この作品は、前作『バイバイ涙。おはようファミリー。』の続編です。
そちらを先にお読み頂ければ、よりお楽しみになれるかと思います。
Fate/stay night 二次創作
『弓パパと剣ママは士郎くんと凛ちゃんを(多分)あったか〜く見守る』
第一話
「ねむねむ凛ちゃんおねむちゅう」
二月の半ば。
季節はいまだ冬。しかし、今日は日差しが暖かく過ごしやすい。
陽の当たる窓の側などはなんとも眠気を誘う。
「───だからと言って、これは無防備過ぎではないか?」
衛宮家の居間は日当たり良好。
出来た陽だまりにおわすは眠り姫。
光を受け輝く黒髪。穏やかな吐息と共に、慎ましい胸がゆったりと上下する。
常ならばその美貌ゆえ、怜悧で大人びた印象の顔も、眠りの与える解放からか、年相応の柔らかさを見せ、万人に愛しさを感じさせるものとなっている。
やれやれ、と嘆息する男───赤き外套を纏いし騎士、アーチャー───の顔は慈しみに溢れている。
その対象。世界に祝福された明るく優しい場所に横たわる、童話の姫のように可憐な少女は彼のマスターであり、彼が現世に留まっている理由、守ると決めた最も大切な存在だ。
しかし、今の自分に力は無く、守るどころか負担にしかなっていない。
陽気に誘われウトウトと。ちょいと昼寝でもいたしましょう。彼女が眠っているのはそんな気ままで暇人な理由からでは───まあ一端ではあるだろうが───ない。
魔力の枯渇が彼女に休息を強制しているのだ。そしてその原因が自分にある。
この身はサーヴァント。マスターである彼女から魔力を供給してもらわねばこの世に留まることすら出来ない。しかも、本来ならばその魔力と引き換えに主のため振るうべき力も、今は欠片も発揮出来ない。
なんと役立たずな厄介者か。
なのに彼女は自分を引き留めた。側にいることを許してくれた、望んでくれた。
その気持ちに応えなければ。たとえ僅かしか能力を使えなくとも、己の全てを懸け、必ず少女を守り通そう。
───さしあたっては彼女がよく眠れるようにベッドに連れてってやるくらいしか出来ないが。
「あぁぁぁぁ!! てめぇなにしてやがる!」
それを妨げた声。
振り返れば赤毛の少年が一人。この家の一応家主、実質家政夫である衛宮士郎だ。
その手には、凛にかけてやるつもりだったのだろう、大きめのタオル。
「なにを、と言われてもな。ただ彼女を部屋に運んでやろうとしただけだが」
「そこまでする必要なんかないだろっ。昼飯までそう間があるわけでもないし、これかけといてやるだけで十分だ」
言って、タオルを掲げる。
「やれやれ、わかっていないな。彼女の眠りは通常のものではない。空っぽの魔力を少しでも回復させるための強制的なものだ。
一般人に例えれば幾日も睡眠をとらなかった挙句、無意識に意識が落ちた状態。そう簡単には目を覚まさんよ。恐らく昼食は抜きになるだろうな。
ならば少しでも良く休めるよう、ちゃんとした寝床に連れて行ってやったほうがよかろう?」
「───魔力不足の元凶がなに言ってやがる……」
「だからこそ、だ。
───ふん、正直に言え。要は私が凛に触れるのが気に食わないだけだろう?」
「ぅぐっ」
「まったく……薄っぺらな嫉妬だな。まあいい、ならお前がやればいい。私は彼女のためを思っただけだからな、どちらが運ぼうが構わん」
士郎は動かない。顔は赤面し、きょろきょろしながらも視線は凛からはずれない。実に挙動不審だ。
「ほら、どうした。やるならさっさとしろ。そろそろ食事の支度をせねばセイバーが暴れるぞ」
そう言うアーチャーの顔にはからかうような笑み。
わかっているのだ、士郎がためらっている理由を。
───つまり、彼は健全で健康な男子であり、彼女は反則的に魅力的な少女ということである。
世の美人と称される女性だけを集めたその中で、なお美人と呼ばれるであろう顔・形。
しばらく日に当たって火照ったのか、ほんのり紅い頬。
これだけでも、一般と比べ純情と言える士郎には赤面ものだというのに。彼女の格好は刺激的に過ぎた。
ミニのスカート。タイトでなしにあの短さは犯罪ではなかろうか? ひらひら揺れる度に思わず注目してしまう、若さに勝てない少年の苦悩(とちょっぴりの幸せ)を何と心得ているのか。
士郎は度々思っていた。あれだけ短いスカートなのに、いくら動き回っても中が見えないってのはいかなる神秘だ? きっと結界でも張っているに違いない。絶対ランクA以上だ。
今も、足は若干開かれ、スカートが少しめくれているというのに中が見えないギリギリのラインを保っている。士郎の視線はそこ中心。若さって苦いよね。
その少し下、僅かに覗く素肌も目の毒だ。柔らかそうな(っていうか柔らかいって知ってる)太もも。あくまでも健康的に白く、光を受けまばゆくひかる。スカートもニーソックスも黒なのでなおさらそこの白が引き立つ。
いかに彼女と一線を越えたとはいえ、いやだからこそ思春期の少年には耐え難い光景だろう。
なにせ彼は赤い服に隠された胸も、神秘に秘匿されたスカートの中も見たことがあるのだ。しかもついさっきと言っていい時間に。いやでも想像がリアルになる。
というわけで想像。
………………ああ、そういえばスカートの中は見たことないや。見たのは中の中だったな。
………(略)………頭沸騰。
うおぁ、大丈夫か俺! 鼻血は出てないか!?
鼻を拭き拭き、とりあえず血がつかなかったことに安堵する若さ暴走な少年S。想像姦って犯罪だっけ?
ところで士郎は気付いているのだろうか? 傍から見て自分がどれだけわかりやすくも気色悪い行動をとっているのかを。未来の自分がものっすごいジト目で見ているのを。その視線に「ああ、オレって昔こんなんだったの……?」ってな無音の言がありありと見え、「理想を抱いて溺死しろ」と言った時以上に過去の己を否定しようとしているのを。
「───妄想を抱いて悶死しろ」
アーチャーの声は弱々しい。なにやらアイデンティティーの危機っぽい。鬱々々。
いやーな静寂。
この場には、世界で最も美しいものと、世界で最も醜いものと、世界で最もくら〜いものが集まっていた。正にカオス。
「────ハッ!? オ、オレは一体何を……」
幾たびの戦場を越えて不敗だったのは伊達じゃないらしく、わりと早く復活したアーチャー。
いまだ“あっち”から帰っていなかった士郎を、腹立ち含めて蹴っ飛ばす。
「ええい、いい加減にせんか! そろそろ本気で時間がないぞ! 食事をお預けされたセイバーの恐ろしさを知らんとは言わさんぞ!!」
マジビビり。
確かにハラペコセイバーは危険だ。ハラペコタイガーの三倍は危険だ。その後の食欲も三倍だ。家計への打撃は痛恨だ。虎も対抗するので相乗だ。
しかし、彼は過去のことなどほとんど覚えていないのではなかったろうか? それとも、わずか一握りの記憶に残るほどの恐怖を刻み込まれたのだろうか?
────恐るべし、ふるあーまーだぶるせいばー。
蹴りがいいところに入ったのか悶絶していた士郎も、飢えた獅子の危険性は痛いほどわかっているらしく、アーチャーに文句を言うことも忘れ飛び上がる。
「そ、それはマズイ……!」
時計を見れば時間はギリギリ。急がなくても間に合うだろうが、何せちょっとでも質が落ちたら不満な顔をするのだ、セイバーは。この辺金ピカ並みに王様気質だと思う。
まあそんなわけであまり余裕は無い。午前中に買い物済ましといてホントよかった。
いまさら照れがどうのこうのも言ってられない。よく考えてみれば、食事の準備などすれば居間は結構うるさいだろうし、悔しいがアーチャーの言い分の方が正しいだろう。
そうやって自分を納得させ、愛しい少女に優しく触れ────
「んー……」
ぎゅっ ごろん
「ふへ?」
眠っている時、どうして人は温もりを求めるのだろうか?
