部活
2月3日
「起きたまえ綾子。時間だ」
アサシンに呼び起こされるあたし。
「ん〜、もうちょっと〜寝かせてよ〜」
家に帰ってきたのはつい数時間前だ、まだ体が睡眠を要求している。
「用事があるから起こしてくれと頼んだのは君だろう」
「………」
「…君の母君も起こしに来るようだ」
アサシンがそう言った直後。
「綾子ー、そろそろ起きないと部活に遅れるわよー」
「………あう」
「…そういう訳だ、起きたまえ綾子」
「…………判ったわよ、起きればいいんでしょ、起きれば」
あたしは眠るのをあきらめた。
「昨日は遅かったわね〜」
「うん、練習に参加したり、後片付けも手伝ったから」
母と会話をしながら朝食を取る。
「それで、預かり物は何処?」
「……食事が終わったら持ってくるから」
内心動揺しながらも返事をする。
その後は味を味わうことが出来なかった。
食事が終わり、部屋へ戻る。
部屋には辺りを見回しても、あたし以外に誰も居ない。
あたしは、預かり物であると同時にアサシンが乗り移っている備前長船を手に取る。
「綾子」
「何よ、今から刀(あなた)を渡しに行くんだから喋らないでよ」
「それは構わないのだが……」
「何よ?」
言いよどむアサシンにあたしは続きを促す。
「…本当に聖杯戦争には参加しないつもりなのか?」
「……もう答えたはずでしょ」
「…………」
「確かにあたしは貴方のマスターにはなったけど、殺し合いにまで参加するつもりは無いわよ」
「…………」
アサシンはあたしに聖杯戦争なんてわけのわからない殺し合いに参加させようとするのだ。
……あたしには殺し合いまでして叶えたい願いなんて無い。
「……だが、他のマスターは君を見つけたら間違いなく殺そうとするぞ」
まだ食い下がるアサシン。
「その時はアサシン、貴方が護ってくれるんでしょう」
刀(アサシン)に笑顔を向ける。
「無論だ」
ハッキリと答えるアサシンにしてやったりと思うあたし。
「ならいいじゃない」
「しかし……」
「もう、親の所に持って行くから黙っていて」
「…………承知した」
時計に目をやると、そろそろ出なければ部活に遅れてしまう。
「話は部活から帰ってきてからゆっくりとしましょ」
「判った、だが日が暮れる前には必ず……」
「はいはい、帰ってくるから心配しなくてもいいわよ」
「…………」
「じゃ、行くわよ」
話はこれまでとばかりに会話を打ち切り、部屋を出るあたし。
一階に降りて母を見つけると刀を渡す。
「あらあら〜、これはお父さん喜ぶわね〜。」
母は刀を受け取るなり繁々と眺め、感心していた。
そんな母を見て、あたしは苦笑しながら家を出て行った。
学園に着くと。
ゾクッ、と背筋が震えた。
「え、何、今の?」
あたしは辺りを見回すが、周りには何の異常も見当たらない。不思議に思いながらも職員室に行き、鍵を取ってから弓道場へ向かう。
「これは…凄いわね」
弓道場に入るとあたしは感嘆の声を上げた、昨日とは見違えるほど整理されている。
弦や安土はもちろん、床や弓置き場も綺麗になっていた。
「……慎二がやったにしては手際が良すぎるわね」
あたしは不思議に思いながらも部室に入る。
「…………」
部室まで綺麗に掃除されていた。
「……ここまで来ると慎二がやったとは思えないわね。でも、そうすると一体誰がやったのかしら?」
少し考えると、ふと一人の男が浮かび上がった。
「まさか、アイツが……」
それならこの事も説明が付く。まぁ、その事は後で調べることにして、まずは着替えをすることにしよう。
「おはようございます主将」
「主将、おはようございます」
胴衣に着替え終えてから弓の調整をしているとちらほらと部員が入室してきた。
「ねぇ、ちょっといいかしら?」
「は、はい。何か用ですか主将」
その中に慎二の取り巻きの一人を見かけたので声を掛ける。
「昨日、弓道場を掃除したの誰?」
「え、えっと……もちろん、慎…」
「…二君がやったんじゃないって事はわかっているわよ」
「!!」
あたしは笑顔で言葉を引き継ぐと、彼女の顔が蒼白に変わった。
「そ、その……」
