自分の周りを埋め尽くす異常。
火の海
崩れた建物
苦しみ、蠢く人
ヒトだったもの
そんな状況下で争う最も異常なふたつの存在
それに見惚れている唯一無事といえる自分
その日は何もかもが異常だった。
ふと眼を開けるとそこは自分の部屋だった。
ベッドに横たわった身体を起こし状況を整理しようとしたところにルヴィアが部屋に入ってきた。
「気分はいかがですか?」
そう尋ねるルヴィアの顔はやさしげな笑みを浮かべていた。
「ああ、問題ない。むしろなんで俺は眠ってたんだ?それが知りたい」
ルヴィアに一通り説明してもらった。
それによると俺は魔眼でシロウの魂を見ているときに気絶したらしい。そのあとは俺を部屋に運んだ後、魔力の注入を行い、続きは後日ということで解散したそうだ。
「それにしてもどうしましたの?どこか身体の具合でも・・・・」
「いや問題ない。ただシロウの魂を見てたら昔のこと思い出してな。懐かしんでたら精神をかき乱しちまった。心配かけたな。」
「いえ、何の問題もないのなら。それよりもまだお疲れのようですし、今日はもうお休みになったら?」
「ああ、そうする。ルヴィアも俺の世話してたみたいだし疲れただろ。俺はもう大丈夫だからお前も休んだほうがいいぞ」
「ええ、もちろんそうさせていただくつもりですわ。」
この後一緒に食事をとり、部屋の外まで送った後自分の部屋に戻りベッドに横たわった。
俺は嘘をついた。
確かにシロウの過去が原因だが懐かしんで精神を乱してしまったからではない。
ただ拒んだだけ、俺の精神が無意識にシロウの十一年前の出来事を知ることで自分の過去が彫り起こされることを拒絶しただけ
そう、以前シロウの過去をみれなかったのはただ見ることを拒絶していたからだ。
その無意識の不安は見事的中してしまった。
十五年前に自分の身に起きた厄災、ここ数年は夢に見ることすらなかった過去の出来事を
つい先ほど夢に見てしまった。
アイルランドのはずれにある小さな町。俺はそこで魔術師である父と母の間で生まれ、その跡取りとして育てられた。
家の家系はそれなりに名門だった。昔からこの一族は特異な魔眼の使い手だった。しかしその血も薄れ、俺の代では魔眼の跡だけが残されてた。
それでも幸せだった。あの日が来るまでは・・・
ある日の午後、魔術の修行をひと通り終え、一休みしている最中にそれは現れた。
爆音と
猛火と
破壊と
恐怖と
死と共に。
「竜種」・・・・・幻想種の中でも最高位のそれが町を襲っていた。
未熟な自分でもわかる。あれは存在してはならないもの。存在そのものが恐怖。逃げ切れなければ待っているのは確実な死。
家族と一緒に逃げた。身を守る事は出来た。この身は魔術師だったし、父も母もいた。
たくさんの瓦礫とヒトだったものを横目に町を抜けるため全力で走った。
ようやく町の外にある森が見えてきた。助かる。そう思い安堵のため息をついた。
瞬間、後ろから死の象徴であるそれが迫っていた。
こちらが身を守るために用いた魔術行使を敵対意思と見なしたのか、
それともただ攻撃対象が自分達しか残っていなかったのか。
それは定かではないが、あれは確実に迫っていた。
一撃。何らかの魔術行使をしようとした父の頭を弾き飛ばす、
一撃。自分をかばうために前に出た母を紙くずの様に引き裂いた。
わずか数秒。その間に父と母はヒトではなくなった。残るは自分のみ。
コロサレル。
恐怖と絶望で身体が崩れ落ちる。
コロサレル。
脳に直に伝わる死のイメージを振り払えず。
コロサレル。
せめて苦しまなければいいなぁなんて思いながら目を閉じた。
それから数秒、何も変化を感じなかった。
もしかして本当に何も感じずに死んだのだろうか?
