんだ。無駄に足掻くな」
肩に突き刺さった槍を引き抜きながら面倒くさそうに男が言う。
落ち着け、落ち着け、落ち着け!
ここでは駄目だ。
武器、せめて武器になるものが―――
「っっっっ」
ドアをぶち破り家の中に入る。
割れたガラスが体に刺さるがそんなもの今は無視だ。
なにか、武器になるもの―――
危険を感じその場に倒れこむ。
頭上を通過する槍の穂先。
「へぇ・・・」
男が感心したように呟く。
だがそんなものにかまっているだけの余裕はない。
這うようにして家の奥へ向かう。
ふと、土蔵に木刀があるのを思い出す。
今は、それしか―――
「どこに行くんだ?」
涼やかな声。
見上げるとそこには奴が立っていた。
「追いかけっこはもうおしまいだ」
そう言って槍を構える。
もう、避けられない。
「じゃあな」
槍が繰り出される。
走る銀光。
その速度は稲妻。
躱そうとする試みは無意味だろう。
それが稲妻である以上、人の目には捉えられない。

ああ、奴らの声がする。
死ね、と

そして槍は容赦なく心臓を貫いた。



interlude

飛び交う閃光。
がしゃっと砕ける音。
その度に起こる浮遊感やかかる負荷。
まったくこれは予想外だった。
「―――Vier Stil Erschiesung・・・・・・!」
わたしたちに襲い掛かる骨の兵士。
それを魔術で払い、がしゃんと骨が砕ける。
ネロが片腕を魔獣の腕としそれを振るう。
しかし―――空には私たちを囲むように骨の群れ。
そしてそれを従えているのは―――
「ほう、未だ消えずにこれほどまでの力をつかえるとはな。―――魔術師よ」
サーヴァント・キャスター。
私がネロを召喚してすぐに現れた敵。
だがキャスターのマスターは他ならぬキャスター自身の手によって殺された。
マスターが死ねばサーヴァントは消える。
この化け物のような私のサーヴァントですら現界していられないだろう。
ましてキャスターのクラスならばもって数時間・・・
「―――新たなマスターとの契約」
そう、それしかないだろう。
キャスターが薄く笑う。
「ええ、そうよ。おかげでこうして現界していることが出来る」
しゃらん、とキャスターは杖を振る。
「でもさすがに危なかったわ。あなたのサーヴァントの攻撃で私は空間転移を使ってもう少しで消えそうになったんですもの」
キャスターの魔術が繰り出され、私たちを撃ち落さんと迫り来る。
「だからお礼をしておこうと思ってね・・・気に入ってくれるかしら?」
圧倒的な魔力―――これがサーヴァント・キャスター
ネロは骨の兵士を砕きながら飛び交う魔術を回避する。
そんな曲芸飛行をされたのではたまったものではない。
私はネロの腕に掴まっているだけなのだ―――
「ちょっ・・・なにか反撃できないの!?」
私の叫びにネロはふむ、と思案する。
「知っているとは思うが我が体は666素の獣の因子で出来ている、が」
襲い掛かる骨の兵士を砕きながらネロは続ける。
「何が出るのかは出してみないことにはわからない」
そう言ってネロは獣を展開させようとして―――
「その中でも飛行能力を持つものとなると・・・ふむ」
ぼろぼろと大量の獣が落下していった。
なんだか頭痛がしてきた。
「アハハハハハハ。それがあなたのサーヴァントの能力というわけね」
キャスターの笑い声が最高にむかついた。
「―――Vier Stil Erschiesung・・・・・・!」
私はキャスターに向かって魔力を撃つ。
だがそれは難なく弾かれ、お返しとばかりにその10倍以上はある魔力をぶつけてくる。
「あなたのサーヴァントの事、調べさせてもらったわ。吸血鬼の死徒二十七祖の十、ネロ・カオスと言うらしいわね」
キャスターは攻撃の手を緩めることなくそんなことを言う。
まぁ・・・ばれるでしょうねぇ・・・
正体がばれるのは時間の問題というか・・・。
なにしろ攻撃手段があまりに特殊すぎる。
「死徒二十七祖で不死といわれた存在だろうと滅ぼされた。所詮はその程度の小物だったというわけね」
その言葉に私はぞくり、と寒気を覚えた。
違う。
言葉にではなく、私と共にあるネロの気配に―――
「ほう―――」
ぽつり、とネロが呟き―――そして空気が凍りついた。
今まで笑っていたキャスターですらその笑いを引きつらせた。
「よかろう、それほどまでに我が力を見たいというのならば止めはしない」
ネロと翼が分離し、その背に立つ。
翼の主は―――グリフォン。
幻想種―――
だがそんなことはどうでもいい。
そう、この殺気に比べればどうでもいいことだ。
「だが魔術師よ、貴様如きが私を侮るだと」
びしり、と音がする。
気が付けばネロの体に走る無数の亀裂。
「その思い上がり―――万死に値するわ!!」
咄嗟にネロの体から手を離し、グリフォンの背に掴まる。
「我が名はネロ。朽ちず蠢く吸血種の中にあって不死身と称された混沌―――」
びしり、と亀裂は広がる。
「―――This body is a closed paradise  この身は閉じた楽園なり―――」
―――武装。
ネロの身体が砕け、塗り替えられてゆく。
その姿はまさに化け物―――血と闇で塗り固められた殺戮者だった。
もしネロに掴まったままであればあの混沌に巻き込まれたかもしれない。
「■■■■■■■■■―――」
ネロが咆哮を上げ、同時に全ての骨の兵士が砕け散る。
「なっ―――」
驚愕に顔を引きつらせるキャスター。
なんの加工もしない、魔力の放出。
それだけでキャスターのゴーレムを消し去ったのだ。
ネロがグリフォンの背からキャスターに跳びかかる。
キャスターがネロを迎撃すべく魔力を叩きつける。
だがその全てが混沌の前に消滅する。
なんて―――出鱈目な強さ。
あの姿はおそらくネロの身体を構成する666素の因子を1としたモノ
その強さはかの真祖にも匹敵するのではないだろうか
「くっ―――」
キャスターは杖を振り、何かを呟くとその場から消えた。
一瞬遅れてネロがキャスターに向かってその腕を振るうが既にキャスターの姿はそこにはない。
ネロはそのまま地面に向かって落下してゆく。
その落ちる先を見て―――驚いた。
フラッシュのように光る閃光。
濃密な魔力の臭い。
「まさか―――サーヴァント!」
それはサーヴァント同士の戦闘だろう。
だとすればアイツは―――
慌ててグリフォンにまたがる。
あーそういえばスカートなんだっけなーとか思うが今はそれどころではない。
「ちょっと! あんたの本体が落ちるんだから追いかけなさい!」
その叫びにグリフォンはちらっと私を見て。
ぷいっと前を向いた。
「―――っっっ」
すっごい馬鹿にされている気がする。
いや、絶対馬鹿にしているのだろう。
「へぇ、そういう態度に出るんだ。分かったわ。それなら―――」
ぶちり、とグリフォンの毛をむしった。
「言うことを聞くまであなたの毛をむしり続けるわよ」
その意味が分かったのかグリフォンは私を見ると嫌々そうにネロを追う。
―――超微速で。
なにかが私の中で何かが切れた。
―――あーお父さん。私、最低のサーヴァントつかまされました。
そんなことを思いながら宝石を取り出して―――
「さっさと行けーーーーーーーーーーーー」
呪文省略、グリフォンの尻のあたりに電撃を食らわせる。
もちろん自分に電気が流れないようにそれなりに防御済みだ。
幻想種とはいえ流石にこれは効いたのだろう。
グリフォンは滑空しながらネロを追いかける。
ああ―――こんなことに10個しかない取って置きの宝石使うなんて―――
夜空を飛びながらそんなことを思う一方で身体が変調をきたす。
「・・・まずいわね・・・」
ネロの落ちたあたりを見ながら私はぽつりと呟いた。

interludeout



びしゃっと血が流れる。
その勢いは滝のようで身体の血が全て流れ出るようだ。
「あ―――く」
知っている。
この感じ。
全てがなくなっていく感覚。
10年前に1度味わった。
「ごっ―――」
血が吐き出される。
死の臭い。
それは―――

―――死ね

アレと同じ臭い。
ふざけている。
あんな夢と同じモノに負けるなど。
怒りが込み上げる。
心の奥の黒いものが渦巻く。
ふざけている。
この身体は10年前に死んだというのにもう1度殺されるというのか。
こんな所で意味もなく、何を成す事もないままに!
「ふ・・・ざけるなっっっ!」
ごぼり、と口から血が零れ落ちる。
どさり、と背中から倒れる。。
怒りで頭がうまく回らない。
―――この身体はこんな所で意味もなく殺されるためにあるものではない―――
だが体の感覚がない。
何も感じない。
死という呪いと悪夢が絡みつく。
だというのに、左手だけが熱かった。
熱い。
まるで焼き鏝を当てられたように熱い。
10年前のように体は動かない。
それでも、救いを求めるように左手を伸ばす。
俺の魔力回路が開く。
おそらく身体が勝手に魔力で傷ついた器官を補強して体を維持しようとしているのだろうが魔術刻印もない俺の回路では無理だろう。
まして破壊されたのは心臓。
どう足掻こうと死の定めから逃れることはない。
だが何故、この体は死に体だと言うのに―――
こうも力が沸いてくるのか―――
ざくんざくんと体から剣が突き出る感覚。
まるで身体が剣そのものになったような―――

血溜りがごぼり、と音を立てたような気がした。

悪夢が消える。
視界が閃光に包まれる。
「なに・・・!?」
俺を殺した男が驚愕に顔を歪ませていた。
それは時間にすれば一瞬のことだったのだろう。
俺の心臓から流れ出た血が作る血溜りの中からそれは現れた。
光と共に現れたそれは目の前の男に襲い掛かった。
一閃、閃光、爆発音。
男が構えた槍ごと吹き飛ばされる。
そう、ただの一撃で。
がしゃ、と重い金属の音。
体を起こす手には金属の小手。
「マスター」
という声。
白金の髪に漆黒の鎧。
黒いマスクをしているため顔はわからないが少女の声だった。
「サーヴァント・セイバー。召喚に応じ参上しました」
どくん、と死んだはずの心臓が脈打つ。
気がつけば体に力が戻っている。
「―――これより我が身を剣とし貴方と共にあろう。貴方の運命は私と共にあり―――ここに契約は完了した」
月の光が差し込む。
気が付けば縁側の廊下まで来ていたらしい。
月の光に照らし出されたその姿は禍々しく、同時に美しかった。
「マスターはここにいてください」
そう言うと少女は立ち上がり廊下の奥を見据える。
その奥には獣のような目をした男が槍を構えている姿があった。
「・・・驚いたな。まさかこんな展開になるとは思わなかったぜ」
どこか嬉しそうに男は言う。
「しかもセイバーか。相手にとって不足はない!」
男の姿が掻き消える。
だが少女には見えていたのだろう。
手にした剣を振り男の槍を弾き飛ばす。
ドンッという爆発音と共に縁側のガラスが砕け散る。
二人はそのまま庭へ飛び出す。
一閃、二閃と少女が剣を振るい男がそれを防ぐたびに爆発が起きる。
それがなんであるのは俺にもわかった。
アレは視覚できるほどの魔力の猛りだ。
少女の振るう剣にはとんでもないほどの魔力が込められている。
「ぐぅ・・・!!」
男が歯を食いしばりその猛攻に耐える。
剣を振りぬいた後の一瞬の隙をつき男の槍が迫る。
だがその一撃も返す刃によって弾かれそのまま男に肉薄する。
セイバーと名乗った少女は明らかにあの男を押している。
「―――調子に乗るな!!」
振り下ろされた剣を全力で弾き返し男は後ろに跳躍した。
「っ―――」
少女もその一撃の勢いを殺しきれず僅かに後ろに下がる。

爆音の響いていた庭に静寂が訪れる。
両者の間合いは大きく離れお互いの隙を見逃すまいと凝視している。
「どうしたランサー。止まっていては槍兵の名が泣こう。そちらが来ないのなら、私が行くが」
刺すような殺気を放ちながら少女が誘う。
「・・・は、わざわざ死にに来るか。それは構わんが―――」
男・・・ランサーと呼ばれた男は槍を僅かに下げた。
それは戦闘を止める意思表示のようでもある。
少女は動かない。
ランサーの真意を掴みかねているのだろう。
「ここは1つ、停戦というか同盟を組まないか?」
それに少女は薄く笑え答える。
「何を馬鹿なことを。何故そのようなことをしなければならない、ランサーよ」
ランサーは空を見上げ―――
「化け物が来る」
と告げた。
動いたのは同時。
空から落ちてきた何かに向かって男は槍を突き出し少女は剣を振るう。
「■■■■■■■■■―――」
大気を震わせる咆哮。
それだけでかかる重圧感。
向けられた刃を躱すこともなくそれは着地した。
クレーターのようにへこむ地面。
何の防御もしていないはずなのに吹き飛ぶ少女とランサー。
さざっと少女は踏みとどまり剣を構えそれに突進する。
見れば既にランサーはそれに向かっている。
閃光のように繰り出される槍を右腕を振るい弾き返す。
反対側から切りかかる少女を振り返りもせず左腕で応戦する。
それはまさに死、そのものだった。
素人目にもあの2人が桁違いに強いことは分かる。
だがそれは、強いとかそういうレベルのものではない。
「■■■■■■■■■―――」
負ける。
あの2人はこのままでは負けるだろう。
徐々にその攻防はそれが攻撃し、2人が守るだけになっている。
そして崩壊が訪れる。
その攻撃に耐え切れなくなったランサーが吹き飛ばされ、それが少女に向き直る。
「くっ―――」
それの両腕から繰り出される猛攻を歯を食いしばりながら防ぎ―――そして弾かれた。
生まれた隙は一瞬。
しかしそれが絶望的な一瞬。
それの腕が、少女の身体を捕らえ、握り締める。
ぎしり、とそれの腕に力がこもる。
だが―――
「―――刺し穿つ ゲイ―――」
それの背後には槍を構えた男の姿。
強い魔力の込められた言葉。
「―――死棘の槍 ボルク―――!」
紅い閃光がそれに向かって伸びる。
ざしゅり、と槍はそれの身体を貫通した。
しかし―――
それはそんなものなど何も感じていないように少女を握る腕に力を篭め始めた。
「なん、だと―――」
ランサーが驚愕の声を上げる。
恐らくそれがランサーの必殺の一撃だったのだろう。
「心臓が―――ない」
呆然とランサーは呟く。
その間にも少女を握り締める手に力がこめられる。
「ぐっ・・・」
みしみしと少女の鎧が軋む。
あと数瞬で鎧が砕けるその時、空から聞こえる声があった。
「戻りなさい、アーチャー!!」
停止。
同時にそれの身体に無数の亀裂が生じる。
亀裂の間から覗くのは深い闇。
その身体が砕け、少女が地面に落ちる。
「っ―――」
ふらつく身体に活を入れ少女の元に駆け寄る。
「大丈夫かっ」
よろめきながらも少女は身を起こし剣を構える。
「マスター、まだ離れていてください。ここは危険です」
いつの間にかマスクが外れ、その目と合う。
赤い瞳。
ざっと足音がし、そちらを見ると青い槍兵が隣に立っていた。
「―――お前!」
「今は何も言うな、坊主。はっきり言ってそれどころじゃねぇ」
そう言ってランサーは槍を構える。
その視線の先には闇を纏った男。
「ここは引いてくれるかしら?セイバーとランサー。悪い話ではないと思うけど?」
ばさり、と音と共に先ほどの声が聞こえた。
空を見るとそこには何かに乗った―――
「遠坂?」
「こんばんは、衛宮君。お互い、いい夜ね」
遠坂凛は物騒な笑み―――いや、ものすごくにっこりしていたのだが、それに何故か寒気を覚えたりした。

「引け?と」
遠坂の言葉に少女が反応する。
ランサーも面白くなさそうな顔をしている。
「ふん・・・すっげぇ納得がいかないが俺は構わん。俺のマスターからも帰還命令が出てるしな」
つまらなそうに言い、ランサーが塀の上に飛び跳ねる。
「またな、セイバーとそのマスター。その化け物が来るまではなかなか面白かったぜ」
それだけ言い残して消えるように立ち去った。
残されたのは俺と遠坂、そして剣を構えたままの少女と謎の男。
「マスターよ。何故止める」
と、男が遠坂に問う。
「その話は後よ。今は話がややこしくなるから消えて頂戴」
不機嫌そうに遠坂が言うと男はふむ、と頷き姿を消した。
「なっ―――」
「とりあえず話をしましょう。そっちもいろいろ聞きたいだろうし私も聞きたいことがある。それまでは停戦ということでいいかしら?」
停戦?
何を彼女は言っているのだろう。
そもそも俺が遠坂と戦うなんて―――
だが彼女はずかずかと家の中に入っていってしまった。
「え―――ちょっと待て、遠坂!」
それを追いかけて俺も家の中に入る。
その少し後ろを剣を持った少女がついてくる。
なんか不思議な状況だ。
目の前にはずんずん進む学校のアイドル、憧れていた遠坂凛がいて後ろには無言でついてくる帯剣した少女。
状況から考えられることとしては遠坂凛も魔術師なのだろう。
そして後ろからついてくる彼女―――サーヴァント・セイバーって言ったっけ。
俺をマスターと言い、契約したということは使い魔の類なのだろうけど・・・どうみても人間だ。
それも明らかに主である俺よりも優れている。
そしてランサーと呼ばれた男も、目の前で消えた黒い男もおそらくは似たような存在なのだろう。
彼らは一体―――
「へぇ、結構広いのね。和風ってのも新鮮だなぁ。あ、衛宮君、そこが居間?」
なんて言いながら居間に消えていく遠坂。
「・・・」
考えるのはここまでだ。
あとは遠坂に聞くことにしよう。

遠坂は居間につくといろいろと聞いてきた。
俺が魔術師であることの確認、現在の状況をどこまで分かっているか、いつセイバーを呼び出したのかを。
「ふぅん・・・じゃあセイバーを呼び出すまでは1人でアイツとやり合ってたんだ」
「そんなわけあるか。一方的にやられ・・・」
そこである疑問に気が付いた。
「? どうしたの」
胸に手を当てる。
血で染まった服―――
「そうだ、俺は死んだはずだ。心臓を貫かれたのに・・・なんで生きてるんだ」
そう、あの瞬間に味わった死のイメージは幻ではない。
「―――ふうん・・・」
遠坂が何か考え込む。
「可能性としてはセイバーと契約したことかな? 中には主に影響を与える契約もあるということらしいし」
セイバーは何も言わず俺の後ろに立っている。
剣は下ろしているが遠坂に対する敵意は消えていない。
敵に教えることなど何もない、とその姿は語っていた。
「まぁいいわ。そのあたりのことは後で彼女から教えてもらいなさい。それで今の状況を説明しようと思ったけど―――」
そういいながら彼女は時計を見る。
時間は2時を過ぎたところ。
「さすがに今日はもう帰るわ。いろいろあって疲れたし。詳しい説明は明日するけどこれだけは覚えておきなさい。あなたは聖杯戦争というものに巻き込まれて命を狙われている、ということ」
真剣な顔で彼女が告げる。
それは真実なのだろう。
現に俺は一度殺された。
「マスターは7人。呼び出されるサーヴァントも7体。つまり6人のマスターと6体のサーヴァントがあなたを狙って殺しに来る」
「―――」
頭の中に遠坂の言葉が響く。
「生き残りたかったら軽率な行動はせずに彼女の言うことを聞きなさい。そうすれば大抵のことは切り抜けられるはずよ」
そしてもう1つと、と前置きをして
「あなたはもう逃げられない立場にあるということを自覚しなさい」
と、死刑宣告のように言い放った。
遠坂はそれを言うと立ちあがる。
「それではお休みなさい、衛宮君。また明日会いましょう」
そう言うと遠坂は立ち去った。
残ったのは俺と少女だけ。
「・・・セイバーって言ったよね」
はい、と彼女は答える。
「はっきり言ってまだ状況がよく分からないけど―――これからよろしく頼む」
そう言って手を差し出す。
「―――」
彼女は差し出された手を見て何か驚いたようにして、薄く微笑んだ。
「その身に令呪がある限り、私はあなたの剣となり敵を撃つ」
そう言いながら手を握り返してくれた。
その手を握りながら顔をそむける。
なんだかものすごく恥ずかしいような気がしてきたからだ。
「ではマスター。そろそろ休息すべきです。マスターも疲れているでしょうし詳しいことは私も明日話す事にします」
「・・・そうだな。正直くたくただ」
玄関のドアと縁側のガラスが壊れたままだがさすがにそれを直すだけの気力はない。
「ではマスター。よい夢を」
部屋で横になると急に睡魔が襲ってきた。
そういえば彼女はどうするのだろうか―――
ああ、使う部屋を教えておくんだったなと思いながら意識は闇に落ちた。



つづく?