「嘘はいけないわ。本当は誰が掃除をしたの」
あたしは『本当』の所を強調して喋る。
「す、すみませんでしたっ」
「あら、別にあたしは貴女を責めてるんじゃないわよ」
急に大声であたしに謝りだした、おかげで周りに準備している部員たちの注目を集めてしまった。
「あたしに謝られても困るわ、それよりも誰が掃除をしたの?」
「そ、それは、その、急に慎二先輩が校舎に行こうって言い出して、そ、それに付いて行ったら、元弓道部員の先輩っていう人に会って……」
「慎二君はその人に用事を押し付けた……と、いう訳ね」
「で、でも、その先輩は……」
「別に嫌がりもせず引き受けたって訳ね……ったく、あのお人好しは…」
「あ、あの主将?」
つい愚痴が漏れてしまい、彼女があたしを不思議な顔をして見ていた。
「え、ああ、何でもないわ、ありがとう。もう行ってもいいわよ」
「は、はい、し、失礼します」
愚痴を聞かれてしまった事に少し顔を赤らめながら用は終わったと彼女に告げる。
彼女はあたしが顔を赤らめた事には気付かなかったようで、慌てて逃げ出すようにあたしから離れていった。
「はいは〜い、みんなおはようー。さ〜て、練習をはじめるわよー」
顧問の藤村先生が入ってきて部活が始まった。
あたしは胴衣から制服に着替え。
「さてと………行くか」
時刻は一時を半ば過ぎたあたり、顧問である藤村先生が壊れていた。
原因は藤村先生が昼食のお弁当を忘れたことだ、昼休憩に入るとそわそわしながらお弁当を食べている部員達の周りをうろつき、少し場を離れたと思っていたらいつの間にか間桐のお弁当を食べていた。
しかし、それ位では足りなかったのか、午後の練習が始まってから藤村先生のテンションは上がりっぱなしだ。
「ねぇ、間桐」
「あ、はい、何ですか主将?」
お弁当を片付け、休憩室から射場に行こうとしていた間桐桜に話しかける。
「藤村先生のテンションを下げるためにトヨエツに行くけど、貴女の分も買ってこようか?」
「ありがとうございます主将、それでしたら私が行ってきましょうか?」
嬉しい申し出だがあたしは首を横に振り。
「大丈夫よ、こういう事も主将の仕事の内だから……それよりもちょっといいかしら」
「は、はい、何でしょうか?」
あたしの聞きたい事が分からないのだろう、間桐は少し首を傾げた。
「あなたのお兄さん、慎二はどうしたの」
「え、えっと、すいません。今日は少し体調が優れないので休むと言っていました」
心底申し訳なさそうに謝る間桐、そんな様子を見れば嘘であることは明白だ、だが彼女にその事を問いだ出すのは筋違いと思い。
「……そう、わかったわ。じゃあ、行ってくるから」
怒ってないからと笑顔で答え、弓道場を後にする。
「あ」
「え」
外に出た瞬間、衛宮に出くわした。
あたしは食料の買出しに行かなくてもいい事を悟る。
「いいタイミングで食事番の登場だな、衛宮」
笑顔で迎えるあたしと同じく衛宮も笑顔を浮かべて。
「そうみたいだな、藤ねぇは中に居るか?」
「いるいる、助かったわ。藤村先生ったら空腹でテンション高くて他の部員達も困ってるから、これから買出しに行こうとした所だったから」
「む……」
あたしの問いに今の惨状を想像したのか顔をしかめる衛宮。
「じゃあコレはみんなを救うための大切な弁当ってとこか」
衛宮は紙袋を持ち上げ、冗談交じりに言った。
「そうゆうこと、間違っても渡す前に落として更なる惨状を起こさないでよ」
「え、持っていってくれないのか?」
あたしがお弁当を持っていくと思ってたらしい衛宮が驚きの声を上げる。
「ここでアンタを帰したなんて伝えたらそれこそ大惨事の始まりよ、衛宮はそうなってもいいの?」
「……………」
あたしが半ば本気で言うと、衛宮はその大惨事を想像しているのか黙り込んだ。
「ほらほら、そんなとこでボーっとしてないで早く手渡してあげること」
「…ああ、そうだな」
あたしは衛宮の空いてる方の腕を掴み弓道場に入らせようとする。が。
「…………衛宮。ちょっと聞いていいかしら?」
「な、なんだよ美綴」
あたしは掴んでいる手で衛宮を引き寄せ。
