*これはあくまで架空のものかもしれなかったりしますが、現在自分が連載中の物語のその後かもしれないです。
*できる限りキャラクターは壊しておりませんが、多少の融通は多めにみてくださることを切に願います(礼
蒼崎橙子の住んでいる、廃墟に近い建物。
街中で明らかな違和感を漂わせているにも関わらず、結界が張られているためか、普段はここに近づく人間はいない。
その四階。客間というにはぞんざいだが、少なくともビル内ではもっともマトモに整理された部屋。
意外と言ってもいいくらい荘重が整った室内の窓側、その前に置かれた机と椅子。
そこにはいつも通り、蒼崎橙子が座っている。眼鏡はつけておらず、魔術師としての凛々しい表情を浮かべていた。
だがもう一人、そこにいる者がある。
そいつはソファーに悠然と腰掛けながらあくびをすると、首の後ろで結わえた髪を払いながら、言った。
「――今月、給料貰ってねぇよな。橙子」
橙子は悠然と煙草に火を点け、
「ああ、払っていないが、どうかしたか? ランサー」
と、あけっぴろにそれを認めた。
蒼崎○○事務所の愚昧なる日常
「……で、橙子。本当に今月の給料はどうした。今なら正直に払えば、文句は言わないでおいてやるが」
再度尋ねるランサーに、ふむ、と橙子は頷き。
「だからないものはな――」
「ないとは言わせねぇぞ。この前、散々危ない橋渡ったばっかなんだからな」
不満そうに腕を組み、手を広げてソファーに座る彼のいでたちは、ごくごく普通と言えば普通のものだ。
もっとも、それは社員としての普通、そしてあくまでランサーと蒼崎橙子から見た普通なのだが。
黒いジャケットにややタイトなズボン。その下に着たYシャツの首元はだらしなく広げられ、ネクタイもゆるめられていた。
橙子はといえば、毎度変わり映えのしない格好で日々を過ごしていた。
「ずいぶんとぞんざいな口の利き方だな。何か欲しいものでもあるのか?」
言いながら、彼女は回転椅子を窓の方へと回す。
「単純に飯食う金がねぇんだよ。牛丼屋で並一杯食うこともできないのが、どんなにわびしいかわかるか?」
そう嘆くランサーの雇用主は、彼に負けないくらい嘆かわしげに溜息をつく。同時に流れ出た紫煙が、空中に昇っていく。その行く先を見届けて、橙子は言った。
「何かと思えばまたそんなことか。そもランサー、魔力を供給されていればお前に食事は要るまいよ。ああ、これもいつもの日常となんら変わらん台詞、言い回し。もう少しバリエーションをつけたらどうだ?」
「その日常がオカシイって言ってるんだが……ちゃんと伝わってなかったか?」
ランサーは立ち上がり、屹然として動きで机の前まで歩を進めると、机の端に両手をついて身を乗り出す。
そうして橙子の後頭部を睨み、半ば殺気立った声で訊いた。
「過剰労働もいいところだぞ。ここに来てからこの方、一度も二日連続で休めた試しがねぇってのはどういうことだ?」
「いいことじゃないか。商売繁盛商売繁盛」
「じゃあもう一度聞かせてくれるか? なんで商売繁盛で、毎日15時間オーバー仕事してんのに給料ねぇんだよ!」
叩かれた机が、ダンッ! と大きな音をたてる。
橙子は煙草の煙を胸いっぱいに吸い込むと、椅子をランサーの方に向けた。
唇が触れ合う程度の距離で向き合う二人。その間を、橙子の唇から出た紫煙が満たす。
「使ったからに決まっているだろう」
「またそれかっ!」
ツッコミながら、頭痛でもあるのか、頭を押さえながらランサーはソファーの方へと戻っていった。
そのままソファーの背もたれに手をつき、橙子に背を向けた状態でうつむく。
「どうした。頭痛があるなら調理場に行って取ってこい。ああ、行くならついでに軽食も作ってきてくれ。小腹が空いた。材料が足りないなら言え、必要な金は渡そう」
ランサーはハッ、と風のように笑って肩をすくめ、
「――あのな。いっつも思うし、毎回言ってるんだが、てめぇの頭に人権と誠実って言葉はねぇのか? あるじゃねぇか、金」
