「士郎、セイバー。ルーマニアに行くわよ」
俺がエーデルフェルトさんの屋敷で働き初めて二週間が経った日。凛が怒りを顕わにしながら吐き捨てた。
「ルーマニア――ですか? リン、一体どうゆうことなのか説明を要求します」
「そうだぞ。判るように説明してくれ」
俺とセイバーが凛に尋ねる。凛は深い溜息をついた後、
「吸血鬼退治よ」
と、ヨクワカラナイコトヲクチニシタ。
「ルーマニアのトランシルヴァニア。吸血鬼ドラキュラとでも言えば有名でしょ? ドラキュラは完全な創作なんだけど、どっかの勘違いした死徒が自身をドラキュラだとしてトランシルヴァニアに居座ってるのよ」
「リン。それは不可解だ、そこまで判っていながら何故教会が出ない? 彼らは異端を許さないでしょう」
「そうなんだけどね。なんでも、埋葬機関第七位の代行者にその役割が行ったらしいんだけど、拒否したらしいのよ。詳しい理由は判ってないんだけど。
んで、魔術協会に頼んできたみたいよ。魔術協会も借りが作りたいのか、二つ返事で了解して、時計塔の生徒にやらせよう、ってことになったらしいわ」
凛とセイバーが二人で話し合っている。埋葬機関やら代行者などの知らない単語がどんどん凛の口から語られていく。セイバーには判るのか、怪訝な表情で凛に質問を繰り返していた。
「丁度良いことに、今、時計塔には英霊を使い魔にしている生徒が在籍してるからね。任せても大丈夫だと判断したんでしょ?」
「それが凛、だと?」
「ええ、本当はもう一人とペアを組んで、って言われたんだけどね。
士郎を連れてく気だし、必要ないって伝えといたわ」
ぽけー、としている俺を不可解に思えたのか、凛が眉を寄せ、
「何、他人事みたいな顔してるのよ。これは士郎が一番重要なんだからね」
「俺が一番重要?」
「当然でしょ。今は聖杯の助けがないんだから、セイバーが風王結界――いえ、鎧姿になっただけでも私の魔力が尽きるわよ。だったらどうすれば良いかは一目瞭然でしょ?」
「投影か? けど俺、エクスカリバーなんて――」
「エクスカリバーなんて投影しなくても良いわ。なんの為にいろいろ連れ回したと思ってるの?」
凛は、忘れたの? と目線で問いかけてきた。
倫敦 in the クリムズン・えびる 第五話
『時計塔に入学することは、魔術協会に属することと同義である。
故に、時計塔の生徒は、魔術協会に従う義務が生じることをここに了承するか?』
「なるほど、つまり吸血鬼には大別して二種類いるっていうことか?」
ルーマニアへの吸血鬼退治。その説明が凛からされた後に待っていたのは、吸血鬼の勉強だった。
出発は明日。随分と急な気がするが、凛から言わせると「一日前に知らされたのは僥倖」ということらしい。当日に知らされるのが普通らしいので、僥倖と言えなくはないんだろう。
「そう、真祖と死徒。真祖はここでは関係ないから、死徒について説明するわ。
トランシルヴァニアいるのは間違いなく死徒よ。だいたい死徒は、血を吸われるか魔術を究めて吸血鬼となった者を指すの。後者は稀だから、ここでは必要ないわ。
吸血鬼に血を吸われてから、通常はグールからリビングデッドを経てヴァンパイアになる。けれどコイツは別物だったらしくて、肉体に宿るポテンシャルが異常に高かったんでしょう、一気に過程を飛び越えたのよ」
「過程を飛び越えた?」
「ええ、コイツはいきなり吸血鬼になった。驚いたでしょうよ、気がついたら超越種になってるんだもの。まぁ、超越種と言っても欠陥品だけどね。
だから、コイツはせいぜい数年しか生きていないはず。それほど脅威ではないわ」
「次に吸血鬼の殲滅方法だけど、吸血鬼には基本的に復元呪詛で、短時間のうちに復元してしまう。
復元呪詛ってゆうのは、その名の通り、吸血鬼の肉体を復元する呪詛の事。傷を治療するのではなくて、破損した個所を元通りにするために時間を逆行させている。
それを防ぐのが、概念武装と呼ばれる類のものよ。復元呪詛を無効化する外的要因。例えば、銀で傷つけられた傷は癒えない。そうゆう類の物。
もちろん、私たちは概念武装なんて持ってない。ならどうするか、復元呪詛による復元速度を上回る規模の外的要因を与えれば良い。それが私たちには可能よ。
士郎の投影とセイバー。この死徒が二十七祖レベルではないかぎり、負けることはありえないわ」
「――ふむ」
さて、整理すると。
吸血鬼には二種類おり、今、問題となっているのは死徒だという事。
せいぜい数年しか生きていないはずで、それほど脅威ではないという事。
そして、死徒を倒す為には俺の投影とセイバーが必要不可欠だという事。
「以上で吸血鬼に関する講義は終わり。
詳しいことが知りたくなったら、時計塔で調べてみなさい。今回で最低限必要な事は説明したから」
それだけ言って、凛が椅子から立ち上がった。
「それじゃ、私はもう寝るけど」
「え? ああ、お疲れ様」
椅子に座ったまま、部屋に戻ろうとする凛を見上げる。
「士郎。トランシルヴァニアにいる死徒を救おうなんて考えないことね。死徒になった以上、人間に戻ることはありえない。それに、この死徒は既に人間を襲ってるはず。
だから――余計な感傷は持たないほうが良いわよ」
凛が部屋から出て行く。その言葉は、お互いの心情を表していた。
★
ルーマニアはその名の通り『ローマ人の地』でラテン系が多い。
「あら、ミス・トオサカ? どうなさったの?」
そのルーマニアのトランシルヴァニアのシルヴァは『森』で『森のかなた』という意味だとか。
「いえ、何でもありません事よ?」
アメリカのペンシルヴェニアのシルヴェと同じ意味で使われており、日本語訳だと『ペンの森』と訳せる。
「ただ――五月蝿い蝿がうろちょろしているな、と思いまして」
一般に東欧はスラヴ系民族が住んでいるが、例外としてルーマニアとハンガリーは違うらしい。
「そうですの? それは大変ですわねぇ」
――ごめんなさい。神様。現実逃避しないから、そろそろ助けて下さい。
★