あとがき
この話はいろいろパターン考えたんですけど結局こんなのに落ち着きました。
話の内容的に差はないけれど構成の順番というか・・・
それと本編であったながーい説明は端折りますのでご了承ください。
SSでそれをやると話が停滞するような気がするからです。
まぁ、作者にそれをうまく使うだけの力がないのが原因ですが・・・
ともあれこれで本編のプロローグのあたりは終了しました。

4: LOST (2004/04/08 20:06:34)[lost at olive.freemail.ne.jp]

「我がマスターよ」
衛宮の家を出ると奴が話し掛けてきた。
「一体何を考えているのだ。戦いを止めさせるなど正気とは思えぬが?」
ネロの言葉には怒りが含まれている。
下手なことを答えれば奴は私に襲い掛かるだろう、そんな気配がする。
「その前に1ついいかしら。キャスターとの戦いであなたがやったことを説明して頂戴」
「―――」
ネロの苛立ちが伝わってくる。
「・・・よかろう。あれは我が肉体を構成する獣の因子を1とし1つの獣を作り上げたものだ。我が唯一にして最強の武装」
やはり―――
それは私が予想したものと同じだった。
「やっぱりね・・・それについて話があるけど―――アレの使用を禁じるわ」
びしり、と空間に亀裂が入る。
ネロから立ち上る殺気は確実に私を狙っている。
「―――ほう、訳を聞こうか」
今にも飛び掛らんほどの殺気を放ちながらネロが問う。
納得いかぬ理由を答えた場合、命はないと思え
言外にそう告げている。
「魔力消費量の問題よ。あなたが生前、どれだけの魔力をもっていたのかは知らないけど今のあなたがあんなことをすれば2分ほどで魔力が底をつくわ」
ネロはあの混沌を維持するだけでもかなりの魔力を消費している。
その混沌を1とするなど消費する魔力は桁違いだ。
1とされた混沌は絶えず666素に戻ろうとする。
それを維持するために魔力を消費する。
そのおかげで私の魔力のほとんどがネロに持っていかれたのだ。
あの姿になれば限界はおそらく2分。
それでネロは魔力を使い果たして現界できなくなり、私は魔力の吸い上げられすぎで死ぬだろう。
しかも令呪を使うことで元に戻ったということはあの状態は暴走しているようなもので自我はないだろう。
令呪はあと1つ。
あの状態から元に戻すためにいちいち令呪を消費するのではいくつあっても足りない。
私の説明に納得したのかネロから立ち上る殺気が消える。
「なるほど。確かに今この身はサーヴァント。魔力が底をつけば現界できなくなろう。―――だが」
にやり、とネロが口を歪める。
「なければ他から持ってくればよい」
やはりそう来たか、と私は思った。
こいつの正体がネロ・カオス。
その時点で覚悟はしていた。
「―――それは人を襲って魔力を補充する、という意味かしら」
「いかにも。我が本性は吸血鬼。そしてサーヴァントとは霊体だ。故に食事とは魂ないし精神となる」
それは分かっていたことだ。
学校に仕掛けられた結界もそういう類のものだったのだから―――
勝ちたければ人を襲って力を奪え―――とネロが語っている。
だからここからが勝負だろう。
場合によっては最後の令呪を使いネロの自害を命じなければならない。
「―――言ったはずよ。そんな事は認めないし譲るつもりもないわ」
じり、と私は身構える。
奴は私をじっと見つめる。
そして口を開く。
「それがマスターの方針か?」
「・・・ええ、そうよ。それが私たちが戦うに当たって前提とする条件。一般人に被害を出すことは私が許さない」
ネロを睨み返しながらそう告げた。
奴は動かない。
吸血鬼、特にネロ・カオスにとってその条件は絶対に承服できるものではないだろう。
それでも負けることは許されない。
令呪を使って自害を命じたところで死ぬかどうかは疑問だが最悪、こいつを殺すために私が死んで魔力供給を絶たねばならないだろう。
今のネロの残存魔力では混沌の維持だけで限界のはずだ。
そこに魔力供給を絶てばこいつは確実に現界できなくなる。
それだけの覚悟をしていただけにネロの言葉に驚いたのだ。
「・・・よかろう、他ならぬマスターの方針だ。サーヴァントである私が口を挟むことではない」
「・・・へ?」
あんまりあっさりと答えたものだから私は一瞬呆然とする。
いや、あのネロ・カオスにしては素直過ぎないか?
「驚いたわ。絶対に反対されるものだと思ってたもの」
思わずぽろりと本音をこぼしてしまった。
その言葉にネロはクッと笑う。
「反対して欲しかったのか?」
「うっ・・・」
確かに反対されないに越したことはないけど―――私の決意はどこへ行けば!
「ふ、ふん。まぁいいわ」
ネロから顔を背けて私は歩き出した。
ちくしょう、なんか腹が立った。


interlude

自らのマスターの背中を見ながらネロは思う。
「・・・ええ、そうよ。それが私たちが戦うに当たって前提とする条件。一般人に被害を出すことは私が許さない」
正直なところを言えばそんな意見は聞き入れるつもりなどなかった。
だが口から出る言葉はまったく別のものだった。
「・・・よかろう、他ならぬマスターの方針だ。サーヴァントである私が口を挟むことではない」
何を馬鹿な、と自分で感じている。
吸血鬼に人を襲うななど人に水を飲むなというに等しい。
だが―――
自らのマスターの私を見る目
恐怖ではなく、強い決意をした目。
このような目を向けられたのは果たして何時以来だろうか、とネロは思う。
そのなんと眩しい事か―――
そんな考えが頭に浮かびネロは自嘲する。
―――馬鹿な、何をそんな人間的なことを、と
その一方で自らの行動に納得のいかぬ部分が多すぎるのもまた事実。
ふと、自らを殺した少年の目を思い出した。
真っ直ぐに、ただ殺すという意思のみが存在する瞳―――
そしてネロ・カオスという吸血種はその内包する世界ごと滅ぼされた。
そこであることに思い至る。
あの時殺されたのは―――思考停止
知らず身震いが起きていた。
そう、その可能性に気がついてはならない。
気がつけば全てが終わる。
身体を構成する獣達がざわめいている。
自分たちを統括するモノの迷いに呼応するかのように。
―――この身に迷いなどない。
目指すものはただ1つ、不老不死。
だがそれを求めたきっかけは何であったのか―――
いくら思考しても思い出すことが出来ない。
前を見ると真っ直ぐに歩くマスターの姿。
魔術師にもかかわらず人であろうとするその姿。
―――ああ、そう言えば、とネロは思う。
私はまだマスターの名を聞いていない、と

interludeout


「こんばんは」
唐突にそれは現れた。
夜に響く幼い声。
道の先に佇む黒い影。
くすくすと笑う少女と
―――その背後には異形
存在するだけで身動きが取れなくなるほどの威圧感。
「初めまして、リン。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば分かるでしょ」
「―――アインツベルン」
聖杯戦争のシステムを作った3つの魔術師の家の1つ。
古くから続く魔術師の名門―――
イリヤスフィールと名乗った少女は私が驚くのを見て楽しそうに笑っている。
そしてその笑顔のままで
「じゃあ、やっちゃえ。バーサーカー」
死の言葉を告げた。
「■■■■■■■■■―――!!」
巨体が飛ぶ。
ネロが腕を異形とし、それを迎え撃つ。
轟音。
「―――ぐ」
ネロが声を漏らす。
バーサーカーと呼ばれたそれが振るうのは剣というのも馬鹿馬鹿しいほどの岩の塊。
ネロは剣を腕で受けたまま獣を展開させた。
バーサーカーは距離を取り襲い掛かる獣を切り払う。
その隙を突きネロが突進する。
それに気がついたバーサーカーが剣を一閃させる。
ドン、とぶつかり合う異形の腕と岩の塊。
しかし押されたのはネロだけだった。
―――おかしい。
あれだけの力を見せていたネロがここにきて押されている?
巨人が縦横無尽に剣を振るいネロはそれを防いでいる。
バーサーカーは襲い掛かる獣を相手にしながらネロを迎撃しているのに対し、ネロはバーサーカーの剣を受けるだけになっている。
―――そうか。
ネロは生前、魔術師。
いくら死徒二十七祖といえども彼は接近戦には向かない。
それでも竜巻としか表現できないバーサーカーの剣を防いでいるのは流石というべきか。
だが―――
吸血種としての能力だけで受ける攻撃には限界がある。
受けきれなくなった剣がネロの肩を掠めた。
それだけでネロの片腕が吹き飛んだ。
「ぬ―――」
吹き飛ばされた腕はそのまま大蛇となりバーサーカーを襲うが剣風の前にそれも叩き落される。
―――まずい。
ネロの魔力が減ってゆく。
確かに彼は不死身だろう。
だがそれも魔力があってのこと。
本来ならば不死である存在がサーヴァントという枷によって不死ではなくなっている。
ネロは既に獣の展開を止めている。
獣が倒されるたびに魔力が消費されていく。
体内にはバーサーカーをも圧倒するほどの幻想種があるだろうが何が出るかはわからない。
それまでに魔力が尽きればアウトだ。
―――武装。
なるほど、接近戦が苦手なネロが編み出した唯一の武装。
だがそれを使わせるわけにはいかない。
今使えば10秒で魔力が底をつく。
既にキャスター・ランサー・セイバーと戦い魔力のほとんどが使われてしまっている。
並みのサーヴァントならこれだけの連戦はできまい。
だがいくらネロでも限界はある。
「■■■■■■■■■―――!!」
バーサーカーが剣を振り上げネロに叩きつける。
ネロはそれを受け私のところまで吹き飛ばされた。
ざざざっと音がし、私の隣で止まる。
その形相は憤怒。
本来の力があれば相手にすらならぬものに負けるという屈辱。
だが私にかける声はいつものように落ち着いていた。
「マスターよ、武装を使う」
ぼそり、と告げる。
「駄目よ。そんなことをすればあなたは―――」
消えるといいかけ止める。
ネロの私を見る目はあまりにも真剣だった。
「9秒で片をつける。暴走もさせぬ、それでよかろう」
強い言葉と共にネロが立ち上がる。
腕の異形は既にない。
無駄な魔力は使えないということだ。
それを見たイリヤスフィールは寒気のする笑みを浮かべる。
「へぇ、もう観念するんだ?」
楽しんでいる。
間違いなく少女は殺すことを楽しんでいた。
だがネロはそんなものは聞いていない。
目に映るのはただ己の敵と認識した巨人のみ。
「マスターよ。1つ聞いていいか?」
敵を見据えながらぽつりとネロが言う。
「まだ私はマスターの名を聞いていない」
私はその言葉に驚く。
正直名前にこだわる奴だとは思わなかったのだ。
ネロは隙あらば私を殺そうとしていたはずだ。
その彼に一体何が起きたのだろう―――
「・・・凛よ。遠坂凛」
私の言葉にネロは頷く。
「よかろう、遠坂凛よ。お前を我がマスターと認めよう」
びしり、とその体に亀裂が走る。
ネロは巨人を見ながら不敵に笑う。
「では再開といこうか」


―――This body is a closed paradise  この身は閉じた楽園なり―――


自己に働きかける言葉と共に666素の混沌を1に練り上げる。
666もの意識が混ざり、自我を失いそうになる。
だがこの身は負けることなどない。
心の響くマスターの声。
名前を預けられるという信頼。
悪くない、と思った。
死徒二十七祖の十としての誇りを忘れたわけではない。
今でも人如きに使われるのは納得できぬ。
それでも今一時は、このマスターの為にあろうと思う。
自分の進むことの出来なかった道を歩むその姿を眩しいと思ってしまったのだから―――
―――まったく我ながら酔狂なことだ。
まだ武装は終わっていないが敵に向かい跳躍する。
先ほどは失った制御も今は完全だ。
―――想いとは強いものだ。
あれほど困難だった制御は今は容易い。
自らの死を思い出す。
―――そうか、私はあの少年の想いに負けたのか。
敵が剣を振る。
だが今の私にはそれがスローモーションのように感じられる。
一閃、回避。
急速に魔力が失われてゆく。
だが敵は未だ倒れてはいない。
よかろう、我が全てをもって打倒しよう。
これが我が力、究極の1
「―――武装"999"!」
音が消える。
否、音を超えたのだ。
敵は肉体能力のみでいうならば吸血鬼にも勝る。
だが今この瞬間は我が時、我が世界と知れ。
狙うは頭、心臓、両肩、両足!


バーサーカーを旋風が襲う。
その巨体が一瞬にして肉塊へと変貌する。
「バーサーカー!?」
イリヤスフィールの悲鳴。
どしゃり、と肉塊が倒れ、その後には闇を纏う男が膝をついている。
勝負は決した。
バーサーカーは完膚なきまでに破壊された。
ネロが立ち上がり、こちらに歩いてくる。
そして私の前で立ち止まった。
「マスターよ、誓おう。我が混沌が汝を襲う世界悉くを飲み込もう。汝の運命は我が混沌と共にあり―――ここに契約は完了した」
ネロ・カオスの誓い。
あまりのことに私は呆然とする。
「え・・・ちょっ・・・なに?」
そんな私を見てネロはクッと笑う。
「なに、私とは違う道を歩む魔術師の行く末を見届けようと思っただけに過ぎん」
その声が―――
父のようだと思った―――

突如、世界が凍りつく。
ネロが振り返る。
その視線の先には―――
「嘘・・・」
無傷のバーサーカー。
「驚いたわ・・・まさか1回だけでもバーサーカーを殺すなんて」
イリヤスフィールの言葉の端々に滲む、怒り。
ネロが身構える。
だがもはや魔力はない。
戦えば不死の体に死が訪れる。
「・・・もういい。こんなのつまらないわ」
苛立ちの声と共にバーサーカーが消える。
「―――リン。次は殺すから」
その声と共にイリヤスフィールも消えた。
それを見送り、私はその場にへたり込んだ。
いくらなんでもくたくただ。
「一晩のうちにサーヴァントの半分と戦うなんて正気じゃないわ・・・」
だが生き延びた。
私はへたり込んだまま自らの相棒を見上げる。
蠢く闇を身に纏い、不死身と称されたその存在。
断言しよう、私たちは最強の組み合わせだ。
この聖杯戦争を勝ち残ってみせよう。
「・・・手を貸してくれるかしら? ネロ・カオス」
手を差し出す。
それを見てネロは笑う。
「自分で立ち上がれ。そしてついて来るがいい。我と共にあるのならばそれくらいして見せろ」
「・・・そうね」
立ち上がり埃を払う。
「いいわ。あなたのマスターの力、思い知らせてあげましょう」
「・・・それは楽しみだ」
ネロはククッと笑う。
何故だか急に恥ずかしくなって顔を背ける。
「今日は疲れたからもう帰るわよ。あんまりうろうろしてるとまたサーヴァントに襲われそうだからね!」
そう言うと私は家に向かって走り出した。
気分は晴れ晴れとしていた。



夢を見る。
赤い世界の夢。
周りにある家は全て炎を噴出し
その周りには無残に殺された人間の姿
もうもうと立ち上る煙は空を焦がし、世界を焦がす
血塗られた街
生きている者がいるのか、どこからか呻き声が聞こえる
地獄
その表現にふさわしい光景
生きている者も炎に巻かれいずれは死ぬだろう
足元まで広がる血の海
そして私は絶叫した



目が覚める。
流石に昨日はいろいろあったせいでまだ疲れが抜けていない。
ついでに言うならば魔力も半分といったところか。
「むー」
じりりじりりとしつこく鳴る目覚ましを叩き伏せむくりと起き上がる。
「・・・」
「・・・」
それと目が合う。
それは私のベットの上で何かを期待するように見上げてきた。
ふわふわの毛、ぱたぱたと振られる尻尾。
「あー・・・あんたの親のところに帰りなさい」
ドアを開けて廊下に放す。
かりかりとドアに爪を立てる音。
「こらーーーーーーーーーーーーー」
朝からこんなに血圧が上がるのは久しぶりのことだった。

「ネロ!」
ばんっとドアを開けて自らのサーヴァントに詰め寄る。
「あんたこれの親でしょ! 躾くらいちゃんとしなさい!」
そう言いながら子犬をネロに押し付ける。
「何を言う。これはマスターが所有しているものであろう」
子犬を抱き上げながらネロが抗議する。
「動物を飼うときにはそれなりに覚悟を決めるものだ。マスターにはそのような自覚もないのか?」
その言葉に私はうっと詰まる。
別に私が飼ってるんじゃない、という言葉はなんだか言い訳めいているようで・・・
さらに言うなら体内で666匹も飼っているような奴の台詞にはものすごい説得力があるというか。
そんな時、テレビからニュースが流れる。
「・・・午前1時30分ごろ、住宅街に大量の動物が現れるという事件が・・・」
「・・・」
「・・・」
沈黙。
ひゃんっと子犬が吠える。
えーと・・・
「今のニュースは何でしょう? ネロ・カオスさん」
こめかみのあたりに青筋が走るのを感じながら私はネロに聞く。
ネロはふむ、と考え
「どうやら昨夜展開した獣の一部が未だ戻っていないようだ」
と、とんでもないことを言った。
「回収して来なさいーーーーーーーーーーーーーー!」
私は叫びながらあることを心に決めた。
二度とこいつと一緒に空など飛ぶまい、と。

