25凛視点
「ちょっとセイバー!!
って、行っちゃったか」
ランサーのマスターを調べて、
その結果をセイバーに言ったとたん
セイバーは弾丸のように教会へ向かって走っていってしまった
「リン、迂闊でした、ギルガメッシュが現れた段階で、進言しておくべきだった
…………キリツグは前の聖杯戦争で、マスターを倒すことで勝利を収めた
そのキリツグがしとめ損ねたのは唯一人、
アーチャーのマスターだけだった」
士郎の養父、そして、私の父が参加し、
士郎が『衛宮士郎』になるきっかけを作った、十年前の聖杯戦争
ギルガメッシュはその時のアーチャー
衛宮切嗣はマスターを倒すことを最優先にして聖杯戦争を勝ち抜いた
彼が倒し損ねた、つまり、彼以外に生き残ったマスターは一人だけ
その男の名は―――
「ライダー! ライダーいる?!」
「リン、どうしました?」
すぐに私の目の前に長身の美女が姿を現す
「セイバーが叫んでいたようですが、何があったのですか?」
私の様子に気がついたのか、ライダーがそう聞いてくる
「例のサーヴァントよ、あの男、監督役とか言いつつ、
裏でとんでもないことやってくれたわ」
私の見たことと、セイバーの言葉を組み合わせて事態を説明する
「サクラとのつながりは切れていません、
まだ恐らくは無事でしょう」
「でも、時間の問題かもしれないわ、
私達も行くわよ」
「わかりました、ですがリン、その前に聞いておきたいことがあるんですが」
改まってライダーが言う
「なに? サクラたちの救出法?」
「いえ、昨夜のことです」
? 昨日ライダーに疑問に思われるようなことなんかしたっけ?
「昨夜、セイバーの報告を聞いている時なのですが、
リン、貴女の発言にはおかしな点がある」
「なにがよ?」
「リン、貴女は、セイバーに
『自分の命が一番大事だったとしても変わらない、
きっとそれ以上にセイバーはキレイなんだ。
お前に代わるものなんて、俺の中には一つも無い』
そう、シロウが言ったと言いましたが、
使い魔で監視していた訳でもないのに、どうして知っているのです?」
「え? それは…………」
はて? どうしてだろ?
セイバーはそんなことは一言も言ってないし、ライダーの言うとおり、
自分は監視なんかしていない
「そう言えばそうね?
私、なんで見てたみたいに…………?!」
みたいじゃない、体感したんだ、
思い出せ、どこだ? 私は何処でそれを見た?
記憶を探る、そう昔じゃない、でも、昨日今日じゃない
では何時だ? そう、アレは…………
「なんてこと! じゃぁアレは、私じゃなくて別の『遠坂凛』の物だったんだわ」
気がついてしまった、あぁ、どうしてもっと早く気づかなかったんだろう
「リン、どうしたのです?」
「説明は後、とにかく教会に行くわよ
私は、ライダーにそういうとまっすぐに教会へ向かって走り出した
26セイバー視点
ダンッ!!
と、大音を立てて教会の中へ飛び込む
礼拝堂を無視して、奥へと入る
中庭のさらに奥、建物の隙間に細い階段がある
令呪のつながりと直感が、
そこを降りろと告げる
躊躇なく階段を駆け下りる、駆け下りた先には小部屋があり、さらにその奥に―――
ミイラの群れが整然と並べられ、その真ん中に彼はいた
まっすぐに駆け寄る、呼吸、脈拍ともに正常、
心臓の位置にかすかに傷があるが、それもすぐに消えるだろう
士郎には「 」の加護があるのだから
ゾクッ!!
悪い予感がする、
敵がいる、などというのも生ぬるい
これは『死』だ
すぐ近くに『死』の塊がいる
『死』の呪いがいる
いけない、早く士郎をここから連れ出さないと
ここは、あの公園と同じ、
『衛宮士郎』にとって、とてもよくない場所だ
「あぁ、セイバーさん、早かったですね」
「……えっ?!」
そう、『死』の塊の中から声をかけられて、私は振り返った
27凛視点
サーヴァントのスピードは速い
走り出した直後、ライダーは私を抱き上げて一気に教会まで走りぬけた
その早いこと早いこと、
だてに敏捷性で1,2を争ってないなーって思ったり
教会の手前で下ろしてもらう、
そろそろ何か反応があってもいいはずだ、
当然、ライダーも警戒している
「……?!」
「どうしたの? ライダー……って?!」
教会の前庭は無残に破壊されていた
圧倒的な物量を撒き散らし、相手もろとも周囲を破壊する強引な戦い方
そんな姿が想像される
ふと気付くとライダーがあらぬ方向を向いている
「どうしたの?」
「いえ、赤い槍が見えたような気がしたのですが、気のせいのようです」
「そう、一応警戒しながら行きましょう、セイバーがいるから大丈夫、
とも言えないしね」
言いながら、前庭とは違う原因で壊されたと思われる扉をくぐる
その嵐はどうやら礼拝堂をまっすぐ突っ切っていったようだ
恐らくセイバーだろう
「あの子も、あれで結構豪快ね…………」
今はそれが目印になってくれるので助かるけど
中庭の向こうに見慣れない階段がある、
地下室の入り口らしい
嵐はここを降りて行ったようなので、
私もここを降りることにした
28
二人が降りた先、そこは地獄だった
祭壇のような小部屋の奥、そこは洞窟のようになっており、
ミイラの群れが整然と並べられていた
そしてそこには、
衛宮士郎とそのサーヴァント、セイバー
それと
「あぁ、姉さんとライダーも来たんですか」
「ふむ、丁度良い、では選定を始めるとしよう」
魔術刻印に良く似た何かを半身に浮き出させた間桐桜と
言峰綺礼がいた
「何のつもりなの言峰、説明してもらえるんでしょうね?」
「ふむ、残ったサーヴァントはあと二体、つまりここにいる者たちだけになった
ライダーのマスターは衛宮士郎に聖杯を譲っても良いと言うのでな
もともと聖杯は形の無いものだ、何時、何処で、何をもって呼び出すかで完成度は変わるが、
呼び出すだけであれば、この教会や、凛、お前の家にも資格はある
しかも、予定外の事情のお陰で、現段階でも、十分に完成可能なほど魂が集まっていてな、
お前たちの“望み”をかなえるくらいは十分にあろう
望みがかなうのであれば無暗に殺しあう必要も無かろう?」
そういってセイバーに顔を向ける言峰
「たしかに、貴様の言い分は正しい、
だが、だとしたら貴様は何者だ? 貴様の目的は聖杯ではないのか?
