「なるほど。レッセとフェールは士郎の過去を見てきた。そうゆう訳ですね?」
「えぐえぐえぐえぐえぐえぐ」
「ええ、その通りです」
私の問いに答えるフェール。
その立ち振る舞いには感心するしかない。全てを受け止め、理解している。そんな雰囲気。まったく、こんなメイドがいるなんてエーデルフェルト家もやるものだ。
けど、今の問題はそれではない。
士郎の過去。聖杯戦争。自身を襲った災害。英霊エミヤ。固有結界。
それは一人の人間が背負うには、余りに大きすぎる過去。それでいて、他人が不用意には手助けがすることが出来ない過去。
――そう、士郎を手助けできるのは私だけ。士郎をアイツにしないように出来るのは私だけ。そう、考えていた。
認めよう。私は嫉妬している。士郎の過去を擬似とはいえ体験したのだ。――私でさえ知らないことを。
「それで、どうしますか? 覗いた過去を忘れますか? 士郎の過去を覗いたならわかるでしょう。不用意に覗くべきではなかったと」
「えぐえぐえぐえぐえぐえぐ」
「ええ、よくわかります。アノ過去は同情すべきことでもなく、手助けできるようなことでもありません。
受けましょう。どんな罰でも。あなたにはその権利があります。――遠坂凛さん」
「えぐえぐえぐえぐえぐえぐ」
「いい覚悟です。よくぞ言いました」
私とフェールを心配そうに見守るエーデルフェルトとセイバー。
フェールが私に士郎の過去を擬似体験してきた、と言ったとき、まずエーデルフェルトとセイバーに「これは、遠坂さんにしか関係ありません。なので、二人とも口出し無用です」と言い切った。
セイバーは不服そうだったが了承し、エーデルフェルトも主人なりに理解を見せた。
そうして、この状況が作られている。
「それでは、まず、貴方の妹を泣き止ませて頂けないかしら?」
「えぐえぐえぐえぐえぐえぐ」
倫敦 in the クリムズン・えびる 第九話
「お見苦しいところをお見せしました」
ペコリ、と礼をするレッセ。先程の光景は何だったのだろうか、と考えてしまう。えぐえぐ泣いていたのが嘘のような無表情ぶり。
「それで遠坂さま。わたしも姉さんと同意見です。
衛宮さまの過去を覗いた罰を受けましょう」
それでいて、しっかりと話を聞いているのだ。
この娘もフェールの妹だという事だろうか。姉妹揃って末恐ろしいというかなんというか。
「ん。まぁ、二人とも反省してるようだし、これ以上私からはないわ。結局士郎のこと考えてのことだろうし」
「ですが――」
「さっきのは嫌がらせよ。士郎の過去を覗いたことのね。
どうしても納得できないなら士郎に直接言いなさい。もっとも、士郎が許さないことなんてないと思うけど]
不精ながら納得したのか。レッセとフェールは一礼すると、部屋から出て行った。エーデルフェルトに寄ってから行ったところをみると、二人はお茶を入れに行ったのだろう。
丁度紅茶が無くなっていることだし。
「ふう、冷や汗ものでしたわ。ミス・トオサカも案外キツイですわね。嫌がらせなんて軽い言葉で済ますのですから」
「なによ。文句あるの?」
「いえいえ。メイドの不始末は主人であるわたくしの不始末でもありますし、穏便に済ませて頂ける以上文句などありません」
似合わない笑みを浮かべるエーデルフェルト。
ああもう。この女は、私が嫉妬しているのをお見通しと言わんばかりではないか!