最も無防備となる時に、無意識に人肌に縋る。それは、人が一人で生きていけない生き物であるというなによりの証明ではなかろうか?
そんなわけで、
少女無しでは生きられない少年は、少年無しでは生きられない少女に抱き込まれてしまいましたとさ。
────心臓の音がうるさい。鼓動は際限なく早まり胸が張り裂けそう。
目の前には彼女の顔が。
長いまつげ。スッキリした鼻梁。届く吐息が甘くて頭がクラクラする。
腕に感じる双丘が、彼の男を刺激する。
自然と手が伸びる。
それはダメだ。理性が行動の制止を命じるが、鈍った思考が邪魔をする。
「……ん…士郎……」
────まいった。衛宮士郎はどこまでいっても遠坂凛に勝てないらしい。
ただ名前を呼ばれただけ。たったそれだけで、彼女は自身にも制御できなかった劣情を、いともあっさり鎮めてしまった。
過ぎた欲は姿を消し、今感じるのは愛しさのみ。
改めて誓おう。衛宮士郎の全てを以って遠坂凛を守ると。この愛しき少女と共に生きると。
誓約の儀。ぷっくらした桃色の唇に口づけを────
どげしっ!
「ぐほっ!?」
げしげしげし どげっし!
「なにを、やっとるか、貴様、はっ」
パパ激怒。
娘に手を出す不逞の輩になど容赦はいらんのです。
「〜〜〜〜っつー、なにしやがる!」
「それはこっちの台詞だ、この性犯罪者。女性の寝込みを襲うなど屑のすることだぞ」
「お、襲うって……や、やましい気持ちなんか無かったぞ」
「ほう、そうだったか? かなり危ないところだったと思うが」
ずぼっし!! 士郎は痛いところを突かれた!
「………うぅ………」
「凛に感謝するんだな。もし、あのままお前が欲望にまかせて凛に触れたなら、私は貴様を殺していたぞ。
彼女を傷付けるものに、彼女の隣にいる資格はないからな」
───そう、だから自分には彼女の隣にいる資格がない。絶望に囚われ、あるかもわからない消滅のために彼女を裏切った自分には。
だがそれでもいい。たとえ彼女の隣にいるのが自分でなくとも、側にいて彼女の幸せを願うことはできる。彼女が笑ってくれるのならば、喜んでこの身を差し出そうではないか。
────もちろん、彼女の隣にくる者にはそれ相応の資格を求めるが。
「と言うわけでこれからもビシバシ厳しくいくからな」
「いや……イキナリんなこと言われても微妙にワケわからんし」
ちょいと困惑気味の士郎。
仕方ありません、娘を愛するパパとはそういうものなのです。それも愛なのです。
「いいからさっさと離れろ! 貴様のようなヤツが触れていると凛が穢れる」
「っ───そ、そこまで言われる筋合いは無いぞ、いくらなんでも! 確かに相手が寝てるのに、その……そ、そういう事しようとしたのは悪かったけど、触ってるくらいいいじゃんか! 俺と遠坂はこ、恋人同士なんだからな!!」
「ふん、そんなもの、私は認めていない」
「なんでお前に認めてもらわにゃならんのだ! これは俺たち二人の問題だぞ!」
「凛は私のマスターだ。主の幸せを願う身としては口を出したくもなる」
「そのマスターが望んで俺と付き合ってるんだから、使い魔が文句言うなよ!」
「時には主人の間違いを正してやるのが真の忠臣というものだ」
どちらの主張が正しいかはともかく、押されているのは明らかに士郎だ。どうにも勢いが空回りしている。この辺、やはり亀の甲より年の功。伊達に総白髪になるほど苦労してない。
「くっ、このっ、ああ言えばこう言いやがって、テメェこそ嫉妬してんじゃねえのか!?」
「────ほう? なかなかおもしろいことを言ってくれるな。何故私が貴様なんぞに嫉妬せねばならんのだ?」
アーチャーの雰囲気が変わる。その身に纏う空気はまさに、チャラい若者に「あはは、やだなあお義父さん。僕が娘さんと仲いいからって妬かないでくださいよ」とか言われちゃったパパのごとし。
「どう考えたってそうじゃないか。俺と遠坂がイイ雰囲気になってると必ず邪魔するし。
言っとくけど、遠坂は絶対渡さないからな。っていうかお前が遠坂に手出したら犯罪だぞ、ロリコン」
貴様にだけはロリコン呼ばわりされる筋合いはないわ!!
アーチャーの雰囲気が更に変わる。その身に纏う空気はまさに、なんの社会的立場も無い若者に「僕たちはお互い愛し合ってるんです。だから結婚するんです。僕らだってもう子供じゃないんだ、自分のことは自分で決められます。貴方もいい加減娘離れしたらどうですか、お義父さん」とか言われちゃったパパのごとし。
誰が貴様のお父さんか! 愛だけで結婚して上手くいくほど世の中甘くねぇんだよ! さっさと出てけコノ野郎! 母さん、塩持って来い、塩!!
パパ? ママは道場ですよ。
「────ふっ、目も当てられぬほど未熟な身でよく吠える。そんな下衆なことを考えている暇があったら少しでも己を磨こうとは思わんのか?
この分では、凛に愛想を尽かされる日もそう遠くないな」
「な、なにを!? そんなことあるわけ────」
「無い、と言い切れるか?
貴様が未熟であることは事実。そのくせ自身の力量も顧みず厄介事に首を突っ込む。うんざりしてもおかしくないだろうさ。
それに、お前は凛に信用はされているだろうが、決して信頼は勝ち得ていないと思うが?
───まあ、その点、私は貴様と違ってちゃんと彼女に信頼されているがな」
ふふん、と勝ち誇るアーチャー。その顔はまさに、過去のアルバムを持ち出して「ふはは、どうだ、貴様はこんな娘を知るまい!」とか自慢するパパのごとし。
「はんっ! 信頼されてるのはサーヴァントとしての能力だろ? お前は遠坂を裏切ってるんだぞ。一度失くした信用を、そう簡単に取り戻せると思うなよ!」
その後もどちらがより凛のことを知っているか、どちらが凛の役に立つか、など口論を続ける凛バカ二人。
ちなみに、彼らは声を荒げつつも決して大声を出さず、むしろ小声で熱弁を振るうという器用なことをやっている。
つまり、激情に支配されながらも凛を気遣うことは忘れていないということで……
これだけは言わねばなるまい。
────弱いっ……弱すぎるっ…………!!!
「───ん…んん〜」
「「────────」」
そんな弱々な彼らなので、ちょっと彼女がむずがればたちまち沈黙する。
「「……………………」」
とりあえず凛に起きる気配が無いことを確認し、「ほっ」と安堵する二人。
改めて第二回『貴様と俺、どちらがより遠坂凛に好かれているか』弁論大会を開催しようとするが……
「……ふふっ、セイバーってばかわいー……」
…………
……………………
…………………………………………
「あの……シロウ? おかわりを───って、いえ、なんでもありません。
アーチャー、おかわりをお願いしま───って、あう、やっぱりいいです……」
────これは一体なんなのだ?
なぜに空気がこんなに重い?
というか、なぜに二人揃って私を怨めしそうに見るのか?
私がなにかしたというのか?
────もう、おかわり、出来ないのだろうか?
「……うぅ……そ、そんな目で見ないでください!
一体私がなにをしたというのです!?
