その身は、剣で出来た聖剣の鞘 第一部その15 傾:シリアス


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1: kouji (2004/03/29 12:47:02)[atlg2625dcmvzk84 at ezweb.ne.jp]

53セイバー視点

彼の話は終わった

最後はもはや強迫観念だった

正義の味方になどなれなかったのだと、彼は自嘲気味に呟いた

「最後に、一つだけ、君に頼みたいことがある」

「なんですか?」

輪郭が少しずつ崩れだしている、彼の言うように、残された時間は少ないのだろう

「セイバー…………
現代に、衛宮士郎のそば(ここ)に、残ってくれないか」

「あっ………………」

かすれた声で呟くように言ったその言葉

深く、それが心に突き刺さる

口にしてはいけない、それがどんなに自分の望みだとしても

それが許されないことだと                           かの者は常に独り、

叶わないことだと彼は知っている                   ならば、我が生涯に意味は不要ず

「できない!
私だってずっと士郎のそばにいたい!!
でも…………」

それでも、

「私は―――置き去りにしてきたものの為にも
ここに留まることは出来ない」

“我が身を穢すことが聖杯をえる手段であるのなら、
今宵、ひと時の夢全てを賭けて、その存在を否定しよう”

例えどれだけ残酷でも、夢は覚めなければいけない

遣り残してしまったことがある
置き去りにしてしまったものがある

「私は…………私はまだ、アーサー王だから…………」

あの丘に戻り、全てのことに幕を下ろさなくてはいけない

その先は言葉にならない

「ごめん………………
判ってはいたんだ…………でも……きっと…君がいないと…………あいつは……
いつか、俺と同じ場所に来てしまう……」

それは判ってる……それでも私は…………

「凛や桜には、きっと止められない…………
やっぱり駄目だな、俺…………君には無茶言ってばっかりだ…………」

彼は最後にそう告げて、陽炎のように消えた

「いいのですかセイバー?
現界を続けるだけであれば、リンやサクラたちならば可能だと思いますが?」

確認するようにライダーが問う、
それに、ゆっくりと首を振った

「私は、まだ英霊ではなく、英雄です、
私には、まだ、あの丘でやるべきことがあります……」

手に入らない夢を追い
ただの一度も立ち止まらず、ただの一度も振り返らない      
だから矛盾した全てを受け入れて
今宵、ひと時の夢を、最後まで駆け抜けよう
その道が間違っていなかったと、彼に、胸をはって言えるように……



54士郎視点

ぼうっとしている頭が、少しずつクリヤーになっていく

「気がつきましたか、シロウ」

「…………ん、
ライダー…………なんで?」

自分を見下ろす長身の女性、
家に残っているイリヤを護るために、残ってもらったはずのライダーに問う

「問題はありません、
それよりも、大丈夫ですか?」

「う〜ん…………
大丈夫みたいだ、なんか、アーチャーにやられた傷も治ってるみたいだし…………
ライダー、何かやったか?」

首を振って答えるライダー
どういうことだろう、俺の中にはもう鞘は無いはずなんだけど?

「士郎、気がついたんですね」

俺の様子に気がついたのか、セイバーがやってきて言った

鎧の下に着ていたものなのだろう、
何処と無くドレスのようなデザインの、独特の衣装だ
立ち上がってそれに答えてやる

あれ?

「セイバー…………
お前、泣いてるのか?」

頬に一筋、線が引かれている

「そんなことは…………」

言いかけたセイバーの顔をぬぐってやる

「泣いてるよ……
ごめん、なんか、また心配かけたみたいだ」

本当にどうしようもないな、俺は、

「士郎…………」

「さて、それじゃ、大聖杯とやらを、拝みに行くとしようか」

無理に笑って歩き出す
正直、身体は回復したものの、魔力その他は既に限界だ、
それでも負けるわけには行かない

桜を助けると決めた、
皆で帰ると決めた

きっとその中にセイバーは含まれない

その時は笑って別れようと決めた

でも、まだ今は走らないといけない

“ただの一度も立ち止まらず、ただの一度も振り返らない”

そう、決めたから
だから、今宵、このひと時の夢を、最後まで駆け抜けよう



55

「桜、遠坂はまだ生きてる」

爆散した宝石剣の光を見て、士郎たちが駆けつけたとき、
そこには、正気を取り戻して呆然としている間桐桜と、
腹部を貫かれ倒れた、遠坂凛の姿があった

「え?」

士郎の声に、桜が我に返った

「まだ助かる、大丈夫だ、
だから、帰ろう桜、みんなで」

「帰れません、私、いっぱい人を殺しました!
今だって姉さんを…………
そんな―――そんな人間にどうしろって言うんです?!
奪ってしまったものは返せない。私は多くの人を殺しました
それでも、それでも生きていけって言うんですか、先輩は……!?」

懇願と自責と後悔が彼女の中で渦を巻いていた

例え、彼女が元の一人の少女に戻った所で、
救いも、懺悔を聞き届けるものも居ない

「当然です、奪ったことが罪だというのなら、
その責任を果たすべきだ」

それに、セイバーが決然と言い放った

「サクラ……やり直しなど出来ない、
死者を蘇らせることは出来ず、起きた事は戻せず、
例え過去に戻りやり直そうと、そんなものは救いたりえない……
貴女の知る『衛宮士郎』はそうして生きてきました、
ならば貴女にもそれが出来るはずだ、
……弱いのなら、強くなればいい、
今は士郎がいて、リンも必ず助かります、
皆が必ずあなたを支えてくれるでしょう、
ですからサクラ、あなたも、強くあるべきだ」

