「ところで、士郎。一つ頼みがあるんだけど。」
「なんです、志貴さん?」
「今度、志貴の固有結界、見せて貰えないかな。俺、刀剣に、興味があって。」
「ああ、琥珀さんに聞きました。いいですよ。その代わり志貴さんのコレクション、見せて貰っていいですか?」
「勿論。」
「何か、仲良いわよね、あの二人。」
「性格が似てるからでは?」
「ミス・コハクは、その、よ、夜の顔が同じだからと。」
「「なるほど。」」
「「ヘックシュン!!」」
錬剣の魔術使い・第十三話
冬木に向かう電車の中。士郎の旅の話もとい尋問が繰り広げられていた。それも一段落したころ、アルトリアが、
「シロウ。貴方の在り方が、五年前と異なるように見えます。地に足がついていると言えば良いのでしょうか?」
「そうか?」
「はい。自身を顧みないところは変わってないようですが。それでも、あの時より揺るぎないと言いますか、危うさがあまり感じられません。」
「そうかもな。師匠や老師に色々叩きこまれたから。」
「どのような事を?」
「うん、あれは―」
災害があった。士郎は人々を助けるため、死力を尽くした。けれど、助けられたのは、士郎が腕に抱く赤子一人だった。
「士郎、生存者は?」
「この子だけです、師匠。」
力無い返答。
「また、また助けられなかった!!」
血を吐くように言う。これまで幾度となく味わってきた無力感。それが士郎を支配していた。
「師匠、俺―」
続く言葉は弱音か、諦観か、それとも悔恨か。だが、それは青子の言葉で形にならなかった。
「士郎、その子は軽い?」
赤子一人、士郎にとっては軽いものだ。士郎は腕の中の赤子の存在を確かめる。暖かい。生きている。
「どうなの?」
そう、生きている。体温が。鼓動が。確かにここに在る。命がここに在る。
「軽くないです。」
首を振って答えた。オヤジもこんな気持ちだったのか?胸にある想いを処理しきれない。
「士郎。あんたにとって、誰かを助ける事は当たり前。だから、助けられなかった命、見捨ててしまったり、置き去りにしてきたものばかりに目を向けて、助けた命、拾ったり、その手が掴んだものをないがしろにしてる。そんなつもりは無くても、結果的にそうなってる。」
反論できない。俺にとって誰かを助ける事は当たり前で、だから、助けたことを気に掛けない。気に掛けるべきは助けられなかったこと。
「そりゃ、助けられたものと、助けられなかったものは等価じゃないわね。助けたから、助けられなかった事が帳消しになるわけないし。でも、助けられなかったものを背負うなら、助けられたものを忘れないようにしなさい。誇れとは言わないけど、胸は張りなさい。あんたは、その子を助けたんだから。その子も、覚えて無くても、忘れないわ、きっと。」
「………はい。」
「よし。それにしても可愛いわね、この子。将来、女泣かせになりそう。」
「いや、師匠。この子、女の子。」
「う、うっさい!!このバカ弟子がぁぁぁぁぁ!!!」
「へぶ!!何すんだ、いきなり!!」
「フ、フェェェェェェェェェェェェェ!!!」
「わ、な、泣き出したわよ!どうにかしなさい、士郎!!」
「よ〜し、よし。ほら、泣かないで。」
「それで、その子は?」
「信頼できる所に預けた。元気にしてるらしい。」
答えを得たとは思ってない。でも、この四年間で得たものはかけがえの無いものばかりだ。
「シロウは、自分の道をしっかりと進んでいるのですね。」
「いや、まだまだ未熟だ。だから、その、俺を支えてくれるか?」
「「「もちろん。」」」
俺の言葉に聞くまでも無いですって感じで答える三人。
「プロポーズみたいだぞ、士郎。」
あ〜、言われて見れば、そうとれなくもない。ニヤニヤする志貴さんと真っ赤になる俺達を乗せて、電車は走る。
冬木に着いたのは、夜遅く。家目指して歩く。ちなみにローテションで、右腕、左腕、背中と三人が位置を変える。歩きづらいが、このためにタクシーを拒否したので、邪険に出来ない。志貴さんは苦笑している。分かる、分かると目が言ってるけど。
「懐かしいです。」
家が見えてきて、アルトリアが言う。そうだな、アルトリアには何年ぶりってとこかな。でも、眠ってたんだからどうなんだろ?
