開幕


メッセージ一覧

1: アラヤ式 (2004/03/28 22:17:53)[mokuseinozio at hotmail.com]

 ずっと探していたのかもしれない。
私はこの人と会える日を、望んでいたのかもしれない。
親愛なるお爺様。
待ち望んだ人。ひどく荒々しくて、野獣のような激しさをもつ人は、私を迎えにきてくれました。





「痴れ者め」

姫を守る護衛の一人は、真紅の魔眼を血走らせて探していた。
敬愛すべき主の城、何人たりとも犯してはならないこの居城に何者かが侵入した。
城を不可視にする結界は、いともたやすく破られてしまった。
敵の疾走する速度は驚天動地。
黒の騎士は侵入者を許した自らの不覚を恥じた。

「リィゾ、そんなに気を重くすることはないさ。君は僕から見ても十分よくやっているよ。尊敬しちゃう」

「気休めはいらん」

「やれやれ、相変わらず無骨だなぁ。君のそんなところはものすご〜く好きだけどね」

敵意をむきだしに疾走するリィゾとは対照的に、清涼感のある白のスーツを着こなす紳士は笑みを浮かべている。
少年と少女をこよなく愛する性格に少々問題ありな白の騎士は、
姫のことになると羅刹になることすら厭わない相棒に、嘆息しながらも微笑ましさを感じている。

「やつめ、すでに姫様の寝室にまで迫っている。もはや一刻の猶予も許されん」

焦りを覚えるシュトラウトは、自らの右手に魔剣を発現させる。
ニアダーク。大気に満ちる不可視の粒子から魔力が供給される武装。
形状はバスターソードに似た魔剣を構え、シュトラウトは姿勢を低くかがめた。

刹那、裂帛の気合とともに爆風が廊下を駆け抜けた。
荒れ狂う瓦礫をフィナは華麗な足さばきで避けつつ、立ち上る埃がおさまるのを見計らって天井をみあげる。

「無茶するねぇ」

天井にあいた巨大な丸い穴。
巨孔の鋭利な断面は、圧倒的なポテンシャルをもつ何かが貫いた証である。
階段をいちいち駆け上ってはいられないと判断した黒騎士の乱暴な行動に、フィナは少々お手上げだった。





 艶やかな長い体毛をもつ白の巨犬。
穏やかな気性で主のそばにいる魔犬は、今宵猛る。
ブライミッツ・マーダーは姫を傷つける輩を許さない。
いかなる理由があろうと、いかなる私怨を抱いていようと、暴虐の輩には凄惨な死を与える死神である。
彼女を傷つけることは、無限地獄に百万回落ちようとも贖うことはできない最大の咎だ。
ゆえに、姫に敵は少ない。
正攻法で真正面から挑むものは、その余りの危険性を知っているため皆無だ。
だが、ここに例外がいた。

「そうだそうだ犬っころ。忠犬は飼い主をきちんと守れよ」

真紅のロングコートはずたずたに引き裂かれ、右ほほの抉りとられた皮膚は無様に垂れ下がっている。
鮮血がとめどなく滴りおち、カーペットを赤黒くぬらす様子は、侵入者の劣勢を如実に物語っていた。
だが圧倒的な暴力をみせる魔犬と対峙する男の目、同属のなかでも際立つような真紅の相貌は、
男がまだ勝負を捨てた訳ではないことを感じさせる。

「黒の嬢ちゃんに会わせろよ。用があるんだ」

不敵な問いに魔犬は全身の毛をさかだて、廊下の窓ガラスを一気に振動させる咆哮で答えた。
絶対拒否、ブライミッツ・マーダーの闘争本能は、男を排除する決定を下した。

「そうかい、駄目ならいいさ。通らせてもらうぜ」

血まみれの男は背中のさやから一振りの魔剣をとりだした。
それはニアダークより一回り大きい異様を有し、
鈍色の刀身にからまる蔦模様は、人体に駆け巡る毛細血管を連想させる。
同時にほとばしる邪気、一足飛びで頭を噛み砕くことを考えていた魔犬は自制した。

あの魔剣、ひどく禍々しい。
リィゾの魔剣とて人外の力を発揮する剣ではあるが、あのような全てを萎縮させる邪気を放つものではない。
すべての生に憎しみを振りまき屈服させる魔の境地、いわばそれは魅了に近い。
そして異形を得物とする男の迫力、突き刺すような眼差しは鋭利にとぎすまされた黒曜石を連想させる。
油断はできない。だが、このまま見過ごすことなどできようか。
魔犬は吼えた。主の守りとしての意地にかけ、ブライミッツ・マーダーは荒ぶる闘志をたきつける。

