その身は、剣で出来た聖剣の鞘 第一部CパートM:セイバー 傾:シリアス


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1: kouji (2004/04/01 09:17:47)[atlg2625dcmvzk84 at ezweb.ne.jp]

43アーチャー視点

「おぉぉぉぉぉ!!」

気合と供に振り下ろした剣を、同じ剣を掴み上げ、渾身の力で叩き返す
互いの武器はそれだけで砕け、振りぬかれた腕は、残心すら無視して次の剣に手を伸ばす

それは既に、自分にとってありえない攻防だった

固有結界同士でぶつかり合う、という状況も異常だったが、
衛宮士郎が『それ』を作りうること自体は、決して不思議ではない、

                  難しいはずは無い
                  もとよりこの身は
               ただそれだけに特化した魔術回路

だからこその投影魔術であり、ものの構造を読み取る力だったのだから、

問題は、“衛宮士郎個人では、『それ』を創りうるだけの魔力が足りない”と言うこと

あの頃の自分は、ようやく魔術回路を開いただけの身であり、
精製できる魔力の量は、今の自分はおろか、遠坂凛の足元にも及ばない量だった

例えここが、自分から見た場合、平行世界であったとしても、
その魔力総量にさほど変化があるとは思えない

にも拘らず、目の前に居る衛宮士郎は、自分と同等の勢いで、固有結界を発現し、維持し続けている

「くっ!」

切り込んできた奴の剣をはじく、流石に精度が落ち始めているのか、双方ともに砕けはしたが、
此方の方が原形をとどめていた

しかし安心は出来ない、同じ様な状況は、先ほどから、既に何度も繰り返している
落ち始める剣の精度、消耗される魔力、後数度という確信、
その度に、衛宮士郎の身体は、まるで入れ替えたように『力』を取り戻す

「が……はっ」

距離をとった処で奴が、血を吐いた

こじ開けられた魔力回路が癒着した神経を圧迫し、なれない大魔術の行使が、回路自体を焼き始めている
全身からは血が流れ、その所々は、人ではない『何か』になりつつある

ぎしぎしとしたその音は、『衛宮士郎』というモノの起源そのものが発する悲鳴

まだ届かぬはずの先へと無理に手を伸ばした代償

それを強引に内に沈め、胃の中を逆流する血を飲み下して立ち上がる

愚考としか取れないその姿、だがそれこそが自分ではなかったか?

“愚かしい、お前は誰も救えなかったではないか”

首をもたげた想いを吐き捨てて、決着をつけるべく剣を手に取った


44

人の気配に気付いて、セイバーはゆっくりとその瞼を開いた

サーヴァントを拒むかのように張り巡らされた柳洞寺の結界は、
内に入ると呆れるほどに自分たちに寛大なようだ

そんな事を思いながら気配へと振り返る

「ライダー、イリヤスフィールはどうしたのです?」

「現状安全であるという判断から、こちらの様子を見に来ました、
どうやら、予想通りですね」

長い髪を揺らして、声をかけられた人物は答えた、
顔にかけられた枷にしか見えない眼帯のせいで表情はわからないが、
こちらを気遣ってくれていたらしい

「申し訳ない、ギルガメッシュとの戦いに全力を使い果たしてしまい、
回復に専念せざるを得ませんでした」

しおらしく、頭を下げる。
時間が無いことを思い出す、
聖杯を開かせるわけにはいかない、それに、

「士郎が気になります、彼はアーチャーと戦うつもりだったようですから、
ひょっとしたら、既に始まっているのかもしれない」

苦い顔で歩き出す、その足取りが酷く頼りないものに、ライダーには見えた

「まだ回復しきっていないようですが、それで良いのですか?」

サーヴァントとして戦うつもりであるなら、もう少し回復するのを待ってからにすべきではないか?
彼女はそう思ったが、どうやら、セイバーが急いでいる理由は違うらしい

「ライダー、士郎とアーチャーの戦いには、手を出さないでもらえませんか」

洞窟を進みながら、セイバーはとんでもないことを口にした

「セイバー、貴方は自分のマスターを見殺しにするつもりですか?」

英霊であるサーヴァントの能力は、人間の力をはるかに上回る、
それは自分たちが最も理解していることである
加えて、アーチャーは、彼女のマスター『衛宮士郎』自身の将来そのものである
過去の自分より、未来の方が強いのは道理であり真実だ

「判っています、ですがそれでも、この戦いは、私たちが手を出して良いものではない、
もし、手を出してしまったら、それはきっと『衛宮士郎』を私自身が否定することになってしまう」

悲壮な顔で、セイバーはそう言った

余りにも悲しい結論ですね、
ライダーは口にこそ出さなかったがそう思った


45士郎視点

「ごふっ!」

血を吐いた、焼ききれた魔術回路に身体が耐え切れなくなってきた、
だからといって立ち止まることなど出来ない

「次弾装填(バレットリリース)」

底を尽きかけている魔力が、呪文と供に回復する、
強引に『差し替えられた』魔力が回路を焼いていく、
吐きかけた血を強引に飲み込んで、地面から魔剣アンサラーを引き抜く、
あいつのそれを強引にはじき返したお陰で、そいつは見事に粉々になった

正直、限界なんてとっくに超えてる、今固有結界を維持しているのは、
『鞘』の代わりに身体の中に突っ込んでおいたもののお陰だ

“いい? アンタは解ってないから言ってあげるけどね、
これは第二魔法って呼ばれる『平行世界干渉』の触媒で、
5人の『魔法使い』の一人にして、遠坂の大師父、『時の翁』
キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの宝石剣、
通称『万華鏡(カレイドスコープ)』なの!”