言い切ってセイバーは、聖剣を手に、影に包まれた桜へと歩き出す

「セイバーさん!
駄目!! この子に触れたら……!!」

聖杯の中身、アンリマユの呪詛、サーヴァントの原型を犯したその呪い、はいかに力があろうと、
彼らにとって最悪の呪いであることに代わりは無い

一歩踏み込む

触れればただの呪いではすまない、
そして、『アレ』に取り込まれれば、彼女の剣は、即座に己が主に向かうであろう

だが、セイバーの歩みは止まらない

「サクラ、罪の重さも、負うべき咎も、私にはわからない」

群がろうとした影が、脅えた様に退いていく

「ですが、私も士郎も、貴女を救うためにここまで来ました
……それに、―――貴女達には、私がいなくなった後も、
士郎を支えていってもらわなくてはいけない―――」

セイバーが振るった聖剣が、桜を覆う影を払う

「セイバー……さん…………」

いつの間にか、セイバーは桜の前まで来ていた

「サクラ、貴女は私の大切な友人で、士郎にとってかけがえの無い人で、
リンの大切な妹だ、他の誰がどう言おうと、救う理由など、それだけで十分ではないですか」

「そうだ、だから帰ろう、桜!」

セイバーが払った後を追いついてきた士郎が、そう言った

「でも、『いなくなった後』って、セイバーさん…………」

桜は知っている、
士郎は、セイバーのそばに居るときが一番うれしそうだった、
セイバーは、士郎と居るときが一番キレイだった
それに嫉妬を覚えなかったはずは無い、
なぜ、彼の隣に居るのが彼女なのかと、思わなかったはずが無い
自分が彼らにとって大切だというのは本心だろう
だからと言って、自分に、その幸せと交換してまで、助けてもらう価値があるとは思えない

「どうして…………」

首を振って、二人は笑った
気にするな、と、些細なことだと二人は言った
等価交換と呼ぶには、余りにも大きな代償のはずなのに

士郎の手に、歪な短剣が握られる、

「おしおきだ、きついの行くから歯を食いしばれ」

はい、と静かに言って、少女は目を閉じた

逃げることは許されない、これはきっと、自分が一生のうちに背負う罪の中で最も重いものだから

そして、『破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)』が振り下ろされ、
黒い影から、間桐桜は開放された



56士郎視点

崩れ落ちる桜を、そっと支えてやる

「――――――――――――――――!!」

大空洞の中で、何かが吼えた

それが何かは判っている、
このくだらないことの元凶、桜の、遠坂の、イリヤの、そして俺たち全ての人生を狂わせたもの
三人の魔術師のくだらない悲願とやらの結晶、それに巣食った『この世、全ての悪』とか言う
ふざけた呪いだ

育ちすぎたな…………
もうこいつは桜を必要としていない、
大聖杯がある限り、いずれこの地上へと這い出してくる

「ライダー、リンと桜をお願いします」

同じようにそれを見上げていたセイバーが、ライダーにそういった

「どうするのです?」

問い返すライダー、その答えは決まっている

「ぶっ壊すのさ、大聖杯の足元まで行って、全力でぶったぎる!」

答えて、頷きあって、二人で歩き出す、
向かうのは大聖杯の術式、その真ん中に建つ黒い塔、
あの日から、あの土蔵で会ったときから、二人で来た、

それもこれが最後、

それを惜しんだりはしない、自分たちは、それを後悔しないと、
そう決めてここまで来たのだから

だから、最後まで、二人で行こう、
自分の答えに、胸を張れるように



57セイバー視点

リンとサクラをライダーに任せ、二人で歩き出す、

私は、あの丘に戻るために、

士郎は、この先へ踏み出すために、

アンリマユの鳴動のせいか、大空洞は崩落しかかっていて、今も瓦礫が降り注いでいる
その中を二人で歩く、告げる言葉はもはや無く、
敵ももはや居ない、だからこそ、この最後のときに―――

「言峰綺礼―――」

敵はいた、術式の中心、黒き塔の前に、
その男は立っていた

「何のつもりだ、今更お前の出る幕なんか無い」

士郎がそういう、
確かに今の今まで姿を現さなかったのは不思議ではあったが、
何故今頃出てくる?

「判りきったことを訊くな、
私の目的はただ一つ、この呪いを誕生させることのみだ」

莫迦な、この男は本気でいっているのか?

「―――なにを、お前にそんなことはできない、
それは、お前の重いどうりになるようなものじゃない」

「当然だな、私はこれに干渉できんし、する気も無い、
だが、あれ自身は生まれたがっている、
ならばそれを祝福するのは当然ではないか?」

心臓の辺りで、影が渦を巻く
まさか、この男も…………

「そうか、何故キリツグがあなたを倒せなかったのかがやっと判った」

「その通りだ、――――衛宮士郎、そしてセイバー
私の心臓は既に無い、有るのはこの呪いのカケラだけだ」

つまりこの男も士郎と同じ、
生きるための大事なものを決定的に欠いたまま、別のもので補って生きてきたのだ

ならばもはや、この男は、あの呪いの半身、

衛宮士郎が聖剣の鞘と同化した存在であるように、

言峰綺礼はアンリマユと同化した存在なのだ

「―――――最初にあんたに会ったとき、
アンタ俺に、『君の願いはようやくかなう』って言ったな」

ゆるぎない思いを込めて士郎が彼を見る、

「その通りだ、
――――――目の前に決定的な『悪』がある、
なら砕いてやるさ、
それが、正義の味方の役目だからな」

力強く言い切る、
それにうなづいて、私たちは走り出した







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