それに、サクラのあの姿は一体?」
「私は選定役だと言っただろう。ふさわしい者がいれば喜んで聖杯は譲る。
マキリの娘については後で教えよう」
そう言うと、言峰は士郎に向き直った
「衛宮士郎、聖杯を譲るまえに、間桐桜が聞きたいことが有るそうだ」
「聞きたい事?」
足元がおぼつかないらしく、ふらふらとしながら立ち上がり、士郎は聞き返した
首をめぐらし、異様な姿と化した後輩を見る
「ネェ先輩、もし、十年前の火事が無かったらって思ったことありません?
ありますよね? だって、アレがなければこんなところで苦しい目に遭わずに済むんですよ?」
まっすぐに見つめる後輩の目に、いかなる魔術が込められていたのか
士郎の脳裏に十年前の光景がまざまざと蘇る
やめろ、と、口にこそ出さなかったが士郎は思った
いまさら意味は無い
いまさら思い返してみたところで、誰も救われるわけでもない
だから止めろ。
止めろ。
止めろ。止めろ。止めろ。
止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。止めろ。………………!!!!
何もかもなくなった、全て無くした
周りは死体と瓦礫だらけで、歩いているのは自分だけ
だれも救いを求めなかったはずが無い
誰も声をかけなかったはずが無い
そう、自分は全てを無視して、自分の救いを求めて歩き続けた
その中で
見飽きるほどに死体を見
聞き飽きるほどに助けを求める声を聞き
だからこそ、為す術なく死んだ人がいるなら、
為す術のある限り生きなければいけない、そうでなければ嘘だと思った
救いを求める声を無視したのは、
謝ってしまったら、許しを請うのは、ただ楽な方に流れていくと思ったから
そうして、一人だけ助かって
知りたくも無いのに一人だけ助かったことを教えられて
見飽きるほどに死体を見、
聞き飽きるほどに助けを求める声を聞いた
だから、その全てを、
背負いきれないぐらい重い荷物を、
背負えないのを承知の上で
あの場所に置き忘れてきた物達に出来る
あの場所で無視した全ての物に出来る
たった一つの償いだと信じて
「ねぇ、先輩、あの時、先輩のお父さんが聖杯を手に入れていたら、
こんな思いしなくて済んだんですよ?」
アレをやり直す?
「誰も死ななかった、誰も傷つかなかった、セイバーさんもアインツベルンも
先輩も、姉さんも、兄さんも、藤村先生も、ここにいる『モノ』たちも皆」
そんな都合のいい話、思わなかったかといえば嘘だろう
目が覚めれば、当たり前のように両親と笑い会える
そう信じて眠りについた夜が何度あっただろう
誰も傷つかない、何も起きなかった世界
があるならそれはどれほどの―――
――――でも、それは、本当の救いじゃない――――
「桜、それは違う、やり直しなんか出来ない、
死者は蘇らない、起きた事は戻せない
例え過去に戻ってやり直したって、そんなものは救いじゃない」
通り過ぎることしか出来なかった
無慈悲に全て投げ捨てた
でも、そこにあった全てを犠牲にしてまで戻ったって意味なんか無い
「だから、いらない、俺は『衛宮士郎』を否定してまで自分の救いなんて要らない
その道が、間違ってなかったって、信じてる」
「―――そうか、つまり、おまえは」
「聖杯なんかいらない。俺は―――置き去りにしてきたものの為にも
自分を曲げることなんか出来ない」
例えその先に何も無くても、誰の許しももらえなくても、
借り物の願いだけを支えに歩いてきた
理解なんて求めてない
いつか、誰からも忘れられるとしても
何一つ無い荒野に打ち捨てられたとしても
それが、衛宮士郎の答え
29凛視点
やり直しなんか出来ない、
死者は蘇らない、起きた事は戻せない
例え過去に戻ってやり直したって、そんなものは救いじゃない
俺は『衛宮士郎』を否定してまで
自分の救いなんて要らない
その道が、
間違ってなかったって、信じてる
置き去りにしてきたものの為にも、
自分を曲げることなんか出来ない」
―――それが、空っぽの心を、借り物の理想で埋めた男の答えだった
「士郎…………」
セイバーは言葉もなく立ち尽くし、
私は、『知っている』答えに、強く唇をかんでいた
「ではセイバー、君はどうだ?
前回、今回と二度も参加するのだ、
まさか君まで要らぬとは言うまい?」
立ち尽くすセイバーに言峰が問う
「……………………」
セイバーは答えない、それを肯定ととったのか
「ではセイバー、マスターを斬りたまえ、
その代わり、君に聖杯をささげよう」
言峰は、そう、セイバーに切り出した
「……………………」
「……………………」
「……………………」
長い沈黙が降りる
伏せられた顔の下、彼女の表情は読めない
その周りで、
桜が探るような、笑うような顔を見せ
言峰は無表情に待ち
士郎はまっすぐに彼女を見ていた
「……………………っ」
私は、その中で一人、セイバーではなく、士郎を見ていた
期待でもなく、信頼でもなく、
衛宮士郎は、ただ、セイバーの答えだけを待っていた
その、なんと歪なことだろう
普通の人間なら、こういう時は、相手に対し、
自分の答えへの賛同を含めた、期待を見せるはずだ
にもかかわらず、彼の目にはそれが無い
ただ、全てを受け入れて、彼女の心からの答えを待つ
やがて、
「…………聖杯は欲しい、でも、士郎は殺せない」
そう、セイバーは答えを出した
「じゃあ、どうするんです?」
答えを受けて桜が問う
「私の求めるものは、全て揃っていた、
―――初めから、求める必要など無かった、
ただ、私が気付かなかった、目をそむけていただけだった」
そこでセイバーは顔を上げ、まっすぐに桜と言峰を見返した
「我が身を穢すことが聖杯を得る手段であるのなら、
今宵、ひと時の夢全てを賭けて、その存在を否定しよう」
“求め続けることこそが間違いであるのなら、そんな奇跡に用はない”
そう言って、セイバーは、士郎のために剣を取った