これは一つの賭けだ、外ではなく、体内にモノを『投影』する
使い手と供に体内において再現されたそれは、強引な術の行使のせいか、
今、遠坂の手にある物よりも、さらに不完全なものに過ぎない

それを使って無理矢理に、無限に存在する平行世界の『衛宮士郎』から、魔力をかき集める

これを周りから見た場合、底をつきかけた魔力が突然回復するように見えるだろう、
からくりにいつか気付かれてしまう可能性は十分にあったが、
アーチャーは今のところ気付いていないらしい
とは言え、いい加減俺自身が持たない、『鞘』があった頃と違い、不死身という訳ではないのだ、
それに、不完全な投影が、いつまで効果を持つかわからない
動くこともままならなくなってきた身体を、『強化』をかけて強引に動かして
次の剣へと手を伸ばした


46

「え?」

余りにも不可思議な現象を目の当たりにして、セイバーは思わず声を上げた
目の前に、三つの世界が広がっていた

一つは、今自分たちが居るのと同じ、洞窟

一つは、鉄火場とも廃棄場とも尽かない、剣立ち並ぶ無限の荒野

そしてもう一つは、つい先ほど、自分が心のうちに、彼の後ろに幻視した、
墓標のごとく剣が立ち並びながら、空虚さしかない無限の荒野

(これが、士郎の心そのもの)

何もかもを置き去りにして、借り物の夢を追うことを決めた
一歩踏み出すごとに、きっとまた、彼は何かを置き去りにしてしまうのだろう

その証拠に、踏み出して行く彼の身体に、折れた剣―――内面世界の欠片が突き刺さり、
同化し、まるで身体そのものが剣になっているかのようだ

「投影した剣にしては不自然ですね、それに、
アレはまるで内側から剣に貫かれているように見えます」

ライダーはそう言うが、セイバーは答えない
否、答えることが出来なかった

目を背けたい、ここから逃げ出したい、自分が傷つくのはいい、でも彼に傷ついて欲しくない

歯を食いしばり、泣きそうになる自分を懸命にこらえ、彼女は、彼らの戦いを見ていた

目を背けてはいけない、逃げることは許されない、結末を見届けろ、
信じろ、衛宮士郎は、例え相手が自分の理想でも、膝を屈することなどないと

握り締めた手のひらに爪が深く食い込み、引き結んだ口の端から、切れたのか血がにじんでいたが、
彼女が気付くことは無かった


47士郎視点

パキン

体内に投影していた宝石剣が、乾いた音を立てて砕けた

再投影する時間など無い、今ある魔力が尽きる前にあいつを倒せなければ俺は死ぬ

ではどうするか?

固有結界の中の剣もそろそろ限界だろう

破山剣、髭切、レヴァンテイン、フラガラッハ、草薙の剣、黒鍵、アヴェンジャー、
十拳の剣、バルザイの偃月刀・・・

いまだ剣なら無数に転がっているが、それはアイツも同じこと、

ではどうすればいい?

このままいたちごっこを続けていてはアイツの勝ちだ、

だから、創ろう、
                                 零から創るのはお前には不可能だ
基本骨子設定
                                 模倣以上のことは出来ない
構成材質合成
                                 想定すべき物の無い物は創れない
存在定義…………

「ごっ! がはっ!!」

血を吐いた、魔力が一気に抜けていくのが判る

所詮、模倣者にはこれが限界か…………

                       「士郎!」

あっ、セイバーが呼んでる…………
                                それは丘の中心に
アイツ、また泣いてるのか………………
                                まるで最初からそうであったように
だったらさっさと終わらせないとな…………
                                黄金の剣と寄り添うように
それにしても心配性だよな…………
                                聖剣と寄り添うように
でも待ってろ、すぐに終わらせるから

               型も、歴史も、使い手も無い空っぽの剣

はるか昔に全てを失った、『何も持たない』自分へ、俺は最後の手を伸ばした


48セイバー視点

耳障りな甲高い音を響かせて、士郎の心象風景は、現実から消えようとしていた

アーチャーは踏み込まない、しばし確認するように彼の様子を伺うと、
彼は、丘の中から双剣を手に取った

「成る程な、まさか第二魔法の真似事に挑んでいたとは」

リンの言っていた『平行世界への干渉』を、士郎がおこなっていたのだろうか?
士郎は答えない、静かに、手を残された丘の中心へ一度向ける

エクスカリバーを使うつもりだろうか?

だが、彼は、何を手にする訳でもなく、
しかし、しっかりと何かを手にしてアーチャーへと向き直る

「セイバー、アレは貴女の剣ですか?」

「いえ、アレは『風王結界』では…………」

ライダーの問いに首を振って答える

そして私は気がついていた
『アレ』は剣ではない、アレは中心、アレは起源、世界を創る、そのきっかけ
アレは『衛宮士郎』そのもの、

本当に空っぽで、本当に何も無い、
純粋な『衛宮士郎』の型そのもの

「これで最後だ」

ポツリと士郎が呟いた
何の気負いも、気迫も無い一言、
無造作に『それ』を構えて、彼はアーチャーを見た

空気が凍る、アーチャーも、既に士郎が何かを持っていることには気付いている
それでも彼が持つのは双剣、

深く息を吸い、互いに同時に走り出す

同時に、士郎の固有結界(世界)が完全に崩壊する

そして二人はぶつかり合い、士郎が振り下ろした剣は、

見事に、アーチャーの世界(固有結界)を両断した


「ガッ………………」

アーチャーが倒れたのと、士郎が倒れたのはほぼ同時だった
戦いは終わった、果たしてどちらが『勝った』のか

瞳を閉じ、令呪のつながりを確認する

つながりは消えていない、ひとまず安心して彼の元へ駆け寄る

「くっ」

軽くうめいているものの、士郎の身体は、少しずつ癒されているようだ
鞘の欠片のうち、幾つかが、まだ士郎の中に残っているのだろう
そのことに深く感謝して、もう独りへと向き直る