ルーマニア入りし、シギショアラの街に降り立った俺たちを待っていたのは、エーデルフェルトさんだった。
凛なんか「先回りされてた――?」なんて言ったもんだから、さぁ大変。
なんでも、
『ええ、本当はもう一人とペアを組んで、って言われたんだけどね。
士郎を連れてく気だし、必要ないって伝えといたわ』
というのは、半分本当で半分嘘だったらしい。必要ないとは伝えたが、認められなかったんだとか。
そのペアというのが、エーデルフェルトさんで、今、凛と優雅に言い争っている。
――猫かぶってたんだな……
少しショックだったが、納得もいった。最近流れている『鉱石学科は危険だ!』という噂は、この二人が原因だろう。
言い争いながらもちゃっかりと死者を駆逐していくんだから、二人のレベルが知れようというものだ。
ちなみに俺とセイバーは対死徒用なので、二人の背後をついて行っている。
エーデルフェルトさんは、俺が凛の弟子だと言うことも知っていたらしく、ついでに半人前だと言う事も知っていた。
エーデルフェルトさん曰く「弟子に実践を見せる事も大事ですが、シロウを連れて来るなんて愚かを通り越して滑稽ですわ」とのこと。
凛はそれに反論しようと躍起になっていたが、俺が止めた。固有結界をバラしそうな剣幕だったからだ。
そんな凛が愛しくて仕方なかったりするんだから、俺も重症だろう。――自分ではへっぽこ、半人前とか言っておきながら、他人に貶されると、我が事のように怒ってくれるんだから。
まぁ実際のところ、俺が半人前なのは事実なので笑ってごまかしておいた。
――バックアップが無ければ、”Unlimited Blade Works”を起動できない俺は、半人前を通り越して、ただの素人と変わりないんだから。
拳銃の腕が超一流でも、銃がなければ役立たず。それと同じことだ。
けれど、そろそろ優雅に言い争うのも止めて欲しい。だって、死徒の根城と見られるヴラッド・ツェペシュ公が生まれた家が見えてきたのだから。
★
「ここ――ですわね?」
「ええ、死徒が『吸血鬼ドラキュラ』を名乗る以上、ここ以外にありえませんわ」
ヴラッド・ツェペシュ公が生まれた家は、現在レストランになっているとか。おそらくは改造されているだろうけれど。
ここが、死徒の根城なのだ。なんらかの魔術処置がとられているとも限らない。いや、魔術処置がとられている、と仮定して行動を起こさなければいけない。
「ここで二手に分かれましょう。私とミス・エーデルフェルト、士郎とセイバー。よろしいですわね?」
凛が視線で、私がエーデルフェルトを抑えとくわ。と伝えてくる。俺が投影をする以上、エーデルフェルトさんは邪魔なのだ。――失礼だけれど。
どんなことで、俺が固有結界を保有しているか知れたものじゃないので、時計塔でも投影と強化は行っていない。それが、俺の評価を恐ろしく下げているとしても。
「ええ、判りました、ミス・トオサカ。それでは、死徒を殲滅しに行きましょう」
二人がヴラッド・ツェペシュ公が生まれた家に入って行こうとする。
その瞬間、
二人がいる空間に、
無数の恐ろしいほどの線が――――
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
脳で理解する前に走り出した。二人と距離は離れていない、否、こんな距離あってないようなもの。二人を囲む『線』は、既に『線』ではなく、『棺桶』じみている。
……気づいていない。この異常に気づいたのは衛宮士郎のみ。セイバーでさえ反応してないのだ。
『線』が『棺桶』になるのにかかった時間は一秒と経っていない。衛宮士郎が二人に追いつくのにかかった時間は二秒ほど。
明暗を分けたのはそこなのか。驚く二人を連れ出そうとしたところで、『棺桶』が具現化した。
「士郎!」
「シロウ、何故貴方が!」
「助けに来たんだけどな、無駄、だったか――」
俺の言葉が決め手になったのかのように、『棺桶』が閉じた――。
★
「な――」
急に走り出した士郎。士郎が二人に追いついたと同時に現れた箱。
そして――消えてしまった。
「なんなのです、一体」
セイバーは呆然とするほかない。思わず呟いた言葉は誰に向けたものではない。
故に、
「あれ? 一人残っちゃた?」
現れた死徒に反応するのが、一瞬遅れてしまった。
「――!!」
首を掻ききる一撃を、上半身を逸らし回避する。同時に振るわれた薙ぎ払いを蹴り上げ逸らす。
背後の建物に衝突しかねないほどの力を持って離れる。――あの死徒には技術と言うものが全くない。不意打ちでなければ、通用しないことをセイバーは悟った。
死徒の一撃は、人にとっては必殺。だが、英霊であるセイバーには凡庸たる一撃だった。
「お姉ちゃん、何者? ボクのを避けるなんて信じられないことをするね?」
見た目は子供。言動から言っても精神年齢は低いだろう。
「アレは、あなたがしたのですか?」
「アレって、ああ! あの箱のこと? 凄いでしょ、アレの中に入るとね、もう出て来れないんだよー?」
小莫迦にするような口調。セイバーがギリと奥歯を鳴らす。凛との繋がりは切れていない、おそらくは結界の類だと判断する。
風王結界さえ使えれば、一瞬のうちにあの死徒を殲滅できる。だが、それは使えない。
凛がいくら天才とはいえ、英霊を使い魔にしているのだ。宝具を使ったらどうなるのかは目に見えている。
ならば、出来ることをするだけ。セイバーが構える。徒手空拳。
彼女は本来、セイバー。剣の英霊。
だがしかし、モンクというクラスがあればなってやろう。それほどの心境。それほどの覚悟。ならば、この身が遅れをとることなどありえるか。
――否。それは断じて否。
ならば、彼女を倒せるのはサーヴァントのみ。
それも当然。いま彼女はセイバーなどではなく、確かにモンクなのだから。
「やるつもりぃー? 無駄だよぉ。ボクはね、死ねないんだ。
――お父さんもお母さんもボクのせいで死んじゃた。
まるでドラキュラだよね? 血が欲しくて欲しくて堪らないんだ。