…………あうぅぅ……私に御飯を食べさせてくださーーーーい!!!!」
本日の教訓。
『無垢なることも、時には罪』
続く
──────────────────────────────────────────────────────────────
【あとがき】
娘さんはママ寄りになるのが世の常であります。
ところで、凛描きの絵描きさんは圧倒的に弓凛派が多いですね。やっぱり絵になるってことですか? でも私にはあの二人って保護者と子供にしか見えないんですよね。親バカばんざい。
ふるあーまーだぶるせいばー(笑)。……あれ? ってことはこのアーチャー、セイバールートの士郎?
Fate/stay night 二次創作
『弓パパと剣ママは士郎くんと凛ちゃんを(多分)あったか〜く見守る』
第二話(前編)
「あなたのお名前なんてえの?」
夕食時。
この時間、衛宮家の食卓は戦場と化す。
虎と獅子、二匹の獣が解き放たれるその場は、野性を失った人類には立ち入ることの出来ない世界だ。
だが、代わりに人には知恵がある。荒ぶる両者の争いの前に、自分たちはあまりにも無力。ならばそんなものには関与せず、離れたところで知らんふりをしていればいい。あわよくば漁夫の利を得ることも出来るだろう。……その後が怖いが。
まあそんなわけで、
現在衛宮家の食卓はセイバーと大河、そしてそれ以外という区分けが出来ていた。
とはいっても、テーブルを別にするなど、そこまであからさまに分けているわけではない(それではいくら二人が鈍くても気付くだろうし、憤慨するだろう)。
あくまでさりげなく、しかし効果的に二人と周囲を隔離するのだ。
まず、二人の席は近くでなければならない。もし二人を遠い位置に配置すれば、競争相手のいない獣二匹が全ての食事を喰らい尽くし、弱者は荒野で泣き寝入りすることになる。
次に盛り付け。一種類の料理に対し、必ず二枚以上の皿を使用する。そして二人の側に置く皿には他より十分に多く盛る。
最後に彼女たち用の皿と、自分たちが食べるための皿の間に、少しの、決して不自然ではないほどの隙間を空けて万全となる。
もし彼女らが自分の前の皿以外からおかずを取ろうとすれば、どうしても若干のタイムラグが生じる。セイバーも大河も、土俵こそ違うが一流の剣士。たとえ僅かなロスであっても、十回、百回と箸をくりだすうちにその差は致命的なものとなり、最後には相手と自分の食事量の違いに愕然とすることになる。ゆえに彼女たちは、お互いを牽制しつつ目の前の皿を襲撃するしかないのだ。
そうやって人外の獣が人外の攻防をしている間に、人の身なるものたちは平穏な食事の時間を送るのだ。
その、皿を置く位置。おかずを盛る量。まさしく神域の御技。
この布陣を、以って『世界を分かつ、ミリの間隙 (エサはやるからオレらを巻き込むな!)』と名付く。
…………大袈裟なんかじゃないよ?
とにかく、そういった涙ぐましい努力の末、今晩もそれなりに平和な食事を送っていたそんな時。
「───ねえ士郎、こちらの何やら赤い人はどちら様?」
大河がそんなことを聞いてきた。
「……いや、なにを今さら」
もはや食事はほぼ終わり。あらかたの皿は空となり、今は腹が満ちて幾分落ち着いた獣共が、のんびり残りを処理しているのみ。見知らぬ人間が居ることに不審を持つには遅すぎではなかろうか? ……いや、失敬。飯を前にした大河に他を気にしろとは、無茶であった。
「……にしたって今までにも機会ぐらい……」
あの日、御山で朝日を迎えてから既に三度日付けが変わっている。いくらでも聞く機会は有った筈────
「───って、あれ? そういや藤ねぇが、桜もだけど、うち来たのって久しぶりだったか?」
僅か二週間の聖杯戦争。
しかし、その短い期間がこの地に与えた被害は決して軽視できるものではない。
特に、彼らが通う学園ではライダーが宝具を発動したことで多くの人が病院に運ばれ、今も一部の者は入院している。
教師である大河はあちこち走り回る事になり、衛宮家に来ることが減った。
おまけに最終決戦地となった柳洞寺では、池を干上がらせるなど多大な影響を及ぼし各メディアを賑わした。こちらは直接学園に関係のある事件ではなかったが、頻繁に起こる怪異に対し呑気に構えるわけにもいかず、連日職員会議を開くこととなったのだ。
一方桜も、兄である慎二が入院(聖杯に取り込まれたことで衰弱しきってはいたが命に別状ないらしい)したため、可能な限りの時間を彼の看護にあてていた。
今日二人が衛宮家に来たのは、昼間(当然とも言えるが現在学園は休校中だ)大河が慎二の見舞いをし、同じく見舞っていた桜と雑談しているうちに久しぶりに衛宮家に行こうかという話になったかららしい。最初は桜がためらっていたが、慎二がひねくれた言い方ながらも勧めてくれたそうだ。それを聞いた士郎は「昔のあいつに戻った」と随分喜んでいた。
そういうわけで、いつもの面子が揃ったのは久方ぶりであり、大河と桜がアーチャーと会うのも今日が初めてだったということだ。
……はて? 今日配膳をしたのはアーチャーだったのだが、何故に彼はこのメンバーで食事を取るのが初めてだったにも関わらず、完璧とも言えるほどの対猛獣用の策を持っていたのか?
────ああ、そうか。きっと、生前苦労したんだね。ホロリ。
それはさておき、どう説明したものかと士郎が悩んでいると、アーチャーが口を開いた。
「───挨拶が遅れてすまなかった。私はアーチャーだ。本名ではないが勘弁してもらいたい。そちらは遠い昔に捨てていてね、もはや自分でも忘れかけているほどだ。
ここには切嗣を訪ねて来たのだが……亡くなっているとは知らなかった。お悔やみ申し上げる」
さらりとでっち上げを語る嘘つき赤騎士。騎士道精神とはなんぞや?
「あ、ご丁寧にどうも。
そうですか、貴方も切嗣さんのお知り合いだったんですか。あの人とはやっぱり外国で?」
あっさり信じる大河。さすが、血は繋がっていなくとも士郎のお姉ちゃん。
「ああ」
あっさり頷くアーチャー。さすが、血は繋がっていなくとも凛のサーヴァント。
「そっか、切嗣さんってホントいろんなとこでお友達作ってたんだなあ。
───そういえばアーチャーさんのお洋服、ちょっと変わってますね。民族衣装か何かですか?」
さて、この場合問題にすべきは彼の服をちょっとにしか変と感じない彼女か。それとも、彼女にちょっとでも変と思われる彼のファッションセンスか。
「────これか? いや、これは……あちこち旅をしているうちにいろいろと混ざってしまってな、いつのまにか私にもよくわからないものになってしまっていた。
だが……ここではこの格好は悪目立ちするな。別の服を用意せねばならんか」
────しかしまあ……よくもここまでポンポンと嘘が出てくるものである。さすがは人を騙すことにかけて小物慎二や、まず存在そのものが嘘な怪奇バグじーさんを押し退け、エセ神父言峰とトップを争っているヤツである。ちなみに彼らはマッチョ度においてもライバルだ。
「そうですねー。うーん、切嗣さんの服なら残ってるけど多分着れないですよね。あの人、アーチャーさんほど背高くなかったし、どちらかと言えば痩せ型だったし。
桜ちゃんと遠坂さんには当てある?」
間桐桜。彼女もアーチャーとは初対面の筈であり、大河と違って───まあ成長期ということもあって食欲は人一倍だが───御飯以外は目に入らないなんてこともない。
にもかかわらず、今までアーチャーのことを尋ねなかったのは何故か?
簡単である。ようするに、大河が御飯に目を奪われていたように彼女も別のことに気を取られていたのだ。
それは彼女の想い人であるところの衛宮士郎であり───その彼と見るからに仲睦まじい遠坂凛であった。
以下、食事中の会話を一部抜粋。「はい、あーん」「ば、ばか! 何をいきなり!?」「ふふ、冗談よ。でもちょっと期待したでしょ?」「ん、んなわけ……」「照れない照れない。───今度、二人っきりのときにね♪」
…………バカップルめ。せめてもう少し小さい声でやれっての。アーチャーさんも青筋出てたっつーの。
そんな二人を見る桜の思考、暴れてたり危険だったり黒かったり黒かったりグロかったりするので、正視に堪えるようフィルターにかけてお送りしよう。
(前略)■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■(中略)■■■■■!