「アーチャー…………いえ、エミヤ…………」

「何だ? セイバー」

彼の表情は、あの赤い外套の頃のそれに戻っていた

「何があったのか、話していただけませんか?」

酷なことだとは判っている、それでも聞いておきたい、

リンは、エミヤがまだ『衛宮士郎』であった時、
参加した聖杯戦争で、私が知る『彼』と同じ答えを出したといっていた

その彼がどうしてこうなったのか、

「そうだな…………」

私の問いかけの意味がわかったのか、彼は静かに話し始めた



49『回想』1

穏やかな日々は、ある日突然に終わりを告げた

切っ掛けは、あの『戦争』から一年経ったある冬の日

その日、銀の髪の少女は、なんでもないことの様に、静かに息を引き取った

誰も、何も言わなかった、

暫くして、彼女の家の人たちが、彼女を引き取っていった

逃げるように、友人とともに祖国を後にしたのは、そのすぐ後だった

静かに全てを受け入れて、何年もかけて立ち直った

慌しく過ぎていく、倫敦での日々の中で、

赤い背中の正体に気がついて、見返してやろうと、がむしゃらに駆け抜けた

ある人物の手伝いを頼まれたのはそんなある日

いつもは断固反対する彼女が、その日に限って何も言わなかったのが不思議だった

珍しいな、と思いながら、特に気にすることも無く出掛けたことを、自分は後に酷く後悔することになる


50『回想』2 士郎視点

もう随分遠坂の所に戻ってないな、と思う
ルヴィアの所で働くことに不満があるわけではないけれど、
最近は時計塔でも姿を見かけないので気になっていた

そんなある日
日々の雑務を終えて、ふと、空を見上げながら、俺は、セイバーに思いをはせていた

この空を、彼女も見ていたんだろうか…………

浅黒く変色した肌と、色素の抜け落ちた髪を見たら、あいつはなんて言うだろうか?

「君が、衛宮士郎か?」

「え?」

声をかけられて振り返ると、そこには隻腕の女魔術師が立っていた

「会うのは初めてだな、私の名はバゼット、ランサーの元マスターだ」

自己紹介はそれだけだったが、それで十分だった

彼女とともに、拉致同然で俺は冬木市へ足を踏み入れた
十年ぶりの帰郷
イリヤが死んで、遠坂と倫敦に渡ってから、一度も帰っていなかったそこは、

「…………なんでさ」

明かりの無い、無人の街と化していた
表向きの原因は不明、判っていることは、これが、『今回の聖杯戦争』が引き起こした結果だということ

「遠坂の姿を見かけなかったのは、そういうことだったのか」

バゼットさんに連れられて教会へ向かいながら、俺はそう思った。

それにしても水臭い、言ってくれれば手伝ったのに

「何処行ってたのよバゼット!! この状況で!!
って…………士郎…………どうして此処に?」

遠坂の第一声はそれだった

「手が足りない、といったのは君だろうトオサカ、
だから、人手を用意したんだが」

バゼットさんの答えに遠坂は唇をかんだ

「とにかく、士郎は倫敦に帰って」

「なんでさ? 俺だって少しは役に立つぞ?」

手伝うという俺を遠坂はそう言って拒絶した
いくら俺でもアイツが必死に何かを隠そうとしてることくらい判る

平行線をたどる遠坂との言い争いに疲れた俺は、一人、衛宮邸に向かった

誰もいないと思っていたそこで、俺は懐かしい人にあった

長い銀の髪を揺らし、赤い瞳をした女性

「あぁ、先輩、帰ってきたんですか」

はじめ、それが誰かわからなかった、
俺に向けられる、親しみを込めた笑み、それだけが、かつての彼女、
俺の知る、間桐桜という人物の名残を残していた

「桜、藤ねぇは、藤ねぇはどうした?」

「藤村先生ですか? この間までは聞こえてたんですけどね、『士郎助けて』って」

もう消化されちゃったみたいですね、と
微笑みすら浮かべて答える桜に、背筋が凍った

「先輩、そんなに落ち込まないでください、
それに、喜んでください、実は私、セイバーさんを呼び戻すことに成功したんです」

呆気にとられる俺をよそに、桜の後ろからそいつは現れた

金の瞳、病的な白い肌、黒い鎧には呪詛めいた模様が浮かんでいる

「先輩だって会いたかったんでしょう?」

どこか自慢げな顔で、桜が言う

「違う」

声が震える、

「そうじゃない、俺は…………俺はこんな再会は望んでない!!」

叫んだ、目の前の彼女が、例え本物のセイバーでも、
こんな笑い合えない再会なんか望んでない

俺は逃げた、目の前の全てからとにかく逃げ出した

気がつくと、新都の自然公園に来ていた

「だから、士郎には来てほしくなかったのよ」

降りだした雨の中、立ち尽くしていた俺のそばに、いつの間にか遠坂が、傘もささずに立っていた

そして遠坂の口から語られる事実

桜が間桐の手によって、聖杯の器の紛い物になっていたこと、
聖杯の中の『この世、全ての悪(アンリマユ)』の正体
冬木の人たちが、生贄として使われたこと、
ことの張本人であった間桐臓硯そのものはすでに桜によって殺されていること