「あー・・・なんだか朝から疲れたわ・・・」
それはもうげっそりと。
「お、遠坂。昨日はどうした?」
学校の校門のあたりで女子生徒に呼び止められる。
彼女は美綴綾子。
同じ2年A組のクラスメイトでいろいろと曰くのある人物だ。
「おはよう、美綴さん。昨日は体調を崩したのよ」
ふむ、と綾子が考え―――
「まさか男か?」
などととんでもないことを言い出した。
・・・まぁ、確かにある男のせいではある。
「ホントに調子悪いみたいね。道場によってく? お茶くらい出すけど」
私からの反論がなかったためか心配そうに顔を覗き込んでくる。
「・・・そうね、そうするわ」
「よっしゃ、なら急ぐか」
そう言って強引に私の手を取り引っ張っていく。
―――よいのか? マスター
ネロが私にだけ聞こえるように話す。
―――昨日できなかった結界の妨害をするのではなかったのか?
ああ、そうだった。
「・・・それは後にするわ。流石に疲れたままだもの」
「ん? なんか言ったか、遠坂」
「いえ、なにも」
にっこりと笑って答える。
「ま、いいか。今日は朝練も休みだから誰もいなくていいぞー」
「へぇ・・・」
ふと、おかしなことに気がつく。
「ならどうして美綴さんはもう来てるのかしら」
私の知る限りこいつは朝練がなければ遅刻ギリギリで来るはずだ。
「それが朝練始まる時間になっても先生がこなくてねー。電話がかかってきたと思ったら『今日は朝練中止!以上!』とか言って切れてさ」
へぇーと相槌をうつ。
にしし、綾子は笑って
「ありゃ察するに衛宮がらみだね」
と、突然そんなことを言った。
私の足が止まる。
「遠坂?」
「ええと・・・なんで藤村先生で衛宮君が出てくるのかしら?」
ああ、と綾子が納得する。
「藤村先生は自称衛宮の保護者だからね。世話されてるのは藤村先生の方だけど。・・・って遠坂、衛宮の事知ってたっけ?」
「・・・ちょっとね」
ふーんと綾子が言いながら弓道場のドアを開ける。
衛宮士郎。
セイバーのマスター。
私も知らなかった魔術師。
この2年、同じ学校に通っていたはずなのにその存在にまったく気がつかなかった。
完全に魔力を遮断していた、ということか・・・
もしかすると厄介な敵になるかもしれない。
そんなことを考えていると
「さあ、上がってお茶にしようぜ」
と、綾子が男前な口調で促す。
私は道場に上がるとコートを脱いで脇に置いた。
「それじゃお茶汲んで来るからちょっと待っててくれ」
綾子がそう言うと道場の奥へ消えていった。
それを確認してネロ、と呼びかける。
「昨日探した結界の基点、他にもないか探しておいてくれる?」
その言葉に反応してネロの気配が消える。
綾子がお茶を持って戻ってくる。
私はしばらく綾子と馬鹿話をして弓道場を後にした。



interlude

「例の勝負、忘れるなよ!」
そう言って私は遠坂凛を送り出す。
その言葉に遠坂は不敵な笑みを返す。
「それはそっくりそのままお返しするわ、美綴さん」
フフフフフ、とお互いの間に散る火花。
「ふん、そろそろ鐘が鳴るからあたしゃ片付けてから行くよ」
そう言って私は道場に引き返す。
お茶の後片付けをし、道場のドアを閉めようとしたとき、あるものに気がついた。
「あ?」
近づくとそこのあるのは赤い光を放つ宝石―――
「・・・これ、遠坂のか?」
間違いないだろう。
遠坂が来たときにはこんなものはなかったし、ここは奴がコートを置いていた場所だ。
「まったく・・・学校にこんなもの持ってくるなよな・・・」
ぼりぼりと頭を掻きながらそんなことをつぶやく。
ふと、きょろきょろとあたりを見回す。
「ふふん、一度こういうの付けてみたかったんだ」
男勝りで通っているとはいえ、こういうものに興味がないわけじゃない。
幸い、道場にはフォームを確認するための鏡が置いてある。
首に宝石をかけ、鏡を覗く。
「んー・・・流石に制服には合わないかー・・・」
がくりと首を落とす。
と、
「やばっ、時間ないわ」
時計を見るとそろそろ危険な時間。
道場からでてドアに鍵をかける。
ふと、視界に見知った人物がいたような気がした。
「・・・間桐?」
何をしているのだろうか、と追いかける。
雑木林までくると姿を確認できた。
うん、やっぱり間桐慎二だ。
つかつかと近寄り、肩に手をかける。
「おい、なにしてるんだ。そろそろ鐘が鳴るから戻った方がいいぞ」
その言葉に奴は振り向く。
「あ?」
背筋にゾクリ、と何かが走った。
手を離し距離を取る。
「間桐?」
間桐慎二はふん、と言うと
「なに? オマエ俺に命令するわけ?」
不機嫌そうにそう呟いた。
「命令じゃないだろ。そろそろ時間が・・・」
言い終わる前に間桐がわめく。
「うるさいんだよ! 丁度いい。誰もここにはいないしな・・・ライダー!」
間桐の言葉と共にその背後になにかが現れた。
「前から気に入らなかったんだ。女の癖に主将だと? はっ俺を差し置いてなにやってんだよ!」
「な、に?」
じり、と知らず後ずさる。
前からこいつは手におえない奴だったがここまでひどくはなかった。
一体何があったというのか―――
「やれ、ライダー。・・・自分の立場って奴をわからせてやる」
咄嗟に横に動けたのは偶然としかいいようがない。
様々な武道をやっていたおかげで体が自然と危険に反応したのか―――
鎖が今まで自分のいたところを貫いていた。
だが目の前に黒い影が迫る。
咄嗟に腕で身体をかばう。
ざしゅり、と肉を切られる感覚と灼熱感―――
何が起こったのか分からない。
私はそのまま黒い影に吹き飛ばされた。
「ぁ―――」
息がうまく出来ない。
体が、痛い―――
どさり、と言う音と衝撃。
それで自分が落下したということがわかった。
なんと身体を起こして見上げると近寄る黒い影。
「ぃ―――ゃぁ―――」
恐怖のあまり声が出ない。
助けも呼べない絶望感。
いやだ
こんなところで死にたくない。
頭が混乱してまともに考えることが出来ない。
「とりあえず両手両足を封じたらそのままにしろ、ライダー」
間桐の目に灯る暗い炎。
い―――
黒い影が、
や―――
その手に持った
だ―――
■■■■■を投げつけた!
がくん、と体を支えていた手から力が抜けてそれが掠めた。
視界に入る赤い光。
遠坂の宝石―――
それに黒い影の投げつけたモノが突き立ち、宝石の表面が欠けたその瞬間

赤い閃光が弾けた

飛び去る黒い影とそれを追う赤い風。
しゃらん、と音を立てて宝石が落ちる。
宝石は僅かに欠けただけで砕けてはいない。
ああ、よかった。遠坂に殺されずにすむなんて場違いな安堵感を感じた。
「オマエ!! なんで!!」
そんな間桐の叫びで意識が現実に戻される。
気がつけば自分の前に誰かがいた。
赤い外套がはためく。
両の手に持った双剣は日の光を反射して輝いている。
力強い、その背中。
「え?」
何が起こったのか分からない。
「動くな、娘」
赤い背中からそんな声。
ぎゃりん、と音と共に黒い影の投げつけたものをその双剣で弾き返す。
「っ―――」
黒い影はじゃらりと音を立てて投げたものを手繰り寄せる。
「マスター、どうやら他のサーヴァントが来ます」
黒い人影が間桐にそんなことを告げる。
それを聞いてちっと間桐は舌打ちして走り去る。
走り去る間桐を見送り赤い人影がこちらを向く。
「む―――」
私を見るなりそんな一言。
なんか頭に来る。
そしてその視線は地面に落ちている宝石に注がれる。
それをみて赤い人影は考え込む。
「これは・・・しかし・・・」
しばらく考え込んだ後、私に向き直る。
「1つ聞くが・・・君は魔術師か?」
―――
一瞬何を言われたのか分からなかった。
マジュツシ?
ゲームとかのあれ?
「ち、違うわよ」
ぶんぶんと頭を振る。
その解答に赤い人影は唸る。
と、
「まずいな、他のサーヴァントが来る。ここは一旦逃げるとするか」
そう言うとそいつは宝石を拾った後、私を抱き上げた。
「ちょっ―――」
あれだ、俗に言うお姫様抱っこ。
「少し我慢しろ」
そして風のように駆け出した。
景色が流れていく。
「あんた、なんなのよ!」
私の問いにそいつはニヤリと笑って
「正義の味方だ」
と答えた。

interludeout


つづく?


あとがき
とりあえず教授は一段落です。
凛はまだ士郎が半人前だということを知りません。
まぁ・・・今回は士郎がセイバー召喚したときよりも無茶ですね・・・
聖杯がサーヴァントを呼び寄せると本編であったのでそれを曲解しまくって魔力とシンボルがあれば召喚できるだろうと・・・
ご都合主義でもなんでもこいって感じだなぁ

5: LOST (2004/04/11 14:46:04)[lost at olive.freemail.ne.jp]

それは5年前の冬の話
月の綺麗な夜だった
父は―――この頃にはもう家から出なくなった
・・・気が付かなかった事を後悔する
それが死期を悟った動物と同じだということをどうして気がつかなかったのかと
「子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた」
と、自分から見れば正義の味方そのものだった父が語った
「なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ」
むっとして言い返す
正義の味方である父に正義の味方を否定して欲しくなかった
「うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で大人になると名乗るのが難しくなるんだ。―――そんなこと、もっと早くに気が付けばよかった」
そい言って父・・・衛宮切嗣は寂しそうに笑った
それに反論しようとして、やめた
父の言っていることには間違いはないのだろう
切嗣はいつだって正しかった。
「そっか。それじゃ仕方ないね」
「そうだね。本当にしょうがない・・・」
月を仰ぐ
その父の横顔は疲れ果てた老人のようだった
「・・・なら、俺が代わってやるよ。爺さんは大人だからもう無理だけど俺なら大丈夫だろ。まかせろって爺さんの夢は」
―――俺がちゃんと形にしてやるから―――
そう言い切る前に父は笑う
その笑顔は―――本当に嬉しそうで―――
だから悟ってしまった
これが最後なのだと
父から漂う死の香り
10年前に溢れていたモノの匂いが父からしていたのだから―――
「あぁ―――安心した―――」
静かに目を閉じる

冬のある夜のこと
珍しく暖かな日だった
父の顔は穏やかで―――
涙が止まらなかった

そして衛宮士郎の生き方を決定付けた日
誰もが死に、誰も助けられずその中で生き残った自分を救った切嗣
死にかけた子供を抱き上げ、目に涙を浮かべるほど喜んだ人のように在りたいと―――

久しく見なかった懐かしい夢を見た
正義の味方
正直、今でもよくわからない
正義とは何なのか
何を救えばいいのか
どうすればみんなが笑っていられるのか―――
分からないなら分からないなりに行動しようと思った
目に見えるものだけでも救っていけばいつかは届くと信じて

「っ―――」
差し込む陽射し。
身体がだるい。
起きようとしても体に力が入らない。
「目が覚めたのですね、マスター」
唐突にかけられる声
「へ?」
思わずそんな間の抜けた声が出る。
横を向くとそこには鎧を纏った少女がいて―――
「〜〜〜〜!!」
ずささっと布団から跳ね起きて遠のく。
「なんで俺の部屋に君がいて俺は何をしたんだーーーーーーーーーーー」
頭の中は混乱の極地。
そんな俺を不思議そうに見つめる朱金の双眸は綺麗で―――って
ぶんぶんと頭を振って雑念を払う。
そうだった。
昨日、彼女の使う部屋を教えずに眠ったのは俺だ。
「あー・・・ごめんな。昨日、部屋の場所も教えずに寝ちゃって・・・」
じゃあ昨日、彼女はどこで寝たのかということは考えないようにする。
―――精神衛生上、とってもよろしくない。
その言葉に彼女はいえ、と反論する。
「ここがマスターの部屋であるならば私もここにいるのは当然です」
「―――」
そんな一言でまたもやフリーズ。
つまり、彼女は一晩中ここにいたわけで―――
「だだだだだ駄目だ駄目だ駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ぼっと顔が赤くなるのを感じる。
彼女はその言葉にむっと反論する。
「何故です。睡眠中など最も警護すべき対象です。納得のいく説明をお願いします」
あくまで淡々と、彼女が説明を求めてくる。
「と、とにかく駄目だ。セイバーにはちゃんと部屋を用意するからそこを使ってくれ!」
・・・彼女はとんでもなく美人なのだ。
そんな相手と一晩中同じ部屋にいるなどこっちが先に参ってしまう。
じっと彼女はこちらを見つめてくる。
「死にたいのですか?」
ため息をつきながら呆れたように彼女が言う。
「サーヴァントにとって最も簡単なのはそのマスターを殺すこと。アサシンのクラスあたりなら気配遮断を持っている。いくら私でも常に傍に居なければマスターを守る事が出来ない」
うっと言葉に詰まる。
確かに死ぬのは嫌だがこればかりは譲れない。
「死ぬのは嫌だけどさ、セイバーは女の子じゃないか! それなのに同じ部屋というのは・・・その・・・」
それに彼女は淡々と答える。
「私はサーヴァントです。性別など関係ないではないですか」
ある。
俺にはものすごくある。
「ああもう、分かった。ならそっちの部屋でいいな? 襖で仕切ってあるだけだから問題ないだろう!」
といって隣の部屋を指差す。
それを見て彼女はふーとため息をつく。
「仕方ありません。マスターがそこまで言うのであればそれで妥協しましょう」
俺はそれを聞いてほっと胸を撫で下ろす。
そこでふと気が付いた。
「士郎だ」
「はい?」
「俺の名前、衛宮士郎。マスターって呼ばれるのなんか変な感じだからさ。それと―――」
セイバーを上から下まで見回す。
で、自分の部屋を見回す。
うん、間違っても和風の家に合う格好じゃない。
「その鎧、どうにかならないかな?」
「鎧、ですか・・・」
しばし考え込んだ後、すう、と消える鎧。
「へー・・・それどうなってるんだ」
「これは私の魔力で編んだ物です。戦闘時になれば、すぐにでも私の体を守るものです」
それは便利だ。
しかし・・・
「うーん・・・鎧がなくても違和感があるなぁ・・・」
黒いドレスだし。
服に関しては後でどうにかしよう。
まぁ、そんなことよりも聞かなくてはならないことがある。
「ええと・・・昨日言ってたことなんだけど話してくれるかな? はっきり言って何が起こったのかさっぱりだ」
「分かりました」
聖杯戦争
たった1つの聖杯を奪い合う馬鹿げた戦い
7つのクラスとその役割
そう言ったものを簡潔にセイバーは説明していく。
「へー・・・そうするとセイバーってのは名前じゃなくて役職名みたいなものか」
「私達サーヴァントは過去に名を馳せた英雄か、人の身に余る偉業を成し遂げた者達です。故にその弱点も記録として残ってしまっている」
「つまり真の名前を隠すための役職名、と言う訳か」
それにセイバーはこくりと頷く。
確かに過去の英雄は何か苦手なものがある。
もしくはその死に際しての伝承が伝えられている。
それは即ち弱点となり得る。
過去の英霊―――
そこで昨日の戦いを思い出す。
青い槍兵と闇を纏った男。
槍兵の方は英霊と言われれば納得できるがあの闇の男は・・・
「なぁセイバー。昨日戦った奴の正体は分かるか?」
その言葉にセイバーはしばらく考え込んだ後
「ランサーに関しては宝具を使用したので分かりますが、あの男は―――」
空から落下してきたときのあの姿。
化け物―――それ以外の表現はしようがない。
「ランサーの正体はアイルランドの英雄、クーフーリンでしょう。彼の宝具はゲイボルク。それに関しては色々と伝承が伝わっていますが共通している項目は"心臓を貫く"という事」
つまり放てば確実に相手の命を奪う宝具―――
だがあの化け物には効かなかった。
「もう1人の方に関してはアーチャーというクラス以外は分かりません。しかしあれだけの不死性とサーヴァント2人を相手に圧倒するだけの者となると絞られるのではないでしょうか」
俺の知る限り、そんな英雄に思い当たる節はない。
何か決定的なものを使えば思い出すかもしれないが、元々そんなに知っているわけじゃない。
ふと、目の前の少女の正体が気になった。
それこそ女の子の剣士なんてあまり思いつかない。
俺が知らないだけだと思うけど。
「なぁ、セイバーの正体って何なんだ?」
俺の質問に彼女は何か考え込む。
「あ、いや。言っちゃ駄目ならいいんだけど」
それに彼女はいえ、と答える。
「本来ならばサーヴァントはマスターにのみ真名を明かし、今後の作戦を立てます。しかし―――」
そこで彼女は気まずそうな顔をする。
「残念ながら私の名は言えないのです」
言えない?
どう言う事だろうか。
「恐らく召喚の手続きに何らかの不具合があったのだと思われますが私自身に関する情報を喪失しています」
「え―――ちょっと待て。それって・・・」
「記憶喪失とまではいきませんがそれに近い状態です。自身の名と宝具の名、過去の記憶が思い出せません」
本当にさらりと彼女が告げた。
まるでそれがなんでもないことのように。
「しかし幸いといっては何ですが知識と剣の技術は失われてはいません。記憶に関しても時間が経てば聖杯から情報として得られると思います」
ですが、と彼女は続ける。
「サーヴァントの戦いは宝具の戦い。これが使えない状態ではかなり不利な状況といえます」
昨夜の戦闘で彼女は剣士として戦い窮地に立たされた。
彼女は必殺の一撃を使わなかったのではなく、使えなかったのだ。
「よって私たちの今後の方針として戦闘はなるべく避け、私の記憶の回復を待つのが得策です」
それしかないだろう、と思う。
無理に戦えば昨日の二の舞になりかねない。
「わかった。セイバーの記憶が戻るまでその方針でいこう」
俺の言葉にセイバーは頷く。
まぁ、これで大体の状況はつかめた。
後の詳しい説明は遠坂からでも聞こう。
あーそういえば遠坂は明日とか言ってたけどいつになるんだろうか。
今日は土曜日で学校は半日。
時計を見ると結構いい時間だ。
「とりあえず飯にするか」
と、俺が言ったその時、玄関から
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
という絶叫が聞こえた。
ああ、藤ねぇだなと士郎は思った。
ん?
藤ねぇ?
「まずい!」
そう言えば玄関のドア壊したままだし縁側のガラスも割れたままだ。
慌てて居間に駆けつける。
「士郎! 玄関どうしたのよ!」
そこには怒れる藤ねぇこと藤村大河。
「あーあれな。昨日玄関で躓いて派手にやっちゃってさ・・・」
などと咄嗟に嘘を並べる。
我ながら珍しくスムーズに嘘が出た。
これなら怪しまれまい!
そんな俺を藤ねぇは疑わしげに見つめて一言
「で、その子誰?」
はい?
イマナント?
ぎぎぎ、と首を回す。
そこには当然のように佇むセイバー。
ああ、そういえば彼女がいたんだ。
背中を嫌な汗が流れるのを感じる。
時計の音がやけに響いて聞こえた。

「・・・」
「・・・」
「・・・」
嫌な沈黙が食卓を襲う。
ご飯を食べ終え、かちゃんと藤ねぇは箸を置く。
「どういうことよーーーーーーーーーーーーー!!」
「うわっ、落ち着け! 藤ねぇ!」
がおーと突然爆発する虎。
とりあえず飯にしようと言ってあの場は切り抜けたがまだ問題は残ったままだ。
「それでこの子、誰なのよ!」
「あー・・・それは」
朝飯の支度をしながら必死になって考えた嘘を言う。
「彼女、親父の知り合いの子でさ。なんでも日本には親父を頼りに来たらしいんだけど」
むぅ、と藤ねぇが詰め寄る。
「それがなんで士郎の家に居るのよ」
「だから! 親父が死んだの知らなくて泊まる所も当てにしてたらしくて困ってたから泊めたんだよ!」
「ちょっ―――それじゃ士郎、これからあの子と暮らすの!?」
「そんな訳あるか! 彼女が居るのはちょっとの間だけだ。親父を頼ってきたのを無碍に追い返すわけにもいかないだろ」
俺の説得に藤ねぇは唸る。
「むぅ・・・確かに切嗣さんを頼ってきたのに追い返すわけにもいかないか・・・」
うーと考え込む。
「うーん・・・しっかりしてるようだし士郎は士郎だから問題がおきるわけもないか・・・」
なんだかひどい事を言われたような気もするがここで余計なことを言う訳にもいかない。
「仕方ないか・・・。よし、許可します。ただし監督として私も泊まります」
なんですと!?
「よし、そうと決まれば部屋の準備をしておかなくちゃね〜」
鼻歌を歌いながら客間の方に歩いていく藤ねぇ
「ちょっと待った、藤ねぇ。時間はいいのか?」
「うっ・・・」
時計を見てたじろぐ藤ねぇ。
ここは何時襲撃されてもおかしくないんだ。
それなのに藤ねぇに居座られると危険だ。
何としてでも藤ねぇの行動を阻止しなければ!
藤ねぇはしばらく唸った後、うんと言って玄関に向かう。
「士郎、電話借りるわよ」
へ? 電話?
つかつかと玄関に歩いていきどこかに電話をかけた後藤ねぇは居間に戻ってきた。
たしかこの時間は弓道部の朝練のはず。
それなのに藤ねぇのこの余裕。
「藤ねぇ? 時間ないだろ?」
ああそれね、と藤ねぇは答える。
「今日の朝練は中止。先に部屋の準備しておくわ」
そう言って客間に消えていく藤ねぇ。
「なんて・・・無茶苦茶な・・・」
力なく俺は呟いた。

