倫敦 in the クリムズン・えびる 第一話から第四話まで(M:凛? 傾:ほのぼの)


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1: zyu (2004/03/29 04:58:41)[chibatakubon at yahoo.co.jp]

 英霊エミヤ。

 衛宮士郎の理想の果てに、絶望しか見出すことができなかった人物。

 借り物の理想を追い求め、正義の味方になろうとし、結果として全てを恨むようになる衛宮士郎の未来の形。

 実際、それはアイツが言ったように『道化』だったのだろう。

 だからこそ、アイツが最も恨んだのは自分自身。――過去の衛宮士郎。『借り物の理想』を追い求めていた事実。

 それはある意味、英霊エミヤの信念。

 けれど、そんなものは認められない。英霊エミヤに信念があるように、衛宮士郎にも信念はある。

 それは――借り物ではない『衛宮士郎』の信念。

 それが食い違っているのは当たり前のことだった。だからこそ、必然の元に起こった決闘。だからこそ、決定した――結末。

 そう、衛宮士郎の勝利によって。






 倫敦 in the クリムズン・えびる 第一話




『まず、士郎が時計塔でしちゃいけないのは何? まあ、今さら確認すべきことじゃないんだけど』

『わかってるよ、遠坂。そんな何度も確認しなくても良いだろ?』

『けれど、本当にわかっているのですか? 例外はありません。どんな形であれ、シロウがしてはいけないこと、それは――――』

『セイバーもしつこいとゆうか、頑固というか。考えてもみろ、俺が遠坂を悲しむようなことすると思うか?』

『そうですね、ええ。シロウを信じましょう。ですが、訂正を要求します。悲しむのはリンだけではありません。私もです』

『もちろんだ、セイバー。喜んで訂正させてもらうぞ。うん』

『なんで私が蚊帳の外なのよ――――! てゆうより、二人とも見つめあうの止めなさい。士郎は私のものなんだからね――――!』


                  ★


 遠坂が時計塔への招待を受けたのが一年前。なんでも、聖杯戦争がらみで冬木市の管理者である遠坂家に時計塔から手紙が来たんだそうだ。

 内容はと言うと、簡潔にいえば時計塔への留学案内。まあ、そんな簡単なものではないんだろうな、とは想像がついた。

 というのも、魔術協会が、遠坂の使い魔としていまだ現界しているセイバーのことを知っているからだ。

 極東の地、日本。ここは魔術協会の監視が甘い、とオヤジも言っていた。現に、遠坂も魔術協会の監視が甘いからこそ冬木市で聖杯戦争が始まったのだ、と説明してくれたし。

 なら、なぜセイバーのことが知られているのか。答えは余りにも簡単だった。言峰綺礼の後釜として来た神父が説明したからだ。

 いや、神父じゃないな。魔女か。言峰綺礼の娘だなんて、はっきり言って魔女以外のなにものでもない。セイバーのことを知らせたのも嫌がらせだって丁寧に説明してくれたし。

 しかも、見た目が良いから始末に終えない。いや、違うな、多分後ろめたいんだろう。俺も遠坂も。どんな形であれ、言峰綺礼は父親だったのだ。

 そんな感傷を持ったのが、いけなかったのかもしれない。

 事ここに至って、俺と遠坂は気づいたのだ。

――時計塔に行かなければヤバイ、と。

 言峰綺礼の娘によって、冬木市にセイバー――英霊――が居るのだと知られているのだ。それはつまり、冬木市の監視が強くなることを示している。

 セイバーが監視されるのは構わないんだが(いや、構うけど)、俺は固有結界を保有している。万一、魔術協会に知られた場合遠坂が言うには封印指定となり、強制的にその名の通り封印されるらしい。

 それは困る。なにが困るって言えば、遠坂と離れ離れになるのが一番困る。――そう、衛宮士郎は遠坂凛を愛しているのだから。

 灯台下暗し――というわけではないが、結果として俺と遠坂、そしてセイバーは時計塔へ留学することになった。俺は凛の弟子として。

 そして俺たちは、高校卒業と同時に渡英した。

 虎とか寅とかトラとかタイガーとかを説得するのは大変だったけれども。


                  ★


 霧の都、ロンドン。と言ってもスモッグで、大気汚染災害事件なのだ、と保険で習ってことがある。死者が4000人以上も出たとか。今ではそんなこともなく、本来の霧が発生するのは年に数回らしい。