お姉ちゃんは、ボクのこと殺せるの――?」
一瞬で間合いを詰める死徒。それはまるで、突撃槍。
しかし、かのランサーより数段劣る一撃は、風王結界が無くとも避けることは容易だった。
★
『棺桶』が開く、いや、開くと言うのには語弊がある。
壊れる、というのが一番近いだろう。
「なんなのよ、ここ――?」
現れたのは、部屋。
鉄格子で囲まれた部屋。
広さは学校の教室、と言うのが一番近い。三人では多すぎる部屋には、数え切れないほどの骸骨があった。
少なく数えても三十人は下らない。その風景を見て――
――あるフウケイを思い出し、酷く、気分が悪くなった。
「気持ち悪いわね。この骸骨たちも――ってなるほど、そうゆうこと」
骸骨を見ていた凛の口調が変わる。心外だ、とでも言いたそうな口調。――もしくは、嵌められたとでも言おうか。
淡々とした物言いだからこそ判る。遠坂凛という少女は怒っている。間違いなく。それは衛宮士郎としての直感。けど、この直感は凛との生活で培われたもの。故に、凛について外れることなどありえない。
「騎士団。なるほどね。埋葬機関が動かないなら彼らがいる。それでも魔術教会に応援を要請するんだもの、つまりは」
――騎士団は既に全滅していた。そう、死をもって。
「ですが、ミス・トオサカ。派遣した騎士団が全滅したとはいえ、教会には騎士団が他にもいるはずでしょう。何ゆえ魔術教会に応援を?」
「はぁ、ミス・エーデルフェルト、貴方も案外ボケが上手いですわね。トランシルヴァニアには以前死徒が出現していますわ。しかも、教会が煮え湯を飲まされた二十七祖の一人が。
なら、派遣した騎士団が全滅した以上、教会が警戒するのも道理でしょう。
つまり、私たちは教会にとってバロメーターでしかない。トランシルヴァニアの死徒の能力を計るための道具。死んだなら、改めて埋葬機関を派遣。死徒を殲滅したならそれで良し。まんまと嵌められたものよね」
「トランシルヴァニアに出現した二十七祖……。――――ワラキアの夜。なるほど、ミス・トオサカの考察も案外正解かも知れません」
凛とエーデルフェルトさんとの話し合いを傍目に、解析を進める。
解析を進めるのだが――見えない。構成が、性質が、『 』が。判らない、判らない、判らない、判らない判らないわからないカワラナイ――。
「ちょ、士郎。何やってるの? 顔真っ青よ!」
――凛の声で、正気に戻った。
「すまん。解析してみたんだが、判らなくて――」
「解析を? 多分無駄よ。コイツは固有結界ね。死徒の中で固有結界を操れるのがいるって聞いたことがあるわ。コレはそうゆうものよ。ソレを解析なんてできるわけないわ」
「でしょうね。わたくしもミス・トオサカと同意見ですわ。二十七祖レベルなら固有結界を操ると聞きますし、あの死徒も同じなのでしょう。
全く、魔術協会もやってくれますね。教会の意図を知りながら了承したのでしょう。主席候補なら生き残れ、そんな声が聞こえてきそうですわ」
いや、それは違うぞ。二人が言うのには完璧な間違いがある。だって、
「固有結界で解析が不可能なら、なんで『線』が見えたんだ? 『線』が二人を囲んでいくから俺が助けに入ったんだけど」
「なっ」
「えっ?」
驚きの声。む、俺、変なこと言ったか?
「士郎、それは本当?」
「ああ、なんてゆうかな。空間に『線』が無数に走って、凛とエーデルフェルトさんを囲んで『棺桶』になった感じかな」
「ふーん、そうゆうこと。肉体に宿るポテンシャルが高くとも、ノーリスクで固有結界なんて扱えないか。結局は二十七祖に遠く及ばないワケね」
「ですわね。ですが、ミス・トオサカ。これが紛い物だとしても、わたくしたちの簡易礼装では破壊不可能です。ここにいた騎士たちも有名な概念武装を持っていたようですし、事体は好転していません。それに、騎士たちが骸骨化しているところを見るに、呪いの類が遣われていることは明白。なにか考えがありまして?」
紛い物。確かにその表現が的確だ。
これは現実を侵食なぞしていない。現実に上塗りされているもの。だからこそ、上塗りをしている最中は解析できたのだろう。
そして、この紛い物を破壊することは――
「ええ、紛い物ならどうとでもなりますわ」
――可能だ。
「本当ですの?」
凛が手持ちの宝石を全て出す。その数、五個。
「ええ、ミス・エーデルフェルト。ですので、私に手持ちの宝石を全て預けて貰えませんか?」
凛の真剣な面持ちに納得したのか、エーデルフェルトさんが凛に宝石を手渡す。その数、七個。
「ミス・トオサカ。預けるのです。きちんと返していただきますよ」
「わかっていますわ」
エーデルフェルトさんの宝石を右手へ、自分の宝石を左手へ。
「士郎、”Unlimited Blade Works”を起動して。ここが固有結界なら駄目だったろうけど、紛い物なら侵食できるはずよ」
――予測はしていた。遠坂の魔術師が得意とするのは魔力の流動と変換。宝石から魔力を取り出すくらい凛には朝飯前だろう。
けれど、”Unlimited Blade Works”を起動することは封印指定されることと同義だ。エーデルフェルトさんが黙っていてくれるなんて楽観視できないのだから。
というよりも、エーデルフェルト家は魔道の名門なのだ。黙っていてくれるはずがないだろう。
「わかった、凛」
だが、口から出たのは逆の言葉。それも当然、ココは呪いの塊だ。時間を掛けるのは愚かでしかない。なら、やることは一つ。
ふう、と息をはいて、
「――――I am the bone of my sword」
最初の呪文を口にする。
詠唱とは自己を変革させる暗示にすぎない。
「―――Steelismybody,and fireismyblood」
次の呪文を。
それだけで溢れ出した力は、瞬時に衛宮士郎の限度を満たす。
歯がゆい。いまだに衛宮士郎はここで限界なのか、と。
「―――I have created over athousand blades
Unaware of loss.
