天命聖夜 --- Prologue ---
朝。朝食の後、侍女の朱蓮から告げられた。
「今宵『請神』せよと、老師からの御伝言です。」
九龍のおじいさまからの電話。・・・香港に居ながらにしてこの冬木の地脈を知り尽くしたかのようなタイミングでアドバイスが来るとは伊達に年を喰っていない。・・・取り巻きは地仙だなんだとほめやそすが、あれは、たぶん妖魔の類だ。
「さすがおじいさま、お見通しですね。・・・ 無論。今宵をおいて、その機会はないでしょう。」
まあよい。それもこれも、わたしが「本家」の実権を握るまでのこと。精々雑事を片づけておいてもらおう。
朝の紅茶を早々に片づけて、わたしは席を立った。
「今夜、『請神』いたします。 ・・・・ が、今日も常の通り、学校には参ります。支度をなさい。」
わたしはそう朱蓮に命じて、わたしはシャワーを浴びるためにバスへむかった。
わたし、劉星鳳(リュー・シンフォン)は「道士」である。
道士とは道術を学ぶ者。それを方士、方術ということもあるが、根っこは同じ。
要するに、不老長寿の仙人に至る遠くて険しい道のりを物好きにも歩くと決めた者のことである。
それは『道』から生まれ、『道』に従って生きる人間が、ふたたび大いなる『道』へ回帰するということ。
まあ、わたしのやってることなんてその初歩の初歩。占いと練丹くらいなんだけど。初歩は初歩なりにこれでもかなり優秀な方だ。
そんなわたしの元に、奇妙な話が舞い込んだのは一年前のこと。
西洋魔術において究極とされる祭器、「聖杯」を顕現せしめる大儀式への招待状だった。
意外な話だった。『我々』は魔術協会とは相互不干渉。それが常識のはず。ではなぜ?
まず舞台が日本であったことが一つ。
この国は全く接触のない『我々』と魔術協会の勢力が複雑に混じり合う混沌の緩衝地帯であって、陰に潜ってやる分にはきっぱり無法地帯もいいところだった。
第二に、現実問題として、四年前。ここで行われた儀式がすさまじい成果を上げた。事もあろうに「向こう側」と道を繋げたのだ。これには世界中がおののいた。
・・・まあ、計測されたのは一瞬で。次の瞬間にはその儀式の基盤毎消し飛んでいたのだから、なんとも思い切りがよい話だ。一体どんな連中が仕切ってたのやら。
第三に合法、非合法を問わず様々な手練手管を駆使して集められた情報を解析して得られた情報により、この儀式の特別なシステムがあきらかになり、その凄まじいまでのスペックが、人外の秘奥に迫ろうとする者たちの心を激しく揺さぶるにたるものであったこと。
サーヴァント・システム。七組の使い魔とそのマスターで聖杯の所有権を争い、生き残った一組が万能の力を手にするというこの仕掛け。だがその「使い魔」が破格だった。
英霊。生前に大事をなしとげ、伝説を作り、神話となった英雄たち。その魂を現界せしめて、仮初めの肉体すら与え、使役するのだという。
とんでもないことだ。
魂の物質化なんてものは、大陸じゃはなっから眉唾物だと否定してかかっていた。
「ふん。時計塔のアホどもめが、千年寝惚けていても足りぬとみえる。」などと。
だから、もうその事実が知れただけで、大陸の主だった道士はほとんどパニックに陥った。
ここまで条件がそろえば、誰かが動き出すのは時間の問題だった。・・・・でも。
まあ、マイペースが信条のわたしにはどうってこともなかった。参加の可能性があるんなら、問答無用で飛び込んだろうが、肝腎のシステムが吹き飛んだのだ。何を騒いだって今となっては後の祭り。その上、4回やら5回やら繰り返して、とうとう「聖杯」とやらにとどかなかったんだから、どこか構造的に間違ってるんだろう。
縁が無かったと思って忘れよう。
そう思ってとびっきりの仙薬を練っていたわたしに、突然おじいさまが「日本へ行け」と命じた。