 霧が毎日のように発生してたら、それこそ魔都倫敦よね、とは遠坂の談だ。

 まぁ、実際のところ、霧に迎えられることもなく俺たちはロンドンに着いた。

 約一週間のホテル生活。

 そしてつい先程、荷物が届いたとの連絡を受け、現在、寄宿舎に向かう途中。

 荷物は部屋に全て運び済み、とのこと。遠坂はスキップでも踏みそうなほど上機嫌で一足先に向かっていた。

 一足先、とは言っても、つい先ほどまでは一緒にいたのだ。寄宿舎が見えてきた辺りから上機嫌になった遠坂は、待ちきれないとでもいうように早足で向かったのだった、と。


――子供かよ、アイツ。けど、それを可愛いと思っている自分を発見しました。マル。


「リンも現金なものですね。ホテル暮らしで、機嫌が悪かったのが嘘のようだ」

 セイバーが穏やかな笑顔で、そんなことを言った。けれど、それが間違っていることを他ならぬ被害者である俺は知っている。

 一番機嫌が悪かったのはセイバーだった。ホテル暮らしと言っても、高級ホテルなんかじゃない。日本で言う、ビジネスホテルのようなところだ。

 別に、高級ホテル並みのところに泊まるつもりはなかったし、なにかと金がかかる遠坂の魔術のために、出費は抑えておかなければならない。なら、自然と泊まるホテルのレベルは決まっていたといっても過言じゃない。

 見逃していたのは、セイバーの食に対するこだわり。この一点のみだった。

 機内食を不精不精食べていたセイバーも、さすがにあれには耐えられなかったらしく「料理長をここに連れてきなさい!」と鎧姿になりそうな剣幕で、スタッフに詰め寄っていた。あれがアーサー王だと思い、泣きそうになったのは秘密だ。遠坂も同意見だったらしくあからさまに目を逸らし、無関係だと主張していた。

 もちろん、ビジネスホテル並みのところに料理長なぞいるはずもなく、なぜか俺が料理を作っていた。そしてそのまま料理長みたいな立場に祭り上げられ、一週間のうち半分以上を厨房で過ごしていた。

 もちろん、その間に遠坂と二人きりは元より、会話すら満足にできなかったのだ。遠坂が不機嫌だった理由がコレだろう。うん、このぐらいなら自惚れても良いと思う。

 そう考えると、元凶ってセイバーだよな。

 けれど、そんなことは指摘しない。死にたくないというのもあるが、結局、セイバーは俺の料理が食べたかっただけなんだろうし。そう考えると悪い気はしないものだ。

「シロウ、行きましょう。リンが呼んでいる」

 セイバーが俺の手を握り、走り出す。視線の先には遠坂の姿。寄宿舎の窓から手を振っていた。過去形なのは推して知るべし。遠坂は嫉妬深い。つまりはそうゆうことだ。

――じゃなくて、俺、冷静に分析してる場合じゃないだろ?。

「セイバー、そんな急がなくてもいいだろ?」

 走りながらセイバーに言う。あくまでそれは建前。遠坂を愛していると言っても、セイバー掛け値無しの美少女だ。手を握られて――って、遠坂が窓から消えてる! ヤバイ、多分、否、絶対こっちに向かってくる――!

「いいえ、シロウ。もうすぐ昼だ。私は早くシロウの料理が食べたい」

 振り向き、目線を合わせ言うセイバー。そんなのは反則だ。そんな笑顔で、そんな期待されたら拒否することができないじゃないか――。

 ならすることは一つ。まずは、遠坂への言い訳を考えることから始めないと。

 非は全くないないが、寄宿舎から出てきた遠坂の雰囲気から察するに、言い訳しないと、俺は明日の陽が拝めないかもしれないんだし――。

2: zyu (2004/03/29 04:59:03)[chibatakubon at yahoo.co.jp]