男と魔犬の初動が重なったとき、異変はおこった。
彼らの戦場としていた四階の渡り廊下は、荒ぶる彼らを遮るように爆散する。
空間は舞い上がる埃で、一気に不可視の空間へと変貌した。

男は初動をさえぎられ一瞬とまった。そこに襲い掛かる一閃の刃。
煙の対流が変化をみせたことに気づいた男は、魔剣を右ななめ上方にむかって振り上げる。
ぶつかりあう金属の衝突、男は新たな敵の存在に気づいた。

「よぉ武士道。不意打ちなんて汚ねえ真似、いつからするようになった?」

「手段は選ばん。とくに貴様に対しては容赦はせんぞ、片刃」

エンハウンスソードと呼ばれた男はぶつけあう力の拮抗を楽しみつつ、笑う。
同属から復讐騎とよばれるこの死徒は、血を欲する身でありながら吸血鬼を狩る異端者として知られている。
教会禁製の聖葬法典、自分の主を殺してうばった魔剣アヴェンジャーを使いこなす魔人。
いや、使いこなすという表現は適切ではない。
なぜなら聖葬法典の祝福は死徒である男の身を焼き、魔剣の邪悪は男の身を腐らせる。
自分の体を削って戦うという不条理、ほかの死徒の視点からみれば奇怪といわざるをえない矛盾を抱えているのだ。

シュトラウトとエンハウンス、両者は今刀身をぶつけあい拮抗している。
渾身の筋力がいつ爆ぜるともわからない爆弾をかかえ、互いの持久を喰らいあう。
エンハウンスがいかなる理由で城に堂々と侵入したのかは不明だ。
それでもシュトラウトは全身全霊をかけてこの男を滅すことのみを誓う。
魔犬は牙をおさえ、シュトラウトの奮迅を見つめている。彼の力量を信頼しているのだ。

「何を気違えたかは知らぬが貴様は危険だ。ここで消えろ」

「堅苦しいやつだな。久しぶりの剣闘くらい楽しめよ」

エンハウンスの相変わらず飄々とした雰囲気に、シュトラウトは苛立ちをまじえた剣さばきで答えた。
はじかれるアヴェンジャー、大きく開いた敵の懐は絶好の勝機、
ニアダークは兎を崖へおいつめた獅子のごとく、エンハウンスの脇腹を狙った。

ブライミッツは敵が両断される姿を見届ける、はずだった。
刹那、突然黒い騎士が崩れ落ちた。彼の口から鮮血がこぼれる。
シュトラウトが放った渾身の一撃は、エンハウンスが繰り出した何かによって防がれたのだ。
それでもシュトラウトとて並みの武人ではない。
体勢を立て直したエンハウンスの追撃をくらわぬよう、身を翻して彼の間合いから逃れた。

「貴様ぁ、あいも変わらず外道な……」

「おまえの戦いは上品すぎるんだよ。
 剣の戦いは必ずしも剣ばかり使用しなくてもいいだろうが。マニュアル馬鹿は出世しないぜ」

にやりと笑みをこぼしたエンハウンスは、左の拳をこれみよがしに掲げた。
彼はシュトラウトが間合いに侵入した刹那、腰のホルスターから聖装法典を引き抜き、
ニアダークのするどい斬撃と衝突させたうえ、一撃をみまったのだ。
ブライミッツは閃光のはやさで駆け抜けた一連の戦闘を全て認識した。
シュトラウトが義と忠を貫く生粋の武ならば、エンハウンスのそれはまさに邪道。冥府魔道におちる異形の戦士。
霊長の殺人者たる自分とも一切おびえをみせない男の剛骨を、魔犬は肌でかんじとる。

「リィゾ。ご苦労様、休んでいいわよ」

シュトラウトは後ろから聞こえてくる、主の声に驚愕する。

「姫様危険です! お下がりください!」

艶やかな絹をおもわせる長い黒髪の主は、シュトラウトの忠告に笑顔で答えた。
だが、それは配下の申し入れを受け入れたわけではない。
黒い少女は躊躇なく足をすすめた。
自らの命を狙うであろう敵の前に姿をあらわす姫。
血だらけの刺客のまえにすすみでた少女は、臆面もなく尋ねる。

「今宵は何の御用かしら。半人半死徒の野獣さん」

少女の無垢な問いに、復讐騎は答えた。

「俺といっしょに世界をみないか? アルトルージュ」

はじまりの物語。
閉じ込められた楽園の主である少女が、いまだみぬ荒涼の世界へと漕ぎ出す物語は今、はじまる。


記事一覧へ戻る(I)