「冬木で聖杯戦争が始まる。・・・その子細を見届けて、かなうならば奪ってみせい。」
そういった後で、親類縁者の居並ぶ中、付け足した。
「その結果次第で、お前を後継者と認めよう・・・」
魂胆など見え透いている。別に何をしなくとも、劉家の後継者は本家嫡流たるこのわたしだ。
そもそも年長者というだけで偉そうにふんぞりかえっているだけの、血筋から言えば傍流のおじいさまがどうのこうの言える筋合いのことではない。
それを行けという。
負ければわたしの株が下がる。
むざむざ殺されるつもりはないから論外としても、「半殺しなら面白い。死んでくれれば好都合。」ぐらいは、あの妖怪、考えていそうだ。
よかろう。権謀術数は吾が一族の家風。売られた喧嘩は買ってやる。
その上で、どちらが劉家の当主にふさわしいか、見せてやる。
わたしが勝ったからとて簡単に引退させてやるつもりはない。わたしが当主になった上で、すり切れるまでこき使ってやる。
・・・と、そのような訳で。
わたし劉星鳳はこの冬木の地に一年前、やってきた。
どういった理屈で、この地で聖杯戦争が再び可能になるかは、わたしの関知するところではない。
そこに戦いがあるから、わたしは闘う。わたしはわたしであるために、闘う。
迷いはない。
それが劉家の後継者たる、わたしに課せられた『天命』にほかならないのだから。
朱蓮に見送られて、わたしは家を出た。
わたしのウチは冬木を見渡す丘の上、深山の一番奥にある。
わたしは一年前から冬木に入って本拠地を作り、準備に入った。それがこの「屋敷」。
やるからには徹底的にやる。それが劉星鳳のポリシーだ。
選択肢としては反対側の洋館もあったのだけど、どこも手狭で使い勝手が悪かった。
第一、風水に無知な人が建てた洋館はわたしのように気に敏感な者には耐えられない。
だから、わたしは丘の一番奥まったところにある、この空き家を買い取ることにした。
この形式の建物を「武家屋敷」というのだと記憶している。この国の士族階級に属する人々の内でも裕福な人々の邸宅だ。わたしの選んだ家は、四方に開けていて、平屋で風通しが良く、風水の理に適っている。なおかつ庭も広い。・・・なかなか住み心地がいい。
タタミにもすっかり慣れて、夏に裸足で寝っ転がる楽しみも覚えた。・・・ というか覚えてしまったし。
いっそ、日本に来るときの、別荘にしてしまおうかな。と最近は思っている。
門を出て、坂を下る。少し登校までには早い時間。わたしは朝の光を感じながらゆっくり道を下る。
ちょっとあるくと、このあたり唯一の『お隣さん』がある。
今日は火曜日。・・・・ この時間ならきっと。
わたしの行く手、ウチと遜色ない大きな武家屋敷の門があり・・・その門がゆっくり開いて、大きな竹ぼうきを携えた人影が現れた。
・・・・やた。どんぴしゃり!
心の中で快哉をさけびつつも、完ぺきなまでの日本的「お辞儀」をする。
「おはようございます。衛宮さん。」
そう声を掛けると、男の人はこっちを振り返って、にっこり笑ってくれた。
「おはよう。シンフォン。・・・いつも早いね。」
早いのは、衛宮さんのお仕事が、遅番の出勤かお休みの「火・木・土」、それも決まった時間に門の前の掃き掃除をしに出てこられる天気の良い日に限ってのコトなんです。・・・ なんてことはおくびにも出さず、
「いえ、朝の空気は好きですから、苦にはなりません。」
などと、にっこり微笑んでみる。それはもう、一撃必殺の九天玄女娘娘的微笑全開で。
話は、一年前に家を買う時にさかのぼる。
今住んでいる家を買う時、実は本当によいと思った屋敷は丘を下った一つ下のものだったのだ。
地勢も風水も完ぺき。そりゃあもう、住んでるだけで心も体も健康になりそうなくらいだった。
しかし、そこはもう十年以上前から住んでいる人がいた。