 倫敦に着いてから、もう一ヶ月が経ってしまった。

 一週間程のホテル生活の後に、ロンドンの時計塔に留学した遠坂は、鉱石学科に於いてメキメキと実力を伸ばし、頭角を表しているとか。

 気の早い奴は、二人目の主席候補だと噂していたりする。

 その代償としてお金が鳥のように飛んで行ってしまっているが、今のところは問題もなく生活できる範囲内に収まっている。


――遠坂家の魔術師は金銭の工面から始めるとは、よく言ったもんだと思う。


 趣味の宝石鑑賞も我慢しているみたいだし、ここはやっぱり、遠坂に宝石とかのプレゼントをしたほうが良いんじゃないだろうか、と最近考えている。

 セイバーにも豪華な料理を作ってやりたいし。

 二人に対するお礼とこれからもよろしく、との意味を込めて。

 問題と言えば、遠坂にプレゼントすべき宝石の値段が最低でも七桁ということだろうか。

 実際にアルバイトを経験していた俺からすると、最低でも七桁のお金なんてはっきり言って、どれだけ働けば良いのか皆目検討もつかない。

 楽して稼げる――までは望まないが、できるだけ稼げる仕事を選びたい。どんだけ仕事がきつくても。

 まぁ、そんなかには遠坂に見栄を張りたい。なんていう不純な動機が含まれているが、気にしてはいけないのだ。うん。

 見栄を張る。ということがマイナスの意味で使われているとしても。





 倫敦 in the クリムズン・えびる 第二話





「なるほどな。エミヤの言いたいことは判った。仕事を斡旋してくれ。そうゆうことだな?」

 時計塔からすぐ近くにある庭。そこで俺の作った弁当を食べながら、ルースが言った。

 時計塔で初めてできた友人。それがルースだ。俺と同じように魔術師の家系ではなく、魔術回路のあるルースは、今の師匠に見出され時計塔に入学したとか。

 白髪でエメラルドの瞳をしたルースは、はっきり言って美少年だ。身長もセイバーと同じくらいだし、言われなければ同い年だとは気づかなかったろう。

 とゆうより、始めて見たときはてっきり女の子だと思っていたのだ。それを言ったら、ルースはカンカンに怒ったけれど。

「ああ、できれば稼ぎも多いほうが嬉しい」

「そうか、二三日待っててくれ。エミヤが驚くような仕事を準備させて貰おう」

 もぐもぐ、と口を動かしながらルースが言う。弁当の中身は純和風にしてくれ、なんて訳の判らない事を言ったルースに合わせるような感じになっている。さすがに、弁当のおかずに寿司とか天ぷらは入れないんだがなぁ。

「そういえば、斡旋料はどうすれば良い?」

 魔術師の取引は等価交換だ。ルースの仕事振りには定評があるらしく、ルースに仕事を頼むのはこれが始めてのため、ちょっと不安だったりする。

 ルースは時計塔で何でも屋、みたいなことをしている。

 なんでも、師匠が壊滅的に無計画なため、弟子であるルースが稼がなくてはならないとか。

「んー。こんなふうに、弁当を作って貰ってるからな。斡旋料なんていらないよ」

「そうか? それなら頼む。あ、それと、遠坂には秘密にしておいてくれ。驚かせたいからな」

 俺の気持ちがわかったのか、ルースは肩をすくめ、

「師匠に惚れたもの同士、難儀なものだよなぁ」

 と、呟いた。

 けれど、俺はそれを聞かなかったことにした。

 いつ間にいたのか、ルースの師匠がにこやかな笑顔で、ルースの背後に立っていたからだ。


                  ★


 ルースと別れ、向かう先は寄宿舎。ルースがどうなったのかは知らない。というよりも知りたくない。

 倫敦にも慣れてきたと思う。時計塔も同じだ。

 遠坂曰く、見習い以下。と断言された俺も、意外と上手くやっていけている。人間死ぬ気になれば何でも――とはいえないが、大部分はできるだろう。

 それは俺にも当てはまったらしく、なんとか不肖の弟子としてやっていけている。

 セイバーもこの生活に慣れ始めたようで、最近は家事に挑戦し始めた。

 ちなみに、今、俺が着ている服はセイバーが洗ったものだ。


――”かつて存在し、未来に復活する王”とまで謳われたアーサー王の手洗いT−シャツ。


 よく考えると、そら恐ろしいので思考を停止する。

 停止から回復へ。

 目の前にはドア。思考を停止した状態でも着けるなんて、帰巣本能のレベルかもしれない。 

「ただいま」

 ドアを開け、部屋に入る。時計塔の寄宿舎だと聞いていたから、どんな仕掛けや魔術が使われているのだろうか、と初めて来たときは心配したものだが、別段変わってなく拍子抜けしたのが懐かしい。