そんな疑問のこたえなのか。
目の前から竜の叫ぶ声が聞こえてきた。
驚きで眼を開けるとそこには不思議な光景が展開されていた。
片方の翼を切り裂かれ苦痛で叫ぶ竜と
真紅の槍を竜に向けて構えている蒼い痩躯の男がいた。
一目見ただけでわかる。大気さえも震えるほどの膨大な魔力
あれは人じゃない。人の形をしているが、人を超えた存在。
「はっ!まさか竜種とはな。抑止力ってのも悪かねぇ!」
男はそんなことを口にした瞬間、10メートル程の距離をわずか一足でゼロに縮め、槍を竜の身体へと突き出しそれを爪で相殺。尾を振るえばそれを紙一重で回避する。
こんな一進一退の攻防をどれくらい続けていたのだろうか。
その戦い激化してはいるが一方的だった。
身体中に無数にある斬り傷と刺し傷。竜はすでに瀕死。あと一突き心臓を刺せばそれは息絶えるだろう。
しかし男は忌々しそうに
「ちっ!まさかこの程度だったとはな。もういい、興ざめだ。さっさと逝け」
と呟くと同時に大きく後ろへと退いた。
その距離、約50メートル、着地すると同時に真上へと跳躍する。
「ゲイ・(突き穿つ)ボルク(死翔の槍)!!」
大気中のマナが槍へと収束される。男はそれを竜へと投擲した。
それはまるで彗星。紅く美しい直線を描き竜へと突き進む。
それを防ごうと残された翼を楯のように展開する。
しかしそれは無駄だった。
槍は翼などなかったかのようにそれを散らし身体を貫き最後は大地をも抉りそのまま大地に突き刺さった。
戦いは終わった。
竜はまだ生きているが心臓を貫かれ、もはや死に逝くのみ
それを確信したのか男はふぅと消え去っていった。
自分は見惚れていた。
あの人外の戦いは自分が置かれていた状況を忘れさせる程の力があった。
戦いの余韻に浸っていると竜がぐらりと首をこっちに向けてきた。
もはや生きているはずのないそれは生への執着からか力なき咆哮をあげながらこちらへと
向かって来る
一度は恐怖から脱した反動か足は動かずただそれが来るのを待っているだけだった。
竜は目の前に迫っている。おそらく自分を食べるつもりなのだろう。
こんな弱りきった敵にも抗えぬ自分を恨めしく思う。
せめて少しぐらい抵抗してから死んでやる。などと思い、眼を閉じ足を無理に動かし突進していった。
しかしそこには頭が無く、ただ首だけがあった。
そのすぐ隣には一度消えたはずの男が竜の首をぶら下げて立っていた。
それを見た瞬間、視界が赤く染まった。
竜の首から吹き出る血が身体を赤一色にした。
突然視界が赤から黒へと変わった。身体も段々と熱を帯び気が遠くなっていく。
そんな中
「竜の血を浴びたか。ついてないな坊主。まず死ぬだろうが、まぁ頑張るんだな。」
という言葉を聴いて意識を失った。
夢から覚めるとそこは自分の部屋だった。
過去の夢、久しぶりに見た夢。
夢では意識を失って終わるが、その後一命を取り留めた俺は父の友人の魔術師の養子となった。
竜の血を浴びた身体は魔術刻印をかき消され回路も半分近くを失ったが魔眼に目覚めた。
その後は時計塔へ通い今に至っている。
何かが違う。
前はこの夢を見た後はかなり疲れていた。
しかし今回は違う。
むしろ清々しい。
たぶんシロウの影響だ。
シロウのことをもっとよく知ればこの理由がわかるかもしれない。
そうと決まれば話は簡単だ。
早く宝具を造ろう。
よし、そうと決まれば決行は今日。
朝食を食べたら早速電話だ。
今日はいい一日になりそうだ。
続く