「じゃあ何だよ? 全て無駄だったって言うのか?
親父がやったことも、セイバーがやったことも何もかも」

「そうね、そして最悪の結果をもたらしたわ、
……士郎、もう一度言うわ、今すぐ倫敦に帰りなさい!
冬木市のことは忘れて、黙って時計塔に帰って!!
…………貴方のことはルヴィアが引き受けてくれるわ」

「ちょっと待てよ、遠坂!!
なんだよその『ルヴィアが引き受けてくれる』って?」

「言葉どおりの意味よ、これは私の管理ミスだもの、
冬木のことは私が責任を取らなきゃいけないのよ、
でも、貴方は関係ない、だから…………」

懇願する遠坂に俺は首を振った、

「出来るか! 桜も遠坂も、藤ねぇもセイバーもみんな俺の大切な人なんだ、
それを放り出して独りだけのうのうとなんて出来るわけ無いだろう?
遠坂、俺は絶対に倫敦には帰らないからな!!」

言い切って、赤い外套に手をかけた、
聖骸布で作られた概念武装、それに始めて袖を通した


51回想3エミヤ視点

戦うと決めた、だから桜や、セイバーと戦った

気がついたら、遠坂の姿を見失っていた

せめて彼女だけでも護りたかった

「ごめんね、士郎」

セイバーを倒して

「だめだ遠坂、死ぬな!!」

大聖杯にやっとの思いで辿り着いたとき

「ごめん、ホントにかっこ悪いね、わたしって」

すでに事は終わった後だった

遠坂と桜は、互いの胸を刺し合って、その命を閉じた

「誰もいない、セイバーも、遠坂も藤ねぇも、一成も美綴も、誰も」

気がつくと、何もかもなくなっていた

「まだ残ってたのか、
残務処理はわたしが引き受けよう、
君は、倫敦に帰って休むといい」

「帰って休め? それは出来ないな、それに…………
私はもう、あそこには用がない」

バゼットの言葉にそう返す

あぁ、そうだ、凛を手伝う為にあそこへ行ったんだから、
当人が居なくなったのに何しに戻れというのだ

「誓約する、我が死後を預けよう」

残された大聖杯の残骸を使って世界に訴えた

その日『衛宮士郎』は『死んだ』


52回想4

救えたのは、目に留まる中のほんのわずかだった

感謝された数は、その半分にも満たなかった

それは別に構うことではない、

私は救いたかっただけで、見返りなど求めていなかったのだから

「シロウ、私とともに倫敦へ戻ってください、
今の私なら、時計塔でもそれなりの発言権があります」

「申し出はありがたいがな、ミスエーデルフェルト、
私はもうエミヤシロウではないのだよ」

友人の懇願をそういって拒絶した、
申し出はありがたかったが、独りの方が楽だった

それに、彼女まで巻き込むわけには行かなかった

魔術師は皆、魔法か、根源の渦を目指すものだ

固有結界などの秘奥に到達し、その先を目指すためであれば、
何をしても許されると勘違いしたものたち

それらとの争いにどうして他人を巻き込めようか?

この、秘奥の一端のみに特化した身、それにかかる火の粉に、
誰を巻き添えに出来るだろうか?

体は剣で出来ている。
血潮は鉄で、心は硝子。
幾たびの戦場を越えて不敗。
ただの一度も敗走は無く、ただの一度も理解されない。
かの者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う。
故にその生涯に意味は無く。
その体は、きっと剣で出来ていた。



53セイバー視点

彼の話は終わった

最後はもはや強迫観念だった

正義の味方になどなれなかったのだと、彼は自嘲気味に呟いた

「最後に、一つだけ、君に頼みたいことがある」

「なんですか?」

輪郭が少しずつ崩れだしている、彼の言うように、残された時間は少ないのだろう

「セイバー…………
現代に、衛宮士郎のそば(ここ)に、残ってくれないか」

「あっ………………」

かすれた声で呟くように言ったその言葉

深く、それが心に突き刺さる

口にしてはいけない、それがどんなに自分の望みだとしても

それが許されないことだと                           かの者は常に独り、

叶わないことだと彼は知っている                   ならば、我が生涯に意味は不要ず

「できない!
私だってずっと士郎のそばにいたい!!
でも…………」

それでも、

「私は―――置き去りにしてきたものの為にも
ここに留まることは出来ない」

“我が身を穢すことが聖杯をえる手段であるのなら、
今宵、ひと時の夢全てを賭けて、その存在を否定しよう”

例えどれだけ残酷でも、夢は覚めなければいけない

遣り残してしまったことがある
置き去りにしてしまったものがある

「私は…………私はまだ、アーサー王だから…………」

あの丘に戻り、全てのことに幕を下ろさなくてはいけない

その先は言葉にならない

「ごめん………………
判ってはいたんだ…………でも……きっと…君がいないと…………あいつは……
いつか、俺と同じ場所に来てしまう……」

それは判ってる……それでも私は…………

「凛や桜には、きっと止められない…………
やっぱり駄目だな、俺…………君には無茶言ってばっかりだ…………」

彼は最後にそう告げて、陽炎のように消えた

「いいのですかセイバー?
現界を続けるだけであれば、リンやサクラたちならば可能だと思いますが?」

確認するようにライダーが問う、
それに、ゆっくりと首を振った

「私は、まだ英霊ではなく、英雄です、
私には、まだ、あの丘でやるべきことがあります……」

手に入らない夢を追い
ただの一度も立ち止まらず、ただの一度も振り返らない      
だから矛盾した全てを受け入れて
今宵、ひと時の夢を、最後まで駆け抜けよう
その道が間違っていなかったと、彼に、胸をはって言えるように……