何が嬉しいのか上機嫌で学校に向かう藤ねぇを送り、自分も登校の用意をする。
隣には何故かついてくるセイバーさん。
「・・・セイバー?」
恐る恐る声をかける。
いや、もう答えは見えているんだけどね。
「外出するのなら同伴します。サーヴァントはマスターを守る者ですから。あなた1人出歩かせるわけにはいかない」
やはりそうきたか。
「セイバー。魔術師ってのは人目を避けるものだから昼間は安全だろう」
俺の言い分にセイバーは首を振る。
「あなたは甘い。そんな考えではいつ裏をかかれるか分からない。とにかく私も同行します」
困った。
セイバーの言うことにも一理ある。
だけどそれじゃあどこに行くにもセイバーがついてくることになる。
「とにかく駄目だ。それに今日は遠坂と話があるからな。あいつもマスターなんだろうから大丈夫だろう」
「尚悪い。そのマスターが何か行動を起こしても私がそばに居なければ守る事が出来ないではないですか」
そう言ってセイバーとにらみ合う。
ああ、今日はこんな事ばっかりしてるな、と思う。
しかし困った。
セイバーは何を言ってもついて来るだろうし学校まで一緒に行くわけにはいかない。
俺がどう言ってセイバーをこの場に留めようと考えているとセイバーがすっと目を細めた。
「それにあなたの体調が優れていないということは分かっている。そんな時に他のマスターに襲われても満足に動くことは出来ない」
「―――」
ああ、せっかく黙っていたのにばれてしまった。
どういう訳か昨日の夜、厳密に言うとセイバーが現れたときから魔力回路が閉じない。
さらにそこから常に魔力が流れている為、かなりの疲労感に襲われていたりする。
言うならば常に全力で走っているような感じだ。
「分かった。今日は半日だしそれくらいならなんとかなるだろうしな」
家を出る。
当然のように後からついてくるセイバー。
他の生徒に見られないようにとぎりぎりの時間になるように歩く。
これは月曜から学校休まないとなーと漠然と考えていた。

学校に到着した途端、セイバーが表情を険しくする。
「どうしたんだ?」
「―――いえ。ただ魔力の残滓があまりに強いもので」
セイバーはそんなことを言うが俺には何も感じられない。
いや―――これは・・・
「甘い臭い?」
昨日感じた違和感。
その正体がセイバーの言う魔力の残滓なのだろうか。
「いえ、これは残滓ではありません。まだ力は弱いですが結界のようです」
「結界だって?」
なんでそんなものが学校に。
思いつくのは自分以外の魔術師―――
「まさか遠坂の張ったものか?」
いえ、とセイバーは首を振る。
「そこまでは特定できませんがその可能性は在るかもしれません」
その時、校舎の裏から出てきた遠坂が眼に入った。
「ここは直接本人に聞いてみよう」
遠坂に駆け寄る。
俺を見た遠坂は一瞬驚いたような顔をしてすぐに真顔になる。
「・・・なるほどね。もう正体を知られた以上、魔力を隠す必要がないというわけね。・・・それより何をしに学校にきたわけ?」
顔を合わせるなりそんなことを言ってくるがそんな事より聞くことがある。
「そんなことよりこの結界、遠坂が張ったものか?」
俺の質問に遠坂は不機嫌そうな顔をする。
「そんな訳ないでしょ。こんな趣味の悪い結界、誰が張るもんですか」
その答えに俺はほっとするが、それと同時にあることに気が付く。
「つまり他にも魔術師がいるって言うのか?」
そうよ、と遠坂はぶっきらぼうに答える。
俺には結界がどんなものか分からないが、この感じと遠坂の言い分から察するによくないものであることは確からしい。
「止めさせないと―――」
ぽつりとそんな言葉が漏れる。
それを聞いた遠坂はへぇと言う。
「衛宮君にはこの結界を張ったのが誰なのか分かるわけ?」
「む」
そんなの俺に分かるわけはない。
結界が張ってあるのだってセイバーに言われて気が付いたくらいだ。
「セイバー、他のマスターとかサーヴァントとかの居場所って分からないのか?」
自分の後を付いて来た少女に尋ねる。
「他のマスターの場所は分かりませんがサーヴァントならば近くに居れば分かります」
そう言ってセイバーが校舎の方を向いたとき、彼女に緊張が走る。
遠坂の隣に黒い男が現れ、
「マスターよ。この近くに他のサーヴァントがいるようだ」
と告げる。
セイバーは既に武装している。
場所は?と、遠坂は男に短く尋ねた。
「この裏の林のようだ。どうやら1体だけ・・・む―――」
男が途中で言葉を止める。
俺にも感じられるほどの魔力の爆発。
セイバーが驚きの声を上げる。
「これは―――サーヴァント!」
俺には何が起きたのかさっぱりわからない。
「どういうことさ?」
セイバーに尋ねるときっと見返される。
ちょっと怖い。
「どうやらサーヴァントが召喚されたようです」
「はぁ?」
なんだそれは。
「つまりこの学校には魔術師がそんなにいるのか?」
「そんな訳ないでしょ」
遠坂はそう言いつつ隣に立つ男を見上げる。
「行くわよ、アーチャー。せめてどんな奴らなのか確かめるくらいはしておきましょう」
男はそれに頷き姿を消す。
「私達も向かいましょう。戦闘は避けるべきだが情報収集くらいはしておきたい」
セイバーの提案に俺は頷く。
「ああ。たぶんそのどっちかが結界を張ったんだろうしな」
そう言って俺たちは走り出した。

その場についた時、既に相手は逃げ出したのか姿はなかった。
「無駄足になったみたいね」
遠坂がぽりつと呟く。
林の奥の足を踏み入れる。
そこに飛び散る血―――
「どうやらここで一戦やったみたいね」
後ろから遠坂の声がかかる。
「どうやら敵は既に逃走したようです。少なくとも私の感じる範囲にはいないようです」
セイバーが油断無く周りを警戒しながら告げる。
「アーチャー。あなたはどう?」
何も無い空間から、否、とだけ聞こえてくる。
鐘が鳴る。
1時間目が始まる合図だ。
それを聞いた遠坂はため息をつく。
「どうやら無駄足の上に遅刻みたいね」
あーあと言って近くに木に寄りかかる。
そんな遠坂をみて鼓動が早くなるのを感じた。
ああもう、こんな時に俺は何を考えているんだ!
頭を振って校舎に向かう。
「ちょっと、どこ行くのよ」
背中に遠坂の声がかかる。
「何って授業受けに行くに決まってるじゃないか」
それを聞いた遠坂はため息をついた。
む、なんか馬鹿にされている気がする。
「そんなのはほっときなさい。それよりも話があるんじゃないの?」
うん、確かにその通りだ。
聞きたい事は山のようにある。
だが―――
「いや、それは午後からにしよう。どうせ今日は半日で終わりだからな」
俺のクラスの担任は藤ねぇだ。
さぼったら後が怖い。
俺の言葉に遠坂はそーお、とやる気の無い返事を返す。
「それじゃあ午後にまたここに来なさい。話はその時でいいわね?」
それにああ、と返して校舎に向かう。
と―――
途中でセイバーに振り返る。
「セイバーはそこの弓道場で待機しててくれ。流石に校舎の中までは入れないから」
俺の言葉にセイバーは頷く。
「この距離ならばなんとかなるでしょうからそれで構いません」
それを聞いて安心する。
いや、ここで嫌ですとか言われたらどうしようかと思った。
「何かあった場合、その令呪を使ってください。それで私とあなたの魔力の届く範囲なら駆けつけることが出来ます」
と言ってセイバーは俺の左手を取る。
気が付けば左手に浮かび上がる痣・・・
「なんだこれ?」
セイバーに尋ねる。
「それは令呪といってサーヴァントに対する絶対命令権です。強く願えば使用することが出来ます。ただし3度しか使えない上に長く持続するような命令には効力が薄いので気をつけてください」
「つまり危なくなったらこれを使ってセイバーを呼べばいいんだな?」
はい、とセイバーが答える。
「分かった。でもセイバーも完全じゃないんだから無理は出来ないだろ。なるべく使わなくてもいいように心がけるよ」
なんにしても女の子に無理はさせられない。
そんなことを思いながら俺は校舎に入っていった。



interlude

赤い影が駆ける。
木々の間を抜け、道路を飛び越えまた木々の間を駆け抜ける。
そうしてどれほどの時間が経ったであろうか。
その赤い影は森の中で足を止めた。
「ここまで来れば取り合えず安全だろう」
そう言って私を地面に降ろす。
切られた腕の出血はもう止まっている。
あの時は骨まで切られたと思ったが意外と傷は浅かった。
「それで、アンタ何?」
さっきは正義の味方だとかふざけたことを言っていたが、また同じことを言ったら殴ってやろうと思った。
私の質問に男は考え込む。
「そうだな・・・私の事は便宜上、アサシンと呼んでくれ。別に暗殺を生業にしていた訳ではないが私の呼び出されたクラスがそれなので仕方が無い。最も、暗殺をしたことが無いのかと言われれば答えは否だがな」
と、男が答える。
アサシンと名乗った男を眺める。
赤い外套に黒い鎧。
今は持っていないが先程は剣を持っていた。
確かに、暗殺者というよりは騎士といった感じの姿だ。
「ふーん・・・それでアンタは一体なんなわけさ? 間桐の言うことを聞いてたのと同じような感じがするけど」
それを聞いたアサシンはほぅ、と声を上げる。
「なるほど。君はなかなか勘はいい様だ」
そう言ってニヤリと笑う。
あーなんかこいつ、性格悪そうだなーなんて事をその顔を見て思った。
「我々はサーヴァントと呼ばれている者でな。どうやら君は運悪く面倒なことに巻き込まれたようだ」
などとそいつは面白そうに言う。
それで確信した。
こいつ絶対、性格歪んでる。
「我々は本来、魔術師の召喚でこの世に呼ばれるものだが・・・君は魔術師ではない」
どうしたものかな、と男は本当に困ったように呟く。
「それでどういう事なのか説明してくれるのかしら?」
「・・・まぁ、いいだろう」
そんなことを言いながらアサシンは転がっている木にどかっと腰をおろした。
私も適当な木を見つけそれに座る。
アサシンが話したのは聖杯戦争という物の事。
願いを叶えると言う聖杯を奪い合う殺し合い。
彼らサーヴァントというもの。
「君には令呪はなく、さらに魔術師でもないので正規のマスターというわけではない。それでも私が呼び出されたのはシンボルのせいだろう」
そう言って彼は何かを私に放り投げる。
表面の欠けた、赤い宝石―――
「つまりアンタはこの宝石に因縁のある英雄って事なのか?」
そういう事だな、とアサシンが言う。
遠坂の物であろうこの宝石にそんな因縁があろうとは。
そもそもこんな荒唐無稽な話を信じている自分に驚く。
私ってこんなに物分りがよかったのだろうかなと思うが、ちょっと違うと思い直す。
間桐が私を襲わせたモノ。
そして私を救ったコイツ。
それらを見て私は既に感じてしまっているのだ。
これは現実でこいつらが人間じゃないということを。
「それでこれからどうするんだ?」
アサシンはその場でしばらく考え込む。
「私への魔力供給はその宝石からされている。どうやらその宝石にはかなりの魔力があるようだがそれでも減る事はあっても増える事は無い。しばらくは問題ないだろうが、やがて限界が来るな」
つまりこの宝石はプールの水のような物でその水を使っているが、使った水はもう戻らないということか。
「それってどうにかならないのか?」
私の問いにアサシンは止まる。
「できなくもない」
なら、と言いかけるがそれを視線で制される。
「その方法とは人を襲いその魂を吸い取り魔力を補給する方法だ。君が正規のマスターだったとしても到底承服できない事だ」
その言葉に私は頭に血が上る。
「馬鹿野郎! 誰がそんな事言うか! 人を襲えだなんて私が言うと思うのか!」
アサシンは一瞬驚いたような顔をして笑った。
「いや、すまない。君を侮辱するつもりは無かった」
ククッとアサシンは笑う。
なんか、すごく腹が立つ。
サーヴァントというモノは英雄とかそういうものだとこいつは言ったが絶対こんなのは英雄じゃないだろう。
こんな捻くれ者が英雄なんてモノで呼ばれてるとは到底信じられない。
「で、アンタは何の英雄なわけよ?」
声に不機嫌さが出ているのは分かるけど仕方が無い。
それなのにこいつは
「正規のマスターでもない君に真名を教える気にはなれないな」
などと言うもんだからさらに不機嫌さが増した。
こんな時、遠坂なら笑うんだろうなーとか思いながら立ち上がる。
「どこに行くんだ?」
背中に奴の声がかかる。
「そんなのアンタの知ったことじゃないでしょ。帰るのよ! 一体どこよここ!」
がーっと吠えながらずんずんと森を歩く。
一瞬、遭難とか頭をよぎるが怒りの方が勝っていてそんなものは隅に押しやられる。
「君一人じゃ帰れまい。街までは送る―――いや待て、止まれ!」
突然、奴が叫ぶ。
「なによ!」
振り返るために足を一歩踏み出す。
「っ―――」
ばしっと身体を電気が走る。
倒れそうになるが何とか踏ん張る。
「何? 今の・・・」
赤い騎士は表情を険しくしている。
「どうやらここは魔術師のテリトリーだったようだな」
忌々しげに呟く。
「あんた、英雄なんでしょ。なんでそれに気がつかなかったのよ?」
アサシンに駆け寄りながら私は疑問を口にする。
「私のクラスはアサシンだ。キャスターならいざ知らず暗殺者風情にそんな物気づくものか」
などと偉そうに言う。
「・・・つまりアンタ、弱いわけだ」
ぼそりと言った言葉をそいつは聞き逃さなかった。
「何を言う。そんなことは無い。・・・もっとも色々と制約がついているおかげで弱いかもしれないけどな」
なんて私を見てニヤニヤしながら言う。
そんなことを言われてもそんなのは知ったことじゃない。
「なんにせよ、厄介な事にならないうちにこの場から去るべきか」
アサシンがそう言った時、
「ふーん。もう帰っちゃうんだ」
なんて声がした。
アサシンが振り返る。
その後ろから私も声のした方を見る。
「えーと・・・君は?」
その少女―――うん、間違いなく少女だ、に声をかける。
その子は私を見てぞっとするような笑みを浮かべた。
「私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。この森の主。そして―――」
その背後に現れる巨人。
アサシンに走る緊張。
「ちっ・・・嫌な予感とは当たって欲しくないときに当たるものだな」
舌打ちしながらアサシンが呟く。
巨人から放たれる殺気。
アレは人間ではない。
その化け物のすく傍にいる少女は無邪気に笑う。
「バーサーカーのマスターよ」
異形の巨人と少女。
そのなんと不釣合いなことか。
私の意識は凍りつく。
あの黒い影に襲われたとき以上の恐怖。
足が震える。
立っているのもやっとだ。
それでも立っていられるのは目の前の赤い騎士がいるおかげだ。
だがその赤い騎士からも絶望感が伝わってくる。
私が動けないのを見て少女が笑う。
「なーんだ。ここまで来たから戦いにきたのかと思ったのに・・・つまらないわ」
その目がすっと細まる。
「もういいわ。行きなさい、バーサーカー」
ざわり、と全身が泡立つ。
「■■■■■■■■■―――!!」
大地を揺さぶる雄叫び。
巨人が大地を蹴り、突進してくる。
「逃げるぞ!」
赤い騎士は私を抱き上げるとそのまま走り出す。
木々の間をすり抜け疾走する。
だが―――
騎士の肩越しに後ろを見る。
巨人との距離は開く所か無くなる一方だ。
アサシンは逃げ切れないと悟ったのか立ち止まり、私を降ろして巨人に突進する。
巨人の剣が赤い騎士に振り下ろされる。
それを受ける双剣。
だが巨人の剣の勢いを殺しきれなかったのかそのまま後ろに吹き飛ばされる。
アサシンは吹き飛ばされて木に激突する直前で身体を捻り、木に足をつく。
その手にあるのは剣ではなく弓。
騎士は巨人に向かって跳躍しながら弓を射る。
巨人は避けることも無く、アサシンに突進する。
矢は巨人に当たり、そのまま弾かれる。
なんという戦い―――
人外の戦いは苛烈だった。
数々の武術を習ってきたがこれはそんなものではない。
命を賭けた戦いだった。
アサシンはあの巨人と戦っているがそれも何時まで持つかわからない。
それほどに両者の差は歴然としていた。
巨人が剣を振るたびに赤い騎士は吹き飛ばされる。
そして騎士の攻撃はまったく効かない。
これでは勝負にならない。
幾度目かの攻防の果てに吹き飛ばされたアサシンが私の元に降り立つ。
巨人の足元にはあの少女。
「もう少し楽しめるかと思ったのに・・・期待外れもいいところだわ」
不機嫌そうに少女は言う。
殺される。
次で確実に殺される。
アサシンは敗れ、私は死ぬ。
恐怖で気が狂いそうになる。
だが
「君の名は?」
と言う声で我に返る。
「私の・・・名前?」
アサシンは背中を向けたままでああ、と言う。
「美綴・・・綾子よ・・・」
そうか、と短い返事が返ってくる。
その手に現れる弓と捻れた剣。
「ではアヤコ、弓は使えるか?」
弓と剣をざくり、と地面に突き刺す。
騎士の手には既に双剣が握られている。
「・・・使えるわ」
私の声に騎士は頷く。
「私が合図したらバーサーカー目掛けて放て。どうせ倒せんだろうが足止めくらいにはなる」
そう言って走り出した。
「では凶戦士よ、我が必殺の一撃を受けるがよい」
巨人がそれを見て迎え撃つ。

「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ―――」

騎士が双剣を投げ、左右から弧を描き巨人の首目掛け飛翔する。
巨人はそれに危機を感じたのか迫る2つの刃を弾き返す。
だがその間に距離を詰めた騎士の手にはまったく同じ双剣―――
巨人が騎士を両断せんと真上から剣を振り下ろす。
その一撃を剣を交差させ、防ぐ。
騎士の足元がへこむ。

「―――心技、泰山ニ至リ―――」

最初に投げ、弾かれたはずの双剣がありえない軌道で巨人を背後から襲う。
「■■■■■■■■■―――!!」
巨人が吠え、背後の剣を迎え撃つ。
だがそこに生まれる致命的な隙。

「―――心技、黄河ヲ渡ル―――」

騎士が巨人の胴に双剣を叩き込む。
後ろに身体を捩った巨人にそれを防ぐ手立ては無い。
突き刺さる双剣と血飛沫。
だが致命傷には程遠い。
さらに撃ち落したはずの双剣が再び巨人の背後を襲う。
双剣が巨人の肩に突き刺さる。
騎士が剣を抜き、大きく振りかぶる。

―――唯名、別天ニ納メ

時間が凍りつく。
その中で私だけが動く。
心は目の前の光景に捕われている。
恐怖は既に去り、目に見えるのは赤い騎士のみ。
巨人へ向かう前の騎士の背中は私を信頼していた。
ならば私はその信頼に答えるだけ!
足を広げ、腰を据えて両肩を落とす。
指を弦にかけ、弓を握り締める。
弓を構える。
心には何も無い。
そんな自分が不思議だ。
会ったばかりのあの騎士を私は信頼している。
弓を引き絞る。

―――両雄、共ニ命ヲ別ツ!