 今では「ただいま」と言うことに躊躇いを覚えることはない。

 そして、

「ふぁぁ、おかえりー。士郎」
「お帰りなさい。シロウ」

 こうやって、二人から迎えてくれることにも。


                  ★


「シロウ、そろそろお昼だ。食事を作って欲しいのですが」

 遠坂に魔術――とは言っても、衛宮士郎の魔術は”Unlimited Blade Works”の付加価値みたいなもんなので、心構えというか、そんなものを教えられているときに、セイバーが昼ごはんを要求してきた。

「む。もう、そんな時間か?」

「そうみたいね。士郎、私が作ろうか? 投影から強化、変化とかいろいろやって疲れてるでしょうし」

「いや、大丈夫だぞ。俺よりも遠坂のほうが疲れてるだろ?」

 俺が帰宅してから付きっ切りだったのだ。昨日は徹夜だったみたいだし、ここは俺が作るのが道理だろう。

「そう? ならお願い。私、仮眠とるわ。昼ごはん出来たら起こして」

 言うや否や、ソファーにダイブする遠坂。やっぱり疲れてたんだなぁ。

「それじゃあ、作りますか」

 向かう先は主夫の戦場。余りものの有効活用が、昼ごはんでは重要なのだ――。


                  ★


「やはりシロウの料理は美味しい。私もこれぐらい作れるようになりたいものだ」

 セイバーが不穏なことを言う。家事に興味を比較的できるセイバーも料理は藤ねぇクラスなのだ。

 さすがに藤ねぇのようにお好み焼き丼なんて作らないが、見た目がマシなだけよけい被害が大きくなることもあるし。予測できるだけ藤ねぇの方が良いのかもしれない。

「結局、遠坂は起きないし。そんなに疲れが溜まってたのかな」

「いえ、リンが言うにはストレス性のものだと言っていましたよ? なんでも、同族嫌悪だとか」

 セイバーがそんな事を言う。同族嫌悪か、一体どうゆうことだろう?

「あと宿敵、だとも言っていましたね。寝言でしたが」

 セイバーがポツリと呟いた言葉。独り言の様なソレを聞いて。

 なんで、こんなにも。

 嫌な予感がするんだろうか――――?

3: zyu (2004/03/29 04:59:41)[chibatakubon at yahoo.co.jp]

 そこは、生き物のいない、剣だけが眠ることを許された墓場。

 荒涼としか説明しようのない世界。

 心象世界”Unlimited Blade Works”

 ”Unlimited Blade Works”とは固有結界。魔術師の到達すべき目標の一つであり、魔法に限りなく近い魔術。

 現実を侵食し、術者の心象世界を展開する。それこそが固有結界。

 それは、かつて英霊エミヤが操った固有結界ではなかった。彼女が知っている”Unlimited Blade Works”は鉄製所、というのが一番ふさわしい。燃えさかる炎と空間を回る歯車。


――荒野に、大地に剣が連なっているのならなおさら。


 なら、これはなんなのか。彼女は思考する。出てきた答えは、

「士郎の心象世界――?」

 アリエナイ。士郎が私のバックアップがなければ”Unlimited Blade Works”を使うことができない。

 アリエナイ。”Unlimited Blade Works”は不用意に使わないように、と言いつけてある。

 アリエナイ、アリエナイ、アリエナイ――。

 否定する。ありえない、と。彼女にとって否定することしか出来なくとも。

 しかし。

 彼女の前に現れた衛宮士郎が、その全てを肯定していた。




 倫敦 in the クリムズン・えびる 第三話




 現れた衛宮士郎が纏っているのは、英霊エミヤと同じ赤い外套。

 その髪は銀髪ではなく。褐色の肌でもない。

 違うのは雰囲気のみ。赤い外套を纏った衛宮士郎は、確かに英霊エミヤと同じ存在だった。

「凛」

 衛宮士郎が呼ぶ。それで気づいた。これは『 』だと。彼女の知っている衛宮士郎は名前ではなく、苗字で呼ぶ。決して名前では呼ばない。


――だが、『 』とは何なのだろう?