Nor aware of gain」
壊れる。
溢れ出す魔力。それが衛宮士郎の基盤を壊すが故に。
「―――Withstood pain to create weapons.
Waiting for one's arrival」
魔力が猛り狂う。
だが、そんなのは関係ない。
「――I have no regrets.This is the only path」
一の回路を壊した十の魔力は、百の回路を持って千の魔力を引き入れる。
「―――My whole life was “unlimited blade works”」
真名を口にする。
瞬間、宝石が十の砕けたのを見届け、
何もかもが壊れ、あらゆる物が再生した。
★
――炎が走る。
燃え盛る炎は鉄格子を溶かし、境界を作る為に排除する。
排除された鉄格子に行き場はない。ここは剣の丘。
故に、存在が許されるのは剣のみ。
「固有、結界――?」
エーデルフェルトの驚愕。それもそうだ、半人前扱いし、更には役立たずと言った相手が、魔術師最大の禁呪を持っていようと誰が想像できようか。
「士郎、死徒をお願い。ココにいるんでしょ?」
「ああ。任された」
そう言い、士郎が走り出した。賭けは私たちの勝ち、チェックメイトと言えるだろう。
「ミス・エーデルフェルト。彼が私の弟子ですわ」
誇示するように言う。――意外と私は執念深いようだ。
「固有結界保持者なのですか? 士郎は?」
「ええ、この際だし全部教えるわ。
魔術師が根源を目指しているのと同じことなのよ。
ただ、スタート地点が違うだけ、私たちがゼロから究極の一を目指すように、士郎は究極の一からゼロを目指している」
私の言い分が不思議なのか、エーデルフェルトは首を傾げ、
「シロウは既に究極の一に辿り着いているのでしょう? なら、何故、究極の一からゼロを目指す必要があるのです?」
「士郎は魔術師に成りたいわけじゃないのよ。成りたいのは『正義の味方』。究極の一で救えるのは一握り、なら救うためにゼロを目指してもおかしくはないでしょう?」
「『正義の味方』ですか?」
「そう、『正義の味方』。
あっと、ミス・エーデルフェルト。宝石のことですけれど、一生預からせて頂きます。
それと――決着はつけておきたかったですわ」
「え――? 何を――」
エーデルフェルトが消えたのを見届け、私は士郎の所へと向かった。
★
「あーあ、こんなに早くバレるなんてね。一年も経ってないじゃない」
「む。しかたないだろ」
私が向かった時には、既に死徒は消えていた。そして、灰となった死徒を抱きしめ、泣いていた士郎。
泣いていた士郎を見ると胸が痛んだが、今は強がっているのか私の軽口にも反応を示してくる。
――もう少し頼って欲しいと思うのは、私の我がままなんだろうか。
「リン、そんなことより、これからのほうが大事だ。まずはどうするつもりです?」
「冬木市に戻ろうと思うわ。まずはそれからね」
シギショアラの街を出た私たちはシビウの街に向かっている。シギショアラの街は死者で埋め尽くされていたけれど、エーデルフェルトなら大丈夫だろう。
「いえ、存外に苦労しましてよ? ミス・トオサカ」
そんなことを考えているとき。
なにか、キキタクナイ奴の声が聞こえた。
「エーデルフェルトさん! なんでここが!」
士郎が驚愕の声。それと同時に夫婦剣を構える。
いつの間に投影したのか、感嘆を覚えかねないほどの早さだった。
「なんで判ったのか、ですか? ミス・トオサカが私の宝石を持っている限り、どこに行ったとしても判りますわよ。
それに敵対する気はありません、その物騒なものを下げてくださらないこと?」
「リン、あなたと言う人は――」
セイバーが頭を抱えている。
――しかたないじゃない。遠坂がここ一番で大ポカをしでかすのはもう遺伝的なものなんだし。
まぁ、それよりも、
「敵対しないってどうゆうこと?」
「どうもこうもないですわ。私はミス・トオサカに置いていかれたんですもの。
まったく、時計塔からペアを組みなさい、と言われておきながら勝手に行くなんて。
そして今、着いたばかりなんですの。死徒はもういないようですし。
まったく、無駄足なんて。時間の無駄でしたわ」
なろほど、と思う。
エーデルフェルトは無かったことにしよう、と言っている。
だから、私は、
「残念でしたね。既に死徒を殲滅させて頂きました」
それに乗ることにした。
「あ、それとシロウ。わたくしのことはルヴィアと呼んでください。
ミス・トオサカ、宝石はきちっと返して頂きますからね」
ニコリ、と微笑むエーデルフェルト。
「な――!」
なんなんのだ、アイツは。自分から無かったことにしておこうと言い出しておいて。
とゆうよりも、よく考えればエーデルフェルトの命の恩人ではなかろうか、私たち。
士郎がいなければあの紛い物から出られなかったし、私がいなければ”Unlimited Blade Works”を起動できない。セイバーがいなければ死徒を殲滅できなかった。