54士郎視点

ぼうっとしている頭が、少しずつクリヤーになっていく

「気がつきましたか、シロウ」

「…………ん、
ライダー…………なんで?」

自分を見下ろす長身の女性、
家に残っているイリヤを護るために、残ってもらったはずのライダーに問う

「問題はありません、
それよりも、大丈夫ですか?」

「う〜ん…………
大丈夫みたいだ、なんか、アーチャーにやられた傷も治ってるみたいだし…………
ライダー、何かやったか?」

首を振って答えるライダー
どういうことだろう、俺の中にはもう鞘は無いはずなんだけど?

「士郎、気がついたんですね」

俺の様子に気がついたのか、セイバーがやってきて言った

鎧の下に着ていたものなのだろう、
何処と無くドレスのようなデザインの、独特の衣装だ
立ち上がってそれに答えてやる

あれ?

「セイバー…………
お前、泣いてるのか?」

頬に一筋、線が引かれている

「そんなことは…………」

言いかけたセイバーの顔をぬぐってやる

「泣いてるよ……
ごめん、なんか、また心配かけたみたいだ」

本当にどうしようもないな、俺は、

「士郎…………」

「さて、それじゃ、大聖杯とやらを、拝みに行くとしようか」

無理に笑って歩き出す
正直、身体は回復したものの、魔力その他は既に限界だ、
それでも負けるわけには行かない

桜を助けると決めた、
皆で帰ると決めた

きっとその中にセイバーは含まれない

その時は笑って別れようと決めた

でも、まだ今は走らないといけない

“ただの一度も立ち止まらず、ただの一度も振り返らない”

そう、決めたから
だから、今宵、このひと時の夢を、最後まで駆け抜けよう



55

「桜、遠坂はまだ生きてる」

爆散した宝石剣の光を見て、士郎たちが駆けつけたとき、
そこには、正気を取り戻して呆然としている間桐桜と、
腹部を貫かれ倒れた、遠坂凛の姿があった

「え?」

士郎の声に、桜が我に返った

「まだ助かる、大丈夫だ、
だから、帰ろう桜、みんなで」

「帰れません、私、いっぱい人を殺しました!
今だって姉さんを…………
そんな―――そんな人間にどうしろって言うんです?!
奪ってしまったものは返せない。私は多くの人を殺しました
それでも、それでも生きていけって言うんですか、先輩は……!?」

懇願と自責と後悔が彼女の中で渦を巻いていた

例え、彼女が元の一人の少女に戻った所で、
救いも、懺悔を聞き届けるものも居ない

「当然です、奪ったことが罪だというのなら、
その責任を果たすべきだ」

それに、セイバーが決然と言い放った

「サクラ……やり直しなど出来ない、
死者を蘇らせることは出来ず、起きた事は戻せず、
例え過去に戻りやり直そうと、そんなものは救いたりえない……
貴女の知る『衛宮士郎』はそうして生きてきました、
ならば貴女にもそれが出来るはずだ、
……弱いのなら、強くなればいい、
今は士郎がいて、リンも必ず助かります、
皆が必ずあなたを支えてくれるでしょう、
ですからサクラ、あなたも、強くあるべきだ」

言い切ってセイバーは、聖剣を手に、影に包まれた桜へと歩き出す

「セイバーさん!
駄目!! この子に触れたら……!!」

聖杯の中身、アンリマユの呪詛、サーヴァントの原型を犯したその呪いは、いかに力があろうと、
彼らにとって最悪の呪いであることに代わりは無い

一歩踏み込む

触れればただの呪いではすまない、
そして、『アレ』に取り込まれれば、彼女の剣は、即座に己が主に向かうであろう

だが、セイバーの歩みは止まらない

「サクラ、罪の重さも、負うべき咎も、私にはわからない」

群がろうとした影が、脅えた様に退いていく

「ですが、私も士郎も、貴女を救うためにここまで来ました
……それに、―――貴女達には、私がいなくなった後も、
士郎を支えていってもらわなくてはいけない―――」

セイバーが振るった聖剣が、桜を覆う影を払う

「セイバー……さん…………」

いつの間にか、セイバーは桜の前まで来ていた

「サクラ、貴女は私の大切な友人で、士郎にとってかけがえの無い人で、
リンの大切な妹だ、他の誰がどう言おうと、救う理由など、それだけで十分ではないですか」

「そうだ、だから帰ろう、桜!」

セイバーが払った後を追いついてきた士郎が、そう言った

「でも、『いなくなった後』って、セイバーさん…………」

桜は知っている、
士郎は、セイバーのそばに居るときが一番うれしそうだった、
セイバーは、士郎と居るときが一番キレイだった
それに嫉妬を覚えなかったはずは無い、
なぜ、彼の隣に居るのが彼女なのかと、思わなかったはずが無い
自分が彼らにとって大切だというのは本心だろう
だからと言って、自分に、その幸せと交換してまで、助けてもらう価値があるとは思えない