「仕方あるまい、では、間桐桜、聖杯は私の預かりとなるが、かまわないか?」
そういって、言峰は桜を振り返る
そして桜は、
「そうですね、それでいいですよ」
そう、頷いた
それと同時に、地下室の入り口を誰かが降りてくる
入り口を見ると、黄金の英雄王が立っていた
30士郎視点
「ギルガメッシュ…………」
状況は不利だった、
セイバー一人ではあいつに勝てず、ライダーの協力も、現状で受けられるとは思えない
「さて、折角開くのだ、
どうせならば、よりふさわしい場所で開くとしよう、
アーチャー、ここは任せるぞ」
地下道の階段を言峰と桜が上っていく
ライダーは一度だけ桜のほうを見たものの、
付いて行くつもりは無いようだ
「ほう、残るのか、ライダー?」
「サクラから受けた命令は解除されていない
私はエミヤシロウを護ることを最優先で行うよう指示されています」
きっぱりとライダーは言い切った
「ふん、雑種のお守りに身を投げ出すとは…………愚かな」
そんなライダーの答えを鼻で笑うと、
ギルガメッシュは自分の周囲に無数の剣を呼び出した
ハルペー、ダインスレフ、ヴァジュラ、デュランダル、カラドヴォルグ,etc,etc
その全てが本物であり、あらゆるものの原型であると、頭のどこかが告げていた
絶望が俺たちを支配する
例えライダーが手を貸してくれても、この剣の雨を防ぎきることなど不可能だろう
無造作に振り下ろされた手が、死刑宣告となった
セイバーと、ライダーが、それでも俺たちを護ろうとした、
その時
「投影、開始」
同じ剣の雨が、ギルガメッシュの剣を打ち消した
31セイバー視点
「投影、開始」
聞き覚えのある声と供に現れた無数の剣が、
ギルガメッシュの剣を打ち払った
カツン―――
ゆっくりとその男は階段を下ってきた
―――カツン
コートを翻し、まっすぐに背筋を伸ばし
―――カツン
口元は皮肉気にゆがめられ
カツン―――
その鷹の目は、ただ、一人を見ていた
「…………アーチャー…………」
私の隣で、リンが呟くようにその男の名を、かつて自らが従えた、名も無き英雄の名を呼んだ
確かに、あの男なのだろう、
だが彼は、
褐色の肌をしていたはずだ 病的なまでに白い肌と、
ドウシテソンナスガタヲシテイル
白銀の髪をしていたはずだ 赤茶けた髪と
ドウシテソンナカオヲシテイル
赤いコートを着ていたはずだ 黒いコートで、
ドウシテソンナニ
彼はそこに立っていた
「なぜ衛宮士郎に似ているのか、そう言いたげだなセイバー」
いつか見た、歪な既視感を思い出す
ソノサキヲイウナ
「簡単なことだ」
ソノサキヲイウナ
「『私』が『衛宮士郎』に似ているのではない」
ソノサキヲイウナ
「『私』に『衛宮士郎』が似ているのでもない」
ソノサキヲイウナ
「俺の名は『エミヤ』
――――『正義の味方』を求め、世界と誓約した、衛宮士郎自身だ」
その言葉に打ちのめされた
―――何故気付かなかったのか、
あれは、歪な既視感などではないと
唇を噛み、耐え切れずに彼から目をそらす
―――いや、きっと気付いていたのだ
それでも信じたくなかったのだ
彼が駆け抜けた先に挫折しかない事を、
―――現実を直視しすぎて、彼が壊れてしまうことを信じたくなかったのだ
余りにも悲壮な覚悟と願いを聞いたから、なおさら信じたくなかったのだ
「やっぱり、そうだったのね…………」
押し殺した声で、リンが言った
「リン、気付いていたのですか?」
「ここに来る少し前にね、だから士郎の答えも、セイバーの答えも、
解ってた」
私と士郎が互いの過去を夢で見たように、
リンもアーチャーの過去を見たというのだろうか
「あぁ、やはり『見て』いたのか、それらしいことを聞かれなかったから黙っていたのだが」
「夢の内容なんてあんまり覚えてないのよね、私って」
気まずそうに、アーチャーの言葉に答えるリン
そこへ、
「ふん、脱落者が何をしに戻ってきたか知らんが、
邪魔だぞアーチャー」
胡乱気な顔で静観していたギルガメッシュが口を開いた
「なんだ、まだ居たのか英雄王」
それを彼は、まるで初めてその存在に気がついたようにそう返した
「何だと――――」
「お前の御高説に付き合うのは面倒なのだがな…………
私一人で事は足りるだろう、お前の出る幕はないからさっさと言峰の所へでも帰れ」
呆然とした、それは、あの英雄王に対して余りにも強気な発言だった
「ほう、……雑種の成れの果ての分際で、この我を愚弄するか」
ギリッと奥歯をかむとギルガメッシュは、アーチャーに矛先を向けた
「愚弄とは心外だな、ただ邪魔だと言っただけだったのだが」
「よかろう、では、言うだけの物を見せてもらおうか!!」
ギルガメッシュの周りに剣が出現し、アーチャーを襲う
「気の短いやつめ、―――投影、開始」
一瞬にして出現した剣が、その全てを相殺する
その様子を尻目に、士郎たちに声をかける
「士郎、走れますか?」
「あぁ、大丈夫だ、遠坂とライダーは?」
「私は平気」
「私も問題ありません」
頷くと、私たちは出口へと駆け出した
32凛視点
教会を出て一息つく
「うわっ! なんだこりゃ?!」
地下室を出てから、士郎は目を丸くしっぱなしだった
まぁ、無理もないだろう
「ギルガメッシュと誰かがやりあった後かな、って思ったんだけど、
アーチャーの仕業って可能性も出てきたわね」
「恐らく相手はランサーでしょう、私が見たのは、消える寸前の彼の槍ではないかと」
ライダーが頷く、言峰は、ここに居る二人以外は、倒されたといっていたから間違いないだろう
「それって、俺がここに着てからセイバーが来るまでの間のことだよな?」
「そうですね、あの時は注意していませんでしたが」
士郎とセイバーがそう言う、彼の胸元には傷があるが、それもただの痕になっている
「そうね、セイバーに感謝しなさいよ、それ、彼女の鞘のお陰なんだから」
「それって、エクスカリバーの鞘のことか?