騎士が巨人の首を落とさんと剣を振るう。
だがそれは巨人が身を引いたことにより避けられるが剣はその腕を捉える。
空を舞う巨人の腕と飛び跳ねる赤い騎士。
「今だ!」
アサシンの声と共に時間が動き出す。
矢が放たれる。
放すのではなく、放されるのでもなく、熟れた果実が木から落ちるように自然に弓から放たれる。
矢が吸い込まれるように巨人へ向かう。
その矢が巨人の胸の突き刺さった瞬間

音が消えた

気が付けば赤い騎士の腕の中にいた。
その背後には炎上する木々。
「なかなか上出来だったぞ」
アサシンの声。
私はそれに安心して意識を手放した。


interludeout



授業の終わりを知らせる鐘が鳴る。
結局私は授業には出ず、結界の基点を回り魔力を消していた。
最後の基点の魔力を押し流して息をつく。
「これで最後ね。・・・まぁ術者が魔力を通せばまた復活しちゃうけど時間稼ぎにはなるかな」
私の後ろにネロが現れる。
「それでこれからどうするつもりだ?」
決まっている。
「セイバーのマスターを連れて隣町の教会に行くのよ」
「教会だと?」
ネロが不機嫌そうに言う。
まぁ、不機嫌になるのも分からなくは無い。
魔術師にとっても吸血鬼にとっても快い場所ではあるまい。
「この聖杯戦争には監督役がついてるのよ。一応、顔見せておこうと思ってね」
そう言いながら校舎裏の雑木林に向かう。
その後をネロは実体化したまでついてくる。
「その教会の神父はバリバリの代行者だからあなたは会わない方がいいわね」
教会は異端を排除する。
人であらざる者も、魔術を使う者も。
「もっとも、そいつも魔術師だから破戒僧もいいところよね。神のご利益も何もあったものじゃないわ」
そう言いながら約束の場所につく。
セイバーのマスターはまだ来ていない。
そういえば・・・
「ネロ。今まで戦ったサーヴァントで正体のわかった奴はいる?」
私たちは半数以上のサーヴァントと戦った。
だがその中で正体がつかめるものが無い。
私の問いにネロは首を振る。
「そう・・・セイバーとランサーと戦った時の魔力の流れからすると、どちらかが宝具を使ったみたいなんだけどな・・・」
あの時のネロは暴走状態で覚えていないだろう。
そもそも666もの意識が混在するのだから自我を保つ方がどうかしている。
「あのバーサーカーの正体も分からない?」
それにも否、と答える。
「私はあの凶戦士の命を確実に絶った。だがアレに死は訪れなかった。つまり私のような不死性があるのだろう」
だとすると厄介だ。
アレがもし弱点を突かねば死なないような類の不死ならば正体が分からない限り倒す事が出来ない。
しかも身体能力だけで言うならば恐らくサーヴァント中、最強だろう。
ネロの武装は魔力が完全な状態でも持って2分。
その時間以内に倒せねば勝機は無くなる。
「あの武装以外にあなたが戦える方法は無いの?」
私の質問にネロは考え込む。
「我が殺害手段は獣の開放が基本だ。獣は倒されても我が混沌に戻るだけに過ぎぬゆえ事実上、無限に獣を展開することが出来る。そして我が身の不死性自体が最大の武装」
決して死ぬことの無い体と無限に続く攻撃。
確かに生前ならばそれは無敵だったであろう。
だが666素の獣は生前は肉体の一部であったが今は霊体として具現化したものの一部に過ぎない。
つまり倒されると獣を具現化させている魔力が消失する。
そしてネロ自身の魔力消費量が半端ではない。
私の魔力は1日寝ればだいたい回復するが今は2〜3日かかりそうなほど遅い。
ほとんどの魔力はネロに持っていかれている。
こんな状態で連戦すればどこかで破綻する。
戦闘の度にあんな魔力を食い尽くす事をされたのでは身が持たない。
「あの武装ほどじゃなくてもいくらかの獣を融合させて軽い武装は出来ないの?」
できなくもない、とネロが答える。
「本来であれば我が獣の因子を組み合わせ、自在に幻想種を作りあげることができる。だが獣の展開と同じようにどの因子が出るか分からぬゆえコントロールは不可能だ」
ふむ。
つまりは当てにならないと言うことか。
そんな出来るか出来ないかの賭けをするよりも自分自身を強化した方が早い。
昨日の戦い方から見てネロは接近戦には向いていない。
今の状態でもそれなりに強いがあのバーサーカーのようなモノを相手にするには少々力不足は否めない。
吸血鬼、死徒二十七祖としてのポテンシャルはかなりのものだが相手が熟練した使い手、それも英霊になるほどの者である以上はいざ戦えばやがて不利になる。
「うーん・・・これは思った以上にバランスが悪いわね・・・」
一瞬、出した獣をそのままにしておくというのも考えたが却下する。
そんなモノをどこに置いておくのかという問題と獣を展開するとさらに消費が激しくなるという点からだ。
「私も1つ聞いていいかな、マスター」
私が唸っているとネロが口を開いた。
「聖杯は願いをかなえるという。マスターの望みとはなんだ?」
「願い? そんなの別に無いけど?」
ネロが驚いた顔をする。
普段、無表情か口の端を上げる笑いくらいしかしないからこういうのは珍しい。
「―――馬鹿な、願いが無いと言うのか」
馬鹿といわれてもそんなモノを使ってまで叶えるほどの願いは無い。
「よかろう。ならば世界を手にするといった願いはどうだ?」
「なんで? 世界なんてとっくに私の物じゃない」
ネロが絶句する。
こういうの表情もなかなか楽しい。
「世界ってのは自分を中心とした価値観でしょ? そんなものは生まれた瞬間から支配してるでしょ」
なるほど、といいネロは口の端を上げて笑う。
そういえばサーヴァントにも願いはあると言う。
こいつは世界の奴隷となる代わりに願いを果たしたと言うがこうして聖杯戦争に召喚された以上、何か願いはあるのだろうか。
「ネロ、あなたの望みは何なの?」
私の言葉にネロは凍りついた。
その様子は質問した私が驚くほどだった。
明らかに見て取れるほどの動揺。
「ネロ?」
それでネロは、はっとしたようにいつもの様子に戻る。
「・・・我が願いは・・・」
絞り出すかのような声。
「―――不老不死。ただそれだけだ」
そう言ってネロは姿を消す。
まるで何かから逃げるかのように・・・
ネロ、と呼ぼうと思ったが視界に衛宮士郎の姿が映る。
この話題には触れないようにした方がいいかもしれないと思いながら私は歩き出した。



interlude

セイバーのマスターと歩く自らの主を見ながらネロは先程の言葉を思い出す。
―――あなたの望みは何なの?
何故それに凍りついたのか自分でもわからない。
否、どこかで気がついている自分がいる故に凍りついたのであろう。
だがそれに気がつけば己を作り上げてきたモノが滅びる。
―――警告・それ以上の思考は己の生き方を否定する。
悩むことなど何も無い。
このマスターが油断した瞬間に混沌に取り入れてしまえば何にも縛られることは無くこの世界にあることが出来よう。
だがそれを実行する事が出来ない。
―――警告・それ以上の思考は己の過去を否定する。
ならば己の望みとは何なのか。
不老不死を追い求め、吸血種とまでなったこの身。
ではなぜそれを追い求めたのか。
―――警告・それ以上の思考は存在自体を否定する。
思考凍結。
己にかけた安全装置により自身を否定する思考が止まる。
その身体は混沌であるが故に統率するモノが揺らげば瓦解する。
その為の安全装置。
それを今は忌まわしく思う。
だがその魔術は既に浸透し、自らの意思ではどうにもならない。
死後ですらその拘束力は衰えることは無かった。
生前では悩むことは無かった。
ただ1つの理想を目指し、進むことで生きていた。
しかし理想は断たれ、不死は消え去った。
故にそのつけが回ってきたのだろう。
マスターの足が止まる。
見れば目的地にたどり着いたのであろう。
この身は教会とは相容れない。
マスターに外で待機する旨を伝え承諾を得る。
空を見上げる。
自身の心を写したかのような曇天だった。


interludeout



広い、荘厳な礼拝堂だった。
ここに来るまでに遠坂から聖杯戦争について詳しいことを聞いた。
その聖杯戦争の監督役として教会から派遣される代行者。
それに会いに行くと言う。
「それで、その神父さんはどんな人なんだ?」
教会の中に入りながらそんなことを聞く。
「名前は言峰綺礼。私の後見人で10年以上の腐れ縁よ。できれば知り合いたくなかったけど」
「同感だ。私も師を敬わぬ弟子など持ちたくなかった」
足音を立てて祭壇の奥から人が現れる。
「再三の呼び出しにも応じぬと思えば変わった客を連れてきたな。それで彼もマスターか、凛」
「そうよ。人の管理地に無断で住み着いてた奴でね。・・・たしかマスターになった者はここに届けを出すのが決まりだったわよね。アンタたちが勝手に作ったルールだけど今回は守ってあげる」
ふむ、と神父は頷く。
なんだろう。
この神父を見ていると、気分が悪い。
「それは結構。なるほど、ではその少年に感謝しなくてはな」
言峰という神父はこちらに視線を向ける。
視線が合う。
それだけで吐きそうだ。
「私はこの教会を任されている言峰綺礼という者だが。君の名はなんと言うのかな?」
なんということはない。
別に敵意を向けられているわけでも殺気があるわけでもない。
だというのにその言葉にかかる重圧。
「・・・衛宮士郎だ」
搾り出すように言葉を紡ぐ。
汗が流れ落ちる。
それを見た遠坂はぎょっとした顔になる。
「衛宮―――士郎」
ぽつりと神父が呟く。
奴は笑っていた。
「ちょっと! どうしたのよ」
遠坂の声が遠く聞こえる。
だと言うのに
「礼を言う、衛宮。よく凛を連れてきてくれた。君がいなければ、アレは最後までここに訪れなかっただろう」
こいつの声だけははっきりと聞こえる。
神父が祭壇の方へ歩いていく。
俺から遠ざかったおかげで先程まで感じていた気分の悪さが引いていく。
本能が告げる。
あれは―――
「大丈夫だ、遠坂」
そう言って笑みを浮かべる。
それを聞いて遠坂はふん、と顔を背ける。
「誰もアンタの心配なんか!」
ククククと神父の笑い声が聞こえる。
不愉快だ。
どうしようもなく、不愉快だ。
「それで、お前達のサーヴァントは何なのかな?」
それに遠坂が答える。
「私はアーチャー、こいつはセイバーよ。他に何かある?」
いやいや、と神父は首を振る。
「ではこれより聖杯戦争の開始を告げる。どうやら7つ目のクラスも埋まったようなのでな。存分に殺しあうがいい」
「・・・っけるな!」
俺はそんなことは認めない。
「殺し合いだと? 遠坂からも聞いたがなんでそんなことをする必要がある」
神父はおやおやといった表情をする。
「凛、本当に説明したのか? 彼は何も分かっていないようだが?」
神父の言葉に遠坂はため息をつく。
「教えたわよ。さっきもこんな調子だったんだから。だからあんたが教えてあげなさい、そういう追い込み得意でしょ」
ふむ、と神父が向き直る。
「何が認められないのかね? 少年」
全部だ、と答える。
「聖杯とやらには1人だけしか選ばれないと聞いた。だがその為に他のマスターを殺すしかないっていうのがまず気に食わない」
「ちょっと待って。殺すしかないってのは誤解よ衛宮君」
遠坂がつっこみを入れる。
どう言う事だろう。
こいつの説明でもこの神父の言いぶりでも殺し合いをすると言っていたと思うのだが。
「違わないだろう。真実、それが確実だ」
言峰は黙っててと言うと遠坂が説明する。
聖杯にはサーヴァントしか触れず、その為に他のサーヴァントを排除する必要があると。
だがサーヴァントを倒すのは難しい。
それで最も簡単なのがそのマスターを倒す事。
そういえばセイバーも似たような事を言っていたと思い出す。
マスターがやられればサーヴァントは現界できなくなり消滅する。
「なるほど・・・。ならマスターを放棄することは出来るのか? 俺にはそんなモノを使ってまで叶えたいものなんて無いぞ」
「ほぅ・・・本当にいいのか? また10年前のようなことが起きたとしても」
その言葉に俺は止まる。
「この街に住むものならば知っていよう、あの10年前の火災。アレは前回の聖杯戦争によって引き起こされたものだ」
あの、赤い地獄が―――
聖杯戦争によってもたらされたモノ―――
「聖杯は最後に残った者の手に渡る。それがどのような人物なのか分かるまい。もしかすれば世界の滅びを望むのかも知れぬぞ」
奴の声が響く。
「マスターを殺すのを認められぬと言うのであればその結果に起こることも認められぬだろう? ならば自分で聖杯を手にするのが一番安全な選択と言えよう」
確かに奴の言うとおりだ。
またあの地獄が起こると言うのは認められない。
俺は―――正義の味方になると誓ったのだから。
「サーヴァントの中には人を襲い、力を蓄える者もある。それらを容認すると言うのかね?」
こいつの言い方はいちいち癇に障る。
「―――分かった。マスターとして戦う。だが俺は殺すために戦うんじゃない」
もうあの地獄は繰り返してはならない。
あの時救えなかった人達の為にも―――
俺の言葉に神父は頷く。
「よかろう。少年の思うがままに戦うがいい」
神父の声が教会に響く。
それを聞いて遠坂はドアに向かう。
「ならここに長居する必要は無いわね。行きましょう」
俺も遠坂の後を追う。
正直、ここにはいたくない。
「凛、今度の聖杯戦争で最初に召喚されたのはバーサーカーだ。後はそう変わらん順序でアーチャー、セイバー、そして先程アサシンが召喚されたようだ」
後ろから神父の声が響く。
「どういう風の吹き回しよ? そういうの教えるの駄目なんじゃないの?」
疑わしげに神父を睨む。
「なに、これで会うのは最後かもしれんのでな。餞別代わりだ」
笑って神父は答える。
ふん、とそれから顔を背けて遠坂は教会から出る。
それに倣い教会から出ようとしたとき、背中に奴の声がかかる。
「―――喜べ少年。君の願いはようやく叶う。明確な悪がいなければ正義は戦う事が出来ないのだからな」
咄嗟に振り返る。
そこには既に神父の姿は無い。
それは衛宮士郎の望みではなかったのか。
正義とは何なのか。
何を救えばいいのか。
願いとは表裏一体。
救いたいと思えば、救う対象は襲われなければならないのだから―――
頭を振りその考えを打ち消す。
だが切嗣の言葉を思い出した。

何かを救おうとすれば必ず救われないものがある

あの時はそんな事は無いと反論した。
では今は?
暗い感情のまま教会を後にした。



つづく?


あとがき
うーん・・・あまり説明とか地の文とか書きたくなかったけど最低限の説明は必要だろうと書いてはみましたが・・・
前半のセイバーの話もよくある話にしかなりそうもなかったんでなるべく削りたいんですがそれをやると説明不足になるという。
それでもセイバーにあっさりと納得させたりして削りましたけどね。

今回の話としては各サーヴァントの事情と言ったところでしょうか。
赤い騎士のクラスはアサシンです。
よって小次郎は出ない・・・かも?
それと本編とは違い曜日がずれてます。

6: LOST (2004/04/19 22:00:42)[lost at olive.freemail.ne.jp]

―――見た事もない景色だった。
無限に広がるかと思われる荒野に突き刺さる剣の森。
空は燃え上がり風は乾いた土を巻き上げて通り過ぎる。
生きるモノは何もなく、ただ剣のみがその存在を主張していた。

「ん・・・」
目を開けると既に夜になっていた。
体に力が入らない。
それでも無理をして身体を起こすと少し離れた場所に目を閉じた赤い騎士の姿があった。
そういえばあれからどうなったのだろう。
ここにこうしていると言うことはアレから逃げることに成功したという事なのだろうけど・・・
「目が覚めたか」
アサシンが目を閉じたまま声をかけてきた。
「うん・・・ここは?」
知らん、とアサシンはぶっきらぼうに答えた。
どうやらここはどこかの廃屋のようだ。
立とうとするが足に力が入らない。
「無理をするな。私の弓を使ってその程度で済んだのは幸運と言うべきだ」
何か不機嫌そうだ。
そう思ってじっと見ていると騎士が頭を振りながら立ち上がる。
「・・・これはまずいな・・・どうやら私と君の間に妙なパスが出来ている。召喚したのは一応君だからな」
何を言っているのかさっぱり分からない。
そもそも説明されたのだって完全にわかってるわけじゃない。
「それってどういう事さ?」
あたしの問いにアサシンはため息をつきながら答えた。
「つまりアヤコがマスターということだ。これほど不完全で出鱈目な召喚など聞いた事がない。恐らく、既に他のサーヴァントが召喚されていた為に多少無茶な状況でも召喚が成立したと言うことか・・・」
これは貧乏くじを引いたな、などと呟きながらアサシンは再びため息をつく。
なんかものすごく腹が立つ行動だ。
「・・・すごく不満そうね」
「当然だ。本来あるべき供給は宝石1つ、それも補給は無いから減る一方。ならばマスターを変えようとも思ったがそれもできん」
アサシンの説明によると本来であれば彼らは魔術師のマスターを持ち、そこから魔力を提供してもらって実体化する。
ところがこいつはシンボルと魔力の流出だけで召喚されてしまったらしい。
本来ならばこんな事は起きないはずだが他のサーヴァントが揃ってしまっている以上、残りの席を埋める為に聖杯とやらが無理やり呼んだのではないかと言う事らしい。
そしてアサシンの供給源は赤い宝石1つだけ。
それだけなら問題は無かったそうだが、あたしとの繋がりが出来ているらしい。
そんなものはまったく感じないし分からないけどそういう事らしい。
「マスターとなる者には令呪と呼ばれるモノがあるがアヤコにはそれがない。ならばマスターである筈は無いのだがしっかりと繋がりがある以上、他の者と契約はできん」
マスターを降りるためには令呪でサーヴァントとの契約を破棄する必要があるらしいが、あたしにはそれがない。
よって契約を破棄する事が出来ないらしい。
「ふーん・・・じゃあ本来、その令呪とかがあった奴はどうなるんだ? アンタの言い分だといるんだろ?」
それにアサシンは首を振る。
「令呪は元々あるわけじゃない。ただ、令呪の兆候があるだけで召喚して契約すればそれが令呪となる。恐らく私が7人目である以上、その令呪の兆候は消えていると見るべきだろうな」
つまりぐずぐずしていた奴が悪いと。
「まぁ、説明は大体終わりだ。一応聞くが今後の方針はどうするつもりだ?」
「今後の方針と言われてもねぇ・・・」
正直そんな馬鹿げた殺し合いなんかに参加するつもりは無い。
しかし令呪とやらがない以上、降りる事も出来ないらしい。
「そうだな、とりあえず家に帰って風呂入って寝る」
「はぁ?」
呆れた顔でアサシンが反論してくる。
「私が聞いているのはそんな事ではなく―――」
「そんなことあたしが知るか! 今の優先事項は風呂に入ってさっぱりするって事だ!」
きっぱりと言い切るあたしの言葉を聞き、アサシンが頭を抱える。
「君は状況がわかってるのか!?」
「分かってるから言ってるんじゃないか、殺し合いなんて御免だって」
アサシンが唸る。
「分かった。なら私が戦闘方針を決める。君はそれに従って行動する、それでいいな?」
「断る」
きっぱりはっきりと。
こんな捻くれた奴の言うことを何故聞かなきゃならんのか。
英雄とか言ってたけど絶対こいつ、えげつない事しそうだし。
「ええい、分からない奴だな。君はとっくに巻き込まれているんだ!。それは止める事も出来ないし君に限って言えば降りる事も出来ない。その状況で戦わない事なんて出来ると思っているのか!」
まぁ、こうやって心配してくれる分にはいい奴なのかもしれないけどさ。
それでも殺すとかそういうのは嫌だ。
「なあ、あたしがマスターなんだろ?」
「不本意だがな」
本当に不本意そうにアサシンが頷く。
「なら、あたしの方針は基本的に戦わない。向こうから襲ってきたらさっきみたいに逃げる」
「あのな、私の話をちゃんと聞いていたのか?」
もちろん聞いていた。
他の奴らが殺しに来るとしてもそんなものに加わるつもりは無いし、そんな事で死ぬのも御免だ。
「アンタだって力を出し切れないんだったらまともに戦えないんだろ。だったら逃げるのが得策じゃないか」
アサシンが苦い顔になる。
「・・・別に力を出せないわけじゃない。宝石1つとはいえ蓄積されている魔力の量自体は膨大だからな。ただそれが有限な以上、迂闊に全力は出せないというだけだ」
つまり節約する必要があるということか。
そう言えばコイツは人を襲って魔力を補給できるといっていたが普通の人間にも魔力があるのだろうか。
「なぁ、人襲って魔力を補給できるといってたけど普通の人間にも魔力ってあるものなのか?」
いや、と首を振って答える。
「前にも言ったと思うが魔力ではなく魂や精神を食らい、魔力を増やすだけだ。普通の人間には魔術師のもつ魔力回路は存在しない。まぁ、いないわけではないが魔術師の家系でもない限りは使えんし存在すらわからん」
ふーんと相槌を打つ。
普通の人間にも魔力があればこいつに提供できないものかと考えたがどうやらそれは無理らしい。
残念ながら私の家は魔術師とやらの家系ではないし。
表面の欠けた宝石を眺める。
綺麗な物だけどそんな魔力があるとはまったく見えない。
「これ、私のじゃないんだけど元の持ち主に返してもいいかな?」
アサシンはそれにも首を振る。
「今はやめておけ。君は他のサーヴァントに知られているから必ず狙われる。それに何かあれば私は現界できなくなり消え、君は身を守ることもなく死ぬ」
それに、とアサシンは付け加える。
「その宝石の持ち主は魔術師だろう。下手をすればマスターの1人ということも考えられる。私の供給源を握られたまま敵と戦うなど考えたくもない」
「ちょっと待った、この宝石の持ち主が魔術師だって?」
無言で頷くアサシン。
「何かの間違いじゃないのか? だってこれの持ち主は―――」
遠坂じゃないかと言おうとして止まった。
いや、だってさ。
黒いローブ着て床に魔法陣書いて血の滴る生贄捧げてる姿思い浮かべたら・・・。
恐ろしいほど違和感が無い・・・。
ああ違う、これじゃ黒ミサだけどイメージとしては間違っていないような気がする。
なんにせよ遠坂=魔術師のイメージは実にしっくりくるものだった。
まぁ、アイツの本性知ってるせいだと思うんだけどね。
「あー・・・魔術師って言われても違和感ない奴だわ」
ふむ、とアサシンは考え込む。
「ならば持ち主にはこれを渡しておけ。何か聞かれるかもしれないが知らんと言え。ただ拾ったと」
そう言ってアサシンはあたしに何かを放り投げた。
―――まったく同じ宝石。
あたしが口を開く前にアサシンが説明する。
「言っただろう、私はその宝石に縁のある者だと。それには魔力は残されてはいないが持ち主に渡しておけ」
それだけ言うとアサシンは私を抱き上げた。
「ちょっと!」
抗議の声を上げるがアサシンはそ知らぬ顔だ。
もう何度目になるのか考えたくもないが恥ずかしいものは恥ずかしいのだ!
「私の弓を使ったせいで生気が抜けていよう。街まで向かうから家に案内しろ」
まぁ、確かに立てないんだけどさ。
でも肩を貸すとかもっと別の方法はないものか!
「では行こうかマスター。振り落とされないように掴まっていてくれ。なに、大人しくしていれば問題はない」
などと言ってニヤリと笑う。
「アンタ絶対わざとでしょ!!」
「さてな、では行くか」
クックックッと笑いながらアサシンは駆け出す。
「ふざけんなー! 後で絶対殴ってやる!!」
夜の闇に絶叫が響き渡った。