■■■■! ■■■■■■■!? ■■■■■■■■■ーーーー!!! ■■■■(後略)■■■■(以下略)。
……あれ? 全部黒い?
あー、失礼。つまり意訳すると、いつ・どこで・どうして・どうやって・どこまで(ここ大事)仲良くなったのか、なんてことを疑問に思っているらしい。
皆の座席。凛、士郎、大河と並び、反対側に桜、アーチャー、セイバーと並んでいる。
というわけで食事中ずーっと正面の二人を睨んでいた桜であるが、そんなことにはこれっぽっちも気付きゃしない二人。なにやら醸し出すほんわか幸せオーラが黒い情念シャットアウト。
彼女に淡い恋心を抱く、少なくない数の男子くらすめいつには決して見せられない顔していた桜だが、自分に話が向けられると素早く表情を取り繕う。
さすが、血も繋がっている凛の妹。
「わたしは当て、ないですね。兄さんは小柄な方だし。遠坂先輩はどうですか?」
「んー、わたしもないかなあ。父さんの服は一応残ってるけど、アーチャーにはサイズ合わないし」
そこで士郎が口出しする。彼には珍しい意地悪な笑みで。
「───遠坂、言峰の服は無いのか?」
「────な!? こ、小僧、貴様ぁ!」
うろたえるアーチャー。召喚されてからこっち、一度たりとも乱れなかった鋼の精神が揺らぐ。無理もあるまい。外道マーボー神父の服を着るなど……友達間での罰ゲームに選べば間違いなく友情が終わる。
「綺礼の? そっかあいつのならアーチャーも着れるかもね。多分何枚かは残ってると思うし、明日にでも探してくるわ」
「ま、待て凛! 待ってくれ!」
叫ぶ彼の声は届かない。この家では男の悲痛な願いが聞き届けられたためしなどないのだ。
「ねー遠坂さん、その言峰綺礼さんってだあれ?」
「新都の教会で神父をやってた男です。不幸なことに十年来の腐れ縁で、父がまだ存命の時、うちで暮らしていたこともありました。
最も、今ではどこに行ったのか、行方知れずですけど」
言峰が既に死亡していることは伏せる。一般的には行方不明ということになっているからだ。
「ふーん。でもアーチャーさんもその神父さんのこと知ってるみたいだけど、どういうお知り合いなんです?」
「む、それはだな……実は私は日本に来るのが初めてではなくてね、以前来た時に世話になったのが凛の父親で、その関係だ。
───凛、頼むからヤツの服は勘弁してくれないか? 君も私がヤツを嫌っていることを知っているだろうに」
「やだ。言っとくけど、アンタに拒否権なんかないんだからね。アンタのせいで十年溜め込んだとっておき全部使っちゃって、わたし大損してるんだから。アンタのために無駄なお金を使うつもりは全くないの。
そういうわけで、新しい服買えないんだからあるもの使うしかないでしょ」
割と際どい話をしつつ、とりつくしまのない凛とそれでもしつこく喰らい付くアーチャー。結局勝つのは凛だろうが。
どうでもいいが、ぱっと見、娘にものをねだる父親みたいでとっても情けない。
「なんか、随分嫌ってるんですね。言峰って人、そんなに嫌なヤツだったんですか?」
「「「「そりゃもう最悪に」」」」
大河の問いに即答するアーチャー、凛、士郎、そして居たのかって感じのセイバー。
大河と桜は目が点に。
「……そ、そこまで嫌われるっていうのもある意味すごい……っていうか士郎が誰かをそこまで嫌うのって初めてじゃないかな?」
お姉ちゃんびっくりだよー、とか言う大河。
「タイガ。そこまで驚くことではないと思うのですが。
確かにシロウは度し難い、もはや病気なのではないかと思うほどの、たまに殺意すら覚えるレベルのお人好しですが。それでも一応は人間ですし、人を嫌うことくらいあってもおかしくないでしょう? 割と短気ですし」
悪気は全く無しに士郎をこきおろすセイバー。
殺意無き剣がかわせぬように、悪意無き言葉もかわせない。
彼女は事実を言っているだけと分かるからこそメチャクチャへこむ士郎。さらに、あかいあくまがそれはもう楽しそうに追い討ちをかける。悪気ありまくりで。
「そりゃ普通はそうなんだけどねー、今までは全くそういうことが無かったから。人だけじゃなくてね、食べ物とか、色とか、テレビ番組とか、なんであろうとはっきり『嫌い』だってものが無い子なんだよ、士郎って。好き嫌いの嫌いが完璧に欠けてるの。
それなのに今日いきなり嫌いな人がいるって知ったんだから、驚きもするわよぅ」
「はあ……そうなんですか?
ですがシロウはそこのアーチャーのことも随分と嫌っていますが」
「えぇぇぇ!? そ、そうなの? え、じゃあ何、さっき士郎が言峰さんの服とか言いだしたのって、アーチャーさんに対する嫌がらせ? うそぉ、信じられないよ……。
────あ、そうだ。何かその二人に共通点はある? 士郎が嫌うのって、お姉ちゃんとしては知っとかないと」
ズズイっと身を乗り出し問う大河。
んー、と考え凛が答える。
「共通点ですか? そうですね……二人とも背が高いです」
「うーん、確かに士郎はもうちょっと身長が欲しいって言ってるけど、嫌う理由としては弱すぎかな」
「えっと、じゃあ……あ、綺礼もアーチャーもかなりマッチョですよ」
「えー? 士郎だって鍛えてるだけあってすごいよ? 服着てるとわからないけど」
「……たしかに……」
「───遠坂先輩? どうして赤くなってるのか詳しく教えて欲しいんですけど」
以下もあーだこーだと姦し三人娘ぷらすわん。
思いの外多い共通点に激しく落ち込むアーチャー。煤けた背中はまるでリストラ翌日のお父さんのごとし。
────そして、セイバーが、ポツリと呟く。
「───ああ、そういえば。二人とも凛のことを『凛』と呼び捨てでしたね」
間。
「───さらに言えば、凛はなんだかんだ言いつつも二人を頼っているところがありました」
白。
「────ちょ、ちょっと待てぇ!! お前らなんか勘違いしてるだろ!?」
彼に向けられる視線。
大河。喜ばしいような寂しいような。「いつのまにか士郎もそんな年頃になってたんだね……応援するよ。でもお姉ちゃんさみしー」といった感じか。
セイバー。とても優しい目をしている。だがその優しさは間違いだ。それはもう、息子の部屋で発見したアレな本を机の上に置いといてでもそのことには絶対触れないお母さん並みに間違ってる。
桜。髪に隠れその表情は窺えない。気になるのは彼女の周りの空気が『ゴゴゴッ』とかジョ○ョばりに震えてるように見えること。
凛。────致死量だ。いや何がって可愛さが。
士郎と視線を合わせないようにそっぽ向いてるくせに、やっぱり気になるのかちらちらと目を向ける。
不機嫌を装っているが明らかに失敗している。なにせ全身が真っ赤だ。
顔にはちょっぴりの困惑と明らかな期待。
いつのまにやらしっかりと士郎の方を向き、上目遣いで彼が肯定の意を示すことをお願いしている。
その威力たるや、士郎の抵抗など紙のごとく突き破り────
────しばらくお待ちください。
荒れた居間。お見合いするトマト二人。疲れ果て、ぐてっとなった虎。見えないナニかに話しかける桜。全体的にボロッとなったアーチャー。一人のんびりお茶飲むセイバー。
わずか二十分足らずの間になにが起こったのか? それはまた別の話で。
次回、『お願い士郎いいのか遠坂うがーそんなラブエチな展開お姉ちゃん許しません離れろ小僧先輩一緒に死んでくださいシロウデザートはまだですか?』 お楽しみに! (信じちゃイヤ♪)
[ステータス情報が更新されました。]
→アーチャー→宝具
『世界を分かつ、ミリの間隙 (エサはやるからオレらを巻き込むな!)』
ランク:C
種別:対獣宝具
レンジ:1
最大捕捉:3
セイバー去りし後、実は彼女並みの異常食欲の持ち主であることが判明したリーズリット。彼女と大河の食卓戦争に虐げられた人々(凛、イリヤ、桜、セラ)の願いが結実した『ノーブルじゃないファンタズム』。究極とは言えないが最善ではある対獣宝具。
陣地形成術の一種と言えるがその在りようはもはや固有結界に近く、第三者はほんわかと食事をとるアットホームファミリーの隣に、弱肉強食の原理が支配する荒野を幻視する。
