序章―傾きだしたベクトルと裏切りの魔女―
降りしきる雨の中を女が宛ても無く彷徨う。
その姿はまるで幽鬼。
女は目元まで覆う深い紫色をしたローブを引きずり、這うようにゆらり、ゆらりと足を進める
朦朧とする意識に降りしきる雨音が、侵食するように染込こむ。
その雨は冷たく、女の体温を容赦なく奪ってゆく。
現世との繋がりを失ったこの身体から、血が流れ落ちるように魔力が失われその存在を徐々に薄れさせる。
ローブは雨を含み重量を増し枷となり、疲れきった身体を屈服させようとするがごとく圧し掛かってくる。
疲れきった身体にその枷はあまりにも重く・・・・・。
ついには、疲労で満足に上がらなくなった足が縺れ、女は地面に倒れこんだ。
倒れた際にフードが捲くれ上がり顔が露になる。
倒れた際にフードが捲くれ上がり顔が露になる。
その顔は泥と血に汚れた顔には、疲労の色が濃く既に立ち上がるだけの力がその身体に無いことを証明していた。
ふいに、心臓が強く鼓動するそれに伴い全身に激しい痛みが襲い掛かる。
体中の筋が千切れ、骨を粉々に砕かれるよな激しい激痛。
すでに限界だった女はその激痛に耐えかね、ついに意識を手放した・・・・・・。
序章―終―
第一章―運命+?―
雨が降りしきる中、俺は柳洞寺から続く階段を下る。
頭上を覆う木々の葉から纏まって滑り落ちる雨水がまるで打楽器のように傘を叩く。
「大分遅くなっちまったな・・・・・・。」
階段を下りながら俺は一人呟いた。
今日は一成の家でもある柳洞寺を訪れていた。
たまにはゆっくりと過ごすのも良かろうと、一成や、住職とくだらない話などをしながら珍しくのんびりとした時間を過ごしていた。
まあ、ゆっくりとしすぎて大分暗くなった山道を雨の中歩く破目になったのだが・・・・・・。
そんなことを考えながら階段を下り、もう少しで下りきると言う時点で俺は階段の脇の山林の中に妙なものを見つけた。
それは、闇に阻まれ詳しくは判らないが、そのシルエットは・・・・・・人間!?
「大丈夫か?!おい?!」
俺は駆け足で駆け寄るとその「少女」に声をかけた。
少女は呼び声にもぴくりとも反応せずに、まるで人形のようだった。
本来なら可憐である整った顔は泥と血がこびりつかせ、血の気を失い蒼白だった。
「畜生!!」
最悪の状況が頭に浮かんだ俺は、少女を抱きかかえるとその小さな唇に耳を寄せる。
まだ、微かにだが呼吸を感じられるがその吐息は細くとても安心できるようなものではなかった。
「早く病院に運ば・・・・・・なっ!?」
そこで俺は妙な事に気がついた。
その長い髪に隠れてはいたがその耳は本来ならありえない形に尖り、少女が本来ならありえない存在であることを証明していた。
「どうなってるんだ一体?」
さらに、今まで気が付かなかったがその身体には確かに魔力の流れを感じる。
「まいった、これじゃ下手に病院なんかに連れていくわけにはいかないな。」
もちろん、柳洞寺も論外だ。
「くっ、これしかないか。」
俺は少女を背中に担ぐと自分の家に全力で駆け出した!
雨の中、脇目も振らずに駆け抜ける。
その夜の出会いが全ての運命を変革させた・・・・・・
第一章―終―
第二章―迫り来る死の恐怖―
「まいったな・・・・・・。」
布団に横たわる少女を前に俺は本気で困っていた。
衰弱しきった少女を背負って全力疾走で家に帰ってきた俺は、大急ぎで風呂に湯を張り身体を温め、びしょ濡れの服からYシャツに着替えさせて居間に布団を引いて寝かしつけた。
しかし、これだけ大騒ぎだったにも関わらず、少女はまったく眼を覚ます気配が無い。
かなりの量の血が付着していたので、怪我などが無いか風呂の前に服の下などの見えにくい場所も確認したが外傷は皆無だった。
そこ、妙な視線を送らないでくれ・・・・・・・必要に駆られてなんだからやましい気持ちは一切無いぞ・・・信じてくれ。
「だけど、いったい何があったんだ?」
いくら考えても判らない事は判るはずも無く只一つ、理解してる事象に思考を移す。
その身に魔力と、どう見ても作り物とは思えない尖った耳は明らかに少女が「こちら側」の住人であることを示していた。
あの血や少女の状態を考えると、厄介事にしか為らないことは明白だったが、だからと言って放り出すなんてのは論外だ。
・・・・・・だけど桜や藤ねぇに明日なんて説明しよう。
そんな事を考え込んでいたその時・・・・・・。
侵入者を知らせる天井の鐘が鳴り響いた!!!