教会を出ると風が出ていた。
鉛色の空は今にも雨が降り出しそうだ。
「シロウ」
呼びかける声に反応して顔を上げる。
心には重いモノが残ったままだ。
だが決めたのだ。
―――あの地獄は二度と繰り返させない。
だが、それは俺の力だけでは出来ないだろう。
「セイバー、力を貸してくれるか?」
この少女に頼るのは気が引けるが、それでも頼るしかない。
何故なら衛宮士郎では力不足。
目に見える物を守ることすら出来そうもない。
―――喜べ少年。君の願いはようやく叶う。
否定したい言葉。
正義であるための悪の存在。
そんなモノを自分は望んでいたのだろうか。
暗い考えに囚われている俺に力強く彼女は答えた。
「この身は、貴方の剣となると誓いました。その誓いは破られることはない」
迷いのないその答え。
ならば自分も迷うまい。
聖杯戦争で起きる被害を防ぐ。
今はそれだけを考えるべきだ。
「分かった。よろしく頼む、セイバー」
手を差し出す。
昨日とは違う意味の握手。
セイバーはそれを見て右手を重ねてくる。
「―――ふぅん。その分じゃ放って置いても良さそうね、貴方たち」
声の先には遠坂と闇を纏う男が立っていた。
セイバーは手を離し一瞬で武装する。
「待ちなさい。こんな人目につきかねない場所で戦うつもりなの?」
遠坂の言葉にもセイバーは警戒を緩めない。
まだ日は落ちていない。
それに人気が少ないといっても皆無ではないだろう。
セイバーは剣を握り締めたまま遠坂の横に立つ男を睨む。
「それはそちらの出方次第だ。この場は引くというのであれば私も手出しはしない」
「ちょっと待て! なんで俺と遠坂が戦わなくちゃならないんだ!」
思わず叫ぶ。
「なんでって・・・あのね、私たち敵同士だって分かってる? セイバーの行動は至極まっとうなものよ。あなたもマスターの1人ならそれくらい自覚しなさい」
呆れたように遠坂が言う。
「敵って・・・なんでさ。俺、遠坂と喧嘩するつもりなんてないぞ」
はぁ、と遠坂はため息をつく。
その前に男が進み出る。
「マスターよ。敵がやる気でいるのならば容赦することはなかろう」
男の体の表面が小波のように揺れる。
それが何なのか分からないが攻撃態勢であるということは分かった。
「待ちなさい、アーチャー。この場で戦うのは得策ではないわ。・・・セイバーも下がりなさい」
その言葉で男が下がり、それを確認してからセイバーも剣を降ろした。
「・・・ここに連れてきたのは私だし、町に戻るまでは何もしないわ」
セイバーが頷き武装を解く。
「貴方の今までの行動から考えてその言葉、信用しましょう」
俺はほっと息をつく。
セイバーは記憶がないと言っていた。
その状況で戦うなどもってのほかだし、遠坂と戦うつもりもない。
「それじゃ行きましょう。こんな所に長居する理由はないわ」
それだけ言うと遠坂は坂道を下っていく。
「ちょっと待てよ!」
だが遠坂は止まらず去って行く。
それを追いかけ走る。
遠坂は既に交差点の所まで歩いていた。
それに追いつき話し掛ける。
「遠坂、俺は―――」
それを制して遠坂はきっぱりという。
「貴方がどう思っているのか知らないけど、私はこの時をずっと待っていた。7人のマスターが揃って聖杯戦争という殺し合いが始まるのをね」
その遠坂の目を見て思い知った。
彼女に迷いはない。
遠坂凛という人物は魔術師として完成されている。
自分とは違い一人前だ。
だけど―――
「ここで別れた方がいいでしょう。説明もしたし何も分からないって言う事はもうないわね。これ以上一緒にいても何かと面倒でしょ。だからここで別れて次に合った時は敵同士」
本当ならあの時アーチャーを止める理由はなかった。
あのままセイバーやランサーごと俺を殺すことだって出来たはずだ。
今こうして何も知らない俺に説明をする必要だって―――
彼女からすればこれらは全て余分な事なのだ。
『これ以上一緒にいても何かと面倒でしょ』
そんな台詞を言うのなら、初めから一緒になんていなければよかったのだ。
それでも彼女は損得勘定を秤にかけずにあくまで公平であろうとする。
魔術師としての考えとは正反対の余分。
つまり彼女はいい奴なのだ。
「そうか・・・けど出来れば敵同士にはなりたくない。遠坂みたいにいい奴は好きだからな」
「な―――」
何故か遠坂は黙ってしまった。
しばらくしてごほん、と咳をして向き直る。
「と、とにかく、サーヴァントがやられたら迷わずさっきの教会に逃げ込みなさいよ。そうすれば命だけは助かるんだから」
それだけ言うと彼女は新都の方へ向かって歩き出す。
「遠坂」
俺の声を聞き、今度は振り返る。
「―――ありがとう」
その言葉を聞き彼女は眉を吊り上げる。
「やめなさい。そういう考えじゃ死ぬわよ。敵に礼を言う余裕なんてないの。例え肉親でも叩き潰す対象として見れなきゃ生き残れないわよ」
まったく、何考えてるのかしらと呟きながら足早に立ち去っていく。
立ち去っていく背中を見ながら俺は呟く。
「じゃあなんで遠坂は俺を殺さなかったんだ?」
その疑問に答える者はいない。
「彼女は悪い人物ではないようですね」
と、後ろから声がかけられる。
セイバーは無表情だが幾分、口元が緩んでいるように見えた。
「そうだな。俺たちも戻るとするか」
交差点を遠坂とは別の方向へ歩く。
ふと、教会を出た時の感情がなくなっていることに気がつく。
セイバーや遠坂の迷いのない目を見たからだろうか?
まぁ、なんにせよ今の悩みは
「さてと、今夜の晩飯はなに作るかな・・・」
これだったりする。
何しろセイバーだけじゃなく藤ねぇも泊まるつもりだ。
多少、冷蔵庫の中身だけでは少ないかもしれない。
「それじゃセイバー、町の案内がてらに商店街寄っていくからな」
無言で付いて来る少女にそう告げて歩き出した。

7: LOST (2004/04/19 22:04:23)[lost at olive.freemail.ne.jp]

interlude


自らのマスターを家まで送届けた後で私は偵察に出る。
アヤコは色々と罵詈雑言を叩きつけていたがベットに降ろすとすぐに眠りについた。
私の弓を使ったのもあるだろうが精神的に疲労していたのだろう。
美綴綾子。
長き戦いの日々で擦り切れた記憶にその名前はない。
この時代での私の記憶自体が既に希薄なのだ。
それでも覚えていることもある。
衛宮切嗣が最後に残した呪いと、あの地獄と、この聖杯戦争の事だけは―――
その聖杯戦争の記憶も既に断片的なものとなっている。
だが記憶と状況が一致しない。
この聖杯戦争はかつて経験したはずのもの。
英霊エミヤはアーチャーとして召喚されていたはずだ。
私の今のクラスはアサシン。
初めから一致していないのだ。
あの時経験した聖杯戦争では英霊エミヤのマスターは■■■ではなかったか?
記憶の断片化で名前は思い出す事が出来ないが、少なくとも美綴綾子という人物ではなかったはずだ。
僅かに残る記憶を元に、衛宮の家へと走る。
この時代の自分を確認しようと思った。
思い出す。
未熟な自分と愚かな理想。
いつか届くと信じて目に見えるモノ全てを救おうとした、その思い上がり。
怒りが黒く渦巻く。
そんなことは不可能だと言う事を気づかぬ振りをして。
全てを救うと言った口で人を殺して。
自らを救うことも出来ぬ者に何を救う資格があるというのか。
自身を焼く怒り。
この機会を待ち続けた。
気が狂うほど待ちわび、そしてかつての自分がいた世界に呼び出された。
―――もし、かつての衛宮士郎が、自分と同じ道を歩むというのならば、その時は―――
目的の場所に辿り着く。
かつての自分が居る場所。
アサシンクラスのスキル、気配遮断を使いながら塀を飛び越え中庭に降り立つ。
そこで初めて懐かしさを感じた。
眼に映るのは鍛錬を繰り返した土蔵。
そう、私はあそこで彼女を呼び出した。
土蔵に近寄る。
フラッシュバックする記憶。
だが、そこで異変に気がついた。
ここでも記憶との整合が取れない。
土蔵の扉はそのままで、見れば縁側のガラスは砕けている。
―――ならば此処は・・・
怒りも懐かしさも絶望感で埋め尽くされてゆく。
召喚者が異なる時点で気付くべきだったのだ。
この世界はかつていた世界とは異なる場所であると。
だが―――
「そこで、何をしている」
背中にかけられる声は懐かしく聞こえた。
ああ、と安堵する。
異なる世界で自分の知るモノを見つけた。
凛と響く彼女の声は自らの記憶にあるモノ。
なるほど、彼女であれば付け焼き刃の気配遮断など意味はない。
気がつけば口元に浮かぶ笑み。
だがその笑みは振り返り驚愕に変わる。
「・・・セイバー?」
間違いなく彼女である筈なのに、その姿は記憶にあるモノとは違う。
黒い鎧と黒い剣。
闇の中で爛々と輝く紅い瞳。
「貴方はアサシンのようだな。・・・それにしては気配が完全に断ち切れてはいないようだが・・・」
剣を構える彼女。
記憶では不可視だった剣はその姿を晒している。
最早疑う余地もなくここは異世界だった。
異世界・・・自らの知らぬ世界であればそう呼ぶのに何の不都合があろうか。
干将・莫耶を投影し構える。
彼女と向かい合っても敵意も殺意も浮かばない。
だが、例え世界が異なろうとも―――
「ふっ―――」
彼女が踏み込んでくる。
蘇る記憶―――
庭が閃光に包まれる。
干将で一の太刀を受け流し、莫耶で返す二の太刀を受け止める。
道場で繰り返した訓練―――
受け止めた莫耶の刃を滑るように剣を走らせ首を狙う一撃を身を引いて避ける。
最後まで未熟な私を守ったその姿を―――
気付けば再び口元に笑みが浮かぶ。
「・・・そうだな、例え―――」
例え世界が異なろうとも彼女は彼女だった。
それが嬉しかった。
そんな私の様子を見てセイバーが眉を顰める。
「何がおかしいのです?」
剣を向けたまま、不快げに語りかけてくる。
「・・・失礼。今の君には関わりのない事だ。気分を害したのなら詫びるが」
そう言い、双剣を構え直す。
あの聖杯戦争の記憶は朧気だ。
彼女の記憶もほとんどなく、別れも覚えていない。
だが一言、これだけは言いたかった。
「―――ありがとう。君に何度も助けられた」
何を言われているのか分からず、うろたえるセイバー。
ああ、こんな気分で逝くのなら悪くない。
例え英霊となろうともこの身が彼女に敵うとは思えない。
私の能力では1を極めた彼女には届かないだろう。
だが―――
私にも極めたモノがある。
自らの使う武器で編み出した技がある。
それは決して贋作ではなく私自身の真作。
双剣を握る手に力をこめる。
―――俺でもサーヴァントを倒せるような、簡単な必殺剣とかあったら教えてくれないか?
未熟な自分のくだらない質問を思い出す。
その時の彼女を思い出して笑いが声に出る。
だが私は編み出した。
バーサーカーすら退けた必殺の剣を。
かつての自分の小さな夢。
セイバーを超えるという夢を今果たそう。
逝こう、この身体を剣へと変えて。

「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ―――」

魔力を込めて双剣を投げつける。
バーサーカーには届いた。
では彼女には?
左右より飛来する双剣は閃光と共に弾かれる。
英霊となったこの身でも同時にしか見えないその太刀筋。
その技量に今更ながら感嘆する。
そこで思い出したのだ。
この技は―――彼女と戦うことを夢見て編み出した技であると。
ならば届いて見せよう。
長きに渡る戦いの中で忘れてしまっていた事。
戦いに倦み、自分すら忘れるほどの時間に流された。
それでもこの技は覚えている。
彼女に届く事を願い、鍛え上げたこの技は最初の想いを覚えている。
無刀となった私に彼女が剣を振るう。
一瞬で投影した双剣でそれを弾く。
「同じ武器!?」
サーヴァントの武器は使い捨てに出来るような物ではない。
だから弾かれた剣とまったく同じ武器を取り出したのに驚いたのだろう。
これは干将・莫耶という名の夫婦剣。
その性質はお互いを磁石のように引き寄せる。
最初に弾かれた剣が手に持つ干将・莫耶に引き寄せられ、彼女を背後から襲う。
「なっ・・・!?」
咄嗟に横に飛び跳ねその一撃を回避する。
直感―――未来予知じみたそれ。
だが次の手は既にある。
距離を取った彼女に手に持つ双剣を再び投げつける。
それに呼応し、避けられた干将莫耶も彼女を襲う。
空を切る4つの刃。
彼女の直感が未来予知に匹敵するモノであればそれを超える攻撃を繰り出すまで!
「くっ・・・」
数々の敵を葬ってきた必殺の剣。
彼女を敵と想定し、彼女を超える事だけを目的として磨き上げた技。
かつての夢の続きを見ている。
彼女のいる間には一度も届くことはなかった。
だがこうして再び剣を合わせることが出来る。
あの時とは違い敵同士だという差があっても。
「行くぞ、セイバー―――」
駆ける。
手には三度投影した干将・莫耶。
彼女は空を舞う4つの刃の尽くを弾き飛ばす。
そこに襲う双剣の一撃。
ガギン、と言う音と共に帯電したような衝撃が襲う。
魔力の猛りが剣を伝い体に走る。
干将を滑らせ切りつけるが無理な体勢からの攻撃のため力が込められない。
その一撃は避けられることもなく彼女の鎧に弾かれる。
体勢を崩した私に黒い切っ先が迫る。
その一撃を弾くが、すぐに切り返しが襲い掛かる。
飛び跳ね、その一撃を躱す。
彼女はそのまま剣を振りぬき背後に迫る刃を退ける。
出鱈目なまでのその強さ。
これでは駄目だ。
私との距離を詰めようと彼女は駆け寄るが、それを4つの刃が阻む。
前から襲う3つの刃を叩き伏せ、後ろから襲う1の刃を身を落とし避ける。
まだ届かない―――ならば。
両の手に持つ双剣をさらに投げつける。
煌めく6の刃。
どのような敵でもこれで倒してきた。
これで敵わぬ敵があろうか―――
刃の1つが撃ち落され、1つが受け流された。
背後に迫る2つの刃を一太刀で弾き飛ばし、その左右から襲う剣を飛び跳ね躱す。
これ以上剣は増やせない。
それぞれの剣の軌道を妨げずに攻撃できる限界の数が6。
ならばこの手にある2つの刃を持って限界を超えよう。
闇を切り裂き剣が舞う。
それを迎え撃つ剣の太刀筋はただ美しかった。
今、彼女と同じ高さに立った。
ただひたすら磨き上げた技を持って。
何時までも見ていたい夢のようだった。
繰り出す一撃はそれぞれが必殺。
ぶつかり合う鋼の音は音楽のように耳に響く。
だが夢には終わりが来る。
8つの刃に晒された彼女に限界が訪れる。
私の両断するよう、挟み込むように繰り出した左右からの攻撃を躱し、同時に上から飛来した2つの刃を打ち砕いた。
そのタイミングで上下左右より4つの刃が飛来する。
剣を振りぬいた後の絶望的な隙。
これでチェックメイト。
彼女の技量をもってしても全てを回避することは出来まい。
だが、その瞬間。
彼女の目が紅から金に変わった。
「オオオオォォォォォォォォ」
雄叫びと共に繰り出される一撃は眼に捉える事は出来なかった。
いや、一撃ではない。
彼女を襲った干将莫耶の全てが砕かれている。
気圧されるほどの魔力を放ちながら獣のような殺気を漲らせる姿はまるでバーサーカー・・・
「まさか―――凶化だと!?」
だが彼女のクラスはセイバーであってバーサーカーではない。
そこで気がついた―――否。
最初から気がついていたのだ。
彼女の姿の相違、禍々しいその気配。
「―――汚染」
何かに汚染されている。
そしてそれが凶化という形で現れる。
今の彼女に理性はない。
漆黒の鎧に赤く模様が浮かび上がる。
獣のような唸り声と共に彼女が地を蹴る。
ただ力任せに打ち込んでくる剣には先程までの美しさはない。
それでもその威力は先程に勝る―――
数撃を受けただけで干将が砕け散り、次の一撃で莫耶が折れ曲がる。
それを投げ捨て新たな剣を投影する。
―――ありえない。
この時代の未熟な衛宮士郎の投影ならいざ知らず、その完成形である私の剣を砕くとは。
バーサーカーの凶化に似ているのならば、その効果も同じなのか動きも力も全て上昇しているように思われた。
双剣を交差させ真上から打ち落とされる剣を受け止める。
剣に走る亀裂。
まずい。
干将・莫耶ではこの攻撃に耐える事が出来ない。
今までの戦闘経験から導き出される答え。
―――“unlimited blade works"の使用は無意味、目標の身体能力はエミヤを上回る。
―――他の宝具の投影はワンランクダウンする為、同等・それ以上の存在の投影が必要。
ならば答えは1つ。
ただ1つの勝利の方法。
彼女の剣の投影。
あの剣ならばこの攻撃に耐え得るだろう。
だが、あの剣の投影は莫大な魔力を消費する。
先程は死んでもいいと思った心は今は生き延びることを考えている。
彼女と戦い死ぬのはいい。
だがそれ以外のモノの手では死にたくはなかった。
かつて見た黄金の剣を投影する。
彼女に相応しき黄金の剣、選定の岩の剣、輝きを運ぶもの。
「―――投影、開始」
宝具を展開するよりは消費は少ないものの、それでも決して少なくはない。
今後の戦いを考えると頭が痛くなりそうだが今はこの場を生き残ることを考える。
ふと、アヤコの言葉が頭に浮かんだ。
―――あたしの方針は基本的に戦わない。向こうから襲ってきたらさっきみたいに逃げる。
そうだな、アヤコ。それは名案だ。
剣の投影が完了する。
それを見た彼女が怯えたように後ずさる。
瞳が金から紅へと変化すると共に理性の光も戻ってくる。
「ぐ・・・ぅ・・・」
苦しげにその場にしゃがみこむ。
どかどかと走る音。
「セイバーーーーーーーー」
縁側から現れる衛宮士郎。
「―――ふん。ようやく現れたか」
愚かしい過去を見る事ほど苛立つことはない。
かつての自分が彼女と私の間に立つ。
「・・・下がっていてください」
よろめきながら立ち上がる彼女。
まったく腹が立つ。
そんな脆弱な力で彼女を守れると思っているかつての自分に腹を立てている。
ふと、手に持った剣を見る。
―――カリバーン 勝利すべき黄金の剣―――
それをかつての自分に放り投げた。
「それを彼女に渡せ。剣は本来の使い手の元にあるべきだ」
何故そんなことを言ったのか分からない。
違う―――
私はわかっている筈だ。
―――私は彼女にもう一度会いたい。
「・・・では今日はこのあたりで引き上げる。・・・だが必ずこの決着はつける」
彼女と戦う。
かつての自分など、どうでもいいほどにその想いは強い。
その場を去ろうとした私に彼女の声がかけられる。
「貴方は私を知っているのか?」
「・・・知っているとも言えるし知らぬとも言える」
彼女の事を知っているが、この世界の彼女は知らない。
だからそう答えた。
背を向けて歩き出す。
止める声はなく私はそのまま塀の外へ跳ぶ。
あれほど思い詰めていた自分の抹殺が彼女の出現でどうでもいい事のように思える。
異世界の自分など抹殺したところで英霊の座にある私の本体はその存在を揺らがせることはないだろう。
あくまでまったく同じ世界でなければならないのだから。
それに今の私には目標がある。
いや、その願いは今生まれたモノではない。
長き戦いの中で忘れかけていたモノだ。
セイバーを倒すという誰かの為に生きた私の数少なき自らの望み。
記憶の欠片を繋ぎ合わせ彼女を思い出す。
思えば、私の人生は彼女の後を辿るようなものだったのかもしれない。
断片的な記憶の中でも彼女との時は輝いていた。
知らず笑みが浮かぶ。
これほど楽しいのは一体何時以来の事だろう。
彼女と互角に戦えるようになった自分。
敵わぬと思っていた。
しかし剣はもう少しで届く位置まで来ていた。
あの道場での日々からどれだけ進歩したことか。
遠き日の小さな願いを叶えよう。
そうすれば少しだけ、この意味のない人生にも価値はあったのだと思えるのだから。