環境の良い家というのはとても貴重なものだ。風水というのは家を建てる前だけに見るモノではない。刻々と変化する周囲の状況に応じて、暫時更新していかねばならない。
立地条件から鑑みても街や周囲の様子とは微妙に切り離された場所にある点でも、その家は完ぺきだった・・・なのに、それがわかるわたしが住めないで他の人が住んでいるというのが腹立たしくて。
(いや、その。・・・考えてみると結構無茶苦茶な言い分なんだけど。)
偵察がてら「お隣さん」を訪ねてみた。
正直、肝を抜かれた。
一体どんなやり方をしているのかは、わからなかった。(これがまたくやしいのだ。)でも、塀に守られたその家がとても優しいものに包まれていることはわかった。自然と一体になる・・・いや、自然の中に溶け込むような、気の流れ。
まるで、そこにいるだけで、元気にも健康にも健やかにもなれそうな、すばらしい「場」。
何より、あったかい空気に満ちていた。
そこに、あの人が住んでいた。
衛宮士郎さん。 ・・・・ ほんとうに、不思議な人だった。
人は例外なく、生きているウチにいろんなものを体に取り込んでゆく。専門用語ばかりになるので簡単に済ますが、そういう「澱」のようなものをため込んでいくと妙な具合に体調を崩したり、運が悪くなって何もかもうまくいかなくなったりする。故にいろんな方法でその「澱」を払う・・・掃除する事をしなければならない・・・・だが、その、信じられないことに。
衛宮さんにはその「澱」がほとんどなかった。
これが、仙道を目指す人間にどれほどの衝撃だったか、理解してもらえるだろうか?
衛宮さんの体は、まるで、
「四年前に新品に取り替えましたーっ♪」
ってくらいに、まっさらだったのだ。
・・・賭けてもいい。この人、向こう十年は風邪一つひかない。 ひきっこない。
めまいがした。
中国全土に方士や道士がどのくらいいるか知らないし、数千年にわたる歴史で、どの人がどの位(くらい)に達したのかいちいちおぼえちゃいないけど、こんな歳の日本人の人が、大した巧夫(クンフー)を積む時間があったとも思えないのに、ここまで清浄な気をまとっているなんて、反則 ――― 。
衝撃のあまり、わたしの脳裏に今までの修行人生が走馬燈のように巡っていた。
そんなわたしの状態には全く気付かない無い様子で、衛宮さんはやさしい笑顔で語り続ける。
「この家はね。親父が藤村さんにたのんだものでね。 俺はここに来たばかりの時は酷いけがをしていたんだけど・・・」
ああ、そうなんだ。
ほんわか、ぐらぐらした脳みそのまんま、何となく理解する。
衛宮さんのお父さんがどんな人だったのか。
わたしと同じ方法を知っている人かどうかは知らない。道士でも無かったに違いない。
でも、土地が・・・大地や風や空が与える力をちゃんと知っている人だったのだ。
大きなけがをした幼い子供が、どうか健やかに育つようにと。
ただ、それだけを願ってこの家はさまざまな想念でまもられているのだ。
そんな「想念(おもい)」に出会えたことに、わたしは柄にもなく、泣けてくるくらいに感動していた。
きっとこの家に来れば誰もが素直な自分になれて、争う事などなくなる。
それは間違いなく「家」としての見果てぬ理想型。
桃源郷というものがホントにあるのなら、きっとこんな家をいうのだろう。
わたしの様子があんまりヘンだったのだろう。
心配した衛宮さんはわたしを家に入れてくれて、暖かいお茶をごちそうしてくれた。
そしてわたしが落ち着くのを待って、家の中を色々案内してくれた。
風水をやっているとも、道士ともなにもいわなかったのに、何となく成り行きで。
そうしながら衛宮さんは言葉少なに自分のことほんの少しつづ話してくれた。
素直で、まっすぐで。
たぶん心に深い傷を負ったことがあって・・・それでも他の人に優しく笑いかける。
そんなとてつもなく難しいことを、ごく自然に出来てしまう人。