「これも毎回答えているがね。そんなものは魔術師になって時点で捨てているよ。そもそも大昔に死んだ英霊なんぞに、人権などあるはずがあるまい」
言い切り、橙子はしっしっ、と手の平を振る。どうやら、昼飯を作れと言いいたいらしい。
「橙子。今、さりげなく物凄く失礼なこと言わなかったか? 少なくとも、俺にとって死活問題になりそうなコト」
「ああ、言ったともさ。どうだ、新鮮だっただろう? バリエーションというのはこういうものだ。少しの変化でも、潤いを持たせることができる。お前ももう少し気の利いた言い回しができるように、鍛錬しろ」
「はいはい、せいぜいお気に召すように致しますよ。それで、何でまたそんなに金ねぇんだよ」
真剣な眼差しを向けるランサーに、橙子も真摯な目で応える。
「いやそれがな。一昨年の一月第三週の日曜、お前と一緒に骨董市に行っただろう? ほら、お前が散々調度品やら食器を買い漁ったあれだ。まぁ今でも買っているから、量的には大した差はないが」
「ああ、そういえば行ったな。大体だ、ここは客を迎える場所だってのにぜんぜん内装がなってないだろ。俺が来た時なんざ、このソファーすらなかったんだぞ? 加えて客を迎えるティーカップもなけりゃ、普通に食事する食器もねぇ。机と椅子一個だけで、何するつもりだったんだ?」
「愚かなことを聞くな。そんなもの、仕事に決まっているだろう」
「仕事、ねぇ」
皮肉気にランサーが笑う。蒼崎橙子の事務所の仕事は多岐に渡っており、ビルの設計から展覧会に出品する作品、はたまた便利屋じみた仕事まで千差万別だ。
確かにそういう意味では、余計な設備は必要あるまい。逆を言えば、何でも必要だということなのだが。
「あまり自分の行為を卑下するものではないぞ、ランサー。少なくとも私は、つまらない仕事をお前に申しつけた覚えはない」
「ほぉ、軽食作らせたり買い物にいかせたりするのが仕事だってのか?」
「奉仕精神は社員にとって必須だろう。自分の食事を私に食ってもらって、喜ぶようになったら一人前だ」
なにやら発言に人格改造のような匂いを感じたが、ランサーはそれを無視。渋々、キッチンへと向かった。
慣れた手つきで卵を割ると、小さなボールでかき混ぜながら調味料を加え、会話を続ける。
「それで、何買ったんだよ? 大方、忘れられなかったのを思い出して、そこら中駆けずり回って買ってきたんだろ」
「指輪だ」
コツッ、と小さな音を立てて、ステンレス製のボールが落ちた。触れているのはランサーの靴。
床に落ちる寸前で受け止められたボールの中身は、一滴たりともこぼれていない。
ランサーは安堵の溜息をつきながら一蹴り。その一動作で、ボールは彼の手元に戻った。
「まぁた、似合わないもん買ってくる。アクセサリーなんざ、そのピアスだけで十分じゃねぇのか?」
橙子の方を見ながらも、手にはしっかりフライパン。油もきっちり引いてあり、少しづつ少しづつ、ボールの中の卵が流し込まれていく。
「失礼なことを言うな。私だって女性なのだから、指輪が似合わないなどということはない。色もしっかり橙色だ」
これ見よがしに身につけ、見せてくる橙子をうんざりとした顔で見ながら、ランサーは玉子焼きをひっくり返した。
橙子の指に収まっているのは、見るも綺麗なキャッツアイ。見た目的には、彼女の怜悧な顔立ちと相まって似合っている。
「外見的に似合ってるのは認めよう。だけどな、俺が言いたいのはそんなんじゃなく、キャラ的に似合ってないってことだよ」
「ふむ、一理あるな。だがそれでも気に入ったのだから、そう悪し様に言わなくてもよかろう。いくら私でも、いささか傷つくというものだ」
眉根を下げて、橙子が微笑む。それを鼻で笑って、ランサーは玉子焼きを皿に移し、果物ナイフで小分けに切った。
皿の底に手を当てて、西洋の給仕のように橙子の所まで持っていく。彼女は先ほどからずっと、指輪を見つめたままだった。
「だいたい、何で左薬指にはめてんだ? 結婚なんざしてねぇだろ」