interludeout



去り行く赤い背中を見つめる。
軽い頭痛と不快感を感じたその姿。
だがそいつの渡した剣は見事だった。
剥き身の刀身は黄金。
暗闇の中でも微かに輝いている。
しばらくその剣に見入っていたが、はっとして後ろを振り向く。
ふらりと倒れそうになる所を慌てて支える。
「大丈夫か、セイバー」
息が荒い上に顔色がひどく悪い。
「とにかく休もう」
そのまま家に戻ろうとするがセイバーは動かない。
ただ、庭に刺さる黄金の剣を凝視している。
「・・・シロウ、あの剣を・・・」
剣に向かおうと歩き出すが足が縺れて転びそうになる。
「今は休んでいてくれ。あの剣は俺が取ってくるから」
セイバーを支えながら家に入る。
そのまま部屋に運び横にさせる。
「俺はあの剣を取ってくるからちゃんと休んでろよ」
そう言い残して再び庭に向かう。
しかしセイバーのあの様子は一体・・・
物音に気がついて庭に飛び出てみれば対峙する赤と黒。
その時には既にセイバーはあんな感じだった。
一見した所、傷も何もないようなのだが・・・
庭に降り立ち剣の刺さる場所まで歩く。
やはり見惚れるほど美しい剣だ。
あいつ・・・サーヴァントだろうが何故これを置いていったのか、その意図が分からない。
これほどの名剣を手放す理由など・・・
―――それを彼女に渡せ。剣は本来の使い手の元にあるべきだ。
そんな事を言っていた。
剣を引き抜く。
贅を凝らした装飾はおおよそ戦闘には向きそうもないが、同時に心惹かれるものがある。
その剣を持ったままセイバーの元へ戻ると、彼女は既に眠りについていた。
幸いと言うべきか、鎧は既に解かれていたからそのまま布団に運び、剣をその隣に置く。
その時あることに気がつき、納得した。
開きっぱなしの魔術回路。
そこから流れていく魔力。
その向かう先は彼女だった。
サーヴァントはただの使い魔ではないが、存在する方法は同じと言うことかと納得する。
部屋に戻り、自分も布団に入る。
隣の部屋で眠るセイバーが気になるがそれ以上に眠い。
何があったのかは明日聞く事にして目を閉じるとあっという間に眠りが訪れた。


夢を見た。
夜明け前の空。
風に身を任せ彼女は遠くを見つめている。
彼女は自分の知る姿とは異なっていた。
金の髪に緑の瞳、手にはあの黄金の剣。
1枚の絵のような光景だった。
彼女の視線の先には敵の大軍。
不安も迷いもなく、彼女はそれを見つめていた。
自分の知る姿と違う少女。
では何故、彼女の姿は変わってしまったのだろうか―――


―――シロウ
声が聞こえる。
夢が白くなり、意識が覚醒に向かう。
目を開けるとセイバーの姿。
「ん・・・どうしたんだ?」
時計を見ると10時過ぎ。
疲れていた為に寝過ごしたらしい。
それにしても彼女は何故起こしに来たのだろうか?
「シロウ、タイガが居間で暴れています」
「は?」
頭が一瞬真っ白になる。
「そうだった! 藤ねぇがいたんだ!」
がばっと体を起こす。
あの大食らいの藤ねぇから食事を抜いたらどうなるか・・・
飢えた虎は何をするか分からない。
というか暴れるくらいなら起こせばいいものを!!
いや、むしろ家に帰って食べろよ!
心の中でそんな悲鳴をあげながら布団を片付ける。
「セイバー! 藤ねぇが何か壊しそうだったら止めてくれ。すぐ着替えていくから」
こくりと頷き部屋からセイバーは出て行く。
と、
「あ、セイバー。体はもう大丈夫なのか?」
昨日の様子を思い出して尋ねる。
何があったのかは知らないが尋常な様子ではなかった。
「私なら問題ありません。その話は後でしましょう」
そう言うと居間へ歩いていく。
「まぁ、本人が大丈夫って言うのならいいけどさ・・・」
着替えながら呟く。
それにしてもさっきの夢は何なのだろうか。
今とは違う姿の彼女。
その手に持っていたのは正体不明の人物の置いていった剣。
彼女に聞こうと思ったが記憶がないのを思い出す。
そのあたりの事は昨日の事と一緒に聞いてみようと思いながら居間に向かう。
うん、まずは藤ねぇに餌を与えてからにしよう。
居間に入り、後ろで腹減ったと吠える虎を無視しエプロンを取る。
そう言えばセイバーも昨日の夜結構食べたなーと思いながら冷蔵庫のドアを開けた。

遅い朝食を終えて居間に落ち着く。
藤ねぇは飯を食べ終わると部活の練習指導の為に学校へ向った。
剣道の段持ちなのに部活の顧問は弓道部だと言うのだから謎だ。
まぁ、セイバーと話すには好都合だ。
「それで昨日の夜、何があったんだ?」
回りくどい事はせずに単刀直入にセイバーに尋ねる。
それに頷きセイバーが答える。
「はい。昨夜、寝ず番をしていたところ―――」
「ちょっと待った」
今聞き捨てならない事言わなかったか?
「寝ず番なんてしてたのか?」
当然です、とセイバーは頷く。
「元々サーヴァントに睡眠は必要ないものです。むしろ睡眠をとることにより主が危機に晒される分、不利になると言ってもいいでしょう」
効果があると言えば魔力の消費を多少抑えることが出来るが魔力を使っていない今、その必要はないという。
いまいち納得しきれないが話が進まないので今はそれに頷き話の先を促す。
「とにかく寝ず番をしていた所、妙な気配を感じたので様子を見に庭へ向かいました」
それを聞いておや?、と思った。
この家は仮にも魔術師の家。
侵入者があれば結界に反応するはずなんだがなーと言うと、それについてもセイバーは説明した。
「あれは恐らく、アサシンクラスのサーヴァントでしょう。アサシンの気配遮断であれば結界を欺くことは出来ると思います。ただ―――」
その気配の消し方が妙だとセイバーは語る。
「確かにサーヴァントとしての気配は完全に消えてはいましたが、存在としての気配はまるで断ててはいませんでした。それに本来であればアサシンクラスに選ばれる者は決まっている筈ですが彼は決められた人物ではない。生前の在り方がアサシンとは別の物だったのでしょう」
「存在としての気配?」
「はい。例えばシロウが廊下から歩いて来たとしますと、居間にいる私はそれに気がつく。それと同じ感じです」
なるほどと納得しながら昨日の赤いサーヴァントを思い出す。
確かに暗殺者と言うよりは騎士のような姿だった。
「私が声をかけるとなにやら妙なことを言っていました。その・・・ありがとう、君に何度も助けられた、と」
「は?」
ナンダソレハ
「剣を合わせている最中に何を言うのかと思いました」
後で聞いた俺がびっくりしているくらいだ。
その場で聞いた本人の方がもっとびっくりするだろう。
それにしても・・・
「君に何度も助けられた?」
だとするとセイバーと同じ時代から召喚された者なのだろうか。
その可能性を彼女は考えているのだろう。
「うーん・・・どうもセイバーの事を知っているような素振りだったしな」
テーブルの上に置かれた剣を眺める。
これを投げたときのあの台詞といい去り際の台詞といい、セイバーの事を知っているとしか思えない。
そしてセイバーは過去の事がわからない。
「もし、私の正体が知られているとなれば不利は免れないでしょう。敵は私の弱点も知っているかもしれません・・・」
過去の英雄は弱点も記録に残っている場合がある。
もし、セイバーにも弱点があれば戦いはやりにくくなると言う事か。
「この剣の名前が分かればな・・・」
剣を手に取る。
あのサーヴァントの言うことが正しければ、これは彼女の物ということになる。
過去の英雄は大抵、何らかの武具を所持している。
この黄金の剣もきっと名のある物なのだろう。
「・・・ですが問題はそれだけではありません」
僅かに俯きながらセイバーが呟いた。
「あのサーヴァントと戦っている最中で私は窮地に立たされました。敵の攻撃を避けきれないと覚悟した瞬間、私の意識はなにか凶暴なものに支配さたのです」
そして気がついた時には俺が駆け寄る所だったという。
覚えているのはこの黄金の剣だけ、と言って俺の手から剣を取る。
ふと、その姿が夢の中の彼女と繋がる。
「・・・本来であれば避けきれない攻撃でした。・・・だけど私はかすり傷1つ負ってはいなかった」
手にした剣を眺めながら彼女は続ける。
「気がついたときの異常なほどの消耗と通常であれば回避が不可能であるはずの攻撃の回避。・・・考えられるのは凶化による能力の上昇ですが私のクラスはセイバーでありバーサーカーではない。それにこれは凶化ではなく魔力の異常放出とその副作用による能力上昇と言った方がいいでしょう」
バーサーカークラスは正気を失うことによって能力を上昇させると言うが彼女に昨夜起きたのは魔力を異常に消耗することによって能力を強化したのではないかと言うことだ。
似ているようでこの2つは違うと言う。
凶化は理性を失う代償に能力を上げる。
彼女は魔力を大量消費して能力を上昇させた。
しかも理性がない為、最悪魔力が尽きるまで戦い続けただろうと。
「でも何でそんな事が起こったんだ?」
それには首を振り分からないと答えた。
セイバーの正体を知る可能性のあるサーヴァントと彼女自身分からない暴走。
謎は増える一方だ。
「・・・まずはセイバーの正体が分からない事には何も出来ないな」
もしかすれば、そこから彼女の記憶が戻るかもしれない。
セイバーは黄金の剣を見つめている。
それを見て今朝の夢を話してみようと思った。
夢の内容を聞き、セイバーは考える。
「・・・それは私の過去なのでしょうか?」
それはこっちが聞きたい。
「そこまでは分からない。むしろただの夢って事の方が―――」
いえ、とセイバーが否定する。
「魔術師と使い魔はラインで結ばれます。そこから相手の記憶が見れたとしても不思議ではないでしょう」
「? だとするとおかしくないか。セイバーには記憶がないんだろ? なのにその記憶を見ることなんて出来るわけがないじゃないか」
もしかすると、と前置きをつけてセイバーが何か思いついたように話し出す。
「シロウの見た夢の姿と私の姿の相違。それが何か関係しているのではないでしょうか」
そうだとしても俺には分からない。
親父から色々聞いてはいるがそれだって全部覚えているわけじゃない。
魔術師としても強化が出来るだけ。
魔術師―――
ふと頭に思い浮かぶのは遠坂。
彼女なら何か分かるかもしれない。
「うーん・・・遠坂に明日聞いてみるか・・・」
正直、それしか解決策が浮かばない。
「遠坂・・・アーチャーのマスターですか。しかし・・・」
まぁ、セイバーの言いたい事はわかる。
これは敵に弱点を教えるようなものだ、と言いたいのだろう。
「まぁ、確かに次に合ったら敵同士って言われたけど、人目に付く場所で戦ったりはしないだろうからさ。明日聞いてみるよ」
「ですが・・・」
「アイツなら多分大丈夫だろ。そんなんで殺すって言うならとっくに殺されてるはずだからな」
楽観的すぎるかもしれないけど多分、遠坂はそういう奴だ。
だからそういう奴とは敵にはなりたくない。
セイバーはふぅ、と息をつく。
「分かりました。マスターの判断に任せます」
納得はしないと言った顔だ。
名前で呼んでいたのにわざわざマスターと呼んだのもそのせいだろう。
「どうやらマスターはアーチャーのマスターを信用しているようですし」
どこか棘のある言い方。
「む。他に方法があるならそうするけどさ。この場合、他に頼れるものがないじゃないか」
こと魔術においては強化以外はからっきしだ。
その強化だってここ数年は1度も成功していなかったりする。
考えられる原因としては召喚時の事くらいだし、そうだったら俺の手の及ぶところではない。
それ以外でもまったくお手上げ状態だ。
・・・なんだか考えてて情けなくなってくる。
「・・・ごめんな。ちゃんとした魔術師なら何かしてやれるんだろうけどさ」
やんわりとセイバーは首を振る。
「謝る必要はありません。貴方は悪くはない。記憶を失うなど私の不覚に過ぎません」
そんな事はない、と言おうとして止める。
たぶん、このまま言い続けても平行線になるだろうという事が目に見えたからだ。
だから心の中で詫びる。
未熟すぎる自分。
・・・実は自分の力だけで何とかなると思っていた節があった。
だが、そんなものは幻想に過ぎなかった。
今こうして、セイバーに何もする事が出来ない自分を見て思い知る。
アーチャーと戦っている時も昨日の夜だって何も出来なかった。
挙句、遠坂に頼ろうとしている。
自らの力の限界。
今届かないのなら、届くまで手を伸ばすしかない。
「セイバー」
改めて彼女に向き直る。
セイバーも何か感じたのか剣を置き、俺に向き直る。
「今の俺では魔術面も含めてちゃんとサポートすることは出来そうもない。だからせめて剣を教えてくれないか」
一朝一夕でどうにかなるものではないのは重々承知している。
「シロウ、貴方ではサーヴァントと戦うことは出来ません」
あの時のランサーの槍捌きもセイバーの太刀筋も俺に対抗できる物ではないのは分かっている。
それでも、何もせずにいるよりはマシだ。
「確かに俺では勝てないと思う。勝てない奴にはどうしたって勝てないってのも分かった。でもセイバーほどの使い手と手合わせできれば少しは戦いの感覚とかが掴めるかも知れない」
その言葉にセイバーは難しい顔をしている。
どのくらい効果があるのか分からない。
まったく意味はないかもしれない。
だが隙を突かれて俺に攻撃が来たとき、数秒でも耐えられれば生き延びるチャンスが出来るかもしれない。
どういう攻撃が危険でどう対処できるか。
それは実際に戦って身につけなければ駄目だろう。
「―――分かりました」
考え込んでいたセイバーが頷く。
「では戦いにおける死の感覚というものを徹底的に叩き込みます。死の臭いと言うものを感じ取れればそれを避けることも出来るかもしれません」
「じゃあ―――」
はい、と言いセイバーは立ち上がる。
「では時間を無駄にする事はないでしょう。幸い此処には修練すべき場所もあるようですし」
この家には道場があるのでそれの事だろう。
道場に向おうとするセイバーを目で追い―――
もう1つ、聞く事を思い出した。
「セイバー、この剣について何か分かるか?」
彼女が立ち止まり
「・・・思い出せる事はありませんが、何か懐かしい感じはします」
とだけ言って道場へ歩いていってしまう。
一瞬見えた表情は苦悩とも悲しみともつかない顔だった。



interlude

夜。
アーチャーの情報を元にビルの1つに踏み込む。
彼の使い魔のおかげで新都の異変にいち早く気付く事が出来る。
新都一帯を流れるおかしな魔力の流れ。
その1つの発生源に私は踏み込んだ。
「―――」
ドアを開け放つと錆びた鉄の臭いとそれに混じる草の匂い。
その向こうに倒れる人影。
「―――なんの香だろう、これ。アーチャー、貴方分かる?」
黒い影が室内に入り、倒れた人を調べる。
「ふむ・・・魔女の軟膏であろう。男に対する恨み・・・女の仕業だろう」
「とするとキャスターかしら?」
窓を開けて充満した毒を逃がしながら尋ねる。
キャスター・・・なにかと因縁のあるサーヴァントだ。
サーヴァントの中では力のあるクラスではないが、それでもネロと戦い未だ生き延びている。
開け放った窓からカラス―――ネロの使い魔が入ってくる。
「なるほど、魔力の流れは山の上に向っているようだ。だが―――」
ネロはカラスを再び空へ放す。
「どうやらそこには結界が張ってあるようだ。霊的なモノでは侵入できん」
重体の人物の手当てをしながらネロの言う場所を考える。
該当する場所は一箇所だけ。
「柳洞寺ね・・・間違いなく」
思わず舌打ちする。
どうやら厄介な場所に陣地を作成されたようだ。
寺全域を覆う結界。
それは前からあるものでサーヴァントが張ったものではない。
「それじゃあこの場は離れましょう。後は放って置いても問題はないし今から連絡するのも朝になって見つかるのも同じだわ」
部屋を出て、コートに残り香がついているのに気がつく。
「・・・チ。服、クリーニングに出さないと」
コートには血の匂いが染み付いていた。
「これからどうするのだ? 位置の知れているのはセイバーとキャスター。攻め込むのならばどちらでも構わんが」
姿を消したネロが尋ねる。
「・・・そうね。私の魔力もまだ回復しきれていないから、今は情報収集に当たりましょう。柳洞寺は正直厄介だわ」
そう言って角を曲がり階段を下る。
誰も居ない階段にがんがんと音が響く。
「リン」
「え?」
突然呼ばれて足を止める。
目の前でネロが実体化する。
いや、驚いた。
コイツは今まで私の事をマスターとしか呼んでいなかったから名前で呼ばれて驚いたのだ。
つまり―――話したい事があるのだろう。
「何故、セイバーのマスターを見逃した」
「―――」
確かに聖杯戦争に召喚されたサーヴァントなら納得いかない行動だろう。
「わざわざ敵に塩を送る真似などする必要はなかっただろう。あの場でマスターを倒せば―――」
「ネロ」
ネロの言葉の先を止めさせる。
「そうね・・・確かに貴方の言うとおりにしていれば楽に勝てるでしょう。でも私はそんな勝利は望んでいないわ」
どんな事でもして勝つのならばネロに人を襲わせるだろう。
だがそんな勝利など何の価値があると言うのか。
「魔術師としては間違っているかもしれないけど、これが私の選んだ道。それにあのマスターなら放って置いても問題はないわ」
「・・・なるほど。魔術師でありながら人であり続けるのか」
そう、だからキャスターは許せない。
サーヴァントとしてのルールを破り、魔術師としてのルールも破った者を見逃すつもりはない。
「では、次にあのマスターが現れたのならばどうする? 既に条件は公平。それでも尚、見逃すのか?」
ネロが静かに問い掛ける。
「―――殺すわ。次に合った時は敵だと言ってある。それでも私の前に現れるような奴にかける情けはないわ」
かつん、と残りの数段を飛び降りる。
「ならば私が言うことは何もない」
そう呟くとネロは闇に溶ける。
警告は与えたのだ。
後はセイバーのマスター次第。
それでものこのこと現れるようならその時は―――