なんでそんなの―――」
言いかけて、思い当たることを思い出したのか、押し黙る士郎
「リンの言うとおりです、おそらくキリツグも鞘を触媒にして私を召喚したのでしょう、
私自身には治癒魔術がある、ならばマスターの生存率を高める方が勝ち残れる確率も増える」
「そういうことでしたか、ではそれがシロウのなかにあるのは?」
感心した、という表情でライダーが問う
「多分、そうしないと助けられなかったんだと思う、
十年前、俺は確かに死に掛けてたんだ」
そう、十年前、出現した聖杯によって引き起こされた大火災
衛宮士郎はそこで一度、全てを失った
「だとすると、―――そうか、そうだったんだ」
過去を振り返っていた士郎が、ふと、セイバーを振り返った
「どうしました、士郎?」
まっすぐな目で見つめられセイバーが困惑する
そんなセイバーを見つめて
「あぁ、気がついたんだ、俺は十年前のあの時から、ずっとセイバーに護られてたんだって」
衛宮士郎は
「切嗣だけじゃなかったんだ、十年前に俺を救ってくれたのは、
――――――ありがとうアルトリア、君のお陰で、俺はここに居ることが出来る」
そんなことを、臆面も無く、口にした
「…………士郎…………」
真っ赤になるセイバー、いや、この男は、
「こほんっ! 衛宮君、そういう台詞は、二人だけのときにしていただけないかしら?」
「同感です、士郎には周りの人間に対する配慮が少々不足しています」
周りで見ている人間ぐらい気にかけなさいっての、恥ずかしい
しかもセイバーのこと真名で呼んでたし
まったく、見てるこっちまで恥ずかしくなったじゃない
33
ガキイイイイイイイイインッ!!
宙に浮かんだ剣が互いにぶつかり合い、お互いを潰しあった
その数およそ34
いずれ劣らぬ名剣であり、逸話持つ魔剣、聖剣であるそれらは、悉く自分と同じ姿を持つ魔剣、
聖剣とぶつかり合い、砕け散っていった
ヒュゴッ!!
ドスッ!!
ガツッ!!
その互いを砕きあう剣のぶつかり合いを超え、数本の剣がギルガメッシュに突き刺さった
「馬鹿なっ!!」
無限の財源を持ち、全ての剣のオリジナルの所有者である自分の剣が、
ただの紛い物、贋物である目の前の男の剣に敗れたというのか?
「おのれっ!!」
空中にさらに数十の剣を呼び出す、
だが、必勝の筈の剣の雨は、アーチャー、…………否、エミヤの体に届く前に
同じ剣によって悉く撃ち落とされ、さらに数本の剣が、彼の体を刺し貫いた
(何故だ? 何故我の剣がヤツごときの剣に負けねばならん?)
「どうした英雄王、これで御仕舞いか?」
傷一つ無く涼しい顔でエミヤはそう言った
「言わせておけば!! 消えろ雑種!!!」
先ほどの倍の数、もはや狭い地下室の天井を埋め尽くすほどの剣が、出現する
「やれやれ、では仕方ない」
そういうと供に、天井に浮かぶ剣を投影するエミヤ、
天井を埋めつくす、剣は互いを打ち消しあい、そして
「馬鹿な?!!」
ギルガメッシュは驚愕した、
先ほどの剣、その全てがそっくりそのまま残っている、
それだけなら、彼は驚きはしなかっただろう、
問題なのは、その矛先が“全て自分に向けられている”ことである
「それでは、そろそろ、望みどおり消えるとしよう、
ただし………………お前の方がだがな」
淡々とそういうと、エミヤはサッと腕を振り下ろした
振り下ろした腕に引かれ剣は、轟音を立てて、金色の鎧をさし貫いた
「がっ、はっ!!」
全身に突き刺さる刃、だが、その悉くが、急所を射抜く一撃でありながら、致命傷でもない一撃であった
ギルガメッシュが避けたのではない、エミヤが当てなかったのだ
それでも、両腕を完全につぶすには十分であったわけだが
「おのれ………………」
ギリっと、ギルガメッシュが歯を噛締める
「何故だ? 何故、たかが贋物に過ぎん貴様の剣に、この我の剣が負けねばならん?!!」
目の前の男をにらみつけ、当然の疑問を口にする
「なに、種を明かせば簡単な話だ、
お前の『持っている剣』を十とすると、俺の『創る剣』は、せいぜいが八か九といった所だ」
当たり前だ、どれだけ優れた贋物であろうと十の物を真似る以上、
出来上がりが十以上になるはずが無い
「だがな英雄王、お前はただ持っているだけだが、俺は自分で創り出しているのだ、
ならワザワザ、一対一で戦わせる必要は無かろう?
十対八なら十の方が勝つのは道理だからな、此方は二本ずつ用意させてもらったと言うことだ、
これで八×二で十六、
お前と俺の用意できる剣の種類は確かに同じだが、
数であるなら、一本しかないオリジナルより、大量に作れる贋物の方が多いのは当然だからな
…………お前はさっさと乖離剣を使うべきだったのさ、
アレだけが俺の創りえない唯一の剣だったんだから」
そういうとエミヤは歩き出した
もはやギルガメッシュに用はない、死のうが足掻こうがあいつの勝手である
そして彼は、自分の目的のためだけに歩き出した
34士郎視点
取りあえず、なんにせよ準備は必要だ、と言うことで、
俺たちは衛宮邸に帰って来た
それも大急ぎで、
何故、大急ぎになったかと言うと、
遠坂曰く
「イリヤのこと忘れてた」
らしい、それだけでも不味い話の上、さらに、
「あの場でサクラが覚醒してたから、言峰も何も言わなかったけど、
もともと、今回の聖杯の器はイリヤだったのよ」
とのこと、
どうも、遠坂に言わせると、その辺りで、アーチャーの記憶と食い違ってるらしい
「そもそも、ライダーが生きてる辺りから、アイツの記憶とは食い違ってるみたいなのよね、
アイツの士郎としての記憶なら、あの、キャスターの襲撃を受けた日、
士郎はイリヤに捕まる筈で、キャスターが来るのは、確か、十三日の夜だったと思う、
で、キャスターは金ぴかにやられて、士郎とセイバーがデートして、って流れになってたみたい」
「デートの中身とかはそんな変わらなかったのか?