なんかムカついてきた。私でさえ名前で呼ばれるのに一悶着あったとゆうのに、「ルヴィアと呼んでください」だと! しかも士郎、ルヴィアって呼んでるし。
ふふふ。なんか、全てを壊したい気分。特に士郎。
幸い、こっちには宝石が二個残っている。アメジストとガーネット。
我慢する必要があろうか、いやない。即決。一秒。
地獄を見せてあげるわ。とことん、嫌っていうぐらい、執拗にね。
「――――Anfang――――」
一応、あとがき
書き直しました。微妙に。
以前のを読んだ人ならその違いに気づくと思います。
死徒との戦闘が描写されてないのは仕様です。
第六話に書かれていますが、一瞬で終わります。
というか、バトル難しいですね。死徒対セイバー(徒手空拳ver)も書き直そうと思ったのですが無理でした。というか、シリアスはムズい。もっと勉強しないとなぁ。
それでは。次回もお付き合い下さい。
そこには、俺が殺したはずの死徒がいた。
見た目は小学生ぐらい。刈り上げている髪が少し不恰好だった。
その姿が、イリヤに被る。俺がスクエナカッタ少女。タスケラレナカッタ少女。――なんで……、今ごろ。
「お兄ちゃん。ボクのこと殺して楽しかった?」
邪気のない笑み。あの死徒は本心で言っている。
楽しかったのか、と。自分を殺すことがタノシカッタノカ、と聞いている。
そんなことあるわけない! と叫ぼうとしても口は動かず。
死徒はにこやかに笑いながら、
「痛かったよ? 本当に。だって、死んじゃったんだから」
と、口にした。
フラシュバックするのは、アノ風景。
セイバーと隣接格闘を繰り広げていた死徒。傍目からみても、死徒が劣勢なのは明らかだった。
技術、速さ、間合い。全てにおいてセイバーが勝っており、復元呪詛がなければ勝負はとっくに決まっていただろう。
だから、俺は決めてとなる剣をセイバーに投げ、受け取ったセイバーが一撃で死徒を文字通り『殺した』。
それは戦闘と呼ぶのもおこがましい行為。
その結果、死徒は消え、その後の事はよく――覚えていない。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、なんでボクの事殺したの?」
そして死徒は、衛宮士郎が最も聞きたくない言葉を――
「ボクは助けて欲しかったのに。救って欲しかったのに」
――言った。
倫敦 in the クリムズン・えびる 第六話
「衛宮さま。どうなさったのです? 最近の衛宮さまは何処かおかしいですよ?」
「そうですよ、衛宮さん。なにか心配ごとがあるなら、手伝うくらいはしますよー?」
「シロウ、最近のあなたはおかしい。どうかしたのですか? 相談事なら引き受けましょう」
「士郎、どうしたの? 最近覇気が感じられないわよ?」
「シロウ、わたくしに出来ることならば言いなさい。エーデルフェルト家の執事である貴方がそんな調子では、心休まりませんわ」
「エミヤ、どうかしたのか? 悩んでるなんてらしくないぞ」
トランシルヴァニアの事件から一週間が経った。トランシルヴァニアに巣くった死徒は消え、教会が騎士団を派遣したことにより、死者もいなくなったんだとか。
俺の固有結界のことがルヴィア(さんを付けると怒られる)にバレたりしたが、ルヴィアは見なかったことにするらしく、封印指定に成らずにすんだ。
死徒を殲滅したのはセイバーの宝具、と説明した凛は時計塔に多大な衝撃を与え、今期の主席はもう決まったも同然らしい。
ルヴィアは納得がいかないのか、「本当にいいのですか! シロウ!」と俺に主張したが、俺に言われても困るのだ。
セイバーは今回の件で「剣が必要です」とぶつぶつ言っていた。少し怖かったのは秘密だ。
そして、俺は――。
★
「姉さん」
いつものように、掃除をしているわたしを呼び止めたのはレッセちゃん。
最近レッセちゃんから会話を振ってくれることが多くて、お姉ちゃんはハッピーです。
まぁ、会話内容が全部衛宮さんがらみなのは、目を瞑ってあげましょう。
お姉ちゃんは優しいのです。
「どうかしたのー?」
「衛宮さまのことです。トランシルヴァニアで何かあったとしか思えない衰弱ぶりではないですか。お嬢様がいうには、ただ死徒を殲滅しただけ。だそうですが、わたしには信じられません」
元々レッセちゃんは会話が得意ではありません。そのレッセちゃんがここまで饒舌になるのだから、衛宮さんをどれだけ大事に思っているのか知れようというものです。
ちょっと、ジェラシーです。
ですが、わたしはお姉ちゃんです。妹の悩みに答えてあげましょう。
「でも、衛宮さんに尋ねてもはぐらかすだけですよ? レッセちゃんがどんなに心配しても、意味がないでしょ?」
「ですが、それでも力になりたいと思うのはいけませんか?」
ああ、レッセちゃん! なんでそんなに潤んだ目でお姉ちゃんを見るんですか!