「その辺にしておきましょう。本来の目的から外れている。二人とも穏便に」
私とエーデルフェルトのやり取りを見かねたのか、セイバーが仲裁役として入ってきた。
その表情はなんか、世話のかかる子供の面倒を見てるような感じ。
「なんか気に食わないけど、セイバーの言うことも正論だし、この辺にしといてあげるわ。運が良くてねミス・エーデルフェルト」
「ええ。そっくりそのままお返ししますわ」
「ふふふふふふふふふふふふふふ」
「ほほほほほほほほほほほほほほ」
「二人とも!」
セイバーの怒声を後目に微笑みあった、と説明しておく。
★
「それで、シロウをどうやって救おうというのです? 残念ながら私には皆目検討もつかない」
メイドの二人がお茶を持ってくるまでエーデルフェルトと微笑みあっていたのだが、やはり紅茶の魔力には逆らえず、こうやって一服していたりする。
「そうですねー。わたしも知りたいです、どうしようというのですかー?」
とゆうか、フェールの変わりようには震撼せざるを得ない。この人、二重人格でなければ、絶対にペテン師だ。断言できる。なんか既視感を覚えるし。
「士郎を救おうとは思ってないわよ。ただ手助けするだけ。トランシルヴァニアの死徒と何があったのかは知らないし、知りたくもない。実際のところ、問題を解決できるのは士郎だけなのよ。
だからその手助けをする。士郎が問題を解決できるようにね」
私の主張に納得したのか、各自いろいろな方法で悩んでいる。
私にもこれといった方法が思いつかないのだ。おいそれと解決されたら困りものでしかない。
まぁもっとも、方法が全く無いというわけでは無いのだけれど。
「ミス・トオサカには良い考えがありまして?」
「無いわけでは無いのだけれど――」
考えていることをそのまま言うのには躊躇われた。
実際問題、士郎を手助けするにはこの方法ぐらいしか無いと思うけれど。
「何も提案がないのです。まずはアイデアだけでも出しておいた方が良いのではないですか?」
「そう? 私は――」
★
いつもと同じ時間。いつもと同じ場所。
衛宮士郎がルヴィアの屋敷に行くのはそうゆうこと。
なのに――
「パーティーでも始まるっていうのか?」
あまりも変わり果てたルヴィアの屋敷に立ち尽くしていた。
まずは門からして異彩を放っている。なんかごっちゃになってるし。
それよりさレッセさん。門に松飾りをつけるのは周りの雰囲気と相まって、かなりシュールというか、間抜けみたいなんですが。
「あ、衛宮さま。いらっしゃいませ。皆さんお待ちですよ?」
「いや。どうしたんだ? コレ」
「遠坂さまの提案で、パーティーが開かれることになったんですよ」
「パーティー?」
「ええ。わたし、生まれて初めてなので、楽しみで楽しみで」
む。そう言われれば、レッセさんから幸せオーラが出てる気がする。無表情なんだけど、隠しきれてないような。まぁ、レッセさんが無表情なのは人見知りだってフェールさんも言っていたし、実際は表情豊かなんだろう。なら、この幸せオーラも納得というものだ。
それでも松飾りはやりすぎだと思うぞ。うん。
「主賓は衛宮さまなので、早く行って下さい。遠坂さまもセイバーさまもお待ちですから」
「え? 凛とセイバーが来てるのか?」
「はい。元々、パーティーを行うきっかけを作られたのも遠坂さまですし、セイバーさまもいらっしゃっています。わたしはもう少し飾りつけをしてから行きますので、衛宮さまはどうぞお先に」
凛がきっかけということは――、何かの記念日だったけ? いや、レッセさんが言うに主賓が俺ということは、――うーん、何も思いつかない。
「あ、衛宮さんやっと来ましたねー? 早く来て下さいよ。皆さんお待ちかねなんですからねー?」
そして俺は。
思考中に現れたフェールさんに連れられ、何故パーティーが開かれるのか。何故主賓が俺なのかわからないままに会場に行くことになってしまった。
★
一言で言えば異常。そんな雰囲気。
もっとも門の部分の異常と言えば異常だったが、コレの比ではない。
計算され尽くし設置された家具。それを飾りつけるのは愚でしかない。なぜなら計算され尽くしたということは、それが最上であり、どんなことをしようとそれより上に行くことはありえないからだ。
小学校でやったような輪っか(折り紙を切って丸めて繋げたやつ)や、ドライフラワー。カミテープなど、財力にものを云わせたような飾りつけはそれだけで混沌じみている。
――なんて説明してみたけど、一体これはなんなのだろう?
「遅いですよ。シロウ、もうパーティーは始まっている」
「ああ、すまない。セイバー」
責めるように現れたセイバーに謝ってしまうのは、もう反射の域だと思う。――情けないけど。
「けれど、これで料理が食べられます。それではシロウ。私はレッセの料理を食すので」
言うやいなや、テーブルに特攻するセイバー。
テーブルの上には俺の知らない料理が多数あった。おそらくだけど、レッセさんが作ったのだろう。
それを取りながらコクコクハムハムしているセイバー。セイバーには悪いけれど、混沌とした風景となんだかマッチしていてなんだか、笑ってしまった。
「士郎が笑うの、久しぶりにみたわよ」
「凛――」
「ふう。いろいろ不安だったけど成功したみたいで嬉しいわ。トランシルヴァニアから様子が変だったでしょ? それでね、協力して貰ったの。
士郎が何を悩んでいるかは知らないけど、私はパートナーだしもっと甘えてくれても良いと思わない?」
何気ない口調。何気ない仕草。なんでもないことのように凛が言う。
けれど、そんな当たり前のことで胸が熱くなる。――ああ、忘れてたな。俺のことを手助けしてくれる人がこんなにも居るということを。
「ありがとう、凛」
だから、お礼を言うのは間違っている。けど、間違っていてもお礼が言いたかった。
「ふん! 士郎が落ち込んでいたみたいだから、手助けしただけよ! 次も助けて貰えるなんて思わないでよね!」
顔を真っ赤にしながら、があーと矢継ぎ早に話す凛。
「ああ、もう。なんであんた微笑ましく笑ってるのよ! 大変なんだからね! 次は助けて貰えないかもしれないのよ!」
うー、なんて唸りながらジリジリと後退しだす。――なんか凛、自滅してるっぽいんだが。
「あー、もう、覚えてろー。私はそんなに安くないー!」
意味不明な捨て言葉で去っていく。それでもチラチラと背後を振り返りながら。
手を振ると喜んだような落ち込んだような表情を浮かべる。
ああ、本当に。全く、今日はパーティーに相応しい日だろう。
★
途中からルースとル−スの師匠――ノルンさんが加わり、パーティーというよりは宴会に近いものになっていった。
ルヴィアも無礼講なんて言ってたし。
けど――、凛が戻ってくることは無く。レッセさんも居なかったような気がする。
★
「涼しいなぁー」
もう夜中。屋敷のベランダで身体を冷やす。
本当に、今日はいろいろあった。実際のところ、衛宮士郎は吹っ切れてない。
いまだに死徒を救えなかったのかと悩むのは、未練がましいのだろうか?