ギルガメッシュと戦ったときとか」
「その辺ははっきりとは、で、教会の地下室の後、戻ってきたあんたたちが見たのが……」
血まみれで、居間の壁に背を預けて倒れている、遠坂の姿だったらしい
不意打ちを受けながらもイリヤを護った結果だとかで、死んではいなかったとか
「とりあえず、ここが襲われた形跡はなさそうですね」
戸口を見て、ライダーがそう言う
「では、イリヤスフィールは無事と思ってもよさそうですね、
一応、念のため、確認しましょう」
セイバーの言葉に頷いて、家の中を一通り見て回る
居間、客間、和室、庭、道場、と来て、
「あ、お帰り士郎」
何故かイリヤは土蔵から顔を出した
「イリヤスフィール、そこは士郎にとって工房も同じです、
断りもなく入って良い場所ではない」
セイバーが真面目にそう言うが、みんなイリヤが無事だったことに安堵したところだし、
特に工房らしくも無いので気にしないことにする
「ところでイリヤ、土蔵で何してたんだ?」
「え? キリツグのモノが何か無いか探してたんだけど、
それよりシロウ、どうしてこれが此処にあるの?」
そう言ってイリヤが出したのは、不恰好な、水晶の塊で出来た剣のようなものだった
「何ですかこれは?」
ライダーも不思議そうにしている、
「………………」
そして、何か怖い顔で『それ』と、こっちを見比べる遠坂
「遠坂、何そんな怖い顔してんだ?」
「衛宮君、アンタこれを何処で手に入れたの?」
俺の問いに対し、遠坂が魔術師の顔で聞き返してくる
「士郎、イリヤスフィールやリンの言うとおりです、これを一体何処で手に入れたのですか?」
同じ様な顔で、セイバーまで聞いてきた
でも、何処だったかなぁ?……………………
あぁ、そうだ
「五年位前かな、親父が死んだすぐ後でさ、変な爺さんが訪ねてきたんだよ、
そん時にその爺さんが持ってた、多分、魔術用の、『自分で光ってる』宝石みたいな剣が気になってさ、
その日の夜に投影しようとしたんだよ、
まぁ、出来上がったのは、形だけそっくりの変なガラスの塊みたいだったけど」
それが、今、イリヤが持ってるこれな訳だ
「一応なんかの魔術回路みたいなモンはあるみたいなんだけど、
使い方なんかわかんなかったし、土蔵の隅に転がしてたんだけど………………
遠坂、なんか本気で殺気放ってないか?」
顔がものすっごく怖いんだけど………………
「えぇ、放つわよ!
本気で殺意芽生えそうにもなるわよ!
『気になったから創ってみた』ですって?
そんな簡単に第二魔法の触媒を作れるなんて何者よアンタ?!!」
うわ、すごい剣幕
「遠坂、落ち着け、おい」
「落ち着けるかあああああああああ!!!!」
ドカアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!
あ、爆発した
「いい? アンタは解ってないから言ってあげるけどね、
これは第二魔法って呼ばれる『平行世界干渉』の触媒で、
5人の『魔法使い』の一人にして、遠坂の大師父、『時の翁』
キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの宝石剣、
通称『万華鏡(カレイドスコープ)』なの!
遠坂の魔術師は『これ』に辿り着く為に代を重ねてるって位の代物なのよ!
つ・ま・り!
私の家はこれを作るためだけに六代も家を重ねてきたの!!
それを『気になったから創ってみた』で済まされて、殺意持たない方がどうかしてるわよ!!」
「わかった、解ったからその左手をこっちに向けるな!
なんか無茶苦茶物騒なもんあるだろそれ!」
左腕にボンヤリと光が浮かんでます……
危険、危険、退避せよ、退避せよ
アレって多分、親父の言ってた魔術刻印ってヤツなんだろうな、
とか、変に冷静に思ってみたり………………
親父、俺、ここで遠坂に殺されそうです、ごめんなさい…………
35アーチャー視点
ほの暗い洞窟の中の開けた場所に立ち時を待つ、
そう間をおかず、衛宮士郎はここに来るだろう
「何の用だ、言峰?」
不意に現れた気配に振り返り問う
「ここに来ても、貴様の娯楽になる様なモノなど無いぞ?」
「ふむ、かなわぬと知りながら、過去の改変を求める君は、
十分に娯楽に値するのだがね?」
そのために聖杯を求めない辺りが君らしい、と言峰は俺にそう言った
「それこそ無意味だろう、それに、これはただの八つ当たりだ」
それにしても、この男もなかなか生き汚い、
すでに、心臓の代わりをしていたアンリマユの欠片を、桜に渡したと言うのに、まだ生きているのだから
「そう言えば、あの生き汚い老人は何処に行った?」
アサシンは吹き飛ばしたが、やつの姿を見た覚えが無い
「アレなら間桐桜が覚醒時に握りつぶしたが、
何か用があったのかね?」
なんだ、そうか
「いや、姿を見てないから気になっただけだ」
「ふむ、そうか」
それだけ言うと言峰は去っていった
俺は目をつぶり、言峰の存在を頭の中から追い出した
36士郎視点
夕食を食べた
この一服が終わったら、最後の戦いが始まる
だからこれは、俺たちにとって最後の晩餐になるだろう
食後、セイバーをつれて土蔵へ向かう、
遠坂は、あの、俺の創った宝石剣が、一応の効果を持っていることを確認すると、
自室で何かの準備を始めたらしい
「士郎、ここで一体何を始めるのです?」
「あぁ、鞘をな、君に返そうと思うんだ」
セイバーの問いに俺はそれを、なんでもないことのように告げた
「………………」
「………………」
沈黙が落ちる、
セイバーも俺もわかっている、ここに、彼女が帰ってくることは無いということを
遠坂は何も言わなかった、でも、あいつの知る、アーチャーと成った衛宮士郎も
最後の時をこうやって迎えたんだろうと思う、
「士郎、判っているのですか? 鞘を失ったら、今までのようには行かないと、
何時死んでしまうかも知れないということが」
確認するように、セイバーが言う
でもそれは、きっと当たり前のものだ、
「判ってるさ、でもみんな命がけなんだ、
…………それに、
セイバーにはきっと、独りでギルガメッシュの相手をしてもらうことになる、
その為にも、これは必要なことなんだ」
「…………士郎は、アーチャーではギルガメッシュに勝てないと思っているのですか?」
俺の答えに、どこか悲しみを含んで問い返す
「いや、あいつが勝つさ、
でも、アイツにとってギルガメッシュなんてどうでもいいんだ。
あの時、あの地下室に現れたあいつは、
まっすぐに俺を見てた
あいつはきっと、俺以外のヤツはもうどうでもいいんだ
ギルガメッシュも、言峰も、聖杯の行方も、
………………俺は、あんなのが自分の理想だとは思わない
だから、戦ってあいつを超える
自分の手で、理想の、その更に上へ手を伸ばす、
出来るって信じてる、
だからセイバー、君も、俺を信じてくれ」
セイバーは目を閉じて、少しの間俯いて、
「判りました、衛宮士郎、アルトリア=ペンドラゴンの名において、
貴方を信じ、サーヴァント・セイバーとして、貴方の心をお借りします」
真摯な顔で、そう答えた
37
柳洞寺の山門、その石段の前に立ち、
衛宮士郎は、我知らず、左手を握り締めていた
この石段を登れば、最後の戦いが待っている
それは恐らく、今までの生き方全てを問い直されることになるだろう
覚悟はもう決めている、やるべきことも決まっている
だかこそ、彼は、そばに居る二人を振り返った
一人は、何処までも気高く、何処までも澄んだ少女、
自らを剣と称し、騎士として、王として駆け抜けることを誓った女性
果たして自分は、彼女を救えたか?