「………あれ、一体何者なの。凄い美人だけど、知り合い?」
「――――――」
その人物の歳はあたし達よりも少し下くらいか、外見からすると外人だが、驚くことはそれよりも物凄く美人だということだ。
あたしや遠坂もかなりの線をいっていると思うがアレは別格だ。
その美人さんが無言であたし達と一緒に弓道場に入ろうとしているのだから気にならないわけが無い。
衛宮も今、そのことに気が付いたような顔をしてから。
「い、一応、そういう事にしてくれると助かる。………あと」
「部員が騒がないように言い含めてくれ、でしょ」
衛宮が驚いた顔であたしを見る。
「アンタの顔を見れば誰でもわかるわよ」
「頼む、やってくれれば、かなり恩に着る」
あたしは掴んでいた手を離し、笑顔で。
「………オーケー、その代わりこの貸しは高く付くわよ。……あとでチャラっていうのは通用しないわよ」
あたしは念を押し、先に弓道場に入ることにした。
「あれー、主将。買出しに行ったんじゃないでしたっけ」
部員の一人があたしに聞いてきた。
「ん〜それよりも重大な事が起きたから、手の空いている人はみんな集合ー」
藤村先生に捕まっている少数の部員やすでに射をしている人を除く全部員があたしを中心に集まってきた。
「あ」
一人の部員が入り口の方を見て驚くと、次々に部員が驚きの声を上げた。
「すげー、外人だぜ、外人」
「バカ、そんなことよりすげー美人じゃん」
「ほんとー、お人形さんみたいに綺麗」
あたしは騒ぎを収めるため少し大きな声で。
「はいはい、お喋りはそこまでよ」
ピタッと騒ぎが収まる、コホンと一つ咳払いをして。
「みんなが驚くのもわかるけど、あまり騒ぐのは感心しないわよ。……彼女は来年転入してくるかもしれない留学生みたいなの」
ザワザワと再び騒ぎ始める部員たち。
「はい、騒がない騒がない」
騒ぎを再び収め、話を続ける。
「彼女は自分に合う学園かどうか、留学する学園の候補の一つであるこの学園に来たという訳、下手に今ここで騒いで彼女に選ばれないどころか弓道部の恥を晒すような真似をしないこと。………いいわね」
聞いている部員達は次々とわかりましたと返事をしてきた。
あたしは何とか誤魔化せたことに内心ホッとしながら締めにかかる。
「この事は今、射場で練習している人達にも必ず伝えておくこと。……じゃあ、解散」
解散した部員達はちらちらと外人さんを盗み見てはいるが騒ぐようなことはしなかった。
胴衣に着替え直し射場に出て弓を射る。
――――――トン。
あたしが放った矢が見事に的に当たった音が響く。
「……………」
あたしは射つのを止め、少し休憩を取るべく場を少し離れる。………と。
「主将、凄いです。さっきから一本も外していないじゃないですか」
「そうですよ、全て皆中だなんて凄すぎます」
「………そう、ありがと」
あたしが射つのを見ていた女子部員がはしゃいでいるが素直に喜べなかった。
そんな様子を見た一人が不安そうに。
「…あ、あの、嬉しくないんですか主将?」
「い、いや、うれしいわよ。……少しあたしは休むからあなた達は射って来なさい」
「……は、はい」
彼女達を射場に行かせ、あたしは一人で少し考える。
(感覚がまるで自分のじゃないみたい)
集中するといつもより感覚や神経が鋭くなり、まるで自分の体じゃなくなる様な錯覚を覚えるのだ。
(これもアサシンと契約した反動かしら……)
そんな事を考えていると、パタパタと間桐が近寄ってきた。
「あ、あの、主将、休んでいる所、申し訳ないのですが」
「ん…何、間桐?」
考え込むのを止め、笑顔を浮かべて間桐の方を向く。
「は、はい、藤村先生からお話があるので休憩室に来るようにと……」
間桐はそう言いながら休憩室の方に目を向ける。
その様子を見るとまだ衛宮は残っているみたいだ。
「わかったわ、……ついでに衛宮に弓でも誘ってみる事にするわ」
「あ、はい、…お願いします主将。じゃあ私は射場に出てきます」
ペコリと頭を下げ、射に行く間桐。
彼女を見送ってからあたしはゆっくり歩きながら休憩場に向かう。
部活 了