「衛宮さま」
「レッセ――さん?」
「今宵はレッセとお呼び下さい。束の間の幸せに浸ること、お許しを」
大仰な立ち振る舞い。レッセさんの着ている服は、いつものメイド服ではなく白いワンピース。
その姿を見て、何故か酷く幻想的だと思ってしまった。
まるで、天使のような。レッセ――が微笑んでいることもそれに拍車を掛けている。
それは、いつも無表情なレッセ故に。
「衛宮さま。わたしは衛宮さまのことを愛しています」
だからだろうか。初めて異性に告白されたというのに、冷静でいられたのは。
「返事はいりません。元より叶うことの恋。ならば、期待なぞ抱きようもありません」
「ああ、わかった。返事は無し。それで良いのか?」
俺の返事に満足したのか、レッセはふわり、と微笑むと、
――そのまま、俺にキスをしてきた。
「衛宮さま。わたしはキズモノにされました。責任、取ってもらいますよ?」
そう、一方的につげると、そのまま、ベランダから飛び降りた。
それにはさほど驚かなかった。元より彼女は天使。ならば空をも飛べるのだろう。
衛宮士郎にとって、今、最大の問題は、
「どうしろってんだよ」
レッセが飛び降りていった虚空を眺ながら言う。返事無しで責任を取れ。まんまと俺は嵌められたのだろうか?
そんな時、
「もてもてねぇ。士郎」
一番会いたくない、赤いあくまが現れた。
その瞬間、幻想的な雰囲気とか余韻とか全部消えた。
たぶん、浮気がバレた旦那もこんな気分なんだろうなー、と他人事のように思ったり。
まあまず、
「――Anfang」
その物騒な呪文を言うのを止めて欲しい。
「言い訳、聞いてくれますか?」
「やだ」
うわ、この人即答しやがった。了承より速かったぞ今の!
「浮気ものはココで死んだほうが身のためだと思わない?」
「その前に言い訳聞いて下さい。お願いします」
「やだ。嫌。全力で拒否。認めない」
退避路全く無し――!?
「一回死んできなさい、この浮気もの――!」
★
「それでさ、凛」
「なによ、そんな真剣な顔して」
「ん。衛宮士郎が『正義の味方』になるには、まだ時間が掛かるって言いたくて」
「たぶん仮営業中なんだ、『正義の味方』は。答えなんて無い。それこそが答えなんだよ。『正義の味方』はその『無い』答えに正解しないといけない。今までは『有る』答えにしか正解してなかっただろ? だからさ、まだ正式には開いてなかったんだよ。『正義の味方』は」
「なるほどね。それが士郎の求める『『正義の味方』』ってこと。それが出た結論?」
「ああ、焦りすぎていたんだよ。『正義の味方』には、多分いろんな種類があるんだ。それで、焦りすぎていたせいで道に迷ってた。もう、大丈夫だよ、凛。衛宮士郎は迷わない。それに――」
「――道を外れても、私が修正してあげるわ。ちゃんとね」
「ああ、ありがとう。これからもよろしく。凛」
「こちらこそ。士郎」
これが本当のあとがき
大変だった。ほんとーに大変だった。
SS書き始めて一週間たらずでスランプってどうゆうことよ? みたいな。
スランプはきつい。ヤバイくらい。書いたもの皆駄目にしか見えないし。まぁ、
これにて「倫敦 in the クリムズン・えびる」は完結―!
次から題名が変わって、この話の続きで、ほのぼの萌え話中心になるかと。(書けるか不明ですが)
「倫敦 in the クリムズン・えびる」は士郎の『正義の味方』に?と思ったことを書き連ねた物でもあるので、私の主観が多々入っています。出来るだけ客観的になるよう勤めましたが、ココはおかしい! ということは遠慮なくどうぞ。
ちなみに題名の意味は「倫敦に降り立った真紅のあくま」だったりします。激しく間違っていると思いますが。
それでは次回はレッセとフェールの外伝を挟んだ後、お付き合い下さい。