疑問は尽きず、そして、結論は先延ばしに成ったまま、ここまで来た
その答えも、この先に有るかは分からない
ただ、あると信じて駆け抜けることを誓い合った
だから、最後まで駆け抜けなくてはいけない
もう一人は、時に頼もしく、時に厳しく、ただあこがれるだけだった少女、
その幻想は既に過去のものとなったが、自分が彼女に向ける目は、
見上げる高さが、少しだけ、下がった気がする
たくさんの借りを作った
命さえ救われた
きっと自分は、一生彼女に借りを返すことは出来ないだろう
「行くわよ、準備は良い?」
「もちろん」
「はい」
石段に一歩を踏み出す、上るのは三人、帰るときも、きっと三人、
でも、この三人で歩くのはこれが最後だろう
待たせている人のところへ戻る時には、
きっと、『剣』と呼んだ少女は居ない
惜しむことは無い、惜しむ暇も無い。
彼らは、ただ前を向いて、歩き出した
38セイバー視点
石段の途中から、獣道に分け入って行く
鎧に包まれた、自らの胸元へと、知らず手を添えていた自分に気付く
自分がこの道を戻ることは無い、だから、ただ歩く道の一つ一つが、
大切なのだと、そう思う
あの丘へ戻り、この命尽きるその時に、この短くも長い日々が、鮮明に思い出せるように
この目で見るもの、その全てを覚えていよう
「記録によるとこの辺りなのよね」
リンが、何かを探している、
大聖杯へと続く、地下道の入り口だろう
「アレじゃないか、あの、岩の陰になってるとこ」
士郎の指差す先を調べる。
彼の言うとおり、人の通れる穴が開いていた
後ろに、気配を感じる
「士郎、リン、先へ行っていて下さい」
進軍において難しいのは、後ろからの奇襲を避けること、
殿は、逃げるときだけでなく、攻めるときにも重要なのだ
「判った、先に行く」
「こいつが無茶する前に追いついてね」
二人が、孔の奥に入っていく
剣を握りなおす、静かに風が渦を巻き、ゆっくりと不可視の鞘が解けていく
「呆れましたね、そのような姿で、生き恥をさらそうとは」
現れた男に送るのは、同情ではなく、畏怖でもなく、
もはや哀れみに近い
身に纏った金色の鎧は、記憶にある荘厳さを失い、
悠然とあらゆる物を見下していた瞳は、ただ怒りだけをたたえている
「セイバーか、貴様この俺を愚弄するか!!」
「愚弄も何も、
それほどの誇りがあるのなら、生き恥をさらさず、自ら命を絶つべきでしょう、
己の愚考を恥じ、民への配慮の無さを恥じ、国に身をささげた王としても」
自らへも突きつける、自分はどうだったか、民にとって、忠義をささげるに足るものだっただろうか?
滅びの道を歩む国へ、問うことももはや無意味であろうが
「国に身をささげるだと?
ふん、愚かだな騎士王、
王とは全ての主たるもののことだ
全てを従え、全てを支配できぬのなら、王という超越者など不要なのだ」
それは決して、自分とは相容れない信念、
この男は間違いなく王なのだろう、
この信念の元に超越者として振舞い続け、天地に自分以上のものを認めぬ
この世の全てを背負っていると誰彼構わず言い切ってはばからぬ、
私のように切り捨ててきたわけではなく、初めから見下し、省みない男
「笑わせるなアーサー王、
そんなだから、貴様は国によって滅ぼされたのだ」
嘲笑などもはや聞こえない、この男は結局、
アーチャーとの戦いに、何も学ばなかったのだろう
「満身創痍でよくも言う、
確かに、この甘さが我が身を滅ぼしたのは事実だ、
―――だがな、英雄王、
そんな、敗北に何も学ばぬ男だから、貴様は国を滅ぼしたのだ」
その手に聖剣を握りなおし私は言い放った
この胸にある暖かな思いに賭けて、この未熟な私を信じてくれた者達の為にも
目の前の男には負けられない
39凛視点
セイバーと別れ、洞窟の奥へ進む、
ボンヤリと光る苔のお陰でライトはいらない
士郎は、まるであそこでセイバーと分かれることを知っていたように勤めて平静だった
むしろ、この先に居る『誰か』のことの方がずっと気がかりなのだろう
長い道のりを過ぎて、少し空けた場所に出る、
ちょっとした体育館ほどの広さは有りそうな場所の真ん中に、
嘗てわたしが従えた、隣に立つ男の、理想の結果たる男が
悠然と立っていた
「早かったな」
その振る舞いは、セイバーが居ないことすら予想済みと言いた気だった
「凛、桜なら奥に居る、行きたければ行くと良い」
かつてと変わらない口調で、でも何も私に向けずに告げる
「そのつもりだけど、聞いておきたいことがあるのよね」
「それは桜のことか? それともギルガメッシュか?」
問い返す声は平坦で、赤い外套を纏っていたときとも、少年のときとも違っていた
「なぜ、桜に手を貸すの? これから何が起きるかを知ってて、
それを未然に防ぐためにあの子を殺そうとした、貴方が」
「何故、か…………」
皮肉気に口をゆがめてアーチャーは私を見た、
冷たい、輝きの無い金のような目には、何の感情も無い
「……遠坂、そんなのは結局ついでだよ、
アイツにとって、もうどうでも良い事なんだ」
問いに答えたのは彼ではなく、いつか『彼』になることを約束された少年
「アイツは最初から、俺を殺すのが最終目的だったんだ
アイツは『エミヤ』のオリジナルじゃない、
だから自分を殺しても、『エミヤ』は消えない、
アイツが自分を消すには、俺を殺すことが必要なんだ」
私を制して、士郎はアーチャーに向けて歩き出す
「アーチャー、一つ聞くぞ、
お前は、自分が英雄になったことを後悔してるのか?」
「無論だ、衛宮士郎は『正義の味方』になどなるべきではなかった、
いくら伸ばそうと手は届かず、拾うものよりも取りこぼすものの方が多い、
ただ自分の知る限り、誰にも傷ついて欲しくなかっただけだったのに、
求めたものの答えは、ただの薄汚い掃除屋だった
世界と誓約した『守護者』など、所詮、人の世の安定のためだけの道化に過ぎなかったのだ」
問い、答える、二人の『衛宮士郎』
後悔を抱くエミヤ、それでも彼は、他人ではなく、己の過ちだとして己を消すことを望んだ、
過去を変えることなど出来ないと言い切った少年は、磨耗しつくして、過去の清算を求めていた
「…………そうか、
なら、俺とお前はやっぱり別人だ」
それを、まっすぐに見て、士郎は言い切った
「伸ばした手が届かないからあきらめるのか?