橙子は椅子にふかぶかと寄りかかると、煙草を灰皿に押し付け、大きく伸びをした。
「いや、今度お前の分も買ってやろうかと思ってな。なぁに、ちょっとした気分だよ」
と言って、照れている時特有のしかめ面をした。
ランサーは一瞬目を丸くした後、ふっ、と笑って、
「別にもらってやってもいいぜ。重荷になるわけでもないしな」
「そうか、それはよかった」
答え、橙子は苦笑しながら玉子焼きを口に運ぶ。
「今日の玉子焼きはまたずいぶんと甘めだが、私を糖尿病で殺すことにしたのか?」
「そりゃあ穿ちすぎってもんだ。最近塩使いすぎだろ? だから少しくらいバランス取らないと、体壊すと思ったんだよ」
「塩の後に砂糖を食えばトントンなのか?」
「知らねぇよ。勘だ勘」
橙子は少し首をひねって不思議そうな顔をしたが、また何事もなかったように食べ始める。
「で、だ」
「うん? まだ何か質問があるのか?」
食事の手を止め、橙子が問う。
「さっさと俺の給料出せ。さっき、必要な分の金は出すって言ってたからな。労働時間にしては安いだろうが、今回はそれで我慢してやる」
「チッ、まだ懐柔されんか」
舌打ちし、しかし橙子は動かない。
「どうした? 早く出せよ。一計に失敗したんだ、観念して出すのが普通だろ?」
「無いものは出せん。ということだな、ランサー」
橙子はそう言って、ニヤリと笑った。
「何笑ってるんだ」
「ただの自己満足だよ。一計に失敗したと思いきや、実はさっきの発言そのものがフェイクだったというわけだ。いや、中々楽しかったぞ」
満足気に橙子は笑い。また次の煙草に火を点けた。
「実際のところ、我が事務所の貯蓄はゼロ。今冷蔵庫にある分だけが、食料だな」
「――っの、ふざけんな! ああもういい、自分の食事代くらい自分で稼ぐ!」
「待て、ランサー。私にいい案がある」
出て行こうとするランサーを、橙子が止める。
「へぇ。聞かせてもらおうか?」
「ああ、このままでは私も今月いっぱい、ロクなものが食えそうにない。そこでだランサー、お前のゲイボルクでも売ってきてくれんか。簡単だろう? 帰ってきてから、消せばいいだけのことだ」
「断る。自分の食費くらい、どっかでバイトでもして稼いでこい」
キッパリと断り、ランサーは橙子に背を向けた。
「く、意外と狭量な奴だな。英霊の名が泣くぞ」
「もう十分に泣いてらぁ。この人でなし」
背中に浴びせられた言葉に、首だけで振り向いて答える。その唇の間に、橙子が投げた一枚の紙が挟まった。
「うん? なんだこりゃ」
「仕事だ。さっさと行って、片づけて来い。即日払い且つお前向きの、力仕事だよ」
ああ、そういうことかと頷いて、ランサーはそれをジャケットのポケットにしまった。
「おい、どこへ行く」
「あん? さっさと片づけてこいって言ったから、行こうとしてるんだろ?」
不思議そうに呼び止めた橙子に、ランサーは振り向く。手招きされるままに机まで行き、何か、と次の言葉を待つ。
「腹が減っては戦もできまい。この玉子焼き、半分しか残っていないがくれてやる」
「元々俺が作ったもんだし、そもそもサーヴァントには食い物なんていらないんじゃなかったのか?」
「ゲン担ぎでくれてやると言っているんだ。ありがたく受け取っておけ」
「はいはい。わかったよ」
半分になった玉子焼きを一息に飲みこむと、今度こそランサーは階段から降りるべく歩を進める。
胸ポケットから橙子と同じ銘柄の煙草を出し、くわえた彼に背後からまた声がかかる。
「ランサー。指輪の色、何がいいか考えておけ。青以外なら、多少妥協はしてやる」
煙草に火を点け、ランサーはひらひらと手を振った。
「考えとくさ。んじゃ、行ってくるぜ。マスター」
吐き出した煙は、ゆっくりと階段の上、屋上を越えて、空へと昇っていった。
END?
あとがき
連載してるのに出したこのコンビ、意外と合うようで、こんな途方もない馬鹿話が浮かんでしまいました(笑
感想など、いただければ幸いです。
でわでわ、ランサーは漢ですね。