「どうして…………」

首を振って、二人は笑った
気にするな、と、些細なことだと二人は言った
等価交換と呼ぶには、余りにも大きな代償のはずなのに

士郎の手に、歪な短剣が握られる、

「おしおきだ、きついの行くから歯を食いしばれ」

はい、と静かに言って、少女は目を閉じた

逃げることは許されない、これはきっと、自分が一生のうちに背負う罪の中で最も重いものだから

そして、『破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)』が振り下ろされ、
黒い影から、間桐桜は開放された



56士郎視点

崩れ落ちる桜を、そっと支えてやる

「――――――――――――――――!!」

大空洞の中で、何かが吼えた

それが何かは判っている、
このくだらないことの元凶、桜の、遠坂の、イリヤの、そして俺たち全ての人生を狂わせたもの
三人の魔術師のくだらない悲願とやらの結晶、それに巣食った『この世、全ての悪』とか言う
ふざけた呪いだ

育ちすぎたな…………
もうこいつは桜を必要としていない、
大聖杯がある限り、いずれこの地上へと這い出してくる

「ライダー、リンと桜をお願いします」

同じようにそれを見上げていたセイバーが、ライダーにそう言った

「どうするのです?」

問い返すライダー、その答えは決まっている

「ぶっ壊すのさ、大聖杯の足元まで行って、全力でぶったぎる!」

答えて、頷きあって、二人で歩き出す、
向かうのは大聖杯の術式、その真ん中に建つ黒い塔、
あの日から、あの土蔵で会ったときから、二人で来た

それもこれが最後、

それを惜しんだりはしない、自分たちは、それを後悔しないと、
そう決めてここまで来たのだから

だから、最後まで、二人で行こう、
自分の答えに、胸を張れるように



57セイバー視点

リンとサクラをライダーに任せ、二人で歩き出す

私は、あの丘に戻るために、

士郎は、この先へ踏み出すために、

アンリマユの鳴動のせいか、大空洞は崩落しかかっていて、今も瓦礫が降り注いでいる
その中を二人で歩く、告げる言葉はもはや無く、
敵ももはや居ない、だからこそ、この最後のときに―――

「言峰綺礼―――」

敵はいた、術式の中心、黒き塔の前に、
その男は立っていた

「何のつもりだ、今更お前の出る幕なんか無い」

士郎がそういう、
確かに今の今まで姿を現さなかったのは不思議ではあったが、
何故今頃出てくる?

「判りきったことを訊くな、
私の目的はただ一つ、この呪いを誕生させることのみだ」

莫迦な、この男は本気でいっているのか?

「―――なにを、お前にそんなことはできない、
それは、お前の思いどおりになるようなものじゃない」

「当然だな、私はこれに干渉できんし、する気も無い、
だが、あれ自身は生まれたがっている、
ならばそれを祝福するのは当然ではないか?」

心臓の辺りで、影が渦を巻く
まさか、この男も…………

「そうか、何故キリツグがあなたを倒せなかったのかがやっと判った」

「その通りだ、――――衛宮士郎、そしてセイバー
私の心臓は既に無い、有るのはこの呪いのカケラだけだ」

つまりこの男も士郎と同じ、
生きるための大事なものを決定的に欠いたまま、別のもので補って生きてきたのだ

ならばもはや、この男は、あの呪いの半身、

衛宮士郎が聖剣の鞘と同化した存在であるように、

言峰綺礼はアンリマユと同化した存在なのだ

「―――――最初にあんたに会ったとき、
アンタ俺に、『君の願いはようやくかなう』って言ったな」

ゆるぎない思いを込めて士郎が彼を見る

「その通りだ、
――――――目の前に決定的な『悪』がある、
なら砕いてやるさ、
それが、正義の味方の役目だからな」

力強く言い切る、
それに頷いて、私たちは走り出した



58

目の前の闇に向かい、士郎とセイバーは駆け出した

言峰の手が上がる、頭上にある『アンリマユ』から
無数の『影』が溢れ出した

それは、間桐桜の生み出した『影』のようなヒト型とは全く違うものだった
それは塊、ただわだかまった「呪い」そのもの

無数に来るそれを、あるものは払い、あるものはかわしながら、大聖杯と言峰に向かう

「はぁ……はぁ…………」

荒い息をついて、士郎は言峰を見た
その距離はいっこうに短くならない

一つ一つはたいしたこと無い代物なのだが、如何せん数が多すぎる
おまけに、士郎自身は兎も角、セイバーはその一つとて食らえば致命傷なのだ。

ただの呪いであれば、サーヴァント最高の『対魔力』をもつセイバーには通用しない
だが、あれは、『汚染されたサーヴァント』という側面を持っている
それに触れるということは、その『汚染』に同化するということ
そこに、彼らの能力は関係ない
触れれば終わり、それだけだ

「士郎、大丈夫ですか?」

それでも、彼女にとって優先すべきは士郎の命である
既に彼の身体はあちこち『影』に『食われて』いた

吐く息が荒い、魔力も体力もここに来るまでに底を尽きかけていたのだ、
加えて、『アンリマユ』はヒトの呪い、
あらゆる欲、殺意、憎悪、嫉妬、恨み、敵意、の塊である
サーヴァントに比べれば、多少は受けても大丈夫だが、
それは、「見ようによれば」
程度の差でしかない

大元を同じくするが故に、耐えることが出来ないサーヴァントと、
耐えるだけの対魔力が無い人間

攻防はもはや限界だった、

セイバーとてそろそろかわし切れなくなっている
先ほど桜の『影』が退いたのは、桜が無意識に避けたからである

だが、言峰綺礼にはそれが無い
二人の敗北は時間の問題であった



59士郎視点

「はぁ……はぁ…………」

「士郎、大丈夫ですか?」

奴をにらみつけながら一息ついたところで、セイバーが声をかけてきた、

「まだなんとかな、クソ!
あとチョットなんだがな…………」

肩で息をしながらそれに答える

距離だけなら十メートルも無い、
だが、今はその十メートルが果てしなく遠い

それに瓦礫が際限無く降ってきている上に、
言峰の放つ『呪い』が地面にわだかまっている
かわすことの出来る足場は既に殆どなくなっていた

「しかし……あいつ、なんでぜんぜん動いてないんだ?
いくらなんでも瓦礫ぐらいかわさないと…………」

言いながら言峰のほうを見る

あれ?