「うん、いい家だね。」
志貴さんは気に入ってくれたようだ。玄関にかける。扉も向こうの気配は感じてる。志貴さんに目配せをする。
「ただいま。」
待ち構えるはすっかりお冠の桜とイリヤ。
「「おかえりなさい!!」」
ものすごく不機嫌そうな口調。そして、志貴さんが動く。
「投影、開始!」
顕れるのは、歪な短剣。全てを破戒する宝具!!
「「「「「え。」」」」」
眼鏡を外した志貴さんが歪な短剣を受け取り、桜の心臓を貫く。それは刹那の時間。
「あ。」
胸に刺さった短剣を目にして崩れ落ちる桜。それを支える。
「さ、桜!!!」
「シキ!!どういうつもりです!!返答しだいによっては……」
「この家での狼藉は、いかにミスタ・トオノと言えど許せませんわ!!」
「落ち着きなさい、アナタ達。桜は死んでないわよ。シロウ、セイバーがここにいる事を含めて説明してくれる?」
「ああ。それじゃ、居間に行こうか。」
「なるほどね。それじゃ、ここにいるのはサーヴァントじゃなく、「アルトリア」って言う人間なのね。」
桜を部屋に寝かせてから、居間で説明をする。
「それで、シロウ。さっきのあれはどう言う事?」
その事に関しては女性陣の総意なのだろう。全員、嘘偽りは許さないという眼光を放っている。
「その事に気付いたのは、仮免試験が終わった後、初めて帰って来た時だ。桜の体を蝕む毒と、桜の心臓に巣食う奴に気付いた。」
「「「なっ!!!?」」」
驚くアルトリア、凛、ルヴィア。イリヤは気付いていたんだろう。驚いた様子はない。
「毒の方は、さっきの宝具「破壊すべき全ての符<ルールブレイカー>」で消せるけど、心臓に巣食う奴はそれじゃダメだったんだ。色々方法は探してたんだ。で、一昨日、その方法が見つかった。」
「シキの力ですか?」
「そうだ。桜に何の影響もなく、心臓にいる奴だけを殺せる力。」
「な、どういう力よ。デタラメにも程があるわよ!?」
「はは、まあ、それは男同士の秘密と言うことで。士郎、桜ちゃん、だっけ?彼女はもう自由だ。」
「ありがとうございます!!」
頭を下げる。
「いや、頭を上げてくれ。こっちも助けられたし。」
頭を掻く志貴さん。
「それより、もっと早く先生に相談してれば、助けに来たんだけど?」
「そ、それは、おいそれと相談できなかったんです。桜の過去にも関わることだったんで。」
桜の蝕んでいたものの事と同時に、桜の間桐の家での日々も知る事になってしまった。だけど、桜は笑っていたから。何も、言い出せなかった―
がたっ!!タッタッタッタッタッタッタッタ、ガララララ!!!
「桜!!?」
「早く、シロウ!!」
「追いかけなさい、士郎!!」
「一人で帰って来ちゃ許さないわよ、シロウ!!」
「急ぎなさい、シロウ!!」
「「シロウ!!」」
女性陣が声をあげる。言われるまでもない!!