「衛宮さまを心配してはいけませんか?」
健気です、健気ですよぉー。殿方が言う、メイド属性とやらが理解できそうです。確かに、これはキますねぇー。
「レッセちゃん! かわいいっ!」
「なっ! 姉さん!」
抱きつこうとしたわたしを最小限の動きで避けるレッセちゃん。流石はターゲスアンブルーフ家の跡取りです。
ですが、避けることはないと思うのです。姉妹のシキンシップくらい減るもんじゃないでしょうに。
「衛宮さんなら避けないくせに」
じとー、と睨みつけながら言ってしまいました。
レッセちゃんはボッ、と顔を真っ赤にすると俯いてしまいました。おそらくは、抱きつかれたことを想像しているのでしょう。
「いえ、衛宮さまがわたしに抱きつくなんて……。駄目とか、そうゆうわけではなく……、どうしてもと言うなら、わたしも吝かではありませんが。だからと言って、そんなはしたない――」
レッセちゃんが旅立ってしまいました。妄想癖もここまでくると立派な才能でしょう。
レッセちゃんの気持ちも判らなくはないんですがね。エーデルフェルト家に仕えるためだけにわたしたちは生まれましたが、人としての楽しみは捨てていません。
お嬢様も歴代のエーデルフェルト家のなかで、かなりの人格者ですし、わたしたちは裕福だと実感しています。
ですが、欠点を言えば、素敵な殿方との出会いがない。ということでしょうか。
贔屓目に見てもレッセちゃんはかなりの美人です。腰まで伸びた銀髪に、引き締まった肢体。さながら、月夜に浮かぶバラの様。
レッセちゃんが微笑んだなら、そこら辺の殿方は一ころでしょう。
一ころ、何ですが、出会いがなければどうにもなりませんし、そもそもレッセちゃんは世間知らずです。
ターゲスアンブルーフ家の跡取りであるレッセちゃんは、箱入り娘なんて表現が甘すぎるほどに大事に育てられました。
箸より重いものを持ったことがない、どころではなく、空気より重いものを持ったことがない。とでも説明すればわかり易いでしょう。
そんなレッセちゃんです。流石に、今は箸より重いものを持って仕事をしていますが、ターゲスアンブルーフ家の可愛がり方は異常です。
そんなものですから、レッセちゃんが始めて話した異性はおそらく衛宮さんです。
衛宮さんはそこら辺の殿方と違い、誠実ですし真面目です(他の方が駄目というわけではありません)。
レッセちゃんにも優しく接していますし、下心なんて皆無でしょう。
まぁ、下心があった場合はレッセちゃんが気づきますが。
衛宮さんがエーデルフェルト家に執事となって約三週間。その間にレッセちゃんが恋に落ちるような、明確なイベントは発生していません。
ただ、一日、一日ごとにレッセちゃんの衛宮さんを見る目が変わってきました。
初日は仕事を取られないように、と躍起になって。二日目は躍起になって、失敗したことを助けて貰って。三日目には日本茶の美味しい入れ方を教えて貰って。四日目には――。
決め手となったのは一週間前、トランシルヴァニアの事件でしょう。
トランシルヴァニアの事件から帰ってきた衛宮さんは、変わっていました。
何処がどう変わった、というわけではなく、雰囲気が危うくなったのです。
まるで、ガラス細工のような儚さ。触れると壊れる、そう直感的に感じてしまうのです。
それは、遠坂さんやその使い魔のセイバーさん。お嬢様にレッセちゃんも感じているらしく、踏み込めないでいます。
踏み込めないでいるのですが、レッセちゃんはどうにかしたいと考えているのでしょう。
最近、衛宮さんの話題しかしなくなったのです。
「レッセちゃんは衛宮さんのこと好きなの?」
ふいに、そう口から出てしまいました。
「え? ええええええええ! わたっ、わたしが、えみやさまのことを、す……、っすきだなんて……、そ、そんな」
ぶつぶつ呟いていたレッセちゃんが息を吹き返し、またもや顔を真っ赤にしてしまいました。
それだけで一目瞭然。レッセちゃんは、衛宮さんのこと好きなのですね。再確認です。
ちょっと嫌ですが、妹の恋路を実らせるのもお姉ちゃんの仕事と割り切りましょう。
――衛宮さんが憎いです。レッセちゃんはターゲスアンブルーフ家のマスコットなのに。
「衛宮さんが好きなら、お姉ちゃん手伝ってあげても良いよ?」
「え!」
顔を真っ赤にしていたレッセちゃんが、わたしの言葉に反応します。
その目に映るのは期待と尊敬――。
ふふん、お姉ちゃん鼻高々です。
「本当! 姉さん! 手伝ってくれるの!」
「もちろんよ。お姉ちゃんが約束破ったことないでしょ?」
必死の形相でわたしにレッセちゃんが掴みかかってきました。
個人的には、掴みかかるんではなく、抱きついて欲しかったところです。
「まずは、衛宮さんが何に悩んでいるかですね。レッセちゃん、わたしは手伝うだけですよ? わかってますね?」
「わかってます! 姉さん!」
いい返事です。お姉ちゃん感動しちゃいました。
この恋が実っても、実らなくてもレッセちゃんには良い経験になるでしょう。
わたしも一肌脱ぎますかー。
時計塔。
鉱石学科。
その教室。
「ねぇ、ミス・エーデルフェルト」
「なんですの? ミス・トオサカ」
かつては小綺麗で合った教室は半壊し、見るも無残な状態。
それも仕方ないと言える。私とエーデルフェルトの小競り合いで、その原型が残っているはずがないのだ。
「なんでこんなことになったのかしら?」
「さあ? わたくしに聞かれましても」
全く悪びれていないエーデルフェルト。それは私にも言えることだが。
「二人とも……」
私たちのやり取りを見ていたセイバーが頭を抱える。――仕方ないじゃない。もうこれで四回目なのだし。
とゆうよりも、これは遅れてきたセイバーが悪くは無かろうか。セイバーさえ遅れてこなかったら、エーデルフェルトと二人になることもなかったのだ。
うん、セイバーが悪い。今決めた。
「シロウの様子が変だからと言って、ココに呼んだのはリンでしょう。それが何故こんなになっているのか、説明を求めたいのですが」
「説明も何もありませんわ。シロウのことを話し合っていただけですのよ?」
エーデルフェルトがそう主張する。それには私も同感だ。