皿の配置、おかずの盛り量という事前の用意のみで飢獣の行動を支配する神業で、心眼(真)・家事全般の両スキルを併せ持つエミヤだからこそ辿り着けた境地だ。
Fate/stay night 二次創作
『弓パパと剣ママは士郎くんと凛ちゃんを(多分)あったか〜く見守る』
第二話(後編)
「わたしに……妹が、できました」
「───ところで、アーチャーさんはどのくらいここに滞在する御予定ですか?」
居間を片付け息を整え、さっきまでのは無かったことに。大河が仕切り直す。
────さりげなくテーブルの下で手なんか繋いじゃってる彼と彼女は無視の方向で。だってきりなさそうだし。
「む? いや、今のところこの地を去るつもりはないが、それがどうかしたか?」
「いえ、大したことじゃないんですけど住む所はどうするのかなって。
この家は部屋余ってますから、どうしてもここで暮らしたいならそれでいいと思うんですけど、もしなんだったらわたしの家なんかどうですか? ほら、士郎といがみあって生活するのも疲れるでしょうし」
強面のおっちゃんたちに囲まれる生活も激しく疲れると思うが。
「厚意には感謝するが無用だ。私は彼女の屋敷に滞在するからな」
言って、凛を示すアーチャー。
ふぇ? とか気の抜けた声を出して呆ける若人共はほったらかしで、そうなんですかそうなんですよと話を進める年長者。
「────ちょ、ちょっとアーチャー。どういうことよ、それ。聞いてないわよ、わたし」
その問いに、あからさまに驚愕して見せわざとらしく深いため息をつく嫌味な赤いヤツ。かつて正義の味方に憧れてたくせに皮肉屋は青だという不文律も知らないのか。
「───やれやれ、いつまでたってもここに居るのでもしやとは思っていたが。
凛、ちゃんと頭を働かせて考えてみろ。わかるだろう? 私も、君も、さらに言えばセイバーも、遠坂の屋敷で暮らした方が都合がいいと」
「────あ────」
即座に理解の色を示し、自分の愚かさにか、驚愕すら浮かべる凛に対して、全く納得出来ず怪訝な顔をする士郎。
「おい、どういうことだよ」
「貴様に説明してやる義理は無い。というよりだな、ちゃんと考えてから聞いているのか? だとしたらお前は私が思っていたよりも遥かに馬鹿だったということだな」
「な、なんだとコノヤロウ……!」
今にもアーチャーに掴み掛かりそうな士郎を凛が止める。
「待って、士郎、落ち着きなさい。
───はあ、ごめんなさいアーチャー。確かにそうね、わたしどうかしてたみたい、こんなことに気付かなかったなんて」
「遠坂? なんだよ、どういうことなんだよ」
しばし、何かを考える凛。
「───ん。……アーチャー、説明してあげて」
「私がか? 君が教えてやればいいだろう?」
心底嫌そうな彼に対し、凛は苦笑し、
「まあその方がいいんだろうけどね、わたし桜と二人で話したいことあるし、早く済ませなくちゃならないことだから今やっちゃおうと思って。そういうわけだから士郎は貴方に任すわ」
あんまり気は進まないんだけどね。誰にも聞こえないほどの声で呟く。
「……まあ君がそう言うなら仕方ないか。
おい、ついてこい。どこかで……そうだな、道場にするか、二人で話すぞ」
二人とも不満な顔をして連れ立っていく、が。その姿があまりに似通っていて苦笑しか誘わない。
「───さて、そういうわけで話があるんだけど、桜はいいかしら?」
「ぁ……はい……」
桜の顔は浮かない。ある程度、話の内容を察しているのか。
「よし、じゃあわたしの部屋に行きましょう。セイバー、藤村先生、悪いんですけど二人で待っていてもらえますか?」
二人が頷くのを確認し、席を立つ凛。重い気分を引き摺りながら────
凛の部屋。ほんの少し前までは客室だったここも今では完全に彼女の私室となっていた。朝の日差しがまぶしいなど、いくらかの不満はあるが居心地はいい。
この部屋が、この家が、与えてくれるこの安堵。
外から帰れば「おかえり」と迎えてくれるひとがいる。だからこっちも「ただいま」って言える。こんな何気ない、だけどあたたかいやり取りはいつぶりだろうか。────ひょっとしたら、初めてだろうか。
部屋にいても──── 一人でいても、決して独りを感じない。今の時間なら士郎とセイバーは道場だろうな。アイツはがむしゃらに頑張ってて、きっとセイバーは厳しい態度と優しい瞳で士郎を鍛えてるんだ。
今日の食事当番はアーチャーだから、今は台所で調理中かな。口では否定するけど家事が大好きな彼だから、それはもう楽しそうにウデを振るっているに違いない。
そうやって、視界に誰もいなくても、常に誰かを感じている。凛にとって、ココにいることはいつのまにか当たり前となっていた。だから仕方のないことだったのかもしれない。遠坂の屋敷に戻る───帰ると言えない辺り、重症だと自身でも思う───なんて考え付きもしなかったのは。
────ココを、離れなければ、いけないのだろうか。
そうした方がいいなんてことはわかってる。現在、遠坂凛が抱える負担はあまりにも膨大。サーヴァント二騎を聖杯無しで維持するなど正気の沙汰ではなく、代償として微弱にしか魔力の残らない自分はロクな魔術が使えない。あるいは士郎以下か。
遠坂邸でならば、それも解決とまでいかなくとも改善はされる。この霊地を代々管理する家系である遠坂は冬木の地でも特に重要な霊脈の一つの上に居を構えていて、現当主である凛はその恩恵を最大限に受ける。魔力回復の速度は衛宮家で暮らす時とは比べるべくもない。
また、サーヴァントにとってもあそこは棲家とするのにこの上ないほど適している。マナの溢れるあそこは魔力でその身を型作るサーヴァント安息の地。遠坂の地を酸素満ちる下界とすれば、他の場所は呼吸すら苦しい高地だろう。加えて高度な結界を張り一種の異界と化している遠坂邸は、この世ならざるものであるサーヴァントが現界する負担も少ない。
問題を抱える三者が三者とも、こちらよりあちらの方が暮らすに適している。普通なら考えるまでもなく遠坂邸に行くべきだ。
だというのに自分ときたら───
……でも、やむをえまい。あたたかな場所は離れがたいが、だからといってこのまま縋り付いていてはそのあたたかな場所を与えてくれる───大事な、家族が消えてしまうことだってあり得るのだ。
────どうも、思考が逃げている。
今ここにいるのは桜と話すためであって、生家に戻る云々を考えるためではない。そもそも戻ると決めたから士郎への説明───説得まではさすがに期待していない───をアーチャーに任せ、桜と二人になったのだ。
成すべきことを、けれど今まで成せなかったことを、するために。
いつまでも名残惜しんではいられない。
床に腰を下ろす。
クッションは桜に渡した一つしかないからお尻が冷たい。かといってベッドに腰掛けるのはダメ。あくまで目線は対等に。見下ろすなんて言語道断。
しかし、肝心の桜が俯いたまま───
ため息、一つ。
────ホント、心の贅肉よね……
「───さて、さっさと終わらしたいから単刀直入に言うわ。
もう気付いてるかもしれないけど……わたしと士郎、付き合ってるから」
一瞬、小さく肩を震わす桜。
「そう……です、か。
それは、おめ、でとうございます」
かすれる程の声。耐えるように俯きが深くなる。
────顔が、見えない。
「それだけ?」
何の感情も込められない凛の声。
冷たい刃とも、温かな手とも例えられないそれは温度が無い。故に触れられた感触も無く、ただ、桜の心が抉られた。
「……他に、他に何を言えって言うんですか……!」
声に僅かばかり力が篭もる。拳を握り、爪を立て、自分を必死に抑えつける。我慢してきたもの、溜め込んでしまったものが出てしまわぬように。
そんな桜を冷めた目で見る凛。
込めた感情。
「ハンッ」
触れる、嘲り。
「なに? じゃあアンタは何も言うことはないって、そう言うわけ? バカなんじゃないの?