そして、家を多い尽くすような異常な殺気!
このタイミングでこんな異常な客が訪れたということは十中八九この少女の関係者だろう、少なくと無関係ということは無いはずだ。
この異常な殺気の主の相手なんか死んでもしたくないが、この少女を連れて逃げることが可能な相手とも思えない、もちろんここに置き去りなんてのは選択肢にも含まれない・・・ならば、迎え撃つしかない!
武器になりそうなものを探し視線を彷徨せ・・・・・・武器になりそうなものなんて存在しないことを確認する・・・。
常に整頓され片付けられた部屋には余計なものなど在る筈も無く、自分の性分を呪いたくなる。
ならば・・・・・・。
俺は決意を固めると少女をまた背負うと土蔵に向かって駆け出した!
益々濃密になる気配に慄きながらも必死で足を動かし、只ひたすらに土蔵を目指す。
転がる様に土蔵に駆け込んだ俺は少女を横たえると隅に転がっている木刀を掴む。
握りこんだ木刀を正眼に構えながら
「―同調、開始―
―トレース・オン―」
自己を作り変える暗示の呪文を唱え、木刀に魔力を通そうとしたしたその時。
「なんだ、もう鬼ごっこはおしまいか、小僧?」
まるで血で出来ている様な真っ赤な槍を肩に担ぎ・・・・・・青い悪鬼が姿を現した。
第二章―終―
第三章―運命との出会い―
押し潰されそうなほどの異常な殺気。
この化け物と睨みあう形になった俺は
自分の考えがどれほど甘いものだったのかを思い知らされた。
心臓が破裂しそうなほどの鼓動を刻み、ニゲロニゲロと警告を発する。
緊張のし過ぎで冷や汗すら出ない。
その、化け物みたいな殺気を纏った男は、身動き一つ取れない俺を一瞥すると、横たわる少女に視線を向ける。
「なんだ、小僧のサーバントは既にリタイア済みか?」
?サーバント?何なんだそれは?
とりあえず、この娘のことなのだろうがさっぱり意味が判らない。
「いったい、お前は何者なんだ?」
俺は当然の問いを投げかける
「ん、そこに転がってるサーバントはお前の物じゃないのか?」
男は意外そうな表情をする・・・しかしお前の「物」って?
「その娘の事を知ってるのか?」
この様子を見る限りは真っ当な関係者だとも思えないが。
「なんだ、一応魔術師ではあるようだがまったくの部外者か。」
どうやら、男は俺を何かの関係者と勘違いしていたらしい。
「マスターを失ったサーバントを偶然拾っちまったってとこか・・・・・・。」
男はそんなことをぽつりと漏らす。
「まあいい、少々物足りない気もするがこんな状況のサーバントなんぞと戦ったところで楽しめねぇしな。」
そう言いながら再び視線を俺に向ける。
「代わりと言ってはなんだが小僧、魔術師なんだろ?
お前が楽しませてくれや。」
・・・・・・やはり穏便に帰ってくれるつもりは無いみたいだな。
「見られちまった以上、生かしておく訳にもいかねえぇし、運が悪かったと諦めておとなしく死んでくれや小僧。」
一瞬、槍を持った腕が掻き消えるかの様にぶれる。
とっさに身の危険を感じた俺は全力で木刀を振り上げながら後ろに飛びのく!
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
左眼に一瞬冷たい感触が走った後、焼けるような激痛が襲い大量の血が飛び散る!
飛び散った血は、床に横たわる少女を再び紅で彩る。
木刀は僅かに槍の軌道を逸らす事には成功したものも、完璧に砕け散っていた。
くっ、強化してたところでどうにかなるような相手じゃないな・・・・・・・。
男は痛みに耐えかね左眼を抑える俺を詰まらない物見るよな眼で眺める。
「ちっ、中途半端に避けやがって、力も無い癖に抵抗なんぞするから痛い目を見るんだよ。
おとなしくしていれば、痛みすら感じずに楽に死ねたものを・・・・・・。」
チャキッ!
澄んだ音を立てて、男が槍を構える。
「あばよ小僧。」
再び凶槍が振るわれようとしたその時!
土蔵の中を閃光が走り男が飛びのく。
・・・・・・白い鎧を纏った金髪の少女が俺を護るかのように男と俺の間に立ち塞がっていた。
鎧の少女は、後ろを振り向き俺の眼を見つめ、問いかける。
「―――問おう、貴方が私のマスターか。」
その光景はこんな状況にありながらも思わず見惚れるほど美しかった・・・・・・。
第三章―終―