まぁもっとも、話し合い以上になってしまったからこそ、こんな惨劇が起こったわけだが。
「はぁ、いいですけど」
半壊した教室。ぼろぼろになった学友たち。まるで台風が通った後のような風景を見ても「はぁ、いいですけど」で済ませられる辺り、セイバーもなかなかのもんだと思う。
「問題はシロウですし。最近のシロウの様子が変だというのには私も同感です。きっかけはやはりトランシルヴァニアの死徒でしょう」
「ええ、だからこそセイバーを呼んだのよ。私が行ったときにはもう決着がついていたし」
「それでは何故、わたくしも呼んだのです?」
「手駒は多いほうが良いわ。癪だけど、士郎を相談できる時計塔の知り合いはアンタぐらいだし、プライドなんかに拘ってる暇はないのよ」
トランシルヴァニアの事件からもう一週間。ごたごたしていたせいで、士郎の問題を先送りにしていたのが悪かった。傍目でも士郎がおかしいのは一目瞭然。そろそろどうにかしないと、士郎が消えてしまう――気が、する。
嫌な想像をしてしまった。士郎が消えてしまうなんてことはありえない。士郎をアイツにしないための苦労が水の泡じゃない。それに、士郎は強い。精神的に、それは聖杯戦争を一緒に戦った私だからこそ知っていること。だから、私たちがするのは士郎を助けることじゃなく手助けすることだ。
だからこそ、私は――
「セイバー。ミス・エーデルフェルト。力を貸してもらうわよ」
――士郎のパートナーなのだから。
倫敦 in the クリムズン・えびる 第七話
「姉さん? ここって時計塔ですよね?」
思い立ったらすぐ行動が基本の私にとって、レッセちゃんの恋路でさえも例外ではないのです。
協力宣言をしたわたしは、屋敷の掃除を中断して時計塔にやってきました。
目的地は時計塔三階の突き当たりの右。講師専用の工房です。
ふふふふふ。レッセちゃんが衛宮さんに取られるのは悔しいですが、それはそれ、いざとなったら三人という手もありますので、わたしはキューピットに勤しみましょう。
「そうよー、レッセちゃんの恋を実らせる為にはまず、衛宮さんの悩み解決からだからね。衛宮さんに聞いても教えてもらえないなら、この手しかないのよー」
くるくるくるー、と回りながら説明するわたしを溜息ながらに見守るレッセちゃん。
ああ、萌えますねぇー。物憂げな表情がなんともそそりますよぉー。
「まぁ、姉さんを信用していますし、そ……、その、え…、衛宮さまとの仲を取り持って貰えるのなら文句は言いません」
うーむ、レッセちゃんをココまで壊せるなんて衛宮さん恐るべし。
「まぁねぇ、役得目当てだから、レッセちゃんも気にしなくて良いよー?」
「役得……ですか?」
「そうそう、レッセちゃんの恋が実り次第に貰える予定―」
はぁ、なんて言いながらついて来るレッセちゃん。
既に三階まで上って来ているわたしたちは、あと少しで目的地に着くことができます。
「それで、その……ココまで来てなんですが、誰に会いに来たんですか?」
「んー? 会って見れば判るかも。あ、着いたねー。ノックするよー?」
コンコン、とノックした私に、
「何用だ、金ならないぞ。他当たれ」
との返事が返されました。
「ターゲスアンブルーフです。コネ欲しくありませんかー?」
わたしがそれを言い終える前にドアが開き、
「欲しい」
約140cmの女の子が現れました。
★
ノルン・クロイツ。
身長143cm。体重不明。
年齢不詳。
魔眼持ち。
ロンドンの時計塔で唯一、分割思考を習得。
分割思考と魔眼により二秒先の未来を予測できる。
二つ名を『ラプラス』。
分割思考と魔眼による未来予測の他に、エーテライトの様な魂への強制介入方法を取得しているとの情報。
蔑称として『コピーキャット(泥棒猫)』。
現在、弟子が一人。名をルース・アルティス・クロイツ。
注>生活能力皆無
★
「と、いうわけでして、ノルンさんを尋ねてきたわけですよ」
ノルンさんは身長140cm程の可愛らしい少女です。掛けている眼鏡はルースさんからプレゼントされた魔眼殺しだとか。
それよりも気になるのは、ノルンさんの着ている服です。
黒いドレスっぽいんですが、フリルがいっぱい付いています。ゴシック様式――なんでしょうか? よくわかりません。
ノルンさんは「ふふん。ゴスロリというやつだそうだ。ルースがプレゼントしてくれたんだ」なんて説明して下さいましたが、意味が不明です。というよりも自慢ですか?
――ですが、アレをレッセちゃんに着せたいです。たぶんよく似合います。注文しときましょう。
「なるほどな。そのエミヤシロウを『視』ればいいんだな?」
「ええ、ノルンさんの過去視なら十分です」
魔眼。この魔術師による一工程の魔術は、受動器官である眼球を能動器官に変えたものです。
過去視。他人の過去を疑似体験してしまうそれは、他人との記憶の混濁を起こしてしまいます。ですが、ノルンさんは違い、分割思考により必要な情報のみを振り分けることができるそうです。故に『コピーキャット(泥棒猫)』と呼ばれています。
時計塔では未来予測がノルンさんの本質だと思っていますが、それは間違っているのです。
何故こんなことを知っているのかは企業秘密と言うことで。レッセちゃんもわたしたちの会話についてこれず、ぽけーっとしていますし。
「任せておけ、ターゲスアンブルーフにコネが作れるならそれぐらいしよう。だが、厄介だな。そのエミヤシロウというのを私は知らん。説明してくれるか?」
「任せて下さい。特徴はですねぇ――」
★
「ん、ルース? どうかしたか?」
「いや、なんかな。悪寒というかなんというか。人間として最も受けたくない称号を受けたような感じだ」
「意味不明だぞ。それ」
寄宿舎の工房。ルースの師匠であるノルンさんのお下がりだというそこは、全く持って立派なものだった。
よくわからない魔具もたくさんあったが、講師レベルの工房だとは容易に想像がつく。まぁ、工房に良し悪しなんて関係ないかもしれないけど。
なんでも、『魔剣』の製作を頼まれたらしいルースは、俺に解析を頼みたいんだと言う。
二つ返事で来たのだが、