わたしは幼い頃から、騙し騙されの世界で生きてきた。人を陥れる呪だって知っている。
そんなわたしにとって、その笑顔がどれほどまぶしかったか。
どんなにか、尊くみえたろうか・・・・
憧れといえば憧れだった。 恋といえば・・・きっと恋だった。
たぶん、圧倒的に片想いの一目惚れ。
出会いから、一年。
こうしてかわす何気ない朝の挨拶が、わたし、劉星鳳にとってはかけがえのない宝物だった。
学校で、ごく普通に生活して、帰る。
学校でのわたしは帰国子女の「シンフォン・リュー」
帰ると同時にわたしは道士・劉星鳳になる。
『請神』において、まず最初にしなくてはならないのは「場」を清め、「壇」を築くこと。
五方の土を準備し、楼の下を掃除して法壇を設ける。
六甲の日の吉時を選んで、土を入れた袋で五方の方角を定め、およそ一尺あまりの間隔とし、周囲には新しい煉瓦を約一尺五寸の高さに積み、空いたところには五穀をぎっしり填める。
上には灯明三皿。・・・・昼夜絶えまなく灯を守った。
その外側には黄色の布で作った神帳をめぐらし、前には香卓一つを設け、紙の神像を祀り、毎日、茶・酒・果物の三品を供え続けた。
つづいて斎戒沐浴。
手を洗い口を漱ぐ。
これでも小さい儀式なら十分だけど、わたしは念には念を入れて、帰宅後三度、お風呂に入って念入りに体を清めた。
次に真っ白い新品の装束に着替え、壇の前に座し、五種の「浄呪」を重ねて、「場」を清める。
右側に邪を断つ宝剣。左側に悪を滅す宝剣。
祖先伝来、自らの出自を示す守りの双剣を鞘から抜きはなって具す。
これで準備が出来た。
時刻は午前一時。子の刻。陰陽の気、相接して、古き一日が燃え尽き、新しい一日に変革する瞬間。
一日でもっとも霊気の澄み渡るその瞬間を静かに心を整えて、待つ。
わたしは今日ここに霊を招く。それも、英霊。・・・ いや、違う。格からいえばまさしく「神霊」。
この冬木の特殊な状況(えにし)を利用し、奇蹟と等しき業(わざ)を行う。
この『請神』の成功なくして、わたしの勝利は、ない。
―――― 刻(とき)は至る。儀式の時 ―――
わたしは渾身の念を叩きつけて、召喚の儀式を開始する。
請神(きたれ!)
呼吸を整えろ。気を澄ませ。神を以って神に合し、気を以って気に合する。
もはや、わたしの意志に拠らず、わたしの口は「呪」を紡ぐ。
夫れ、道は、天を覆ひ、地を載せ、四方に廓り、八極に折く。
高さは際む可からす、深さ測る可からす。天地を包裏し、無形に稟授す。
混混として、沖しけれども徐ろに盈ち、混混として、濁れども徐ろに清む。
四維に横たはりて陰陽を含み、宇宙を紘して三光を章かにす。
神、秋毫の末に託して、而も宇宙の総よりも大に、其徳、天地を優げて陰陽を和へ、四時を節して五行を調ふ。
ふいに訪れる「喪失」。
わたしは目を失う。
わたしは耳を失う。
口を失う。舌を失う。声を失う。皮膚感覚を失う。心の作用を失う。
自分が消失する恐怖 ・・・ 外へ出て「気」そのものとなれば、すぐに散り飛んで消え去る。
乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤の八卦、列を成せば、
天・澤・火・雷・風・水・山・地の象、其の中に在り。
因て之を重ぬれば、八八、六十四卦となり、一卦各、六爻となり、或は陰爻あり、或は陽爻あり。
陰陽剛柔互に相推して、各種の變化、其の中にあり。因て卦爻の辭を繋けて以て吉凶を命す。
恐れ、畏れ 懼れ 懼れ。 形あるモノは形あるが故におそる。自己の喪失は絶対の恐怖。
だが、わたしは生まれながらに道士。・・・ この恐怖に勝ち、天と地の理をその一身に納めてきた。
あがらえ。 律せよ。 己を律すれば即ち天地を律す。
思いを凝らせ。想念せよ。世界は所詮、刹那の幻。心の有り様が世界を決める!