「士郎、言峰の周りには『アンリマユ』の護りがあるようです」

セイバーの言うとおり、
湧き上がる泥のような『呪い』が、降り注ぐ瓦礫を防ぐ盾になってやがる

「さて、そろそろ限界のようだな衛宮士郎、
もはやセイバーの力をもってしてもここには届くまい、
―――それに、大空洞の大魔力(マナ)もそろそろ『アンリマユ(これ)』に染まってきたようだ、
どうかねセイバー?
そろそろ息をすることすら苦しいと思わないか?」

奴の言葉に、セイバーのほうを振り返ると

「…………士郎、私なら大丈夫です」

脂汗を流しながら、歯を食いしばって彼女は俺に答えた

出し惜しみなどすべきではなかった、
問答無用に最初からセイバーの宝具を叩き込んでやるべきだったのだ

いや、一か八か、今からでも宝具を―――

「士郎!!」

「えっ!?」

セイバーの叫びに振り返った瞬間、俺は、全てが手遅れだと悟った…………



60セイバー視点

「士郎!!」

「えっ!?」

私がそれに気付いたときにはもはや手遅れだった
地に蟠っていた『アンリマユ』の断片、
あらゆる欲、殺意、憎悪、嫉妬、恨み、敵意の塊、
一瞬にして私たちはそれに飲み込まれていた

―――終わった

『汚染されたサーヴァント』である『アンリマユ(あれ)』に触れるということは、
その『汚染』に同化するということ

いかに力ある英霊とは言え、相手はその『器』、いわば、今自分が使っている体の大元である、
『サーヴァント』である以上、もはや汚染は免れない

―――リン、サクラ、申し訳ありません―――

謝罪の言葉を口にする、
完全な失策だ、
コトミネの姿を認めた時点で、『約束された勝利の剣』(エクスカリバー)を使っていればこんなことには―――

「えっ…………?」

そこまで考えて、ふと、あることに気がついた

「汚染されて―――いない?!」

周囲は見渡す限りの闇で、上下の感覚すら判然としないが、
触れればたちどころにこの身を食い尽くすはずの『呪い』に触れながら、
私の体は、いまだ一片も『呪い(それ)』と同化していなかった

―――なぜ?

疑問が湧くが、今はその奇跡への感謝を後回しにして、瞳を閉じる、

無限に広がる闇の中で、決して違えないと誓った契約の証、その絆を探す、

それは永遠にして一瞬、

延ばした先にあった手は、力強く、私の手を握り返してきた
                                        ドクン!
鼓動が跳ね上がる、
                                        ドクン!
聖杯戦争中、一度も開くことが無かったラインが、
                                        ドクン!
今になって、突然につながった
                                        ドクン!
否! これはそんなものではない
                                        ドクン!
一息ごとに『魔力(ちから)』を生み出すその様は
                                        ドクン!
『魔力炉心』(竜の因子)もつ我が身(アーサー王)そのもの

ならば行こう、もはや我らに恐れるものはなし

「莫迦な、サーヴァントが『呪い』から抜け出ただと?!」

『呪い』を振り払った私達を見て、コトミネが叫んだ

“I am the bone of my sword”
“Steelismybody,and fireismyblood”
“I have created over athousand blades.”
“Unaware of loss. Nor aware of gain”
“Withstood pain to create weapons.
waiting for one‘s arrival”
“I have no regrets. this is the only path” 
“Mywholelifewas―――― ”  

紡がれる詠唱に、自分の言葉を載せる
誓いは夢でできている 
降り注ぐ剣は闇を払い
救いは過去で、願うは理想 
突き立った剣は全て木々となり、
幾たびの過ちを越えて無償(ふはい)
その地は、無限の荒野ではなく草原が広がり
ただの一度も立ち止まらず、ただの一度も振り返らない 
広がった木々は森を作り
だから矛盾した全てを受け入れて 
生まれた森の中央は丘ではなく
もはや世界に答えは求めず
静謐とした泉であった
                              その泉はきっと、果て無き夢で出来ていた

               “『全て遠き理想郷(アヴァロン)(unlimited blade works)』!!”


泉の中央に立つ私たちを見て言峰がうなる

「固有結界の改変?!
―――貴様、何者?!」

それには答えず、士郎とともに、泉の中央から剣を引き抜く

二人でしっかりと柄を握り締め、構える

「言峰綺礼―――」

あふれ出る金色の光が『この世全ての悪』(アンリマユ)を焼きつくす

「これで―――
終わりだ――――――!!」

振りぬいた剣は大空洞の天井ごと、
言峰綺礼という男とともに、大聖杯を吹き飛ばした



61士郎視点

もう何も考えられなかった、

身を焼き尽くすほどの痛みと、身も凍るような冷たさと、
切り刻まれるような痛みが、全て同時にやってきた

頭の中にはさっきから人を呪う声が延々と鳴り響いている
五感の方もすっかりなくなってしまった様だ、
手足はすっかり動かなくなっている

それでも痛みだけは伝えてくる辺りがなんとも『呪い』らしい

駄目だなコリャ、後残ってる感覚っていったら令呪ぐらいだ

「―――え?」

令呪が、残ってる?