アンタが士郎にどんな感情持ってたかなんて一目瞭然。気付いてないのはあの鈍感くらいのもんよ。なのにわたしに言うことはないですって? 後からしゃしゃり出てきて、ずっと想っていた人をあっさり手に入れたわたしに、文句の一つもありはしないっての? ───ま、悪いのは何もしなかったアンタであって、わたしにはなんの咎もありはしないけど。でも、そんなの関係ないんでしょう?
腹が立った? 憎らしい? それともわたしが羨ましい? いくらでも言いたいことがあるでしょう? 理不尽に責めたいでしょう? ありのままに叫びたいでしょう? それを我慢して、良い子ぶって、愛想で笑って、それで人生楽しいの?」
遠坂凛の弾劾が、間桐桜を打ちのめす。
突き、抉り、切り裂き、ずっと纏ってきた、間桐桜を守ってきた殻を剥ぐ。
もう止めて。桜は震える。
ずっと、抑えてきたのに。懸命に、堪えてきたのに。どうしてそれを出させようとするの?
どうして、貴女が。ずっと見ていた、見ているだけでよかった、眩しい貴女が。
固く、分厚い殻は剥げ、残る守り≪縛り≫は薄皮一枚。
凛が振りかざすは断罪≪解放≫の断頭台(ギロチン)。
「桜。貴女、いつまで逃げてるつもり」
「────────ッ!?」
最後の一撃。
桜の心に爆発じみた衝撃が走り、闇が吐き出される。
「貴女が、貴女がそれを言うんですか!? 知らないくせに! わたしのことを何も知らないくせに! わたしがどんな目に遭ってきたか全然知らないくせに!! 綺麗なままでいられた貴女がわたしをどうこう言わないで!!」
「そうね、わたしは貴女のことなにも知らない。どんな過去を過ごしたのか知らない。だって興味ないもの」
「なっ───!?」
「でも言うわ。だって貴女は今わたしの前にいるんだもの。
不愉快なのよね、貴女みたいに自分は何もせずにただ我慢して、わたしは不幸ですとか思ってるヤツって。薄幸のヒロインでもやってるつもり? 悲劇に浸りたいならどこかわたしの目の届かないところでやってよね」
「───クッ! 姉さんはいつもそう! 自分がどれだけ恵まれてるかも理解しないで、持たない周りを馬鹿にして! わたしが欲しかったものを全部持ってるのに、この上先輩まで奪うんですか!? 酷い、酷すぎます! いつだって貴女は────」
止まらない桜の心の吐露。
長く、永く溜め込んだものを吐き出して。それでもちゃんと終わりはある。
ずっと続いていた憎しみの言葉も途切れがちになり、今ではほとんど子供の悪口。
しかし、気の短い筈の凛は穏やかに全てを受け止める。痛い憎悪も、切ない想いも、悲しい過去も。
彼女の顔には知らずに笑みが。
────『姉さん』、だって。
そっか、わたしは姉さんか。なら妹の癇癪くらい笑って許してあげようじゃないか。
凛に溢れる慈しみ。────ナイチチ辺りで引き攣るが。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ。───ハァ、ハー……」
「────すっきりした?」
桜が落ち着いたのを見届けてから声をかける。
優しい笑顔。
「────え?」
「ストレス溜め込むのは体によくないわよ。たまにでもいいから吐き出しなさい。やり方がわからないなら、いつでもわたしのところに来ればいい。───いくらでも受け止めてあげる」
────信じられない。桜は驚く。
一度闇が漏れればもう二度と戻れないと思っていた。なのに今、自分の心はかつてないほど軽い。
ああ、自分は今真っ直ぐに彼女を見てる。面と向かって素のままに対峙してる。こんなことは初めてだ。
「そうよ。俯くのはもう止めなさい。
顔をあげて、前を見て。大丈夫よ。貴女は強い子だもの。自分で歩めば幸せになれるわ。
疲れても心配はいらない。周りを見なさい。貴女は、独りじゃないでしょう?」
────あったかい。
気付けば、桜は凛に抱きしめられていた。
────────涙が出るほど、あたたかい。
「……ごめんなさい桜。今さらこんなことしか出来なくて。今まで、こんなことも出来なくて」
凛にすがりつき、必死に首を振る桜。
小さく、本当に小さく、だけど確かに『姉さん』と。
「桜……!」
強く、強く、もっと強く抱きしめる。
────父さん。
娘として、愛していました。
弟子として、尊敬もしていました。
だけど。
今、姉として、貴方を恨みます。
わたしから、こんなに愛しい存在を奪った、貴方を。
だから。
貴方の言いつけは、もう聞きません。
「……ねぇ、桜。もう一度……遠坂の姓を名乗らない?」
────わかっている。こんなことを言う資格は、自分にはない。あつかましい、恥知らずな我が儘だ。
でも、それでも初めてこの手に抱いた温もりが、あまりに離しがたかったから。
ピクリと震え、桜が顔をあげる。
────温もりが、離れた。
「……それは、無理です」
凛を見据え、表情を消して告げる。
凛の心に、痛みが走る。
「わたし、遠坂先輩のことずっと見てました。貴女はいつも輝いていて、眩しかった。貴女がわたしの姉なんだって、誰にも言えなかったけど誇らしかった。
先輩。わたし遠坂先輩のこと、大好きです。貴女に気にかけてもらえるのが嬉しかった。今日、貴女に救われて幸せでした。
───でも、やっぱり遠坂の家には戻れません」
ああ、完全に理解した。
────理解、してしまった。
「間桐の家は、つらいことばかりだったけど、嫌いじゃないんです。あそこにいたから衛宮先輩と知り合えたし……兄さんも、そのころは優しかったんですよ? 最近は少しおかしかったけど、今は昔以上に優しくしてくれるんです。今ではすっかり仲良し兄妹です。今さら、それは捨てられません」
────わたしは、妹を失ったのだ。
────永遠に。
「……そう。そりゃそうよね、ごめんなさいバカなこと言って」
姉としてなにもしなかったくせに。
女として彼女の幸せを奪った。
そんな自分に、桜を求める資格はない。
桜が欲しいのなら、彼を譲って許しを請うしかない。
両者を得ることなんか、出来はしない。
「────でも、でもごめんなさいっ。
それでもわたしは士郎と────────!」
なんと浅ましい女か。
たった一人の妹よりも、体を許しただけの、代わりのいる男を選ぶ。
───違う! そんなの嘘だ!