「桜!!!」
桜を追って、家を出た。
士郎も出て行った後の居間で、お茶を飲む六人。落ち着いたものである。
「良いのかい?ライバル増える事になるみたいだけど。」
「構いません。いえ、むしろ、歓迎します。サクラなら文句はありませんから。」
「なんか、その言い方だと他の誰かに文句があるように聞こえるけど。ま、私も桜に文句は無いわね。」
「わたくしも、文句はありませんわ。サクラの人柄は好ましいですから。」
「愛されてる余裕かしら?」
視線で射殺しますと言わんばかりのイリヤ。だが、反応は彼女の予想外のものだった。
「余裕など、ある筈がないでしょう、イリヤスフィール!!!」
「むしろ、切羽詰ってんの、こっちは!!!」
「三人では、こちらの体が保ちませんわ!!!」
「へ?」
「しかし、四人で、大丈夫でしょうか。正直不安ですが。」
「そうね。じゃ、今日からイリヤにも加わってもらいましょ。オールオッケーとか前に言ってたし。」
「五人ですか。それなら何とかなりそうですわね。」
「ええ〜〜〜〜〜〜!!!!?」
「………士郎も、これから大変だな。」
異常な熱を帯び始めた居間の様子に一人ごちる志貴だった。
裸足で駆けて行く。足の裏に痛みが走るが、そんな事に構っていられない。今は、少しでもあの家から離れなくては。
知られた、知られた、知られた。一番、知られたくないあの人に。
夜の町を駆ける。目的地なんて無い。視界が滲んで、何処にいるのかも分からない。
私の穢らわしさを、浅ましさを、卑らしさを。
冷たい風が頬を撫でる。辿り着いたのは海浜公園。息がきれる。
もう、あの人の側に居れない!!
足が滑り、こけそうになる。と、腕が掴まれ、引き寄せられる。
「え?」
感じるのは力強く、優しく、暖かい、世界で一番、わたしに安らぎを与えてくれる感触。
「つかまえたぞ、桜。」
先輩。わたしが、世界で一番愛してる人。
「い、いや、放して、放して下さい!!!」
暴れる。だって、知られてしまった。わたしのこと。
先輩の一番じゃなくて良いです。だから、だから、側にいさせてください!!
心と体が矛盾した行動に出る。心は先輩の側にいる事を望むのに、体は先輩を拒絶する。
「わたし、汚れてるんです!!蟲に侵されて、犯されて、冒されて!!汚れていないとこなんて、どこにも無いんです!!体だけじゃないんです!!心も穢れているんです!!セイバーさんにも、姉さんも、藤村先生にも、イリヤちゃんにも、セラさんにも、リーズリットさんにも、ルヴィアゼリッタさんにも嫉妬してるんです!!先輩の側にいる女の人全員、嫌いなんです!!そんなこと考える資格なんて、これぽっちもないくせに!!」
激情のままに、吐露する。
「だから、わたしの事なんて放っておいて下さい!!わたし、先輩の側に居ちゃいけないんです!!」
沈黙。次に先輩の口が開いた時、全てが終わる。耳を塞ぎたい。でも、聞かなきゃ。だって、それが、先輩がわたしにかけてくれる最後の言葉だから。でも、先輩の言葉はわたしの考えてたものじゃなかった。
「放っておけない。桜には、俺の側に居て欲しいから。」
「………え?」
「桜がどれほど苦しかったか分かるなんて言わないし、言えない。だから、桜の事情は無視させてもらう。」
「先輩?」
「あと、桜は汚れてなんていない。心も体も。他の誰がなんと言おうと、桜は綺麗だ。桜自身が認めなくても、俺が認める。」
ああ、わたし、夢を見てるんだ。だって、先輩にこんな優しく、でも強く抱きしめられながら、こんな嬉しくなるしかないこと言われるはず無いもの。
「それに、汚いとか言う話なら、俺の方がよっぽどだ。約束破って、たくさんの人と関係持ったし、昨日一昨日も、アルトリアと凛、ルヴィアとベッドを共にしたし。」
はい?夢にしてはずいぶん生々しい事言われちゃった気がする。
「だから、桜は汚れてなんかって、イタタタタタタタタタタタ!!!さ、桜、爪、爪刺さってる!!!」
「あ、当たり前です!!約束破っただけでも許せないのに、さ、三人と、そ、そのそういう事するなんて、先輩、不潔です、最低です!!!」
「うん、俺もそう思う。でも、側にいて欲しいし、側にいたい。この事に関してだけ、欲張りになる事に決めたんだ。」
「ひ、開き直ってません!?」
「かもな。でも、気持ちに嘘はついてない。それに三人も、了承してくれてる。」
「そ、そうなんですか…」
私には、できそうもない。ううん、する資格がない。
「で、そ、その、俺は、桜にも俺の側にいて欲しいんだけど。」
「え?」
つまりどう言う事なんだろう?