望んだ答えを得られなかったことに後悔して、自分の答えを覆すのか?
俺は違うぞ!
例え、救えなくても手を伸ばす、
手が届くから救うんじゃない、救いたいから手を伸ばすんだ
それも出来ないのが衛宮士郎の理想の結果なら、
俺はその理想を破壊して、その上の理想に手を伸ばす!」
言い放って互いの正面に立つ、もう、彼らには自分たちしか見えていなかった
「遠坂、そう言う訳だから先に行っててくれ、
セイバーと合流したら俺も行く」
顔も向けずにそう告げる
「判ったわ、でも早く来ないと桜を殺すわよ?
他の手段なんて、どうせ無いんだから」
答えは無かった、
私は、二人に背を向けて、洞窟の奥に向けて走り出した
40
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
散発的に来る、剣の雨を叩き落しながら、騎士王が斬り込んで行く
黄金の騎士が必死の形相でその剣をさばく
状況はセイバーに傾いていた
ギルガメッシュの戦い方は、
宝具『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』に収められた剣による物量戦である
一つ一つが宝具に値する武器の嵐
それが、この男本来の戦い方
高みに立って他者を見下し、決して同じ土俵になど立たない
今、その前提が崩れようとしていた
「おのれ!!」
残り少ない剣の一つが刃の根元から砕け散る
巻きつけていた風を解き放った聖剣は、閃光となってギルガメッシュへと肉薄する
両の手で乖離剣を振り上げ、捌く
その重さのなんと煩わしい事か
「くっ!」
舌打ちしつつ、セイバーは距離をとる
開いた距離は凡そ八メートル
万物を断つ剣の力を解放し、
苛立ちを隠すことなく、目の前に居る女に向けて叩きつける
世の始まりから有りて、世界を切り開いた剣
自身の持つ不敗の剣であり、王としての象徴、
絶対者ゆえに持つことを許された最強の剣、
「天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!!」
「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」
迎え撃つのは、星に創られし神造の聖剣
湖の主より、人の王に渡りし最高の剣、あらゆる物を手にする男が、
唯一持たぬ最強の幻想
二つの剣は互いの力を解き放ち、自らの存在をかけて互いへと牙をむいた
41士郎視点
キンッ!
小気味良い音を立てて、俺の手の中の干将が砕け散る
それを無視して開いた手に新たな干将を投影する
ガキッ!
そうしている間に莫耶が砕けた、これも干将と同じく、すぐに新しいものを投影する
創造の理念を鑑定し
この程度では打ち負ける
基本となる骨子を想定し
解析の速度が遅い
構成された材質を複製し
まだだ、もっと内に沈め
製作に及ぶ技術を模倣し
基盤の広さを把握しろ
成長に至る経験に共感し
これが全てではない
蓄積された年月を再現し
まだ全てが開いた訳じゃない
あらゆる工程を凌駕し尽くす
砕けた干将から手を離し、転がって間合いを離す
「これで……二十三本目…………」
魔力を通して強引に回路を開く、
まだだ、衛宮士郎という基盤は、まだその全てを開いていない
片目を瞑り、意識の半分を魔術回路の開放に向ける
踏み込んでくるアーチャー、干将を再投影している時間が惜しい、
とっさに足元のデュランダルを掴んで弾く
これで二十五
“I am the bone of my sword”
体は剣で出来ている。
アーチャーが何か呟く
“Steelismybody,and fireismyblood”
血潮は鉄で、心は硝子。
二十七、端が見えた!
“I have created over athousand blades.”
幾たびの戦場を越えて不敗。
振り下ろされる偽・螺旋剣を
“Unknown to Death.Nor known to Life”
ただの一度も敗走は無く、ただの一度も理解されない。
掴みあげたゲイヴォルクで弾き返す
“have withstood pain to create many weapons.”
かの者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う。
その隙に干将を投影する
“yat,those hands will never hold anyhing”
故にその生涯に意味は無く。
あぁ、やっと判った
“so as I pray, unlimited blade works”
その体は、きっと剣で出来ていた。
ならば、創れ
常に最強のイメージを持って
誰をも騙し、自分さえ騙しうる、最強の模造品を創造しろ
難しいはずは無い
もとよりこの身は
ただそれだけに特化した魔術回路
それすらも間違いだった
“I am the bone of my sword”
体は剣で出来ている。
「投影」などただの余分
“Steelismybody,and fireismyblood”
血潮は鉄で、心は硝子。
俺が創るのは剣じゃない
“I have created over athousand blades.”
幾たびの戦場を越えて不敗。
干将莫耶を放り出す
“Unaware of loss. Nor aware of gain”
ただの一度の敗走は無く、ただの一度も勝利もなし。
突き出した手は虚空を掴み
“Withstood pain to create weapons.