つなげ。 ・・・・ 己の魂を一本の限りなく透明な糸になって、たぐり寄せる。
つなげ。 ・・・・ 魂以外のすべてを失っても、それだけは、けっして手放すな
風のごとく興り、雲のごとく蒸して、事、応せざる無く、
雷のごとく聲り、雨のごとく隆りて、並びに無窮に応ず。
鬼のごとく出で、電のごとく入り、
龍のごとく興り、鸞のごとく集まり、
鈞のごとく転じ・・・・・周りて復た匝り、已に彫り已に琢き、原初に環す。
請神(きたれ!)
吾 奉る 太上仙師 九天玄女 北斗星君以及諸天神聖 吾が天命、ここにあらば、霊験をもって応えよ!
剣訣して、空を切る。
汝の身は吾が下に、吾が天命は汝の刀に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応うるべし。
吾、道祖 太上老君の旨をもって勅す! 急急如律令!
清浄な気・・・有り様からいえば、ほんの少し特別な空気に過ぎないそれは、刹那、純粋な「力」に変化して ――――――
紅蓮の火炎が視界を満たす。荒れ狂う朱と黄と紅。それは傲然と人のカタチを求めて動く。
毎飛ぶ火の粉が姿を変える。それはすさまじい闘争の熱気をはらんだ純粋な力 ―――!
火と、光と 気と 風の乱舞が終わり、砕け散った壇の残骸の中に、その人影は屹然、姿を現した。
紫の冠と錦の戦袍。黄金の鎧。そして・・・その九尺に及ぼうという偉丈夫は巨大な青龍偃月刀を携え、胸にとどくほどの真っ黒い髭を蓄えていた。
それは神話の再生。それは伝説の再現。
荘厳なまでに、高貴な『武』と『忠』と『義』の概念。
知らずわたしの膝は折れた。心の底から拝跪する。
「無事、現界されたるよし。恐悦至極に存じます。・・・・ 叔父上。」
わたしは神に近しいこの英霊を「叔父」とよぶ。それこそが、わたしがこの召喚を可能とする「縁」だった。
「これなるは、遙か末なる姪にて星鳳と申します。」
髭の武神はゆっくりと頭を巡らし、体の向きを変えてわたしに正対した。
「面(おもて)を上げよ。吾が遙かなる末の姪にして、『道』に詳しき者よ。」
重くおなかに響く声。しかし、不思議と威圧感は感じられない。わたしは顔を上げて見上げた。
太い眉の下の大きな目がわたしを見下ろしていた。顔は熟れたナツメのようで、とは伝説の通り。
「吾は召喚に応じて推参したり。・・・・ 汝は、吾が主(マスター)であるか。」
そう、この人を、この英霊を、この武神を、確かにわたしはここへ『請神』いた。
だから、立つ。
守りの二剣を地面に突き立て、傲然と最強の英霊の前に立ち上がる。
「いかにも、召喚せるは、吾なり。」
おなかに力を入れて声を張る。
「証(あかし)の令呪はここに。
されど吾の汝の主たるは、この故にあらず。吾の汝の主たるの所以は、吾の吾たればなり。」
わたしの言葉にいささかも揺るがず、その英霊は山のように泰然と問い返す。
「その所以たるや如何に?」
「吾は漢の中山靖王・劉勝の末にして、―――
両の眼に力を込め、両の手に二振りの剣を握りしめる。
「――― 昭烈帝・劉備、百世の嫡孫なればなり!」
われながら気負いすぎ。結構練習したのに語尾はちょっと裏返った。
・・・・しょうがないじゃない。だって、わたし普段は女子高生やってるんだから。
偉そうに古式ゆかしく振る舞うにも現代的な限界がある。
耳にいたいほどの冬の静寂。静かに夜風が吹き通る。
「吾、汝を主君と認とむ。・・・ これをもって契約は、なされたり。 」
意外に優しい声音でそういって、わたしの英霊は幽かに微笑んでくれた。
「よくぞ、吾を請じたり。・・・ いかにも、汝こそは吾の遙か末の姪にして、現世の主(あるじ)なり。」
夜空にはぽつりと小さな冬の月。空はさえざえと澄み、風もさえざえと澄んでいた。
その月以外にだれとて見守る人のない丘の上で、劉星鳳の聖杯戦争が静かに幕を開けた。
そう、この瞬間に始まる。
引き返すことも立ち止まることも許されない、炎の一週間が ――― 。
Prologue out