桜にも、士郎にだって、代わりなんかない。
どちらも遠坂凛に必要な、唯一つの存在。どちらかを選べる筈なんて、ない。
───でも、わたしが失うのは桜なんだ。
選べない選択肢。選べないまま結果は出て、遠坂凛は“遠坂桜”を一生失う。
それは逃れられない結末。
そんな凛を笑う桜。
なんだろう? 嘲っているわけではない。どこか見覚えのあるような、その顔。
「そうですか。思ったとおり、遠坂先輩は衛宮先輩と一緒になることを望むんですね。
────ところで知ってました? 衛宮先輩、わたしのこと家族だって思ってくれてるんですよ。可愛い妹みたいなものだって。だから遠坂先輩が衛宮先輩の家族になるなら、わたしとも家族になるから。そしたら、貴女はわたしの姉さんですね」
そう言って、更に深まる笑み。
────わかった。この笑顔は、あれだ。
士郎命名『あかいあくま』。
呆ける凛。桜は無言で「してやったり」。
「さ、桜?」
「はい、なんです姉さん?」
にっこりと、笑顔。
……悔しいけど素敵じゃないか。
「桜!」
「姉さん!」
腕の中に戻る温もり。
──────わたしに、妹ができました。
“間桐桜”という名前です。
涙が出そうだ。でも耐える。
妹が泣いてるときに、姉まで泣いてちゃ立つ瀬がない。
どんと受け止めてあげなくちゃ。
────ああ、でも。
──────後で、士郎の胸で泣かせてもらおう。
「姉さん、本当に遠坂の屋敷に戻っちゃうんですか?」
ひとしきり泣いて、凛の服をぐっしょり濡らした後での最初の一言。
「───随分唐突ね。
まあ、そのつもりだけど?」
「でも、姉さん、本当はここにいたいんですよね?
───先輩だって、きっと悲しみます」
桜の困った顔。凛も困った顔で応じるしかない。
「……仕方ないじゃない。貴女も魔術師なんだからわかるでしょ? セイバーとアーチャーをココに留めるためには大量の魔力が必要なの。今のままじゃいずれ破綻してしまうわ」
「でも……」
今日出来たばかりの妹。そんなに引き留めてくれるなんて……ちくしょう可愛いじゃないか。
「ほら、そんな顔しないの。別に遠くに行くってわけじゃないんだし、いつでも会えるわよ。
しょっちゅう遊びに来ると思うし、ご飯くらいは一緒にしたいし」
そんな可愛い妹を、優しく諭す姉。
「……それに、ちょくちょくお泊りするし、ですか?」
────かわいい、いもうと……?
「───どういう意味かしら?」
「いえ、別に。
ただ、先輩若いですから。ちゃんと相手してあげないと鳴いちゃいますよ」
訂正。こいつ、全然可愛くない。
「よ、余計なお世話よ!」
「あー、やっぱりそういうの避けてるんですね? 先輩かわいそう……。わたしが相手してあげようかな」
桜さんのデンジャラストーキン! 凛に驚愕のステータス異常!
「な!? 桜アンタ……!」
「なにか? わたし、一度だって諦めたなんて言ってないですよ。
ええ、これからは姉さんの言うとおり、顔をあげて、前を見て生きていきます。ついでに胸も張ってやります。大きな胸はわたしの武器ですから。最近よく先輩の視線を感じますし、結構脈ありだと思いますよ?
そういうわけで、近いうちに正々堂々先輩を奪って差し上げますからお楽しみに」
「───言ってくれるわね。いいわ、受けてたってやろうじゃない。覚悟は十分? わたしは敵に、容赦ないわよ」
「くすっ、恥ずかしがり屋の姉さんなんか怖くありません。夜の暮らしで楽勝です」
「ハンッ! 間に合ってるわ。士郎の相手はわたしだけで十分よ。アンタの入り込む隙間なんて、作ってあげない」
くはぁっ!? 羨ましいねコンチクショウ!
……士郎。貴方を、惨殺死体です。
「本当に?」
「遠坂凛に二言は無いわ!」
「まあ、それならそれで構いませんけど。最後に一つだけ、いいですか?」
「なによ?」
「具体的に、週何回くらいの御予定で?」
「うるさい」
「ああもう、無駄に時間使ったわ。ほら、桜。居間に戻るわよ」
「あ、はい。あ、でもちょっと待ってください。もう一つ言っておくことが」
「はぁ、まだなんかあるわけ? くだらないことだと怒るわよ」
うんざりだと、凛。しかし桜はいたく真面目。
「服、着替えないと。先輩に襲われちゃっても知りませんよ?」
───まあ確かに。凛は桜の涙を受け止めたわけで。その時服が濡れちゃったりしていて。
肌にペタッと貼り付いたそれは、やたら扇情的だったりする。
「…………」
「どうしたんです、着替えないんですか?
あ、まさか本気で先輩誘うつもりで────」
小気味いい音が鳴る姉の愛を与えて黙らせる。
とりあえず着替えて。
「うう、ひどいです姉さん。可愛い妹の頭を平手ではたくなんて、人のすることじゃないです」
「愛とは厳しいものなのよ」
ぶーたれ桜は置いといて、ドアノブに手をかける凛。
「ねえ、姉さん」
凛は答えない。いい加減話が進まないし。
ドアを開けて、部屋を出る。
「やっぱり胸、小さいんですね」
今度の愛はグーでした。
頭をさすさす、ぶーぶー文句を垂れる桜。こいつ、こんなキャラだったのか?
「ん? なんか騒がしいわね」
耳に届く怒鳴り声。これは───道場の方向か。
「あいつらまだやってたの?」
凛と桜だってかなりの時間を過ごした筈だが……
「ふふっ、きっと先輩が子供みたいに駄々をこねてるんですよ。愛されてますねー、姉さん♪」
赤く染まる、凛の頬。くすくすと笑う桜をキッと睨み、
「道場に行くわよ。あのバカ二人、即効で黙らせてやるわ!」
「はいはい、お供いたします」
さて、そんわけでここまで来たわけだが……
「ホンッキで盛大にやりあってるわね……」
耳が痛くなるくらいの大声で。延々言い合っていたのか、二人とも声が枯れ気味だ。
そこまで必死でやりつつも、飛び交う言葉は幼児並み。
受け入れろ! やだ! しつこい! 黙れ! ガキめ! 馬鹿!
幼稚すぎて聞くに堪えない。
「ちょっと、貴方たちいい加減に────」
凛の制止も、アーチャーの発したひときわ大きい声に消される。
「ええいどこまでも分からず屋な! これだけ言っても理解できんのか!?」
「理解したさ! だけど納得できないって言ってるんだ!」
「何故だ!?」
「決まってんだろ!? 遠坂とお前が一緒に暮らして、それで俺が除け者だなんて許せるか! どうしても遠坂があっちに戻らなきゃいけないってんなら俺が付いてってやる! 惚れた女と一緒にいたがって悪いか!?」
………………
…………………
……………………
「……ふわぁ、せんぱい、だいたん……」
一転して静まり返った世界では、桜の小さな呟きですらよく響く。
「さ、桜!? どうしてここに……げっ、と、遠坂……」
慌てる士郎、こける士郎、おどる士郎に見る桜。同じアホならおどらにゃソンソン。大丈夫、桜さんも頭ん中でおどってます。ありていに言えば妄想中。
士郎は真っ赤。凛も真っ赤。二人を彩る世界はピンク? 弓パパ一言物申す!
「いつまで見つめ合っとるか貴様らは!