「再契約をしよう」

 息を呑んだ。胸が痛い。眩暈がする。――アイツハイマ、ナントイッタ?

 彼女の前に立つ衛宮士郎は、彼女の初めての告白を繰り返す。再契約をしよう、と。

 まるで、悪夢。彼女が思いを寄せていたのは衛宮士郎ではなく英霊エミヤ。それは確かと言える。

 心の深さとその傷の深さを知ってしまい、私への裏切りさえも全てみんなの幸せのためにやっていてくれた、ということに気付いたこと。

 だからこそ言ってしまったのだ。

『アーチャー。もう一度わたしと契約して』

 と。

「駄目、か。そうか、すまないな。凛。」

 返事をしない私を拒否、と受け取ったのか、士郎は赤い外套を纏ったまま背後に向かって歩きだした。その背中はまさしく、英霊エミヤだった。

 離れていく士郎を止めなくてはいけないと思った。どんな形であれ、あの士郎は必ず英霊エミヤになる。

 私は約束したのだ。士郎を英霊エミヤにはさせないと。

 走り出す。士郎に向かって。その背中を追う。

 見る見るうちに近づき、あと少しという所で士郎が振り返る。

「やっぱり、凛はアイツに頼まれたから『俺』をアイツにしないようにするのか?」

 消え入りそうな声で、士郎が呟いた。


                  ★


「ゆ、め?」

 汗だくになりながら、必死に動悸を抑える。

 あんな夢を見たせいか、目は冴えている。寝起きが悪い私からすると、快挙みたいなもんなのだが、嬉しくない。何が嬉しくないって、夢だとしても、士郎があんなことを考えていたことだ。

 何が、「やっぱり、凛はアイツに頼まれたから『俺』をアイツにしないようにするのか?」よ。

 そんなことも判らないなんて、鈍感も良いところだ。私にとって、士郎がどれほど重要なのか。それが判らないなんて。

「遠坂。起きたのか?」

 そんなことを考えていた時に士郎がドアを開けて入ってきた。

「やっと起きたか。もう夜だぞ? 起こしても起きなかったからな、ベッドに運んだんだ」

 カチッ、と音が立ち、電気がつく。

 士郎が着ているのはエプロンだった。なぜか、その姿に安心してしまう。いや、本当は気づいている。赤い外套。もしかしたら、それを着ているのではないかと不安になったからだ。

 安心したら、だんだん腹が立ってきた。

 夢でさえ名前で呼んでくれたのに、なぜにこの男は苗字で呼ぶのか。

「遠坂、どうかしたのか?」

 返事をしない私を不審に思ったのか、士郎が近づいてくる。


――あー、駄目かも。なんか恐ろしく腹が立ってきました。


「士郎! そこに正座しなさい!」

 自分でも驚くくらいの怒声。私の迫力に驚いたのか、士郎はその場にすばやく正座した。ベッドから出る。士郎は訳がわからないとでも言うように不安顔だ。

 まぁ我ながら、理不尽だなー、とは思う。

 士郎からすれば、起こしに来て電気を点けたら怒鳴られたのだ。不安になって当然だろう。

 けど、士郎も悪い。もう一年以上も一緒にいるというのに。ここいらで説教するのが一番なのだ。うん。今決めた。

「どうかしたか。遠坂? 俺なんかした?」

 死刑宣告を告げられた被告人のように士郎が言う。それを笑顔で封殺して、

「何時まで苗字で呼ぶつもりなの? 衛宮くん?」

「え、いや、別に、これと言ったわけではなく――」

 しどろもどろになりながら、必死に言い訳をする様をみていると、少し胸がすっとした。


――Sかなぁ。


 っと違う違う! 必死に言い訳する士郎が可愛くてもっといじめようかなぁ。なんて考えてません。これっぽちも。今回の目的は別、士郎に名前で呼んで貰えるようになることなんだから。