waiting for one‘s arrival”
担い手はここに独り,剣の丘で、鉄を鍛つ。
『衛宮士郎』の『本当の魔術』をつかみ出す
“I have no regrets. this is the only path”
ならば、我が生涯に意味は不要ず。
剣立つ無限の荒野
“Mywholelifewas 『unlimited blade works』”
この体は、無限の剣で出来ていた。
巻き上がる幻想の焔は全てを焼き尽くし
鉄火場を思わせる廃棄場と
墓標のごとき剣の荒野
を生み出した
心象世界は現実を食い破り、互いを食い合う幻想は、打ち消しあって現実へと回帰する
これこそが衛宮士郎の魔術、ただ一つ許された、自分だけの型
固有結界『無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)』
手加減無用、容赦不要、
俺たちは互いの『世界』を食い破るため剣を取って向かい合った
42セイバー視点
空間すら切り裂く断層は、傷ついた男が振るってなお、私の剣を上回った
満身創痍で、短く息を吐く、離れた所に聖剣が落ちる音を聞いた
鞘が無ければ死んでいたかもしれない
持ち主に不死性を与える聖剣の鞘、それをもってしても、ここからの回復は容易ではなかろう
「ここまでだな、セイバー」
勝ち誇った顔でギルガメッシュが私を見下ろす
絶対の自信を、乖離剣を振るい、私の剣に勝ったことで取り戻したのか、
その相貌には不遜な色が戻っていた
「あの雑種に身の程を教えに行かねばならんが、
その前に、おまえを躾けておくべきだろう」
言葉と供に私の体が逆さに浮き上がる、
足を掴まれて、持ち上げられているのだと直ぐに判った
目だけで、手から離れた聖剣を探す、
かなり遠い、たとえ捕らわれていなくとも、この体では一息とは言えない距離だ
それでも、まだ手はあると信じて、相手を見据える
「言った筈だ、この身には一つの自由もないと、
私は既に国のものだ、貴様とは決して交わらない、
『王』としての誓いに賭けて、
私は貴様には屈しない」
はっきりと言い放つ、
そうだ、人としての幸せも、少女としての夢も、
『王』としての誓いの基に、置き去りにしてきた
国を救いたかった、
みんなに笑っていて欲しかった
その為に多くの騎士を斬り、民を捨ててきた
女である自分が、騎士として、王として生きること、
それを抜きにしても、矛盾した生き方だったと思う、
思えば、自分は矛盾だらけだ
その矛盾を打ち消したくて、その求めた先で、
一人の少女としての夢を見た
王として駆け抜けてきた幾年もの間、自分に欠けていた答えを得た
その果てに、あの丘に戻ろうとしている
そのことに後悔は無い、
未練ならばあるだろう、
この暖かな日々の夢を、何時までも見ていたいと思う気持ちに嘘は無い
それでも自分はあの丘に戻る
“やり直しなんか出来ない、
死者は蘇らない、起きた事は戻せない
例え過去に戻ってやり直したって、そんなものは救いじゃない”
“置き去りにしてきたものの為にも、自分を曲げることなんか出来ない”
あの空っぽの、借り物の理想に彩られた少年の答え、
その果てが、例え、あの赤い外套の騎士だとしても、
その道が、間違っていなかったと、信じている
瞳を閉じる、
目に映るのは、土蔵で初めて出会ったときの驚きに満ちた顔、
身を捨てて自らを庇った傷ついた姿、
事ある毎に私を『女の子だ』と言った声、
「これより我が剣は貴方と供にあり、貴方の運命は私と供にある
―――ここに契約は完了した」
あの時から、自分は彼の剣だった、
「我が身を穢すことが聖杯をえる手段であるのなら、
今宵、ひと時の夢全てを賭けて、その存在を否定しよう」
だから、彼の願いを取った
「私の求めるものは、全て揃っていた、
―――初めから、求める必要など無かった、
ただ、私が気付かなかった、目をそむけていただけだった」
王としても、少女としても、この身はきっと満たされた
「ほう、剣を失くしてもなお吼えるか?」
男が嘲笑する声が聞こえる
なくした? とんでもない、この手には鞘が、彼の半身があるのだ
拙い、未熟な少年の思い、
私を酷く気にしながら、
その実、何よりも危うく、そして、何よりも心強い
何故か、その彼の後ろに、誰もいない丘が見えた
荒れ果てた丘、墓標のように剣が群れなすその中心に、
何よりも強い輝きをもって、一振りの剣がある
“I am the bone of my sword”
敗れた夢の答えを求め 体は剣で出来ている。
“Steelismybody,and fireismyblood”
手に入らない夢を追い 血潮は鉄で、心は硝子。
“I have created over athousand blades.”
亡くした物に思いをはせ 幾たびの戦場を越えて不敗。
“Unaware of loss. Nor aware of gain”
ただの一度も立ち止まらず、ただの一度も振り返らない
ただの一度も敗走は無く、ただ一度も勝利もなし。
“Withstood pain to create weapons.
waiting for one‘s arrival”
だから矛盾した全てを受け入れて 担い手はここに独り,剣の丘で、鉄を鍛つ。
“I have no regrets. this is the only path”
もはや世界に答えは求めず ならば、我が生涯に意味は不要ず。
“Mywholelifewas 『unlimited blade works』”
かの半身だったその鞘は、やはり無限の剣で出来ていた
“自分の命が一番大事だったとしても変わらない、
きっとそれ以上にセイバーはキレイなんだ。
お前に代わるものなんて、俺の中には一つも無い”
「剣ならある」
丘の中心に手を伸ばす、
完璧だと思っていた鞘の復元は
その手に剣を握り締める
その実、復元などではなかった
引き抜いたその剣は
そう、これは彼の半身
紛れも無く
ならば負ける道理が何処にある?
『勝利すべき黄金の剣』
「受けろ、英雄王!!」
振りぬいた剣が、私の足を掴むギルガメッシュの腕を斬り飛ばす
「ぐをっ!!」
輝きを放って振りぬかれた剣に弾き飛ばされ地を転がる、
目を向けた先に、エクスカリバーが転がっていた、
掴み上げ、立ち上がる
「おのれ、セイバー!!」
立ち上がった英雄王の手に、乖離剣が現れる
「消えろ!! 『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』!!」
空間すら断ち切る渦がせまる、
だからなんだ?
巻き起こる風に踏み込んでいく
籠手が砕ける
左手に持ったカリバーンを掲げ上げ、
胸当てに亀裂が走る
振りぬいた黄金剣で、相手へ向かう一歩を創る
幻想の剣が砕ける
絶対の勝利を確信し、男の顔がゆがむ
開いた左手を風の中心に向ける
その手の先に、鞘を開く
「『全て遠き理想郷(アヴァロン)』!」
その瞬間、
巻き起こる風も、世界すら断つ渦も、全てがはるか彼方の出来事のように、
私の周囲、その全てが、静寂に包まれた
万物の頂点を自負し、自らを超越者と呼ぶ英雄王
絶対を誇った、その全力の一撃ですら、ここには届くことは無い、
不死性の象徴、あらゆる呪い、あらゆる災いより主を護り、
魔法ですらも、その護りを抜けることは出来ない、
そして、それに収められたものこそ、騎士王の象徴、幾たびの戦場を越えし神造の聖剣
右手でそれを振り上げる
「『約束された(エクス)―――」
風が凪ぐ、目の前には、振り切った姿勢のまま硬直するギルガメッシュ、
目を見開き、驚愕に満ちた顔で叫ぶその男に向けて、渾身の一撃を叩き込む
「勝利の剣(カリバー)』!!」
振りぬかれた剣の輝きが、閃光となってあたりを包む
「莫迦な…………この我が…………
天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)が敗れるなど……」
絶対の自信を打ち砕かれた、その驚きを理解できぬまま、
英雄王は閃光に飲み込まれて消えていった
「はぁ、はぁ…………」
膝をつく、足に力が入らない、
無理もない、これだけの宝具を後先も考えず放ったのだ
「早く、…………士………郎の……とこ…ろ……へ…………」
向かおうとして、私の意識はそこで途切れた