「ルース、『魔剣』なんて無いじゃないか」
そう、『魔剣』なんて有りはしなかった。
「いや、『魔剣』は別の部屋にある。エミヤに解析を頼みたかったのは本当だが、それよりも大事なことがあるだろう?」
「大事、なこと?」
「ああ。お前は、何に怯えている? 何を怖がっている? 何を――考えているんだ?」
ルースは俺の目を見て言う。それを誤魔化すなどできようものか。
けれど、それは衛宮士郎にとって拷問にも近い問い。
目に映るのは、今でもアノ光景。
死徒が最後に言った言葉。その風景。
「聞かせてくれ。俺が、お前の親友なら――」
衛宮士郎を呪った出来事。
それを説明できようものか――。
『魔剣』の解析を終えたエミヤが出て行って一時間ほど。
交わした言葉は少なく。交わすほどの意味も無く。
エミヤの考えが、判らなかった。
「知りたいか? ルース」
「いえ、『千里眼』でしょう? そんなのは意味がありませんよ。師匠」
俺の考えを『視』たのか、気配なく師匠が問う。
けれど、そんなものになんの意味があろうか。『千里眼』で知りえた知識に意味は無い。
全てを知りえる故の無意味さ。
そう、全てを知りえる時点で、それは知識で無くなるのだから。
「それでこそ我が選んだ男よ。ルース、我は誇りに思うぞ」
トンッ、と軽やかな音を立て、師匠が目の前に現れる。
身長130cm程の身を包むのは、黒を主体としたゴシック調のドレス。
言葉使いこそ時代がかかっているが、元々師匠は可愛いもの、甘いものに目が無い。
見た目道理のお子様師匠だ。
「誇りに思うが、―――死にたいか?」
微笑を浮かべながら近づいてくる師匠。師匠の前では隠しごとはできない。『千里眼』は全てを見通す目なのだし。
それと師匠をお子様、と表現するのは、封印指定となった某人形遣いに「くすんだ赤」というようなものだ。
けど、
「飴? 要ります?」
「欲しい」
やっぱり、師匠はお子様なのだ。
倫敦 in the クリムズン・えびる 第八話
姉さんに連れられ、ノルンさんを尋ねたわたし。
目的は衛宮さまの悩みを解決すること。
ですが、過去視による擬似体験は、その目的を完全に打ち砕いてしまいました。
衛宮さまの過去は恐ろしいほどまでに虚像。
英霊エミヤ。固有結界。正義の味方。そして、遠坂凛。
知りたくもないことまで知ってしまったわたしは、衛宮さまを本当に好きなのでしょうか?
いえ、確かにわたしは衛宮さまを好きで、愛しています。
けれど、それは言い訳にしかなりません。悩みを解決するという偽善のもとに衛宮さまの過去を覗き見たのは許されざるべきです。
――それにわたしは、遠坂凛という少女と楽しそうに微笑む衛宮さまなんて、見たくなかった。
涙が溢れて来ました。衛宮さまが愛しているのは、遠坂凛という少女だということを知って。
知りたくなかった。こんなことなら一緒に仕事ができるだけで、満足していればよかった。
知りたくなかった。もっと、夢に浸らせていて欲しかった。
知りたくなかった。もっと、衛宮さまを憧れていたかった。
知りたくなかった! 知りたくなかった!! 知りたくなかった!!!
衛宮さまにはわたしを見ていて欲しかった!
「レッセちゃん? ごめんね」
わたしが泣いているのを見て姉さんが謝ってきます。
それを見て、どうしようもなく自己嫌悪に陥りました。
姉さんは、わたしを手助けしてくれただけなのに。
「もうすぐで屋敷に着くから。本当にごめんね」
泣き続けるわたしと謝り続ける姉さん。
そしてわたしたちは、言葉数少ないままに屋敷へと戻りました。
★
士郎をどうにかしようとセイバー、エーデルフェルトに相談した結果、まずはエーデルフェルトの屋敷で話し合うことになった。
話し合うと言っても、私は士郎がどうしてあんな風になったのか想像がついている。
士郎は、トランシルヴァニアの死徒を救えなかった事を後悔しているのだろう。
正義の味方。矛盾するこの存在はしかし、士郎の目指す一つの形。
借り物の理想。偽者の理想。――それを認めてもなお貫く『信念』は確かに本物。
ならば――
――その『信念』さえ揺らぐ時、『正義の味方』に意味は無い。
おそらくはそうゆうことだ。
士郎は今、苦しんでいる。アイツとの決着をつけたと言っても、それはアイツのように苦しんでいなかったから。
酷い言い草かも知れない。けれど、これは士郎に対する二つ目の試練。
一度目は自分の未来。
二度目は人間を糧とする吸血鬼。
正義とは善じゃない。その人が正しいと思った、行動した道理のこと。
ならば、人間を糧とする吸血鬼の行動も正義と言える。血を吸わなければ生きていけない。ならば、血を吸うことが正義でなくてなんなのか。
つまりそれは、弱肉強食。人間が牛、鳥、豚を食べるように、吸血鬼が人間を食べるだけ。
そこには、善も悪も存在しない。
故に、正義。
故に、衛宮士郎の二度目の試練。
「リンは酷いですね」
「そう? これが現実よ。生きたいと思うのは人として当然の欲求でしょう? なら、邪魔になる存在はいない方が有利だし」
そうでしょう? とエーデルフェルトに目線で問う。時計塔で散々対立する私たちだが、根本的な考え方は酷く似ているのだ。
「そうですね。わたくしもミス・トオサカに同感ですわ。結局のところ、我が身が一番可愛い、と言ったところでしょうか」
それを聞いたセイバーが眉を寄せ、
「二人の考えには共感しかねますが、納得はしています。
ですが、シロウにそれは当てはまらない。彼が一番可愛いと思っているのは、他人ですから」
「ええ、だからこその『正義の味方』なんでしょうね。自己犠牲のもとに成り立つ『正義の味方』なんてほとほと困りものだけど」
ハァ、と溜息をついて、
「だから私たちが、傷ついた士郎を癒さないと駄目なのよ。士郎が『正義の味方』として傷ついても、また『正義の味方』として立ち上がれるように」
「そうですわね。シロウは命の恩人のですし」
「ええ、その通りだ。それでこそリンらしい」
そして、三人の意見がまとまった時、
「あれ? お客様ですか?」
「――――――」
子犬ちっくなメイドとえぐえぐ泣いているメイドがドアを開け、入ってきた。