「――すみませんでした」

 言い訳もそこを尽いたらしく、うなだれる様にしてあやまる衛宮士郎。けれど、私が求めているのはそれではない。

「ならすることがあるでしょ。ほら、言いなさい」

「えっと、り、ん」

 真っ赤になりながら名前を呼ぶ。本当はもっと流暢に呼んで欲しかったのだが。今回はこれで許してあげよう。

 士郎に顔を近づけキスをする。真っ赤だった顔は茹蛸のようになり、熱でもあるんじゃないかと思ってしまう。

 けれど、実際に熱を持っているのは私のほうだ。名前を呼んで貰えた事が嬉しくてキスするなんて、自分でもこの行動が信じられない。

「凛」

 士郎が立ち上がり、熱に浮かされたように私を抱きしめてくる。

 私自身もキスで興奮していたのか、心臓が破裂しそうなほどに高鳴っていた。

 とすっ、という音と共にベッドに二人で倒れこむ。

「凛、凛、凛、凛――」

 今までの分を取り戻そうとするかのように士郎が私の名を呼ぶ。それを聞くたびに、士郎への愛しさが募ってくる。

 二度目のキスを交わす。そして、そのまま、私たちは――。


                  ★


「お腹が減りました。まったく、リンの様子を見てくるといってどのくらいの時間が経っていると思っているのです」

「こうなったら、強行手段ですね。リンがなにやら怒鳴っていたが、私も限界だ。こうなったら、私もリンの部屋へ向かおう」

 二人が今、どうなっているのか知らないセイバーは、自身の空腹を満たすため、凛の部屋へと向かった。

4: zyu (2004/03/29 05:00:20)[chibatakubon at yahoo.co.jp]