interludeout



「とりあえず、君の方針を尊重する事に決めた」
あたしの前に突然現れたアサシンが偉そうにそんな事をのたまいやがった。
気持ちのいい(はずの)日曜の朝。
飯を食って部屋に戻ったら椅子でふんぞり返る赤い姿が目に入った。
昨日のこともあったんで、つかつか近づいて一発殴った。
「い、いきなり君は何をするんだ!」
「・・・なんとなくね」
自分の拳を見つめながら呟く。
まぁ、朝っぱらからコイツに構っているほど暇じゃない。
「あーそういや、さっきまでいなかったけど、どこに行ってたんだ?」
それにアサシンは不機嫌顔で答える。
「・・・我々サーヴァントは霊体だ。実体化する為の魔力を使わなければ姿を消すことも出来る」
へぇーと適当に相槌を打って、凍りついた。
今なんて言った!?
「お、お、お、お前!」
奴はあたしの反応を見てニヤリ、と口の端を上げる。
「ん? なんだ? ああ、もしかして着替え―――」
轟っと唸りを上げて拳がアサシンに迫るが、その前に奴が姿を消してしまう。
「こんにゃろ! 卑怯だぞ! このエロ幽霊!」
フフン、と笑い声が聞こえるようだ。
「私とて朝から2発も殴られたくはない。それに君は私のマスターだ。何時如何なる時でも傍にいるのはあたりまえというものだろう」
言ってる事は正しいかもしれないが、皮肉げな奴の顔を思い出し余計腹が立つ。
思わずこの宝石、川に流してやろうかと思ったがアサシンに釘をさされる。
「何を考えているのかは知らんが・・・いやいや予測がつくが、それはいつも持っていたまえ。君は既に敵に知られているのだからな」
クックックという笑い声と共にそんな事を言われて、ぐっと思い止まる。
いや、何て言うかコイツ最低です。
だが時計を見ると時間はない。
アサシンは無視する事にして出かける支度をする。
「どこに行くつもりだね?」
何もない場所からアサシンの声。
あー・・・きっと電波ってこんな感じなんだろーなーと思いながらそれに答える。
「学校。部活あるからね」
一々質問に答えるあたり、あたしも律儀な性格かもしれない。
はぁ、とため息が聞こえる。
「君は現状を理解しているのか? 何時狙われてもおかしくないのにそんな事をしに行くというのか」
そりゃもう理解しているに決まっている。
最低なエロ幽霊に付き纏われた挙句、命まで狙われてるっていう最低の状況くらい分かっている。
その上生活まで変えろなんて言われたら、あたしゃ怒りのあまり死ねる気がするね。
「とにかく! 生活パターンまで変えるつもりはないよ」
支度と言っても道具諸々は全部、弓道場に置きっぱなしだ。
なのでそれほど時間はかからない。
あたしは部屋から出る前に、赤い宝石を身に着ける。
「それじゃ行くよ。どうせ来るなって言ってもついてくるんだろ」
不機嫌なあたしの声にアサシンはアヤコ、と呼び止める。
「先程の事は謝罪しよう。君の着替えなど見てはいない。さっき偵察から戻ってきたばかりだからな」
いや何、からかうと面白いのといきなり殴られた事への意趣返しだといけしゃあしゃあと言う。
家族に出かける挨拶をして家を出る。
「偵察って具体的に何をしていたわけさ」
小声で呟いたがアサシンにはしっかりと聞こえるらしい。
「この周辺一帯の安全確認と言うべきかな。幸いこの辺りに敵はいないようだ」
だが結界とやらの存在に気がつかなかったアサシンの言うことにどれだけの信憑性があるのか悩む所だ。
それが顔に出たのか、む、と声が聞こえた。
「信用していないのか?」
信用も何も元となる土台がないのにどう評価すればいいのか分からない。
「まぁ、一応信じるよ。あたしにゃその辺りの事はさっぱり分からないからね」
はぁ、とため息をつく。
一体どうしてこんな事に巻き込まれたのやら。
これからの事を考えると頭が痛くなるようだった。

日が落ちる。
部活が終わり、私一人が弓道場に残る。
部長は色々と忙しいのだ。
はっきり言うと体のいい雑用係みたいなものだ。
さすがに間桐は練習に来なかった。
まぁ、昨日の今日でここに来るあたしの方がおかしいのかもしれないけど・・・
「で、なんであんた実体化してるわけ?」
和風の建物の中で佇む騎士の姿ははっきり言って浮きまくっている。
「なに、少々懐かしかったものでな」
その手に現れる弓と矢。
矢は昨日のものではなくちゃんとした『矢』といった感じのものだった。
アサシンは淀みなく、流れるように弓を構えると矢を放つ。
一切の無駄のないその動きはまるで自然で完璧だった。
だんっと的の真中に矢は当たる。
「へぇー・・・うまいじゃんか」
的に突き刺さる矢も、弓も幻のように消え去る。
「私が最初に使っていたのは弓だったのだよ。それが何時しか剣、槍、斧と様々なものを扱うようになった。たまたまアサシンクラスで召喚されたが、他のクラスにも該当するだろうな」
私が願ったのはそんな事ではないのにな、と言ってそのまま目を伏せる。
それは、いい思い出ではないのだろう。
暗殺もした事があるといっていた。
そしてその口で人を襲うことはマスターの命令でも承服できないと言った。
「・・・じゃあなんで戦ったんだよ」
それも英雄と呼ばれるほどに。
いつもの皮肉な笑みを浮かべてアサシンが答える。
「自分1人の尽力で悲しむ者がなくなるのなら、それでいいと思っていたのだ。だが戦っても戦っても悲しみは生まれた。だから戦いつづけた・・・そけだけだ」
そう言って彼は目を閉じた。
まるでそれを後悔するかのように。
・・・コイツは馬鹿だ、と思った。
反面、そんな奴だから英雄になってしまったのだと思った。
この赤い騎士は誰かの為に戦いつづけた挙句、それを後悔している。
彼の話によるとサーヴァントとは死んだ英雄の魂だと言う。
つまり生前の行為を死後になって後悔しているのだ。
・・・馬鹿だ。
それが声にも出た。
「馬鹿だな、アンタ」
あたしの言葉に皮肉げに笑う。
だがその顔は悲しそうだった。
「―――そう。馬鹿だったのだよ。そんな事をしても悲しみなど無くなる筈がないのに、それに気がつかぬ振りをして死ぬまで戦い続けたのだからな」
その姿が、知っている誰かと同じに見えた。
それが誰だったのか、咄嗟に思い出せないがこういう奴を知っている気がする。
何かを言いかけ、口を開こうとした時―――アサシンに緊張が走る。
「―――気をつけろ。・・・近くにサーヴァントがいる」
咄嗟にアサシンがあたしを背にかばう。
がたん、と音がして弓道場に誰かが入ってくる。
間桐慎二・・・。
その後ろにはあたしを襲った奴が立っていた。
「やあ、昨日はすまなかったな、美綴」
親しげに慎二は話し掛けて来た。
和やかな様子が今は不気味に感じられた。
「そんなに警戒するなよ、確かに昨日は気が立っててさ。悪いことをしたと思ってるよ」
その言葉で頭に血が上る。
「ふざけるなよ。あれだけの事をして、それで済むと思っているのか?」
あたしの言葉に間桐はやれやれといったジェスチャーをする。
「そんな目先のことに囚われてどうするのさ。―――僕はね、同盟の提案に来たんだよ」
同盟・・・つまり協力しようと言うことか。
「これは言っておくけど僕に戦うつもりはない。けど他はそうじゃないみたいでね。なら降りかかる災難に備えておこうと思うんだけど1人より2人の方がいいだろ?」
「―――」
「どうせ魔術師でもない美綴は突然マスターになって困ってるんだろ? なら僕が色々と教えてやるよ。―――僕の家は代々魔術師だからね」
そこで今まで黙っていたアサシンがクッと笑った。
間桐はそれが癇に障ったのか目を吊り上げる。
「なんだよ。今は美綴と話しているんだ。サーヴァントなら黙っていろよ」
アサシンはさもおかしそうに首を振る。
「いや、失礼。不思議な事を耳にしたものでね。魔術師の家系と言う割には君には魔術回路が存在していないように見えたのでね」
「っ―――。お前!」
間桐が声を荒げるがアサシンはまったく動じていない。
「アヤコ、先に言っておくが私はこの同盟には賛同しかねる。自らの手の内を隠すだけでなく虚言を吐く輩は信用できぬ」
は? と間桐は不思議そうな顔をする。
「虚言? 僕は嘘を言った覚えはないよ。魔術師だとは一言も言っていないからね」
アサシンが肩を竦める。
「誰がそんな事を言った? 私の言う虚偽とは戦うつもりがないと言う事だ。大方、同盟に賛同すればその隙を突いてアヤコを殺めるつもりでいたのだろうが、せめて敵意くらい隠さなければその思惑が知れると言うものだ」
図星だったのだろう。
ぎり、と間桐が歯軋りする。
その様子を見てアサシンは、やれやれブラフだったんだがな、なとど呟く。
「どちらにせよ、このような小物と組むことはない。用件がそれだけならば我々は帰るとしよう」
アサシンはそう言うとあたしの手を掴み、勝手に道場から出て行く。
「ちょっと待てって。まだ―――」
まだやることがあると言いかけたが、それは金属のぶつかり合う音で中断される。
ふん、とアサシンは呟き双剣を構えた。
「やはりな、必ず攻撃してくると踏んでいたが期待を裏切らないな」
じゃらりと鎖の音が響く。
木々の間から黒い影が飛び出す。
だがそれとは正反対の方向から何かがアサシンに伸びる。
それを左手の剣で叩き落し右手の剣で飛び出してきた影の持つ短剣を受け止める。
短剣を受けたままアサシンはその人物を蹴り上げるがバックステップで躱される。
「何をやってるんだ! ライダー! そんな奴さっさと殺せよ!」
間桐がヒステリックに叫びながら駆け寄ってくる。
「ふん・・・臆病なマスターならそれらしく隠れていればいいものを」
呆れた声でアサシンが呟く。
その背中に声をかける。
「アサシン」
「分かっている。余計なことをせずに逃げろというのだろう。・・・だが答えは否、この敵はここで倒した方がいい。君の生活圏に存在する上にマスターだと知られている」
そう言い残し、アサシンは駆け出す。
だが、ライダーと呼ばれた者の方が早い―――
一瞬でライダーは飛び退き、木々の間に姿をくらます。
じゃらじゃらという音が周囲から聞こえる。
だがアサシンの目標はライダーではなく―――
「なっ」
間桐が驚愕の声を上げる。
アサシンが剣を振りかぶる。
あたしが止めるより先に、その行動はアサシンの真上から現れたライダーによって阻止される。
舌打ちをして距離を取るアサシンにライダーが肉薄する。
一連の音にしか聞こえないほどの激しい剣戟。
その最中、ライダーの口の端が上がる。
「貴方はマスターを狙いましたね。では、私も同じくマスターを狙いましょう」
ぽつり、と呟く。
「な、に―――」
アサシンの驚愕の声。
じゃらり、と言う音がする。
その音はライダーの持つ短剣に繋がれた鎖の音―――
木々の合間を縫って鎖が走る。
アサシンはそれに気がつくも、ライダーと交戦中でどうすることも出来ない。
「っ―――」
顔を狙って飛来したそれを咄嗟に手で庇う。
ぞぶり、と庇った右手に何かが突き刺さる。
「っぁ―――くっ・・・」
一瞬遅れて痛みが訪れる。
ぐん、と体が引っ張られて倒れる。
そのまま引きずられ、宙にぶら下げられる。
千切れそうなほど腕が痛む。
あまりの痛さに声は出ない。
「アヤコ!」
アサシンの注意が一瞬、ライダーから逸れる。
その隙を突き、伸びる鎖がアサシンを拘束する。
「しまっ―――」
「終わりです」
アサシンが唯一自由な右腕で鎖を断ち切る。
その間にライダーは数十メートルほど後ろに飛び跳ねていた。
鎖が断ち切れた為、どさり、と宙に釣られていた体が落下する。


距離を取ったライダーは口の端を上げて笑うと自らの首に短剣を突き刺した。


「な―――」
誰の漏らした驚きの声かはわからない。
飛び散る鮮血。
「な、なにを・・・」
その後ろでマスターである間桐慎二までも驚いている。
誰が見ても致命傷の傷。
だが撒き散らされた血は落下することなく、その場に漂い形を成す。
ライダーの眼前に揺らめく血の魔法陣―――
「まさか―――宝具!」
どくん、と魔法陣から鼓動が聞こえる。
そこから強大な魔力が漏れ、強い風に押させるように体が下がっていく。
「消えなさい。例え貴方が躱せてもマスターは助かることはない」
ごぼり、と血を吐きながらライダーが笑う。
魔法陣が目を開く。
咄嗟に後ろを振り返る。
遥か後ろには重傷を負い、動けぬ自らのマスター。
ここから動くことは出来ない。
魔法陣からかかる重圧を無視して己が内の丘より盾を引きずり出す。
「―――I am the bone of my sword  体は剣で出来ている―――」
呪文を口にする。
剣の丘を検索し、該当するモノを探す。
「―――騎英の ベルレ―――」
ライダーの宝具の真名が唱えられる。
検索・・・該当宝具発見。
「―――手綱  フォーン!!―――」
黒き騎兵が閃光に包まれる。
全てを薙ぎ払わんと視界が白く染まる。
だが、この手には7枚の花弁を持つ花の蕾。
「―――熾天覆う七つの円冠  ロー・アイアス!!―――」
真名と共に展開される宝具。
激突する花と閃光。
一枚一枚が古の城壁に匹敵するほどの防御を誇る盾が閃光の前にひび割れてゆく。
「―――っ・・・!!」
一枚、また一枚と砕けゆく花弁。
「ぬ・・・おおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ありったけの魔力を注ぎ込み、ライダーの宝具に対抗する。
だが、冷静な部分が導き出す答えは全て敗北。
アイアスではこの攻撃の威力を殺しきることは出来ない。
5枚目の花弁が砕け散り残り2枚。
ならば―――
「ぐぅ・・・が、ぎ・・・」
アイアスを展開している腕を上に動かす。
少し動かすだけで腕が千切れ飛びそうなほどの魔力の激流。
だが、今はこの手段以外、残されてはいない。
―――殺しきれないのであれば逸らすまで!
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
さらに花弁の1枚が砕け散り、腕が上に向けられる。
ライダーの攻撃は残る1枚の花弁の上を滑り、上空へと放たれる。
空に上る閃光。
それを確認しアヤコの所に駆け寄る。
出血が激しく、意識がない。
まずい。
エミヤは治癒の術を持っていない。
そこに上空から声がかかる。
「私の攻撃を防ぐほどの盾を持つとは・・・何者です」
咄嗟に弓を投影し、上空に向け構える。
「なっ・・・」
ライダーの姿を見て絶句する。
「ペガサス―――幻想種か!」
クラスが騎兵である以上、彼女の武器は『乗り物』であることは分かっていた。
先程の魔法陣はその召喚陣だと言うことも察してはいた。
しかし、これほどの幻想種を持ち出してくるとは―――
天馬自体は本来であればそう強力な魔獣ではない。
だがあれは魔獣よりも強力な幻獣と呼ばれるモノにまで到達しつつあるほどの力を持っている。
その力は幻想種の中でも頂点と言われる『竜種』に近い。
だが、問題は別にある。
あの天馬は確かに強力ではあるが、それはライダークラスの持ち物に過ぎない。
つまり、ライダーは未だ真の宝具を使用していない。
絶望が押し寄せる。
足元には重症のマスター。
今あの天馬が攻撃すれば最早防ぐ手立てはない。
「・・・下がれ、ライダー」
ぎり、と矢をつがえる指に力が込められる。
それを見てライダーは薄く笑う。
「そのような物で私の疾走を止められるとでも?」
言われるまでもない。
こんなただの矢では天馬を射落とす事など出来ないのは分かりきっている。
だから標的を変える。
その下、離れた場所で様子を窺うライダーのマスターに。
ライダーの顔から笑みが消える。
「もう一度だけ言う。下がれ、ライダー」
ぎり、とライダーの歯軋りの音が聞こえたような気がした。
「卑怯な・・・いえ、それ故のアサシンクラスですか」
その声に含まれる蔑み。
ライダーは自らのマスターの下に降りる。
「・・・今は引きますが、この借りは必ず返します」
吐き捨てるように言うと彼女は天馬にマスターを乗せ飛び去った。
「ふん・・・今更どれだけ蔑まれようが構わんさ」
もとより誇りなどこの身にはない。
勝つ為ならばあらゆる手段をも用いよう。
弓を消してアヤコの下にしゃがみ込む。
一刻の猶予も許されないほどの出血。
腕の骨も砕かれている。
「―――」
治癒の術を持たないエミヤに出来る事は1つだけだ。
アヤコの首にかかる宝石を取り出す。
これに蓄積されている魔力を使う。
膨大な魔力を使えば治療の真似事くらいは出来る。
アヤコの体に魔力を通す。
宝具の展開に匹敵するほどの魔力を使用し、傷を塞いでいく。
見る間に傷が塞がっていく。
それを見てほっと安堵するも胸に苦いものが生まれる。
守りきる事が出来なかった。
この時代の衛宮士郎を見て未熟だと言う資格はあるのか。
だから知らず、その言葉が漏れた。
「・・・すまない」
宝石を首にかけなおす。
もう、3分の2までに魔力は減ってしまった。
だがそれがどうしたと言うのか。
守りきる事が出来ぬ力に意味はないのだ。
その時、がさりと落ち葉を踏みしめる音が背後からした。
「―――ちっ・・・千客万来とはこの事か」
感じる気配はサーヴァントのもの。
双剣を投影し背後を振り返る。
マスターたるアヤコはまだ目が覚めない。
ここより後に敵を行かせる訳にはいかないが離れるわけにもいかない。
「待てよ。別にやり合いに来たんじゃねぇよ」
木の陰から現れた姿は群青。
どこか、けだるげにそいつは話し掛けてきた。
「手短に言うぜ。一時休戦してあるサーヴァントを叩きたい」
油断なく、現れた男を観察する。
「ほぅ・・・それは貴様の意見か?」
「まさか、俺のマスターの意見だ。でなけりゃ貴様のように剣に誇りのない奴に声なんざかけるか」
それを聞いて思わず口元に笑みが浮かんだ。
「ああ、あいにくと誇りなどない身だからな。・・・で、貴様の言うサーヴァントとは、どのクラスのことだ?」
青いサーヴァントは今までのけだるげな様子から張り詰めた雰囲気になる。
「・・・目標はアーチャー。ただしこっちのマスターの意向でそいつのマスターは生かしておいて欲しいそうだ」
「なるほど。ところで貴様のクラスは何だ? 知らねば共闘することも出来ないのだが?」
「はっ、てめぇに教える気なんざねぇよ・・・と言いたい所だが、まぁいいさ」
男が空に手を伸ばす。
その手に一瞬にして現れる紅き槍。
「見ての通り、ランサーだ。・・・それでこの件は受けるって事でいいのか?」
殺意こそ無いものの、その眼は否といえばここで消えろと告げていた。


つづく?


あとがき
はい、データサイズがオーバーしたので2つに分けて投稿です。
まず感想で指摘があった部分の弁明をさせていただきます。
本来であれば本文中で表す事なのですが、5話の時点で書くべき事なのでこの場で。
セイバーの目の色ですが暗い場所では紅、と表現しています。
このあたりの記述は書いてあったのですが構成を入れ替えたときに消してしまったようです。
今後は気をつけるようにいたします。
・・・しかし今見るとミスが多いな・・・


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