慌てて、左手を確認する、

真っ暗で、何も見えないはずなのに、
自分の手に令呪があることが、はっきりと確認できた

ドクン!!

と心臓が跳ね上がった、
                                        ドクン!
それと同時に、五感がその全てを取り戻し、
                                        ドクン!
アレほど身体を痛めつけていた『呪い』が瞬く間に退いていった
                                        ドクン!
身体が熱い、はっきりと感じられるアイツの息遣い、
                                        ドクン!
そこへ向けて手を伸ばす
                                        ドクン!
鼓動が跳ね上がる、
                                        ドクン!
聖杯戦争中、一度も開くことが無かったラインが、
                                        ドクン!
今になって、突然につながった
                                        ドクン!
いや、これはそんなものではない
                                        ドクン!
一息ごとに『魔力(ちから)』を生み出すその様は

セイバーの本当の姿

ならば行こう、今の俺たちに恐れるものはない

「莫迦な、サーヴァントが『呪い』から抜け出ただと?!」

『アンリマユ』を振り払った俺たちを見て、言峰が叫んだ

体は剣で出来ている。
                                       紡ぎだす言葉は
血潮は鉄で、心は硝子。
                                     衛宮士郎を現す呪文
幾たびの戦場を越えて不敗。
                                     しかしこの身は
ただの一度の敗走は無く、ただの一度も勝利もなし。
                                     無限の剣であると同時に
担い手はここに独り,剣の丘で、鉄を鍛つ。
かの騎士王を護る鞘
ならば、我が生涯に意味は不要ず。
                                    ならば彼女の言葉があれば              かの半身だったその鞘は、やはり無限の剣で出来ていた

この身まさに
“『全て遠き理想郷(アヴァロン)(unlimited blade works)』!!”

泉の中央に立つ俺たちを見て言峰がうなる

「固有結界の改変?!
―――貴様、何者?!」

それには答えず、セイバーとともに、泉の中央から剣を引き抜く

二人でしっかりと柄を握り締め、構える

「言峰綺礼―――」

あふれ出る金色の光が『この世全ての悪』(アンリマユ)を焼きつくす

「これで―――
終わりだ――――――!!」

振りぬいた剣は大空洞の天井ごと、
言峰綺礼という男とともに、大聖杯を吹き飛ばした



62士郎視点

戦いは終わった、
大聖杯なんてふざけたものは跡形も無く吹き飛んで、
聖杯戦争なんてものは終わりを告げた、
もう誰も傷つかなくていいし、失わなくて良い

マスターはいなくなって、サーヴァントたちもこの世界から消える

別れはもう、済んでいる、
聖杯を欲した彼女は、自らの手でそれを断った、
それはつまり、世界との契約を破棄し、
一人の王として、その生涯を閉じるということ

「――――これで、終わったのですね」

「あぁ、これで終わりだ。もう、何も残ってない」

静かな、セイバーの声に、頷き返した

「そうですか。では、私たちの契約もここまでですね。
貴方の剣となり、敵を討ち、御身を護った。
…………この約束を、果たせてよかった」

「……そうだな。セイバーはよくやってくれた」

言える言葉がなくなって、言葉を切った。

これ以上何か言おうとしたら、きっと、彼女を引き止めたくなってしまう

俺はセイバーを愛してる
誰よりも幸せになって欲しいし、ずっと一緒にいたいと願っている

それはきっと、彼女も同じ、

それでも、互いの願いを

その道が、
間違ってなかったって、信じて、歩き続けることを決めたことを
覆したりは出来ない

踏み出せば、いや、手を伸ばせば届く距離にいるセイバー、
俺に出来るのは、その姿を、目に焼き付けておくことだけ

吹き飛んだ天井から、光が差し込んできた

夜が明けたのだ、
駆け抜けた、今宵、ひと時の夢
その、終りが来たのだ

「最後に、一つだけ伝えないと」

強く、意思の籠った声で、彼女は言った

「……あぁ、どんな?」

溢れそうな気持ちを抑えて、
精一杯の強がりで、いつも道理に聞き返す

降り注ぐ光の中、セイバーの姿は、もはや幻のようで、
まっすぐに見返すその瞳に、後悔は無く
ゆるぎない声で

「士郎―――――貴方を愛している」

彼女は静かに、そう、口にした

陽光の角度が変わったのか、降り注ぐ光に目がくらみ、僅かの間目を閉じた

「――――――」

再び目を見開いたとき、
そこに、彼女の、
あの青い騎士の姿は無かった

そこに、驚きは無かったと思う、

「あぁ、―――――――本当に、おまえらしい」

ただの一度も立ち止まらず、ただの一度も振り返らない
その道が間違っていなかったと、互いに、胸をはって言えるように……
俺も、これからの日々を、駆け抜けようと誓う、

「これより我が剣は貴方と供にあり、貴方の運命は私と供にある
―――ここに契約は完了した」

その誓いを覚えている

「士郎―――――貴方を愛している」

その笑顔を覚えている

だからきっと、振り向かずに歩いていける、
あの丘を越えて、ずっと遠く、いつか夢見た、遠い、遠い理想郷へ―――













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