「本当にここなんだろうな。ルース、信じていいんだな?」

 ルースに仕事の斡旋を頼んでから二日。意気揚揚としたルースが「エミヤ、お前にぴったりの仕事だ。給料も破格、いやー、完璧だよ」と持ってきた仕事。

 目の前には遠さ――凛の屋敷に勝るとも劣らない洋館。

 ルースが持ってきた仕事は、執事兼家政夫。目の前の洋館で今日から働く、それが俺の仕事らしい。

 雇い主は、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト嬢。

 なんでも、メイドの一人が怪我をしたんだとか。細かいところは全てルースにまかせっきりだったから、詳しいことはよく判っていない。

 判っているのは、寄宿舎は狭い、とこの洋館を買い取りメイド二人と生活していた、という事だけ。


――凛とセイバーの三人暮らしでも広いぐらいなのに、いったい、エーデルフェルトさんの感覚はどうなってるんだろう。


「怖気づいててもしかたないよな。こうなったら、当たって砕けてみるか」

 そう言った後に苦笑する。当たって砕けてはいけないのだ。衛宮士郎は目的遂行のためにここまで来たのだから。




 倫敦 in the クリムズン・えびる 第四話




「やっときましたねー。待ってましたよー。さあ入って入って」

 恐る恐る玄関をノックした俺を迎えてくれたのは、底抜けに明るいメイドさんだった。

 そう、メイドさん。理由は推して知るべし。

「あ、そうそう。わたし、フェール・ターゲスアンブルーフと申します。衛宮士郎さんですよね? 衛宮さんと呼ばせて頂きます。わたしの事はフェールと呼んでください」

「はぁ」

 にっこり、と笑いながら矢継ぎ早に質問を繰り返してくるフェールさん。

 身長は凛と同じ――少し高いかも知れない。子犬、という表現が一番似合っている。尻尾があったらバタバタと振っていることだろう。

 さっきから終始笑顔。肩幅で切り揃えられた髪が、その雰囲気と相まってほんわかとした空間を作り出している。


――なんか、和むなぁ。


「あ、そろそろお嬢様の部屋に着きますので。もう決まっている様なものですけど、面接をして頂きます。よろしいですね?」

 またもや、にっこり、と笑いながら確認をしてくるフェールさん。

「わかりました。面接は俺一人で?」

「いえ、わたしも同伴させて貰います。あ、着きましたね」

 余りにも長い通路の最終地点。そこにあるのは風格を漂わせるドア。この通路とこの先にある部屋は違うのだと。そう主張するかのような厳かな姿。

「――――」

「どうしました?」

「いや、何でもないです。それでは、お願いします」

 フェールさんがドアを開けた。



                  ★



「エミヤシロウ。確かに、我がエーデルフェルト家の執事として招かせて頂きますわ」

 面接と言っても、二三の質問の後に紅茶を入れただけだった。

 けれど、エーデルフェルトさんからするとそれだけで十分だったらしく、俺は見事にこの仕事につける事となった。

 ちなみに、紅茶は凛から散々仕込まれたものだ。あの時は辛かったが、こんな風に役に立つ日がくるなんて。凛に感謝。

「シロウ、と呼ばせて頂きますわ。いきなりですけど、朝食を作って貰えないかしら? 怪我をしたメイドは食事担当でしたの。ですから、シロウには執事兼食事係として働いて貰います。アルティスの事を信用して雇うのですから、その信用の泥を塗らないように気をつけなさい」

 アルティスとはルースのことだ。アイツも相当信用されてるらしい。その信用に答える為にも、セイバーでさえ驚くような料理を作らせて貰おう。

「わかりました。お任せください」

 出来るだけ余裕を持った紳士のように一礼する。少しぎこちなかったかもしれないが、これが衛宮士郎の限界だから仕方がない。

「厨房も判らないでしょうし、食事担当のメイドに案内させますわ。迷わないようにしっかりついて行って下さいね」

 エーデルフェルトさんが背後に立っていたメイドに指示を出している。確かに、エーデルフェルトさんの背後に立っているメイドは右手を吊っていた。あれで料理するのは大変だろう。

「衛宮さま、案内します。ついて来て下さい」

 鷹揚のない口調。無表情な彼女は、俺を通り過ぎ、背後のドアへと向かって行った。



                  ★



「衛宮さま、食事担当でしたレッセ・ターゲスアンブルーフと申します。お好きなように呼んでくださって結構です」

「あははー、レッセちゃんも人見知りが激しいよねぇ。衛宮さま、なんて他人行儀に呼んだら衛宮さん機嫌悪くするかもよー?」

 厨房に着き、まず自己紹介から。と始めようとしたときに現れたのはフェールさん。「わたしの仕事は終わりました。後はレッセちゃんをからかうのです!」とのことだった。

「やめてください、姉さん。衛宮さまに失礼です。申し訳ありません。よく言い聞かせておきますので、平にご容赦を」

 本当に申し訳なさそうな顔をして一礼したレッセさんは、ギロリとフェールさんを睨んだ。おしおきです、なんて雰囲気を醸し出していたが、そんなに迫力がない。初めてあった俺でさえこうなんだから、フェールさんには効果がないだろう。

 まぁ、それよりも、

「衛宮さま、なんて呼ばなくて良いよ? フェールさんが言う通り他人行儀だし、これからは二人で仕事するでしょ? なら、もっと気楽に言ってくれた方が嬉しいよ」

「そうですか。ですが、わたしは衛宮さま、と呼ばせて頂きます。こちらのほうが気楽ですので。それでは、お嬢様への朝食を作りましょう」

 時計を見ると既に十分が経過していた。うん、そろそろ作りはじめないとエーデルフェルトさんの機嫌を損ねるだろう。

 朝食は和風にすることにした。やはり、自分の得意分野の料理が良いとの判断で。

 レッセさんは右手を怪我しているのも関わらず、それを感じさせないほどの働きぶりだった。

 それを見ていると、なんで俺が雇われたのかわからなかったが、一緒に料理しているうちに理解した。


――危なっかしいのだ。かなり。


 右手だけで包丁を持つ、重いものも無理して持とうとする、などなど。エーデルフェルトさんが誰かを雇おうとするのも道理だ。注意しても全くきかないんだから。つまり俺はレッセさんが無理をしすぎないためのお目付け役、と言えるだろう。

 そんなこんなで完成した朝食はすこぶる好評だった。

 エーデルフェルトさん曰く「専属コックになって欲しいほどね」とのことだったが、やんわりと拒否しておいた。

 だって、俺が成りたいものは専属コックなどではなく、正義の味方なんだから――。


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