「だから、そ、その、俺、桜の事も好きだから、側にいて欲しい。」
「せ、先輩?」
これは夢だ。だって、何度も見た。何度も何度も何度も。その度に目覚めて絶望して。でも、抱きしめてくる温もりが、ホントだって訴えてくる。
「それって、ものすごく酷いですよ?」
声が震えてる。心を埋め尽くすのは、ただ一つ。
「す、すまん。」
「許し、ません。だから、だから、もう一回、言って、ください!!」
「桜、愛してる。」
嬉しい。先輩の唇と自分の唇が重なり合うのを感じながら、馬鹿みたいに心の中で、それだけを繰り返していた。
桜を連れて帰った後、桜の事を皆に話した。反対されるかと思ったが、何か好意的に受け入れていたのが、気にはなった。後、イリヤが、俺と目を合わすと真っ赤になって俯いてた。どうしたんだろ?
「え、凛と桜って、姉妹だったのか?」
「ええ、桜は小さい頃、間桐に養子に出されたの。」
「でも、二人ともそんな素振り全然見せなかったけど?」
「それは、遠坂と間桐の間で取り決めがあったんです。ですから、私達は他人で無くちゃダメだったんです。」
「む。でも、もう、そんな取り決めに従うことないな。」
「え、でも、それは、遠坂先輩も嫌―」
「そんなわけないでしょ!!!」
「え?」
凛が怒った顔で桜を抱きしめる。
「ごめんね。桜が苦しんでたのに、何も出来ないダメなお姉ちゃんで。」
「姉さん?」
「リボン、使ってくれてて、嬉しかった。弓道場に桜、見に行ってた。それぐらいしかできなかったから。ここで、一年ぐらいだったけど、一緒に過ごせてすごく嬉しかった。」
「姉、さん、姉さん、姉さん!!!」
「桜、私、桜のお姉ちゃんでいてもいい?」
「ハイ、ハイ!!!」
「ありがとう、桜。」
泣きながら抱き合う姉妹。周りの表情も穏やかだ。と、
「イリヤ。大聖杯の場所、教えてくれないか?」
厳しい表情で、士郎が聞く。
「それを知って、どうするの、シロウ?」
「潰す。」
断言する。
「聖杯は、アインツベルンの悲願でもあるし、遠坂や、マキリにとっても、そうよ。まあ、私はもう、どうでも良いけど。リンはどうかしら。」
「私もいらないわよ!!士郎、遠慮は要らない、完っ璧に潰してきて!!!」
「ああ、任せろ。」
「士郎、俺も手伝うよ。」
「良いんですか?」
「乗りかかった船だしね。」
「ありがとうございます。」
「シロウ、私も行きます。」
「いや、こういうのは男の仕事だから。」
「そうそう、それに皆は体力温存しておかなきゃ。」
「「「「「な!!」」」」」
「志貴さん、どう言う意味です?」
「気にしない気にしない。それじゃ行こう、士郎。」
「気になるけど、置いといて行くとしますか。…桜。」
「はい?」
「大聖杯に行く前に間桐の家に行くけど良いか?」
「………はい、お願いします。」
俺の言いたい事を分かってくれたらしい。正直、あのままにしておけない。
「士郎、大聖杯は柳洞寺の地下よ。……頼んだわよ。」
「ああ。」
志貴さんと二人、夜の町に繰り出す。蒼眼の死神と錬剣の魔術使い、この二人組の攻撃対象になったものは、間違いなくこの世から消え去ることだろう。
翌朝、冬木の街に、二百年ぶりに何者にも冒されていない朝が訪れた。
あとがき:うお、ヤバ!!!整合性など全くない展開に後悔しっぱなしの福岡博多です。いや〜、士郎の性格、何かメチャクチャだ〜!!後、青子がいってた、士郎のあり方は私がFateやってて、思った事なんで、テキトーです。違うと思っても、勘弁してください。あくまで私見なんで。それにしても、凛以外、あんま内面書いてないなあ。今後の課題にしたいけど、把握が難しいにゃ〜。できるかな?さて次回最終回。ハッピーエンドを書いて魅せらあ!!!