───凛、この頑固者は放って戻るぞ! バカにはもう付き合ってられん」
しかし凛さんはちぃとも聞いとりやせん。具象結界『二人の世界はいつも春』が発動ちう。
「チイィッ、凛、目を覚まさないか!」
業を煮やしたアーチャーが実力行使に出ようとする。
「────わっ、わーっ! アーチャーさん、ストップ! 邪魔しちゃダメです!」
「止めるな桜!」
「落ち着いてください! ほら、よく考えて。今ここで彼女を連れてっても、後で絶対先輩も行きますよ? アーチャーさんと先輩じゃいつまでたっても平行線になりそうですし、ここはこのまま二人で話してもらったほうがいいと思います」
「む。いや、しかしだな……」
「はい、そこまでです。わたしこれから家に帰るので、アーチャーさん送ってください。まさかこんな時間に女の子一人で放り出しませんよね?」
「ぬ……くっ、了解した。地獄に落ちろ、お嬢さん」
不承不承頷く敗者。満足げに笑う勝者。
勝者は凛に近寄りそっと囁く。
「じゃあ姉さん、今夜は一杯お世話になっちゃったので、今日のところは引き上げます。でも明日からは容赦しませんから、そこのところよく考えて、今夜は先輩と仲良くしてくださいね」
いたずらっぽく微笑む桜に、心細げな目を向ける凛。
ああ姉さん。そんな顔をしないでください。
────可愛くって、食べちゃいたくなりますから。
「大丈夫、心配ないですよ。姉さんはとっても魅力的ですから、先輩なんかイチコロです。
────なるべくアーチャーさんは引き留めますから。だから頑張って、姉さん」
頬に軽く口付け。
後はもう振り返らずにその場を立ち去る。
「お二人とも、お休みなさい。
────よい夜を」
「……よかったのか?」
うぶな二人から十分に離れたところで、アーチャーが問いかける。
「なにがですか?」
「……君も、衛宮士郎が好きだったのではないのか」
歩みが、止まる。
心底意表を突かれた顔をする桜。自分よりも、随分と高い位置にある彼の目を見て。
────破顔する。
そこに、自分を気遣う色が見えたから。
「ええ、大好きですよ。でも、わたし欲張りなんです。あの二人はどっちもわたしの大好きな人ですから。ちゃんと二人で幸せになってもらわないと、困るんです」
「そうか……君は、良い子だな」
ぽんと手を置き、頭を撫でる。
────うわ、なにこれ。気持ちいい。
あまりに心地よく、為されるがままの桜。気に入ったのか、為し続けるアーチャー。
荒っぽいけど優しい。無骨なのにあったかい。
不器用で、ひねくれてて、でも、誰よりも安心させてくれる。
────なんか、姉さんみたいな先輩って感じかな。
「ぷっ」
笑いが漏れる。
つい想像してしまったのだ。二人の子供にアーチャー、なんてことを。そうしたら予想以上にハマッてしまった。
凛の素直じゃないところと、士郎のバカみたいな優しさを受け継いで、なんて。
────いやいや待てよ。
桜の思考遊びは続く。
やっぱり年齢から考えればアーチャーさんの方が親なわけで。とすると母親なんかも欲しいな、とか思ったり。そう、例えばセイバーさんなんかどうだろう?
「───ぷぷっ」
マズイ、ツボだ。
アーチャーの変に子供っぽいところ、セイバーの真っ直ぐなところを、士郎に。
セイバーの高貴なところ、アーチャーのわかりにくい思い遣りを、凛に。
────うわぁ、すごい家族ぅ……
笑いが、止まりゃしない。
「────なにがおかしいんだ?」
アーチャーの問いも空しく、桜の笑いは───間桐邸への帰り道で警察に職務質問されるまで止まらなかった。
笑い続ける少女と怪しい格好の見た目外国人。……月の無い夜。
仕事とはいえ、コレに声をかけた勇気ある警察官に皆さん拍手。
───静寂が、イタイ。
あまりに静かで不愉快な耳鳴りがさっきから止まない。チッコチッコという時計の音、あんなに耳障りだっただろうか?
本来ならば、セイバーにとって沈黙は苦痛たり得ない。もともと寡黙な方であるし、日課の瞑想で慣れ親しむ音の無い世界だって好きだ。
しかし今は、今だけはこの場から逃げ出したいと思う。もしくは、せめて何か心休まる雑音を。なんなら王としての、騎士としての誇りを捨てて意味不明な奇声をあげてやってもいい。とにかく音が欲しい。
───けれど、その身に圧し掛かる重圧が彼女に自由を与えない。
「はふぅ……」
耳に届く空気の音。藤村大河のため息。
───なんて、異常。
彼女がいるのに静か。たったそれだけでこれほどの脅威。改めて藤村大河という女性の恐ろしさを認識するセイバー。
────ここは、魔界だ────
「はぁ……」
なにかがヤヴァげに削られていると感じる直感スキルAの戦士。
数多の戦場を乗り越えてきた経験と勇気を総動員し、どうにか声を発する。
「……タイガ? 先程から一体どうしたのです。ため息ばかりついて、貴女らしくありませんが」
「んー?」
───ヤバイ。っていうかヤ・ヴァイ。むしろヤァゥヴァェイ?
大河の目が向けられた瞬間に気付く。自分は、地雷を踏んだのだ。
どうやらあまりのプレッシャーに直感がランクダウンしていたらしい。悔やんでも悔やみ足りないが既に後の祭りだ。
「あのねー、アーチャーさんって切嗣さんになんとなぁくだけど似てるなぁって、思ってたの」
「切嗣に? アーチャーが、ですか?」
「うん」
セイバーにはいまいち分からないが、大河は何か感じたのかもしれない。だって虎だし野生だし。ちなみに獅子は狩りをしないんですよってそりゃオスだ。ん? でもセイバーは男として生きてきたんだし、まあいっか。
「はぁー……。アーチャーさん、かぁ……」
ええっとつまりはどういうこと? マスター、状況が理解出来ません。
テンパリセイバー御乱心。たすけてシロウおねがいシロウ凛でもいいです桜かむばぁっくアーチャーは来るな。
「───よぉっし! 今日は飲むぞー! セイバーちゃんも付き合うよね!?」
首を横にぶんぶん振るセイバーなんぞ知らんとばかりに飛び出すタイガー。
いやぁ、いやぁっ!! 直感が! 私の直感が痺れる声で「キ・ケ・ンだぜぃ」とか言ってますうぅぅぅ!!
「はーっはっは! 今日はお祝いだーーー! 春ばんざーい!!」
あれほど待ち望んでいた音。でもこれは行き過ぎだ。鬱なお化けから躁な悪魔に飛び級だ。
「あうあうあぅぅぅ! 誰か止めて助けて連れて逃げてーーーー!!!」
───今宵、明かりの消えぬ部屋二つ。
続く
[ステータス情報が更新されました。]
具象結界『シリーズ二人の世界』
なんかさー、バカップルっているじゃん? あいつらの創る世界ってものすごくって、もはや物理的圧力すら感じない? もうヒュプノスがタナトスに変わるんだってレベルだよね。
てなわけで具象結界。たぶん造語。創る世界はカップルによって千差万別だが、効果は別に変わらない。まあぶっちゃけ夢の世界の住人になるだけである。といってもかなり強力。二人以外の全ての現象をシャットアウト。軽度の精神汚染も引き起こす。
ちなみに作中で桜の声が凛に届いたのは、桜の妄想世界が具象結界内の世界に限りなく近づいていたから(笑)。
────ハァ? ランク? レンジ? 知るかよそんなの。だって測ってられねーもの。
→アーチャー→技能
親バカ:B+
類まれなる親バカ。娘のためなら瞬間的に己の限界をも越える。血圧が上がるけど。
娘可愛さにバカップルの創世する具象結界にだって侵入できる。が、そこの住人に干渉できるかは幸運による成功判定が必要とされるので幸運:Eなアーチャーではまず失敗する。
──────────────────────────────────────────────────────────────
【後書き】
誰かかっこいいルビの振り方教えてください。上においてもずれるだけだし、かっこ使うっきゃねーじゃんか畜生め!
はい、というわけで第二話の続きです。今回は最低でも一人待っててくれた方がいるってわかってるのでちょっと強気。感想ありがとー!(返事届きました?)ちなみにテーマは「家族愛なんざ知らねえよ・春」
次回以降の予告。次に毒にも薬にもならないまったり話書いてから、第四話で新たなキャラ登場。それ以降もどんどんキャラ増やすつもりです。んなもん書き分けできないのでその辺割り切って、一話に出る人数は抑えるつもりですが。最初は兄貴だ!